やぶちゃんの電子テクスト:小説・随筆篇へ
鬼火へ

[やぶちゃん注:大正九(1920)年一月及び十月発行の雑誌『サンエス』に分割掲載、後に『夜來の花』に所収された。底本は岩波版旧全集を用いたが、読みは朗読時に迷うもののみとして、あらかた排除した。また、後に高校生の読書会用に私が表記に手を加えた別種テクストを用意した。本作はルナール好きの芥川ファンとしては、如何にもの「博物誌」の引き写し部分等、複雑な心境になる小品ではある。【2006年2月26日】見落としていた初出削除分を追捕し、一部に注を附した。【2009年2月11日】]

 

  動物園   芥川龍之介

 

       象

 

 象よ。キツプリングは昔お前の先祖が、鰐に鼻を啣(くは)へられたものだから、未だにお前まで長い鼻をぶら下げて歩いてゐると云つた。が、おれにはどうしても、あいつの云ふ事が信用出來ない。お前の先祖は佛陀御在世の時分、きつとガンヂス河の燈心草の中で、晝寢か何かしてゐたのだ。すると河の泥に隱れてゐた、途方もなく大きな蛭が、その頃はまだ短かつた、お前の先祖の鼻の先へ、吸ひついてしまつたのに違ひない。さもなければお前の鼻が、これ程大きな蛭のやうに、伸びたり縮んだりはしないだらう。象よ。お前は印度の名門の生れだ。どうかおれの云つた通り、あのキツプリングの説などは口から出放題の大法螺だと、先祖の冤を雪ぐ爲に、一度でも好いからその鼻をあげて、喇叭のやうな聲を轟かせてくれ。

[やぶちゃん注:「燈心草」はイグサのこと。「一度でも好いから」の初出は「二度でも好いから」であるが、誤植である。]

 

       鸛の鳥

 

 あの頸をさ、襟飾(ネクタイ)のやうに結んでしまつたら、一體あいつはどうしてほどく氣なんだらう。

 

       駱駝

 

 お爺さん。もうが萬年青(おもと)の御手入はおすみですか。ではまあ一服おやりなさい。おや、あの菖蒲革の茛入(たばこい)れは、どこへ忘れて御出(おい)でなすつた?

[やぶちゃん注:「おや」は初出「はて」。「菖蒲革」とは、鹿のなめし革を藍染めする際、小さく形象化した菖蒲を白く染め抜いたものを言う。菖蒲が尚武と音通で、江戸時代には武具等の意匠に盛んに用いられた。]

 

       虎

 

 虎よ。お前はコスモポリタンだ。豐干禪師を乘せたお前。和唐内に搏たれたお前。それからウイルヤム・ブレエクの有名な詩に歌はれたお前。虎よ。お前は最大のコスモポリタンだ。

 

       家鴨

 

 子供が黒板へ白墨で惡戲に書いた算用數字。2、2、2、2、2、2、

 

       白孔雀

 

 これは年とつた貴夫人だ。お眼が少し赤く爛れていらつしやる。鼈甲の柄のついた眼鏡(めがね)を持つて、一々見物人を御覽になれば好(い)い。

 

       大蝙蝠

 

 お前の翼は仁木彈正(につきだんじやう)の鬢(びん)だ。面明(つらあか)りの蠟燭位(ぐらゐ)は、一煽(あふ)りにも消し兼ねない。さうしたら、鼻の尖つた、眼張りの強い、脣をへの字に曲げてゐる顔が、うす暗い雲母摺(きららずり)を後(うしろ)にして、愈(いよ/\)氣味惡く浮き上るだらう。落欵(らくくわん)は東洲齋寫樂……

[やぶちゃん注:「仁木彈正」は伊達騒動を劇化した浄瑠璃台本「伽羅先代萩」(めいぼくせんだいはぎ)に登場する鼠の妖術を駆使する敵役。歌舞伎でも「国崩し」と呼ばれる悪役中の悪役。「面明り」は歌舞伎の面部への照明の一つで、長い柄を付けた燭台に蠟燭を灯して俳優の顔前に差し出すもの。「雲母摺」は「うんもずり」とも呼ぶ浮世絵版画の技法の一つで、背の地色に雲母の細粉(実際には安価な貝殻粉で代用したものが多い)を絵具に混入にして描き、余白を銀色にしたもの。歌麿や正に写楽の大首絵等に用いられており、人物や対象が厳かに浮き出して見える。]

 

       カンガルウ

 

 腹の袋の中には子供が一匹はひつてゐる。あれを出してしまつても、まだ英書利の旗か何かが、手品のやうに出て來はしないか。

[やぶちゃん注:初出には「手品のやうに」がない。]

 

       鸚哥
 

 お前は古い唐画の桃の枝に、ぢつと止つてゐるが好い。うつかり羽搏きでもしようものなら、體の繪の具が剥げてしまふから。

 

       獅子
 

 この靴の泥をね、あの鬣のある頭で拭いて見たいものぢやないか。

[やぶちゃん注:『夜來の花』に所収の際、この「獅子」は削除された。]

 

       猿

 

 猿よ。お前は一体泣いてゐるのか、それとも亦笑つてゐるのか。お前の顔は悲劇の面のやうで、同時に又喜劇の面のやうだ。おれの記憶は縁日の猿芝居へおれを連れて行く。櫻の釣板(つりいた)、張子の鐘、それからアセチレン瓦斯の神経質な光。お前は金紙(きんがみ)の烏帽子(ゑばうし)をかぶつて、緋鹿子(ひかのこ)の振袖をひきずりながら、恐るべく皮肉な白拍子花子(はなこ)の役を勤めてゐる。おれの胸に始めて疑團(ぎだん)が萌(きざ)したのは、正にその白拍子たるお前の顔へ、偶然の一瞥を投げた時だ。お前は一體泣いてゐるのか、それとも亦笑つてゐるのか。猿よ。人間よりもより人間的な猿よ。おれはお前程巧妙なトラヂック・コメデイアンを見た事はない。――おれが心の中でかう呟くと、猿は突然身を躍らせて、おれの前の金網にぶら下りながら、癇高い声で問ひ返した。「ではお前は? え、お前のそのしかめ面は?」

[やぶちゃん注:「釣板」とは舞台の大道具の一つで、俳優を乗せて少し吊り上げる(現在はせり出しに取って代わられているものと思われる)四角の台を言う。見得を切った際に、それを大きく見せるための装置。「花子」は広く能・浄瑠璃・歌舞伎・舞踏等の道成寺物の女主人公を指す。「疑團」が疑念と同じ。「ではお前は?」は初出「さうしてお前は?」。]

 

       山椒魚

 おれがね、お前は一体何物だと、頭に向つて尋ねたら、私は山根魚ですよと、尻尾がおれに返事をしたぜ。

 

       鶴

 

 縣下第一の旅館の玄關、芍藥と松とを生けた花瓶、伊藤博文(いとうはくぶん)の大字(だいじ)の額、それからお前たちつがひの剥製……

[やぶちゃん注:「花瓶」は初出「茶瓶」であるが、誤植であろう。]

 

       狐

 

 ふて寝だな。この襟巻め。

 

       鴛鴦

 

 胡粉の雪の積つた柳、銀泥の黒く燒けた水、その上に浮んでゐる極彩色(ごくさいしき)のお前たち夫婦、――お前たちの畫工は伊藤若沖だ。

[やぶちゃん注:初出では「伊藤若沖」は「圓山應擧」となっている。]

 

       鹿

 

 この見事な刀掛には、葵の御紋散らしの大小でも恭しく掛けて置くが好い。

 

       波斯猫

 

 日の光、茉莉花(まつりくわ)の匂、黄色い絹のキモノ、Fleurs du Mal. それからお前の手ざはり…………

[やぶちゃん注:“Fleurs du Mal”はボードレールの詩集「悪の華」のこと。]

 

       火食鳥

 

 How do you do. Mr,Stiridberg ?


[やぶちゃん注:“Mr,Stiridberg”は、スウェーデンの作家 Johan August Strindberg ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ(1849~1912)のこと。『夜來の花』に所収の際、この「火食鳥」は削除された。]

 

       熊

 

 アンナ・カレニナ、露西亞更紗、それから大泉黑石(こくせき)君、――今はない皇帝(ツアル)の國に生まれて。人氣のないのはお前一人ぎりだぜ。

[やぶちゃん注:「大泉黒石」は日本のアナキスト作家にしてロシア文学者(明治26(1893)年~昭和32(1957)年10月26日)。日本名大泉清、ロシア名アレクサンドル・ステパノヴィチ・キヨスキー。長崎にてロシア人の父と日本人母との間に生まれた。俳優の故大泉滉は彼の息子である(顔もそっくりである)。『夜來の花』に所収の際、この「熊」は削除された。]

 

       鸚鵡

 

 鹿鳴館には今日も舞踏がある。提灯の光、白菊の花、お前はロテイと一しよに踊った、美しい「みやうごにち」令嬢だ。

[やぶちゃん注:「みやうごにち」令嬢とはピエール・ロティが書いた「江戸の舞踏会」の中で用いられている少女の呼称。ロティは貴族令嬢らの言葉遣いからそれぞれ「アリマスカ嬢」「コンニチワ嬢」「ミョウゴニチ嬢」等と呼んでいるのである。]

 

       日本犬

 

 造り物の柳に灯入りの月が出る。お前は唯遠くで啼いてゐれば好い。

[やぶちゃん注:「灯入りの月」は芝居の背景に蠟燭を灯して浮かべたもの。]

 

       馴鹿

 

 さてこれでおしまひだが、お前は――お前は、どこの鉄砲店の登録商標だ?

[やぶちゃん注:叙述から分かるように、「象」からここまでの23篇が大正九(1920)年一月一日発行の雑誌『サンエス』に掲載された。但し、『夜來の花』に所収の際は、この最後の「馴鹿」は項目ごと削除されている。]


       南京鼠

 

 上着は白天鷲絨(しろびらうど)、眼は柘榴石(ざくろいし)、それから手袋は桃色繻子(ももいろしゆす)。――お前たちは皆可愛らしい、支那美人にそつくりだ。後宮の佳麗三千人と云ふと、おれは何時もお前たちが、重なり合つた樓閣の中に、巣を食つた所を想像する。そら、西施が芋の皮を噛じつてゐると、楊貴妃は一生懸命に車をまはしてゐるぢやないか。

 

       猩々

 

 あの猩々の鼻の上には、金縁の Pince-nez がかかつてゐる。あれが君に見えるかい? もし見えなければ、今日限り、詩を作る事はやめにし給へ。

[やぶちゃん注:“Pince-nez”はフランス語で「鼻眼鏡」のこと。]

 

       

 

 祥瑞(しよんずゐ)の江村は暮れかかつた。藍色の柳、藍色の橋、藍色の茅屋、藍色の水、藍色の漁人(ぎよじん)、藍色の蘆荻(ろてき)。――すべてが稍黒ずんだ藍色の底に沈んだ時、忽ち白々(しら/\)と舞ひ上るお前たち三羽の翼の色。――皿の外までも飛び出さなければ好いが。

[やぶちゃん注:「祥瑞」は筑摩全集類聚版芥川龍之介全集の注によれば、『諸説があるが、伊勢の人で十六世紀に明国にわたり磁器の製法を学んだ陶工』の名か、『彼に教えた明の陶工』の名とも言われるとし、『ここでは祥瑞の製した染付磁器の』皿のことを指している、とある。]

 

       河馬

 

 擧(こ)す。梁(りよう)の武帝、達磨大師に問ふ。如何(いかん)か是佛法。磨云ふ。水中の河馬。

[やぶちゃん注:「擧す」とは「言う」の意で、以下全体の問答全体を「という。」で括る語。「如何か是仏法」とは『仏法とは如何なるものか?』という一種の公案である。]

 

       ぺングイン

 

 お前は落魄した給仕人だ。悲しさうなお前の眼の中には、以前勤めてゐたホテルの大食堂が、今もAurora australis のやうに、輝かしい過去の幻を浮き上らせる事がありはしないか?

[やぶちゃん注:初出では“Aurora australis”(ラテン語で「南極光」)は“Aurora borealis”(ラテン語で「北極光」)となっていたのを『夜來の花』に所収の際に補正している。ペンギンは南半球にしか棲息しない。

 

       馬

 凩の吹く町の角には、青銅(からがね)のお前に跨つた、やはり青銅(からかね)の宮殿下が、寒むさうな往來の老若男女を、揚々と見下(みおろ)して御出(おい)でになる。さうしてその宮殿下の、軍服を召した御胸(おむね)には、恐れながら白い鴉の糞(ふん)が……

[やぶちゃん注:これは上野公園内にある明治天皇の従兄弟である陸軍大将小松宮殿下銅像を指すものと考えられる。「白い鴉の糞(ふん)が……」は初出「白い鴉の糞(ふん)が――」である。]

 

       梟

 

 Broken 山(ざん)へ! 箒に跨つた婆さんが、赤い月のかかつた空へ、煙突から一文字(もじ)に舞ひ上がる。と、その後から一羽の梟が――いや、これは婆さんの飼猫が翼を生やしたのかも知れない。

[やぶちゃん注:「Broken 山」 は、ドイツ中部のHarzハルツ山地にある最高峰 (1,142m)。ブロッケン現象(ブロッケンの妖怪)が起こり易く、そのまがまがしさ故か、年一回、Walpurgisnachtヴァルプルギスの夜(4月30日宵から5月1日未明)に魔女が集まって饗宴をする山と言われる。ゲーテの「ファウスト」にも登場する有名な魔の山である。]

 

       金魚

 

 うす日の光がさして來ると、藻に立つた秋も目立つやうになつた。おれは、――所々鱗の剥げた金魚は、やがてはこの冷たい水の上に、屍(むくろ)を曝す事になるかも知れない。しかしさう云ふ最後の日までは、やはり先の切れた尾を振りながら、あの酒落者のブラムメルのやうに、悠々と泳いでゐようと思ふ。

[やぶちゃん注:「ブラムメル」は通常“Beau Brummell”で、洒落男、伊達男のことを言う。十九世紀前半の男子服の流行をリードした英国人G. Bryan Brummell(1778~1840)の名に由来し、頭の“Beau”はフランス語の洒落た、めかした、の意味であるが、多分に皮肉を込めた謂いである。]

 

       兎

 今昔物語巻(くわん)五、三獣行菩薩道兎燒身語(さんじうぼさつだうをおこなひうさぎみをやくものがたり)と云ふ Jātaka の中に、こんなお前の肖像畫がある。――「兎は勵(はげ)みの心を発して、……耳は高く※(くゞ)せにして、目は大きく前の足短く、尻の穴は大きく開いて、東西南北求め歩けども、更に求め得たるものなし……」

[やぶちゃん注:「※」=(やまいだれ)+「區」。背むしのこと。“Jātaka”は「ジャータカ」と読み狭義にはゴーダマ・シッタールダ(釈迦)が前世に於いて菩薩として衆生を教導した際のエピソードを記した物語を言うが、広く修行者譚をも指す。なお、「今昔物語」は初出「古今物語」であるが、誤植である。また「大きく開いて」は初出「大きに開いて」である。]

 

       雀

 

 これは南畫だ。蕭々と靡いた竹の上に、消えさうなお前が揚つてゐる。黒ずんだ印の字を讀んだら、大明方外之人(だいみんはうぐわいのひと)としてあつた。

[やぶちゃん注:「大明方外之人」とは中国は「明の世捨て人」の意。]

 

       麝香獸

 

 梅紅羅(ばいこうら)の軟簾(なんれん)の中に、今夜も獨り眠つてゐる、淫婦(いんぷ)潘金蓮(はんきんれん)の妖しい夢。

[やぶちゃん注:「麝香獸」はジャコウジカ。「梅紅羅」は淡い紅色の薄絹のこと。「軟簾」は薄い暖簾のことであろう。]

 

       獺

 

 毎晩廊下へ出して置く、臺の物の殘りがなくなるんですよ。獺(かはうそ)が引いて行(い)くんですつて。昨夜(ゆうべ)も舟で歸る御客が、提灯の火を消されました。

[やぶちゃん注:「臺の物」は遊廓用語で、吉原の台屋(だいや:仕出し屋)から遊廓へ納める料理一式を言った。大きな台に乗せて松竹梅等の飾り物を施した。]

 

       黒豹

 お前は歯の美しい Black Mary だ。南京玉の首飾りや毛糸の肩掛を持つて行つてやつたら、さぞ喉をならして喜ぶだらう。

[やぶちゃん注:初出では「毛糸」は「毛布」となっている。]

 

       蒼鷺

 

 何でも雨上(あまあが)りの葉柳の匀が、川面(かはづら)を蒸してゐる時だつた。お前はその柳の梢に、たつた一羽止まつてゐたが、「夕燒け、小燒け、あした天氣になあれ。」――そんな唄を謠つて通つた、子供の時のおれを覺えてゐるかい?

 

       栗鼠

 

 亞歐堂田善(あおうだうでんぜん)の銅版畫の森が、時代のついた薄明りの中にに太い枝と枝とを交はしてゐる。その枝の上に蹲つた、可笑しい程悲しいお前の眼つき…………

[やぶちゃん注:「亞歐堂田善」は江戸中期の銅板画家(1788~1822)。]

 

       鴉

 

 「今晩は。」「今晩は。この竹藪は風が吹くと、騒々しいのに閉口します。」「ええ、その上月のある晩は、餘計何だか落着きませんよ。――時に隠亡堀は如何でした?」「隠亡堀ですか? あすこは今日も不相變、戸板に打ちつけた死骸がありました。」「ああ、あの女の死骸ですか。おや、あなたの嘴には、髪の毛が何本も下つてゐますよ。」

 

       ジラフ

 

 これは玩具(おもちや)だ。黄色い繪の具と黒い繪の具とが、まだ乾かずにべたべたしてゐる。尤も人間の子供の玩具には、ちつと大きすぎるかも知れない。さしづめあの小ましやくれた、幼兒基督(ランファン)の玩具には持つて來いだ。

[やぶちゃん字注:この「ランフアン」のルビは「幼兒基督」全体にかかっている。フランス語“L'enfant”でこれは限定された子供時代のキリストを言う語。]

 

       金絲雀

 

 理髪店の店さきには、朝日の光がさわやかに、万年青(おもと)の鉢を洗つてゐる。鋏の音、水の音、新聞紙を擴げる音、――その音の中に交じるのは、籠一ぱいに飛びまはる、お前たちの囀り聲、――誰だい、今親方に挨拶した新造(しんぞ)は?

[やぶちゃん注:「新造」は他人の妻の敬称。古くは、武家の妻のことを指したが、後には富裕な町家の妻の敬称となった。特に十代・二十代前半の新妻、嫁入り前の女性にも広く用いた。ごしんぞう。ごしんぞ。]

 

       羊

 

 或日おれは檻の羊に、いろいろな本を食はせてやつた。聖書、une Vie、唐詩選――何でも羊は食つてしまふ。が、その中にたつた一つ、いくら鼻の先へ出してやつても、食はない本があると思つたら、それはおれの小説集だつた。覚えてゐろよ。綿細工め。

[やぶちゃん注:“une Vie”はモーパッサンの名作「女の一生」のこと。]




           *         *         *



[やぶちゃん注:以下は、高校生の読書会用に私が加工したものである。正字は新字に、歴史的仮名遣いは現代仮名遣いにし、高校生が読みを戸惑うと思われるものに読みを付した(但し、この読みは必ずしも原文にあるものとは限らない。特に外来語の読みは私が言語の発音に近いものを付けた)。更に、現行文中で漢字表記が一般的でないもの及び難読と私が判断したものは平仮名もしくは片仮名に、差別的と誤解される表記は別表記に、それぞれした。また、現行文中の外来語表記と著しく異なるものも独断で表記変更した。それぞれの表記の変更については、いちいち注しない。上の原文と並べて比較されたい。なお、こちらを使用される場合は、この注記を忘れずに付けて使用されたい。【2006年2月26日やぶちゃん記】新たに削除部分を補い、高校生向けの注を加えた。注には注釈以外に、問題提起も掲げてある。中には高度な知識や洞察を要求するものもあるが、高校生レベルであればこの程度の「智」の遊びを期待したい。【2009年2月11日】]

 

  動物園   芥川竜之介

 

       象

 

 象よ。キップリングは昔お前の先祖が、鰐に鼻をくわえられたものだから、未だにお前まで長い鼻をぶら下げて歩いていると言った。が、おれにはどうしても、あいつの言う事が信用出来ない。お前の先祖は仏陀(ぶっだ)御在世(ございせい)の時分、きっとガンジス河の灯心草(とうしんそう)の中で、昼寝か何かしていたのだ。すると河の泥に隠れていた、途方もなく大きな蛭(ひる)が、その頃はまだ短かった、お前の先祖の鼻の先へ、吸いついてしまったのに違いない。さもなければお前の鼻が、これほど大きな蛭のように、伸びたり縮んだりはしないだろう。象よ。お前はインドの名門の生れだ。どうかおれの言った通り、あのキップリングの説などは口から出放題の大ぼらだと、先祖の冤(えん)をすすぐために、一度でもいいからその鼻をあげて、ラッパのような声を轟かせてくれ。

[やぶちゃん注:「灯心草」はイグサのこと。]

 

       こうのとり

 

 あのくびをさ、ネクタイのやうに結んでしまったら、一体あいつはどうしてほどく気なんだらう。

 

       駱駝(らくだ)

 

 お爺さん。もうが万年青(おもと)のお手入れはおすみですか。ではまあ一服おやりなさい。おや、あの菖蒲革の煙草入れは、どこへ忘れておいでなすった?

[やぶちゃん注:「菖蒲革」とは、鹿のなめし革を藍染めする際、小さく形象化した菖蒲を白く染め抜いたものを言う。菖蒲が尚武と音通で、江戸時代には武具等の意匠に盛んに用いられた。]

 

       虎

 

 虎よ。お前はコスモポリタンだ。豊干禅師(ぶかんぜんじ)を乗せたお前。和唐内(わとうない)にうたれたお前。それからウィリアム・ブレイクの有名な詩に歌われたお前。虎よ。お前は最大のコスモポリタンだ。

 

       家鴨(あひる)

 

 子供が黒板へ白墨でいたずらに書いた算用数字。2、2、2、2、2、2、

 

       白孔雀(しろくじゃく)

 

 これは年とった貴婦人だ。お眼が少し赤くただれていらっしゃる。べっこうの柄(え)のついた眼鏡(めがね)を持って、いちいち見物人を御覧になればいい。

 

       大蝙蝠(おおこうもり)

 

 お前の翼は仁木弾正(にっきだんじょう)の鬢(びん)だ。面明(つらあか)りのろうそくぐらいは、一あおりにも消しかねない。そうしたら、鼻のとがった、眼ばりの強い、唇(くちびる)をへの字に曲げている顔が、うす暗い雲母摺(きららずり)を後(うしろ)にして、いよいよ気味悪く浮き上るだろう。落款(らっかん)は東洲斎写楽……

[やぶちゃん注:「仁木彈正」は伊達騒動を劇化した浄瑠璃台本「伽羅先代萩」(めいぼくせんだいはぎ)に登場する鼠の妖術を駆使する敵役。歌舞伎でも「国崩し」と呼ばれる悪役中の悪役。「面明り」は歌舞伎の顔の部分への照明の一つで、長い柄を付けた燭台にローソクを灯して俳優の顔の前に差し出すもの。「雲母摺」は「うんもずり」とも呼ぶ浮世絵版画の技法の一つで、背の地色に雲母の細粉(実際には安価な貝殻粉で代用したものが多い)を絵具に混入にして描き、余白を銀色にしたもの。歌麿や写楽の作品によく用いられており、人物や対象が厳かに浮き出して見える。]

 

       カンガルー

 

 腹の袋の中には子供が一匹はいっている。あれを出してしまっても、まだイギリスの旗か何かが、手品のように出てきはしないか。


[やぶちゃん注:初出雑誌には「手品のやうに」がない。なぜ、芥川はこれを入れたのだろう?]

 

       いんこ

 

 お前は古い唐画(とうが)の桃の枝に、じっととまっているがいい。うっかり羽ばたきでもしようものなら、体(からだ)の絵の具がはげてしまうから。

 

       獅子
 

 この靴の泥をね、あの鬣(たてがみ)のある頭で拭いて見たいものじゃないか。

[やぶちゃん注:単行本『夜來の花』に採録する際、この「獅子」は削除されている。なぜ、芥川はこれを削除したのだろう?]

 

       猿

 

 猿よ。お前はいったい泣いているのか、それともまた笑っているのか。お前の顔は悲劇の面(めん)のようで、同時にまた喜劇の面のようだ。おれの記憶は縁日の猿芝居へおれを連れて行く。桜の釣板(つりいた)、張子(はりこ)の鐘(かね)、それからアセチレンガスの神経質な光。お前は金紙(きんがみ)の烏帽子(えぼし)をかぶって、緋鹿子(ひがのこ)の振袖(ふりそで)をひきずりながら、恐るべき皮肉な白拍子(しらびょうし)花子(はなこ)の役を勤めている。おれの胸に始めて疑団(ぎだん)が萌(きざ)したのは、まさにその白拍子たるお前の顔へ、偶然の一瞥(いちべつ)を投げた時だ。お前はいったい泣いているのか、それともまた笑っているのか。猿よ。人間よりもより人間的な猿よ。おれはお前ほど巧妙なトラジック・コメディアンを見たことはない。――おれが心の中でこうつぶやくと、猿は突然身を躍(おど)らせて、おれの前の金網(かなあみ)にぶら下りながら、かん高い声で問い返した。「ではお前は? え? お前のそのしかめ面(っら)は?」

[やぶちゃん注:「釣板」とは舞台の大道具の一つで、俳優を乗せて少し吊り上げる(現在はせり出しに取って代わられているものと思われる)四角の台を言う。見得を切った際に、それを大きく見せるための装置。「花子」は広く能・浄瑠璃・歌舞伎・舞踏等の道成寺物の女主人公を指す。「疑団」は疑念と同じ。]

 

       山椒魚(さんしょううお)

 

 おれがね、お前はいったい何者だと、頭に向って尋ねたら、私は山根魚ですよと、尻尾がおれに返事をしたぜ。

 

       鶴(つる)

 

 県下第一の旅館の玄関、芍薬(しゃくやく)と松とを生(い)けた花瓶(かびん)、伊藤博文(いとうはくぶん)の大字(だいじ)の額(がく)、それからお前たちつがいの剥製(はくせい)……

 

       狐(きつね)

 

 ふて寝(ね)だな。この襟巻(えりまき)め。

 

       鴛鴦(おしどり)

 

 胡粉(ごふん)の雪の積った柳、銀泥(ぎんでい)の黒く焼けた水、その上に浮んでいる極彩色(ごくさいしき)のお前たち夫婦、――お前たちの画工(がこう)は伊藤若沖(いとうじゃくちゅう)だ。

[やぶちゃん注:初出では「伊藤若沖」は「円山応挙」となっている。芥川は、なぜ、絵師の名前を変えたのだろう?]

 

       鹿

 

 この見事な刀掛(かたなか)けには、葵(あおい)の御紋散(ごもんち)らしの大小でも恭(うやうや)しく掛けて置くがいい。

 

       波斯猫(ペルシャねこ)

 

 日の光、茉莉花(まつりか)の匂(にお)い、黄色い絹(きぬ)のキモノ、Fleurs du Mal. (フルール ドュ マル) それからお前の手ざわり…………

[やぶちゃん注:“Fleurs du Mal”はボードレールの詩集「悪の華」のこと。]

 

       火食鳥

 

 How do you do. Mr,Stiridberg ?


[やぶちゃん注:“Mr,Stiridberg”は、スウェーデンの作家 Johan August Strindberg ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ(1849~1912)のこと。“Mr,Stiridberg”単行本『夜來の花』に採録する際、この「火食鳥」は削除されている。なぜ、芥川はこれを削除したのだろう?]

 

       熊

 

 アンナ・カレリーナ、ロシア更紗(さらさ)、それから大泉黒石君、――今はない皇帝(ツアーリ)の国に生まれて。人気(にんき)のないのはお前一人ぎりだぜ。

[やぶちゃん注:「大泉黒石」は日本のアナキスト作家にしてロシア文学者(明治26(1893)年~昭和32(1957)年10月26日)。日本名大泉清、ロシア名アレクサンドル・ステパノヴィチ・キヨスキー。長崎にてロシア人の父と日本人母との間に生まれた。俳優の故大泉滉(「サンダーバード」のブレインズの声優)は彼の息子である。単行本『夜來の花』に採録する際、この「熊」は削除されている。なぜ、芥川はこれを削除したのだろう?]

 

       鸚鵡(おうむ)

 

 鹿鳴館(ろくめいかん)には今日も舞踏(ぶとう)がある。提灯(ちょうちん)の光り、白菊(しらぎく)の花、お前はロティといっしょに踊った、美しい「みょうごにち」令嬢(れいじょう)だ。

[やぶちゃん注:「みょうごにち」令嬢とはピエール・ロティが書いた「江戸の舞踏会」の中で用いられている少女の呼称。ロティは貴族令嬢らの言葉遣いからそれぞれ「アリマスカ嬢」「コンニチワ嬢」「ミョウゴニチ嬢」等と呼んでいるのである。]

 

       日本犬

 

 造り物の柳に灯入(ひい)りの月が出る。お前は唯遠くで啼(な)いていればいい。

[やぶちゃん注:「灯入りの月」は芝居の背景に蠟燭を灯して浮かべた造り物の月。]

 

       馴鹿

 

 さてこれでおしまひだが、お前は――お前は、どこの鉄砲店の登録商標だ?

[やぶちゃん注:「象」からここまでの23篇が大正九(1920)年一月一日発行の雑誌『サンエス』に掲載された。但し、『夜來の花』に所収の際は、この最後の「馴鹿」は項目ごと削除されている。なぜ、芥川はこれを削除したのだろう?]

 

       南京鼠(なんきねずみ)

 

 上着(うわぎ)は白天鷲絨(しろびろうど)、眼は柘榴石(ざくろいし)、それから手袋は桃色繻子(ももいろしゅす)。――お前たちは皆かわいらしい、中国美人にそつくりだ。後宮の佳麗三千人というと、おれはいつもお前たちが、重なり合った楼閣(ろうかく)の中に、巣くったところを想像する。そら、西施が芋(いも)の皮をかじっていると、楊貴妃は一生懸命に車をまわしているじゃないか。

 

       猩々(しょうじょう)

 

 あの猩々の鼻の上には、金縁(きんぶち)の Pince-nez (パンスネ)がかかつている。あれが君に見えるかい? もし見えなければ、今日限り、詩を作ることはやめにしたまえ。


[やぶちゃん注:「Pince-nez(パンスネ)」はフランス語で「鼻眼鏡」のこと。]

 

       鷺(さぎ)

 

 祥瑞(しょんずい)の江村(こうそん)は暮れかかった。藍(あい)色の柳、藍色の橋、藍色の茅屋(ぼうおく)、藍色の水、藍色の漁人(ぎょじん)、藍色の芦荻(ろてき)。――すべてがやや黒ずんだ藍色の底に沈んだ時、たちまち白々(しらじら)と舞い上がるお前たち三羽の翼(つばさ)の色。――皿の外(そと)までも飛び出さなければいいが。

[やぶちゃん注:「祥瑞」は筑摩全集類聚版芥川龍之介全集の注によれば、『諸説があるが、伊勢の人で十六世紀に明国にわたり磁器の製法を学んだ陶工』の名か、『彼に教えた明の陶工』の名とも言われるとし、『ここでは祥瑞の製した染付磁器の』皿のことを指している、とある。]

 

       河馬(かば)

 

 挙(こ)す。梁(りよう)の武帝、達磨大師(だるまだいし)に問う。如何(いかん)か是(これ)仏法(ぶっぽう)。磨言う。水中の河馬。


[やぶちゃん注:「擧す」とは「言う」の意味で、以下全体の問答全体を「という。」でくくる語。「如何か是仏法」とは『仏法とは如何なるものか?』という一種の公案である。

 

       ペンギン

 

 お前は落魄(らくはく)した給仕人(きゅうじにん)だ。悲しそうなお前の眼の中には、以前勤めていたホテルの大食堂が、今もAurora australis(オーロラ・オーストレリス)のように、輝かしい過去の幻しを浮き上らせることありはしないか?

[やぶちゃん注:初出では“Aurora australis”(ラテン語で「南極光」)は“Aurora borealis”(ラテン語で「北極光」)となっていたのを『夜來の花』に所収の際に改めている。なぜ、芥川はこれをわざわざ改めたのだろう?

 

       馬

 木枯らしの吹く町の角には、青銅(からがね)のお前にまたがった、やはり青銅(からかね)の宮(みや)殿下が、寒むさうな往来の老若男女(ろうにゃくなんにょ)を、揚々(ようよう)と見下(みおろ)しておいでになる。そうしてその宮殿下の、軍服を召したお胸には、恐れながら白い鴉(からす)の糞(ふん)が……

[やぶちゃん注:これは上野公園内にある明治天皇の従兄弟である陸軍大将小松宮殿下銅像を指すものと考えられる。]

 

       梟(ふくろう)

 

 Broken 山(ブロッケンざん)へ! 箒(ほうき)にまたがった婆さんが、赤い月のかかつた空へ、煙突から一文字(いちもんじ)に舞ひ上がる。と、その後から一羽の梟が――いや、これは婆さんの飼い猫が翼をはやしたのかも知れない。

[やぶちゃん注:「Broken 山」 は、ドイツ中部のHarz ハルツ山地にある最高峰 (1,142m)。ブロッケン現象(ブロッケンの妖怪)が起こり易く、そのまがまがしさ故か、年一回、Walpurgisnacht ヴァルプルギスの夜(4月30日宵から5月1日未明)に魔女が集まって饗宴をする山と言われる。ゲーテの「ファウスト」にも登場する有名な魔の山である。]

 

       金魚

 

 うす日の光りがさしてくると、藻にたった秋も目立つやうになつた。おれは、――ところどころ鱗(うろこ)のはげた金魚は、やがてはこの冷たい水の上に、屍(むくろ)を曝(さら)すことになるかも知れない。しかしそういう最後の日までは、やはり先の切れた尾を振りながら、あの酒落者(しゃれもの)のブランメルのように、悠々と泳いでいようと思う。

[やぶちゃん注:「ブラムメル」は通常“Beau Brummell”で、洒落男、伊達男のことを言う。十九世紀前半の男子服の流行をリードした英国人G. Bryan Brummell(1778~1840)の名に由来し、頭の“Beau”はフランス語の洒落た、めかした、の意味であるが、多分に皮肉を込めた謂いである。]

 

       兎(うさぎ)

 

 今昔物語巻五(かんご)、三獣(さんじゅう)菩薩道を行い兎焼身語ぼさつどうをおこないうさぎみをやくものがたり)という Jātaka(ジャータカ) の中に、こんなお前の肖像画がある。――「兎は励(はげ)みの心を発して、……耳は高くくぐせにして、目は大きく前の足短く、尻の穴は大きく開いて、東西南北求め歩けども、更に求め得たるものなし……」

[やぶちゃん注: 「くぐせ」は脊柱奇形のこと。“Jātaka”は「ジャータカ」と読み狭義にはゴーダマ・シッタールダ(釈迦)が前世に於いて菩薩として衆生を教導した際のエピソードを記した物語を言うが、広く修行者譚をも指す。なお、「今昔物語」は初出「古今物語」であるが、誤植である。また「大きく開いて」は初出「大きに開いて」である。]「Jātaka(ジャータカ)」は狭義にはゴーダマ・シッタールダ(釈迦)が前世に於いて菩薩(修行者)として生きとし生けるすべての衆生(しゅじょう)を教え導いた際のエピソードを記した物語を言うが、広く仏道修行についての話をも指す。]

 

       雀

 

 これは南画(なんが)だ。蕭々(しょうしょう)となびいた竹の上に、消えそうなお前が揚(あが)つている。黒ずんだ印(いん)の字を読んだら、大明方外之人(だいみんほうがいのひと)としてあつた。


[やぶちゃん注:「大明方外之人」とは中国の「明の時代の世捨て人」という意味。]

 

       麝香獣(じゃこうじゅう)

 

 梅紅羅(ばいこうら)の軟簾(なんれん)の中に、今夜も独り眠っている、淫婦(いんぷ)潘金蓮(はんきんれん)の妖(あや)しい夢。

[やぶちゃん注:「麝香獣」はジャコウジカ。「梅紅羅」は淡い紅色の薄絹のこと。「軟簾」は薄い暖簾(のれん)。「潘金蓮」は中国、否、世界屈指のポルノ小説「金瓶梅」に登場する女性の一人。]

 

       獺(かわうそ)

 

 毎晩廊下へ出して置く、台の物の残りがなくなるんですよ。獺(かわうそ)が引いていくんですつて。昨夜(ゆうべ)も舟で帰るお客が、提灯の火を消されました。

[やぶちゃん注:「臺の物」は遊廓用語で、吉原の台屋(だいや:仕出し屋)から遊廓へ納める料理一式を言った。大きな台に乗せて松竹梅等の飾り物を施した。「舟で帰るお客」とあるが、吉原遊廓への通人の入場は舟と決まっていた。]

 

       黒豹(くろひょう)

 

 お前は歯の美しいBlack Mary(ブラック・メリー) だ。南京玉(なんきんだま)の首飾りや毛糸の肩掛けを持つていってやったら、さぞ喉(のど)をならして喜ぶだろう。

 

       蒼鷺(あおさぎ)

 

 何でも雨上(あまあが)りの葉柳の匂いが、川面(かわづら)を蒸(む)している時だった。お前はその柳の梢(こずえ)に、たった一羽とまっていたが、「夕焼け、小焼け、あした天気になあれ。」――そんな唄(うた)を謡(うた)って通った、子供の時のおれを覚えているかい?

 

       栗鼠

 

 亜欧堂田善(あおうどうでんぜん)の銅版画の森が、時代のついた薄明りの中にに太い枝と枝とを交(か)わしている。その枝の上にまたがった、おかしいほど悲しいお前の眼つき…………


[やぶちゃん注:「亜欧堂田善」は江戸中期の銅板画家(1788~1822)。]

 

       鴉

 

「今晩は。」「今晩は。この竹藪は風が吹くと、騒々しいのに閉口します。」「ええ、その上(うえ)月のある晩は、余計何だか落着きませんよ。――時に隠亡堀(おんぼうぼり)は如何(いかが)でした?」「隠亡堀ですか? あすこは今日も相変らず、戸板(といた)に打ちつけた死骸がありました。」「ああ、あの女の死骸ですか。おや、あなたの嘴(くちばし)には、髪の毛が何本も下(さが)っていますよ。」

[やぶちゃん注:「隠亡堀」江戸深川砂村の堀。鶴屋南北の「東海道四谷怪談」第三幕砂村隠亡堀の場で、民谷伊右衛門が邪魔な妻お岩と小者の小平を無実の不義に仕立て上げて殺し、戸板の表と裏に打ち付ける。有名な戸板返しの段である。]

 

       ジラフ

 

 これは玩具(おもちゃ)だ。黄色い絵の具と黒い絵の具とが、まだ乾かずにべたべたしている。もっとも人間の子供の玩具には、ちっと大きすぎるかも知れない。さしづめあのこまっしゃくれた、幼児基督(ランファン)の玩具には持つてこいだ。


[やぶちゃん字注:「ジラフ」は“giraffe”、キリンのこと。この「ランファン」のルビは「幼兒基督」全体にかかっている。フランス語で幼い頃のキリストのこと。]

 

       金糸雀(カナリア)

 

 理髪店の店さきには、朝日の光りがさわやかに、万年青(おもと)の鉢(はち)を洗っている。鋏(はさみ)の音、水の音、新聞紙を広げる音、――その音の中に交じるのは、籠いっぱいに飛びまわる、お前たちの囀(さえず)り声、――誰だい、今親方に挨拶した新造(しんぞ)は?

[やぶちゃん注:「新造」は他人の妻の敬称。古くは、武家の妻のことを指したが、後には富裕な町家の妻の敬称となった。特に十代・二十代前半の新妻、嫁入り前の女性にも広く用いた。ごしんぞう。ごしんぞ。]

 

       羊

 

 或日おれは檻(おり)の羊に、いろいろな本を食わせてやつた。聖書、une Vie(アン・ヴィ)、唐詩選――何でも羊は食ってしまう。が、その中にたった一つ、いくら鼻の先へ出してやっても、食わない本があると思つたら、それはおれの小説集だった。覚えていろよ。綿細工(わたざいく)め。

[やぶちゃん注:「une Vie(アン・ヴィ)はモーパッサンの名作「女の一生」のこと。]