鬼火 LE FEU FOLLET



……私の以上の諸命題は、
私を理解する君が其処を通り、其処の上に立ち、其処を乗り越えて行く時、
最後にそれが常識を逸脱していると認めることによって、解明の役割を果たす。
(君は、言ってみれば、
 梯子を登り切った後には、その梯子を投げ捨てなくてはならない。)
君はこれらの命題を乗り越えなければならない。
その時、君は世界を正しく見ている。

語ることができないものについて、我々は沈黙せねばならない。

Ludwing Wittgenstein「論理哲学論考」終章(6.54及び7)





















Maria et Alain





















Maria





















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……さり乍ら……
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……への御來場をお勧めせんとする……

 


画像的偏愛
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       あの頃フリードリヒがいた
ART SHOT  扉に羽音――瀧口修造
ART SHOT  夜の森の夜――藪野豊昭
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 郵便局窓口のシュールレアリスト――志賀丈二
ART SHOT

 超浮世絵百鬼夜行――志賀丈二
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 地平に屹立する藁 又は 思惟を脱したる弥勒――志賀丈二
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 密室の鳥影 又は 鳥類絶滅種 学名 Siganturellus Jyojipus Yabuno, 2006 ――志賀丈二
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 藪野豊昭への護符凧――志賀丈二
ART SHOT

 シュールレアリスト志賀丈二&或るイディオ・サパンの少年のコラボレーション
 
Alice 僕の次女アリス

 
偏執狂的獨語

藪野唯至句集「鬼火」横書版

同句集 IEその他限定縦書版

 

小説:こゝろ佚文 藪野唯至
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 断章 藪野直史
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メタファーとしてのゴジラ
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尾崎放哉全句集 やぶちゃん版新版新字体HTML横書版

尾崎放哉「入庵雜記」
(「大空」初版版


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――道成寺鐘中――


Doujyou-ji Chronicle

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「落葉籠」藪野種雄遺稿集
父のアトリエ

画集 夢判断 その一
       

落葉籠
――昭和22(1947)年群馬県多野郡神流川流域縄文遺跡調査行ドキュメント――日本考古学の「種蒔く人」酒詰仲男先生の思い出に
藪野豊昭(画像附word文書 18MB)



 

土岐仲男(酒詰仲男)詩集「人」
       


僕との因縁のサイト


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嗚呼! 日日多量更新!

新規ネット上未電子化テクスト満載!


 

 
   Alain Leroy(特異日と直近の履歴)    本サイト開設以来の詳細な「過去の Alain Leroy」 はこちら
2017年
8/18 
ブログ990000アクセス突破記念として火野葦平「花嫁と瓢簞」をブログ公開。
『頭が痛くてたまらないんだ、分析なんぞ糞喰らえ!』

8/7 ゴジラ死す――俳優中島春雄――悼―― 

8/4 
ブログ・カテゴリ「怪談集」にて橘崑崙の「北越奇談」の電子化注を始動。
『――僕が――あらゆる女に用意していた陰鬱なる眼ざし――』

8/1 
ブログ・カテゴリ「怪談集」にて荻田安靜編著「宿直草(御伽物語)〔大洲本全篇〕」附やぶちゃん注を完遂
『女神たちは一体どうやって人間の女になるんだ?』――唯一の女神ジャンヌ・モローの私の思い出に――

7/18 
ブログ980000アクセス突破記念として火野葦平「女の害について」をブログにて公開。
『男は喋るために生まれる。女は男のお喋りを聴くために生まれる。――そうして殊に――男は女を黙らせるために――生まれる』

7/7 私の偏愛する
小泉八雲「茶碗の中」の原典及び八雲の“In a Cup of Tea”原文+田部隆次譯『柴田宵曲 續妖異博物館 「茶碗の中」』の注で電子化。
『原初の人類にとって、そうして子供にとって、物は鼓動を打っている』

7/6 ブログ創設12年記念
ブログ970000アクセス突破記念として火野葦平の「酒の害について」を公開。
『少しもましなことが出来ないから、人間は何かを「書く」に過ぎない』

6/26 
サイト「鬼火」開設十一周年記念として心朽窩旧館の「佐藤春夫」に[未定稿『病める薔薇さうび 或は「田園の憂鬱」』(天佑社初版版)]本文版を公開。
『孤独とは既にして、世界に対し、僕らが――はぐれてゆく――斜面――なんだ』

6/20 ブログ・カテゴリ「怪談集」にて荻田安靜編著「宿直草(御伽物語)〔大洲本全篇〕」附やぶちゃん注を始動。
『お前は悪い奴だな? 如何にも小洒落た「勇士」のなりじゃあないか?!』

6/19 
ブログ・カテゴリ「怪談集」にて「想山著聞奇集」の序・目録・跋を含む全電子化注を完遂。本当に僕は終わりたくなかったのだ。
『つまり、あなたは本当に、あの世を信じている、というわけだ』

6/18 
ブログ・カテゴリ「怪談集」にて「想山著聞奇集」の本文の全電子化注を完遂。本当は終わりたくなかった。
『言わねばならない理由があるのだが――外見(そとみ)とは――僕の対極に位置するものなのだ』

6/17 
ブログ960000アクセス突破記念として火野葦平の「梅林の宴」を公開。
『……永遠が瞬間の中に入り込む……』

6/5 
ブログ・カテゴリ「梅崎春生」にて「飯塚酒場」を公開。
『デカダンな人間にとって目前のディナーはスカトロジーの対象でしかない』

5/30 
ブログ・カテゴリ「南方熊楠」にて「履歴書」電子化注終了。
『要するに、あなたには、女がいる。でも、僕には、何も、ない。何も、手に入れることができないということが、どんなことか、あなたには、分からない』

5/26 
ブログ950000アクセス突破記念として火野葦平の「煙草の害について」をブログ公開。
『僕は不器用だと自分が感じた時、おどけて見せようと努めた。アルルカンみたいなことしかうまく出来ないなんて、愚劣過ぎて堪えられないね』

5/15 ブログにて、全引用詩篇にオリジナル版初出リンクを施した萩原朔太郎の随筆「靑猫を書いた頃」を公開。
『私が最初に性的不能に陥ったのは処女が相手だった――処女と性交不能――私は貞節な女であればあるほど、そのあの時の、インポテンツに陥った処女とのことに怯えた――しかもその女が夫や愛人との間で性行為を行うことで「穢されたのだ」と考えただけで胸糞が悪くなった――そうして――そうして私は完璧な穢れ故に心休まる娼婦を買って、そこに逃げ帰ったのだった』

5/8 ブログ・カテゴリ「佐藤春夫」にて「未定稿『病める薔薇(さうび) 或は「田園の憂鬱」』」(天佑社初版版)の電子化注を完遂。なお、この2016年4月30日以前の ここの履歴を一部を残して消去し、当該分は総て 過去の Alain Leroy に転写した。
『孤独の中では、他の如何なる手だてのよるよりも遙かに人生を享受することが出来る。外にどうしたら、切実に――一本の花を――一本の木を――動物を――彼方を過ぎて行く男たちを――そして女たちを、味わい尽くすことが出来るというんだ?』

5/6 
ブログ・カテゴリ「山村暮鳥全詩」にて、改版「風は草木にささやいた」異同検証を完遂、以上を以って「山村暮鳥全詩」を私なりの完遂とする。――この仕儀総てを亡き母聖子テレジアに捧げる――
『炎(ほのお)には生命(いのち)が、ない』

5/5 
ブログ940000アクセス突破記念として、アントン・チェーホフ作・米川正夫譯「煙草の害について」を公開。
『さよならは――結局――言わず仕舞い』

4/27 
ブログ・カテゴリ「佐藤春夫」にて「未定稿『病める薔薇(さうび) 或は「田園の憂鬱」』」(天佑社初版版)を始動
『若くてものを知らないうちは、何だってかんだって恋の哀しみになっちまうんだ……』

4/24 ブログにて佐藤春夫の「西班牙犬の家」(正字正仮名)電子化注を公開。
『獄屋の窓を開けてやることなんだ、裏切るってことはな。誰もがやりたがってるがな、滅多に出来るこっちゃねえんだ。』

4/19 ブログ・カテゴリ「甲子夜話」にて「卷之三」の正字電子化注を完遂、「卷之四」に入る。
『こんな男に何が分かるってんだ! あたいの頭ん中にあんたは入ってみたことがあるのかい?!』

4/10 ブログ930000アクセス突破記念として火野葦平「手」をブログ公開。
『何もかもがウンザリだ! 慄(ぞ)っとするんだ! お前だけじゃない!…何もかもなんだ! 特に色恋ってやつがな!…』

4/6 
ブログ・カテゴリ「南方熊楠」にて「履歴書」の電子化注を始動。
『人間の苦しみ? どんなにでっかい苦しみも結局は、つまるところ、気晴らしに過ぎんのさ』

4/4 
ブログ・カテゴリ「山村暮鳥全詩」にて詩群「月夜の牡丹」の電子化注を完遂、山村暮鳥の全詩の電子化注を終わった――母聖テレジア聖子の七回忌に捧ぐ――
『病が意志それ自体の内にあるのに、どうしてその意志について語ることが出来るんだ! 』

4/3 
ブログ・カテゴリ「山村暮鳥全詩」にて詩群「穀粒」の電子化注を完遂、詩集「雲」を始動し、夕刻、「雲」も完遂。
『謂わば「死」って奴は「結婚」みたようなもんさ』

4/2 
ブログ・カテゴリ「山村暮鳥全詩」にて詩群「萬物節」の電子化注を完遂、オリジナル校合詩群「穀粒」を始動。
『夜がまったりとおさまりかえっていた』

4/1 
ブログ・カテゴリ「山村暮鳥全詩」にて詩群「土の精神」の電子化注を完遂、詩集「萬物節」を始動。
『「馴れますよ!」だって?!?』

3/31 ブログ・カテゴリ「山村暮鳥全詩」にて詩集「梢の巣にて」の電子化注を完遂、詩群「土の精神」を始動。
『同(おんな)じところに永く住んでると、人も物も、すっかり慎みを亡くして、腐りきって、臭い出す』

3/27 
ブログ・カテゴリ「山村暮鳥全詩」にて詩集「風は草木にささやいた」の電子化注を完遂、詩集「梢の巣にて」を始動。
『生涯、耐えられるってことはさ、よっぽど、「健康」だってことだ、この糞馬鹿ガ!』

3/22 ブログ・カテゴリ「山村暮鳥全詩」にて詩集「風は草木にささやいた」に入った。
『ベベールは何だって知ってる、いい加減な口実は、これ、お得意さ、何処でだって、な』

3/20 
ブログ・カテゴリ「山村暮鳥全詩」にて詩集「聖三稜玻璃(せいプリズム)」の電子化注を完遂、未刊詩集「黑鳥集」に入り、夕刻、全電子化を終了。
『世の中の言いなりになるのが金輪際厭な人間の成れの果てはこんなもんさ! 若い間は蝶々でクタバる寸前は芋虫って寸法さ!』

3/19 
母の七回忌ブログ・カテゴリ「山村暮鳥全詩」にて詩集「聖三稜玻璃(せいプリズム)」の電子化注に入る。
『君は奇跡だ。その手で僕というレプラにお触わり!』

3/15 母七回忌を前に、また
ブログ920000アクセス突破記念として、ブログ・カテゴリ「山村暮鳥全詩」(編年版・正字正仮名)を始動。
『お馴染みの「平和」って奴が、もう、戦争の中で種蒔きを始めていやがったんだ』

3/10 ブログ・カテゴリ「怪談集」にて「想山著聞奇集」の全電子化注を始動。
『哲学するというのはやはり単に別の怖がり方をするというだけのことだ。それで気が済むという輩はもともと逃げ腰だった屁理屈たらたら野郎ばっかりさ』

3/9 ブログ・カテゴリ「柴田宵曲」で「妖異博物館」正篇の電子化オリジナル注を完遂。
『三十年掃除人夫をやってて覚えた英語は二つきり。“Ezit”と“Lavatory”だ』

2/27 ブログにて「鄰の笛 (芥川龍之介・小穴隆一二人句集推定復元版)」を公開。
『一番いいのは街に出ることなんだ、つまりは〈小さな自殺〉さ』

2/22 
ブログ・カテゴリ「芥川龍之介盟友 小穴隆一」にて小穴隆一「鯨のお詣り」(附やぶちゃん注)を完遂。
『現代とは、とてつもなく大きな「烏合の衆」に、「使命感」とやらを、たきつけてくるもんなんだぜ』

2/15 
完全還暦記念として田中純の芥川龍之介を扱った実名小説「二本のステッキ」(附 佐藤泰治・画)をブログ版及びHTML版で公開。
『――アフリカだ!…そうだ!…遠けりゃ、遠いほど――いい!』

2/14 ブログ・カテゴリ「柴田宵曲」「果心居士」にて永年の夢であった「夜窓鬼談」のそれをオリジナル訓読した。
『そういったとき――彼女たちは思いっきり懐旧の情のこもった飛びっきりの溜息をつくだろうさ…そうして、それは彼女たちをいっそう魅力的にするもんだ』

2/11 ブログ910000アクセス突破記念として梅崎春生「熊本牧師」をブログ公開。
『戦争が長引けば長引くほど…「殉教者」の選び方が底抜けに寛大になるんだ!――「祖国」ってところではな!…』

2/3 
ブログ・カテゴリ「芥川龍之介盟友 小穴隆一」にて小穴隆一「鯨のお詣り」(附やぶちゃん注)を始動。まずは底本書影と「螢のひかり」
『俺は二階で、二人の部屋で、彼女を、待った――一晩――丸一日――一年…彼女はそれっきり、戻っては、来なかったんだ』

2/2 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介盟友 小穴隆一」にて小穴隆一「二つの繪」(附やぶちゃん注)を完遂。
『生贄! この俺が…それだったんだ!』

1/30 ブログにて夏目漱石「文展と藝術」(附[やぶちゃん注)を公開。
『なんてったってな、世の中これ、みんな、芝居だらけなんだから、こちとらも、芝居をしなきゃなんねえのさ』

1/24
 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介盟友 小穴隆一」にて『小穴隆一「二つの繪」(44) 「河郎之舍」(3) 「河童の宿」』を公開、そこに現われる
「提燈のやうな鬼灯岸に生へ」を芥川龍之介の自筆自作の新発見句と断定
『知性的自惚れなんてものは存在しない。そいつは本能だ』

1/18 ブログ・カテゴリ「梅崎春生」にて
ブログ900000アクセス突破記念として梅崎春生「風早少年」を公開。
『何処へ行ったって俺は裏切られっぱなしだったんだ。女にも金にも思想にもな。裏切られっぱなしの恨みっぱなしだったって訳さ』

1/12 ブログにて《芥川龍之介未電子化掌品抄》として「晩春賣文日記」を公開。
『夜の背後には静寂が共犯者の罠を拡げていた』

1/10 ブログ・カテゴリ「梅崎春生」にて「小さい眼」を公開。
『帰って呉れ。僕はね――女を待ってるんだ』

1/8 『中島敦「山月記」授業ノート 藪野直史』に李徴が作中で詠ずる即興詩の
★教え子に拠る中国語読み音声データ★(ダウンロード形式 9.78MB)を追加。
『ソランジュは僕を求めてはいない。ソランジュは僕を愛してはいない。ソランジュは、今、ドロティに代わって答えた。これですっかり終わったのだ』

2017/1/1 
謹賀新年 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介盟友 小穴隆一」を始動、まずは芥川龍之介の追懐を綴った「二つの繪」のオリジナル注附電子化から。また、同じくブログ・カテゴリ「柴田宵曲」を始動、「妖異博物館」の電子化オリジナル注を開始。お年玉として、梅崎春生「犬のお年玉」をブログ公開。
『歩こう、預言者』


2016年(抜粋)

12/31 久々にブログ・カテゴリ『毛利梅園「梅園魚譜」』にて「黃穡魚(ハナヲレダイ)」(推定「イラ」)を公開。
『何もすることがない。君は僕を当てにしていい。僕はそれを抱きとめる』

12/29 ブログ・カテゴリ「梅崎春生」にて梅崎春生「ポストの嘆き」「古呂小父さん」「尾行者」を公開。
『恐怖なんてものは「癒せるもの」なんかじゃあ、ない』

12/28 ブログ・カテゴリ「梅崎春生」にて梅崎春生「クマゼミとタマゴ」及び「空の下」を公開。
『パスカルの謂いは正しかったのさ。――宗教の精髄が我々の胸(うち)に降りてくるためには、宗教の「身振り」をしなけりゃ、ならないんだ』

12/27 ブログ・カテゴリ『村山槐多』にて「やぶちゃん版村山槐多短歌集成」を完成、また、梅崎春生「炎天」及び「モデル」ブログ・カテゴリ「梅崎春生」にて公開。
『一番いい方法は、どうよ、この世界からさっさと逃げ出すことじゃねえか? キチガイだろうと、なかろうと。腰抜けだろうと、なかろうと』

12/26 ブログ・カテゴリ「梅崎春生」にて梅崎春生「突堤にて」を公開。
『豚みたいに卑猥で不平たらたらの神』

12/25 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介 手帳」にて「手帳6」の電子化注を完遂。
『僕はね、はずっと先(せん)から僕自身を――兎の心――と呼んできたのさ』

12/21 ブログ・カテゴリ「北條九代記」(同書は全十二巻)にて「卷之十」を完遂。
『「愛」という言葉――それは一生のうちに三度か四度だけたち現われくるだけで充分なはずなのに――それは――ひっきりになしに人の口の端(は)にのぼってるじゃないか』

12/17 ブログ890000アクセス突破記念として火野葦平「十三夜」をブログ公開。なお、労多くして読者居らずと断じ、丘淺次郎「生物學講話」の縦書版を廃止。
『僕には必要だったのさ――僕自身の心臓の鼓動だけに耳傾け、死が生に齎すところの、この絶え間ないうち明け話を聴くという喜びが、ね』

12/15 芥川龍之介 私の生活 《芥川龍之介未電子化掌品抄》(ブログ版)を公開。
『ふん、美しい女(ひと)だね――夜(ノワール)のように』

12/14 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介」にて「アリス物語 ルウヰス・カロル作 菊池寛・芥川龍之介共譯」電子化を完了。
『しかし、恐らくはあの時以来、不吉なものとなってしまった彼女の「影」が、僕の周りをいつも彷徨っていたのだ』

12/12 ブログ・カテゴリ「小泉八雲」にて戸川明三訳「神國日本」の第四章「組合の祭祀」を完遂。

『私は昔――おぞましいことに――世界が不動であるという事実を、心底、嘆いていたことを思い出すのさ』

12/10 ブログ・カテゴリ「原民喜」にて、ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版)で「大人國」(ブロブディンナグ国)を完遂。
『声――それは空しく木霊する運命にある』

12/6 ブログ・カテゴリ「怪談集」にて「谷の響」の全電子化注を完遂。
『あいつらは剣のない糞人間どもだ』

12/3 句集「鬼火」2016年分更新。
『世界が神から生ずるなんてことは――金輪際――ない』

11/30 ブログ・カテゴリ「諸國百物語 附やぶちゃん注」を完遂。
『何故、子どもと大人と老人を対比したりする? 子どもと老人は混在したものであり、大人という奴はごくまれにしか、この世界に姿を見せぬ孤独な存在であるに過ぎぬのに、だ!』

11/17 ブログ880000アクセス突破記念として梅崎春生「微生」をブログ公開。
『女が男から――「自我(モワ)」が「超越した自我(ソワ)」から――生ずるはずは――ない』

11/16 ブログ・カテゴリ「甲子夜話」にて「卷之二」の正字電子化注を完遂、また、サイト版の尾形龜之助第二詩集「雨になる朝」〈恣意的正字化版(附 初出稿・第二次稿復元)〉及び尾形龜之助第三詩集「障子のある家」〈恣意的正字化版(附 初出稿復元)〉を「心朽窩新館」に公開。
『僕の狂乱は彼女の冷たさへの抗議であった』

11/15 ブログ・カテゴリ「尾形龜之助」にて第三詩集「障子のある家」恣意的正字化版(一部初出稿等復元)を完了。
『少し前から僕は内面のロマン主義が大嫌いになっていた』

11/14 ブログ・カテゴリ「尾形龜之助」にて第二詩集「雨になる朝」恣意的正字化版(一部初出稿・第二次稿復元)を完了、続いて第三詩集「障子のある家」恣意的正字化版(一部初出稿等復元)始動。
『未だに僕は走っている。――いや――寧ろ、もう走っていないのか?……』

11/13 ブログ・カテゴリ「尾形龜之助」にて第二詩集「雨になる朝」恣意的正字化版(一部初出稿・第二次稿復元)を始動。

11/11 佐野花子「芥川龍之介の思い出」の原文のみ(一部字注有り)及びワード縦書版『佐野花子「芥川龍之介の思い出」 附やぶちゃん注』を「心朽窩旧館」に公開。
『僕は僕に手なづけることの出来ない永遠の愛というやつを以って自らの孤独を慈しんでいた』

11/10 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介」にて佐野花子「芥川龍之介の思い出」の全電子化注を完遂。今年の電子化注の特異点と自負する。
『彼女を前にして僕が途方に暮れた理由は、何を隠そう、まさに彼女に魂があるからだった』

11/1 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介」にて佐野花子「芥川龍之介の思い出」の全電子化注を開始。
『僕の周りに女性がいたことは一度たりともなかった』

10/26 ブログ・カテゴリ『津村淙庵「譚海」』にて「譚海 卷之一」の全電子化注を完遂。
『老人カランタンの言葉――「いいかい、お前さん、古えの人々にとって、思考とは現実の行為じゃった。だからこそ思考したんじゃ。思考すること――畢竟それは――剣の一撃を喰らわせるか――逆に自分がそれを喰らうことじゃった。……しかし乍ら、今の人間どもは、もう剣を持っておらぬ。……一発の砲弾は、人間どもを、まるで通過する列車の如くに、ぺしゃんこにしてしまう――」』

10/20 ブログ870000アクセス突破記念として梅崎春生「崖」をブログ公開。
『老人カランタンの言葉――「木々の中に永遠がある如く、人の中にも永遠が――ある――」』

10/19 私の尊敬するミクシィの友達「姐さん」の御協力を得て、不審であった「谷の響 一の卷 十四 筟子杼を脱れ鷹葉を貫く」の電子化注を自信を持って公開出来た。「姐さん」に大感謝!
『自分らしい生き方をしないわけにはいかないさ、しみったれてなんかいられないからね』

10/18 ブログ・カテゴリ「梅崎春生」にて、梅崎春生「憂鬱な青春」を以って底本沖積舎版「梅崎春生全集」第七巻(詩篇・エッセイ)全電子化注を完遂。
『俺が見ていたもの――それは単に自然の冬なんかじゃなくて、ずっと持久力があり脅威も含んでいるもの――恐らくは「不治のもの」――「もう一つの冬」――「もう一つの死」だった。即ち――「社会と歴史の冬」――「一民族の冬」だったのだ』

10/7 ブログ・カテゴリ「怪談集」にて「谷の響」の全電子化注を始動。
『「馬鹿者であるということ」は必然的に「性質(たち)が悪くなること」だ』

10/6 ブログ・カテゴリ「怪談集」にて「佐渡怪談藻鹽草」の全電子化注を完遂。
『行動を使命とする者どもの預言者の如き沈黙には、僕も敬意を表しよう』

10/4 ブログ・カテゴリ「北條九代記」(同書は全十二巻)にて「卷之九」を完遂。
『意志を伴わぬ愛には何の価値もない』

9/18 『黃粱夢 芥川龍之介 附 やぶちゃん注 附 原典 沈既濟「枕中記」全評釈 /附 同原典沈既濟「枕中記」やぶちゃん翻案「枕の中」他』ブログ版及びサイト版の二本で公開。
『君は今までにあの気違いの老婆――自由思想という――に逢ったことがあるんだね?』

9/17 ブログ860000アクセス突破記念として火野葦平「蕎麥の花」をブログ公開。また、ブログ・カテゴリ「怪談集」を始動、まずは「佐渡怪談藻鹽草」の電子化で「眞木の五郎鰐に乘し事」・「菅沼何某金北山權現の御影を拜せし事」・「梶太郎右衞門怪異の物と組事」・「安田何某廣言して突倒されし事」の四篇を立て続けにをアップ。
『今の世紀は「法の世紀」であって「教義の世紀」なんかじゃあ――ない』

9/13 ブログ・カテゴリ「梅崎春生」にて梅崎春生の評論「ランプの下の感想」及び、それに関わって梅崎春生の小説「蜩」を続けて公開。
『こいつは馬車馬に纏わりつく蠅みたいなおせっかいな奴だ――しかもだ――殺虫剤をぶっかけられた蠅なんだ』

8/31 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介 手帳」にて「手帳5」の電子化注を完遂。
『しかし一匹の蠅じゃ六頭のがっしりした馬を殺すことなんか出来やしない』

8/26 「片山廣子第一歌集 翡翠」に佐佐木信綱の序を追加。
『都会――それは孤独では――ない。何故なら、都会は孤独を充実させるところの総てのものを消去させているから。都会とは空虚であり、まことの孤独とは充足である。この世に於ける孤独とは――人が、富と空と土地と魂とただ一つの富裕の苛烈さと飢えと渇きとあらん限りの声を張り上げた祈りと――ともに――ある――ことなんだ』

8/23 ブログ・カテゴリ「諸國百物語 附やぶちゃん注」を起動 。
『ジルは一挺の銃を見つけ、銃眼へ行くと、我を忘れて撃ち始めた』

8/21 ブログ・カテゴリ「宗祇諸國物語」附やぶちゃん注を完遂。
『恐らくヒトは他の力と同じように、奇蹟を起こし奇蹟を受け取る力も失ってしまっているんだ。ヒトはこの力を他の遙かに劣った力と取り替えっこしちまったんだ』

8/18 ブログ850000アクセス突破記念として火野葦平「亡靈」をブログ公開。
『取るに足らないことを長々と自慢している、あの脆弱で、貧しいインテリども』

8/9 ブログ・カテゴリ「松尾芭蕉」にて「行脚怪談袋」の原文電子化を完遂。
『女どもにとって僕は死者だった』

8/8 ブログにて『博物学古記録翻刻訳注 ■17 橘崑崙「北越奇談」の「卷之三」に現われたる珊瑚及び擬珊瑚状生物』を公開。
『僕はちゃんと約束を守る男だ』

8/6 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介 手帳」にて「手帳4」の電子化注を完遂。
『そうだ、神の母、人におなりになられた神の母。創造し、その創造の中で苦しみ、死に、そして蘇る神。こうして僕は何時も異端の教祖になるに違いない。死んで蘇る神々。ディオニソス、キリスト。如何なるものも血の中でしか成就はしないのだ。絶えることなく蘇るためには絶えることなく死ななければならないのだ。カテドラルのキリスト』

7/24 ブログ・カテゴリ「松尾芭蕉」にて「行脚怪談袋」の原文電子化を始動。
『いいか? 覚えておけ。僕は君を憎みはしない――しかし何時までも侮蔑する』

7/23 ブログ・カテゴリ『宗祇諸國物語 附やぶちゃん注』を始動。
『金の翼を持ったブタ野郎』

7/22 ブログ・カテゴリ「杉田久女」にて久女の小説「河畔に棲みて」及び「葉鷄頭」を公開。
『思春期の頃、僕は僕の若さに忠実であろうと心に決めていたんだ。だから、ある日のこと、僕はその誓約を実行に移そうとしたんだ』

7/20 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介 手帳」にて「手帳3」の電子化注を完遂。
『僕は二度結婚するも、子供は出来ず、金持ちになって五十で死ぬ、あらゆる幸福を手に入れるが、最後は恐るべき疫病に罹って死ぬ、と占ったアメリカ人の預言を取り敢えず頭にしっかと刻み込んでおいたものだ』

7/16 ブログ840000アクセス突破記念として火野葦平「r羅生門」及び、ウヰリヤム・ジエイコツブス作・菊池寛譯「猿の手」の二電子テクストをブログ掲載。
『僕は思ったもんだ――僕のあのアメリカ人の友は、平和な時代の言語では、あんな風にしか僕の運命を預言出来なかったんだなってね』

7/13 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介 手帳」にて「手帳2」の電子化注を完遂。
『彼は金で買える女たちを求めていた。破滅したひとりの男のための女たち――一孤独な兵士のための娼婦たち』

7/6 ブログ創設11年記念としてブログ・カテゴリ「梅崎春生」でエッセイ集の電子化を起動する。まず「仰げば尊し」
『甘受するだけじゃ、不十分だ――待っているだけじゃ、いい加減だ――僕はね、先手を取ることに、したのさ』

7/5 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介 手帳」にて「手帳1」の電子化注を完遂。
『あちらこちらで人々は恐怖と共犯関係にあって、ある悪臭を放っている。僕は立派に、これ見よがしに死ぬ必要がある。それでこそ復讐と言える』

6/26 サイト「鬼火」開設11周年記念として、『芥川龍之介「奉教人の死」(自筆原稿復元版)』と別立ての『芥川龍之介「奉教人の死」自筆原稿やぶちゃん注 附・岩波旧全集版との比較』を公開。
『もう僕は女を好きになるわけにはいかないんだ。もうじき、旅に出るんだからね』

6/22 ブログ830000アクセス突破記念として火野葦平「水紋」をブログ掲載。
『死者というのは、僕らに、ただただ欺くような様相を見せるものなんだ。死は仮面なのさ。死は仮面だということを、僕はよく知っている』

6/20 ブログ・カテゴリ 芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈)を完遂。
『多くの男性(例えばボードレール)に於けるレズビアンへの強迫観念を研究することが肝要だ――そこには欲望と自然とを目の当たりにした男どもの恐怖と感慨がある――そして自然の猛威が自然を苦しめれば苦しめるほど――その時ほど、男の眼に自然が美しく映ずることはないのだ』

6/18 ブログ・カテゴリ 芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈)にて遺稿分の注釈を終了。
『僕は宗教上の結婚をしたくなかった――何れ、本気の結婚が出来るようにするために』

6/13 ブログ・カテゴリ「立原道造」に多量の詩篇を追加終了。
『後、夜になってからのこと、彼女は自分が「アリス」という名であることをジルに告げた』

6/10 ブログ・カテゴリ 芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈)にて生前、発表分の注釈を終了。
『「悪の華」も再読――詩人は愛人ジャンヌとシファリスで結ばれていたが、この病い故にこそ、彼はジャンヌの腕に抱かれていながら不能だったのだ』

6/7 ブログ・カテゴリ「立原道造」に多量の詩篇を追加開始。
『君らの話はどれもこれもスパイの話さ』

6/2 ブログ・カテゴリ「原民喜」にて、ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版)で「小人國」(リリパット国)を完遂。
『サルトルの「出口なし」――佳品? いや。それほどでもないか――こいつは、あらゆる本物の別名、シュールレアリスム(超現実主義)なんかではない――所詮、こいつはスーレアリスム(卑俗現実主義)である』

5/31 ブログ820000アクセス突破記念として梅崎春生の「埋葬」をブログに公開。
『要は情熱を実践することだけが問題なんだよ! 後のことはどうでもいいことなんだ! 理性とやらに照らし合わせるなら、結果は明白――常に――惨憺たるもんだ!』

5/19 ブログ・カテゴリ「松尾芭蕉」にて昨年の十一月二十九日より始めた「笈の小文」の旅シンクロニティを完遂。
『烈しい悲鳴を表わす事の出来る言葉は――ない。それにそれを表現し得る挙止動作も――ない。人というもの自身の空恐ろしい虚無感を表現することが出来るだろうか?――出来っこ――ない。』

5/16 ブログ・カテゴリ 芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈)を始動。
『そうじゃない。ただね、女というのは新しい愛人が出来るたんびに、他の男どもへの激烈な威力を美事に更新する、と言いたいだけのことだ』

5/10 ブログ・カテゴリ「原民喜」にて、ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) を始動。
『私は神話のそれ以外、「偉人」というものを信じない』

5/8 ブログ810000アクセス突破記念として原民喜の「雲の裂け目」 (恣意的正字化版)をブログに公開。
『大統領
 これ以上グロテスクなものがあろうか?
    (ガランのデザインしたポスターの下絵に書かれたコピー)』

5/7 「藪野唯至句集」の昨年度分をアップするのをずっと忘れていた。なお、正字が転倒するために「蟬」などが用いられないPDF版はとりやめた。
『遠くから見ていると君は蜃気楼――だけど、近くで見れば、ただの一匹の小鼠――だから僕は馬鹿馬鹿しい恐怖心にかられ、テーブルの上に這い上がりたくなる――もう、いいよ――さっさと、帰れ』

5/4 先延ばしにしていたサイト(ホームページ)移行を本日、実行した。本トップ・ページやテクスト総目次のある「心朽窩新館」「心朽旧館」などはリンクのURLの変更を行ったが、総てのページを一度に修正することはとても出来ない。万一、リンクをクリックして「ページ移転のお知らせ」が出た場合には、戻ってリンク部分で右クリックしてアドレスをコピーして戴き、その頭の「http://homepage2.nifty.com/onibi」の部分を「http://yab.o.oo7.jp」に変えて戴けると、表示出来るはずである。暫くは不便をお掛けするかも知れないが、悪しからず。
『僕は思想の中でしか闘うことの情熱を感じない。個々の人を嫌いになることは、まずもってないし、稀にあっても長続きはしない。僕には血縁者や仲間もいない。だから、どんな奴だろうと知ってる顔を見るのは快よいもんさ。まずは、共感――そして、理解――そうして、好奇心……そう、随分、後になってから、気づくんだよ、何だこいつは、下心も見え透いた如何にも愚劣な奴じゃないか、っていう悔いにね……いや、そういう風に気づくように自分を仕向けるのさ』

5/3 ブログ・カテゴリ「原民喜」にて、原民喜「吾亦紅」(恣意的正字化版)附やぶちゃん注を完遂。
『ありとあらゆるイデオロギーという奴はみな、恐怖心から生まれたものだと、君は疑ってみたことはないかね?』

5/2 ブログ・カテゴリ「原民喜」にて、原民喜「忘れがたみ」(恣意的正字化版)附やぶちゃん注を完遂。
『行動出来るのは僕だけ――僕だけなんだ――総ては僕次第――お前さんがご存じかどうかは問題じゃない――だって、僕はもう既に世界をひっくり返したからね』

4/15 ブログ・カテゴリ「原民喜」にて、渾身の電子化原民喜「永遠のみどり」(原稿復元版)及び『原民喜自筆原稿「永遠のみどり」と現行通行の「永遠のみどり」の異同その他についての注 藪野直史』を公開。
『息吹と生気と、詩と祈りと――そのただ中に生きながら――騒がず死に備える。もう演説も、批評も、説得も「なし」だ。ピュアな情熱としての思索……だめだ――遅過ぎる――恐らくは手遅れ――』

4/10 ブログ800000アクセス突破記念として、梅崎春生「朱色の天」(ストイックやぶちゃん後注附き)をブログ公開。
『僕はアンニュイから遁れようとはしない。アンニュイ――それが/それこそが/それのみが真実であり、完全なる状態なのだ』

3/21 ブログにて満を持して江戸川乱歩「蟲」(全・正字正仮名横書版・附やぶちゃんマニアック注)及び同ワード文書縦書版を公開。心朽窩旧館にも「江戸川亂歩」の柱を作り、配す。夜、ブログ・カテゴリ「小泉八雲」にて戸川明三訳「神國日本」の第五章「日本の家族」を完遂。
『ああっ! お願いだ! 貴女の声は大好きだ――だけれど――今は黙っていて呉れ!』

3/19 ――母聖子テレジア五周忌の母の御霊に――ツルゲーネフの「猟人日記」より、正字正仮名で米川正夫譯「生きた御遺骸」の PDF縦書版を「心朽窩新館」に、同ブログ横書一括版を公開。午後、ブログ・カテゴリ「甲子夜話」にて「卷之一」を終わり、「卷之二」に入る。夜、原民喜「小さな庭」をブログに公開。
『太陽は……手で触れられる』

3/7 ブログ790000アクセス突破記念として梅崎春生の「チョウチンアンコウについて 附マニアックやぶちゃん注」をブログ公開。
『私は老いさらばえ、もう心を豊かに育てることも出来ない――少なくとも誰かを際立って愛することなど、もう出来ない相談だ』

3/3 ブログ・カテゴリ『「生物學講話」丘淺次郎』にて3年8ヶ月かかって全電子化注を完結!
『神々は人間の生み出したひ弱な子供である。
 私は圧殺するであろう、その神々を。
    (ボニフェス・サン=ボニフェンスの詩篇より)』

2/24 ブログ・カテゴリ「博物学」にて『「いとめ」の生活と月齢との関係――附・「いとめ」精虫及び卵、并びに人類の精虫電気実験に就きて――新田清三郎 附やぶちゃん注』を完遂
『僕はただ見せかけの行為に身を任せているだけである』

2/15 ブログ・カテゴリ「柳田國男」にて満59歳紀念プロジェクト――柳田國男「一目小僧その他」附やぶちゃん注――を始動、まずは自序及び「一目小僧」(一)~(三)を公開。
『あいつは君なんか愛してはいないんだ。芝居をしているだけさ』

2/13 ブログ・カテゴリ「柳田國男」にて「蝸牛考」初版の附録として、改訂版の柳田國男「蝸牛考」昭和一八(一九四三)年創元社版「改訂版の序」及び同巻末の「蝸牛異名分布表」をブログに公開、これを以って昨年の二月に始動した柳田國男「蝸牛考」初版電子化プロジェクトを終了。同様に、ブログ・カテゴリ「日本その日その日 E.S.モース 石川欣一訳」に石川千代松の邦訳本の「序――モース先生」 及び底本東洋文庫版「凡例」を引用、2年8ヶ月に及んだこちらのプロジェクトも終了感慨無量也
『俺の放浪はとっくに終わちまってた。もう、ほっといてくれ!…世界は幕を閉じたんだ! もう終わりまで、来ちまったんだ、俺たちは!…祭りだって、終わるじゃないか!…胸の内に哀しみを持つだけじゃ足りないのさ、今、一度、音楽を始めることが出来なくちゃ、もっと哀しみを探しに行くことが出来なくっちゃいけないんだ…でも、俺はもう、沢山なんだ!…』

2/11 ブログ780000アクセス突破記念として梅崎春生「赤帯の話」をブログ公開。
『老人は最後に言った。「その女のランプを灯してやること――」』

2/8 2年7ヶ月で遂にブログ・カテゴリ「日本その日その日 E.S.モース 石川欣一訳」本文全電子化附注を完遂
『生の底層には沈黙が満ちている』

1/24 昨年末の村山槐多の「深夜の耳」に続き、「どうぞ裸になって下さい 村山槐多 (自筆草稿断片より やぶちゃん完全復元版)」を公開、またまた驚愕の伏字復元と現行テクストの誤りを発見! また、ログ・カテゴリ「小泉八雲」にて戸川明三訳「神國日本」の第三章「古代の祭祀」を公開。
『僕は一つのことだけは判っている。それは、どんなに僕の中で死への願望が強かったとはいっても、僕はある一つの悔い、ただ一つきりの悔恨とだけはこれ、戦わなければならなかったということだ。しかし、生きたいという本能のその総体が、その悔恨の中に変容して現われていなかったなどとは一体、、誰が言えるというんだ?! 僕はまだ死ぬには十全に成熟し切ってはいない、事実、自分は未だ十全には解脱し切ってなんぞいやしない、僕の思想は、これ、解放への道には、未だ以って、十全に踏み込んでなんかいやしない、と僕は呟くばかりだったのだ』

1/13 ブログ・カテゴリ「鎌倉紀行・地誌」に「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」の山本松谷手になる挿絵全図を公開、ブログ770000アクセス突破記念として梅崎春生の「侵入者」をブログ及び「やぶちゃんの電子テクスト集:小説・戯曲・評論・随筆・短歌篇」PDF縦書版を公開。
『全く以って僕が未だに死んでいないというのは、ただ、偶然に過ぎないのだ』

1/9 ブログにて『梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注』を完遂、最後に私の小攷を附す。
『孤独とは自殺への道程、少なくとも死への道程である』

1/6 ブログにて『梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注』を完遂、最後に私の小攷を附す。
『僕は何時だって、孤独に対する嗜好とそれを求める気持ちを実に豊かに持っていたじゃないか』

1/1 謹賀新年 本日、0:01より01:10までの間に梅崎春生の以下のテクストを公開した
「猫の話」(「心朽窩旧館」配置のPDF縦書版はこちら)及びその私の高校教師時代の授業案の完全版(「心朽窩旧館」配置のPDF縦書版はこちら)、
またそれを含む「輪唱」の他の二篇「いなびかり」及び「午砲」(無論、やぶちゃん注附き。なお、「輪唱」全篇「心朽窩旧館」配置のPDF縦書版はこちら)と、
『梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注』の(1)~(3)〈同時にブログ・カテゴリ『「梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注」』を始動。前のリンクはそれ〉並びに、
『梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注』の第一章に当たる「同行者」(全)
〈同時にブログ・カテゴリ『「梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注」』を始動。前のリンクはそれ〉、
「やぶちゃんの電子テクスト集:小説・戯曲・評論・随筆・短歌篇」=「心朽窩旧館」にも梅崎春生を新設。
『僕は少年時代、時に――死んでいる人間――の真似をすることを好んだ』

2015年(抜粋)

12/23 ブログ・カテゴリ「小泉八雲」にて落合貞三郎他訳「知られぬ日本の面影」の最終章「第二十七章 サヤウナラ」を完遂、これを以って
Lafcadio Hearn の“Glimpses of Unfamiliar Japan”、落合貞三郎他訳「知られぬ日本の面影」の本文は、その全篇を終わった
『僕は五十になる前には死なねばならないとずっと考えていたんだ』

11/23 ブログ740000+750000アクセス突破記念としてブログ・カテゴリ「橋本多佳子」に於いて「橋本多佳子全句集 附やぶちゃん注」完結。ブログ・カテゴリ「小泉八雲」にて落合貞三郎他訳「知られぬ日本の面影」の「第二十章 二つの珍しい祭日」を完遂、「第二十一章 日本海に沿うて」に入る。
『若造の頃、僕は友情は恋愛を超えるものだと信じていた。持続するものこそが友情だと信じていたから』

10/23 ブログ730000アクセス突破記念として火野葦平「皿」をブログに公開。
『都会――それは孤独では――ない。何故なら、都会は孤独を充実させるところの総てのものを消去させているから。都会とは空虚であり、まことの孤独とは充足である。この世に於ける孤独とは――人が、富と空と土地と魂とただ一つの富裕の苛烈さと飢えと渇きとあらん限りの声を張り上げた祈りと――ともに――ある――ことなんだ』

10/1 ブログ・カテゴリ「鎌倉紀行・地誌」にて『風俗畫報』臨時増刊「鎌倉江の島名所圖會」を完結。2013年7月に、後に刊行された『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」を始めてから全電子化オリジナル附注に実に2年余りかかった。また、夜、ブログ・カテゴリ「橋本多佳子」に於いて多佳子の遺構句集「命終」を公開し終り、「命終」と生前の全定稿句集の電子化注を完遂。
『さあ、イタリアに行こうぜ』

9/21 ブログ720000アクセス突破記念として「火野葦平 千軒岳にて」をブログ公開。
『破壊こそ/だけが、未知の素晴らしい場所に到達出来る唯一の手段なのだ』

8/21 ブログ710000アクセス突破記念として「火野葦平 魚眼記」をブログ公開。
『悔恨が一つの神話を現に積み重ねつつあるその暗闇に向って、ジルは凝っと独り、目を凝らしていた』

8/15 8日夜、転倒、後頭部を強打した結果、外傷性クモ膜下出血のため聖路加国際病院に緊急搬送されて緊急入院、安静三日、一週間後の本日夕刻、脳前頭葉の一部挫滅によって嗅覚を喪失したが、自宅へは取り敢えず無事帰還。お騒がせ申し上げた。各方面の方に御迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げる
『人生は僕たちを辱めることがなんてうまいんだろう』

8/5 ブログ・カテゴリ「小泉八雲」にて初考証「教え子の情報から再考証!――小泉八雲が来日最初に訪れた寺は横浜市神奈川区高島台にある旧アメリカ領事館が置かれた本覚寺ではなかったか?!」を公開。
『金は手の届くところにある――しかし――何で金が必要なんだ? そうさ、分かってる。喰らい、呑み、体を洗い、動き回り、立ち止まるために――就中――女どものためにだ』

8/3 ブログ・カテゴリ「小泉八雲」にて初考証『落合貞三郎訳「知られぬ日本の面影」第一章 私の極東に於ける第一日(六) ――ハーンが最初に行った寺を推定同定する――』を、また、「雨ふり 村山槐多 (決定版) ――国立国会図書館の差替画像によってまたしても彌生書房版全集の誤りを発見――」をブログで公開。
『何をしたいかだって?! ありとあらゆるレッテルを裏切るような何かさ!』

7/23 ブログにて初電子化と思われる「三重県立美術館蔵村山槐多新発見詩篇 紫の天の戰慄」の注附き電子テクストを公開。
『彼女は僕の看護婦だったのさ。退屈な女さ――ベッドの中以外ではね』

7/21 ブログにて「死の遊び 村山槐多 /附 やぶちゃん版――定本 村山槐多第二の遺書―― 今まで我々が読んでいた彼の遺書は正確ではなかった ――」を公開、ブログ・カテゴリ『村山槐多』に於いて現在知られる村山槐多の詩篇の殆んどの電子化注を終了
『帰るぜ! お前らにはウンザリだ!』

7/18 ブログ・アクセス700000突破記念として、火野葦平「蓮の葉」をブログ公開。ブログ・カテゴリ『夢野久作』は「獵奇歌」に突入。
『幕切れで地獄の釜の扉が開く――キリスト教徒の「地獄」に向かって――ところがだ、登場人物はこの地獄を拒否しているんだ――さりながら、だ――その実在を信じてもいるわけさ(うん? この俺もか?)――そうして彼等の地獄は、「もう一つの地獄」というのが、何処にも存在しないという点にこそ、存在するんだぜ?!――キリスト教を否定し、拒否するのは――お笑いだね――とりもなおさず、絶望した「キリスト教徒」(!)に過ぎないってことなんだ』

7/6 ブログ「鬼火~日々の迷走」開設10周年記念としてブログ・カテゴリ『夢野久作』に於いて夢野久作「氷の涯」電子化注を完遂、同時に「心朽窩旧館」にPDF縦書版(全挿絵・オリジナルやぶちゃん注附)を公開。
『発作的には獣染みていても――しばしば私は所有されつつも、所有を夢見ているナルシスだった』

6/26 サイト「鬼火」開設十周年記念「尾形龜之助詩抄Ⅰ(中国語訳)」(訳注/心朽窩主人・矢口七十七 写真/矢口七十七(PDF横書版・11MB)を「心朽窩新館」に公開。
『夜でない夜、星のない夜、神々のいない夜、一度も陽を廻らさずに、陽を夢にさえ見たこともない、そもそも太陽を生成したこともない夜、不動にして沈黙の、無垢の夜、一度として夜であったこともなく、未来永劫、夜でない夜、私はそこに戻りたいのだ。アーメン』

6/15 ブログ・アクセス690000突破記念として、火野葦平「傳令」をブログ公開。
『宇宙はそう容易く自己存在と折り合いをつけて呉れるもんじゃあない。宇宙が予定調和として幸福なる一致を遂げたがっているなんていうのは事実じゃあない。宇宙は分裂し、それを構成する部分は互いに対立し続けてる――宇宙の内の二つのある部分が結合し、調性が整除され、調和するなんてことはない――そのように事象は万事、配列されているのだ――ああっ! 調和よ! お前は、どこに「在る」というのか?!』

6/8 ブログ・カテゴリ「芥川龍之介」にて「アリス物語 ルウヰス・カロル作 菊池寛・芥川龍之介共譯」電子化を始動。
『私は赴くべき場所を示しながら、いつもよりは気品のある裸体をしている』

6/7 ブログに博物学古記録翻刻訳注第16弾『滝澤馬琴「燕石雑志」及び「烹雑の記」に現われたる佐渡の異魚三十種に就いての記載』を公開。
『人間は様々な考えより一つの態度に忠実なものである』

6/1 ブログに渾身の――人魚の憂鬱――毛利梅園の「梅園魚譜」の「人魚」を公開。
『多くの女を手に入れ、望むなら総てを我がものに出来たはずの僕――但し、少しでも障害が見えたり、何より無駄に時間がかかると分かった時にはさっさと諦めた。だから実際に手を出した女は僅かしかいない――愛した女について言うなら、僕は愛したとたんに被害妄想の虜となった――恋のその始めっから、実は、僕は愛されてなんかいないんだ――この女に欺されてるんだ――この女にとっちゃ僕なんか取るに足らない気紛れの腰掛け程度のものでしかないんだ――と考えていた。嫉妬だってそんな被害妄想の産物だったのかも知れない』

5/13 ブログ・アクセス680000突破記念として火野葦平「花の下の井戸」をブログ公開。
『総ては静かに整然と私の内部から発せられる――希望なき明晰という輝きが――』

5/4 二日半かかって完成させたコダワリの「本朝食鑑」の「烏賊魚」原文電子化訳注附をブログ公開、それに合わせて博物学古記録翻刻訳注第15弾として『栗本丹洲筆自筆本「蛸水月烏賊類図巻」に現われたる「舩頭烏賊 タチイカ」の図』も公開して花を添えた。夜、ブログ・カテゴリ「堀辰雄」にて「十月」正字正仮名版 附やぶちゃん注を完遂。
『疲労は、至高に蠱惑的なしかめっ面を創って呉れるものさ』

4/23 ブログ・カテゴリ「耳嚢」にて志賀理斎「耳嚢副言」附やぶちゃん訳注を完遂、これを以って「耳嚢」マイ・ブーム――延べ5年と213日――取り敢えず、大団円也! 午後、ブログに博物学古記録翻刻訳注第14弾『「本朝食鑑 第十二巻」に現われたる海月の記載』を公開。
『人をつかまえておきたい。手放したくない。釘付けにしておきたいんだ。だけど、皆逃げてしまう』

4/20 ブログに博物学古記録翻刻訳注第13弾『「本朝食鑑 第十二巻」に現われたる老海鼠(ほや)の記載』を公開。
『「僕という存在」を――「僕の話」と――いっしょくたにしないで呉れ給え!』

4/19 ブログに博物学古記録翻刻訳注第12弾『「本朝食鑑 第十二巻」に現われたる海鼠の記載』を公開。
『……髄の髄まで満足したいと思うなら――君は君の衣装戸棚をいじくり回すのをやめたがいい』

4/16 ブログに博物学古記録翻刻訳注第11弾『 「尾張名所図会 附録巻四」に現われたる海鼠腸(このわた)の記載』を公開。
『私が女体に次いで愛したもの――樹木――そして建物――建築は音楽の代わりだ』

4/7 五年半かけた「耳嚢」全十巻1000話の原文電子化附オリジナル訳注ブログ・カテゴリ「耳嚢」完遂! 感慨無量!
『人生の歩みは僕には緩慢過ぎる。もっとスピードを速めよう、まっしぐらに。』

4/1 藪野直史野人化4周年記念+ブログ・アクセス670000突破記念として火野葦平「海御前」をブログ公開。
『私はあなた方の言う「正義」を認めない』

3/19 母聖子テレジア4周忌――4年目にして初めて多磨霊園の母と僕の墓――慶應義塾大学医学部納骨堂――に墓参りした――

2/18 ツイッターのFeldlein氏のドイツ語訳の御協力を受けて『「いとめ」の生活と月齢との関係――附・「いとめ」精虫及び卵、并びに人類の精虫電気実験に就きて――   新田清三郎 (Ⅶ)』をブログ公開。午後、2006年5月18日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、8年9ヶ月で660000アクセスを突破した記念火野葦平「あひびき」をブログで公開。
『宇宙の二つの部分が結合し、同調し、調和することが「ないように」事象というものは配列あるのだ――ああっ、調和よ! お前はどこに「ある」という言うのか?』

1/24 ブログ記事「日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十七章 南方の旅 モースが発掘したのは「当尾貝塚」ではなく「大野貝塚」であった!を公開。
『老人はジルに言う。「罪は避けようのない体験なのだ――罪とはオイディプスの物語だ――」』

1/19 ブログ記事「日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十七章 南方の旅 貝塚発掘 ――切に考古学者の見解を乞う! モースが発掘したのは「当尾貝塚」だったのか? それとも「大野貝塚」だったのか?――」にて疑義生ず。識者の御教授を乞う。
『老人はジルに言う。「キリスト教?――そいつはありとある宗教の寄せ集めさ!』

1/9 ブログ・アクセス650000突破記念として「心朽窩旧館」に佐藤春夫「魔のもの Folk Tale」(PDF縦書版)堀辰雄「淨瑠璃寺の春」(正字正仮名PDF縦書版)を公開。
『老人はジルに言う。「お前――罪というものは観念ではないのだ――宗教には観念はない――体験的事実があるだけだ――」』

1/5 ブログで公開した『やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅵ ■4 推定「第二號册子」(Ⅲ) 頁3』の中に、今度は佐藤春夫による「澄江堂遺珠」に於ける捏造の痕跡を発見。夕刻、ブログ・カテゴリ「佐藤春夫」を始動。まずは「車塵集」から。
『哀願は無為よりマシだ。真の哀願には想像を絶するパワーが潜んでいると言えないか?』

1/4 ブログで公開した『やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅴ ■4 推定「第三號册子」(Ⅰ) 頁1~2』の中に、遂に堀辰雄による旧岩波版全集「未定詩稿」内の全抹消詩の恣意的復元という捏造の痕跡を発見
『みんなは、あまりにも嘘が好きなんだ』

1/2 ブログ・カテゴリ『「澄江堂遺珠」という夢魔』に於いて『やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成』を開始
『率直且つ粗暴な対話を――しよう――』

2015/1/1 謹賀新年 芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯「澄江堂遺珠」PDF縦書版及び同「澄江堂遺珠」HTML縦横書版を「心朽窩新館」に公開、ブログ・カテゴリ『「澄江堂遺珠」という夢魔』でも「澄江堂遺珠」全テクストと画像を同時公開
『――レジスタンス――老いさらばえた民主主義の信望者――そして共産主義者……「少数派」はこんなにいる……私はこうした少数派の知識人であったことを誇りに思う。いつか人々は興味ありげに、この少数派の我々の前に屈みこんで、互いに通ずる音と、そして異なった音を聴くことであろう。そしてその微かな音が必ずや増幅されるのだ』

2014年(抜粋)


2014/12/30 ブログ・カテゴリ「橋本多佳子」にて生前の四冊の句集総ての電子化注を終了
『現代人は恐ろしく頽廃的なんだ。戦争する力さえ失ってしまった。現代人には出来なくなってしまったことが他にもごまんとある。だのに、無智な者としての自惚れと傲慢とを以って現代人は、もう自分には出来なくなってしまったことを、耐え切れなくなってしまったことを断罪してるんだ。芸術? 芸術だって同じことさ! 現代人は最早、芸術家にはなれない。だからみんな、科学者になっちまったのさ』

2014/12/28 「やぶちゃんの電子テクスト集:俳句篇」に杉田久女全句集 附やぶちゃん注」(PDF縦書版)を公開。
『――それは――悔恨だけによって一つの神話が積み重ねられつつある暗闇だ』

2014/12/20 ブログ・カテゴリ『「澄江堂遺珠」という夢魔』を始動、手始めに驚天動地の「澄江堂遺珠」の「麥秀」のとんでもない誤り」を公開。
『彼女の不器用な芸のない口――それは僕の好み通りの厚い唇をしているけれど――それだって僕のに比べれば薄く見える――』

2014/12/18 「心朽窩旧館」に、やぶちゃん版萩原朔太郎全歌集 附やぶちゃん注」(PDF縦書版)を公開。
『今、私は何処までやって来てしまったのだろう?』

2014/12/15 心朽窩新館の「やぶちゃん版芥川龍之介詩集」改訂し、注も増補、更に新たに同PDF縦書版も同時に公開。
『僕は汚らわしい男で、腸(はらわた)みたような穢いものが大好きなんだ』

2014/12/4 萩原朔太郎青春歌集「ソライロノハナ 附やぶちゃん注」(PDF縦書版)を「心朽窩旧館」に公開。また、ブログ・カテゴリ「北條九代記」は巻第七に入る。
『デカダンな人間にとって目前のディナーはスカトロジーの対象でしかない』

2014/12/1 ブログ・カテゴリ「萩原朔太郎」に於いて、現在知られる限りの萩原朔太郎の全短歌の電子化を終了
『僕は君らの――最も現実的であると同時に最も非現実的な――そうしてまた――存在していると同時に非在でもある証人なのだ』

2014/11/28 芭蕉忌及びブログ・アクセス640000突破記念として芥川龍之介「枯野抄」の私のオリジナル授業ノートをブラッシュ・アップして新版として大改稿、HTML横書版の他、芥川龍之介の「枯野抄」本文と合体させたPDF縦書版としても公開。
『彼のヒューマニズムの証(あかし)のようにも見えるアイロニー故にこそ、僕は彼を愛していた』

2014/11/26 「やぶちゃんの電子テクスト集:俳句篇」に「芭蕉臨終前後関連書」として、「前後日記」各務支考(「笈日記」より)「芭蕉翁終焉記」宝井其角(「枯尾花集」より)「芭蕉臨終記 花屋日記」文曉(偽書) の三篇を総てPDF縦書版で公開。――芭蕉が遺書を書いた日に――
『今じゃオカルティズムなんぞ糞食らえだ、何のエクスタシーも感じない。あれも所詮、デジャ・ヴュさ――』

2014/11/6 「心朽窩 新館」に偏愛するガルシンの「信号」(神西清訳)を HTML横書版 及び PDF縦書版 の二種で公開。
『野心とか勝利とか――要するにそれは――一個の彫像――一編の楽曲――一篇の小説――それに就いての僕の夢想飾っていた主題にしか過ぎなかったのだ! 芸術は遂に僕に何ものをももたらさなかったんだ!』

2014/11/5 「心朽窩 新館」にイワン・ツルゲーネフ「猟人日記」中山省三郎訳「生神様」のPDF縦書版を公開――母の思い出に――
『あの男は毎朝早々にミサにゆく。だがそこで、あの男の心は必ず抉られるんだ』

2014/11/2 結果的に今年最大の大仕事となった『二〇一四年「奥の細道」シンクロニティの記録 注・藪野唯至』(2.41MB・416頁・PDF縦書版)を「やぶちゃんの電子テクスト集:俳句篇」に公開。
『僕の趣味?――それはね――自分から総てを剥奪して――そうして――総てから遠く離れ去ってしまいたいという悍ましい趣味だ』

2014/10/29 「心朽窩旧館」の栗本丹洲「栗氏千蟲譜」巻十(全)――原色原画画像完備・やぶちゃん翻刻・訓読・詳細補注附――強力リニューアル
『大事なのは優しい感情なんかじゃあない、欲求だ』

2014/10/22 ブログ・アクセス630000突破記念第一弾として「芭蕉、杜国を伊良湖に訪ねる(「笈の小文」より 藪野唯至附注)PDF版」を「やぶちゃんの電子テクスト:俳句篇」に公開、また、ブログ・アクセス630000突破記念第二弾として、「心朽窩旧館」の栗本丹洲「栗氏千蟲譜」巻九(全)――原色原画画像完備・やぶちゃん翻刻・訓読・詳細補注附――を強力リニューアル。
『僕の人生というもの――そのものが無駄な時間に過ぎない――』

2014/10/14 「心朽窩旧館」の博物学テクスト『蛙変魚 海馬 草鞋蟲 海老蟲 ワレカラ 蠲 丸薬ムシ 水蚤  栗本丹洲(「栗氏千蟲譜」巻七及び巻八より)』を全面改稿、国立国会図書館蔵の原色原画画像を添付
『総ての発育成長の究極の形態――それは――死――である』

2014/10/13 「心朽窩旧館」の博物学テクスト『海鼠 附録 雨虎(海鹿) 栗本丹洲(「栗氏千蟲譜」巻八より)』を全面改稿、国立国会図書館蔵の原色原画画像を添付
『諸君は何の拠りどころもないくせに、互いに互いを信頼し合い、笑い合いつつ生きて、しかもいつも全く場違いに笑っているのだ』

2014/9/16 ブログ・アクセス620000突破記念として「定本 やぶちゃん版芥川龍之介全句集」全五巻のPDF縦書版の「一 発句」「二 発句拾遺」「三 書簡俳句」「四 続 書簡俳句 附 辞世」「五 手帳及びノート・断片・日録・遺漏」を「やぶちゃんの電子テクスト:俳句篇」に公開。
『破壊とは、命に対する裏返しの信頼なのだ』

2014/8/13 ブログ・アクセス610000突破記念として「篠原鳳作全句集」縦書PDFファイル版を「やぶちゃんの電子テクスト:俳句篇」に公開、及び私の句集「鬼火」の縦書PDFファイル版をもトップ(上欄)に公開。
『僕は独房に追い詰められた。嫌悪と軽蔑という道徳の、当然の帰着というものさ』

2014/8/1 ブログ・カテゴリ『山之口貘』にて、現在、知られる山之口貘の全詩篇(準定稿を含み、草稿は除く)の電子化注釈を完遂
『アーティストとは自己を疑っている人種であり、同時に自己に確信を持っている人種である』

2014/7/16 ブログ・アクセス600000突破記念として杉田久女の随筆「菊枕」をブログ公開。夜、ブログ・カテゴリ「日本その日その日」E.S.モース(石川欣一訳)で「第十三章 アイヌ」を終了。
『書物とは、一つの行為でなくてはならぬ』

2014/7/5 ブログ「鬼火~日々の迷走」開設9周年記念として八木重吉処女詩集「秋の瞳」〈初版復刻サイト一括版〉を「心朽窩 新館」に公開。
『読書は生命のあらゆる魅力を奪い去ってしまう麻薬と同じだ』

2014/6/26 本サイト「鬼火」開設9周年記念として「鬼城句集」(+縦書版)を「やぶちゃんの電子テクスト:俳句篇」に公開。
『君は――戦争には反対、革命には賛成――だがね、革命だって戦争だぜ』

2014/6/16 ブログ・アクセス590000突破記念として火野葦平「名探偵」をブログ公開(6月2日の一日8839アクセスという特異点によって最短期間の14日で突破更新となる)。
『僕はつきあった女の体を思い出すことに飽きたことがない。そいつらの乳房のかたちはいつでもはっきりと思い出せる。全くもってそれしか目に入らなかったから』

2014/6/5 ブログ・アクセス580000突破記念として「橋本多佳子句集 藪野直史選 六十一句」(+縦書版)を「やぶちゃんの電子テクスト:俳句篇」に公開。
『恋人同士の情愛それが何よりも偉大であるためには、その当事者たちが情愛以外の情熱を共有している場合にだけ真である』

2014/5/12 私の愛する義父慈覚禅喜居士(俗名長谷川世喜男)は今日、天に召されました――直史ルカ記
        ブログ・アクセス570000突破記念
として火野葦平「曲馬團」をブログ公開。

2014/4/12 ブログ・アクセス560000記念として火野葦平「邪戀」をブログに公開。
『僕は辛抱強いたちだ。今までただ待ち続ける人生だった。一生、ただ何かが起こるのを待った……何が起こるかも知らずに……』

2014/4/6 山之口貘の詩「告別式」自筆原稿17枚オリジナル電子化評釈附きでブログ公開。
『一本の木、一本の石、それは恋人の肉体より暗示的だ』

2014/4/2 藪野直史野人化3年目突入記念として、芥川龍之介「飯田蛇笏」附やぶちゃん注を「心朽窩旧館」に公開。
『僕の周りに火を放って、神秘的な空き地を充分に広げよう――』

2014/3/3  ブログ・アクセス550000記念として火野葦平「南と北」をブログに公開。
『時代というものが与えて呉れる様々な型枠に忠実であるということは、観察者の持っている何よりの美徳であり、その時代や環境が悲惨であればあるほど、最早、それだけが唯一無二の美徳であるのかも知れない』

2014/1/27 ブログ・アクセス540000突破記念としてサイト完全版・大手拓次詩集「藍色の蟇」(やぶちゃん注附初版再現版)+縦書版を「心朽窩 新館」に公開。
『沢山の鍵がある――しかしその多くは当てにはならない』

2014/1/24 ブログ・アクセス540000記念として火野葦平「濁流」をブログに公開。
『危険――それは成功にうんざりすることだ』

2014/1/8 博物学古記録翻刻訳注第10弾「鈴木経勲「南洋探検実記」に現われたるパロロ Palola siciliensis の記載」を公開。
『ある敵の前で糞をしている夢を見た――夢判断のキーを用いたら、さて? どんな解釈だい?』

2013年(抜粋)

2013/12/12 シンクロニティ芭蕉「芭蕉、杜国を伊良湖に訪ねる」 ハマりにハマって16700字、分量膨大に附き、ご覚悟あれかし)を公開。八木重吉「大和行」暗愚にして迂闊迂遠なる注釈附で公開。
『私は無限に弱い――そして同時に強靭だ――そう感じている――丸腰にしてフルメタル・ジャケット――あらゆる事象の核に居る隠遁者――無益にして必須の存在――私は本能の声だけを聴いているのだ』

2013/12/1 ブログ・カテゴリ『「ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ』で「4 休暇の始まり」を公開。
『あの頃、この世で持っていられた富といえば――50サンチームのパスカルの本一冊――ナイフ1丁――時計一つ――二、三枚のハンカチーフだけ……加えて手紙一つ来る訳でもなく……それは一見、ひどくみじめなもんだったが……でも、その時ぐらい、幸福だったことは、ないね』

2013/10/15 昨日のブログ510000アクセス突破記念「やぶちゃん版中島敦短歌全集 附やぶちゃん注」にも大きく関わるところの「中島敦 昭和十一(一九三六)年 手帳 附やぶちゃん注」「心朽窩旧館」に公開、是非とも併せてお読み戴きたい。
『率直且つ粗暴な対話を俺は欲している』

2013/10/14 ブログ510000アクセス突破記念として「心朽窩旧館」に、「やぶちゃん版中島敦短歌全集 附やぶちゃん注」(+同縦書版)を公開。
『神とは、鼓動し、触覚し得る残忍なる秘蹟であって、それは天上にではなく――地上に在る』

2013/9/29 「心朽窩旧館」の芥川龍之介「江南游記」に教え子T.S.君の探勝になる白雲寺の写真を注に追加。
『芸術家とは如何に内に籠っていたとしても無意識のうちに客観的な見方をするものである』

2013/9/26 渾身の劇評『平成25(2013)年9月文楽公演 竹本義太夫三〇〇回忌記念 通し狂言「伊賀越道中双六」劇評 或いは 「義死」の「死の舞踏」が絶対ルールとなる武士道スプラッター満載の究極の「人生ゲーム」の蠱惑 或いは 心朽窩主人謹製「伊賀越道中飛び双六」』をブログにて公開。
『女たちから人生を教えて貰いたいとは思ったが――女たちによって人生を決定されたくはなかった――』

2013/9/12 博物学古記録翻刻訳注第9弾「 “JAPAN DAY BY DAY” BY EDWARD S. MORSE の “CHAPTER XII YEZO, THE NORTHERN ISLAND” に現われたるエラコの記載 / モース先生が小樽で大皿山盛り一杯ペロリと平らげたゴカイ(!)を同定する!」をブログに記載。
『仲間だって?! 僕に仲間なんていやしない。僕は君が好きじゃない。君は生きて、そしてそれを楽しむことが出来るじゃないか。それはしかし、僕の知ったことじゃないのさ』

2013/9/4 記念すべきブログ500000アクセス突破記念として、「心朽窩旧館」に芥川龍之介「龝夜讀書の記」(附やぶちゃん注)及び萩原朔太郎「芭蕉私見」(昭和一〇(一九三五)年十一月号『コギト』掲載初出形復元版 附やぶちゃん注)を公開。
『幸福とは、所詮、不幸と同義である。さあ、もう一方の頰を差し出し給え』

2013/8/16 昨夜来の山本幡男氏の驚愕の爆発的ワード検索アクセス(12時間で3600超)の中で(このホーム・ページの来訪者のためにブログ・カテゴリ「山本幡男」及び「山本幡男遺稿抄 やぶちゃん編」同縦書版)へのリンクを示しておく)、あっという間にブログ490000アクセスが突破されたその記念として芥川龍之介の『「河童」決定稿原稿の全電子化と評釈 藪野直史』(+縦書版)及び通読用の『芥川龍之介「河童」決定稿原稿(電子化本文版)』(+縦書版)を公開。
『僕は所謂――死の荘厳――死の成果――死の誘惑――死の陶酔――死というものの持つとされる誇り……そうした死一切を――放棄する』

2013/8/15 「やぶちゃんの電子テクスト:俳句篇」に私の拙攷「イコンとしての杖――富田木歩偶感――」(+縦書版)を公開。――母に捧ぐ――。また、「心朽窩旧館」の『中島敦「山月記」授業ノート 藪野直史』の「第二段 再会」の冒頭にT.S.君の考証になる「商於の同定について」を追加。
『この僕は、とうの昔から、何かを「しよう」と捜しあぐねてきたんだ! でも――何もすることがないんだ――全く何も――』

2013/8/12 ブログに『教え子T.S.君の昨日の「山月記」の旅』を写真入りで掲載。李徴が虎になった汝墳訪問の記録
『リアリズムから遙かに遠く離れた作家であっても――自身の記憶からは遁れられない』

2013/8/8 「心朽窩旧館」の芥川龍之介「冬と手紙と」を再校訂リニューアルし、芥川龍之介と南方熊楠の接点を探る画期的な考察である metal_clarinet 氏のブログ記事「芥川龍之介と南方熊楠」を同氏の御許可を得て参考資料として追加させて戴いた。また、芥川龍之介「北京日記抄」に教え子T.S.君の探勝になる天寧寺及び東配殿の写真を注に追加。特に天寧寺のレリーフは慄っとするほど素晴らしい! 同じくT.S.君の探勝になる芥川龍之介「長江游記」の「一」の舞台である蕪湖の注にT.S.君の優れた紀行文と写真を追加。特にT.S.君のそれはすこぶる感慨深いものである。必読せずんばならず!
『眠りから覚醒すること――なんという不本意!』

2013/7/6 
ブログ開設8周年記念としてブログに「遍歴五十五首 中島敦連作 附やぶちゃん注」及び『自敍傳(「ソライロノハナ」より) 萩原朔太郎』を公開。深夜、芥川龍之介「河童」決定稿原稿の完全電子化ブログにて完遂。
『最高の破滅に予約をしておくこと』

2013/7/5 
ブログ480000アクセス記念として「心朽窩旧館」に芥川龍之介「猩々の養育院(Orangoutang's almshouse)」を公開。
『欲望――それは多分、人間が所有する総てである』

2013/7/2 ブログ・カテゴリ『鎌倉紀行・地誌』明治三一(一八九八)年八月二十日発行『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」より江の島の部の電子化を始動博物学古記録翻刻訳注第8弾「蛸水月烏賊類図巻」に表われたるアカクラゲの記載をブログに記載。
『まずは話しかけてみることにしようか、愚劣なる紳士諸君に』

2013/6/26 HP開設8周年記念として「心朽窩旧館」に芥川龍之介の初期文章「(我輩も犬である 名前は勿論ない……)」を公開、また
同記念プロジェクトとしてブログにてカテゴリ「日本その日その日 E.S.モース 石川欣一訳」を創始し、「第五章 大学の教授職と江ノ島の実験所」からオリジナル注を附して始動。
『私は道徳的に生まれた人間です』

2013/6/22 芥川龍之介「修學旅行の記」(ブログ版 芥川龍之介未電子化掌品抄)をブログ公開し、「心朽窩旧館」にもリンク。『芥川龍之介「河童」決定稿原稿 九』を公開、
校正漏れの亡霊が無数に跳梁しているこの怪異を見よ!
『日は昇る、君はそれに気づくに違いない』

2013/6/13 『芥川龍之介「河童」決定稿原稿 五』にて、『改造』初出(現行「河童」)の表記の勝手な変更を複数発見。
『情熱を実践することだけが問題だ。あとはどうでもいいのさ。理性で照らせば、どんなことも常に――結果は惨憺たるものに過ぎん』

2013/6/12 『芥川龍之介「河童」決定稿原稿 四』にて、
『改造』初出(現行「河童」)の表記の勝手な変更及び岩波版芥川龍之介旧全集の校異の誤りを発見。
『僕は君を愛していないと言おう――しかし――僕は他の誰をも皆、愛してなんか、いないんだ』

2013/6/10 
博物学古記録翻刻訳注第7弾「守貞謾稿」に表われたるナマコの記載をブログに記載。
『事実を改竄することは事実の精神を改竄することではない』

2013/6/4 
博物学古記録翻刻訳注第6弾『喜多村信節「嬉遊笑覧」に表われたるナマコの記載』をブログに記載。
『不正は堂々としていて、そして、いたって静かで、そして、いたるところに――在った』

2013/6/2 ブログ470000アクセス記念として「心朽窩旧館」に萩原朔太郎「斷橋の嘆――芥川龍之介氏の死と新興文壇――」を公開。
『後世?――「後世」とは、一体、誰が造るのかね?』

2013/5/29 「心朽窩旧館」に中島敦「山月記」及び私藪野直史の「山月記」授業ノート
特別公開
『まだ一つだけ美しい階段がある。人生には美しい階段があるんだ――』

2013/5/18 
博物学古記録翻刻訳注第5弾『広瀬旭荘「九桂草堂随筆」に表われたるホヤの記載』をブログに記載。
『僕があなたの行為を立派だとおもうのは、あなたがそれを全く信じていないからですよ』

2013/5/15 
博物学古記録翻刻訳注第4弾『後藤梨春「随観写真」に表われたるボウズボヤ及びホヤ類の記載』をブログに記載。
『私は「私たち」ではなく、「私」と言明しなくてはならない』

2013/5/1 ブログ460000アクセス記念+私と妻との23回目の結婚記念日記念として「心朽窩旧館」に萩原朔太郎「小泉八雲の家庭生活」を公開。
『最も強い存在は、自ずから本質を濾過しながら、自ずから超えようとするものである』

2013/4/25 博物学古記録翻刻訳注第3弾『「蒹葭堂雑録」に表われたるスカシカシパンの記載』をブログに記載。
『リアリズムから遙かに遠く離れた作家であっても――自身の記憶からは遁れられない』

2013/4/19 博物学古記録翻刻訳注第2弾『「筠庭雑録」に表われたるホヤの記載』をブログに記載。
『「レ・ミゼラブル」再読――何と言う脳天気と健康さ! 何とあの頃のフランスは、撓み傾ぎ壊れそうでいながら、どっこい丈夫だったことだろう! そして無邪気に己れの心に耳傾ける小説家こそが、同時に比類なき歴史家なのだ。この叙事詩がゾラの総てを生んだのだ。横倒しにされて果敢に抗う馬のような――都市に蝕まれた民衆の叙事詩だ』

2013/4/18 
博物学古記録翻刻訳注第1弾『「立路随筆」に表われたるカツオノエボシの記載』をブログに記載。
『ニーチェはキリスト教の諸価値に完全には無関心でいられなかったから、ある日、狂人を宣言したのだ――それはランボーが私は商人だと言ったのと、また、イジドール・デュカスがロートレアモンを演じた一年後に早々に反ロートレアモンをぶちあげたのとおんなじさ』

2013/3/31 
野人化一周年記念として、午前中に「心朽窩旧館」に丘淺次郎「生物學講話」HP版を起動、まずは、「はしがき」及び「第一章 生物の生涯」を公開。同記念第二弾として、午後に、やはり「心朽窩旧館」に「北條九代記」HP版を起動、まずは「序」及び「卷第一」(+縦書版)を公開。
『国民とは単一の声ではない。それは合唱だ。独唱者は必ず要る。それが私や私に類する少数の人々だった。私たちは負け、「裏切り者」の宣告を受けた。全く以って異存はない――もしあなた方の「大義」が敗れていたなら、あなた方が「裏切り者」だったのだから――』

2013/3/25 
ブログ450000アクセス記念として「やぶちゃんの電子テクスト:俳句篇」に、「やぶちゃん正字化版西東三鬼句集 《西東三鬼全四句集『旗』・『夜の桃』・『今日』・『變身』(全)+「『變身』以後」(全)+やぶちゃん選拾遺抄Ⅰ~Ⅲ》」(+縦書版)、及び、室生犀星「あじゃり」を公開。
『私は君たちを憎まない――しかし――弾丸の尽きるまで君たちと戦おう』

2013/3/11 
ブログ・カテゴリ「中島敦漢詩全集 附やぶちゃん+T.S.君共評釈」を創始。「芥川龍之介漢詩全集」に継ぐ、教え子のT.S.君との協働になる全くオリジナルな中島敦の漢詩評釈プロジェクトである。乞うご期待!
『一人の女を所有するただ一つの方法――それは彼女を苦しめることである』

2013/2/15 
ブログ440000アクセス記念及び
私の純粋野人初年56歳の記念として、「心朽窩旧館」に正宗白鳥「芥川龍之介」を正字正仮名で公開。
『鍵は既に見つかっている――と同時に――何一つ鍵は見つかっていない』

2013/1/12 
ブログ430000アクセス記念として、「心朽窩旧館」に室生犀星「芥川龍之介の人と作」を正字正仮名で公開。
『人間は闘争の中ににしか存在しない。人間は死の危険を冒すことによってのみ、真に生きる。如何なる思考も――如何なる感情も――死の危険に晒されない限り、リアリティを持つことは出来ない』

2012年(抜粋)

2012/12/31 今年最後で最大の仕儀「芥川龍之介漢詩全集 附やぶちゃん訓読注+附やぶちゃんの教え子T・S・君による評釈」(+縦書版)を「心朽窩新館」に公開。これを以って一つの私の憂鬱は完成した。
『近頃の歴史家ときたら、技巧も文体も詩想も持たない――ただの「教師」――に成り下がってる』

2012/12/5 ブログ420000アクセス記念として、「心朽窩旧館」に畑耕一「怪談」を公開。
『死は仮面である――仮面に過ぎない』

2012/11/7 芥川龍之介「江南游記」の「三 杭州の一夜(上)」の「新新旅館」注に、教え子のT.S.君が撮って呉れた写真と彼の解説他を挿入、「上海游記」の「十三 鄭孝胥氏」の注に鄭孝胥自邸玄関前での鄭・芥川らのスナップ写真を追加。
『――思い浮かべる――「神々は非情なり」――同時に、も一つ――「神は純粋精神なり」――』

2012/11/4 「心朽窩旧館」の芥川龍之介「江南游記」の「九 西湖(四)」の「樓外樓」注に、
驚天動地の「樓外樓」前共時写真及び教え子T.S.君の撮って呉れた検証写真と解説を挿入。
『歴史家でさえ小説家と違ったことが出来ている訳ではない』

2012/10/25 
私の愛する義母蓮臺淨喜大姉(俗名長谷川喜久子)は今朝、天に召されました――直史ルカ記

2012/10/16 「心朽窩旧館」に我、我鬼となって、芥川龍之介「澄江堂日録」附やぶちゃんマニアック注釈+同縦書版を公開。
『私は常に国家主義者であり、同時に国際主義者であった』

2012/10/7 「心朽窩旧館」に「鎌倉攬勝考總目録(やぶちゃん電子版)」を公開。検索の用に供するとともに、これを以って一年九ヶ月余を費やした「新編鎌倉志」「鎌倉攬勝考」本文の全テクスト化プロジェクトを完遂
『少なくとも両足は穢さねばだめだ。しかし、手を穢してはいけない。私は決して手は穢さななかった。両足だけだ』

2012/10/4  「心朽窩旧館」の芥川龍之介「子供の病氣」(附やぶちゃん詳細注)に現れた
謎の言葉「しほむき」を「TINA」様という未知の女性の方からの情報によって解明! 注を補塡した。六年の電子テクスト作業の中で、数少ないわくわくする体験の場を与えて下さった、TINAさんへ――ありがとう! “Here's looking at you, kid!”――君の瞳に乾杯!――
『作家はいつも言葉に騙されている。人が騙されることが一つだけあるとすれば、それは、彼等の職業に於いてなのだ』

2012/9/20 ブログ400000アクセス記念として、「心朽窩旧館」に芥川龍之介「我鬼窟日録」附やぶちゃんマニアック注釈+同縦書版を公開。
『個々の対象に対する嫉妬は宿命にぶつかって砕け散る』

2012/8/17 「心朽窩旧館」に畑耕一の「恐ろしき電話」(+同縦書版)を公開。「北京日記抄 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈」の「二 辜鴻銘先生」の辜鴻銘の注に私の教え子で中国在住のT.S.君が探査した詳細な写真附き報告を追加。
『僕はヴェルダンの戦線で、降り注ぐ砲弾の中にあっても、弾帯に隠した安物の、パスカルの死についての書物を、形而上学的な努力を払って読もうとした』

2012/8/12 ブログ390000アクセス記念として、「心朽窩旧館」に“OF A PROMISE BROKEN BY LAFCADIO HEARN”及び「破られし約束 小泉八雲原作 藪野直史現代語訳」(+同縦書版)を公開。
『少年時代、両親が居ないときは、僕は、自分の部屋のベッドの下や、誰もいない部屋の真ん中に寝そべって、そこは墓なんだ、と思い込んだ――そうしてそれにえもいわれぬ甘いエクスタシーを感じたものだった』

2012/8/7 芥川龍之介「芥川龍之介中国旅行関連書簡群(全53通) 附やぶちゃん注釈」の六一四号書簡の注に、芥川が北京で泊まった「扶桑館」について、私の教え子で中国在住のT.S.君が探査した詳細な写真附き報告を追加。火野葦平「詫び證文」をブログ公開。
『それは彼方ではない、手前にある。私は私の核に触れたいのだ』

2012/7/30 
教え子T.S.君の上海追跡録の新情報を、芥川龍之介「上海游記」の「三 第一瞥(中)」のトーマス・ジョーンズ注、及び「十九 日本人」の「同文書院」、及び終章「二十一 最後の一瞥」に追加。
『力を観念としては愛していた――しかし目の当たりにすると――決まって辟易した』

2012/7/20 私の教え子の手になる【二〇一二年T.S.君上海追跡録 第二】「上海游記 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈」の「十三 鄭孝胥氏」及び「十八 李人傑氏」に追加した。是非、御覧あれ。
『僕はみんなに気に入られたかったんだが、器用さを欠いていた。尤も、この器用さという奴に僕は同時に嫌悪を感じているがね』

2012/7/13 私の教え子が芥川龍之介の「北京日記抄」に現れる幻の「三門閣」を遂に発見! それを含む新知見と画像を「北京日記抄 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈」の「窑臺」及び「三門閣下」の注に追加した。また、「心朽窩旧館」の「鎌倉攬勝考卷之二」全テクスト化と注釈を完了。
『戦争とは必竟肉体の試練である』

2012/7/8
 私の教え子が芥川龍之介の「北京日記抄」とそこに附した私の注を読みながら、北京の芥川龍之介の現在を追跡して呉れた手記と写真「北京日記抄 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈」の「謝文節公祠」及び「窑臺」の注に追加した。是非、御覧あれ。
『人生をやり直せるとしたら――哲学と宗教史だ――文学は天才にしか楽しむことは出来ないからね』

2012/7/6 ブログ開設7周年記念として「心朽窩旧館」の泉鏡花「一葉の墓」をブログ記事からHPの正式ページ仕様に変更、総ルビ化してリニューアル、縦書版も附した。また、私の教え子が芥川龍之介の「上海游記」とそこに附した私の注を読みながら、上海の芥川龍之介の現在を追跡して呉れた手記と写真【二〇一二年T.S.君上海追跡録】「上海游記 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈」に多量に追加した。是非、御覧あれ。
『私は霊魂も神も信じない。私が信じるのは至上の完璧なる核心の力がただ永続することだけだ。そうして――そうして――この世界はその力学の空しい現象に過ぎないということだ』

2012/7/4 ブログ380000アクセス記念として、「心朽窩 新館」(「心朽窩旧館」の片山廣子にも)に「おき忘れた帽子 (全一幕) ロード・ダンセイニ 松村みね子(片山廣子)訳」(附縦書版)を公開。
『何処へ行けばいい? 何処も! 世界中が頽廃してる!――「近代」――という名の汎世界的カタストロフ』

2012/6/26 HP開設7周年記念として「――道成寺鐘中――Doujyou-ji Chronicle」に『釈安珎(「元亨釋書 卷第十九 願雜十之四 靈怪六 安珎」より) 附やぶちゃん訳注』(+縦書版)を公開。
『過去が歴史を化粧する――今より生き生きと――コケティシュに』

2012/5/29 ブログ370000アクセス記念として、本トップからリンクの「――道成寺鐘中――Doujyou-ji Chronicle」を創始、既存の「謡曲 道成寺」の外、「紀伊國牟婁郡の惡しき女(「大日本國法華經驗記」より)」「紀伊國道成寺僧寫法花救蛇語第三 (「今昔物語集 第卷十四」より)」「紀州日高の女山伏をとり殺事(「古今辨惑實物語」より)」浄瑠璃「日高川入相花王 眞那古庄司館の段 渡し場の段」の4作品(各篇縦書版附き)を一挙公開。
『男と女は互いが互いに醜くしがみついている――人間――この何と言う畜生さ加減!』

2012/5/12 ブログ記事4000記念として、本日作業を始動した「鎌倉攬勝考卷之一」の「鎌倉總説」をブログで公開。
『たった一枚の札を投げ捨てること――それは死と同じだ。浪費家の幻想――それは守銭奴のそれに等しい』

2012/5/10 「心朽窩旧館」に藪野直史野人化記念として『宇野浩二「芥川龍之介」下巻附やぶちゃん注』及び同縦書版を公開。
『友の僕への行為――それが死に赴こうとする私を後押しするものでないのなら――それらは総て空しい愚行に過ぎぬ』

2012/4/21 「心朽窩旧館」の「新編鎌倉志」に「新編鎌倉志總目録(やぶちゃん電子版) 」及び同縦書版を配す。検索の用に供するとともに、これを以って一年三ヶ月余を費やした「新編鎌倉志」本文テクスト化オリジナル注釈プロジェクトを完遂。夜、識者の御指摘を受けて、フイオナ・マクラオド・松村みね子訳「海豹」の底本編集者のミスによる脱落部分補正版をリニューアル公開。
『酒や麻薬と言うのはやはり、人生なのです。煩わしいものですよ、人生と同じでね』

2012/4/15 「心朽窩旧館」に藪野直史野人化記念として『宇野浩二「芥川龍之介」上巻附やぶちゃん注』及び同縦書版を公開。
『僕の関心――絵、パリの街並そして公園、書物、国際情勢、女の肉体、原初の宗教――』

2012/4/9 「心朽窩 新館」にブログ360000アクセス及び藪野直史野人再生記念として『ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」第四部』(ウィリアム・バトラー・イェイツ挿絵 附やぶちゃん注)を公開。これを以ってシングの「アラン島」は完結した。――これが、すべての始まりである――
『僕の人生というもの――そのものが無駄な時間に過ぎない――』

2012/3/31 早期退職して完全なる「野人」となる――御挨拶はこちら――歸去來兮 田園將蕪胡不歸――
『だけどもうすぐ出立(たびだち)だ――旅に出る――出発が送れてるんだ――気がつかなかったかい?――』

2012/2/26 「心朽窩旧館」で最終巻「新編鎌倉志卷之八」テクスト化を終了、これを以て「新編鎌倉志」本文全巻のテクスト化を完遂した。またブログで完成したしづ子の全句からのオリジナル選句鑑賞「鈴木しづ子句抄――雑誌発表句・未発表句を中心にしたやぶちゃん琴線句集」として、やぶちゃんの電子テクスト:俳句篇同縦書版とともに公開。
『しかし、我々は賭けたのです。そして私は負けた。――私は死を要求します』

2012/2/18 ブログ350000アクセス記念として「心朽窩 新館」に「みんなの怪談集――私の最後の教え子の手になる都市伝説――」を公開。
『「レ・ミゼラブル」再読――何と言う脳天気と健康さ! 何とあの頃のフランスは、撓み傾ぎ壊れそうでいながら、どっこい丈夫だったことだろう! そして無邪気に己れの心に耳傾ける小説家こそが、同時に比類なき歴史家なのだ。この叙事詩がゾラの総てを生んだのだ。横倒しにされて果敢に抗う馬のような――都市に蝕まれた民衆の叙事詩だ』

2012/1/7 ブログ340000アクセス記念として「心朽窩旧館」に下島勲「芥川龍之介氏のこと」及び片岡鉄兵「作家としての芥川氏」を公開。
『友達は「僕」を探してなんかいなかった、ただ「僕」を待っていただけなんだ』

2011年(抜粋)

2011/12/20 「心朽窩 新館」の『横光利一「蠅」の映像化に関わる覚書/シナリオ』の冒頭に、同作の「四」のシークエンスの、今年の私の教え子の手になる秀抜なる作品『横光利一「蠅」の「四」の生徒によるオリジナル・ピクトリアル・スケッチ』をリンク、公開。これは教師としての私の形見である。
『僕は何時だって夢と非現実を求めるんだ――二本しか脚がない椅子でバランスをとって座るのが――好きなんだ』

2011/11/17 ブログ330000アクセス記念として「心朽窩旧館」に芥川龍之介「素描三題 附草稿(「仙人」)」を公開。
『僕は一個の人間だ。自分の命をちゃんと操縦していることを証明しよう』

2011/10/9 祖父藪野種雄選になる「啄木歌集」ブログに公開。
『作家はいつも言葉に騙されている。人が騙されることが一つだけあるとすれば、それは、彼等の職業に於いてなのだ』

2011/10/6 ブログ320000アクセス記念として能「道成寺」の台本形式オリジナル・テクスト及び同縦書版を本トップ・ページに公開。
『男と女は互いが互いに醜くしがみついている――人間――この何と言う畜生さ加減!』

2011/9/4 ブログ公開を終えた祖父藪野種雄の遺稿集である「落葉籠」(全)を本トップ・ページに「祖父遺稿」を創始して公開。また、同じくブログ連載を終えた山本幡男遺稿抄――やぶちゃん編――」(全)「心朽窩新館」増田晃森川義信の前に公開。
『私は「私たち」ではなく、「私」と言明しなくてはならない』

2011/8/22 ブログ310000アクセス記念として芥川龍之介「凶」縦書版と合わせて正字正仮名総ルビで「心朽窩旧館」に公開。
『「カラマーゾフの兄弟」はもう三度か四度目だ。今回はその形而上学的な性質に少しばかりがっかりした。ゾシマ長老――ちょっと聖品収納室と信者の臭いがきつ過ぎる。――イワンの異端審問官の話――これは短か過ぎる』

2011/7/24 「心朽窩旧館」の「やぶちゃん版編年体芥川龍之介歌集 附やぶちゃん注」 《縦書版》縦書完全版として公開、合わせて横書版改訂
『一枚岩の「多数派」なんてありはしない! 四十年の「多数派」はあっという間に消え去ったじゃないか。あなた方も、遠からずそうなるんだ――』

2011/6/27 ブログ300000アクセス記念とHP開設6周年記念として「心朽窩旧館」の「鎌倉攬勝考卷之十一附録」金沢八景の由来となった東皐心越の漢詩パートに私の書き下しと注を附して公開ブログにも掲載。
『自由と孤独と怠惰そして憂鬱――それが僕の全財産だった』

2011/6/21 ブログに「龍之介よ、スマトラのわすれな草の花、見つけたよ」を記載。――龍之介の漢詩に潜む彼の遺愛の異花――
『必要なことしか言わないリディアが、僕は好きだった。尤も――必要ということはつまらないことなんだと僕には分かっていたが』

2011/5/26 ブログ290000アクセス記念と僕の富田木歩論「イコンとしての杖」『俳句界』掲載記念としてやぶちゃんの電子テクスト:俳句篇富田木歩随筆「初秋日記」及び同縦書版を公開。
『私は君たちを憎まない――しかし――弾丸の尽きるまで君たちと戦おう』

2011/5/20 ブログにアフォリズム「母」記載。
『それは彼方ではない、手前にある。私は私の核に触れたいのだ』

2011/5/7 ブログに「芥川龍之介と李賀の第三種接近遭遇を遂に発見した」を記載。――我々は遂に芥川龍之介の直筆のラインに李賀を見出した――
『最早、私の心は人間そのものの彼方へと向かっているんだ――しかしそこにこそ「人間的なもの」の最期の秘密の隠れ家の入り口が開いている――神々よ、主よ!』

2011/4/29 僕の富田木歩論「イコンとしての杖」『俳句界』掲載記念としてやぶちゃんの電子テクスト:俳句篇『富田木歩愛妹まき子哀傷小品二篇「おけら焚きつゝ」「臨終まで」 附 同哀傷句群』及び同縦書版を公開。――母に奉ぐ――
『ニルヴァーナというのも――いや、その体系は他のどの宗教よりも精巧に組み立てられており、それ故に魅力的なものではあるが――それもやっぱりユートピアの夢に過ぎぬのではないか?』

2011/4/25 本日発売の文學の森刊『俳句界』五月号に僕(ペンネーム藪野唯至名義)の富田木歩論「イコンとしての杖」が掲載(文學の森社からの依頼原稿)。――母に奉ぐ――
『私は石橋を叩いて渡るような知識人にはなりたくなかった』

2011/4/9 ブログ280000アクセスの記念に――「縄文の母子像」――遠い昔の記憶の中の母と僕の写真をブログに飾った。――母の形見として――
『私は現象を食い飽きた――今、私は本質だけを希求している――いや、本質の彼方にある語りえぬものを求めている』

2011/4/8 ブログに『筋萎縮性側索硬化症の母に「これで終わりです」という医師の直接告知は妥当であったと言えるか?』を掲載。――インフォームド・コンセントの在り方への警鐘として――
『仏教徒にとって「解脱」とは人間としての「個の生」を絶滅することではない――現世の、この連綿と続いている無限の「永遠の生の連鎖」を完全に断ち切ることなのだ――彼等は「永遠の生」を、それが「個の生」なるものが、永遠に延びた飴のように繋がったものに過ぎない、という理由で絶滅しようとするのである』

2011/3/31 心朽窩新館の「伊東静雄詩集 わがひとに與ふる哀歌 やぶちゃん版」(并びに同縦書版)を三校、注を更に補足、初版本(底本)画像を挿入。現在、ネット上で最も信頼するに足る「わがひとに與ふる哀歌」初版底本電子テクストであるという自負はある。母の逝った逝く三月に相応しい……「來るときのやうに去るだらう」……――母聖子テレジアに奉ぐ――
「ERIC DOLPHY-The Uppsala Concert Vol.2 の Interview with Eric Dolphy の邦訳」をブログに公開。――僕の盟友ジョン・O・ブラフマンと僕エリック・直史・ルカの共同訳――
『楽天的で在るということは、俗物、そして偽善と、全く一つのものなのだ』

2011/3/29 心朽窩新館の「伊東静雄詩集 わがひとに與ふる哀歌 やぶちゃん版」を再々度校訂し直し、ルビ化と注を全面改稿の上、縦書版をも公開。――母聖子テレジアに奉ぐ――
『累々たるシファリス! ボードレール、ヴェルレーヌ、ランボー(アフリカに行くまでは違ったが)、セバスチャン・シャンホール、ニーチェ――その教訓は? 何にもありゃしない!』

2011/3/26 『二〇一〇年八月岩波書店刊「芥川竜之介句集」に採句されたる五十六句』を「やぶちゃん版芥川龍之介句集五 手帳及びノート・断片・日録・遺漏」に追加。本仕儀を以って名実ともに僕の「やぶちゃん版芥川龍之介句集」は如何なる現行の諸本よりも最多の芥川龍之介全句集となった。――これを一週間前に亡くなった愛する母聖子テレジアに奉ぐ――
『僕は人を愛さなかった。愛したとしてもいつも遠くからでしかなかった』

2011/3/19 私の愛する母聖子テレジアは今朝、天国に召されました――直史ルカ記

2011/3/13 「心朽窩 新館」にイワン・ツルゲーネフ「猟人日記」の中山省三郎訳「生神様」縦書版を公開。――母に奉ぐ――
『人はいつだって災厄を予言出来るのだ。所詮何時かは「予言」は現実になるように出来ている。何故なら、歴史は災厄に過ぎないから』

2011/3/10 ブログ3000記事記載の記念に――れんげ畑の母と僕――母と僕のために――。「やぶちゃん版芥川龍之介全句集」に岩波文庫加藤郁乎編「芥川龍之介句集」で原本書簡に当たって訂正された書簡俳句の二句のてにをはを訂正、年次も変更されているので位置も変更。片山廣子歌集「翡翠」縦書版及び『片山廣子歌集「翡翠」抄――やぶちゃん琴線抄五十九首――』縦書版及び「片山廣子集《昭和六(一九三一)年九月改造社刊行『現代短歌全集』第十九巻版》 全」縦書版を「心朽窩旧館」に公開。――廣子と龍之介の愛に――
『乳房――それは最早、僕の感性に於ける哲学的な主命題だ』

2011/3/9 「やぶちゃん編 芥川龍之介片山廣子関連書簡16通 附やぶちゃん注」の縦書版を「心朽窩旧館」に公開。――廣子と龍之介の愛に――
『奴等は何も真剣なものなどあり得ないことを知っていながら、思想だの文学だのを話している。それこそ最下劣だ』

2011/3/6 「未公開片山廣子芥川龍之介宛書簡(計六通七種)のやぶちゃん推定不完全復元版」の縦書版及び「芥川龍之介関連昭和二(一九二七)年八月七日付片山廣子書簡(山川柳子宛)」の縦書版を「心朽窩旧館」に公開。――廣子と龍之介の愛に――
『私の孤独と死の属性たる荘厳さ――愛してやまぬ孤独――それはとっくに知っている死の味だ――枝にあるうちに舌で味わい――そして手中にストンと墜ちる果実のように――』

2011/2/19 ブログ270000アクセス突破記念としてやぶちゃんの電子テクスト:俳句篇
「芥川龍之介句集 全5巻」総ての縦書版を一挙公開
『世界は不完全ではない――善も悪もない――ただ神がいる――次に世界――それからまた新しい神……被創造物は馬鹿げていて、余りの不条理さに吃驚りさ――神と創造――こいつを一つ、楽しもうじゃないか』

2011/1/8 ブログに推理:芥川龍之介の死出の旅路の浴衣の背中の紋様は、これではないか?を掲載。
『女達のこの不在、女達のこの沈黙、それは決定的だ。友達に又逢うことはできない。奴等が同じことを繰り返すのを聞きながら、奴等の前で僕も同じことを繰り返すなんて、とても出来ない相談だ』

2011/1/1 書初めとして拙作『Homo animalis sapiens から Homo animus sapiens へ――太田豊太郎という進化 或いは 茨冠せる巫女エリス――「舞姫」小攷』を「心朽窩旧館」に公開。――これが今年『最初』の『覚悟』のテクストである――
『政治向きの話では、僕はよく予言者ぶったものだ――それは如何にも楽だったから――天文学者だって、頭から井戸に飛び込むぐらいの芸当は出来るもんさ』

2010年(抜粋)

2010/12/20 「心朽窩 新館」の『立ち尽くす少年――諸星大二郎「感情のある風景」小論』2005年度版から本日授業で配布した2010年度版にリニューアルした。「未公開片山廣子芥川龍之介宛書簡(計6通7種)のやぶちゃん推定不完全復元版」を再校、誤植を訂正、注その他を大幅に補足した。
『私も亡霊――だから死ぬのさ』

2010/12/19 「未公開片山廣子芥川龍之介宛書簡(計6通7種)のやぶちゃん推定不完全復元版」を「心朽窩旧館」に公開(本文は恣意的を正字変換版)。――これが今年『最後』の覚悟のテクストである――
『たった一度だけ抱きしめた女のことを、僕は今もはっきりと思い出す。もっと僕のそばに釘付けにしておきたかった女たちを惨めったらしく想ったりもするさ――だがね、あられもない格好で鍵のかかった部屋に二人でいる時以外、僕は彼女たちを見るのが恐かった』

2010/12/16 ブログ260000アクセス記念として芥川龍之介「河童」を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開、その『芥川龍之介「河童」やぶちゃんマニアック注釈』」も同じく「心朽窩旧館」に公開。
『私は若い頃よりずっと情熱的だ――そして若い頃よりずっとその情熱から自由である』

2010/11/23 正字正仮名版森鷗外「舞姫」及び完全オリジナル『森鷗外「舞姫」やぶちゃん現代語擬訳全篇』を「心朽窩旧館」に公開。「耳嚢 巻之三」に最終話「吉兆前證の事」を収載、以上を以って根岸鎭衞「耳嚢 卷之三」の全注釈現代語訳を完了した。
『私が最初に性的不能に陥ったのは処女が相手だった――処女と性交不能――私は貞節な女であればあるほど、そのあの時の、インポテンツに陥った処女とのことに怯えた――しかもその女が夫や愛人との間で性行為を行うことで「穢されたのだ」と考えただけで胸糞が悪くなった――そうして――そうして私は完璧な穢れ故に心休まる娼婦を買って、そこに逃げ帰ったのだった』

2010/11/7 芥川龍之介「河童」(やぶちゃんによる芥川龍之介真原稿恣意的推定版)(又は やぶちゃん恣意的副題――どうかPrototype“Kappa”と讀んで下さい――)を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。これは知られた晩年の名作「河童」とは同名異作の未完作であるから注意されたい。更に、これは僕の考えた現在、何処にも存在しないオリジナルな原稿推定版である点にも注意されたい。
『僕らは敏感だけれど、実は彼らの心を捉えたいなんて思っちゃいない。これさ。「僕は君らみんなの心を捉えたいと感じているんだ。」と彼らに印象付ける必要がある。「君らの心を摑んだら僕は君を決して手放さないよ。」という印象をだ』

2010/10/31 芥川龍之介「VITA SEXUALIS」及び芥川龍之介「VITA SODMITICUS」(やぶちゃん仮題)を正字正仮名で「心朽窩旧館」に、それに添える形で芥川龍之介「VITA SEXUALIS」やぶちゃん語注及び芥川龍之介「VITA SODMITICUS」やぶちゃん注(何れも別頁立てオリジナル注)を公開。「耳嚢 巻之三」に「一向宗信者の事」を収載。
『裏切り――それは自分自身に対して。――何故かって? 人は自分自身しか裏切らないからさ――』

2010/10/17 ブログ250000アクセス突破記念として「やぶちゃん編 芥川龍之介片山廣子関連書簡16通 附やぶちゃん注」を、「心朽窩旧館」に公開。
『同じでいるためなんだ。僕は何時だって同なじだった』

2010/10/16 芥川龍之介「江南游記」の「二十八 南京(中)」に出る「高跳動(カオチヤオトン)」の正体を解明「耳嚢 巻之三」に「賴母敷き家來の事」を収載。
『おまえの……指の間から……逃げてゆく。……存在しない――』

2010/10/3 本トップ・ページに『父のアトリエ』を増築、父の書いた中でも出色の読物「落葉籠――昭和22(1947)年群馬県多野郡神流川流域縄文遺跡調査行ドキュメント――日本考古学の「種蒔く人」酒詰仲男先生の思い出に」をPDFファイルにて公開。欺されたと思って読んでみて戴きたい。文句なしに面白い。 「耳嚢 巻之三」に「大坂殿守廻祿番頭格言の事」を収載。
『祭りは――終わった』

2010/8/29 ブログに芥川龍之介が永遠に最愛の「越し人」片山廣子に逢った――その最後の日を同定する試みを掲載。「耳嚢 巻之三」に「神明淳直を基とし給ふ事」を収載。
『僕はたった一人、本当に独りぼっちなんだ。食事をしたら出て行こう』

2010/8/25 やぶちゃん版新版 冨田木歩句集やぶちゃんの電子テクスト:俳句篇に公開。「耳嚢 巻之三」に「天作其理を極し事」を収載。
『その時、彼女は目をつぶって、吸い込まれていったのだ――何処に? いや、それは彼女自身の中にか?』

2010/8/16 ブログ240000アクセス記念テクストとして完全オリジナル編集によるオリジナル注を附した「やぶちゃん版編年体芥川龍之介歌集 附やぶちゃん注」を公開。本作は恐らく史上初の本格的な編年体芥川龍之介歌集である。「シリエトク日記 番外篇 知床の滝 或いは 亡き友人の母へのオード」をブログに掲載。シリエトクの滝を御堪能あれ。夜、「耳嚢 巻之三」に「高利を借すもの殘忍なる事」を収載。
『弟よ、心の底から、そうして存在の底から、君にキスをする――(8.10,1944)』

2010/8/11 連載「心」(百十)――ありがたう! これで總ては終る。――あなたへの私の至上命令は唯一つ――「明治の精神」ヲ解キ明カセ!――今日は「心」連載完遂記念として多彩なテクストを公開する。「心」完全連載終了を受けて、知人が寿ぎの絵「Handcuffs」を贈って呉れた。さればこそ、満を持して朝日新聞連載 夏目漱石『心 先生の遺書(五十五)~ (百十)――(単行本「こゝろ」「上 先生と私」相当パート) 附♡やぶちゃんの摑みを正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。この「やぶちゃんの摑み」は僕のライフ・ワークであり、今後も増殖してゆくが、現在只今、ネット上に存在する夏目漱石「こゝろ」の注釈としては最上の部類に属するものを提供出来たと自負するものである。次に、 『やぶちゃん版鈴木しづ子句集(旧「鈴木しづ子句集」改訂増補版) 抄出217句』を公開した。これは
リニューアルではなく、厳密に校訂した新版である。旧の杜撰なバージョンを保存されている方は、必ず破棄し、こちらをダウンロードされたい。更に、芥川龍之介「彼」を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。最後に「耳嚢 巻之三」に「不計の幸にて身を立し事」を収載。
『美は是が非でも滅ぼされねばならぬ』

2010/8/1 連載「心」(百)、順調にカタストロフへ向けて進行中――いびつな円の出現――僕はこれを『第三象限上のデスティニィ曲線』(運命曲線)と呼称する――
『僕は何時だって何も見ないで歩いていたんだ』

2010/7/19 連載「心」(八十七)、順調に進行中、本日、遂にあの雨上がりの富坂下のシーンとなった。今回、参謀本部陸軍部測量局五千分一東京図測量原図「東京府武蔵国小石川区小石川表町近傍」によって、あの場面の最後で、先生は富坂を下っていたのではなく富坂下から柳町交差点へと『上っていた』という僕の発見した新事実を、是非、お確かめあれ!
『僕は如何にも滑稽なことに、自分が忌み嫌い、嫌悪し、だからこそまるで知っちゃいないはずのこの世のことだけを小説にしてきたんだ』

2010/7/11「心朽窩旧館」に、「耳嚢 巻之三」の頁を創設、これより全10巻1000話全翻刻全訳注プロジェクト第3期を開始する。まずは第一話「聊の事より奇怪を談じそめる事」を収載した。「連載「心」(七十九)、順調に進行中、本日分では「先生=フランケンシュタイン」仮説を御披露した。
『僕はそれこそ陳腐なものに対する稀に見る偶像崇拝者なのだ』

2010/7/5 ブログ開設5周年テクストとして「尾形亀之助就職時の仙台市役所提出に係るブッ飛ビの履歴書三通」をブログ及び「心朽窩 新館」に公開。連載「心」(七十二)、順調に進行中、本日、遂にKが登場。
『歪んだ社会では事件が多い――なればこそ私は楽しむ、熱くなれる。人生の虚しさなんて、そこでは一度たりとも感じたことは、ない』

2010/6/26 HP開設5周年記念テクストとして「尾形龜之助歌集」を「心朽窩 新館」に公開。連載「心」(六十四)、順調に進行中、遂に先生が下宿に引き移った。
『自殺とは僕にとって、数多の美徳を持った孤独に於いて成就する行為であるが故に、極めて魅力的である』

2010/6/16 ブログ230000アクセス記念として「雑誌『月曜』第一卷第一號 編輯後記 尾形龜之助」を「心朽窩 新館」に公開。連載「心」(五十五)、順調に進行、遂に「こゝろ」「下 先生と遺書」相当パートに入った
『僕には自分の内部にも外部にも、何一つ障害になるものがない。何故なら、僕は、現象を食い飽きてしまって本質に餓えており、そうしてその本質の彼岸の語りえぬものをこそ求めているからだ』

2010/5/29 朝日新聞連載 夏目漱石『心 先生の遺書(一)~(三十六)――(単行本「こゝろ」「上 先生と私」相当パート) 附♡やぶちゃんの摑みを正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開、連載「心」(三十七)、順調に進行、「こゝろ」「兩親と私」相当パートに入る。更に「心」連載終了直後に書かれた芥川龍之介の「青年と死と」を正字正仮名で、同じく「心朽窩旧館」に公開(「心朽窩旧館」のページのエンコードをUnicode (UTF-8) に変更したので、表示されない場合はエンコード変更をされたし)。「耳嚢 巻之二」に「鼬の呪の事」及び「一休和尚道歌の事」を収載。
『生は動だ。静寂には、生命の源泉など、これっぽちもありはしない』

2010/4/24 ブログ「夕顔へ――極私的通信」に「こゝろ」について、
今までに公言したことのない見解を記したのでこちらにもリンクを張る。「こゝろ」は、「靜」を除く総て――先生・K・奥さん・学生の「私」そして筆者夏目漱石――が大きなPTSD(心的外傷後ストレス障害)を受けているために他者と乖離しているという見解である。御関心ある向きはお読みあれ。「耳嚢 巻之二」に「強勇の者御仕置を遁れし事」を収載。連載「心」(五)、順調に進行中
『友達は「僕」を待ち過ぎて、そうして遂には「僕」を忘れてしまうのさ』

2010/4/22 
ブログ220000アクセス記念として「芥川龍之介関連昭和2(1927)年8月7日付片山廣子書簡(山川柳子宛)」を「心朽窩旧館」に公開。「耳嚢 巻之二」に「明君其情惡を咎給ふ事」を収載。連載「心」(三)、順調に進行中
『貴方は美人で、優しくて、恋が好き――だのに、僕ら二人は、何も、することがない……』

2010/3/20 片山廣子のアイルランド伝説集訳から「カッパのクー」――これは芥川龍之介の「河童」への密やかなオードである――を「心朽窩旧館」に公開。また、「耳嚢 巻之二」に「神道不思議の事」を収載。
『たった一つ悔やまれること――それは僕が、「僕は実はこうなんだ!」と告白し、即座に開き直る、ということをしないで、自分で自分の性格に判決を下してしまったことだ――』

2010/3/10 Seki氏という未知の方から御教授を戴き、芥川龍之介「骨董羹」の「聊齋志異」の項に現れる「崑崙外史」の僕の注及び『芥川龍之介「骨董羹―寿陵余子の仮名のもとに筆を執れる戯文―」に基づくやぶちゃんという仮名のもとに勝手自在に現代語に翻案した「骨董羹(中華風ごった煮)―寿陵余子という仮名のもと筆を執った戯れごと―」という無謀不遜な試み やぶちゃん(copyright 2009 Yabtyan)』の注及び現代語訳を全面補正した(改訂した注に関わる部分のみをブログ『芥川龍之介「骨董羹」の「聊齋志異」に現れたる諸注『不詳』とせる「崑崙外史」は蒲松齡友人張篤慶なり!』にも置いた)。これは旧来の筑摩全集類聚版の脚注も、最新の岩波新芥川龍之介全集の注も伴に『不詳。』としているものである。芥川龍之介が言った「崑崙外史」に関わるこの部分を、僕等の多くが、訳も分からず読んでいた、僕のように誤魔化して分かった積りでいた、という事実がはっきりした。必読せずんばあらず。Seki氏に心から感謝の意を表します更に、南方熊楠「武辺手段の事」の「韃靼帝の子カッサン」の注を補正した。夕刻、「耳嚢 巻之二」に「孝子そのしるしを顯す事」及びその二である「又」を併載。
(アランの鞄の中に入っているぼろぼろになった告白録下書の一枚に記された言葉)『「切符のない旅行者」』

2010/3/2 
ブログ210000アクセス記念として「和漢三才圖會」の「巻第四十 寓類 恠類」を完成、公開した。また、「耳嚢 巻之二」に「戲藝侮るべからざる事」を収載し、ブログ・カテゴリ「芸術・文学」から新たに「Art」を分離した。
『血とインク――一滴、また一滴――落ちてゆくその音が聞こえる場所――僕が最初に果物ナイフで試したのは――6つか7つの時だった』

2010/2/7 上海在住の未知の方 F 様の御教授により、芥川龍之介「上海游記」の「二十 徐家匯」の「十字聖架萬世瞻依」の注を追加補正し、許可を得て、その方の撮影された現在の徐光啓記念館の写真5葉を掲載させて頂いた。昼、「耳嚢 巻之二」に「堀部彌兵衞養子の事」を、「和漢三才圖會」の「巻第四十 寓類 恠類」に「魃」を収載。
『「無宿のマリー」の顔――それは旧知の沈んだ太陽だった』

2010/1/18 浅川マキ悼ブログ「浅川マキへ」)。
(シャンゼリゼ・ガブルエル通りの角で老売春婦「無宿のマリー」がアランに掛ける別れの台詞)『ボードレールに逢ったら、よろしく言っといて、ね』

2009年(抜粋)

2009/12/24 ブログ200000アクセス記念として「芥川龍之介遺書全6通 他 関連資料1通 ≪2008年に新たに見出されたる遺書原本やぶちゃん翻刻版 附やぶちゃん注≫」を「心朽窩旧館」に公開。
(ラ・バルビネ医師の「人生はいいものだよ」という台詞に対して)『何にいいって言うんです!』

2009/12/18 僕の片山廣子論『片山廣子「五月と六月」を主題とした藪野唯至による七つの変奏曲』を「心朽窩旧館」に公開。
『怖れるということ――それが僕の唯一つの悦びである』

2009/11/28 ブログに片山廣子の実質的な辞世の歌に関わる記載を三件続けて記載(ブログ・カテゴリ「片山廣子」)。「耳嚢」に「小刀銘の事」を収載。
『まず夜を終わらせねばならない。夜とは、端から端まで歩かなければならない道なのだ』

2009/11/22 ブログに片山廣子 しろき猫 或いは 「――廣子さん、狐になって、彼のところへお行きなさい――を掲載。 「耳嚢」に「犬に位を給はりし事」を収載。
『アントワーヌ・ヴァトーの絵を見つつ、僕は悟った――そうなんだ! それが、総てであり、そうしてまた、それは無だった、ということを――』

2009/10/29 ブログ190000アクセス記念としてИван Сергеевич Тургенев“Лес и степь”ツルゲーネフ作・中山省三郎訳「森と曠野」(「猟人日記」より)を正字正仮名で「心朽窩 新館」に公開。また、「耳嚢」に「金精神の事」及び「陽物を祭り富を得る事」を収載。
『しかし、僕が腹の中を打ち明けたら、君はもっとつらくなるだけだろう』

2009/9/20 芥川龍之介「湖南の扇」に注を附し、正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。ブログに無知も甚だしいエッセイ池内紀「作家の生きかた」への義憤が芥川龍之介の真理を導くというパラドクスを掲載。
『扉と窓を開けても何にも、ない。鏡は僕にのみ開かれている』

2009/9/17 尾形亀之助 詩集 「色ガラスの街」 〈初版本バーチャル復刻版〉を「心朽窩 新館」に公開。これは、20099/6で示した通りの現状にあって、現在、望み得る最良の『色ガラスの街』テクストであるという自負はある。
『僕は存在への愛着が希薄だ。だから存在も僕にそれ以上の愛着を示すはずがない。尤も最近は少しばかり涙もろくなったが、ね』

2009/9/6 ブログに思潮社増補改訂版「尾形亀之助全集」及びそれを元にした尾形亀之助の詩集『色ガラスの街』についての18件に及ぶ疑義を連載した。ブログ・カテゴリ尾形亀之助でお読み戴きたい。これは全集の当該『色ガラスの街』詩集部分の再校訂が望まれる程の、重大な疑義である。
『僕は愛されたい。僕も人を愛していると思えるまで愛されたいんだ』

2009/9/2 ブログ180000アクセス記念として「尾形亀之助拾遺 附やぶちゃん注」を「心朽窩 新館」に公開。
『僕は心の中に自分しか感じたことはありません』

2009/8/30 夏の終わりに。芥川龍之介『支那游記』オリジナル参考資料として、「芥川龍之介中国旅行関連書簡群(全53通) 附やぶちゃん注釈」を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。
『自殺者は「無」を信じていると思い込んでいる、そうして自らを「無」に差し出そうとする――だが、待て、この「無」という否定の言葉、それに近似値を示す言葉、その極限値としての言葉、それらのもとにあって、「何か」が自殺せんとする彼のために潜んでいるのだ』

2009/8/11 芥川龍之介『支那游記』オリジナル参考資料として、「芥川龍之介中国旅行関連(『支那游記』関連)手帳(計2冊)」を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。
『哲学や芸術、そうして政治とか道徳とか――全ての体系と称するものは、とんでもなく馬鹿げた幻想に過ぎない』

2009/8/9 ブログ記載2000記念として芥川龍之介「北京日記抄」やぶちゃん注釈附き完全版を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。これを以てHPにやぶちゃん注釈附き芥川龍之介中国紀行文集『支那游記』の全篇を公開したこととなる。
『僕はここに残る――でも同時に出かけるのさ』

2009/7/24 83年遠忌河童忌記念として芥川龍之介「江南游記」やぶちゃん注釈附き完全版を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。続いて、ブログ・カテゴリ『芥川龍之介「長江游記」
を創始、まずは冒頭に芥川龍之介「長江游記 前置き」を公開。
『作品? そんなものは糞食らえだ! ただのアリバイだ!』

2009/7/8 ブログに『プルートゥ又は「史上最大のロボット」とは誰か?』を記載し、今までの「プルートゥ」関連記事を纏めるために
ブログ・カテゴリプルートゥを創始。同じく、ブログに芥川龍之介「江南游記 十 西湖(五)」を公開。
『ピストルは頑丈だ。鋼鉄で出来ている。それは物体だ。遂にその物体にぶつかるのだ』

2009/7/6 ブログ170000アクセス記念として、芥川龍之介「雜信一束」を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。また、ブログに芥川龍之介「江南游記 八 西湖(三)」を公開。
『僕はその場を支配しているらしいマナーみたいなものにはまるで合わせられないんだが、かといってそこで我を通してグラスを粉々に叩き割るなんていうポーズをして見せられるわけでもないんだ』

2009/6/2 ブログに芥川龍之介「上海游記 十 戲臺(下)」を公開。更に昨日の「上海游記 九 戲臺(上)」本文注の内容と今回のものについて、ブログに緑牡丹は白牡丹なり!――芥川龍之介「上海游記」の芸名の誤りを掲載。
『人間の呪文で、神は死に、そして再生する。逆に、その神は人間に、永遠の再生なるもの、又は死後の生なんてものを約束するわけだ』

2009/6/1 ブログに芥川龍之介「上海游記 九 戲臺(上)」を公開。本注に記した如く、文中の京劇俳優「緑牡丹」は別人の「白牡丹」であることが判明した。向後、「上海游記」のテクストの該当部分は総て初出通り、「白牡丹」に訂正されるべきである。
『僕は怠惰で浅薄で不注意な男だ。小説家になれる程、「自分」自身に、「自分」の世界に、「自分」の亡霊どもにとり憑かれちゃいないよ』

2009/5/24 友人トーマス・ジョーンズへのオードたる芥川龍之介の「彼 第二」を、強力な注を附して正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開した。また、ブログに芥川龍之介「上海游記 三 第一瞥(中)」を公開。
『何故、仏教徒は因果応報という無常の連続を通して、ある「生」から別なある「生」へと責任を負ったまま引き回されなくてはならないのか? 何故、その「永遠の生」の重みが、その重み故に崩壊してしまわないのだろう?』

2009/5/16 片山廣子歌集「野に住みて」 全 附やぶちゃん注 を、正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。
『シャンゼリゼを歩くときも、僕は100の女の記憶に浸ったままだ――100の影――100のそそり立った脈打つ柱列――100匹の蛍――思えば僕は僕の全財産を教会の寄付受に入れちまったんだ』

2009/5/6 片山廣子集《昭和6(1931)年9月改造社刊行『現代短歌全集』第十九巻版》 全 』を、正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。
『金のためなら医者っていうやつはいつ何時だって〈偉く〉なれるのさ』

2009/4/29 ブログ160000アクセス記念として、『片山廣子第一歌集 「翡翠」 全 』を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。ブログに「無門關 二十三 不思善惡」及び「無門關 四十七 兜率三關」の二篇を公開。
『僕は、真剣になったことなんて、たったの一度だってない』

2009/3/14 幻の芥川龍之介の評論「シング紹介」を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。更に岩波新全集最終巻第二十四巻縦覧により、新発見句5句を含む連句等を、柱「2008年12月刊行の岩波版新全集第二十四巻〔第二次版〕に現れたる俳句(書簡を除く)」で「やぶちゃん版芥川龍之介全句集」に追加。その他にも注を追加した。また、同書補遺の書簡から新発見句3句他を追加し、これをもって新全集縦覧による改訂を全て終了した。現在只今、僕のこの「やぶちゃん版芥川龍之介全句集」は、如何なる著作、如何なるウェブ・ページよりも最多の芥川龍之介の俳句を公開しているという自負がある。
『笑いは愚者らに固有のものである。――ルネ・デカルト』

2009/3/1 ブログに「プルートゥ」論覚書として『さりながら「プルートゥ」のボラーとはあの「巨人」なり 又は エプシロンの魂(フォトン)は死にかけた僕のパソコンの夢を見る』を記載。
『初め、僕は酒を浴びながら女や金を待ってたんだ。しかし突然、僕は自分が待つことで毎日を過ごしてきたんだと気づいた。しかし、その時には、僕はもう死ぬほど麻薬を打ちまってた、という訳さ』

2009/2/15 僕の52歳の朝尾形亀之助作品集『短編集』(未公刊作品集推定復元版 全22篇)・附やぶちゃん注を「心朽窩 新館」に公開。
『金?――金ならあるさ、ポケットいっぱい』

2009/2/11 ブログ150000アクセス記念として、ジョン・M・シング著松村みね子訳「聖者の泉」(三幕)を「心朽窩旧館」に公開。また、芥川龍之介「動物園」を削除部分補完・注追加をして大幅に改訂。
『「君の貧しさを人生のせいにするな」――それが僕を肩で押しやって、虚無の彼方へ、地獄へ突き落とすことだなんて、君は思ってやしないだろうね?』

2009/1/31 芥川龍之介「骨董羹―寿陵余子の仮名のもとに筆を執れる戯文―」に基づくやぶちゃんという仮名のもとに勝手自在に現代語に翻案した「骨董羹(中華風ごった煮)―寿陵余子という仮名のもと筆を執った戯れごと―」という無謀不遜な試み やぶちゃん翻案を「心朽窩旧館」に公開。
『僕は訳知り顔の老人――未だに青春を忘れず、そうして、その青春を半生まの理想郷に変えてしまった老人――』

2009/1/27 ブログに「尾形亀之助の不明の詩11篇について」及び「尾形亀之助「羽子板」「毒薬」について」を記載。
『僕は何を期待していたというのか? 凝っと女を見つめることで、彼女のことが、いや、僕自身のことが、何かふと腑に落ちてくるとでも思っているのか?』

2009/1/1 エロアの控え帳」ジュウル・ルナアル作 岸田国士訳 附やぶちゃん注を「心朽窩 新館」に公開。
『何と! 見栄えの悪いことだ! この上、病院だってっえか?! 沢山だ!! 言わずと知れたことさ!!!』

2008年(抜粋)

2008/12/23 パソコン奇蹟の復活記念として「尾形龜之助拾遺詩集 附やぶちゃん注」を「心朽窩 新館」に公開。
『若い時から僕は、死ぬのは50を過ぎてからではだめだ、と肝に銘じてきた』

2008/11/29 ブログ140000アクセス記念として、Иван Сергеевич Тургенев“Стихотворение в прозе”ツルゲーネフ作中山省三郎訳「散文詩」(全83篇)を正字正仮名で「心朽窩 新館」に公開。
『僕は人を騙そうとする……出来ない……そうだ、いいかい? 騙されちゃ、いけないんだ。僕は独りぼっち、誰も相手がいない、そいつをひどく悔やんでいるさ。だが、僕は僕に相応しいものだけは確かに持っているんだ。ただ、それは手にとることも、触れることも出来ない……要はそれは心の問題だからだ』

2008/10/4 ブログ130000アクセス記念として、Иван Сергеевич Тургенев“Касьян с Красивой мечи”ツルゲーネフ作・中山省三郎訳「クラシーワヤ・カーチャのカシヤン」(「猟人日記」より)を正字正仮名で「心朽窩 新館」に公開。また、寺島良安「和漢三才圖會 卷第九十七 水草類 藻類 苔類」に「龍鬚菜」(シラモ/コナハダ)及び「櫻苔」(サクラノリ/マツノリ)を追加。
『人類は疲れ切った眼を痛めつけられる太陽への信仰をいつか嫌悪するようになり、そいつに戦いを挑むために影に跪くようになった』

2008/8/7 
ブログ120000アクセス記念として、江川書房昭和7(1932)年刊行の堀辰雄「聖家族」限定版の〈限定初版本バーチャル復刻版〉を「心朽窩旧館」に公開。
『僕は植物と星についてまるで無知だった――知っている事と言ったら数人の人々の顔だけ――おまけに今はそいつらからさえ遠く離れたここで死にかけている様さ』

2008/7/5 ブログ開設3周年及びHP開設3周年(失念していた6/26)を記念して、僕の愛読書から、プエル・エテルヌスたちの面影、Иван Сергеевич Тургенев“Бежин луг” ツルゲーネフ作・中山省三郎訳「ビェージンの草原」(「猟人日記」より)を正字正仮名で「心朽窩 新館」に公開。
『キリスト教の地平から遂に脱出できなかったドストエフスキイが、小説の中でキリスト教徒の「外部」に想像したもの――それは、信じてもいない神を逆説的に憎み、挑発し、その唯一の隠れ家である死にとうの神を追い込んでおき、それでいてやはりキリスト教徒であるような輩――その程度のもんじゃないか』

2008/3/30 ブログ・アクセス100000突破記念としての「にんじん ジュウル・ルナアル作 岸田国士訳 挿絵 フェリックス・ヴァロトン」の完全版を「心朽窩 新館」に公開。また、寺島良安「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部」に「蝤蛑」(ガザミ/タカアシガニ)を追加。
『いつまでも可愛い女という彼女にしっくりする狭量なタイプに閉じこもったまま、愛することさえ知らない女でいて欲しい』

2008/1/13 松村みね子「五月と六月」についての補注『松村みね子「五月と六月」から読み取れるある事実』及び松村みね子「芥川さんの囘想(わたくしのルカ傳)」についての補注『松村みね子「芥川さんの囘想(わたくしのルカ傳)」イニシャル同定及び聊かの注記』をブログに記載。寺島良安「和漢三才圖會 巻第四十九 魚類 江海有鱗魚」に「鰣」(ヒラ)を追加。夜、みね子と龍之介のために芥川龍之介「越びと 旋頭歌二十五首」を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。
『僕はナイフの切っ先を手探りすると、上着とシャツの間をはだけ、心臓の脇にそいつを当てがった。その時さ、僕が心臓ってものを発見したのは。以前、ズボンのボタンを外して、その引き出した己の肉体の一部を、これが性器なんだ、って見つめた時だって、これほどに切迫した感情は胸を走らなかったな』

2007年(抜粋)

2007/10/20 ブログ記載1000を記念して、増田晃詩集「白鳥」全篇を「心朽窩 新館」に公開した。
『将来、イギリスかドイツが公然と支配するヨーロッパ連合、それに国家という存在は飲み込まれてゆく――そしてこの超国家連邦にあっては、腐敗した官僚主義的社会主義と権力による治安維持絶対主義が、完璧に遂行されるに違いない(4.29,1940)』

2007/7/10 ブログにノース2号論ノート 教え子の疑問に答える」を記す。
『僕は神話として以外、偉人というものを信じないことにしている』

2007/6/23 ブログにノース2号論ノート2 作品構造分析(完全版)」を記す。
『僕はもう終わったんです。とっくに小指を動かすことも出来ない』

2007/6/19 教え子の写真作品をブログに公開(著作権者承認済)。『山田麻李安「羅漢」』、是非ご覧あれ! また、2年前にある別な教え子と約束していた浦沢直樹×手塚治虫「プルートゥ」の中の「Act.4-6 ノース2号の巻」についての論考のメモ「ノース2号はダンカンの夢に共感できるか?――ノース2号試論のための初期化注釈」「ノース2号論ノート1 ダンカンの疾患及び特別出演ブラックジャックについての注釈」をブログに記す。
『世界は不完全であり、邪悪だ。僕はそれを批難する。僕は世界を弾劾し、世界を滅ぼす』

2007/5/5 ブログに『芥川龍之介の幻の「佐野さん」についての一考察 最終章』を掲載。芥川龍之介の幻の作品「佐野さん」については僕の中ではこれで決着を得た
『友達も女と同じだ。僕が出てゆくのを黙って見ている』

2007/3/17 節に殉じた我が兄井上英作の実録小説「フィリピーナ・ラプソディー」を「心朽窩旧館」に公開。
『僕は生まれて初めての聖体拝受に失望した。そして、初めて神へに祈った時にも、初めて女と寝た時にも、そうして戦場で初めて突撃した時にも――これがこの中では一番ましだったがね――、15分後にはすっかり失望してたし、初めて、やっと何か価値ある著作をものせたと思った時にも、初めて「世界一」と皆が呼ぶ「絶景」を見た時にも、15分だった――いや、待て、それは誇張に過ぎる――十二歳の時、弟が病気をした、その時の祈り、そしてシャルルッロワの突撃、最初に愛した女とのあの瞬間(最初に寝たこととこれは当然別ものだ)、何冊かの読書、パルテノン神殿――そうだな、結論から言えば、僕の人生の総ては、確かな充実した記憶に充満している――だから、永遠は瞬間の中にこそ宿る、と信じてるのさ』

2007/3/16 教え子の美術秀作をブログに公開(著作権者承認済)。『相野谷由起「ゆきねえが来た!」』「本間珠実 ゆき兎」。是非、御覧あれ!
『僕は画家になりたかったんだ――祖父さんが建築積算士だったからだろうか――画家っていうのは、裸婦を眺め、心ゆくまで裸婦を眺めて軽蔑し、老後を過せるからさ』

2007/2/26 ブログに金城哲夫忌を記す。
『僕はあるがままのものが好きだ。それは激しいもので、それ故に僕の心は引き裂かれるのだ。これは永遠なんだ』

2007/2/6 ブログに今日自身の節に殉じた我が兄への追悼「僕の兄は静岡空港建設反対に殉じた」「井上英作兄へスメルジャコフの末裔よりを総身の現実世界への怒りと共に記す
『自殺とは全ての行為と同じく一つの信条である。仲間達への信頼、仲間達というその存在、自我と他の幾多の自我との関係、そうした実在性への信頼なのだ』

2007/2/1 ブログに芥川龍之介の幻の「佐野さん」についての一考察及び『芥川龍之介「或阿呆の一生」の「二十八 殺人」のロケ地同定その他についての一考察』を記す。
『僕は誰にも好かれているし、同時に、誰にも好かれていない』

2006年(抜粋)

2006/9/22 宮澤賢治忌。古い記事であるが「Blog鬼火~日々の迷走」の宮澤トシについての忌々しき誤謬は是非、多くの方に読んで頂きたい。賢治の妹トシの為に。芥川龍之介の「海のほとり」を正字正仮名で「心朽窩旧館」に公開。
『欺瞞から欺瞞への跳躍――それで人は人生経験なるものを積む』

2006/6/16 「やぶちゃん版芥川龍之介句集五 手帳及びノート・断片・日録・遺漏」に純然たる新発見句6句を含む、15句を追加。ブログに芥川龍之介の幻の作品「佐野さん」に関わる論考「月光の女」を記す。
『社会は女のためにしか存在していない。女たちの営みが際限なく社会という織物を織り成す。女は社会の職工であり、王妃であり、怠けることのない門番である。 女たちさえいなかったら、その罠にはまってる男どもは、皆、とっくに天国に行っちまってる』

2006/4/18 ブログ「亡き友へ」に「木蔭で――永野広務に」を記す。
『君は僕の友達か? だったらこのままの僕を愛してくれるはずじゃないか?』

2006/4/15 芥川龍之介「或阿呆の一生」の注記に追加。ブログに芥川龍之介の出生の秘密を記す。
『18でも30でも女は皆優しいが、僕から逃げ出すか僕を逃げさせる』

2006/2/12 僕の梶井基次郎「檸檬」の授業が受けられなかった教え子たちへオリジナル授業ノートを「心朽窩旧館」からリンクさせた。ブログに僕の譲れないポリシー「注記とは何か」を記載。
『苦しみは感じません。僕は永遠の苦しみの中にいるのです』

2005年(抜粋)

2005/9/25 「句集 鬼火」を独立。「僕との因縁のサイトへのリンク」に「沖縄が好きプラス」追加。「心朽窩」に1976年の旧稿を「旅芸人のスケッチ――29年前:舞踊家ギリヤーク尼ヶ崎」と題して、恥を忍んで追加。何が何でもギリヤークさんのことを載せたかった
『私は思えばずっと漂泊者だった。しかし、もし漂泊が出来ないとなれば、辛抱強く死なんて待てるもんじゃない』

2005/7/25 「句集 鬼火」に「右腕を砕きて放つ鬼火かな」他2句を追加。
『僕は不器用だ。手が動かない。……本当に人を愛していれば全てを与えてくれるはずだ。僕は人を愛せない。愛せるはずがない。触れられない。捉えることができないんだ。心の問題なんだ!』
(注:これは、今の僕には切実な台詞となった。文字通りの、現実となったと言おう――Blog鬼火~日々の迷走2005/07/21以降へ訪れられたし……)。

2005/6/26開設――墳墓なき我が玄室に ようこそ。僕はやぶちゃん Aлaин Лэрoй Йaбунoвич Лука Taдaский――俗名 藪野直史 筆名 藪野唯至――文理を問わぬ偏執狂的オリジナル電子テクスト及びオリジナル訳注・創作・俳句・怪談・芸術評論・古典研究……etc,……腐臭馥郁たる堆積――僕のプロフィル及びメール・アドレスはこちら――
           
あなたに申し上げよう。酔って墓の上に眠っても、何も面白くない。眠るのなら墓の中に寝るべきだ――

☆上記の日々の更新情報の末尾の台詞は、僕の言葉ではない。作家 Drieu La Rochelle (ドリュウ・ラ・ロシェル)の諸作品、特に “JOURNAL” の日記本文の Drieu の言葉及び長篇小説“GILLES”の Gilles の、そして彼の原作になる Drieu La Rochelle/Louis Malle "LE FEU FOLLET" (邦訳題「消えゆく炎」=映画邦題「鬼火」)の Alain の原作本文の台詞・心内語、及び映画の台詞、さらにその Alain のモデルである Jacques Rigaut の "AGENCE GENERALE DU SUICIDE" や、今一人の偏愛する作家 Louis-Ferdinand Céline の諸作品より、ランダムに、僕が自由に変形した訳や敷衍翻案したものを記載している。……そのセリフは時々消えるが……また鬼火のように蘇ってくるであろう…………

★本HPの電子テクストは、他のサイトにもある同一のものは公開しないというコンセプトを死守する。即ち、僕の無益な自己満足のための二番煎じは作らないということである。本来、正字正仮名遣で書かれたものは該当底本を入手出来ればそれに従うことを原則としている。又、万一、一見、テクスト本文と同じものがWeb上にあるように見えても、それらは、既にあるものとは、違った校訂を施したものであったり、別底本のものであったり、更には僕のオリジナルな注釈や考証等を施してあるはずである。なお、電子テクスト中のPDF版以外の明記のない「縦書版」は一部のソフトでは機能しないので注意されたい。

――私の不可視の玄室に初めて来られた方へ――
――まずは上のインデックスの――
――心朽窩新館及び旧館――
――HAL9000の眼――


――から入窟あれ――
……決して御期待を裏切らぬという自信は、ある……


★本サイト及び blog の文章及び画像は、藪野直史の創作及び叙述又は高等学校授業用に作成した授業案・補助プリントからの転載であり、電子テクスト翻刻本文・引用文及び引用注記のある画像を除く一切は、藪野直史の著作権に帰するものではある。しかし私は、私の著作物であることを明記される限りに於いて一切の制限を要求しない。即ち、電子テクスト翻刻本文のコピー・加工及び僕の文章や写真の引用に際しては、必ず本サイトのテクストを使用した旨明記されるか、または本サイトからの引用であることを分かるように、サイト名「鬼火」・ブログ名「鬼火~日々の迷走」等を表示して戴ければそれでよい(御連絡戴ければ有り難いが、特に要請するものではない)。リンク等を施される際には、下記の「心朽窩主人」の印影やバナーを張られるのも一興かと存ずる。私の呼称を記載される場合は、本名の
藪野直史若しくは筆名藪野唯至若しくは通称の「やぶちゃん」の、何れを用いられても構わない。リンクは如何なる個別ページも総て自由にどうぞ(御連絡は不要である)。なお、僕の叙述への助言や疑義・テクストの誤植等については、こちらの僕のメール・アドレスを用いて、題名で内容が分かるように御連絡下されば、恩幸これに過ぎたるはない)。







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松尾芭蕉



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「日本その日その日」E.S.モース 石川欣一訳【完】



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「進化論講話」丘淺次郎

「生物學講話」丘淺次郎【完】



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ジョン・ミリングトン・シング著姉崎正見訳「アラン島」【完】



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小泉八雲



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夏目漱石「こゝろ」



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南方熊楠



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芥川龍之介片山廣子芥川龍之介盟友 小穴隆一

芥川龍之介「河童」決定稿原稿【完】

芥川龍之介『支那游記』(全)「上海游記」「江南游記」「長江游記」「北京日記抄」【総て完】

芥川龍之介 手帳

芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈)【完】

「澄江堂遺珠」という夢魔



宇野浩二「芥川龍之介」【完】

芥川多加志



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佐藤春夫



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堀辰雄



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原民喜



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中島敦

中島敦漢詩全集 附やぶちゃん+T.S.君共評釈



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梅崎春生「桜島」附やぶちゃん注【完】・梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注【完】・梅崎春生


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火野葦平「河童曼陀羅」



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蒲原有明北原白秋生田春月村山槐多富永太郎尾形亀之助山之口貘伊東静雄立原道造増田晃村上昭夫山本幡男土岐仲男



山村暮鳥全詩【完】



大手拓次「藍色の蟇」【完】



八木重吉「秋の瞳」【完】



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「鬼城句集」【完】



畑耕一句集「蜘蛛うごく」【完】



飯田蛇笏杉田久女橋本多佳子西東三鬼篠原鳳作鈴木しづ子



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博物学



和漢三才圖會 蟲類

人見必大「本朝食鑑」より水族の部


貝原益軒「大和本草」より水族の部

神田玄泉「日東魚譜」

武蔵石寿「目八譜」

畔田翠山「水族志」

毛利梅園「梅園魚譜」

毛利梅園「梅園介譜」



海岸動物




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沢庵宗彭「鎌倉巡礼記」【完】

鎌倉古地誌「鎌倉日記」(德川光圀歴覽記)「新編鎌倉志」「鎌倉攬勝考」【三種総て完】



「北條九代記」



十返舎一九「箱根山七温泉江之島鎌倉廻 金草鞋」第二十三編【完】



鎌倉紀行・地誌



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柴田天馬訳 蒲松齢「聊斎志異」



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「今昔物語集」を読む

怪談集

「諸國百物語」附やぶちゃん注【完】

「宗祇諸國物語」附やぶちゃん注【完】

津村淙庵「譚海」

「耳嚢」【完】

「甲子夜話」



★★★

忘れ得ぬ人々

★★

アルバム







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Capar David Friedrich



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Иван Сергеевич Тургенев



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映画



ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ



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芸術・文学



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詩歌俳諧俳句



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音楽





「無門關」【完】



「栂尾明恵上人伝記」【完】・「明恵上人夢記」



「一言芳談」【完】



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「プルートゥ」



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Art





藪野種雄





肉体と心そして死



由比北洲股旅帖

野人庵史元斎夜咄

「第一版新迷怪国語辞典」







☆ ブログ・フォト ☆


The Picture of Dorian Gray (畢竟惨めなる自身の肖像)

Alice's Adventures in Wonderland (僕の三女アリス)    

僕の視線の中のCaspar David Friedrich (1996年ドイツにて) 

Exlibris Puer Eternus (僕が立ち止まって振り向いた君のArt)   

 

Pierre Bonnard Histoires Naturelles (僕の電子テキスト・ルナール「博物誌」からリンクせるボナールの全挿絵)

シリエトク日記写真版 (2010年夏 知床) 

Air de Tasmania (2007年冬 タスマニア)  

氷國絶佳 (2008年夏 アイスランド瀧紀行)  

SCULPTING IN TIME (写真帖とコレクションから)  

忘れ得ぬ人々:写真版 (ブログ・カテゴリ「忘れ得ぬ人々」の写真版)  

僕の見た三丁目の夕日 (遠き日の僕の絵日記から) 

  一人の妻帯者である僕によって忘れられた僕の古い写真帖、さえも (僕の古い写真帖から)






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――最後に。このトップページには4つの画像が隠してある……御探しあれ……見つけてもあなたの秘密のままに……――


© 藪野直史(唯至) Tadashi Yabuno