博物誌 ルナール 岸田国士訳(附原文+やぶちゃん補注版)
[やぶちゃん注:底本は、初版昭和二九(一九五四)年新潮社刊の平成一三(二〇〇一)年四十六刷改版の新潮文庫版を用いた。挿絵は「日本的なナビ派」と称された
Pierre Bonnard による(挿絵は、偏愛する数枚はここに掲げたが、他は、基本、標題訳の後のフランス語項目名にブログのマイフォトでリンクさせた。複数の絵がある場合は、本文中にリンクを遊ばせた)。更に、オリジナリティを出すために併記する Jules Renard “Histoires
Naturelles”の原文は(底本には勿論、原文はなく、各項目名の下の原題フランス語表記のみしかない)フランスのサイト“In Libro Veritas”版の該当部分をそのままコピー引用した。加えて、各文章中のおもな生物で同定できるものについては、その訳文の最後に分類学上のタクソン又は学名を注で附した。但し、これはちょっとした私の勝手な思い付きの洒落であって、それなりに調べはしたが、厳密な分類及び種同定ではない(というわけではないけれど、学名を正式な斜体字にしていないのも、お許しあれ)。ただルナールの博物学者ビュフォンとの批判的な距離を考え合わせて、お楽しみ頂ければと思うのである。その他、不識を承知の上で、訳文に疑義を抱いた部分について注を附してある。なお、傍点「丶」は下線に代え、「目次」のリーダーと頁は省略した。
さて、“Histoires Naturelles”の初版は一八九六年で、項目数は四十五であった。その後ルナール自身が増補を重ね、岸田が拠ったものは一九〇四年にフラマリオン社から出たもので、項目数は七十である。一九〇九年に出版された決定版では八十を超えている(因みに、全集全部を所持する、一九九四年臨川書店刊の『ジュール・ルナール全集第五巻所収の佃裕文訳「博物誌」では、ルナールが決定版で削った「新月」の一篇を含め、八十四項目にも及んでいる)。上記の“In Libro Veritas”版は“La Couleuvre”や“La Belette”の欠落と総数から見て、フラマリオン版底本である。従って、岸田が底本としたものではないために、当然、附した原文と訳文との齟齬があると思われるが、私にはそれを精緻に校合する能力を持たないので、悪しからず。なお、底本末尾には、編集部による例の形式免罪符の定番である差別表現注記(記載年月日なし)が附されてある。【二〇二三年十月二十八日:追記】国立国会図書館デジタルコレクションで戦前の正規表現版の岸田國士譯「博物誌」を視認し、オリジナル注を零から附したものを、ブログ・カテゴリ『「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文)』を始動したので、見られたい。それに合せて、こちらの注の一部の不全や誤認を修正している。但し、私の愚かながらそれなりに一所懸命さを以って向かっていた古い仕儀に対する自己愛があるので、誤った種同定の中には敢えて放置しておいたものもある。正確な新たな同定比定はブログ版を決定版とする。【二〇二三年十一月二十二日午前四時五十九分:追記】上記ブログ版を、本未明、完遂した。]
目 次
影像(すがた)の狩人(かりゅうど)
雌鶏(めんどり)
雄鶏(おんどり)
家鴨(あひる)
鵞鳥(がちょう)
七面鳥
小紋鳥
鳩(はと)
孔雀(くじゃく)
白鳥
猫
犬
牝牛(めうし)
ブリュネットの死
牛
水の虻(あぶ)
牡牛(おうし)
馬
驢馬(ろば)
豚
羊
山羊(やぎ)
兎(うさぎ)
鼠(ねずみ)
鼬(いたち)
蜥蜴(とかげ)
蚯蚓(みみず)
蛇
やまかがし
蝸牛(かたつむり)
蛙(かえる)
蟇(がま)
蜘蛛(くも)
毛虫
蝶(ちょう)
小蜂(こばち)
蜻蛉(とんぼ)
蟋蟀(こおろぎ)
ばった
蛍(ほたる)
蟻(あり)
蚤(のみ)
栗鼠(りす)
あぶら虫
猿
鹿(しか)
かわ沙魚(はぜ)
鯨
庭のなか
ひなげし
葡萄(ぶどう)畑
鶸(ひわ)の巣
鳥のいない鳥籠(とりかご)
カナリア
燕(つばめ)
蝙蝠(こうもり)
鶺鴒(せきれい)
鵲(かささぎ)
くろ鶫(つぐみ)!
雲雀(ひばり)
こま鶯(うぐいす)
かわせみ
鴉(からす)
隼(はやぶさ)
鷓鴣(しゃこ)
鴫(しぎ)
猟期終る
樹々(きぎ)の一家
あとがき
挿 絵 ボナール
博物誌
影像(すがた)の狩人(かりゅうど) Le chasseur d'images
朝早くとび起きて、頭はすがすがしく、気持は澄み、からだも夏の衣装のように軽やかな時にだけ、彼は出かける。別に食い物などは持って行かない。みちみち、新鮮な空気を飲み、健康な香(かおり)を鼻いっぱいに吸い込む。猟具(えもの)も家へ置いて行く。彼はただしっかり眼をあけていさえすればいいのだ。その眼が網の代わりになり、そいつにいろいろなものの影像(すがた)がひとりでに引っかかって来る。
最初に網にかかる影像(すがた)は、道のそれである。野梅と桑の実の豊かにみのった二つの生垣に挟まれて、すべすべした砂利が骨のように露出し、破れた血管のように轍(わだち)の跡がついている。
それから今度は小川の影像(すがた)をつかまえる。それは曲り角ごとに白く泡だちながら、柳の愛撫(あいぶ)の下で眠っている。魚が一匹腹を返すと、銀貨を投げこんだようにきらきら光り、細かい雨が降りだすと、小川は忽(たちま)ち鳥肌をたてる。
彼は動く麦畑の影像(すがた)を捕える。食欲をそそる苜蓿(うまごやし)や、小川に縁どられた牧場の影像(すがた)を捕える。通りすがりに、一羽の雲雀(ひばり)が、あるいは鶸(ひわ)が飛び立つのをつかまえる。
それから、彼は林のなかへはいる。すると、われながらこんな繊細な感覚があったのかと思うようだ。好(よ)い香(におい)がもう全身にしみわたり、どんな鈍いざわめきも聞き逃さない。そしてすべての樹木と相通じるために、彼の神経は木の葉の葉脈に結びつく。
やがて、興奮のあまり気持がへんになってくる。何もかもはっきりしすぎる。からだのなかが醱酵(はっこう)したようになる。どうも気分がわるい。そこで林を出て、鋳型(いがた)作りの職人たちが村へ帰って行く、その後ろを遠くからつける。
林の外へ出ると、ちょうどいま沈もうとする太陽が、その燦然(さんぜん)たる雲の衣裳を地平線のうえに脱ぎすて、それが入り交り折り重なってひろがっているのを、いっとき、眼がつぶれるほど見つめている。
さて、頭のなかをいっぱいにして家へ帰って来ると、部屋のランプを消しておいて、眠る前に永い間、それらの影像(すがた)を一つ一つ数え上げるのが楽しみだ。
影像(すがた)は、素直に、思い出のまにまに蘇(よみがえ)って来る。その一つ一つがまた別の一つを呼び覚まし、そしてその燐光(りんこう)の群れは、ひっきりなしに新手が加わってふえて行く――あたかも、一日じゅう追い回され、散り散りになっていた鷓鴣(しゃこ)の群れが、夕方、もう危険も去って、鳴きながら畦(あぜ)の窪(くぼ)みに互いに呼び交しているように。
[やぶちゃん注:ヒト Homo sapiens と、マメ目マメ科マメ亜科ウマゴヤシ属ウマゴヤシ Medicago polymorpha と、スズメ目スズメ亜目スズメ小目スズメ上科ヒバリ科ヒバリ属ヒバリ Alauda arvensis と、脊椎動物亜門鳥綱スズメ目スズメ亜目スズメ小目スズメ上科ヒワ亜科ヒワ族ヒワ属ゴシキヒワ Carduelis carduelis と、キジ目キジ亜目キジ科キジ亜科Phasianinaeの内、「シャコ」と名を持つ属種群を指す。]
*
LE CHASSEUR D'IMAGES
II saute du lit de bon matin, et ne part que si son esprit est net, son coeur pur, son corps léger comme un vêtement d'été. Il n'emporte point de provisions. Il boira l'air frais en route et reniflera les odeurs salubres.
Il laisse ses armes à la maison et se contente d'ouvrir les yeux. Les yeux servent de filets où les images s'emprisonnent d'elles-mêmes.
La première qu'il fait captive est celle du chemin qui montre ses os, cailloux polis, et ses ornières, veines crevées, entre deux haies riches de prunelles et de mûres.
Il prend ensuite l'image de la rivière. Elle blanchit aux coudes et dort sous la caresse des saules. Elle miroite quand un poisson tourne le ventre, comme si on jetait une pièce d'argent, et, dès que tombe une pluie fine, la rivière a la chair de poule.
Il lève l'image des blés mobiles, des luzernes appétissantes et des prairies ourlées de ruisseaux. Il saisit au passage le vol d'une alouette ou d'un chardonneret.
Puis il entre au bois. Il ne se savait pas doué de sens si délicats. Vite imprégné de parfums, il ne perd aucune sourde rumeur, et, pour qu'il communique avec les arbres, ses nerfs se lient aux nervures des feuilles.
Bientôt, vibrant jusqu'au malaise, il perçoit trop, il fermente, il a peur, quitte le bois et suit de loin les paysans mouleurs regagnant le village.
Dehors, il fixe un moment, au point que son oeil éclate, le soleil qui se couche et dévêt sur l'horizon ses lumineux habits, ses nuages répandus pêle-mêle.
Enfin, rentré chez lui, la tête pleine, il éteint sa lampe et longuement, avant de s'endormir, il se plaît à compter ses images.
Dociles, elles renaissent au gré du souvenir. Chacune d'elles en éveille une autre, et sans cesse leur troupe phosphorescente s'accroît de nouvelles venues, comme des perdrix poursuivies et divisées tout le jour chantent le soir, à l'abri du danger, et se rappellent aux creux des sillons.
雌鶏(めんどり) La Poule
戸をあけてやると、両脚を揃(そろ)えて、いきなり鶏小屋から飛び下りて来る。
こいつは地味な粧(よそお)いをした普通の雌鶏で、金の卵などは決して産まない。
外の明るさに眼が眩(くら)み、はっきりしない足どりで、二足三足庭の中を歩く。
まず眼につくのは灰の山である。彼女は毎朝そこでいっとき気晴らしをやる習慣になっている。
彼女は灰の上を転げ回り、灰の中にもぐり込み、そして羽をいっぱいに膨らましながら、激しく一羽搏(はばた)きして、夜ついた蚤(のみ)を振い落とす。
それから今度は深い皿の置いてあるところへ行って、この前の夕立でいっぱい溜(たま)っている水を飲む。
彼女の飲み物は水だけだ。
彼女は皿の縁の上でうまくからだの調子をとりながら、一口飲んではぐっと首を伸ばす。
それが済むと、あたりに散らばっている餌(えさ)を拾いにかかる。
柔らかい草は彼女のものである。それから、虫も、こぼれ落ちた麦粒も。
彼女は啄(ついば)んで、疲れることを知らない。
赤いフリージア帽を頭に載せ、しゃんとからだを伸ばし、眼つき鋭く、胸飾りも引立ち、彼女は両方の耳で代るがわる聴き耳を立てる。
で、別に変ったこともないのを確めると、また餌を捜し始める。
彼女は、神経痛にかかった人間みたいに、硬直した脚を高くもち上げる。そして、指を拡(ひろ)げて、そのまま音のしないようにそっと地べたへつける。
まるで跣足(はだし)で歩いているとでも言いたいようだ。
[やぶちゃん注:ニワトリ Gallus gallus domesticus の♀。]
*
LA POULE
Pattes jointes, elle saute du poulailler, des qu'on lui ouvre a porte.
C'est une poule commune, modestement paree et qui ne pond jamais d'oeufs d'or.
Eblouie de lumière, elle fait quelques pas, indécise, dans la cour.
Elle voit d'abord le tas de cendres où, chaque matin, elle a coutume de s'ebattre.
Elle s'y roule, s'y trempe, et, d'une vive agitation d'ailes, les plumes gonflees, elle secoue ses puces de la nuit.
Puis elle va boire au plat creux que la derniere averse a rempli. .
Elle ne boit que de l'eau.
Elle boit par petits coups et dresse le col, en equilibre sur le bord du plat.
Ensuite elle cherche sa nourriture eparse.
Les fines herbes sont a elle, et les insectes et les graines perdues.
Elle pique, elle pique, infatigable.
De temps en temps, elle s'arrete.
Droite sous son bonnet phrygien, l'oeil vif, le jabot avantageux, elle ecoute de l'une et de l'autre oreille.
Et, sure qu'il n'y a rien de neuf, elle se remet en quete.
Elle leve haut ses pattes raides, comme ceux qui ont la goutte. Elle ecarte les doigts et les pose avec precaution, sans bruit.
On dirait qu'elle marche pieds nus.
雄鶏(おんどり) Coqs
1
彼は一度も鳴いたことがない。一晩も鶏小屋で寝たことがなく、それこそ一羽の雌鶏(めんどり)さえ知らなかった。
彼のからだは木でできていて、腹の真ん中に鉄の脚が一本ついている。そして、もう何年となく、今ではとても建てられそうもない天主堂の上で暮らしている。それはちょっと納屋(なや)みたいな建物で、その棟瓦(むねがわら)の線はまず牛の背中と同じくらいまっすぐである。
ところで、今日、その天主堂の向うの端に石屋の連中が姿を現わした。
木の雄鶏はじっと彼らの方を眺めていると、そのとき急に風が吹いて来て、無理矢理後ろを向かされてしまう。
で、それから振向いて見る度に、新しい石が積み上げられては、眼の前の地平線を少しずつ塞(ふさ)いで行った。
やがて、ぐっと首を持ち上げながら、よく見ると、やっとでき上がった鐘楼のてっぺんに、今朝のまではそんな所にいなかった若い雄鶏が一羽止まっている。どこから舞い込んで来たか、こやつは、尻尾(しっぽ)をはね上げ、いっぱし歌でもうたえそうに口をあけ、そして片方の翼(はね)を腰のところに当てたまま、どこからどこまで新しく、陽の光をいっぱいに受け輝いている。
まず、二羽の雄鶏はぐるぐる回る競争をする。しかし、古い木の雄鶏はすぐ力尽きて負けてしまう。一本しかない足の下で、梁(はり)が今にも崩れ落ちそうになっている。彼は危く倒れようとして、体を突っ張りながら前へのめる。彼は軋(きし)み、そして止る。
すると、今度は大工たちがやって来る。
彼らは天主堂のこの虫のついた部分を取り壊し、その雄鶏を下ろして来ると、それを持って村じゅうを練り歩く。誰でも祝儀(しゅうぎ)さえ出せば、そいつにさわっていい。
或(あ)る連中は卵を一つ、或る連中は銅貨を一枚出す。ロリオの奥さんは銀貨を一枚出す。
大工たちはたらふく酒を飲み、それからめいめいその雄鶏の奪い合いをした揚句、とうとうそいつを焼いてしまうことに決める。
彼らはまず藁(わら)と薪束(まきたば)を積み上げて雄鶏の巣を作ってやり、それから、火をつける。
木の雄鶏はぱちぱちと気持ちよく燃え、その炎は空に昇って、彼はちゃんと天国にたどりつく。
2
毎朝、止り木から飛び降りると、雄鶏は相手がやっぱり彼処(あそこ)にいるかどうか眺めてみる――相手はやっぱりそこにいる。
雄鶏は、自慢を許すなら、地上のあらゆる競争者を負かしてしまった――が、この相手、こいつは手の届かないところにいる、これこそ勝ち難き競争者である。
雄鶏は叫びに叫ぶ。呼びかけ、挑みかけ、脅しつける――しかし相手は、決った時間がこなければ応(こた)えない。それもだいいち答えるのではない。
雄鶏は見得をきり、羽を膨らます。その羽はなかなか悪くなく、青いところもあれば、銀色のところもある――しかし、相手は、青空のただなかに、まばゆいばかりの金色である。
雄鶏は自分の雌鶏をみんな呼び集め、そしてその先頭に立って歩く。見よ、彼女らは残らず彼のもの。どれもこれも彼を愛し、彼を畏(おそ)れている――が、相手は燕(つばめ)どものあこがれの主である。
雄鶏はすべてに浪費家である。処(ところ)きらわず、恋の句点を打ちまわり、ほんのちょっとしたことに、金切声をあげて凱歌(がいか)を奏する――しかし相手は、折も折、新妻を迎える。そして空高く、村の婚礼を告げ知らす。
雄鶏は妬(ねた)ましげに蹴爪(けづめ)の上に伸び上がって、最後の決戦を試みようとする。その尾は、さながらマントの裾(すそ)を剣ではね上げているようだ。彼は鶏冠(とさか)に真っ赤に血を注いで戦いを挑み、空の雄鶏は残らず来いと身構える――しかし、相手は、暴風(あらし)に面(おもて)を曝(さら)すことさえ恐れないのに、今はただ、微風に戯(たわむ)れながらくるりと向こうをむいてしまう。
そこで、雄鶏は、日が暮れるまで躍起となる。
彼の雌鶏は一羽一羽帰って行く。彼は声を嗄(か)らし、へとへとになり、もう暗くなってきた中庭に、たった独り残っている――が、相手は、今もまだ太陽の最後の炎を浴びて輝きわたり、澄みきった声で、平和なゆうべのアンジェリュスをうたっている。
[やぶちゃん注:ニワトリGallus gallus domesticus の♂。]
*
COQS
I
Il n'a jamais chanté. Il n'a pas couché une nuit dans un poulailler, connu une seule poule.
Il est en bois, avec une patte en fer au milieu du ventre, et il vit, depuis des années et des années, sur une vieille église comme on n'ose plus en bâtir. Elle ressemble à une grange et le faîte de ses tuiles s'aligne aussi droit que le dos d'un boeuf.
Or, voici que des maçons paraissent à l'autre bout de l'église.
Le coq de bois les regarde, quand un brusque coup de vent le force à tourner le dos.
Et, chaque fois qu'il se retourne, de nouvelles pierres lui bouchent un peu plus de son horizon.
Bientôt, d'une saccade, levant la tête, il aperçoit, à la pointe du clocher qu'on vient de finir, un jeune coq qui n'était pas là ce matin. Cet étranger porte haut sa queue, ouvre le bec comme ceux qui chantent, et l'aile sur la hanche, tout battant neuf, il éclate en plein soleil.
D'abord les deux coqs luttent de mobilité. Mais le vieux coq de bois s'épuise vite et se rend. Sous son unique pied, la poutre menace ruine. Il penche, raidi, près de tomber. Il grince et s'arrête.
Et voilà les charpentiers.
Ils abattent ce coin vermoulu de l'église, descendent le coq et le promènent par le village. Chacun peut le toucher, moyennant cadeau.
Ceux-ci donnent un oeuf, ceux-là un sou, et Mme Loriot une pièce d'argent.
Les charpentiers boivent de bons coups, et, après s'être disputé le coq, ils décident de le brûler.
Lui ayant fait un nid de paille et de fagot, ils mettent le feu.
Le coq de bois pétille clair et sa flamme monte au ciel qu'il a bien gagné.
II
Chaque matin, au saut du perchoir, le coq regarde si l'autre est toujours là, - et l'autre y est toujours.
Le coq peut se vanter d'avoir battu tous ses rivaux de la terre, - mais l'autre, c'est le rival invincible, hors d'atteinte.
Le coq jette cris sur cris : il appelle, il provoque, il menace, - mais l'autre ne répond qu'à ses heures, et d'abord il ne répond pas.
Le coq fait le beau, gonfle ses plumes, qui ne sont pas mal, celles-ci bleues, et celles-là argentées, - mais l'autre, en plein azur, est éblouissant d'or.
Le coq rassemble ses poules, et marche à leur tête.
Voyez : elles sont à lui ; toutes l'aiment et toutes le craignent, - mais l'autre est adoré des hirondelles.
Le coq se prodigue. Il pose, ça et là, ses virgules d'amour, et triomphe, d'un ton aigu, de petits riens ; mais justement l'autre se marie et carillonne à toute volée ses noces de village.
Le coq jaloux monte sur ses ergots pour un combat suprême ; sa queue a l'air d'un pan de manteau que relève une épée. Il défie, le sang à la crête, tous les coqs du ciel, - mais l'autre, qui n'a pas peur de faire face aux vents d'orage, joue en ce moment avec la brise et tourne le dos.
Et le coq s'exaspère jusqu'à la fin du jour.
Ses poules rentrent, une à une. Il reste seul, enroué, vanné, dans la cour déjà sombre, - mais l'autre éclate encore aux derniers feux du soleil, et chante, de sa voix pure, le pacifique angélus du soir.
家鴨(あひる) Canards
まず雌の家鴨が先に立って、両脚でびっこを引きながら、いつもの水溜(みずたま)りへ泥水を浴びに出かけて行く。
雄の家鴨がそのあとを追う。翼(はね)の先を背中で組み合わせたまま、これもやっぱり両脚でびっこを引いている。
で、雌と雄の家鴨は、何か用件の場所へでも出かけて行くように、黙々として歩いて行く。
最初まず雌の方が、鳥の羽や、鳥の糞(ふん)や、葡萄(ぶどう)の葉や、わらくずなどの浮んでいる泥水の中へ、そのまま滑り込む。ほとんど姿が見えなくなる。
彼女は待っている。もういつでもいい。
そこで今度は雄が入って行く。彼のごうしゃな彩色は忽(たちま)ち水の中に沈んでしまう。もう緑色の頭と尻(しり)のところの可愛(かわい)い巻毛が見えるだけだ。どちらもいい気持でじっとそうしている。水でからだが暖まる。その水は誰も取換えたりはしない。ただ暴風雨(あらし)の日にひとりでに新しくなるだけだ。
雄はその平べったい嘴(くちばし)で雌の頸(くび)を軽く嚙(か)みながら締めつける。いっとき彼は頻(しき)りにからだを動かすが、水は重く澱(よど)んでいて、ほとんど漣(さざなみ)も立たないくらいだ。で、すぐまた静かになると、なめらかな水面には、澄み渡った空の一隅が黒く映る。
雌と雄の家鴨はもうちっとも動かない。太陽の下で茹(うだ)って寝込んでしまう。そばを通っても誰も気がつかないくらいだ。彼らがそこにいることを知らせるのは何かと言えば、たまに水の泡(あぶく)が幾つか浮かび上がってきて、澱んだ水面ではじけるだけである。
[やぶちゃん注:アヒル Anas plathyrhynchos var. domestica 。]
*
CANARDS
C'est la cane qui va la première, boitant des deux pattes, barboter au trou qu'elle connaît.
Le canard la suit. Les pointes de ses ailes croisées sur le dos, il boite aussi des deux pattes.
Et cane et canard marchent taciturnes comme à un rendez-vous d'affaires.
La cane d'abord se laisse glisser dans l'eau boueuse où flottent des plumes, des fientes, une feuille de vigne, et de la paille. Elle a presque disparu.
Elle attend. Elle est prête.
Et le canard entre à son tour. Il noie ses riches couleurs. On ne voit que sa tête verte et l'accroche-coeur du derrière. Tous deux se trouvent bien là. L'eau chauffe. Jamais on ne la vide et elle ne se renouvelle que les jours d'orage.
Le canard, de son bec aplati, mordille et serre la nuque de la cane. Un instant il s'agite et l'eau est si épaisse qu'elle en frissonne à peine. Et vite calmée, plate, elle réfléchit, en noir, un coin de ciel pur.
La cane et le canard ne bougent plus. Le soleil les cuit et les endort. On passerait près d'eux sans les remarquer. Ils ne se dénoncent que par les rares bulles d'air qui viennent crever sur l'eau croupie.
鵞鳥(がちょう) L'Oie
チエンネットも村の娘とおんなじに、パリに行きたいと思っている。しかし、その彼女が鵞鳥の番さえできるかどうか怪しいものだ。
実をいうと、彼女は鵞鳥を追って行くというよりも、そのあとについて行くのだ。編物をしながら、機械的にその一団のあとを歩いて行くだけで、あとは大人のように分別あるトゥウルウズの鵞鳥に任せきりにしている。
トゥウルウズの鵞鳥は、道順も、草のよしあしも、小屋へ帰る時刻もちゃんと知っている。
勇敢なことにかけては雄のガチョウもかなわないくらいで、悪い犬などが来ても立派に姉妹(きょうだい)の鵞鳥たちをを庇(かば)ってやる。彼女の頸(くび)は激しく震え、地面とすれすれに蛇のようにくねり、それからまたまっすぐに起き上がる。その様子に、チエンネットはおろおろするばかりで、これには顔色なしである。で、万事うまくいったと見ると、彼女は意気揚々として、こんなに無事におさまっているのは誰のお蔭(かげ)だと言わんばかりに、鼻声で歌い始める。
彼女は、自分にはまだそれ以上のこともできると堅く信じている。
で、或(あ)る夕方、とうとう村を出て行く。
彼女は嘴(くちばし)で風をきり、羽をぺったりくっつけて、道の上をぐんぐん歩いて行く。女たちは、すれちがっても、こいつを止める勇気がない。気味の悪いほど速く歩いているからだ。
そして一方でチエンネットが、向うに取り残されたまま、てんから人間の力を失ってしまい、鵞鳥たちとおんなじに何の見分けもつかなくなっているうちにトゥウルウズの鵞鳥はそのままパリへやって来る。
[やぶちゃん注:鳥綱カモ目カモ科ガン亜科マガン属ハイイロガン Anser anser 及びサカツラガン Anser cygnoides の系統に属する品種を基本とするものが、本来のガチョウである。当該ウィキによれば、『現在』、『飼養されているガチョウは』、『ハイイロガンを原種とするヨーロッパ系種』(☜本篇のものはこちら)『と、サカツラガンを原種とする中国系のシナガチョウ』『に大別される。シナガチョウは』、『上』の嘴の『付け根に瘤のような隆起が見られ、この特徴によりヨーロッパ系種と区別することができる』とある。]
*
L'OIE
Tiennette voudrait aller à Paris, comme les autres filles du village. Mais est-elle seulement capable de garder ses oies ?
A vrai dire, elle les suit plutôt qu'elle ne les mène.
Elle tricote, machinale, derrière leur troupe, et elle s'en rapporte à l'oie de Toulouse qui a la raison d'une grande personne.
L'oie de Toulouse connaît le chemin, les bonnes herbes, et l'heure où il faut rentrer.
Si brave que le jars l'est moins, elle protège ses soeurs contre le mauvais chien. Son col vibre et serpente à ras de terre, puis se redresse, et elle domine Tiennette effarée. Dès que tout va bien, elle triomphe et chante du nez qu'elle sait grâce à qui l'ordre règne.
Elle ne doute pas qu'elle ferait mieux encore.
Et, un soir, elle quitte le pays. Elle s'éloigne sur la route, bec au vent, plumes collées. Des femmes, qu'elle croise, n'osent l'arrêter. Elle marche vite à faire peur.
Et pendant que Tiennette, restée là-bas, finit de s'abêtir, et, toute pareille aux oies, ne s'en distingue plus, l'oie de Toulouse vient à Paris.
七面鳥 Dindes
1
彼女は庭の真ん中を気取って歩き回る。あたかも帝政時代の暮しでもしているようだ。
ほかの鳥たちは、暇さえあれば、めったやたらに、食ってばかりいる。ところが、彼女はちゃんと決まった時間に食事をとるほかは、絶えず姿を立派に見せることに浮身をやつしている。羽には全部糊(のり)がつけてある。そして尖(とが)った翼の先で地面に筋を引く。自分の通る道をちゃんと描いておくようだ。彼女は必ずその道を進み、決してわきへは行かない。
彼女はあんまりいつも反り身になっているので、自分の脚というものを見たことがない。
彼女は決して人を疑わない。で、私がそばに寄って行くと、早速もう自分に敬意を表しに来てくれたつもりでいる。
もう、彼女は得意そうに喉(のど)をぐうぐう鳴らしている。
「畏(おそ)れながら七面鳥の君」と私は彼女に言う。「君がもし鵞鳥(がちょう)か何かだったら、僕もビュフォンがしたように君の讃辞(さんじ)を書くところさ、君のその羽を一枚拝借してね。ところが、君はただの七面鳥にすぎないんだ」
きっと私の言い方が気に障(さわ)ったに違いない。彼女の頭にはかっと血が上る。嘴(くちばし)のところに癇癪(かんしゃく)の皺(しわ)が垂れ下がる。彼女は今にも真っ赤に怒り出しそうになる。で、その尾羽の扇子をばさりと一つ鳴らすと、この気むずかしやの婆(ばあ)さんは、くるりと向うをむいてしまう。
2
道の上に、またも七面鳥学校の寄宿生たち。
毎日、天気がどうであろうと、彼女らは散歩に出かける。
彼女らは雨を恐れない。どんな女も七面鳥ほど上手に裾(すそ)はまくれまい。また、日光も恐れない。七面鳥は日傘を持たずに出かけるなんていうことはない。
[やぶちゃん注:シチメンチョウ Meleagris gallopavo 。なお、一貫して「彼女」とあるが、ここでルナールの記す“dinde”は特にシチメンチョウの♀を指す女性名詞である。しかし、所謂、我々が通常、想起する形象はシチメンチョウの♂であり、フランス語では別に“dindon”の語で表わす。標題下のそれは、♂の絵であり、♀は底本では標題前にあるこちらがそれである。]
*
DINDES
I
Elle se pavane au milieu de la cour, comme si elle vivait sous l'Ancien Régime.
Les autres volailles ne font que manger toujours, n'importe quoi. Elle, entre ses repas réguliers, ne se préoccupe que d'avoir bel air. Toutes ses plumes sont empesées et les pointes de ses ailes raient le sol, comme pour tracer la route qu'elle suit : c'est là qu'elle s'avance et non ailleurs.
Elle se rengorge tant qu'elle ne voit jamais ses pattes.
Elle ne doute de personne, et, dès que je m'approche, elle s'imagine que je veux lui rendre mes hommages.
Déjà elle glougloute d'orgueil.
- Noble dinde, lui dis-je, si vous étiez une oie, j'écrirais votre éloge, comme le fit Buffon, avec une de vos plumes. Mais vous n'êtes qu'une dinde...
J'ai dû la vexer, car le sang monte à sa tête. Des grappes de colère lui pendent au bec. Elle a une crise de rouge. Elle fait claquer d'un coup sec l'éventail de sa queue et cette vieille chipie me tourne le dos.
II
Sur la route, voici encore le pensionnat des dindes.
Chaque jour, quelque temps qu'il fasse, elles se promènent.
Elles ne craignent ni la pluie, personne ne se retrousse mieux qu'une dinde, ni le soleil, une dinde ne sort jamais sans son ombrelle.
小紋鳥 La Pintade
これは私の家の庭に住む佝僂(せむし)女である。彼女は自分が佝僂のせいで、よくないことばかり考えている。[やぶちゃん後注1]
雌鶏(めんどり)たちの方では別になんにも言いはしない。ところが、だしぬけに、彼女はとびかかって行って、うるさく追い回す。
それから今度は頭を下げ、からだを前かがみにして、痩(や)せっぽちの脚に全速力を出して走って行くと、一羽の七面鳥が円く羽を拡(ひろ)げているちょうどその真ん中を狙(ねら)って、堅い嘴(くちばし)で突っかかる。この気どりやが、ふだんから癪(しゃく)に障(さわ)ってしようないのだ。[やぶちゃん注:ママ。]
そんな風で、頭を青く染め、ちょび髭(ひげ)をぴくぴくさせ、いかにも兵隊好きらしく、彼女は朝から晩まで独りでぷりぷりしている。そうしては理由もなく喧嘩を吹きかけるのだが、多分、しょっちゅうみんなが自分のからだつきや、禿(は)げ上がった頭や、へんに下の方についている尻尾(しっぽ)などを笑いものにしているような気がするのだろう。
そして、彼女はひっきりなしに剣の切っ先のように空気を劈(さ)く調子外れの鳴き声をたてている。
時々、彼女は庭を出て、どこかへ行ってしまう。お蔭(かげ)で、平和な家禽(かきん)一同をいっときホッとさせる。ところが、彼女はまたやって来る。前よりもいっそう喧(やかま)しく、騒々しい。そして、無茶苦茶に地べたを転げ回る。
いったい、どうしたのだ?
彼女は胸に一物あって、芝居をしているのである。
彼女は野原へ行って卵を産んで来たのだ。
私は気が向けば、そいつを捜しに行ってもいい。
彼女は、佝僂のように、埃(ほこり)のなかを転げ回っている。
[やぶちゃん後注1:1994年臨川書店刊ジュール・ルナール全集第5巻所収の佃裕文訳「博物誌」の本文注によれば、この「私の家の庭」の「庭」“cour”には「宮廷」の意味を掛けている、とする。]
[やぶちゃん後注2:現在、一般に日本で「小紋鳥」というとフィンチ類を指すようであるが、“La Pintade”というフランス語はホロホロチョウを指す(底本のボナールの挿絵は正しくホロホロチョウである)。ちなみに1994年臨川書店刊ジュール・ルナール全集第5巻所収の佃裕文訳「博物誌」では『ほろほろ鳥』と訳している。特にフランス料理に多く用いられるようになって、今は本邦でもメジャーである。]
*
LA PINTADE
C'est la bossue de ma cour. Elle ne rêve que plaies à cause de sa bosse.
Les poules ne lui disent rien : brusquement, elle se précipite et les harcèle.
Puis elle baisse sa tête, penche le corps, et, de toute la vitesse de ses pattes maigres, elle court frapper, de son bec dur, juste au centre de la roue d'une dinde.
Cette poseuse l'agaçait.
Ainsi, la tête bleuie, ses barbillons à vif, cocardière, elle rage du matin au soir. Elle se bat sans motif, peut être parce qu'elle s'imagine toujours qu'on se moque de sa taille, de son crâne chauve et de sa queue basse.
Et elle ne cesse de jeter un cri discordant qui perce l'air comme une pointe.
Parfois elle quitte la cour et disparaît. Elle laisse aux volailles pacifiques un moment de répit. Mais elle revient plus turbulente et plus criarde. Et, frénétique, elle se vautre par terre.
Qu'a-t-elle donc ?
La sournoise fait une farce.
Elle est allée pondre son oeuf à la campagne.
Je peux le chercher si ça m'amuse.
Elle se roule dans la poussière, comme une bossue.
鳩(はと) Les Pigeons
彼らは家の上で微(かす)かな太鼓のような音をたてるにしても――
日蔭(ひかげ)から出て、とんぼ返りをし、ぱっと陽に輝き、また日蔭に帰るにしても――
彼らの落ち着きのない頸(くび)は、指に嵌(は)めたオパールのように、生きたり、死んだりするにしても――
夕方、森のなかで、ぎっしりかたまって眠り、槲(かしわ)の一番てっぺんの枝がその彩色した果実の重みで今にも折れそうになるにしても――
そこの二羽が互いに夢中になって挨拶(あいさつ)を交し、そして突然、互いに絡(から)み合うように痙攣(けいれん)するにしても――
こっちの一羽が、異郷の空から、一通の手紙を持って帰って来て、さながら遠く離れた女の友の思いのように飛んで来るにしても(ああ、これこそ一つの証拠(あかし)!)――
そのさまざまの鳩も、初めは面白いが、しまいには退屈になって来る。
彼らはひとところにじっとしていろと言われても、どうしてもそれができないだろう。そのくせ、いくら旅をして来ても、一向利口にならない。
彼らは一生、いつまでたってもちっとばかりお人好(ひとよ)しである。
彼らは、嘴(くちばし)の先で子供が作れるものと頑固に思い込んでいる。
それに、全くしまいにはやりきれなくなって来る――しょっちゅう喉(のど)に何か詰っているという、例の祖先伝来の妙な癖は。
[やぶちゃん注:【二〇二三年十月三十日改変】底本ではここに独特の飾り記号が入る。これが、「博物誌」の拠った原底本のフランスの版のものかどうかは、知らない。しかし、今回、この初期原型では無粋な「~」として置いていたのには、今の私は堪え得ない。されば、私の底本からOCRで読み込み、配することとした(以下、同じ)。仮に底本が特別に作ったデザイン記号であるとなら、新潮社から著作権侵害を申し込まれた時点で、何時でも無粋な「~」に戻す。]
二羽の鳩が、ほら「さあ、こっちにきて、あんた(ビャン・モン・グルルロ)……さあ、
こっちにきて、あんた(ビャン・モン・グルルロ)……さあ、こっちにきて、あんた(ビャン・モン・グルルロ)……」
[やぶちゃん注:それぞれの「ビャン・モン・グルルロ」は、本文の「こっちにきて、あんた」の部分のルビとなっている。なおルビは拗音を小文字にしていないが、私の判断で「ビヤン」のみ小文字とした。]
注 鳩の鳴き声「モン・グルルロ」は、ここでは親しい者(雄鳩)に呼びかける「モン・グロ」と似せている。
[やぶちゃん注:ハト目 ColumbiformesMesobalanus のハト類。「槲」は落葉中高木であるが、これはフランスであるから、安易に本邦の双子葉植物綱ブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属コナラ族 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata とすることは出来ない。本邦のお馴染みの「カシワ(柏・槲・檞)」は日本・朝鮮半島・中国の東アジア地域にのみ植生するからである。原文では“chêne”で、これはカシ・カシワ・ナラなどのブナ目ブナ科コナラ属
Quercus の総称である。則ち、「オーク」と訳すのが、最も無難であり、特に、その代表種である模式種ヨーロッパナラ(ヨーロッパオーク・イングリッシュオーク・コモンオーク・英名はcommon
oak) Quercus roburを挙げてもよいだろう。なお、比喩で出る前者の「黒すぐり」は双子葉植物綱ユキノシタ目スグリ科スグリ属クロスグリRibes nigrum で、「まるすぐり」の方は、「グーズベリー」で、スグリ属セイヨウスグリ Ribes uva-crispa である。]
*
LES PIGEONS
Qu'ils fassent sur la maison un bruit de tambour voilé ; Qu'ils sortent de l'ombre, culbutent, éclatent au soleil et rentrent dans l'ombre ; Que leur col fugitif vive et meure comme l'opale au doigt ; Qu'ils s'endorment, le soir, dans la forêt, si pressés que la plus haute branche du chêne menace de rompre sous cette charge de fruits peints ; Que ces deux-là échangent des saluts frénétiques et brusquement, l'un à l'autre, se convulsent ; Que celui-ci revienne d'exil, avec une lettre, et vole comme la pensée de notre amie lointaine (Ah ! un gage !) ; Tous ces pigeons ; qui d'abord amusent, finissent par ennuyer.
Ils ne sauraient tenir en place et les voyages ne les forment point.
Ils restent toute la vie un peu niais. Ils s'obstinent à croire qu'on fait les enfants par le bec.
Et c'est insupportable à la longue, cette manie héréditaire d'avoir toujours dans la gorge quelque chose qui ne passe pas.
LES DEUX PIGEONS. - Viens, mon grrros... viens, mon grrros... viens, mon grrros...
孔雀(くじゃく) Le Paon
今日こそ間違いなく結婚式が挙げられるだろう。
実は昨日のはずだった。彼は盛装をして待っていた。花嫁が来さえすればよかった。花嫁は来なかった。しかし、もうほどなく来るだろう。
意気揚々とインドの王子(プリンス)然たる足どりで、彼はそのあたりを散歩する。新妻への数々の贈物は、ちゃんと自分の身につけて持っている。愛情がその彩色の輝きを増し、帽子の羽飾りは竪琴(たてごと)のように震えている。
花嫁は来ない。
彼は屋根の頂に登り、じっと太陽の照らす方を眺める。彼は魔性の叫びを投げかける――
――レオン! レオン!
こうして花嫁を呼ぶのである。何ものも姿を見せず、誰も返事をしない。庭の鳥たちももう慣れっこになっていて、頭をあげようともしない。そういつまで感心ばかりしてはいられないのだ。彼は中庭に降りて来る。誰を恨むというでもない。それほど自分の美しさを信じている。
結婚式は明日になるだろう。
そこで、残りの時間をどうして過ごそうかと、ただ、あてもなく踏段の方へ歩いて行く。そして神殿の階段(きざはし)でも登るように、一段一段、正式の足どりで登って行く。
彼は裾長(すそなが)の上衣の裾を引き上げる。その裾は、多くの眼が注がれたまま離れなくなってしまったために、なにさま重くなっている。
彼は、そこでもう一度、式の予行やってみるのである。
[やぶちゃん注:インドクジャク Pavo cristatus 、または、マクジャク Pavo muticus 。]
*
LE PAON
Il va sûrement se marier aujourd'hui.
Ce devait être pour hier. En habit de gala, il était prêt.
Il n'attendait que sa fiancée. Elle n'est pas venue. Elle ne peut tarder.
Glorieux, il se promène avec une allure de prince indien et porte sur lui les riches présents d'usage.
L'amour avive l'éclat de ses couleurs et son aigrette tremble comme une lyre.
La fiancée n'arrive pas.
Il monte au haut du toit et regarde du côté du soleil.
Il jette son cri diabolique :
Léon ! Léon !
C'est ainsi qu'il appelle sa fiancée. Il ne voit rien venir et personne ne répond. Les volailles habituées ne lèvent même point la tête. Elles sont lasses de l'admirer. Il redescend dans la cour, si sûr d'être beau qu'il est incapable de rancune.
Son mariage sera pour demain.
Et, ne sachant que faire du reste de la journée, il se dirige vers le perron. Il gravit les marches, comme des marches de temple, d'un pas officiel.
Il relève sa robe à queue toute lourde des yeux qui n'ont pu se détacher d'elle.
Il répète encore une fois la cérémonie.
白鳥 Le Cygne
彼は泉水の上を、雲から雲へ、白い橇(そり)のように滑る。なぜなら、彼は、水の中に生じ、動き、そして消え失(う)せる綿雲だけに食欲を感じるからである。彼が望んでいるのは、その一きれである。そして、いきなり、雪の衣を纏(まと)ったその頸を突っ込む。
それから、女の腕が袖口(そでくち)から現れるように、彼は首を引き出す。
なんにも取れない。
彼はじっと見つめている。雲は、愕(おどろ)いて姿を消した。
一度醒(さ)めた迷夢は、忽(たちま)ち甦(よみがえ)る。なんとなれば、雲は間もなく姿を現わし、彼方(かなた)、水面の波紋が消えて行くあたりに、また一つ雲が出て来るからである。
軽い羽布団(はねぶとん)に乗って、静かに白鳥は漕(こ)ぎながら、その方に近づく……。
彼は水に映る空(むな)しき影を追うて疲れ、雲ひときれを捕える前に、おそらくはやがてこの妄想の犠牲となって、死に果てるであろう。
おい、おい、何を言ってるんだ……。
彼は潜(くぐ)る度ごとに、嘴(くちばし)の先で、養分のある泥の底をほじくり、蚯蚓(みみず)を一匹銜(くわ)えて来る。
彼は鵞鳥(がちょう)のように肥(ふと)るのである。
[やぶちゃん注:コブハクチョウと見てよいようにおもわれるので、Cygnus olor。疑義があれば、Cygnus sp.。]
*
LE CYGNE
Il glisse sur le bassin, comme un traîneau blanc, de nuage en nuage. Car il n'a faim que des nuages floconneux qu'il voit naître, bouger, et se perdre dans l'eau.
C'est l'un d'eux qu'il désire. Il le vise du bec, et il plonge tout à coup son col vêtu de neige.
Puis, tel un bras de femme sort d'une manche, il retire.
Il n'a rien.
Il regarde : les nuages effarouchés ont disparu.
Il ne reste qu'un instant désabusé, car les nuages tardent peu à revenir, et, là-bas, où meurent les ondulations de l'eau, en voici un qui se reforme.
Doucement, sur son léger coussin de plumes, le cygne rame et s'approche...
Il s'épuise à pêcher de vains reflets, et peut-être qu'il mourra, victime de cette illusion, avant d'attraper un seul morceau de nuage.
Mais qu'est-ce que je dis ?
Chaque fois qu'il plonge, il fouille du bec la vase nourrissante et ramène un ver.
Il engraisse comme une oie.
猫 Le Chat
私のは鼠(ねずみ)を食わない。そんなことをするのがいやなのだ。つかまえても、それを玩具(おもちゃ)にするだけである。
遊び飽きると、命だけは助けてやる。それからどこかへ行って、尻尾(しっぽ)で輪を作ってその中に坐(すわ)り、拳固(げんこ)のように格好よく引き締まった頭で、余念なく夢想に耽(ふけ)る。
しかし、爪傷(つめきず)がもとで、鼠は死んでしまう。
[やぶちゃん注:ネコFelis silvestris catus と、ネズミ Rattus norvegicus 、または、Rattus sp.。]
*
LE CHAT
Le mien ne mange pas les souris ; il n'aime pas ça.
Il n'en attrape que pour jouer avec. Quand il a bien joué, il lui fait grâce de la vie, et il va rêver ailleurs, l'innocent, assis dans la boucle de sa queue, la tête bien fermée comme un poing.
Mais à cause des griffes, la souris est morte.
犬 La Chien
ポアンチュウも、こんな季節になると外へ出しておくわけにはいかない。おまけに、扉(ドア)の下から鋭い唸(うな)り声を立てて風が吹きつけるので、彼は靴拭(ぬぐ)いのところにさえいられなくなる。で、もっといい場所を捜しながら、私たちの椅子(いす)の間に、そのごつい頭をもぐり込ませて来る。しかし、私たちは、肘(ひじ)と肘をすれすれに、ぴったりからだをくっつけ合って、じっと火の上にかがみ込んでいる。で、私はポアンチュウを一つひっぱたく。父は足で押しのける。おふくろは叱りとばす。姉は空(から)のコップを彼の鼻先へ突きつける。
ポアンチュウは嚏(くしゃみ)をして、それでも念のために、誰もいない台所を覗(のぞ)きに行く。
やがてまた戻って来ると、膝(ひざ)で絞め殺されそうなのもものともせず、無理やり私たちの囲みを押し破って、とうとう暖炉(だんろ)の一角に辿(たど)り着く。
そこでしばらくぐずついた末に、とうとう薪台(まきだい)のそばへ坐(すわ)り込むと、もうそれっきり動かない。彼は主人たちの顔をじっと見つめ、その眼つきがいかにも優しいので、こっちもつい叱れなくなってしまう。ただ、その代り、ほとんど真っ赤になっている薪台と、掻(か)き寄せた灰が、彼の尻(しり)を焦(こ)がす。
それでもそのままじっとしている。
みんなはまた彼に道をあけてやる――
「さあ、あっちへ行って! 馬鹿(ばか)だね、お前は!」
しかし、彼は頑張っている。で、野良犬(のらいぬ)どもの歯が寒さにがたがた震えている時刻に、ポアンチュウはぬくぬくと暖まり、毛を焦がし、尻を焼きながら、唸りたいのを我慢して、じっと泣き笑いをしている――眼にいっぱい涙を溜(た)めたまま……。
[やぶちゃん注:イヌCanis lupus familiaris。]
*
LE CHIEN
On ne peut mettre Pointu dehors, par ce temps, et l'aigre sifflet du vent sous la porte l'oblige même à quitter le paillasson. Il cherche mieux et glisse sa bonne tête entre nos sièges. Mais nous nous penchons, serrés, coude à coude, sur le feu, et je donne une claque à Pointu. Mon père le repousse du pied. Maman lui dit des injures. Ma soeur lui offre un verre vide.
Pointu éternue et va voir à la cuisine si nous y sommes.
Puis il revient, force notre cercle, au risque d'être étranglé par les genoux, et le voilà dans un coin de la cheminée.
Après avoir longtemps tourné sur place, il s'assied près du chenet et ne bouge plus. Il regarde ses maîtres d'un oeil si doux qu'on le tolère. Seulement le chenet presque rouge et les cendres écartées lui brûlent le derrière.
Il reste tout dé même.
On lui rouvre un passage.
- Allons, file ! es-tu bête !
Mais il s'obstine. A l'heure où les dents des chiens perdus crissent de froid, Pointu, au chaud, poil roussi, fesses cuites, se retient de hurler et rit jaune, avec des ]armes plein les yeux.
[やぶちゃんの原文への注:最終行の“]armes”は“larmes”(涙)の誤植と思われる。校合する能力はないが、これぐらいは指摘しても、気高きフランス人と雖も憤慨はするまい。]
牝牛(めうし) La Vache
これがいい、あれがいいと、とうとう捜しあぐんで、彼女には名前をつけないでしまった。で、彼女のことはただ「牝牛」という。そして、この名前が彼女には一番よく似合う。
それに、そんなことはどうでもいいのだ、食うものさえ食えれば!
ところが、青草でござれ、干草でござれ、野菜でござれ、穀物でござれ、パンや塩に至るまで、なんでも食いほうだいである。おまけに、彼女は何に限らず、いつでも二度ずつ食う。というのが、つまり反芻(はんすう)するのである。
私の姿を見ると、彼女は軽い小刻みな足どりで、割れた木靴を引っかけ、脚の皮膚を白靴下のようにきゅっと穿(は)いて、早速駆け寄って来るのである。で、その度ごとに、私は彼女の姿に見とれながら、こう言うよりほかには言うべき言葉を知らない――「さあ、お上がり!」
しかし、彼女が腹に詰め込むのは、脂肪にはならないで、みんな乳になる。一定の時刻に、彼女の乳房はいっぱいになり、真四角になる。彼女はちっとも乳を出し惜しみしない――牛によっては出し惜しみをするやつがある――ゴムのような四つの乳首から、ちょっと押さえただけで、気前よくありったけの乳を出してしまう。足も動かさなければ、尻尾(しっぽ)も振らない。その代り、その大きな柔らかな舌で、楽しそうに雇い女の背中を舐(な)めている。
独り暮しであるにも拘(かかわ)らず、盛んな食欲のお蔭(かげ)で、退屈するどころではない。最近に産み落した犢(こうし)のことをぼんやり想(おも)い出して、わが子恋しさに啼(な)くというようなことさえ稀(まれ)である。ただ、彼女は人の訪問を喜ぶ。額の上ににゅっと角を持ち上げ、脣(くちびる)には一筋の涎(よだれ)と一本の草を垂らして舌なめずりをしながら、愛想よく迎えるのである。
男たちは、怖いものなしだから、そのはち切れそうな腹を撫(な)でる。女どもは、こんな大きな獣があんまりおとなしいので驚きながら、もう用心するのも、じゃれつかないように用心するだけで、思い思いに幸福の夢を描くのである。
彼女は、私に角の間を掻(か)いてもらうのが好きである。私は少し後すさりをする。彼女が嬉(うれ)しそうに寄って来るからである。大きな図体(ずうたい)で、おとなしく、いつまでも黙ってそうさせているので、とうとう私は彼女の糞(ふん)を踏んづけてしまう。
[やぶちゃん注:ウシ Bos taurus ♀。]
*
LA VACHE
Las de chercher, on a fini par ne pas lui donner de nom. Elle s'appelle simplement “ la vache ” et c'est le nom qui lui va le mieux.
D'ailleurs, qu'importe, pourvu qu'elle mange !
Or, l'herbe fraîche, le foin sec, les légumes, le grain et même le pain et le sel, elle a tout à discrétion, et elle mange de tout, tout le temps, deux fois, puisqu'elle rumine.
Dès qu'elle m'a vu, elle accourt d'un petit pas léger, en sabots fendus, la peau bien tirée sur ses pattes comme un bas blanc, elle arrive certaine que j'apporte quelque chose qui se mange. Et l'admirant chaque fois, je ne peux que lui dire : “ Tiens, mange ! ” Mais de ce qu'elle absorbe elle fait du lait et non de la graisse. A heure fixe, elle offre son pis plein et carré.
Elle ne retient pas le lait, - il y a des vaches qui le retiennent, - généreusement, par ses quatre trayons élastiques, à peine pressés, elle vide sa fontaine. Elle ne remue ni le pied, ni la queue, mais de sa langue énorme et souple, elle s'amuse à lécher le dos de la servante.
Quoiqu'elle vive seule, l'appétit l'empêche de s'ennuyer. Il est rare qu'elle beugle de regret au souvenir vague de son dernier veau. Mais elle aime les visites, accueillante avec ses cornes relevées sur le front, et ses lèvres affriandées d'où pendent un fil d'eau et un brin d'herbe.
Les hommes, qui ne craignent rien, flattent son ventre débordant ; les femmes, étonnées qu'une si grosse bête soit si douce, ne se défient plus que de ses caresses et font des rêves de bonheur.
Elle aime que je la gratte entre les
cornes. Je recule un peu, parce qu'elle s'approche de plaisir, et la bonne
grosse bête se laisse faire, jusqu'à ce que j'aie mis le pied dans sa bouse.
ブリュネットの死 La Mort de
Brrunette
フィリップは私を起しに来て、夜なかに起きてじっと耳を澄ましてみたが、彼女は静かな息づかいをしていたと言う。
しかし、今朝からまた、その様子が心配になって来た。
よく乾いた干草をやってみたが、見向きもしない。
そこで今度は取りたての青草を少しやってみると、ブリュネットはふだんはとても好物なくせに、ほとんどそれに口をつけない。彼女はもう犢(こうし)の面倒もみない。そして、犢が乳を飲もうとして、ぎこちない脚で起(た)ち上がると、その鼻面(はなづら)で押され、そのたんびにひょろひょろする。
フィリップは二匹を別々にして、犢を母親から遠いところに繋(つな)ぐ。ブリュネットはそれにも気づかない風だ。
フィリップの心配そうな様子は、私たちみんなに乗り移る。子供たちまで起き出そうとする。
獣医がやって来て、ブリュネットを診察し、牛小屋から出してみる。彼女は壁に突き当り、出口の敷居に躓(つまづ)く。今にも倒れそうだ。そこで、また小屋へ入れておくことにする。
「だいぶ悪いようですな」と、獣医は言う。
私たちは、なんの病気か訊(き)いてみる勇気もない。
獣医はどうも産褥熱(さんじょくねつ)らしいと言う。よく命にかかわることもある病気で、それも特にいい乳牛に多い。で、もう駄目だと思われていた牝牛を自分が助けてやった思い出話を一つ一つ話して聞かせながら、彼は壜(びん)のなかの液体をブリュネットの腰あたりに筆で一面に塗りつける。
「こいつはちょっと発泡膏(はっぽうこう)みたいな働きをするんです」と彼は言う。「正確な調合は知りません。パリから来るもんです。これで脳の方さえやられなければ、もうひとりでに癒(なお)りますよ。万一、駄目なようでしたら、ひとつ冷水療法をやってみましょう。そんなことをすると、なんにも知らない百姓はびっくりしますがね。つまり、あなただから申し上げるわけです」
「やってみて下さい」
ブリュネットは、じっと藁(わら)の上に寝たまま、それでもまだ頭の重みだけは支えている。もう口は動かさなくなった。じっと息をこらして、自分のからだの奥で何かが起こっている様子に聴き入っているように見える。
「いよいよ耳が垂れちまうまでは、まだ望みがあるから」とフィリップは言う。
二度まで、彼女は起ち上がりかけたが、駄目だった。息遣いが荒くなり、それもだんだん間遠になって来る。
そのうちに、とうとう左の脇腹(わきばら)へがっくりと首を落してしまう。
毛布でからだを包んでやる。角と耳がだんだん冷えて来るからである。
「まずいことになって来た」とフィリップは言って、しゃがみ込んだまま、そっとひとりごとのように優しく話しかける。
首はもう一度あがりかけて、またぐったり秣桶(まぐさおけ)の縁に倒れかかる。それがあんまりがっくりと行ったので、そのぶっつかった鈍い音に、私たちは思わず「あ!」と声を立てる。
私たちは、ブリュネットがぺしゃっとなってしまわないように、そのまわりに藁を積み上げる。
彼女は頸(くび)と脚を伸ばし、ちょうど牧場で暴風雨(あらし)の日にやるように、長々と寝そべっている。
獣医はとうとう血を取ることに決める。彼はあんまりそばへは寄らない。腕の方はもう一人の医者と変りはないが、しかしちっと思い切りが悪いという噂(うわさ)だ。
最初、木槌(きづち)で叩(たた)くと、刃針(ランセット)が血管の上を滑ってしまう。そこでもう一度もっとしっかり手元を決めて叩くと、錫(すず)の手桶のなかにどくどくと血が流れ出す。その桶には、ふだんなら乳がいっぱいなみなみと溜(たま)るのである。
血を止めるために、獣医は血管のなかへ鋼鉄の針を通す。
それから、だいぶ楽になったらしいブリュネットのからだに、額からずっと尻尾(しっぽ)の先まで、井戸水でしめした湿布を当て、それをしょっちゅう取換えてやってやる。すぐ暖まってしまうからである。彼女は震えもしない。フィリップはしっかり角をつかまえて、頭が左の脇腹にぶっつからないようにしている。
ブリュネットは、すっかり任せきったように、もう身動きもしない。気分がよくなったのか、それともますます容態が悪くなったのか、一向わからない。
私たちは悲しい気分になっている。しかし、フィリップの悲しみは、仲間の一匹の苦しむ様子をそばで見ている動物のそれのように沈鬱(ちんうつ)である。
彼の女房が朝のスープを持って来る。彼は腰掛に腰を下ろしたまま、まずそうにそれを食い、おまけにすっかりは食わない。
「いよいよ、おしまいだ」と彼は言う。「からだが膨れて来たよ!」
私たちは、初め、半信半疑である。しかし、フィリップの言ったのは本当だった。彼女のからだは眼に見えて膨れて来、それがちっとも元へ戻らない。なかへはいった空気がそのまま抜けなくなってしまったようだ。
フィリップの女房は訊く――
「死んだの?」
「見ないでいい、お前なんか!」と、フィリップは邪慳(じゃけん)な調子で言う。
フィリップのお内儀(かみ)さんは庭へ出て行く。
「そうすぐにゃ捜しに行けないぜ、代りのやつは」と、フィリップは言う。
「何の代りだ?」
「ブリュネットの代りでさ」
「行く時には俺がそう言う」と、私は自分でもびっくりするほど主人声で言う。
私たちは、この出来事が悲しいというよりも、むしろ腹立たしいのだという風に思おうと努める。そして既に、ブリュネットは死んだと口に出して言っている。
しかし、夕方、私は教会の鐘撞(かねつ)き男に道で会ったが、彼にこう言いかけて、どういうわけで思いとどまったのかわからない――
「さあ、百スーやるぜ。ひとつ弔いの鐘を撞いてくれ。俺のうちで死んだものがあるんだから」
[やぶちゃん注:ウシ Bos taurus ♀。]
*
LA MORT DE BRUNETTE
Philippe, qui me réveille, me dit qu'il s'est levé la nuit pour l'écouter et qu'elle avait le souffle calme.
Mais, depuis ce matin, elle l'inquiète.
Il lui donne du foin sec et elle le laisse.
Il offre un peu d'herbe fraîche, et Brunette, d'ordinaire si friande, y touche à peine. Elle ne regarde plus son veau et supporte mal ses coups de nez quand il se dresse sur ses pattes rigides, pour téter.
Philippe les sépare et attache le veau loin de la mère.
Brunette n'a pas l'air de s'en apercevoir.
L'inquiétude de Philippe nous gagne tous. Les enfants même veulent se lever.
Le vétérinaire arrive, examine Brunette et la fait sortir de l'écurie. Elle se cogne au mur et elle bute contre le pas de la porte. Elle tomberait ; il faut la rentrer.
- Elle est bien malade, dit le vétérinaire.
Nous n'osons pas lui demander ce qu'elle a.
Il craint une fièvre de lait, souvent fatale, surtout aux bonnes laitières, et se rappelant une à une celles qu'on croyait perdues et qu'il a sauvées, il écarte avec un pinceau, sur les reins de Brunette, le liquide d'une fiole.
- Il agira comme un vésicatoire, dit-il. J'en ignore la composition exacte. Ça vient de Paris. Si le mal ne gagne pas le cerveau, elle s'en tirera toute seule, sinon, j'emploierai la méthode de l'eau glacée. Elle étonne les paysans simples, mais je sais à qui je parle.
- Faites, monsieur.
Brunette, couchée sur la paille, peut encore supporter le poids de sa tête. Elle cesse de ruminer.
Elle semble retenir sa respiration pour mieux entendre ce qui se passe au fond d'elle.
On l'enveloppe d'une couverture de laine, parce que les cornes et les oreilles se refroidissent.
- Jusqu'à ce que les oreilles tombent, dit Philippe, il y a de l'espoir.
Deux fois elle essaie en vain de se mettre sur ses jambes. Elle souffle fort, par intervalles de plus en plus espacés.
Et voilà qu'elle laisse tomber sa tête sur son flanc gauche.
- Ça se gâte, dit Philippe accroupi et murmurant des douceurs.
La tête se relève et se rabat sur le bord de la mangeoire, si pesamment que le choc sourd nous fait faire : “ oh ! ” Nous bordons Brunette de tas de paille pour qu'elle ne s'assomme pas.
Elle tend le cou et les pattes, elle s'allonge de toute sa longueur, comme au pré, par les temps orageux.
Le vétérinaire se décide à la saigner. Il ne s'approche pas trop. Il est aussi savant qu'un autre, mais il passe pour moins hardi.
Aux premiers coups du marteau de bois, la lancette glisse sur la veine. Après un coup mieux assuré, le sang jaillit dans le seau d'étain, que d'habitude le lait emplit jusqu'au bord.
Pour arrêter le jet, le vétérinaire passe dans la veine une épingle d'acier.
Puis, du front à la queue de Brunette soulagée, nous appliquons un drap mouillé d'eau de puits et qu'on renouvelle fréquemment parce qu'il s'échauffe vite. Elle ne frissonne même pas.
Philippe la tient ferme par les cornes et empêche la tête d'aller battre le flanc gauche.
Brunette, comme domptée, ne bouge plus. On ne sait pas si elle va mieux ou si son état s'aggrave.
Nous sommes tristes, mais la tristesse de Philippe est morne comme celle d'un animal qui en verrait souffrir un autre.
Sa femme lui apporte sa soupe du matin qu'il mange sans appétit, sur un escabeau, et qu'il n'achève pas.
- C'est la fin, dit-il, Brunette enfle !
Nous doutons d'abord, mais Philippe a dit vrai. Elle gonfle à vue d'oeil, et ne se dégonfle pas, comme si l'air entré ne pouvait ressortir.
La femme de Philippe demande :
- Elle est morte ?
- Tu ne le vois pas ! dit Philippe durement.
Mme Philippe sort dans la cour.
- Ce n'est pas près que j'aille en chercher une autre, dit Philippe.
- Une quoi ?
- Une autre Brunette.
- Vous irez quand je voudrai, dis-je d'une voix de maître qui m'étonne. Nous tâchons de nous faire croire que l'accident nous irrite plus qu'il ne nous peine, et déjà nous disons que Brunette est crevée.
Mais le soir, j'ai rencontré le sonneur de l'église, et je ne sais pas
ce qui m'a retenu de lui dire : -Tiens, voilà cent sous, va sonner le glas
de quelqu'un qui est mort dans ma maison.
牛 Le Bœuf
今朝もいつものように戸があくと、カストオルは別に躓(つまず)くようなこともなく、牛小屋を出て行く。まず、水槽の底に溜(たま)った水を、ごくごくとゆっくり自分のぶんだけ飲み、あとから来るポリュックスのぶんは残しておく。それから、夕立のあとの樹(き)のように鼻の先から雫(しずく)を垂らしながら、ちゃんとそのつもりで、おとなしくのそのそと、いつもの場所へやって行って[やぶちゃん注:ママ。]、車の軛(くびき)の下へからだを突っ込む。
角を繋(つな)がれたまま、頭はじっと動かさずに、彼は腹に皺(しわ)を寄せ、尻尾(しっぽ)でもの憂(う)げに黒蠅(くろばえ)を追いながら、女中が箒(ほうき)を手に持ったまま居眠りをしているように、ポリュックスが来るまで一人でもぐもぐ口を動かしている。
ところが、庭の方では、下男たちがあわただしく怒鳴ったり、喚(わめ)いたり、罵(ののし)ったり、犬は犬で、見慣れない人間でも来たように、盛んに吠(ほ)えたてている。
今日は初めて刺針(さしばり)のいうことを聴かず、左右に逃げ回り、カストオルの脇腹(わきばら)にぶっつかり、腹を立て、そして車に繋がれてからも、まだ一生懸命自分の共同の軛を揺すぶろうとしている。これがあのおとなしいポリュックスなのだろうか?
違う。確かに別ものだ。
カストオルは、いつもの相棒と勝手が違うので、顎(あご)を動かすのをやめる。するとその時、自分の眼のそばに、まるで見覚えのない牛の濁った眼が見える。
夕日を浴びて、牛の群れは、牧場のなかをのろのろと、彼らの影の軽い耘鍬(すきくわ)を牽(ひ)いて行く。
[やぶちゃん注:ウシ Bos taurus と イヌ Canis lupus familiaris 。]
*
LE BOEUF
La porte s'ouvre ce matin, comme d'habitude, et Castor quitte, sans buter, l'écurie. Il boit à lentes gorgées sa part au fond de l'auge et laisse la part de Pollux attardé. Puis, le mufle s'égouttant ainsi que l'arbre après l'averse, il va de bonne volonté, avec ordre et pesanteur, se ranger à sa place ordinaire, sous le joug du chariot.
Les cornes liées, la tête immobile, il fronce le ventre, chasse mollement de sa queue les mouches noires et, telle une servante sommeille, le balai à la main, il rumine en attendant Pollux.
Mais, par la cour, les domestiques affairés crient et jurent et le chien jappe comme à l'approche d'un étranger.
Est-ce le sage Pollux qui, pour la première fois, résiste à l'aiguillon, tournaille, heurte le flanc de Castor, fume, et, quoique attelé, tâche encore de secouer le joug commun ?
Non, c'est un autre.
Castor, dépareillé, arrête ses mâchoires, quand il voit, près du sien, cet oeil trouble de boeuf qu'il ne reconnaît pas.
Au soleil qui se couche, les boeufs traînent par le pré, à pas lents, la herse légère de leur ombre.
水の虻(あぶ) Les Mouches
d'eau
牧場の真ん中にはたった一本の槲(かしわ)の樹(き)があるきりだ。で、牛どもはその葉蔭(はかげ)をすっかり占領している。
じっと首をたれ、彼らは太陽の方に角を突き出す。
これで、虻さえいなければ、いい気持だ。
ところが、今日は実際のところ、虻が食うこと、食うこと。貪婪(どんらん)に、無数に群がりながら、黒いやつは煤(すす)の板のように塊(かたま)って、眼や鼻の孔(あな)や脣(くちびる)のまわりにへばりつき、青いやつは、特に好んで新しい擦り傷のあるところへ吸いつく。
一匹の牛が前掛を振うか、あるいは乾いた地面を蹄(ひづめ)で蹴(け)るかすると、虻の雲が唸(うな)り声を立てて移動する。ひとりでに湧(わ)いて出るようだ。
おそろしく蒸し暑い。で、婆(ばあ)さん連中は、戸口の所で、暴風雨(あらし)の気配を嗅(か)ぎ、こわごわ冗談を言う。――
「そら、ゴロゴロさんに気を付けな」と、彼女らは言う。
向うの方で、光の槍(やり)の最初の一閃(せん)が、音もなく空を劈(つんざ)く。雨が一滴落ちる。
牛もそれに気がつき、頭を持ち上げる。槲の木のはづれまでからだを運び、辛抱強く息をはいている。
彼らはちゃんと知っている。いよいよ、善い虻がやって来て、悪い虻を追い払ってくれるのだ。
最初は間をおいて、一つ一つ、やがて隙間(すきま)なく、全部ひと塊りになって、ちきれちぎれの空から、一方が雪崩(なだ)れ落ちると、敵は次第にたじろぎ、まばらになり、散り散りに消え失(う)せる。
やがて、そのあぐら鼻の先から、一生摺(す)り切れない尻尾(しっぽ)の先に至るまで、牛どもは勝ち誇った水の虻の軍勢の下で、全身滝となって、心地よげにからだをくねらせ始めるのである。
[やぶちゃん注:ウシ Bos taurus と、カシワ Quercus dentata と、ウシアブ Tabanus trigonus または Tabanus sp.。]
*
LES MOUCHES D'EAU
Il n'y a qu'un chêne au milieu du pré, et les boeufs occupent toute l'ombre de ses feuilles.
La tête basse, ils font les cornes au soleil.
Ils seraient bien, sans les mouches.
Mais aujourd'hui, vraiment, elles dévorent. ocres et nombreuses, les noires se collent par plaques de suie aux yeux, aux narines, aux coins des lèvres même, et les vertes sucent de préférence la dernière écorchure.
Quand un boeuf remue son tablier de cuir, ou frappe du sabot la terre sèche, le nuage de mouches se déplace avec murmure. On dirait qu'elles fermentent.
Il fait si chaud que les vieilles femmes, sur leur porte, flairent l'orage, et déjà elles plaisantent un peu :
- Gare au bourdoudou ! disent-elles.
Là-bas, un premier coup de lance lumineux perce le ciel, sans bruit. Une goutte de pluie tombe.
Les boeufs, avertis, relèvent la tête, se meuvent jusqu'au bord du chêne et soufflent patiemment.
Ils le savent : voici que les bonnes mouches viennent chasser les mauvaises.
D'abord rares, une par une, puis serrées, toutes ensemble, elles fondent, du ciel déchiqueté, sur l'ennemi qui cède peu à peu, s'éclaircit, se disperse.
Bientôt, du nez camus à la queue inusable, les boeufs ruisselants ondulent d'aise sous l'essaim victorieux des mouches d'eau.
牡牛(おうし) Le Taureau
釣師は足どりも軽く、イヨンヌ河の岸を歩きながら、糸の先に銀蠅(ぎんばえ)を水面にぴょいぴょい躍らせている。
その銀蠅は、ポプラの並木の幹に止ってるやつをつかまえる。ポプラの幹は、しょっちゅう家畜どもにからだをこすりつけられて、てらてら光っている。
彼は素っ気なく釣糸を投げこみ、それをまた悠々と引き上げる。
新しく場所を変えるたびに、そこが一番いい場所のような気がする。が、しばらくすると、またそこを離れて、生垣に渡してある梯子(はしご)を跨(また)ぎ、牧場から牧場へ移って行く。
突然、ちょうど太陽がじりじり照りつけている大きな牧場を横切って行く途中で、彼は立ち止る。
向うの方で、牝牛(めうし)どもがのんびりと寝そべっているなかから、牡牛がのっそり起(た)ち上がったのである。
こいつは有名な牡牛で、その堂々たる体格には道を通る人々が眼を見張るくらいだ。人々は遠くからそっと感心して眺め入る。そして、これまでのところはまだそんなことはなかったにしても、彼がその気になれば、牛飼いなどは角の弓にかけて、矢でも飛ばすように空中に抛(ほう)り上げるかも知れない。なんでもない時は、それこそ仔羊(こひつじ)よりもおとなしいが、何かのはずみで、いきなり猛烈に暴れ出す。で、そばにいると、いつどんな目に会うかもわからない。
釣師は、横眼で彼の様子を観察する。
「逃げ出してみたところで、牧場の外へ出ないうちに、きっとあの牡牛のやつに追いつかれちまうだろう」と、彼は考える。「そうかと言って、泳ぎも知らないで川へ飛び込めば、溺(おぼ)れるに決まってる。地べたに転がって死んだ真似(まね)をしていると、牡牛はこっちのからだを嗅(か)ぎ回すだけで、なんにもしないという話だ。ほんとにそうだろうか? 万一やつがいつまでたってもそばを離れなかったら、それこそ気が気じゃあるまい。それよりは、そっと知らん顔してやり過した方がいい」
そこで、釣師は、相変らず釣を続けながら、牡牛などどこにいるかというような様子をしている。そうやって、うまく相手の眼をくらますつもりである。
襟首は麦藁帽(むぎわらぼう)の蔭(かげ)で、じりじり灼(や)けつくようだ。
彼は、駆け出したくてうずうずしている足を無理に引き止めて、わざとゆっくり草を踏みつけて行く。彼は英雄気どりで、糸の先の銀蠅(ぎんばえ)を水のなかに浸す。隠れるにしても、ほんの時々ポプラの蔭に隠れるだけだ。彼は重々しく生垣に渡してある梯子の所へ辿(たど)りつく。ここまで来れば、くたくたになった手足に最後の努力をこめて、無事に牧場の外へ飛び降りられるわけだ。
それに、何も慌(あわ)てることはない。
牡牛はこんな男に用はない。ちゃんと牝牛たちのそばにいるのである。
彼が起ち上がったのは、気(け)だるさのあまり動いてみたまでで、言わば我々が伸びをするようなものである。
彼はその縮れ毛の頭を夕風に振向ける。
眼を半分つぶったまま、時々思い出したように啼(な)く。
一声もの憂(う)げに吼(ほ)えては、その声にじっと耳を澄ます。
女どもは、彼の額にある捲毛(まきげ)で、それが牡牛だということを見分ける。
[やぶちゃん注:ウシBos taurus ♂♀。]
*
LE TAUREAU
Ⅰ
Le pêcheur à la ligne volante marche d'un pas léger au bord de l'Yonne et fait sautiller sur l'eau sa mouche verte.
Les mouches vertes, il les attrape aux troncs des peupliers polis par le frottement du bétail.
Il jette sa ligne d'un coup sec et tire d'autorité.
Il s'imagine que chaque place nouvelle est la meilleure, et bientôt il la quitte, enjambe un échalier et de ce pré passe dans l'autre.
Soudain, comme il traverse un grand pré que grille le soleil, il s'arrête.
Là-bas, du milieu des vaches paisibles et couchées, le taureau vient de se lever pesamment.
C'est un taureau fameux et sa taille étonne les passants sur la route. On l'admire à distance et, s'il ne l'a fait déjà, il pourrait lancer son homme au ciel, ainsi qu'une flèche, avec l'arc de ses cornes. Plus doux qu'un agneau tant qu'il veut, il se met tout à coup en fureur, quand ça le prend, et près de lui, on ne sait jamais ce qui arrivera.
Le pêcheur l'observe obliquement.
- Si je fuis, pense-t-il, le taureau sera sur moi avant que je ne sorte du pré. Si, sans savoir nager, je plonge dans la rivière, je me noie. Si je fais le mort par terre, le taureau, dit-on, me flairera et ne me touchera pas.
Est-ce bien sûr ? Et, s'il ne s'en va plus, quelle angoisse !
Mieux vaut feindre une indifférence trompeuse.
Et le pêcheur à la ligne volante continue de pêcher, comme si le taureau était absent. Il espère ainsi lui donner le change.
Sa nuque cuit sous son chapeau de paille.
Il retient ses pieds qui brûlent de courir et les oblige à fouler l'herbe. Il a l'héroïsme de tremper dans l'eau sa mouche verte.
D'ailleurs, qui le presse ?
Le taureau ne s'occupe pas de lui et reste avec les vaches.
Il ne s'est mis debout que pour remuer, par lassitude, comme on s'étire.
Il tourne au vent du soir sa tête crépue.
Il beugle par intervalles, l'oeil à demi fermé.
Il mugit de langueur et s'écoute mugir.
II
Les femmes le reconnaissent aux poils frisés qu'il a sur le front.
決して立派ではない、私の馬は、むやみに節くれ立って、眼の上がいやに落ち窪(くぼ)み、胸は平べったく、鼠(ねずみ)みたいな尻尾(しっぽ)とイギリス女のような糸切歯を持っている。しかし、こいつは、私をしんみりさせる。いつまでも私の用を勤めながら、一向逆らいもせず、黙って勝手に引回されているということが、考えれば考えるほど不思議でしようがないのである。
彼を車につける度ごとに、私は、彼が今にも唐突な身振りで「いやだ」と言って、車を外してしまいはせぬかと思う。
どうして、どうして。彼は矯正帽でもかぶるように、その大きな頭を上げ下げして、素直にあとすさりをしながら、轅(ながえ)の間にはいる。
だから、私も彼には燕麦(えんばく)でも玉蜀黍(とうもろこし)でもちっとも惜しまず、たらふく食わせてやる。からだにはうんとブラシをかけ、毛の色の桜んぼのような光沢(つや)が出るくらいにしてやる。鬣(たてがみ)も梳(す)くし、細い尻尾も編む。手で、また声で、機嫌をとる。眼を海綿で洗い、蹄(ひづめ)に蠟(ろう)を引く。
いったい、こんなことが彼には嬉(うれ)しいだろうか。
わからない。
彼は屁(へ)をひる。
特に、彼が私を車に載せて引いて行ってくれる時に、私はつくづく彼に感心する。私が鞭(むち)で殴りつけると、彼は足を早める。私が止れと言うと、ちゃんと私の車を止めてくれる。私が手綱を左に引くと、おとなしく左へ曲る。わざと右へ曲るようなこともせず、私をどこか蹴とばして溝へ叩(たた)き込むようなこともしない。
彼を見ていると、私は心配になり、恥ずかしくなり、そして可哀(かわい)そうになる。
彼はやがてその半睡状態から覚めるのではあるまいか? そして、容赦なく私の地位を奪い取り、私を彼の地位に追い落すのではあるまいか?
彼は何を考えているのだろう。
彼は屁をひる。続けざまに屁をひる。
[やぶちゃん注:ウマ Equus caballus 。]
*
LE CHEVAL
Il n'est pas beau, mon cheval. Il a trop de noeuds et de salières, les côtes plates, une queue de rat et des incisives d'Anglaise. Mais il m'attendrit. Je n'en reviens pas qu'il reste à mon service et se laisse, sans révolte, tourner et retourner.
Chaque fois que je l'attelle, je m'attends qu'il me dise :
“ non ”, d'un signe brusque, et détale.
Point. Il baisse et lève sa grosse tête comme pour remettre un chapeau d'aplomb, recule avec docilité entre les brancards.
Aussi je ne lui ménage ni l'avoine ni le maïs. Je le brosse jusqu'à ce que le poil brille comme une cerise.
Je peigne sa crinière, je tresse sa queue maigre. Je le flatte de la main et de la voix. J'éponge ses yeux, je cire ses pieds.
Est-ce que ça le touche ?
On ne sait pas.
Il pète.
C'est surtout quand il me promène en voiture que je l'admire. Je le fouette et il accélère son allure. Je l'arrête et il m'arrête. Je tire la guide à gauche et il oblique à gauche, au lieu d'aller à droite et de me jeter dans le fossé avec des coups de sabots quelque part.
Il me fait peur, il me fait honte et il me fait pitié.
Est-ce qu'il ne va pas bientôt se réveiller de son demi sommeil, et, prenant d'autorité ma place, me réduire à la sienne ?
A quoi pense-t-il ?
Il pète, pète, pète.
驢馬(ろば) L'Âne
何があろうと、彼は平気だ。毎朝、彼は小役人のようにせかせかせした、ごつい、小刻みな足どりで、配達夫のジャッコを車に載せて行き、ジャッコは、町で頼まれて来たことづけや、香料とか、パンとか、肉屋の肉とか、二、三の新聞、一通の手紙などを村々の家へ届けて回る。
この巡回が終ると、ジャッコと驢馬は今度は自分たちのために働く。馬車が荷車の代りになる。彼らは一緒に葡萄(ぶどう)畑、林や、馬鈴薯(ばれいしょ)畑に出掛けて行く。そしてある時は野菜を、ある時はまだ緑(あお)[やぶちゃん注:ママ。]い箒草(ほうきぐさ)をという風に、あれや、これや、日によっていろんなものを積んで帰る。
ジャッコはひっきりなしに、なんの意味もなく、まるで鼾(いびき)でもかくように、「ほい! ほい!」と言っている。時々、驢馬はふっと薊(あざみ)の葉を嗅(か)いでみたり、急に何か気紛れを起したりすると、もう歩かなくなる。するとジャッコは彼の頸(くび)を抱きながら、前へ押し出そうとする。それでも驢馬がいうことをきかないと、ジャッコは彼の耳に嚙(か)みつく。
彼らは堀のなかで食事をする。主人は食い残しのパンと玉葱(たまねぎ)を食い、驢馬は勝手に好きなものを食う。
彼らが帰る時は、もう夜になっている。彼らの影が、樹(き)から樹へ、のろのろと通り過ぎて行く。
突然、ものみながその底に沈み、そして既に眠っていたあたりの静寂の湖が、けたたましく崩れ落ちる。
いったいどこの女房が、こんな時間に、錆(さ)びついた井戸車を軋(きし)ませながら一生懸命井戸の水を汲(く)み上げているのだろう?
それは、驢馬が帰って来ながら、ありったけの声を振絞って、なに平気だ、なに平気だと、声が嗄(か)れるほど啼き続けているのである。
驢 馬
[やぶちゃん注:底本ではこの題名のみゴシック体で太字でポイント落ち。。]
大人(おとな)になった兎(うさぎ)。
[やぶちゃん注:ロバ Equus asinus 。]
*
L'ANE
I
Tout lui est égal. Chaque matin, il
voiture, d'un petit pas sec et dru de fonctionnaire, le facteur Jacquot qui
distribue aux villages les commissions faites en ville, les épices, le pain, la
viande de boucherie, quelques journaux, une lettre.
Cette tournée finie, Jacquot et l'âne travaillent pour leur compte. La voiture sert de charrette. Ils vont ensemble à la vigne, au bois, aux pommes de terre. Ils ramènent tantôt des légumes, tantôt des balais verts, ça ou autre chose, selon le jour.
Jacquot ne cesse de dire : “ Hue ! hue ! ” sans motif, comme il ronflerait. Parfois l'âne, à cause d'un chardon qu'il flaire, ou d'une idée qui le prend, ne marche plus.
Jacquot lui met un bras autour du cou et pousse. Si l'âne résiste, Jacquot lui mord l'oreille.
Ils mangent dans les fossés, le maître une croûte et des oignons, la bête ce qu'elle veut.
Ils ne rentrent qu'à la nuit. Leurs ombres passent avec lenteur d'un arbre à l'autre.
Subitement, le lac de silence où les choses baignent et dorment déjà, se rompt, bouleversé.
Quelle ménagère tire, à cette heure, par un treuil rouillé et criard, des pleins seaux d'eau de son puits ?
C'est l'âne qui remonte et jette toute sa voix dehors et brait, jusqu'à extinction, qu'il s'en fiche, qu'il s'en fiche.
II
Le lapin devenu grand.
ぶうぶう言いながら、しかも、我々みんなでお前の世話をしたかのように、人に馴(な)れきって、お前はどこへでも鼻を突っ込み、脚と一緒にその鼻で歩いてる。
お前は蕪(かぶら)の葉のような耳の陰に、黒すぐりの小さな眼を隠している。
お前はまるすぐりのように便々たる腹をしている。
お前はまたまるすぐりのように長い毛を生やし、またまるすぐりのように透き通った肌をし、先の巻いた短い尻尾(しっぽ)を付けている。
ところで、意地の悪い連中は、お前のことを「穢(きた)ならしい豚!」と言うのだ。
彼らは言う――なに一つお前っ方ではこれが嫌いと言うものがないのに、みんなに嫌われ、その上、お前は水を飲んでも、脂肪(あぶら)ぎった皿の水ばかり飲みたがる、と。[やぶちゃん注:「お前っ方」は「おまえっがた」と読ませていると思われる。近世以降の二人称複数であるが、促音が間に挟まる表記法は珍しいと思われる。]
だがそれは全くの誹謗(ひぼう)だ。
そんなことを言う奴(やつ)は、ひとつお前の顔を洗ってみるがいい。お前は血色のいい顔になる。
お前が不精ったらしいのは、彼らの罪である。
床の延べようで寝方も違う。不潔はお前の第二の天性に過ぎない。
豚と真珠
[やぶちゃん注:底本ではこの題名のみゴシック体太字で、ポイント落ち。]
草原に放すが否(いな)や、豚は食い始める。その鼻はもう決して地べたを離れない。
彼は柔らかい草を選ぶわけではない。一番近くにあるのにぶつかって行く。鋤(すき)の刃のように、または盲の土竜(もぐら)のように、行き当たりばったりに、その不撓(ふとう)不屈の鼻を前へ押し出す。
それでなくても漬物樽(つけものだる)のような形をした腹を、もっと丸くすることより考えていない。天気がどうであろうと、そんなことは一向お構いなしである。
さっき、肌の生毛(うぶげ)が、正午の陽ざしに燃えようとしたことも平気なら、今また、霰(あられ)を含んだあの重い雲が、草原の上に拡(ひろ)がりかぶさろうとしていても、そんなことには頓着(とんちゃく)しない。
そう言えば、鵲(かささぎ)は、弾機(ばね)仕掛けのような飛び方をして逃げて行く。七面鳥は生垣のなかに隠れ、初々(ういうい)しい仔馬(こうま)は槲(かしわ)の木陰(こかげ)に身を寄せる。
しかし、豚は食いかけたもののある所を動かない。
彼は、一口も残すまいとする。
落着かなくなって尻尾(しっぽ)を振るでもない。
雹(ひょう)がからだにばらばらと当ると、ようやく、それも不承不承唸(うな)る――
「うるせえやつだな、また真珠をぶっつけやがる!」
[やぶちゃん注:イノシシ属イノシシ亜種ブタ Sus scrofa domesticus 。文中の比喩で現れるマルスグリは、グーズベリー=セイヨウスグリ(ユキノシタ目 axifragales スグリ科 Grossulariaceae
スグリ属セイヨウスグリ Ribes uva-crispa である。そして、カササギPica pica と ヒチメンチョウ Meleagris gallopavo と、ウマ Equus caballus 。「槲」は落葉中高木であるが、これはフランスであるから、安易に本邦の双子葉植物綱ブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属コナラ族 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata とすることは出来ない。本邦のお馴染みの「カシワ(柏・槲・檞)」は日本・朝鮮半島・中国の東アジア地域にのみ植生するからである。原文では“chêne”で、これはカシ・カシワ・ナラなどのブナ目ブナ科コナラ属
Quercus の総称である。則ち、「オーク」と訳すのが、最も無難であり、特に、その代表種である模式種ヨーロッパナラ(ヨーロッパオーク・イングリッシュオーク・コモンオーク・英名はcommon
oak)Quercus robur を挙げてもよいだろう。]
*
LE COCHON
Grognon, mais familier comme si nous t'avions gardé ensemble, tu fourres le nez partout et tu marches autant avec lui qu'avec les pattes.
Tu caches sous des oreilles en feuilles de betterave
tes petits yeux cassis.
Tu es ventru comme une groseille à maquereau.
Tu as de longs poils comme elle, comme elle la peau claire et une courte queue bouclée.
Et les méchants t'appellent : “ Sale cochon ! ” Ils disent que, si rien ne te dégoûte, tu dégoûtes tout le monde et que tu n'aimes que l'eau de vaisselle grasse.
Mais ils te calomnient.
Qu'ils te débarbouillent et tu auras bonne mine.
Tu te négliges par leur faute.
Comme on fait ton lit, tu te couches, et la malpropreté n'est que ta seconde nature.
LE COCHON ET LES PERLES
Dés qu'on le lâche au pré, le cochon se met à manger et son groin ne quitte plus la terre.
Il ne choisit pas l'herbe fine. Il attaque la première venue et pousse au hasard, devant lui, comme un soc ou comme une taupe aveugle, son nez infatigable.
Il ne s'occupe que d'arrondir un ventre qui prend déjà la forme du saloir, et jamais il n'a souci du temps qu'il fait.
Qu'importe que ses soies aient failli s'allumer tout à l'heure au soleil de midi, et qu'importe maintenant que ce nuage lourd, gonflé de grêle, s'étale et crève sur le pré.
La pie, il est vrai, d'un vol automatique se sauve ; les dindes se cachent dans la haie, et le poulain puéril s'abrite sous un chêne.
Mais le cochon reste où il mange.
Il ne perd pas une bouchée.
Il ne remue pas, avec moins d'aise, la queue.
Tout criblé de grêlons, c'est à peine s'il grogne :
- Encore leurs sales perles !
彼らはれんげ畑から帰って来る。今朝から、そこで、からだの影に鼻をくっつけて草を食っていたのである。
不精な羊飼いの合図で、お決りの犬が、羊の群れをそっちと思う方から追い立てる。
その群れは、道をいっぱいに占領し、溝から溝へ波を打ち、溢(あふ)れ出る。或(あ)る時はまた、密集して一体となり、ぶよつき、老婆(ろうば)のような小刻みな足どりで、地べたを踏みならす。それが駆け出し始めると、その無数の脚が蘆(あし)の葉のような音を立て、道の上の埃(ほこり)は蜂(はち)の巣をつついたように舞い上がる。
こっちの方では、縮れ毛の、たっぷり毛のついた羊が、丸い荷物の包みを空中に投げ上げたように跳び上がる。すると、その漏斗(ろうと)型の耳から練香(ねりこう)が転げ落ちる。
向うでは、別のやつが眩暈(めまい)を起して、坐(すわ)りの悪い頭に膝(ひざ)をぶっつける。
彼らは村に侵入する。あたかも、今日が彼らのお祭りという風である。で、騒ぎ犇(ひし)めいて、街なかを嬉(うれ)しそうに啼(な)き回っているようだ。
しかし、彼らは村で止ってしまうのではない。見ていると、遥(はる)か向うに、また彼らの姿が現れる。彼らは遠く地平線に辿(たど)りつく。丘を攀(よ)じながら、軽やかに、太陽の方へ登って行く。彼らは太陽に近づき、少し離れて寝る。
遅れた連中は、空に、思いがけない最後の姿を描き、それから、糸毬(いとだま)のように丸く寄り合った群れのなかに一緒になってしまう。
一房の羊毛がまた群れを離れたと思うと、白い泡となって空を翔(かけ)りながら、やがて煙となり、蒸気となり、ついになんにも無くなってしまう。
もう脚が一本外に出ているだけだ。
その脚は長く伸び、紡錘(つむ)のように次第に細くなりながら、どこまでも続いている。
寒がりの羊どもは、太陽のまわりに眠る。太陽は大儀そうに冠を脱ぐと、明日まで、その後光を彼らの毛綿の中に突き刺しておくのである。
羊たち――「しかし(メエ)……しかし(メエ)……しかし(メエ)」
牧犬――「しかし(メエ)も糞(くそ)もねえ!」
[やぶちゃん注:ヒツジ Ovis aries と、イヌ Canis lupus familiaris 。]
*
LES MOUTONSI
ls reviennent des chaumes, où, depuis ce matin, ils paissaient, le nez à l'ombre de leur corps.
Selon les signes d'un berger indolent, le chien nécessaire attaque la bande du côté qu'il faut.
Elle tient toute la route, ondule d'un fossé à l'autre et déborde, ou tassée, unie, moelleuse, piétine le sol, à petits pas de vieilles femmes. Quand elle se met à courir, les pattes font le bruit des roseaux et criblent la poussière du chemin de nids-d'abeilles.
Ce mouton frisé, bien garni, saute comme un ballot jeté en l'air, et du cornet de son oreille s'échappent des pastilles.
Cet autre a le vertige et heurte du genou sa tête mal vissée.
Ils envahissent le village. On dirait que c'est aujourd'hui leur fête et qu'avec pétulance, ils bêlent de joie par les rues.
Mais ils ne s'arrêtent pas au village, et je les vois reparaître, là-bas. Ils gagnent l'horizon. Par le coteau, ils montent, légers, vers le soleil. Ils s'en approchent et se couchent à distance.
Des traînards prennent, sur le ciel, une dernière forme imprévue, et rejoignent la troupe pelotonnée.
Un flocon se détache encore et plane, mousse blanche, puis fumée, vapeur, puis rien.
Il ne reste plus qu'une patte dehors.
Elle s'allonge, elle s'effile comme une quenouille, à l'infini.
Les moutons frileux s'endorment autour du soleil las qui défait sa couronne et pique, jusqu'à demain, ses rayons dans leur laine.
LES MOUTONS. - Mée... Mée... Mée...
LE CHIEN DE BERGER. - Il n'y a pas de mais !
山羊(やぎ) Le Bouc
その臭(にお)いが、彼より先ににおって来る。彼の姿はまだ見えないのに、臭いはとっくに来ている。
彼は一団の先頭に立って進み、そのあとから牝山羊(めやぎ)の群れが、ごちゃごちゃひと塊になって、雲のような埃(ほこり)の中をついて来る。
彼の毛は長く、ぱさぱさしていて、それを背中の所できちんと分けている。
彼は自分の頤鬚(あごひげ)よりも、むしろその堂々たる体格の方を自慢にしている。というのが、牝山羊も頤の下にちゃんと鬚を生やしているからである。
彼が通ると、或(あ)る連中は鼻をつまむ。或る連中は却(かえ)ってその風情(ふぜい)を愛する。
彼は右も左も見ない。尖(とが)った耳と短い尻尾(しっぽ)で、まっしぐらに進んで行く。人間どもが彼に罪をなすりつけたところで、それは彼の知ったことではない。彼はしかつめらしい顔をして、数珠(じゅず)つなぎの糞(ふん)を落して行くのである。
アレクサンドルというのが彼の名前であり、その名は犬の仲間にまで響き渡っている。
一日が終って、太陽が隠れてしまうと、彼は刈り入れの男たちと一緒に村へ帰って来る。そして彼の角は、寄る年波に撓(たわ)みながら、次第に鎌(かま)のように反りかえって来る。
[やぶちゃん注:ヤギ Capra aegagrus 。]
*
LE BOUC
Son odeur le précède. On ne le voit pas encore qu'elle est arrivée.
Il s'avance en tête du troupeau et les brebis le suivent, pêle-mêle, dans un nuage de poussière.
Il a des poils longs et secs qu'une raie partage sur le dos.
Il est moins fier de sa barbe que de sa taille, parce que la chèvre aussi porte une barbe sous le menton.
Quand il passe, les uns se bouchent le nez, les autres aiment ce goût-là.
Il ne regarde ni à droite ni à gauche : il marche raide, les oreilles pointues et la queue courte. Si les hommes l'ont chargé de leurs péchés, il n'en sait rien, et il laisse, sérieux, tomber un chapelet de crottes.
Alexandre est son nom, connu même des chiens.
La journée finie, le soleil disparu, il rentre au village, avec les moissonneurs, et ses cornes, fléchissant de vieillesse, prennent peu à peu la courbe des faucilles.
兎(うさぎ) Les Lapin
半分に切った酒樽(さかだる)の中で、ルノワアルとルグリは、毛皮で温かく足をくるんだまま、牝牛(めうし)のように食う。彼らはたった一度食事をするだけだが、その食事が一日じゅう続くのである。
新しい草をついやらずにいると、彼らは古いやつを根元まで齧(かじ)り、それから根さえも嚙みちぎる。
ところが、ちょうどいま、一株のサラダ菜が彼らの眼の前へ落ちて来た。ルノワアルとルグリは、一緒に、早速食い始める。
鼻と鼻を突き合せ、一生懸命食いながら、頭を振りふり、耳に駆け足をさせる。
とうとう葉が一枚だけになってしまうと、彼らはめいめいその一方の端を銜(くわ)えて、競争で食い始める。
彼らは、笑ってこそいないが、どうやらふざけ合っているように見え、葉っぱをすっかり食ってしまうと、兄弟の愛撫(あいぶ)で脣(くちびる)をよせ合うように見えるかもしれない。
しかし、ルグリは急に気分が悪くなって来る。昨日からむやみに腹が張って、胃袋がへんにだぶついている。で、全くのところ、食い過ぎていた。サラダ菜の一枚ぐらいは、別に腹が減ってなくても食えるものだが、彼はもうなんとしても食えない。彼はその葉を放すと、いきなり自分の糞(ふん)の上に寝転がって、小刻みに痙攣(けいれん)しだす。
忽(たちま)ち彼のからだは硬(こわ)ばり、脚を左右に拡(ひろ)げ、ちょうど、銃砲店の広告絵みたいになる。――「生かさぬ一発、狂わぬ一発」
いっとき、ルノワアルはびっくりして、口を休める。燭台(しょくだい)のような形に坐(すわ)り、柔らかく息をしながら、しっかり脣(くち)を閉じ、眼の縁を薔薇色(ばらいろ)にして、彼はじっと眼を据える。
彼の様子は、ちょうど魔法使が神秘の世界へ足を踏み込むようだ。
まっすぐに立った二つの耳が臨終を告げ知らす。
やがて、その耳が垂れる。
と、彼はそのサラダの葉をゆっくり平らげる。
[やぶちゃん注:ウサギ Lpues sp. と サラダナ=レタス Lactuca sativa 。なお、ここで描写されているルグリの症状は、毛球症(ウサギは嘔吐ができないために自身が毛づくろいによって飲み込んだ毛が胃の中で毛球となって溜まり障害を起こす病気)か鼓腸症または盲腸便秘(ウィルス・細菌・寄生虫や、腐敗した餌の採餌及び生育環境のストレス等によって、腸の運動が鈍って腸内にガスが発生する病気)と思われる。]
*
LES LAPINS
Dans une moitié de futaille, Lenoir et Legris, les pattes au chaud sous la fourrure, mangent comme des vaches. Ils ne font qu'un seul repas qui dure toute la journée.
Si l'on tarde à leur jeter une herbe fraîche, ils rongent l'ancienne jusqu'à la racine, et la racine même occupe les dents.
Or il vient de leur tomber un pied de salade. Ensemble Lenoir et Legris se mettent après.
Nez à nez, ils s'évertuent, hochent la tête, et les oreilles trottent.
Quand il ne reste qu'une feuille, ils la prennent, chacun par un bout, et luttent de vitesse.
Vous croiriez qu'ils jouent, s'ils ne rient pas, et que, la feuille avalée, une caresse fraternelle unira les becs.
Mais Legris se sent faiblir. Depuis hier il a le gros ventre et une poche d'eau le ballonne. Vraiment il se bourrait trop. Bien qu'une feuille de salade passe sans qu'on ait faim, il n'en peut plus. Il lâche la feuille et se couche à côté, sur ses crottes, avec des convulsions brèves.
Le voilà rigide, les pattes écartées, comme pour une réclame d'armurier : On tue net, on tue loin.
Un instant, Lenoir s'arrête de surprise. Assis en chandelier, le souffle doux, les lèvres jointes et l'oeil cerclé de rose, il regarde.
Il a l'air d'un sorcier qui pénètre un mystère.
Ses deux oreilles droites marquent l'heure suprême.
Puis elles se cassent.
Et il achève la feuille de salade.
鼠(ねずみ) La Souris
ランプの光で、書きものの今日のページを綴(つづ)っていると、微(かす)かな物音が聞えてくる。書く手を休めると、物音もやむ。紙をごそごそやり始めると、また聞えて来る。
鼠が一匹、眼を覚ましているのである。
女中が布巾(ふきん)やブラシを入れて置く暗い穴の縁を、行ったり来たりしているのがわかる。
やがて床(ゆか)へ飛び降り、台所の敷石の上を駆け回る。それから竈(かまど)のそばへ移り、流しの下へ移り、皿の中へ紛れ込む。で、次々に、だんだん遠くへ偵察を進めながら、次第に私の方へ近づいて来る。
私がペンを置くと、その度にその静けさが彼を不安にする。私がペンを動かし始めると、多分どこかにもう一匹鼠がいるだろうと思って、彼は安心する。
やがて、彼の姿は見えなくなる。テーブルの下にはいって、私の足の間にいるのである。彼は椅子(いす)の脚から脚へ駆け回る。私の木靴をすれすれに掠(かす)め、その木のところをちょっと齧(かじ)ってみ、あるいは大胆不敵にも、とうとうその上に登る。
そうなると、私は足を動かすこともできなければ、あんまり大きな息もできない。それこそ、彼は逃げてしまうだろう。
しかし、私は書くのをやめるわけにはいかぬ。で、彼に見棄(す)てられて、いつもの独りぽっちの退屈に落ち込むのが怖さに、私は句読点をつけてみたり、ほんのちょっと線を引いてみたり、少しずつ、ちびちびと、ちょうど彼がものを齧るのとおんなじ調子で書いて行く。
[やぶちゃん注:ネズミ Rattus norvegicus 、又は、Rattus sp.。]
*
LA SOURIS
Comme, à la clarté d'une lampe, je fais ma quotidienne page d'écriture, j'entends un léger bruit. Si je m'arrête, il cesse. Il recommence, dès que je gratte le papier.
C'est une souris qui s'éveille.
Je devine ses va-et-vient au bord du trou obscur où notre servante met ses torchons et ses brosses.
Elle saute par terre et trotte sur les carreaux de la cuisine. Elle passe près de la cheminée, sous l'évier, se perd dans la vaisselle, et par une série de reconnaissances qu'elle pousse de plus en plus loin, elle se rapproche de moi.
Chaque fois que je pose mon porte-plume, ce silence l'inquiète. Chaque fois que je m'en sers, elle croit peut-être qu'il y a une autre souris quelque part, et elle se rassure.
Puis je ne la vois plus. Elle est sous ma table, dans mes jambes. Elle circule d'un pied de chaise à l'autre.
Elle frôle mes sabots, en mordille le bois, ou hardiment, la voilà dessus !
Et il ne faut pas que je bouge la jambe, que je respire trop fort : elle filerait.
Mais il faut que je continue d'écrire, et de peur qu'elle ne m'abandonne à mon ennui de solitaire, j'écris des signes, des riens, petitement, menu, menu, comme elle grignote.
鼬(いたち) La Belette
貧乏な、しかし、さっぱりした品のいい鼬先生。ひょこひょこと、道の上を往(い)ったり来たり、溝から溝へ、また穴から穴へ、時間ぎめの出張教授。
[やぶちゃん注1:“In Libro Veritas”版には当該項がない。更に底本にはボナールの該当する絵がない。これは後「やまかがし」の挿絵の欠落と奇妙な合致点と言える(勿論、すべての話に挿絵がついているわけではないが)。ちなみに、臨川書店刊ジュール・ルナール全集第5巻注には「1901年『葡萄畑の葡萄作り』抄出。」とのみある。]
[やぶちゃん注2:イタチ Mustela sp. 。]
蜥蜴(とかげ) Le Lézard
私がもたれている石垣の割れ目からひとりでに生まれて来た子供のように、彼は私の肩に匍(は)い上がって来る。私が石垣の続きだと思っているらしい。なるほど、私はじっとしている。それに、石と同じ色の外套(がいとう)を着ているからである。それにしても、ちょっと私は得意である。
塀――「なんだろう、背中がぞくぞくするのは……」
蜥蜴――「俺だい」
[やぶちゃん注:トカゲ下目Lacertiliaのトカゲ類。なお、臨川書店刊ジュール・ルナール全集第5巻では本項目を「青蜥蜴(ミドリカナヘビ)」と訳している。この種同定が正しければ、ヨーロッパに広く分布するミドリカナヘビ Lacerta viridis である。]
*
LE LÉZARD
Fils spontané de la pierre fendue où je m'appuie, il me grimpe sur l'épaule. Il a cru que je continuais le mur parce que je reste immobile et que j'ai un paletot couleur de muraille. Ça flatte tout de même.
LE MUR. - Je ne sais quel frisson me passe sur le dos.
LE LÉZARD. - C'est moi.
蚯蚓(みみず) Le Ver
こいつはまた精いっぱい伸びをして、長々と寝そべっている――上出来の卵饂飩(たまごうどん)のように。
[やぶちゃん注:思いの外、下位のタクソンが多い。この叙述では、貧毛綱 Oligochaeta 止まり。なお、原文“nouille”=noodle ヌードルのこと。]
*
LE VER
En voilà un qui s'étire et qui s'allonge comme une belle nouille.
蛇 Le Sepent
長すぎる。
[やぶちゃん注:ヘビ(ヘビ亜目)
Serpentes。]
*
LE SERPENT
Trop long.
やまかがし La Couleuvre
いったい誰の腹から転がり出たのだ、この腹痛は?
[やぶちゃん注1:“In Libro Veritas”版には当該項がない。更に、項目立てを“Le Sepent”と“La Couleuvre”で独立させているにも拘らず、ボナールの絵は一つきりである。この絵は、底本では見開きの右「蛇」の、左ページに配されている。先の「鼬」との共通性から、これを、前者の絵と見、“La Couleuvre”には絵がないと考えると、この二つがボナールに挿絵を依頼した際に存在しなかったとも考えられるところ(「鼬」で先に述べたように後半部「蛍」以降には挿絵のない項が散見されるので確かな推測ではない)なのだが、しかし、「やまかがし」の尾籠な叙述とのマッチを考えると、この絵は、実は“La Couleuvre”の方に相応しいように私には思われるのである……。読者のご判断を請いたい。]
[やぶちゃん注2:岸田訳はここでは余りにもお上品に美麗に過ぎたのではなかったか? 臨川書店刊ジュール・ルナール全集第5巻で佃裕文氏は「この腹痛は?」の部分を、明確に「この下痢便は!」と訳している。岸田のお洒落さは、いつか伝わらなくなる時代が来る気がしている。言葉を「読めない」若者のために、佃氏の訳をここでは、薦したい。]
[やぶちゃん注3:これがフランスの自然景観の中で描写された以上、ヤマカガシという訳は不適切であると思われる。我々が「ヤマカガシ」と称している種はアジア産の Rhabdophis tigrinus であるが、これはヨーロッパに棲息しない。従って、これは全く別種のヘビであるからである。臨川書店刊ジュール・ルナール全集第5巻で佃裕文氏は「なみへび」と訳している。これは生物学的にはヤマカガシの上位タクソンであるナミヘビ科Colubridaeを用いている点、安全圏ではある。私はあえてユウダ属の Natrix natrix 辺りまで迫りたい気がする。]
蝸牛(かたつむり) L'Escargot
1
風邪の季節には出嫌いで、例の麒麟(きりん)のような頸(くび)をひっこめたまま、蝸牛は、つまった鼻のようにぐつぐつと煮えている。
いい天気になると、精いっぱい歩き回る。それでも、舌で歩くだけのことだ。
2
私の小さな仲間のアベルは、よく蝸牛と遊んでいた。
彼はそいつを箱にいっぱい飼っていて、おまけにそれがみんなちゃんと見分けがつくように、殻のところに鉛筆で番号がつけてある。
あんまり乾いた日には、蝸牛は箱の中で眠っている。雨が降りそうになって来ると、アベルは早速彼らを外に出して整列させる。で、すぐに雨が降らなければ、上から水をいっぱいひっかけて眼を覚まさせる。すると、箱の底で巣籠(すごも)りをしている母親の蝸牛――と、そう彼は言うのだが、その蝸牛のほかは、みんなバルバアルという犬に護衛されて、ぞろぞろ歩き出す。バルバアルというのは鉛の板でできていて、それをアベルが指の先で押して行くのである。
そこで、私は彼と一緒に、蝸牛を仕込むのはなかなか骨が折れるということを頻(しき)りに話し合いながら、ふと気がつくと、彼は「うん」と返事をする時でも、「いいや」という身振りをしている。
「おい、アベル」と私は言った――「どうしてそんなに首を動かすんだい、右へやったり、左へやったり?」
「砂糖があるんだよ」
「なんだい、砂糖って?」
「そら、ここんとこさ」
で、彼が四つん這(ば)いになって、第八号が仲間にはぐれそうになっているのを引き戻している最中、その頸(くび)に、肌とシャツの間に角砂糖が一つ、ちょうどメダルのように、糸で吊(つる)してあるのが眼についた。
「ママがこんなものを結えつけたんだ」と彼は言う。「言うことをきかないと、いつでもこうするんだよ」
「気持が悪いだろう?」
「ごそごそすらあ」
「ひりひりもするだろう、え! 真っ赤になってるぜ」
「その代り、ママが勘弁してやるって言ったら、こいつが食えらあ」とアベルは言った。
[やぶちゃん注:カタツムリについては、恐るべきことに腹足綱 Gastropoda のレベルで表示することしか出来ない。]
*
L'ESCARGOT
I
Casanier dans la saison des rhumes, son cou
de girafe rentré, l'escargot bout comme un nez plein.
Il se promène dès les beaux jours, mais il ne sait marcher que sur la langue.
II
Mon petit camarade Abel jouait avec ses
escargots.
Il en élève une pleine boîte et il a soin, pour les reconnaître, de numéroter au crayon la coquille.
S'il fait trop sec, les escargots dorment dans la boîte.
Dès que la pluie menace, Abel les aligne dehors, et si elle tarde à tomber, il les réveille en versant dessus un pot d'eau. Et tous, sauf les mères qui couvent, dit-il, au fond de la boîte, se promènent sous la garde d'un chien appelé Barbare et qui est une lame de plomb qu'Abel pousse du doigt.
Comme je causais avec lui du mal que donne leur dressage, je m'aperçus qu'il me faisait signe que non, même quand il me répondait oui.
- Abel, lui dis-je, pourquoi ta tête remue-t-elle ainsi de droite et de gauche ?
- C'est mon sucre, dit Abel.
- Quel sucre ?
- Tiens, là.
Tandis qu'à quatre pattes il ramenait le numéro 8 près de s'égarer, je vis au cou d'Abel, entre la peau et la chemise, un morceau de sucre qui pendait à un fil, comme une médaille.
- Maman me l'attache, dit-il, quand elle veut me punir.
- Ça te gêne ?
- Ça gratte.
- Et ça cuit, hein ! c'est tout rouge.
- Mais quand elle me pardonne, dit Abel, je le mange.
蛙(かえる) Les Grenouilles
ぱっと留め金が外れたように、彼女らはその弾機(ばね)をはずませる。
彼女らは、煮立ったフライ油のねっとりした雫(しずく)のように、草のなかから跳ね上がる。
彼女らは、睡蓮(すいれん)の広い葉の上に、青銅の文鎮のようにかしこまっている。
一匹のやつは、喉(のど)をいっぱいに開けて空気を飲み込んでいる。その口から、腹の貯金箱の中へ、一銭入れてやれそうだ。
彼女らは、水底の泥のなかから、溜息(ためいき)のように上って来る。
じっとしていると、水面に覗(のぞ)いている大きな眼のようでもあり、どんより澱(よど)んだ沼の腫物(できもの)のようでもある。
茫然(ぼうぜん)として、石切り職人のように坐(すわ)りこんだまま、彼女らは夕日に向って欠伸(あくび)をする。
それから、うるさく喚(わめ)きたてる露天商人のように、その日の耳新しい出来事を声高に話す。
今晩、彼女らのところでは、お客をするらしい。君には聞えるか、彼女らがコップを洗っている音が?
時おり、彼女らはぱっと虫を銜(くわ)える。
また或(あ)る連中は、ただ恋愛だけに没頭している。
どれもこれも、それらは、釣り好きの男を誘惑する。
私はその辺の枝を折って、なんなく釣竿(つりざお)をこしらえる。外套(がいとう)にピンが一本さしてある。それを曲げて釣針にする。
釣糸にも困りはしない。
しかし、それだけは揃(そろ)っても、まだ毛糸の屑(くず)か何か、なんでもいい、赤い物の切れっぱしを手に入れなければならぬ。
私は自分のからだを捜し、地面を捜し、空を捜す。
とうとうなんにも見つからず、私はつくづく自分の上着の釦孔(ボタンあな)を眺める。ちゃんと口をあいて、すっかり用意のできているその釦孔は、別に不平をいうわけではないが、そうすぐには例の赤リボン[やぶちゃん後注1]で飾ってもらえそうにもない。
[やぶちゃん後注1:この部分には以下の筆者の二行の割注が入る。(注 レジョン・ドヌール勲章の略章)]
[やぶちゃん後注2:カエル(カエル目) Anura。]
*
LES GRENOUILLES
Par brusques détentes, elles exercent leurs ressorts.
Elles sautent de l'herbe comme de lourdes gouttes d'huile frite.
Elles se posent, presse-papiers de bronze, sur les larges feuilles du nénuphar.
L'une se gorge d'air. On mettrait un sou, par sa bouche, dans la tirelire de son ventre.
Elles montent, comme des soupirs, de la vase.
Immobiles, elles semblent, les gros yeux à fleur d'eau, les tumeurs de la mare plate.
Assises en tailleur, stupéfiées, elles bâillent au soleil couchant.
Puis, comme les camelots assourdissants des rues, elles crient les dernières nouvelles du jour.
Il y aura réception chez elles ce soir ; les entendez-vous rincer leurs verres ?
Parfois, elles happent un insecte.
Et d'autres ne s'occupent que d'amour.
Et toutes, elles tentent le pêcheur à la ligne.
Je casse, sans difficulté, une gaule. J'ai, piquée à mon paletot, une épingle que je recourbe en hameçon.
La ficelle ne me manque pas.
Mais il me faudrait encore un brin de laine, un bout de n'importe quoi rouge.
Je cherche sur moi, par terre, au ciel.
Je ne trouve rien et je regarde mélancoliquement ma boutonnière fendue, toute prête, que, sans reproche, on ne se hâte guère d'orner du ruban rouge.
蟇(がま) Le Crapaud
石から生まれた彼は、石の下に棲(す)み、そして石の下に墓穴を掘るだろう。
私はしばしばこの先生を訪ねる。で、その石を上げるたんびに、そこにもういなければいいがと思い、また、いてくれればいいがとも思う。
彼はそこにいる。
このよく乾いた、清潔な、狭苦しい自分だけの住居(すまい)に隠れ、彼は家(うち)いっぱいに場所を取り、吝嗇坊(けちんぼう)の巾着(きんちゃく)みたいに膨れている。
雨が降って匐(は)い出した時には、ちゃんと私を迎えにやって来る。二、三度、大儀そうにとんで、太股(ふともも)を地につけて止り、赤い眼を私に向ける。
世間のわからず屋が、彼を癩病(らいびょう)やみ[やぶちゃん後注1]のように扱うなら、私は平気で先生のそばへしゃがみ、その顔へ、この人間の顔を近寄せてやる。
それから、いくらかの気味悪さを押し隠して、お前を手でさすってやるよ、蟇君!
人間は、この世の中で、もっと胸糞(むなくそ)悪くなるようなものを、いくらでも呑(の)み込んでいるんだ。
それはそうと、昨日、私はすっかりしくじってしまった。というのは、先方のからだを見ると、疣(いぼ)がみんな潰(つぶ)れて、醱酵(はっこう)したようにぬらぬらしていた。そこで、私は――
「なあ、おい、蟇君……。こんなことを言って、君に悲しい思いをさせたかないんだが、しかし、どう見ても、君は不細工だね」
こう言うと、彼は、例のあどけない、しかも歯の抜けた口をあけ、熱い息を吐きながら、心もち英語式のアクセントで――
「じゃ、君はどうだい?」
と、やり返した。
[やぶちゃん後注1:ここには明白なハンセン病(旧病名癩病)に対する偏見と誤解に基づいた叙述がなされている。この点を十分に理解されて、原文訳文の差別認識への批判的な視点をも忘れずにお読み頂きたい。]
[やぶちゃん後注2:ヒキガエルBufo sp.。]
*
LE CRAPAUD
Né d'une pierre, il vit sous une pierre et s'y creusera un tombeau.
Je le visite fréquemment, et chaque fois que je lève sa pierre, j'ai peur de le retrouver et peur qu'il n'y soit plus.
Il y est.
Caché dans ce gîte sec, propre, étroit, bien à lui, il l'occupe pleinement, gonflé comme une bourse d'avare.
Qu'une pluie le fasse sortir, il vient au-devant de moi.
Quelques sauts lourds, et il me regarde de ses yeux rougis.
Si le monde injuste le traite en lépreux, je ne crains pas de m'accroupir près de lui et d'approcher du sien mon visage d'homme.
Puis je dompterai un reste de dégoût, et je te caresserai de ma main, crapaud !
On en avale dans la vie qui font plus mal au coeur.
Pourtant, hier, j'ai manqué de tact. Il fermentait et suintait, toutes ses verrues crevées.
- Mon pauvre ami, lui dis-je, je ne veux pas te faire de peine, mais, Dieu ! que tu es laid !
Il ouvrit sa bouche puérile et sans dents, à l'haleine chaude, et me répondit avec un léger accent anglais :
- Et toi ?
蜘蛛(くも) L'Araignée
髪の毛をつかんで硬直している、真っ黒な毛むくじゃらの小さい手。
一晩じゅう、月の名によって、彼女は封印を貼(は)りつけている。
[やぶちゃん注:クモ(クモ目) Araneae。]
*
L'ARAIGNÉE
Une petite main noire et poilue crispée sur des cheveux.
Toute la nuit, au nom de la lune, elle appose ses scellés.
毛虫 La Chenille
彼女は、暑い間かくまってもらっていた草の茂みから這(は)い出して来る。まず、大きな起伏の続いている砂道を横切って行く。用心して、途中で止らないようにしながら、植木屋の木靴の足跡のなかでは、いっとき道に迷ったのではないかと心配する。
苺(いちご)の所まで辿(たど)りつくと、ちょっとひと休みして、鼻を左右に突き出しながら嗅(か)いでみる。それからまた動きだすと、葉の下に潜(くぐ)ったり、葉の上へ出たり、今度はもうちゃんと行先を心得ている。
全く見事な毛虫である。でっぷりとして、毛深くて、立派な毛皮にくるまって、栗色(くりいろ)のからだには金色の斑点(はんてん)があり、その眼は黒々としている。
嗅覚(きゅうかく)を頼りに、彼女は濃い眉毛(まゆげ)のように、ぴくぴく動いたり、ぎゅっと縮んだりする。
彼女は一本の薔薇(ばら)の木の下で止る。
例の細かいホックの先で、その幹のごつごつした肌をさわってみ、生れたばかりの仔犬(こいぬ)のような小さな頭を振りたてながら、やがて決心して攀(よ)じ登り始める。
で、今度は、彼女の様子は、道の長さをくぎりくぎり喉(のど)へ押し込むようにして、苦しげに嚥(の)み込んでいくとでも言おうか。
薔薇の木のてっぺんには、無垢(むく)の乙女の色をした薔薇の花が咲いている。その花が惜し気もなく撒(ま)き散らす芳香に、彼女は酔ってしまう。花は決して人を警戒しない。どんな毛虫でも、来さえすれば黙ってその茎を登らせる。贈物のようにそれを受ける。そして、今夜は寒そうだと思いながら、機嫌よく毛皮の襟巻を頸(くび)に巻きつけるのである。
[やぶちゃん注:毛虫は鱗翅目Lepidopteraの幼虫の総称。]
*
LA CHENILLE
Elle sort d'une touffe d'herbe qui l'avait cachée pendant la chaleur. Elle traverse l'allée de sable à grandes ondulations. Elle se garde d'y faire halte et un moment elle se croit perdue dans une trace de sabot du jardinier.
Arrivée aux fraises, elle se repose, lève le nez de droite et de gauche pour flairer ; puis elle repart et sous les feuilles, sur les feuilles, elle sait maintenant où elle va.
Quelle belle chenille, grasse, velue, fourrée, brune avec des points d'or et ses yeux noirs !
Guidée par l'odorat ; elle se trémousse et se fronce comme un épais sourcil.
Elle s'arrête au bas d'un rosier.
De ses fines agrafes, elle tâte l'écorce rude, balance sa petite tête de chien nouveau-né et se décide à grimper.
Et, cette fois, vous diriez qu'elle avale péniblement chaque longueur de chemin par déglutition.
Tout en haut du rosier, s'épanouit une rose au teint de candide fillette. Ses parfums qu'elle prodigue la grisent. Elle ne se défie de personne. Elle laisse monter par sa tige la première chenille venue. Elle l'accueille comme un cadeau.
Et, pressentant qu'il fera froid cette nuit, elle est bien aise de se mettre un boa autour du cou.
蝶(ちょう) Le Papillon
二つ折りの恋文が、花の番地を捜している。
[やぶちゃん注:チョウ〔鱗翅目Lepidoptera アゲハチョウ上科 Papilionoideaまたはセセリチョウ上科 Hesperioideaまたはシャクガモドキ上科 Hedyloidea〕。]
*
LE PAPILLON
Ce billet doux plié en deux cherche une adresse de fleur.
小蜂(こばち) La Guêpe
いくらなんでも、それでは自慢の腰つきが台なしになる。
[やぶちゃん注:コバチ上科
Chalcidoideaというグループを形成する寄生蜂の一群が存在するが、これは数mmから1mm以下の小型種である。原文項目の“La Guêpe”は英語の“wasp”に相当するもので、これはスズメバチ科、ジガバチ科などの大形のハチの総称であり、コルセットをした女性の比喩という叙述内容の推定からも、「小蜂」という訳語は不適切と思われる。臨川書店刊ジュール・ルナール全集第5巻所収の佃裕文訳「博物誌」では標題を「すずめ蜂」と訳している。しかし、同定は膜翅目Hymenopteraで留めておくのが適当かと思われる。]
*
LA GUEPE
Elle finira pourtant par s'abîmer la taille !
蜻蛉(とんぼ) La Demoiselle
彼女は眼病の養生をしている。
川べりを、あっちの岸へ行ったり、こっちの岸へ来たり、そして腫(は)れ上がった眼を水で冷やしてばかりいる。
じいじい音を立てて、まるで電気仕掛けで飛んでいるようだ。
[やぶちゃん注:トンボ(蜻蛉目=トンボ目)
Odonata。]
*
LA DEMOISELLE
Elle soigne son ophtalmie.
D'un bord à l'autre de la rivière, elle ne fait que tremper dans l'eau fraîche ses yeux gonflés.
Et elle grésille, comme si elle volait à l'électricité.
蟋蟀(こおろぎ) Le Grillon
この時刻になると、歩きくたびれて、黒んぼの虫は散歩から帰って来、自分の屋敷の取散らかされている所を念入りに片付ける。
彼はまず狭い砂の道を綺麗(きれい)にならす。
鋸屑(おがくず)をこしらえて、それを隠れ家(が)の入口のところに撒(ま)く。
どうも邪魔になるそこの大きな草の根を鑢(やすり)で削る。
ひと息つく。
それから、例のちっぽけな懐中時計を出して、ねじを巻く。
すっかり片付いたのか、それとも時計が毀(こわ)れたのか、彼はまたしばらくじっと休んでいる。
彼は家の中へ入って戸を閉める。
永い間、手のこんだ錠前へ鍵(かぎ)を突っこんでみる。
それから、耳を澄ます――
外には、なんの気配もない。
しかし、彼はまだ安心できないらしい。
で、滑車の軋(きし)む鎖で、地の底へ降りる。
あとはなんにも聞えない。
静まり返った野原には、ポプラの並木が指のように空に聳(そび)えて、じっと月の方を指さしている。
[やぶちゃん注:コオロギ〔バッタ目(直翅目) Orthoptera キリギリス亜目(剣弁亜目)Ensifera(コオロギ上科) Grylloidea〕。]
*
LE GRILLON
C'est l'heure où, las d'errer, l'insecte nègre revient de promenade et répare avec soin le désordre de son domaine.
D'abord il ratisse ses étroites allées de sable.
Il fait du bran de scie qu'il écarte au seuil de sa retraite.
Il lime la racine de cette grande herbe propre à le harceler.
Il se repose.
Puis il remonte sa minuscule montre.
A-t-il fini ? Est-elle cassée ? Il se repose encore un peu.
Il rentre chez lui et ferme sa porte.
Longtemps il tourne sa clé dans la serrure délicate.
Et il écoute :
Point d'alarme dehors.
Mais il ne se trouve pas en sûreté.
Et comme par une chaînette dont la poulie grince, il descend jusqu'au fond de la terre.
On n'entend plus rien.
Dans la campagne muette, les peupliers se dressent comme des doigts en l'air et désignent la lune.
ばった Le Sauterelle
こいつは虫の世界の憲兵というところか?
一日じゅう跳び回っては、影なき密猟者の捜索に躍起になっているが、それがどうしてもつかまらない。
どんなに高く伸びた草も、彼の行動を遮ることははできない。
彼は何ものも恐れない。彼には七里ひと跳びの長靴があり、牡牛(おうし)のような頸(くび)、天才的な額、船の竜骨のような腹があり、セルロイドの翅(はね)と悪鬼のような角があり、そして後ろには大きな軍刀を吊(つる)している。
憲兵として立派な働きをするような人間には、必ずまたいろんな悪癖があるものだが、打明けたところ、ばったは嚙(か)み煙草(たばこ)をやるのである。
嘘(うそ)だと思うなら、指で追いかけてみたまえ。彼を相手に鬼ごっこをやり、そして跳ねる隙(すき)を狙(ねら)って、うまく苜蓿(うまごやし)の葉の上でつかまえたら、その口をよく見てみたまえ。恐ろしい格好をした吻(くち)の先から、煙草の嚙(かみ)汁のような黒い泡を滲(にじ)ませる。
しかし、そう言っている間に、もう彼をつかまえていられなくなる。彼は死にもの狂いになって跳ね出そうとする。緑色の怪物は、急に激しく身をもがいて君の手をすり抜け、脆(もろ)い、取外し自在のからだが、可憐(かれん)な腿(もも)を一本、君の手の中に残して行く。
[やぶちゃん注:描写内容は、例えば本邦のトノサマバッタ Locusta migratoria に近いと思われるが、底本のボナールの挿絵などを見ると、イナゴ科 Catantopidae のようにも見受けられるので、バッタ目(直翅目) Orthoptera バッタ亜目(雑弁亜目) Caeliferaに留めておく。]
*
LA SAUTERELLE
Serait-ce le gendarme des insectes ?
Tout le jour, elle saute et s'acharne aux trousses d'invisibles braconniers qu'elle n'attrape jamais.
Les plus hautes herbes ne l'arrêtent pas.
Rien ne lui fait peur, car elle a des bottes de sept lieues, un cou de taureau, le front génial, le ventre d'une carène, des ailes en Celluloïd, des cornes diaboliques et un grand sabre au derrière.
Comme on ne peut avoir les vertus d'un gendarme sans les vices, il faut bien le dire, la sauterelle chique.
Si je mens, poursuis-la de tes doigts, joue avec elle à quatre coins, et quand tu l'auras saisie, entre deux bonds, sur une feuille de luzerne, observe sa bouche :
par ses terribles mandibules, elle sécrète une mousse noire comme du jus de tabac.
Mais déjà tu ne la tiens plus. Sa rage de sauter la reprend. Le monstre vert t'échappe d'un brusque effort et, fragile, démontable, te laisse une petite cuisse dans la main.
蛍(ほたる) Le Ver
Luisant
いったい、何事があるんだろう? もう夜の九時、それにあそこの家(うち)では、まだ明りがついている。
[やぶちゃん注:ホタル(カブトムシ亜目=多食亜目)
Polyphaga ホタル上科 Cantharoidea ホタル科 Lampyridae。]
*
LE VER LUISANT
Que se passe-t-il ? Neuf heures du soir et il y a encore de la lumière chez lui.
蟻(あり) Les Fourmis
1
一匹一匹が、3という数字に似ている。
それも、いること、いること!
どれくらいかというと、333333333333……ああ、きりがない。
2 蟻と鷓鴣(しゃこ)の子
一匹の蟻が、雨上がりの轍(わだち)の中に落ち込んで、溺れかけていた。その時、ちょうど水を飲んでいた一羽の鷓鴣(しゃこ)の子が、それを嘴(くちばし)で挟んで、命を助けてやった。
「この御恩はきっと返します」と、蟻が言った。
「僕たちはもうラ・フォンテエヌの時代に住んでるんじゃないからね」と、懐疑主義者の鷓鴣の子が言う。「勿論(もちろん)、君が恩知らずだって言うんじゃないよ。だけど僕を撃ち殺そうとしてる猟師の踵(かかと)に、いったいどうして食いつくつもりだい。今時の猟師は、跣足(はだし)じゃ歩かないぜ」
蟻は、余計な議論はせず、そのまま急いで自分の仲間に追いついた。仲間は、一列に並べた黒い真珠のように、同じ道をぞろぞろ歩いていた。
ところが、猟師は遠くにいなかった。
彼は、ちょうど、一本の木の蔭(かげ)に、横向きになって寝ていた。すると、件(くだん)の鷓鴣(しゃこ)の子が、蓮華(れんげ)畑を横切りながら、ちょこちょこ、餌(えさ)を拾っているのが眼についた。彼は立ち上がって、撃とうとした。ところが、右の腕が痺(しび)れて、「蟻が這っているように」むずむずする。鉄砲を構えることができない。腕はまたぐったり垂れ、そして鷓鴣の子はその痺れがなおるまで待っていない。
[やぶちゃん注:膜翅(ハチ)目 Hymenoptera ハチ亜目 Apocrita 有剣上科 Aculeata アリ科 Formicidae のアリ類と、シャコ Francolinus sp.。]
*
LES FOURMIS
I
Chacune d'elles ressemble au chiffre 3.
Et il y en a ! il y en a !
Il y en a 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3... jusqu'à l'infini.
II
La fourmi et le perdreau
Une fourmi tombe dans une ornière où il a plu et elle va se noyer, quand un perdreau, qui buvait, la pince du bec et la sauve.
- Je vous la revaudrai, dit la fourmi.
- Nous ne sommes plus, répond le perdreau sceptique, au temps de La Fontaine. Non que je doute de votre gratitude, mais comment piqueriez-vous au talon le chasseur prêt à me tuer ! Les chasseurs aujourd'hui ne marchent point pieds nus.
La fourmi ne perd pas sa peine à discuter et elle se hâte de rejoindre ses soeurs qui suivent toutes le même chemin, semblables à des perles noires qu'on enfile.
Or, le chasseur n'est pas loin.
Il se reposait, sur le flanc, à l'ombre d'un arbre. Il aperçoit le perdreau piétant et picotant à travers le chaume. Il se dresse et veut tirer, mais il a des fourmis dans le bras droit. Il ne peut lever son arme. Le bras retombe inerte et le perdreau n'attend pas qu'il se dégourdisse.
蚤(のみ) La Puce
弾機(ばね)仕掛けの煙草(たばこ)の粉。
[やぶちゃん注:広く動物に寄生し吸血するそれならば、ノミ(ノミ目=隠翅目)Siphonaptera のノミ類。ボナールの絵のようにヒトからも吸血する種ならば、代表種はヒトノミ Pulex irritans となる。]
*
LA PUCE
Un grain de tabac à ressort.
栗鼠(りす) L'Écureuil
羽飾りだ! 羽飾りだ! さよう、それに違いない。だがね、君、そいつはそんなところへ着けるもんじゃないよ。
[やぶちゃん注:リス(ネズミ目=齧歯目)
Rodentia リス科 Sciuridae。]
*
L'ÉCUREUIL
Du panache ! du panache ! oui, sans doute ; mais, mon petit ami, ce n'est pas là que ça se met.
あぶら虫 Le Cafard
鍵穴(かぎあな)のように、黒く、ぺしゃんこだ。
[やぶちゃん注:アブラムシ=ゴキブリ(ゴキブリ目=網翅目)
Blattaria。]
*
LE CAFARD
Noir et collé comme un trou de serrure.
[やぶちゃん注:Points de
suspension“...”はママ。『博物誌』中、ここの標題のみに附してある。但し、これは「猿」以下の、動物園の動物「エトセトラ」の意に過ぎまい。]
猿を見に行ってやりたまえ。(しようのない腕白どもだ。ズボンの股(また)をすっかり破いてしまっている)。どこへでも攀(よ)じ登り、新鮮な日光の下で踊り、むかっ腹を立て、からだじゅうを掻(か)き、なんでも摘(つま)みあげ、そしていかにも原始的な風情(ふぜい)で水を飲む。その間、彼らの眼は、時々かき曇ることはあっても、それも永くは続かず、きらりと光ってはまたすぐ鈍く澱(よど)んでしまう。[やぶちゃん後注1]
紅鶴(フレミンゴ[やぶちゃん注:ママ。更に、後2を参照。])を見に行ってやりたまえ。薔薇色(ばらいろ)の下着の裾(すそ)が泉水の水に濡(ぬ)れるのを心配して、ピンセットの上に乗って歩いている。白鳥と、その様子ぶった鉛の頸(くび)[やぶちゃん後注3]。駝鳥(だちょう)。雛鶏(ひよっこ)の翼(はね)、役目重大な駅長のような帽子。ひっきりなしに肩を聳(そび)やかしている鸛(こうづる)(しまいに、その科(しぐさ)はなんの意味もないことがわかる)。みすぼらしいモーニングを着た、寒がりのアフリカ鶴(づる)。袖(そで)なしの外套(がいとう)を着込んだペンギン鳥。嘴(くちばし)を木刀のように構えているペリカン。それから、鸚鵡(おうむ)。その一番よく仕込まれたやつでも、現在彼らの番人には遠く及ばない。番人は、なんとかして、結局私たちの手から十スー銀貨を一枚まきあげてしまう。
重たげに有史以前の思想で目方のついている犂牛(ヤーク[やぶちゃん注:ママ。])を見に行ってやりたまえ。麒麟(きりん)は鉄柵(てっさく)の横木の上から、槍(やり)の先につけたような頭を覗(のぞ)かせている。象は猫背を作り、鼻の先を低くたれて、戸口の前を舞踏靴を引きずりながら歩いている。彼のからだには、乗馬ズボンをあんまり上へ引張り上げたような袋の中におおかた隠れ、そして後ろの方にはちょっぴり紐(ひも)の先が垂れている。
ペン軸を身につけた豪猪(やまあらし)もついでに見に行ってやりたまえ。そのペン軸は、彼にとっても、彼の女友達にとっても、甚だ邪魔っけなしろものだ。縞馬(しまうま)、これはほかのすべての縞馬の透し絵の標本だ。寝台の足元にべったりと降りた豹(ひょう)。[やぶちゃん後注4]私たちを楽しませ、自分は一向楽しまない熊(くま)。自分でも欠伸(あくび)をし、人にも欠伸を催させるライオン。
[やぶちゃん後注1:この部分「時々」という副詞と、「も」の逆接接続助詞によって挟まれた「かき曇る」という現象が、「永く続かず」と否定され、「また」「すぐ」という副詞と「しまう」という動作完了の動詞によって挟まれた「鈍く澱んで」いる状態が読者にピンと来ないように思われる。少なくともここは日本語としておかしいという気がする。臨川書店刊ジュール・ルナール全集第5巻で佃裕文氏は最後の一文を以下のように訳している。『それらの間、しばし表情のうせた彼らの眼から、光が発せられてはたちまち消える。』。]
[やぶちゃん後注2:臨川書店版全集では、本文後注で、原文の“flamants”(フラミンゴ)は“Flamand”(フランドル人)と掛けている、という注記があるのであるが、私にはこのフラミンゴの描写のどこが掛けられている(風刺されている?)のかが分からない。例えば、フラミンゴの優雅さや暢気さが、バルザックが言うところの「最も優雅な物質性がすべてのフランドル人の習慣の中に刻印されている。」(但し、この引用は宮本百合子の「バルザックに対する評価」からの孫引き)ということか? 御存知の方は御教授願いたい。]
[やぶちゃん後注3:臨川書店版全集では、本文後注で、『白鳥の頸のように二重に曲ったグーネック水栓 col-de-cygne がある。』と記載されているが、この注記は、やや不親切である。原文と比較してみないと、ルナールがそれに掛けていることが分からない。ちなみにここも岸田訳では、意味が通りにくい。佃裕文氏はここを『白鳥と、その頸の気取った鉛管工事を。』と訳している。]
[やぶちゃん後注4:臨川書店版全集では、本文後注で、『豹の毛皮はベッド・マットによく使用された。』とある。]
[やぶちゃん後注5:以下、登場する動物を列挙する。
・サル(サル目) Primateのサル類。
・フラミンゴ Phoenicopterus sp.。
・ハクチョウ(カモ科) Anatidae(ハクチョウ亜科) Cygninaのハクチョウ類。
・ダチョウ Struthio camelus 。
・「鸛」コウノトリ Ciconia boyciana 。
・「アフリカ鶴」アフリカハゲコウ(属は異なるが、コウノトリの仲間)Leptoptilos crumeniferus 。
・ペンギン科 Spheniscidaeペンギン類。
・ペリカン Pelecanus sp.。
・オウム目オウム科Cacatuidae。オウム類。
・ヤク(ウシ科)Bos grunniens。
・キリン(キリン科)Giraffa camelopardalis。
・ゾウ(アフリカゾウ(Loxodonta africana)、または、同種の亜種であるサバンナゾウ( Loxodonta africana africana )、または、マルミミゾウ(Loxodonta africana cyclotis)。 または、アジアゾウ( Elephas maximus )、または、同種の亜種であるインドゾウ( Elephas maximus bengalensis )、または、セイロンゾウ( Elephas maximus maximus )、または、スマトラゾウ( Elephas maximus sumatrana ) またはマレーゾウ( Elephas maximus hirsutus )【象牙の描写が全く見られないので、アジアゾウ、及び、その四亜種が可能性としては高い。】
・ヤマラシ(地上性のヤマアラシ科 Hystricidae、または、樹上性のアメリカヤマアラシ科 Erethizontidaeのヤマアラシ類)【前者の可能性の方が高いか。】
・シマウマ Equus quagga 、または、ヤマシマウマ Equus zebra 、または、ハートマンヤマシマウマ Equus hartmannae 、または、グレービーシマウマ Equus grevyi 。
・ヒョウ Panthera pardus 。
・ネコ目(食肉目) Carnivora クマ科 Ursidaeのクマ類。
・ネコ科ヒョウ族ライオン Panthera leo 。]
*
SINGES
Allez voir les singes (maudits gamins, ils ont tout déchiré leur fond de culotte !) grimper, danser au soleil neuf, se fâcher, se gratter, éplucher des choses, et boire avec une grâce primitive, tandis que de leurs yeux, troubles parfois, mais pas longtemps, s'échappent des lueurs vite éteintes.
Allez voir les flamants qui marchent sur des pincettes, de peur de mouiller, dans l'eau du bassin, leurs jupons roses ; les cygnes et la vaniteuse plomberie de leur col ; l'autruche, ses ailes de poussin, et sa casquette de chef de gare responsable ; les cigognes qui haussent tout le temps les épaules (à la fin, ça ne signifie plus rien) ; le marabout frileux dans sa pauvre jaquette, les pingouins en macfarlane ; le pélican qui tient son bec comme un sabre de bois, et les perruches, dont les plus apprivoisées le sont moins que leur gardien lui-même qui finit par nous prendre une pièce de dix sous dans la main.
Allez voir le yack lourd de pensées préhistoriques ; la girafe qui nous montre, par-dessus les barreaux de la grille, sa tête au bout d'une pique ; l'éléphant qui traîne ses chaussons devant sa porte, courbé, le nez bas : il disparaît presque dans le sac d'une culotte trop remontée, et, derrière, un petit bout de corde pend.
Allez donc voir le porc-épic garni de porte-plume bien gênants pour lui et son amie ; le zèbre, modèle à transparent de tous les autres zèbres ; la panthère descendue au pied de son lit ; l'ours qui nous amuse et ne s'amuse guère, et le lion qui bâille, à nous faire bâiller.
鹿(しか) Le Cerf
私がその小径(こみち)から林の中へ足を踏み入れた時、ちょうどその小径の向うの口から、彼がやって来た。
私は、最初、誰か見知らぬ人間が、頭の上に植木でも載っけてやってくるのかと思った。
やがて、枝が横に張って、ちっとも葉のついていない、いじけた小さな樹(き)が見えて来た。
とうとう、はっきり鹿の姿が現われ、そこで私たちはどちらも立ち止った。
私は彼に言った――
「こっちへ来たまえ。なにも怖がることはないんだ。鉄砲なんか、持ってたって、こいつは体裁だけだ。いっぱし、腕に覚えのある人間の真似(まね)をしているだけさ。こんなものは使いやしない。薬莢(やっきょう)は引出しの中へ入れたままだ」
鹿はじっと耳をかしげて、胡散(うさん)臭そうに私の言葉を聴いていた。私が口を噤(つぐ)むと、彼はもう躊躇(ちゅうちょ)しなかった。一陣の風に、樹々の梢(こずえ)が互いに交差してはまた離れるように、彼の脚は動いた。彼は逃げ去った。
「実に残念だよ!」と、私は彼に向って叫んだ。「僕はもう、二人で一緒に道を歩いて行くところを空想していたんだぜ。僕の方は、君の好きな草を、自分で手ずから君に食わせてやる。すると、君は、散歩でもするような足どりで、僕の鉄砲をその角の枝に掛けたまま運んで行ってくれるんだ。」
[やぶちゃん注:シカ(シカ亜科)Cervinae。]
*
LE CERF
J'entrai au bois par un bout de l'allée, comme il arrivait par l'autre bout.
Je crus d'abord qu'une personne étrangère s'avançait avec une plante sur la tête.
Puis je distinguai le petit arbre nain, aux branches écartées et sans feuilles.
Enfin le cerf apparut net et nous nous arrêtâmes tous deux.
Je lui dis :
- Approche. Ne crains rien. Si j'ai un fusil, c'est par contenance, pour imiter les hommes qui se prennent au sérieux. Je ne m'en sers jamais et je laisse ses cartouches dans leur tiroir.
Le cerf écoutait et flairait mes paroles. Dès que je me tus, il n'hésita point : ses jambes remuèrent comme des tiges qu'un souffle d'air croise et décroise. Il s'enfuit.
- Quel dommage ! lui criai-je. Je rêvais déjà que nous faisions route ensemble. Moi, je t'offrais, de ma main, les herbes que tu aimes, et toi, d'un pas de promenade, tu portais mon fusil couché sur ta ramure.
かわ沙魚(はぜ) Le Goujon
彼は速い水の流れを遡(さかのぼ)って、小石伝いの道をやって来る。というのが、彼は泥も水草も好きではない。
彼は、河底の砂の上に壜(びん)が一本転がっているのを見つける。中には水がいっぱい入っているだけだ。私はわざと餌(え)を入れておかなかったのである。かわ沙魚はそのまわりを回って、頻(しき)りに入口を捜していたと思うと、早速そいつにかかってしまう。
私は壜を引上げて、かわ沙魚を放してやる。
川を上ると、今度は物音が聞えて来る。彼は逃げ出すどころか、物好きにも、そのそばへ寄って行く。それは、私が面白半分に水の中を踏みまくりながら、網を張ったそばで、水底を竿(さお)で掻(か)き回しているのである。かわ沙魚は強情だ。網の目を突き抜けようとする。で、ひっかかる。
私は網をあげて、かわ沙魚を放してやる。
その下流(しも)の方で、急にぐいぐい私の釣糸を引っ張るやつがあり、二色に塗った浮子(うき)が水を切って走る。
引上げてみると、またしても彼である。
私は彼を釣針からはずして、放してやる。
今度こそ、もうひっかかりはすまい。
彼はすぐそこに、私の足元の澄んだ水の中でじっとしている。その横っ広い頭や、頓馬(とんま)な大きな眼や、二本の髯(ひげ)がよく見える。
彼は裂けた脣(くちびる)で欠伸(あくび)をし、今しがたの激しい興奮で、まだ息を弾ませている。
それでも、彼はいっこう性懲(こ)りがない。
私はさっきの蚯蚓(みみず)をつけたまま、また釣糸を下ろす。
すると、早速、かわ沙魚は食いつく。
いったい、私たちはどちらが先に根負けするのだろう。
さては、いよいよ、かからないな。おおかた、今日が漁の解禁日だということを御存じないと見える。
[やぶちゃん注:ハゼ亜目 Gobioidei(淡水産ということで、ドンコ科 Odontobutidaeまで狭めることが出来るかどうかまでは、フランスの淡水産魚類には暗いので、私には判断しかねる)。【二〇二三年十一月十四日削除・追記:ブログ版『「博物誌」ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ボナール挿絵+オリジナル新補注+原文) 「かは沙魚」』に於いて、新たに比定同定を再検討した結果、この魚は条鰭綱コイ目コイ科カマツカ亜科 Gobionini 群ゴビオ属タイリクスナモグリ Gobio gobio であることが判明した(本邦には分布しない)。詳しくは、リンク先の私の注を参照されたい。】]
*
LE GOUJON
Il remonte le courant d'eau vive et suit le chemin que tracent les cailloux : car il n'aime ni la vase, ni les herbes.
Il aperçoit une bouteille couchée sur un lit de sable.
Elle n'est pleine que d'eau. J'ai oublié à dessein d'y mettre une amorce. Le goujon tourne autour, cherche l'entrée et le voilà pris.
Je ramène la bouteille et rejette le goujon.
Plus haut, il entend du bruit. Loin de fuir, il s'approche, par curiosité. C'est moi qui m'amuse, piétine dans l'eau et remue le fond avec une perche, au bord d'un filet. Le goujon têtu veut passer par une maille. Il
y reste.
Je lève le filet et rejette le goujon.
Plus bas, une brusque secousse tend ma ligne et le bouchon bicolore file entre deux eaux.
Je tire et c'est encore lui.
Je le décroche de l'hameçon et le rejette. Cette fois, je ne l'aurai plus.
Il est là, immobile, à mes pieds, sous l'eau claire. Je distingue sa tête élargie, son gros oeil stupide et sa paire de barbillons.
Il bâille, la lèvre déchirée, et il respire fort, après une telle émotion.
Mais rien ne le corrige.
Je laisse de nouveau tremper ma ligne avec le même ver.
Et aussitôt le goujon mord.
Lequel de nous deux se lassera le premier ?
Décidément, ils ne veulent pas mordre. Ils ne savent donc pas que c'est aujourd'hui l'ouverture de la pêche !
鯨 La Baleine
コルセットを作るだけの材料は、ちゃんと口に中に持っている。が、なにしろ、この胴まわりじゃ……!
[やぶちゃん注:哺乳綱鯨偶蹄目正鯨類 Autoceta (現生鯨類 Neoceti )の内、ヒゲクジラ小目 Mysticeti のヒゲクジラ類。この胴まわりだけじゃ……同定しかねる!]
*
LA BALEINE
Elle a bien dans la bouche de quoi se faire un corset, mais avec ce tour de taille !...
庭のなか Au Jardin
鍬(くわ)――サクサクサク……稼ぐに追いつく貧乏なし。
鶴嘴(つるはし)――同感!
■
花――今日は日が照るかしら。
向日葵(ひまわり)――ええ、あたしさえその気になれば。
如露――そうは行くめえ。おいらの料簡(りょうけん)ひとつで、雨が降るんだ。おまけに、蓮果(はちす)でも外してみろ。それこそ土砂降りさ。
■
薔薇(ばら)――まあ、なんてひどい風……!
添え木――わしが付いている。
■
木苺(きいちご)――なぜ薔薇には棘(とげ)があるんだろう。薔薇の花なんて、食べられやしないわ。
生簀(いけす)の鯉(こい)――うまいことを言うぞ。だから、俺も、人が食やがったら骨を立ててやるんだ。
薊(あざみ)――そうねえ、だけど、それじゃもう遅すぎるわ。
■
薔薇の花――あんた、あたしを綺麗(きれい)だと思って……?
黄蜂(くまばち)――下の方を見せなくっちゃ……。
薔薇の花――おはいりよ。
■
蜜蜂(みつばち)――さ、元気を出そう。みんな、あたしがよく働くって言ってくれるわ。今月の末には、売場の取締になれるといいけれど……。
■
菫(すみれ)――おや、あたしたちは、みんな橄欖(かんらん)章をもらってるのね。[やぶちゃん後注1]
白い菫――だからさ、なおさら、控え目にしなくっちゃならないのよ、あんたたちは。
葱(ねぎ)――あたしをごらん。あたしが威張ったりして?[やぶちゃん後注2]
■
菠薐草(ほうれんそう)――酸模(すかんぽ)っていうのは、あたしのことよ。
酸模――うそよ、あたしが酸模よ。[やぶちゃん後注3]
■
分葱(わけぎ)――くせえなあ!
大蒜(にんにく)――きっと、また石竹(せきちく)の奴だ。
■
アスパラガス――あたしの小指に訊(き)けば、なんでもわかるわ。
■
馬鈴薯(ばれいしょ)――わしゃ、子供が生まれたようだ。
■
林檎(りんご)の木(向い側の梨(なし)の木に)――お前さんの梨さ、その梨、その梨、……お前さんのその梨だよ、あたしがこさえたいのは。[やぶちゃん後注4]
[やぶちゃん後注1:「菫」の花言葉は「慎み深さ・謙虚」である。また、臨川書店版全集訳(佃裕文氏訳)に拠ると「橄欖章」とは教育功労章二等勲章を指す。]
[やぶちゃん後注2:ここは西洋ネギ=ポロ葱=リーキであるが、臨川書店版全集注によれば、「俗語で農事功労章も意味する。」とある。]
[やぶちゃん後注3:臨川書店版全集注等を参考にすると、ここは「酸模」=スカンポ=スイバが、フランス語において、「銭金(ぜにかね)」という意味を合わせ持ち、葉がホウレンソウに似ている。ホウレンソウは鉄分を含んでいるために、ホウレンソウはスカンポだと偽称しているという意味であるらしい。]
[やぶちゃん後注4:臨川書店版全集注によれば、「梨」=“poire”という語は、「梨」の他に「顔」の意味も持つとあり、本文訳でも林檎の台詞の「梨」の部分に、わざわざ総て四箇所に『かお』というルビを振つておられる。]
[やぶちゃん後注5:ヒマワリ Helianthus annuus と バラ(バラ属) Rosa sp. とキイチゴ(キイチゴ属) Rubus sp. と コイCyprinus carpio と アザミ(アザミ属) Cirsium sp. と クマバチ(「クマンバチ」とも呼ぶ) Xylocopa appendiculata circumvolans と ミツバチ(ミツバチ属) Apis sp. と スミレ(スミレ属) Viola sp. と ネギ→セイヨウネギ=リーキ Allium ampeloprasum と ホウレンソウ Spinacia oleracea と スカンポ Rumex acetosa と ワケギ→(原文参照)→エシャロット Allium oschaninii と ニンニク Allium sativum と アスパラガス Asparagus officinalis と ジャガイモ Solanum tuberosum と リンゴ Malus pumila var. domestica。]
*
AU JARDIN
LA BICHE. - Fac et spera.
LA PIOCHE. - Moi aussi.
LES FLEURS. - Fera-t-il soleil aujourd'hui
?
LE TOURNESOL. - Oui, si je veux.
L'ARROSOIR. - Pardon, si je veux, il pleuvra, j'ôte ma pomme, à torrents.
LE ROSIER. - Oh ! quel vent !
LE TUTEUR. - Je suis là. et , si
LA FRAMBOISE. - Pourquoi les roses
ont-elles des épines ? Ça ne se mange pas, une rose.
LA CARPE DU VIVIER. - Bien dit ! C'est parce qu'on me mange que je pique, moi, avec mes arêtes.
LE CHARDON. - Oui, mais trop tard.
LA ROSE. - Me trouves-tu belle ?
LE FRELON. - Il faudrait voir les dessous.
LA ROSE. - Entre.
L'ABEILLE. - Du courage ! Tout le monde me
dit que je travaille bien. J'espère, à la fin du mois, passer chef de rayon.
LES VIOLETTES. - Nous sommes toutes
officiers d'académie.
LES VIOLETTES BLANCHES. - Raison de plus pour être modestes, mes soeurs.
LE POIREAU. - Sans doute. Est-ce que je me vante ?
L'ÉPINARD. - C'est moi qui suis l'oseille.
L'OSEILLE. - Mais non, c'est moi.
L'ÉCHALOTE. - Oh ! que ça sent mauvais.
L'AIL. - Je parie que c'est encore l'oeillet.
L'ASPERGE. - Mon petit doigt me dit tout.
LA POMME DE TERRE. - Je crois que je viens
de faire mes petits.
LE POMMIER, au Poirier d'en face. - C'est
ta poire, ta poire, ta poire... c'est ta poire que je voudrais produire.
ひなげし Les Coquelicots
彼らは麦の中で、ちいさな兵士の一隊のように、ぱっと目立っている。しかし、もっとずっと綺麗(きれい)な赤い色をしていて、おまけに、物騒でない。
彼らの剣は穂である。
風が吹くと、彼らは飛んで行く。そして、めいめい、気が向けば、畝(うね)のへりで、同郷出身の女、矢車草とつい話が長くなる。
[やぶちゃん注:ヒナゲシ Papaver rhoeas と ヤグルマソウ=ヤグルマギク Centaurea cyanus 。]
*
LES COQUELICOTS
Ils éclatent dans le blé, comme une armée de petits soldats ; mais d'un bien plus beau rouge, ils sont inoffensifs.
Leur épée, c'est un épi.
C'est le vent qui les fait courir, et chaque coquelicot s'attarde, quand il veut, au bord du sillon, avec le bleuet, sa payse.
葡萄(ぶどう)畑 La Vigne
どの株も、添え木を杖(つえ)に、武器携帯者。
いったい、何を待っているのだ。葡萄の実は、今年はまだなかなか生(な)るまい。そして葡萄の葉は、もう裸体にしか使われない。
[やぶちゃん注:ブドウ属 Vitis sp.。]
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LA VIGNE
Tous ses ceps, l'échalas droit, sont au port d'armes.
Qu'attendent-ils ? le raisin ne sortira pas encore cette année, et les feuilles de vigne ne servent plus qu'aux statues.
鶸(ひわ)の巣 Le Nid de Chardonnerets
庭の桜の叉(また)になった枝の上に、鶸の巣があった。見るからに綺麗(きれい)な、まん丸によく出来た巣で、外側は一面に毛で固め、内側はまんべんなく生毛(うぶげ)で包んである。その中で、雛(ひな)が四羽、卵から孵(かえ)った。私は父にこう言った――
「あれを捕って来て、自分で育てたいんだけれどなあ」
父は、これまで度々、鳥を籠(かご)に入れて置くことは罪悪だと説いたことがある。が、今度は、多分同じことを繰返すのがうるさかったのだろう、別になんとも返事をしなかった。数日後、私は彼に言った――
「しようと思や、わけないよ。初め、巣を籠の中に入れて置くの。その籠を桜の木に括(くく)りつけて置くだろう。そうすると、親鳥が籠の目から餌(えさ)をやるよ。そのうちに親鳥の必要がなくなるから」
父は、この方法について、自分の考えを述べようとしなかった。
そういうわけで、私は籠の中に巣を入れて、それを桜の木に取りつけた。私の想像は外れなかった。年を取った鶸は、青虫を嘴(くちばし)に一杯くわえて来ては、悪びれる様子もなく、雛に食わせた。すると、父は、遠くの方から、私と同じように面白がって、彼らのはなやかな行き来、血のように赤い、また硫黄のように黄色い色の飛び交うさまを眺めていた。
ある日の夕方、私は言った――
「雛はもうかなりしっかりして来たよ。放しといたら飛んで行ってしまうぜ。親子揃(そろ)って過すのは今夜っきりだ。明日は、家の中へ持って来よう。僕の窓へつるしとくよ。世の中に、これ以上大事にされる鶸はきっとないから、お父さん、そう思っていておくれ」
父は、この言葉に逆らおうとしなかった。
翌日になって、私は籠が空になっているのを発見した。父もそこにいて、私のびっくりした様子をちゃんと見ていた。
「もの好きで言うんじゃないが」と、私は言った。「どこの馬鹿(ばか)野郎が、この籠の戸をあけたのか、そいつが知りたいもんだ」
[やぶちゃん注:鳥綱スズメ目スズメ亜目スズメ小目スズメ上科ヒワ亜科ヒワ族ヒワ属ゴシキヒワ Carduelis carduelis と サクラ Prunus sp. と ヒト Homo sapiens。]
*
LE NID DE CHARDONNERETS
Il y avait, sur une branche fourchue de notre cerisier, un nid de chardonnerets joli à voir, rond, parfait, tous crins au-dehors, tout duvet au-dedans, et quatre petits venaient d'y éclore. Je dis à mon père :
- J'ai presque envie de les prendre pour les élever.
Mon père m'avait expliqué souvent que c'est un crime de mettre des oiseaux en cage. Mais, cette fois, las sans doute de répéter la même chose, il ne trouva rien à me répondre. Quelques jours après, je lui dis :
- Si je veux, ce sera facile. Je placerai d'abord le nid dans une cage, j'attacherai la cage au cerisier et la mère nourrira les petits par les barreaux, jusqu'à ce qu'ils n'aient plus besoin d'elle.
Mon père ne me dit pas ce qu'il pensait de ce moyen.
C'est pourquoi j'installai le nid dans une cage, la cage sur le cerisier et ce que j'avais prévu arriva : les vieux chardonnerets, sans hésiter, apportèrent aux petits des pleins becs de chenilles. Et mon père observait de loin, amusé comme moi, leur va-et-vient fleuri, leur vol teint de rouge sang et de jaune soufre.
Je dis un soir :
- Les petits sont assez drus. S'ils étaient libres, ils s'envoleraient. Qu'ils passent une dernière nuit en famille et demain je les porterai à la maison, je les pendrai à ma fenêtre, et je te prie de croire qu'il n'y aura pas beaucoup de chardonnerets au monde mieux soignés.
Mon père ne me dit pas le contraire.
Le lendemain, je trouvai la cage vide. Mon père était là, témoin de ma stupeur.
- Je ne suis pas curieux, dis-je, mais je voudrais bien savoir quel est l'imbécile qui a ouvert cette cage !
鳥のいない鳥籠(とりかご) La Cage
sans oiseaux
フェリックスは、人が鳥を籠のなかなんかに閉じこめておく気持がわからないと言う。
「誰でも言うじゃないか、花を折り取るのは罪悪だって」と、彼は言う。「とにかく、僕などは、茎についたままでなきゃ、花を眺めたいとは思わないね。だから、それとおんなじさ。鳥ってやつは飛ぶように出来てるんだ」
そんなことを言いながら、彼は鳥籠を一つ買う。それを自分の窓に掛けておく。籠の中には、毛綿で作った巣と、草の実を入れた皿と、綺麗(きれい)な水をしょっちゅう取換えてあるコップとが置いてある。おまけに、ぶらんこや小さな鏡まで取りつけてある。
で、人が驚き顔で訊(たず)ねると――
「僕はこの鳥籠を見るたんびに、自分の寛大さを嬉(うれ)しく思うのさ」と、彼は言う。「この籠には鳥を一羽入れたっていいわけだ。それをこうして空っぽにしとく。万一、僕がその気になったら、たとえば茶色の鶫(つぐみ)とか、ぴょいぴょい跳び回るおめかし屋の鷽(うそ)とか、そのほかフランス中にいろいろいる鳥のどれかが、奴隷(どれい)の境遇に落ち込んでしまうんだ。ところが、僕のお蔭(かげ)で、そのうちの少なくとも一羽だけは自由の身でいられるんだ。つまり、そういうことになるんだ」
[やぶちゃん注:ヒト Homo sapiens 。]
*
LA CAGE SANS OISEAUX
Félix ne comprend pas qu'on tienne des oiseaux prisonniers dans une cage.
- De même, dit-il, que c'est un crime de cueillir une fleur, et, personnellement, je ne veux la respirer que sur sa tige, de même les oiseaux sont faits pour voler.
Cependant il achète une cage ; il l'accroche à sa fenêtre. Il y dépose un nid d'ouate, une soucoupe de graines, une tasse d'eau pure et renouvelable. Il y suspend une balançoire et une petite glace.
Et comme on l'interroge avec surprise :
- Je me félicite de ma générosité, dit-il, chaque fois que je regarde cette cage. Je pourrais y mettre un oiseau et je la laisse vide. Si je voulais, telle grive brune, tel bouvreuil pimpant, qui sautille, ou tel autre de nos petits oiseaux variés serait esclave. Mais grâce à moi, l'un d'eux au moins reste libre. C'est toujours ça.
カナリア Le Serin
私はどういう気で、わざわざこんな鳥を買って来たのだろう?
小鳥屋は私に言った――「これは雄です。一週間もすりゃ馴(な)れます。そうすりゃ鳴きだしますよ」
ところが、小鳥はいつまでも強情に黙りこんでいる。それに、やることが何から何まであべこべだ。
餌壺(えつぼ)に餌(えさ)を入れてやると、いきなり嘴(くちばし)の先でとびかかって、あたり一面に撒(ま)き散らしてしまう。
ビスケットを籠(かご)の横木の間に糸で結びつけてやる。すると、彼が食うのはその糸だけだ。彼はまるで金鎚(かなづち)のような勢いで、そのビスケットを押したり突っついたりする。で、ビスケットは落ちてしまう。
綺麗(きれい)な飲み水のなかでは水浴びをし、水浴びをする器で水を飲む。そして、その時の都合に任せて、その両方のどちらにでも糞をたれる。
練(ね)り餌をやると、自分たち同類の鳥が巣を作る、至極あつらえ向きの捏土(こねつち)だと思いこんで、ただ本能的にその上に蹲(うずくま)る。
彼はまだサラダ菜の効能を知らない。で、面白がって引裂くだけだ。
彼が、ほんとにその気で、餌をつついて呑(の)み込もうとする時は、全く気の毒になる。彼はそれを嘴の中であっちこっち転がし回り、押しつけてみたり、潰(つぶ)してみたり、まるで歯抜けの爺(じい)さんみたいに、頻(しき)りに首をひねっている。
棒砂糖の切れっぱしを入れてあるのに、どうしようともない。こりゃなんだ。石がとび出したのか? それとも、露台か、テーブルか、どっちみち、実用には遠い。
彼はそれよりも木片(きぎれ)の方が好きだ。木片は二本あって、上下に交り合っている。彼がぴょんぴょん跳んでいるのを見ると、私は胸が悪くなる。その様子は、さながら、時間もなにも分からない振子時計の機械的な無駄骨折りにひとしいものである。何が面白くあんな跳び方をし、なんの欲求に駆られて跳ね回るのだろう?
その陰鬱(いんうつ)な体操が済んで休む時でも、片脚で一方の止り木をしっかり握り締めて止りながら、もう一つの脚で、機械的に、その同じ止り木を捜している。
冬になって、ストーブを焚(た)き始めると、彼は早速もう春の脱毛の時期が来たのだと思って、羽を毟(むし)りだす。
私のランプの輝きは、彼の夜を搔(か)き乱し、その睡眠の時刻を混乱させる。彼は日の暮れ方に眠りにつく。私は、彼のまわりに闇(やみ)が次第に濃くなって行くのを、じっとそのままにしておく。おそらく、彼は夢でも見ているのだろう。突然、私はランプを籠に近づける。彼はぱっと眼をあける。なんだ、もう夜が明けたのか! で、早速、彼はまた動き回り始め、跳ねたり、葉っぱを突っつき回したりしながら、尻尾(しっぽ)を扇型に拡げ、翼(はね)を伸ばす。
ところが、私はランプを吹き消してしまう。で、残念ながら、彼のうろたえた顔つきは見えない。
やがて、私は、しょっちゅうあべこべなことばかりやって暮らしてるこの唖(おし)の鳥に、すっかり愛想を尽かしてしまって、窓から外へ放してやる……。が、彼は籠の中の自由以外にもはや自由の使い方を知らないのである。今に、誰かが手でつかまえてしまうだろう。
そいつを私の所へ届けてくれるのはやめたほうがいい。
私はなんにもお礼なんか出さないばかりではない。私はそんな鳥は一向識(し)らぬと言いきってやる。
[やぶちゃん注:カナリア Serinus canaria と サラダナ=レタス Lactuca sativa 。]
*
LE SERIN
Quelle idée ai-je eue d'acheter cet oiseau ?
L'oiselier me dit : “ C'est un mâle. Attendez une semaine qu'il s'habitue, et il chantera. ” Or, l'oiseau s'obstine à se taire et il fait tout de travers.
Dès que je remplis son gobelet de graines, il les pille du bec et les jette aux quatre vents.
J'attache, avec une ficelle, un biscuit entre deux barreaux. Il ne mange que la ficelle. Il repousse et frappe, comme d'un marteau, le biscuit et le biscuit tombe.
Il se baigne dans son eau pure et il boit dans sa baignoire. Il crotte au petit bonheur dans les deux.
Il s'imagine que l'échaudé est une pâte toute prête où les oiseaux de son espèce se creusent des nids et il s'y blottit d'instinct.
Il n'a pas encore compris l'utilité des feuilles de salade et ne s'amuse qu'à les déchirer.
Quand il pique une graine pour de bon, pour l'avaler, il fait peine. Il la roule d'un coin à l'autre du bec, et la presse et l'écrase, et tortille sa tête, comme un petit vieux qui n'a plus de dents.
Son bout de sucre ne lui sert jamais. Est-ce une pierre qui dépasse, un balcon ou une table peu pratique ?
Il lui préfère ses morceaux de bois. Il en a deux qui se superposent et se croisent et je m'écoeure à le regarder sauter. Il égale la stupidité mécanique d'une pendule qui ne marquerait rien. Pour quel plaisir saute-t-il ainsi, sautillant par quelle nécessité ?
S'il se repose de sa gymnastique morne, perché d'une patte sur un bâton qu'il étrangle, il cherche de l'autre patte, machinalement, le même bâton.
Aussitôt que, l'hiver venu, on allume le poêle, il croit que c'est le printemps, l'époque de sa mue, et il se dépouille de ses plumes.
L'éclat de ma lampe trouble ses nuits, désordonne ses heures de sommeil. Il se couche au crépuscule. Je laisse les ténèbres s'épaissir autour de lui. Peut-être rêve-t-il ?
Brusquement, j'approche la lampe de sa cage. Il rouvre les yeux. Quoi ! c'est déjà le jour ? Et vite, il recommence de s'agiter, danser, cribler une feuille, et il écarte sa queue en éventail, décolle ses ailes.
Mais je souffle la lampe et je regrette de ne pas voir sa mine ahurie.
J'ai bientôt assez de cet oiseau muet qui ne vit qu'à rebours, et je le mets dehors par la fenêtre... Il ne sait pas plus se servir de la liberté que d'une cage. On va le reprendre avec la main.
Qu'on se garde de me le rapporter !
Non seulement je n'offre aucune récompense, mais je jure que je ne connais pas cet oiseau.
燕(つばめ) Hirondelle
彼女らは私に課業を授けてくれる。
まず、その小刻みな啼(な)き声で、空中に点線を描く。
一本の直線を引き、その最後にコンマを打ったと思うと、そこで急に行を変える。
途方もなく大きな括弧を描いて、私の住んでいる家をその中に入れてしまう。
庭の泉水もその飛ぶ姿を写しとることができないほど、素早く、それこそ穴倉から屋根裏へまっすぐに飛び上がって行く。
翼の羽根ペンも軽やかに、彼女らはぐるぐると誰にも真似(まね)できない花押(かきはん)を書きなぐる。
それから、今度は二羽ずつ抱き合ったまま、みんな一緒に集まり、ごちゃごちゃに塊(かたま)って、空の青地の上へ、べったりインクの汚点(しみ)をつける。
しかし、ただ一人の友達の眼だけが、彼女らの姿を残りなく捉(とら)えることができる。そして、諸君がギリシャ語やラテン語を知っているというのなら、私のほうは、煙突の燕どもが空に書くヘブライ語を読み分けることができる。
かわら鶸(ひわ)――「燕ってやつは馬鹿(ばか)だなあ。煙突を樹(き)だと思ってやがる」
蝙蝠(こうもり)――「いくら人がなんと言ったって、あいつとあたしじゃ、あいつのほうが飛ぶのはまずいよ。昼の日なか、しょっちゅう道を間違えてるんだもの。あたしみたいに、夜にでも飛んでごらん。ひっきりなしに死ぬような目に会うから」
[やぶちゃん注:ツバメ Hirundo rustica と、スズメ上科アトリ科Fringillidaeのアトリ類(カワラヒワCarduelis sinica はヨーロッパに棲息しないので語訳である)、及び、コウモリ〔コウモリ目(翼手目)〕Chiroptera。]
*
LES HIRONDELLES
Elles me donnent ma leçon de chaque jour.
Elles pointillent l'air de petits cris.
Elles tracent une raie droite, posent une virgule au bout, et, brusquement, vont à la ligne.
Elles mettent entre folles parenthèses la maison où j'habite.
Trop vives pour que la pièce d'eau du jardin prenne copie de leur vol, elles montent de la cave au grenier.
D'une plume d'aile légère, elles bouclent d'inimitables parafes.
Puis, deux à deux, en accolade, elles se joignent, se mêlent, et, sur le bleu du ciel, elles font tache d'encre.
Mais l'oeil d'un ami peut seul les suivre, et si vous savez le grec et le latin, moi je sais lire l'hébreu que décrivent dans l'air les hirondelles de cheminée.
LE PINSON. - Je trouve l'hirondelle stupide
: elle croit qu'une cheminée, c'est un arbre.
LA CHAUVE-SOURIS. - Et on a beau dire, de nous deux c'est elle qui vole le plus mal : en plein jour, elle ne fait que se tromper de chemin ; si elle volait la nuit, comme moi, elle se tuerait à chaque instant.
蝙蝠(こうもり) Chauves-Souris
毎日使っているうちに夜もだんだん摺(す)り切れて来る。
上の方の、星を鏤(ちりば)めたあたりは摺り切れない。ちょうど、裾(すそ)を引く着物と同じように、砂利や木立の隙間(すきま)から、不健康なトンネルや、じめじめした穴倉の奥まで摺り切れる。
どんなところでも、夜の帷(とばり)の裾のはいり込まないところはない。そして茨(いばら)に引掛かっては破れ、寒さに会っては裂け、泥によごれては傷(いた)む。で、毎朝、夜の帷が引き上げられる度に、襤褸(ぼろ)っきれがちぎれ落ちて、あっちこっちに引掛る。
こうして、蝙蝠は生れて来る。
で、こういう素姓があるために、彼女らは昼の光には耐えられないのである。太陽が沈んで、私たちが涼みに出る時分になると、彼女らは、昏睡(こんすい)状態のまま一方の爪(つめ)の先でぶら下がっていた古い梁(はり)から剝(は)がれ落ちて来る。
彼女らのぎこちない飛び方は私たちをひやひやさせる。鯨の骨のはいった毛のない翼で、私たちの周囲を跳ね踊る。彼女らは、役にも立たない傷ついた眼よりも、むしろ耳を頼りに飛ぶのである。
私の女友達は顔を隠す。私は私で、不潔なものにぶっつかられるのを恐れて、頭を外(そ)らす。
人々の言うところによれば、彼女らは、我々人間の恋にも勝る熱情をもって私たちの血を吸い、ついに死に至らしめるという。
とんでもない話である!
彼女らはちっとも悪いことはしない。私たちのからだには決してさわらないのである。
夜の娘である彼女らは、ただ光を嫌うだけである。そして、そのちっぽけな葬式用の襟巻でそばを掠(かす)めて飛びながら、蠟燭(ろうそく)の灯を捜し出してはそれを吹き消すのである。
[やぶちゃん注:コウモリ(コウモリ目=翼手目)Chiroptera。]
*
CHAUVES-SOURIS
La nuit s'use à force de servir.
Elle ne s'use point par le haut, dans ses étoiles. Elle s'use comme une robe qui traîne à terre, entre les cailloux et les arbres, jusqu'au fond des tunnels malsains et des caves humides.
Il n'est pas de coin où ne pénètre un pan de nuit.
L'épine le crève, les froids le gercent, la boue le gâte.
Et chaque matin, quand la nuit remonte, des loques s'en détachent, accrochées au hasard.
Ainsi naissent les chauves-souris.
Et elles doivent à cette origine de ne pouvoir supporter l'éclat du jour.
Le soleil couché, quand nous prenons le frais, elles se décollent des vieilles poutres où, léthargiques, elles pendaient d'une griffe.
Leur vol gauche nous inquiète. D'une aile baleinée et sans plumes, elles palpitent autour de nous. Elles se dirigent moins avec d'inutiles yeux blessés qu'avec l'oreille.
Mon amie cache son visage, et moi je détourne la tête par peur du choc impur.
On dit qu'avec plus d'ardeur que notre amour même, elles nous suceraient le sang jusqu'à la mort.
Comme on exagère !
Elles ne sont pas méchantes. Elles ne nous touchent jamais.
Filles de la nuit, elles ne détestent que les lumières, et, du frôlement de leurs petits châles funèbres, elles cherchent des bougies à souffler.
鶺鴒(せきれい) La
Bergeronnette
よく飛びもするが、よく走ることも走る。いつもわれわれの脚の間で、馴(な)れ馴れしくするかと思うと、なかなかつかまらいない。小さな叫び声を立てながら、自分の尻尾(しっぽ)を踏めるなら踏んでみろと言わんばかりである。
[やぶちゃん注:セキレイ(セキレイ亜科)
Motacillinae 。]
*
LA BERGERONNETTE
Elle court autant qu'elle vole, et toujours dans nos jambes, familière, imprenable, elle nous défie, avec ses petits cris, de marcher sur sa queue.
鵲(かささぎ) La Pie
彼女の羽には、いつでも去年の雪が幾らか消え残っている。
彼女は両脚を揃(そろ)えて地べたの上を跳び回り、それから、例の一直線な機械的な飛び方で、一本の樹(き)を目がけて飛んで行く。
時々はその樹に止り損ね、隣の樹のところまで行って、やっとそこで止る。
俗っぽく、てんで見向きもされないために不死の鳥とも見え、朝から燕尾服(えんびふく)を着込んで夕方までしゃべり回り、例の「尻尾(しっぽ)つき」を着て全く我慢のならないこの鳥、これこそこのフランスの最もフランス的な鳥である。
鵲――「カカカカカカ……」
蛙(かえる)――「何を言ってやがるんだ、あの女(あま)は」
鵲――「歌をうたってるのよ」
蛙――「ゲエッ!」
土竜(もぐら)――「静かにしろ、やい、上のやつ。仕事をしているのが聞えやしねえ」
[やぶちゃん注:カササギ Pica pica と カエル(カエル目) Anura と モグラ(モグラ目 =食虫目) Insectivora 。]
*
LA PIE
Il lui reste toujours, du dernier hiver, un peu de neige.
Elle sautille à pieds joints par terre, puis, de son vol droit et mécanique, elle se dirige vers un arbre.
Quelquefois elle le manque et ne peut s'arrêter que sur l'arbre voisin.
Commune, si dédaignée qu'elle semble immortelle, en habit dès le matin pour bavarder jusqu'au soir, insupportable avec sa queue-de-pie, c'est notre oiseau le plus français.
LA PIE. - Cacacacacaca.
LA GRENOUILLE. - Qu'est-ce qu'elle dit ?
LA PIE. - Je ne dis pas, je chante.
LA GRENOUILLE. - Couac !
LA TAUPE. - Taisez-vous donc là-haut, on ne s'entend plus travailler !
くろ鶫(つぐみ)! Merle!
[やぶちゃん注:“!”はママ。『博物誌』中、ここのみに附してある。原文部分のやぶちゃん後注参照。]
私の庭に、ほとんど枯れかけた古い胡桃(くるみ)の樹(き)があるが、小鳥どもは気味悪がって寄りつかない。たった一羽、黒い鳥がその最後の葉の中に住んでいる。
しかし、庭のそのほかの部分は、花の咲いた若い樹がいっぱいに植わっていて、陽気な、いきいきした、色とりどりの小鳥どもが巣を掛けている。
そして、これらの若い樹はその老いぼれの胡桃の樹を馬鹿(ばか)にしているらしい。
ひっきりなしに、彼に向って、まるで悪態をつくように、おしゃべりの小鳥の群れを投げつける。
雀(すずめ)、岩燕(いわつばめ)、山雀(やまがら)、かわら鶸(ひわ)などが、入り交り、立ち交り、彼を悩ます。彼らはその翼で彼の枝の先をこづく。あたりの空気は、彼らのきれぎれの鳴き声で沸き返る。やがて、彼らは退散する。すると、また別の小うるさい一団が若樹のなかから飛び立って来る。
彼らは、精の続く限り、挑みかけ、鳴き立て、金切声をあげ、喉(のど)を嗄(か)らす。
そんな風にして、明けがたから日暮れ時まで、まるで悪態をつくように、かわら鶸、山雀、岩燕、雀などが、その老いぼれの胡桃の樹を目がけて、若樹のなかから飛び出して行く。
しかし、時々は胡桃の樹も堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒をきらし、その最後の葉を揺すぶり、我が家の黒い鳥を放し、そしてこう言い返す――
「くそつぐみ!」
樫鳥(かけす)――「のべつ黒装束で、見苦しいやつだ、くろ鶫って!」
くろ鶫――「群長閣下、わたしはこれしか着るものがないのです」
[やぶちゃん後注1:臨川書店版全集注(ちなみにこちらは私の後述するのと同じく、この鳥をクロウタドリに同定している)によれば、“merle”(クロウタドリ)と“merde”(くそったれ)は音通であるとする。ちなみに、私の愛するピアニスト、青柳いづみこさんのずばり、『メルド!日記』冒頭によれば、『「MERDE/メルド」は、フランス語で「糞ったれ」という意味で』、『このアクの強い下品な言葉を、フランス人は紳士淑女でさえ使』い、『また、ここ一番という時に幸運をもたらしてくれる、縁起かつぎの言葉』でもあるとする。そうして青柳さんは『身の引きしまるような難関に立ち向かう時、「糞ったれ!」の強烈な一言が、絶大な勇気を与えてくれるのでしょう。』と述べておられる。]
[やぶちゃん後注2:「くろ鶇」であるが、これは真正のクロツグミ Turdus cardis ではなく、クロウタドリ Turdus merula ではないかと思われる。「胡桃(くるみ)の樹(き)」はヨーロッパに広く分布するブナ目クルミ科ジュグランス属ジュグランス・ニグラ Juglans regia であろう。スズメ(スズメ属)Passer sp.。「岩燕」はスズメ目スズメ亜目ツバメ科ツバメ亜科 Delichon属イワツバメ Delichon dasypus ではなく(ヨーロッパには分布しない)、恐らくは、スズメ目ムクドリ科ムクドリ属ホシムクドリ Sturnus vulgaris であろう。全集の佃氏の訳でも、『椋鳥』と訳されてある。「山雀」もおかしい。スズメ目スズメ亜目シジュウカラ科ヤマガラ属ヤマガラ Sittiparus varius はヨーロッパには棲息しない。これはスズメ目シジュウカラ科シジュウカラ属(標準和名は未記載であるが、通俗和名は「ヨーロッパシジュウカラ」)Parus major であろう。「かわら鶸(ひわ)」もダメ。スズメ目アトリ科ヒワ属カワラヒワ Carduelis sinica もヨーロッパに棲息しない。全集では『アトリ』と訳されてある。スズメ目アトリ科アトリ属アトリ Fringilla montifringilla である(漢字では「花鶏」でこれを「あとり」と読む)。カケス Garrulus glandarius 。]
*
MERLE !
Dans mon jardin il y a un vieux noyer presque mort qui fait peur aux petits oiseaux. Seul un oiseau noir habite ses dernières feuilles.
Mais le reste du jardin est plein de jeunes arbres fleuris où nichent des oiseaux gais, vifs et de toutes les couleurs.
Et il semble que ces jeunes arbres se moquent du vieux noyer. A chaque instant, ils lui lancent, comme des paroles taquines, une volée d'oiseaux babillards.
Tour à tour, pierrots, martins, mésanges et pinsons le harcèlent. Ils choquent de l'aile la pointe de ses branches. L'air crépite de leurs cris menus ; puis ils se sauvent, et c'est une autre bande importune qui part des jeunes arbres.
Tant qu'elle peut, elle nargue, piaille, siffle et s'égosille.
Ainsi de l'aube au crépuscule, comme des mots railleurs, pinsons, mésanges, martins et pierrots s'échappent des jeunes arbres vers le vieux noyer.
Mais parfois il s'impatiente, il remue ses dernières feuilles, lâche son oiseau noir et répond : “ Merle ! ”
LE GEAI. - Toujours en noir, vilain merle !
LE MERLE. - Monsieur le sous-préfet, je n'ai que ça à me mettre.
[やぶちゃん後注:“In Libro Veritas”版では、この“MERLE !”は“La Pie”の項に付随する形であり、項目として独立していない。]
雲雀(ひばり) L'Alouette
私はかつて雲雀というものを見たことがない。夜明けと同時に起きてみても無駄である。雲雀は地上の鳥ではないのだ。
今朝から、私は土くれや枯草を頻(しき)りに踏み回っている。
灰色の雀(すずめ)や、ペンキ色のなまなましい鶸(ひわ)が群れをなして、茨(いばら)の生垣の上で波打っている。
樫鳥(かけす)は公式の服装で木から木へ閲兵して回る。
一羽の鶉(うずら)が、苜蓿(うまごやし)畑をすれすれに掠(かす)めながら、墨縄を張ったような直線を描いて飛んで行く。
女よりも上手に編物をやっている羊飼いの後ろには、羊どもがぞろぞろ従い、どれもこれも似通っている。
そして、何一ついい前触れをもってこない鴉(からす)さえほほえましいほど、すべてが新鮮な光の中に浸る。
まあ、私とおんなじようにして、じっと耳を澄ましてみるがいい。
そら、聞えはせぬか――どこかはるかに高く、金の杯のなかで水晶のかけらを搗(つ)き砕いているのが……。
雲雀がどこで囀(さえず)っているのか、それを誰が知ろう?
空を見つめていると、太陽が眼を焦(こ)がす。
雲雀の姿を見ることはあきらめなければならない。
雲雀は天上に棲(す)んでいる。そして、天上の鳥のうち、この鳥だけが、我々のところまで届く声で歌うのである。
[やぶちゃん注:ヒバリ Alauda arvensis と スズメ(スズメ属)Passer sp. と ゴシキヒワ Carduelis carduelis 。フランスで垣根等する野茨は、バラ目バラ科バラ属イヌバラ(犬薔薇)Rosa canina である。カケス Garrulus glandarius 。ウズラ(ウズラ属) Coturnix 。ウマゴヤシ Medicago polymorpha 。ヒツジ Ovis aries 。カラス(カラス属) Corvus sp.。]
*
L'ALOUETTE
Je n'ai jamais vu d'alouette et je me lève inutilement avec l'aurore. L'alouette n'est pas un oiseau de la terre.
Depuis ce matin, je foule les mottes et les herbes sèches.
Des bandes de moineaux gris ou de chardonnerets peints à vif flottent sur les haies d'épines.
Le geai passe la revue des arbres dans un costume officiel.
Une caille rase des luzernes et trace au cordeau la ligne droite de son vol.
Derrière le berger qui tricote mieux qu'une femme, les moutons se suivent et se ressemblent.
Et tout s'imprègne d'une lumière si neuve que le corbeau, qui ne présage rien de bon, fait sourire.
Mais écoutez comme j'écoute.
Entendez-vous quelque part, là-haut, piler dans une coupe d'or des morceaux de cristal ?
Qui peut me dire où l'alouette chante ?
Si je regarde en l'air, le soleil brûle mes yeux.
Il me faut renoncer à la voir.
L'alouette vit au ciel, et c'est le seul oiseau du ciel qui chante jusqu'à nous.
こま鶯(うぐいす) Le Loriot
私は彼に言う――
「さあ、返せ、その桜んぼを、いますぐに」
「返すよ」と、こま鶯は答える。
彼は桜んぼを返す。が、その桜んぼと一緒に、彼が一年間に嚥(の)み込む害虫の三万の幼虫も返してよこす。
[やぶちゃん注:分布域から考えてこれはニシコウライウグイス Oriolus oriolus ととってよい。サクラ Prunus sp.。]
*
LE LORIOT
Je lui dis :
- Rends-moi cette cerise, tout de suite.
- Bien, répond le loriot.
Il rend la cerise et, avec la cerise, les trois cent mille larves d'insectes nuisibles, qu'il avale dans une année.
かわせみ Le
Martin-Pêcheur
今日の夕方は、魚が一向かからなかった。が、その代り、私は近来稀(まれ)な興奮を獲物にして帰って来た。
私がじっと釣竿(つりざお)を出していると、一羽の翡翠(かわせみ)が来てその上に止った。
これくらい派手な鳥はない。
それは、大きな青い花が長い茎の先に咲いているようだった。竿は重みでしなった。私は、翡翠に樹と間違えられた、それが大いに得意で、息を殺した。
怖がって飛んで行ったのでないことは請合いである。一本の枝から別の枝に跳び移るつもりでいたに違いない。
[やぶちゃん注:カワセミ Alcedo atthis 。]
*
LE MARTIN-PECHEUR
Ça n'a pas mordu, ce soir, mais je rapporte une rare émotion.
Comme je tenais ma perche de ligne tendue, un martin-pêcheur est venu s'y poser.
Nous n'avons pas d'oiseau plus éclatant.
Il semblait une grosse fleur bleue au bout d'une longue tige. La perche pliait sous le poids. Je ne respirais plus, tout fier d'être pris pour un arbre par un martin-pêcheur.
Et je suis sûr qu'il ne s'est pas envolé de peur, mais qu'il a cru qu'il ne faisait que passer d'une branche à une autre.
鴉(からす) Le Corbeau
「なんだ(コア)? なんだ(コア)? なんだ(コア)?」
「なんでもない」
[やぶちゃん注:カラス(カラス属) Corvus sp.。]
*
LE CORBEAU
- QUOI ? QUOI ? QUOI ?
- Rien.
隼(はやぶさ) L'Épervier
彼はまず村の上で何度も円を描く。
さっきまでは、ほんの蠅(はえ)一匹、煤(すす)一粒の大きさだった。
その姿が次第に大きくなるにつれて、描く円が狭まって来る。
時々、彼はじっと動かなくなる。庭の鳥どもは不安そうな様子を見せ始める。鳩(はと)は小屋へはいる。一羽の雌鶏(めんどり)はけたたましく鳴きながら、雛鶏(ひよこ)たちを呼び集める。用心堅固な鵞鳥(がちょう)どもが、裏庭から裏庭へがあがあ鳴き立てている声が聞える。
隼は躊(ためら)うように、じっと同じ高さのところを飛んでいる。恐らく、彼は鐘楼の雄鶏(おんどり)を狙っているだけなのかも知れない。
ちょうど、一本の糸で空に吊(つ)り下げられているようだ。
突然、その糸が切れ、隼はさっと落ちて来る。獲物が決まったのである。下界は、まさに惨劇の一瞬だ。
が、一同が驚いたことには、彼はまるで重さでも足りなかったように、まだ地面へ着かないうちにぱったり止り、そこでひと羽搏(はばた)きして、また空へ上って行く。
彼は、私が家の戸口でそっと彼の様子をうかがいながら、からだの後ろに、なんだかぴかぴか光る長いものを隠しているのを見たのである。
[やぶちゃん注:「隼」は鳥綱ハヤブサ目ハヤブサ科ハヤブサ属ハヤブサ Falco peregrinus であるが、問題がある。ハヤブサはフランスにも棲息するが、通常、フランス語では“Faucon pèlerin”と呼び、原文の“ÉPERVIER”というのは、ハヤブサではなく、タカ目タカ科ハイタカ属
ハイタカ Accipiter nisus を指すからである。実際、所持する辻昶訳や臨川書店全集の佃裕文訳も、孰れも『はいたか』(前者)・『ハイタカ』(後者)と訳している。以下、ハエ〔(ハエ目=双翅目) Diptera(ハエ亜目=短角亜目) Brachycera環縫短角群 Cyclorrhaphous Brachyceraハエ下目 Muscomorpha〕と、ハトColumbiformes sp. と、ニワトリ Gallus gallus domesticus と、ガチョウ Anser anser 。]
*
L'ÉPERVIER
Il décrit d'abord des ronds sur le village.
Il n'était qu'une mouche, un grain de suie.
Il grossit à mesure que son vol se resserre.
Parfois il demeure immobile. Les volailles donnent des signes d'inquiétude. Les pigeons rentrent au toit.
Une poule, d'un cri bref, rappelle ses petits, et on entend cacarder les oies vigilantes d'une basse-cour à l'autre.
L'épervier hésite et plane à la même hauteur. Peut-être n'en veut-il qu'au coq du clocher.
On le croirait pendu au ciel, par un fil.
Brusquement le fil casse, l'épervier tombe, sa victime choisie. C'est l'heure d'un drame ici-bas.
Mais, à la surprise générale, il s'arrête avant de toucher terre, comme s'il manquait de poids, et il remonte d'un coup d'aile.
Il a vu que je le guette de ma porte, et que je cache, derrière moi, quelque chose de long qui brille.
鷓鴣(しゃこ) Les Perdrix
鷓鴣と農夫とは、一方は鋤車(すきぐるま)の後ろに、一方は近所の苜蓿(うまごやし)の中に、お互いに邪魔にならないくらいの距離を隔てて、平和に暮らしている。鷓鴣は農夫の声を識(し)っている。怒鳴ったり喚(わめ)いたりしても怖がらない。
鋤車が軋(きし)っても、牛が咳(せき)をしても、または驢馬(ろば)が啼き出しても、それは別になんでもないのである。
で、この平和は、私が行ってそれを乱すまで続くのである。
ところが、私がやって来る。すると鷓鴣は飛んでしまう。農夫も落着かぬ様子である。牛も驢馬もその通りである。私は鉄砲を撃つ。すると、この狼藉者(ろうぜきもの)の放った爆音によって、あたりの自然は悉(ことごと)く調子を乱してしまう。
これらの鷓鴣を、私はまず切株の間から追い立てる。次に苜蓿のなかから追い立てる。それから、草原のなか、それから生垣に沿って追い立てる。次いでなお、林の出っ張りから追い立てる。それからあそこ、それからここ……。
それで、突然、私は汗をびっしょりかいて立ち止る。そして怒鳴る――
「ああ、畜生、可愛(かわい)げのないやつだ。人をさんざん走らせやがる!」
遠くから、草原の真ん中の一本の木の根に、何か見える。
私は生垣に近づいて、その上から覗(のぞ)いてみる。
どうしてもその樹(き)の蔭(かげ)に鳥の頸(くび)が一つ突き出ているように思われる。そう思うと、もう心臓の鼓動が激しくなる。この草の中に、鷓鴣がいなくて何がいよう。親鳥が、私の跫音(あしおと)を聞きつけて、早速いつもの合図をしたに違いない。そして子供たちを腹這(はらば)いに寝させて、自分もからだを低くしているのだ。頭だけがまっすぐに立っている。それは見張りをしているのだ。が、私は躊躇(ちゅうちょ)する。なぜなら、その首が動かないのである。間違えて、木の根を撃っても馬鹿(ばか)馬鹿しい。
ところどころ、樹のまわりには、黄色い斑点(はんてん)が、鷓鴣のようでもあり、また土くれのようでもあり、私の眼はすっかり迷ってしまう。
うっかり追い立てて、ほんとに鷓鴣が飛び出したら、樹の枝が邪魔になって追い撃ちはできない。それよりも、そのまま地上にいるのを撃つ、つまり玄人(くろうと)の猟師のいわゆる「人殺し」をやったほうがいい。
ところが、その鷓鴣の首らしいものが、いつまでたっても動かない。
永い間、私は隙(すき)を覘(うかが)っている。
果してそれが鷓鴣であるとすれば、その動かないこと、警戒の周密なことは、全く驚くべきものである。それに、ほかのが、また、よくいうことをきいて、この護衛者に恥じない見事な警戒ぶりである。どれ一つ動かない。
私は、そこで駆引きをしてみるのである。私は、からだぐるみ、生垣の後ろに隠れて、しばらくその方を見ないでいる。というのは、こっちで見ているうちは、向うでも見ているわけだからである。
これでもう、どっちも姿が見えなくなった。死の沈黙が続く。
やがて、私は顔を上げて見た。
今度こそは確かである。鷓鴣は私がいなくなったと思ったに違いない。首が以前より高くなっている。そして、それを急に引っこめた動作が、もう疑いの余地を与えない。
私は、おもむろに銃尾を肩に当てる……。
夕方、からだは疲れている。腹はふくれている。すると、私は、多くの獲物のあった快い眠りにつく前に、その日一日追い回した鷓鴣のことを考える。そして、彼らがどんなにして今夜を過すだろうかということを想像してみる。
彼らは気違いのようになって騒いでいるに違いない。
どうしてみんな揃(そろ)わないのだろう、いつも集まる時刻に?
どうして、苦しがっているものがあるのだろう?――それから、傷口を嘴(くちばし)で押さえながら、どうしてもじっと立っていられないものが?
どうして、またあんなに、みんなを怖がらせるようなことをやり始めたんだろう?
やっと、休み場所に落着いたと思うと、すぐもう見張りのものが警報を伝える。また飛んで行かなければならない。草なり株なりを離れなければならない。
彼らは逃げてばかりいるのである。聞き慣れた音にさえ驚くのである。
彼らはもう遊んではいられない。食うものも食っていられない。眠っていられない。
彼らは何がなんだかわからない。
傷ついた鷓鴣の羽が落ちて来て、ひとりでに、この誇らかな猟師の帽子に刺さったとしても、私はそれがあんまりだとは思わない。
雨が降り過ぎたり、旱天(ひでり)が続き過ぎたりして、犬の鼻が利(き)かなくなり、私の銃先(つつさき)が狂うようになり、鷓鴣のそばへも寄りつけなくなると、私はもう正当防衛の権利でも与えられたような気になる。
鳥の中でも、鵲(かささぎ)とか、樫鳥(かけす)とか、くろ鶫(つぐみ)とか、鶫とか、腕に覚えのある猟師なら相手にしない鳥がある。私は腕に覚えがある。
私は、鷓鴣以外に好敵手を見出(みいだ)さない。
彼らは実に小ざかしい。
その小ざかしさは、遠くから逃げることである。しかし、それを逃がさないで、とっちめるのである。
それはまた、そっと猟師をやり過すことである。が、その後ろから、あんまり早く飛び出して、猟師が後ろを振返るのである。
それは、深い苜蓿の中に隠れることである。しかし、猟師はまっすぐにそこへ行くのである。
それは、飛ぶ時に、急に方向を変えることである。しかし、そのために間隔が詰るのである。
それは、飛ぶ代わりに走るのである。人間より早く走るのである。しかし、犬がいるのである。
それは、追われて離れ離れになると、互いに呼び合うのである。しかし、それが猟師を呼ぶことにもなるのである。猟師にとって、彼らの歌を聞くほど気持のいいものはない。
その若い一組は、もう親鳥から離れて、新しい生活を始めていた。私は、夕方、畑のそばで、それを見つけたのである。彼らは、ぴったり寄り添って、それこそ翼(はね)を組んでという格好で舞い上がった。で、一方を殺した弾丸(たま)は、そのままもう一方を突き落としたのである。
一方は何も見なかった。何も感じなかった。しかし、もう一方は、自分の連れ合いが死ぬのを見、そのそばで自分も死んで行くのを感じるだけの暇があった。
この二羽の鷓鴣は、いずれも地上の同じ場所に、幾らかの愛と、幾らかの血と、そして何枚かの羽とを残したのである。
猟師よ、お前は一発で、見事に二羽を仕止めた。早く帰って、うちの者にその鷓鴣の話を聞かせてやれ。
あの年を取った去年の鳥、せっかく育てた雛(ひな)を殺された親鳥、彼らも若いのに劣らず愛し合っていた。いつ見ても、彼らは一緒にいた。いつみても、彼らは一緒にいた。彼らは逃げることが上手だった。私は、強いてそのあとを追い駆けようとはしなかった。その一方を殺したのも、全く偶然であった。で、それから、私はもう一方を捜した――可哀(かわい)そうだから一緒に殺してやろうと思って!
或(あ)るものは、折れた片脚をだらりと下げて、まるで私が糸で括(くく)ってつかまえてでもいるような格好だ。
或るものは、最初はほかのもののあとについて行くが、とうとう翼(はね)が利かなくなる。地上に落ちる。ちょこちょこ走りをする。犬に追われながら、身軽に、半ば畝(うね)を離れて、走れるだけ走るのである。
或るものは、頭の中に鉛の弾丸(たま)を撃ち込まれる。ほかのものから離れる。狂おしく、空の方に舞い上がる。樹よりも高く、鐘楼の雄鶏(おんどり)よりも高く、太陽を目がけて舞い上がるのである。すると、猟師は気が気ではない。しまいにそれを見失ってしまう。が、その時、鳥は重い頭の重量をとうとう支えきれなくなる。翼を閉じる。遥(はる)か向うへ、嘴を地に向けて、矢のように落ちて来る。
或るものは、犬を仕込むとき鼻先へ投げてやる襤褸(ぼろ)っきれのように、ぎゅっとも言わず落ちる。
或るものは、弾丸(たま)が飛び出すと同時に、小舟のようにぐらつく。そして、ひっくり返る。
また或るものは、どうして死んだのかわからないほど、傷口が羽の中に深くひそんでいる。
或るものは、急いでポケットに押し込む――人にも自分にも見られまいとするように。
或るものはなかなか死なない。そういうのは絞め殺す必要がある。私の指の間で、空(くう)をつかむ。嘴を開く。細い舌がぴりぴりと動く。すると、ホメロスの言葉を借りれば、その目の中に死の影が降りて来る。
向うで、百姓が、私の鉄砲の音を聞きつけて、頭を上げる。そして、私の方を見る。
つまり私たちの審判者なのだ。この働いている男は……。彼は私に話をするつもりなのだ。そして、厳かな声で、私を恥じ入らせるだろう。
ところが、そうでない、それは、時としては、私のように猟ができないのが癪(しゃく)で、業(ごう)を煮やしている百姓である。時としては、私のやることを面白がって見ているばかりでなく、鷓鴣がどっちへ行ったかを教えてくれるお人好しの百姓である。
決して、それが義憤に燃えた自然の代弁者であったためしはない。
私は、今朝、五時間も歩き回った揚句、空(から)の獲物袋(ぶくろ)を提げ、頭をうなだれ、重い鉄砲を担(かつ)いで帰って来た。暴風雨(あらし)の来そうな暑さである。私の犬は、疲れ切って、小走りに私の前を歩きながら、ずっと生垣に沿って行く。そして、何度となく、木蔭に坐(すわ)って、私の追いつくのを待っている。
すると、ちょうど、私がすがすがしい苜蓿の中を通っていると、突然、彼はぱっと立ち止った。というよりは、腹這いになった。それが実に一生懸命な止り方で、植物のように動かない。ただ、尻尾(しっぽ)の先だけが震えている。てっきり、彼の鼻先に、鷓鴣が何羽かいるのだ。すぐそこに、互いにからだをすりつけて、風と陽とをよけているのだ。彼らの方ではちゃんと犬の姿が見えている。私の姿も見えている。多分、私の顏に見覚えがあるかも知れない。で、すっかり怯(おび)えきって、飛び立とうともしないのだ。
ぐったりしていた気持が急に引き緊(しま)って、私は身構える。そしてじっと待つ。
犬も私も、決してこっちから先には動かない。
と、遽(にわ)かに、前後して、鷓鴣は飛び出す。どこまでも寄り添って、ひとかたまりになっている。私はそのかたまりのなかへ、拳骨(げんこつ)で殴るように、弾丸(たま)を撃ち込む。そのうちの一羽が、見事に弾丸(たま)を食って、宙に舞う。犬が跳びつく。そして血だらけの襤褸みたいな、半分になった鷓鴣を持って来る。拳骨が、残りの半分をふっ飛ばしてしまったのである。
さあ、行こう。これでもう空手(からて)で帰らないでも済む。犬が雀躍(こおどり)する。私も得々としてからだをゆすぶる。
全く、この尻(しり)っぺたに、一発、弾丸(たま)を撃ち込んでやってもいい。
[やぶちゃん注:シャコキジ目キジ亜目キジ科キジ亜科の内、フランス料理のジビエ料理でマガモと並んで知られる、イワシャコ属アカアシイワシャコ Alectoris rufa と同定してよかろう。イヌCanis lupus familiaris。]
*
LES PERDRIX
La perdrix et le laboureur vivent en paix, lui derriere sa charrue, elle dans la luzerne voisine, a la distance qu'il faut l'un de l'autre pour ne pas se gener. La perdrix connait la voix du laboureur, elle ne le redoute pas quand il crie ou qu'il jure.
Que la charrue grince, que le boeuf tousse et que l'ane se mette a braire, elle sait que ce n'est rien.
Et cette paix dure jusqu'a ce que je la trouble.
Mais j'arrive et la perdrix s'envole, le laboureur n'est pas tranquille, le boeuf non plus, l'ane non plus. Je tire, et au fracas d'un importun, toute la nature se desordonne.
Ces perdrix, je les leve d'abord dans une eteule, puis je les releve dans une luzerne, puis je les releve dans un pre, puis le long d'une haie ; puis a la corne d'un bois, puis...
Et tout a coup je m'arrete, en sueur, et je m'ecrie :
- Ah ! les sauvages, me font-elles courir !
De loin, j'ai apercu quelque chose au pied d'un arbre, au milieu du pre.
Je m'approche de la haie et je regarde par-dessus.
Il me semble qu'un col d'oiseau se dresse a l'ombre de l'arbre. Aussitot mes battements de coeur s'accelerent. Il ne peut y avoir dans cette herbe que des perdrix. Par un signal familier, la mere, en m'entendant, les a fait se coucher a plat. Elle-meme s'est baissee. Son col seul reste droit et elle veille. Mais j'hesite, car le col ne remue pas et j'ai peur de me tromper, de tirer sur une racine.
Ca et la, autour de l'arbre, des taches, jaunes, perdrix ou motte de terre, achevent de me troubler la vue.
Si je fais partir les perdrix, les branches de l'arbre m'empecheront de tirer au vol, et j'aime mieux, en tirant par terre, commettre ce que les chasseurs serieux appellent un assassinat.
Mais ce que je prends pour un col de perdrix ne remue toujours pas.
Longtemps j'epie.
Si c'est bien une perdrix, elle est admirable d'immobilite et de vigilance, et toutes les autres, par leur facon de lui obeir, meritent cette gardienne. Pas une ne bouge.
Je fais une feinte. Je me cache tout entier derriere la haie et je cesse d'observer, car tant que je vois la perdrix, elle me voit.
Maintenant nous sommes tous invisibles, dans un silence de mort.
Puis, de nouveau, je regarde.
Oh ! cette fois, je suis sur ! La perdrix a cru a ma disparition. Le col s'est hausse et le mouvement qu'elle fait pour le raccourcir la denonce.
l'applique lentement a mon epaule ma crosse de fusil...
Le soir, las et repu, avant de m'endormir d'un sommeil giboyeux, je pense aux perdrix que j'ai chassees tout le jour, et j'imagine la nuit qu'elles passent.
Elles sont affolees.
Pourquoi en manque-t-il a l'appel ?
Pourquoi en est-il qui souffrent et qui, becquetant leurs blessures, ne peuvent tenir en place ?
Et pourquoi s'est-on mis a leur faire peur a toutes ?
A peine se posent-elles maintenant, que celle qui guette sonne l'alarme. Il faut repartir, quitter l'herbe ou l'eteule.
Elles ne font que se sauver, et elles s'effraient meme des bruits dont elles avaient l'habitude.
Elles ne s'ebattent plus, ne mangent plus, ne dorment plus.
Elles n'y comprennent rien.
Si la plume qui tombe d'une perdrix blessee venait se piquer d'elle-meme a mon chapeau de fier chasseur, je ne trouverais pas que c'est exagere.
Des qu'il pleut trop ou qu'il fait trop sec, que mon chien ne sent plus, que je tire mal et que les perdrix deviennent inabordables, je me crois en etat de legitime defense.
Il y a des oiseaux, la pie, le geai, le merle, la grive avec lesquels un chasseur qui se respecte ne se bat pas, et je me respecte.
Je n'aime me battre qu'avec les perdrix ! .
Elles sont si rusees !
Leurs ruses, c'est de partir de loin, mais on les rattrape et on les corrige.
C'est d'attendre que le chasseur ait passe, mais derriere lui elles s'envolent trop tot et il se retourne.
C'est de se cacher dans une luzerne profonde, mais il y va tout droit.
C'est de faire un crochet au vol, mais ainsi elles se rapprochent.
C'est de courir au lieu de voler, et elles courent plus vite que l'homme, mais il y a le chien.
C'est de s'appeler quand on les divise, mais elles appellent aussi le chasseur et rien ne lui est plus agreable que leur chant.
Deja ce couple de jeunes commencait de vivre a part.
Je les surpris, le soir, au bord d'un laboure. Elles s'envolerent si etroitement jointes, aile dessus, aile dessous je peux dire, que le coup de fusil qui tua l'une demonta l'autre.
L'une ne vit rien et ne sentit rien, mais l'autre eut le temps de voir sa compagne morte et de se sentir mourir pres d'elle.
Toutes deux, au meme endroit de la terre, elles ont laisse un peu d'amour, un peu de sang et quelques plumes.
Chasseur, d'un coup de fusil tu as fait deux beaux coups : va les conter a ta famille.
Ces deux vieilles de l'annee derniere dont la couvee avait ete detruite, ne s'aimaient pas moins que des jeunes. Je les voyais toujours ensemble. Elles etaient habiles a m'eviter et je ne m'acharnais pas a leur poursuite. C'est par hasard que j'en ai tue une. Et puis j'ai cherche l'autre, pour la tuer, elle aussi, par pitie !
Celle-ci a une patte cassee qui pend, comme si je la retenais par un fil.
Celle-la suit d'abord les autres jusqu'a ce que ses ailes la trahissent ; elle s'abat, et elle piete ; elle court tant qu'elle peut, devant le chien, legere et a demi hors des sillons.
Celle-ci a recu un grain de plomb dans la tete. Elle se detache des autres. Elle pointe en l'air, etourdie, elle monte plus haut que les arbres, plus haut qu'un coq de clocher, vers le soleil. Et le chasseur, plein d'angoisse, la perd de vue, quand elle cede enfin au poids de sa tete lourde. Elle ferme ses ailes, et va piquer du bec le sol, la-bas, comme une fleche.
Celle-la tombe, sans faire ouf ! comme un chiffon qu'on jette au nez du chien pour le dresser.
Celle-la, au coup de feu, oscille comme une petite barque et chavire.
On ne sait pas pourquoi celle-ci est morte, tant la blessure est secrete sous les plumes.
Je fourre vite celle-la dans ma poche, comme si j'avais peur d'etre vu, de me voir.
Mais il faut que j'etrangle celle qui ne veut pas mourir. Entre mes doigts, elle griffe l'air, elle ouvre le bec, sa fine langue palpite, et sur les yeux, dit Homere, descend l'ombre de la mort.
La-bas, le paysan leve la tete a mon coup de feu et me regarde.
C'est un juge, cet homme de travail ; il va me parler ; il va me faire honte d'une voix grave.
Mais non : tantot c'est un paysan jaloux qui bisque de ne pas chasser comme moi, tantot c'est un brave paysan que j'amuse et qui m'indique ou sont allees mes perdrix.
Jamais ce n'est l'interprete indigne de la nature.
Je rentre ce matin, apres cinq heures de marche, la carnassiere vide, la tete basse et le fusil lourd. Il fait une chaleur d'orage et mon chien, ereinte, va devant moi, a petits pas, suit les haies, et frequemment, s'assied a l'ombre d'un arbre ou il m'attend.
Soudain, comme je traverse une luzerne fraiche, il tombe ou plutot il s'aplatit en arret : c'est un arret ferme, une immobilite de vegetal. Seuls les poils du bout de sa queue tremblent.
Il y a, je le jurerais, des perdrix sous son nez. Elles sont la, collees les unes aux autres, a l'abri du vent et du soleil. Elles voient le chien, elles me voient, elles me reconnaissent peut-etre, et, terrifiees, elles ne partent pas.
Reveille de ma torpeur, je suis pret et j'attends.
Mon chien et moi, nous ne bougerons pas les premiers.
Brusquement et simultanement, les perdrix partent :
toujours collees, elles ne font qu'une, et je flanque dans le tas mon coup de fusil comme un coup de poing. L'une d'elles, assommee, pirouette. Le chien saute dessus et me rapporte une loque sanglante, une moitie de perdrix.
Le coup de poing a emporte le reste.
Allons ! nous ne sommes pas bredouille ! Le chien gambade et je me dandine d'orgueil.
Ah ! je meriterais un bon coup de fusil dans les fesses !
鴫(しぎ) La Becasse
四月の太陽は既に沈み、行き着く所に行き着いたように、じっと動かない雲の上に、薔薇(ばら)色の輝きが残っているばかりだった。
夜が地面から這(は)い上がって来て、次第に私たちを包んだ。林の中の狭い空地で、父は鴫の来るのを待っていたのである。
そばに立っている私も、やっと父の顏だけがはっきり見えていた。私より背の高い父には、私の姿さえ見えるか見えないくらいだった。犬も私たちの足元で、姿は見えず、ただ喘(あえ)ぐ息遣いだけが聞えていた。
鶫(つぐみ)は、林の中に帰ることを急いでいた。くろ鶫は、例の喉(のど)を押しつけたような叫び声を頻(しき)りにあげていた。その馬の嘶(いなな)きのような鳴き声は、すべての小鳥たちにとって、もう囀(さえず)るのをやめて寝ろと命令する声である。
鴫は、ほどなく、その枯葉の中の隠れ家を出て、舞い上がって来るだろう。今晩のような穏やかな天気の日には、鴫は、平地へやって行く前に、途中でゆっくり道草を食う。林の上を回りながら、頻りに道連れを捜し求める。その微(かす)かな叫び声で、こっちへやって来るのか、遠くへ行ってしまうのかわかるのである。彼は大きな槲(かしわ)の樹(き)の間を縫って、重たげに飛んで行く。長い嘴(くちばし)が低く垂れ下がり、ちょうど、小さなステッキを突いて、空中を散歩しているように見える。
私が八方に眼を配りながら、じっと耳を澄ましていると、その時突然、父がぶっぱなした。しかし、いきなり跳び出して行った犬のあとを父は追わなかった。
「駄目だったの?」と、私は言った。
「撃ったんじゃないんだ」と、父は言った。「弾丸(たま)が出ちまったのさ、持っているうちに」
「ひとりでに?」
「うん」
「ふうん……。木の枝にでも引っかかったんだね、きっと?」
「さあ、どうだか」
父が空になった薬莢(やっきょう)をはずしているのが聞えた。
「いったい、どういう風に持ってたの?」
その意味がわからなかったのだろうか?
「つまりさ、銃先(つつさき)はどっちに向いてたの?」
父がもう返事をしないので、私もそれ以上言う勇気がなかった。が、とうとう私は言った――
「よく当らなかったもんだ……犬に」
「もう帰ろう」と、父は言った。
[やぶちゃん注:シギ(シギ科)
Scolopacidae と ツグミ(スズメ目)
Passeriformesツグミ科 Turdidae と クロツグミ〔ここで言うクロツグミはクロツグミ Turdus cardis ではなく、クロウタドリ Turdus merula を指すと思われる〕。「槲」は落葉中高木であるが、これはフランスであるから、安易に本邦の双子葉植物綱ブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属コナラ族 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata とすることは出来ない。本邦のお馴染みの「カシワ(柏・槲・檞)」は日本・朝鮮半島・中国の東アジア地域にのみ植生するからである。原文では“chêne”で、これはカシ・カシワ・ナラなどのブナ目ブナ科コナラ属
Quercus の総称である。則ち、「オーク」と訳すのが、最も無難であり、特に、その代表種である模式種ヨーロッパナラ(ヨーロッパオーク・イングリッシュオーク・コモンオーク・英名はcommon
oak)Quercus robur を挙げてもよいだろう。
。]
*
LA BÉCASSE
Il ne restait, d'un soleil d'avril, que des lueurs roses aux nuages qui ne bougeaient plus, comme arrives.
La nuit montait du sol et nous vetait peu a peu, dans la clairiere etroite ou mon pere attendait les becasses.
Debout pres de lui, je ne distinguais nettement que sa figure. Plus grand que moi, il me voyait a peine, et le chien soufflait, invisible a nos pieds.
Les grives se depechaient de rentrer au bois ou le merle jetait son cri guttural, cette espece de hennissement qui est un ordre a tous les oiseaux de se taire et de dormir.
La becasse allait bientot quitter ses retraites de feuilles mortes et s'elever. Quand il fait doux, comme ce soir-la, elle s'attarde, avant de gagner la plaine. Elle tourne sur le bois et se cherche une compagne. On devine, a son appel leger, qu'elle s'approche ou s'eloigne. Elle passe d'un vol lourd entre les gros chenes et son long bec pend si bas qu'elle semble se promener en l'air avec une petite canne.
Comme j'ecoutais et regardais en tous sens, mon pere brusquement fit feu, mais il ne suivit pas le chien qui s'elancait.
- Tu l'as manquee ? lui dis-je.
- Je n'ai pas tire, dit-il. Mon fusil vient de partir dans mes mains.
- Tout seul ?
- Oui.
- Ah !... une branche peut-etre ?
- Je ne sais pas.
Je l'entendais oter sa cartouche vide.
- Comment le tenais-tu ?
N'avait-il pas compris ?
- Je te demande de quel cote etait le canon ?
Comme il ne repondait plus, je n'osais plus parler.
Enfin je lui dis :
- Tu aurais pu tuer... le chien.
- Allons-nous-en, dit mon pere.
猟期終る Fermeture de
la Chasse
どんよりした、短い、まるで頭と尻尾(しっぽ)を齧(かじ)り取られたような、みじめな一日である。
昼ごろ、仏頂面(ぶっちょうづら)をした太陽が、霧の晴れ間から覗(のぞ)きかけて、蒼(あお)白い眼を薄目にあけたが、またすぐつぶってしまう。
私は当てもなく歩き回る。持っている鉄砲も、もう役にたたぬ。いつもは夢中になってはしゃぐ犬も、私のそばを離れない。
河の水は、あんまり透きとおっていて眼が痛いくらいだ。その中に指を突っ込んだら、きっと硝子(ガラス)のかけらのように切れるだろう。
切株畑のなかでは、私が一足踏み出すごとに、ものうげな雲雀(ひばり)が一羽飛び出す。彼らはみんな一緒になり、ぐるぐる飛び回る。が、その羽搏(はばた)きも、凍りついた空気をほとんど搔(か)き乱すか乱さないかである。
向うの方では、鴉(からす)の修道僧の群れが、秋蒔(ま)きの種子(たね)を嘴(くちばし)で掘り返している。
牧場の真ん中で、鷓鴣(しゃこ)が三羽起ち上がる。綺麗(きれい)に刈られた牧場の草は、もう彼女らの姿を隠さない。
全く、彼女らも大きくなったものだ。こうして見ると、もう立派な貴婦人である。彼女らは不安そうに、じっと耳を澄ましている。私はちゃんと彼女らの姿を見た。が、そのまま黙って、通り過ぎて行く。そしてどこかでは、恐らく、震え上がっていた一匹の兎(うさぎ)が、ほっと安心して、また巣の縁に鼻を出したことだろう。
この生垣で(ところどころに、散り残った葉が一枚、足をとられた小鳥のように羽搏いている)に沿って行くと、一羽のくろ鶫(つぐみ)が、私の近づくたびに逃げ出しては、もっと先の方へ行って隠れ、やがてまた犬の鼻っ先から飛び出し、もうなんの危険もなく、私たちをからかっている。
次第に、霧が濃くなって来る。道に迷ったような気持だ。鉄砲も、こうして持っていると、もう爆発力のある杖(つえ)に過ぎない。いったいどこから聞えて来るのだ、あの微(かす)かな物音、あの羊の啼き声、あの鐘の音、あの人の叫び声は?
どれ、帰る時刻だ。既に消え果てた道を辿(たど)って、私は村へ戻る。村の名はその村だけが知っている。つつましい百姓たちが、そこに住んでいて、誰一人、彼らを訪れて来るものはない――この私よりほかには。
[やぶちゃん注:ヒバリ Alauda arvensis と カラス(カラス属) Corvus sp. と シャコ Francolinus sp. ウサギ Lpues sp. と クロツグミ〔ここで言う“Merle”は、クロツグミ Turdus cardis ではなく、クロウタドリ Turdus merula ではないかと思われる〕 イヌ Canis lupus familiaris と ヒツジ Ovis aries 。]
*
FERMETURE DE LA CHASSE
C'est une pauvre journee, grise et courte, comme rognee a ses deux bouts.
vers midi, le soleil maussade essaie de percer la brume et entr'ouvre un oeil pale tout de suite referme.
Je marche au hasard. Mon fusil m'est inutile, et le chien, si fou d'ordinaire, ne s'ecarte pas.
L'eau de la riviere est d'une transparence qui fait mal : si on y plongeait les doigts, elle couperait comme une vitre cassee.
Dans l'eteule, a chacun de mes pas jaillit une alouette engourdie. Elles se reunissent, tourbillonnent et leur vol trouble a peine l'air gele.
La-bas, des congregations de corbeaux deterrent du bec des semences d'automne.
Trois perdrix se dressent au milieu d'un pre dont l'herbe rase ne les abrite plus.
Comme les voila grandies ! Ce sont de vraies dames maintenant. Elles ecoutent, inquietes. Je les ai bien vues, mais je les laisse tranquilles et m'eloigne. Et quelque part, sans doute, un lievre qui tremblait se rassure et remet son nez au bord du gite.
Tout le long de cette haie (ca et la une derniere feuille bat de l'aile comme un oiseau dont la patte est prise), un merle fuit a mon approche, va se cacher plus loin, puis ressort sous le nez du chien et, sans risque, se moque de nous.
Peu a peu, la brume s'epaissit. Je me croirais perdu.
Mon fusil n'est plus, dans mes mains, qu'un baton qui peut eclater. D'ou partent ce bruit vague, ce belement, ce son de cloche, ce cri humain ?
Il faut rentrer. Par une route deja effacee, je retourne au village. Lui seul connait son nom. D'humbles paysans l'habitent, que personne ne vient jamais voir, excepte moi.
樹々(きぎ)の一家 Une
famille d'arbres
太陽の烈(はげ)しく照りつける野原を横切ってしまうと、初めて彼らに会うことができる。
彼らは道のほとりには住まわない。物音がうるさいからである。彼らは未墾の野の中に、小鳥だけが知っている泉の縁(へり)を住処(すみか)としている。
遠くからは、はいり込む隙間(すきま)もないように見える。が、近づいて行くと、彼らの幹は間隔をゆるめる。彼らは用心深く私を迎え入れる。私はひと息つき、肌を冷やすことができる。しかし、私には、彼らじっとこちらを眺めながら警戒しているらしい様子がわかる。
彼らは一家を成して生活している。一番年長のものを真ん中に、子供たち、やっと最初の葉が生えたばかりの子供たちは、ただなんとなくあたり一面に居並び、決して離れ合うことなく生活している。
彼らはゆっくり時間をかけて死んで行く。そして、死んでからも、塵(ちり)となって崩れ落ちるまでは、突っ立ったまま、みんから見張りをされている。
彼らは、盲人のように、その長い枝でそっと触れ合って、みんなそこにいるのを確かめる。風が吹き荒(すさ)んで、彼らを根こそぎにしようとすると、彼らは怒って身をくねらす。しかし、お互いの間では、口論ひとつ起らない。彼らは和合の声しか囁(ささや)かないのである。
私は、彼らこそ自分の本当の家族でなければならぬという気がする。もう一つの家族などは、すぐ忘れてしまえるだろう。この樹木たちも、次第に私を家族として遇してくれるようになるだろう。その資格が出来るように、私は、自分の知らなければならぬことを学んでいる――
私はもう、過ぎ行く雲を眺めることを知っている。
私はまた、ひとところにじっとしていることもできる。
そして、黙っていることも、まずまず心得ている。
[やぶちゃん注:ヒト Homo sapiens 。]
*
UNE FAMILLE D'ARBRES
C'est après avoir traversé une plaine brûlée de soleil que je les rencontre.
Ils ne demeurent pas au bord de la route, à cause du bruit. Ils habitent les champs incultes, sur une source connue des oiseaux seuls.
De loin, ils semblent impénétrables. Dès que j'approche, leurs troncs se desserrent. Ils m'accueillent avec prudence. Je peux me reposer, me rafraîchir, mais je devine qu'ils m'observent et se défient.
Ils vivent en famille, les plus âgés au milieu et les petits, ceux dont les premières feuilles viennent de naître, un peu partout, sans jamais s'écarter.
Ils mettent longtemps à mourir, et ils gardent les morts debout jusqu'à la chute en poussière.
Ils se flattent de leurs longues branches, pour s'assurer qu'ils sont tous là, comme les aveugles. Ils gesticulent de colère si le vent s'essouffle à les déraciner.
Mais entre eux aucune dispute. Ils ne murmurent que d'accord.
Je sens qu'ils doivent être ma vraie famille. l'oublierai vite l'autre. Ces arbres m'adopteront peu à peu, et pour le mériter j'apprends ce qu'il faut savoir :
Je sais déjà regarder les nuages qui passent.
Je sais aussi rester en place.
Et je sais presque me taire.
あとがき
岸田国士
『博物誌』という題は、“Histoires
Naturelles”の訳であるが、これはもうこれで世間に通った訳語だと思うから、そのまま使うことにした。
フランスにおける原著の最初の出版は一八九六年で、四十五の項目しかなかった。一九〇四年にフラマリオン社から出たのが、まず当時の決定普及版と言ってよく、七十項目から成っている。この訳はそれに拠(よ)ったものである。ボナールの挿絵もこの版では原本から引き写すことにした。
さきに、若干部の限定版を作ったが、それには明石哲三君が特別に描いてくれた絵を数枚入れた。念のためにここに記しておく。
ルナールの死後、全集に収められている『博物誌』は、多少、この版と内容が違うけれども、わざわざそれに従う必要はないと思った。
なお、同じ著者の『葡萄(ぶどう)畑の葡萄作り』にも、この『博物誌』にある数項目が加えられているが、『葡萄畑……[やぶちゃん注:六点リーダーはママ。]』は、もちろん『博物誌』よりも前に出たのである。
ルナールの作品としては、この『博物誌』は『にんじん』次いで人工に膾炙(かいしゃ)している。それにはいろいろな理由がある。まず、その頃のフランスの文壇及び読書界はこの作家の独特な才能を、かかる「影像(イマージュ)」のうちにだけしか見いだし得ず、ジャーナリズムはまた彼にファンテジストのレッテルを貼(は)って、一回何行という短文をやたらに書かせた。
彼が自然を愛し、草木禽獣(きんじゅう)のいのちを鋭く捉(とら)えたことは事実であるが、その奇警な観察をこういう形式で纏(まと)めようという意図はもともと著者自身にはなかったかも知れないのである。
ところが、この類のない形式は、たまたま彼の存在を明確に色づけ、大衆の記憶に入り易(やす)くした。
同時に、「ちっちゃなものを書くルナール」の名声は、彼をますます「小さなもの」の中に閉じこめたことは争うべからざる事実である。
しかし、彼の本領は必ずしも、文字でミニアチュールを描くことではない。『博物誌』のなかのあるものは、既にそれを証明している。ひろい正義愛、執拗(しつよう)な真実の探求、純粋な生活の讃美(さんび)、ことにきびしいストイシスム、高邁(こうまい)な孤独な魂の悲痛な表情がそこにある。
なかには訳しては面白くもない言葉の洒落(しゃれ)や、若干、安易な思いつきもあるにはあるがしかし、全体から言って、やはり、「古典」のなか加うべき名著だと思う。
西欧には、わが俳文学の伝統に類するものは皆無だと言っていいが、この『博物誌』をはじめ、ルナールのなかには、いくぶんそれに近いものがありはせぬか、ということを、私はかつて『葡萄畑……[やぶちゃん注:六点リーダーはママ。]』の序文のなかで指摘した。
ルナールの簡潔な表現、というよりもむしろ、その「簡潔な精神」が、脂肪でふとった西欧文学のうちにあって、彼を少なくとも閑寂な東洋的「趣味」のなかに生かしていると言えば言えるだろう。「蟋蟀(こおろぎ)」「樹々(きぎ)の一家」などその好適例である。
フランス近代の最も独創的な作曲家、モーリス・ラヴェルが、この『博物誌』のなかから数編を選んで、自らこれを作曲した。「孔雀(くじゃく)」「蟋蟀」「白鳥」「かわせみ」「小紋鳥」の五つである。ルナールは性来の音楽嫌いを標榜(ひょうぼう)しているが、皮肉にもその作品が世界中の美しい喉(のど)によって普(あまね)く歌われているのである。
序(ついで)ながら、フランスの小、中学校では、よく書取の問題がこの書物のなかから出るという話を聞いた。彼の文章は、単純なようでいて「間違い易く」、ひと癖あるようで、その実、最も正しいフランス語という定評のある所以(ゆえん)であろう。
(昭和二十六年一月)