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ウルトラQ バルンガ(虎見邦男脚本 ベタ・テクスト・データ)
                         PDF縦書版

 

[やぶちゃん注:以下は、昭和四一(一九六六)年三月十三日日曜日の午後七時から七時半にTBSで放映された特撮番組「ウルトラQ」(製作:円谷プロダクション・東京放送テレビジョン)の第十一話(シナリオ・ナンバーは十七・製作ナンバーは十六)として放映された「バルンガ」(監修:円谷英二・監督:野長瀬三摩地(のながせさまじ)・特技監督:川上景司(けいじ))の製作用台本の電子化である。

 脚本を担当した虎見邦男氏は、本作の重要な登場人物である奈良丸明彦博士と同じく、事蹟記載の少ない謎めいた脚本家であるが、私の所持する膨大な特撮関連書籍の記載等によれば、彼は昭和四二(一九六七)年三月末に若くして亡くなっている(昭和五(一九三〇)年生まれか? 没年確認をされたい方は、例えば、ブログ「JKOYAMA LAND番外地」のこちらの脚本家上原正三氏の証言を御覧戴きたい)ので、本作は本二〇一八年一月一日午前零時を以ってパブリック・ドメインとなった

 底本は同作の台本をもとにした(故あって、本底本の出所は明かさない)。現在知られる台本は一種のみのはずである。一行字数と柱・台詞等の字配位置は台本に従った。台本印刷の都合と思われるが、本文中では拗音や促音表記がなされていないが、それも再現した。シークエンスの柱の間は一行空けた。中に入った「◆」記号の前後は一行空けた。本横書版では見易さを考え、ショット・ナンバー(柱の頭)のアラビア数字は全角で示した。

 完成放映作品のエンディングには、監督野長瀬氏によって脚本にない忘れ難い、ショッキングなナレーション(石坂浩二)が附されてあり、これ等については「ウルトラQ」のDVD(複数所持するが、今回は映像・音声ともにブラッシュ・アップされた「総天然色ウルトラQ」(二〇一一年初版)を使用)を用いてシナリオと放映版との違いを検証し、当該相違箇所に私が注を挿入した、やぶちゃん注釈版を別に作成して同時公開したので(こちらPDF縦書版も有り)、そちらも是非お読み戴きたい。二種作成したのは、注釈を挟んだものは、原シナリオ自体を甚だ読み難いものにしてしまっているからである。但し、こちらでも誤字その他、最低限の字注は施し、不審に備えた。

 なお、虎見氏は最初に発見されるその生物(バルンガ)を「半透明ゼラチン質の、動物とも植物としも見わけのつかぬ物体」とト書きしておられるが、この生々しい生理的視認感をバルンガの原造形にもう少し表現出来ていたら、と、私は正直、少しばかり残念に思う。また、江戸川由利子(ゆりちゃん)がこの生物を見て、「風船虫かしら?」と呟くシーンがあるが、先日、ヒョンなことから、通称「風船虫」なる生物がいることを知った。半翅(カメムシ)目異翅(カメムシ)亜目タイコウチ下目ミズムシ上科ミズムシ科 Corixidae の大型種に対する異名である。私実に永い間、私の愛するゆりちゃんが「バルンガ」に名づけた架空の生物名だとばかり思っていた

 本作は私の偏愛する作品であり、リアル・タイムで放映を見(小学校四年生であった)、放映の翌日である昭和四一(一九六六)年三月十四日月曜日の朝(当日は北海道の一部を除いて快晴であった)、思わず、太陽を見上げた少年であった。特に私には、奈良丸明彦博士を演じた俳優青野平義(あおのひらよし 大正元(一九一二)年~昭和四九(一九七四)年)氏の抑制の利いた素晴らしい演技と声が五十年以上経った今でも鮮やかに甦るし、彼の台詞は総て暗記しているほどである。【2018年1月1日 藪野直史】]

 

 

 バルンガ

 

  人  物

 

万城目 淳

由利子

一平

宇宙パイロツト

田丸記者

デスク

院長

医師ABC

患者達とその家族

看護婦

老人ホームの老婆

基地の声    (声のみ)

調査部係員

対策本部長

その他記者、警官

救護班員たち

老人      (実は奈良丸博士)

 

1 宇宙船内

        疲労の果てに、パイロツトは幻覚に悩まさ

        れている。

        無数の星が輝く宇宙船の窓――その暗い対

        圧ガラスに、水滴が走つたと見えた。

        それは、星の光を宿してかすかに息づきな

        がら、膨張を開始した。

        SE――ブザーの音。

 基地の声「サタン一号、こちら衛星基地。無事帰還おめで

      とう。間もなく大気圏だ。秒読みを開始する。

      逆推進ロケットに点火用意」

パイロツト「こちらサタン一号、あの‥‥‥いえ制動準備O

      Kです」

 基地の声「五秒前、四、三、二、一、点火!」

        振動と、すさまじいGがパイロツトを襲う。

        次の瞬間、轟々たる噴射音がピタリと止む。

        無気味な静寂。

 基地の声「サタン一号、どうした? 応答せよ、何があつ

      たのだ? え? 聞こえない! 云つてくれ、

      ナラマル!」

パイロツト「燃料がゼロだ! (驚怖にゆがんだ表情)

      あ、風船が‥‥‥」

 

2 タイトル

        水滴様の物体、みるみる画面一ぱいに膨張

        して破裂すると、

        《ゴーホーム・バルンガ!》の文字。

        (以下タイトル・バツク)

        安定を失つて回転しながら大気圏に突込

        む宇宙船。次第に白熱してゆく。

        一個の流星となつた船体が星空を裂く。

        その轟音に、岬の上の老人ホームの老人

        達が表にとび出してくる。

        煮えたぎつている海。

 

3 岬の下の海岸

        波が岩を嚙む。泡立つ海面。

        岩に腰をおろし、瞑想にふけつている老人。

        傍に錘りをつけたゴム風船が一つ高くゆれ

        ている。老人、眼を開きたしかめるように

        風船を見上げる。

        岩に腰をおろし、瞑想にふけつている老人。

        傍に錘りをつけたゴム風船が一つ高くゆれ

        ている。老人、眼を開きたしかめるように

        風船を見上げる。

        セスナが飛んでいる。

 

4 セスナ機上

        操縦する万城目と、カメラを持つた由利子

        のコンビ。

  万城目「ひと廻りするか。例の事故海面だ」

  由利子「あ、土星ロケツト謎の墜落事故ね」

  万城目「寄り道だが、サービスしとくよ」

  由利子「こうして見ると、全く平和で、一週間前にあん

      なさわぎがあつたなんて信じられないわ」

  万城目「あの岬の沖に突込んだらしい」

  由利子「海は何の傷あとも止どめてはいない」

  万城目「そして君達ジヤーナリストはその上を素通りに

      して新しきネタを追う」

  由利子「まあ、きれい‥‥‥あれは何かしら、あの波打

      ちぎわの赤いもの」

  万城目「風船だろ。海の墓石に供える花というところだ」

  由利子「今日は詩人ねえ」

  万城目「腹がへつてるもんでね。さあ、昇るぜ」

        万城目、スロツトルを全開して上昇にうつ

        る。

        ‥‥‥と、高まつた爆音が断続をはじめ、

        ハタと止まる。

  万城目「おかしいな‥‥‥」

  由利子「いやだわ、土星ロケツトみたいに落つこちやう

      の?」

  万城目「明日は我が身ということもある。や‥‥‥燃料

      がからつぽだ!」

 

5 滑走路

        エンジン停止のセスナが滑走して来て、危な

        つかしく着陸する。

 

6 星川航空パイロツト控室

        足音荒く、万城目と由利子が入つてくる。

  万城目「一平! やい一平!」

        テーブルに足を乗せ、ふんぞり返つて雑誌

        を読んでいる一平。

  一 平「‥‥‥?‥‥‥」

  万城目「お前ガソリンどんだけ入れたんだ?」

  一 平「どんだけつて‥‥‥満タンにしましたけど」

 

7 星川航空控室(しばらく後)

        三人、机の上の奇妙な物体を見つめている。

        半透明ゼラチン質の、動物とも植物としも

        見わけのつかぬ物体。

        浮力を持つているらしく、数本のひも状の

        触手をうごめかして、テーブルの上30セン

        チの空間に漂つている。

  万城目「(じっと見て)一平、本当に、セスナの中にい

      たのか?」

  一 平「ほんとですよ、ラジエーターの隙間でぷかぷか

      やつてたんだ。よく見て下さい、作り物じやな

      いから‥‥‥」

  万城目「‥‥‥たしかに、生き物だ」

  由利子「‥‥‥風船虫かしら?」

  万城目「風船虫? そんな虫あるのかい?」

  由利子「さあ‥‥‥(自信がない)」

        問題の生物、宙に止まつて、息づくように

        かすかに膨張、収縮をくり返している。

 

8 道路

        走るスポーツ・カー(ハード・トツプ付)

 

9 スポーツ・カー・座席

        一平が、おつかなびつくりボール箱をかか

        えている。

  一 平「ゴソゴソ云つてやがる。気味悪いや、一寸替つ

      てよ、由利ちやん」

  由利子「いやよ。一平君が見つけたんじやない。」

  万城目「新種の生物だとしたら、えらい特ダネだぞ。発

      見者の名をとつて、イツペイムシと命名する」

  一 平「おれ、辞退するよ‥‥‥」

 

10 交差点

        信号待ちのスポーツ・カー。

        青に変つても発進しない。

        あわてる万城目の様子。

        車が一ぱいつまつてくる。

        SE――せかすようにクラクション。

 

11 車内

        SE――セルモーターが力なく廻つて止まつ

        てしまう。

  万城目「お手あげだ」

  由利子「また?」

  万城目「バツテリーもガソリンも、からつぽになつてる」

        一平、ギヤツと悲鳴をあげ、ボール箱を由

        利子の膝に投げ出す。

        由利子も悲鳴をあげ、一平の膝へ投げ返す。

        ふたを押し上げて、箱一ばいに成長した風

        船虫(?)が、はみだしてくる。

 

12 交叉点

        スポーツ・カーのまわりに人だかり。三人

        もおつかなびつくり中をのぞき込んでいる。

        走つて来たスクーターがストンとエンスト

        する。

        前後のタクシー、エンジン始動しない。

        その後方で怒鳴っていたダンプカーも、同

        じくエンコ。

        エンストの車で交差点は一ぱいになつてし

        まう。

        窓からのぞき込むトリオ。

  一 平「どんどんふくらんでくるぞ」

  由利子「あ、また大きくなつた。あ、あ」

  万城目「こりや、近くの動力を吸収して、成長するんだ」

        車の間をあざやかに縫つて来た白バイが景

        気よくストンとエンストする。

  一 平「そら、また!」

 

13 交差点

        交差マヒ状態。

        万城目、由利子、一平、別々に警官達に調

        べられている。

        由利子と一平、車の方へもどつてくる。

  一 平「風船のお化けめ、こうなつたら、つまみ出して

      やる」

  由利子「よしなさいよ。あら? なぜカーテン掛けたの

      かしら?」

  警 官「カーテンじやない。怪物が車内一ぱいに膨張し

      てるんだ」

  二 人「えつ?(と、のぞき込む)」

        内部から何かゞ押しつけられ、窓は曇り硝

        子のように見えている。

  警 官「さがつて下さい。危険だ」

  由利子「だつて、どうにかならないんですか?」

  警 官「教えてもらいたい位だね。警視庁に応援をたの

      んである。とにかく厄介なものを持ちこんだも

      のだ」

  由利子「(車のタイヤを指し)大変! この車、浮かん

      でいる!」

        タイヤと路面の間にわずかな隙間が‥‥‥

        その間隔がスーツとひらいて‥‥‥。

        眼の高さに浮き上つた車体。

        由利子、カメラを向ける。

        はち切れそうにふくれたドア。

        きしむ車体。

  一 平「やめろ、由利ちやん、危険だ(とかけ寄る)」

      つゞけざまにシヤツターを切る由利子。

  警 官「あぶない、さがれ!」

        轟音とともにふつとぶスポーツ・カー。

        身をもつて由利子をかばつた一平の背中に、

        車体の破片がつきささる。

        圧縮されていた怪物が、一気に膨張してそ

        の全貌を見せる。

        半透明なゼリー状の、不規則な球体――

        周囲にのびる長い触手が「風船虫」のおも

        かげを残している。

        球体の内部で、時折息づくような光が明滅

        する。

        拳銃を発射する警官。

        弾丸が命中した部分が螢のように発光し、

        気球状の底部からポロリと弾が落ちてくる。

        触手を八方にさしのべたまま次第に上昇し

        てゆく。

        一方、地上では由利子の腕の中で重傷の一

        平がうめいている。

 

14 毎日新報社

        夕刊〆切り間ぎわの、あわたゞしい記者連

        の出入り。

  デスク「おい、風船怪獣バルンガの記事はこれだけか?」

 田丸記者「え、まあ‥‥‥」

  デスク「ばかやろう、毎朝さんは国際謀略説、日報さん

        は宇宙人侵略説と、ハデにやつとる。しかるに

        わが社は何だ。依然として正体不明!」

        由利子のデスク。

        たつた今、入つて来た様子の万城目と向い

        合う由利子。

  由利子「一平君どうなの?」

  万城目「第一回の手術はどうやら成功したらしい。時間

      を置いて、二回目、三回目の手術をするそうだ」

  由利子「かわいそうな一平君! 私を助けるために‥‥

      (泣く)私、会つてくる」

  万城目「やめ給え。なまじ優しい言葉をかけると、あい

      つガツクリ往つてしまう。それより、君にすば

      らしいネタをあげよう」

  由利子「ネタ?(眼の色を変える)」

        万城目、一冊の古びた「生物学会報綴」を

        机の上にのせる。

  万城目「二十年前に、あのバルンガを発見した男があつ

      た。彼は山奥に落ちた隕石の破片から一個の宇

      宙胞子を採取して、その飼育に成功した。いや、

      成功したと学会で発表したんだ。しかし学会か

      ら実物の提示を求められた時、こう答えている

      んだ。『殺してしまつた。あれ以上成長をゆる

      せば人類の文明は荒廃に帰するだろう』と」

  由利子「わかつたわ、その宇宙胞子というのは‥‥‥」

  万城目「バルンガではなかつたろうか?」

由利子「その学者の名は?」

  万城目「奈良丸明彦。彼は学界から詐欺師呼ばわりされ、

      一切の研究資料を破棄して、大学教授の職を退

      いている」

  由利子「思い切つたことをしたものね」

  万城目「相当の痛手を受けたんだろうな。あるいは、本

      当の詐欺師だつたのかもしれない」

  由利子「もし本当なら、このバルンガ騒ぎを黙つて見て

      いるはづがないわ」

[やぶちゃん字注:「はづ」ママ。]

  万城目「自分を失脚させた学会への復讐と言うことも考

      えられる」

  由利子「まさか‥‥‥」

  万城目「とにかく、この奈良丸という人物をさがすこと

      だ。当局もこの人物をマークするのは時間の問

      題だ」

  由利子「わかつたわ、ありがとう!」

 

              ◆

 

15 毎日新報社・調査部

        資料係がフアイルから一枚のカードを抜き

        出して、

  係 員「記載が少いな。あまり有名ではないらしい‥‥

      ‥東洋大学教授の職を辞し、昭和×年×月、科

      学博物館に勤務‥‥‥これで終りですかね、二

      十年も昔の話だ」

  由利子「博物館ね。ありがとう。写真はないかしら?」

  係 員「それが、一枚もないんだな」

 

16 国立科学博物館

        石段を上る由利子。

 

17 同・事務室

  由利子「では、五年前に停年退職されたんですか‥‥‥

      これが自宅の住所ですね」

 

18 住宅街の一戸

  由利子「移転先はわかりませんか? 家族かご親類でも

      ? そうですか‥‥‥」

 

19 清風園の一室

        回転するテープ・レコーダー。 UP

  再生音「応答せよ、何があつたのだ? え? 聞こえな

      い! 云つてくれ、ナラマル! ‥‥‥(雑音)

      燃料が、ゼロだ‥‥‥あ、風船が‥‥」

        操作する老人の手。

        ストツプ。

        捲きもどし。

        再生。

  再生音「云つてくれ、ナラマル!‥‥‥燃料がゼロだ‥

      ‥‥あ、風船が‥‥‥」

        聞き入る老人の声。

  再生音「‥‥‥ゼロだ‥‥‥あ、風船が‥‥‥」

        カメラ、トラツク、バツクすると老人ホー

        ムの一室。

        壁の一方にハムの設備がある。部屋の隅で

        ゆれている風船。

        老婆がのぞいて

  老 婆「彦さん、新聞ですよ。東京に風船の化け物が出

      たつてさ」

        老人喰い入るように新聞に見入る。

 

20 都内道路(夜)

        群集が、ごつた返している。

        交通遮断している警官。

        ビル街のシルエツト。

        その上に、巨大な入道雲のように成長した

        怪物が浮かんでいる。

        短い間を置いて発光を操返す。

[やぶちゃん字注:「操返す」ママ。「繰返す」の誤植。]

        周囲に炸裂するナパーム弾。

        熱線砲の光の矢が、交錯する。

        人混みの間から見上げている由利子。

        一人の老人(彦さん)が群集にもまれて突

        倒される。

  由利子「おじさん、大丈夫ですか?(と助け起す)」

  老 人「ありがとう、大丈夫だ(と、なおも空を見上げ

      る)」

        戦斗機の編隊がバルンガの上空をかすめて

        透導弾を発射するが、命中部分が鈍く発光

        するだけで爆発は起らない。ジエツトの爆

        音が断続して、聞こえなくなる。

[やぶちゃん字注:「透導弾」ママ。「誘導弾」の誤植であろう。]

        音もなく落ちてゆくジエツト機。

  老 人「(独り言で)何をしとるんだ!」

  由利子「(ふりむく)え?」

  老 人「あれでは怪物に食い物をやつているようなもの

      だ。あれ以上 育てたら、えらいことになる」

[やぶちゃん字注:一字空白はママ。]

  由利子「!」

        再びジエツトの轟音が頭上をかすめ、由利

        子、思わず空を見る。

  由利子「(ハツト気づき)おじさん! どこへ行つたの

      かしら? おじさん!」

 

21 スポンサーズ・メツセージ

 

22 バルンガ合同対策本部

        記者会見の対策本部長。

  本部長「これ以上、怪物にエネルギーを与えるような

      攻撃は行いません。対策樹立の時をかせがせて

      頂きたい」

  記者A「しかし、バルンガは高圧送電線からどんどん電

      気を喰つている」

  本部長「間もなく都内全域に送電を中止させます。同時

      に、あらゆる動力の使用が禁止されます」

        (じや、電気は? 交通機関は? 新聞、

        テレビは?)等々の声。一同、ざわめく。

  記者B「人道問題だ。病院や手術を要する患者はどうな

      るんだ?」

  本部長「優先的に他県へ運び出します。それも救急車が

      使える範囲内のことだが」

 

23 道路

        走る救急車。

        赤十字のマークをつけた大型バスがつつ走

        る。

        (一般の乗り物は一台も動いていない)

 

24 病院正門(夜)

        荷物を運び出す人々。

        病人を救急車に移す看護婦たち。

        万城目も手をかしている。一人の看護婦が

        近づいて来て、

  看護婦「あの体では動かせないそうです」

  万城目「じや、一平を置き去りに?」

  看護婦「いえ。他にも重症患者がいます。先生方も残り、

       この病院で手術を続けるそうです」

        突然、電気が消える。

        驚きの声や悲鳴。

 

25 道路(夜)

        エンストした救急車から運び出される患者

        達。

        赤十字の腕章をつけた自転車部隊が活躍し

        ている。

 

26 病院の一室(夜)

        すでに大部分の患者が避難して、ガランと

        した病院の一室。

        ランプがともつている。ベツトで昏睡して

        いる一平。付そつている万城目と由利子。

        電話のベルが鳴る。

        とびつく由利子。

        鳴つたのは目覚し時計である。

  由利子「‥‥‥こうなつては、新聞記者もお手上げだわ。

      特ダネも何も意味がないんだもの」

  万城目「君はいまだに特ダネ意識で動いてんの? それ

      じや一平は、死んでも死にきれまい」

  由利子「いやよ、死ぬなんて云つちや‥‥‥」

  万城目「一平だけの問題じやない。昔、奈良丸博士が予

      言したように、おそらく人類の文明が危機にさ

      らされているんだ。我々よりはバルンガについ

      て多くのことを知つているらしい人物に君は会

      つている。君の直感通り、その老人が奈良丸博

      士にちがいあるまい。彼は何かの理由で非協力

      的だ、それを説得するのがジヤーナリストとし

      て残された君の役目だ」

  由利子「私、も一度さがしてみる(立上る)」

  万城目「どこを?」

  由利子「バルンガのよく見える場所を」

 

27 郊外の道(夜明け)

        由利子と万城目、けんめいに自転車をこい

        でゆく。

        空には無気味な姿のバルンガが浮いている。

 

28 大川にかかる橋の上(朝)

        二人自転車をとめて、手すりにもたれ川を

        眺めている。

        バルンガが、ずつと近づいて見える。

  由利子「あら、あれ何かしら、風船じやない?」

  万城目「どこ?」

  由利子「あの倉庫みたいな建物の‥‥‥」

  万城目「あゝ、風船らしいな」

  由利子「ねえ、土星ロケツトの落ちた海の上を、セスナ

      で飛んだ時、波打際に風船が見えたでしよう?

      あなたは海の墓に供える花だと云つたわ」

  万城目「つまらないことを覚えてるな」

  由利子「行つて見ましよう!」

 

29 倉庫のある河岸

      二人が自転車をおりてくる。

      舟付場に腰をおろしている老人の後姿。そ

      の手には風船がゆれている。自転車を捨て、

      駈け寄る二人。

      老人、ゆつくりふりかえる。

  由利子「あ、あなたはこの間の‥‥‥」

  万城目「失礼ですが、奈良丸明彦博士では?」

  老 人「(答えず)せがれが、海で死んだものでな、こ

      うして供養しておる。死にぎわに風船が欲しい

      とぬかしよつた‥‥‥ハハハ‥‥‥」

  由利子「あなたは、あの怪物について何かを知つていら

      つしやるのでは?」

  老 人「怪物? バルンガは怪物ではない。神の警告だ」

  万城目「神ですつて?」

  老 人「君は洪水に竹槍で向かうかね? バルンガは自

      然現象だ。文明の天敵というべきか。こんな静

      かな朝は又となかつたじやないか‥‥‥この気

      狂いじみた都会も休息を欲している。ぐつすり

      眠つて反省すべきこともあろう‥‥‥」

  由利子「反省すれば救われるというのですか?」

        老人答えない。

        風船を空へ放し、見送つている。

  老 人「どうやら、台風がくるようだ」

 

30 病院の病室

        枕を並べてうめいている要手術の重患達。

        一平の顔もある。

        不安な家族連の表情。

        いらいらして待つ外科医。

        決断をせまられる院長。

  院 長「手術の用意だ! 禁止令を犯しても止むを得ん。

      自家発電を行う」

        と、医師達と出ていく。入れ違いに万城目

        と由利子、老人を伴つて入つてくる。

家族の一人「喜んで下さい、あんた方。今、院長先生が発電

      機を動かして下さるそうで」

  老 人「(眉をひそめ)おそらく、無駄だろう‥‥‥」

        一同敵意のこもつた沈黙。

        電灯がバツと点く。

        廻り出す扇風機。

        喜びの声があがる‥‥‥が、束の間、電灯

        二、三度明滅して消えてしまう。

  万城目「皆さん、あきらめてはいけない、台風が近づい

      ているんだ。きつとバルンガを吹きとばしてく

      れる」

  老 人「神だのみのたぐいだ」

  由利子「(むつとして)病人を力づけるために云つてる

      んだから、いいじやないの!」

  老 人「科学者は、気休めは云えんのだよ」

  由利子「じや、あなたは矢張り奈良丸博士?」

  老 人「(急に強い眼の光りで)だが、たつた一つ望み

      がある‥‥‥(自分に)わしは風船を飛ばした

      時、なぜこれに気づかなかつたのか?」

 

31 病院の門

        さつそうと馬にまたがつた万城目。

        見送る由利子と老人に手を振り、

  万城目「では、対策本部へ、早馬の使者!」

        一むちくれて、走り去る。

 

32 空

        曇り空に、千切れ雲が速い。

        台風の近づく気配。

        その空に、ごう然と触手をのべて浮いてい

        るバルンガ。

 

33 横なぐりの雨

 

34 ゆれ動く大木の梢

 

35 病室

        薄暗いランプの光の下で息を殺している人

        々。

  医師A「いつまで待つたんだ! 野戦病院のつもりなら

      手術出来んことはない」

  院 長「待て。それが出来る位ならとつくにしている。

      明日の朝まで待つんだ」

 

36 空(夜)

        猛烈な嵐。

        地をゆるがす風のうなり。

        無気味な発光を続けながら、想像を絶する

        風圧と斗うバルンガの姿。

        走る稲妻。

        のたうつ触手。

        さまざまに型を変えてうねる球体。

        台風の目がバルンガに引き寄せられて行く。

        台風の目とバルンガの綱引きのような斗い。

        両者が一つに重なつた時、一天にわかに晴

        れ渡つて巨大な台風のエネルギーは消滅し

        てしまう。

 

37 同じ空(朝)

        一点の雲もなく晴れた空。

        同じ位置に、三倍もの大きさに成長したバ

        ルンガが浮かんでいる。

        いまや、空をおおう程の雄渾な姿。

        それは、原爆のキノコ雲を想像させる。

 

38 病院の屋上

        医者達が空を眺めている。

  医師A「完全に敗けたよ。台風のエネルギーを喰つちま

      つた」

  医師B「まさに、英雄といつた感じだよ」

  医師A「おれは田舎へ帰つて、百姓でもしたくなつた」

        その背後に来てひつそり立つた人物。

  老 人「(独白のように)間もなく、バルンガは宙宙へ

      帰る」

[やぶちゃん字注:「宙宙」はママ。「宇宙」の誤植。]

        振り向く三人。

        例の老人である。

 

39 空

        はるか空の一点で、眼のくらむような輝き

        がひろがる。

  老人の声「北海道から発射したミサイルが、宇宙空間で核

       爆発を起したのだ‥‥‥」

        バルンガの触手、にわかに動いて空を指す。

        次の瞬間、空中の核爆発を目ざして昇り出

        すバルンガの巨体。

 

40 病院の屋上

        看護婦が叫ぶ。

  看護婦「先生! 電気が、電気が来ています!」

   医師達「なにを? 手術だ!」

        走つて行く三人の医師。

        独り残つた老人、じつと空を見つめている。

        万城目と由利子、いつのまにか来て背後に

        立つ。

  万城目「ありがとう、奈良丸博士‥‥‥」

  由利子「一平君も助かるわ、でも、バルンガは核エネル

      ギーをたべて、又もどつて来ないかしら?」

  奈良丸「その心配はない。核爆発で誘導したから本来の

      食物に気づいたはづだ」

[やぶちゃん字注:「はづ」はママ。]

  万城目「本来の食物?」

  奈良丸「太陽だよ」

        バルンガと核爆発をむすぶ線の彼方に太陽

        が輝いている。

  奈良丸「生物にはいろんな形がある。バルンガは宇宙空

      間をさ迷い恒星のエネルギーを喰う生命体なの

      だ。おそらく衛星ロケツト・サタン一号が地球

      へ運んで来たのだろう。(自分に言い聞かせる

      ように)二十年前には隕石にのつてやつて来た

      ‥‥‥」

  万城目「博士の名誉はこれでバンカイされます」

  奈良丸「サタン一号には、私のせがれが乗つていた。い

      づれにしても、私には縁の深い怪物だつたといえる」

 

41 地上

        電車、自動車その他ストツプ・モーシヨン

        の写真が一せいに動き出してふだんと変ら

        ぬ朝の姿――

 

42 空

  奈良丸「バルンガは太陽と一体になるのだよ。太陽がバ

      ルンガを食うのか、バルンガが太陽を食うのか

      ‥‥‥」

  由利子「まるで、禅問答ね」

        スピードをあげて昇るバルンガ。

        その正体も次第に小さくなつてゆく。やが

        て太陽とぴつたり重なつて八方へのびた触

        手がコロナのように輝いて見える。

 

43 エンデイング

                     (FO

 

                       終

 

[やぶちゃん字注:最後の「終」は太い丸印の中のやや右上に記されてある。]