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ブログ 2010年8月11日「やぶちゃん版鈴木しづ子句集」校訂に係るコメントへ

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やぶちゃん版鈴木しづ子句集(旧「鈴木しづ子句集」改訂増補版) 抄出217句

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[やぶちゃん注:【旧「鈴木しづ子句集」版注記】彼女は著作権が継続中であるが、敢えて確信犯として公開する。その意図についてはBlogに記載した。また本テクストはランダム、独断的な旧字へ変換、如何なる校訂も施していない全くのアウトローなものである。その辺をご理解の上、お読み頂きたい。【2005年7月17日】

【(旧「鈴木しづ子句集」の改訂増補版「やぶちゃん版鈴木しづ子句集」への新注記】先日、2009年8月に河出書房新社から刊行された鈴木しづ子の句集「春雷」「指環」合本(標題「夏みかん酸つぱしいまさら純潔など」)及び同年同月同社出版の『KAWADE道の手帖』の「鈴木しづ子」(二句集に含まれない拾遺句を掲載)を遅まきながら入手、この私の旧頁の総ての句(ブログでも述べたとおり、殆どがネット上からの寄せ集めであった)について、校訂・詞書の追加・読みの挿入等を行った(但し、当該合本は新字表記)。表記上の誤植は殆んど見出せなかった(その点では私が蒐集した方々の引用が極めて正しいものであったことを言祝ぎたい)。その後、めちゃくちゃであった配列をそれぞれの二句集の順序に整序し(拾遺句は『KAWADE道の手帖』の編年形式と思われる拾遺句群に示された順に並び変えた)、パート副題のある『指環』はそれを示し、さらに今回の上記二冊の縦覧によって旧「鈴木しづ子句集」に含まれていない私の好きな句も採句、追加してある――但し、極めて禁欲的に、である――結果、採句数は全217句となった。また、難読漢字の読みについても私の判断で補った(若い読者諸君を考えて振ったもので、河出書房新社版が独自に振っている左ルビとは――参考にさせて貰ったものの――同じではない。更に原則、歴史的仮名遣を用いた)。この仕儀によって、この私の「鈴木しづ子句集」は2005年7月17日の公開時点の未校訂というアウトロー性から漸く抜け出すことが出来、格段に精密度を増した。本来なら句集『春雷』『指環』の総てをテクスト化してもよい覚悟なのだが、万一、河出書房新社が著作権裁定制度に基づき使用権料を支払っている場合のことを考え、涙を呑んで以上の作業迄で止めた。それでもなお、著作権上の疑義をお感じになる方は、上記ブログの『やぶちゃん版「鈴木しづ子句集」校訂に係るコメント』を参照されたい。

 なお、この旧頁以降、一貫して私が恣意的な正字変換を行っている意図を、以下に簡単に述べておく。

 私は句集『春雷』『指環』の現物を見たことはない。昭和27(1952)年に随筆社より刊行された第二句集『指環』はもとより、『春雷』さえも新字体であると考えてよいかも知れぬ。――しかし、である。

 しづ子は大正8(1919)年6月9日神田に生まれ、東京高等淑徳女学校を卒業後(父親の強い希望で女子大学の受験をしているが失敗した)、昭和15(1940)年頃、主に軍需物資を製造していた東京日吉の岡本工作機械製作所に製図工・トレース工として勤務した。その職場で上司に誘われて同製作所内の俳句部会に所属して作句を始め、その指導に当たっていた俳人松村巨湫(きょしゅう)に師事、彼の主宰俳誌『樹海』に参加するという経歴を持つ。彼女の第一句集『春雷』の刊行は戦後直ぐ、昭和21(1946)年2月(羽生書房)である。

 さて現在我々が普通に使用している新字体は大正12(1923)年の「常用漢字表」の略字制定後、下ること、23年後の昭和21(1946)年11月16日に正式に告示された「当用漢字表」を経て、主に戦後になってその用字が公的一般基準となった漢字字体を言う。

 しかし、私は敗戦時既に25歳であったしづ子は、やはり正字旧仮名遣が当たり前とする学校教育や特殊な社会集団(軍需品製造業・製図工)の中に所属していたと考えられるのである。彼女が句想を練る際、彼女の心の中の原型のイメージは、やはり正字によって示されたものであったはずだと私は考えるのである(因みに画像で見る彼女の葉書の筆跡は流石は製図工と思わせる非常に読みやすい、好感の持てる気持ちの良い字である。但し、それらは戦後のもので殆どが新字を用いてはいる)。半分以上が敗戦前の作品である『春雷』はそうした可能性が高い。そして実際に新字で書き、新字で出された可能性が高い『指環』の時代にあっても、意識の中の詩想にあってはそれほど変わらなかったのではあるまいかと思うのである。これは例えば私が、大正の文人芥川龍之介の作品は正字以外には在り得ないと感ずるのと全く同じ理屈なのある。特に私は俳句という短詩形文学の場合、正字と新字では特に視覚的印象や解釈に大きな変化が生ずるものと信じて止まない人間でもあるのである。その複雑精巧象形具現連想飛躍超象徴的な正字のイメージは、ある種の詩想精神の「重さとして在る」――という立場を採るのである。

 勿論、実際には『指環』について言えば、こんなとってつけたようなは牽強付会で、新字で示すのが正当とされる方が殆んどであろうとは思われる。が、同一ページ内の『春雷』を正字、『指環』を新字とするのは如何にも座り心地が悪い。その理由からも、私は敢えて本ページ内の全句を正字に代えて示したものである。私はしづさんは許して呉れるものと、勝手に思っているのである。【2010年8月11日】

 

鈴木しづ子句集

 

   ――第一句集『春雷』より 七十四句

 

いにしへのてぶりの屠蘇をくみにけり

(『春雷』巻頭句)

好物のかきもち母をとほく憶ふ

 

大寒の東京驛にひとを待つ

 

寒き夜やをりをりうづく指の傷

 

寒玉子うく徹宵の油の掌

 

寒の月畦(くろ)の木の影うごきをる

 

雪の宿貨車の連結みてゐたり

 

貨車過ぐるひびきのつたふ雪の宿

 

たそがるる茜に畦(くろ)の雪まだら

 

霜の葉やふところに祕む熱の指

 

霜ふむやけさの體温ひくかりき

 

夕風やあかねはなやぐ葱段畑

 

うすら日の字がほつてある冬の幹

 

凩やはやめに入れる孤りの燈

 

炭はぜるともしのもとの膝衣

 

いとしさの十の指はもかぜ癒えよ

 

冬雨やうらなふことを好むさが

 

梅の花癒えちかき日の茶いただく

 

春さむく掌もていたはる頬のこけ

 

北窓はほむらたちそめ縫ふ衣

 

圖書館をいで夕ざくら散るをみる

 

ちりそむる櫻よみやこさかるなり

 

落日にきらめき立てり野の新樹

 

春雷はあめにかはれり夜の對坐

 

ノートするは支那興亡史はるの雷

 

筍飯や母はいくらかふとり在(ま)す

 

とほけれど木蓮の徑えらびけり

 

省線のスパイクはげしぬれつばめ

 

嫁(ゆ)く友のくちびるちさしつばくらめ

 

あめのおと太きうれしさ夏來り

 

母は病む十藥(どくだみ)の花咲きさかり

 

古本を買うて驟雨(しうう)をかけて來ぬ

 

あめ去れば月の端居(はしゐ)となりにけり

 

旅の夜の夏冷えまさる樹のしづく

 

母とゐて朝顏の蕾かぞへけり

 

かたかげや警報とかるる坂の下

 

炎天の驛みえてゐる草の丈

 

そびらより南風つよく出勤す

 

靑葉の日朝の點呼の列に入る

 

防諜と貼られ氷室(ひむろ)へつづく廊

 

  爆撃はげし

東京と生死を誓ふ盛夏かな

 

  昭和二十年八月十五日皇軍つひに降(くだ)る

炎天の葉知慧灼けり壕に佇(た)つ

 

なつものをしまふ梢の昃(かげ)りけり

 

そのかみの東京戀ふる銀河かな

 

あはれあはれ秋がきてゐる蘆の靑

 

秋すだれ捲く庭ぬちや夜雨(よさめ)くる

 

秋の葉や昏(く)れいろふかき躬(み)のほとり

 

秋の葉のかさなりふかき小徑かな

 

宵闇やひとにしたがふ石だたみ

 

秋の蝶來そびれ風のものかげに

 

四季薔薇(さうび)颱風圏(たいふうけん)に入りたるいふ

 

颱風のおぞましき夜ぞ壁の額

 

いちじくに指の繃帶まいにち替ふ

 

銀漢やひそかにぬぐふ肌の汗

 

ものかげに煙草吸ふ子よ晝の蟲

 

あきさめや指をそめたる塗料の黄

 

省みるばかりのひと夜天の川

 

あきぐさをふりふりいそぐ野路かな

 

あきのあめ衿の黑子をいはれけり

 

湯の中に乳房いとしく秋の夜

 

菊活けし指もて消しぬ閨(ねや)の燈を

 

長き夜や掌もてさすりしうすき胸

 

くちびるのかはきに耐ゆる夜ぞ長き

 

秋衣あめの東京はなれけり

 

夜の驛のとほきしほざゐ肉桂(につき)かむ

 

穗芒のひとつ折れしが吹かれゐる

 

かがよふ波折れし芒をもてあそぶ

 

よきひとの妻をめとりぬ秋闌(た)けて

 

夫ならぬひとによりそふ靑嵐

 

さかりゆくひとは追はずよ烏瓜

 

徹宵にのぞむ手袋はめにけり

 

冬の夜や辭しゆくひとの衣のしわ

 

年逝くや句を知りそめし花の頃

 

十二月の句帖の餘白そのままに

(『春雷』掉尾句)

 

 

 

   ――第二句集『指環』より 百九句

[やぶちゃん注:本句集は「きづつく玻璃」「春たつまき」「明星に」の三歌群から構成されている。歌群標題は一字下げで示した。]

 

きづつく玻璃

 

にひとしのつよ風も好し希(ねが)ふこと

(『指環』巻頭句にして「きづつく玻璃」巻頭句)

柿秋葉東京ことば愛でられて

 

月蒼む吻(くち)ふれしむる玻璃のはだ

 

たんたんと降る月光(つきか)げよ玻璃きづつく

 

春さむし髮に結ひたるリボンの紺

 

テニスする午前七時の若葉かな

 

穗の芒こころそまざることもきく

 

秋燈下こまかくつづるわが履歴

 

わが頰にゑくぼさづかり春隣

 

ははの忌の棘美しき枳殻(きこく)かな

 

欲(ほ)るこころ手袋の指器に觸るる

 

寒の夜を壷碎け散る散らしけり

(「きづづく玻璃」掉尾句)

 

 

 春たつまき

 

ひらく寒木瓜(かんぼけ)浮氣な自分におどろく

(「春たつまき」巻頭句)

 

あひびきの夕星にして樹にかくれ

 

ダンサーになろか凍夜の驛間歩く

 

對決やじんじん昇る器の蒸氣

 

霙(みぞ)るる槇最後のおもひ逢ひにゆく

 

春雪の不貞の面て擲(う)ち給へ

 

體内にきみが血流る正坐に耐ふ

 

靜謐(せいひつ)に日墜つ理性と感情と

 

戀の清算春たつまきに捲かるる紙片

 

本屋の前自轉車降りるカンナの黄

 

死の肯定萬緑のなか水激(た)ぎつ

 

肉感に浸りひたるや熟れ石榴(ざくろ)

 

實石榴のかつと割れたる情痴かな

 

かの映畫T市にきたる百日紅

 

好きなものは玻璃薔薇雨驛指春雷

 

すでに戀ふたつありたる雪崩かな

 

溺れきること尊しやすべて芽木(めぎ)

 

逆境のさくらはなびら舞はせけり

 

刺(とげ)靑きひと日逢はざる枳殻(きこく)かな

 

擲(う)たるるや崩れ哭(な)くこと意識する

 

御身愛しめリラの押花送られたし

 

紫雲英(げんげ)摘みたりあなたの胸に投げようか

 

まぐはひのしづかなるあめ居とりまく

 

栞はさみあるふみをひらく白薔薇に

 

裸か身や股の血脈あをく引き

 

情慾や亂雲とみにかたち變へ

 

ひと戀ひの梅雨の弱星かかげけり

 

流星や戀戀として喰(は)むいちじく

 

墮ちてはいけない朽ち葉ばかりの鳳仙花

 

いまは言ふまじ秋あかつきを列なす鳥

 

甘へるよりほかにすべなし夾竹桃

 

萩幽(くら)しわたしの好きな季節となる

 

自棄にしてかくほどまでに明るむ月

 

病ら葉よかくまで戀ふと知られけり

 

木犀に歩く言はうか言ふまいか

 

月夜にておもひつづくるあらぬこと

 

短命や花もつ八つ手何本も

 

慾望や寒夜翳なす造花の葩(はな)

 

指環凍(いて)つみづから破る戀の果

(「春たつまき」掉尾句)

 

 

 明星に

 

花吹雪岐阜へ來て棲むからだかな

(「明星に」巻頭句)

 

黑人と踊る手さきやさくら散る

 

花の夜や異國の兵と指睦(むつ)び

 

菊白し得たる代償ふところに

 

娼婦またよきか熟れたる柿食(た)うぶ

 

霙(みぞれ)れけり人より貰ふ錢の額

 

涕(な)けば濟むものか春星鋭(と)くひとつ

 

春愁の煙草に點す火やくれなゐ

 

いまさらの如くにみるよたんぽぽ黄

 

かくまでの氣持の老けやたんぽぽ黄

 

ときをりは憶ふ或る事たんぽぽ黄

 

落暉(らつき)美(は)し身の係累を捨てにけり

 

煙草の灰ふんわり落とす蟻の上

 

葉の蔭にはづす指輪や汗ばみて

 

明星におもひ返せどまがふなし

 

北風のなか昂ぶり果ての泪ぬぐふ

 

雷こんこん死びとの如き男の手

 

家すべて午前零時の露置けり

 

霧さむく思ふことにも疲れけり

 

動亂や白き花在る枯れの中

 

月の夜の蹴られて水に沈む石

 

屋にふるるおもむきみする月夜の葉

 

月の夜や重なることを好まぬ葉

 

かしこくて姿よそほふ月夜の葉

 

惜しみなくなまめき光(て)らふ月夜の葉

 

月の現れさとるにあらず葉なまめく

 

おのおの葉月のひかりにきそひけり

 

星凍てたり東京に住む理由なし

 

熱哀し蒲團のそとに置く片手

 

美濃の雪つまさき踏みて來たりしなり

 

冴え返る剣山は深く水に沈み

 

凍蝶(いててふ)に蹤(つ)きて日蔭を出でにけり

 

月明の橋を越ゆれば町異る

 

菊は紙片の如く白めりヒロポン缺く

 

コスモスなどやさしく吹けど死ねないよ

 

倖ちうすき頤持つや蘭寒み

 

歸る歩や先づ火をおこすべしとのみ

 

木枯しや坐せば雙つの膝頭

 

ことりといふあれは落ちたる焜爐の火

 

海の霧復(か)へるなくして渡るべきか

 

雪の夜を泪みられて涕(な)きにけり

 

默々と小包つくる春の雷

 

頒ち持つかたみの品や靑嵐

 

大阪へ五時間でつく晩夏かな

 

夏帽の大阪訛りより買ふ繪

 

遊廓へ此の道つづく月の照り

 

夏みかん酸つぱしいまさら純潔など

 

この暑さ町に看板ごてごてある

 

親のことかつておもはず夾竹桃

 

短夜の夢の白さや水枕

 

風鈴や枕に伏してしくしく涕(な)く

 

炎天のポストは橋のむかふ側

 

ひまはりを植ゑて娼家の散在す

 

乳房もつ犬に蹤(つ)けられ夕燒雲

 

暦日(れきじつ)やみづから墮ちて向日葵黄

 

蟻の體にジユツと當てたる煙草の火

 

好きことの電報きたる天の河

 

朝鮮へ書く梅雨の降り激(た)ぎちけり

(「明星に」掉尾句にして『指環』掉尾句)

 

 

 

 ――拾遺句群より 三十四句

[やぶちゃん注:しづ子の俳句は師松村巨湫に昭和27(1952)年9月15日附で句稿を送ったものが最後となった。本拾遺句の後半、昭和28(1953)年2月号以降の四句の『樹海』掲載句については、しづ子失踪後、手元に残った多量のしづ子の句稿を、巨湫が、その死の前年である昭和38(1963)年10月号の『樹海』まで、あたかもしづ子が投句をし続けているかのように掲載し続けたもので、時系列からは外れるものである点に注意されたい。]

 

秋葵みづをこえたる少女の脚

(昭和21(1946)年12月号『樹海』掲載句)

鳳仙花なみだぐみたる二つの眸

(昭和21(1946)年12月号『樹海』掲載句)

性悲し夜更けの蜘蛛を殺しけり

(昭和23(1948)年 6月号『樹海』掲載句)

   意識

ほろろ山吹婚約者を持ちながらひとを愛してしまつた

(昭和23(1948)年 7月号『樹海』掲載句)

薔薇の夜や深く剪りたる指の爪

(昭和23(1948)年 7月号『樹海』掲載句)

黑人兵の本能強し夏銀河

(昭和26(1951)年 6月 8日附未発表投稿句)

雪はげし妻たりし頃みごもりしこと

(昭和26(1951)年 8月24日附未発表投稿句)

雪はげし月を經ずして葬りしこと

(昭和26(1951)年 8月24日附未発表投稿句)

激(たぎ)つ雪自ら葬りおほせけり

(昭和26(1951)年 8月24日附未発表投稿句)

雪粉粉麻藥に狂ふ漢の眼

(昭和26(1951)年11月29日附未発表投稿句)

   母の墓建つ

墓の中母の墓置く霜柱

(昭和26(1951)年12月11日附未発表投稿句)

横濱に人と訣れし濃霧かな

(昭和26(1951)年12月19日附未発表投稿句)

堕胎兒が三歳となるああ正月の繕の箸

(昭和26(1951)年12月19日附未発表投稿句)

戀初めの國文の師よ雪は葉に

(昭和26(1951)年12月24日附未発表投稿句)

死の豫感つと立てば體の寒き影

(昭和26(1951)年12月24日附未発表投稿句)

いつの日か雪に曝さむこの體の屍

(昭和26(1951)年12月24日附未発表投稿句)

傲然と雪墜るケリーとなら死ねる

(昭和26(1951)年12月24日附未発表投稿句)

タイプ打つWの當(あ)つる汗の指

(昭和27(1952)年中の未発表と思われる投稿句)

霧五千海里ケリー・クラッケへだたり死す

(昭和27(1952)年 1月 2日附未発表投稿句)

急死なりと母なるひとの書乾く

(昭和27(1952)年 1月 2日附未発表投稿句)

文箱を見られし記憶栗の花

(昭和27(1952)年 1月20日附未発表投稿句)

三歳とかぞへて愛(いと)し水中花

(昭和27(1952)年 6月15日附未発表投稿句)

墓地に來て風の在り處を地に探す

(昭和27(1952)年 7月24日附未発表投稿句)

劇藥の劇と銘うつ暑氣極む

(昭和27(1952)年 8月29日附未発表投稿句)

死にどころこころゑがくや月に雲

(昭和27(1952)年 8月29日附未発表投稿句)

意のままの二十七年夏氷

(昭和27(1952)年 9月 2日附未発表投稿句)

秋めきの雲を詠みしを終りとす

(昭和27(1952)年 9月 2日附未発表投稿句)

秋の雲ゆくおもふは鈴木しづ子之墓

(昭和27(1952)年 9月 2日附未発表投稿句)

薊吹き死期が近づく筆の冴え

(昭和27(1952)年 9月 2日附未発表投稿句)

よそながらまみゆることや薊の葉

(昭和27(1952)年9月9日附未発表投稿最終句

死してわれに殘すものなし鳳仙花

昭和27(1952)年 9月15日附未発表投稿句)

悲劇はこの世だけでいいスクリーンの白雪

(昭和28(1953)年2月号『樹海』掲載句)

夕燒の失せし地をゆく乳母車

(昭和31(1956)年7月号『樹海』掲載句)

鵙鳴くや沼に棄て來し戀一つ

(昭和31(1956)年8月号『樹海』掲載句)

傾くやいつさい了(を)へし雪の墓

(昭和32(1956)年1月号『樹海』掲載句)

 

……「みなさん、ごきげんよう、さようなら」……

……昭和27(1952)年3月30日……

……意に沿わず嫌々出版した歌集『指環』……

……その東京の出版記念会での……

……しづ子最後の言葉である……

……そして……

……この肉声を最後に……

……しづ子は我々の前から……

……完全に姿を消した……

……2010年の今……

……彼女は91歳になっているはずである……

 

やぶちゃん版鈴木しづ子句集 完