やぶちゃんの電子テクスト集:俳句編へ
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尾崎放哉全句集(やぶちゃん版新版)
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いちにち山椒煮る醬油の香にしみ込んで居る
貧乏徳利をどかりと畳に置く
寺の名大きく書いた傘ばりばり開いて出る
妻を風呂に入れて焚いてやる
雨を光らして提灯ぶらさげて出る
バラの垣が無雑作に咲き出した
桜が葉になつて小供が又ふえた
咲き切つた桜かな郊外に住む
花の雨つゞきのわらじが乾かぬ
山吹ホキと折れて白い 放哉
朝寝すごして早春の昼めしをたべとる
古本の町の埃をばたばたはたいてゐる
たつた一つ残つてゐる紙鳶に青空ある
うしろから襷をしめてもらう泥手である
うす陽一日くもらせて庭石ある
日曜日の庭を歩いてゐる蔓草
小さい布団で児がふか/\と寝てゐる
埃が立たぬ程の雨の女客ある
笑ふ時の前歯がはえて来たは
から車大きな音させて春夕べ 放哉
処女の手のひらのやうな柿若葉の下に立つてる
蟻にかまれたあとを思い出してはかいてゐる
(ママ)
筍堀つた穴にふつくり朝の陽がある
(ママ)
筍堀りに主人の尻について行く
眼の前筍が出てゐる下駄をなほして居る
ごみ捨場に行く道が雑草でいつぱいになつた
障子張りかへて若葉に押されてゐる
はでな浴衣きて番茶をほうじてゐる
妻の下駄ひつかけて肴屋の肴見に出る
漬物桶の石がぎつしり押して居る 放哉
お寺はひつそりして国旗出してゐる
みどりの下かげの若い人等の話し
お寺の青梅落ちる頃を児等は知つてゐる
ボタンが落ちた儘でシヤツを着てゐる
わが行く手の提灯一つ来るさま
いつぱいつまつてゐる汽車に乗りこんでしまつた
水の輪ひろがる山の池の出来事
空つ風の日の児等はどつかへとんで行つてしまつた
泥手で金勘定をしてゐる風の中
梅も咲いて居る小さい流れありけり 放哉
句稿(4)
層雲雑吟 尾崎放哉
芭蕉の広い葉であふがれて居る蒼空
のびた爪切れば可愛いゝわがゆびである
暗がり砂糖をなめたわが舌のよろこび
犬が一生懸命にひく車に見とれる
干した茶を仕舞ふ黒雲に追つかけられる
百姓らしい顔が庫裡の戸をあけた
ごはんを黒焦にして恐縮して居る
味噌汁がだぶづく朝の腹をかゝへ込んでる
朝のごはんの大根一本をろしてしまつた
洗いものがまだ一つ残つて居つたは
晩をひつそり杓子を洗ふいろいろな杓子
眼鏡かけなれて青葉
ほつたらかしてある池で蛙児となる
板の間をふく朝の尻そばだてたり
漬物くさい手で□句を書いて
[やぶちゃん注:底本では□の後に「(一字不明)」とある。]
そろはぬ火ばしの儘で六月になつた
今日切りのわが茶椀に別れようとする
書きよい筆でいつも手にとられる
古下駄洗つて居るお寺はたれも来ぬ
針箱を片付けてから話す 放哉
暦が留守の畳にほり出してあるきりだ
暦をあけて梅雨の入りを知つた顔である
空家の前で長い立話しをして居た
児等が大きくなつて別荘守がぼけとる
釘箱の釘がみんな曲つて居る
水のつめたさに荷が下ろされて居る
夫婦でくしやめして笑つた
二人の親しみの長火鉢があるきり
青梅酢つぱい顔して落ちとる
道でもないところを歩いて居るすみれ 放哉
和尚の不自由な足が夜中の廊下で起きとる
一茎の草ひく蟻の城くづれたり
ひねもす草ひく晩の豆腐屋の声を身の廻りにして居る
草ひくことの毎日のお陽さんである
鳶ひよろひよろ草ひくばかり
一日歩きつゞける若葉ばかりの山道
そつとためいきして若葉に暮れて居る
かたい机でうたゝ寝して居つた
提灯と出逢つて居る知つた人である
蟻にたばこの煙りをふきつける 放哉
かくれたり見えたり山の一つ灯が消えてしまつた
送つて来てくれた提灯の灯にわかれる
わが眼の前を通る猫の足音無し
お寺の灯遠くて淋しがられる
昼寝起きの妻が留守にして居る
豆を煮つめる一日くつくつ煮つめる
〈豆を煮つめる自分の一日だつた〉
こんな山ふところで耕して居る
二階から下りて来てひるめしにする
火事があつた横丁を風呂屋に行く
鍋ずみが洗つても洗つてもとれぬ朝である 放哉
桜の実がにがいこと東京が遠い
煙管をぽんとはたいてよい知恵を出す
顔の紐をゆるめて留守番をしてゐる
淋しい池に来てごはん粒を投げてやる
葉になつた桜の下でたばこを吸はう
すねの毛を吹く風を感じ草原
蛙大きな腹を見せ月夜の後ろある
いり豆手づかみにしてこぼれる
蛙を釣つて歩るくとぼけた顔だ
花活けかへた日の午后の客あり 放哉
句稿(5)
層雲雑吟 尾崎放哉
久々海へ出で見る風吹くばかり
半鐘ならされた事無き村のこの海
障子がしめてある海があれて居る
海がよく凪いで居る村の呉服屋
高下駄傘さして豆腐買ひに行くなり
よい月をほり出して村は寝て居る
池水しわよせて京に来て居る
マツチの棒を消す事をしてゐる海風
さんざん雨にふられてなじみになつてゐる 放哉
筍すくすくのび行く我が窓である
障子の穴から小さい筍盗人を叱る
餅を焼いて居る夜更の変な男である
古釘にいつからぶらさげてあるものを知らず
蜘蛛がすうと下りて来た朝を眼の前にす
銅像に悪口ついて行つてしまつたは
〈銅像に悪口ついて行つてしまつた〉
探し物に来て倉の中で読んで居る
雨のあくる日の柔らかな草をひいて居る
たもとから独楽出して児に廻して見せる
今日も一羽雀が砂あびて居るよ草ひく 放哉
とんぼが羽ふせる大地の静かさふせる
きちんと座つて居る朝の竹四五本ある
蛙ころころとなく火の用心をして寝る
破れうちはをはだかの斜にかまへる
所在不明の手紙がこつそり戻つて来て居る
◎只今居る常高寺といふオ寺は妙心寺派の禅寺で中々立派なものです(非常に荒廃して居ますが)淀君の末の妹(京極家ニ嫁して)が建立されたもの、問題にならぬ程あれはてゝ居るけれど、庭は実に見事なものです淀君の妹といヘば美人であつたろうと思います、-一人庭の草ムシリをしながら次の九句をつくつて見ました 放哉
『一と處つゝじが白う咲いて廃庭
[やぶちゃん注:この句、底本では冒頭の「『」は一字上にあり、句は他と同じ高さから始まっている。]
廃庭大きな蛙小さな蛙
蛙がとんだりはねたりはねたりして池の夜昼
とかげの美くしい色色がある廃庭
廃亭に休らうわれは大昔しの人
昔しの朝の風吹かせ一本一石
女がたてた大きなお寺だ
廃庭雑草の儘の数奇を尽す
ホキと折る木の枝よい匂ひがする』
〇以上、九句廃庭吟御叱正下さりませ
(ママ)
青梅憂然と落ちて見せる
青梅かぢつて酒屋の御用きゝが来る
青梅白い歯に喰ひこまれる
節穴さし来る光り尊し
梅雨入りのからかさに竹の葉さはらせる
小供を抱いてお客と話してゐる
児の笑顔を抱いて向けて見せる
折れ釘も叩きこんで箱をつくつつてしまつた
佛のお菓子をもらう子供心子供心である
赤いお盆をまんまろくふいて居る 放哉
蛙たくさんないて居る夜の男と女
蛙たくさんなかせ灯を消して寝る
小鳥よくなれて居て首をかしげる
鳥籠下ろす二の腕の春だ
はつかしそうな鶯遠くへ逃げて逃げてはなく
下手くそな鶯よ山路急ぐとせず
雪国の長い家のひさしに逗留してゐる
はるか海を見下ろし茶屋の婆つんぼであつた
もるがまゝにつかつて居る一つの土瓶
(ママ)
豆のやうな火を堀り出し寒夜もどつて居る 放哉
句稿(6)
層雲雑吟 尾崎放哉
葉桜の暗夜となり蛍なりけり
木槿の垣に沿ふて行く先生の家がある
桜葉になつてしまつてまだあき家である
葉桜の下で遊びくたびれて居る
木槿の垣から小犬がころがり出す
木槿垣の上を豆腐屋の顔が行くよ
木槿の葉のかげで包丁といでいる
[やぶちゃん注:「いる」はママ。]
松山松のみどり春日ならざるなし
燃えさしに水かける晩の白い煙り
すくすく松のみどりの朝の庭掃く
竹の葉がふる窓で字を習つてゐる
底になつた炭俵の腹に手を突つ込む
豆腐屋の美くしい娘が早起きしてゐる
田舎の床屋で立派なひげをはやしてゐる
少し■の酒が徳利ふればなる
久し振りに英語の字引の重たさ手にする
池で米とぐかきつばたは紫
池一つ置いて静かなあけくれ
お池のなかの黒ン坊のゐもり
蠅が障子にぶつかる元気がよい 放哉
寺に来て居て青葉の大降りとなる
サツとかげる陽ある躑躅まつ盛り
物干で一日躍つて居る浴衣
汐ふくむ夕風に乳房垂れたり
砂山下りて海へ行く人消えたる
芹の水濁らかすもの居て澄み来る
〈芹の水濁らすもの居て澄み来る〉
桜咲き切つて青空風呼ぶさま
青葉は日かげの石段高々とある
桜ひとかたまりに咲き落ちて池水
軒の■しのぶが手をのばす夕月 放哉
借金とりを返して青梅かぢつて居る
落葉ふんで来る音が犬であつた
四角にかり込まれた躑躅がホツ/\花出す
池の朝がはぢまる水すましである
ぱく/\返事をして豆がいれる
落葉どつさり沈めて澄み切つた池だ
煙草のけむりが電線にひつかゝる野良は天気
煙草のけむりがひつかゝる高い鼻である
小米花数限りなく白くて白うて
池の冷めたさにごらす米のとぎ水 放哉
土塀に突つかい棒をしてオルガンひいてゐる学校
児にヨジユームを塗つてやる朝の空気だ
黒い衣ものきて後ろ姿を知らずに居た
夜の枕があたまにくつ付いて来る
今朝はどの金魚が死んで居るだらう
話しが問遠になつて町の灯を見る
言ふ事があまり多くてだまつて居る
小さな人形に小さいかげがある
鯖を一本持つて来て竹を切つていんだ
話しずきの方丈にとつつかまつて居る 放哉
梅雨晴れの七輪ばたばたあふいで居る
筍くるくるむいてはだかにしてやる
茱萸の小さい提灯が赤うなつて来た
石油かんを叩いてへこましてしまつた
茶の出がらしが冷えてゐる土瓶である
茶椀の欠けたのが気になつてゐる朝である
墨すり流しつゝ思はるゝこと
消し炭手づかみにしてもつて来る
たばこを買つてしまつて一銭しか残らぬ
山吹真ツ黄な蛇をかくしてゐる 放哉
口笛吹かるゝ四十男妻なし
うつろの心に眼が二つあいてゐる
花火があがる音のたび聞いてゐる
天幕がたゝまれて馬がひかれて行つた
一日曇つてゐる手習ひしてゐる
破れたまんまの障子で夏になつてゐる
夜がらすに啼かれても一人
淋しいからだから爪がのび出す
電燈が次の部屋にもつて行かれた
重たいこうこ石をあげる朝であつた 放哉
髪を切つてしまつた人の笑顔である
蛙が手足を張り切て死んでゐる
肉のすき間から風邪をひいてしまつた
裸の人等のなかの風呂からあがつてくる
屋根草風ある田舎に来てゐる
障子のなかに居る人を知つてゐる
赤ン坊火がついたやうに泣く裏口暮れとる
[やぶちゃん注:底本では「裏に暮れとる」とあるが、意味が通らない。筑摩版全集では表記の通り。それに従って補正した。]
寝そべつてゐる白い足のうらである
板の間光らせて冷ヘた茶を呑んでゐる
苔がはえて居る墓の字をよまんとす 放哉
襖あけひろげ牡丹生けられたる
たくさんの墓のなか花たてゝある墓
牡丹あかるくて読まるゝ手紙
山の茂りの人声下りて来る
人を乗せて来た戸板でさつさといんでしまつた
米粒一粒もたいなく若葉に居る
汽車でとんで来たばかりの顔である
痛い足をさすりさす今日もくれて来た
女房大きな腹をしてがぶ/\番茶を呑んで
物を乞はれて居るわれは乞食 放哉
何くれとなく母の手助けをして女の子である
なぜか一人居る子供見て涙ぐまるゝ
他人同志が二人で寝起きしてゐる
貧乏ばかりして歳頃となつてゐる
わが歳を児■のゆびが数へて見せる
橋までついて来た児がいんでしまつた
母の無い児の父であつたよ
牛乳コトコト煮て妻に病まれてゐる
卵子たくさんこわしてあいそしてくれる
今朝も町はづれの橋に来てゐる 放哉
裸ン坊がとんで出る漁師町の児等の昼
波音になれて住む若い夫婦である
渚消されずにある小さい児の足跡
小さい橋に来て荒れとる海が見える
〈小さい橋に来て荒れる海が見える〉
一本松とて海真ツ平らなり
海の旭日仰んをがんで二階から下りる
えぼし岩目がけて朝の釣舟をやる
ひとひらの舟に乗る深い海である
島に人住はせて海は波打つ
手からこぼれる砂の朝日 放哉
句稿(7)[やぶちゃん注:ここより小豆島時代のものと思われる。]
層雲雑吟 尾崎放哉
※〇足のうら
妻楊枝嚙んでは捨てるなん本でもある
だんだん風が強くなつて来て泊る気になつて居る
煙草の煙りにごまかされて出て来た顔である
この蟹めと蟹に呼びかけて見る
かはいや小さくても赤い蟹の親ゆび
松かさぼんやりして居る庵にたゝき付けられる
雨のあくる日がよく晴れ松かさからりと落ちる
火が消えて居る火鉢をかきまはしてほり出す
呼び返して見たが話しも無い
海を前に広げて朝から小便ばかりして居る
あらしが一本の柳をもみくちやにする夜明けの橋
〈あらしが一本の柳に夜明けの橋〉
ツ
あらしの部屋にはランプが一つ灯いて居る
みんな寝込んで居る家並の上に赤い雲を流し嵐はぢまる
あらしの中のばんめしにする母と子
あらしのあとの馬鹿がさかなうりに来る
あらしのなかの虫一つなく一つなきけり
あらしの晩で椎拾ふ相談が出来た
あらしのあとの小さい鶏頭起してありく
風が落ちた神主の顔に夜があけて居る
よい凪の月無きかゝる夜島島生れし
波にかくれる島にて舟虫はひけり 放哉
芒がどんどんのびて行く島のお天気つゞき
雨の日は遠くから燈台見て居る
ゆつくり歩いても燈台に来てしまつた
旅人若く島の芒穂に出でず
風がどこに行つてしまつたか海
波のうねりのだんまつて居る力
島々皆白波の祠を抱き
白波打ちかへし渚秋なりけり
ひよいと呑んだ茶椀の茶が冷たかつた
朝のあついお茶をついで呑む 放哉
いつの問に風が落ちたか暮れとる
石油の匂ひが好きな女であつた
水平線をはなれ切つた白雲
石炭酸の匂ひがする裏町ぬける
砂山砂から顔出して石塔
道しるベ横さまに打ち込まいでもよさそう
小鳥飼ふ事が上手でだまりこんでゐる
うたが自慢でおばゞ酒をほしがる
朝皃の蔓のさきの命ふるはす
風の藤棚の下ベンチが無い
緋鯉がにじんだ儘で暮れる 放哉
大きな鯉も居る藤も垂れて居る
雨蛙がぴつたり手に吸ひ付いた朝風
なぜか逢ひともない人の顔だが
鳶だんだん大きな輪をかいて高いぞ
針箱しまつて晩のにぎやかさにかゝる
ボケの花が一番すきな木瓜の花
数えて居るうちに鳩の数がまぎれて来る
ク
そうめん煮すぎて団子にしても喰ヘる
づいぶん強い風であつた柘榴が落ちない
庭下駄庭石にくつ付いた儘で□□くつ付いて居る 放哉
[やぶちゃん注:注によれば、抹消している末尾二字程は不明。]
もう汽車に乗つたかな土瓶がからつぽだ
焼米ゆびからこぼれる音を拾ふ
小包の紐をたんねんにほどいてたばねる
庭石格好よく据えてあすのことにする
風が落ちたやうだ小供の泣く声
ハンケチ洗つて干す秋陽となり
蝉がちつとも啼かぬやうになつた大松一本
歯みがき粉がこぼれて留守にして居る
墓へ行つた足音が今戻つて来る
藤棚洩れる秋陽を机の前にす 放哉
海辺の畑の垣とても無く夾竹桃真ツ盛り
石が火になつて炭とをこつて居る
血を吸ひ足つた蚊がころりと死んでしまつた
田を植えて行く村のお医者さんが通られる
こんな町中の三角の田水田であつた
(慥か大久保新田、辺りの記憶)
鎌を光らして朝の山にはいる
[やぶちゃん注:正しくは「はゐる」であるが、放哉は多くこの「はいる」を用いている。句稿のここでのみ注記し、以下は省略する。]
口をあけないでしまつた柘榴だ
洗濯竿にはわがさるまたが一つ
足のうら洗へば白くなる
すら/\書ける手紙で二三本書く 放哉
涼しさ担ひ来し荷を下ろす
石山虫なく陽かげり
石山雨をふるだけふらせて居る
青梅落として居る留守らしい
ざるから尾頭ぴんと出して秋風
自分をなくしてしまつて探して居る
帯のうしろに団扇をさしてお婆よく歩く
三味線の■稽古して御詠歌をしへて居る
帽子にとまつた蛍を知らない
蛍籠の蛍の匂ひ 放哉
河原の蛍が光る部屋に案内される
昼の蛍の襟が赤い兵隊さん
蛍すいすい橋は風ある
叱られた児の眼に蛍がとんで見せる
そんな遠方までとんでもよいか池の蛍
夜更かしてもどる蛍がよく光ること
どうせ濡れてしまつたざんざんぶりの草の蛍
〈どうせ濡れてしまつた夜空の草の蛍〉
風よ高々忘れたような蛍
光らぬやうになつた蛍寵吊るして居る
光ること忘れて死んでしまつた蛍 放哉
〈蛍光らない堅くなつてゐる〉
人一人焼いた煙突がぽかんとしてる夕空
はやり風邪で死ぬ人を焼く煙突がいそがしい
大松一本雀に与へ庵ある
大松によりかゝる蟻の音全く無し
根も葉も無い話しで田舎の夜が更ける
月の出がをそいからの庵にもどる
への字動かすきりの烏が遠くなつてしまつた
雨の烏がだまつて居て無精者で
蚤とり粉たくさんまいてくしやみして居た
堤へあがる海への道消えたり 放哉
句稿(8)
層雲雑吟 尾崎放哉
海が少し見ヘる小さい窓一つもち事たる
〈海が少し見へる小さい窓一つもつ〉
わが顔があつた小さい鏡を買うてもどつて来る
〈わが顔があつた小さい鏡買うてもどる〉
こゝから浪音きこえぬほどの海の青さの
畳がえしてもらつた其の日から庵の主人で居る
わが庵とし鶏頭がたくさん赤うなつて居る
すさまじく蚊がなく夜の痩せたからだが一つ
久し振りに島の朝の木魚叩いて居りけり
人の親切に泣かされ今夜から一人で寝る
井戸水汲みに行くまつ昼西瓜がごろ/\寝てゐる
日が暮れゝば寝てしまうくせの窓一つ残し
わが手わが足の泥を洗ひ今日の終り
七輪あふいで居れば飯が出来汁が出来
とんぼが淋しい机にとまりに来てくれた
どつと山風に消えたちよろ/\風呂の火
藁をたいた土の匂ひをふと嗅いで寝る
ほりかけの石塔の奥で晩酌やつて居る
■小さい窓から茶がらをこぼす新月
どうせ一人の一人の夕べ出て行くかんなくづの帽子
新らしい石塔がたつた夜のわれは寝るとす 放哉
をさな心のランプを灯し島の海風
島の墓にはお盆の夕空流れ
晩のかげがうつる頃となる二枚の障子
四五人静かにはたらき塩浜くれる
四五本ほちほちくゆらし蚊とり線香
夜更けの麦粉が畳にこぼれた
壁土が落ちること昼の虫なく
炭をもらつた夜の火鉢土瓶たぎらす
色々思はるゝ蚊帳のなか虫等と居る
今朝は松の青い葉がたくさんある掃く 放哉
いつも松風を屋根の上にをいて寝る
海辺はをなじなりはひの家々晩の煙りをあげ
洗濯竿をじやまにして立話して居る
夜中ひやひや起こされて居る窓の海風
船がはいつたぞと知らしてゐる窓一つ暮れとる
蚤とぶ朝の畳の裸一貫
店の灯が美くしくてしやぼん買ひにはいる
松かさも火にして豆が煮えた
屋根の上から見えてゐる山も島の山かな
女の笑ひ声もして盆の墓原 放哉
こんなところに打つてある釘を考えて居る
島人の訛りになれて木槿白き夜の
無暗に打つてある釘をぬく小さな住居とし
大声あげて呼ぶ野良はひろびろ
茄子をもいで来たあんまにもんでもらう
ひとばんでしぼんでしまつた白い木槿
御佛の灯を消して一人蚊帳にはいる
みんなで汲まれる井戸の水がうまくて真夏
井戸のほとりがぬれて居る夕風
西瓜がつけてある井戸水深々汲み去る 放哉
葬式のかねがなる昼月出て居り
さゝつたとげを一人でぬかねばならぬ
麦粉を鼠がねらう夜が長いぞ
わかれてから風邪薬をかつて寝にもどる
なん本もマッチの棒を消やし海風に話す
〈なん本もマッチの棒を消し海風に話す〉
新らしい釘を打つて夏帽をかける
松の葉風無くて淋しい朝よ
山に登れば淋しい村がみんな見える
もらつた新芋がある葱があるたべ尽くされず
横顔そつくりの顔がちがつて居つた 放哉
蚊帳の吊り手の朝風に用なくて居る
腰をろす石をさがす暮れちかく
待つて居る手紙が来ぬ炎天がつゞく
夜更けの舟をろす月にひそかなる
漕ぎもどす舟の月夜はなれず
お茶を呑むわが茶碗が一つ
よびとめられた晩の道茄子もいでもらう
片眼の女がうりに来る島のくだもの
ボラがたくさん釣れるこの頃の丸い月夜
まつくらなわが庵の中に吸はれる 放哉
夕べもどつて来る庵の障子があいて居つた
葡萄の種子を吐いて居るランプの下
梅干を大事にしてお粥をたべとる
人来る声してみんな墓場へまがる
土のほこりの窓低き鶏頭
半分よんだ本がなか/\読み切れぬ
畳はく風の針が光つて見せる
庭をはいてしまつてから海を見てゐる
半紙が二三枚とんで居る庵であつた
昼の蚊御佛を礼讃し刺すよ 放哉
白足袋がよくかはいて暮れてしまつた
天井のふし穴が一日わたしを覗いて居る
般若心経となへ去る朝の第一燈
海風たんとたもとに入れ晩を遊びに出る児等
恋を啼く虫等のなかでかゞまつて寝る
かりそめのたなを吊つて乗せるものがたんとある
障子の穴が大きうなつて朝晩涼しうて居る
裏山にあがつて朝の舟を見てこよう
土瓶の欠けた口に笑はれて居る
麦粉を口いつぱいに頰ばつても一人 放哉
燃えさしに水をかけて泣かせてしまつた
東京へ手紙かきあげて島の夜にだかれて寝る
石塔ほる前の家の女がめくらであつた
一銭置いてお茶をみんな呑まれてしまつた
妻楊子買つて来て一本もたいなく抜く
今ばん芋を煮ようか茄子を煮ようかとのみ
京の女を思ひ出す鏡見て居る
扇子を大事にし大事にし蠅を叩く
お経よむ気にもなれず米とぐ日ある
お光りに佛てらされ給ふ朝は 放哉
句稿(9)
層雲雑吟 尾崎放哉
雨の椿に下駄辷らしてたずねて来た
〈雨と椿に下駄辷らしてたづねて来た〉
何かもの足らぬ晩の蛙がなかぬことであつた
(此島米ヲ産セズ故、水田ナシ)
わが髪の美くしさもてあまして居る
〈髪の美くしさもてあまして居る〉
浴衣きて来た儘で島の秋となつとる
バケツ一杯の月光を汲み込んで置く
シキヰ
閾の溝に秋の襖をはめる
いつも淋しい村が見える入江の向ふ
障子の穴をさがして煙草の煙りが出て行つた
夏帽新らしくて初秋の風
鶏のぬけ毛がとんで来ても秋
藁ぐまにもたれて落ち込んでしまつた
波打際に来てゆつくり歩きつゞける
しとしとふる雨の石に字がほつてある
淋しくなれば木の葉が躍つて見せる
叱ればすぐ泣く児だと云つて泣かせて居る
窓いつぱいの旭日さしこむ眼の前蠅交る事
今朝、五時頃ノ実景デ、ナンダカ馬鹿ニサレテ居ル様ナ気ガシマシタ、彼等、第一義諦ヲ知ル筈トデモ云ヒタイ様ナ気持デ、彼等ハ実ニ堂々タルモノデス、旭日直射シ来レバ彼等ハ即歓呼ヲ挙ゲテ交ル、
ロ
秋風吹断一頭盧(?)
旭暉眼前蒼蠅交
マヅイ偈デスカ、マダ死ネソヲニモアリマセンカ[やぶちゃん注:この通信文は底本では全体が一字下げとなっている。]
あく迄満月をむさぼり風邪をひきけり
さあ今日はどこへ行つて遊ばう雀等の朝
はちけそうな白いゆびで水蜜桃がむかれる
石のまんなかがほられ水をたゝえる
山ふところの風邪の饒舌
花がいろ/\咲いてみんな売られる花
〈花がいろ/\咲いてみんな売られる〉
青空の下梨子瓜一つもぐ
塩のからいに驚いて塩をなめて居る
はく程もない朝々の松の葉ばかり
盆芝居の太鼓が遠くで鳴る間がぬけて居てよし 放哉
落葉生きてるやうにとび廻つて見せる
枝をはなるゝや落葉行違も知らず
たまさか来るお遍路の笠が見送らるゝ秋は
追憶のタベ庭先き蟹がはつて見せる
今日はも一つお地蔵さまをこさえねばならぬと石ほる
障子の破れから昼のランプがのぞくも風景
なれてしまへば障子の破れから景色が見える
荒壁ほろ/\わが夜の底に落ちる
秋風の石が子を産む話し
投げ出されたやうな西瓜が太つて行く 放哉
忘れた頃を木槿又咲く島のよい日和
いつも泣いて居る女の絵が気になる壁の新聞
〈壁の新聞の女ハいつも泣いて居る〉
鴨居とて無暗に釘が釘打つてあるがいとほし
此の釘を釘打つた人の力の執念を抜く
われにも乏しき米の首がやせこけた雀よ
下手になく朝もよろし島の鶏
海風に筒抜けられて居るいつも一人
海風至らぬくまもなく一本の大黒柱
たまたま窓から顔出せば山羊が居りけり
海風ベう/\と町までの道夜道 放哉
朝から曇れる日の白木槿に話しかける
うらの畑にはいつて盆花切つてもらう
アイスクリーンを売つて歩く島の昼は開けた
うつかり気が付かずに居た火鉢に模様があつた
お盆の年寄が休む処とし庵の海風
盆休み雨となりぬ島の小さい家々
(ママ)
〈盆休み雨となりた島の小さい家々〉
島から出たくも無いと云つて年とつて居る
お盆の墓原灯をつらね淋しやひとかたまり
死ぬ事を忘れ月の舟漕いで居る
朝ばん牛乳を呑んでやせこけて居る 放哉
山々背中にあすの天気をさしあげて居る
ビクともしない大松一本と残暑にはいる
全く虫等の夜中となりをぢぎして出る
稲妻しきりにする窓焼米かぢる音のみ
蚊帳のなか稲妻を感じ死ぬだけが残つてゐる
屋根瓦すべり落ちんとし年ヘたるさま
アノ婆さんがまだ生きて居たお盆の墓道
島ではぢめての蛇を見て唾吐いてしまつた
女手でなんとも出来ない丸い漬物石
早起の島人に芝草をのゝき喜び 放哉
白い両手をついて晩の用をきゝに来て居る
やゝはなれてよくなく蝉が居る朝を高い木
焼米ほつりほつり水呑むわが歯強かりけり
壁にかさねた足の毛を風がゆさぶつて居る
すね小僧より下にしか毛が無い秋風
今日は浪音きこえる小窓はなれず
風邪を引いてお経あげずに居ればしんかん
ろうそく立てた跡がいくつも机に出来た
風音ばかりのなかの水汲む
よい墨をもらつて朝からうれしい 放哉
すつかりお盆の用意が出来た墓原海ヘ見せとる
鼠にジャガ芋をたべられて寝て居た
蚊帳の吊り手が一本短かくて辛抱してゐる
白木槿二つ咲きいつも二つ咲き
今日一日は七輪に火をせなんだまゝ
山のやうに芝草刈つて山に寝てゐる
草履をはたいてもはたいても浜砂が出る
魚釣りに行く約束をしたが金がなかつた
島人みんな寝てしまひ淋しい月だ
窓からさす月となり顔一つもち出す 放哉
友にもらつて来た歯磨粉が中々つきない
島の土となりてお盆に参られて居る
小さい船下りて島に来てしまつた
茄子を水に漬けて置く月夜であつた
墓近くなる盆花うる家家
萩かな桔梗かな美くしくなつた盆のわが庵
まつくらな戸に口をあけて秋山の家である
海人の親子が呼びかはし晩になつとる
[やぶちゃん注:「親子」は底本では「視子」となっているが、意味が通らない。本底本編者の手になる後の2001年刊筑摩版で確認し、補正した。]
草履が一つきちんと暮れとる切りだ
犬が逃げて行くかげがチラと晩だ 放哉
句稿(10)
層雲雑吟 尾崎放哉
※○島の祭
盆燈篭の下ひと夜を過ごし古郷立つ
うら盆の田舎の町となり逗留して居る
少し病む児に金魚買うてやる
夕陽松の葉をわけてさし込む
牀の木の水嵩に提灯一つ吊るされ
鶏頭切つてやる実をこぼし
下駄の鼻緒たてゝ揃へられたる
葡萄喰べあいたとハガキよこした
風吹く家のまはり花無し
年寄りに道を教え晩が来た 放哉
[やぶちゃん注:「教え」はママ。]
足袋が片ツ方どうしても見つからない
なんでもない事の人だかりであつた
どうかすると蜘蛛の糸が光る窓だ
線香が折れる音も立てない
藤棚から青空透かして一日居る
鬼灯がまつ赤な女の家に来て居る
これで葬式を二つ出した戸口だ
青田道もどる窓から見られる
芋が白い芽を出して居る土間だ
日なたに筵を持ち出して里の児がかたまつてゐる 放哉
山は海の夕陽をうけてかくすところ無し
家が建てこんで来た町の物売りの声
水を呑んでは小便しに出る雑草
障子を少しあけて見る雨がやみそうもない
とり籠餌を残して死んだ小鳥
(ママ)
山かげの赤土堀つて居る一人
屋根の棟に雀が並ぶあちむくこちむく
棹を櫓に代ヘる広々と出にけり
船の中の御馳走の置きどころが無い
いやな雲が覗いて居る山のうしろ 放哉
しやぼん一つ置いて買え買え云はれてゐる
[やぶちゃん注:「買え」は二箇所ともママ。]
花火があがる空の方が町だよ
一本しかない足を虫等に投げ出してゐる
犬の顔つくづく見て居るひまがあつた
口もあけないあけびを一つもつて山から下りる
ふところ手して居る朝の山明けきつた
温泉の町煙りをあげて月夜
一疋の蚤をさがして居る夜中
祭の大太鼓がなる海風
なつかしい角帯をしめきちんと座つて見る 放哉
道を教えてくれる煙管から煙りが出てゐる
旧道静かなる家家人住み
をくれて来た一人を乗せて舟出す
君が呼ぶ声に障子をあける
梅の実拾つて子供になんべんとなんべんも通はせる
みんなが広ろ間で勝手に寝てしまつた
灰かぐらのなかからひげもぢやの顔が出た
海風に呼吸を押し込まれて歩く
散歩に出る杖かろく草ひく人居る
木槿の花がおしまひになつて風吹く 放哉
裏口からはいる気安さで来て居た
障子をしめてある縁に朝の日さし
わらじはきしめ四五人にまだ明けきらない
鵙がなくいつも見て居る大松
芝居のはねの雨の灯の町
傘をかついで行く広ろびろ虹たつ
雨の糸瓜見て家にばかり居る
熱をわが熱を見る君の脈を借りる
稲田みだれ伏す星が消え行く
朝起きた手のしびれが残つて居た 放哉
句稿(11)
層雲雑吟 尾崎放哉
菊つくる小器用な若い夫婦
糸瓜の棚つくるすつ裸になつて居る
長雨のあと大きな夕陽の顔が一つ
返事を返してゐるひまに已に雲なし
橋の半分頃まで来て呼ばれて居る
三人で笑つてどれもよく呑む
花売り花こぼし遠く行きけり
今日も来てしまつた松の根もとにかゞまる
追つかけて■■追ひ付いた風の中
とうとう見えなくなつた一羽の烏見てゐた
なにくれとして居る窓でだまつて月が出てゐた
月がだんだん登つて行つて小さうなつた
海が入り込んで来て居る限り月に光り
ぴつたりしめた穴だらけの障子である
思つて居た通りの枝に烏がとまつた
一つたべてしまつた梨子の心がある
烏の羽音を間近かに聞いて暮れかける
ワイシヤツまくり上げて山ほど仕事がある
さよならなんべんも云つて別れる
あけがたとろりとした時の夢であつたよ 放哉
ばたりと風が落ちた夜の襖をあける
足のゆびばかり見て急いで歩く
案山子の顔をこう書いてやらう
路次の奥までさかなやの声が通るらしい
風呂しきのなかが御馳走らしい
晩をそい月が町からしめ出されてゐる
門を出てから右左にわかれた
巡査のうしろから蜻蛉がついて行つた
蜻蛉がみんなぱつと立つたいちどき
火鉢の上の小さい鍋で豆腐がことこと煮えてくれる
放哉
障子切り張りしたあとがきわ立つて晴れとる
洗つた障子の雫を大松に立てかける
障子張りかへてきたない顔をしてゐる
障子張りかへて居る小さいナイフ一挺
朝から石塔ほる音の一心にほる音
くたびれた足がちやんと二本ある
ぱつたり風が落ちた昼の銭湯に行く
思いがけもないとこに出た道の秋草
ちつとも風が無い道の郊外で児を連れ
淋しい顔した二人で道で逢つて居る 放哉
如何にも静かな一日の机であつた
みんながお山の冷たい水で顔洗つて来る
肩のこりを摑むわが手ある曲がらせ
わが肩につかまつて居る人に眼が無い
未だ明けきらぬ松原の神居ます
小さい臍が一つあつた赤ン坊の腹
豚がたかく売れた話しをしてゐる満月
低い土塀から首が一つ出た
大根大きく輪切りにする
旅立つ朝の妻の顔がある竃の火 放哉
静かなる日の名も知らぬ花咲きたり
朝顔べつたり咲かせて貧乏だ
一番遠くへ帰る自分が一人になつてしまつた
久し振りの顔がランプつけて来た
水車一つ廻らせて昔しのまんまだ
思ひ出せない顔に挨拶して居る
欠伸して昼の月見付けた
小供四五人で足音を揃へ
新聞ばかり勉強して電車に乗つてる
笑靨花こぼれないしよで来て居る 放哉
二人で泳ぎ出して遠く距たり
となりの藪から出て来た筍でぬかれる
遠く離れてしまつた島近くなる島
蠅とり紙をふんづけた大きな足だ
疲れたこんな重たい足があつた
テーブルの下で足がいたづらして居た
初夏の女の足が笑ひかける
切られた繩がだらりと地に垂れた
絹糸切つてくれた糸切歯
ポケツト探す手がなにかつかんで居た 放哉
月がさして来た窓に本がなげてある
小さい窓あけて宵月を探して居る
考へ考へ児が絵をかきつゞける
蓮の葉押しわけて出て咲いた花の朝だ
子供がはぢめてをぼえた唱歌だ
赤ン坊に邪魔されて新聞をよんで居る
昼の握りめしたべた軽いからだで歩かう
腰を下ろした石のまんまで暮れとる
屋根やが煙草を吸つて居る高い屋根だ
大きな蚤を押えたひとさしゆびだ 放哉
八月のあばれ蚊を叩きつぶしてゐる頭だ
松かさ一つでも落ちて居らぬ朝は無い
お客さんにこの風を御馳走しよう
松原松のなかから可愛いゝ児が出て来た
この辺で待ち合す約束であつた
今、夜あけた道自分が通る
コスモス折れたる立てゝ見る
大松腰を振つて秋空立つ
二人が手をひろげて大松だききれない
少し饐えた芋を捨てる犬が喰はない 放哉
句稿(12)
層雲雑吟 尾崎放哉
町の黎明の鳩光り立ちをさまり
玄かん太陽さす埃りに訪ねて居る
切られる花を病人見てゐる
病人花活ける程になりし
(ママ)
寝ようとするひと間だげ月あかり
青唐辛焼いて居る白い皿一枚置き
乞食日の丸の旗の風ろしきになんでもほりこむ
ハタ
〈乞食日の丸の旗の風ろしきもつ〉
浜のコスモス短かくて風に赤くて
妙によう似た口もとで挨拶してくれた
新ぶんの広告らんばかりよんでる
○以下、島のオ祭雑吟です…島ノオ祭ニハ、御輿も無い 御榊も無い、只、大小無数の太鼓を皆で、かついでドン/\叩いて、海神を驚かすのです…太鼓の大なるものは、素破らしい物があります、…神戸の楠公サンのを買つて来たとか云ふ、履歴ツキのもあります……小サイのは小供が擔ぐ、東京の樽御輿のワッショイ/\と仝様……なか/\、よいのが出来ませんが、マア見て下さいませ、……(太鼓ハ人ガ上ニ乗ツテ居テ叩クノデスヨ)
柿の核子吐き出して太鼓をかつぐ
天気つゞきのお祭すんだ島の大松
お祭のゴ馳走たベ■あいた顔で船に間にあつてる
梨子買ひに出て柿も買つて来た
卵子二つだけ買うてもどる両方のたもと
〈卵子袂に一つゞゝ買うでもどる〉
イシヤ
ツイ前の石屋にもお祭が来てゐる
↑此句ハイケマセンカ?
及第シマセンカ、呵々
[やぶちゃん注:底本では、矢印は斜め右上に向く。通信文二行は大きな丸括弧で上下を括られている。]
もらつたお祭の赤めしたべて居るわが口動くばかり
お祭り寝てゐる赤ン坊(此句、及第シマセンカナ?)
〈お祭り赤ン坊寝てゐる〉
その手がいつ迄大鼓たゝいて居るのか
茲に一人淋しい男が居つた島のお祭り
↑此の(た)ハ二三日考ヱマシタ
[やぶちゃん注:底本では、矢印は斜め右上に向き、「茲に」の「に」の字を指すが、全体に下げた。]
お祭にあいて海に来て居る女だ
ヒゲダラケノ
[やぶちゃん注:この「ヒゲダラケノ」を囲み、下から線を出して左にカーブさせ、次の次の行の「女」の字の右下を双方向矢印で結んでいる。]
○オ祭五日モツゞクノデス
○しかし-クチナシの花ノ「女」イいネ呵々 放
[やぶちゃん注:この「クチナシ」の下線は、傍点ではなく、実際の傍線である。]
句稿(13)
層雲雑吟 尾崎放哉
びつしより濡れた大松の幹で静かな朝だ
蠅の死骸一つ前に置いて考えて居る
蠅取紙で蚊がとれて居る
涼しうなつた蠅取紙に蠅が身を投げに来る
松風小寒う浴衣二枚きてゐる
さかなの匂ひがまだ残る手よ秋風
朝の静かな気持で墨をまつすぐにすらう
ホク吐いてケソとへる芋腹
炭の粉眼に入れて朝か■ら泣いてゐる
陽が出る前の山山濡れた烏をとばす
〈陽が出る前の濡れた烏とんでる〉
木槿の花と遊ぶ児よ手がかゆいぞ足がかゆいぞ
硯洗つて干す木槿の花に陽ある
足袋はいて朝の庭掃けば初秋らしう
夕立からりと晴れて大きな鯖をもらつた
暖簾から首の因業をつき出す
てんぐるまして児に葡萄をとらせる
ことこと小豆を煮て朝の手紙読んでゐる
米櫃に晩の首を落し込んでゐる
ひつそりさしてゐる児よいたづらしてゐるな 放哉
珍らしい客に訪はれて居るどしや降りの夾竹桃
ころりと横になれば蜘妹の巣が見える
時々とんぼに抜けられて涼しうなつたこと
秋山海が見えるところへ腰を下ろす
握り飯の竹の皮が吹かれて居る秋山
深夜のあたゝかさを感じ小さい火鉢
たまたまお客がある小さい火鉢だ
水をいつぱい張つてから朝めしにする
口あけぬ柘榴は枝に残され
知らぬあいだを阿呆と話して居つた 放哉
ぴしやりと児を叩く音も暮れてしまつた
母子で代る代るおぢぎしてお墓
嫁ツ子嫁ツ子向ふの山からとんで来た
藁屋根雨ふり足りて晩の煙りをあげる
納屋をごそごそ云はせて居たが灯して住んでる
鶏頭五六本ぬいてしまつたとも見えない
朝霧豚が出で来る人が出で来る
山は今日も暮れて人住むあかりが灯る
松の葉に刺されな寝に来る雀
二階の障子はりかへて海風の家あり 放哉
壁土もちあげる土の重たさ
とうからぶらさがつて居るからかさかへさねばならぬ
豆腐半丁水に浮かせたきりの台所
浴衣に足袋はいて居る庵の秋である
垣の竹に足袋干すたつた一足
手拭かける釘がきまつて居る
山の上は風が強い赤とんぼ
朝から四杯目の土瓶とだまりこんで居る
とうとうつまらしてしまつたきせるほり出す
箸が一本みぢかくてたべとる
ゐほり
晩のお光りが消えてしまつただけの庵よ 放哉
蜥蜴の切れた尾がぴんぴんしてゐる太陽
〈蜥蜴の切れた尾がはねてゐる太陽〉
焼米一粒畳に落ちて居る口に入れて置く
風の格好の青い枝山から切つて来た儘儘をさす
葉蘭の葉ずれの音よ障子しめて居る
灯の下さらさら音させ小豆を袋から出す
(ママ)
まつ先きに酔つてしまつた穂亡がうたつた
石が生きて居る話しを聞かされる石屋少し酔つてゐる
晩の少しの埃り掃き出す庵の音ある
蚊に喰はれた跡をかきかき書いてゐる
鐘がなる鐘がなる夜の風が持つて歩るく 放哉
お遍路の杖が新らしくて初秋
今朝は南風の庵のしつとり雨気ある
木槿一日うなづいて居て暮れた
お遍路木槿の花をほめる杖つく
線香立てる灰を乞はれて居る
眼がわるい人で佛の線香くゆらし
しとしと雨となる今頃京都で逢つて居るだらう
木魚ほんほん庵の蚊いつ迄出ることか
久しぶりに庵を出かける猫が見て居る
こつそり蚊が刺して行つたひつそり 放哉
灰に字を書いて線香が消えてしまつた
淋しさ松だけはやし小さい島ある
何がたのしみに生きてると問はれて居る
茸がはえぬ此の山風のこの山
起きあがつた枕がへつこんで居る
長雨でどこもかも濡れて庵
雀が啼かぬ日の庵の雨まつすぐに降る
朝から雨の海船一つ置いて居る
びつしより石塔濡れて秋雨よろし
セルの袴でやつで来たまつ黒な顔の兵隊さん
(星城子来シトキ) 放哉
葬式のもどりを少し濡れて来た
晩の煙りがゆつくり逃げる山里は雨
朝露の草原歩るく痩せた脛をまくる
たつた一つ啼く虫地の底で啼く虫
庵をそつくり暗にあづけて出かける
鵙だな朝顔洗ふ水が冷たい
雨雲かさなりかさなり合歓の木
睡蓮夜中の池が眼をさましてゐる
青空みんな出してしまつた秋山
南瓜めいめいでぷくぷくふくれて 放哉
迷つて来たまんまの犬で居りけり
〈迷つて来たまんまの犬で居る〉
旅に立つ人と夜の銀座を歩く
晩の燕が白い腹を雛妓に見せる
病人長くなりにけり浪音
自分の本が包まれて出る行く古本やの風呂敷
思つたより大きな人と初対面申してゐる
始めて逢つた二人で好きになつて居る
堅い軍隊パンを嚙つて一時をきく
となりの鶏が産んだ卵子が御馳走
たつたひと晩でお別れか
(以上五句、星城子来庵ノ際)放哉
句稿(14)
※○島の明けくれ
層雲雑吟 尾崎放哉
木槿いつまでも咲いてくれる白よ一重よ
すきな海を見ながら郵便入れに行く
すきな海が荒るればわが心痛む
舟が矢のように沖へ消えてしまつた
網干す炎天筋肉りう/\
いつも海にとりかこまれて居る島人の心
(ママ)
山の上の芋堀りに行く朝のスツトコ被り
(ママ)
〈山の芋堀りに行くスツトコ被り〉
下駄のまんまざぶざぶ海には入つて洗ふ
(ママ)
芋堀つてしまヘば大根が太つてくれる
赤ン坊がほり出されたまんまで太つて行く
海風へだつ一枚の障子あるきり
水汲桶の底をぬいてしまつて笑つた
人間並の風邪の熱を出して居るよ
〈人間並の風邪の熱出して居ることよ〉
水吹けば光る蛍草蛍にやる
雑草朝の風の中蟹が眼を出す
突つかけ草履の冷たい鼻とがらす
きつくしめすぎた鼻緒がゆびのまたにあつた
鼻緒しめていさゝかのゆびの泥をはらう
[やぶちゃん注:「はらう」はママ。]
こんな屋根の下から人が出て来た
朝のうちにさつさと大根の種子をまいて行つてしまつた 放哉
〈さつさと大根の種子まいて行つてしまつた〉
夕靄溜まらせて塩浜人居る
已に秋の山山となり机に迫り来
裏山草の風あけがたの雨ありけらし
生ぬるいビールで西陽の蠅にたかられてゐる
芋喰つて生きて居るわれハ芋の化物
蜘蛛もだまつて居る私もだまつて居る
下り路となる海へお別れ
うたをうたつて洗濯してゐると手紙で知らせ来た(れうチヤン)
をそくなつてから出る月も見る窓である
国勢調査の通知をよく読んでから寝てしまつた 放哉
何やらふんづけた時蛙に笑はれる
蛙釣る児を見て居るお女郎だ
酒夜となる蛙等の夜となる
[やぶちゃん注:編者はこの「酒」について、『「酒」は「雨」の誤りか。』と注するが、次の井泉水の添削は誤記をまともにとったということになる。]
〈酒蛙等の夜となる〉
子供あやす顔で泣かれてしまつた
巻たばこ吸ふ乞食が反り身になる
久し振りの雨の雨だれの音よ
〈久し振りの雨の雨だれの音〉
(ママ)
盆踊りにつかれた顔で芋堀つてゐる
雨空はりつめ昼も蚊やり線香をたく
長い釣竿一本のばす堤の風の中
障子の外からをとなはれて居るも秋 放哉
何かことこと音させて持たせてゐる
炭俵げそとヘらしてこわれた火鉢抱へこんでゐる
[やぶちゃん注:「抱へ」は底本では「抱え」となっているが、本底本編者の手になる後の2001年刊筑摩版では正しく「抱へ」となっており、補正した。]
庭先きの空逃■げて来る晩の煙りさへ
少し小さい足袋を無理や理にはいてしまつた
都のはやりうたうたつてあめ売りに来る
〈都のはやりうたうたつて島のあめ売り〉
かたづけかけた古い手紙をよんでゐる
厚い藁屋根の下のボンボン時計
すぐ死ぬくせにうるさい蠅だ
咲かねばならぬ命かな捨生えの朝顔
夜中の雨に眼覚め月に眼覚め 放哉
すつかり青田となつた夕べの虹が片足落とす
蚊帳のなかすね立てゝ居る外はまだ明るい
蚊帳のなか一人を入れ暮れ切る
昼も出て来てさす蚊よ一人者だ
昼便の手紙が無いときめて少し寝る
風が何やら耳に話して行く草枯れて山路
枯れた風の芒を折るばかり海を眼の下
漁船ちらばり昼の海動かず
焼いたばかりの枯れ草の朝の山路
釣ランプの下で親子が晩めしたべるのが見られる
海へ半分切り落とされた山の青空 放哉
一人の山路下りて来る庵の大松はなれず
瓜も茄子も山羊に喰はれてしまつて窓一つあいてる
瓜盗人の山羊のあごひげ石よあたれ
山羊ヘラヘラと笑ふ風の尻向けたる
さかなはよう売つてしまつてサツサと帰らんせ
西洋葡萄かついで来た片眼で押しうりする
島のポプラみんな大きくなり裸の児ばかり
月夜豆腐屋を尋ねて探してありく
庵の藤棚藤豆一つありけり
山からうんと青い枝折つて来る仏さまと二人分だよ 放哉
家家網を干しつらね夾竹桃赤かりけり
一人の机ひきよせごまの石をえる
梨子を一つあすの分に残して置かう
深々朝の海へ下ろす小さい島の根
いつも眼の前にある小さい島よ名があるのか
引き汐の島へつゞく道となれり
舟には誰も居らぬらしいあしがをぢぎして居る
三味線が上手な島の夜のとしより
たつた一つの窓東にもたされて太陽
提灯襟にさすことの知恵を出して居る 放哉
たれにも逢はで来し道の秋草
汐浜南船北馬と見る夕べもある
くどの火焚きつけるめくらに火がよく燃える
コ
色が白うてエゝ娘になつたぞな
きざみたばこのなかから一銭出て来た
白黒まぜこぜの畳のヘリで夏がいんだらしい
アスピリンきらきら光る呑んで寝る
あれもいつ時これもいつ時鐘撞く
大松太くて子供がのぼられぬ
朝の机ふくやひや/\経文
いとも静かなる昼の半紙買ひに行く 放哉
橋まで来てから思ひ出したことであつた
郵便やが通つてそれから犬が通つて浜街道
いつも暗いうちに井戸水汲み去る足音がある
今夜も星がふるやうな佛さまと寝ませう
石に腰かけて居た尻がいつ迄も冷たい
洩るのかな土瓶すましこんで居る
鶏小屋半日でみんなこわしてしまつた
きせるにたばこつめる間を考えて居た
お茶がしやんしやんわいた音の筆をく
わが窓の秋は葉蘭二三枚の風
句稿(15)
層雲雑吟 尾崎放哉
すつかり暮れ切るまで庵の障子あけて置く
〈障子あけて置く海も暮れ切る〉
沢庵のまつ黄な色を一本さげて来てくれた
寄席を出たすき腹の小さいかげが一つ
お互に知らぬ顔をして居たまでさ
(ママ)
山に芋を堀りに行く犬がついて来る
満潮の島へ行かれない風吹く
縁の下から雀がひよんと出て来た
てんでに臭い物の匂ひを嗅いで見る
でこぼこの島の梨子売りつけられてゐる
あの海からとれたさかなを焼いてゐる 放哉
手が墨を逆さまにすつて居つた
海の青さが変る朝から庵に居る
アヅキ島らしいこのあの島に名があつたのか
島に居ればめづらしい支那人が物売る
あす朝満潮のときに手紙を入れに行かう
台所の障子を誰かあけそうな月あかりだ
砂いぢる児等の白砂糖も赤砂糖も暮れてしまつた
笑つて居るのだがうしろ向ひて居る
帽子を被るくせを忘れてしまつて禿げとる
ひとの袷をもらつて着て手が出足が出 放哉
夕空透かす松四五本むかしから四五本
神棚にのせて置いて忘れて居つた
島の夕陽は松一本
だまりこんで居る朝から蚊がさしに来る
芋ばかり喰つて月が太つて来る
なんでもない字を忘れて煙草吸つて居た
さつさと朝くらいうちの布団をたゝむ
電燈消してしまつてから思い出した事ことであつた
この頃鼠が静かな天井で寝る
産屋産室の灯が洩れる襖のそとはつめたい 放哉
切り張りして居る庵の障子が痩せてゐること
幾とせの月にさらされ庵に人居る
夫婦喧嘩して居るよい月夜だ
窓空模様晴れてきめた顔窓から入れる
熱いお茶こぼした膝小僧いたはる
寝るだけの火鉢にまた戻つて来た
ひよいと持ちあげた火鉢が軽かつた
軒の雫がま遠になり風来る
浜に出て来て海風にぶつかつて居る
障子だけしめて寝る月あかりにで死んだやうな 放哉
夜中ひどい風のなか半弦の月はすゝむ
茸狩自分ばかりが男であつた
落葉ひとしきり古帽にたまつてくれる
はらりと出た落葉寝まきに着かへる
山に大きな牛追ひあげる朝靄
陽に焼けそめた海水浴の女等
畑のなかの近か道戻つて来よる
潮のしぶきに濡れた顔ハンケチでふく
みんなわしが産んだ児等を集めて居る
黒雲が早い夜中の星が出たりはいつたり 放哉
長雨の山山にでめづらしい客がある
北を塞ぐ山の高低く秋来る
トロ押しては乗つて行く草限りなし(満州)
畳を歩く雀の足音を知つて居る
あすのお天気をしやべる雀等と掃いてゐる
山の赤土ほろほろとこぼれるばかり
尻からげして長い足だ
西の空見てから寝ることにして居る
台所の団扇を握つて朝がはぢまる
鶏頭少しの風でもたほれる 放哉
晴れになる風が変つた葉鶏頭二た株
あらしがすつかり青空にしてしまつた
窓の朝風と仲ようして居る鉢花
〈窓には朝風の鉢花〉
松の葉が暮れた地べたに突きさゝつてゐた
帆柱がみえるだけの帆柱がみんな動いて居る
こゝにはいつも陽がさゝぬ蟹の穴がある
だあれも来ぬ庵のよい秋のお天気
朝の畳を掃くとぶ蜘蛛が居たよ
落葉掃きよせていつぷく
葉鶏頭の美くしさに見られる顔だ 放哉
句稿(16)
層雲雑吟 尾崎放哉
一日風吹く松よお遍路の鈴が来る
羽織を着ないで帯をきちんとして居る
羽織を着ずに居る顔に夕陽が落ちてしまつた
お粥の腹を重たくして座つて居る
静かなる日の藤の枯葉がよく落出したこと
長い着物をたくりあげてきて冬になる
朝赤い顔して大根をくれて行つた
大根が太つては朝々またれる
叩き落とした蚊秋の蚊がなかない
麦がうれた道で先生を取巻いてもどる
朝湯あふれて居る硝子戸かちんとしめる
銭湯からもどる頃晴れてくれる
いつ迄もぢつとして居る雀だよ
ホキ/\朝の小菊を折つて来る
(ママ)
芋がみんな堀られた大地の裸だ
霧に灯して浮きあがる船船
風の町のせわしい人ばかり
ハンケチを一寸たまとに入れて出る
[やぶちゃん注:編者注に「たまと」は井泉水により「たもと」に訂正されている、とある。]
襟巻を取つた女の白い首だ 放哉
松の下掃く一厘落ちて居る
病床に居る晩の雀がもどつて来る
松の風音なき日の熱出して居る
ばけつで茶椀と箸を洗つておしまひ
魚焼く金網が蜘蛛の巣にとられて居る
薬瓶からにして右枕で寝る
水にかした豆がひと晩で太つた
(ママ)
いつ迄もある歯磨紛の袋を覗く
忘れられた頃の風呂敷包みが釘にかゝつてゐる
蜜樹の皮をむいて咳いてしまつた 放哉
〇以下、二週間ノ病床雑吟感ジノ無クナラヌ内書イテ見マシタ
咳き入つた日輪暗らむ
熱の手に晩の郵便受けとる
今朝は熱が無くて豆菊折る
寝床から首あげて見る豆菊咲き出した
お粥ふつふつ煮える音の寝床に居る
寝床から首あげる暮れかけた障子がある
熱いお茶一杯呑みたくて寝てしまう
寝床のまはりの古新ぶんばかり音たて
寝床から返事してことわる
雨のふる日もある寝床出て見る 放哉
暮れ方の音の中の熱ある
海を見る熱の眼を伏せ
熱の眼に船の帆大きく動く
海見て咳いて寝てしまう
脈を数えることを止めよう
生卵子こつくり呑んだ
掃かねば埃だらけの手紙よんで置く
熱が出て来た鼠が騒ぐ
春菊の香ひがふと通つて行つた
熱の眼があいて居る柱のからかさ一本 放哉
熱が出る時刻となり出て来た
たばこ吸ひ度い気持ちを考えてゐる
いつしか夜中となつて居た寒い寝床だ
蠟燭一本立てに寝床から呼び起される
くらい寝床に病むからだほり込む
熱い小便をしに出る月夜
誰も病気のことたづねてくれぬ
ねむり薬の赤い包み紙をたゝんで置く
胸のどこに咳が居て咳くのか
朝の机の前に座つて見ればなかしなつかし 放哉
端書かきかけて出て来た熱だ
熱の鉢巻を坊主あたまにしめる
あたまの上に氷袋が下がつて居らぬ
売薬きかぬと思つて呑む
夢を見せてくれる熱よ熱恋し
妻の手を感じ熱が出てゐる夜中
寝床をぬけて出た穴がある
淋しきまゝ熱さめて居り
火の無い火鉢が見えて居る寝床だ
うれしい手紙が熱の手にある 放哉
水がはりばかり呑んで居ても熱が出る
熱の手に持たれて持たされて居る三角な墨
朱筆を握つて居る熱の朝であつた
咳いては呑むやくわんの水がへる
郵便やさんから咳きこむ手紙受取る
御花の水かへて熱さめて居る
井戸水汲んで置くだけの寝床
風呂敷に豆かつて来た晩から熱出してゐる
豆菊咲けりなんぼでも黄に咲く
熱の眼に黄な花の朝よろしく」
以上、病床ニテ 放哉
風のなかに立ち信心申して居る
〈風にふかれ信心申して居る〉
母子暮しの小さい家であつた
〈小さい家で母と子とゐる〉
藁屋根晩の煙りを静かにあげて居る
悲しいことばかり云ふ児である
淋しいから寝てしまをう
〈淋しい寝る本がない〉
山のだんだん畑を犬が走つてあがつてしまつた
向ふの岳の松に突つかい棒がしてある今日もしてある
塩浜行きかへりする人々と遠く座つてゐる
曇つたまんまで夕陽をかつと見せてくれた
夕陽かつと箒もつて立つ 放哉
よく灯つて居る蠟燭に心持ち風が出た
海が凪いだ小さい窓でよい線香くゆらす
火鉢でぐつ/\煮えて居る朝からをんなじものだ
巡査が晩の自分の家に戻つて居つた
破れ障子しめ切つたしめ切つた儘使はぬランプがある
一枚の端書受けとつて寝る
淋しいこゝ迄手紙をこしてくれる
こんなに早く菊の水が無くなつてゐた
薬呑むこと忘れてゐた薬瓶がある
小豆が一粒落ちて居た朝の小豆をたかう 放哉
句稿(17)
層雲雑吟 尾崎放哉
なにごとも無くて陽がうつる一枚の障子
露けさ秋草咲かんとするあまたの蕾
蝉なく山の家に客あり
竹藪に夕陽吹きつけて居る
風に吹きとばされた紙が白くて一枚
芋畑朝の人一人立てり
椅子が一つこけて居る松風ばかり
葱を洗つて来て台所をぬらす
よく光るあの星見つけてから寝る
往復ハガキの半分が出て来た
薬瓶透き通つて居る薬を呑む
薬瓶たもとに落して朝出る
咳をして炭を吐いて今日も暮れた
薬瓶のわが名前を朝の机に置く
瓶からごくりと呑む水薬がつめたい
火ををこしてくれる人も無い寝て居る
一日火の気も無くて暮れてしまつた
月夜風ある一人咳して
佛の花をもらう朝の熱あり
熱の手に手紙受けとる 放哉
灯に遠く近くみんな寝てしまつた
どこまでもつゞくつゞく蟻の行列
蟻をたくさん這はせて大松根をはる
馬の大きな腹が起きられそうにもない
窓から手を出した切りで暮れとる
渚遠く走り行くわが児の夏帽
お粥をすゝる音のふたをする
〈お粥煮えてくる音の鍋ふた〉
一つ二つ蛍見てたずね来りし
〈一つ二つ蛍見てたづぬる家〉
ダリヤ手に持てば垂れる
朝学校へとんで行つた風の子 放哉
はげしく小鳥になかれ昼前熱が出て居る
はげしき小鳥になかれて秋朝居る
早さとぶ小鳥見て山路を行く
〈早さとぶ小鳥見て山路行く〉
ぎようさんな頭痛膏張つた宿の女だつた
雀等いちどきにゐんでしまつた
蟇あすこにも一つ動けり
蟇やがて少し右に向きたり
眼の前出て居つた蟇
草花たくさん咲いて児等が留守番してゐる
〈草花たくさん咲いて児が留守番してゐる〉
にぎやかにみんなが出て行つた麦秋 放哉
栗をむす湯気のなかの達者な顔だ
波音聞こえて来る日はかなしく
調法がつて使つてゐる一枚の風呂敷
名も無い犬ころ等に秋草咲き
山の絶頂のお寺に犬が居つた
夕陽いつぱいの旅舎で皆が草鞋をぬぐ
爪がかたくて切つてしまつた朝寒
[やぶちゃん注:編者はこの「爪」の字について、『放哉は「つめ」を「※」[やぶちゃん字注:「瓜」の「最終画のない字。]と書くため、井泉水によって「爪」と訂正されているが、「うり」は正確に「瓜」と書いているので、放哉の癖と考え、全て「爪」と表記した。』と注している。]
桐の葉が大きな田舎の町の朝を歩く
牛の一と足一と足がそのからだを支え
[やぶちゃん注:「支え」はママ。]
牛が横こ眼をした風吹く 放哉
午后の陽にまるまつて居る背中もたいなし
小さい座布団で秋の趺座がはみ出す
クスリビン
爪切る音が薬瓶にあたつた
座布団かたくなるわが尻尖る
どれも汚ない足のゆびの爪だ
雀を摑まうとしたわが手であつたよ
左のゆびで煙草つめる癖を忘れてゐた
足袋から爪切る足を引つ張り出す
シヤツポから豆が一つころがり出した
爪切つたゆびが十本眼の前にある 放哉
〈爪切つたゆびが十本ある〉
箸を左手に持つ児であつたよ
月がまろくて児等に呼んで行かれる
墨をすつてもすつても水であつた夢
なんとよい夕焼の島で煙りをあげる
来る船来る船に島一つ座れり
〈来る船来る船に一つの島〉
葬式のかねがなつて近よつて来る
橋を渡るにも唱歌うたい連れる
朝の風雲の下火を焚きあげる
たもとのなかに紙切れも無し
秋の流れ幾つも渡りヨボの家ある 放哉
足もと灯を見せられる夜の青草
夜の青草提灯につけて来し
小さい落とし物ありけり夜の青草
いつ迄も灯をかゝげ見られ見送られ青草
手と手をつなぎ夜の青草
青い月ばかりなる夜の青草
更けて送り出される夜の青草
踏切番の顔ちらと見し夜の青草
見て居るうちに消えてしまいそうな月だ
タバコの煙り雲となり朝月 放哉
障子があいた音を葱畑で聞いて居た
釣人雨晴るゝを知る
今夜のことの魚籠をしつかり腰にくゝる
毛を切られた犬の尾がかなしく動く
残忍の人の眼の色を見まじ
漬物石がころがつて居た家を借りることにする
文身して見ようかと若い女の血が云ふ
若い女が小ゆびから少し血を出した
お椀を伏せたやうな乳房むくむくもり上る白雲
たゝけばなる筋肉の浴衣きる 放哉
舟は皆大松の下にかゝり
手を水になぶらせて舟静かに漕がるゝ
河はゞ広くなり行く蜩に別れる
舟つけてタバコ買ひに行つてしまつた
舟をしつかりくゝり付けて青草
ふなうた遠く茲にも聞いて居る一人
波のうねり大きく青い音をひそめ
舟からむくりとあたまあげたり
遠くへ広がつて行くばかり池の漣
はや魚籃にあまる魚白し漣尽きず 放哉
句稿(18)
層雲句稿 尾崎放哉
櫓を漕ぐまねをして月夜の女
秋草のなかを濡れて来て訪はれし
家のすぐ前を汽車が通る裸で呑んでる
生れたばかりの壺である秋の陽さし
障子の桟が折れて居る張つてしまつた
大きなたんぼの夕陽で声かけられた
鳳仙花の実にはぢかれた長いたもとだ
鳳仙花の実をはねさせて見ても淋しい
今日も夕陽の大松が斜に出てゐる
夜の木の肌に手を添えて待つてゐる
〈夜の木の肌に手を添へて待つ〉
がらりとあけて訪はれた秋の障子である
踊り子障子にうつる夜の町の旅人とし
乞食が白いめしたべて居る石に腰かけ
高い石段をあがり切つた松風ばかり
風の道白々吹かるゝ墓道
犬がをそくもどつて来て寝たけはひ
縁の下一つ啼く虫ある今宵よ
鼻のさきの菊が咲き出した低い窓である
初秋の家の人等に交り新妻 放哉
ほのぼの明け行く昨夜の河広かりけり
大根ぶらさげて立つなんと大きな夕日だ
庭に水打つてしまつた尻からげ下ろす
ふところ手して稲の穂にふれ行く
秋陽さす石の上に脊の児を下ろす
〈秋日さす石の上に脊の子を下ろす〉
家うちに居て芒が枯れ行く
〈こもり居て芒が枯れ行く〉
浮草とて小さい風の花咲かせ
〈浮草風に小さい花咲かせ〉
小流れ足のほてりをさますお地蔵
宿屋の庭をひとまはりして来た無花果
姿見の前も考えて歩いて来た 放哉
朝晴れ晴れした顔を合はせて居る
障子の穴から覗いても見る留守である
〈障子の穴から覗いても留守である〉
風呂しきの小いさい穴が豆をこぼす
ごみを一つつまんで捨てる秋朝
菊を一株盗まれた穴に陽がさす
ごそ/\寝床の穴には入つておしまひ
どうどう火を焚く音の秋の障子
眼が覚めた寝床の上に天井が無い
青い蜜柑を朝からたくさんもらつた
水がめから芋の顔がはみ出してゐる 放哉
うんと松葉を散らして夜明の松風
足のわるい人が菊を提げて来た
猫を叱る声がする昼間寝て居る
立ち寄れば墓にわがかげうつり
蟹が顔出す顔出す引潮の石垣
海風に声からして居る
青空焚きあぐる焚火大きくて一人
島の巡査となじみになつた
ふところ手して忘れた事をして居た
いつ迄も赤い鶏頭で住みなれる 放哉
鏡を買つて来たが見たことが無かつた
あごにさわる手にひげがのびて居る
ぺたんと尻もちついて一人で起きあがる
ご馳走たべてしまつた白い皿がある
今朝顔を洗はなんだこと思い出してゐる
庵を尋ねると云ふハガキがとびこんだ
一粒一粒喰ひヘらす瓶の辣韮
手紙のしまひから赤い三銭切手が出て来た
朝が奇麗になつてるでせうお遍路さん
ゆびさきから血が出て居つた朝だ 放哉
句稿(19)
層雲雑吟 尾崎放哉
※○野菜根抄
小さい朱の硯がかはきやすくて
鍋の底の穴を大空に探す
針の穴の青空に糸を通す
から車引いてもどる浜街道
曇る一日手紙来らず
夜中の冷えた足が曲つて居た
[やぶちゃん注:「居た」は底本では「いた」となっているが、本底本編者の手になる後の2001年刊筑摩版では「居た」となっており、補正した。]
秋の雲動くひろびろ
玉葱のきつい匂ひの台所
ボロ帯しつかりしめて出かける
いつ迄も若い気で銀杏落葉はく
山の蜜柑たべあいていんでしまつた
赤いインキが手についた朝
ベンチから歩き出した者がある
ペンサキ一本買うてもどる
冬空のお地蔵さんに参る
一人児として連れらる
塩からい井戸水で冬になつた
さんざん叱られていんだ
夕陽の山は淋しいな 放哉
死んだ真似した虫が歩き出した
入れものが無い両手で受ける
いつぱいの水をいたゞく
風の吹く方へ歩く草原
寝られぬ夜中の布団動かしてゐる
児に赤い足袋はかせ連れて出る
動物園からつかれて出た
朝月嵐となる
秋山広い道に出る
たくさん児を連れてブラ/\行く 放哉
いつも草履の足音が無い
水にうつるわが頰にひげがのびとる
いつもしめてある門の前を通る
絵を見て出る寒い風だ
青空のなかからふり来るもの
口あけぬ蜆淋しや
〈口あけぬ蜆死んでゐる〉
たしかに見た顔と船に乗つた
風吹けば少しある海光る
どこの屋根も冬になつとる
小さい帆をあげて暮れる 放哉
障子が一枚ふうわりたほれた
[やぶちゃん注:「たほれた」はママ。]
又風になる小さい窓をしめる
背が高い西洋人と出逢つた
注射する静脈ふくらせる
屋根にあがつた児が大声あげとる
葉のなかうれた蜜柑をさがす
あの足音がやつて来た
咳をしても一人
番小屋がもえてしまつただけさ
汽車が走る山火事 放哉
墓参りのついでに寄つて居る
自動車の砂煙りに歩き出した
さかな一疋釣れたばかりの水面
夕陽となり釣れ出す
とつぷり雨の夜となる
一番高い山から陽が出る
秋山半分に切られた
電柱どこまでも刈田
日の出合掌している葱畑
のびて来るひげが冷たい 放哉
怪我人運び去られた日輪
白々明けて来る生きて居つた
ちつともヘらぬ腹を山にもつて来た
一日晴れ曇り風
木の実落ちては池に沈む
冬山人があがつて居る
暗らい台所でたべとる
障子つぎ張りつぎ張りして雪来る
猫の大きな顔が窓から消えた
白帆人無きさま 放哉
どこへ行つてしまつたのか日曜の小供
朝々汲み代へて置くわがバケツの水一杯
唐辛しもらつて昼めしにする
傷口しみじみとわが血湧き出す
たのまれたかなしい手紙書いてあげる
どつかで猫が鳴いとる
大きな柳の葉が枯れ出した
土を運んで汗出す
粉炭掃きよせて置く土間のすみ
饅頭がまだ一つあつた 放哉
女達れに道をきかれた
夜の藁屋根の下から三味線がもれる
庫裡の灯一つの暗らさになれ
めくらが空見てうたふ
石佛の冷たい顔で休む
静かに撥が置かれた畳
うまい茶が出た茶わんを手にのせる
日暮れの畳を掃く
写真のなかの大きな犬だ
犬も入れて残らず写す 放哉
大きな切り株に腰を下ろす
奇れいな砂のなか蜆が居る
埃をいつぱいためて客と居る
くりくりよく太つた児がようころぶ
夜の波音のなかをもどる
風音の障子あけられず
いつも此の草山の高さに来る
山風下ろし来た一日の終り
砂糖なめた児が叱られた
波音ころがして蜜柑山うれとる 放哉
句稿(20)
層雲雑吟 尾崎放哉
風が落ちた顔を窓から出す
はたりと風が落ちた障子たて切つて居る
かつと夕陽の風が落ちた障子
風が落ちた夜のあつい湯を呑む
短かい羽織きてちよこなんと家ぬち居りけり
風が落ちた夕べ訪はれて居る
風が落ちた晩の大根ぬいて来る
風音の夜中の柱にもたれ
風音のなかに寝る庵無し
大風のなかの手紙が来た
海を見に山に登る一人にして
少し見える海で鶏頭枯れ行く
船の笛を聞いておわかれにする
菊枯れ尽したる海少し見ゆ
朝の頰かむりして出るすゝき光らせ
葱畑のなかいとしき妻に声かけ
小供遊ばす蟹がたくさん居ること
石垣に夕汐たゝへ家深く灯せり
陽の入る山のなかから出て来た
海の青さのたのしみ尽きず 放哉
遠足の美くしき野の流れをこえ
鎌一挺腰にさして朝の山にはいる
秋雨の家を出で戻る道ひとすぢ
赤ン坊たらひの湯気を立てゝ泣いとる
朝の湖のさゝなみたち旅たち
いつしよに大根ぬきに行かう
朝から一日戻らぬ雀だ
冷たい手で手を握られた
雑誌をばらりとあけた朝
海行く幾く日海のなかのわれ 放哉
落葉水に流れ去る風の日つゞく
菓物たくさん買うて来た月夜だ
菓物たべて話す灯の下ナイフ光らせ
駅前の菓物屋が朝の戸をあけた
山の池の小さき魚泳げり
小供等がよつてお祭の提灯ともす
朝霧流るゝ湖の遠く水見え
藪に沿ひ行く道の大きな家の門がある
流れに沿ひ一日歩いてとまる
〈流れに沿うて歩いてとまる〉
風にたほれた藤の枯棚起す力無し 放哉
海苔そだの風雪となる舟に人居る
障子しめ切つて足に灸すえて居る
一日雨音しつとり咳をして居る
朝早き秋の灯に旅立ちて来し
茶わんのかけらがいつも見えて居る流れ
一枚のわが畑案山子立てるべし
萩の花咲く寺を覗いて行く半日
夕べそば畑の石ころを捨てる
児の小さい手に椎の実拾はれ
たれも畑に居らぬ見渡す 放哉
障子の外は雀等のよい天気
客が遠方にいんでしまつた朝だよ雀
今朝は雀が大勢で来てくれた
雀風に吹かれて並んで居る
いつ迄も動かぬ船を見て居つた
晩の白雲かさなりかさなり帆柱
夜中の大きな音が鼠であつた
今朝俄かに冬の山となり
あられいつ時の青空
風吹けば鳴るわが障子
きつとうまいぞ■泥だらけの大根
冷めたさ握つて居た手のひら
手のひらにゆびで字を書いて教ヘる
旅からもどつて来た人に灯りを見せる
ひと晩とまつたきりで船でいんでしまつた
山から下りて風ひいてしまつた
茶わんの湯気が朝の顔にかゝる
いツつも六畳じきのたゝみだ
蚊帳の吊り手が動いて居る冬らし
今日で三日の雨の大松立てり 放哉
乞食が寝て居る昼間見て通る
小雨の波打際をゆつくり歩く
吸がらポンとはたいてゐんだ
草原牛が寝て居つた
硯を洗つて書く
東京に来て夜の火事を見に出る
立ン坊朝の寒いかげくつきり持つ
一銭もつてかけ出した
とんぼの尾をつまみそこねた
赤とんぼ大勢でみんな小さいな 放哉
一日曇る日の花とて無し
曇り日の机窓によせてある
大きな栗を一つたもとから出してくれた
めくらの女に秋陽いつぱい流れ
だぶ/\川水呑んで行つた牛
消えかけた榾火に大きな足出して寝てゐる
風邪声で何か叱つて居る
一つ花咲き色色風吹く
垣をしつかりなほして寒うなつた
朝の一本の柱を拭く 放哉
坂道牛が辷つた大きな足跡
いつの間に出たのか一つ白雲
船の窓ことりとあいて小さい児顔出す
かたわの児は暗い部屋に居るらしい
晩のよごれた足を拭いてあがる
陽がさゝぬ庭の人住めり
冷え切つた握り飯のなかの梅干
一日雨ふる庭の水流れ去る
どの女が鬼灯ならすのか
藁屋横低く煙りあげる黒い口もつ 放哉
句稿(21)
層雲雑吟 尾崎放哉
葱積んで行く舟の女漕ぎけり
青い葱ばりばかり島は秋雨
葱きざむ朝は葱がしむ眼の泣かるゝ
蜻蛉流るゝ風とて咲く花
のびあがつて見る海が広々見える
腰を下ろす痛い石ころがある
水を出れば直ぐに咲く花
水の上風吹き素足である
学校卒業した顔でやつて来た
見て居れば這ひ出した寒い虫よ
コレ丈ケ句作ヲタメテ居タ処…二十六日北朝来リ、ソレヨリ、温泉気分ニナリ、両人共、一句モ出来ズ候…今日三十日、「北朗」丸亀ニ去ル アトデ、手紙類ヲ整理シ見ルニ、私ノ「句稿」ニ…鉛筆ニテ、チョイ/\句ノ上二穴ヲアケ居り候――キタナクナツテ「業腹」故、…此儘送り申し候、…乞御許三十日放
[やぶちゃん注:底本では「穴ヲアケ居り候――」のダッシュは波線、「…乞御許」の下線部は傍点「ヽ」ではなく波線の傍線である。]
生れ出た虫よ風ある大地
木の葉まひ上りどんどん暮れる
くつきり夜の戸の灯が洩れ
胡座かいてゐる島の家の水兵さん
電柱斜に打ち込んである冬田
まつ赤になつたほゝづきが舌でならされる
屋根に秋草の花をのせ枯してゐる
麦がすつかり蒔かれた庵のぐるりは
〈麦がすつかり蒔かれた庵のぐるり〉
麦をすつかり蒔いて小便してゐる
もづがなく朝霧とぶ 放哉
入梅しんみり夕陽の小家いつも見て暮れる
舟が一つも居らぬ日よ夕陽よ入梅
夕陽大松を越え山を越え静かに行く
昼は小供が番をしてる島の雑貨屋
はるかなる畑畑のもみぢ一本明かるくて住む
ぢつと見て居る堤の帆が動いて居る
さんざん淋しい目をして来た顔が円るいとさ
さかな焼く晩の煙りの家が押し合ひ
昼月風少しある一人なりけり
墓地からもどつて来ても一人 放哉
・・・
『亥ノ子』ノ日、新十一月二十三日、作、…コレカラ愈、寒クナツテ参ルソヲデス
『亥ノ子』ナンテ言葉ハ久シ振リニキゝマシタヨ、難有/\
[やぶちゃん注:この通信文は上部が全体丸括弧で括られている。]
章魚をもらつた朝まつ赤に煮あげた
ころがつた林檎が落ち付いた灯のかげある
鰌きゆうきゆうなかせて割いとる
船が錨下ろす迄たばこ吸つて居た
風呂敷包み一つもつて艀にのる
船から上り陸の人となりて話す
艀こぼれこぼれるやうに人乗せて来る
をくれて一人艀に乗つた人で漕ぎ出す
島は紅葉を照らし舟から人上る
艀人を盛りあげ小雨のなか 放哉
拭くあとから猫が泥足つけてくれる
猫の足跡に笑はれて居る
どつか近所に飼はれて居るらしい片眼の猫だ
なに気なく振りかへる猫が歩いて居た
山はなだらかに入江の青さに入り
畳の上の小さい紙切れに風ある
まつ黒い畳に机が一つ引つ付いてゐる
火が出来た朝霧吹きこむ窓
直ぐ灰になる火を大事にして夜
静かなる煙り煙りをあげ大きな藁屋根 放哉
句稿(22)
層雲雑吟 尾崎放哉
小さい窓から首突き出して晩秋
ひどい風だどこ迄も青空
お遍路鈴音こぼし秋草の道
風なくて居る庵の上鳶なくらし
犬に覗かれた低い窓である
(ママ)
海風のなかで芋堀る
砂に雨落ちはぢめ浪音はなく
浜の雨となり頰かむりしてもどる
出べその児も居てあつい浜砂
炭俵に突つ込むたびの黒い手だ
船の灯一つ安らかな窓あけて居る
家々夕べの煙りあげ旅人行くなり
禿げあたまを蠅に好かれて居る
子に手を引かれ母親眼が無い
霧雨の山に朝の煙りかゝり
青田ひろびろ冷豆腐たベて出る
落葉掃く方に夕風少しある
落葉掃きよせて暮れてしまつた
すつかり晴れ切つた空の山山並び
落葉焚きつけては入つてしまつた 放哉
此ノ頃、「乳房」トカ、「髪」トカ「女」トカ…放哉此頃女ガ恋しくなつたかと冷笑スル人ガ有リマスガ、全く左ニ非ズ、此頃、新ぶんノ新らしい和歌を見て、ヒントを得て和歌なんか、アマイもんだ、俳句ノ方が今少し濃艶ダゾと、「試み」て見たワケデス、モノになりますかな、幸、「乳房」ト「髪」トハ十一月号ニ採ツテモラツタケレ共…
[やぶちゃん注:底本ではこの通信文は全体が一字下げで、「ヒント」の傍線は本当の傍線、「ダゾ」の部分は波線の傍線、他は傍点「ヽ」である。]
恋心四十にして穂芒
女の白い手が眼の前で消えた
女の足が早くて穂芒
美くしい女で菅笠をかむり
太つた女がたら/\汗ふくそばに居つた
ハンケチ忘れて行つた女であつた』
小さい手足を動かして眼を覚ました
帽子かぶつて出るくせの宵祭
島の人等に交り自分一人帽子かぶつて居つた
水がめのまろさころがし行く 放哉
なんと丸い月が出たよ窓
火事がおきすぐ消えてしまつた宵だ
町内の顔役に候蝙蝠
遠くから例の小供の納豆売が来るよ
舌出し面化の舌がとれてしまつた
落葉焚きあげた坊主頭だ
小坊主二ツ寄つて落葉焚いとる
羽織袴で墓場の夕陽から出る
ゆうべ杓の底がぬけた今朝になつて居た
〈ゆうべ底がぬけた柄杓で朝〉
猫の足音がしないのが淋しい 放哉
ふと顔見合せて妻と居つた
女よ女よ年とるな
たもとを短かく切りつめた我が妻とし
旅からもどつた妻の顔とぶつかつた
嬉しさが押え切れないで女よ
夫婦で見送られて一人であつたは
さんざん叱つた揚句の妻よ
みんな若い人だちに西瓜が切られる
風につぶされた家がいつ迄もある
駄菓子が好きな坊主を笑ひ給へ 放哉
海が荒れる日の漁師が酔つて居る
火の無い火鉢に手をかざし
ひどい風の中咲く花白し
藁灰焚き置き朝の裏口
がらり障子をあけた小供であつた
立話して居てめしを焦がした
朝の一枚の障子をあける海風
小ざかな生きて居る夕河岸
生きて居る蟹を買つてしまつた
お賽銭集めてハガキ買ひに出る 放哉
縁かわあたゝかくて居る木の葉が一枚とんで来た
犬がなく山の村の灯が見える
くらまぎれから犬が出て来た
落葉掃いて居る犬に嗅がれる
島のお天気は静かなる電線
裏の小供と仲よくなつて菊が咲いて
佛の灯が消えて居るのを知らずに居た
石油買つてもどるちよい/\紅葉しだした
堤の上から昼の帆柱がふらふら動いてゐる
あついお茶を呑んで落葉掃きに出る 放哉
一日障子を風にならして読んで居る
障子のつぎ張りも松風の景色
茶わんが白くてだまつて台所暮れとる
山に登る山の畑の牛なく
いつも洗濯してる女で色白で
柿の木一本赤くして洗濯してゐる
落葉掃きたくない晩もある
草履が古くなつて来た落葉はく草履
いつも草履をはいて暮してゐる
ぬれた草履をかはかすよい秋晴れだ 放哉
いつ迄も曲つてゐる火ばしで寒いな
犬が小供をうるさがつて居る
紅葉まつ赤な急流の舟を捨てる
流れがゆつくりして来た平かな石ある
温泉になんべんも出てははいつては青い急流
ホトトギスと云ふ茶屋で昼めしにしよう昼月
夕陽のなかの土瓶が一つ
夕陽海に親しみ暮れる
肩がこつたな松の葉を掃く
爪を切つてしまつたカツと夕陽 放哉
句稿(23)
層雲雑吟 尾崎放哉
青空の下で話して別れた
草刈りあたまをあげた知らず
化粧が早い妻と連れ立つ散歩
つい銀座に来てしまつた
汽笛海へならし空へならし
風落ちしより落つる松の葉
〈風凪いでより落つる松の葉〉
障子の穴から太い手が出た夜話でもどる
もどる時の土間の下駄が見えない
山の上の人が何か話して居る
眇眼で見られて居るやうだ
雪の頭巾の眼を知つとる
〈雪の頭巾の眼を知つてる〉
神社の雪晴れの音をきく
一人二人の夜の雪道となり
小さい児が雪の小さい道つける
小さな島々雪を残し
はるかなる山の雪見て過ごし一と夏
雪道あけるあけぬの喧嘩
雪の町はづれとなりかなしく
雪の家を探しあてた
夜通し雪の街燈 放哉
霜夜の遠くの半鐘
暮れる雪ふる酒席となり
満天雪を散らしはぢむ
青空雪散らし街燈の群集
雪の下駄わが門に叩いてはいる
向うから来る人と近くなる雪道
湯気吹く雪夜の銕瓶
青空半天の雪を落とし来る
今夜は雪だと風呂での話し
雪道遥かなる原の小さい太陽 放哉
雪かく朝の小さい手もかりる
雪晴れ舟動く
(ママ)
雪の中の庭石堀り出す
足もと降る雪の提灯
松山雪風鳴らしはぢむ
雪道銭を落とす
雪に杖たてる深し
雪のひと間を出でず
帽子の雪を座敷迄持つて来た
南天うつむかして夜の雪やむ 放哉
雪道まつすぐに下りる渡船場
たれも居らぬよ雪の渡船場
残雪に雨ふる
雪の藁屋根祝ひごとある
暮れニもどる雪あかり
池一つ雪をためず
外は雪となりしお芝居
雪に面形つける遊びを知つてる
雪の上焚火捨てゝある
夜の雪ふる音を見る 放哉
雪晴れのたんぼへ障子をあける
どこ迄も雪の一本道
雪の障子をあけた美くしい児だ
雪のお寺に美くしい児が居た
雪丸げ重たくなつて捨てる
町へ入れば雪無し
マツ赤な頰だまの雪晴れ
雪の湖から小海老がたくさんとれる
雪道奇麗な橋があつた
温泉の町の雪深し
寒鮒みんな子をいつぱい持つて 放哉
船の横腹に石炭つめこむ冬朝
月の光り母子でもどる
冬野大きな穴ある
立ち話しして居るわれ等のかげくもる
日曜秋晴れの道縦横
月の光り寝た家にもどる
あられがころがる牛の背中
提灯もどしに行く落葉ふる道
平かなる石の上風吹き出で
あかつきの風弱り朝月 放哉
自分ばかりの道の冬の石橋
〈自分が通つたゞけの冬ざれの石橋〉
いつしか雲が消えて居た窓の机
線日の坂道菊をかつぎ
焚火のうしろの暗さ
風の落ちぎわの犬の顔
霜朝一寸窓をあけた女
山宿朝霧流れあつい飯たべる
遠くの高い山へつゞく此の道
枯草たつぷりと冬陽ある
案山子の一本足が出て来た 放哉
灯を消して寝るわが寝床
雲吹き散らす風の雲のさま
はらりと落葉つながれた猿が見てゐる
玄関久しい菊の鉢持ち去る
豚が一疋逃げ出した裸か木
内庭の高い木が一本葉を落とす
門口に出て見るあすの天気
鶏頭引きぬく土少しついて来た
藪のなかの紅葉見てたづねる
太い桐の幹だけ見えて待たされて居る 放哉
遠くの渚に舟一つありけり
わが顔のまはり灯を置き縁日商人
杭を打ち込む音があとから聞こへる
小供が来る犬が来る町中のあき地
星のなかのなぢみがある星
紅葉あかるく小石を拾ふ
ぎし/\荷をしわらせて来た雪のさかなや
さかなやどんぶりがらざく/\銭出す
寒き日となりし生花かへる
今日の大地の仕事を終る 放哉
句稿(24)
層雲雑吟 尾崎放哉
※○寒空
名も無き冬の山山並び
とつぷり暮れて雨を落とす
しやがめば顔に近きだりやの花
日曜はをそい朝めし
この木の花を見た事がない
大根ぬきに行く畑山にある
麦まいてしまひ風吹く日ばかリ
枯枝ぽき/\折つて焚く
低い山なれど海風強く
冬風に吹かれ働らきつめる
うしろから吹く風海風
人力のからをひいて戻るにあふ冬田
一日砂利運んで居る
雪あかり一日の小窓
もどさねばならぬ首巻が釘にかゝつてる
池の氷に穴をあけて去る
山茶花が咲いたのでよい庭だ
少し開きかけた椿をもらつた
冬の港にま白い蒸汽が来た
温泉の町を歩く朝の白雪 放哉
その夜の池が氷つて居た
やどかり畳に置いて見てゐる
ダリヤ畑の陽によつて来し
冬川雪にあけたるひとすじ
雀の軒を並べ郊外にすむ
公係樹が散る寺から使ひが来た
暮れてしまつた生垣なほしてゐる
山路花あればつむ小供
町を流るゝ大河の夜更け
むかし此の石落ちて来しより冬田 放哉
右手のゆびが下手くそな煙草をつめる
一人呑む夜のお茶あつし
戻つて来て土瓶の腹に手をあてる
軒を並べて昼の客引く家々寝たり
やつと間にあつた汽車が居てくれた
今朝の霜濃し先生として出かける
〈今朝の霜濃し先生として行く〉
板の間の霰音たてゝ消えたり
たつた一本の野の木を見上げる
煙りをどんどん青空へあげ消えた畑
冬空少しあかるくなりぼんやり居る 放哉
たらなくなつた葱をぬきに出る月夜
となりにも雨の葱畑
寒い手がたばこをつまむ
咳して出る寒ン空
長い橋のまんなかに来て休む
痩せた尻が座布団に突きさゝる
右の手の爪だけ切つて忘れて居た
土瓶わいて来た麦のよい匂ひを入れる
寝て居る顔に夜の壁土落とす
海風吸ひあき秋 放哉
つるりと辷つた白足袋
古畳どす/\歩く
足袋ぬぐ赤い鼻緒のあと
風が落ちた監獄
冷え切つた右手いとほし
火鉢の灰をへらす
蕗のとう見つけたある朝
故郷の道をまちがへず
医者の大きな門が無くなつてる
一寸窓をあけた寒ン空 放哉
朝の大波となり寒ン空
破れ切つた障子に手を突つ込む
お医者と考えとる
薬はきかぬときめ水仙が咲いたは
お医者は釣りに行つて居た
くづ湯がうまい風の無い夜
風が無い夜の粉炭がをこる
風が落ちた草履をはく
残雪の顔を剃る
くるりと剃つてしまつた寒ン空 放哉
用事の有りそうな犬が歩いてゐる
濡れて来た犬と眼をあはす
夜中のすき腹に焼餅一つ入れる
やんちやは隣りの医者の児だ
うんと足をのばして壁にさはる
女今日は犬を連れて来ない
電気がついても戻つて来ない
赤ン坊あまりよく寝る雪晴れ
胃袋の有るところも知らぬ女だ
遊びつかれた灯だ 放哉
三銭切手も張つてしまつて寝る
たもとについた灰を知らずに居た
夜中の痩せた骨にさわつて見る
鼠が嚙る夜のよい音だ
庵は静けさの小さい鼠大きな鼠
よい気持の腹が太つてゐた
机の下が奇麗な朝だ
夜なべが始まる河音
池は雪の動かぬベンチ
大松よいとひよいと風落ちた幹 放哉
雨のお医者に手紙もたせてやる
小料理屋には入る銭ある夕ベ
古新ぶんの音を踏んで起きる
下手くそな医者菊咲かせたり
爪のあかを見もしない
庵の春は書きとばす五色短冊
畳の焼け焦げがいつつも二つだ
今日がはぢまる机がまつ四角だ
乏しうなつた半紙折つて居る
よい処へ乞食が来た 放哉
句稿(25)
層雲雑吟 尾崎放哉
とび出しそうな大根の出来だ
藤だな藤の骨からませて冬空
はだかで背なかから寝た児をはぎとる
寝てしまつた児を背中で渡す
風が落ちた庵をふらりと出る
をんなじ事を云つては泣いとる
晩の葱四五本洗ひあげて足りる
暗さ晩になつとる
寝る前の帯をたゝむ
かげのやうな気持ちが歩く
今朝掃いた松葉は煙にしてしまつた
お茶が煮える松葉の白い煙り
星がきらきらする夕べの煙り
山裾静かなる雨の煙りあり
バーのあかるい灯で落ち合つた
食パンが無い島は芋喰ふ
遠くても海辺をもどる
いつ見ても咲きかけて居る菊だ
この山の水をたゝへ一軒家とし
宵月の顔うすうす見ては話す
まつすぐに降る小雨はうれし 放哉
雨萩に降りて流れ
一本の洗濯竿の月夜
わが雨に濡れてつわ蕗
夜の青草にふる雨音知つとる
雨夜の灯をかぞヘる
やつぱり雨であつた水馬
雨の電燈が来た
犬が濡れてもどる垣の穴ある
寒なぎの船帆を下ろし帆柱
〈寒なぎの帆を下ろし帆柱〉
冬雨あかるい大きな柳が一本 放哉
枯れ草ぬかないで冬を越そう
奥から奥から山が顔出す
長いひさしの夕空が見にくい
眼玉菊足もとで咲く
小さい児が夜中一人でいんだ
浜には誰も居らぬ風吹き
糠雨となり居りし知らず
雨の夜の仕事がたくさんある
雨の窓で芸者はうたひ
朝方の雨を知らなんだ 放哉
一日歩いて来た山道の残雪もあつた
山の草原で木の実をわける
いつ迄も立つて居る畑の男
夕陽の山近し
留守番に来て居る夕陽の障子
ぬけ路次の旭日さすごみため
冬咲き残る花は黄にして
梨子のたな低く宵月
初霜旅の朝起き出でたり
大霜朝月ある 放哉
頰杖ついた窓さきさるまた海へ吹かれる
草履ぺたぺた晩の酒買ひに来る
浜に出て行つた人が中々もどらぬ
ふところ手出して火種ほじくる
とても深い谷で葉をふらし
いたちがかくれた早いこと
いつ折つたのか本のページ
状袋が一枚も無いあすにしよう
山からあがる陽が海から出だした
月夜歩く足駄の太い歯だ 放哉
また風が出かけたばけつに一杯くんで来る
また風だ大松の下の庵
また風の障子がしやべり出す
また風だよ裏のお婆さん
板塀ひつくりかへした夜中の風が笑ふ
水仙が炭俵の上に置いてあつた
庵の障子あけて小ざかな買つてる
握りめしを落した根上り松がある
寝てもさめても吹いとる
師走の木魚たゝいて居る 放哉
まだ咲いて居る佛の花を捨てる
禿山夕陽の大松をさゝげ
大風の夜の蜜柑の種子を呑んでしまつた
三度三度呑む風の丸薬
糊がかたくてつかない
フト大きな手のひらであつた
風の夜の麦粉二人でたべ
さした事が無いからかさ一本
毎朝風の墓石ならべり
遠方のわが下駄に乗つてもどる下宿屋 放哉
松かさそつくり火になつた冬朝
〈松かさそつくり火になつた〉
小供と落葉焚きあげる昼すぎ
小供と二人山の上でうたふ
黒い板塀の切戸があいた柘榴
柘榴口あけ皆が口あけ
柘榴佛に供へられ口をあけず
色街の灯の泥川泥動く
橋に来て下駄の音みだれ提灯
銀行から出て自転車かけらす
友の顔が居る銀行の窓口 放哉
また風音のねむり薬を呑み
あすは元日のお粥の残りがある
元日いつもの風吹き
元日はの箸を山で揃へ折つて来る
とつくに明けて居る元日起きて来て座る
正月休みの旅の会社員たちよ
元口の朝の行火あたゝめる
元日の盗泥棒猫叱りとばす
元日の草履ぬぎ揃へ
風よ俺を呼んで居るな風よ 放哉
句稿(26)
層雲雑吟 尾崎放哉
暗くなつて畳や片付けて居る
青空風吹きつのらせ
風吹きくたびれて居る青草
風音の布団にもぐり込む
郊外高い家建ちたり
今朝の太陽と話す
きたない畳によい冬陽さしこむ
いつも提灯張つてるお爺さん
机の足が一本短かい
ゆつくり暮れて行く籐椅子 放哉
群集のなかですぐ見付かつた
ストンストン大根輪切りにする暗い手元
障子あいた音が泥大根置いていつた
杉並木のまんなかを歩く
葬式のあとから来て路次に曲る
またあの東西屋にあつただまつて行く
たつた一人で活動館から出て来た
田舎の電気がついたり消えたりして寝る
銭湯出て電車道突つ切る
わが背中もたせる柱にえらまれ 放哉
犬のお椀に飯が残つて居る
更けて行く山の一つ灯消されず
鯊釣船を湯女の美くしい手で教えらる
病人ながらへて寒うなりけり
かけ出した児が蜻蛉見つけた
曼珠沙華がみんな踏み折つてある
柳散る陽の大地のしま目
眼の前糸瓜ぶらさがつてゐる座敷をかりた
朝顔嵐のなかでも小さく咲く
鶏頭たくさん枯らして住む 放哉
柳散る井戸に蓋がしてある
ひそかに散る柳眼が知つて居た
野に向けどんどん風呂たく
噴水風が強い公園に来た
噴水力のかぎりを登りつめる
糸瓜たくさんぶらさげていつも寝てゐる
児に乳呑ませて居る夜店の女だ
どこまでも土塀について曲るポスト
お盆の芋の湯気がたゝなくなつた
鶏毛を散らし散らし蹴合ひ 放哉
雨の高下駄久しぶりにはきたり
歯を入れかへた下駄で歩く雪よし
雪の素足でもどつて来た
つま皮新らしく白足袋を入れる
松たれさがる今し汐ひけり
妻の下駄に足を入れて見る
小さな帆かけ舟が見えなくなつた
春菊の花咲く春菊の花ばかり
嵐の松かさ叩きつけられて寝て居る
松かさたくさん土間にたまつた 放哉
嵐の犬の子一疋も居らぬ
青空ポツンとひたいにあたつたもの
講談をよむ嵐の炬燵
白砂糖こぼした嵐の夜
はや起きて居る宿の小娘
女よ新らしい下駄を泥にした
畳の黒いもの零余子であつた
枯草ぬく根を遠方に持つ
人肉の味の柘榴むさぼる夜の女で
嵐でたほれた家のとなりの台所だ 放哉
嵐が落ちた夜の白湯を呑んでゐる
嵐が落ちタ夜のなんにも無い机
嵐が落ちた障子あけあける遠方が見える
しろい
嵐が落ちた晩のお白粉つけてる
人の噂さして酒呑んで居る
カチ/\になつて居る蛙の死骸だ
手をついた蛙の腹に臍が無い
山の池晴れ蛙勇躍す
ゐもり冷やかな赤さひるがへす
蛙蛙にとび乗る 放哉
庵は青葉の昼の雨蛙なきて
雪凍てた夜の梟来てなく
梟なく夜の乳房与へる
熱い風呂に雪をうめる
赤ン坊行水させる雪の晴れ間
児等が登る風が落ちた松の木
風が落ちた板塀をなほす
風が落ちてしまつた庭石
寝た児を炬燵に置いて来る
障子あけて見た物音無し 放哉
雨の藁屋根の下の何年ぶりだらう
話す事も無くてやつて来た
嫁入りのお供が山みち酔つてもどる
買うた状袋が上等すぎた
原稿紙を売つてる家が町ぢうにない
師走の青草をふむ
郊外の電車に乗りかへた
となり合せに古く住みて木こり
顔から火が出たと女が云ふ
あの星を見付けて安心した 放哉
墓地の上は星ばかり
友の絵を壁に張りて師走
師走の島は松の木ばかり
犬がこつそりちんばをひいてもどつた
咳の薬がちつともきかぬきかない師走
めくらが兎の夫婦を飼ふて居る
小さい手から蜜柑をくれた
冬雨来たらしい音の枯草
月を見上げただけの心もち
山み■ち二つに分れ分れて細ぼそ 放哉
句稿(27)
層雲雑吟 尾崎放哉
もらつた餅を数えて居る元日
ワ
松の実を破る音ばかり元日
海がなんぼでも見える今年の元日
お寺が賑かな日の烈風
一日庵の障子をならし人来ず
初旅の汽車で買つた弁当
松の内のバスケツト一つで旅立つ
吹けばとんでしまつた煙草の灰
石塔ほる音の年の暮迫り来
夕べ風落ち草少しみだれ
たゞに流るゝ大河橋かゝる
秋の港の船は皆灯し
美くしい小鳥よ山路かくれし
夕べのさかな焼くとなり同志
山の温泉の山に見あき
今日も夕陽となり卵子一つ吸ふ
今日も夕陽となり泣いてる児ども
こどもの赤い鉛筆で絵をかいてやる
わがかげ動く夜となりて座る
いつ迄も馴染が出来ない温泉の町 放哉
小さいわが庭の中の冬陽が動く
海から拾つて来た石だよ潮騒
銕砲光つて居る深雪
何か居り秋の樹の葉を散らす
遠くの船は動かず
風のあとの松原の砂のでこぼこ
浜砂かついでもどる風呂敷が重たうなつた
林檎の籠の到来物が置かれ灯の下
えりまきぐるぐる巻にした眼だ
あられたまる間を見て居る 放哉
内庭の空見上げては本読む
霜濃し水汲んでは入つてしまつた
痩せた手首をひら/\動かす
奇れいなあたまを寄せて村の娘たち
角力とりと峠茶屋で落ち合つた秋だ
太い桐の木の下草無し
芒光る野の若き心一つ
うす霜の朝背中ニ寒く
労働者らしく夜霧にかくれ
並んで通れぬ野の橋に来た 放哉
向ひ山陽照りてくらき窓もつ
空を見る事が好きな妻であつた
小供は小供同志のお祭
松ばかりの大寺の冬
水仙縁の陽に出して銭湯に行く
小さい月夜をもどる寒さ
藪を曲れば冬の大河
一人でそば刈つてしまつた
畑から暮れてもどる百姓
灰の中の釘が曲つて出て来る 放哉
お墓のばけつ幾つもあづけられてる
柱の水仙が咲いた咲いた咲いた
児が出来た話しをきゝ大根煮てゐる
かた炭一俵もらつた寒の入りよ来い
くもれる空動く池ありと云ふ
池をひとまはりしてかるきつかれ
妻がシヤがんでる柳已に散る葉ある
カフエーには入らうか夕陽
暮れかゝる旅の山かなしく
はるかに呼べど冬野聞こえず 放哉
もどつて来た児等がチヤブ台かつぎ出す
猫の首ぶらさげた格好
猫の眼がきらひだ
秋山よき家あり人住まぬ
足がだまつては入つて居た水たまり
大河流るゝよ海へ遠く
灯の街になつた東京に汽車がはいる
大きな陽を落とし片舟
庭石雀が一寸下りて見た
大きな石がある風の野 放哉
こはれた火鉢でも元日の餅がやける
〈こはれた火鉢で元日の餅がやける〉
粉炭はねるなよこわれた火鉢
手のひらあければ淋しや
死ぬ迄左に置く癖のこわれた火鉢
馬がをどれば馬車がをどる冬野
イ キ
硝子窓に呼吸で書いた絵が消えた
石ころ幾つも海へ投げあきてもどる
砂山越えし人永久に見えず
ふるさとのやつぱり小さい馬だ
釘の着物が落ちた音だ 放哉
寺の大蘇銕いそいで見て出る星
踏みつけられた朽葉が氷りついた
すくすく桐の木太らせ百姓
すぐ灰になる一と抱への松の葉
いぶるものつまみ出す蜜柑の皮
落葉火になつて飛ぼうとする
掃きよせた落葉風に散らされ
二三日煮たきせぬ小さい台所
向ふの山に陽のあるうちを急ぐ
枯れはてた野山かな人住む 放哉
落葉つゝき出しかけひの水通る
坂道ころがり落ちて来た児よ落葉
夜の池水はま黒く
枯れ草に陽あたり牛喰む
枯れ木の中の人では無かりし
冬川せつせと洗濯しとる
〈冬川せつせと洗濯してゐる〉
渚残されし藻草つかんでかぐ
藁すべ一本落ちとる
麦藁吹いて遊ぶよ盲目の児
青い生垣に沿ひ行き気晴れ 放哉
句稿(28)
層雲雑吟 尾崎放哉
※○佛とわたくし
粉炭ほこほこ顔一つあぶつて寝る
夜話しが出て来る煙管のがん首
夜中の漬物石が重たい
薬を呑んでも呑んでも痩せとる
いちばんこれが近か道だ
交番に巡査が居らぬ
古畳売り物に出してる
もらつた手拭に小さい役者の紋があつた
かけた盃ばかりだ
大きな門の表札が無い
落葉かさこそ夜となり
凍て切つた一本道を詣る
はやり唄うたつて児をそだてる
(ママ)
郊外寒い家健ち
女世帯の奇麗にしてある
朝の水仙に水さしこぼし
今日も夕陽となつて座つて居る
いつも人が居たことが無い古道具屋だ
あの大きな机が売れたらしい
貧乏知りぬいた夫婦で 放哉
池にそつと浮いた葉だ
ほんの少しの赤さ見ゆる山茶花
下手医■者の門から出て来た
枯木を叩けば虫が喰つてる
きかぬ薬を酒にしよう
茶わんの好きな模様を買ふ
なんかは入つて居そうな壺だ
昔しは海であつたと榾をくべる
〈昔は海であつたと榾をくべる〉
半紙の皺をのばす
晩めしはやめて寝る 放哉
蜜柑一つで手紙入れて来てくれた
さんざん面白い眼をした皺よらしてゐる
かき餅半畳に干し足り
指輪が光る夜中のゆび
大きな番傘をあける
古足袋のみんな片足ばかり
朱筆もさしてある冬陽
曲りくねつた道が海に出た
次ぎ次ぎ咲いてしまつた花だ
宵月よ晩めし時 放哉
小便に起きて来る夜中の影だ
状袋にお銭をみんな入れとく
寒ン空シヤツポがほしいな
冬陽病んで寝て居る
饅頭をたべた大きな口だ
こんな町を電車が走つて居る
女が下りた銀座だ
遥か新道をつくつて居る
煙草店冬となり
工場の小さい裏門 放哉
布団のなかの肋骨がごろごろしとる
蜜柑たべてよい火にあたつて居る
六銭張つて小言云つてやる
泊り泊りの灯しつけて寝る
銭湯から神主が出て来た
飯前の手紙ポストに入れて来る
一日青空のまんまで暮れ切る
鍋釜つけてある冬の小流れ
とつぷり暮れて足を洗つて居る
蜜柑の皮が火鉢のそばに置いてある 放哉
昼の鶏なく漁師の家ばかり
あけがたの風強し水汲む音
洗つたテーブルかけのうすいしみ跡
ど
いく度かだまされた夜中の足音
夕べの凍て風に雄ん鶏なかであり
気に入つた部屋に案内された
海凪げる日の大河を入れる
宿は暮れ切らぬ前の山見てる
粟のいが朝の下駄で踏みわる
雨になつたぬくい寝床だ 放哉
晩の灯を入れた雨の宿屋町
まつ白い午の乳をしぼる
読書す夜のうす霧
[やぶちゃん注:本句は底本で一字下げとなっているが、前句の続きでもなく、筑摩版でも並列しているので、私の判断で上げた。]
朝の白雪消えて大河
働きに行く人ばかりの電車
みんなが弁当箱をさげとる
日曜の洋服がぶら下がつてる
田舎の月が遅く出て来た
柚子をもいで一つもいで来るうす雪
煙草屋の娘のお白粉がはげてた 放哉
野道の風に立ち先生である
電柱突きさしてある山の畑
二度もなつたよ宵の半鐘
河原火を焚きあげる冬が来た
子守唄に月が出て来た
昼間猫の子を捨てに出かける
大きな冬木が切られて居る
炬燵によい火を入れてくれた
雪の宿屋の金屏風だ
夜あけし港の船船ある 放哉
わが家の前の冬木二三本
〈わが家の冬木二三本〉
ゆつくり歩いて行く夜霧の道
家鴨も女も太つて居る
家のぐるり落葉にして顔出してゐる
霜朝犬がくわへえくわえて来たもの
(ママ)
父子で芋堀る
山茶花に今日も霰が来る
家たてる材木が置かれ山茶花
夜のコーヒーを呑む男と女ばかり
一人の道が暮れて来た 放哉
句稿(29)
此ノ百句ハ非常二苦吟シマシタ、但、ホメテモラヱルノガ有ルカト心配シテマス
層雲雑吟 尾崎放哉
墓原小さい児が居る夕陽
墓の前に女が引つ付いてしまつた
墓にもたれて居る背中がつめたい
墓原花無きこのごろ
墓原暮れて出る縁日
墓原昼の大きな提灯
赤ン坊ころがして大根が煮えた
ふた子かなし似て居る
泣いてるよ今朝生れた赤ン坊
赤ン坊一と晩で死んでしまつた
淋しや壁張つて居る
わが家近くなり児が駆け出す
兎を飼つて貧乏してる
葱畑の大きな足跡
寒ン空火事がうつる
藪のなかの凍てきつた路だ
朝眼がさめた児が唄つてる
暗い土間で足ふいてあがる
飯粒かたくなつて居た袖口
茶わんがこわれた音が窓から逃げた 放哉
暗らくてなんにも読めない机だ
曇る陽の庭石案内される
ハガキが一枚ほり込んであつた
山から小供あづかつて来た
日が落ちたペンサキ夜のペンサキ
夜釣からもどつたこんな小さい舟だ
〈夜釣から明けてもどつた小さい舟だ〉
曇り日の花切る忌日
夜の裏木戸ばたりばたりならし
手拭かたくしぼつた朝陽
よく吹く事だな又夜になる 放哉
となりは未だ起きぬ霜朝
水車廻らぬ冬の家あり
今朝は俺が早かつたぞ雀
おはぎを片寄らして児が提げて来た
柳散り散り尽したる小流れ
柳散りつくし風の日ばかり
朝々散る柳ある庭石
晩の小ざかな売りに来る女ばかり
一枚の舌を出して医者に見せる
行灯さげて来て二人の間に置く 放哉
この村で一人の兵隊さんだ
沈丁花の匂ひ夜中思ひ出してゐる
月夜のかるい荷物
よい凧一つ海にとられた
公園木枯の児等ばかり
児を連れて城跡に来た
城跡の大松吹き居り
大霜のわが家ばかり
朝の姿見からはなれる
大霜昼となるお針子 放哉
ばけつにいつぱい水汲めば足る
ていねいに読んで行く死亡広告
窓の下雨やどりして立ち去る
小窓の外から小供に呼ばれる
夕陽の座敷となる一本の柱
坊さんが奥の方から出て来た
橋もいつしよに渡つて来て別れる
小犬が鳴いて居る風の夜もある
女だけ助かつた朝の渚の話し
大浪晴るゝ朝なり
かたくり粉の湯がぬる過ぎた
少し風立ち晩の藁灰
いつもまつ黒い板の天井だ
インキ壺透かして見る
いやな手紙を嚙んで居る女だ
土瓶のふたに皿が乗つてる
風吹く道のめくらなりけり
〈風吹く道のめくら〉
まき割る風つのる
一丁の冷豆腐たベ残し
古道具やの店はかなしく 放哉
絵はがきばかり出て来るカバンだ
汽車走る間のをもちや売り去れり
餅を喰ひくたびれたよい火がをこつて居る
橋のきわのうまい寿司屋が無くなつた
もう川舟が下り始めたらしい
夫婦で相談してる旅人とし
〈旅人夫婦で相談してゐる〉
又一人雪の客が来た
風呂吹きをよばれに行くよい月だ
今夜の分を出して置く白い丸薬
元日の灯に家内中の顔がある
元日のみんな達者馬も達者 放哉
思ひ出したやうに火がはねる
まつてる蛙がこつそり出て来た顔だ
芸者の三味線かついで行く月夜
知つた芸者に逢つて煙草を捨てる
羽織を着ればひもがある
壁を張る新聞紙をわけてもらう
羽織のたもとには入つて居つた
漬物きざむ手で児を受取る
どかどか客が来たとなりの部屋
となりも静かな客だ 放哉
寝たがひの肩持ちて朝居る
朝の茶をつまみ風落ち
釘の手拭が氷つて居るさま
朝々の土瓶煮え立ち
お聟さんに夕月光り
婚礼の夜の提灯に雪ふらし
婚礼からもどつて少し酔つてる
カタクリ粉が落ちて居た朝の畳
女郎屋が一軒焼けの冬夜
鐘ついて来た顔で話す 放哉
句稿(30)
層雲雑吟 尾崎放哉
すつかり明け切つて居る洗面器
嫁さんが来た淋しい町だ
ぬくい屋根で仕事して居る
佛に供える青い葉朝露にぬれ
となりの児にかきもち焼いて置く
墨つけた顔でもどつて来た
なにかこわした音もしてたそがれ
蛙をつぶし蟹を殺した児がくたびれて居る
そつと石を起すうす濁り
灰かけて置いた火が夜中夜中に出て来た 放哉
裸足に恋れたよ島の女
蜜柑を買わされ片眼を知らずに居た
赤インキを引つくれ引つくりかやして夜が明けた
何かいつぱい書いてある手帳だ
児等が未だ遊んで居る一つの窓
釘にかけ切れないで輪かざりの庵り
夜中の雨を話して居る逗留客だ
戻つたらすぐ竹馬に乗つて居る
絵のうまい児が遊びに来て居るよ
〈絵の書きたい児が遊びに来て居る〉
満潮の橋長々とかゝれり 放哉
ぶらぶら女と来た踏切り
暮れ方の裾に綿がついて居た
夕陽の小窓があけてある
見世物小屋がばた/\片付けとる
山風山を下りるとす
山火事の北国の大空
庭石皆少ししめりたる
新藁散らかして仕事してゐた
カ餅をたべて海を見てゐる
小さいランプで勉強してゐる 放哉
朝の高塀に沿ふて働きに出る
うす霜の朝の切戸があいてる
さめたコーヒー皿で待つてる
コゝア呑む腕がはち切れそうだ
ちらと見た知らぬ顔で過ぎた
モヤ
朝の踏切のうす靄
踏切りどつかで鶯が啼いとる
雨の汽車路ばかり踏切
踏切に来れば浪音
大根ぶら下げて止められた踏切
まるい山の肩に宵月が乗つてる
山路はいろ/\の落葉
落葉焚きあげ呼ばれて居る
落葉焚きあげ大木
雪に小便する児等は並び
土間が奇れいに掃いてある
小さい銀杏の木が真ツ黄になり
帽子あみだにして陽にやけて居る
暗い土間で仕事して居た
落書が無くてお寺の白壁 放哉
一寸書き付けて置いた紙切れが無い
釘の手拭が一日乾かぬ
夜のお茶がぶがぶ呑むよく呑む
留守番の小供は寝とる
芽ぶくもの見てまはるある日
まだ明かるい空に親しみ
海見えはぢめ風吹くなり
一人住みてあけにくい戸ではある
夜中の蜜柑一つたべる
眼の前する/\と帆をあげた船 放哉
今年は雨風多し乞食
夜の襖があけてあつた
銀貨が一枚交つて居た
宵の口の喧嘩話しで銭湯
茶の花時雨れるのか
雀が来る木が切られてしまつた
大根畑から出た月だ
お医者の靴がよく光ること
橋を渡る提灯が一つ
山が冷えて来た凧下ろす 放哉
曇り日の鉛筆をけづる
さら/\浪よす渚薄氷
恋のうたばかり唄ひ里の遠い火
月夜の葦が折れとる
めざしを焦がしてしまつた
冬は白雲の光り
雪の山見ては書く手紙
あいてる椅子にかけてあついコーヒーだ
草に陽がはいる大きなタンク(満州長春)
やすい馬車の冬陽走らす(仝所) 放哉
大きな池の風に立ち地図をひろげる
静かなる鶴の一本の足
池に座敷を浮べ鯉をたべさせる
小さい池に出て弁当たべる
鯉がはねる音の貧厨
同じやうな沼の景色漕ぎ出で
大きな沼の枯れ葦
弟とふるさとの池の風に立つ
池のぐるりは白雲ばかり
鮒釣る池の風が強い 放哉
今朝の障子を郵便やがあけた
大霜月は雲となり
枯れ枝が動いて居る
鮒がたくさん釣れる雪風となり
どうしても動かぬ牛が小便した
一日森で遊んでしまつた
森をわけ入り小供になる
よどんで居るお椀を流してやる
意地悪るの児をにくむ心があつた
夜が明け切つて居る町の小流れ 放哉
句稿(31)
[やぶちゃん注:編者注によればここに「二月廿五日着」とあり、それは井泉水記入のもの、とする。]
層雲雑吟 尾崎放哉
雀がたつた二つ居る夫婦らしい
雨水の流れ動く朝の庭
一日雪がふりつゞける障子
誰か居るらしいまつ白い障子
雪国の元気な小供等だ
牡丹雪となつたたそがれ
この宿鳩を飼つて居たのか
夕風葉と吹かるゝ虫あり
墓のうらに廻る
わが夜の雪ふりつもる
アナタの(わらやね雪ふりつもる)‥が、常ニ思い出され、真似して見たのですが?
[やぶちゃん注:「アナタ」は傍点ではなく、本当の傍線。「‥」は、表記通り、二点リーダーである。]
四角な庵の元日
ことこと番茶を煮てもてなす
熱がまた出て来たな雪風
遠くの餅つく音で起こされて居る
つきたての餅をもらつて庵主であつた
夜中の天井が落ちて来なんだ
のびたあごひげのさきを焦がして居る
たもとになんにもは入つて居ない
星がふるやうな火の見やぐら
冬の海には遠く船一つ 放哉
大晦日皆松にとり変へて佛の花
あすは元日が来る佛とわたくし
餅をもらつた白砂糖ももらつた
どつから夜中の風がは入つて来るのか
和尚さん木鋏をならし訪ねて居る
大晦日暮れた掛取も来てくれぬ
〈掛取も来てくれぬ大晦日も独り〉
墓を拝む兄のうしろ
一番鶏がないたやうでもある欠伸をした
朝方の大雨を知らずよい晴れだ
お月さんもたつた一つよ 放哉
大いなる人この山奥にかくれしと
風烈しき夜々のランプ灯もされ
石油たつぷりついでランプの夜である
ランプ灯もす頃の船がは入つて来る
二三人にランプが灯もされる
ランプ掃除の油手をふく残雪
わがランプをかゝげ下宿をかはる
雪積もる夜の燃え座はるランプ
〈雪積もる夜のランプ〉
ランプの笠に粉雪の音するよ
ランプの笠がかしげとる 放哉
枯れあし明けて居るそれだけ
貸家気に入らないで出る秋草
いつもよい花活けて迎える
フト曇り来る部屋に居たり
窓に肱を置く大地の春
窓から手をのばして拾ふ
月光の井戸を覗いただけだ
さつき出て行つた音がした
不格好な石の冬
星がふるやうな山の道 放哉
神の朝の木木立ち
落ち葉曇り陽日をとべり
まつ黒な顔で惚れられた
坂の雨流れ青空
皿のお薬子が一つになつとる
夕づつ妻から児を抱きとる
手洗鉢の落葉かきわけ水
木の実ころころ見えなくなつた
雨の舟岸により来る
行き違ひの日曜のを訪ね 放哉
網干す雫砂に落つ
木引きがとう/\引き切つた
山奥木引き男の子連れたり
〈山奥の木挽きと其男の子〉
山の木引きがこゝの生れでなかつた
夏の夜の茶わん音さして買ふ
白いめしほ気立てゝ朝の茶わん
[やぶちゃん注:底本は「白き」であるが、本底本編者の手になる後の2001年刊筑摩版では「白い」となっており、一応、補正したが、特に注もなく、不審。]
いつしか自分の茶わんとなり
台所しまうをそい灯
友の絵がうまいんだそうだ
電気がぶら下がつて居た机にもどつた 放哉
手毬がとび込んで来た内庭しんかん
芝居の幕合に蚊にくはれた
貧乏の軒を押し並べ夕陽
南瓜半分喰はれて居る
雨に濡れ雨を流し冬木
背中で泣く児わが児よ
お金がほしそうな顔して寒ン空
足袋洗ふ朝の雪晴れ
落葉踏み来し庭宮のうしろ
山の匂ひ嘆ぎ行く犬の如く 放哉
夕空見てから晩めしにする
〈夕空見てから夜食の箸とる〉
行き止りの道なりき落ち葉
明け方ひそかなる波よせ
〈ひそかに波よせ明けてゐる〉
水たまりをとんで行つた児だ
名刺を張つてわが家とす
昼の波音になれたるさへ
冬木の窓があちこちあいてる
窓あけた笑ひ顔だ
櫓の音障子しめたる
潮くさい夫婦で児を太らせる 放哉
日が暮れても大根つけとる
硯の水がちんまり澄んで居た
芝居もどりがくしやみして通る
冬月外套のボタンをはめる
夕空の下の夫婦
冬山登ればお城が見える
船の待合所で呑んでる
西洋人の長い足が乗つてる人力だ
梯子上つたり下りたり暖い
白壁雨のあとある
■拾遺句稿
〔みんなが夜の雪をふんでゐんだ〕
[やぶちゃん注:「みんなが夜の雪をふんでいんだ」の表記違い。但し、歴史的仮名遣いとしては「ゐんだ」は誤りである。]
〔をごそかなるものゝ冬田の水〕
[やぶちゃん注:「おごそかなるものの冬田の水」の二箇所の表記違い。但し、歴史的仮名遣いとしては「をごそかなる」は誤りである。]
籠の鳥逃がした夕べとなり
どの小鳥の名も知らない
居るよと云つてる後架だ
畳に灰少しこぼし寐る時
灰ろの灰をこぼす火鉢のすみ
小さな球とし煙草の銀紙
耳の穴一日雨音ありし
糠雨寐てゐる大松
朝見れば矢ツ張り白い花だつた
〔冬ばらに手を引つかゝれた〕
[やぶちゃん注:「冬ばらに手を引つかかれた」の表記違い。]
今日も貧乏を夕陽に見せとる
酒屋の小僧が朝の雪はいてくれた
貧乏徳利がころがつてたまつて居る
足の踏みどころも無い座敷で貧乏してゐる
貧乏が立派なひげ生やして居る
〔川のまんなかを流れ行く草花〕
[やぶちゃん注:「川のまんなかを流れゆく草花」の表記違い。]
〔障子に近く芦枯るゝ風音〕
[やぶちゃん注:「障子に近く蘆枯るる風音」の表記違い。]
〔水郷見るものに芦枯れたり〕
[やぶちゃん注:「水郷見るものに蘆枯れたり」の表記違い。]
〔かゞやく雪景色の夢がさめた〕
[やぶちゃん注:「かがやく雪景色の夢がさめた」の表記違い。]
〔天気つゞきの田舎の旧の正月〕
[やぶちゃん注:「天気つづきの田舎の旧の正月」の表記違い。]
いつ迄も遠山雪ある一人暮しなり
水汲みに下りる籔の道梅の堅い蕾ある
鉢の梅の蕾堅くて青くて
[やぶちゃん注:須磨寺時代の句に「鉢の椿の蕾がかたくて白うなつて」という類型句がある。]
大風が吹いとる春のお彼岸
酔えば出て来る昔しの唄も忘れ
万年青の赤い実が余り大きくて
鐵瓶の湯気が少したち居り
釘の手拭に風ある野茶屋
山から下りて来る川に氷はりし町
森に近づき森に雪ある
[やぶちゃん注:小豆島時代の句に「森に近づき雪のある森」がある。]
汽車の窓からみんな顏出して梅林
池の氷が厚くて梅は匂ひ
昼空冴えたる音楽学校
橋の処の梅が早くて
油紙一枚背中に張つて春雨
海の宿屋に来てめづらしい大雪
お寺参りの春の雪散らす
大雪の春の河舟
〔ランプ身近かく置き金米糖かじつて居る〕
[やぶちゃん注:「ランプ身近く置き金米糖かじつて居る」の表記違い。]
一と所壁が新しくて夕陽
[やぶちゃん注:小豆島時代の句に「一ケ所壁が新しくて夕陽」があるが、これは読みが全く異なるので、表記違いとは見なさずに掲げた。]
一つの湯呑の尻がどつしり重たい
[やぶちゃん注:小豆島時代の句に「一つの湯呑の尻がどつしりと重たい」があるが、音数律が異なり、音読した際も大きく印象が違う。」
〔皺だらけの手のひらぱり/\あける〕
[やぶちゃん注:「皺だらけの手のひらぱりぱりあける」の表記違い。]
〔縁の下から猫が出て来た夜〕
[やぶちゃん注:「椽の下から猫が出て来た夜」の表記違い。]
■存疑の部
定型俳句
二ツ池鴦たえず通ひけり
[やぶちゃん注:筑摩版解題によれば、昭和50(1975)年4月号の『層雲』掲載の村尾草樹の論考「中学時代の放哉俳句」の中で、鳥取市内の個人蔵の短冊の句。村尾氏の編になる「放哉」に写真も残されており、真作の可能性が高いと思われる。]
波打つや山は遥に今年哉
[やぶちゃん注:筑摩版解題によれば、鳥取県立図書館蔵の短冊の句。真作の可能性が高いと思われる。]
北窓に暮れ果つるまで見送らむ
[やぶちゃん注:筑摩版解題によれば、昭和28(1953)年9月22日付の伊東俊二宛の放哉従妹にして永遠の恋人であった沢芳衛書簡中に現われるとする(伊東俊二は『層雲』旧同人で、戦前・戦後の一時期、編集・発行名義人でもあったが、井泉水と対立し、昭和25(1950)年に追放されたとされる自由律俳人)。更に『芳衛が保管していた友人某氏宛放哉の書簡中の句』と記されており、真作の可能性が高いと思われる。]
桜散る散るや人行く桜かな
[やぶちゃん注:筑摩版解題によれば、大正15(1926)年7月28日付の『小泉一郎より井泉水あて書簡。』とある。小泉一郎なる人物については不学にして不詳。精査したわけではないが、放哉書簡の私信の宛名としてはないように思われる(弥生書房版旧全集初版の書簡宛名リストには少なくともない)。
萩桔梗たゞ愛らしく咲けとこそ
〈萩桔梗ただしををしく咲けとこそ〉
[やぶちゃん注:筑摩版解題によれば、大正15(1926)年7月28日付の『野沢留吉氏より井泉水あての書簡。東洋生命の同僚・野沢の息子誕生の祝いに贈った句。』とする。「ただしををしく」は昭和39(1964)年刊の村尾草樹編「放哉」の中の座談会記録である「東洋生命時代の尾崎放哉」での異形。座談会での発言ではあるが、誕生祝の贈答句という性質、その被贈答者本人の記述及び発言とすれば、どちらかが真作の可能性が高いと考えてよいであろう。]
自由律俳句
湖へ湖へなびく旗日の漁村
[やぶちゃん注:筑摩版解題によれば、昭和39(1964)年刊の村尾草樹編「放哉」中の座談会記録である「東洋生命時代の尾崎放哉」で、元同僚によって挙げられた句形。単なる記憶とするならば、信憑性は低いか。]
厠を出れば障子に影おれまがれり
[やぶちゃん注:筑摩版解題によれば、昭和39(1964)年刊の村尾草樹編「放哉」中の座談会記録である「東洋生命時代の尾崎放哉」で、元同僚によって挙げられた句形。単なる記憶とするならば、信憑性は低いか。]
引越しの鏡に青空がうつる
[やぶちゃん注:筑摩版解題によれば、昭和39(1964)年刊の村尾草樹編「放哉」中の座談会記録である「東洋生命時代の尾崎放哉」で、元同僚によって挙げられた句形。大正6年の句に「引越し車の鏡空をうつしおり」の類型句があるが、ここではまさにこの句と並べて「引越し車の鏡空をうつしをり」が挙げられており、別句を判断するのが自然である。逆にそうした差別化が働く程には、出席者の記憶に残っていたとすれば、逆に真作としての信憑性は高いとも言えるであろう。]
米の粉にまみれ今日ををはりし夕陽おろがむ
[やぶちゃん注:筑摩版解題によれば、1966年3月の『原始林』という雑誌の「尾崎放哉の舞鶴時代」(筆者の記載なし。後述の山崎久蔵という方か)の中に、『放哉が一灯園の奉仕で舞鶴市に滞在中、山崎久蔵氏に与えた句として』挙げられている三句の一。解題執筆者は大正13(1924)年初頭頃の事跡と推定されている。]
だんだら阪のぼれば上から鐘つきおろす
[やぶちゃん注:同前。]
力一ぱい石を海へなげてみる
[やぶちゃん注:同前。]
夕の雀が背のびして覗く俺だよ
[やぶちゃん注:筑摩書房版全集第三巻遺墨(p230)にある半紙と思しきもの(この遺墨パートについては不思議なことに解題の記載がなく、出所不明である)を翻刻したもの(同p234)。小豆島時代に類型句「雀が背伸びして覗く俺だよ」がある。なお、この半紙の右側には春秋社版の類型句の直前にある「師走の冷たい寝床にわがからだ一つ投げ込む」が記されており、且つ「夕の」の部分は、後から右上に挿入されている。]
元日の灯に家内中の顔がある
[やぶちゃん注:筑摩書房版全集第三巻遺墨(p231)にある短冊(この遺墨パートについては不思議なことに解題の記載がなく、出所不明である)を翻刻したもの(同p234)。小豆島時代に極めて類似した句「元日の灯の家内中の顔がある」がある。しかし、短冊の画像は私には素直に「に」ではなく「の」に見える。]
山は浜の夕陽をうけてかくす処無し
[やぶちゃん注:筑摩書房版全集第三巻遺墨(p232)にある短冊(この遺墨パートについては不思議なことに解題の記載がなく、出所不明である)を翻刻したもの(同p234)。小豆島時代に極めて類似した句「山は海の夕陽をうけてかくすところ無し」がある。短冊の画像の「浜」の部分は「海」にも見える。]
尾崎放哉全句集(やぶちゃん版新版) 完