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「栗氏千蟲譜」巻九   栗本丹洲

                 訓読・注記 ©2007/2014 藪野直史

[やぶちゃん注:本ページは、「栗氏千蟲譜」の内の海洋生物を翻刻する私的なプロジェクトの一環である。本作の解題は、「海鼠 附録 雨虎(海鹿)」を参照されたい。底本は恒和出版昭和五十七(1982)年刊の江戸科学古典叢書41「千蟲譜」所収の影印本曲直瀬まなせ愛旧蔵十冊本「栗氏千蟲譜」を底本とする)を用い、活字に起した。原本との比較の便宜を考え、原本の改行を踏襲している。一部の変体の片仮名については正字片仮名にすることとした。特異な字体については注記した。但し、筆法の書き癖と思われるものは、一々注していない。また、俗字(現行の新字に等しいもの。例:「余」(餘)、「縄」(繩)、「児」(兒)など)も多く用いられ、歴史的仮名遣いの誤りも多い。明らかな誤字・濁音脱落についてのみ、後に〔 〕で正字を補い、判読不能の字は□で示した。活字の大きさであるが、柱の生物名は一般に大きく、説明の記載はやや小さくなり、それ以外に本文中で微妙にやや小さな字を用いている箇所があるが、記載内容に関わらない限り、原則として無視し、注記もしていない。なお、今回の判読に際しては、国立国会図書館の所蔵する服部雪斎写本版「千蟲譜」(三冊)も参照にした(本文中、「別写本」と称しているものがそれで、国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを視認した)。
 附図の生物種の同定に際しては、下に記す国立国会図書館貴重書画像データベースの底本原色画像を使用した。
 なお、2タイプ・テクストとした。即ち、字配りを意識した翻刻(■翻刻)と、適宜句読点を施して読みやすく改訂したもの(■やぶちゃん読解改訂版 字注の一部を省略)を示した。
 底本の原本は国立国会図書館蔵 250cm×180cm。この原本はやはり国立国会図書館デジタルコレクションのこちらで原色の「栗氏千蟲譜」全巻を読むことができる。文字を読まずとも、この博物画を見るだけでも心洗われる。是非、ご覧あれ。

 判読不能の字及び誤読している字、及び種の同定の誤りを発見された方は、是非ご教授願いたい。
【2014年10月22日追記:判読ミスを補正、読解改訂版を大々的に改訂(平仮名に変えて漢文部分も強引に訓読、注記を増補した)、また、国立国会図書館の保護期間満了対象の画像使用許可ポリシーの変更に伴い、国立国会図書館蔵の国立国会図書館デジタルコレクションから当該画像(底本と同一の版のもの)をダウンロードして一部トリミングを行い(注で用いた雪斎版の一枚二種の一つを除き、補正処理はしていない)、「■翻刻」「■やぶちゃん読解改訂版」両パートに挿入しておいた。なお、画像の倍率は、一部の画像の下に附した国会図書館のスケールで確認されたい。全体を一枚で見渡せ、しかも細部が分かる倍率で表示した積りである。さらに細部を観察されたい場合は、上記リンク先でJPAG表示100%でダウンロードされたい(私のアップしたものは概ね50%であるが、両帖に跨るものは25%である。但し、参考に附した雪斎の図はそれぞれ異なった縮小をかけてあるので悪しからず)。なお、この改訂は私のブログの630000アクセス突破記念を兼ねる。】]


■翻刻

栗氏千蟲譜     九





[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

海燕 一種奇品 蝦夷海中産ナリ 和名ウミグモ

[やぶちゃん注:次帖にかけて大型のヒトデ1個体。腕部が柔軟かつスマートで、円を描くように描かれている。ヒトデ綱ニチリンヒトデ目ニチリンヒトデ科エゾニチリンヒトデ Solaster paxillatus の5腕個体か。]


《改帖》

[やぶちゃん注:前帖との見開きで図のみ。記載なし。以下《改帖》のみの場合は同様と判断されたい。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

又一種大ニシテ紫色ノモノ 同地海中ノ産ナリ

和名ウミモミヂ シキウ産ノ方言 ウタカラリコ

[やぶちゃん注:前項同様、次帖にかけて大型のヒトデ1個体。反口側腕上部の溝から見ても、キヒトデ(叉棘)目キヒトデ科キヒトデ Asterias amurensis の紫色個体と思われる。穿孔板がはっきりと描かれている点に着目。]

《改帖》

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。次帖にかけて海盤車の表と裏の図。]

海盤車 異品※

表微凸ムツクリト

高シ五孔アリ

[やぶちゃん字注:底本では、以上の二行は前行の※の部分に、割注二行で入る。]

此物俗呼桔梗貝背正中

有花紋状質堅

硬如骨蘭山甞

云此是一種海

燕骨也予未

見胎如此骨

之海燕尚俟

他日寓目之

時可作詳説

[やぶちゃん注:ウニ綱タコノマクラ目スカシカシパン科スカシカシパン Astriclypeus manni である。]

《改帖》

裏平          尾州方言

              バンジヤガイ

《改帖》



[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

神奈川ヨリ金澤鎌倉海中沙上ニアリ ヒヤウタン笄ノ状ノ如シ

漢名沙箸ニシテ越王餘算ナリ西土方言 海ヤナギ長キモノ二尺

余ニシテ内ニ白キ骨アリ柳状ノ如シ

[やぶちゃん字注:終行の「柳」は、底本=(へん)木+(つくり){「丣」の間ん中の両方の「コ」の字をつなげる}である。別写本により「柳」とした。]

[やぶちゃん注:ここには、二種の図がある。一つは、表記の瓢箪状の先端を持ったオレンジ色の管状の生物2個体で、もう一つは十本の肋を持った櫛の状の放射状の生物1個体である。この中国名「沙箸」が正しいとすれば、刺胞動物門花虫綱のヤナギウミエラ(またはウミヤナギ) Virgularia gustaviana である。後者の図は夜間に触手を開いた個体が群生している樣を描いたととるしかないが、生体時に、このような形状で輪状に群生しているかどうか、甚だ疑問である。なお、これについては公開後に知り合った魚類学の国立大学名誉教授であられる方を通じ、海産無脊椎動物の専門家に図の鑑定同定をお願いして戴いたが、最終的には簡略な絵図で同定は不可能という返答を頂戴した。詳細な検討過程も記されてあるが非公式の見解であり、先方の立場上、公開は出来ないのが残念である。私の同定は候補としては問題ないとのことである。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

東都ノ近江

中ニアリ質軟ニ

シテ形人ノ舌ニ

異ナラズコレニ

微細ノ柔刺アリ

淡紅色ナリ漁

人長縄ノ針ニ

カゝリテ上ル事アリ

スマラト云

[やぶちゃん注:ここには、二種の図がある。一つは上部にあり、表記の生物で、後部の形状が昆棒状で太く大きく描かれているのだが、吻とその下の剛毛(「刺」)の描写から、これはユムシ動物門ユムシ目キタユムシ科の最長大種であるミドリユムシ Anelassorhynchus mucosus ではないかと思われる。名称は緑とあるも、実際には淡紅色の個体も普通に見られる(平成四年保育社刊行・西村三郎編著「日本海岸動物図鑑[Ⅰ]」PLATE 62等)。ここに挙げられた「スマラ」という地方名は「素魔羅」で、「陰茎そのもの」という意味であろう。現在でもユムシ全般を九州地方でイイマラ、紀南ではイソチンコと呼称されると聞く。本種の朝鮮語「 개불 」(「ケブル」と発音)は「犬の陰嚢」の意味である(ちなみに北海道での呼称「ルッツ」はアイヌ語の「ルッチ」で「ミミズに似る」の意味かとされる。釣人の間で用いられる「コウジ」という呼称はユムシのオレンジ色の強い大型のものを指し、留萌地方では「ピーチコ」とも呼ばれる)。その図の下部に五放射のヒトデ状の一図があるが、これは上部のユムシと同じ色彩で彩色されており(ちなみに原画の色は淡紅ではなく、黄土色である)、恐らくこれはミドリユムシの吻の正面からの拡大図であろうと思われる。また、通常のユムシは後に別に現われる。]

《改帖》



[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

海燕 奇品 摂州兵庫ノ津方言 天紫而悶都児テンツルモンヅル 又ノ名 天紫骨悶紫孤テンツクモンツク 又名 的事而貌事児テツルモツル是皆天紫而悶都児ノ転訛ナリ

[やぶちゃん字注:「天紫而悶都児」のルビは底本では「天紫」に「テンツル」が振られ、「而」は漢字がやや小さめ、「悶都」にのみ「モンヅル」と振られ、「児」には振られていないように見える。「天紫骨悶紫孤」のルビは各字に配されている。「的事而貌事児」ではまた、「的事」に「テツル」が振られ、「而」は漢字がやや小さめ、「貌事児」に「モツル」が振られてある。なお、3つ目の「的事而貌事児」の「貌」の字は、底本では(つくり)の部分が「㒵」である。]

摂人焙乾為末温酒服之治心胸急痛喘息短気不得呼吸言語者以

[やぶちゃん字注:「温酒」の「温」は最終画の「一」が(れっか)になっている。]

万圭立安又作煎服治疝痛衝心不可忍者今京師徃々有為妙剤售之

者又治打撲損傷有死血者作黒霜為末温酒調服又不焼黒者用之

更為沙肥前五島漁師用乾貯者為末糊化傳〔傅〕治打撲傷損疼痛

者故有骨接之名

 筑前ノ人ホ子ツギト呼テ打身ノ妙薬ト云全形コゝニ図ス表ノ方五ツニ枝椏アリ

 裏ハ十辨ノ菊花紋真中ニアリ又梅花ノ文アリ

[やぶちゃん注:両帖にわたって1個体の図。腕の第1分岐より内側に触手鱗を有するように描かれているので、クモヒトデ綱カワクモヒトデ目テヅルモヅル科のオキノテヅルモヅル Gorgonocephalus eucnemis と同定してよいであろう。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

正中ニ円キ小

孔アリ其口

ナリ其妙

薬トナシテ

奇功ヲ奏スト雖モ

貮分三分ニテ効ヲ

トル必ス過剤スベカラズ多ケレバ

却テ麻木不仁ノ患アルベシ慎旃云々


[やぶちゃん注:底本では以下は、全体が凡そ七字程下げとなっており、この下に独楽形をした部分断片の図が示されている。これは前述している薬効を持つとするオキノテヅルモヅル Gorgonocephalus eucnemis の盤の欠き取った一部で、輻楯ふくじゅん(中央の盤の腕の付根の部分にある一対の大きな鱗状の部分で、クモヒトデ類の識別では非常に重要な箇所。オキノテヅルモヅルではこれが特徴的に細長く、ほぼ盤の中央まで達する)一本とその周囲の盤の一部の破片が付いたものを描いたものと思われる。]

摂州兵庫ノ海中ニ産ス方言テヅルモヅル

又テンツクモンツクト云漁人アミニカゝルヲ

取ル海燕及海盤

車ノ異品ナリ全

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

枝條細ニ分チ海

松等ノ海草ニ

侶タリ活スル時

節々柔軟ニシテ

蠕々トシテ動キ延

縮自由ナリ一体ハ

蟲類ナリ介ニテ

モ草ニテモナキ

モノナリ
[やぶちゃん注:解説の下にオキノテヅルモヅル Gorgonocephalus eucnemis の一腕全体が盤の一部と共に描かれている。ここでも第一分岐内側に触手鱗を有するように見受けられる。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。底本では以下は、全体が凡そ七字程下げ(従って二行目以降は凡そ九字下げ)となっており、その前に分岐した腕の一部を三図に分けて載せている。その内の下方の二つの図では、触手鱗を持つ触手と、その断面が仔細に観察できる。]

此物行瘀和痛ノ功アリ全図ノ傍ニ記ス

  肥前方言ノウツカミ    讃州ニテ ノヅカミト云

  紀州ニテ マツダコト云  伊豫ニテ デンハチ ガラコ

  筑前ニテ ホ子ツギ    淡路ニテ シヤグマ テンバ

  阿波ニテ シワ      肥前五嶋ニテ ツナツカミ

  佐州ニテ ハナダコ    紀州熊野ニテ又 皺人手シワヒトデト云

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

海盤車

キゝヤウガイ 種類多シコゝニ圖スルモノ

蛮人将来〔セ〕ル海族ヲ輯録シタル書

中ヨリ抄出寫之

[やぶちゃん注:ここから3帖分の図は本文にあるように、欧文の図譜からの転写である。原本はG. Eberhard RumpfD'Amboinsche rariteitkamerで、1705年にアムステルダムで刊行された蘭語版の「アンボイナ珍品集成」である。当時日本では、「ラリテート」と呼ばれた。全部で7個体が全て異なった種が描かれている。国立国会図書館の「描かれた動物・植物 江戸時代の博物誌」のここに示された画像を以下に示す(私の手元には“Biodiversity Heritage Library”の同書PDF版があるが画像の細部の見易さから、ここではこちらを採ることにした)




 本帖には3個体が描かれている。これらは上から、上記「アンボイナ珍品集成」の図の“1”・“2”・“D”の三種の模写である(但し、“2”は同一種とは思われないほどに模写が拙い)。3つとも、頭部がやや潰れた形から棘皮動物ウニ綱心形目
Spatangoida のブンブク(チャガマ)類の仲間であろう。]

《改帖》




海盤車

[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。上記「アンボイナ珍品集成」の図の“1”の模写。大きなウニ綱タコノマクラ目タコノマクラ科 Clypeasteridae タコノマクラの仲間1個体の図。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。上記「アンボイナ珍品集成」の図の上から“E”・“H”・“3”の模写。底本では以下の文全体は、図の下、右下方の頭部がやや潰れたブンブクチャガマの仲間の図の右下に記載されている。前々注参照。全部で3個体の図。上の2個体はウニ綱タコノマクラ目スカシカシパン科 Astriclypeidae の仲間と思われる。注意されたいのは、この附文は確かにスカシカシパン Astriclypeus manni 若しくは近縁種の附説ではあるが、この「アンボイナ珍品集成」の模写図の直接のキャプションではないという点である。]

神奈川海ニ子モシヤ介ト

云アリ其状馬矢ニ似タリ

人手ニ雜リ春秋多ク上ル

殻薄ク破碎シ易シ

腐シテ田畑ノ肥シトス

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

指甲螺※

[やぶちゃん字注:底本では、「指」の部分の字は(つくり)が「上」+「曰」であるが、このような漢字はなく、意味の上から指の爪を指すと考え、独断で「指」とした。以下、同じ。]

閩書

三才図會

[やぶちゃん字注:底本ではこの前の二行は、「指甲螺」の下※にポイント落ち割注で二行で入る。]

一名土銚一名沙屑八閩通志

一名江橈 福州府志

[やぶちゃん字注:底本ではこの前の二行は、「指甲螺」の割注※の、更にその下に、ポイントを落とさず並んで入る。]

     メクハシヤ 肥后 肥前

     オトメガイ 備前

 漳州府志云 江橈緑殻白尾

 其形如舩橈故名泉郡志以形如

 指甲名指甲螺

 泉南雜志北方渭〔謂〕泥磚曰土坯

[やぶちゃん字注:「謂」は別写本から。]

 晋江有海介屬亦曰土坯緑殻

 白尾其旁有毛

 臺湾府志海豆芽一名塗坯

[やぶちゃん注:中央やや下に、触手動物門腕足綱無穴目シャミセンガイ科のミドリシャミセンガイ Lingula anatina 2個体の図。以下の解説は、図の下に入る。]

人多食ヘハ此介ノ如ノ状ノ赤斑ヲ

発ス魚ニ醉タルカ如シ此時ハ

立ニ紅花一味ヲ煎服セシム

レハ即座ニ解スト云

石州濱田方言

カゲロフガイ

[やぶちゃん注:貝原益軒「大和本草」にも「毒有リ之ヲ食フ者發斑ヲ患フ其ノ毒ニ中ル者紅花ヲ煎服ス」とある。ここに記載された蕁麻疹及び酩酊様の中毒症状は、渦弁毛藻類や藍藻類の植物プランクトンによるサキシトシン等の麻痺性貝毒が想定される。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

閩書南産志云海膽殼円如盂外密結刺内有膏黄

色土人以為醤舊志又有石榼註云形円色紫色有刺

人觸之則刺動揺疑即海膽而異其名也

[やぶちゃん字注:冒頭の書名の「閩書南産志」の「書」を当てた字は、底本では「昼」の最終画がない奇妙な字であるが、他の「千蟲譜」写本や書名の検索の結果、「書」とした。]

此類数品アリホシカブトゝ称スルハ刺フトシ角カウバシ云フ

尋常ノモノゝ刺ヲ介品中ニ入テ香箸介ト云フコゝニ図スル

[やぶちゃん字注:「スル」は「メ」か「シテ」相当のカタカナ一字を消して右に書かれている。]

長刺七八寸ノモノ殻却テ小ナリ又奇品トスベシ左ニ所図

[やぶちゃん字注:ここに後述するラッパウニと私が判断する図が入り、以下「同シテ細刺アリ」迄の文はそのウニの図の下に回る。]

フトキ角カフバシハ質磁石ノ如シ掌

中ニ二三個ヲ置キ轉シ動カス時ハ

錚々チンチン然トシテ金石ノ音ヲ

為ス事又珍奇ナリ

蝦夷地方海岸石上浪

打際ニアリ方言

[やぶちゃん注:この下に先の説明中に現われた三種類の「香箸介」の図がある。同定は後の注を参照。]

ノナト云フコレ

地名ナリ形ハ

同シテ細刺アリ△

△柔軟 / ナリト云フ国処ニヨリ

[やぶちゃん字注:この二つの△は、文の連続を示すための記号である。先のラッパウニの図の左側がこの行まで食い込んでおり(そこを空欄で示した)、そこにこの解説を記載した際、「柔軟」の単語のみが上方に書かれてしまい、加えて本翻刻でこの直後に掲載する「同僚渋江長伯」で始まる頭注の最終行がすぐ右に迫ってきてしまっている。そこで読者の誤読を避けるためにこの記号を用いたものと考えられる。また、「柔軟」以下「 / 」は、ここに右からラッパウニの図が侵入して描かれて行が上下に分断されているためである。]

此者ヲガゼト云フ此モゝノ〔ノゝ〕介ヲ割テウニヲ取ル俗ニ雲丹

ト称テ通用ス沿海諸侯ヨリ献上スルモノコレナリ

[やぶちゃん注:「ホシカブト」は一般に、正形ウニの殻を普遍的に示す名前である(ほかにカブトガイという呼称もある)が、ここで丹州はパイプウニのことを呼称しているように読める。「角カウバシ」は「角香箸」(「香箸」は「こうばし」とも「きょうじ」とも読む)で、パイプウニの主棘に対して付けられた名前であるかのように読める。しかし、ここはウニ全般の主棘を、海産物の一品と数えて「香箸介」と称しているという記述としても読め、少々錯綜している気がする。
 文中の「ノナ」について、一九九四年平凡社刊の荒俣宏「世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物」(p. 226)に所載する別写本では、「ノナト云フ」の後に「此物アリ所ヲノナマイト云コレ地名ナリ」という記述がある。これは現在の積丹町沼前である。「沼前」という名は、本来、「ノナマイ」で、アイヌ語の「ムラサキウニの多いところ」という意味である。
 文中に現われる「ノナ」はウニ綱 Euechinoidea 亜綱ホンウニ上目ホンウニ目ホンウニ亜目オオバフンウニ科キタムラサキウニ Strongylocentrotus nudus を、「ガゼ」は同科のエゾバフフンウニ Strongylocentrotus intermedius を指す。]

[やぶちゃん字注:以下の行は、上記のウニの図の上部にやや小さく行をつめて記載されている。]

同僚渋江長伯

駿遠採菜ノ

時ニ親覩図ス

ル所ニシテ赭色

ノ柔刺密生

ノモノ大奇品

也コレ時アリ

テ堅硬刺脱

落シタル後柔

軟ノ新刺更ニ

生シ逐日漸長

シテ遂ニ極硬刺

トナルナリ

[やぶちゃん注:この図はウニ綱ホンウニ目ラッパウニ科ラッパウニ Toxopneustes pileolus である。1994年平凡社刊の荒俣宏「世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物」(p. 226)で荒俣氏はこれをホンウニ目オオバフンウニ科アカウニ Pseudocentrotus depressus と同定しておられる(但し、「やや奇妙だ」とも記す)が、本図を見るに、赭色(赤土色)で、刺が叉棘状になっていることがはっきりと見て取れる(荒俣氏の所蔵本の図は極度に赤みが強く描かれている)。「コレ時アリテ」以下の叙述は、この例外的な形状の叉棘を誤解したものと私は読む。そもそも、これがアカウニであれば、丹州は「大奇品」とは記さないと思われる。]

[やぶちゃん字注:以下は、帖の右下部に書かれる。]

大香箸ノ雲丹ノ状殼ニ属シタル刺石英

ノ如ク生ス蛮書「ラリテイト」ニ此図出

タルヲコゝニ写シテ

後攷ノ便トス

[やぶちゃん注:この図は本文にあるように、先にも引かれた G. Eberhard RumpfD'Amboinsche rariteitkamerからの転写である。“Biodiversity Heritage Library”の同書のPDF版から当該画像をトリミングして以下に示した(細部を見易くするために画像処理を施した)。




この右下にある“2”がそれである。因みに肥厚した棘三本の、左の日本もこの図中のウニ“3”の左にある“E”の一本と、ウニ“3”の右にある一本を書写したようには見えるが、横紋を持つ極めて太い右端の一本はD'Amboinsche rariteitkamerからのものではなく、明らかに丹洲が実見したものとしか思われない。
 極めて不確かではあるが、これはホンウニ目ナガウニ科パイプウニ
Heterocentrotus mammillatus または同パイプウニ属のミツカドパイプウニ Heterocentrotus torigonarius(日本近海には生息しない)の近縁種である可能性が高いように思われ、また、刺の横紋が一本しかないという点では Perischoechinoidea 亜綱オウサマウニ科オウサマウニ目バクダンウニ Phyllacantus imperialis の仲間も射程に入れておく必要があろうか。
 この肥厚した右端のすこぶる太い一本は、棘の先端から色調を微妙に変えて、《薄い肌色→ややくすんだ肌色→白色→茶色→白色→茶色(更にそれが基部に向かって部分的に明るくなってゆくようにも描かれている)》の順番で彩色されている。特に二本の白い紋が、ここではくっきりと示されている。丹州所持の本邦産である以上、少なくともこの棘はパイプウニ
Heterocentrotus mammillatus のそれと同定してよい。左の2本(中央のものは円柱形かそれを潰したような形。左端のものは円錐形で先端部に向かって尖っている)については、パイプウニ Heterocentrotus mammillatus またはオオサマウニ科の内、主棘に節状突起がなく、基部に鋸歯状突起列が見られないことから、オウサマウニ目マツカサウニ Eucidaris metularia またはバクダンウニ Phyllacantus imperialis の棘という選択肢に絞られるように思われる(但し、それは本邦産と限った場合で、この二本も先に示したD'Amboinsche rariteitkamer”からの模写に過ぎないならば、その限りではない)。この三種類の「香箸介」の図の真下に以下の説明がある。なお、地方名の左にあるスラーのような傍線は(ここでは下線で示したが、底本では本文の左手に「く」の字型に引かれてある)。「グン」と「ジャン」と「アツミ」を連読しないようにする(三つの呼称があるということを示す)ための記号のようである。]

薩州徳ノ島土名グン ジヤン

アツミ 大島土名カアツー

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

スナヘソ 海濱浅水處ニ生ス肉ハ沙中ニ入ル

上ニ髭水ニユラレテ藻ノ如シ小虫其内ニ入レハ

巻込メテ食フ

コレ俗ニイノシリ

又シリ

ゴダマト云フ

モノノ類ナリ

此物人ノ足

音ヲ聞ハ忽チ

沙中ニ縮入ル

沙ヲ堀〔掘〕テ一塊

ヲ得ル土肉ノ如シナマコノ臭気アリ形臍ノ

如シ因テ此名アリ△

[やぶちゃん字注:以下は、中央の図の左下部に書かれているが。先に記した△記号によって接続するので、ここに翻刻する。]

△松前ヱトモ。ミツイシ

コンブムイ。ト云フ処ニ

多シ髭ヲ開ケハ花ノ如ク美ナリ

[やぶちゃん字注:以下は、下段に記載されている。]

カクラ松前方言

[やぶちゃん注:「松前方言」はややポイント落ちで割注。]

蝦夷海中ニアリ蓋シ沙噀ノ属

ナリ白拔ノ方

言タツコ

[やぶちゃん字注:「白拔」は別写本で訂したが、そのような北海道の地名を探し得なかった。]

[やぶちゃん注:この種については、まず叙述中、消去できる生物は、ナマコである。その他の叙述(特に最後の「髭ヲ開ケハ花ノ如ク美ナリ」という色彩バリエーションを感じさせる部分)と触手の長さから想定し得るのは、刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱イソギンチャク目ウメボシイソギンチャク科スナイソギンチャク Dofleinia armata 、または花虫綱八放サンゴ亜綱ハナギンチャク目ハナギンチャク科ヒメハナギンチャク Pachycerianthus magnus 及び同科 Cerianthus 属のムラサキハナギンチャク Cerianthus filiformis 、同属のマダラハナギンチャク Cerianthus puncutatus である。ただ、「ナマコノ臭気アリ」という叙述が食用に供した可能性と方言名からするとすると、九州に於いてワケノシンノス(若い奴の尻の穴)と今も呼称されて食用に供される、ウメボシイソギンチャク科のイシワケイソギンチャク Gyractis japonica やハナワケイソギンチャク Neocondylactis sp. も射程に入れねばならないが、残念ながら、前者は本州中部以南、後者は有明海にしか生息していないので、これは排除される。なお、現在は少なくなったが、イソギンチャク食は本邦では古くはかなり広範囲にあったものかと考えられる。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

廣東新語云海膽生島峽石上殼円有粟

珠大小相串粟珠上又有長刺累々相連取

一蔕千如破其一餘皆死粘於石上殼破流

漿終不得起肉色黄鮮以作醤味佳

其殼乾枯刺則脱去入介品中所謂

兜介也緑色而有

粟珠文石州濱田

方言ブンブクチヤガマ

ト云フ

[やぶちゃん注:この図はウニ綱 Euechinoidea 亜綱ガンガゼ上目ガンガゼ亜目ガンガゼ目ガンガゼ科ガンガゼ Diadema setosum である。面白いのは、誤った呼称ながら、ブンブクチャガマの呼称が初めてここに現われるということである(「慶應義塾大学学術情報リポジトリ」の磯野直秀先生の「タコノマクラ考:ウニやヒトデの古名」参照)。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。細かな節が描写されたガンガゼ Diadema setosum の見事な主棘3本が描かれる。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

石蚴一種 クジラガキ肥前五島海中所猟得ノ座頭鯨ノ脇ハラ頭ヒレ尾端等ニヒシト粘

着ス時アリテ花ヲ吐ク事玉簪花ノ蓓蕾ニ似タリ至テ美ナリ物觸ルゝ時ハ殼内縮入ス又

世美鯨ノ頭上吻上ニモツク形ノ大小ハ鯨魚ノ大小ニ

随フ土人瀬ガヒト云フ或此モノ小蟹ノ足ノ如キ

モノヲ出ス事アリ殼ノ底ハ鯨皮ニシカト固

着シテ強ク揺カセトモハナ

レヌモノナリ

[やぶちゃん注:これは三種の図を載せる。上からまず二つのフジツボの図(下の二つは蔓脚を出した図である)、その下にエボシガイを5個体を付着させた同じフジツボの図である。これらは鯨類の皮膚に半ば埋没して付着する特異種の甲殻綱顎脚(鞘甲)亜綱蔓脚(フジツボ)下綱完胸(フジツボ)上目 Sessilia Balanomorpha 亜目オニフジツボ科オニフジツボ Coronula diadema 、エボシガイの方は、やはりこのオニフジツボや鯨類の歯等に特異的に付着する種で、全体が強いピンク色を呈する、柄部の先にある頭状部の側面に黒い斑点を有しているところの 完胸上目有柄目エボシガイ亜目エボシガイ科 Conchoderma 属ミミエボシ Conchoderma auritum である。なお、ここで「瀬ガヒ」(セガイ)と呼称するとあるが、一般には「セガイ」「セイ」と言えば、 完胸上目有柄目ミョウガガイ亜目ミョウガガイ科カメノテ Pollicipes mitella のことを呼ぶ。但し、荒俣宏「世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物」(p.87の「フジツボ」の項で、『千葉県谷津地方や新潟県の佐渡ヶ島では、フジツボのことをセイと呼ぶ』とある。私は少なくとも佐渡では「セイ」はカメノテを指すと認識しているし、現在、水産物として流通する際、「セイ=カメノテ」が主流であると思う。しかし、これは混乱ではなく、食文化の中では、どちらも「セイ」なのであろう。いや、実は生物学的にもそれほど問題がない。何故なら、カメノテとフジツボは、その柄の有無が大きな差異に見えるものの、実際には節足動物門題大顎亜門甲殻綱鞘甲亜綱蔓脚下綱完胸上目まで一緒で、次のタクソンで無柄目と有柄目に別れる近縁であるからである。食材としても、どちらも食したことのある私にとって、呼称の共有は違和感がない。なお、「セイ」は「勢」で「陰茎」を意味する。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

石州濱田産方言クモダコ其五足促節細鱗甲アリ石龍子ノ尾類ニ似タリ表ノカタハ円ク裏

ノ方ハ平シ又打紐ニ似タリ真ニ奇物ナリ其濱ノ漁父ノ網ニ稀ニカゝリ上ル事アリト云フ裏ノ真中

ニ口アリ梅花紋ノ如シ紀州六百介品中ノ花匣ハ此モノゝシヤレタルナルベシ

[やぶちゃん注:クモヒトデ一個体の図。荒俣宏「世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物」(p. 259)ではこれを星形動物亜門クモヒトデ綱クモヒトデ目ニホンクモヒトデ Ophioplocus japonicus と推定されてあるが、荒俣氏が言うように盤の形状がおかしい。本種は盤が鱗で覆われており、副楯が小さい。腕の各節の背腕板を鱗状と述べておきながら、盤についての記述と思われる「表ノカタハ円ク」という叙述は、盤の表面が鱗に覆われていない顆粒状であったからではないかと推察する。従って私はこの図を、盤の背面の副楯が5対=10個がはっきり露出している様子を、やや誇張して描いたものと判断し、クモヒトデ目アワハダクモヒトデ科トウメクモヒトデ Ophiarachnella gorgonian に同定する。

 以下三行は帖左下に記載。すぐ右に、小さく「梅花紋」の口器部分のみが、図案のように描かれている。]

一体裏ハ淡キカキイロ其

口ト思シキモノ裏ノ正中

ニアリ花形ヲナス

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

ヒトテ〔デ〕ガイ

 蝦夷北上エトモノ産

[やぶちゃん注:ヒトデ綱アカヒトデ目イトマキヒトデ科イトマキヒトデ Asterina pectinifera の口側と背側の2図。底本では以下の説明の二行目以降が上下に引き裂かれ、中央に「ムイ」の図が描かれている。]

ムイ 蝦夷箱館ヨリ東ノ方ムイ嶋アリ夫ヨリ東ノ方カラフトニ至ル

尽ク此ムイノミアリテ絶テアハビナシ箱館辺ヨリ西

ノ方ニハ多分アハビニシテムイナシ此モノ鮑ニ似テ

殼ナシ肉中ニ箭鏃ニ似タル硬骨アリ

徃昔アハビ爭鬪シテ一万屓〔方負〕テ矢

[やぶちゃん注:〔方負〕は別写本による。]

ニテ射ラレ殻ヲモ取ラレタリト夷

人語リ傳ルヨシ云ヘリ此ムイト

                         

云フ事ヲ讀ミ入レタル一ノ和歌

             アリ

[やぶちゃん字注:「一首」の部分は「種」と書いて消し、右に「首」とある。ご愛嬌の誤りである。以下の歌は左隅に書かれる。]

   ウキ事ヲ誰ニ語

   ラムイソマクラ

   問ヨルカヒモ定メ

   ナシマニ

   冨山杢大夫

   寛政年間蝦夷調役

   ニテ彼地ニ至ル仁ナリ

[やぶちゃん注:本種は、ヒザラガイ科の世界最大種である軟体動物門多板綱新ヒザラガイ目ケハダヒザラガイ亜目ケハダヒザラガイ科オオバンヒザラガイ Cryptochiton stelleri である。体内に埋没した殻板(八枚。北海道では遺留した殻板を、その形からチョウチョガイと呼ぶ)のことも記されている。解説に引かれた伝説は、現在の武井島のものとして伝わる。昔、この辺りでムイ(アイヌ語でオオバンヒザラガイを表す)とアワビが喧嘩をして、島から東側はムイの国とし、西側はアワビの国と定めたという。実際に、海水温の差によって、少し先の恵山岬から西側にはエゾワビが、東側から襟裳岬、千島、アリューシャン列島を経て、カリフォルニアまでが、オオバンヒザラガイの分布域であるという(下記の「海の味」他を参照した)。私は食したことがないが、一九九八年八坂書房刊の山下欣二「海の味」に、『アワビとホヤを足して二で割ったような味』とある。また、ネット上では、以下に写真入りの本種の調理実例がある。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

海燕 越中魚名浦ノ産

方言イトマキ

[やぶちゃん字注:「越中」は「越前」と書いて「前」を消し、右に「中」とする。]

[やぶちゃん注:前帖同様、ヒトデ綱アカヒトデ目イトマキヒトデ科イトマキヒトデ Asterina pectinifera の青藍色のカラー・バリエーションの背面。以下は、帖下部に記載。]

モミヂ介

[やぶちゃん注:「モミヂガイ」1個体の背面図。その下に以下の記載。]

蝦夷産形五楞儷如槭樹葉

因俗云紅葉介

福州府志云楓葉魚海物異

名記云楓樹霜葉風瓢浪

翻腐如蛍化其質為魚哲

按ルニ恐クハ此モノ乎

[やぶちゃん注:棘皮動物のモミジガイ目モミジガイ科モミジガイ属 Astoropecten sp. と見てよいが、多くの同属のヒトデに見られる縁板の側縁の棘が全く描かれていないのが不審である。北海道産という点から考えて、恐らくは、同属の一種モミジガイ Astoropecten scoparius を雑に描いたものではないかと思われる。我々が現在、よく目にするものは房総半島・相模湾以南の南方系種であるモミジガイ属トゲモミジガイ Astropecten polyacanthus であるので注意。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

スナヘソ東都ニテシリコダマト云フモノゝ

    類浅水ノ処ニアリテ髭ヲ出ス

    菊花ノ如シ痔并ニ脱肛ヲ治ス

[やぶちゃん注:「スナヘソ」の収縮した2個体の図が入る。]

臺湾府志所謂海蒜一

名湖賢状類蛤肉垂三

寸餘白色上有黒占〔点〕形

状甚劣食之多患腹瀉

云々倘シ此モノ乎

[やぶちゃん注:これについては、「東都」という範囲の違いから、先に提示された「スナヘソ」とは別種と考えられ、薬用に用いている点や、「臺湾府志」の食用の記述から見て、こちらは先の「スナヘソ」の注で取り挙げた、九州に於いてワケノシンノス(若い奴の尻の穴)と今も呼称されて食されるウメボシイソギンチャク科イシワケイソギンチャク Gyractis japonica ではないかと思われる。以下は下段。]

越前〔中〕魚名浦ノ産

イトマキ小者

[やぶちゃん注:前帖同様、ヒトデ綱アカヒトデ目イトマキヒトデ科イトマキヒトデ Asterina pectinifera の若年個体背面2つの図。カラー・バリエーションを示そうとしているのか、左側の個体は朱赤色が全体を覆う個体を描こうとしているように私には見える。「越前」の補正は前の「海燕」に従う。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

蟶※

筑後柳川産方言アゲマキ爰ニ図スルモノハ形ノ大ナル

モノナリ小ナルハ多クアリ口ノ合セメノ上下ト両脇スキテ

[やぶちゃん字注:底本では、以上の二行は前行の※の部分に、割注二行で入る。]

内ノ肉見

ユルモノ

ナリ殼

薄ク

モロシ

[やぶちゃん注:ここに左右の殻頂が接合した貝の左右殻を開いた表面の図(後背縁が上向き)。その下に同様のものの殻内面(後背縁が右向き)。]

日東魚譜云蟶蛤 嘉祐 一名玉筋蟶 閩書 ※1※2 綱目 和名アゲマキ

[やぶちゃん字注:底本では「嘉祐」「閩書」「綱目」は割注で右から左に一字分で入り、前後の空欄はない。]

[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「亭」、※2=「虫」+「並」。]

ヲダマキ タダマキ並象殼身之形也蔵器曰蟶生活海中

長二三寸大如指両頭開 拾遺 是亦有于西土而関東無之気

[やぶちゃん字注:底本では「拾遺」は割注で右から左に一字分で入り、前後の空欄はない。]

味甘温無毒主治補虚主冷痢煮食之去胸中邪熱煩

悶飯後食之

与服丹石人相

宜治婦人産後虚損其図挙于下

アゲマキ其肉乾腊者如此至堅ク透徹黄色頭ハ刀豆花ノ形ニ似タリ

尾ニ両條ノ紐アリ蝸牛角ノ如ニシテ大ナリ

[やぶちゃん注:ここに水管を下にして人が立つように描いた3個体の貝の内臓の図。その下に閉じた貝から二本の水管が右に出ている図(後背縁側)。その下に、貝を上下に開き、内臓を見せた図(向きを反転させて後背縁を左にし、水管は左に出ている)。これは斧足綱マルスダレガイ目ナタマメガイ科アゲマキ Sinonovacula constricta である。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。前方を上にして斧足を出した、2個体のマテガイの図。右の1個体の部分を線で指示し、説明している。]

アハセメ

[やぶちゃん注:殻頂の位置を示している。]

此処二分ホド開クウス皮ハル肉スキ見ユ開閉ス

[やぶちゃん注:殻頂の反対側よりも少し上の部分の腹縁部分を指示しているが、復縁側全体の説明である。]

肉一頭ニ出物ニ觸レハ縮入ス尾ハ凹ニシテ黒シ偶ニ二類ノ尾

アルモアリ

[やぶちゃん注:左側のやや小さな個体の右にある。]

肉白ク細ク薄幕アリ味トコブシノ如ク生鮮

ノモノ三盃酢ニテ酒媒トナスベシ鮮肉白ク透明軟

ニシテ味ヨシアハビノ気味アリ

[やぶちゃん注:この2個体については斧足綱マルスダレガイ目マテガイ科マテガイ Solen strictus とほぼ同定してよいとは思うが、太さと長さの比、及び背腹縁の曲直と曲り具合の大小、殻皮の光沢、斑紋の差異すべてを考察して、例えば大きい右側はアカマテガイ Solen gordonis 等の可能性を考慮する必要はあろう。特に本図の場合、左右の個体で前背縁と腹縁の高さが逆転している(左個体は前背縁が腹縁よりも有意に高い)のは気になるところである。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

順和名抄謂之蝙※

[やぶちゃん字注:※=「虫」+「若」。]

和名井

洲崎ノ三又洲ト云フ処ノ沙場水浅キ処ニアリ二三尺掘リテ

得之形蚯蚓ノ如ク横紋ナシ腹膨張水ヲ含ム一頭ニ刺アリ

テ人手ヲ螫ス八九月漁人堀〔掘〕リ腸沙ヲ去リ煮食フ

味美ナリ鰈魚

好食フ故釣者

此ヲ用テ餌トス

[やぶちゃん注:この最後の三行の下に当該1個体の生態縦断面図。更に下部に肌色の度合いを微妙に変えた体色の5個体の生体図が載る。これはユムシ動物門ユムシ目ユムシ科ユムシ Urechis unicinctus である。ユムシについては、先の、ミドリユムシに同定した個体の注を参照されたい。]


泥笋※

八閩通志云泥笋其状如笋而小生泥沙中

ウミタケ

[やぶちゃん字注:底本では、以上の二行は前行の※の部分に、割注二行で入る。なお、標題」の「泥」の右に明らかに書いて擦って消去したような箇所があるが、私の推理ではこれは、前の「井」(イムシの「井」)ではなかろうかと考えている。更にユムシの記載を続けるつもりが変更したか、若しくは衍字か。それにしても他の箇所では丁寧な切り張り等が成されてあるのに、この汚損の意味は何であろう? 妙なことが気になる、僕の悪い癖……]

筑後柳川久留女泥海中産之泥中五六寸有介属殼如蟶而濶大脆易

砕壊方言底介其肉出泥五六寸大者近尺許生喫之味甚美土人

塩蔵而寄遠為珍味名海茸即海茸之義也其連殼乾醋者

予偶得之為珍奇因写真而示同好君子云爯

形ミルク井ノ如ク介ノ前後シツクリト合セズ一方ニ薄キ蓋アリ其上ヲ又一重薄キ蓋

二重ニナルヲ奇トス一方ハ肉ノ出入ノ口ナルユヘ大ニ開キタリ八閩通志ヲ再ヒ按ルニ

螆似蟶而濶亦海錯之義者ト云ハ此ヲ指テ謂ナラン

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。斧足綱異歯亜綱オオノガイ目ニオガイ超科ニオガイ科ウミタケ Baronea dilatata ( Umitakea ) japonica の図3図が配される。]

海笋ハ肉殼外ニ出ル事四五寸ヨリ七八寸ニ至ル末類肉白中空ニシテ恰モ

竹笋ニ似タリ故ニ名ク気味甘平無毒益気壮陽道此物他州関東ニ

絶テナキ処ナリ筑後ニ不限西海ニハ徃々有之関東ノ人腥物ニ非

スト思ヘル人多シ底介ノ肉ナル事ヲ不識モノ

多シ因テコゝニ此介ヲ連子△

△図シテ好事ノ人ニ示スノミ

[やぶちゃん字注:この二つの△は、文の連続を示すための記号である。底本ではこの最後の二行の間に腹縁側から描いた生貝の垂れ下がったウミタケの水管が描かれているためである。]

[やぶちゃん注:以下の記載の下に、左殼外面の図。以下に説明されるように洗浄した死貝を筆写したものと思われ、左右の図に比して貝が白い。]

臺湾府志有白蟶云臺原無蟶康煕五十九年始有生于海泊泥

[やぶちゃん字注:「五十九年」の「五年」の右に「十九」。]

塗中形与内地蟶無異但殼薄而色白如玉尤清甘四五月時有

之 此モノ介殼至テ薄ク水ニ漬ル事久シテ后淨洗スレハ甚白シテ

  玉ノ如クニナル湾府ニ云ル白蟶ト名クルモノ即是ナリ

正字通蟶字下云赤生切音称小蚌生泥海中長二三寸大如指

似※蜆閩人以田種之謂之蟶田

呼其肉為蟶腸

[やぶちゃん字注:※=「虫」+「咸」。]

[やぶちゃん注:以下の解説の下に、一番右のものとは反対側の背縁側から描いた生貝が描かれている。]

今筑後ハ泥海ニシテ沙石ナシ田ノ如ク

分堺ヲ作テ此物ヲ種ルト云フ

唐山ニモ蟶田ノ事アレハ符合ス

蟶腸ハ即チ海タケナリ正字通

ニ云フ処ハマテアゲマキノ形状ヲ

説ニ似タレ共種田シテ其腸ヲトル

ト云フヲ考レハ佗〔他〕物ニ非スシテ此モノナリ

       トスベシ

[やぶちゃん注:以下は、中央の死貝の最下部に記載されている。]

底介ト云海泥中ニ深ク

埋テアリ故ニ此名

アリ殼薄ク脆

ク破砕シヤス

シ前後ニ窓

アリテシツクリ

ト合ス

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

赤クラゲ 又シヤグマクラゲト云腹下ノ長毛赤熊ノ毛ノ

如シ故ニ此名アリ備前兒島及勢州鳥羽海中

産ス薩州方言イラト云モノゝ類ナリ大毒ナリ

人手ヲ觸レハ蕁麻イラクサ刺タル如ク腫痛忍ベカラ

ス又麻木疼痛ス赤毛落テ鮭菜及醤

[やぶちゃん字注:別写本では「鮭菜ザコ」、「醤蝦アミ」とルビがある。]

蝦中ニ雑ル事アリ誤リ食ヘハ腹脹悶

亂死ニ至ルモノアリ怖ルベキモノナリ

乾燥スルモノ嗅ハ辛辣胡

椒ノ氣アリ立ニ嚏ル事猪牙

皀莢末似リ大毒アリト

云テ漁人モ捨去也

丹州按ニ本草毒草部毛

莨附録ニ所載ノ海薑ナルモ

ノ是ナリ弘景注鈎吻云海

薑生海中赤色状如石龍芮葉

有大毒云々此亦クラゲノ形状

恰モ石龍芮葉ニ似タリ其

[やぶちゃん字注:別写本では「石龍芮タガラシ」とルビがある。]

乾キ粉ニナリタルモノ辛辣ノ

氣乾薑ノ如シ憶フニ能其

状ヲ説得タリト謂ベシ姑ク

図説ヲ設テ同好ノ君子ニ示

スト云

[やぶちゃん注:下に、4本の口腕、12の触手を持つ赤いクラゲ1個体。記載内容は間違いなく刺胞動物門鉢虫綱旗口クラゲ目オキクラゲ科ヤナギクラゲ属アカクラゲ Chrysaora pacifica であるが、図は見るからに、アカクラゲではない。傘の16本の放射状の赤い縞が描かれておらず、傘の縁に独特の切れ込みが入って、全体に強い赤色で彩色されている。この図はむしろオキクラゲ科オキクラゲ属オキクラゲ Pelagia panopyra を描いたものと私は見る。なお、これについては同じく栗本丹州が同じくアカクラゲ(こちらは正真正銘の極めてリアルなアカクラゲ。但し、細部に誤りがある)を描いて記録した「蛸水月烏賊類図巻」の一図についての拙稿『海産生物古記録集■8 「蛸水月烏賊類図巻」に表われたるアカクラゲの記載』がある。併せてお読み戴ければ幸いである。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

九州ノ海ニアリ四ツ目クラゲ

又ハンドクラケ類ニシテ食料ニ

ナラズ

[やぶちゃん注:口腕を上に向けたクラゲ一個体。口腕が10本描かれているのが気になるが、旗口クラゲ目ミズクラゲ科ミズクラゲ属(タイプ種)ミズクラゲ Aurelia aurita と見てよい。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

皷クラゲ

[やぶちゃん注:この上にクラゲ側面図、下に恐らく傘上部からの図。上の図を見る限り、これはいわゆるヒドロ虫綱剛クラゲ目ツヅミクラゲ科ツヅミクラゲAegina rosea ではなく、軟クラゲ目ハナクラゲモドキ科ハナクラゲモドキ Melicertum octocostatum 辺りであろう。下の図は傘の上部からの図を描いたものかと思われる。]

クラゲ別種イラト云モノゝ

類ニシテ毒アリ人コレヲ取レバ

手針ニテ刺ガ如クハレイタム

[やぶちゃん注:以上の解説は左上部にあり、その下の上部に草色をした、中央に4つの生殖腺が描かれた、傘上部からの図、その下に行灯型をしたクラゲの側面図。一般に西日本では刺胞毒の強いクラゲを総称して「イラ」と呼ぶが、中でも箱虫綱立方クラゲ目アンドンクラゲ科アンドンクラゲ Carybdea rastonii を特にさす場合がある。下の図は、そのアンドンクラゲか、若しくはヒドロ虫綱ヒドロ虫目花クラゲ亜目キタカミクラゲ科 Polyorchis 属キタカミクラゲ Polyorchis karafutoensis 等を候補に出来るか。触手(口腕?)の描き方がかなり杜撰な気がする。上は生殖腺の特徴から言えば、旗口クラゲ目ミズクラゲ科ミズクラゲ属(タイプ種)ミズクラゲ Aurelia aurita であるが、このような色彩の種は少なくとも国産種にはない。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

泥笋 ウミタケ

[やぶちゃん字注:「ウミタケ」はポイント落ち割注。]

[やぶちゃん注:斧足綱異歯亜綱オオノガイ目ニオガイ超科ニオガイ科ウミタケ Barnea ( Umitakea ) dilatata japonica の生貝の図であるが、貝の描き方が雑である。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

海蛇 即水母和名クラゲ

 朱氏雑記ニ生為水母※乾即為海哲ト云廣東新語云乾者為海哲八月間

[やぶちゃん字注:※=「鹵」+「奄」。]

乾者肉厚而脆名八月子尤美也トアリ本邦備前筑後海中多産スクラゲ海茸ハ

其地ノ名物也此二州ハ泥海ニテ他州ニ異ナリ東海江戸ニ絶エテナシ形ハ覆荷葉ニ似

タリ水垢ノ凝結スルモノゝ如シ波ニ随ヒ潮ヲ逐ヒ海面ニ浮フ眼口手足ナシタダ腹下ニ物ア

リ絲絮ノ如ク長ク曳クコレニ魚蝦多ク随フ此物蝦ニヨリテ徃來ス水母自ラ働事アタ

ハス故水母目蝦ト云正字通潮來群蝦擁水母若竹槎然潮退鰕棄

※々不能自去為人剥食潮來随去復活ト云其形容ヲ尽セリト謂フヘシ

[やぶちゃん字注:※=「虫」+「宅」。]

廣東新語ニ腹下有脚紛紅名曰哲花味淡微腥而佳ト云フ肥之前

後州又産之備前筑後ノ産ニ次モノナリ俗ニ唐クラゲト称スルハ石灰

礬水ヲ用テ其血汁ヲ洗去テ色ヲシテ白カラシムルモノヲ云若石灰ノ

毒ヲ不去ハ人ヲ害スト云舶来ノ唐クラゲアリコレ廣東新語ノ

海哲也色黄白ニシテ薄ク葦ノ如ク形團ナリ細ク切リ姜

醋ヲ和シテ食フ味淡ク嚼テ声アリ木耳ノ如シ唐山

乍魚樗蒲魚等ノ異名アリ本草ニ已ニ魚品ノ中ニ

併入ス予按スルニ是誤リナリコレ蟲類ニシテ魚ニ非ズ今

茲ニ改テ此蟲譜ノ中ニ收メ其圖ヲ載ルハ沙噀ヲ

蟲部ニ入ルゝト同意ナリ観者恕之

[やぶちゃん注:次帖にかけて巨大なクラゲ一個体の図。記述の中には鉢虫綱根口クラゲ目ビゼンクラゲ科ビゼンクラゲ Rhopilema esculenta も含まれるが、この図は間違いなく同ビゼンクラゲ科エチゼンクラゲ Stomolophus nomurai である。]


《改帖》

 唐山名曰海蟄元時謝宗可

 有詩

層濤擁抹綴蝦行水母含秋孕

地靈海氣凍凝紅玉脆天風寒

結紫霞〔雲〕腥雲〔霞〕衣褪色氷〔冰〕涎滑璚

縷烹香酒力醒應是楚江萍寔

老誤随潮信落滄溟

[やぶちゃん字注:謝宗可の詩はネット上で確認できた二つの中文テクストで取り敢えず補正しておいた。但し、その中文テクストが正確かどうかは保証の限りではない。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

水クラゲ此モノ品川海ニモ偶ニハ

漂來ル裏カタニ四脚アリテ其正中生ス

    五六分食料ニナラズ手ニテ觸□〔トキ〕ハ刺アリテサスカ如シ暫アリテ腫レ

    痛ムルモノナリ毒アルモノナレハ捨テトラズ厚サ一寸ホドアリクズ子リノ如

    クスキトオルモノナリ

[やぶちゃん字注:□は「ト」と「キ」を組み合わせた奇妙なもの。別写本から「トキ」と判じた。]

[やぶちゃん注:旗口クラゲ目ミズクラゲ科ミズクラゲ属(タイプ種)ミズクラゲ Aurelia aurita である。叙述にある刺胞毒については、感受性に個人差がある。実際に私の知人にはミズクラゲの弱い刺胞毒に強い感受性を示す者がおり、友人が悪戯で背中にミズクラゲを押し付けたところ、激しい炎症を起こしたのを実見したことがある。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

アメ。ヂイカセカウ共云佐州海岩ニ附生ス

 長サ一寸余紫褐色背中節叚アリテ蜈蚣

 似タリ四邉ニ肉裙ノ如キモノアリ其色淡紫

 肉ハ淡紅色人喰之

  昌臧按本綱巻十石部石龞條時珍

  曰生海邉形状大小儷如※蟲謂

  之石龞者即是也

[やぶちゃん字注:※は「麤」の下の二つの「鹿」を「虫」に換えた字。]

又ヂイガゼトモ呼フ

金剛ムシ

豆州熱海産石ニ付テ

不離殻至テ硬ク石ノ如シ

紀州方言ハツテウグハト云海邉ノ人

煮テ其肉ヲ食フ日東魚譜ニ梅雍カ

字彙ニ※状似鰕無足長寸大如叉股

[やぶちゃん字注:※=「魚」+「區」。]

出遼東ト云ヲ以テ此モノニ充ルハ不穏

當石上附生ス因テコレヲ石節ト云節ニ

[やぶちゃん注:別写本では「石節イシブシ」とルビする。]

横紋※虫ニ似タリ煮レハ其甲ハナレ

[やぶちゃん字注:※は「麤」の下の二つの「鹿」を「虫」に換えた字。]

/\ニナルモノナリ

[やぶちゃん注:本帖には大小合わせて五個体の多板綱新ヒザラガイ目クサズリガイ科のヒザラガイが描かれている。内、一個体(中央下の最も右方にある一個体)は剥がして裏返した図である。取り敢えずは上から、

ヒメケハダヒザラガイ    Acanthopleura achates

ヤスリヒザラガイ      Lepidozona corenica

同ヤスリヒザラガイの裏返した図

その左の最大種はヒザラガイ Acanthopleura japonica

一番下の最小種はババガゼ  Placiphorella stimpsoni

に同定しておく。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

綱目雲師雨虎云形如蚕長

六寸似兎雨虎似蛹長七八寸

似蛭欲雨之時出在石上肉甘

可熟而食之

 和名アメフラシ尾州方言

微々此モノニ觸ルゝ時忽ニ紫汁

ヲ出スモノナリ水戸ノ濵ニテ図取

處也

 雨虎

  赤ヘカ  佐州 ウミウシ

  サウモ  防州 一名ベイコ

  海ウサキ 筑紫 亦ウシウジ

[やぶちゃん注:腹足綱異鰓上目後鰓目無楯亜目アメフラシ科アメフラシ Aplysia kurodai である。最後の「ウシウジ」は、別写本から「ウミウシ」の誤記とも取れるが、「牛蛆」もしくは「海蛆」という名称も、充分、在り得ると考えるので、そのままとした。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

石蠹※

奇品徃年渋江長伯奉

命採藥於豆州歸府携來者

[やぶちゃん字注:底本では、以上の二行は前行の※の部分に、割注二行で入る。]

豆州八代郡右左口山溪有鶴瀬橋々

右有榜記巨勢金岡墨画地藏尊字

沿流而泝數十歩只見赤壁而不見尊像

導者扚水濯石面須臾慈像宛然而現

如隔重霧同行皆嘆幻化之奇其水中有

物黒而蠕々者或意螺螄小者戲取視

之則石也其形方不満分許長過半寸

上豊而下殺然未知所以蠕動取二三

十箇袖至旅亭偶出見之前以為石者

又※跙而行衆再駭其奇細見之則有

[やぶちゃん字注:※=(あしへん)+{「諮」-「言」}。]

頭有足其頭足黒光而体白状似麥虫

赤化小蛾者再審之其方而如石者綴

石屑以為殻也是石蠹一種而尤奇者

[やぶちゃん注:本種は海産生物ではないが、本九巻では、この一種のみであるので、一緒に翻刻した。これはケーシングをするトビケラ(毛翅)目の幼虫である。昆虫類の同定は私の守備範囲外なのでここまでとする。識者の御教授があれば有り難い。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

寄居蟲 和名ヤドカリ カミナ 和名抄

[やぶちゃん字注:「和名」以下はポイント落ち。]

  一名借屋 廣東新語  寄生蝦 閩書

[やぶちゃん字注:「廣東」「新語」はポイント落ちで二行に左右に割注で入り。「閩書」はポイント落ち。]

  此圖伊吉利志本草ニ出ル

ノルライン 蘭名

[やぶちゃん字注:「蘭名」はポイント落ち。次も同じ。]

ヘスベルチリヨ 蘭名

[やぶちゃん注:本図は記載の通り、国産種ではない。ただ、3個体の内、右下の一つのみが甲殻亜門軟甲(エビ)綱十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目異尾(ヤドカリ)下目ヤドカリ上科 Paguroidea に属するいわゆるヤドカリ(スケールも分からず、これでは種同定は困難)の図であるが、他の「ノルライン」及び「ヘスベルチリヨ」と呼称している二種は、一見、ヤドカリに全く見えない。原図を持たないのではっきりとしたことは言えないが、これはイソギンチャク類若しくはヒドロ虫類を共生・付着させたヤドカリの図かとも思われ、もう少し考察してみたいとは思っている。
 以上を以って「栗氏千蟲譜」巻九は終了している。]





■やぶちゃん読解改訂版
(読みやすさを第一に考えて整序し、殆どのカタカナは平仮名に変えた。漢文部分は我流で訓読してあるので注意されたい(私は専門家でないので誤読が多いと思われるによって注意されたい。また、誤読部分については切に識者の御教授を乞うものである)。字注を大幅に排し、適宜、送り仮名・読み(歴史的仮名遣とした)・推定される意味なども増補してある。誤字も修正して括弧や空欄も用いた。一部は推定字で置き換えた。注の一部も読解用に変えてある。)

栗氏千蟲譜     九




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


海燕 一種。奇品。蝦夷の海中の産なり。和名「ウミグモ」。

[やぶちゃん注:次帖にかけて大型のヒトデ1個体。腕部が柔軟かつスマートで、円を描くように描かれている。ヒトデ綱ニチリンヒトデ目ニチリンヒトデ科エゾニチリンヒトデ Solaster paxillatus の5腕個体か。]

《改帖》

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


又、一種。大にして紫色のもの。同地の海中の産なり。

和名「ウミモミヂ」 シキウ産の方言 「ウタカラリコ」

[やぶちゃん注:前項同様、次帖にかけて大型のヒトデ1個体。反口側腕上部の溝から見ても、キヒトデ(叉棘)目キヒトデ科キヒトデ Asterias amurensis の紫色個体と思われる。穿孔板がはっきりと描かれている点に着目。
「シキウ」これは現在の北海道白老郡白老町の旧地名(村名)で、「敷生しきふ」(読みは「しきう」とも)と漢字が当てられていた。現在でも川の名などに残る。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。次帖にかけて海盤車の表と裏の図。]


海盤車 異品〔表、微かに凸し、むつくりと高し。五孔あり。〕

此の物、俗に桔梗貝と呼ぶ。背の正中に花紋の状有り。質、堅硬にして骨のごとし。蘭山甞て云はく、「此れは是れ、海燕の骨の一種なり。」と。予、未だ此くのごとき骨を胎するところの海燕を見ず。尚ほ俟た、他日の寓目の時、詳説をすべし。

[やぶちゃん注:ウニ綱タコノマクラ目スカシカシパン科スカシカシパン Astriclypeus manni である。
「海燕」はウニ綱タコノマクラ目タコノマクラ科 Clypeasteridae タコノマクラ の漢名であるが、中国の本草書の原記載自体がヒトデ類と混同しており、限定は出来ない。但し、ここではタコノマクラを指して正しい叙述となっている。]

《改帖》

裏、平ら。         尾州方言「バンジヤガイ」。


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


神奈川より金澤・鎌倉の海中の沙上にあり。ひやうたん・かうがいの状のごとし。漢名、「沙箸さちよ」「越王餘算」なり。西土方言、「海やなぎ」。長きもの二尺余にして、内に白き骨あり。柳の状のごとし。

[やぶちゃん注:ここには、二種の図がある。一つは、表記の瓢箪状の先端を持ったオレンジ色の管状の生物2個体で、もう一つは十本の肋を持った櫛の状の放射状の生物1個体である。この中国名「沙箸」が正しいとすれば、刺胞動物門花虫綱のヤナギウミエラ(またはウミヤナギ) Virgularia gustaviana である。後者の図は夜間に触手を開いた個体が群生している樣を描いたととるしかないが、生体時に、このような形状で輪状に群生しているかどうか、甚だ疑問である。なお、これについては公開後に知り合った魚類学の国立大学名誉教授であられる方を通じ、海産無脊椎動物の専門家に図の鑑定同定をお願いして戴いたが、最終的には簡略な絵図で同定は不可能という返答を頂戴した。詳細な検討過程も記されてあるが非公式の見解であり、先方の立場上、公開は出来ないのが残念である。私の同定は候補としては問題ないとのことである。
「笄」かんざし
「越王餘算」中文の辞書サイトには名の由来伝承として、越の王が海中に捨てた余分な「計数筹碼」(数え棒:古代、数を数えるために用いられた竹製物品。易の補助具であろう。)が変じたもの、とあった。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


東都の近江の中にあり。質、軟にして、形、人の舌に異ならず。これに微細の柔刺あり。淡紅色なり。漁人の長縄の針にかかりて上がる事あり。「スマラ」と云ふ。

[やぶちゃん注:ここには、二種の図がある。一つは上部にあり、表記の生物で、後部の形状が昆棒状で太く大きく描かれているのだが、吻とその下の剛毛(「刺」)の描写から、これは環形動物のユムシ動物門キタユムシ科の最長大種であるミドリユムシ Anelassorhynchus mucosus ではないかと思われる。名称は緑とあるも、実際には淡紅色の個体も普通に見られる(平成四年保育社刊行・西村三郎編著「日本海岸動物図鑑[Ⅰ]」PLATE 62等)。ここに挙げられた「スマラ」という地方名は「素魔羅」で、「陰茎そのもの」という意味であろう。現在でもユムシ全般を九州地方でイイマラ、紀南ではイソチンコと呼称されると聞く。本種の朝鮮語「 개불 」(「ケブル」と発音)は「犬の陰嚢」の意味である(ちなみに北海道での呼称「ルッツ」はアイヌ語の「ルッチ」で「ミミズに似る」の意味かとされる。釣人の間で用いられる「コウジ」という呼称はユムシのオレンジ色の強い大型のものを指し、留萌地方では「ピーチコ」とも呼ばれる)。その図の下部に五放射のヒトデ状の一図があるが、これは上部のユムシと同じ色彩で彩色されており(ちなみに原画の色は淡紅ではなく、黄土色である)、恐らくこれはミドリユムシの吻の正面からの拡大図であろうと思われる。また、通常のユムシは後に別に現われる。「長縄」は「ながなは(ながなわ)」と読んでいるか。一本の釣糸に複数の釣針を附けて流す漁法。「延縄」(の原漁法)と同義であり、これで「はへなは(はえなわ)」と読んでいる可能性もある。]

《改帖》



[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


海燕 奇品。摂州兵庫の津方言、天紫而悶都児テンツルモンヅル。又ノ名、天紫骨悶紫孤テンツクモンツク。又名、的事而貌事児テツルモツル。是皆天紫而悶都児ノ転訛ナリ。

摂人、焙りて乾し、末と為し、酒を温めて之れを服せば、心胸の急痛・喘息・短気・呼吸言語の得ざる者を治すを以つて、よろづわづかにして立安す。又、煎りして服さば、疝痛・衝心忍ぶべからざる者をも治す。今、京師、徃々にして妙剤と為してるの者有り。又、打撲・損傷・死血有る者をも治す。黒霜と作して末と為し、酒を温めて調服す。又、焼かずして黒き者、之に用ふ。更に沙と為して肥前五島の漁師、用ふ。乾し貯めた者は末と為して糊化せば、打撲・傷損による疼痛の者は傅治ふちす。故に骨接の名有り。

 筑前の人、「ホネツギ」と呼びて打身の妙薬と云ふ。全形、ここに図す。表の方、五つに枝椏あり。裏は十辨の菊花紋、真ん中にあり。又、梅花の文あり。

[やぶちゃん注:両帖にわたって1個体の図。腕の第1分岐より内側に触手鱗を有するように描かれているので、クモヒトデ綱カワクモヒトデ目テヅルモヅル科のオキノテヅルモヅル Gorgonocephalus eucnemis と同定してよいであろう。
「摂州兵庫の津」現在の神戸の湊。古く大輪田泊おおわだのとまりとか兵庫津ひょうごのつと呼ばれた。
「死血」瘀血おけつ。漢方で体内や血管内に正常な機能を喪失し、毒素を含んだ血が滞留している状態をいう語。
「黒霜」不詳。葉を黒くするような厳しい霜に晒すことをいうか。
「傅治」「傅」はくっつくの意。この辺り、かなり強引に訓読しているので話半分でどうぞ。あくまで原文をお読みあれかし。
「枝椏」「シア」と音読みしているか。木の枝や又のように分岐していることをいう。

 なお、別写本である国立国会図書館所蔵の三冊本の服部雪斎写本版「千蟲譜」(国立国会図書館デジタルコレクションのこちら)の一巻目に載る同図を以下に示したい。




これを見ると触手鱗の描出がはっきりと見てとれ、一帖図示であるので盤も綺麗に現認出来る。但し、個体の色は遙かに底本の方が事実を伝えている。

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


正中に円き小孔あり。其の口なり。其れ、妙薬となして奇功を奏すと雖も、貮分、三分にて効をとる。必ず過剤すべからず。多ければ却つて麻木不仁の患ひあるべし。これを慎めと云々。

[やぶちゃん注:漢方効能部分は本草書からの引用らしい。
「貮分、三分」一分は〇・三七五グラム。
「麻木不仁」身体が麻痺して感覚がなくなること。
 底本では以下は、全体が凡そ七字程下げとなっており、この下に独楽形をした部分断片の図が示されている。これは前述している薬効を持つとするオキノテヅルモヅル Gorgonocephalus eucnemis の盤の欠き取った一部で、輻楯ふくじゅん(中央の盤の腕の付根の部分にある一対の大きな鱗状の部分で、クモヒトデ類の識別では非常に重要な箇所。オキノテヅルモヅルではこれが特徴的に細長く、ほぼ盤の中央まで達する)一本とその周囲の盤の一部の破片が付いたものを描いたものと思われる。]

摂州兵庫の海中に産ス。方言「テヅルモヅル」、又、「テンツクモンツク」と云ふ。漁人、あみにかかるを取る。「海燕」及び「海盤車」の異品なり。全形。

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


枝條、細かに分かち、海松みる等の海草に侶たり。活する時、節々柔軟にして、蠕々として動き、延縮自由なり。一体は蟲類なり。介にても草にてもなきものなり。

[やぶちゃん注:解説の下にオキノテヅルモヅル Gorgonocephalus eucnemis の一腕全体が盤の一部と共に描かれている。ここでも第一分岐内側に触手鱗を有するように見受けられる。最後の附言は成体個体を実見していなければ言い得ないものであって、すこぶる正しい指摘である。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。底本では以下は、全体が凡そ七字程下げ(従って二行目以降は凡そ九字下げ)となっており、その前に分岐した腕の一部を三図に分けて載せている。その内の下方の二つの図では、触手鱗を持つ触手と、その断面が仔細に観察できる。]

此の物、行瘀ぎやうお和痛の功あり。全図の傍に記す。

  肥前方言「ノウツカミ」。     讃州にて「ノヅカミ」と云ふ。

  紀州にて「マツダコト」と云ふ。  伊豫にて「デンハチ」「ガラコ」。

  筑前にて「ホネツギ」。      淡路にて「シヤグマ」「テンバ」。

  阿波にて「シワ」。        肥前五嶋にて「ツナツカミ」。

  佐州にて「ハナダコ」。      紀州熊野にて又「皺人手シワヒトデ」と云ふ。

[やぶちゃん注:「行瘀」「瘀」は鬱積停滞を意味するから、血行を良くするの謂いであろう。

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


海盤車

キキヤウガイ 種類多し。ここに圖するもの、蛮人将来せる海族を輯録しふろくしたる書中より抄出、之を寫す。

[やぶちゃん注:ここから3帖分の図は本文にあるように、欧文の図譜からの転写である。原本はG. Eberhard RumpfD'Amboinsche rariteitkamerで、1705年にアムステルダムで刊行された蘭語版の「アンボイナ珍品集成」である。当時日本では、「ラリテート」と呼ばれた。全部で7個体が全て異なった種が描かれている。国立国会図書館の「描かれた動物・植物 江戸時代の博物誌」のここに示された画像を以下に示す(私の手元には“Biodiversity Heritage Library”の同書PDF版があるが画像の細部の見易さから、ここではこちらを採ることにした)。




 本帖には3個体が描かれている。これらは上から、上記「アンボイナ珍品集成」の図の“1”・“2”・“D”の三種の模写である(但し、“2”は同一種とは思われないほどに模写が拙い)。3つとも、頭部がやや潰れた形から棘皮動物ウニ綱心形目
Spatangoida のブンブク(チャガマ)類の仲間であろう。]


《改帖》




海盤車

[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。上記「アンボイナ珍品集成」の図の“1”の模写。大きなウニ綱タコノマクラ目タコノマクラ科 Clypeasteridae タコノマクラの仲間1個体の図。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。上記「アンボイナ珍品集成」の図の上から“E”・“H”・“3”の模写。底本では以下の文全体は、図の下、右下方の頭部がやや潰れたブンブクチャガマの仲間の図の右下に記載されている。前々注参照。全部で3個体の図。上の2個体はウニ綱タコノマクラ目スカシカシパン科 Astriclypeidae の仲間と思われる。注意されたいのは、この附文は確かにスカシカシパン Astriclypeus manni 若しくは近縁種の附説ではあるが、この「アンボイナ珍品集成」の模写図の直接のキャプションではないという点である。]

神奈川海に「ネモシヤ介」と云ふあり。其の状、馬矢に似たり。人手に雜ぢり、春秋、多く上がる。殻薄く、破碎し易し。腐らして田畑の肥しとす。
[やぶちゃん注:「馬矢」は「まや」と訓じているか。流鏑馬の的の意であろう。

 なお、別写本である国立国会図書館所蔵の三冊本の服部雪斎写本版「千蟲譜」(国立国会図書館デジタルコレクションのこちら)の一巻目に載る同図を以下に示したい。




個人的には、この雪斎の彩色は対象の立体感がよく表現出来ていると感じる。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


指甲螺〔「閩書」「三才図會」。〕
《一名、「土銚」。一名、「沙屑」〔「八閩通志」〕
 一名。「江橈」。〔「福州府志」〕》

    「メクハジヤ」肥後・肥前

    「オトメガイ」備前

漳州しようしふ府志」に云はく、『江橈こうぜうは、緑殻・白尾、其の形、舩のかいのごとし。故に名づく。』と。「泉郡志」に、『以つて形、指甲のごとし。名づけて指甲螺。』と。「泉南雜志」に、『北方にて泥磚でいせんと謂ひ、土坯どはいと曰ふ。江に晋くして海にも有る介の屬たり。亦た曰ふ、土坯は緑殻・白尾にして其の旁らに毛有り。』と。「臺湾府志」に、『海豆芽。一名、塗坯。』と。

人。多く食へば、此の介のごとくの状の赤斑を発す。魚に醉ひたるがごとし。此の時は立だちに紅花一味を煎服せしむれば、即座に解すと云ふ。

石州濱田方言

カゲロフガイ

[やぶちゃん注:中央やや下に、触手動物門腕足綱無穴目シャミセンガイ科のミドリシャミセンガイ Lingula anatina 2個体の図。以下の解説は、図の下に入る。

「閩書」明の何喬遠かきょうえん撰になる福建省地方の地方誌。

「三才圖會」明の王圻おうきの編になる類書(百科事典)。

「八閩通志」明の黄仲昭の手になる福建省の地方誌。

「漳州府志」清乾隆帝の代に成立した現在の福建省南東部に位置する漳州市一帯の地誌。

「泉郡志」「泉州府志」のことであろう。明代に書かれた福建省泉州府の地誌。

「泉南雜志」明の陳懋仁ちんもじんの書いた泉州の地誌。

「臺湾府志」清の一六九六年に刊行された台湾地誌。

「泥磚」「土坯」「磚」は煉瓦、「坯」は壁の意。シャミセンガイの棲息域と殻の形状から私などには如何にもしっくり来る漢名である。

「石州濱田」「石州」は石見国、現在の島根県浜田市。

「赤斑を発す。魚に醉ひたるがごとし」貝原益軒の「大和本草」の「メクハジヤ」にも、『毒有り。之を食ふ者、發斑を患ふ。其の毒に中る者、紅花を煎服す』とある。ここに記載された蕁麻疹及び酩酊様の中毒症状は、渦弁毛藻類や藍藻類の植物プランクトンによるサキシトシン等の麻痺性貝毒が想定される。
「カゲロフガイ」蜉蝣貝であろう。色といい、昔の人が化生を考えたかも知れない、非常にマッチした方言名で私は好きである。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


閩書びんしよ南産志」に云はく、『海膽。殼、円くして盂のごとく、外は密に刺を結ぶ。内、膏、有り、黄色。土人、以つて醤と為す。』と。「舊志」、又、「有石榼註」に云はく、『形、円くして、色、紫色。刺、有り、人、之に觸るれば、則ち、刺、動揺す。疑ふらくは即ち海膽にして、其の名を異とするなり。』と。

此の類、数品あり。「ホシカブト」と称するは、刺、ふとし。「角カウバシ」と云ふ。尋常のものの刺を介品の中に入れて「香箸介」と云ふ。ここに図する長き刺七、八寸のもの、殻、却つて小なり。又、奇品とすべし。左に図する所、フトキ「角カフバシ」は、質、磁石のごとし。掌中に二、三個を置き、轉がし動かす時は、錚々チンチン然として金石の音を為す事、又、珍奇なり。

蝦夷地方の海岸の石上、浪打際にあり。方言「ノナ」と云ふ。これ、地名なり。形は同じで、細刺あり。柔軟なりと云ふ。国処により、此の者を「ガゼ」と云ふ。此のものの介を割りて、「うに」を取る。俗に雲丹と称して通用す。沿海諸侯より献上するもの、これなり。

[やぶちゃん注:「閩書南産志」明の何喬遠かきょうえん撰になる福建省地方の地方誌である「閩書」の中の第百五十巻及び百五十一巻が「南産志」。
「舊志」不詳。「閩書南産志」原典を指すか。
「有石榼註」不詳。「閩書南産志」の注釈書か。
「ホシカブト」は一般に、正形ウニの殻を普遍的に示す名前である(ほかにカブトガイという呼称もある)が、ここで丹州はパイプウニのことを呼称しているように読める。「角カウバシ」は「角香箸」(「香箸」は「こうばし」とも「きょうじ」とも読む)で、パイプウニの主棘に対して付けられた名前であるかのように読める。しかし、ここはウニ全般の主棘を、海産物の一品と数えて「香箸介」と称しているという記述としても読め、少々錯綜している気がする。

 文中の「ノナ」について、一九九四年平凡社刊の荒俣宏「世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物」(p. 226)に所載する別写本では、「ノナト云フ」の後に「此物アリ所ヲノナマイト云コレ地名ナリ」という記述がある。これは現在の積丹町沼前である。「沼前」という名は、本来、「ノナマイ」で、アイヌ語の「ムラサキウニの多いところ」という意味である。

「ノナ」ウニ綱 Euechinoidea 亜綱ホンウニ上目ホンウニ目ホンウニ亜目オオバフンウニ科キタムラサキウニ Strongylocentrotus nudus を指すと考えてよい。

「ガゼ」同じオオバフンウニ科のエゾバフフンウニ Strongylocentrotus intermedius を指すと考えてよい。

「錚々」本邦での呉音は「シヤウ(ショウ)」・漢音は「サウ(ソウ)」であるが、ここはオノマトペイアで中国語原音に近いルビが振られていて、とてもよい。]

同僚渋江長伯、駿遠採菜の時に親しく、図する所にして、赭色の柔刺密生のもの。大奇品なり。これ、時ありて堅硬の刺、脱落したる後、柔軟の新刺、更に生じ、逐日、漸長して、遂に極めて硬刺となるなり。

[やぶちゃん注:この図はウニ綱ホンウニ目ラッパウニ科ラッパウニ Toxopneustes pileolus である。1994年平凡社刊の荒俣宏「世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物」(p. 226)で荒俣氏はこれをホンウニ目オオバフンウニ科アカウニ Pseudocentrotus depressus と同定しておられる(但し、「やや奇妙だ」とも記す)が、本図を見るに、赭色(赤土色)で、刺が叉棘状になっていることがはっきりと見て取れる(荒俣氏の所蔵本の図は極度に赤みが強く描かれているが、これは恐らく別写本である国立国会図書館所蔵の三冊本の服部雪斎写本版「千蟲譜」(国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを補正したものと推測する。試みに以下に同国会図書館よりダウンロードした原画像(上)及び裏が透けて見えるのを補正処理したもの(下)の二つを示してみる)。「これ、時ありて」以下の叙述は、この例外的な形状の叉棘を誤解したものと私は読む。そもそも、これがアカウニであれば、丹州は「大奇品」とは記さないと思われる。






「渋江長伯」(しぶえちょうはく 宝暦一〇(一七六〇)年~文政一三(一八三〇)年)は江戸中・後期の医師・本草家。本姓は太田、名はたつ。別号、西園・確亭。寛政五 (一七九三) 年に幕府の奥詰医師となり、巣鴨薬園総督を兼ねた。同十一年には幕命により蝦夷地にて採薬、「蝦夷採薬記」「北遊草木帖」を著わした。また、巣鴨薬園では羊を飼育して羅紗の試作もしている(講談社「日本人名大辞典」に拠る)。]

大香箸の雲丹の状。殼の属したる刺、石英のごとく生ず。蛮書「ラリテイト」に此の図、出でたるを、ここに写して後攷こうかう便びんとす。

[やぶちゃん注:この図は本文にあるように、先にも引かれた G. Eberhard RumpfD'Amboinsche rariteitkamerからの転写である。“Biodiversity Heritage Library”の同書のPDF版から当該画像をトリミングして以下に示した(細部を見易くするために画像処理を施した)




この右下にある“2”がそれである。因みに肥厚した棘三本の、左の日本もこの図中のウニ“3”の左にある“E”の一本と、ウニ“3”の右にある一本を書写したようには見えるが、横紋を持つ極めて太い右端の一本はD'Amboinsche rariteitkamerからのものではなく、明らかに丹洲が実見したものとしか思われない。
 極めて不確かではあるが、これはホンウニ目ナガウニ科パイプウニ
Heterocentrotus mammillatus または同パイプウニ属のミツカドパイプウニ Heterocentrotus torigonarius(日本近海には生息しない)の近縁種である可能性が高いように思われ、また、刺の横紋が一本しかないという点では Perischoechinoidea 亜綱オウサマウニ科オウサマウニ目バクダンウニ Phyllacantus imperialis の仲間も射程に入れておく必要があろうか。
 この肥厚した右端のすこぶる太い一本は、棘の先端から色調を微妙に変えて、《薄い肌色→ややくすんだ肌色→白色→茶色→白色→茶色(更にそれが基部に向かって部分的に明るくなってゆくようにも描かれている)》の順番で彩色されている。特に二本の白い紋が、ここではくっきりと示されている。丹州所持の本邦産である以上、少なくともこの棘はパイプウニ
Heterocentrotus mammillatus のそれと同定してよい。左の2本(中央のものは円柱形かそれを潰したような形。左端のものは円錐形で先端部に向かって尖っている)については、パイプウニ Heterocentrotus mammillatus またはオオサマウニ科の内、主棘に節状突起がなく、基部に鋸歯状突起列が見られないことから、オウサマウニ目マツカサウニ Eucidaris metularia またはバクダンウニ Phyllacantus imperialis の棘という選択肢に絞られるように思われる(但し、それは本邦産と限った場合で、この二本も先に示したD'Amboinsche rariteitkamer”からの模写に過ぎないならば、その限りではない)。この三種類の「香箸介」の図の真下に以下のウニの地方名解説が載る。]

薩州徳の島 土名 「グン」「ジヤン」「アツミ」

大島 土名    「カアツー」

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


スナヘソ 海濱浅水の處に生ず。肉は沙中に入る。上に髭、水にゆられて藻のごとし。小虫、其の内の入れば、巻き込めて食ふ。これ、俗に「イノシリ」、又、「シリゴダマ」と云ふものの類なり。此の物、人の足音を聞かば、忽ち沙中に縮み入る。沙を掘りて一塊を得る。土肉のごとし。ナマコの臭気あり。形、臍のごとし。因りて此の名あり。松前・ヱトモ・ミツイシ・コンブムイと云ふ処に多し。髭を開ければ、花のごとく美なり。

「カクラ」〔松前方言〕

蝦夷海中にあり。蓋し沙噀の属なり。白拔の方言、「タツコ」。

[やぶちゃん字注:この種については、まず叙述中、消去できる生物は、ナマコである。その他の叙述(特に最後の「髭ヲ開ケハ花ノ如ク美ナリ」という色彩バリエーションを感じさせる部分)と触手の長さから想定し得るのは、刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱イソギンチャク目ウメボシイソギンチャク科スナイソギンチャク Dofleinia armata 、または花虫綱八放サンゴ亜綱ハナギンチャク目ハナギンチャク科ヒメハナギンチャク Pachycerianthus magnus 及び同科 Cerianthus 属のムラサキハナギンチャク Cerianthus filiformis 、同属のマダラハナギンチャク Cerianthus puncutatus である。ただ、「ナマコノ臭気アリ」という叙述が食用に供した可能性と方言名からするとすると、九州に於いてワケノシンノス(若い奴の尻の穴)と今も呼称されて食用に供される、ウメボシイソギンチャク科のイシワケイソギンチャク Gyractis japonica やハナワケイソギンチャク Neocondylactis sp. も射程に入れねばならないが、残念ながら、前者は本州中部以南、後者は有明海にしか生息していないので、これは排除される。なお、現在は少なくなったが、イソギンチャク食は本邦では古くはかなり広範囲にあったものかと考えられる。

 別写本である国立国会図書館所蔵の三冊本の服部雪斎写本版「千蟲譜」(国立国会図書館デジタルコレクションのこちら)の二巻目では、最後の「カクラ」(タツコ)が別帖になっており、そこには以下の図が載っている(同デジタルコレクションより50%でダウンロードしてトリミングした)のであるが、




これは明らかに棘皮動物門ナマコ綱キンコ科キンコ Cucumaria frondosa var. japonica である。
「土肉」海鼠のこと。そう同定する考証は私の『大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 海鼠』の注を参照されたい(但し、かなり長いので御覚悟あれ)。
「ヱトモ」絵鞆。現在の北海道室蘭市南部に位置する太平洋及び内浦湾(東端)に面した小半島とその一帯の地名。ウィキの「室蘭郡」によれば、『江戸時代の室蘭郡域は東蝦夷地に属し、松前藩によってエトモ場所とモロラン場所が開かれ北前船も寄航していた』とある。
「ミツイシ」現在の旧北海道三石郡三石町、現在の日高郡新ひだか町内の海浜域の旧地名。
「コンブムイ」現在の北海道釧路郡釧路町昆布森こんぶもり地区か。
「白拔」そのような北海道の地名を探し得なかった。「老」と「拔」はちょっと似ている。私は前にも出た「白老」の崩し字の誤写ではなかろうかと密かに疑っている。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


「廣東新語」に云はく、『海膽。島峽の石上に生ず。殼、円く、粟珠の大小の有りて、ともに粟珠の上をつらぬく。又、長刺、累々と相ひ連なる有りて、一を取らば、千のとげとなり、其の一を破るがごとくなりて、餘は皆、死して、石上に粘れり。殼、破れて、漿を流し、終に起こすを得ず。肉色、黄、鮮やかなり。以つて醤として、味、佳なり。其の殼、乾し枯るれば、則ち、刺、脱け去る。介品中に入れて、謂ふ所の「兜介かぶとがひ」なり。緑色にして粟珠の文、有り。』と。

石州濱田の方言、「ブンブクチヤガマ」と云ふ。

[やぶちゃん注:訓読はかなり強引なれば、原文を検証されたい。この図はウニ綱 Euechinoidea 亜綱ガンガゼ上目ガンガゼ亜目ガンガゼ目ガンガゼ科ガンガゼ Diadema setosum である。面白いのは、誤った呼称ながら、ブンブクチャガマの呼称が初めてここに現われるということではある(「慶應義塾大学学術情報リポジトリ」の磯野直秀先生の「タコノマクラ考:ウニやヒトデの古名」参照)。
 なお、別写本である国立国会図書館所蔵の三冊本の服部雪斎写本版「千蟲譜」(国立国会図書館デジタルコレクションのこちら)の一巻目に載る同図の肛門部分を以下に是非、示したい。




非常に鮮やかで美しい。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。細かな節が描写されたガンガゼ Diadema setosum の見事な主棘3本が描かれる。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


石蚴セキイフ一種 「クジラガキ」 肥前五島の海中、猟り得る所の座頭鯨ざとうくぢらの、脇はら・頭・ひれ・尾の端等に、ひしと粘着す。時ありて花を吐く事、玉簪花ぎぼうし蓓蕾ばいらいに似たり。至つて美なり。物、觸るる時は殼内に縮入す。又、世美鯨せみくぢらの頭上・吻上にもつく。形の大小は、鯨魚の大小に随ふ。土人、「瀬ガヒ」と云ふ。或るひは此のもの、小蟹の足のごときものを出だす事あり。殼の底は鯨皮にしかと固着して、強く揺がせども、はなれぬものなり。

[やぶちゃん注:これは三種の図を載せる。上からまず二つのフジツボの図(下の二つは蔓脚を出した図である)、その下にエボシガイを5個体を付着させた同じフジツボの図である。これらは鯨類の皮膚に半ば埋没して付着する特異種の甲殻綱顎脚(鞘甲)亜綱蔓脚(フジツボ)下綱完胸(フジツボ)上目 Sessilia Balanomorpha 亜目オニフジツボ科オニフジツボ Coronula diadema 、エボシガイの方は、やはりこのオニフジツボや鯨類の歯等に特異的に付着する種で、全体が強いピンク色を呈する、柄部の先にある頭状部の側面に黒い斑点を有しているところの 完胸上目有柄目エボシガイ亜目エボシガイ科 Conchoderma 属ミミエボシ Conchoderma auritum である。なお、ここで「瀬ガヒ」(セガイ)と呼称するとあるが、一般には「セガイ」「セイ」と言えば、 完胸上目有柄目ミョウガガイ亜目ミョウガガイ科カメノテ Pollicipes mitella のことを呼ぶ。但し、荒俣宏「世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物」(p.87)の「フジツボ」の項で、『千葉県谷津地方や新潟県の佐渡ヶ島では、フジツボのことをセイと呼ぶ』とある。私は少なくとも佐渡では「セイ」はカメノテを指すと認識しているし、現在、水産物として流通する際、「セイ=カメノテ」が主流であると思う。しかし、これは混乱ではなく、食文化の中では、どちらも「セイ」なのであろう。いや、実は生物学的にもそれほど問題がない。何故なら、カメノテとフジツボは、その柄の有無が大きな差異に見えるものの、実際には節足動物門題大顎亜門甲殻綱鞘甲亜綱蔓脚下綱完胸上目まで一緒で、次のタクソンで無柄目と有柄目に別れる近縁であるからである。食材としても、どちらも食したことのある私にとって、呼称の共有は違和感がない。なお、「セイ」は「勢」で「陰茎」を意味する。また、ここで記されているいるように、鯨にオニフジツボは寄生するが、その寄生した形状が、鯨類研究に於いての個体識別の重要な視認指標となっていることは最近、富に知られるようになったが、そうした先駆的叙述を私はこの丹州の叙述の中に、早くも嗅ぎ出すことが出来るように思うのである。

「石蚴」「セキヨウ」。「蚴」の原義は龍のうねりくねるさま。因みに、「蚴蛻ユウエツ」は膜翅(ハチ)目細腰(ハチ)亜目アナバチ科ジガバチ亜科ジガバチ族 Ammophilini のジガバチ類を指し、あのくびれた腹部の形状がエボシガイと似ていなくもない。

「玉簪花」擬宝珠。クサスギカズラ科リュウゼツラン亜科ギボウシ属 Hosta

「蓓蕾」つぼみ。

 なお、別写本である国立国会図書館所蔵の三冊本の服部雪斎写本版「千蟲譜」(国立国会図書館デジタルコレクションのこちら)に載る同図を以下に示したい。




実に鮮やかで柔らかさが伝わってくるようだ。


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

石州濱田産。方言、「クモダコ」。其の五足、促節・細鱗、甲あり。石龍子の尾の類いに似たり。表のかたは円く、裏の方は平たし。又、打紐に似たり。まことに奇物なり。其れ、濱の漁父の網に稀れにかかり上がる事ありと云ふ。裏の真ん中に口あり。梅花の紋のごとし。「紀州六百介品」中の「花匣」は此のもののしやれたるなるべし。

一体、裏は淡き、かきいろ。其の口と思しきもの、裏の正中にあり。花形をなす。

[やぶちゃん注:クモヒトデ一個体の図。荒俣宏「世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物」(p. 259)ではこれを星形動物亜門クモヒトデ綱クモヒトデ目ニホンクモヒトデ Ophioplocus japonicus と推定されてあるが、荒俣氏が言うように盤の形状がおかしい。本種は盤が鱗で覆われており、副楯が小さい。腕の各節の背腕板を鱗状と述べておきながら、盤についての記述と思われる「表ノカタハ円ク」という叙述は、盤の表面が鱗に覆われていない顆粒状であったからではないかと推察する。従って私はこの図を、盤の背面の副楯が5対=10個がはっきり露出している様子を、やや誇張して描いたものと判断し、クモヒトデ目アワハダクモヒトデ科トウメクモヒトデ Ophiarachnella gorgonian に同定する。

「促節」「促」には縮まる・詰る・狭くなる・せわしくなる・速いの意がある。クモヒトデの細く、縮まり、せわしく速くうねって動くさまに相応しい用字と言えよう。

「石龍子の尾の類い」「石龍子」は蜥蜴のこと。トカゲが自切した尾に似ているというのである。言い得て妙!

「紀州六百介品」「甲介群分品彙こうかいぐんぶんひんい」の転写本の名称。天保七(一八三七)年に本草学の熱心な研究者で貝類図譜「目八譜」知られる旗本武蔵石寿むさしせきじゅが、既にあった紀州藩作成の貝類等図譜(六〇五種を所収)を分類・解説したものが原本で、謂わば、本格的な分類学的貝類図鑑の濫觴の一つと言える。原本は失われたが、多くの転写本が作られて今に残っている。

「花匣」「はなこばこ」と訓ずるか。クモヒトデの盤の乾燥標本に対する呼称であろう。

 以下三行は帖左下に記載。すぐ右に、小さく「梅花紋」の口器部分のみが、図案のように描かれている。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


[やぶちゃん注:ヒトデ綱アカヒトデ目イトマキヒトデ科イトマキヒトデ Asterina pectinifera の口側と背側の2図。底本では以下の説明の二行目以降が上下に引き裂かれ、中央に「ムイ」の図が描かれている。]

ヒトデガイ

 蝦夷北上、エトモの産。

[やぶちゃん注:「エトモ」絵鞆。既注。]

ムイ 蝦夷箱館より東の方、ムイ嶋あり。夫れより東の方、カラフトに至る、尽く此の「ムイ」のみありて、絶えて「アハビ」なし。箱館辺より西の方には、多分、「アハビ」にして、「ムイ」なし。此のもの、鮑に似て殼なし。肉中に箭鏃せんぞくに似たる硬骨あり。徃昔、「アハビ」、爭鬪して、一方が負けて、矢にて射られ、殻をも取られたりと、夷人、語り傳ふるよし、云へり。此「ムイ」と云ふ事を、讀み入れたる一首の和歌あり。

うき事を 誰に語らむ いそまくら 問ふよりかひも 定めなしまに    冨山杢大夫

寛政年間、蝦夷調役にて彼の地に至れる仁なり。

[やぶちゃん注:本種は、ヒザラガイ科の世界最大種である軟体動物門多板綱新ヒザラガイ目ケハダヒザラガイ亜目ケハダヒザラガイ科オオバンヒザラガイ Cryptochiton stelleri である。体内に埋没した殻板(八枚。北海道では遺留した殻板を、その形からチョウチョガイと呼ぶ)のことも記されている。解説に引かれた伝説は、現在の函館市戸井町(函館市外西方)にある戸井漁港沖合に位置する武井むいノ島という岩礁に纏わる伝承として伝わる(グーグル・マップ「武井ノ島」)。昔、この辺りでムイ(アイヌ語でオオバンヒザラガイを表す)とアワビが喧嘩をして、島から東側はムイの国とし、西側はアワビの国と定めたという。実際に、海水温の差によって、少し先の恵山岬から西側にはエゾワビが、東側から襟裳岬、千島、アリューシャン列島を経て、カリフォルニアまでが、オオバンヒザラガイの分布域であるという(下記の「海の味」他を参照した)。北海道大学水産学部水産科学院の「北方圏貝類研究会」公式サイトの「函館市の都市伝説」には(コンマを読点に変え、伝承部分の一部の意味不明の表現を外に出して変えてある)、『ムイとはアイヌ語で箕 (みの) を意味し、岩礁の名前の由来は、箕に似ていることに由来すると考えられている。昔、この海域にムイ (オオバンヒザラガイ) とアワビが雑居していたが、アワビは貝殻で武装していないオオバンヒザラガイのことを骨なしの意気地なしと軽蔑していたが、ムイのほうも固い岩のような家をかぶって這い回り、話をかけても、顔も見せずに返事をしないアワビを頑固者として』毛嫌いしていた。『これが原因となって両方の間に戦いを起こした。海底での戦いは容易に勝負が決まらずお互いの損得が多いので、話し合いの結果、仲直りをし、このムイの岩礁を境にして西はアワビの領地、東はムイの国として住むようになった』という。『両者の喧嘩の結果,、武井の島を境に西側はアワビの国で東側がムイの国で,、お互いが同所的に分布しなくなった』と伝説は伝えるが、『実際は、武井ノ島付近は2種が同所的に生息しているが、この島を境界におおよそ2種の分布が分かれている』ともある。また、『オオバンヒザラガイ Cryptochiton stelleri (Middendorff, 1847) は世界最大のヒザラガイ類 (八枚の貝殻を持つ貝) で』、約四〇センチメートルまで成長する。『八枚の貝殻がバラバラになって、海岸に打ち上げられることがあり』、『貝殻はチョウチョのような形をしていて、とてもかわい』らしいとあり、さらに『実は、オオバンヒザラガイの貝殻は軟体部に隠れていて、生きている状態では、外側から貝殻を見ることは出来』ないとある。リンク先は体内の貝殻やX線画像も完備しており、是非、一見されたい。私は見たことも食したこともないのであるが、一九九八年八坂書房刊の山下欣二「海の味」によれば、『アワビとホヤを足して二で割ったような味』とある。また、ネット上では、以下に写真入りの本種の調理実例がある。是非、いつか必ず食してみたい一品である。
「箭鏃」やじり。

「冨山杢大夫」和歌とともに不詳。識者の御教授を是非とも乞うものである。

「寛政年間」西暦一七八九年から一八〇一年。

「蝦夷調役」箱館奉行支配の属吏で吟味役・同勤方に次ぐ役職で、定員は概ね十数名、江戸と箱館・蝦夷地の要所に在勤した(「函館市史」デジタル版のこちらの「奉行支配吏員」を参考にした)。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


海燕 越中魚名浦の産。

方言「イトマキ」。

[やぶちゃん注:前帖同様、ヒトデ綱アカヒトデ目イトマキヒトデ科イトマキヒトデ Asterina pectinifera の青藍色のカラー・バリエーションの背面。

「魚名浦」不詳。私は富山県に六年住んだが、こんな地名は聞いたことがない。検索でも「魚名」の地名は網に掛からない。識者の御教授を乞うものである。]


モミヂ介

蝦夷産。形、五楞ごりようならびて、槭樹かへでの葉のごとし。因りて俗に云ふ、「紅葉介もみぢがひ」。

「福州府志」に云はく、『楓葉魚は「海物異名記」に云はく、『楓樹霜葉、風瓢浪翻して、腐りて蛍の化するがごとく、其の質、魚と為る。』と。あきらかなり。』と。按ずるに恐らくは此のものか。

[やぶちゃん注:棘皮動物のモミジガイ目モミジガイ科モミジガイ属 Astoropecten sp. と見てよいが、多くの同属のヒトデに見られる縁板の側縁の棘が全く描かれていないのが不審である。北海道産という点から考えて、恐らくは、同属の一種モミジガイ Astoropecten scoparius を雑に描いたものではないかと思われる。我々が現在、よく目にするものは房総半島・相模湾以南の南方系種であるモミジガイ属トゲモミジガイ Astropecten polyacanthus であるので注意。

「五楞」「楞」は角の意。五稜。

「福州府志」清の乾隆帝の代に刊行された福建省の地誌。

「海物異名記」中文サイトの「福州府志」本文を見ると、同書ではよく引用されており、本草書として有名らしいが詳細不詳。この記載やその他の「福州府志」の引用箇所を管見したが、トンデモ本に近い感じがする書物である。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

スナヘソ 東都にて、「シリコダマ」と云ふものの類い。浅水の処にあり、髭を出だす。菊花のごとし。痔并びに脱肛を治す。

「臺湾府志」に、『謂ふ所の「海蒜かいさん」。一名、湖賢。状、ごふの類。肉、垂るること三寸餘り、白色にして、上、黒点、有り。形状、甚だ劣なり。之を食へば、多く、腹の瀉するを患ふ。』云々。し、此のものか。

[やぶちゃん注:これについては、「東都」という範囲の違いから、先に提示された「スナヘソ」とは別種と考えられ、薬用に用いている点や、「臺湾府志」の食用の記述から見て(現在でも中国や台湾では「海蒜」以外に「沙蒜」「海葵」と称してイソギンチャクを食用としていることがネット検索で分かる)、こちらは先の「スナヘソ」の注で取り挙げた、九州に於いてワケノシンノス(若い奴の尻の穴)と今も呼称されて食されるウメボシイソギンチャク科イシワケイソギンチャク Gyractis japonica ではないかと思われる。

」或いは。

「痔并びに脱肛を治す」典型的な類感呪術。いいね!]

越中魚名浦の産

イトマキの小さき者。

[やぶちゃん注:前帖同様、ヒトデ綱アカヒトデ目イトマキヒトデ科イトマキヒトデ Asterina pectinifera の若年個体背面2つの図。カラー・バリエーションを示そうとしているのか、左側の個体は朱赤色が全体を覆う個体を描こうとしているように私には見える。「越前」の補正は前の「海燕」に従う。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

マテ 筑後柳川の産。方言「アゲマキ」。爰に図するものは、形の大なるものなり。小なるは多くあり。口の合はせめの上下と両脇、内の肉、見ゆるものなり。殼、薄く、もろし。

「日東魚譜」に云はく、『蟶蛤ていがふ嘉祐かいふ。〕。一名、玉筋蟶ぎよくきんてい閩書びんしよ。〕 ※1※2〔「綱目」。〕 和名、「アゲマキ」「ヲダマキ」「タダマキ」。並ぶかたちの殼の身の形なり。蔵器曰はく、『蟶は海中に生活す。長さ二、三寸、大いさ、指両頭を開けるがごとし。』〔「拾遺」〕と。』と。是れ亦、西土に有りて、関東、之れ無し。気味、甘温にして無毒。主治、虚を補ひ、冷痢をまもる。煮て之れを食へば、胸中の邪熱・煩悶を去る。飯の後、之を食ひ、与に丹石を服さば、人、相ひ宜しく治す。婦人産後の虚損をも治す。其の図を下に挙ぐる。

アゲマキ 其の肉、乾腊かんらふせば、此くのごとく至つて堅く、透徹す。黄色の頭は刀豆なたまめの花の形に似たり。尾に両條の紐あり。蝸牛の角のごとくにして大なり。

[やぶちゃん注:「※1」=「虫」+「亭」。「※2」=「虫」+「並」。音・意味ともに不詳。「ていへい」と一応読んでおく。

 ここに水管を下にして人が立つように描いた3個体の貝の内臓の図。その下に閉じた貝から二本の水管が右に出ている図(後背縁側)。その下に、貝を上下に開き、内臓を見せた図(向きを反転させて後背縁を左にし、水管は左に出ている)。

「日東魚譜」江戸の町医であった神田玄泉の手になる本邦最初の魚譜(享保四 (一七一九)年成立)。

乾腊」「かんろう」とは干し乾かすこと。

「刀豆」バラ亜綱マメ目マメ科ナタマメ Canavalia gladiata 。夏に白またはピンク色の花を咲かせ、実の鞘は非常に大きく、三〇~五〇センチメートルほどになる。花はグーグル画像検索「ナタマメ 花」で確認されたい。

 なお、この頁の記載と図は皆、真正の「蟶」ではなく、斧足綱マルスダレガイ目ナタマメガイ科アゲマキ(揚巻/総角) Sinonovacula constricta である。次に掲げられる真正のマテガイとは科レベルで異なる全くの別種であるので注意されたい。しかし丹州どころか、現在でもアゲマキとマテガイを同種のものと思い込んで採ったり食べたりしている方は存外、多い。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。前方を上にして斧足を出した、2個体のマテガイの図。右の1個体の部分を線で指示し、説明している。]

あはせめ。

[やぶちゃん注:殻頂の位置を示している。]

此処、二ほど開く。うす皮、はる。肉、すき見ゆ。開閉す。

[やぶちゃん注:殻頂の反対側よりも少し上の部分の腹縁部分を指示しているが、復縁側全体の説明である。]

肉、一頭に出でて物に觸るれば、縮入す。尾は、凹にして黒し。偶に二類の尾、あるものあり。

肉、白く細く、薄幕あり。味、「トコブシ」のごとく、生鮮のもの、三盃酢にて酒媒となすべし。鮮肉、白く透明、軟にして味よし。「アハビ」の気味あり。

[やぶちゃん注:この2個体については斧足綱マルスダレガイ目マテガイ科マテガイ Solen strictus とほぼ同定してよいとは思うが、太さと長さの比、及び背腹縁の曲直と曲り具合の大小、殻皮の光沢、斑紋の差異すべてを考察して、例えば大きい右側はアカマテガイ Solen gordonis 等の可能性を考慮する必要はあろう。特に本図の場合、左右の個体で前背縁と腹縁の高さが逆転している(左個体は前背縁が腹縁よりも有意に高い)のは気になるところである。

「偶に二類の尾、あるものあり」とはまさにそもそもが前のアゲマキと混同している事実がはっきりと認識出来る部分と言えよう。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


順「和名抄」、之を謂ふに「蝙※」とす。

[やぶちゃん字注:※=「虫」+「若」。この字自体は「螫」と同義的な字である。一応、「へんじゃく」と読んでおく。]

和名 

洲崎の、三又洲と云ふ処の沙場、水浅き処にあり。二、三尺掘りて、之を得。形、蚯蚓のごとく、横紋なし。腹、膨張して水を含む。一頭に刺ありて、人の手を螫す。八、九月、漁人、掘り、腸沙を去りて、煮て食ふ。味、美なり。鰈魚かれひ、好みて食ふ故、釣る者、此れを用ゐて餌とす。

[やぶちゃん注:この最後の三行の下に当該1個体の生態縦断面図。更に下部に肌色の度合いを微妙に変えた体色の5個体の生体図が載る。これはユムシ Urechis unicinctus である。ユムシについては、先の、ミドリユムシに同定した個体の注を参照されたいが、よりフリーキーな私の叙述をご覧になってもよいという向きには私の「生物學講話 丘淺次郎 第十一章 雌雄の別 五 極端な例 (3) ボネリア/結語」の注をどうぞ、ご覧あれ! そこに掲げた廣川書店平成六(一九九四)年刊の永井彰監訳 Thomas M.Niesen“The MARINE BIOLOGY COLORING BOOK”「カラースケッチ 海洋生物学」の「海産環形動物 ユムシ類」のレジュメと私が彩色した図のみを以下に掲げてユムシの生態を示しておく。

「順」「和名類聚抄」の作者源したごう

「一頭に刺ありて、人手を螫す」但し、ユムシの刺はそれほど堅くなく、刺されても毒もないので御安心あれ。

「鰈魚、好みて食ふ故、釣る者、此れを用ゐて餌とす」現今ではクロダイやマダイの釣りの上品の餌として好んで用いられるようであるが、この叙述はベントス食のカレイにしてすこぶる納得出来るものである。]

泥笋〔「八閩通志」に云はく、『泥笋でいしゆん。其の状、笋のごとくして小さく、泥沙中に生ず。』と。 ウミタケ〕

筑後柳川・久留女くるめの泥海の中に之を産す。泥中五、六寸に、マテのごとき殼の介属有りて、濶大くわつだいにして脆く、砕壊し易し。方言、「底介そこがひ」。其の肉泥より五、六寸も出で、大なる者は尺許りに近し。生にて之を喫するに、味、甚だ美なり。土人、塩蔵して遠きへも寄せ、珍味と為す。名、「海茸」。即ち、海の茸の義なり。其の連なれる殼、乾醋せる者は、予も偶々之を得、珍奇と為したり。因りて写真して同好の君子に示すと云ふのみ。

形、「ミルクヰ」のごとく、介の前後、しっくりと合はせず。一方に、薄き蓋あり。其の上を、又一重、薄き蓋、二重のなるを奇とす。一方は肉の出入りの口なるゆへ、大きに開きたり。「八閩通志」を再び按ずるに、『ていに似るも、ひろし。亦、海錯かいさくの義なる者なり。』と云ふは、此れを指して謂ふならん。

[やぶちゃん注:斧足綱異歯亜綱オオノガイ目ニオガイ超科ニオガイ科ウミタケ Baronea dilatata ( Umitakea ) japonica (図は次頁)。「濶大」廣く大きなさま。ウミタケは褐色をした水管が象の鼻のように異様に発達肥厚しており、殻長の三~四倍の長さにまで達するが、それをかく言った。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。斧足綱異歯亜綱オオノガイ目ニオガイ超科ニオガイ科ウミタケ Baronea dilatata ( Umitakea ) japonica の図3図が配される。]


海笋は、肉、殼外に出ずる事、四、五寸ヨリ、七、八寸に至る。末類の肉、白く、中空にして、恰も竹笋たけのこに似たり。故に名づく。気味、甘平にして無毒。気を益して陽道を壮す。此の物、他州や関東に絶てなき処なり。筑後に限らず、西海には、徃々にして之れ有り。関東の人、腥さ物に非ずと思へる人多し。底介の肉なる事を識らざるもの多し。因りてここに此の介を連ね、図して、好事の人に示のみ。

[やぶちゃん注:以下の記載の下に、左殼外面の図。以下に説明されるように洗浄した死貝を筆写したものと思われ、左右の図に比して貝が白い。

「此の物、他州や関東に絶てなき処なり」ウィキの「ウミタケ」によれば、『主に韓国、日本の有明海、瀬戸内海など、中国の南シナ海、台湾、フィリピンなどの潮間帯より下側や河口沖、干潟の最干潮線より下』の水深五メートル以内の軟泥地に生息するとあるが、『日本では北海道でも発見例がある』ともある。]

「臺湾府志」に、『白蟶はくていと云ふ有り。臺、もとは、蟶、無し。康煕五十九年、始めて海泊の泥塗の中に生ずる有り。形、内地と与じく、蟶に異なる無し、但し殼、薄くして色、白きこと玉のごとく、尤も清甘にして、四、五月の時、之れ有り。』と。

[やぶちゃん注:「康煕五十九年」西暦一七二〇年。これは大陸からの外来侵入種であるとでも言いたげな記載であるが、そもそもがマテガイとウミタケを混同しており、信ずるに足らないという気はする。もともといたがグロテスクで食べなかったものを、大陸から移入してきた人々が見出して食するようになったものかも知れない。外来移入種や人為的移入も考えられないことはないが、可能性は小さい気がする。]

此のもの、介殼、至つて薄く、水に漬かる事、久して后、淨洗すれば、甚だ白くして玉のごとくなる。「湾府」に云へる「白蟶」と名づくるもの、即ち、是れなり。

「正字通」の「蟶」の字下に云はく、『「赤」「生」切音。小蚌せうばうと称ふ。泥海の中に生ず。長さ二、三寸、大いさ、指のごときに似る。「※蜆」。閩人、田を以つて之れをう。之れを蟶田ていでんと謂ふ。其の肉を呼んで蟶腸せいちやうと為す。』

[やぶちゃん字注:「※蜆」※=「虫」+「咸」。音・意味ともに不詳。一応、「クワンケン(カンケン)」と読んでおく。

「正字通」明の張自烈の撰になる字書。後の「康熙字典」編纂の先例となった。

「閩人」「ビンヱツじん」と読んでおく。「閩」が福建省一帯を、「粵」が広東省一帯を指す古い別称。

 以下の解説の下に、一番右のものとは反対に、背縁側から描いた生貝が描かれてある。]

今、筑後は泥海にして沙石なし。田のごとく分堺を作りて、此の物を種うると云ふ。唐山にも蟶田の事あれば符合す。

蟶腸は、即ち、「海タケ」なり。「正字通」に云ふ処は、「マテ」「アゲマキ」の形状を説くに似られども、種田して其の腸をとると云ふを考ふれば、他物に非ずして、此のものなりとすべし。

[やぶちゃん注:「唐山」中国。特に台湾の人々が大陸本土を指すのにこの語を用いた。

 以下は、中央の死貝の最下部に記載されている。]

底介と云ふ。海泥の中に深く埋みてあり。故に此の名あり。殼、薄く脆く、破砕しやすし。前後に窓ありて、しつくりと合す。

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


赤クラゲ 又、「シヤグマクラゲ」と云ふ。腹下の長毛、赤熊しやぐまの毛のごとし。故にの名あり。備前兒島及び勢州鳥羽の海中に産す。薩州方言、「イラ」と云ふものの類いなり。大毒なり。人、手を觸るれば蕁麻イラクサ刺したるごとく腫れ、痛み忍ぶべからず。又、麻木まぼくして疼痛す。赤毛、落ちて鮭菜ザコ及び醤蝦アミの中に雑ぢる事あり。誤り食へば、腹、脹れ、悶亂し、死に至るものあり。怖るべきものなり。乾燥するもの、嗅げば、辛辣胡椒の氣あり、立だちにはなひる事、猪牙皀莢末ちよがそふけふまつに似たり。大毒ありと云ひて、漁人も捨て去るなり。

丹州、按ずるに「本草」毒草部毛莨マウコン附録に所載の「海薑かいきやう」なるもの、是れなり。弘景、鈎吻こうふんに注して云はく、『海薑。海中に生ず。赤色、状、石龍芮のごとし。大毒有り。』と云々。此れ亦、クラゲの形状、恰も石龍芮タガラシの葉に似たり。其れ乾き、粉になりたるもの、辛辣の氣、乾薑のごとし。憶ふに、能く其の状を説き得たりと謂ふべし。しばらく図説を設けて、同好の君子に示すと云へり。

[やぶちゃん注:下に、4本の口腕、12の触手を持つ赤いクラゲ1個体。記載内容は間違いなく刺胞動物門鉢虫綱旗口クラゲ目オキクラゲ科ヤナギクラゲ属アカクラゲ Chrysaora pacifica であるが、図は見るからに、アカクラゲではない。傘の16本の放射状の赤い縞が描かれておらず、傘の縁に独特の切れ込みが入って、全体に強い赤色で彩色されている。この図はむしろオキクラゲ科オキクラゲ属オキクラゲ Pelagia panopyra を描いたものと私は見る。なお、これについては同じく栗本丹州が同じくアカクラゲ(こちらは正真正銘の極めてリアルなアカクラゲ。但し、細部に誤りがある)を描いて記録した「蛸水月烏賊類図巻」の一図についての拙稿『海産生物古記録集■8 「蛸水月烏賊類図巻」に表われたるアカクラゲの記載』がある。併せてお読み戴ければ幸いである。

「赤熊」赭熊とも書く。赤く染めたヤクの尾の毛で、払子ほっすかつらかぶとの飾りなどに用いる。

「嚏る」クシャミをすること。アカクラゲは刺胞の乾燥物の粉砕したものであっても強いアレルギーを引き起こすことから、現在でも別名「ハクションクラゲ」とも呼ぶ。

「猪牙皀莢」マメ目マメ科ジャケツイバラ亜科サイカチ属ホソミサイカチ Gleditsia officinalis の実の莢から製した漢方生薬の名。去痰・覚醒・通便に用いると漢方サイトにあるので、恐らくコショウ同様の刺激性のものと思われる。

「麻木」長時間に亙る外的刺激や疾患等によって一部又は全部の知覚感覚が失われて麻痺する、痺れる、無感覚になるという動詞。

「毛莨」本邦ではこれで「うまのあしがた」と読み、キンポウゲ目キンポウゲ科キンポウゲ属ウマノアシガタ Ranunculus japonicus を指す。ウィキの「ウマノアシガタ」によれば、『和名の由来は根生葉を馬の蹄に見立てたものと言われ』、『キンポウゲ科に多い有毒植物のひとつであり、これを食べた牛が中毒を起こしたことがある。中国では「毛莨」と書き、古くから薬として用いられているが、もちろん素人が扱うのは危険である』とある。また我々が「キンポウゲ」と呼んでいるものは本種の八重咲きの種を指すともある。但し、別の情報では「毛莨」の和訓は「きんぽうげ」とし、さらに厳密にはキンポウゲ目キンポウゲ科キンポウゲ属のキツネノボタン(狐の牡丹) Ranunculus silerifolius を指すとし、キンポウゲ属のウマノアシガタやタガラシ(後掲)と同様のラヌンクリン( ranunculin )という成分を含む有毒植物で誤食すると口腔内や消化器に炎症を起こし、また茎葉の汁が皮膚につくだけでかぶれるとする(ウィキの「キツネノボタン」に拠る)。この論争はフローラ系の方々にお任せ申し上げたい。

「海薑」(「薑」は元来は生姜を指す字)はここに記されたような中国における伝説上の有毒生物で、有名な鴆毒ちんどくを凌駕するとされる。クラゲ毒はイルカンジ Irukandji Carukia barnesi を初めとして殺人的であり、しかも世界最強の毒は同じ刺胞動物であるハワイ産の地味なイワスナギンチャクの一種 palythoa toxica の持つ palytoxin (パリトキシン:青酸カリの五万倍とされる)だから実は荒唐無稽でも何でもないのである。

「弘景注」陶弘景の「本草綱目集注」。
「鉤吻」漢方に於いてはリンドウ目マチン科ゲルセミウム属ヤカツ(冶葛・ゲルセミウム・エレガンス)
Gelsemium elegans の根を水洗いして乾燥させたものをこう呼ぶ。ウィキの「ゲルセミウム・エレガンス」によれば、『世界最強の植物毒を持っていると言われるほどの猛毒植物。有毒成分はゲルセミン、コウミン、ゲルセミシン、ゲルセヴェリン、ゲルセジン、フマンテニリンなどのアルカロイドで、もっとも毒の強い部位は若芽で』、『最もポピュラーな中毒症状は呼吸麻痺であるが、これはゲルセミウム・エレガンスの毒が延髄の呼吸中枢を麻痺させることに起因する。心拍ははじめ緩慢だが、のち速くなる。ほかに、口腔・咽頭の灼熱感、流涎、嘔吐、腹痛、下痢、筋弛緩、呼吸筋周囲の神経麻痺、視力減退、瞳孔散大、呼吸の浅深が不規則になる(これが副次的にアシドーシスを引き起こす場合も)、嗜睡、全身痙攣、後弓反張、運動失調、昏迷などがある』(「アシドーシスは血液の酸性化をいう)。漢方では『喘息治療や解熱、鎮痛などに用いる。しかしあまりに毒性が強いため、本草綱目をはじめ数多の医学書には「内服は厳禁」と記されている』とある。また、正倉院御物の中にも「冶葛」が残されており、冶葛壷に十四斤(約十四キログラム)も『収められていたが、記録によればかなり使われた形跡がある(用途は不明)という』とし、現存するのは三九〇グラムしかなく、しかも一九九六年に千葉大学薬学部の相見則郎教授が依頼を受けて提供された二・八グラムのそれを分析したところ、一二〇〇年以上を経ているにも拘わらず、『ゲルセミン、コウミンなどのゲルセミウムアルカロイドが検出され、冶葛がゲルセミウム・エレガンスであることが証明された。正倉院の「冶葛」は、文献に記録された冶葛としては唯一現存するものである』と記す。恐るべき毒物、恐るべき使用量ではないか!

「石龍芮」これは一応、「セキリヤウダイ」と読んでおく。次の訓「タガラシ」によって、先に掲げた有毒植物キンポウゲ属のタガラシ Ranunculus sceleratus であることが判明する。タガラシはキツネノボタンなどによく似るが、果実が細長くなるのが特徴で、やはりプロトアネモニン( Protoanemonin )という毒をもち、キツネノボタン同様、誤食すると消化器官がただれたり、茎葉の汁に触ると皮膚がかぶれたりする(ウィキの「タガラシ」に拠る)。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


九州の海にあり。「四ツ目クラゲ」、又、「ハンドクラゲ」の類にし、食料にならず。
[やぶちゃん注:口腕を上に向けたクラゲ一個体。口腕が10本描かれているのが気になるが、旗口クラゲ目ミズクラゲ科ミズクラゲ属(タイプ種)ミズクラゲ Aurelia aurita と見てよい。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


ツヅミクラゲ

[やぶちゃん注:この上にクラゲ側面図、下に恐らく傘上部からの図。上の図を見る限り、これはいわゆるヒドロ虫綱剛クラゲ目ツヅミクラゲ科ツヅミクラゲ Aegina rosea ではなく、軟クラゲ目ハナクラゲモドキ科ハナクラゲモドキ Melicertum octocostatum 辺りであろう。下の図は傘の上部からの図を描いたものかと思われる。]

クラゲ別種。「イラ」と云ふものの類にして、毒あり。人、これを取れば、手、針にて刺すがごとく、はれ、いたむ。

[やぶちゃん注:以上の解説は左上部にあり、その下の上部に草色をした、中央に4つの生殖腺が描かれた、傘上部からの図、その下に行灯型をしたクラゲの側面図。一般に西日本では刺胞毒の強いクラゲを総称して「イラ」と呼ぶが、中でも箱虫綱立方クラゲ目アンドンクラゲ科アンドンクラゲ Carybdea rastonii を特にさす場合がある。下の図は、そのアンドンクラゲか、若しくはヒドロ虫綱ヒドロ虫目花クラゲ亜目キタカミクラゲ科 Polyorchis 属キタカミクラゲ Polyorchis karafutoensis 等を候補に出来るか。触手(口腕?)の描き方がかなり杜撰な気がする。上は生殖腺の特徴から言えば、旗口クラゲ目ミズクラゲ科ミズクラゲ属(タイプ種)ミズクラゲ Aurelia aurita であるが、このような色彩の種は少なくとも国産種にはない。

 なお、別写本である国立国会図書館所蔵の三冊本の服部雪斎写本版「千蟲譜」(国立国会図書館デジタルコレクションのこちら)に載る三種の図を是非、示したい。




本底本の右下のものはこの別写本では前の「四ツ目クラゲ(ハンドクラゲ)」の隅に描かれてある(ということはあのやや分かり難い図はそちらの傘の上部からの図である可能性が浮上することに注意されたい)。彩色が実に素晴らしい。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


泥笋〔ウミタケ〕

[やぶちゃん注:斧足綱異歯亜綱オオノガイ目ニオガイ超科ニオガイ科ウミタケ Barnea ( Umitakea ) dilatata japonica の生貝の図であるが、貝の描き方が雑である。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


海蛇 即ち、水母 和名 クラゲ

 「朱氏雑記」に、『なま水母、※1乾と為し、即ち海哲につくる。』と云ふ。「廣東新語」に云はく、『乾ける者、海哲に為る。八月の間、乾かせる者は、肉、厚くして脆く、「八月子」と名づけ、尤も美なり。』とあり。本邦の備前・筑後の海中に多産す。クラゲ・海茸は、其の地の名物なり。此の二州は泥海にて、他州に異なり。東海・江戸に絶えてなし。形は葉覆荷ふくかえふに似たり。水垢の凝結するもののごとし。波に随ひ、潮を逐ひ、海面に浮かぶ。眼・口・手足なし。ただ腹下に物あり。絲絮しじよのごと長く曳く。これに、魚蝦、多く随ふ。此の物、蝦によりて徃來す。水母自づから働く事あたはず。故に「水母の目蝦めえび」と云ふ。「正字通」に、『潮、來つて、群蝦、水母を擁す。若し、竹槎然ちくさぜんとして、潮、退かば、鰕、※2を棄て、※2自づから去ること能はず。人をして剥ぎて食はしむ。潮、來つて、去るに随はば、復た活くる。』と云ふ。其の形容を尽せりと謂ふべし。「廣東新語」に、『腹下に脚有り、紅を紛らはす。名づけて「哲花」と曰ふ。味、淡微、腥にして佳なり。』と云ふ。肥の前後の州、又、之れを産す。備前・筑後の産に次ぐものなり。俗に「唐クラゲ」と称するは、石灰・礬水だうさを用ゐて、其の血汁を洗ひ去つて、色をして白からしむるものを云ふ。若し、石灰の毒を去らざれば、人を害すと云ふ。舶来の「唐クラゲ」あり。これ、「廣東新語」の「海哲」なり。色、黄白にして、薄く、葦のごとくに形、團なり。細く切り、姜醋しようがずを和して食ふ。味、淡く、嚼みて声あり。木耳きくらげのごとし。「唐山乍魚とうざんさくぎよ」「樗蒲魚ちよほぎよ」等の異名あり。「本草」に、已に魚品の中に併入へいにふす。予、按ずるに、是れ、誤りなり。これ、蟲類にして、魚に非ず。今、茲に改めて此の蟲譜の中に收め、其の圖を載するは、沙噀させんを蟲部に入るると同意なり。観る者、之を恕せよ。

[やぶちゃん注:「※1」=「鹵」+「奄」。「※2=「虫」+「宅」。

「朱氏雑記」「しゆしさうき(そしゅしそうき)」と読む本草書らしいが、詳細不詳。識者の御教授を乞う。

「※1乾」読みも意味も不詳。塩漬けにしたものを乾すことか。

「海哲」中華料理のクラゲを現在もかく表記するらしいことが中文サイトで確認出来る。

「廣東新語」明末清初に屈大均が撰した広東・嶺南地方の地誌。

「海茸」前掲のウミタケ Baronea dilatata ( Umitakea ) japonica を指すと考えてよいであろう。

「覆荷葉」ハスの葉のことか。

「絲絮」植物の糸状の細い綿毛のことか。

「竹槎然」竹で出来た筏のようにすうっと沖へと速やかに流れ行く、という謂いか。

「礬水」水に少量のにかわ)と明礬を溶かしたもので、一般には墨や絵の具などが滲むのを防ぐために画紙とする紙や絹などに塗るが、現在でも中華クラゲの製法過程で形を保持するために食塩と明礬と石灰による処理が成される。酸化カルシウム(生石灰)と水酸化カルシウム(消石灰)では服用した場合、前者に有意な人体への悪影響があり、後者でも多量に投与されれば同じではある。

「木耳」キクラゲ目キクラゲ科キクラゲ Auricularia auricula-judae

「沙噀」海鼠。丹州は最後に「恕せよ」(お許し頂きたい)と述べてはいるものの、その実、過去に於いて永く海鼠や水母が虫類ではなく、魚類に分類されてきた事実が余程、腹に据えかねていたことがこれらのくどくどしい言い方からも分かる。

 次帖にかけて巨大なクラゲ一個体の図。記述の中には鉢虫綱根口クラゲ目ビゼンクラゲ科ビゼンクラゲ Rhopilema esculenta も含まれるが、この図は間違いなく同ビゼンクラゲ科エチゼンクラゲ Stomolophus nomurai である。]

《改帖》

 唐山、名づけて曰く、「海蟄かいちつ」。元の時、謝宗の詩、有るべし。

層濤擁抹綴蝦行

水母含秋孕地靈

海氣凍凝紅玉脆

天風寒結紫雲腥

霞衣褪色冰涎滑

璚縷烹香酒力醒

應是楚江萍寔老

誤随潮信落滄溟

[やぶちゃん注:本詩は私の手に負えない。現在、訓読を依頼中。

「謝宗」謝宗可。元代(一三三〇年前後)の詩人で金陵出身。「詠物詩」一巻が残る。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


水クラゲ

此のもの、品川の海にも偶には漂ひ來たる。裏かたに四脚ありて、其の正中に生ず。五、六分、食料にならず。手にて觸るるときは、刺ありて、さすがごとし。暫くありて腫れ痛むるものなり。毒あるものなれば、捨て、とらず。厚さ一寸ほどあり。くずねりのごとく、すきとおるものなり。

[やぶちゃん注:旗口クラゲ目ミズクラゲ科ミズクラゲ属(タイプ種)ミズクラゲ Aurelia aurita である。叙述にある刺胞毒については、感受性に個人差がある。実際に私の知人にはミズクラゲの弱い刺胞毒に強い感受性を示す者がおり、友人が悪戯で背中にミズクラゲを押し付けたところ、激しい炎症を起こしたのを実見したことがある。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


アメ。「ヂイガセ」「カウ」とも云ふ。佐州海岩に附生す。長さ一寸余、紫褐色。背中に節叚せつかありて、蜈蚣ムカデに似たり。四邉に肉裙にくくんのごときものあり。其の色、淡紫。肉は淡紅色、人、之を喰らふ。

昌臧まさよし按ずるに、「本綱」巻十石部石龞の條、時珍曰はく、『海邉に生ず。形状、大小あり。儷にして※蟲のごとし。之れ、謂はく、「石龞」たり。』とは、即ち、是れなり。

[やぶちゃん注:※は「麤」の下の二つの「鹿」を「虫」に換えた字。読みも意味も不明。
「佐州」佐渡国。

「節叚」分節した殻。

「肉裙」襞状になった肉の裳裾。外套膜。

「昌臧」栗本丹州の本名。
「石龞」「本草綱目」を見ると「石鱉」とある。「龞」は「ベツ」でスッポンを言うが、「鱉」もまた同義ではある。「儷」は誤字で「儼」が正しい。これだと、「いかめしくして」となって文脈上、自然である。]

又、「ヂイガゼ」とも呼ぶ。

金剛ムシ

豆州熱海産。石に付きて離れず。殻、至つて硬く、石のごとし。

紀州方言、「ハツテウグハ」と云ふ。海邉の人、煮て、其の肉を食ふ。「日東魚譜」に梅雍が字彙に、『※1。状、鰕に似、足無し。長さ寸、大いさ、叉股のごとし。遼東に出づ。』と云ふを以つて、此のものに充てるは穏當ならず。石上に附生す。因りて、これを「石節(イシブシ)」と云ふ。節に横紋あり。※2虫に似たり。煮れば、其の甲、はなればなれになるものなり。

[やぶちゃん注:本帖には大小合わせて五個体の多板綱新ヒザラガイ目クサズリガイ科のヒザラガイが描かれている。内、一個体(中央下の最も右方にある一個体)は剥がして裏返した図である。取り敢えずは上から、

ヒメケハダヒザラガイ    Acanthopleura achates

ヤスリヒザラガイ      Lepidozona corenica

同ヤスリヒザラガイの裏返した図

その左の最大種はヒザラガイ Acanthopleura japonica

一番下の最小種はババガゼ  Placiphorella stimpsoni

に同定しておく。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


「綱目」雲師雨虎に云はく、『形、蚕のごとし。長さ六寸、兎に似る。「雨虎」は蛹に似る。長さ七、八寸。蛭にも似、雨ふらんとるの時、出でて石上に在り。肉、甘。熟して之れを食すに可なり。』と。

 和名「アメフラシ」〔尾州方言〕

微々わづかに此のものに觸るる時、忽かに紫汁を出だすものなり。水戸の濵にてき取る處なり。

 雨虎

  「赤ベカ」。  佐州「ウミウシ」。

  「サウモ」。  防州、一名「ベイコ」。

  「海ウサギ」。 筑紫、亦、「ウシウジ」。

[やぶちゃん注:腹足綱異鰓上目後鰓目無楯亜目アメフラシ科アメフラシ Aplysia kurodai である。最後の「ウシウジ」は、別写本から「ウミウシ」の誤記とも取れるが、「牛蛆」もしくは「海蛆」という名称も、充分、在り得ると考えるので、そのままとした。

 『「綱目」雲師雨虎』「本草綱目」の「蟲之一」の「石蠶」(後に出るトビケラ類)の項の「附録」に、

雲師、雨虎

時珍曰、按「遁甲開山圖」云、『霍山有雲師、雨虎。榮氏注云、「雲師如蠶、長六寸、有毛似兔。雨虎如蠶、長七、八寸、似蛭。雲雨則出在石上。肉甘、可炙食之。此亦石蠶之類也。

とあるものを引いている。

 なお、別写本である国立国会図書館所蔵の三冊本の服部雪斎写本版「千蟲譜」(国立国会図書館デジタルコレクションのこちら)に載る図を見られたい。




アメフラシの外套膜が驚くべき細描によって再現されていることが分かる。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


石蠹 奇品。徃年、渋江長伯、命を奉じて豆州に採藥し、歸府せるとき、携へ來たる者。

豆州八代郡右左口うばぐち、山溪に鶴瀬橋有り。橋の右、巨勢金岡墨画こせのかなおかすみえ地藏尊の字を榜記せる有り。流れに沿ひてさかのぼること數十歩、只だ見るは赤壁のみにして尊像は見えず。導く者、水をつて石面に濯ぐ。須臾しゆゆにして、慈像、宛然として現はる。重霧を隔つがごとし。同行の皆、嘆ず。幻化の奇なり。其の水中、物有り、黒くして蠕々ぜんぜんたる者なり。或ひはおもふふ、螺螄らしの小さき者か。戲れに取りて之を視れば、則ち、石なり。其の形、はうにして許りに満もたず、長さ半寸を過ぎ、上は豊かにして下はぐ。然して未だ蠕動せる所以を知らず。二、三十箇を取り、袖にして旅亭に至り、偶々出だして之れを見るに、前に石と以為おもへらく、又、※跙して行く。衆、再び其の奇なるにおどろく。之れを細見するに、則ち、頭、有り、足、有り。其の頭足、黒光りして体は白し。状、麥虫に似、赤化せる小さき蛾のやうなる者たり。再び之れを審らかにせば、其れ、方にして石のごときは、石屑を綴りて以つて殻と為すなり。是れ、石蠹せきとの一種にして尤も奇なる者なり。

[やぶちゃん注:「※」=(あしへん)+「諮」-「言」。音・意味ともに不詳。
 本種は海産生物ではないが、本九巻では、この一種のみであるので一緒に翻刻した。これはケーシングをするトビケラ(毛翅)目の幼虫である。

「渋江長伯」既注。

「豆州右左口」旧山梨県東八代郡右左口村うばぐちむら。現在の甲府市南部の国道三五八号線沿線附近。但し、伊豆国は誤りで甲斐国である。

「鶴瀬」甲州街道の宿駅。現在の山梨県甲州市内。

「巨勢金岡墨画地藏尊」平安時代、大和絵の完成者とされる名画工巨勢金岡がこの地を通り、岩に地蔵尊を描いたとされ、江戸期には線が細くなって普段は見えなかったが、水を注ぎかけると地蔵尊像浮かび上がったという(但し、明治四〇(一九〇七)年の洪水で流失して現存しない)。

「宛然」まさにそれ自身と思われるさま。

「蠕々」虫の蠢くさま。

「螺螄」両字ともに巻貝の意。

「分」一分は三・〇三ミリメートル。

「※跙」「※」=(あしへん)+「諮」-「言」。取り敢えず「シソ」と読んでおく。這うようにして歩く意か。

「麥虫」チョウ目メイガ科 Pyralidae に属する幼虫、芯喰い虫の類いを指すか。

「石蠹」「蠹」は木喰い虫を指すから、石を喰らう虫の意か。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第9冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]


寄居蟲ガウナ〔和名「ヤドカリ」「カミナ」〔「和名抄」〕〕

  一名、「借屋」〔「廣東新語」〕  「寄生蝦」〔「閩書」〕

  此の圖「伊吉利志イギリス本草」に出づる。

「ノルライン」〔蘭名〕

「ヘスベルチリヨ」〔蘭名〕

[やぶちゃん注:本図は記載の通り、国産種ではない。ただ、3個体の内、右下の一つのみが甲殻亜門軟甲(エビ)綱十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目異尾(ヤドカリ)下目ヤドカリ上科 Paguroidea に属するいわゆるヤドカリ(スケールも分からず、これでは種同定は困難)の図であるが、他の「ノルライン」及び「ヘスベルチリヨ」と呼称(これらの語を調べ得なかった。正確な綴りや意味のお分かりになられる方は是非御教授を乞う)している二種は、一見、ヤドカリに全く見えない。原図を持たないのではっきりとしたことは言えないが、これはイソギンチャク類若しくはヒドロ虫類を共生又は付着させたヤドカリの図かとも思われ、もう少し考察してみたいとは思っている。

 以上を以って「栗氏千蟲譜」巻九は終了している。]