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富永太郎拾遺詩集及び断片(やぶちゃん版)

 

やぶちゃん注:以下は昭和二(1927)年刊家蔵版「富永太郎詩集」詩集に未収錄の富永太郎の詩及び断片を、昭和26(19519年)創元社刊創元文庫「富永太郎詩集」及び1975年思潮社刊「富永太郎詩集」(底本:1971年中央公論社刊「定本富永太郎詩集」)を用いて、入力した。旧字体及び詩の配列は前者を、全体のスタイル、旧字体以外の表記については、原則として後者を優先した校訂を行った(そうでないものは注記した)。なお後者には、各詩末尾の日付が無いが、これは創元社版を生かした。

 

〔習作時代〕

 

 

 

深夜の道士

 

人語なく、月なき今宵

色ねびし窓帷(ぎぬ)の吐息する

此の古城なる圖書室の中央の

遠きに異國の材もて組める

殘忍の相ある堅き牀机に

ありし日よりの凝固せる大氣の重壓に

生得(しやうとく)の歪(ひづみ)悉皆消散せる

一片の此の肉體を枯坐せしめ

勇猛(ゆうみやう)なく效(かひ)なき修道なれど

なほそが爲に日頃捨離せる眞夜中の休息を

貪りて、また貪らうとはする。

 

靑笠に銀の臺ある古いらんぷが

この陰慘の大圖書室の

四周に、はた床上に高々と積みなせる

ありし世の虛しき鍊金の道士、呪文の行者らの

これら怪奇の古書册を照し出だせば

一切は錯落の影を湛へ

影は層々の影を生む。

 

何者の驕慢ぞ――この深夜一切倦怠の時

薄命のわだつみの泡のやうに

數夥しい侏儒のやから

おのがじゝ濃藍色の影に據り

亂舞して湧き出でゝ

龍眼肉の核(たね)めいたつぶら眼(まなこ)をむき出だし、今

侮慢を、嘲笑を踏歌すれば

宿命の氷れる嵐

狂ほしく胸の扉(とぼそ)に吹き入つて

今や、はや、肉枯れし腕(かひな)さし延べ

はかなき指頭に現象の祕奥まさぐり

まことの君に歸命せん心も失せて

難行の坐に、放心し、仮睡する……。

 

一九二一・八・一七

 

 

 

  夜の讚歌

 

地は定形(かたち)なく曠空(むなし)くして黑暗淵(やみわだ)の面にあり

神の靈水の面を覆ひたりき

                 ――創世記

 

黑暗(やみ)の潮 今滿ちて 

晦冥の夜(よる)ともなれば

假構の萬象そが閡性を失し 解體の喜びに醉い癡れて

心をのゝき

渾沌の母の胸へと歸入する。

窓外の膚白き一樹は

扉漏(とぼそ)る赤き燈(とぼし)に照らされて

いかつく張つた大枝も、金屬性の葉末もろ共

母胎の汚物まだ拭われぬ

孩兒(みどりご)の四肢の相(すがた)を示現する。

 

かゝる和毛(にこげ)の如き夜(よる)は

コスモスといふ白日の虛妄を破り、

日光の重壓に 化石の痛苦

味ひつゝある若者らにも

母親の乳房まさぐる幼年の

至純なる淫猥の皮膚感覺をとり戻し

劫初なる淵(わだ)の面(おも)より汲み取れる

ほの黑き祈り心をしたゝらす……

 

おんみ天鵞絨の黑衣せる夜(よる)、

香油(にほひあぶら)にうるほへるおんみ聖なる夜、

淚するわが雙の眼(まなこ)を

おんみの胸に埋むるを許したまへ。

一九二一・九・四

 

やぶちゃん注1:添書の「曠空(むなし)」は二字合わせて(むなし)とルビ。

やぶちゃん注2:創元社版には1行目「黑暗の潮」の後に読点あり。

やぶちゃん注3:「閡性」(がいせい)=閉ざされ、鬱屈した性質。

やぶちゃん注4:4行目「癡れて」(敢えて旧字を用いた)は創元社版では「しれて」とひらがな表記。

やぶちゃん注5:創元社版では、第3連3~4行目、

日光の重壓に、

化石の痛苦味ひつゝある若者らにも

と表記。

やぶちゃん注5:創元社版では、第3連6行目が「とり戻し、」と読点が付く。

 

 

 

 

  無題

 

ありがたい靜かなこの夕べ、

何とて我が心は波うつ。 

 

いざ今宵一夜(ひとよ)は

われととり出でたこの心の臟を

窗ぎはの白き皿に載せ、

心靜かに眺めあかさう。

月も間もなく出るだらう。

一九二一・一・二一

 

やぶちゃん注1:創元社版では、

われととり出でた

この心の臟を

と表記。

やぶちゃん注2:創元社版では最終行の句点なし。

 

 

 

 

  畫家の午後

 

雪解けの午後は淋し

砂利を嚙む荷車の

轍の音(ね)遠くきこえ

疲れ心地にふくみたる

パイプの煙をのゝく 

室ぬちは冬の日うすれ

描きさしのセント・セバスチアンは

低くためいきす。

電燈のとぼるを待ちつ

われは今 わが心の洞(うつろ)を眺む。

一九二二・二

 

 

 

 無題

 

月靑く人影なきこの深夜

家々の閨をかいま見つゝ

白き巷を疾くよぎる侏儒の影あり

 

愚かなる狀(さま)して黑々と立てる屋根の下に

臥所(ふしど)ありて人はいぎたなく眠れり

家々はかく遠く連なりたれど 

眠の罪たるを知るもの絶えてあらず

 

月も今宵その靑き光を恥ぢず

快樂(けらく)を慾する人間の流す

いつはりの淚に媚ぶと見えたり

 

かゝる安逸の領ずる夜(よる)なれば

あらんかぎりの男女(をとこをみな)の肌を見んとて

魔性の侏儒は心たのしみ

おもはゆげもなく軒より軒へ

白き巷をよぎりゆくなり

一九二二・三・二八

 

やぶちゃん注:創元社版では、最終行に句点。

 

 

  大腦は廚房である

 

眼球は日光を厭ふ故に

瞼(まぶた)の鎧戸をひたとおろし

頭蓋の中へ引き退く。

 

大腦の小區畫を填めるものは

困憊したさまざまの食品である。

靑かびに被はれたパンの缺け、

切り口の饐えたソオセエジ……

オリーヴ油はまださらさらと透明らしいが

瓶一面の埃のために

よくは見えない。

 

眼球は醜い料理女である。

廚房の中はうす暗い。

彼女は床のまん中で

少しばかりの獸脂を焚く。

背の低い焰が立つて

油煙がそつと 頭蓋の天井に附く。

 

彼女は大腦の棚の下をそゝくさとゆきゝして

幾品かの食品をとりおろす。

さて 片隅の大鍋をとつて

もの倦げに黃いろな焰の上にかける……

 

彼女はこの退屈な文火(とろび)の上で

誰のためにあやしげな煮込みをつくらうといふのか。

彼女は知らない。

けれども、それが彼女の退屈な

しかし唯一の仕事である。

 

大腦はうす暗い。

頭蓋は燻(くすぶ)つてゐる。

彼女は――眼球は愚かなのである。

一九二二・四

 

 

 

無題

 

たゞひとり黎明の森を行く。

風は心虛しく幹のあはひを翔り、

木々はみなその白き葉裡を反(かへ)す。

 

樹の間がくれに、足速(あしばや)に

白き馬を牽きゆくは誰ぞ。

 

道の邊(べ)の 齒朶の羣をのゝけり。

かゝるとき、濕りたる岩根を踏めば

あゝ、 わが出生(しやう)の記憶甦へる。

一九二二・九・四

 

晩春小曲

 

五月のほのかなる葉櫻の下を

遠き自動車は走り去る。  

わが慾情を吸收する

堀ばたの赤き尖塔よ。

埃立つ道に沿ひて

兵營の白き塀は曲り行く。

一九二三・五

 

 

 

 

  忠告

 

 思想の重壓のために眠りがたい躰(からだ)には、起つてロココ風の肘掛椅子に腰を下ろすことが必要である。そして膝を組んで、壁の薄浮彫の淡いニユアンスを眺めながら、細卷のシガレツトを一本ふかすうちには、どんな重苦しい思想の惡夢でも退散させることができるものである。  
 しかし、もしあなたがたを壓し付けて眠を妨げるものが鈍重な「思想」ではなくて、あの惡意にみちた「悔恨」であつた夜は――あなたがたが道德家でないならば、きつとこんな夜を知つておいででせう。なぜならば、非道德家は悔恨を懷柔すべき何らの道德をも持ち合せないから――どうしたらよいであらうか。その時は殘念ながら夜明けを待つほかはないのです。能のない顏をした晝が來て、「退屈」といふ麻醉劑をこの世の物すべての上に撒き散らすまで待つほかはないのです。たとひ眠りがたい夜が、床(とこ)の上に轉輾する身にとつて、いかほど長く感ぜられようとも。
 あなたのテーブルの上にある罎は、あれはコニヤツクですか。あゝ、それはよした方がいゝです。それは第一あなたの健康に害があるし、おまけに晝が持つて來てくれる麻醉劑の效果を奪つて、あなたの肉體を嚙む悔恨を翌日まで引き延すに役立つだけのものですから。

一九二三・五

 

 

 

  煙草の歌

 

阪を上りつめてみたら

盆のやうな月と竝んで

黑い松の木の影一本……

私は、子供らが手をつないで歌ふ

「籠の鳥」の歌を歌はうと思つた。

が、忘れてゐたので、

煙草の煙を月の面(おもて)に吐きかけた。

煙草は

私の

歌だ。

 

やぶちゃん注1:一行目「阪」は創元社版では「坂」。

やぶちゃん注2:創元社版では、最終三行は、

   煙草は私の歌だ。

の一行となっている。

 

 

 

   PANTOMIME

 

うす暗い椽側の端で、

琥珀色した女の瞳が

光つた――夫に叛いた。

 

もうむかふへ向いた、

庭の樹立と遊んでゐる----

あの狡猾なまなざしは。

 

とり殘された共犯者が

淸潔な觸手で追ひかける。

だがみんな滑つてしまつた、

女の冷たい角膜の上を。

 

夫の眼がやつと、鋭く、追ひかけた。

薄闇の中でカチカチとぶつかる、

樹と 夕燒と 瞳と、

瞳と……瞳と……。

一九二四・八

 

やぶちゃん注:創元社版では、後ろから三行目「薄闇の中でカチカチとぶつかる」に読点なし。

 

 

 

人工天國   ボードレール

J.G.F.に

 

 親しい女よ、
 良識(ボンサンス)はわれらに告げて居る、地上のものは殆んど存在してはゐない、其の現實はたゞ夢の中にあるのみだと。自然の幸福を消化するためには、人工の幸福に於けるが如く、まづそれを嚥み下す勇氣を持たなければならない。しかも、この幸福に價する人々は、人間の考へてゐる至福が常に吐劑の效果を呈するが如き人々に限られて居るのだ。
 人工的快樂の記錄が、最も自然的な快樂の最も普通な源泉であるところの女性に捧げられるといふことは、凡俗な精神には異樣に、かつ顰蹙すべきことにさへ見えるだらう。しかし自然界が精神界に滲透してその糧となり、かくしてわれらがわれらの個性と呼ぶ、この名狀しがたい合金を造るに協力する際に於て、われらの夢の中に最も大きな影を、もしくは、最も大きな光を投げるものが女であることは明かなことである。女は宿命的に暗示に富んで居る。女は本來のおのれの生命ならぬ生命に生きて居るのだ。女は、みづからに附き纏ひ、みづからそれを豐富にしつつある想像の中で精神的に生きてゐるのだ。
 固より、この獻書の理由が了解されようとされまいと、それは大したことではない。いつたいどんな書物でも、それがその人のために書かれた一人の男なり女なりを除けば、それ以外の人々に了解されるといふことさへ、著者の滿足のために大して必要なことだらうか。うちあけて言へば、書物が、誰かのために書かれるといふことからして、缺くべからざることだらうか。私の場合では、私は生きて居る世界には實に興味が無いので、感じばかり鋭くて所在ないあれらの女たちが想像の友達に郵便で打明話をするやうに、私は好んで死人のためにのみ書くのである。
 しかし、私がこの小著を獻げてゐるのは、死んだ女ではない。それは、病んでゐるが、いつも私の中に生き生として存らへて居り、今かの女の眼差を一ぱいに天の方へ、すべての變貌の行はれるかの處へと廻らして居る一人の女にである。それといふのも、人間といふものが、新奇な微妙な享樂を、恐ろしい藥品から抽き出し得るのと全く同樣に、苦痛の中から、破滅の中から、そして運命の中から描き出し得る特權を有つて居るからのことである。
 おんみはこの記錄の中に、羣集の蠢めく波の中に陷ち込んで、かれの心と想ひとを、先頃も汗を浴びた彼れの額を拭ひ、熱のために色褪せたかれの唇を冷した遙かなるエレクトラの方」(かた)へと送つて居る一個の陰鬱な孤獨な散歩者を見るであらう。そしておんみは、おんみがしばしば彼れの惡夢を看護(みと)り、おんみが輕やかな、母のやうな手で恐しい夢を彼から追ひ卻けた或る一人のオレストの感謝となるであらう。

                                                  CB

 

やぶちゃん注:この訳詩は、思潮社版のみに所収している。中央公論社版定本を所持しない私は(従って、それが旧字体を用いているかどうかも不明)、これを校訂することができない。しかし、敢えて私のポリシーに則り、旧字体に変換した(特に恣意を排するため、変換には旧漢字自動変換ソフトを用い、その変換に手を加えていない)。従って、そうした校訂上のリスクを念頭にお読み頂きたい。

 

 

 

 

〔断片〕

 

 

 

手帖一 (日本郵船營業用、大正九年、仙臺)

  餘り面白くて見てゐてこんなに面白くてもいゝのか知らんと思つてなんだか空恐しくなりました。

 

 

 

手帖二 (川崎銀行營業用、大正十年、仙臺)

  祈りぬる心にかなふしるしとて、

 しめしの雲は空にたなびく。

 

 

 

手帖三 (14×6cm、推定大正十二年十月-十三年一月、上海)

  Nov.22ud 45.80. 兩替(\ 50

  Wusung 226

  Nov.25th 日貨¥14,85 兩替

 

やぶちゃん注:"ud"及び"th"は上付き文字。

 

 

 

詩帖一 (15×9cm、十三年二月-十一月、京都)

 

やぶちゃん注:ここの見出しは、創元社版では「手帖四」となっている。按ずるに、この見出しは、編者(大岡昇平)によるものと思われる。

 

  ○橫臥合掌

  〇蟲類焚殺、

  ○憂(×)鬱な話 〔やぶちゃん注:×は「憂」の字の右に付く。〕

  ○城塞にて

  ○鳥獸剥製所

  ○便器のある甲板

  ○金魚の歌

  ○ずり落ちる雪

  ○春の史蹟

  ○史蹟(石棺)

  ○玉葱。

  ○頭を垂れる馬

  ◎船上の聖母

  ○産婦

  ○虱の歌

  ○猫と毒草

  ○倫敦の河岸に於ける軍事探偵

 

 

憂鬱な話

 

 古本屋に逢ふ(私は一本九錢の葉卷をくわへてゐた)今度古本が澤山出たこと(彼女の所藏品、藏書家の娘)――椿山(赤土)――それを越すと海が見える。靴が滑つて上れない。麓の家。――學生が入口に居る。(その學生のこと)

 

 

狂奔する夜の列車の窓外に眺め得た

かずかずの怪しいものゝ顏貌(かたち)……

濃綠の夢を擔ふ、南方異島の巨大な神々、

白日の惡意をも無心に反射する放漫な蜥蜴たち、

 

 

闇の中で瞼を閉ぢてゐるのだが、

煙草を吸へば

眼の中に ほの赤い灯がさして來る。

 

 

めくるめき狂飈する大腦の渦心に近く

しめやかにおむみは坐して靑き支那絹を裁ち給へり

(消されあり)

 

 

◎宿題

立體主義の内面的追行。印象主義の内面的追行と同樣の意味に於て。

 

 

淚して萬象の變改を悲願する夜の室内

凝然とわが視野に君臨する靜物の堆積あり

椅子と圓卓とそを掩ふ數册の古ぼけし書物らと

 

やぶちゃん注:創元社版では、この後ろに「(消されあり)」とある。

 

 

Le 11 octobre

    Sang

やぶちゃん注:“Le 11 octobre“は枠で囲われている。

 

 

 机の上を飛びまはる

 夥しいゴールデンバットの夫婦もの、

 人の心を吸ひとるやうな、

 こよなく美しい淡綠の空に浮ぶ、

 彼等は鳴きかはす

 プッシュ、プッシュ、プッシュ。

 

やぶちゃん注:創元社版では、この後ろに「(消されあり)」とある。

 

 

 レオパルデイ――詩より散文への動き(ムーヴマン)。

 

やぶちゃん注:思潮社版では「動き」に(ムーヴマン)のルビがない。これは、思潮社版の脱落と解釈し、敢えて挿入した。

 

 

 鈍感を自覺する神經を

 驅り立てゝ、張りつめて

 薄暮の大空へ硬性の金屬音を一つ

 彈き上げた。

 

 

山の手の春の夕はしほしほとためらつて

煤色ににじんだひあはひの小路に

哀訴してしとやかに夜を防ぐ。

 

やぶちゃん注:創元社版では、前記三行詩は、一字下げとなっていない。暫く、思潮社版を踏襲する。

 

 

 詩帖二 (×cm、大正十三年十一月京都――、大正十四年十一月東京)

 

やぶちゃん注1:ここの見出しは、創元社版では「手帖五」となっている。これも編者(大岡昇平)によるものと思われる。

やぶちゃん注2:創元社版では括弧内解説の最後は「東京」ではなく、「片瀬」とある。

 

 ○原始林の縁邊に於ける探險者

 ○船上の聖母、

  以上二篇必ず(・・)完成すること。 〔(・・)は「必ず」の傍点〕

                   一一・一二

 

 Blutspeien何でもない、何でもない。

 

やぶちゃん注:「必ず」の傍点は、創元社版には、ない。

 

 

 深さ二吋以上の處にある、直徑二糎以下のaffectionは聽診により發見するを得ず。

 Speien1e11 octobre

 Rötgen  20 décmbre

 Speien2e7 janvier

   〃 (3e22 janvier

 

 

 アルカリ性水溶液にてこの身を洗へ。

 

 常に暗きものに侵されつゝ「界」を歩む。

 

 鳥獸剥製所、

 

 その建物は、常に壓しつけるやうな雪もよひの空の下にのみ立つてゐる。

 

 蟷螂は眼光らし零しげき叢を出づ。

 

 

 (一) 「出るに出られぬ籠の鳥」俗謠

 (二) 耶利米亞哀歌によるVariationen

   (一)(二)(三) ou……

 (三)大腦の波の中

 (四)アベラール――エロイーズ

 (五)過去

 (六)病院(o 花束)

 (七) Schéhérazade ! 

          Schéhérazade !

                      á  l'impressioniste,

 

やぶちゃん注1:「(五)過去」の「過去」は枠で囲われている。
やぶちゃん注2:思潮社版には最後の“á  l'impressioniste.”に下線がなく、更に、終止は、コロンでなく、ピリオドである。確信があるわけではないが、ここは暫く、創元社版を踏襲する(但し、コロンはピリオドの植字擦れとも思われる)。

 

 

 蝋燭を吹き消し寢返りを打てば、ああ、海の旗、陸の旗――人間は惱まないやうに造られてある。

  ――――――――――――――――――

 開花は悲しい!

 ひらいた室(?)の 〔(?)は「室」の右側にある〕

 赤兒のねぐざり

 

やぶちゃん注:思潮社版には(?)がない。確信があるわけではないが、ここは暫く、創元社版を踏襲する。

 

 

 O ma vie,

 Maladie

 Continuelle

 De  l'âme belle !