やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇へ
鬼火へ

[やぶちゃん注:大正十四(1925)年九月発行の雑誌『中央公論』に掲載され、後に『湖南の扇』に所収。底本は、岩波版旧全集を用いた。但し、底本は総ルビであるが、うるさいので、読みの振れるもののみのパラルビとした。傍点「丶」は下線に代えた。]

 

海のほとり   芥川龍之介

 

        一

 

 ……雨はまだ降りつづけてゐた。僕等は午飯(ひるめし)をすませた後(のち)、敷島を何本も灰にしながら、東京の友だちの噂などした。

 僕等のゐるのは何もない庭へ葭簾(よしず)の日除けを差しかけた六疊二間の離れだつた。庭には何もないと言つても、この海邊に多い弘法麥だけは疎らに砂の上に穗を垂れてゐた。その穗は僕等の來た時にはまだすつかり出揃わなかつた。出てゐるのも大抵はまつ青だつた。が、今はいつのまにかどの穗も同じやうに狐色に變り、穗先ごとに滴をやどしてゐた。

「さあ、仕事でもするかな。」

 Mは長ながと寢ころんだまま、糊の強い宿の湯帷子(ゆかた)の袖に近眼鏡の玉を拭つてゐた。仕事と言ふのは僕等の雜誌へ毎月何か書かなければならぬ、その創作のことを指すのだつた。

 Mの次の間へ引きとつた後(のち)、僕は座蒲團を枕にしながら、里見八犬傳を讀みはじめた。きのう僕の讀みかけたのは信乃、現八、小文吾などの莊助(さうすけ)を救いに出かける所だつた。「その時蜑崎照文(あまざきてるぶみ)は懷ろより用意の沙金を五包(いつつ)みとり出しつ。先ず三包みを扇にのせたるそが儘に、……三犬士、この金は三十兩をひと包みとせり。尤も些少の東西(もの[やぶちやん注:「東西」で「もの」と読ませている。])なれども、こたびの路用を資(たす)くるのみ。わが私(わたくし)の餞別ならず、里見殿の賜ものなるに、辭(いろ)はで納め給へと言ふ。」――僕はそこを讀みながら、おととひ屆いた原稿料の一枚四十錢だつたのを思ひ出した。僕等は二人ともこの七月に大學の英文科を卒業してゐた。從つて衣食の計(はかりごと)を立てることは僕等の目前に迫つてゐた。僕はだんだん八犬傳を忘れ、教師になることなどを考へ出した。が、そのうちに眠つたと見え、いつかかう言ふ短い夢を見てゐた。

 ――それは何でも夜更けらしかつた。僕は兎に角雨戸をしめた座敷にたつた一人横になつてゐた。すると誰(たれ)か戸を叩いて「もし、もし」と僕に聲をかけた。僕はその雨戸の向うに池のあることを承知してゐた。しかし僕に聲をかけたのは誰(たれ)だか少しもわからなかつた。

 「もし、もし、お願ひがあるのですが、………」

 雨戸の外の聲はかう言つた。僕はその言葉を聞いた時、「ははあ、Kのやつだな」と思つた。Kと言ふのは僕等よりも一年後の哲學科にゐた、箸にも棒にもかからぬ男だつた。僕は横になつたまま、可也大聲に返事をした。

 「哀れつぽい聲を出したつて駄目だよ。又君、金のことだらう?」

 「いいえ、金のことぢやありません。唯わたしの友だちに會わせたい女があるんですが、………」

 その聲はどうもKらしくなかつた。のみならず誰(たれ)か僕のことを心配してくれる人らしかつた。僕は急にわくわくしながら、雨戸をあけに飛び起きて行つた。實際庭は縁先からずつと廣い池になつてゐた。けれどもそこにはKは勿論、誰(たれ)も人かげは見えなかつた。

 僕はしばらく月の映つた池の上を眺めてゐた。池は海草の流れてゐるのを見ると、潮入りになつてゐるらしかつた。そのうちに僕はすぐ目の前にさざ波のきらきら立つてゐるのを見つけた。さざ波は足もとへ寄つて來るにつれ、だんだん一匹の鮒になつた。鮒は水の澄んだ中に悠々と尾鰭(おひれ)を動かしてゐた。

 「ああ、鮒が聲をかけたんだ。」

 僕はかう思つて安心した。――

 僕の目を覺ました時にはもう軒先の葭簾の日除けは薄日の光を透かしてゐた。僕は洗面器を持つて庭へ下(お)り、裏の井戸ばたへ顏を洗ひに行つた。しかし顏を洗つた後(あと)でも、今しがた見た夢の記憶は妙に僕にこびりついてゐた。「つまりあの夢の中の鮒は識域下の我(われ)と言ふやつなんだ。」――そんな氣も多少はしたのだつた。

 

        二

 

 ………一時間ばかりたつた後(のち)、手拭を頭に卷きつけた僕等は海水帽に貸下駄を突つかけ、半町ほどある海へ泳ぎに行つた。道は庭先をだらだら下りると、すぐに濱へつづいてゐた。

 「泳げるかな?」

 「きけふは少し寒いかも知れない。」

 僕等は弘法麥の茂みを避(よ)け避け、(滴をためた弘法麥の中へうつかり足を踏み入れると、ふくら脛の痒くなるのに閉口したから。)そんなことを話して歩いて行つた。氣候は海へはひるには涼し過ぎるのに違ひなかつた。けれども僕等は上總の海に、――と言ふよりも寧ろ暮れかかつた夏に未練を持つてゐたのだつた。

 海には僕等の來た頃は勿論、きのふさへまだ七八人の男女は浪乘りなどを試みてゐた。しかしけふは人かげもなければ、海水浴區域を指定する赤旗も立つてゐなかつた。唯廣びろとつづいた渚に浪の倒れてゐるばかりだつた。葭簾圍いの着もの脱ぎ場にも、――そこには茶色の犬が一匹、細かい羽蟲の群れを追ひかけてゐた。が、それも僕等を見ると、すぐに向うへ逃げて行つてしまつた。

 僕は下駄だけは脱いだものの、到底泳ぐ氣にはなれなかつた。しかしMはいつの間にか湯帷子や眼鏡(めがね)を着もの脱ぎ場へ置き、海水帽の上へ頰かぶりをしながら、ざぶざぶ淺瀨へはいつて行つた。

 「おい、はひる氣かい?」

 「だつて折角來たんじやないか?」

 Mは膝ほどある水の中に幾分か腰をかがめたなり、日に燒けた笑顏(わらひがほ)をふり向けて見せた。

 「君もはいれよ。」

 「僕は厭だ。」

 「へん、『嫣然』がゐりやはひるだらう。」

 「莫迦を言え。」

 「嫣然」と言ふのはここにゐるうちに挨拶ぐらいはし合ふやうになつた或十五六の中學生だつた。彼は格別美少年ではなかつた。しかしどこか若木に似た水々しさを具えた少年だつた。丁度十日ばかり以前の或午後、僕等は海から上つた體を熱い砂の上へ投げ出してゐた。そこへ彼も潮に濡れたなり、すたすた板子(いたご)を引きずつて來た。が、ふと彼の足もとに僕等の轉がつてゐるのを見ると、鮮かに齒を見せて一笑した。Mは彼の通り過ぎた後(のち)、ちよつと僕に微苦笑を送り、

 「あいつ、嫣然として笑つたな。」と言つた。それ以來彼は僕等の間に「嫣然」と言ふ名を得てゐたのだつた。

 「どうしてもはいらないか?」

 「どうしてもはいらない。」

 「イゴイストめ!」

 Mは體を濡らし濡らし、ずんずん沖へ進みはじめた。僕はMには頓着(とんぢやく)せず、着もの脱ぎ場から少し離れた、小高い砂山の上へ行つた。それから貸下駄を臀(しり)の下に敷き、敷島でも一本吸おうとした。しかし僕のマツチの火は存外強い風の爲に容易に卷煙草に移らなかつた。

 「おうい。」

 Mはいつ引つ返したのか、向うの淺瀨に佇んだまま、何か僕に聲をかけてゐた。けれども生憎その聲も絶え間のない浪の音の爲にはつきり僕の耳へはひらなかつた。

 「どうしたんだ?」

 僕のかう尋ねた時にはMはもう湯帷子を引つかけ、僕の隣に腰を下ろしてゐた。

 「何、水母にやられたんだ。」

 海にはこの數日來、俄に水母が殖えたらしかつた。現に僕もをとといの朝、左の肩から上膊へかけてずつと針の痕をつけられてゐた。

 「どこを?」

 「頸のまわりを。やられたなと思つてまはりを見ると、何匹も水の中に浮いてゐるんだ。」

 「だから僕ははひらなかつたんだ。」

 「譃をつけ。――だがもう海水浴もおしまひだな。」

 渚はどこも見渡す限り、打ち上げられた海草の外は白じらと日の光に煙つてゐた。そこには唯雲の影の時々大走(おほばし)りに通るだけだつた。僕等は敷島を銜へながら、暫くは默つてかう言ふ渚に寄せて來る浪を眺めてゐた。

 「君は教師の口はきまつたのか?」

  Mは唐突(いきなり)とこんなことを尋ねた。

 「まだだ。君は?」

 「僕か? 僕は………」

 Mの何か言ひかけた時、僕等は急に笑い聲やけたたましい足音に驚かされた。それは海水着に海水帽をかぶつた同年輩の二人の少女だつた。彼等は殆ど傍若無人に僕等の側(そば)を通り拔けながら、まつすぐに渚へ走つて行つた。僕等はその後姿を、――一人は眞紅の海水着を着、もう一人はちょうど虎のやうに黒と黄とだんだらの海水着を着た、輕快な後姿を見送ると、いつか言い合せたやうに微笑してゐた。

 「彼女たちもまだ歸らなかつたんだな。」

 Mの聲は常談らしい中にも多少の感慨を託してゐた。

 「どうだ、もう一ぺんはいつて來ちや?」

 「あいつ一人ならばはいつて來るがな。何しろ『ジンゲジ』も一しよじや、………」

 僕等は前の「嫣然」のやうに彼等の一人に、――黒と黄との海水着を着た少女に「ジンゲジ」と言ふ諢名をつけてゐた。「ジンゲジ」とは彼女の顏だち(ゲジヒト)の肉感的(ジンリッヒ)なことを意味するのだつた。僕等は二人ともこの少女にどうも好意を持ち惡かつた。もう一人の少女にも、――Mはもう一人の少女には比較的興味を感じてゐた。のみならず「君は『ジンゲジ』にしろよ。僕はあいつにするから」などと都合の好(い)いことを主張してゐた。

 「そこを彼女のためにはいつて來いよ。」

 「ふん、犧牲的精神を發揮してか?――だがあいつも見られてゐることはちやんと意識してゐるんだからな。」

 「意識してゐたつて好(い)いぢやないか。」

 「いや、どうも少し癪だね。」

 彼等は手をつないだまま、もう淺瀨へはいつてゐた。浪は彼等の足もとへ絶えず水吹(しぶ)きを打ち上げに來た。彼等は濡れるのを惧れるやうにそのたびにきつと飛び上つた。かう言ふ彼等の戲れはこの寂しい殘暑の渚と不調和に感ずるほど花やかに見えた。それは實際人間よりも蝶の美しさに近いものだつた。僕等は風の運んで來る彼等の笑い聲を聞きながら、しばらくまた渚から遠ざかる彼等の姿を眺めてゐた。

 「感心に中々勇敢だな。」

 「まだ背は立つてゐる。」

 「もう――いや、まだ立つてゐるな。」

 彼等はとうに手をつながず、別々に沖へ進んでゐた。彼等の一人は、――眞紅の海水着を着た少女は特にずんずん進んでゐた。と思うと乳ほどの水の中に立ち、もう一人の少女を招きながら、何か甲高い聲をあげた。その顏は大きい海水帽のうちに遠目にも活き活きと笑つてゐた。

 「水母かな?」

 「水母かも知れない。」

 しかし彼等は前後したまま、さらに沖へ出て行くのだつた。

 僕等は二人の少女の姿が海水帽ばかりになつたのを見、やつと砂の上の腰を起した。それから餘り話もせず、(腹も減つてゐたのに違ひなかつた。)宿の方へぶらぶら歸つて行つた。

 

        三

 

 ………日の暮も秋のやうに涼しかつた。僕等は晩飯をすませた後(のち)、この町に歸省中のHと言ふ友だちやNさんと言ふ宿の若主人ともう一度濱へ出かけて行つた。それは何も四人とも一しよに散歩をするために出かけたのではなかつた。HはS村(むら)の伯父を尋ねに、Nさんはまた同じ村の籠屋へ庭鳥を伏せる籠を註文しにそれぞれ足を運んでゐたのだつた。

 濱傳いにS村へ出る途は高い砂山の裾をまわり、ちょうど海水浴區域とは反對の方角に向つてゐた。海は勿論砂山に隱れ、浪の音もかすかにしか聞えなかつた。しかし疎らに生え伸びた草は何か黒い穗に出ながら、絶えず潮風にそよいでゐた。

 「この邊に生えてゐる草は弘法麥ぢやないね。――Nさん、これは何と言ふの?」

 僕は足もとの草をむしり、甚平(じんべい)一つになつたNさんに渡した。

 「さあ、ぢじやなし、――何と言ひますかね。Hさんは知つてゐるでせう。わたしなぞとは違つて土地つ子ですから。」

 僕等もNさんの東京から聟に來たことは耳にしてゐた。のみならず家附の細君は去年の夏とかに男を拵へて家出したことも耳にしてゐた。

 「魚のこともHさんはわたしよりはずつと詳しいんです。」

 「へええ、Hはそんなに學者かね。僕は又知つてゐるのは劍術ばかりかと思つてゐた。」

 HはMにかう言われても、弓の折れの杖を引きずつたまま、ただにや/\笑つてゐた。

 「Mさん、あなたも何かやるでしせう?」

 「僕? 僕はまあ泳ぎだけですね。」

 Nさんはバットに火をつけた後(のち)、去年水泳中に虎魚(をこぜ)に刺された東京の株屋の話をした。その株屋は誰が何と言つても、いや、虎魚などの刺す訣(わけ)はない、確かにあれは海蛇だと強情を張つてゐたとか言ふことだつた。

 「海蛇なんてほんたうにゐるの?」

 しかしその問に答えたのはたつた一人海水帽をかぶつた、背の高いHだつた。

 「海蛇か? 海蛇はほんたうにこの海にもゐるさ。」

 「今頃もか?」

 「何、滅多にやゐないんだ。」

 僕等は四人とも笑ひ出した。そこへ向うからながらみ取りが二人、(ながらみと言ふのは螺(にし)の一種である。)魚籃(びく)をぶら下げて歩いて來た。彼等は二人とも赤褌(あかふんどし)をしめた、筋骨の逞しい男だつた。が、潮に濡れ光つた姿はもの哀れと言ふよりも見すぼらしかつた。Nさんは彼等とすれ違ふ時、ちよつと彼等の挨拶に答へ、「風呂にお出で」と聲をかけたりした。

 「ああ言ふ商賣もやり切れないな。」

 僕は何か僕自身もながらみ取りになり兼ねない氣がした。

 「ええ、全くやり切れませんよ。何しろ沖へ泳いで行つちや、何度も海の底へ潛るんですからね。」

 「おまけに澪(みお)に流されたら、十中八九は助からないんだよ。」

 Hは弓の折れの杖を振り振り、いろいろ澪の話をした。大きい澪は渚から一里半も沖へつづいてゐる、――そんなことも話にまじつてゐた。

 「そら、Hさん、ありやいつでしたかね、ながらみ取りの幽靈が出るつて言つたのは?」

 「去年――いや、おととしの秋だ。」

 「ほんたうに出たの?」

 NさんはMに答へる前にもう笑ひ聲を洩らしてゐた。

 「幽靈ぢやなかつたんです。しかし幽靈が出るつて言つたのは磯つ臭い山のかげの卵塔場でしたし、おまけにその又ながらみ取りの死骸は蝦(えび)だらけになつて上つたもんですから、誰(たれ)でも始めのうちは眞に受けなかつたにしろ、氣味惡がつてゐたことだけは確かなんです。そのうちに海軍の兵曹上りの男が宵のうちから卵塔場に張りこんでゐて、とうとう幽靈を見とどけたんですがね。とつつかまえて見りや何のことはない。ただそのながらみ取りと夫婦(ふうふ)約束をしてゐたこの町の達磨茶屋の女だつたんです。それでも一時(いちじ)は火が燃えるの人を呼ぶ聲が聞えるのつて、ずゐぶん大騷ぎをしたもんですよ。」

 「ぢや別段その女は人を嚇かす氣で來てゐたんぢやないの?」

 「ええ、ただ毎晩十二時前後にながらみ取りの墓の前へ來ちや、ぼんやり立つてゐただけなんです。」

 Nさんの話はかう言ふ海邊にいかにもふさわしい喜劇だつた。が、誰(たれ)も笑ふものはなかつた。のみならず皆なぜともなしに默つて足ばかり運んでゐた。

 「さあこの邊から引つ返すかな。」

 僕等はMのかう言つた時、いつのまにかもう風の落ちた、人氣のない渚を歩いてゐた。あたりは廣い砂の上にまだ千鳥の足跡さへかすかに見えるほど明るかつた。しかし海だけは見渡す限り、はるかに弧を描いた浪打ち際に一すぢの水沫(みなわ)を殘したまま、一面に黒ぐろと暮れかかつてゐた。

 「ぢや失敬。」

 「さようなら。」

 HやNさんに別れた後(のち)、僕等は格別急ぎもせず、冷びえした渚を引き返した。渚には打ち寄せる浪の音の外に時々澄み渡つた蜩の聲も僕等の耳へ傳はつて來た。それは少くとも三町は離れた松林に鳴いてゐる蜩だつた。

 「おい、M!」

 僕はいつかMより五六歩あとに歩いてゐた。

 「何だ?」

 「僕等ももう東京へ引き上げようか?」

 「うん、引き上げるのも惡くはないな。」

 それからMは氣輕そうにティッペラリイの口笛を吹きはじめた。

                       (大正十四・八・七)