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ブログ・コメント(松村みね子「芥川さんの囘想(わたくしのルカ傳)」イニシャル同定及び聊かの注記)へ
[やぶちゃん注:中央公論社発行の雑誌『婦人公論』昭和4(1229
)年7月号に松村みね子名義で掲載された。底本は2004年月曜社刊の片山廣子/松村みね子「燈火節」を用いたが、底本は新字であり、私のポリシーから恣意的に正字に変換した。また、傍点「ヽ」は下線に換えた。なお冒頭の4段落分は表記の通り、各段落冒頭の一字空けがない。後ろから4段落目の「翌あさ」の「あさ」はママ。【2008年1月12日】]

 

芥川さんの囘想(わたくしのルカ傳)   松村みね子

 

主イエス・キリストの三年の御生活を、マタイとマルコは見て書いた。愛する弟子ヨハネは見、かつ感じて書いた。ルカは、それを聞いて書いた。

まだ少女の時分、私が聖書の級でさういふことを教はつたとき、その四人をいろいろ空想して見、ルカはキリストの毎日を見ないでかはいさうにと思つた。そして又、キリストの足が泥によごれてゐるのも見ず、頭痛がする時キリストの額に八の字がよるのも見なかつたことは、傳記者として一ばん幸bセつたらうとも思つたりした。

四人の意見をいちいち訊いて見たら、一人一人が、自分がいちばん幸bセと云つたにちがひないが。

そのルカとは少し話が違ふが、私が十餘年間はるかに禮拜してゐた
AR氏の、ことし三囘忌にあたるので、その在世中の折にふれての話を何か知つてるなら書くやうにとS氏から云はれた時、私はルカを考へた。もしも私の耳學問をそのまま書きつけたら、十一使徒が笑ふかもしれない。しかし、彼等はすでに祝bウれた彼等なのだから、ルカにはルカの文をゆるすだらう。

 
 T町のなかで一ばん靜かな路に藝術家M氏の家がある。M氏一家が避暑に行つた留守をMKが留守居してゐた。MKは、いま赤い本の編輯をしてゐるMだ。ある夕方Mが一人でぼんやりしてゐると、Hが訪ねて來た。

 二人の青年は寢ころがつてその儘うたたねしてしまつたが、夜が更けて門を叩く音がした。二人は起きて聽いた。夜はもう十二時すぎで、うちの門を叩いてゐる、そしてM君、M君、あけてくれと聲が云つてた。Mは出て行つて門をあけると、Nだつた。

 Nはその日何かの人違ひで芝の警察に留められ、夜遲くなつて漸く人達ひがわかつて解放されたのだが、郊外の彼の家は遠かつたし、ひどく空腹(すきはら)だつたからこの家に訪ねて來たのだ。

 Mは友人のために新しく御飯をたき、みそ汁もつくつた。汁の煮えたつにほひが家(うち)ぢゆうに流れて、Hも食欲を感じ、僕も食はうと云ひ出した。Mは座敷に食卓を出し白いきれをかけて三人がその夜ふけの食事をした。じつにうまかつたさうである。食事がすんだのは二時で、彼等ははなを始めた。

 ふいとHが、Aさんもう寢たらうなと云つた。もう、寢たらう、とNが云つた。

 その夜ちやうどその時分、A氏はその彼等から二三町はなれた彼の家で、藥を飮みしづかに眠り始めた時だつた。彼等はしばらく札をめくつて又Nが云つた、あす、歸るとき、Aさんとこへ寄つて行かう。

 僕もいく、
Hも云つた。Mは留守居だから、行くことは出來なかつた。彼等はそれからも熱心に札をいぢつてゐると、どこか遠く鷄が鳴きはじめ、むしあつい夜が夜明だつた。寢ようか? 彼等はそこへ寢てしまつた。もう朝の四時だつた。

おそくなつて目が覺め、朝飯をすますと彼等は昨夜ゆふべ云つたことを忘れて急いで歸つて行つた。

秋になつてHからその話を聞いた時、A氏に愛された青年たちが無意識にお通夜をしてゐたのだらうと、私は思つた。彼等の姿がA氏のゆめに映つたかもしれない。

さう思ふことは、さう信じることは、たのしい。

 

 NO村に古くからの路があつて、ちやうどOの村はづれで路が二本に別れ追分になつてゐる。そこは小さな小高い丘になつて一本の標示石(みちしるべ)が立つてゐる。四角な柱みたいな石で、東にむいて立つてゐる。おもてに「右、何々街道、左、何々道」と彫つてある。

 A氏が丈夫の時分そこへ遊びに行つた。非常に暑い日のひるで、その丘の腰掛で、一しよにゐたHMとみんなで煙草を吸つてゐた。HMもまだ文科の學生だつた。前夜の雨で空が非常に青く、山が、遠い山もちかい山もめざましく濃い色だつた。かぜが強く、そこいらの桑畑の葉がざわざわしてゐた。突然A氏が、ここはあんまり靜かで、しんじやいたくなる、と云つた。ひくい聲だつた。

 側にぼんやり腰かけてゐたK氏が、それを聞きちがへ、ここはあんまり靜かで、ひんじやくだ、と聞いた。そして、ひんじやくな方がいいんです、靜かで、とつんぼの返事をした。みんな盛んに笑つたが、あとで、Kさんは耳が遠いのかしら? A氏がHに云つた。するとそのあとでK氏が、Aさんは少し鼻が惡いのかしら、言葉がきき取れない、とHに云つたさうだ。

 A氏が病氣のはじめころ、いつだつたか、原稿紙に書いてある歌をHにみせた。

二世安樂といふ字ありにけり追分のみちのべに立てる標示石みちしるべには

  夕かけて熱いでにけり標示石(みちしるベ)に二世安樂とありしをおもふ

 その時分もうすでに、遠く甘い死がA氏に顯はれたものと見える。しかし、誰もその日はその石にあつた字を讀まなかつたさうである。

 

 IKは、父が事業につまづいた爲、少女の時分から仕事を持たなければならなかつた。十七の時Iはある精進料理屋の給仕になつた。Iは小さい時から文學少女だつたので、A氏が友人たちと折々この料理屋に食べにくるのを見つけて、前に自分が何かの雜誌で見た文學者の寫眞をおもひ出し、あれA先生でせう? とその部屋の受持に云つた。受持の女は、あなたはAさんですかといきなり訊いて、みんなを驚かした。それからTもその席に呼ばれ、まだ小さい娘だつたのでA氏も、よく僕を知つてるね、と云つた。

 それからずうつと後(のち)、IはKと結婚した。ある日二人は一緒にT町のだらだら坂を上がつていく時、向うから下りて來るA氏と行(ゆ)き會つた。春かぜが吹きはじめる頃だつた。A氏はさむさうな顏をして、ひよろひよろとほそい體が倒れさうに歩いて來た。

 Kは丁寧に禮をした、KM氏門の詩人だつたから。A氏は立どまつてKと少し何か話して下りて行つた。

 Iはだまつて側に立つてゐて、八年間にひどくかはつたA氏を、驚いて、だまつて見てゐた。Aさん、おわるさうね! とKに云つた。

 あとで、A氏はその日の彼女が昔のIだときいて、ひさしぶりに會つてみたいと、二人をよんだ。二人の話をききながらA氏は眼をつぶつて椅子によりかゝつてゐた。そして時々眼をあけて何か云つた。それは亡くなる一週間ばかり前だつた。もう、ひどくお弱りになつていらつしやいました、とIが話した。

 

 ある夏、たぶん震災よりもあとだつた、W伯爵夫人の友人たちが夫人の歌集出版の記念會をした。

 ちやうど七月七日の夜で、七夕のかざりをし、笹の葉に短册を下げた。短册には萬葉の七夕の歌をかいてあつた。それから、梶の葉の形に紅白黄青の紙をきりぬき、メニユーにした。その夜A氏も招ばれて出席した。

 食事がをはり別室で煙草になる時、大ぜいの女の人たちがその梶の葉のメニユーを持つてA氏のまはりに駈けあつまり署名を求めた。一度に大勢がよりあつて一人のA氏が波の中に沈んだやうに見えた。そのうち、もう澤山、もう澤山、とA氏は息を切つて窓のとこへ逃げ出して立つてゐたが、まるで鬼ごつこみたいで愉快な光景だつたさうだ。後日その會の出席者たちはしみじみ追懷した。愉快だつたね、じつに。ああいふ騷ぎは、ダンスみたいなもので、あれは、熱ね! とある一人が云つた。それをきいてる私は、人氣は熱なのだな、と思つた。

 A
氏葬式の樣子を人づてに聞いた時、私はまた、熱にみちた人間の波のよせ返る姿を考へた。

 

 A氏がS町に行つてる時分は非常な元氣だつた。Sに温泉がある。その温泉にはひつては、小説を書いてゐた。小説は、すの字とか、への字とか、たの字の話とか、そんな風の小説だつた。

 彼はかなり長くそこに落着いてゐたが、どうしても月末(つきずゑ)までに歸らなければならなくなつた。

 明日立つといふ前の晩、番頭がお電話でございますと云つた。

 どなた樣でございますかお名前を仰しやいません、もうお立ちになりましたかとお訊きになりますから、明日お立ちですと申上げましたら、それでは明朝こちらも歸ります。S驛でたぶんお目にかゝれませう、委細は汽車の中で申上げますからとおつしやいました。そして、お目にかかれば分るとおつしやいました。

 その人は、そこの宿でなく、もう一つの宿に泊つたらしかつた。A氏はここまで自分を訪ねて來た人が誰であるか分らなかつた。

 お聲は、男の方のお聲でございましたと番頭は云つたが。

 翌あさ、S驛であつちこち見廻したが、だれの顏も見なかつた。一晩中、好奇心をもたせるといふ惡戲かとも思ひはじめ、汽車に乘らうとすると、一人の赤帽が駈けつけて、あなたは、A先生でいらつしやるのですか? いま、あちらでお客さんが探してお在(い)でです、あちらの室ですからお知らせしてまゐりますと云つて、澤山の笹卷を網に入れたのを其處へ置いて駈け出した。

 すぐに、その室へ、やあ、と云つてはひつて來たのは、大入道みたいな大きな男の人だつたさうだ。仕事の用事で、A氏にョみに來て、そのたくさんの越後の笹まきをみやげに持つて來たのだつた。

 どこかの乘換へ驛でその人に別れて、A氏はその笹まきをはるばるK町に持つてゆきKM家に半分贈り、半分は東京まで持ち歸つた。

 あの時は、じつに、はかなかつたね、その男の顏をみた時、とA氏はある酒の席で云つた。それを聞いてゐた妓(をんな)がある人に話した。とにかく、ルカはその話をほんとの話だと聞いたが、つくり話だかどうだか知らない。ほんとだらうと思ふ、それは、かなしく、又たのしい話だ。