やぶちゃんの電子テクスト:心朽窩主人旧館へ
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佐藤春夫 未定稿『病める薔薇さうび 或は「田園の憂鬱」』(天佑社初版版)

[やぶちゃん注:詩人佐藤春夫(明治二五(一八九二)年~昭和三九(一九六四)年)は慶応義塾大学を中退した後(入学は明治四三(一九一〇)年)、元芸術座の女優川路歌子(本名・遠藤幸子:当時十八歳)と同棲を始め、二人して犬二匹と猫一匹で神奈川県都筑つづき郡中里村字くろがね(現在の横浜市青葉区鉄町くろがねちょう)。ここ(グーグル・マップ・データ))へ移って田園生活を始めた。そこで本作の原型となる「病める薔薇」の執筆が開始された。
 現行の「田園の憂鬱」として知られる作品の冒頭五節四十枚が、まず、「病める薔薇」と題して大正六(一九一七)年六月の『黒潮』に発表された(春夫満二十五歳)。
 その後、続稿五十枚が完成したが、『黒潮』編集者がその掲載を拒否したため、作者によって原稿は破り捨てられたが、翌大正七年九月、破棄された後半と同じ題材を含む「田園の憂鬱」を完成させて『中外』に発表した。
 そうして、先の「病める薔薇」をさらに改作して、この「田園の憂鬱」と繫ぎ合わせて『病める薔薇 或いは「田園の憂鬱」』と題し、天佑社から大正七(一九一八)年十一月二十八日に作品集「病める薔薇」(同作品集は全九篇で、他に本作の前に「西班牙犬の家」、後に「步きながら」「圓光」・「李太白」・「戰爭の極く小さな挿話」・「或る女の幻想」・「指紋」・「月かげ」を収める)未定稿のまま収録した。ここに電子化して公開するのは、これである。
 さらにその翌大正八(一九一九)年八月に更にその未定稿に加筆を行った上、『改作 田園の憂鬱或いは病める薔薇』と題して新潮社から刊行、現在、我々が「田園の憂鬱」として読むそれは、この最後のものを定本としたものである(私注で「定本」と言うのはこれを指す)。
 なお、その定稿の「田園の憂鬱」の方は、未だネット上では無料電子化はされていない模様であり、「青空文庫」のそれも未だ「校正中」(二〇一七年四月二十七日現在)で公開されていない(但し、新字旧仮名)。また、私は定稿の新字新仮名に直したそれを新潮文庫(昭和四二(一九六七)年改版版)で所持しているだけで、正字正仮名本を所持しない。
 本電子化の底本は国立国会図書館デジタルコレクションの同初版の画像を視認したものである。底本の歴史的仮名遣の誤り等は総てママである(五月蠅くなるので、いちいち指摘はしない)。底本ではインターバル・アスタリスクに奇妙な欠損や配置異常が見られるが、煩瑣なだけで意味があるようには思われないことから、ここでは総てを最初に登場するそれに統一した
 私は既に一部の各段落末にオリジナルなかなり詳細な注を附したものを、私のブログ・カテゴリ「佐藤春夫」で十八回に分割して公開した(二〇一七年五月八日終了)が、これはその注を概ね排除した本文版である(表記上の解説及びその誤りや誤植等で、読者が躓くと判断されることから、特異的に行った底本変更などの最低限の注は残した)。ブログ版の注は、自分としてはかなり力を入れた注であるので、そちらも併せてお読みになられんことを切に望むものである。
 本電子化は、サイト「鬼火」開設十一周年記念(二〇〇六年六月二十六日開設)として公開するものである。【二〇一七年六月二十六日 藪野直史】]



     
病める薔薇さうび

        
或は「田園の憂鬱」



(一九一九年五月作同年十二月改作。

 
續篇「田園の憂鬱」一九一八年二月 
作をも含む。未定稿。)       


[やぶちゃん注:以上は標題紙裏に以上のようなポイント落ちで中央に記されてある。]



     
病める薔薇



 その家は、今や彼の目の前へ現れた。
 初めのうちは、大變な元氣で砂ぼこりを上げながら、主人の後になり前になりして、飛びまわり纏はりついて居た彼の二疋の犬が、やうやう柔順になって、彼のうしろに二疋並んで、そろそろ隨いて來るやうになつた頃である。高い木立の下を、路がぐつと大きくまがつた時に、「あゝやつと來ましたよ」と言ひながら、彼等の案内者である赭毛の太つちよの女が、片手で日にやけた額から滴り落ちる汗を、汚れた手拭で拭ひながら、別の片手では、彼等の行く手の方を指し示した。男のやうに太いその指の尖を傳うて、彼等の瞳の落ちたところには、黑つぽい深綠のなかに埋もれて、ささやかな菅葺の屋根があるのであつた。それは、目眩めまぐるしいそわそわヽヽヽヽした夏の朝の光のなかで、鈍色にどつしりと或る沈着さをもつて光つて居る。
 それが彼のこの家を見た最初の機會であつた。彼と彼の妻とは、その時、各各この草屋根の上にさまやうて居た彼等の瞳を、互に相手のそれの上に向けて、瞳と瞳とで會話をした。「いい家のやうな豫覺がある。」「ええ私もさう思うの。」
[やぶちゃん注:底本では、本段落の冒頭は一字空けがないが、誤植と断じて、一字空けた。]
 その草屋根を見つめながら步いた。この家ならば、何日か遠い以前にでも、夢にであるか、幻にであるか、それとも疾走する汽車の窓からででもあるか、何かで一度見たことがあるやうにも彼は思つた。その草屋根を焦點としての視野は、實際、何處ででも見出されさうな、平凡な田舍の橫顏であつた。然も、それが反つて今の彼の心をひきつけた。今の彼の憧れがそんなところにあつたからである。彼がこの地方を自分の住家に擇んだのも、亦この理由からに外ならなかつた。
 廣い武藏野が既にその南端になつて盡きるところ、それが漸くに山國の地勢に入らうとする變化――言はゞ山國からの微かな餘情を後曲エピロオグであり、やがて大きな野原のはらへの波打つ前曲プロロオグででもあるそれ等の小さな丘は、目のとどくかぎり、此處にも、其處にも起伏してゝそれが形造るつまらぬ風景の間に、一筋の平坦な街道が東から西へ、また別の街道が北から南へ通じて居るあたりに、その道に沿うて一つの草深い農村があり、幾つかの卑下へりくだつた草屋根があつた。それはTとYとHとの大きな都市をすぐ六七里の隣にして、譬へば三つの劇しい旋風の境目に出來た眞空のやうに、世紀からは置放しにされて、世界からは忘れられて、文明から押流されて、しよんぼりと置かれて居るのであつた。
[やぶちゃん注:「其處にも起伏してゝ」定稿(新潮文庫版。以下、この指示は略す)では「ゝ」の部分が読点になっている。底本の誤植が深く疑われるが、暫くママとする。]
 一たい、彼が最初にこんな路の上で、限りなく樂しみ、又珍らしく心のくつろいだ自分自身を見出したのは、その年の春も暮になつた或る一日であつた。こんな場所にこれほどの片田舍があることを知つて、彼は先づ愕かされた。しかもその平靜な四邊の風物は彼に珍らしかつた。ずつと南方の或る半島の突端に生れた彼は、荒い海と嶮しい山とが劇しく咬み合て、その間で人間が微少にしかし賢明に生きて居る一小市街の傍を、大きな急流の川が、その胸の上に筏を長々と浮べさせて押合ひ乍ら荒々しい海の方へ犇き合つて流れてゆく彼の故郷のクライマツクスの多い劇曲的な風景にくらべて、この丘つづき、空と、雜木原と、田と、畑と、雲雀との村は、實に小さな散文詩であつた。前者の自然は彼の峻嚴な父であるとすれば、後者のそれは子に甘い彼の母であつた。「歸れる放蕩息子」に自分自身をたとへた彼は、息苦しい都會の眞中にあつて、柔かに優しいそれ故に平凡な自然のなかへ、溶け込んで了ひたいという切願を、可なり久しい以前から持つやうになつて居た。おゝ!そこにはクラシツクのやうな平靜な幸福と喜びとが、人を待つて居るに違いない。Vanity of vanity, all in vanity !「空の空なる哉、すべて空なる哉」或は然うでないにしても‥‥。いや、理屈は何もなかつた。ただ都會のただ中では息が屛つた。人間の重さで壓しつぶされるのを感じた。其處に置かれるには彼はあまりに鋭敏な機械だと、自分自身で考へた。そればかりでない、其處が彼をいやが上にも鋭敏にする。周圍の騷がしい春が彼を一層孤獨にした。「嗟、こんな晩には、何處でもよい、しつとりとした草葺の田舍家のなかで、暗い赤いランプの影で、手も足も思ふ存分に延ばして、前後も忘れる深い眠に陷入つて見たい」といふ心持が、華やかな白熱燈の下を、石甃の路の上を疲れ切つた流浪人のやうな足どりで步いて居る彼の心のなかへ、切なく込上げて來ることが、まことに屢であつた。さうして矢も楯もたまらない、郷愁に似たやうな名づけやうのない心が、何處とも知れぬ場所へ、自分自身を連れて行けとせがむのであつた‥‥(彼は老人のやうな理智と靑年らしい感情と、それに子供ほどな意志とをもつた靑年であつた)
[やぶちゃん注:冒頭の「一たい、彼が」は底本では「一たい、彼か」であるが、誤植と断じ、定稿によって訂した。
「いやが上」底本は「いやか上」。定本で訂した。]
 その家が、今、彼の目の前に現れた。
 道の右手には、道に沿うて一條の小渠があつた。道が大きく曲れば、渠も従うて大きく曲つた。そのなかを、水は雜木林の裾や、柹の畑の傍や、厩の橫手や、藪の下や、桐畑や、片隅にぽつかり大きな百合や葵を咲かせた農家の庭の前などを、流れて行き流れて來るのであつた。巾六尺ほどのこの渠は、事實は田へ水を引くための灌水であつたけれども、遠い山間から來た川上の水を眞直ぐに引いたものだけに、その美しさはたにかわと言ひ度いやうな氣がする。靑葉を透して降りそそぐ日の光が、それを一層にさう思はせた。へどろヽヽヽの赭土を洒して、洒し盡して何の濁りも立てずに、淺く走つて行く水は、時々ものに堰かれて、ぎらりぎらりと柄になく大きく光つたり、さうかと思ふと縮緬の皺のやうに纖細に、ぴくぴくと發作的に痙攣するやうに光つたりするのだつた。或は、その小さな閃きが魚の鱗のやうに重り合つた、凉しい風が低く吹いて水の面を滑る時には、其處は細長い瞬間的な銀箔であつた。すすきだの、もう夙くにあの情人にものを訴へるやうなセンチメンタルな白い小さい花を失つた野茨の一かたまりのくさむらだの、その外名もないしかしそれぞれの花や實を持つ草や灌木が、渠の兩側から茂り合ひかぶさりかかると、水はそれらの草のトンネルをくぐつた。さうしてその影を黑く凉しく浮べては、ゆらゆらと流れ去つた。或る時には、水はゆつたりと流れ淀んだ。それは旅人が自分の來た方をふりかへつて佇むのに似て居た。そんな時には土耳古玉のやうな夏の午前の空を、土耳古玉色に――或は側面から透して見た玻璃板がらすいたの色に映して居るのであつた。快活な蜻蛉は流れと微風とに逆行して、水の面とすれすれに身輕く滑走して、時々その足を水にひたして、卵を其處に産みつけて居た。その蜻蛉は微風に乘つて、しばらくの間は彼等と同じ方向へ彼等と同じほどの速さで一行を追うやうに從うて居たが、何かの拍子についと空ざまに、高く舞ひ上つた。彼は水を見、また空を見た。その蜻蛉を呼びかけて祝福したいやうな子供らしい氣輕さが、自分の心に湧き出るのを彼は知つた。さうしてこの樂しい流れが、あの家の前を流れて居るであらうことを想ふのが、彼にはうれしかつた。
[「遠い山間から來た」の「遠い」は底本では「遠ひ」となっているが、これは誤植と断じて、定本で訂した。
「銀箔」は底本では「銀泊」であるが、これでは意味がとれない。誤植と断じ、定本の「銀箔」に訂した。
「時々その足を水にひたして、卵を其處に産みつけて居た」「足」はママ。定本では「尾」に訂正されてある。
「子供らしい氣輕さが」底本は「子供らしい氣輕さか」であるが、誤植と断じ、定本で訂した。]
 劇しい暑さは苦しい、樂しい、と表現しやうとして木の葉の一枚一枚が、寶玉の一斷面のやうに輝くと、それらの下から蟬は燒かれて居るやうに呻いた。灼けた太陽は、空の眞中近く昇つて居た。併し、彼の妻は、暑さをさほどには感じなかつた。併し、彼の妻から暑さを防いだものは、その頭の上の紫陽花に紫陽花の刺繡のあるパラソル――貧しい婦の天蓋――ではなかつた。それは彼の女の物思ひであつた。彼の女は今步きながら考へ耽つて居る、暑さを身に感じる閑もないほど。彼の女は考へた――さうすれば今間借りをして居る寺のあの西日のくわつヽヽヽと射し込む一室から凉しいところへ脱れられる。それよりもあの下卑た俗惡な慾張りの口うるさい梵妻の近くからのがれられる。さうして、靜に、凉しく、二人は二人して、言ひたい事だけは言ひ、言ひたくない事は一切言はずに暮したい住みたい。さうすれば、風のやうに捕捉し難い海のやうに敏感すぎるこの人の心持も氣分も少しは落着くことであらう。あれほどの意氣込みで田舍を憧れて來ながら、僅ながらも自分の畑の地面をどう利用しやうなどと考へて居るでも無く(それはもとよりさうであらうとは思つたけれども)それよりも本一行見るではなく字一字書かうとするでもなく、何一つ手にはつかぬらしい。さうして若しそんな事でも言ひ出せば、きつと吐鳴りつけるにきまつて居る。それでなくてさへも、もう全然駄目なものと思はれて居る――わけて自分との早婚すぎる無理な結婚の以後は、殊にさう思はれて居るらしい父母への心づかひもなく、ただ浮々と、その日その日の夢を見て暮して居るのである。何時いつ、建てるものとも的のない家の圖面の、然も實用的といふやうな分子などは一つも無いものを何枚も何十枚も、それはこまかくこまかく描いて居るかと思うと、不意に庭へ飛び出して、犬の眞似をして犬と一緒になつて、燃えて居る草いきれの草原を這つたり轉げまわつたりして居るかと思へば、突然破れるやうな大聲で笑ひ出したり叫び出したりするこの人は、ほんとうに何か非常に寂しいのであらう。何事も自分には話してはくれないから解る筈もない。何か自分には隱して居るのではなからうか‥‥。彼の女は、五六日前に讀み了つた藤村の「春」を思ひ出した。單純な彼の女の頭には、自分の夫の天分を疑うて見ることなどは知らずに、自分の夫のことを、その小説のなかの一人が、自分の目の前ヘ生活の隣りへ、その本のなかから拔け出して來たかのやうにも思つて見た。あれほど深い自信のあるらしい藝術上の仕事などは忘れて、放擲して、ほんとうにこの田舍で一生を朽ちさせるつもりであらうか。この人は、まあ何といふ不思議な夢を見たがるのであらう‥‥。それにしても、この人は、他人に對しては、それは親切に、優しく調子よくし乍ら、何故かうまで私には氣難かしいのであらう。若しや、あの人のある女に對する前の戀がまだ褪せきらない間に、私はあの人の胸のなかへ這入つて行つて、そのためにあの人はしばらくはあの女を忘れては居たけれども、根強く殘つて居たあの戀が何時の間にか再び自分をのけものにしてまた芽を出したのではなからうか。さうして私にはつらくあたる‥‥今のままでは、さぞかし當人も苦しいであらうが、第一そばに居るものがたまらない。返事が氣に入らないといつては轉ぶほど突きとばされたり、打たれたり、何が氣に入らないのか二日も三日も一言も口を利かうとはしなかつたり‥‥。あの人はきつと自分との結婚を悔いて居るのだ。少くとも若し自分とではなく、あの女と一緒に住んで居たならばどんなに幸福だつたろらうかと、時々、考へるに違ひない。實際あの女は、自分も知つて居るけれども、自分などよりはもつと美しく、もつと優しい。私はあの人があの女をどんなに深く思つて居るかはよく知つて居る‥‥いや、いや、さうではない。あの人はやつぱり彼の人自身で何か別のことを考へ込んで居るのである‥‥
「俺には優しい感情がないのではない。俺はただそれを言ひ現すのが恥しいのだ。俺はさういふ性分に生れついたのだ。」
[やぶちゃん注:「紫陽花に紫陽花の刺繡のあるパラソル」意味が半可通であるがママとする。定本では「紫陽花色に紫陽花の刺繡のあるパラソル」となっていて、躓かずに読める。脱字の可能性が極めて高くはある。
「彼の女」「かれのをんな」ではなく、「かのぢよ」と読んでいると思われる。定本では「かの女」で、本作では以降に多出するが、これをいちいち別に「かのをんな」と読んでいたのでは、リズムが頗る悪いからである。
「僅ながらも」底本では「僅なかがらも」となっている。意味がとれないので衍字と断じ、定本で訂した。
「さうして若しそんな事でも言ひ出せば、」底本は「さして若しそんな事でも言ひ出せば、」であるが、「さして」では意味が通らない。脱字と断じ、定本で訂した。
「あの人はやつぱり彼の人自身で何か別のことを考へ込んで居るのである‥‥」の「考へ込んで」の「へ」は左へ九〇度に転倒して「く」のように見える。訂した。]
 ふと、彼の女は、昨夜、いつになく打解けて彼が語つた時、彼の女にむかつて言つた夫の言葉を思ひ出すと、その言葉を反芻しながら步いた。そうして未だ見たことのない家の間どりなどを考へた。たとひ新婚の夢からはとつくに覺めたころであつても、こんな暑さの下ででも、ただ單に轉居するといふだけの動機で、こんなことを考へて悲しんだり、自ら慰めたりすることの出來るのは、まだ世の中を少しも知らない幼妻をさまづまの特權であつたからだ。さうしてそれがまた、あの案内者の女が、喋りつづけに喋つて居るその家の由來に就て、何の興味も持たぬらしく、ただ無愛想に空返事を與へて居るに過ぎなかつた所以ででもある。この案内の女は、その長い暑苦しい道の始終を、ながながと喋りつづけて休まなかつた――この女は自分の興味をもつて居るほどの事なら、他の何人にとつても、非常に面白いのが當然だと信じて居る單純な人人の一人であつたから。
 こんな道を、彼等は一里近くも步いた。
 さうしてその家は、今、彼等一同の目の前にあつた。
 家の前には、果して渠が流れて居た。一つの小さな土橋が、茂るがままの雜草のなかに一筋細く人の步んだあとを殘してその上を步く人人に、あの巾一間あまりの渠を越させて、人人をその家の入口ヘ導く。
 入口の左手には大きな柹の樹があつた。さうして、その奧の方にもあつた。それらの樹の自由自在にうねり曲つた太い枝は、見上げた者の目に、「私は永い間ここに立つて居る。もう實を結ぶことも少くなつた」とその身の上を告げて居るのであつた。その老いた幹には、大きな枝の脇の下に寄生木が生えて居た。それに對して右手は、その屋敷とそれの地つづきである桐畑とを區限つて細い溝があつた。何の水であらう、水が涸れて細く――その細い溝の一部分を尚細く流れて男帶よりももつと細く、水はちよろちよろ喘ぎ喘ぎに通うて居た。じめじめとしたところを、一面に空色の花の月草が生え茂つて居た。また子供たちがこんペとうヽヽヽヽヽと呼んで居るその菓子の形をした仄赤く白い小さな花や、又赤まんまヽヽヽヽと子供たちに呼ばれて居る草花なども、その月草に雜つて一帶に蔓つて居た。それはなつかしい幼心をさなごころをよびさます叢くさむらであつた。晝間は螢の宿であらう小草のなかから、葉には白い竪の縞が鮮に染め出された蘆が、すらりと、十五六本もひとところに集つて、爽やかな葉を風にそよがせて居るのであつた。屋敷の奧の方から流れ出て來た水は、それらの小草の、莖をくぐつてそれらの蘆の短い節々を洗ひきよめながら、うねりうねつて、解きほぐした絹絲の束のやうにつやつやしく、なよやかに搖れながら流れ出た。さうして、か細く長長しい或る草の葉を、生えたままで流し倒して、それを傳ひながら、それらの水はより大きな道ばたの渠のなかへ、水時計の水のやうにぽたりぽたりと落ちそそいで居た。彼にはこの家の後に湧き立つ小さな淸新な泉がありさうにも感ぜられた。
 家の背後は山つづきで竹籔になつて居た。淸楚な竹のなかには素晴しく大きな丈の高い椿が、この竹籔の異端者のやうに、重苦しく立つて居た。屋敷の庭は丈の高い――人間の背丈けよりも高くなつた榊の生垣で取り圍まれてあつた。家全體は、指顧の遠さで見た時にさうであつた如く、目の前に置かれてみても、茂るにまかせた草の上に置かれ、樹樹の枝のなかに埋められてあつた。
 犬は一疋ずつ土橋、の側から下りて行つて、灌水の水を交交に味ふのであつた。
[やぶちゃん注:「土橋、」の読点はママ。]
 彼はその土橋を渡らうともせずに、三徑就荒と口吟みたいこの家を、思ひやり深さうにしばらく眺めた。
 「ねえ、いいぢやないか、入口の氣持が。」
 彼はこの家の周圍から閑居とか隱棲とかいふ心持に相應した或る情趣を、幾つか拾ひ出し得てから、妻にむかつてかう言つた。
 「然うね。でも隨分荒れて居ること。家のなかへ這入つて見なければ‥‥」
 彼の妻は少々不安さうに、又、さかしげに氣まぐれな夫をたしなめる妻の口調をもつてさう答へた。併し、すぐ思ひかへして、
 「でも、今のお寺に居ることを思へば、何處だつていいわ。」
 今飮んだ水から急に元氣を得た二疋の犬は主人達よりも一足さきに庭のなかへ跳り込んだ。松の樹の根元の濃い樹かげを擇んだ二足の犬どもは、わがもの顏に土の上へ長長と身を橫へた。彼等は顏を突き出して、下顎から喉首のところを地面にべつたりと押しつけ、兩方から同じ形に顏を並べ合つた。さうして全く同じやうな樣子に體を曲げて、後脚を投げ出した樣子は、いかにも愛らしいシンメトリイであつた。赤い舌を垂れて、苦しげな息を吐き出し乍ら、庭に入つて來た彼等の主人達の顏を無邪氣な上眼で眺めて、靜かに樂しさうに尾を動かしてみせた。いかにも落着いたらしいその姿は、此處はもう自分たちの家だといふ事を充分に知つて居るらしいやうにも、彼には見られるのであつた。
[やぶちゃん注:「わがもの顏」底本は「わかもの顏」。定本に従って濁音表記とした。]
 案内の女と彼の妻とは、その緣側の永い間閉されて居た戸を開けやうとして、鍵で鍵穴をがたがた言はせて居る。
 樹といふ樹は茂りに茂つて、綠は幾重にも積み重つた。錯雜した枝と枝とは網の目になり壁になり、軒になつて、庭はほとんど日かげもさし込まなかつた。土の匂は黑い地面から、冷冷ひやびやと湧いて來た。彼は足もとから立ちのぼるその土の匂を、香かうを匂ふ人のやうに官能を尖らかせて沁々と味うてみた――ぢやらぢやらと凉しく音を立てゝ居た鍵束の音がやまつて、緣側の戸が開けられるまで。
[やぶちゃん注:「官能を尖らかせて」底本は「官能をらかせて」。読めないので、脱字と断じ、定本で「尖」を補った。]

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 「やつと、家らしくなつた」
 昨日、門前で洗い淨めた障子を、彼の妻は不慣れな手つきで張つたのである。最後の一枚を張り了つた時、夫はそれを茶の間と中の間のあひだの敷居へ納めやうとして立つて居る後姿を見やりながら、妻は滿足に輝いてさう言つた。
 「やつと家らしくなつた。疊は直ぐ換へに來ると言うし」彼の女は同じ事を重ねて言つた。「私はほんとうに厭だつたわよ、おとつひヽヽヽヽ初めてこの家を見た時にはねえ。こんな家に人間が住めるかと思つて」
 「でも、まさか狐狸の住家ではあるまい」
 「でもまるで淺茅が宿ヽヽヽヽよ。」
 「淺茅が宿か淺茅が宿ヽヽヽヽヽヽヽヽヽはよかつたね。‥‥おい、以後この家を雨月草舍と呼ばうぢやないか」
 (彼等二人は――妻は夫の感化を受けて、上田秋成を讃美して居た。)
 夫の愉快げな笑ひ顏を、久しぶりに見た妻はうれしかつた。
 「そこで、今度は井戸換へですよ、これが大變ね。一年もまるで汲まないといふのですもの、水だつて大がい腐りますわねえ。」
 「腐るとも、每日汲み上げて居なければ、己の頭のやうに腐る。」
 この言葉に、「又か」と思つた妻は、今までのはしやいヽヽヽヽだ調子を忘れておづおづヽヽヽヽと夫の顏を見上げた。しかし夫の今日の言葉はたゞ口のさきだけであつたと見えて、顏にはもとのままの笑があつた。それほど彼は機嫌がよかつたのである。それを見て安心した妻は甘へるやうに言ひ足した。
 「それに、庭を何とかして下さらなけやあ。こんな陰氣なのはいや!」
 疲れて壁にもたれかかつた妻の膝には、彼と彼の女との愛猫が、のつそりと上つて居るところであつた。「靑(猫の名)や。お前は暑苦しいねえ」と言ひながらも、妻はその猫を抱き上げて居るのである。彼の家庭には犬が居る。猫が居る。一たん愛するとなると、程度を忘れて溺愛せずには居られない彼の性質が、やがて彼等の家庭の習慣になつて、彼も彼の妻も人に物言うやうに、犬と猫とに言ひかけるのが常であつた。それにかうして田舍に住むやうになつてからは、犬や猫と人間との距離は益々近かつた。
[やぶちゃん注:傍点は若干の疑義がある。実際、底本の傍点位置は幾つかの部分で本文活字の正確な右手中央になかったりする。「淺茅が宿か淺茅が宿」の中間の「か」は傍点を打たない方が自然であり、「はしやいだ」も「だ」を含めた全体に打った方がより自然と判断はするものの、誤植とするまでの明確な根拠を私は持たないのでママとした。因みに、定本では以上のパートには傍点は一切ない。]



 彼等夫婦がこの家に住むやうになつた日から、遡つて數年の前である――
 この村で一番と言はれて居る豪家N家の老主人は、年をとつて、ひどく人生の寂寥を感じ出した。普通、人にとつてかういふ時に最も必要なものは、老ひと若きとを問はず異性であつた。さうしてこの老人は、都會から一人の若い女を連れて來た。この豪家は、この風流人の代にその田の半分を無くしたのだけれども、流石に老人の考へは金持らしいものだつた――ただ美しいだけで、何の能もないやうな女はつれて來なかつた。少し位は醜くとも、年さへ若ければ我慢して、村の爲めにもなり、それよりも自分の經濟の爲めにもなるやうな女を擇んだのであつた。一口に言へば、彼は、今までは村に無くて不自由をして居た産婆を副業にする妾を蓄へたのだ。それから自分の家の離れ座敷をとり外して、彼の屋敷からはすぐ下に當るところへ、それを建て直した。冬には朝から夕方まで日が當るやうな方角を考へて、四間の長さをつづく緣があつた。玄關の三疊を拔けて、六疊の茶の間には爐を切らせた。黑柿の床柱と、座敷の欄間に嵌込んだ麻の葉つなぎの棧のある障子の細工の細かさは、村人の目をそば立たせた。さすがはうちヽヽの山から一本擇りに擇つて伐り出した柱だ、目ざわりな節一つない、と大工はその中古の柱を愛撫しながら自分のもののやうに褒めた。さうして農家の神々しいほど廣い土間のある太い棟や梁の黑い煤けた臺所とは變つて、その家には、板をしきつめた臺所に、白足袋を穿いて、ぞろぞろ衣服の裾を引曳つた女が、そこで立働くやうになつた。老人は、その家督を四十幾つかになつた自分の長男に讓つた。さてこの老人は幸福であつた。村の人人は、自分の年の半分にも足らぬ若さの茶呑友達を得た隱居に就てかげ口を利いた。併し、そんな事位は隱居の幸福を傷けはしなかつた。
 けれども、併しすべての平和と幸福とは、短い人生の中にあつて、最も短い。それは丁度、秋の日の障子の日影の上にふと影を落す鳥かげのやうである。つとヽヽ來てはつとヽヽ消え去る。老人のこれ等の平和の日も束の間であつた。
 若い妾は、程なく、都會から一人の若い男を誘うて來た。村の人人は、この若い男を「番頭さん」「お産婆の番頭さん」と呼んだ。村の人人は産婆には、果して「番頭さん」が入用なものかどうかを知らなかつた。さうしてこの隱居は、自分の若い妾が、自分には無斷で、若い「番頭さん」を雇入れた事に就て不滿であつた。非常に不滿であつた。第一にこの若い男女の生活は田舍の人人の目には贅澤すぎた。隱居の豫算とは少し違ひすぎた。隱居は彼等がもつとつつましやかであり得ると考へ初めた。その事を彼の妾に度々言ひつけた。初めは遠まわしに遠慮勝ちに、併しだんだん思ひき切つて言うやうになつた。或る夜には夜中言ひ募ることがあつた。「番頭さん」は多分これ等の對話を、壁一重に聞いたのだつたらう。或るそんな夜の後の日に――彼の女が初めて村へ來てから一年ばかりの後、若い「番頭さん」を若い妾が「雇入れ」てから半年ほどの後、或る夕方、彼等二人の男女の姿は、突然この村から消えた。
 夕方に村の方から歸つて來た馬方は、山路の夕闇のなかで、くつきりと浮上つて白い丸い顏が目についたので、よく見ると「Nさんのお産婆」だつた、とその次の朝村の人人に告げた。併し、これは多分、この男が實際にこれを見たわけではなく、彼等が居なくなつたと聞いた時に、思ひついた噓であつたかも知れない。でなければ彼は歸つて來ると直ぐその事を、珍らしげに、手柄顏に言ふべき筈だからである。人はこんな時に、ちよつとこんな事を言つて見たいやうな一種の藝術的本能を、誰しも多少持つて居るものである。 ――それはどうでもいいとして、この話は、話題に饑えて居る田舍の人人を當分の間、喜ばせた。さうして二十八の女には、七十に近いあの隱居よりは、二十四五の若者の方が、よく釣合うべき筈だつたといふのが、村の輿論であつた。
 痛ましいのは、若い妾に逃げられたこの隱居が、その後、植木の道樂に沒頭し出した事である。彼は花の咲く木を庭へ集め出した。今日はあの木をこちらに植ゑ變へ、昨日は別の庭からこの木を自分の庭にうつした。さうして明日は何かよい木を搜し出さねばと、每日每日、土いぢりに寧日がなかつた。春には牡丹があつた。夏には朝顏があつた。秋には菊があつた。冬には水仙があつた。さうして、彼の逃げて仕舞つた妻の代りに、二人の十と七つとの孫娘を、自分の左右に眠らせた床のなかで、この花つくりの翁は眠り難かつた。彼は月並の俳諸に耽り出した。
 隱居は死んだ、それから丁度一年經つた後に。彼は、かうして集めた花の木のそれぞれの花を僅かばかり樂しんだばかりであつた。さうしてその家は、彼の末の娘と共に村の小學校長のものになつた。村の校長はこの隱居の養子だつたからである。すると拔目のない植木屋があつて、算術の四則には長けて居り、それを實の算盤に應用することにも巧ではあつたけれども、美に就ては如何なる種類のそれにも一向無頓著な、當主の小學校長をたぶらかして、目ぼしい庭の飾りは皆引拔いて行つた。大木の白木蓮、玉椿、槇、秋海棠、黑竹、枝垂れ櫻、大きな花柘榴、梅、夾竹桃いろいろな種類の蘭の鉢。さうしてそれ等の不幸な木は、かくも忙しくその居所を變へねばならなかつた。土に慣れ親しむ暇もなかつた。かうしてそれ等のうちの或るものは、爲めに枯れたかも知れない。
 小學校長は、丁度新築の出來上つた校舍の一部へ住んだ。自分の貰つたこの家は空家にして置いた。さうして居るうちにこの家を借り手があれば貸したいと考へ出した。住む人が無ければ、家は荒廢するばかりである。たとひ二圓でも一圓五十錢でも、家賃をとつて損になることはない、と校長先生の考へは極く明瞭である。ところが、田舍では大抵の人は自分自身の家を持つて居る、たとひ軒端がくづれて、朽ち腐つた藁屋根にむつくりと靑苔が生へて居るやうな破家なりとも、親から子に傳へ子から孫に傳へる自分の家を持つて居た。どんな立派な家にしろ、借屋をして住まねばならぬやうな百姓は、最後の最後に自分の屋敷を抵當流れにしてしまつた最も貧しい人々に決つて居た。かくて、あの隱居が愛する女のために、又自分の老後の樂しみにと建てたこの家は實に貧しい貧しい百姓の家に化した所以である。隱居が茶の間の茶釜をかけた爐には、大きないぶり勝ちな松薪が、めちやに投込まれて、その煙は田舍家には無駄な天井に邪魔されて、家から外へ拔けて行く路もなかつた。さうして部屋を形造つた壁、障子、天井、疊は直ぐに煤びて來た。氣の毒な百姓の一家は立籠つた煙などを苦にしては居られない。反つてそれから來る溫さに感謝して、秋の、冬の長い夜な夜なを、繩を綯うたり、草鞋を編んだりして、夜を更かさねばならなかつた。屋賃は四月つき目五月つき目位から滯り出した。疊はすり切れた、柱へはいろいろな場合のいろいろな痕跡がいろいろの形に刻みつけられた。「せめては下肥位はたまるだらう」と校長先生が考へたにも拘はらず、校長先生の作男が下肥を汲みに行く朝は、其處は何時も空虛ぽだつた。何となれば家の借り手の貧しい百姓が、自分の借りて居る畑へそれを運んで仕舞うた後であつたからだ。校長先生はひどくこの借家人を惡く思ひ初めた。會うほどの人には誰彼となく、貧乏な百姓の狡猾を罵り、訴へた。さうして「どうせ貧乏する位の奴は、義理も何も心得ぬ狡猾漢だ」といふ結論を與へ去つた。外の村人は、直ぐ校長先生の意見に賛同の意を示した。そこで校長先生は自分の論理が眞理として確立されたのを感じ出した。次には、こんな男に家を貸して置くよりも、寧ろ荒れるにまかせて置いた方がどれほどよいか解らないと思ひ出した。何故かといふに、この男に家を貸すことは、積極的に荒廢させることである。反つて、空家として打捨てて置くことはその消極的な方法である。さうしてこの借家人は逐ひ立てられた。村の人々は校長先生の態度は合理的だと考へた。
[やぶちゃん注:「靑苔が生へて居る」底本は「靑苔か生へて居る」。誤植と断じ、定本で訂した。
「夜を更かさねばならなかつた」底本は「夜を更かさねばならなかた」。脱字と断じ、定本で補った。
「運んで仕舞うた後であつたからだ。」底本は句点なし。定本で補った。]
 これらの間――あの隱居が亡くなつてから後は、その庭の草や木のことを考へるやうな人は、一人もなかつた。家と庭とは荒れに荒れた。ただ一人、あの貧乏な百姓の小娘が、隱居が在世の折に植ゑられたままで、今は草の間に野生のやうになつて、年々に葉が哀れになり、莖がくねつて行く菊畑の黃菊白菊の小さな花を、秋の朝々に見出しては、ちゞくれた髮のかんざしにと折りとつた。
 彼は緣側に立つて、庭をながめながら、あの案内者であつた太つちよの女が、道々語りつづけた話のうちに、彼一流の空想を雜へて、ぼんやり考へるともなく考へ、思ふともなく思ふて居た。
 「フラテ、フラテ」裏の緣側の方では、彼の妻の聲がして、犬を呼んで居る。「おおよしよし、ルポも來たのかい。おお可愛いね。フラテや、お前はね、今のやうにあんな草ばかりのところで遊ぶのぢやありませんよ。蝮が居ますよ。そうこの間のやうに、鼻の頭を咬まれて、喉が腫れ上つて、お寺の和尚さんのやうにこんな大きな顏になつて來ると、ほんとうに心配ぢやないか。いいかい。フラテはもうこの間で懲りたから解つたはね。ルポや、お前は氣をおつけよ。お前の方は溫和いから大丈夫だね‥‥」
 妻は牧歌を歌う娘のやうな聲と心持とで、自分の養子である二疋の犬に物云うて居る。さうして凉しい竹籔の風は、そこから彼の立つて居る方へ拔けて通りすぎた。

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 眞夏の庭園は茂るがままであつた。
 すべての樹は、土の中ふかく出來るだけ根を張つて、そこから土の力を汲み上げ、葉を彼等の體中一面に着けて、太陽の光を思ふ存分に吸ひ込んで居るのであつた――松は松として生き、櫻は櫻として、槇は槇として生きた。出來るだけ多く太陽の光を浴びて、己を大きくするために、彼等は枝を突き延ヽヽヽした。互に各の意志を遂げて居る間に、各の枝は重り合ひ、ぶつかり合ひ、絡み合ひ、犇き合つた。自分達ばかりが、太陽の寵遇を得るためには、他の何物をも顧慮しては居られなかつた。さうして、日光を享けることの出來なくなつた枝は日に日に細つて行つた。一本の小さな松は、杉の下で赤く枯れて居た。榊の生垣は背丈けが不揃ひになつて、その一列になつて、その頭の線が不恰好にうねつて居る。それは日のあたるところだけが生い茂り丈が延びて、諸の大きな樹の下に覆はれて日蔭になつた部分は、落凹んで了つたからであつた。又、それの或る部分は葉を生かすことが出來なくなつて、恰も城壁の覗き窓ほどの穴が、ぽつかりと開いて居るところもあつた。或る部分は分厚に葉が重り合つてまるく圓つて繁つて居るところもあつた。或る箇所は全く中斷されて居るのである。といふのは、丁度その生垣に沿うて植ゑられた大樹の松に覆ひ隱されて、そればかりか、垣根の眞中から不意に生ひ出して來た野生の藤蔓が、人間の拇指よりももつと太い蔓になつて、生垣を突分け、その大樹の松の幹を、恰も虜とりこを捕へた綱のやうに、ぐるぐる卷きに卷きながら攣ぢ登つて、その見上げるばかりの梢の梢まで登り盡して、それでまだ滿足出來ないとみえる――その卷蔓は、空の方へ、身を悶えながらもの狂おしい手の指のやうに、何もないものを捉へやうとしてあせり立つて居るのであつた。その卷蔓のうちの一つは、松の隣りのその松よりも一際高い櫻の木へ這ひ渡つて、仲間のどれよりも迥に高く、空に向つて延びて居た。又、庭の別の一隅では、梅の新らしい枝が直立して長く高く、譬へば天を刺かこうとする槍のように突立つて居るのであつた。甞ては菊畑であつた軟かい土には、根強く蔓つた雜草があつて、それは何處か竹に似た形と性質とを持つた強さうな草であつた。それの硬い莖と葉とは土の表面を網目に編みながら這うて、自分の領土を確實にするためにその節のあるところから一一根を下して、八方へ擴がつて居た。試にその一部分をとつて、根引にしやうとすると、その房々した無數の細い根は黑い砂まじりの土を、丁度人間が手でつかみ上げるほどづつ持上げて來る。これが彼等の生きようとする意志である。又、「夏」の萬物に命ずる燃ゆるやうな姿である。かく繁りに茂つた枝と葉とを持つた雜多な草木は、庭全體として言へば、丁度、狂人の鉛色な額に垂れかかつた放埒な髮の毛を見るやうに陰鬱であつた。それ等の草木は或る不可見な重量をもつて、さほど廣くない庭を上から壓し、その中央にある建物を周圍から遠卷きして押迫つて來るやうにも感じられた。
[やぶちゃん注:「太陽の光を思ふ存分に吸ひ込んで居るのであつた――」は底本では「太陽の光を思ふ存分に汲ひ込んで居るのであつた――」で「汲ひ」は読めない。「吸ひ」の誤植と断じ、定本に従い、訂した。
「一本の小さな松は、杉の下で赤く枯れて居た。」は底本では句点がなく、以下と続いてしまっていておかしい。句点の脱字と断じて、定本に従い、句点を挿入した。]
 併し、凄く恐ろしい感じを彼に與へたものは、自然の持つて居るこの暴力的な意志ではなかつた。反つて、この混亂のなかに絶え絶えになつて殘つて居る人工の一縷の典雅であつた。それは或る意志の幽靈である。かの拔目のない植木屋が、この庭園から殆んどその全部を奪ひ去つたとは言へ、今に未だ遺されて居るもののなかにも、確に、故人の花つくりの翁の道樂を偲ばずには置かないものが一つながら目につくのである。自然の力も、未だそれを全く匿し去ることは出來なかつた。例へば、もとはこんもりと棗形なつめなりに刈り込まれて居たであらうと思へる白斑しらふ入りの羅漢柏あすならうである。それは門から玄關への途中にある。それから又、座敷から厠を隱した山茶花がある。
それの下の沈丁花がある。鉢をふせたやうな形に造つた霧嶋躑躅の幾株かがある。大きな葉が暑さのために萎れ、その蔭に大輪の花が枯れ萎びて居る年經た紫陽花がある。それらのものは巨人が激怒に任せて投げつけたやうな亂雜な庭のところどころにあつて、白木蓮、沈丁花、玉椿、秋海棠、梅、芙蓉、古木の高野槇、山茶花、萩、蘭の鉢、大きな自然石、むくむくと盛上つた靑苔、枝垂櫻、黑竹、常夏、花柘榴の大木、それに水の近くには鳶尾、其他のものが、程よく按排され、人の手で愛まれて居たその當時の夢を、北方の蠻人よりももつと亂暴な自然の蹂躙じゆうりんに任されて顧る人とてもない今日に、その夢を未だ見果てずに居るかと思へるのである。よし、庭の何處の隅にもそんなものの一株もなかつたとしたところが、門口にかぶさりかかつた一幹の松の枝ぶりからでも、それが今日でこそ徒らに硬かたく太く長い針の葉をぎつしりと身に着けていながらも、曾ては人の手が、懇にその枝を勞はり葉を揃へ、幹を撫ぜたものであつたことは、誰も容易に承認するのであらう。實は、それの持主である小學校長は、この次にはその松を賣らうと考へて、この松だけはこん度の貸家人が植木屋を呼ぶときには、根まはりもさせ鬼葉もとらせて置かうと思つて居るのであつた。
[やぶちゃん注:「今に未だ遺されて居るもののなかにも」底本では「未だ」が「未た」であるが、誤植と判断して「だ」とした。猶、先例に徴すると、この「未だ」は、これで「まだ」と訓じているものと思われる。
「巨人が激怒に任せて」底本は「巨人が激怒に狂せて」。「か」は間違いなく誤植で、「狂せて」は「くるはせて」では表現がおかしく、これも「任」の誤植と断じ、その通りになっている定本によって訂した。]
 故人の遺志を、偉大なそれであるからして時には殘忍にも思へる自然と運命との力が、どんな風にぐんぐん破壞し去つたかを見よ。それ等の遺された木は、庭は、自然の溌溂たる野蠻な力でもなく、また人工のアアティフィシャルな形式でもなかつた。反つて、この兩樣の無雜作な不統一な混合であつた。さうしてそのなかには醜さといふよりも寧ろ故もなく凄然たるものがあつた。この家の新らしい主人は、木の影に佇んで、この庭園の夏に見入つた。さて何かに怯かされて居るのを感じた。瞬間的な或る恐怖がふと彼の裡うちに過ぎたやうに思ふ。さてそれが何であつたかは彼自身でも知らない。それを捉へる間ひまもないほどそれは速かに閃き過ぎたからである。けれどもそれが不思議にも、精神的といふよりも寧ろ官能的な、動物の抱くであらうやうな恐怖であつたと思へた。
 彼は、その日、少時しばらく、新らしい住家のこの凄まじく哀れな庭の中を木かげを傳うて、步き𢌞つてみた。
 家の側面にある白樫の下には、蟻が、黑い長い一列になつて進軍して居るのであつた。彼等の或るものは大きな家寶である食糧を擔いで居た。少し大きな形の蟻がそこらにまくばつて居て、彼等に命令して居るやうにも見える。彼等は出會ふときには、會釋をするやうに、或は噂をし合うやうに、或は言傳を托して居るやうに兩方から立停つて頭をつき合せて居る。これはよくある蟻の轉宅であつた。彼は蹲うづくまつて、小さい隊商を凝視した。さうして暫くの間、彼は彼等から子供らしい樂を得させられた。永い年月の間、かういふものを見なかつた事や、若し目に入つたにしても見やうともしなかつたであらう事に、彼は初めて氣づいた。さう言へば、幼年の日以來――あの頃は、外の子供一倍そんなものを樂み耽つて居たにも拘らず、その思ひ出さへも忘れて居た――落ちついて、月を仰いだこともなければ、鳥を見たこともなかつた。そんな事に氣附いた事が、彼を妙に悲しく、また喜ばしくした。さういふ心を抱きながら臺所から立上つて、步み出さうとすると、ふと目に入つたのは、その白樫の幹に道化た態なりをして、牙のやうな形の大きな前足をそこへ突立てて嚙かぢりついて居る蟬の脱殼だつた。それは背中のまんなかからぱつくり裂けた、赤くぴかぴかヽヽヽヽした小さな鎧であつた。なおその幹をよく見て居ると、その脱殼から三四寸ほど上のところに、一疋の蟬が凝乎ぢつとして居るのを發見することが出來た。それは人のけはいに驚く風もないのは無理もない。その蟬は今生れたばかりだといふ事は一目に解つた。この蟲はかうして身動みじろぎもせず凝乎としたまま、今、靜かに空氣の神祕にふれて居るのであつた。その軟かな未だ完成しない羽、は言ふばかりなく可憐で、痛々しく、小さくちぢかんで居た。ただそれの綠色の筋ばかりがひどく目立つた。それは爽やかな快活なみどり色で、彼の聯想は白く割れた種子を裂開いて突出した豆の双葉の芽を、ありありと思ひ浮べさせた。それはただにその色ばかりではなく、羽全體が植物の芽生に髣髴して居た。生れ出すものには、蟲と草との相違はありながら、或る共通な、或る姿がその中に啓示されて居るのを彼は見た。自然そのものには何の法則もないかも知れぬ。けれども少くもそれから、人はそれぞれの法則を、自分の好きなやうに看取することが出來るのであつた。尚ほ熟視すると、この蟲の平たい頭の丁度眞中あたりに、極く微小な、紅玉色で、それよりももつと燦然たる何ものかが、いみじくも縷められて居るのであつた。その寶玉的な何ものかは、科學の上では何であるか(單眼といふものででもあらう)彼はそれに就て知るべくもなかつた。けれどもその美しさに就ては、彼自身こそ他の何人より知つてゐると思つた。その美しさはこの小さなとるにも足らぬ蟲の誕生を、彼をして神聖なものに感じさせ、禮拜させるためには、就中、非常に有力であつた。
[やぶちゃん注:「身動みじろぎ」底本は「身動みじろき」と清音。清音でもよいかと思ったが、平安まで遡らないと一般的には清音使用は見られず、「日本国語大辞典」には、『古くは「みじろく」か』と推定記載しかないので、定本に従い、「ぎ」に改めた。
「その軟かな未だ完成しない羽、は全體は乳色で」読点はママ。誤植の可能性が極めて高いのであるが、底本では、行末の本来、組まない(組めない)箇所に敢えて飛び出て打たれてあり、これは確信犯の可能性を排除出来ぬので敢えてママとした。但し、定本では存在しない。
「彼自身こそ他の何人より知つてゐると思つた」ワ行の「ゐ」が本作本文で最初に現われるのは、ここが初めてである。ここまでの「ゐる」は総て「居る」と漢字表記している。これは種々の電子化を手がけてきた私の経験上の印象からの推理であるが、佐藤春夫は少なくともこの頃、ワ行の平仮名「ゐ」の字形を生理的に好まなかったのではないかと考えている。]
 彼のあるか無いかの知識のなかに、蟬といふものは二十年目位にやつと成蟲になるといふやうなことを何日いつか何處どこかで、多分農學生か誰かから聞き嚙つたことがあつたのを思ひ出した。おゝ、この小さな蟲が、唯一語に蛙鳴蟬騒と呼ばれて居るほど、人間には無意味に見える一生をするために、彼自身の年齡に殆んど近いほど、年を經て居やうとは!さうして彼等の命は僅に數日であらうとは!自然は今更に自然の不思議を感じた。(蟬ははかない。けれども人間の雄辯な代議士の一生が蟬ではないと、誰か言はうぞ。)
 蟬の羽は見て居るうちに、目に見えて、そのちぢくれが引延ばされた。同時にそれの半透明な乳白色は、刻々に少しづつ併し確實に無色で透明なものに變化して來るのであつた。さうしてあの芽生のやうに爽快ではあるけれどもひ弱げな綠も、それに應じて段々と黑ずんで、恰も若草の綠が常磐木のそれになるやうな、或る現實的な強さが、瞭かに其處にも現れつつあるのであつた。彼はこれ等のものを二十分あまりも眺めつくして居る間に――それは寧ろある病的な綿密めんみつさであつた――自づと息が迫るやうな嚴肅を感じて來た。
 突然、彼は自分の心にむかつて言つた。
「見よ、この小さなものが生れるためにでも、此處にこれだけの忍耐がある!」
 それから重ねて言つた。
「この小さな蟲は己だ!蟬よ、どうぞ早く飛立て!」
 彼の奇妙な祈禱きとうはこんな風にして行はれた。この時のみならず常にかうして行はれてあつた。

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 さて、ここに幾株かの薔薇がこの庭の隅にあつた。
 それは井戸端の水はけに沿うて、垣根のやうに植ゑつけられて居るのであつた。若し充分に繁茂していれば「一架長條萬朶春」を見せて、二三間つづきの立派な花の垣根を造つたであらう。けれどもそれ等は甚だしく不幸なものであつた。朝日をさへぎつては杉の木立があつた。夕日は家の大きな影が、それらの上にのしかかつて邪魔をした。さうして正午の前後には、柹の樹や梅の枝がこの薔薇の木から日の光を奪うた。さうしてそれ等杉や梅や柹の茂るがままの枝はそれ等の薔薇の木の上へのさばつて屋根のやうになつて居た。かうしてこれ等の薔薇の木は、その莖はいたいたしくも蔓草のやうに細つて、尺にもあまるほどの雜草のなかでよろよろと立上つて居た。八月半すぎといふのに、花は愚かそれらの上には、一片の ――實に文字どおりに一片の靑い葉さへもないのであつた。それ等の莖が未だ生きたものであることを確めるためには、彼はそれの一本を折つて見るほどであつた。日の光と溫かさとは、すべての外のものに全く掠められて、土のなかに蓄へられた彼等の滋養分も彼等の根もとに蔓はびこつた名もない雜草に悉く奪はれた。彼等は自然から何の恩惠も享けては居ないやうに見えた。ただこんな場所を最も好む蛛蜘の巣の丁度いい足場のやうになつて、薔薇はかうしてまでその生存を未だつづけて居なければならなかつた。
[やぶちゃん注:「蛛蜘」はママ。]
 薔薇は、彼の深くも愛したものの一つであつた。さうして時には「自分の花」とまで呼んだ。何故かといふに、この花に就ては一つの忘れ難い、慰めに滿ちた詩句を、ゲエテが後に遺して置いてくれたではないか――「薔薇さうびならば花開かん」と。又、ただそんな理窟ばつた因緣ばかりではなく、彼は心からこの花を愛するやうに思つた。その豐饒な、杯から溢れ出すほどの過剩的な美は、殊にその紅色の花にあつて彼の心をひきつけた。その眩暈めくるめくばかりの重い香は、彼には最初の接吻の甘美を思ひ起させるものであつた。さうして彼がそれを然う感ずる爲めにとて、古來幾多の詩人が幾多の美しい詩をこの花に寄せて居るのであつた。西歐の文字は古來この花の爲めに王冠を編んで贈つた。支那の詩人もまたあの繪模樣のやうな文字を以てその花の光輝を歌ふことを見逃さなかつた。彼等も亦、大食國の「薔薇露」を珍重し、この「換骨香」を得るために「海外薔薇水中州未得方」と嘆じさせた。それ等の詩句の言葉は、この花の爲めに詩の領國内に、貴金屬の鑛脈のやうな一脈の傳統を――今ではすでに因襲になつたほどまでに、強固に形造つて居るのである。一度詩の國に足を踏み入れるものは、誰しも到るところで薔薇の噂を聞くほど。さうして、薔薇の色と香と、さては葉も刺も、それらの優秀な無數の詩句の一つ一つを肥料として己のなかに汲み上げ吸ひ込んで――それらの美しい文字の幻を己の背後に輝かせて、その爲めに枝もたわわヽヽヽになるやうに思へるほどである。それがその花から一しおの美を彼に感得させるのであつた。幸であるか、いや寧ろ甚だしい不幸であらう、彼の性格のなかにはこうした一般の藝術的因襲が非常に根深く心に根を張つて居るのであつた。彼が自分の事業として藝術を擇ぶやうになつたのもこの心からであらう。彼の藝術的な才分はこんな因襲から生れて、非常に早く目覺めて居た。‥‥それ等の事が、やがて無意識のうちに、彼をしてかくまで薔薇を愛させるやうにしたのであらう。自然そのものから、眞に淸新な美と喜びとを直接に摘み取ることを知り得なかつた頃から、彼はこの花にのみはかうして深い愛を捧げて來て居た。
 それにしても、今、彼の目の前にあるところのこの花の木の見すぼらしさよ! 彼は、曾て、非常に溫い日向にあつた爲めに寒中に莟んだところの薔薇を、故郷の家の庭で見た事もあつた。それは淡紅色な大輪の花であつたが、太陽の不自然な溫さに誘はれて莟になつて見たけれども、朝夕の日かげのない時には、南國とても寒中は薔薇に寒すぎたに違ひない。莟は日を經ても徒に固く閉じて、それのみか白いうちにほの紅い花片の最も外側なものは、日日に不思議なことにも緑色になつて葉に近い性質にまで硬ばつて行くのを見た事があつた。けれども、彼が今日の前に見るこれらの薔薇の木は、その哀れな點では曾てのあの莟の花の比ではない。彼はこれ等の木を見て居るうち、衝動的に一つの考へを持つた。どうかしてこの日かげの薔薇の木、忍辱の薔薇の木の上に日光の恩惠を浴びせてやりたい。花もつけさせたい。かう言ふのが彼のその瞬間に起つた願ひであつた。しかし、この願ひのなかには、故意とらしい、遊戲的な所謂詩的といふやうな、又そんな事をするのが今の彼自身に適はしいといふ風な「態度」に充ちた心が、その大部分を占めて居たのである。彼自身でもそれに氣付かずには居られなかつたほど。(この心が常に、如何なる場合でも彼の誠實を多少づつ裏切るやうな事が多かつた)
 さて、彼はこの花の木で自分を卜うて見たいやうな氣持が
あつた――「薔薇ならば花開かん」!
 彼は自分で近所の農家へ行つた。足早に出て行く主人の姿を、二疋の犬は目敏くも認めて追驅けた。錆びた鋸と桑剪り鋏とをかたげた彼が、二疋の犬を從へて、一種得意げに再び庭へ現れたのは、五分とは經たないうちであつた。彼はにこにこしながら薔薇の傍らに立つた。どうすれば其處を最もよく日が照すだらうと、見當をつけて上を見𢌞しながら、さて肩拔ぎになつた。先づ鋸で、最ものさばり出た柹の太い枝を引き初めた。枝からはぼろぼろと白い粉が降るやうにこぼれて、鋸の齒が半以上に喰ひ入ると、未だ斷ち切れぬ部分は、脆くもそれ自身の重みを支へ切れなくなつて、やがてぼきりと自分からへし折れ、大きな重い枝はそれの小枝を地面へ打おつつけて落ちかかつた。すると、その隙間からはすぐ、日の光が投げつけるやうに、押し寄せるやうに、沁み渡るやうに、あの枯木に等しい薔薇の枝に降り濺いだ。薔薇を抱擁する日向は追々と擴くなつた。押しかぶさつた梅や杉や柿の枝葉が、追々に刈られたからである。彼は桑剪り鋏で、薔薇の木の上の蛛蜘の巣を拂うた。其處にはいろいろの蛛蜘が潛んで居た。蠅取り蛛蜘といふ小さな足の短い蛛蜘は、枝のつけ根に紙の袋のやうな巣を構へて居た。龜甲のやうな色澤の長い足を持つた大きな女郎蛛蜘は、大仕掛な巣を張り渡して居た。鋏がその巣を荒すと、蛛蜘は曲藝師の巧さで糸を手繰ながら逃げて行く。それを大きな鋏が追驅けた。彼等は糸を吐きながら鋏のさきへぶら下がつて、土の上や、草のなかや、水溜りの上に下りて逃げる。それを鋏がちよん斬つた。
[やぶちゃん注:ここで言っておくと、ここまでの「柿」と「柹」の混用は私のタイプ・ミスではなく、そのように混用されているのである。念のため。既に述べた通り、「蛛蜘」も総てママである。]
 そんなことが彼の體を汗みどろにした。又彼の心を興奮させた。最初に、最も大きな枝が地に墜ちた音で、彼の珍らしい仕事を見に來た彼の妻は、何か夫に喚びかけたやうであつたけれども、彼は全く返事をしなかつた。犬どもは主人が今日は少しも相手になつてくれないのを知ると、彼等同士二疋で追つかけ合つて、庭中を騷ぎ𢌞つて居た。何か有頂天とでも言ひたい程な快感が、彼にはあつた。さうして無暗に、手當り次第に、何でも引き切つてやりたいやうな氣持になつた。
 彼は松に絡みついて居るあの藤の太い蔓を、根元から、桑剪り鋏で一息に斷ち切つた。彼は案外自分にも力があると思つた。その蔓を縒よりをもどすやうにくるくる𢌞しながら松の幹から引き分けると松は其時ほつヽヽと深い吐息をしてみせたやうに、彼には感ぜられた。彼は蔓のきり端を兩手で握ると、力の限りそれを引つぱつて見た。しかし、勿論それは到底無駄であつた。松の小枝から梢へそれに隣の櫻の木へまでも纏りついた藤蔓は、引つぱられて、ただ松の枝と櫻の枝とをたわめて強く搖ぶらせ、それ等の葉を椀もぎ取らせて地の上に降らせ、又櫻の枝にくつついて居た毛蟲を彼の麥稈帽子の上に落しただけで、蔓自身は弓弦のやうに張りきつたのであつた。「私はお前さんの力ぐらいには驚かんね!どうでも勝手に、もつとしつかりやつてみるがいい!」と、その藤蔓は小面憎くも彼を揶揄したり、傲語したりするのであつた。彼はこの藤蔓には手をやいて、とうとうそれぎりにして置くより外はなかつた。さうして今度は生垣を刈り初めた。
 正午すぎからの彼のこの遊びは、夕方になると、生垣の頭がくつきりと一直線に揃ひ、その壁のやうに平になつた側面には、折りから、その面と平行して照し込む夕日の光線が、榊の黑い硬い葉の上に反射して綺麗にきらきらと光つた。かうなつて見るとあの大きな穴が一層見苦しく目立つたのであつた。
 「やあ、これやさつぱりしましたね」と、こんな風な御世辭を言ひながら、その穴から家のなかを見通して行く野良歸りの農夫もあつた。それから、彼はその序にあの渠の上へ冠さつて居る猫楊ねこやなぎの枝ぶりを繕うてもみた。
 その夕方、彼は珍らしく大食して夜は夜で快い熟睡を貪り得た。然も翌朝目覺めた時には、體が木のやうに硬ばり節々が痛むところの自分を、苦笑をもつて知らなければならなかつた。
 その幾日か後の日に、今度は本當の植木屋――といつても半農であるが――が、彼の家の庭に這入つた時には、あの松と櫻とにああまで執念深く絡みついて居た藤蔓は、あの百足むかでの足のやうな葉がしほれ返つて、或る部分はもうすつかり靑さを失うて居るのであつた。さうしてあのもの狂ほしい指である卷蔓は、悉くぐつたりとおち入ヽヽヽつて居た。彼は惡人の最後を舞臺で見てよろこぶ人の心持で、松の樹の上で植木屋が切り虐さいなむ太い藤蔓を、軒の下にしやがんで見上げて居た。
 「これや、もう四五日ほして置くといい焚きつけが出來まさあ」と突然、植木屋は松の樹の上から話しかけた。「其奴はよつぼど死太い奴だね」彼はそんな事を答へて置いて、「然うだ」とひとり考へた。「あの剛情な藤蔓が、そんなに早くも、醜く枯れたのは、彼をそんなに太く壯んに育上げたと矢張同じその太陽の力だ」と、彼はこの藤蔓から古い寓話を聞かされて居た。彼は又、彼の意志が――人間の意志が、自然の力を左右したやうにも考へた。寧ろ、自然の意志を人間である彼が代つて遂行したやうにも自負した。藤蔓が其處に生えて居た事は、自然にとつて何の不都合でもなかつたであらうに。兎に角、それでも人間の手が必要なのだ‥‥。彼は漫然そんなことをも思つてみた。
 それにしても、あの薔薇は、どう變つて來るであらうか。花は咲くかしら?それを待ち樂む心から、彼は立上つて步いて行つた。薔薇を見るためである。其上にはたゞ太陽が明るく賴もしげに照してゐるほか、別に未だ何の變りもないのは、今朝もよく見て知つて居る筈だつたのに。
 かうして幾日かはすぎた。薔薇のことは忘れられた。さうしてまた幾日かはすぎた。

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 自然の景物は、夏から秋へ、靜かに變つて行つた。それを、彼ははつきりと見ることが出來た。
 夜は逸早くも秋になつて居た。轡蟲だの、蛼だの、秋の先驅であるさまざまの蟲が、或は草原で、或は床の下で鳴き初めた。樂しい田園の新秋の豫感が、村人の心を浮き立たせた。村の若者達は娘を搜すために、二里三里を凉しい夜風に吹かれながら、その逞しい步みで步いた。或る者は、又、村祭の用意に太鼓の稽古をして居た。その單純な鳴りものゝ一生懸命なひゞきが、夜更けまで、野面を傳うて彼の窓へ傳はつて來た。
 彼の狂暴ないら立たしい心持は、この家へ移って來て後は、漸く、彼から去つたやうであつた。さうして秋近くなつた今日では、彼の氣分も自ら平靜であつた。彼は、ちやうど草や木や風や雲のやうに、それほど敏感に、自然の影響を身に感得して居ることを知るのが、一種の愉快で誇りかにさへ思はれた。この夜ごろの燈は懷しいものの一つである。それは心身ともに疲れた彼のやうな人人の目には、柔かな床しい光を與へるランプの光であつた。そのランプのガラスの壺は、石油を透して琥珀の塊のやうに美しかつた。或る時には、薄い紫になつて、紫水晶のことを思はせた。その燈の下で、彼は、最初、聖フランシスの傳記を愛讀しようとした。けれども彼は直ぐに飽きた。根氣というものは、彼の體には、今は寸毫も殘されては居なかつた。さうしてどの本を讀みかけても、一切の書物はどれもこれも、皆、一樣に彼にはつまらなくヽヽヽヽヽ感じられた。そればかりか、そんな退屈な書物が、世の中で立派に滿足されて居るかと思ふと、それが非常に不思議でさへあつた。何か――人間を、彼自身を、別世界へ引きづり上げて行くやうな、或はこの古い世界を全然別のものにして見せるやうな、或は全く根底から覆すやうな、非常な、素晴らしい何ものかが何處かにありさうなものだ、と彼はしばしば漫然とそんなことを攷へて見た。さうして、この重苦しい退屈が、彼の心に巣喰うて居る以上、その心の持主の目の見る世界萬物は、何時も、すべて、何處まででも、退屈なものであるのが當然であることを、彼が知らないのではなかつた。但、さういふ狀態の己自身を、どうして新鮮なものにすることが出來るか、人人が大勇猛心と呼で居るものは、どんなものか。それを何處から彼の心へ齎すべきか、それらのすべては彼には全然知り得べくもなかつた。さうして田舍にも、都會にも、地上には彼を安らかにする樂園はどこにもない。
 「ただ萬有の造り主なる神のみ心のままに‥‥」
 と、言つて見ようか‥‥。彼の心は太鼓のひゞきに耳を傾けて、その音の源の周圍をとり圍んで居るであらう元氣のいい若者達を、羨しく想像した。
 彼の机の上には、讀みもしない、又、讀めもしないやうな書物の頁が、時々彼の目の前に曝されてあつた。彼はその文字をたゞ無意味に拾つた。彼は、又、時々大きな辭書を持ち出した。そのなかから、成可く珍らしいやうな文字を搜し出すためであつた。言葉と言葉とが集つて一つの有機物になつて居る文章といふものを、彼の疲れた心身は讀むことが出來なくなつて居たけれども、その代りには一つ一つの言葉に就てはいろいろ空想を呼び起すことが出來た。それの靈を、所謂言靈ことだまをありありと見るやうにさへ思ふこともあつた。その時、言葉に倦きた時には、彼はその辭書のなかにある細かな插畫を見ることに依つて、未だ見たことも空想したこともない魚や、獸や、草や、木や、蟲や、魚類や、或は家庭的ないろいろの器具や、武器や、古代から罪人の所刑に用ひられたさまざまな刑具や、船や建築物の部分などを知ることを喜んだ。それらの器物の形や言葉の言靈のなかには、人類の思想や、生活や、空想などが充ち滿ちて居るのを感じた――それは極く斷片的にではあつたけれども。さうして、彼の心の生活はその時ちやうどそれらの斷片を考へるに相應しただけの力しか無いのであつた。
 彼は、時々、夜更けになつてから、詩のやうなものを書くこともあつた。それはその夜中、彼自身には非常に優秀な詩句であるもののやうに信ぜられた。併し、翌日になつて目を覺して最先きにその紙片を見ると、それは全く無意味な文字が羅列されてあつた。
 彼は家の圖面を引くことを、再び始めた。彼は非常に複雜な迷宮のやうな構へを想像することがあつた。さうかと思ふと、コルシカの家のやうに、客間としても臺所としても唯大きな一室より無い家を考へることもあつた。
 かうして又しても生氣のない無聊が來た。さうしてそれが幾日もつづいた。

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 或る夜、彼のランプの、紙で出來た笠へ、がさヽヽと音を立てて飛んで來たものがあつた。
 見るとそれは一疋の馬追ひである。その靑いすつきりとした蟲は、その緣ふちを紅くぼかして染め出したランプの笠の上へとまつて、それらの紅と靑との對照が先づ彼の目を引いたが、その姿と動作とが、更におもむろに彼の興味を呼んだ。その蟲は、長い觸角をゆるやかに動しながら、ランプの圓い笠の紅いところを、ぐるぐると廻り出して、靑く動いて行つた。さうして、時々には、壁や、障子や、取り散した書棚や、或は夜更しをしすぎて何時になれば寢るものともきまらない夫を勝手にさせて自分だけ先づ眠つて居る彼の妻の蚊帳の上などへ、身輕に飛び渡つては、鳴いて見せた。「人間に生れることばかりが、必ずしも幸福ではない」と或る詩人が言つた「今度生れ變る時にはこんな蟲になるのもいい」或る時、彼はそれと同じやうなことを考へながらその蟲を見て居るうちに、ふと、シルクハツト上へ薄羽蜉蝣うすばかげろふのとまつて居る小さな世界の場面を空想した。あの透明な羽を背負うた靑い小娘の息のやうにふわふわヽヽヽした小さな蟲が、漆黑なぴかぴかした多少怪奇な形を具へた帽子の眞角なかどヽヽの上へ、賴りなげに然しはつきりととまつて、その角の表面をそれの線に沿うてのろのろヽヽヽヽと這つて行く‥‥。それを明るい電燈が默つて上から照して居た‥‥。彼は突然、光を覗いた。それは電燈ではない。ランプの光である。彼はそのランプの光を自分の空想と混同して、自分も今電燈の下に居るやうに思つたからである。
[やぶちゃん注:この段落は冒頭の一字下げない。かといって、前の一文と繋がっているのかと言えば、底本は前の行の最後が一字分、空欄になっている。定本では改行となっているから、ここは字下げをしなかった校正ミスととり、独立段落として、冒頭を一字下げて示した。なお、ここの「廻」の字はママで、本書では「𢌞」と「廻」の活字が混用されている。
「ぴかぴかした」底本は「ぴかかした」。脱字と断じて、定本で訂した。]
 何故に彼がシルクハツトと薄羽蜉蝣といふやうな對照をひよつくり思ひ出したか、それは彼自身でも解らなかつた。唯、さういふ風な、奇妙な、纖細な、無駄なほど微小な形の美の世界が、何となく今の彼の神經には親しみが多かつた。
 馬追ひは、每夜、彼のランプを訪問した。彼は、最初には、この蟲が何んのためにランプの光を慕うて來るのか、さてその笠をぐるぐると𢌞るのか、それらの意味を知らなかつた。併し、見て居るうちに直ぐに解つた。それは決してその蟲の趣味や道樂ではなかつたのである。この蟲は、其處へ跳んで來て、その上にたかつてヽヽヽヽ居るところのもう一層小さい外の蟲どもを食ふためであつた。それらの蟲どもは、夏の自然の端はしくれを粉にしたとも言ひたいほどに極く微細な、たゞ靑いだけの蟲であつた。馬追ひは彼の小さな足でもつてそれらの蟲を搔き込むやうに捉へて、それを自分の口のなかへ持つて行つた。馬追ひの口は、何か鋼鐵で出來た精巧な機械にでもありさうな仕掛に、ぱつくりヽヽヽヽと開いては、直ぐ四方から一度に閉ぢられた。一層小さな蟲どもはもぐもぐと、この強者の行くに任せて食はれた。食はれる蟲は、それの食はれるのを見て居ても、別に何の感情をも誘はれないほど小さく、また親みのないものばかりであつた。指さきでそれを輕く壓へると、それらの小さな蟲は、靑茶色の斑點をそこに遺して消去せてしまうほどである。
[やぶちゃん注:「消去せてしまう」「きえうせてしまう」。「う」はママ。]
 馬追ひは、或る夜、どこでどうしたのであるか、長い跳ねる脚の片方を失つて飛んで來た。
 遂には或る夜、彼の制止をも聞かなかつた猫が、書棚の上で、彼の主人の夜ごとのこの不幸な友人を捉へた。さんざんに弄んだ上で、その馬追ひを食つて仕舞つた。彼は今度生れ變る時にはこんな蟲もいいと思つたことを思ひ出すと、こんな蟲とてもなかなか氣樂ではないかも知れないと小さな蟲の生活を考へて見た。
 彼がそんな風な童話めいた空想に耽り、醉ひ、弄んで居る間に、彼の妻は寢牀の下で鳴くこほろぎの聲を沁み沁みと聞きつつ、別の童話に思ひ耽つて居るのであつた。こほろぎの歌から、冬の衣類の用意を思うて猫が飛び乘つても搖れるところの、空つぽになつた彼女の簞笥の事を考へ、それから今は手もとにない彼の女のいろいろな晴着のことを考へた。さうしてそれ等の着物の縞や模樣や色合ひなどが、一つ一つ仔細に瞭然と思ひ浮ばれた。又それにつれてそれ等の一かさね一かさねが持つて居る各々の歷史を追想した。深い吐息がそれ等の考へのなかに雜り、さてはそれが淚ともなつた。彼の女は、女特有の主觀によつて、彼の女の玩具の人生苦を人生最大の受難にして考へることが出來た。さうして其悲嘆は、然も訴ふるところがなかつた――これ等のことを今更に告げて見たところで、それをどうしようとも思はぬらしく「何ものも無きに似たれどもすべてのものを持てり」といふやうな句を、ただ聞かせるだけで、一人勝手に生きて居る夫を、象牙の塔に夢みながら、見えもしない人生を俯瞰した積りで生きて居る夫を、その妻が賴み少く思ふことは是非ない事である。彼の女は、時々こんな山里へ來るやうになつた自分を、その短い過去を、運命を、夢のやうに思ひめぐらしても見た。さて、今でもまだ舞臺生活をして居る彼の女の技藝上の競爭者達を、(彼の女はもと女優であつた)今の自分にひきくらべて華やかに想望することもあつた。‥‥‥‥Nといふ山の中の小さな停車場まで二里、馬車のあるところまで一里半、その何れに依つても、それから再び鐵道院の電車を一時間。眞直ぐの里程にすれば六七里でも、その東京までは半日がゝりだ‥‥‥‥それにしても、どんな大理想があるかは知らないが、こんな田舍へ住むと言ひ出した夫を、又それをうかうかと賛成した彼の女自身を、わけても前者を彼の女は最も非難せずには居られなかつた。遠い東京‥‥‥‥近い東京‥‥‥‥近い東京‥‥‥‥遠い東京‥‥‥‥その東京の街々が、アアクライトや、シヨウヰンドウや、眠らうとして居る彼の女の目の前をゆつくり通り過ぎた。
[やぶちゃん注:「俯瞰」底本は「腑※」(「※」「瞰」の中央部を「享」に変えた字体)であるが、読めない。定本で訂した。]

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 空の夕燒けが每日つづいた。けれどもそれはつい二三週間前までのやうな灼け爛れた眞赤な空ではなかつた。底には深く快活な黃色を匿してうはべだけが紅であつた。明日の暑さで威嚇する夕燒ではなく、明日の快晴を約束する夕榮であつた。西北の空にあたつて、ごく近くの或る丘の凹みの間から、富士山がその眞白な頭だけを現して、夕映のなかでくつきり光つて居た。俗惡なまで有名なこの山は、ただそのごく小部分しか見えないといふことに依つて、それの本來の美を保ち得て居た。この間うちまでは重なり合つた夕雲のかげになつて、それらの雲の一部か或は山かと怪しまれた西方の地平に連る灰黑色な一列は、今見れば、何處か遠くの連山であることが確かになつた。今日もまた無駄に費したといふ平凡な悔恨が、每日この夕映を仰ぐ度ごとに、彼にははげしく瞬間的に湧き上るのであつた。多分色彩から來る病的な感激を心がそれの意味に飜譯したのであつたらう。地の上の足もとを見ると、その足場である土橋の下を、渠の水が空を反映して太い朱線になつて光り、流れて居た。
 田の面には、風が自分の姿を、そこに渚のやうな曲線で描き出しながら、ゆるやかに蠕動して進んで居た。それは凉しい夕風であつた。稻田はまだ黃ばむといふほどではなかつたけれども、花は既に實になつて居た。さうして蝗がそれらの少しうな垂れた穗の間で、少しずつ生れ初めて居た。蛇莓といふ赤い丸い草の實のころがつて居る田の畦には、彼の足もとから蝗が時折飛び跳ねた。すると彼の散步の供をして居る二疋の犬は、よりヽヽ早くそれを見出すや否や、彼等の前足でそれを押し壓へると、其處に半死半生で橫はつて居る蝗を甘さうに食つてしまつた。彼等の一疋はそれを見出す點で、他の一疋よりも敏捷であつた。しかし、前足を用いて捉へる段になると、別の一疋の方が反つて機敏であつた。又一疋の方はとり逃がした奴を直ぐあきらめるらしかつたけれども、他の一疋はなかなか執拗に稻田のなかまで足を泥にふみ込んで追ひ込む。彼等にもよく觀れば各違つた性質を具へて居るのが彼を面白がらせ、且つ一層彼等を愛させた。稻の穗がだんだん頭を垂れてゆくにつれて、蝗の數は一時に非常に殖えて居た。犬は自分からさきに立つて彼を導くやうにしながら田の方へ每日彼を誘ひ出した。彼の目の前の蝗を見ると、時々、それを捉へて犬どもに食はせてやりたくなつた。それで指を廣げた手で、その蟲をおさへやうとした。犬どもは彼等の主人がその身構へをすると主人の意志がわかるやうになつたと見えて、自分の捉へかかつて居るのを途中でやめて、主人の手つきを目で追うて、主人の獲物が與へられるのを待つて居るのであつた。けれども彼は大てい五度に一度ぐらゐよりそれを捉へることが出來なかつた。ただ揉ぎとれた足だけを握つて居たりした。彼は蟲を捉へるには、それに巧でない方の犬にくらべてもずつと下手であつた。それにも拘はらず、犬どもはそんな事にまで主人の優越を信じて、主人を信賴して居るらしかつた。さうして、彼が蟲をとり逃がした空しい手をひらいて見せると、犬どもは訝しげに、主人の手の中と主人の顏とをかはるがはる見くらべて、彼等は一樣にその頭をかしげ、その可憐に輝く眼で彼の顏を見上げた。それがさも主人のその失敗に驚き失望して居る樣であつた。彼等犬には、實に豐な表情があつた!彼等は幾度もその徒らな期待の經驗をしながらも、矢張り自分達よりも主人の方が蟲を捉へるにでも偉い筈だといふ信念を、決して失はぬしかつた。彼の蝗を捉へようとする身構と手つきとを見る每に、彼等は彼等自身が既に成功して居るも同然な蟲を放擲して、主人の手つきを見つめたまま、何時までも其の惠みを待ちうけて居るのであつた。彼は空しくひろげた掌で、失望して居る犬どもの頭を愛撫して居た。犬はそれにでも滿足して尾を振つた。彼には、それが――犬どもの無智な信賴が、またそれに報ゆることの出來ない事が、妙に切なかつた。彼が人間同士の幾多の信賴に反いて居ることよりも、この純一な自分の歸依者に對しての申譯なさは、彼には寧ろ數層倍も以上に感じられた。彼は、彼等のあの特有な澄みきつた眼つきで見上げられるのが切なさに、遂には目の前の蝗を捉へようとする一種反射運動的な動作を試みないやうに、細心に努力するのであつた。
 何日か、彼自身で手入れをしてやつた日かげの薔薇の木は、それに覆ひかぶさつて居た木木の枝葉を彼が刈り去つて、その上には日の光が浴びられるやうになつた後、一週間ばかり經つと、今では日かげの薔薇ではないその枝には、初めて、ほの紅い芽がところどころに見え出した。さうして更に、その兩三日の後には、太陽の驚くべき力が、早くもその芽を若々しい葉に仕立てて居た。しかし、彼は顏を洗ふために井戸端へは每朝來ながら、何時しか、それらの薔薇の木のことは忘れるともなくもう全く忘れ果てて居た。
[やぶちゃん注:「日かげの薔薇の木は」定本では、この「薔薇」にわざわざ『さうび』(新潮文庫原本は『そうび』)とルビしてある。これは即ち、我々は基本、本作の「薔薇」を常に「さうび」と音読みすることを原則とすることを佐藤はここで再確認していると言わねばならない。現在、本作の定本を黙読している恐らく九十九%の読者は知らず知らずのうちに心内で「薔薇」を「ばら」と読んでしまっていると私は推定する。それは現に慎まねばならぬということである。
 圖らずも、ある朝――それは彼がそれの手入れをしてやつてから二十日足らずの後である。彼は偶然、それ等の木の或る綠あざやかな莖の新らしい枝の上に花が咲いて居るのを見出した。赤く、高く、ただ一つ。――「永い永い牢獄のなかでのやうな一年の後に、今やつと、また五月が來たのであろうか!」その枯れかかつて居た木の季節外れな花は、歡喜の深い吐息を吐き出しながら、さう言ひたげに、今四邊を見まはして居るのであつた。秋近い日の光はそれに向つて注集して居た。おお、薔薇の花。彼自身の花。「薔薇ならば花開かん」彼は思はず再び、その手入れをした日の心持が激しく思ひ出された。彼は高く手を延べてその枝を捉へた。そこには嬰兒の爪ほど色あざやかな石竹色の軟かい刺があつて、輕く枝を捉へた彼の手を輕く刺した。それは、甘える愛猫が彼の指を優しく嚙む時ほどの痒さを彼に感じさせた。彼は枝をたわめてそれを彼の身近くひき寄せた。その唯一の花は、嗟! 丁度アネモネの花ほど大きかつた。さうしてそれの八重の花びらは山櫻のそれよりももつと小さかつた。それは庭前の花といふよりも、寧ろ路傍の花の如くであつた。然もその小さな、哀れな、畸形の花が、少年の唇よりも赤く、さうして矢張り薔薇特有の可憐な風情と氣品とを具へ、鼻を近づけるとそれが香さへ帶びて居るのを知つた時彼は言ひ知れぬ感に打たれた。悲しみにも似、喜びにも似て何れとも分ち難い感情が、切なく彼にこみ上げたのである。そは丁度、あの主人に信賴しきつて居る無智な、犬の澄み耀いた眼でぢつと見上げられた時の氣持に似て、もつともつと激しかつた。譬へば、それはふとした好奇な出來心から親切を盡してやつて、今は既に全く忘れて居た小娘に、後に端なくめぐり逢うて「わたしはあの時このかた、あなたの事ばかりを思ひつめて來ました」とでも言はれたやうな心持であつた。彼は一種不可思議な感激に身ぶるひさへ出て、思はず目をしばたたくと、目の前の赤い小さな薔薇は急にぼやけて、夏の眼がしらからは、淚がわれ知らずにじみ出て居た。
[やぶちゃん注:「嗟!」「ああ!」。感嘆符の下の一字空けはママ。底本では疑問符や感嘆符の後の字空けがなかったりあったりして統一がとられていない。]
 涙が出てしまふと感激は直ぐ過去つた。併し、彼はまだ花の枝を手にしたまま呆然と立ちつくし、心のなかの自分での會話を、他人ごとのやうに聞いて居た。
 「馬鹿な、俺はいい氣持に詩人ヽヽのやうに泣けて居る。花にか? 自分の空想にか?」
 「ふふ。若い御隱居がこんな田舍の人間性に饑えて御座る!」
 「これあ、俺はひどいヒポコンデリヤだわい。」
[やぶちゃん注:「田舍の人間性」底本では「田舍人間性」で、絶対のおかしいとは言えぬものの、まず脱字と勘ぐる。定本では「の」が入っている。読者の躓きを排するために敢えて定本に従って挿入した。]

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 或る夜、庭の樹立がざわめいて、見ると、靜かな雨が野面を、丘を、樹をほの白く煙らせて、それらの上にふりそそいで居た。しつとりと降りそそぐ初秋の雨は、草屋根の下では、その跫音も雫も聞えなかつた。ただ家のなかの空氣を、ランプの光をしめかなものにした。さうして、それ等の間に住んで居る彼に、或る心持ち、旅愁のやうな心持を抱かせた。さうして、その秋の雨自らも、遠くへ行く淋しい旅人のやうに、この村の上を通り過ぎて行くのであつた。彼は夜の雨戸をくりながらその白い雨の姿を見入つた。
 そんな雨が二度三度と村を通り過ぎると、夕方の風を寒がつて、猫は彼の主人にすり寄つた。身のまわりには單衣ものより持ち合せていない彼もふるへた。
 或る夕方から降りだした雨は、一晩明けても、二日經つても、三日經つても、なかなかやまなかつた。始めの内こそ、これらの雨に或る心持を寄せて樂しんで居た彼も、もうこの陰氣な天候には飽き飽きした。
 それでも雨は未だやまない。
[やぶちゃん注:以前にも注したが、先行する読みでは「未だ」は「いまだ」ではなく「まだ」と訓じている。向後はこの注は略す。]
 犬の體には蚤がわいヽヽた。二疋の犬はいぢらしくも、互に、相手の背や尾のさきなどの蚤をとり合つて居た。彼は彼等のこの動作を優しい心情をもつてながめた。併し、それ等の犬の蚤が何時の間にか、彼にもうつつた。さうして每晩蚤に苦しめられ出した。蚤は彼の體中をのそのそと無數の細い線になつて這ひまわつた。
 それに運動の不足のために、暫く忘れて居た慢性の胃病が、彼を先づ體から陰鬱にした。それがやがて心を陰鬱にした。每日每日の全く同じ食卓が、彼の食慾を不振にした。その每日同一の食物が彼の血液を腐らせさうにして居ると、感じないでは居られなかつた。犬でさへももうそれには飽きて居た。ちよつと鼻のさきを彼等の皿の上に押しつけただけで、彼等さへ再び見向きもしなかつた。けれどもこれに就て、彼は彼の妻には何も言ふべきではなかつた。この村にある食ひ物とては、これきりだからである。
 その蚤の巣のやうに感じられる體を洗つて、さつぱりするために、風呂に入りたいと思つても、彼の家には風呂桶はなかつた。近所の農家では、天氣の日には每日風呂を沸かしたけれども、野良仕事をしないこの頃の雨の日には、わざわざ水を汲んだりしてまで、風呂へ入る必要はないと、彼等は言つて居た。さうして農家では、朝から何にもせずに、何にも食わずに寢て居るといふ家族もあつた。
 猫は、每日每日外へ出て步いて、濡れた體と泥だらけの足とで家中を橫行した。そればかりか、この猫は或る日、蛙を咥へて家のなかへ運び込んでからは、寒さで動作ののろくなつて居る蛙を、每日每日、幾つも幾つも咥へて來た。妻はおおぎようヽヽヽヽヽに叫び立てて逃げまはつた。いかに叱つても、猫はそれを運ぶことをやめなかつた。妻も叫び立てることをやめなかつた。生白い腹を見せて、蛙は座敷のなかで、よく死んで居た。
 或る日。彼の二疋の犬は、隣家の雞を捕へて食つて居るところを、その家の作代に見つかつて、散々打たれて歸つて來た。その隣家へ、彼の妻がそれの詫びに行つたところが、圓滑な言葉といふものを學ばなかつた田舍大盡の老妻君は、案外な不氣嫌であつた。犬は以後一切繫いで置いて貰いたい。運動させなければならぬならば、どうせ遊んで居られる方ばかりだから自分達で連れて步けばよい。庭のなかへ這入つては糞をしちらかす、田や畑は荒す。夜は吠えてやかましい。そのために子供が目をさます。その上につい一週間ほど前から卵産み始めたばかりのいい雞などを食はれてたまるものではない。まるで狼のやうな犬だ。若し以後、庭のなかへ這入るやうな事があつたならば、遠慮はして居られないから打ちのめす、家には外にも澤山の雞があるのだから。と何か別の事で非常に激昂して居るらしい心を、彼の犬の方へうつして、ヒステリカルな聲で散々に吐鳴り立てた。その聲が自分の家のなかで坐つて居る彼の耳にまで聞えて來た。この中老の婦人はこの犬どもの主人が、他の村人のやうに彼の女に對して尊敬を拂はぬといつて、兼々非常に不愉快に思つて居たからであつた。最も奇妙なことは、彼の女は彼等夫婦が何も野良仕事をしないといふ事實の彼の女自身の單純な解釋から、彼の女の新らしい隣人が何か非常に贅澤な生活でもして居るものと推察して居たものとみえる。かういふわけで、發育盛りの若い二匹の犬は、每日鎖で繫がれねばならなかつた。彼は初めの數日は自分で自分の犬を運動に連て行つた。二匹の犬を一人で牽くのは仲々むづかしかつた。それに傘をささねばならなかつた。道は非常に糠つて居た。どうせ遊んで居る閑人だ、運動なら自分で連れて步けと言つたといふ言葉を思ひ出すと、彼は步きながら悲しげに苦笑を洩した。若い大きな犬どもは五町や六町位の運動では、到底滿足しなかつた。それに彼等は普通の道路を厭うて、そのなかへ足を踏み込むと露で股まで濡れる畦道の方へ橫溢した活氣でもつて、その鎖を強く引つ張りながら、よろめく彼を引き込んで行つた。わけても鬪犬の性質を持つた一疋は非常な力であつた。それらの樣子を、隣家の老妻君は家のなかから見て居さうに、彼は思つた。實際そんな時もあつた。運動不足で癇癪を起して居る犬どもは、繫がれながら、夕方になると、與へた飯を一口だけで見むきもせずに、ものに怯えて、淋しい長い聲で何かを訴へて吠え立てた。その聲が、雨のためにほの白く煙つた空間を傳うて、家の向側の丘の方へ傳つて行くと、その丘からはその聲が山彦になつて吠え返して來る。犬はそれを自分たち自身の聲とは知らずに、再びより激しくそれへ吠え返した。かうして夕方每に一しきり物凄く長鳴きした。猫の方は猫で、相變らず蛙を咥へて來て、のつそりと泥だらけの足で夕闇の座敷をうろついて居た。彼は時にはそれらの猫を強く蹴り飛した。連日の雨にしめつて燃えなくなつて居る薪が、風の具合で、意地わるく每日座敷の方へばかり這入り込んで來た。
[やぶちゃん注:本段落の「匹」と「疋」の混用はママ。]
 晝間の犬の音なしい時には、例の隣家の大盡の家では、卵を生んだ鷄が何羽も何羽も、人の癇をそそり盡さねば措かないやうな聲で、けけけけヽヽヽヽと一時間もそれ以上も鳴きつづけた。或る日、それらの一羽が、彼の家へ紛れ込んで來たが、犬どもの繫がれて居るのを見ると、したりげに後から後から群をなして彼の庭へ闖入した。さうして犬の食ひちらした飯粒を悠然と拾ひ初めた。犬は腹を立てて追ふ。鷄はちよつと身を引く。腹を立てた犬は吠え立てたけれども鷄の一群は別に愕かなかつた。その一群の闖入者を追ひ拂はうとして走り出した犬には、鎖が頸玉をしつかりとおさへて居た。あせればあせるだけ彼自身の喉が締めつけられるだけであつた。遂には彼等同士の二つの鎖が互の身動きも出來ぬ程に絡み合つて居たりする。鷄は平氣で緣側へさへ上つて來て、そこへ汚水のやうな糞をしたりした。手を擴げて追ふと、彼等はさも業々しく叫び立てた。彼等は丁度、あの女主人に言附かつて、彼を揶揄するために來たかとさへ思はれた。その女主人は、垣根の向ふから、それらの光景を見て居ながら、わざと氣のつかぬふりをして居る。彼の妻はそれを見ると、何かあてつけらしく鷄を罵りさうにするのを、彼は制止した。彼はそんな事をしては惡いと思て居るよりも、臆病と卑屈とから、それすらも出來ないのであつた。さうして内心は妻よりもより以上に憤慨して居るのである。別の隣家の小汚い女の子が二人、別に嬰兒まで負うて、雨で遊び場がないので、猫よりももつと汚い足と着物とで彼の家へ押込んで來た。背中の嬰兒が泣く。さうして三人ともそれぞれに何を見ても欲しがる。十三になるといふ一番上の兒は、もうすでに女特有の性質を發揮して、彼の妻を相手に、隣の大盡の家の惡口やら、いろいろの世間話を口やかましく聞かせて居た。それ等の兒は時時彼等が風呂を貰つて這入る家の子なので、その子を追ひ立てることは出來にくいと妻は言つた。その實、彼の妻はそんな子供をでも話相手にほしかつたのである。犬や猫ばかりでない、確にこの子供達が一層澤山に蚤を負うて來るに違ひない、と彼は考へた。彼はいらいらしながらも、よその人とさへ言へばこんな子供にまで小さくなつて、小言一つ言へない性質であつた。さうしてそんなことには無神經なほど無頓着な彼の妻が、その子供達に雨降りのなかを、あまりしげしげ用事に使ふのを見ると、彼は反つてはらはらヽヽヽヽして、妻を叱り飛ばした。その子供達の家へ風呂を貰ひに行くと、七十位の盲目で耳の遠い老婆が、風呂釜の下を燃してくれながら、いろいろと東京の話を聞きたがつた。東京の話ではない江戸の話である。この老婆は「煙のやうな昔」(とそのツルゲニエフのやうな言葉をその老婆自身が言つた)娘のころに、江戸の某樣の御屋敷で御奉公したとかで、殿樣の話やら、まだ眼の見えた昔に見た江戸の質問を彼にするのであつた。維新で田舍へ歸つたと言ひながら、その維新とはどんなものであるかは知らないと見えて、電車が通つて居たり、公園があつたりする東京といふものの概念は何一つ持つて居なかつた。さうして彼には答へる術もないその江戸の質問を、くどくどと尋ねるのであつた。さて彼が「江戸」の事は不案内だと氣がつくと、彼の女の娘時代のその家の全盛今の主人である息子の馬鹿さ、實に實に平凡なことどもを長々と聞かせて、それでなくてさへ口不調法な彼には、返事の仕方が解らなかつたほどである。それにこの老婆は答へても何も聞えぬだらうほど耳が遠かつた。「俺にはそんな話は面白くないのだ! ひとのことなどはどうでもいいのだ!」彼はさう叫んでやりたくなつた。この老婆のくどい話は結局、何のことであるかは解らなかつたけれども、彼の氣持をじめじめさせるには、何しろ充分すぎた。しかもそれの相手になつてくれと懇願する表情をもつて、この老婆は五十六の時に全く失明したと、今のさつきも物語つたその兩眼で、彼を見上げた。見つめた。風呂釜の火が一しきり燃え上つて、ふと、この腰の全く曲つて居る老婆を照すと、片手に長い新を持つた老婆は、廣い農家の大きな物置場の暗闇の背景からくつきり浮き上つて、何か呪を呟く妖婆のやうにも見えた。
[やぶちゃん注:「業々しく」ママ。定本では「仰仰しく」となっている。
「惡いと思て居るよりも」ママ。定本は「思て」の箇所は「思つて」となっている。]
 その風呂場を脱れ出てくると、さすがに夜風がさわやかに、彼の湯上りの肌をなでた。併し家へ歸つて見ると、彼の妻はホヤのすすけた吊りランプの影で、里の母からでも來たらしい手紙を讀んで居たが、彼には見せたくないらしく、遽にそれを長長と捲き納めると、不興極まる顏をして、その吐息を彼に吹きかけでもするかのやうに、淚で光らせた瞳で彼を見上げた。それは何か威嚇するやうにも見え、哀願するやうにも見えた。その手紙を、彼は讀まずとも知つて居る。彼にはつまらぬことであつて、彼の女達には重大な何事かであろう。彼の女等は互に彼の女等の苦しい困窮を訴へ合つて居るのであらう‥‥‥‥‥
 彼の家には、もう一人泣きに來る女があつた。それはお絹といふ名の四十近い女であつた――彼等がこの家へ引越して來る時に、この家へ案内し、引越しの手傳ひをしたのが因緣で、その後、彼の家庭へ時々出入りするやうになつた女である。彼の女は身の上ばなしを初めては泣いた。最初たつた一度、珍らしさうにこ女の身の上ばなしに耳を傾けたのが原因で、お絹はその後いつもいつも一つの話を繰返した。彼はしまひにはお絹の顏を見ると腹立しくなつた。最も不思議なことには、彼はお絹の顏さへ見れば胃のあたりが鈍痛し初めた‥‥‥‥
 床の下では、犬が蚤にせめ立てられて、それを追ふために身を搖すぶると、その度にゆれる鎖の音が、がちやがちやと彼に聞えて來た。彼はお絹の身の上ばなしよりも、蚤に惱まされて居る犬の方に、より多くの同情を持つた。さうして彼は自分自身の背中にも、脇腹にも、襟首にも、頭の髮の毛のなかにも、蚤が無數にうごめき出すのを感じた‥‥‥‥
 些細な單調な出來事のコンビネエシヨンや、パアミテエシヨンが、每日單調に繰り返された。それらがひと度彼の體や心の具合に結びつくと、それは悉く憂鬱な厭世的なものに化つた。雨は何時まででも降りやまない。それは今日でもう幾日になるか、五日であるか、十日であるか、二週間であるか、それとも一週間であるか、彼はそれを知らない。唯もうどの日も、どの日も、區別の無い、單調な、重苦しい、長長しい幾日かであつた。牢獄のなかのやうな幾日かであつた。おお!然うだ。日蔭になつて、五月になつても、八月の中ごろになつても靑い葉一枚とてはなく、ただ莖ばかりが蔓草のやうに徒らによろめいて延びて居た、この家の井戸端のあの薔薇の木の生涯だ。彼は再び薔薇のことを考へた。考へたばかりではない。あの日かげの薔薇の鬱悶を今は生活そのものをもつて考へるのである。
 薔薇といえば、その薔薇は、何時かあの淚ぐましい――事實、彼に涙を流させた畸形な花を一つ咲かせてから、日ましによい花を咲かせて、咲きほこらせて居たのに、花はまたこの頃の長い長い雨に、花片はことごとく紙片のやうによれよれになつて、濡れ碎けて居た。

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 こんな日頃に、ただ深夜ばかりが、彼に慰安と落着きとを與へた。雞の居ない夜だけ、鎖から放して置くことにした犬が、今ごろ、田の畦をでも元氣よく跳びまはつて居るかと想像することが、寢床のなかで彼をのびのびした氣持にした。併し或る夜であつた。家の外から彼の家を喚ぶものがあつた。未だ机の前に坐りこんで、考へに壓えつけられて居た彼は、緣側の戸を開けて見ると、一人の黑い男が、生垣と渠との向ふの道の上に立つて居た。さうしてその何者かが彼に向つて、橫柄に呼びかけた。巡査かも知れない、と彼は思つた。
 「これやあ君の家の犬だらう。」
 「さうだ。何故だい。」
 「これやあ、怖くつて通れんわい。」
 その村位、犬を恐怖する村は、先づ世界中にないと、彼は思つた。この附近には、狂犬が非常に多いからだと村の一人が説明して居た。それに彼の犬の一疋は純粹の日本犬であつた。
 「大丈夫だよ。形は怖いが、おとなしい犬だから。」
 「何が大丈夫だい。怖くつて通れもしない。」
 「狂犬ぢやないよ。吠えもしないぢやないか。」
 「飼つて居る者はさうでも、飼はんものにはおつかない。ちょつと出て來て、繫いだらどうだい。」
 この何者かの非常に橫柄な口調は、其奴が闇で覆面して居るからだと思ふと、彼は非常に憤ろしかつた。彼はいきなり其處にあつた杖をとると、傘もささずに道の方へ飛び出した。雨は糠ほどより降つていない。その知らない男は、何かまだぐづぐづ言つて居た。さうしてどうしてもこの犬を繫げ、それでなければ俺は通れぬ、と言ひ張つた。可笑しいほど犬を恐れながら、可笑しいほど一人で威張つて居た。「これは優しい犬だ、未だ子供だから人懷しがつて通る人の傍へ行くのだ」と彼は犬のために辯護した。彼にとつては、今、犬は無辜の民である。その男は暴君である。彼自身は義民であつた。その男の言ふことが一々理不盡に思へた彼は、果は大聲でその男を罵つた。彼の妻は何事かと緣側へ出て來たが、この樣子を見ると、暗のなかの通行人に向つてしきりに詫びて居た。彼にはそれが又腹立しかつた。
 「默つていろ。卑屈な奴だ、謝る事はない。犬が惡いのぢやないぞ。この男が臆病なんだ。子供や泥棒ぢやあるまいし‥‥」
 「何、泥棒だと。」
 「お前を泥棒だと言やしないよ。音無しく尾を振つて居る犬をそんなに怖がる奴は泥棒見たいだと言つただけだ。」
 彼は、しまひには、その男を毆りつけるつもりであつた。彼等は五六間を距てて口爭ひして居た。其處へ、見知らない男の後から一つの提灯が來た。それがその男に向つて何か言つて居たが、提灯は彼の方へ近づいて來た。奴等は棒組だな、と彼は即座にさう思つた。若し傍へ來て何か言つたら、と彼は杖をとり直して身構へした。
 「どうぞ堪忍してやつて下さいましよ。親爺やお酒をくらつて居るんでさ。」
 その提灯の男は、反つて彼に謝つて居たのだ。彼は相手が醉つぱらいであつたと知れると、急に自分が馬鹿げて來た。併し、彼は笑へもしなかつた。その時或る説明しがたい心持で、彼は身構へて把つて居た自分の杖をふり上げると、自分の前で何事も知らずに尾を振つて居る自分の犬を、彼は強したたかに打ち下した。犬は不意を打たれて、けん、けん、と叫びながら家のなかへ逃げ込む。打たれない犬もつづいて逃込む。彼は呆然とそこに立つて居たが、舌打をして、その杖を渠のなかへたたきつけると、すたすたと家へ這入つて行つた。犬は床下深く身を匿して居た。杖を捨てても未だ握つて居た彼の掌は、ねちこちと汗ばんで居た。
 「今に見ろ。村の者を集めてあの犬を打殺してやらあ!」醉漢はそんな事を言ひながら、提灯をもつた若い男に連れられて通り去つた。
[やぶちゃん注:「お前を泥棒だと言やしないよ」底本は「お前だ泥棒だと言やしないよ」であるが、誤植と断じて、定本で訂した。
「反つて彼に謝つて居たのだ」底本は「反つて彼に誤つて居たのだ」である。読み換えるに苦はないが、視認上で躓いてしまうので、定本で訂した。]
 醉漢のその捨白が、その晩から、彼には非常な心配であつた。村の者が、實際、彼の犬を打殺しはしないかと考へられ出すと、身の上話で泣いて居たあの太つちよの女が、何日か彼に告げた言葉も思ひ出された――「この村では冬になると犬を殺して食ひますよ。御用心なさい、御宅のは若くつて太つて居るから丁度いいなんて、冗談でしせうがそんな事をいつて居ましたよ」
[やぶちゃん注:「丁度いいなんて」底本は「丁度いいなんで」。誤植と判断して定本で訂した。]
 捨てて仕舞つた杖は、思へば思ふほど、彼には非常に惜しいものであつた。それは唐草模樣の花の彫刻をした銀の握のある杖であつた。別段それほど惜しむに足りるものではないのに、それが彼には不思議なほど惜しまれた。その翌日は、彼は犬を運動させるやうなふりをして、その杖を搜す爲めに、渠の流れに沿うた道を十町以上も下つて見た。あの淸らかであつた渠の水は、每日の雨で徒らに濁り立つて居た。杖は何處にも見出されなかつた。彼は杖を無くした事を、妻にも内緒にして居るのであつた。
 杖と醉漢の拾白とが、彼自身でさへ時々は可笑しいばかり氣にかかる。一層、あの時、あの男を撲りつけてやればよかつたに――彼は寢床のなかで、口惜しくてならぬこともあつた‥‥若しや犬がいぢめられて居はしないかと、それを夜中放して置くことが苦勞になり出した。氣を苛立てながら聞耳をそば立てると、犬の悲鳴がする。大急ぎで緣側へ出て戸を開けながら口笛を吹くと、犬は直ぐ何處かから歸つて來る。さうして鳴いて居るのは外の犬であつた。併し、口笛を吹いても名を呼んでも容易に歸つて來ない事がある。さうして一層けたたましく吠えつづける。そんな時には居ても立つても居られない。彼の妻は、あれは家の犬ではないとか、犬は別に何處でも鳴いては居ないとか言つて、初めは彼を相手にはしなかつたけれども、彼があまりやかましくいふので、この妄想は、何時しか妻の方にまで感染した。彼等は呪われて居る者のやうに戰々兢々として居た。その上に、ランプがどうした具合か、每夜、ぼっぼっヽヽヽヽと小止みなく搖れて、どこをどう直して見ても直らなかつた。彼は自分の不安な心を見るやうにランプの搖れる芯しんを凝視して、癇を苛立てて居た。或る夜、ただ事でない鳴き聲がするので、庭に出て見ると、レオはさも急を告げるらしい樣子で彼を見て吠え立てる。遠くの方ではフラテ?の悲鳴が切なく聞えて來る。彼はレオの後に從ひ乍ら、悲鳴をたよりに、フラテ! フラテ! と叫びながら、それの居所を搜し求めるのであつた。やがて歸つて來たフラテを見ると、顏の半面と體とが泥だらけであつた。フラテは泥の上にすりつけられて折檻されて居たのであらう。何處からか凱歌のやうに人の笑聲が聞えて來る‥‥。その夜以來、犬は夜中のただ一二時間だけ放して置いてから、又再び繫ぐことにした。且又、それの鎖の場所を玄關の土間のなかへ變へた――素通りの出來る庭の隅では、たとひ繫いで置いても不用心だからである。しかし繫がれるために呼ばれるのだと知ると、犬は呼んでもなかなか歸つて來なかつた。食物を與へても鎖の傍へならば寄りつかなかつた。鬪犬の子のフラテは、或る夜自分の鎖を眞中から食切つて、四邊の壁から脱けるためには床下の土に大きな穴を開け、鎖の半分は頸にぶらさげて地上を曳きながら、夜中樂しく遊びまはつて居た。それを主人に知らせるために、さうして自分も解放されたいために、レオは激しく鳴き叫んだ。
[やぶちゃん注:「戰々兢々」底本は「戰々競々」。誤字と断じて訂した。
「ぼっぼっ」拗音表記は底本のママである。なお、定本では「ぽっぽっ」(同じく傍点「ヽ」附き)である。底本は刊行年が古く、国立国会図書館デジタルコレクションの初期のものでモノクローム画像の粗いものであるため、半濁音か濁音かの区別が難しい。それでも同書の他の箇所の「ぽ」と「ぼ」を拡大して検鏡してみたところ、印影から見て、これは濁音「ぼ」ではなく半濁音「ぽ」であると鑑定した。何故、拘るかと言えば、わたしは「ぼっぼっ」ではなく「ぽっぽっ」のオノマトペイアの方が、このランプの炎の不調なシーンに相応しいと思うからである。]
 彼は、犬に對する夜中の心配を晝間に考へ直すことがあつたが、これはどうも一種の強迫觀念だと氣づかずには居られなかつた。犬だつて自分の力で自分を保護することは知つて居るだらう‥‥。さうして、犬のことなどをばかり考へて居る自分が、恥しくも情けなかつた。けれども夜になると、矢張り「俺の犬は盜まれる、殺される!きつとだ!」今では、犬は彼にとつてただ犬ではなかつた――何か或る象徴であつた。愛するといふ事はそれで苦しむといふ事であつた。杖のこともなかなか忘れられなかつた。大の心配のない時には、銀金具の把りのある杖が、頭の方だけ少し沈みながら、濁つた渠のなかを、流れのまにまに、何處かを、さうして涯しのない遠いところへ持つて行かれるために流れて行くところを、彼は屢々寢床のなかで空想して居た。

*             *             *            
    *             *             *        

 雨は、一日小降りになつたかと思へば、その次の日には前よりももう一層ひどく降る。さて、その次の日にはまた小降りになる。併し、その次の次の日にはまた降りしきる‥‥けれども、間歇的な雨は何日まででも降る……。幾日でも、幾日でも降る。彼の心身を腐らせやうとして降る‥‥世界そのものを腐らせやうとして降る……

*             *             *            
    *             *             *        

 ここに一つの丘があつた。
 彼の家の緣側から見るとき、庭の松の枝と櫻の枝とは互に兩方から突き出して交り合ひ、そこに穹窿形の空間が出來て、その樹々の枝と葉とが作るアアチ形の曲線は、生垣の頭の眞直ぐな直線で下から受け支へられて居た。言はばそれらが綠の枠をつくつて居た。額緣であつた。それの空間の底から、その丘は、程遠くの方に見えるのであつた。
 彼は何時、初めてこの丘を見出したのであらう。兎に角、この丘が彼の目をひいた。さうして彼はこの丘を非常に好きになつて居た。長い陰氣な雨の日の每日每日、彼の沈んだ瞳を人生の憂悶からそむけて度每に、彼の瞳にうつうのは、その丘であつた。
 その丘は、わけても、彼の庭の樹々の枝と葉とが形作つたあの穹窿形の額緣をとほして見る時に、自づと一つの別天地のやうな趣があつた。丁度いい位に程遠くで、さうして現實よりは夢幻的で、夢幻よりは現實的で、また雨の濃淡によつて、或る時にはやや近く、或る時にはやや遠くに感じられた。或る時にはすりガラスを透して見るやうにほのかであつた。
 丘はどこか女の脇腹の感じに似て居た。のんびりとした感情をもつてうねつて居る優雅な、思ひ思ひな方向へ走つて居る無數の曲線の集合から出來上つた一つの立體形であつた。さうして、あの綠色の額緣のなかへきちんと收まつて、譬へば、最も發端と大團圓とがしつくりヽヽヽヽと照應できる物語のやうに、その景色は美しくも、少しの無理もなくまとまつて居た。それはどこかに古代希臘風な彫刻のやうに、沈靜な美をゆつたりと湛へて居た。丘の頂には雜木林があつて、その木は何れも、彼の立つて居る場所からは一寸か五寸位かに見える。それらの林の空と接する凹凸には、言ふべからざるリヅムがあつて、それの少しばかり不足して居るかと思へるところには、家の草屋根が一つ、それの單調を補うて居る。さうして、その豐にもち上つた綠の天鷲絨のやうな橫腹には、數百本の縱の筋が、互に規則的な距離をへだてて、平行に、その丘の斜面の上を、上から下の方へ弓形に走りおりて、くつきりとした縞を描き出して居た。綠色の縞瑪瑙の切斷面である。それは多分杉か檜か何かの苗畑であるからであらう。この丘をかくまでに繪畫的に、裝飾風に見せて居るには、この自然のなかの些細な人工性が、期せずして、それのために最も著しい効果を示して居るのであつた、それは見て居て優しく懷しかつた。
[やぶちゃん注:「裝飾風に見せて居るには、」ここは定本では「裝飾風に見せて居るのには、」と「の」が入っている。脱字の可能性が疑われるが、ママとした。]
 「何をそんなに見つめて居らつしやるの?」
 彼の妻が彼に尋ねる。
 「うん。あの丘だよ。あの丘なのだがね。」
 「あれがどうしたの?」
 「どうもしない‥‥綺麗ぢやないか。何とも言へない‥‥」
 「さうね。何だか着物のやうだわ。」
 この丘は澁い好みの御召の着物を着て居ると、彼の妻は思つて居る。
 それは綠色ばかりで描かれた單色畫であつた。しかしこのモノクロオムは、すべての優秀なそれと全く同じやうに、殆んど無限な色彩をその單色のなかに含ませて居た。さうして見て居れば見て居るほど、それの豐富が湧き出した。一見ただ綠色の一かたまりであつて、併もそれは部分部分に應じて千差萬別の綠色であつた。そうしてそれが動かし難い三の色調を織り出して居た。譬へば、一つの綠玉が、ただそれ自身の綠色を基調にして、併し、それの磨かれた一つ一つの面に應じて、各々相異つた色と効果とを生み出して居る有樣にも似て居た。
 彼の瞳は、常に喜んで其の丘の上で休息をして居る。
 「透明な心を! 透明な心を!」
 その丘は、彼の瞳にむかつて、さうものを言ひかけた。
 或る日。その日は前夜からぱつたり雨が止んで、その日も朝からうすぐもりであつた。やがて正午前には、雲に滲んで太陽の形さへ、かすかながら空の奧底から卵色に見え出した。
 彼の妻は、秋の着物の用意に言寄せて、東京へ行つて來ようと言ひ出した。彼の女は空の天氣を案ずるよりも、夫の天氣の變らないうちにと、早い晝飯をすませると、每夜の憧れである東京へ、あたふたと出かけた。心は恐らく體よりも三時間も早く東京へ着いたに相違ない。
 彼は、唯ひとりぼんやりと、緣側に立つて、見るともなしに、日頃の目のやり場であるあの丘を眺めて居た。その時その丘は、何となく全體の趣が常とは違つて居ることに、彼は氣づいた。それはどうもただ天氣の光だけではないのである。けれどもその原因は少しも解らなかつた。と見こう見ヽヽヽヽヽして居るうちに、彼はやつと思ひ出して、机のひき出しから眼鏡を搜し出した。彼は可なりひどい近眼でありながら、近頃は折々、眼鏡をかけることさへ忘れて居るのであつた。何ごともしない近頃の彼には眼鏡も殆んど用がなくなつて居たから。さうして、つひ眼鏡をかけずに居ることが、彼を一層神經衰弱にさせて居ることにも氣づかずに。
 眼鏡をかけて見ると、天地は全く別個のものに見え出した。今日は天地の間に何かよろこびのやうなものを見ることが出來た。空が明るいからである。丘ははつきりと見えた。成程、丘はいつもと違つて見える――丘の雜木林の上には鳥が群れて居た。うすれ日を上から浴びて、丘の橫腹は、その凹凸が研ぎ出されたやうな丸味を見せて、滑らかに綠金に光つて居る。苗木の畑である數百本の立縞――成程、違つて居るのは其處だ、その立縞の縞と縞との間の地面をよく見ると、その左の方の一角を要かなめにして、上に開いた扇形に、三角に、何時もの地面の綠色が、どういふわけか、黑い紫色に變つて居るのである。はて!何時の間にこんなに變つたのであらう?何のために變つたのであらう?彼は、實に不思議でならない氣持がした。彼は世にも珍らしい大事が突發したかのやうに、しばらくその丘の上を凝視した。その丘は、彼には或るフエアリイ・ランドのやうに思はれた。美しく、小さく、さうして今日はその上にも不可思議をさへ持つて居る。
 かうして暫く見つづけて居ると、その丘の表面の紫色と綠色との境目のところが、ひとりでにむくむくヽヽヽヽと持ち上つて、その紫色の領分が、自然と少しづつ延び擴がつて行くのであつた。尚も瞳を見据えると――さうすると眉と眉との間が少し痛かつたが――其處には、小さな小さな一寸法師が居て、腰をかがめては蠢動しながら、せつせとその綠色みどりいろを收穫して居るのであつた。あの苗木と苗木とのの列の間に、農夫が何かを作つて置いて居たのであらう。併し、見た目には、その農作物が刈りとられて居るといふよりも、紫色の土が今むくむくと持ち上つてくるとしか、彼の目には感じられなかつた。
[やぶちゃん注:「あの苗木と苗木とのの列の間に」の「の」のダブりはママ。ママとする。定本は「あの苗木と苗木との列の間に」。]
 彼は不可思議な遠眼鏡の底を覗いて、其の中にフエアリイ・ランドのフエアリイが仕事をして居るのをでも見るやうに、この小さな丘に或る超越的な心持を起しながら、ちやうど子供が百色目鏡を覗き込んだやうに、目じろぎもせず眺め入つた。彼は煙草盆と座布團とを緣側まで持ち出して、このひとりでに持ち上る土の紫色を飽かず凝視した。紫色の土は湧くやうに持ち上る。あとから、あとからと持ち上る。紫色の領土が、綠色の領土を見る見る片はじから侵略して行く。
[やぶちゃん注:「百色目鏡」「まんげきやう(まんげきょう)」と読みたくなるが、ここはルビを振らない以上、「ひゃくいろめがね」である。意味は万華鏡である。そんな読み方が不審な方は、国立国会図書館デジタルコレクションの明治二一(一八八八)年刊の刑部真琴(桜東小史)著「手工遊戲」のここをご覧あれ。]
 うすれ日は段々、と明るくなつて空が晴れて來る。不意に夕日の光が、雲の細い隙間から流れ出て、その丘の上へ色彩のあるフツトライトを投げたかのやうに、丘が一面に可が輝き出す。丘の上ではフエアリイも、雜木林も、永い濃い影を地に曳いた。今もち上つたばかりの紫色の土は、何か一齊に叫び出しでもしさうに見える。丘の頂の雜木林のなかに見える草屋根からは、濃い白い煙が、縷々と、ちやうど香爐の煙のやうに立ち昇つて居た。さうして彼は今、うつとりとなつて、フエアリイ・ランドの王であつた。
 その天地の榮光は、一瞬時の夢のやうに、夕日は雲にかくれて、次には遠い連山と一層黑い雲とのなかへ落ちて行つた。
 氣がついてみると、丘は全部紫色に變つて居る‥‥見とれて居るうちに、あたりは何時しかとつぷりヽヽヽヽと暗くなつて居た。フエアリイ・ランドの丘だけが、依然として、闇のなかにくつきりと見えるやうに思ふ。
 やがて、その丘も見えなくなつた‥‥‥‥
[やぶちゃん注:前段落の「とつぷり」の傍点は底本では「とつぷ」にしか振られていないが、おかしいので、定本に従った。同じく前段落の「フエアリイ・ランド」は底本では「フエアリイ・ライド」であるが、誤植と断じて、訂した。無論、定本も「フエアリイ・ランド」となっている。]

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 その晩ではなかつたが、或る雨の晴れた晩であった。大きな圓い月が、あの丘の上から、舞臺の背景のせり出しのやうにのつそり昇つて來たことがあつた。
 その晩は犬が二疋ともはげしく吠えた。
 彼は、それらの犬どもを遊ばせるつもりで庭へ出た。庭からまた外へ出た。
 月は殆んど中天に昇つて居た。遠い水車の音が、コットン、コットン、コットン、と野面を渡つてひびいて來た。彼は彼の家の前の道を、幾度も幾度も往つたり來たりして步いた。二疋の犬は彼の影について、二疋で互にふざけ合ひながら、嬉々として戲れて居た。彼は立ちどまつた。水のせせらぎに耳をかたむけた。路の傍に、彼の立つて居る足の下に、細い水が月の光を碎きながら流れて居る。ふと、南の丘の向う側の方を、KからHへ行く十時何分かの終列車が、月夜の世界の一角をとどろかせ、搖がせて通り過ぎた。その音が暫く聞かれた。この時、もの音が懷しかつた。月の光で晝間のやうに明るい、野面を越えて、彼は南の丘の方へ目を向けた。‥‥今、物音の聞えたところ、丘の向う側には素晴らしく賑やかな大都會がある……其處には、家家の窓から灯が、きらきらと簇つて輝いて居る‥‥、彼は不意に何の連絡もなく、遠い汽車のひびきを聞いただけで、突然、そんな空想が湧き上つた。そういへば、一瞬間、ほんの一瞬間、その丘のうしろの空が、一面に、無數の灯の餘映か何かのやうに、ぽつと赤くなつた‥‥かと思うと、すぐに消えた。それは實際神祕な瞬間であつた。
 「俺は都會に對するノスタルジアを起して居るな?」
 彼は、さう思ひながら、その丘から目をそらした。見ると彼の立つ居る一筋の路の向ふから、黑い人影が彼の方へ步いて來た。その人影が、一聲高く口笛を吹いた。すると彼の犬は二疋とも、疾風のやうな勢で、その人影の方へ驅け出した。それが彼には非常に不愉快であつた。これらの犬は彼、卽ち犬どもの主人の呼ぶ時より外には、今まで決して他の人の方へは行かうとはしなかつたからである。それがその夜に限つて、この一聲の口笛を聞くと、飛ぶやうに馳け出す。
 彼は或る狼狽をもつて、口笛を吹いた。犬をよび返すためである。彼の口笛を聞くと、犬も氣がついたらしく慌てて彼の方へ引き返した。
 「フラテ!」
 人影はそう言つて、犬の名を呼んだ。
 「フラテ!」
 彼も慌てて、同じく犬の名を呼んだ。彼の叫んだ聲は、ちやうどあの人影の聲とそつくりであつた。さうして直ぐに同し言葉を呼び返したために、彼の聲は、ちやうど人影の聲の山彦のやうに響いた。二つの聲は、この言ひ現し難い類似をもつて全く同一なものだと感じさした。それを犬でさへもさう聞いたに相違ない。一旦、馳け出した犬は、人影を慕うて行つて歸つて來なかつた。
[やぶちゃん注:「同し」ママ。定本は「同じ」であるが、訂さない。]
 彼は呆然と路の上に立つて、その人影を確めやうと眼を睜つた、人影は、路から野面の方へ田の畔をでも傳うらしく、石地藏のあるあたりから折れ曲つた。さうして!
 何といふ不思議であらう! その人影は、明るい月夜のなかで、目を遮るものもない野原のなかで、忽然と形が見えなくなつた!
 「あつ」と叫び聲を、口のなかに嚙み殺して、彼は家の門へ、家のなかへ、一散に驅け込んだ。「‥‥この村では誰も俺の犬の名を覺えて居る筈はないのだ。たとひ、名を呼ばれても、俺の犬は俺以外の人間の方へ行く筈はないのだ。たとひ、行くとしても、俺が呼び返せばきつと俺の方へ歸つてくる筈なのだ。今までこんなことは一度もない」彼は一人でさう考へた「‥‥それにあの人影は何だつて、不意にかき消すやうに見えなくなつたのであらう? ‥‥若しや、あの時俺が、この俺自身の同一人が二人の人間に別れたのではなからうか? 離魂病といふ病氣はほんとうにある事であらうか? 若しさうだとすると、俺は、若しや離魂病にかかつて居るのではなからうか? 犬といふものは物音をききわけるのには微妙な能力を持つて居なければならない筈だ、わけて主人の聲はちやんと聞き別ける筈だ‥‥」
[やぶちゃん注:段落の頭は底本でも定本でも一字下げとなってない。しかし、このここまでの底本の前例に徴するならば、ここは一字下げであるべきである。特異的に私の判断で一字空けた。序でに言っておくと、その後の『‥‥この村では』で始まる「 」部分は底本では、やはり、行頭にある。これは前の行が目一杯でそうなっているのであるが、私は当初、ここも改行なのではないかと疑った。しかし定本でも偶然同じ現象によって、やはり行頭にある。従ってここを改行するのは如何なる正当的理由もないことになる。しかもこの以下の心内語が、前の「あつ」という感嘆詞からダイレクトに繫がる心理的連続体であることを考えれば、改行によってその流れを崩してしまうのは上手くないと考えて連続させた。]
 彼の心臟の劇しい鼓動は、二十分間の以上もつづいた。彼は時計の針を見守りながら、離魂病のさまざまな文學的記錄や、或は犬のことなどを考へつづけて、心臟の鎭まる時間を待つて居た。
 翌日の朝になつて、彼は妻に向つて、昨夜の出來事を話した。彼はその夜のうちはそれを人に話すだけの餘裕もないほど怖ろしかつたからである。この話を聞いた彼の妻は、可笑しがつて笑つた。突然、人影が見えなくなつたといふのは、犬が足もとまで懷いて來たために、誰かその人が、犬の頭を撫でてやるので、身を屈めたに相違ない。そのためにその人は稻の穗にかくれて形が見えなかつたのであらう、と彼の妻は、その事を然う解釋した。成程、それが適當な解釋らしい、と彼も考へた。併し、その瞬間に感じた奇異な恐怖は、その説明によつて消されはしなかつた。

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 彼は眠ることが出來なくなつた。
 最初には、時計の音がやかましく耳についた。彼は枕時計も柱時計も、二つともとめてしまつた。全く、彼等の今の生活には、時計は何の用もな居いただやかましいだけのものにしか過ぎなかつた。それでも、彼の妻は、每朝起きると、いい加減な時間にして、時計の振子を動かした。彼の女は、せめて家のなかに時計の音ぐらゐでもして居なければ、心もとない、あまり淋しいといふのであつた。それには彼も全く同感である。何かの都合で、隣家の聲も、犬の聲も、鷄の聲も、風の聲も、妻の聲も、彼自身の聲も、その外の何物の聲も、音も、ぴつたりと止まつて居る瞬間を、彼は屢經驗して居た。その一瞬間は、彼にとつては非常に寂しく、切なく、寧ろ怖ろしいものであつた。そんな時には、何かが聲か音かをたててくれればいいがと思つて、待遠しい心持になつた。それでも何の物音もないやうな時には、彼は妻にむかつて無意味に、何ごとでも話しかけた。でなければ、ひとりごとを言つたりした。
 けれども夜の時計の音は、あまりやかましくて、どうしても眠つかれなかつた。それの一刻みの音每にそそられて、彼の心持は一段一段とせり上つて昂奮して來た。それ故、彼は寢牀に入る時には、必ず時計の針をとめることにした。さうして每朝、妻は、夫のとめた時計を動かす。時計を動かすことと、止めることと、それが每朝每夜の彼等の各の日課になつた。
 時計の音をとめると、今度は庭の前を流れる渠のせせらぎが、彼には氣になり初めた。さうして今度はそれが彼の就眠を妨げるやうに感じられた。每日の雨で水の音は、平常よりは幾分激しかつたであらう。或る日、彼はその渠のなかを覗いて見た。其處には幾日か以前に――彼がこの家へ轉居して來たてに、この家の廢園の手入れをした時に、渠の土手にある猫楊から剪り落したその太い枝が、今でも、その渠のなかに、流れ去らずに沈んで居て、それが笧のやうに、水上からの木の葉やら新聞のきれのやうなものなどを堰きとめて、水はその笧を跳り越すために、湧上り湧上りして騷いで居た。あの騷々しい夜每の水の音は、成程この爲めであつた。彼はひとりでさう合點して、雨に濡れながら、渠のなかに這入つて、その枝を水の底から引き出した。澤山の小枝のあるその太い枝の上には、ぬるぬるとした靑い水草が一面に絡んで上つて來た。彼はそれを一先づ路傍へひろひ上げた。さてもう一度、水のなかを覗くと、今まで猫楊の枝の笧にからんで居た木の葉やら、紙片やら、藁くづやら、女の髮の毛やらの流れて行く間に雜つて、其處から五六間の川下を浮きつ沈みつして流れて行く長いものに、ふと目をとめた。
 見れば、それはこの間の晩、犬を打つてから水のなかへたたきつけたあの銀の握のある杖であつた。
 彼は不思議な緣で、再びそれが自分の手もとにかへつたことを非常に喜んだ。何といふことなく恥しく、馬鹿ばかしくつて、それを無くしたことを妻にも隱して居たのに、つひうつかり話してしまつたほどであつた。さうして彼は考へた――あの騷々しい水音は、きつと、この杖のさせた聲であらう。杖はさうすることに依つて、それを搜し求めて居る彼に、杖白身の在處を告げたのであらうと。
 彼はその杖を片手に持つて、とどこほりなく押し流れて行く水の面をぢつと見た。これならば、今夜はもう靜かだ、安心だと思つた。併し、それは間違ひであつた。その夜も、前夜よりは騷がしいかと言つても、決して靜かではないせせらぎの音が、それはもともと極く微かなものであるのに、彼にはひどく耳ざわりで、それが彼の睡眠を妨げたことは、前夜と同じことであつた。
 けれども、そのせせらぎの音は、もうそれ以上どうすることも出來なかつた。その外に、もう一つ別に、彼の耳を訪れる音があつた。それは可なり夜が更けてから聞える、南の丘の向側を走る終列車の音であつた。然も、それはよほどの夜中なので――時計は動いて居ないから時間は明確には解らないけれども、事實の十時六分?にT驛を發して、直ぐ、彼の家の向側を、一里ほど遠くに、丘越しに通り過ぎる筈の終列車にしてはそれは時間があまりに晩すぎた。そればかりかそれは一夜中に一度ではなく、最初にそれほどの夜更けに聞いてから、また一時間ばかり經過するうちに、又汽車の走る音がする。どうしてもそれは事實上の列車の時間とは、すべて違つて居る‥‥たとひ、それが眞黑な貨物列車であつても、こんな田舍鐵道が、こんな夜更けに、それほど度々貨物列車を出す筈はない。さうして、それほどはつきり聞かれる汽車の音を、彼の妻は決して聞えないと言ふ。
 時計のセコンドの音。渠のせせらぎ。汽車の進行するひびき、そんな順序で、遂に彼は、その外のいろいろな物音を夜每に聞くやうになつた。その重なるものの一つは、彼が都會で夜更けによく聞いた、電車がカアブする時に發する遠くの甲高な軋る音である。それが時々、劇しく耳の底を襲うた。或る夜には、うとうと眠つて居て、ふと目がさめると、直き一丁ほどのかみヽヽにある村の小學校から、朗らかなオルガンの音が聞え出して來た。もう朝も遲くなつて、唱歌の授業でも始つて居るのかと、あたりを見ると、妻は未だ睡入つて居る。戸の隙間からも光もささない。何の物音も無い‥‥そのオルガンの音の外には。深夜である。睡呆けて居るのではないかと疑ひながら一層に耳を確めた。オルガンの音は、正にそれの特有の音色ねいろをもつて、よく聞きなれた何かの進行曲を、風のまにまに漂はせて來るではないか‥‥彼は恍惚としてその樂の音に聞き惚れて居た。或る夜にはまた、活動寫眞館でよく聞く樂隊の或る節が‥‥これもやはり何かの進行曲であるが‥‥何處からとしもなく洩れ聞えて來た。其等の樂の音を感ずるやうになつてからは、水のせせらぎは、一向彼の耳につかなくなつた。さうして彼はもう眠らうといふ努力をしない代りに、眠れないといふことも、それほどに苦しくはなかつた。それ等のもの音は、電車のカアブする奴だけは別として、その外のは皆、快活な朗らかなそれぞれの快感をともなうて居て、彼はそれらの現象を訝しく感ずるよりも前に、それを聽き入つて居ることが、寧ろ言ひ知れない心地よさであつた。就中、オルガンの音が最もよかつた。次には樂隊のひびきであつた。樂隊は殆んど每夜缺かさずに洩れ聞えた。彼はそれを聽き入りながら、ついそれの口眞似をして、その上、臥て居る自分の體を少し浮上がらせる心持にして、體全體で拍子をとつて居た。それは一種性慾的とも言へるやうな、卽ち官能の上の、同時に精神的ででもある快樂の一つであるかのやうであつた。若しこれが修道院のなかで起つたのであつたならば、人々はそれを法悦と呼んだかも知れない。
[やぶちゃん注:「進行曲」二箇所ともママ。定本では二箇所とも「行進曲」となっている。]
 幻聽は、幻影をも連れて來た。或は幻聽の前觸れがなしに一人でも來た。その一つは極く微細な、併し極く明瞭な市街である。これの一部分である。ミニアチュアの大きさと細かさとで、仰臥して居る彼の目の前へ、ちようど鼻の上あたりへ、そのミニアチュアの街が築かれて、ありありと浮び出るのであつた。それは現實にはないやうな立派な街なので、けれども、彼はそれを未だ見たことはないけれども、東京の何處かにきつとこれと同じ場所がありさうに想像され、信じられた。それは灯のある夜景であつた。五層樓位の洋館の高さが、僅に五分とは無いであらう。それで居て、その家にも、それよりももつと小さい ――それの半分も三分の一の高さもない小さな家にも、皆それぞれに、入口も、灯のきらびやかに洩れて來る窓もあつた。家は大抵眞白であつた。その窓掛けの靑い色までが、人間の物尺ものさしにはもとより、普通の人の想像そのもののなかにもちよつとヽヽヽヽはありさうもないほどの細かさで、而も實に明確に、彼の目の前に建て列ねられた。いやいや、未だそればかりではない。それらの家屋の塔の上の避雷針の傍に星が一つ、唯一つ、きつぱりと黑天鵞絨くろびらうどのなかの銀絲の點のやうに、鮮かに煌いて居る‥‥不思議なことには、立派な街の夜でありながら、どんな種類にもせよ車は勿論、人通り一人もない‥‥柳であらう街樹の並木がある。‥‥しんヽヽとした、その癖、何處にとも言へぬ騷々しさを湛へて居ることは、その明るい窓から感じられる‥‥その家はどういふ理由からか、彼には支那料理の店だと直覺出來る‥‥‥‥それをよくよく凝視して居ると、その街全體が、一旦だんだんと彼の鼻の上から遠ざかつて、いやが上に微小になり、もう消えると見るうちに、非常な急速度で景色は擴大され、前のとその儘の街が、非常な大きさに、殆んど自然大に、それでもまだやまずにとめどなく巨大に、まるで大世界一面になつて‥‥それをぼんやり見て居ると、その街はまた靜かに縮小して、もとのミニアチュアの街になつて、それとともに再び彼の鼻の上のもとの座に歸つて來た。彼はかうして數分間か、それとも數秒間に、メルヘンにある、小人國と、巨人國とへ、一翔りして往復して居る心地がした。何かの拍子に、その幻の街が自然大位の巨大さで、ぱつたり動かなくなる時がある。彼は、突然、實際そんな街へでも自分は來て居るのではなからうかと、慌てて手さぐりでマツチを擦つて、闇のなかで自分のすすけた家の天井を見わたした事があつた。
 それらの風景は、屢々彼の目に現れた。それの現はれる都度、それは前度のものとは決して寸毫も變つたところはなかつた。それもこの現象に伴ふところの一つの不思議であつた。
 ある時には、稀に、その風景の代りに自分自身の頭であることがあつた。自分の頭が豆粒ほどに感じられる‥‥鬼る見るうちに擴大される‥‥家一杯に‥‥地球ほどに‥‥無限大‥‥どうしてそんな大きな頭がこの宇宙のなかに這入りきるのであらう。と、やがてまたそれが非常な急速度で、豆粒ほどに縮小される。彼はあまりの心配に、思はず自分の手で自分の頭を撫ぜ𢌞して見る。さうしてやつと安心する。滑稽に感じて笑ひ度くなる。その刹那にキイイイと電車のカアブする音が、眉の間を刺し徹す。
 これらの幻視や、幻感は、しかし、幻聽とはさほど必然的な密接な關係をもつて現はれるものではないらしかつた。一體に幻聽の方は、彼にとつて愉快であつたに拘はらず、こんな風に無限大から無限小へ、一足飛びに伸縮する幻影は、彼にさへ不氣味で、また惱ましかつた。
 これらの怪異な病的現象は、每夜一層はげしくなつて行くのを彼は感じた。彼はそれ等の現象を、彼の妻から傳はつて來るものだと考へ始めた。汽車のひびき、電車の軋る音、活動寫眞の囃子、見知らぬ併し東京の何處かである街。それ等の幻影は、すべて彼の妻の都會に對する思ひつめたノスタルヂアが、恐らく彼の女の無意識のうちに、或る妖術的な作用をもつて、眠れない彼の眼や耳に形となり聲となつて現はれるのではなからうか、彼はさう假想して見た。それは最初には、ほんの假想であつたけれども、何時とはなく、それが彼には眞實のやうに感ぜられ出して來た。彼自身のやうに、殆んど無いと言つてもいい程に意志の力の衰えて居るものの上に、意志の力のより強い他の人間の、或はこの空間に犇き合つて居るといふ不可見世界のスピリツト達の意志が、自分自身のもの以上に、力強く働きかけるといふことはあり得べき事として、彼は認めざるを得なかつた。生命といふものは、すべての周圍を刻々に征服し、食つて、その力を自分のなかに吸集し、それを統一するところの力である。さうして、今や、その力は彼からだんだんと衰えて行きつつあつた。
[やぶちゃん注:「吸集」ママ。]
 彼が、闇といふものは何か隙間なく犇き合ふものの集りだ、それには重量があると氣附付たのもこの時である。
[やぶちゃん注:「集りだ、」底本は「集りだ。」と句点であるが、特異的に訂した。定本も読点になっている。]
 彼は、若し自分が今、修道院に居るとしたならば‥‥と或る時考へた。若し彼が彼の妻と一緒にこんな生活をして居るのではなく、永貞童女である美しいマリアの畫像を拜しながら、この日頃のやうな心身の狀態に居るならば、夜の幻影は、それは多分天國のものであつたらう。その不快なものは地獄のものであつたらう。さうして畫像のマリアは生きて彼にものを言ひかけたのであらう。さうして怖ろしいものはすべて畫家アンドレアス・タフィイが描いたといふ惡魔の釀さと怖ろしさをもつて、彼に現はれたであらう。修道院では生活や思想がすべて、そんな風な幻影を呼び起すやうに、呼び起さなければならないやうないろいろの仕掛で出來て居るのだから。
 彼はそんな事をも考へた。併しこの考へは、この當座よりも、ずつと後になつて纏つた。

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 今まで手に持つて居たものが、たとへばペンだとか、煙管だとか、そんなものが不意にどこかへ見えなくなることはよくあることだ。さうして一時姿を匿して居たそれらの品物は、後になつて、思ひもよらないやうな場所から、或は馬鹿ばかしいやうな場所から、出て來る。しかし搜す時には、決して現はれない。さういふことは誰にもよくある。併し、そのころ彼に起つた程そんなに屢々は決して誰にもあるものではない。彼には、その頃、そんな事が一日に少なくとも二三度は必ずあつた。そのふとしたことが、彼にはどんなに重大に見えたであらう。彼はそれを、寧ろフェイタルな出來事のやうにさへ感じた。そうして、彼の持ちものが斯うして、每日二三品づつひよつくり消え失せでもするやうに彼には感じられた‥‥‥‥

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 一度かういふ事もあった‥‥
 夜ふけになってから、ランプの傍へ蛾が一疋慕ひ寄つた。彼はこの蟲を最も嫌つて居た。この蟲の、絹のやうな滑らかな毛が一面に生えた小さな顏。その灰黑色の頭の上に不氣味に底深く光つて居る小さな目。それからいくら追ひ拂つても平然として、厚顏に執念深さうに灯のまわりを戲れる有樣。それがホヤの直ぐ近くで死の舞踏のやうな歡喜の身もだえをする時には、白つぽくぼやけた茶色の壁の上をそのグロテスクな物影が、壁の半分以上を占めて、音こそは立てないけれども、物凄く叫び立てて居さうに狂ひまわつた。彼の追い拂ふのを避けて、この蟲が障子の上の方へ逃げてしまふと、今度はその黑い翅でもつて、ちやうど亂舞の足音のやうに、ばたばた、ばたばた、ばたばたと障子紙を打ち鳴した。
 彼は、蛾の靜かになつたのを見すまして、新聞紙の一片それを取り押へた。さうして、その不氣味な蟲を、戸を繰って外へ投げ捨てた。
 けれどもものの十分とは經たないうちに、その蛾は(それとも別の蛾であるか)再び何處からか彼のランプへ忍び寄った。さうして再び不氣味な黒い重苦しい翅の亂舞を初めた。彼はもう一度、その蛾を紙片で取り押へた。さうして、今度は、その紙片を蟲の上からしつかりと疊みつけて、さて再び戸を繰つて窓の外へ投げ捨てた。
 けれども、又ものの十分とは經たないうちに、蛾は三度び何處かから忍び寄つた。それは以前に二度まで彼をおびやかしたと同一のものであるか、別のものであるかは知らないが、さつきあれほどしつかりと紙のなかにつつみ込んで握りつぶしたものが出て來ることは愚か、生きている筈もないのだから、これは全く別の蛾だつたのであらう。兎に角、三度、四度まで彼のランプを襲うた。
[やぶちゃん注:「四度まで」は底本では「四度まだ」。誤植と断じて、定本で訂した。]
 この小さな飛ぶ蟲のなかには何か惡靈があるのである。彼はさう考へずには居られなかつた。さうして、わざわざ妻を呼び起して、この蟲を捕へさせた。それから一枚の大きな新聞紙で、この小さな蟲を、幾重にも幾重にも卷き込んで、折り疊んで、今度は戸の外へは捨てずに、彼の机の上へ乘せて置いた。
 かうして、やつと安堵して、寢床に入つた。
 しばらくして、眠れないままに、燭臺へ灯をともすと、ひらひらヽヽヽヽと飛んで來て、嘲るやうに灯をかすめたものがある。それも蛾であった!

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 「決して熱なんかは無くつてよ、反つて冷たい位だわ。」
 彼の額へ手を翳して居た彼の妻は、さう言つて、手を其處からのけて、自分の額へ手を當ててみて居た。
 「私の方がよつぽど熱い。」
 それが彼には、反つて甚だ不滿であつた。試みに測つて見ようと、驗溫器を出させてみると、それは度度の遠い引越しのために、折れて居た。
 若し熱のためでないとすれば、それはこの天氣のせいだ、このひどい風のせいだ。と彼は思つた。全くその日はひどい風であつた。あるかないかの小粒の雨を眞橫に降らせて、雲と風自身とが、吹き飛んで居た。そのくせ非常に蒸暑かつた。こんな日には、彼は昔から地震に對する恐怖で怯えねばならなかつたのだけれども、今日はこの激しい風のためにその點だけは安心であつた。併し、風の日は風の日で、又その異常な天候からくる苛立たしい不安な心持が、彼を胸騷ぎさせたほどびくびくさせた。
  猫よ、猫よ。あとへあとへついて來い!
  猫よ、猫よ。おくへおくへすつこめ!
 ふと、劇しく吹き荒れる大風の底から一つの童謠の合唱が、ちぎれちぎれに飛んで來た。それらは風のかたまりに送り運ばれて、吐絶え勝ちに、彼の耳もとへ傳つて來たやうに思はれた。けれども、それもやはり幻聽であつたのであらう。それは長い間忘れて居た彼の故郷の方の童謠であつたからである。風の劇しい日(然うだ、こんな風の劇しい日に)子供たちが、特に女の子たちが、驅けまわりながら互に前の子の帶の後へつかまり合つたり、或は前の子の羽織の下へ首を突込んだりしながら、こんな謠を今のやうな節で合唱して、繰り返して、彼等は風のためにはしやぎながら、彼の故郷の家の門前の廣場をぐるぐると環になつてめぐつて居たものであつた‥‥それはモノトナスな、けれどもなつかしいリヅムをもつた疊句のある童謠で、また謠の心持にしつくりとはまつた遊戲であつた。それを見惚れて、砂埃の風のなかで立つて居る子供の彼自身が、彼の頭にはつきりと浮んで來た。それが思ひ出の緒口になつた。‥‥城跡のうしろの黑い杉林のなかで、或る夕方、大きな黑色の百合の花を見出した事、そのそばへ近よつてそれを折らうとして、よくよく見て居るうちに、急に或る怪奇な傳説風の恐怖に打たれて、轉げるやうに山路を驅け下りた。次の日、下男をつれて、そのあたりを隈なく搜したけれども、其處には何ものもなかつた。それは彼には、奇怪に思へる自然現象の最初の現れであつた。それは子供の彼自身の幻覺であつたか、それとも自然そのものの幻覺とも言へる眞實の珍奇な種類の花であつたか、それは今思ひ出しても解らない。ただその時の風にゆらゆらゆれて居るその花の美しさは、永く心に殘つた。その珍らしい花が、彼の「靑い花」の象徴ででもあつたやうに。彼はその頃からそんな風な淋しい子供であつた。さうして彼の家の後である城跡の山や、その裏側の川に沿うた森のなかなどばかりを、よく一人で步いたものであつた。「鍋わり」と人人の呼んで居た淵は、わけても彼の氣に入つて居た。そこには石灰を燒く小屋があつた。石灰石、方解石の結晶が、彼の小さな頭に自然の神祕を教へた。又、その淵には、時々四疊半位な大きな碧瑠璃の渦が幾つも幾つも渦卷いたのを、彼はよく夢心地で眺め入つた。さうしてそれを夢のなかでも時々見た。その頃は八つか九つででもあつたらう‥‥。何か噓をつくと、其の夜はきつと夜半に目が覺めた。さうしてそれが氣にかかつどうしても眠れなかつた。母を搖り起して、その切ない懺悔をした上で、恕を乞ふとやつと再び眠れた。‥‥それから、然う、然う、夜半に機を織る筬の音を每夜聞いたこともあつた。あの頃、俺は五つか六つ位であつたらう。俺は昔から幻聽の癖があつたものと見える――彼はさう思ひ出して愕いた。それ等幼年時代の些細な出來事が、昨日のことよりももつとありありと(その頃の彼には昨日のことは漠然として居た)思ひ出された。然もそれ等は今日まで殆んど跡方もなく忘却し盡して居たことばかりだつたのに。さうして、彼はその思ひ出のなかのその子供のやうに、彼の母や兄弟や父を戀しく懷しく思ひ浮べた。この時ほど切なくそれらの人人を思ひ出したことは、今までに決してない。その母へも、父へも、どの兄弟へも、彼はもう半年の上も便りさへせずに居た。彼は第一に母の顏を思ひ出さうと努めて見た。それは、半年ばかり前に逢つて居ながら、決して印象を喚びせなかつた。奇妙にも、無理に思ひ出さうとすると、十七八年も昔の或る母の奇怪な顏が浮び出た――母は丹毒に罷つて居た。黑い藥を顏一面に塗抹して、黑い假面のやうに、さうして落窪んだ眼ばかり光らせて、その病床の傍へ來てはならないと言ひながら、物憂げに手を振つた怪物のやうな母の顏である。さうして、その時子供の彼はしくしくと庭に出て一人で泣いた。その泣いた目で見た、ぼやけた山茶花の枝ぶりと、簇つた花とが、不思議とその母のその顏よりもずつと明瞭に目に浮び出る‥‥‥‥
[やぶちゃん注:「幻聽であつたのであらう。」底本は「幻聽であたのであらう。」。脱字と断じて、定本に依って補った。
「疊句のある童謠で、」底本は「疊句のあるの童謠で、」。衍字と断じて、定本に依って除去した。
「ぼやけた山茶花」底本では「ぼやけは山茶花」。誤植と断じて定本で訂した。]
 決して思ひ出したことのないやうな事柄ばかりが後へ後へ一列に並んで思ひ浮んで來た。その心持がふと、彼に死のことを考へさせた。こんな心持は確に死を前にした病人の心持に相違ない。してみれば、自分は遠からず死ぬのではなからうか‥‥それにしても知つた人もないこんな山里で、自分は、今斯うして死んで行くのであらうか‥‥死んで行くのであるとしたならば。彼の空想は谷川の水が海に入るやうに死を思ひ初めるのであつた。彼は今まで未だ一度も死に就て直接に考へたことはなかつた。さうして彼はこの時、最初には、多少好奇的に彼の特有の空想の樣式で、彼自身の死を知つた知人の人々のその時の有樣を一つ一つ描いて見た。
[やぶちゃん注:「知人の人人のその時の」底本は「知人の人人?その時の」。誤植と断じて、定本で訂した。]
 すさまじい風のなかに、この騷々しい世界から獨立した靜寂へ、人の靈を誘ひ入れるやうに彼の牀とこの下ではげしく啼きしきるこほろぎの聲に耳を澄した。
 彼は手をさし延べて、枕のずつと上の方にある書棚から、何か書物を手任せに抽かうとした。さうして手を書棚にかけた瞬間に、がちやん! と物の壞れる音がした。彼は自分自身が、何かをとり落したやうに、びくつヽヽヽと驚いて、あたりを見まわした。それは彼の妻が臺所の方で、ものを壞した音が、風に吹きとばされて聞えて來たのだつた。
[やぶちゃん注:「さうして手を」底本では「うして手を」であるが読めない。定本ではこの語自体がカットされて「手を書棚に」に続いているため、訂正根拠はない。しかし、ここは私の判断で脱字と断じ、特異的に「さ」を挿入した。但し、或いは「そして」の誤植ともとれなくもない。しかし、「そして」より「そうして」の方が朗読した際にはより自然であると私は判断した。
「それは彼の妻が臺所の方で、ものを壞した音が、風に吹きとばされて聞えて來たのだつた。」ここの部分、底本では、「それは彼の妻が臺所の方で     」(で行末)「壞した音が、風に吹きとばされて聞えて來たのだつた。」と五字相当分が空欄になっている。定本に従ってかく訂しはしたが、疑問がある。何故なら、空欄は五字分であるのに、補填したそれは四字しかないからである。或いは「、なにかを」「皿か何かを」等が候補とはなるが、今の私には未定稿原稿を確認出来ない以上、定本での以上の補填で我慢するしかない。]
 彼の書棚も今は哀れなさまであつた。其處には僅かばかりの古びた書物が、塵のなかで、互に支へ合ひながら橫倒しになりかかつて立つて居た。あまり金目にならないやうなものばかりが自然と殘つて、それは兩三年來、どれもこれも見飽きた本ばかりであつた。彼が今抽き出したのは譯本のフアウストであつた。彼は自分の無益な、あまりに好奇的な自分自身の死といふやうな空想から逃れた居ために、何の興味をも起さないその本をなりと讀まうとしたけれども、風の首は斷えず耳もとを掠めた。臺所の流し元に唯一枚嵌められて居るガラス戸が、がちやがちやと搖れどほしに搖れて、彼の耳と心とを疳立せた。
 彼は腹這ひになつて、披げた頁へ目を曝して行つた。
     現世以上の快樂ですね。
     闇と露との間に山深くねて、
     天地を好い氣持に懷に抱いて、
     自分の努力で天地の髓を搔き撈り、
     六日の神業を自分の胸に體驗し、
     傲る力を感じつつ、何やら知らぬ物を味ひ、
     時としては又溢るる愛を萬物に及ぼし、
     下界の人の子たる處が消えて無くなつて‥‥
 偶然、それは「森と洞」との章のメフイストの白せりふであつた。この言葉の意味は、彼にははつきりと解つた。これこそ彼が初めてこの田舍に來たその當座の心持ではなかつたか。
 彼は床の中からよろけて立ち上つた、机の上から赤インキとペンとを取るために。さうして今讀んだ句からもつと遡つて、洞の中のフアウストの獨自から讀み初めた。彼はペンに赤いインキを含ませて讀んで行くところの句の肩に一々アンダアラインをした。その線を、活字には少しも觸れないやうに、又少しも歪まないやうに、彼は細い極く神經質な直線を引いて行つた。それがぶるぶるとふるへる彼の指さきには非常な努力を要求した。
    手短かに申せば、折々は自ら欺く快さを
    お味ひなさるも妨げなしです。
    だが長くは我慢が出來ますまいよ。
    もう大ぶお疲れが見えて居る。
    これがもつと續くと、陽氣にお氣が狂ふか、
    陰氣に臆病になつてお果てになる。
    もう澤山だ‥‥
 アンダアラインをするのに氣をとられて、句の意味はもう一度讀みかへした時に、初めてはつヽヽと解つた。メフイストは、今、この本のなかから俺にものを言ひかけて居るのだ。おゝ、惡い豫言だ! 陰氣に臆病になつてお果てになる。それは本當か、これほど今の彼にとつて適切な言葉が、たとひどれほど浩瀚な書物の一行一行を片つぱしから、一生懸命に搜してみても、決してもう二度とはこゝへ啓示されさうもない。それほどこの言葉は彼の今の生活の批評として適切だ。適切すぎるその活字の字面を見て居ると、彼は少しづゝ怖ろしいやうな心にさへなつた。
[やぶちゃん注:「もう二度とは」は底本は「一」で印刷してあり、その下に誰かが手書きで長い横棒を書き込んでいるように見える。「二」にしては上の第一画が明らかに「一」の活字と同じに見えるからである。但し、拡大して見ても、下の二画目が手書きであるところまでは確認出来なかった。一応記しておく。定本は無論、「二」である。]
「まあ、何といふひどい風なのでせう。裏の藪のなかの木を御覽なさい。細い癖にひよろひよろと高いものだから、そのひよろひよろへ風のあたること! 怖ろしいほどに搖れてよ。ねえ折れやしないでせうか」彼の妻の聲は、風の音に半かき消されて遠くから來たやうに、さうして何事か重大な事件か寓意かを含んで居るらしく、彼の耳に傳はつた。
 氣がついてみると、彼の妻は彼の枕もとに立つて居た。彼の女はさつきから立つて居たのであつた。妻は彼に食事のことを聞いて居た。彼は答へようともしないで、いかにも太儀らしく寢返りをして、妻の方から意地惡く顏をそむけた。けれども再び直ぐ妻の方へ向き直つた。
 「おい! さつき何か壞したね。」
 「ええ、十錢で買つた西洋皿。」
 「ふむ。十錢で買つた西洋皿? 十錢の西洋皿だから壞してもいゝと思つて居るのぢやないだらうね。十錢だの十圓だのと、それは人間が假りに、勝手につけた値段だ。それにあれは十錢以上に私には用立つた。皿一枚だつて貴重なものだ。まあ言はゞあれだつて生きて居るやうなものだ。まあ、其處へ御坐り。お前はこの頃、月に五つ位はものを壞すね。皿を手に持つて居て、皿の事は考へずに、ぼんやり外のことを考へて居る。それだから、その間に皿は腹を立てゝお前の手からすべり落ちるんだ。一體、お前は東京のことばかり考へて居るからよくない。お前はここのさびしい田舍にある豐富な生活の鍵を知らないのだ。ここだつてどんなに賑やかだかよく氣をつけて御覽。つまらぬとお前の思つて居る臺所道具の一つ一つだつて、お前が聞くつもりなら、面白い話をいくらでもしてくれるのだ‥‥」彼は囈言のやうに小言を言ひつゞけた。しかしいくら言はうとしても彼の言はうとして居る事は一言も言へなかつた。彼は人間の言葉では言へない事を言はうとして居るのだ。と自分で思つた。さうして遂に口を噤んだ。
[やぶちゃん注:「彼は答へようともしないで、」底本は「彼は答へようともしなで、」。脱字と断じ、定本に従って訂した。
「太儀」ママ。]
 二人は默つて荒れ𢌞る嵐の音を聞いた。暫くして妻は、思ひきつて言つた。
 「あなた、三月にお父さんから頂いた三百圓はもう十圓ぼつちよりなくなつたのですよ。」
 彼はそれには答へようともせずに、突然口のなかで呟くやうにひとり言を言つた。
 「俺には天分もなければ、もう何の自信もない‥‥」

*             *             *            
    *             *             *        

 闇が彼の身のまはりに犇いて居た。それは赤や綠や、紫やそれらの隙間のない集合のやうでもあつた。重苦しい闇であつた。彼は闇のなかでマツチを手さぐり、枕もとの蠟燭に灯をともすと寢床から起き上つた。さうしてその燭臺を、隣に眠つて居る妻の顏の上へ、ぢつとさしつけた。けれども深い眠に陷入つて居る彼の女は、身じろぎもしなかつた。彼はしばらくその女の無神經な顏を、蠟燭の搖れる光のなかで、ぢつと視つめて見た。彼はこの時、自分の妻の顏を、初めて見る人の顏のやうに物珍らしげにつくづくと見た。
[やぶちゃん注:「寢床から」底本は「寢床らか」。錯字と断じて、訂した。定本も無論、「から」。]
 蠟燭の光はものの形を、光の世界と影の世界との二つにくつきりと分けた。その光のなかで見た人間の顏は、強い片光かたひかりを浴びて、その赤い光の強い濃淡から生ずる効果は、人間の顏の感じを全く別個のものにして見せた。彼は人間の顏といふものは――ただに自分の妻だけではなく、一般に――かうも醜いものであらうかと、つくづくさう感じた。それは不氣味で陰慘で醜惡な妙な一つのかたまりとして彼の目に映じた。女は枕元に、解きほどいた束髮のかもじヽヽヽを、黑く丸めて置いて居た。奇妙な現象には、彼はそのかもじを見た時にこれが――ここに眠つて居る女が自分の妻だつたのだと始めて氣がついた。
 彼は燭臺を高く少し持上げたり、或は女の顏の耳の直ぐわきへくつつけて見たり、暫くその光の與へる効果の變化を實驗して遊ぶかのやうに、それをいろいろと眺めて居た。彼の妻はそんなことには少しも氣がつかずに眠つて居る。寢返りもしない。こんな女は、今若し喉もとへ劔を差しつけられても、それでも平氣で眠つて居るだらうか。いや、そんな場合には、いかに無神經なこの女でも、さすがに人間の本能として當然目を睜くであらう。さうでなければならない。彼はそんなことを考へた。さうして、若しやこの女は今、殺される夢でも見ては居ないだらうかとも思つた‥‥それにしても、こうした光の蠱惑から人間といふものはさまざまなことを思ひ出すものである。こんなことから、實際人を殺さうと決心した男が、昔からなかつただらうか。
[やぶちゃん注:「睜く」従来はこの漢字を「睜みはる」と春夫は訓じている。ここは「みひらく」と読んでおく。]
 「尤も、俺は今この女を殺さうとして居るわけではないのだが」
 彼は思はず小聲でさう言つた。自分自身の愕くべき妄想に對して、慌てゝ言ひわけしたのである。「それにしても俺は今何のためにこんなことをして居るだつけな」彼は氣がついたやうに、急に妻を搖り起した。
[やぶちゃん注:最初の直接話法は行頭から始まっているが、前例と以下のそれに徴して、一字空けを施した。]
 夜中である。
 妻はやつと目を覺したが、眩しさうに、搖れて居る蠟燭の光を避けて、目をそむけた。さうして半ば口のなかで、
 「また戸締りですか、大丈夫よ。」
 さう言つて、寢返りをした。
 「いゝや。便所へ行くんだ。ちよつとついて行つてくれ。」
 厠から出て來た彼は、手を洗はうとして戸を半分ばかり繰つた。すると、今開けた戸の透間から、不意に月の光が流れ込んだ。月はまともに緣側に當つて、歪んで長方形に板の上に光つた。不思議なことには、彼はこれと同じやうに、全く同じやうに月の差込んで居る緣側をちやうど今のさつき夢に見て、目がさめたところであつた。何といふ妙な暗合であらう。彼には先づそれが怪奇でならなかつた。さうして、今、自分達がかうして此處に立つて居ることも、夢のつゞきではないのか、ふとさう疑はれた。
[やぶちゃん注:「戸を半分ばかり繰つた。すると、」底本は「戸を半分ばかり繰つたすると、」。おかしいので、定本に従って句点を間に打った。
 なお、以下の会話文二つも前のように行頭から始まっているが、やはり一字下げた。]
 「おい、夢ではないんだね。」
 「何がです。あなた寢ぼけていらつしやるの。」蠟燭は彼の妻の手に持たれて、月の光を上から浴びせかけられて、ほんのりと赤くそれ自身の光を失うた。光の穗は風に吹かれて消えさうになびいたが、彼の妻の袖屛風の影で、ゆらゆらと大きく搖れた。風は何時の間にかおだやかになつて居たが、雲は凄じい勢で南の方へ押奔つて居た。小雨を降らせて通り過ぎる眞黑な雲のばつくりと開けた巨きな口のフアンタステイツクな裂目から、月は彼等を冷え冷えと照して居た。
 彼は手を洗ふことを忘れて、珍らしいその月を見上げた。それは奇妙な月であつた。幾日の月であるか、圓いけれども下の方が半分だけ淡くかすれて消え失せさうになつて居た。併し、上半は、黑雲と黑雲との間の深い空の中底に、研ぎすましたやうに冴え冴えとして、くつきりと浮び出して居た。その上半のくつきりした圓さが、何かにひどく似て居ると、彼は思つた。然うだ。それは頭蓋骨の臚頂のまるさに似て居る。さう言へば、その月の全體の形も頭蓋骨に似て居る。白銀の頭蓋骨だ。彼の聯想の作用は、ふと海賊船といふやうなものの事を思ひ出させた。彼はその月を飽かずに眺めた。ああ、これと同じ事が、全く同じことが、その時も俺はここにかうして立つて居た。雲の形も、月の形もこれとそつくりだつた。どこからどこまで寸分も違はない。そればかりかその時にもかう思つたのだつた。今と同じ事を思つたのだつた。遠い微かな穴の奧底のやうな昔にも、現在と全然同一な出來事が曾てもあつた‥‥茫然として、彼は瞬間的にさう考へた‥‥何時の日のことだつたらう‥‥何處でであつたらう‥‥
[やぶちゃん注:「幾日」底本では「いくか」とルビする。
「臚頂」「ろちやう(ろちょう)」で「頭の天辺てっぺん・頭頂」の謂いであるが、「臚」は「丸く膨らんだ腹」の意で、普通は「顱頂」と書き、定本ではそう書き直されてある。]
 空一面を飛び奔る雲はもう少しで月を呑まうとして居る。
 「もう、閉めてもいい?」
 妻は、寒さうにさう言つた。
 彼はその言葉で初めて我に歸つたのか、手を洗はうと身を乘り出した。その瞬間であつた。
 「や、大變!」
 「え?」
 「犬だ!」
 「犬?」
 彼は卽座に、手早く、戸締りに用ゐた竹の棒を引つつかむと、力任せに、それを庭の入口の方へ投げ飛した。彼の目には、もんどりを打つ竹ぎれからす早く身をかわして、いきなりそれを目がけて飛びかかると、その竹片を咥へたまま、眞しぐらに逃げて行く白犬が、はつきりと見えた。尾を股の間へしつかりと挾んで、耳を後へ引きつけ、その竹片に嚙みつ居た口からは、白い牙を露して、涎をたらたらと流しながら、彼の家の前の道をひた走りに走つて行く。月光を浴びて、房々した毛の大きな銀色の犬は、その織るやうな早足、それが目まぐるしく彼の目に見える。
 それは王禪寺といふ山のなかの一軒の寺の犬だつた。その形は明確に細密に、一瞬間のうちに彼には看取出來た。
 「狂犬だよ!」
 彼は自分の犬どもの名を慌ただしく呼んだ。呼びつづけた。其處らには居ないのか、犬どもは彼の聲には應じなかつた。妻には何事が起つたのか、少しも解らなかつた。併し、彼のさうするまゝに、彼の妻も聲を合せて犬の名を呼んだ。その甲高い聲が丘に谺した。七八度も呼ばれると、重い鎖の音がして、犬どもは、二疋とも同時に、いかにものつそりと現はれた。さうして鎖をぢやらんぢやらんと言はせながら身振ひして、主人の不意な召集を訝しく思ひながらも、彼等は尾をちぎれるほどはげしく振り、鼻をくんとならした。
 月は雲のなかに呑まれてしまつた。
 彼は妻の手から燭臺を受け取るや否や、それを、犬どもの方へ差し出したが、一時に風に吹き消された。直ぐに、別にランプに灯をともし見たが、彼の犬には別に何の變事もないらしかつた。
 「ああ、愕いた、俺はうちの犬が狂犬に嚙まれたかと思つた。」
 彼は寢床へ這入つたが、妻にむかつて、今見たところのものを仔細に説明した。彼の妻は最初からそれを否定した。いかに明るくとも月の光で、そんなにはつきりと見える筈はない。それに王禪寺の犬は、成程、狂犬になつたのだ、けれども、もう一週間も十日も前に、そのために屠殺された。その時、村の人が、お絹が、
 「だから、お宅の犬もお氣をおつけなさい」
 とさう言つた。その事は、その時彼の女自身の口から彼に話した筈だつた。――妻は事を分けて、宥めるやうに彼に説明するのであつた。しかし彼は王禪寺の犬が氣違ひになつた話などは聞いたこともないと思ふ。
 「犬の幽靈が野原をああして馳けまわつて居たのだ。さうして、さういふ靈的なものは俺にばかりしか見えないのだ‥‥」憂鬱の世界‥‥呻吟の世界‥‥靈が彷徨する世界‥‥。俺の目はそんな世界のためにつくられたのか。憂鬱な目には憂鬱の世界より外には見へない‥‥
[やぶちゃん注:「村の人が、」の箇所は底本では後に『村の人が、」』と鍵括弧がある。除去した。なお、定本では「村の人」ではなく、例の最初に案内人として登場し、よく話に来る『お絹が、』となっている。その方が自然である。]

*             *             *            
    *             *             *        

 その翌日――雨月の夜の後の日は、久しぶりに晴やかな天氣であつた。天と地とが今朝甦へつたやうであつた。森羅萬象は、永い雨の間に、何時しかもう深い秋にも化つて居た。稻穗にふりそそぐ日の光も、そよ風も、空も、其處に唯一筋纖絲のやうに浮んだ雲も、それは自づと夏とは變つて居た。すべては透きとほり、色さまざまな色ガラスで仕組んだ風景のやうに、彼には見えた。彼はそれを身體全部で感じた。彼は深い呼吸を呼吸した。冷たい鮮かな空氣が彼の胸に這入つて行くのが、いかなる飮料よりも甘かつた。彼の妻が、この朝は每日のやうに犬どもを繫いで置けなかつたのも無理ではない。それはよい處置であつた‥‥遠い畑の方では、彼の犬が、フラテもレオも飛び廻つて居るのが見られた。百姓の若者がレオの頭を撫でて居た。音無しいレオは、喜んでするに任せて居る――太陽に祝福された野面や、犬や、そこに身を跼めて居る働く農夫などを、彼はしばらく恍惚として眺めた。日は高い。この景色を見るために、何故もう少し早く目が覺めなかつたらうとさへ、彼は思つた。
 緣を下りて、顏をは洗うと庭を通ると白い犬が昨夜咥へて行つた筈の竹片は、萩の根元を轉がつて居た。彼は思はず苦笑した。それは、併し、寧ろ樂しげな笑ひであつた。
[やぶちゃん注:最初の一文は問題が多過ぎる(三箇所)ので逆にママで示した。定本では「緣を下りて、顏をば洗はうと庭を通ると白い犬が昨夜咥へて行つた筈の竹片は、萩の根元に轉がつて居た。」となっている。]
 井戸端には、こぼれた米を拾はうとして――妻はわざわざ餘計にこぼしてやつたかも知れぬ、と彼は思つた――雀が下りて居た。彼の今までここらで見たこともないほどの澤山で、三四十羽も群れて居た。彼の跫音に愕かされると、それが一時に飛び立つて、そこらの枝の上に逃げて行つた。その柿の枝には雀とは別の名も知らぬ白い顏の小鳥も居た。さうして彼の家の軒端からのぼる朝の煙が、光を透して紫の羅のやうに柿の枝にまつはつた。雨に打ち碎かれて、果は咲かなくなつて居た薔薇が、今朝はまたところどころに咲いて居る。蜘蛛の網は、日光を反射する露でイルミネエトされて居た。薔薇の葉をこぼれた露は、轉びながら輝いて蜘蛛の網にかかると、手にはとる術すべもない瞬間的の寶玉の重みに、網は鷹揚にゆれた。露は絲を傳うて低い方へ走つて行く、ぎらりと光つて、下の草に落ちる。それらの月並の美を、彼は新鮮な感情をもつて見ることが出來るのであつた。
[やぶちゃん注:「薔薇」再確認しておく。「さうび(そうび)」である。
 水を汲み上げようと繩つるべを持ち上げたが、ふと底を覗き込むと、其處には涯知らぬ蒼穹を徑三尺の圓に區切つて、底知れぬ瑠璃を靜平にのべて、井戸水はそれ自身が内部から光り透きとほるもののやうにさへ見えた。彼はつるべを落す手を躊躇せずには居られない。それを覗き込んで居るうちに、彼の氣分は井戸水のやうに落着いた。汲み上げた水は、寧ろ、連日の雨に濁つて居たけれども、彼の靜かな氣分はそれ位を恕すには充分であつた。
 妻の用意した食卓についた時には、彼の心は平和であつた。食卓には妻が先日東京から持つて來た變つた食物があつた。火鉢の上には鐡瓶が滾たぎつて居た。さうして、陰氣な氣持は妻の言つたとほり、いやな天候から來たものだつた――と、彼は思つた。彼は箸をとり上げようとして、ふと、さつき井戸端で見た或る薔薇の莟の事を思ひ出した。
 「おい、氣がつかなかつたかい。今朝はなかなかいい花が咲いて居るぜ。俺の花が。二分どおり咲きかかつてね、それに紅い色が今度のは非常に深い落着いた色だぜ。」
 「ええ、見ましたわ。あの眞中のところに高く咲いたあれなの?」
 「然うだよ。一莖獨秀當庭心――奴さ」彼はそれからひとり言に言つた。「新花對白日か。いや、白日は可笑しい。何しろ彼等は季節はづれだ‥‥」
 「やつと九月に咲き出したのですもの。」
 「どうだ。あれをここへ摘んで來ないかい。」
 「ええ、とつて來るわ」
 「さうして、ここへ置くんだね」彼は圓い食卓の眞中を指でとんとんヽヽヽヽとたたきながら言つた。
 妻は直ぐに立上つたが、先づ白い卓布を持つて現れた。
 「それでは、これを敷きませう。」
 「これはいい。ほう! 洗つてあつたのだね。」
 「汚れると、あの雨では洗濯も出來ないと思つてしまつて置いてあつたの。」
 「これや素的だ! 花を御馳走に饗宴を開くのだ。」
 樂しげな彼の笑ひを聞きながら、妻は花を摘むべく立ち去つた。
[やぶちゃん注:「それでは、これを敷きませう。」底本では「それでは、これを敷きましせう。」。「し」は衍字と断じて除去した。
 なお、次のパートの直接話法の部分は一箇所(会話の最後)を除いて総て行頭から始まっているが、前例に徴して総て一字下げた。]
 彼の女は花を盛り上げたコツプを持つて、直ぐ歸つて來た。少し芝居がかりと見える不自然な樣子で、彼の女はそれを捧げながらいそいそと入つて來た。それが彼には妙に不愉快であつた。彼自身が、人惡く諷刺されて居たやうに感じられた。彼は氣のない聲で言つた。
 「やあ、澤山とつて來たのだなあ。」
 「ええ、ありつたけよ。皆だわ!」
 さう答えた妻は得意げであつた。彼にはそれが忌々しかつた。言葉の意味の通じないのが。
 「何故?。俺は一つでよかつたんだ。」
 「でもさうは仰言らないのですもの。」
 「澤山とでも言つたのかね‥‥。それ見ろ。俺は一つで澤山だつたのだ。」
 「ぢや外のは捨てて來ましせうか。」
 「いいよ。折角とつて來たものを。まあいい。其處へお置き。‥‥おや、お前は何だね――俺の言つた奴は採つて來なかつたのだね。」
 「あら、言つたの言はないのつて、これ丈しきあ無いんですよ! 彼處には。」
 「然うかなあ。俺は少し、底に斯う空色を帶びたやうな赤い莟があつたと思つたに。それを一つだけ欲しかつたのさ。」
 「あんな事を。底に空色を帶びたなんて、そんな難しいのはないわ。それやきつと空の色でも反射して居たのでせうよ。」
 「成程、それで‥‥?」
 「あら、そんな怖い顏をなさるものぢやない事よ。私が惡かつたなら御免なさいね。私はまた澤山あるほどいいかと思つたものですから‥‥」
 「さう手輕に詫つて貰はずともいい。それより俺の言ふことが解つて貰ひ度たい。‥‥一つさ。その一つの莟を、花になるまで、目の前へ置いて、日向へ置いてやつたりして俺は凝乎と見つめて居たかつたのだ。一つをね! 外のは枝の上にあればいい。」
 「でも、あなたは豐富なものが御好きぢやなかつたの。」
 「つまらぬものがどつさりより、本當にいいものが只一つ。それが本當の豐富さ。」彼は自分の言葉を、自分で味つて居るやうに沁み沁みと言つた。
 「さあ、早く機嫌を直して下さい。折角こんないい朝なのに‥‥」
 「然うだ。だから――折角のいい朝だから、俺はこんな事をされると不愉快なのだ。」
[やぶちゃん注:「いいよ。折角とつて來たものを。」底本は「いいよ。折角とつて來てものを。」。定本で訂した。]
 彼は、併し、そんなことを言つて居るうちにも、妻がだんだん可哀想になつて居る。さうして自分で自分の我儘に氣がついて居た。妻の人示指には、薔薇の刺で突いたのであらう、血が吹滲んで居る。それが彼の目についた。しかし、そんな心持を妻に言ひ現す言葉が、彼の性質として、彼の口からは出て來なかつた。寧ろ、その心持を知られまい、知られまいと包んで居る。さうしてどこで不快な言葉を止めていいやら解らない。それが一層彼自身を苛立たせる。彼は強いて口を噤んだ。さて、その花を盛り上げたコツプを手に取上げた。最初は、それを目の高さに持上げて、コツプを透して見た。綠色の葉が水にしたされて一しほに綠だ。葉うらがところどころ銀に光つて居る。そのかげにほの赤い刺も見える。コツプの厚い底が水晶のやうに冷たく光つて居る。小さなコツプの小さな世界は綠と銀との淸麗な秋である。
 彼はコツプを目の下に置いた。さうして一つ一つの花を、精細に見入つた。其處にある花は花片も花も、不運にも皆蝕んで居る。完全なものは一つもなかつた。それが少し鎭まりかかつた彼の心を搔き亂した。
 「どうだ、この花は! もつと吟味してとつて來ればいいのに。ふ。皆蝕ひだ。」
 彼は思はず吐き出すやうにさう言つて仕舞つたが、又、妻が氣の毒になつた。急に、その中の最も美しい莟を一本拔き出すと、彼は言葉を和げて、
 「ああ、これだよ。俺の言つた莟は。それ、此處にあつた! 此處にあつた!」
 彼の言葉のなかには、妻の機嫌を直させようとする心持があつた。けれども、妻は答へようとはしないで、默つて彼の女自身の御飯を茶碗に盛つて居るのであつた。彼は橫眼でそれを睨みながら、妻の顏を偸視ぬすみみた。このコツプを彼處へ、額の上へたたきつけてやつたなら‥‥。いや、いけない。もともと自分が我が儘なのだ。彼は仕方なく、寂しく切ない心をもつて、その撮み上げた莟を、彼自身の目の前へつきつけて眺めて居た。‥‥。その未だ固い莟には、ふくらんだ橫腹に、針ほどの穴があつた。それは幾重にも幾重にも重なつた莟の赤い葩を、白く、小さく、深く蕋まで貰いて穿たれてあつた。言ふまでもなくそれは蟲の仕業である。彼は厭はしげに眉を寄せながら、尚もその上に莟を觀た。
[やぶちゃん注:「撮み」「つまみ」。「摘」の誤字ではない。「撮」には「つまむ」の意があり、そう訓ずるし、定本でもこの漢字でそうルビしてある。]
 はつヽヽと思ふと、彼はそれをとり落した。
 その手で、す早く、滾つて居る鐵瓶を下したが、再び莟を摘み上げると、直ぐさまそれを火の中へ投げ込んだ。――莟の花片はぢぢぢと焦げる‥‥。そのいこり立つた眞紅の炭を見た瞬間、
 「や?」
 彼は思はず叫びさうになつた。立上りさうになつた。それを彼はやつと耐へた――ここで飛び上つたりすれば、俺はもう狂人だ!さう思ひながら、彼は再び手早に、併しなるべく沈着に、火鉢で燒けて居る花の莟を、火箸の尖で撮み上げるや、傍の炭籠のなかに投込んだ。
 彼はこれだけの事をして置いて、さて、火鉢の灰のなかをおそるおそる覗き込むと、其處には何もない。今あつたやうなものは何もない。愕き叫ぶべきものは何もない。彼は灰の中を搔きまわして見た。底からも何も出ない。水に滴したたらした石油よりも一層早く、灰の上一面をぱつと眞靑に擴がつた! と彼の見たのは、それは唯ほんの一瞬間の或る幻であつたのである。
[やぶちゃん注:「或る幻であつた」底本は「或る幻であた」。脱字と断じて底本で「つ」を補った。]
 彼は炭籠の底から、もう一度莟を拾ひ出した。火箸で撮まれた莟は、燒ける火のために色褪せて、それに眞黑な炭の粉にまみれて居た。さて、その莖を彼は再び吟味した。其處には、彼が初めに見たと同じやうに、彼の手の動き方を傳へて慄へて居る莖の上には、花の萼から、蝕んだただ二枚の葉の裏まで、何といふ蟲であらう――莖の色そつくりの靑さで、實に實に細微な蟲が、あのミニアチュアの幻の街の石垣ほどにも細かに積重り合うて、莖の表面を一面に、無數の數が、針の尖ほどの隙もなく裹み覆うて居るのであつた。灰の表を一面の靑に、それが擴がつたと見たのは幻であつたが、この莖を包つつみかぶさる蟲の群集は、幻ではなかつた――一面に、眞靑に、無數に、無數に‥‥
 「おゝ、薔薇、汝病めり!」
 ふと、その時役の耳が聞いた。それは彼自身の口から出たのだ。併しそれは彼の耳には、誰か自分以外の聲に聞えた。彼自身ではない何かが、彼の口に言はせたとしか思へなかつた。その句は、誰かの詩の句の一句である。それを誰かが本の扉か何かに引用して居たのを、彼は覺えて居たのであらう。
 彼は成るべく心を落ちつけようと思ひながら、その手段として、目の前の未だ伏せたままの茶碗をとつて、それを靜かに妻の方へ差し出した。その手を前へ突き延す刹那、
 「おお、薔薇、汝病めり!」
 突然、意味もなく、又その句が口の先に出る。
 彼はやつと一杯だけで朝飯を終へた。
 妻はしくしくと泣いて居た。嗟! また始まつたか、と心のなかで呟きながら。さうして食卓を片付けつつ、その花のコツプをとり上げたが、さてそれをどうしようかと思惑うて居た。あの蝕んだ燒けた莟は、彼が無意識に毮り碎いたのであらう――火鉢の猫板の上に、粉粉こなごなに刻まれて赤くちらばつて居た。彼はそれらのものを見ぬふりをして見ながら、庭へ下りようと片足を緣側から踏み下す。と、その刹那に、
 「おゝ、薔薇、汝病めり!」
 「フエアリイ・ランド」の丘は、今日は紺碧の空に、女の橫腹のやうな線を一しほくつきりヽヽヽヽと浮き出させて、美しい雲が、丘の高い部分に小さく聳えて末廣に茂つた木の梢のところから、いとも輕々と浮いて出る。黃ばんだ赤茶けた色が泣きたいほど美しい。何日か一日のうちに紫に變つた地の色は、あの綠の縱縞を一層引立てる。そのうへ、今日は縞には黑い影の絲が織り込まれて居る。その丘が、今日又一倍彼の目を牽きつける。
[やぶちゃん注:「末廣」底本は「未廣」。定本から、誤植と断じて訂した。]
 「俺は、仕舞ひには彼處で首を縊りはしないかな? 彼處では、何かが俺を招いて居る。」
 「馬鹿な。物好きからそんなつまらぬ暗示をするな。」
 「陰氣にお果てなさらねばいいが。」
 彼の空想は、彼の片手をひよつくりと擧げさせる。今、その丘の上の目に見えぬ枝の上に、目に見えぬ帶をでも投げ懸けようとでもするかのやうに‥‥
 「おゝ、薔薇、汝病めり!」
 井戸のなかの水は、朝のとほりに、靜かに圓く漾へられて居る。それに彼の顏がうつる。柹の病葉が一枚、ひらひらと舞ひ落ちて、ぽつりとそこに浮ぶ。其の輕い一點から圓い波紋が一面に靜にひろがつて、井戸水が搖らめく。さうしてまたもとの平靜に歸る。それは靜で、靜である。涯しなく靜である。
 「おゝ、薔薇、汝病めり!」
 薔薇の叢には、今は、花は一つもない。ただ葉ばかりである。それさへ皆蝕ひだ。ふと、目につくので見るともなしに見れば、妻は今朝の花を盛つたコツプを臺所の暗い片隅へ、ちよこんと淋しく、赤く、置いてある。それが彼の目を射る。「お前はなぜつまらない事に腹を立てるのだ。お前は人生を玩具にして居る。怖ろしい事だ。お前は忍耐を知らない。」
[やぶちゃん注:「怖ろしい事だ。お前は忍耐を知らない。」底本は「怖ろしい事だお前は忍耐を知らない。」。脱字と断じて、定本で句点を補った。]
 「おゝ、薔薇、汝病めり!」
 裏の竹藪の或る竹の或る枝に、葛の葉がからんで、別に風とてもないのに、それの唯一枚だけが、不思議なほど盛んに、ゆらゆらと左右に揺れて居る。さうしてその都度、葉裏が白く光る――それを凝と見つめて居ても‥‥。彼を見つけた犬どもが、いそいそ野面から飛んで歸つて、兩方から彼に飛び縋る。それを避けようと身をかわしても‥‥。どこかの樹のどこかの枝で、百舌が、刺すやうにきりきり鳴き出しても‥‥、渡鳥の群が降りちらばるやうに、まぶしい入日の空を亂れ飛ぶのを見上げても‥‥明るい夕空の紺靑を仰いでも‥‥何側の丘の麓の家から、細々と夕餉の煙がゆれもせず靜に立昇るのを見ても‥‥
 「おゝ、薔薇、汝病めり!」
 言葉がいつまでも彼を追つかける。それは彼の口で言ふのだが、彼の聲ではない。その誰かの聲を彼の耳が聞く。それでなければ、彼の耳が聞いた誰かの聲を、彼の口が卽座に眞似るのだ。――彼は一日、何も口を利かなかつた筈だつたのに。
[やぶちゃん注:「どこかの樹のどこかの枝で」底本は「どこかの樹のこかの枝で」。脱字と断じて定本で補った。]
 犬どもは聲を揃へて吠えて居る。その自分の山彦に怯えて、犬どもは一層吠える。山彦は一層に激しくなる。犬は一層に吠え立てる‥‥彼の心持が犬の聲になり、犬の聲が彼の心持になる。暗い臺所には、妻が竃へ火を焚きつける。また何處かから歸つて來た猫が、夕飯の催促をしてしきりと鳴く。はつヽヽと火が燃え立つと、妻の顏は半面だけ、眞赤に浮び出す。その臺所の片隅では、蝕ひの薔薇の花が、暗のなかで、ぽつかりと浮き出して居る。薔薇は煙がつて居る!
[やぶちゃん注:「犬の聲が彼の心持になる。」底本は最後の句点がなく、一字空け。脱字と断じて、定本で句点を補った。]
 彼はランプへ火をともさうと、マツチを擦る。ぱつと、手元が明るくなつた刹那に、
 「おゝ、薔薇、汝病めり!」
 彼はランプの心へマッチを持つて行くことを忘れて、その聲に耳を傾ける。マツチの細い軸が燃えつくすと、一旦赤い筋になつて、直ぐと味氣なく消え失せる。黑くなつたマツチの頭が、ぽつりと疊へ落ちて行く。この家の空氣は陰氣になつて、しめつぽくなつて、腐つてしまつて、ランプヘも火がともらなくなつたのではあるまいか。彼は再びマツチを擦る。
 「おゝ、薔薇、汝病めり!」
 何本擦つても、何本擦つても。
 「おゝ、薔薇、汝病めり!」
 その聲は一體どこから來るのだらう。天啓であらうか。預言であらうか。兎も角も、言葉が彼を追つかける。何處まででも何處まででも‥‥‥‥



佐藤春夫 未定稿『病める薔薇さうび 或は「田園の憂鬱」』(天佑社初版版)   完