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富永太郎詩集

やぶちゃん注:入力には昭和二(1927)年刊家蔵版「富永太郎詩集」(日本近代文学館復刻)を用い、1975年思潮社刊「富永太郎詩集」(底本:1971年中央公論社刊「定本富永太郎詩集」)を注の異同等に使用した。但し、家蔵版に顕著な、繰り返し記号「ゝ」の不使用及び「………」の多用については、煩瑣を避け、省略した。

 

 

常に暗きものに侵されつつ

「界(さかひうち)」を歩む。

 

 

 

やぶちゃん注:この間に目次があるが、省略した。

 

 

 

第一部

 

 

 

橋の上の自畫像

 

今宵私のパイプは橋の上で

凶暴に煙を上昇させる。

 

今宵あれらの水びたしの荷足(にたり)は

すべて昇天しなければならぬ、 

頬被りした船頭たちを載せて。

 

電車らは花車(だし)の亡霊のやうに

音もなく夜(よる)の中に擴散し遂げる

 

(靴穿きで木橋(もくきやう)を蹈む淋しさ!)

 

私は明滅する「仁丹」の廣告塔を憎む。

またすべての詞華集(アントロジー)とカルピスソーダ水とを嫌ふ。

 

哀れな欲望過多症患者が

人類撲滅の大志を抱いて

最後を遂げるに間近い夜(よる)だ。

 

蛾よ、蛾よ、

ガードの鐵柱にとまつて、震へて

夥しく産卵して死ぬべし、死ぬべし。

咲き出でた交番の赤ランプは

おまへの看護(みとり)には過ぎたるものだ。

 

やぶちゃん注:「木橋」のルビは正しくは(もくけう)。

 

 

 

秋の悲歎

 

 私は透明な秋の薄暮の中に墜ちる。戦慄は去つた。道路のあらゆる直線が甦る。あれらのこんもりとした貪婪な樹々さへも闇を招いてはゐない。
 私はただ微かに煙を擧げる私のパイプによつてのみ生きる。あのほつそりした白陶土製のかの女の頸に、私は千の靜かな接吻をも惜しみはしない。今はあの銅(あかがね)色の空を蓋ふ公孫樹の葉の、光澤のない非道な存在をも赦さう。オールドローズのおかつぱさんは埃も立てずに土塀に沿つて行くのだが、もうそんな後姿も要りはしない。風よ、街上に光るあの白痰を掻き亂してくれるな。
 私は炊煙の立ち騰る都會を夢みはしない――土瀝青(チヤン)色の疲れた空に炊煙の立ち騰る都會などを。今年はみんな松茸を食つたかしら、私は知らない。多分柿ぐらゐは食へたのだらうか、それも知らない。黒猫と共に坐る殘虐が常に私の習ひであつた………
 夕暮、私は立ち去つたかの女の殘像と友である。天の方に立ち騰るかの女の胸の襞(ひだ)を、夢のやうに萎れたかの女の肩の襞を私は昔のやうにいとほしむ。だが、かの女の髪の中に挾し入つた私の指は、昔私の心の支へであつた、あの全能の暗黒の粘状體に觸れることがない。私たちは煙になつてしまつたのだらうか? 私はあまりに硬い、あまりに透明な秋の空氣を憎まうか?
 繁みの中に坐らう。枝々の鋭角の黒みから生れ出る、かの「虚無」の性相(フイジオグノミー)をさへ點檢しないで濟む怖ろしい怠惰が、今私には許されてある。今は降り行くべき時だ――金屬や蜘蛛の巣や瞳孔の榮える、あらゆる悲慘の市(いち)にまで。私には舵は要らない。街燈に薄光るあの枯芝生の堅い斜面に身を委せよう。それといつも變らぬ角度を保つ、錫箔のやうな池の水面を愛しよう………私は私自身を救助しよう。

 

 

 

   鳥獸剥製所

           一報告書

 

 私はその建物を、壓しつけるやうな午後の雪空の下にしか見たことがない。また、私がそれに近づくのは、あらゆる追憶が、それの齎す嫌惡を以て、私の肉體を飽和してしまつたときに限つてゐた。私は褐色の唾液を滿載して自分の部屋を見棄てる、どこへ行くのかも知らずに………

 

 煤けた板壁に、痴呆のやうな口を開いた硝子窓。空のどこから落ちてくるのか知ることの出來ぬ光が、安硝子の雲形の歪(ゆが)みの上にたゆたひ、半ばは窓の内側に滲(にじ)み入る。人間の脚の載つてゐない、露き出しの床板。古びた樫の木の大卓子。動物の體腔から抽き出された、輕石のやうな古綿。うち慄ふ薄暮の歌を歌ふ桔梗色の藥品瓶。ピンセツトは、ときをり、片隅から、疲れた鈍重な眼(まなこ)を光らせる。

 

 私はその部屋の中で蛇を見た。鷺と、猿と、鳩とを見た。それから日本の動物分布圖に載つてゐる、さまざまの兩生類と、爬蟲類と、鳥類と、哺乳類とを見た。

 

 彼らはみんな剥製されてゐた。

 

 去勢された惡意に、鈍く輝く硝子の眼球。虹彩の表面に塗つてあるのは、褐色の彩料である――無感覺によつて人を噛む傷心の酵母。これら、動物の物狂ほしい固定表情、怨恨に滿ちた無能の表白。白い塵は、ベスビオの灰のやうに、毛皮の上に、羽毛の上に、鱗の上に積もつてゐた。

 私は、この建物に近づかうか、近づくまいかといふ逡巡に、私自身の手で賽を投げなかつたことを心から悔いた。が、すべては遲かつた。怖ろしい牽引であつた。私を牽くのは、過ぎ去つた動物らの靈だと知つた。牽かれるのは、過ぎ去つた私の靈だと知つた。私はあらゆる世紀の堆積が私に教へた感情を憎惡した。が、すべては遲かつた。

 

 私は動物らの靈と共にする薔薇色の墮獄を知つてゐた。私は未來を恐怖した。

 

 さはれ去年の雪いづくにありや、

  さはれ去年の雪いづくにありや、

   さはれ去年の雪いづくにありや、

    ……………………………………意味のない疊句(リフレイン)が、ひるがへり、卷きかへつた。美しい花々が、光のない空間を横ぎつて沒落した。そして、下に、遙か下に、褪紅色の日が地平の上にさし上つた。私の肉體は、この二重の方向の交錯の中に、ぎしぎしと軋んだ。このとき、私は不幸であつた、限りなく不幸であつた。

 

 一つの闇が來た。それから、一つの明るみが來た。動物らは、潤つたおのおのの涙腺を持つて再生した。かれらは近寄つて來た。歩み、這ひ、飛び、跳り、卷き付き、呻き、叫び、歌つた。すべての動物が、かれらの野性的の書割(デコール)を携へて復活した。出血する叢や、黄金の草いきれが、かれらの皮膚を浸(ひた)した。これは、すさまじい傳説的性格の饗宴であつた。私はわれからとそれに參加した。そして舊約人のやうにかれらを熱愛した。平生から私に近しかつた蛇が、やはり一ばん私に親密であつた。かれは、その角膜の上に、瑪瑙の嬌飾に滿ちた惡意を含めて、近々と私の眼をさし覗いた。鷲は……ああ、長々しい、諸君が動物園に行かれんことを! とにかく、私は慰められてゐた……… 

 

 このとき、私は、下の方に、浚渫船の機關の騷音のやうな、また、幾分、夏の午後の遠雷に似た響を聞いた――私のために涙を流した女らの追憶が、私の魂の最低音部を亂打した。私は、私が、鮮かな、または、朧ろな光と影との沸騰の中を潛つて、私の歳月を航海して來た間、つねに、かの女らが私の燈臺であつたことを思ひ出した。私は、かの女らが、或るものは濃緑色の霧に腦漿のあひまあひまを冐されて死んでしまつたり、或るものは手術臺から手術臺へと移つた後に、爆竹が夜の虹のやうに榮える都會の中で、青い靜脈の見える腕を嬌飾に滿ちた惡意を含めて、近々と私の鋪石の上に延ばして斃死したり、または、かの女らが一人一人發見した、暗い、跡づけがたい道を通つて、大都會や小都會の波の中へ沒してしまつたことを思ひ出した。殊に、私が弱くされた肉體を曳いて、この世界の縁邊を歩んでいるやうに感じ出してこのかた、かの女らは、私の載つてゐるのとはちがつた平面の上に在つて(それが私の上にあるのか、下にあるのか、私は知ることが出來ない)、つねにその不動の眼(まなこ)を私の方へ送つてゐたことを思ひ出した。私は退屈な夜々に、かの女らの一生を、更に涙多きものとするために、私のために流された涙の、一滴一滴を思つて泣いた。が、かの女らの涙は冷く、美しく、剥製された動物らのそれと、その無感覺を全く等しくしてゐた。私は心臟が搾木(しめぎ)にかけられたやうに感じた。

 

 私は努力して、私が、日本の首府の暗い郊外にある、或るうらぶれた鳥獸剥製所の一室にあることを思ひ返した。私は、このみすぼらしさの中に、魔法の解除を求めようとした。(私は動物らの饗宴から逃れれば、これらの眼から逃れられるものと信じてゐた。)私は、あの窓を、床を、卓子を、古綿を、ピンセツトを、ありのままのみすぼらしさに於て見た。が、なんといふすばらしい變位(トランスポジシヨン)だらう!これらの物象は、そのみすぼらしさのまま、動物らの喚び出した燦燦とした書割(デコール)の中に溶け込んでゐた。さうして、その輝かしさの一合唱部を歌つた。さうだ、あれらのみじめな物體は、もうそれ自身輝かしかつたのだ。私は、その輝かしさに堪へないやうに感じた。

 

 動物らに至つては、もう私は何ともすることが出來なかつた。かれらは、蜜蜂の唸りのやうな饗宴の度を高めて、私のまはりに蝟集した。私は、彼らが剥製されてゐるのでなく、天然の背景の中で、生きた眼を持つて活動してゐるのだつたら、こんなことにはならなかつたらうと考へた。私は剥製術といふ惡徳を呪つて身を悶えた。が、何も變らなかつた。私はもうすべてを變改しがたいものと諦めた。そして、自分の身を、この音と光と熱との過度の狂亂の中に投げ出した。

 

 私は、先刻からの追憶が、みんな、この動物らの燥宴の中で見續けられて來たことをもう一度考へた……ああ、ここにもまた、そこにも、熱の無い炎のやうなかの女らの眼(まなこ)。時間によつて剥製され、神祕な香料によつて保存されたかの女らの眼(まなこ)。私は、このとき、これらの眼が、あの動物らの靈とちがつた世界から出て來たものでないことを悟つた。そして動物らの靈と同じく、その苦痛に滿ちた魅惑(まどはし)の力を永久に私の上から去らないであらうと悟つた。

 

 かう考へたとき、私は腹立たしく、狂暴になつて、かの女らの眼に一つ一つ唾を吐きかけた。さうして、新しく泣いた。なにもかも消えた――或は、闇が來たのだつたかも知れない。燥宴はすべての光と熱と音とを失つた。が、あれらのすさまじい搖蕩の一々は、空氣分子の動搖として、私の皮膚に、そのありのままなる消息を傳へた。私は、温泉場の浴場の周圍を流れるやうな、生暖い、硫黄の臭氣を持つた液體が、この私の居る建物の周圍を流れるやうに感じた。また、それは、私の皮膚のまはりを流れてゐるやうでもあつた。私はそれを辨別しようと努力したがどうしてもわからなかつた。私は黒い眩暈の中に、更に一つの薔薇色の眩暈を認めた……… 

 

 ……流氷よ、おんみの悲哀は祝福されてあれ! 倦怠に惱む夕陽の中を散りゆくもみぢ葉よ、おんみの熱を病む諦念は祝福されてあれ! あらゆる古日本の詞華集よ、おんみの上に、明(あかり)障子に圍はれたる平和あれ!……新らしい眩暈に屈服するためにか、或は、さうでなくてか、私はこの時宜に適はぬ訣別の辭を、何とも知れぬものの上に投げかけた。動物らの魅惑(まどはし)は、また下の方から上がつて來るであらう。炎上する花よ、灼鐵の草よ、毛皮よ、鱗よ、羽毛よ、音よ、祭日よ、物々の焦げる臭ひよ。

 さはれ去年(こぞ)の雪いづくにありや、

  さはれ去年の雪……いづくに……

   さはれ去年の……Hanniihanniihanniiiiii………

   bidn! bidn! bidn!

 

 私は手を擧げて眼の前で搖り動かした。そして、生きることと、黄色寢椅子(デイヴアン)の上に休息することが一致してゐるどこか別の邦へ行つて住まうと決心した。       

 

やぶちゃん注:原本では、後ろから六連目(冒頭「私は努力して……」)の二行目「みすぼらしさ」に傍点「丶」があるが、ここでは下線とした。

 

 

 

  四行詩   富永太郎

 

琺瑯の野外の空に 明けの鳥一つ

阿爾加里性水溶液にて この身を洗へ

蟷螂は眼(まなこ)光らせ 露しげき叢を出づ

わが手は 緑玉製 ISIS(イジス) の御(み)膝の上に

 

 

 

 四行詩

 

青鈍(あをにび)たおまへの聲の森に

銅(あかがね)を浴びたこの額を沈めたい

柔く柔く 毛細管よりも貞順に

オーボアよ胸を踏め睫毛に縋れ

 

やぶちゃん注:オーボア=HautboisOboe

 

 

 

頌歌

 

鋼(はがね)の波に

  アベラール沈み

船の艫(とも)に

  エロイーズ浮む

骸炭は澪(みを)に乗り

直立する彼岸花を捧げて走り

『死』は半ば脣(くち)を開いて 水を戀ひ

また 燠(おき)を靈床(たまどこ)とする

すべては 緑礬のみづ底に息をつく

象牙球(だま)の腹部の内側(うちら)に

 

 

 

恥の歌

 

Honte(オント)! Honte(オント)!

眼玉の 蜻蛉(とんぼ)

わが身を 攫(さら)へ

わが身を 啖(くら)へ

 

Honte(オント)! Honte(オント)!

燃え立つ 焜爐(こんろ)

わが身を 焦がせ

わが身を 鎔かせ

 

Honte(オント)! Honte(オント)!

干割(ひわ)れた 咽喉(のんど)

わが身を 涸らせ

わが身を 曝らせ

 

Honte(オント)! Honte(オント)!

おまへは

 

 泥だ!

 

やぶちゃん注:思潮社版では最終行の前の一行空きはない。

 

 

 

無題  京都

 富倉次郎に

 

おまへの齒は よく切れるさうな

 

山々の皮膚が あんなに赤く

夕陽(ゆうひ)で爛らされた鐃鉢(ねうばち)を

焦々(いらいら)して 摺り合せてゐる

おまへはもう 暗い部屋へ歸つておくれ

 

おまへの顎が 薄明(うすあかり)を食べてゐる橋の下で

友禪染を晒(さら)すのだとかいふ黝(くろ)い水が

産卵を終へた蜉蝣(かげろう)の羽を滲(にじ)ませる

おまへはもう 暗い部屋へ歸つておくれ

 

色褪せた造りものの おまへの四肢(てあし)の花々で

貧血の柳らを飾つてやることはない

コンクリートの護岸堤は 思ひのままに白(しら)けさせやう

おまへはもう 暗い部屋へ歸つておくれ

 

ああ おまへの齒は よく切れるさうな

 

 

 

焦燥

 

母親は煎藥を煎じに行つた

枯れた葦の葉が短かいので。

ひかりが掛布の皺を打つたとき

寢臺はあまりに金の唸きであつた

寢臺は

いきれたつ犬の巣箱の罪をのり超え

大空の堅い眼の下に

幅びろの青葉をあつめ

棄てられた藁の熱を吸ひ

たちのぼる巷の中に

青ぐろい額の上に

むらがる蠅のうなりの中に

寢臺はのど渇き

求めたのに求めたのに

枯れた葦の葉が短かいので

母親は煎藥を煎じに行つた。

 

 

 

斷片 

 

 私には群衆が絶對に必要であつた。徐々に來る私の肉體の破壊を賭けても、必要以上の群衆を喚び起すことが必要であつた。さういふ日々の禁厭が私の上に立てる音は不吉であつた。
 私は幾日も悲しい夢を見つづけながら街を歩いた。濃い群衆は常に私の頭の上で蠢めいてゐた。時々、飾窓の中にある駝鳥の羽根附のボンネツトや、洋服屋の店先にせり出してゐる、髪の毛や睫毛を植ゑられた蝋人形や、人間の手で造られてはならないほど滑らかに磨かれた象牙細工や、紅く彩られた巨大な豚の丸焼きなどが無作法に私を呼び覺ました。私は目醒め、それから、また無抵抗に濃緑色の夢の中に墜ちて行つた。

 

 *

 

 私は夢の中で或る失格をした。――-私は人生の中に劇を見る熱情を急激に失つた。從つてさういふ能力をも。――居職人らしい繊細な手をした若い男が、華車に組み合はされた膝の上に立てた胡弓を彈いてゐるのが硝子戸越しに見える。傍に坐つて、こまつちやくれた顔をして竹の鼓で合の手を入れてゐる病弱らしい男の兒は、私がこの店の前を通る一瞬前に美しい川獺を母親として生れた。そして私がここを通り過ぎるや否や、二人とも昇天する。――あそこの乾物店の店先で、大聲に喚きながら麻雀(マオヂヤン)を闘はせてゐる中年の太つた夫婦は、もうぢき油臭い二つのからだを並べて眠るだらう、だが、南京鼠の巣のやうなかあいらしいビスケツトの箱の中で。これは私に嫌惡を齎すことが出來ない。その代り、かなりの不安を以て私を滿たした。私は「現在」の位置する點を見失つてしまつた。世界はかなり輕く私の足許から飛び去り易くなつてゐた。私は、長い夢の中で悲しくそれを意識した。
 私はただもの倦い歩行の方向を變へた。そして、燃えるエデンのやうに超自然的な觀喜を夢みながら、悲しんで歩んだ。

 

 *

 

夜、私は、古着の競賣場、茶館、最も雜踏の街衢、または居酒屋にあつて、未知の鼻音の狂熱的な蒐集者であつた。不潔な燈火の下を飛び交ふこれらの新奇な鼻音と、交流する世界の諸潮流の海鳴りとが、私の頭蓋中で互の協和音を發見し合ひ、響かせ合つた。――私は誇りを以て沈默した。そして、花のやうに衰弱を受けた。
 夜、最も忌はしい酒亭が辛うじて私を固定させた。最も卑しい欲望らの浮動するさまざまの顏面の線の上に、やつと引掛つて支へられてゐる私自身を見出すことがしばしばであつた。私は、額の皺や鼻の小皺の上を、血に足をとられて這ひまはる一匹の蠅であつた。(何と充分に、君たちの顏は腐つてゐたことか!)――ああ、さまざまの日に、指先によつて加へられた柔(やさ)しさよ! 火よ! 失はれた畜群の夢よ!

 

 *

 

 又、――衰弱の一形式。
厭はしい、涯の無い灰色の鋪石の上に並んで叫ぶかたゐの群が、眼を持たぬ蠕蟲の黒い眠りのやうに、無限の羨望を以て私を牽いた。しかし、私の眼は、缺け朽ちた小兒の二の腕に、陽に光る新鮮な産毛(うぶげ)を發見するに終つた。投げ出された膝がしらの切り口は、ヸオレツト色の花傘を開いて私の上昇を祝福した。――船具を忘れ、海鳥を忘れ、純白のハンケチの雲を忘れ、私は黒い空氣の中で、不潔な老婆らと睫毛の周圍を舞踏した。私は笑ひ聲のやうに歸り途を見失つた。太陽はいつものやうに苦(にが)くあつた……

 

やぶちゃん注:パート間のアステリスクは、原本では、一行内の正三角形配置。

 

 

 

  遺産分配書

 

 わが女王へ。決して穢れなかつた私の魂よりも、

更に清淨な私の兩眼の眞珠を。おんみの不思議な

夜宴の觴に投げ入れられようために。 

 

 善意ある港の朝の微風へ。昨夜の酒に濡れた柔

かい私の髮を。――蝋燭を消せば、海の旗、陸の

旗。人間は惱まないやうに造られてある。

 

 わが友M * * * へ。君がしばしば快く客となつ

てくれた私のSabbatの洞穴の記念に、一本の蜥蜴

の脚を、すなはち蠢めく私の小指を。――君の安

らかならんことを。今日もまた、陽は倦怠の頂點

を燃やす。

 

 シエヘラザートへ。鳥肌よりもみじめな一夜分

の私の歴史を。

 

 S港の足蹇へ。私の兩脚を。君の兩腕を斷つて、

肩からこれを生やしたまへ。私の血は想像し得ら

れる限り不純だから、もしそれが新月の夜ならば、

君は壁を攀ぢて天に昇ることが出來る。

 

 * * * 孃へ。私の悲しみを。

 

 賣笑婦T * * * へ。おまへがどれほど笑ひを愛

する被造物であるかを確かめるために、兩乳房の

間に蠍のやうな接吻を。

 

 巖頭に立つて黄銅のホルンを吹く者へ。私の夢

を。――紫の雨、螢光する泥の大陸。――ヸオロ

ンは夜鳥の夢に花を咲かす。

 

 母上へ。私の骸は、やつぱりあなたの豚小屋へ

返す。幼年時を被ふかずかずの抱擁の、沁み入る

やうな記憶と共に。

 

 泡立つ春へ。pang !  pang !

 

やぶちゃん注1:原本では第三連目四行目「陽(ひ)」、第五連目一行目「足蹇(あしなへ)」、第七連目二行目「乳房(ちち)」、第九連目二行目「抱擁(だきしめ)」のルビがあるが、スタイルを維持するため、敢えて省略した。但し、それでもフォントの関係上、行末が不揃いとなっているが、実際にはこの詩は、最下部がそれぞれの連末を除き、綺麗に揃っている。

やぶちゃん注2:思潮社版では、後ろから3連目の「ヸオロン」が「ギオロン」の表記。

 

 

 

 

第二部

 

 

  手

 

おまへの手はもの悲しい、

酒びたしのテーブルの上に。

おまへの手は息づいてゐる、

たつた一つ、私の前に。

おまへの手を風がわたる、 

枝の青虫を吹くやうに。

 

私は疲れた、靴は破れた。

 

やぶちゃん注:思潮社版では一行目「もの悲しい」の後に読点なし。

 

 

  横臥合掌

 

病みさらぼへたこの肉身を

濕りたるわくら葉に横たへよう

 

わがまはりにはすくすくと 

節の間(ま)長き竹が生え

冬の夜の黒い疾い風ゆゑに

莖は戛々の音を立てる

 

節の間長き竹の莖は

我が頭上に黒々と天蓋を捧げ

網目なすそのひと葉ひと葉は

夜半の白い霜を帶び

いとも鋭い葉先をさし延べ

わが力ない心臟の方(かた)をゆびさす

                      (未定稿)

 

やぶちゃん注:思潮社版には末尾の「(未定稿)」なし。

 

 

 

原始林の縁邊に於ける探險者

――Une de

 

     Ⅰ

 

陽(ひ)の眼(め)を知らぬ原始林の

幾日幾夜の旅の間

わたくし 熟練な未知境の探險者は

たゞふかぶかと頭上に生ひ伏した濶葉の

思ひつめた吐息を聽いたのみだ。

ただ蹠(あなうら)に踏む濕潤な苔類の

ひたむきな情慾を感じたのみだ。

 

     Ⅱ

 

まことに原始林は

光なき黄金の水蒸氣に氾濫し

夏の日の大いなる堆肥の内部さながらに

エネルギーの無言の大饗宴であつた。

ああ嘗て私の狂愚と慚羞とを照した太陽は

この探險の最初の日

さりげなく だが 赤々とその身を萎み

私をこの植物の大穹窿の中へと解き放つた。

その日から私に與へられたのは

獸類の眠りのやうな漆黒の忘卻であつた………

それを思へば

今もなほ あゝ 喜びに身が慄ふ!

 

     Ⅲ

 

毛並さはやかな仔豹のやうに しづしづと

また輕捷に

私は怪奇な木賊族の夢を貪婪に掻き分けた――

何ものの惡意も知らず 怖れもなくて

強靱な植物らの絶え間なく發汗する

強酒のやうな露を身に浴び

誇りかに たゞ誇りかに

鼻孔をひらき かぐろいエーテルを分けて進み行くわが身は

心樂しく闇と海とに裂傷をつくる

春の夜の無心の帆船であつた。

 

だが ときをりは

嘗て見た何かの外套(マントオ)のやうな

巨大な濶葉の披針形が

月光のやうに私の心臟に射し入つてゐたこともあつたが………

 

     Ⅳ

 

恥らひを知らぬ日(にち)々の燥宴のさなかに

ある日(呪はれた日)

私の暴戻な肉體は

大森林の暗黒の赤道を航過した!

盲ひたる 醉ひしれたる一塊の肉 私の存在は

何ごともなかつたもののやうに

やはり得々と 彈力に滿ちて

さまざまの樹幹の膚の畏怖の中を

輕々と摺り拔けて進んでは行つたが、

しかし

喩へば肉身を喰む白浪の咆吼を

砂丘のかなたに豫感する旅人のやうに

心はひそやかな傷感に衝き入られ

何のためとも知らぬ身支度に

おのが外殼の硬度を驗めす日もあつたのだ!

 

     Ⅴ

                     (未完)

 

やぶちゃん注:Ⅲの三行目「貪婪」の「婪」の字体は、上部の林の間に奇妙な字形が入り込んでいる。「広漢和辞典」を調べたが、該当する字はなく、暫く「婪」の植字の不具合と判断しておく。

 

 

 

癲狂院外景

 

夕暮の癲狂院は寂寞(ひつそり)として

苔ばんだ石塀を圍らしてゐます。

中には誰も生きてはゐないのかもしれません。

 

看護人の白服が一つ

暗い玄關に吸ひ込まれました。

むかふの丘の櫟林の上に

赤い月が義理で上(のぼ)りました

(ごくありきたりの仕掛です)。

 

青い肩掛のお孃さんが一人

坂を上(あが)つて來ます。

ほの白いあごを襟にうづめて

唇の片端(かたはし)が思ひ出し笑ひに捩(よ)ぢれてゐます。

 

――お孃さん、行きずりのかたではありますが、

石女(うまずめ)らしいあなたの眦(まなじり)を

崇めさせてはいただけませんか。

誇らしい石の臺座からよほど以前にずり落ちた

わたしの魂が跪いてさう申します。

 

――さて、坂を下りてどこへ行かうか………

やつぱり酒場か。

これも、何不足ないわたしの魂の申したことです。

 

やぶちゃん注:思潮社版では二連目の「暗い玄關に吸ひ込まれました。」の後が一行空き。

 

 

 

熱情的なフーガ

 

七月の日光の

多彩なるアラベスク。

 

七月の日光の

覆(くつがへ)された坩堝。

 

白晝の星より

女人(によにん)の肉(しゝむら)は墜つ。

 

このロココ宮殿の

脚を斷て。

 

赫(あか)き肉(しゝむら)は

宙宇に倒(さかしま)なり。

 

大理石(なめいし)の噴泉の

脣を噛め。

 

多彩なるアラベスク。

覆された坩堝。

 

立ちならぶ電柱は

火を發す。

 

やぶちゃん注:思潮社版では第7連2行目「坩堝」の後に句点はない。

 

 

 

  COLLOQUE MOQUEUR

 

    Depuis que Maria m'a quitté

pour aller dans une autre étoile

――Mallarmé

 

立ち去つた私のマリアの記念にと

友と二人のアプサントを飲んだ歸るさ

星空の下をよろめいて、

互いの肩をつかまりあつた。

 

――もうあの女(ひと)に會へないと決まつたときは

泣いたせゐで、俺は結膜炎に罹つたつけ。

 

――さうさう、すると、眼を泣き潰(つぶ)したといふ昔話も

まんざら嘘ぢやないかもしれない。

 

さるいかめしい黒塀の角を曲がつたとき

球をつくキユーの花やいだ響きに

見上げる眼にふと入つた

薔薇色の天井に張りわたした蜘蛛手の萬國旗………

 

 

 

即興

 

古池の上に

ぬっと突き出たマドロスパイプ。

下ではあめんぼが

番つたまますつと走る。

しやがんだ散策者の吐き出す煙(けむ)が

池の中で夕焼雲に追ひすがる。

 

 

 

俯瞰景

 

 溝(どぶ)ぷちの水たまりをへらへらと泳ぐ高貴な魂がある。かれの上、梅雨晴れの輝かしい街衢の高みを過ぎゆくものは、脂粉の顔、誇りかな香りを放つ髪、新鮮な麥藁帽子、氣輕に光るネクタイピン………。この魂にとつて、一日も眺めるのを欠くべからざる物らの世界である。さて、かれは、これらの物象の漸層の最下底に身を落としてゐる。輕装の青年紳士の黒檀のステツキの石突(いしづき)と均しく位してゐる。しかも、かれは、この低みから、すべての部分がかれの上に在るあの世界をみおろすことのできる、不思議な妖術を學びえた魂である――この屈從的な魂は。

 

やぶちゃん注:原本では、後ろから六連二行目「みおろす」に傍点「丶」があるが、ここでは下線とした。

 

 

 

美しき敵

 

 私はその頃不眠症に惱んで居た。
 かなり多くの人々が私の病氣を知つてしまつて、それに対する忠告を與へてくれる人も少くなかつた。
 気輕な或る大學生は言つた。「運動が足りないんだね。君みたいに一日中室の中に居て煙草を吸つてる男に安眠の出來るわけはないさ。ちつと學校のコートへやつて來たまへ。晝休みにお對手しよう。」
 肥満した或る若い會社員は言った。「君、誰か見付けて早速結婚したまへ。すぐ癒るよ。君みたいな男がその齢(とし)になるまで獨身で居るなんてわるいことだ。」
 その外、まだ數多くあつたが、私は今それらを列挙する煩に堪へない。勿論忘れてしまつたものもある。
 私はそれらの親切な忠告のいづれにも反對しはしなかつた。というのは、睡眠不足の爲に著しく明晰を缺いていた私の頭には、それらのどの忠告の根據も、皆私の症状の中に見出されるやうに感ぜられたからである。それにも拘らず、私の從つた忠告は、結局一つも無かつた。恐らくこの怖るべき病氣が、その徴候の一つとして、私の意志を根こそぎ奪い去つてしまつたためなのであらう。いや、眞實を言ふと、これらの忠告は、それが與へられた次の瞬間には、私にとつて實にくだらなく、ばかばかしく見えて、ただそれらの忠告者に対する私の軽蔑の念を強めるに役立つにすぎなかつたのだ。
 一日、堪へがたく永い時間を消すために、私は私の敬愛するマギステルを、かれのデユーラー風の書齋に訪うた。かれは、久しく會はなかつた私の顔を見ると、心から心配げに私が健康を害して居はしないかと尋ねた。この白髪の老人の、子供らしい眞實が、私をして今までにない率直さで私の症状を答へさせた、一體私は、私に向つて容態を問ふ人には、恰も私の病氣が、他人に談つてしまふにはあまりに勿體ない或る秘密な快樂であるかのやうに、異常な巧妙さでそれの眞相を對手から蓋ひ隠さなくては居られない奇妙な習慣を造り上げてしまつてゐたのだが。
 私の答を聞き終つたかのマギステルは、もの悲しげな色をかれの大きな眼鏡の奥にただよはせながら、ゆつくりと言つた。
「私はあなたを苦ませて眠を妨げるあのものを、形而上學的復讐の感情と呼んで居ます。夜はすべての現象の垣を取り拂ふものです。そこであなたの巨大な敵が出現するのです――さうです、あなたの場合では、たしかに敵です。」
 私はかれのテユートン民族的の氣質から生れる言説を聞くたびに、其思想のゴテイク風の効果から快い壓迫を感ずると同時に、その單純な荘重さにはやや滑稽な感じを見出さずには居られないのを常とした(その故にこそ、私はこの老人を心から敬愛するのだ)。このときもまたさうであった。然し、この日は、なほその上に、かれの言説の中に私が怖れを以て見出さなければならぬあるものがあつた。さうだ、夜毎に、私の心臓を、私自身の肉體の組織を破壊するまでに燃え立たせるあの毒々しい感情が、復讐の感情でなくて何だらう。夜毎に私の大腦に忍び入つて、私を絶對に抗しがたい畏怖の下に壓しつけるものが、私の敵でなくて何だらう。しかも、あゝ! あまりに無感覺な、男性的の興奮を知らぬ、燐のやうに冷い、薄暮の空のやうに深い眼(まなこ)を有つた敵ではないか!

      *    *    *   

 これはよほど以前のことである。(あの恋するマギステルが死んでからも、もはや幾年經つたろう。)そして今は――今もなほ、私は朝毎に、決して勝を得ることのない戰に疲れ果てゝ、ぶちのめされた犬のやうに床の上に横たはる私自身を、太陽の光に照らされて見出すのである。     

 

やぶちゃん注1:原本では、「勿體ない」と「あのもの」に傍点「丶」があるが、ここでは下線とした。

やぶちゃん注2:原本では後ろから三つ目の段落の「あなたの」の部分に傍点「●」があるが、ここでは二重線とした。

やぶちゃん注3:後ろから二つ目の段落の「ゴテイク」は、思潮社版では「ゴテイツク」とある。

やぶちゃん注3:後ろから二つ目の段落の末一文中の「あゝ!」は、原本では、行末にあり、勿論、次行の冒頭はスペースになっていないが、他の作品から判断し、エクスクラメンション・マークの後ろということで、一字空けとした。

 

 

 

警戒

 

   CM・に

 

 醉ひ痴(し)れて、母君の知り給はぬ女の胸にあるとき、*「ここにわが働かざりし双手あり」の句を君の耳もとにささやき、卒然と君の眼の中に、母君の白き髮と額の皺とを呼び入れるものは何であるか。心せよ、これこそ、世界の構成の最下層から突き出でて、君の心臟の内壁にまで達する、かのへらへらとした氣味あしき觸手の、節奏なき運動の効果なのである。人はこの觸手の存在に氣付くことがあまりに少なく、しかもそれのために「ちよろりとやられてしまふ」ことがあまりに多いのである。されば友よ、(君は尊敬すべき生活の殉教者だ)、まづ空間を横ぎるこれらの黒い線條の存在に注意しよう。そして、卑しむに堪へたるかれらの機能に對して、心からの敵意を以て警戒しようではないか。

 

*Voici mes mains qui n'ont pas travaillé Verlaine,Sagesse,,1

 

やぶちゃん注:思潮社版では副題が「CMに」となっている。

 

 

ゆふべみた夢(Etude

 

 花の散つてゐる街中の櫻並木を通つてゐた。灯ともし頃であつた。妙な侘しさに追ひ立てられるやうな氣持で、足早に歩いてゐたやうだつた。
 道の左手に明るいカフエが口を開いてゐた。人口に立つて覗くと、酒を飲んでしやべつてゐる群の中に知つた顔が二三人見えた。あまり會ひたくもない人たちだつたので、僕はしばらくそこに立つたままでゐた。
 そのとき奥の勘定臺のわきの壁に倚りかゝつてゐるNが眼に入つた。中學のとき同級で、海軍兵學校に入つてゐるうちに肺炎か何かで死んだ男だ。むかふでも僕をみつけたものと見えて、むかしした通りに、頑丈なからだを少し前のめりにし、新兵のやうに二の腕をぶらぶら振りながら、うれしさうにこつちへやつて來た。僕もへんにうきうきした氣持になつて、いきなりその胸の厚いからだを抱きしめて額に接吻した………
 突然、豫期しない不快な感覺を顔面に覺えて手を放してみると、Nの半面は、髪の毛から眼の下にかけて一面に褐色のどろどろした液體で被はれてゐる。しかしその液體の不快な觸感を顔に感じてゐるものはたしかに僕である。夢の中ではこのことが少しも不自然ではなかつた。Nは僕の顔にその液體を吐きかけたのでもなければ、僕の口から出たその液體を吐きかけられたのでもないやうに、平靜な顔に、うれしさうなうす笑ひを浮べてやつぱり僕をみつめてゐる。しかし僕はもう一度彼を抱きしめる氣になれずに、ぼんやりそこに立つたまま、よごれた彼の顔を眺めてゐた。

 

 

 

無題

 

幾日(いくひ)幾夜(いくよ)の 熱病の後(のち)なる

濠端のあさあけを讃ふ。

 

琥珀の雲 溶けて蒼空(あおぞら)に流れ、

覺めやらで水を眺むる柳の一列(ひとつら)あり。

 

もやひたるボートの 赤き三角旗(ばた)は

密閉せる閨房の扉(と)をあけはなち、

曉の冷氣をよろこび甜むる男の舌なり。

 

朝なれば風は起(た)ちて、雲母(きらら)めく濠の面(おもて)をわたり、

通學する十三歳の女學生の

白き靴下とスカートのあはひなる

ひかがみの青き血管に接吻す。

 

朝なれば風は起ちて 濕りたる柳の葉末をなぶり、

花を捧げて足速(ばや)に木橋(きばし)をよぎる

反身(そりみ)なる若き女の裳(もすそ)を反(かへ)す。

その白足袋の 快き哄笑を聽きしか。

 

ああ 夥しき欲情は空にあり。

わが肉身(み)は 卵殻の如く 完(まつた)く且つ脆(もろ)くして、

陽光はほの朱(あか)く 身うちに射(さ)し入るなり。

 

やぶちゃん注:後ろから二行目の「肉身」は、二語で「み」と読んでいる。

 

 

 

影絵

 

半缺けの日本(につぽん)の月の下を、

一寸法師の夫婦が急ぐ。

 

二人ながらに 思ひつめたる前かがみ、

さても毒々しい二つの鼻のシルヱツト。

 

生(なま)白い河岸をまだらに染め抜いた、

柳並木の影を踏んで、

せかせかと――何に追はれる、

揃はぬがちのその足どりは?

 

手をひきあつた影の道化は

あれもうそこな遠見の橋の

黒い擬寶珠の下を通る。

冷飯草履の地を掃く音は

もはや聞えぬ。

 

半缺の月は、今宵、柳との

逢引の時刻(とき)を忘れてゐる。

 

 

 

 

第三部

 

 

やぶちゃん注:以下の詩については、思潮社版では各詩の原作者の表記が、括弧ではなく、題名行末に寄せて記載されており、表記法も「ボードレール」及び単に「ランボー」とある。これは編者による記載の可能性が高いと思われる。
やぶちゃん注2:以下の翻訳詩については、思潮社版との異同が大きいので、その異同を別途掲載した。


家蔵版「富永太郎詩集」第三部 翻訳詩異同

 

 

 

或るまどんなに(ボオドレエル)

西班牙風の奉納物

 

 わたくしのつかへまつる聖母さま、おんみの爲に、わたくしの悲しみの奧深く、地下の神壇を建立(こんりふ)したい心願にござります。
 わたくしの心のいと黒い片隅に、俗世の願ひ、また嘲けりの眼(め)の及ばぬあたり、おんみのおごそかな御像(みすがた)の立たせまするやう、紺と金との七寶の聖盒をしつらへたい心願にござります。
 懇ろに寶石の韻をちりばめた、純金屬の格子細工のやうに、琢(みが)きあげたわたくしの詩(うた)で、おんみの御頭(おつもり)の爲に、大寶冠を造るでござりませう。
 またわたくしの嫉妬の布地(きぬぢ)で、永遠(とこしへ)ならぬ聖母さま、おんみの爲に、外套(まんとお)を裁(た)つでござりませう。仕立ては品あしく、ぎごちなく、不恰好で、なほまた裏地は疑ひの心でありまする故、隱處(かくれが)のやうにおんみのあでやかさを包み隱すでござりませう。縁も眞珠ではござりませぬ、ありとあるわたくしの涙の玉で縁(ふち)どりまする。
 おんみの聖衣(みころも)は打慄へて波をうつわたくしの欲望(ねがひ)で造りまする。わたくしの欲望(ねがひ)は高くまた低く、皺襞(ひだ)の高みでは打搖(ゆら)ぎ、谷間(あひ)では鎭まりまするが、白と薔薇色のおんみの御體(みからだ)を一樣に接吻(くちづけ)で被(おほ)ひまする。
 わたくしは神々しいへりくだつた御(おん)足の爲に、わたくしの敬(うやま)ひの心で美しい繻子の御(おん)靴を造りまする、善い鑄型が形(かた)を守る如く、しつくりと御(おん)足を抱き裏(つつ)みまするやう。
 丹精こめた効(かひ)もなく、銀(しろがね)の月を鏤(き)つて御(み)足の臺とすることがかなひませぬならば、わたくしの腸(はらわた)を噛む蛇(くちなは)を御(み)かかとの下に置くでござりませう、いとさはに罪を贖ひたまふ、榮光(さかえ)ある女王さま、憎惡と唾液とに脹れあがつたこの妖怪をおんみの踏み弄びまするやう。
 處女たちの女王(きみ)のゐます、花飾りした神壇の前の大蝋燭のやうに、立ち列ぶわたくしのもろもろの想念が、星のやうに空色の天井に照り映えて、燃ゆる眼で飽かずおんみを凝視(うちまも)るをみそなはすでござりませう。
 わたくしの内なるものは、なべておんみを慈しみ、讚めたたへまする故、なべては安息香となり、沈香となり、乳香、沒藥となるでござりませう。
 また、暴風雨(あらし)のやうに立ち騷ぐわたくしの精靈は、霧となつて、まつしろな雪の峯なるおんみの方(かた)へ、絶え間なくたち騰るでござりませう。

 

 さておんみが瑪利亞の役を完うし、かつはまた、おんみかぐろい快樂(けらく)よ、七戒を破る蠻氣をいとしさに混ぜ合はさうとて、悔恨に滿ちたわたくし死刑執行人は、七本の刄(やいば)を研ぎすまし、いと深いおんみの愛をとつて柄(つか)となし、ひくひくと鼓(う)つおんみの心の臟に、啜り泣くおんみの心の臟に、血を噴き上ぐるおんみの心の臟に、奇術師の無感覺もて七本ながら立ててしまふでござりませう。

 

やぶちゃん注:原本では、題名の「まどんな」に傍点「丶」があるが、ここでは下線とした。

 

 

 

藝術家の告白祈禱(コンフイテオール)(ボオドレエル)

 

 秋の日の暮方は何と身に絡み入ることだ。苦しいまでに身に沁みる。何故と言つて、朧ろげではあるが強さには事缺かぬえも言はれぬ或る感覺があるものだから。また、「無窮」の刄くらゐ鋭い刄はないものだから。
 空と海との無限の中にわが眼を滴らせる味ひ! 孤獨、沈默、蒼空の類ない純潔! 地平線上にぶるぶる顫へてゐる小さな白帆、その微小と孤獨とでもはや如何ともしがたい私の生活をかたどつてゐる白帆、また、波の單調な旋律、これらすべてのものは私に依つて思考してゐる。もしくは、私がそれらのものに依つて思考してゐる(といふのは、夢想の宏大さの中では、「われ」は速かに消失するからだ!)。かれらは思考する、と私は云ふ、それは音樂的に、繪畫的に、理屈拔きに、三段論法も、演繹法も無しにだ。
 これらの想念は、私から生ずるか、もしくは物象から逸出するや否や、必ず、あまりに強烈になる。快樂中に存するエネルギーが、一種の不快、一種の確實な苦惱を創り出す。あまりに張りきつた私の神經は、かん高い、苦しげな顛動をするのみだ。
 今や空の深さが私を自失せしめる。空の透明さが私をいら立たせる。海の無感覺、風景の不動が私を裏切る。ああ、いつまでも惱まなければならぬのか。いつまでも美から逃れなければならぬのか。自然よ、無情の魔女よ、恒に勝ちほこつた敵よ、私を放してくれ! 私の願望と私の誇りとを唆かすのを止めてくれ! 美の研究は一つの決鬪だ、そこに藝術家は、打ち敗かされる前に怖れの叫びを擧げてゐるのだ。

 

 

 

道化とヸナス(ボオドレエル)

 

 何といふすばらしい日だ! 廣大な公園は、愛神(アムール)の支配の下にある若者のやうに、太陽のぎらぎらした眼(まなこ)の下に悶絶してゐる。
 なべての物にあまねき此の有頂天を示す物音とてはない。河の水さへ眠つたやうである。ここには人の世の祭とは遙かに事かはつた、靜寂の大饗宴があるのだ。
 不斷に増しつゝある光はますます物象を輝かせてゐるやうだ。上氣した花は、其の色の勢力を、空の瑠璃色と競はうとする慾望に燃えてゐる。そして熱は、香(かほり)を目に見えるものにして、烟のやうに、かの天體の方へと立ち昇らせてゐる。 
 とはいへ、私はこの萬有の快樂の中に、一つの悲しんでゐる存在のあるのを知つてゐる。
 巨大なヸナスの足許に、王達が「悔恨」や「倦怠」に惱まされるとき、彼等を笑はせるのを務めとする、かの人工の馬鹿、故意の道化の一人が、けばけばしい馬鹿げた衣(ころも)を身に纏(まと)ひ、鈴附きの角(つの)形帽子を戴いて、臺石のもとにうづくまり、涙に滿ちた眼(まなこ)で永遠の女神を見上げてゐる。
 かくて、彼の眼(まなこ)は云ふ――「私は愛と友情とを奪はれた、人間の中で一ばん下等な、一ばん孤獨なものでございます。この點では、私は動物の中の最も不完全なものにも劣つて居ります。それでも――私でもやはり、永遠の美を味はつたり、感じたりするやうに造られて居るのです。ああ、女神(かみ)さま! 私の悲しみと熱狂とを憐んで下さいまし。」
 しかし假借することを知らぬヸナスは、その大理石の眼で、私にはどことも知れぬ遠い方(かた)を眺めてゐる。

 

やぶちゃん注:題名を含めたすべての「ヸナス」の「ヸ」の字体は、「井」の字に濁点であるが、通常の字体「ヸ」を用いた。

 

 

 

午前一時に(ボオドレエル)

 

 やつと獨りになれた! 聞えるものはのろくさい疲れきつた辻馬車の響ばかり。暫くは靜寂が得られるのだ、安息とは行かないまでも。暴虐をほしいままにした人間の顔もたうたう消え失せた、俺を惱ますものはもう俺自身ばかりだ。
 やつと俺にも闇に浸つて疲を休めることが許されたのだ! まづ、扉の鍵を二度まはす。かうして鍵をまはすと、俺の孤獨が増すやうだ。現在この世から俺を隔ててゐる城壁が固くなるやうだ。
 怖ろしい生活だ! 怖ろしい都會だ! 今日一日にしたことを數へ上げてみようか。五六人の文士に會つた。その一人は俺に陸路を通つてロシアへ行けるだらうかと訊くんだ、(あの男はきつとロシアを島だと思つてゐたにちがひない)。或る新聞の主筆を手ひどくやつつけた。あいつはいひわけをするたんびに一々「何しろここは立派な人たちがやつてゐるのですから」と言つたつけ。ほかの新聞はみんなならずものがやつてゐるといふつもりなのだ。二十人ばかりの人にお辭儀をした。そのうち十五人は知らない人だ。同じくらゐの割合で萬遍なく握手をした。それも、手袋を買ふときほども身を入れないで。驟雨(にはかあめ)のあひだひまつぶしに踊り子のところに上りこんでゐたら、ヹニユストルの衣裳圖案を描いてくれと頼まれた。劇場の支配人のところへ敬意を表しに行つたら、俺に暇を出すと言ひ渡してこんなことを言つた、「Zのところへ行つてみたらいいでせう。あの男はここの作者のなかでも一ばんぐづで、一ばん馬鹿で、一ばん評判がいいんだから、あすこへ行つたら何とかなるでせう。まあ行つてごらんなさい、そしてまた會ひませう。」俺はしたこともない悪事を自慢して話した。(なぜなんだらう?)。それでゐて、喜んでやつたほかのわるさは卑怯にも否定してしまつた。見え坊から出た咎だ、世間への氣兼ねかろ出た罪だ。或る友人に譯もない用事をしてやるのを拒んで、根つから下らない男に推薦状を書いてやつた。あゝあゝ、それもすつかりおしまひか。
 何人にも滿足のできない、自分にも滿足のできない俺は、夜の靜寂と孤獨の中ですつかり自分のからだになつて少しいい氣になりたいのだ。俺の愛した奴らの魂よ、俺の歌つたやつらの魂よ、俺を護つてくれ。俺を支へてくれ、いつはりと此の世の瘴氣とを俺から遠ざけてくれ。それから、あなたは、あゝ神よ、私が一ばん劣等な人間でないことを證(あかし)するために、私が自分の軽蔑した人たちにも劣つたものでないことを證(あかし)するために、私に數篇のよき詩を書くことを許させたまへ。

 

やぶちゃん注:原本では、三段落目の「ぐづ」に傍点「丶」があるが、ここでは下線とした。

 

 

 

計畫(ボオドレエル)

 

 彼は淋しい大きな公園を散歩しながら獨言つた、「あの女が襞の一杯ついてゐる贅を盡した宮廷服を着て、美しい黄昏(たそがれ)の中を、廣い芝生と泉水に向つた宮殿の大理石の石段を降りて來たらどんなに美しいだらう! なぜといつて、あの女は生れつき王女の風があるからな。」
 少し經つて或る街(まち)を通りかかつたとき、彼は一軒の製版店の前に立止まつた。そして紙挾の中に熱帶地方の風景の版畫を見付けて獨言つた、「いや! 私があの女の尊い生命を自分のものにしたいところは宮殿の中などではない。そんなところでは落ち着いた氣持になれはしない。おまけに、あの金をちりばめた壁はあの女の肖像を懸ける場所ではない。あの業々しい畫廊にはしつくりした場所が一つもないのだ。たしかに、私が私の生命の夢を育てようと思ふなら、住むべき處はあそこだ。」
 そして、その版畫の細部を仔細に檢べながら心の中でかう續けた、「海岸(うみぎし)には、何といふ名だか忘れてしまつたが、奇妙なつやつやした木に圍まれた、丸木造りのきれいな小屋……空中には、人を醉はすやうな何とも言へない香(かほり)……小屋の中には、薔薇と麝香のさかんな匂(にほひ)、一寸離れて私たちの小さな屋敷の後ろには、波のうねりで搖れてゐるマストの端が見える……私たちのまはりには、窓掛を透してくる薔薇色の光に輝らされて、瀟洒(しや)れた花茣蓙と頭へ來るやうな香りの花で飾られた部屋――重い眞黒な材で造つた葡萄牙ロココ風の珍らしい長椅子がある(その上で彼女は、輕く阿片を混ぜた煙草を吸ひながら、靜かに、よく扇がれて坐るだらう!)。床材のむかうには、光に醉つた鳥のはばたき、小さな黒奴(くろんぼ)女のさざめき……夜になれば、私の夢の伴奏をしようとて、音樂的な木立どもが、憂鬱な木麻黄(フイラオス)が、物悲しい歌をうたふ! さうだ、たしかに、私の欲しい飾りはあそこにあるのだ。宮殿などは何で私にかかはりがあらう。」
 それから大きな竝木道を歩いて行くと、一軒の小奇麗な旅籠屋が眼についた。印度模樣の窓掛で飾つたそこの窓に二つの頭が笑ひながらよりかかつてゐる。忽ち彼は獨言つた、「こんな近くにあるものを、あんなに遠くまで探しに行くなんて、私の考へはよほどごろつき性(しやう)にちがひない。歡樂と幸福は一番手近かな旅籠屋にあるのだ――選り好みするにはあたらない、こんなに快楽に富んだ旅籠屋にあるのだ。大きな爐、けばけばしい陶器、あまり上等でない夜食、澁い葡萄酒、少々ごはごははしてゐるがさつばりした敷布のかかつた馬鹿に大きな寢臺――それで澤山だ。」
 かくて、「智慧」の忠言がもはや外面の生活のざわめきに壓へつけられなくなつた頃、彼はただ獨り家に歸つて獨言つた、「私は今日(けふ)夢に、同じ樣な樂しみのある三つの棲處(すみか)を得たのだ。私の魂はこんなに輕々と旅をするのに、なぜ私の身體(からだ)の居場所を變へなければならないのだらう! 計畫だけでも充分な快樂だのに、何でその計畫をやり遂げようとするのだらう?」

 

やぶちゃん注:原本では、二箇所の「あそこ」に傍点「丶」があるが、ここでは下線とした。

 

 

 

醉へ!(ボオドレエル)

 

 常に醉つてゐなければならない。ほかのことはどうでもよい――ただそれだけが問題なのだ。君の肩を疲らせ、君の體(からだ)を地に壓し曲げる恐ろしい「時」の重荷を感じたくないなら、君は絶え間なく醉つてゐなければならない。
 しかし何で醉ふのだ? 酒でも、詩でも、道徳でも、何でも君のすきなもので。が、とにかく醉ひたまへ。もしどうかいふことで王宮の階段の上や、堀端の青草の上や、君の室の陰慘な孤獨の中で、既に君の醉ひが覺めかゝるか、覺めきるかして目が覺めるやうなことがあつたら、そのときは風にでも、波にでも、星にでも、鳥にでも、時計にでも、すべての飛び行くものにでも、すべての唸くものにでも、すべての廻轉するものにでも、すべての歌ふものにでも、すべての話すものにでも、今は何時だときいてみたまへ。風も、波も、星も、鳥も、時計も君に答へるだらう、「今は醉ふべき時です! 『時』に虐げられる奴隸になりたくないなら、絶え間なくお醉なさい! 酒でも、詩でも、道徳でも、何でもおすきなもので。」

 

 

 

窓(ボオドレエル)

 

 開いた窓の外からのぞき込む人は決して閉ざされた窓を眺める人ほど多くのものを見るものではない。蝋燭の火に照らされた窓にもまして深い、神祕的な、豐かな、陰鬱な、人の眼を奪ふやうなものがまたとあらうか。日光の下(もと)で人が見ることの出來るものは、窓ガラスの内側で行はれることに比べれば常に興味の少ないものである。此の黒い、もしくは明るい空の中で、生命が生活し、生命が夢み、生命が惱むのである。
 波のやうに起伏した屋根の向ふに一人の女が見える。盛りをすぎて既に皺のよつた、貧しい女である。いつも何かに寄りかゝつてゐて、決して外へ出掛けることがない。私は此の女の顏から、衣物から、擧動(ものごし)から、いや殆んど何からといふことはなく、此の女の身の上話を――といふよりは、むしろ傳説を造り上げてしまつた、そして私は時々涙を流しながら、この話を自分に話して聞かせるのである。
 これが若し憐れな年とつた男であつたとしても、私は全く同じ位容易に彼の傳説を造りあげたであらう。
 それから私は他人の身になつて生活し、苦しんだことを誇りに思ひながら床に就くのである。
 諸君はかう云ふかも知れない、「その話しが事實だといふことは確かかね?」私の外(そと)にある眞實がどんなものであらうと何の關りがあるものか――若しそれが、私が生活する助けとなり、私が自分の存在してゐることと、自分が何であるかといふことを感ずる助けとなつたものならば。

 

 

 

港(ボオドレエル)

 

 港は人生の鬪に疲れた魂には快い住家(すみか)である。空の廣大無邊、雲の動搖する建築、海の變りやすい色彩、燈臺の煌き、これらのものは眼をば決して疲らせることなくして、樂しませるに恰好な不可思議な色眼鏡である。調子よく波に搖られてゐる索具(つなぐ)の一杯ついた船の花車(きやしや)な姿は、魂の中にリズムと美とに對する鑑識を保つのに役立つものである。とりわけ、そこには、出發したり到着したりする人々や、慾望する力や、旅をしたり金持にならうとする願ひを未だ失はぬ人々のあらゆる運動を、望樓の上にねそべつたり、防波堤の上に頬杖ついたりしながら眺めやうとする、好奇心も野心もなくなつた人間にとつて、一種の神祕的な貴族的な快樂があるものである。

 

 

 

射的場と墓地(ボオドレエル)

 

 墓地見晴し御休處(おやすみどころ)――「妙な看板だな」――と我が散策者は獨言つた――「それにしても、あれを見ると實際喉が渇く樣に出來てゐる! きつとこゝの主人は、オラースや、エピキユールの弟子の詩人たちぐらゐは解つてゐるにちがひない。事によつたら、骸骨か、何か人生のはかなさを示す徴(しるし)がなくては宴會が出來なかつた、古代挨及人程ひどく凝り性なのかもしれない。」
 彼は入つて行つて、基地に向つて一杯のビールをのみ、それからゆつくりとシガーを一本吸つた。すると、幻想が彼を驅つて墓地の中へと降りて行かせた。そこの草は、そんなに丈が高く、そんなに人を誘ふやうだつたのだ、そこには、そんなに豐滿な太陽が權威を振つてゐたのだ。
 實際光と熱とは猛烈を極めたものであつた。まるで陶醉した太陽が、破壞作用の爲に肥え太つた太陽が、すばらしい花の絨毯の上をのたうち廻つてゐるやうであつた。おびただしい生命の囁きが――限りなく微細なものの生命の囁きが空中を滿たしてゐた――ひそやかシンフォニーのざわめきの中に、丁度シヤンパンの栓が拔けるやうな音をたてて、隣りの射的場から響いて來る小銃の音が、一定の合ひ間ごとにそれを斷ち切つてゐた。
 忽ち、彼は彼の腦髓を燃え立たせてゐる太陽の下に、燒けつくやうな「死」の臭ひに滿ちてゐる大氣の中に、彼の坐つてゐる墓の下でさゝやく聲を聞いた。その聲は云つた、「お前達の標的(まと)も小銃も呪はれろ、地下のものと、其の神聖な休息とのことを少しも考へぬ、騷々しい生物(いきもの)よ! お前達の野心も、計畫も呪はれろ、『死』の聖殿(みや)の側で、殺人の術を學ばうとする我慢のならぬ人間どもよ! 如何に報酬が得易いか、如何に目的が達し易いか、また『死』を除いては、すべてが如何に空しいものだかを知つたなら、お前運はそんなに疲れきつてはゐなからうに、勤勉な生物(いきもの)よ、そしてずつと以前に『目的』を――厭ふべき人生の唯だ一つの眞實の目的を達してゐる人達の眠りをこんなに度々妨げることはなからうに!」

 

 

 

  ANY WHERE OUT OF THE WORLD(ボオドレエル)

 

 人生は一つの病院である。そこに居る患者はみんな寢臺を換へようと夢中になつてゐる。或るものはどうせ苦しむにしても、せめて暖爐の側でと思つてゐる。また或るものは、窓際へ行けばきつとよくなると信じてゐる。
 私はどこか他の處へ行つたらいつも幸福でゐられさうな氣がする。この轉居の問題こそ、私が年中自分の魂と談し合つて居る問題の一つなのである。
「ねえ、私の魂さん、可哀さうな、かじかんだ魂さん、リスボンに住んだら何うだと思ふね? あそこはきつと暖かいから、お前は蜥蜴みたように元氣になるよ。あの町は海岸(うみぎし)で、家は大理石造りださうだ。それからあの町の人は植物が大嫌ひで、木はみんな引き拔いてしまふさうだ。あすこへ行けば、お前のお好みの景色があるよ、光と鑛物で出來上つた景色だ、それが映る水もあるしね。」
 私の魂は答へない。
「お前は活動してゐるものを見ながら靜かにしてゐるのが好きなんだから、オランダへ――あの幸福な國へ行つて住まうとは思はないかい。畫堂にある繪でよくほめてゐたあの國へ行つたら、きつと氣が晴々するよ。ロツテルダムはどうだね。何しろお前は檣(マスト)の林と、家の際に舫(もや)つてある船が大好きなんだから。」
 私の魂はやつぱり默つてゐる。
「バタビヤの方が氣に入るかも知れない。その上あそこには熱帶の美と結婚したヨーロツパの美があるよ。」
 一言(こと)も言はない。――私の魂は死んでゐるのだらうか?
「ぢあお前は患(わづ)らつてゐなければ面白くないやうな麻痺状態になつてしましまつたのかい? そんなになつてゐるなら、「死」にそつくりな國へ逃げて行かう――萬事僕が呑み込んでゐるよ、可哀さうな魂さん! トルネオ行きの支度をしよう。いやもつと遠くへ――バルチク海の涯(はて)まで行かう。出來るなら人間の居ないところまで行かう。北極まで住まう。そこでは太陽の光はただ斜に地球をかすつて行くだけだ。晝と夜との遲(のろ)い交替が變化を無くしてしまふ。そして單調を――虚無の此の半分を増すのだ。そこでは長いこと闇に浸つてゐられる。北極光は僕等を樂しませようと思つて、時々地獄の花火の反射のやうに薔薇色の花束を送つてくれるだらう。」
 遂に、突然私の魂は口を切つた、そして賢くもかう叫んだのである、「どこでもいいわ! 此の世の外なら!」

 

 

 

饑餓の饗宴(アルチウル・ランボオ)

 

 俺の饑(うゑ)よ、アヌ、アヌ、

  驢馬に乘つて 逃げろ。

  

俺に食氣(くひけ)が あるとしたら、

食ひたいものは、土と石。

ヂヌ、ヂヌ、ヂヌ、ヂヌ、空氣を食はう、

岩を、火を、鐵を。

 

俺の饑(うゑ)よ、廻れ、去れ。

  音(おん)の平原!

旋花(ひるがほ)のはしやいだ

  毒を吸へ。

 

貧者の碎いた 礫を啖へ、

 教會堂の 古びた石を、

 洪水の子なる 磧(かはら)の石を、

くすんだ谷に 臥てゐる麵麭(パン)を。

 

俺のは、黒い空氣のどんづまり、

 鳴り響く蒼空!

――俺を牽くのは 胃の腑ばかり、

  それが不幸だ。

 

地の上に 葉が現はれた。

饐えた果實の 肉へ行かう。

畝(うね)の胸で 俺が摘むのは、

野萵苣(のぢしや)に菫。

 

 俺の饑よ、アヌ、アヌ、

 驢馬に乘つて逃げろ。

 

 

 

 

 

 

AU RIMBAUD(未定稿)

 

 

 

             

 

Kiosque au Rimbaud

Manilaá la main,

Le ciel est beau,

Eh! tout le sang est Pain.

 

             

 

Ne voici le poète,

Mille familles dans le même toit

Revoici le poète:

On ne fait que le droit.

 

             

 

Que Dieu le luise et le pose!

Qu'il ne voie pas ouvrir

Les parasols bleus et rose.

Parmi les flots : les martyrs!

 

 

 

ランボオへ

 

     Ⅰ

 

キオスクにランボオ

手にはマニラ

空は美しい

えゝ 血はみなパンだ

 

     Ⅱ

 

詩人が御不在になると

千家族が一家で軋めく

またおいでになると

掟(おきて)に適つたことしかしない

 

     Ⅲ

 

神樣があいつを光らして、横にして下さるやうに!

それからあれが青や薔薇色の

パラソルを見ないやうに!

波の中は殉教者でうようよですよ

 

 

 

やぶちゃん注:以下に編者村井泰男による「富永太郎遺稿詩編集後記」があるが、著作権上の問題を確認できないため、省略した。