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ウルトラQ バルンガ 虎見邦男 附 放映版校合によるやぶちゃん注
                         
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[やぶちゃん注:以下は、昭和四一(一九六六)年三月十三日日曜日の午後七時から七時半にTBSで放映された特撮番組「ウルトラQ」(製作:円谷プロダクション・東京放送テレビジョン)の第十一話(シナリオ・ナンバーは十七・製作ナンバーは十六)として放映された「バルンガ」(監修:円谷英二・監督:野長瀬三摩地(のながせさまじ)・特技監督:川上景司(けいじ))の製作用台本の電子化である。

 脚本を担当した虎見邦男氏は、本作の重要な登場人物である奈良丸明彦博士と同じく、事蹟記載の少ない謎めいた脚本家であるが、私の所持する膨大な特撮関連書籍の記載等によれば、彼は昭和四二(一九六七)年三月末に若くして亡くなっている(昭和五(一九三〇)年生まれか? 没年確認をされたい方は、例えば、ブログ「JKOYAMA LAND番外地」のこちらの脚本家上原正三氏の証言を御覧戴きたい)ので、本作は本二〇一八年一月一日午前零時を以ってパブリック・ドメインとなった

 底本は同作の台本をもとにした(故あって、本底本の出所は明かさない)。なお、現在知られる「バルンガ」の台本は一種のみのはずである。一行字数と柱・台詞等の字配位置は台本に従った。台本印刷の都合と思われるが、本文中では拗音や促音表記がなされていないが、それも再現した。シークエンスの柱の間は一行空けた。中に入った「◆」(展開上の前半部の中入相当)記号の前後は一行空けた。本横書版では見易さを考え、ショット・ナンバー(柱の頭)のアラビア数字は全角で示した。

 完成放映作品のエンディングには、監督野長瀬氏によってなされたものかと思われる、脚本にない忘れ難い、ショッキングなナレーション(石坂浩二)が附されてあり、これ等については「ウルトラQ」のDVD(複数所持するが、今回は映像・音声ともにブラッシュ・アップされた「総天然色ウルトラQ」(二〇一一年初版)を使用)を用いてシナリオと放映版との違いを検証し、当該相違箇所に私が注を挿入した。放映版の台詞は聴き取りで、句読点や漢字化は私の好みに従った。放映版では台詞の前に添えられる感動詞が俳優によっては、もっと豊富にあり、脚本の表記とは異なるものも多いが、五月蠅くなるだけなので、前の台詞との絡みなどの特性のあるものに限って注記した。放映版のモブ・シーンや複数シーンでは、幾つかオフで、はっきりと聴き取れる主キャスト(一平の「先輩!」や由利子の声はかなりオフで入る)や端役の台詞もあるが、これは煩瑣になり読み難くなるだけなので、話の本筋に抵触しないものは採録しなかった。しかし、この仕儀は原シナリオを甚だ読み難くしてしまっているので、本データとは別に、私の注を除去した原シナリオ・ベタ・テクスト・データも同時に公開することとしたので、そちらも参照されたい(こちらPDF縦書版も有り)。

 なお、虎見氏は最初に発見されるその生物(バルンガ)を「半透明ゼラチン質の、動物とも植物としも見わけのつかぬ物体」とト書きしておられるが、この生々しい生理的視認感をバルンガの原造形にもう少し表現出来ていたら、と、私は正直、少しばかり残念に思う。また、江戸川由利子(ゆりちゃん)がこの生物を見て、「風船虫かしら?」と呟くシーンがあるが、先日、ヒョンなことから、通称「風船虫」なる生物がいることを知った。半翅(カメムシ)目異翅(カメムシ)亜目タイコウチ下目ミズムシ上科ミズムシ科 Corixidae の大型種に対する異名である。私実に永い間、私の愛するゆりちゃんが「バルンガ」に名づけた架空の生物名だとばかり思っていた

 本作は私の偏愛する作品であり、リアル・タイムで放映を見(小学校四年生であった)、放映の翌日である昭和四一(一九六六)年三月十四日月曜日の朝(当日は北海道の一部を除いて快晴であった)、思わず、太陽を見上げた少年であった。特に私には、奈良丸明彦博士を演じた俳優青野平義(あおのひらよし 大正元(一九一二)年~昭和四九(一九七四)年)氏の抑制の利いた素晴らしい演技と声が五十年以上経った今でも鮮やかに甦るし、彼の台詞は総て暗記しているほどである。【2018年1月1日 藪野直史】]

 

 

 バルンガ

 

  人  物

 

万城目 淳

由利子

一平

宇宙パイロツト

田丸記者

デスク

院長

医師ABC

患者達とその家族

看護婦

老人ホームの老婆

基地の声    (声のみ)

調査部係員

対策本部長

その他記者、警官

救護班員たち

老人      (実は奈良丸博士)

 

[やぶちゃん注:「基地の声」とあって「(声のみ)」とするが、実際の放映版では、冒頭の「基地の声」(サタン一号、こちら衛星基地。無事帰還おめでとう。間もなく大気圏だ。秒読みを開始する。逆推進ロケットに点火用意」)の台詞シーンで、テレビ型受像機に基地の運行指揮担当者の画像が映り、その受像機の中で総ての台詞を喋っている。

 

 

1 宇宙船内

        疲労の果てに、パイロツトは幻覚に悩まさ

        れている。

[やぶちゃん注:放映版では、冒頭、睡眠から目覚めたパイロットが、ふと我に返って溜息をつきながら、

パイロツト「ハアーッ……(笑顔で)もうすぐ、地球だな。……ハアーッ……」

と溜息とともに、また眠りに陥るという描写がなされているが、特に「幻覚に悩まされている」有意な描写はない。寧ろ、地球への帰還に安堵している様子が映し出されている。]

        無数の星が輝く宇宙船の窓――その暗い対

        圧ガラスに、水滴が走つたと見えた。

        それは、星の光を宿してかすかに息づきな

        がら、膨張を開始した。

        SE――ブザーの音。

[やぶちゃん注:SEsound effect。効果音。]

 基地の声「サタン一号、こちら衛星基地。無事帰還おめで

      とう。間もなく大気圏だ。秒読みを開始する。

      逆推進ロケットに点火用意」

パイロツト「こちらサタン一号、あの‥‥‥いえ制動準備O

      Kです」

[やぶちゃん注:放映版では「こちらサタン一号です」で、後の「いえ」は、ない(高橋征郎:演)]

 基地の声「五秒前、四、三、二、一、点火!」

        振動と、すさまじいGがパイロツトを襲う。

        次の瞬間、轟々たる噴射音がピタリと止む。

        無気味な静寂。

[やぶちゃん注:放映版では「秒前」はなく、「五、四、三、二、一、点火!」である。]

 基地の声「サタン一号、どうした? 応答せよ、何があつ

      たのだ? え? 聞こえない! 云つてくれ、

      ナラマル!」

[やぶちゃん注:「ナラマル」のカタカナはママ。]

パイロツト「燃料がゼロだ! (驚怖にゆがんだ表情)

      あ、風船が‥‥‥」

[やぶちゃん注:「風船が」は「風船だッツ!」である。]

 

2 タイトル

        水滴様の物体、みるみる画面一ぱいに膨張

        して破裂すると、

        《ゴーホーム・バルンガ!》の文字。

        (以下タイトル・バツク)

        安定を失つて回転しながら大気圏に突込

        む宇宙船。次第に白熱してゆく。

        一個の流星となつた船体が星空を裂く。

        その轟音に、岬の上の老人ホームの老人

        達が表にとび出してくる。

        煮えたぎつている海。

[やぶちゃん注:放映版の実際のタイトルは「バルンガ」。台本表紙も「バルンガ」である。また、「みるみる画面一ぱいに膨張して破裂する」という有意な動的様態(最初にロケットの窓外に登場した時よりは大きくはなっている)描出されない。また、放映版では、A後半からB・C頭に相当する映像に以下のナレーションが被る(石坂浩二:声)。

   *

「着陸寸前の宇宙船を襲った原因不明の事故。――宇宙空間には無数の星間物質が漂っています。大きさも大小さまざま。――だが何故そこに、風船が?」

   *]

 

3 岬の下の海岸

        波が岩を嚙む。泡立つ海面。

        岩に腰をおろし、瞑想にふけつている老人。

        傍に錘りをつけたゴム風船が一つ高くゆれ

        ている。老人、眼を開きたしかめるように

        風船を見上げる。

        岩に腰をおろし、瞑想にふけつている老人。

        傍に錘りをつけたゴム風船が一つ高くゆれ

        ている。老人、眼を開きたしかめるように

        風船を見上げる。

        セスナが飛んでいる。

 

4 セスナ機上

        操縦する万城目と、カメラを持つた由利子

        のコンビ。

  万城目「ひと廻りするか。例の事故海面だ」

  由利子「あ、土星ロケツト謎の墜落事故ね」

  万城目「寄り道だが、サービスしとくよ」

  由利子「こうして見ると、全く平和で、一週間前にあん

      なさわぎがあつたなんて信じられないわ」

[やぶちゃん注:放映版では、末尾を由利子(桜井浩子・演)は「信じらんないわ」と発音している。ゆりちゃんらしく、自然でよい。]

  万城目「あの岬の沖に突込んだらしい」

[やぶちゃん注:放映版では由利子はこの万城目の台詞を「ふ~ん」と謂い受けて、次の台詞に繋げている。]

  由利子「海は何の傷あとも止どめてはいない」

  万城目「そして君達ジヤーナリストはその上を素通りに

      して新しきネタを追う」

[やぶちゃん注:放映版では万城目(佐原健二・演)「そして君達ジャーナリストは、その上を素通りして、新しきネタを追う、と」と言っている。]

  由利子「まあ、きれい‥‥‥あれは何かしら、あの波打

      ちぎわの赤いもの」

[やぶちゃん注:放映版では「まあ」は「わあぁ」。]

  万城目「風船だろ。海の墓石に供える花というところだ」

[やぶちゃん注:放映版では「風船だなあ。」であり、「ところだ」は「ところだな」と言っている。]

  由利子「今日は詩人ねえ」

  万城目「腹がへつてるもんでね。さあ、昇るぜ」

[やぶちゃん注:万城目の台詞の頭には「へへぇ。」という照れ隠しの笑いが添えられている。「昇るぜ」は「昇るぞ」。]

        万城目、スロツトルを全開して上昇にうつ

        る。

        ‥‥‥と、高まつた爆音が断続をはじめ、

        ハタと止まる。

  万城目「おかしいな‥‥‥」

  由利子「いやだわ、土星ロケツトみたいに落つこちやう

      の?」

  万城目「明日は我が身ということもある。や‥‥‥燃料

      がからつぽだ!」

[やぶちゃん注:放映版は「明日は我が身ということもある。」の「ってこともある。」で、「や……」は「あ?……」。]

 

5 滑走路

        エンジン停止のセスナが滑走して来て、危な

        つかしく着陸する。

 

6 星川航空パイロツト控室

        足音荒く、万城目と由利子が入つてくる。

  万城目「一平! やい一平!」

[やぶちゃん注:放映版では「やい」は、ない。]

        テーブルに足を乗せ、ふんぞり返つて雑誌

        を読んでいる一平。

  一 平「‥‥‥?‥‥‥」

  万城目「お前ガソリンどんだけ入れたんだ?」

  一 平「どんだけつて‥‥‥満タンにしましたけど」

[やぶちゃん注:放映版では一平(西條康彦:演)は台詞の後に「おっかしいなぁ……」とモノローグしながら控室を出て行く。]

 

7 星川航空控室(しばらく後)

        三人、机の上の奇妙な物体を見つめている。

        半透明ゼラチン質の、動物とも植物としも

        見わけのつかぬ物体。

        浮力を持つているらしく、数本のひも状の

        触手をうごめかして、テーブルの上30セン

        チの空間に漂つている。

  万城目「(じっと見て)一平、本当に、セスナの中にい

      たのか?」

  一 平「ほんとですよ、ラジエーターの隙間でぷかぷか

      やつてたんだ。よく見て下さい、作り物じやな

      いから‥‥‥」

[やぶちゃん注:放映版では「よく見て下さい、作り物じやないから」はカットされている。]

  万城目「‥‥‥たしかに、生き物だ」

[やぶちゃん注:放映版では「うむ‥‥‥たしかに、生き物だな」。]

  由利子「‥‥‥風船虫かしら?」

  万城目「風船虫? そんな虫あるのかい?」

[やぶちゃん注:放映版では「風船虫? そんな虫いるのかい?」。]

  由利子「さあ‥‥‥(自信がない)」

        問題の生物、宙に止まつて、息づくように

        かすかに膨張、収縮をくり返している。

 

8 道路

        走るスポーツ・カー(ハード・トツプ付)

[やぶちゃん注:この場合の「ハード・トツプ」は、開放式でない金属製の全面屋根を持つそれ。但し、放映版ではスポーツ・カーではない。バルンガが膨れ上がって破損するシーンまで考えると、スポーツ・カー仕様は勿体なかったのであろう。]

 

9 スポーツ・カー・座席

        一平が、おつかなびつくりボール箱をかか

        えている。

  一 平「ゴソゴソ云つてやがる。気味悪いや、一寸替つ

      てよ、由利ちやん」

[やぶちゃん注:放映版では「替つてよ」ではなく、「預かってよ」。]

  由利子「いやよ。一平君が見つけたんじやない。」

[やぶちゃん注:ここは放映版ではゆりちゃんと一平のギャグ・シーンとして有意な尺を採っており、

由利子「いや~だ! 一平君が持ってきたんじゃないさ!」

一 平「そんなこと言ったってしょうがないだろ!」

      由利子、一平の台詞を食って

由利子「いやよ! いやよ!」

一 平「吝嗇(けち)!」

というような形で丁々発止が演じられる。それを手前で運転しながら、万城目が笑っているのは、本篇の中の特異点の微笑ましいシークエンスである。]

  万城目「新種の生物だとしたら、えらい特ダネだぞ。発

      見者の名をとつて、イツペイムシと命名する」

  一 平「おれ、辞退するよ‥‥‥」

[やぶちゃん注:放映版では万城目の台詞が「全く新しい生物だとすると、えらい特ダネだぞ。発見者の名前をとって、『イッペイムシ』と命名するか?」となって、一平が不機嫌に「おれ、辞退するよ」と言って「チェッ! なんでぇ!」という独り言に、ゆりちゃんが笑い転げる形をとる。前のギャク・シーンと合わせた滑稽なシークエンスとなっているが、この直後に襲う一平の重傷と由利子のそれへの罪悪感を際立たせるコントラプンクト(対位法的)な伏線配置で、美事である。]

 

10 交差点

        信号待ちのスポーツ・カー。

        青に変つても発進しない。

        あわてる万城目の様子。

        車が一ぱいつまつてくる。

        SE――せかすようにクラクション。

 

11 車内

        SE――セルモーターが力なく廻つて止まつ

        てしまう。

  万城目「お手あげだ」

[やぶちゃん注:放映版は「お手あげだ……ガソリンも空っぽになってる。」で次の次の万城目の台詞はなく、ただ由利子の呆れた「また?」に、仕方なさそうに「うん……」と力なく答え、それに由利子が「ふぅん、ふっ。」と溜息をつく形に変更されている。]

  由利子「また?」

  万城目「バツテリーもガソリンも、からつぽになつてる」

        一平、ギヤツと悲鳴をあげ、ボール箱を由

        利子の膝に投げ出す。

        由利子も悲鳴をあげ、一平の膝へ投げ返す。

        ふたを押し上げて、箱一ばいに成長した風

        船虫(?)が、はみだしてくる。

[やぶちゃん注:放映版では箱の投げ合いの後、後部座席下に落ちた箱からバルンガがはみ出してくる映像に、

由利子「いやだあ!」

万城目「どうしたんだよ!」

一 平「ゆりちゃん! 早く出て!」

由利子「もう! 一平君! いやだ! 気持ち悪い!」

一 平「先輩!」

の叫び声が交わりつつ、オフで、

万城目「オッツ! 早く! 車から降りるんだ!」

と続いて、渋滞に痺れを切らした後方の車の運転手が「おい! 何してんだよ!」と呶鳴る。別な運転手が映って車を動かそうとする。向う側の斜線(強引に追い越そうとして)に車が二台来て止まるのは、次の「12」の頭のト書きの映像化と思われるが(スクーターでもタクシーでもなく、一般車と軽トラック風)、今一つ、綺麗に交差点の横断歩道の前で止まってしまっており、描写としては突如、エネルギーが吸収されたといった現象を上手く描いているようには残念ながら思われない。そこに交差点の右方向からパトカー(白バイではないし、パトカーはエンストしない)がサイレンとともにインする。

 

12 交叉点

        スポーツ・カーのまわりに人だかり。三人

        もおつかなびつくり中をのぞき込んでいる。

        走つて来たスクーターがストンとエンスト

        する。

        前後のタクシー、エンジン始動しない。

        その後方で怒鳴っていたダンプカーも、同

        じくエンコ。

        エンストの車で交差点は一ぱいになつてし

        まう。

        窓からのぞき込むトリオ。

  一 平「どんどんふくらんでくるぞ」

[やぶちゃん注:放映版は「気味悪いなあ! 先輩! 何すか、これ?」と言って、三人の車内への観察シーンがあって、それにまた一平が「どんどん大きくなってくぞ!」と叫ぶ。]

  由利子「あ、また大きくなつた。あ、あ」

[やぶちゃん注:放映版は「あ、また、脹らんでくわ!」或いは「脹らんでくるわ!」。]

  万城目「こりや、近くの動力を吸収して、成長するんだ」

        車の間をあざやかに縫つて来た白バイが景

        気よくストンとエンストする。

  一 平「そら、また!」

[やぶちゃん注:先に指示した通り、最後の白バイのシーンと、一平の台詞はない。代わりに、先のパトカーの警官が背後から万城目の肩を叩き、

警 官「君、君。免許証は?」

万城目「はあ。」

      万城目、免許証を示す。

警 官「君! こんなところに車止めちゃ困るじゃないか! 早く何とかしたまえ! ええ!」

ときて、

由利子「(車を見て)あら!? カーテンが掛かってる。」

となって、次の「13」の途中に繋がる形をとっている。]

 

13 交差点

        交差マヒ状態。

        万城目、由利子、一平、別々に警官達に調

        べられている。

        由利子と一平、車の方へもどつてくる。

  一 平「風船のお化けめ、こうなつたら、つまみ出して

      やる」

  由利子「よしなさいよ。あら? なぜカーテン掛けたの

      かしら?」

  警 官「カーテンじやない。怪物が車内一ぱいに膨張し

      てるんだ」

  二 人「えつ?(と、のぞき込む)」

        内部から何かゞ押しつけられ、窓は曇り硝

        子のように見えている。

[やぶちゃん注:先に繋がる形で冒頭がカットされ、ここに視聴者目視線で車に充満して窓からはみ出さんとするバルンガ(特撮)がアップで挿入、それを受けて警官の台詞は万城目に代えられて、

万城目「カーテンじゃないよ! 風船お化けが車一杯に膨れたんだ!」

となる。その方が、この時点で唯一、バルンガの正しい認識がなされている彼の台詞にしてこそ、確かに腑に落ちる。この変更は流れとして至って自然で、これが警官の台詞だったら子供でも奇異に感ずると思う。

  警 官「さがつて下さい。危険だ」

  由利子「だつて、どうにかならないんですか?」

  警 官「教えてもらいたい位だね。警視庁に応援をたの

      んである。とにかく厄介なものを持ちこんだも

      のだ」

  由利子「(車のタイヤを指し)大変! この車、浮かん

      でいる!」

[やぶちゃん注:放映版では、二人から、この由利子の台詞手前までがカットされ、

由利子「あら、(万城目の背後から警官の脇を抜けてさっと動き、車のタイヤを指し)淳ちゃん! ほら!」

と接続している。]

        タイヤと路面の間にわずかな隙間が‥‥‥

        その間隔がスーツとひらいて‥‥‥。

[やぶちゃん注:放映版ではここに、

一 平「先輩!? どうなってんです、これ?!」

という台詞がオフで入る。]

        眼の高さに浮き上つた車体。

[やぶちゃん注:放映版ではここに、三人を背後から手前に配し、向うで浮遊する車体の合成画面に、

一 平「先輩!?」

万城目「うん!?」

一 平「先輩!」

万城目「うん! どんどん上がって行くぞ!」

一 平「何だこれ!?」

とかぶる。車体の浮遊シーンのみに切り替えた後、

警 官「おい! 危ないから皆、下がれ! 下がるんだ!!」

とオフで入って、三人両手で制止して後退させようとする警官のシーンに移って、

由利子「どうなってんの? これ!」

警 官「こっちが聴きたいくらいだ! 早く! 下がれ!」

と繋ぎ、そこでゆりちゃんがすかさず、栗鼠のように警官の脇の下を潜り抜けて、手前でカメラを構える。

警 官「おーい! みんな! 下がるんだ! 危ないぞ!」

と続く。]

        由利子、カメラを向ける。

        はち切れそうにふくれたドア。

        きしむ車体。

  一 平「やめろ、由利ちやん、危険だ(とかけ寄る)」

      つゞけざまにシヤツターを切る由利子。

[やぶちゃん注:放映版では「由利ちゃん! 危ない! 下がるんだ!!」。]

  警 官「あぶない、さがれ!」

        轟音とともにふつとぶスポーツ・カー。

        身をもつて由利子をかばつた一平の背中に、

        車体の破片がつきささる。

[やぶちゃん注:放映版では一平が「早く! 早く!」と由利子を庇いつつ後退するその背中中央に破片が打撃する(突き刺さったりはしない)。由利子が「一平君!!」、万城目の「おい! 一平!!」と叫ぶ。]

        圧縮されていた怪物が、一気に膨張してそ

        の全貌を見せる。

        半透明なゼリー状の、不規則な球体――

        周囲にのびる長い触手が「風船虫」のおも

        かげを残している。

        球体の内部で、時折息づくような光が明滅

        する。

        拳銃を発射する警官。

        弾丸が命中した部分が螢のように発光し、

        気球状の底部からポロリと弾が落ちてくる。

[やぶちゃん注:放映版では着弾の「発光」の光学処理は見る限りでは行われていない。この前にはモブの複数の台詞(「何だあれは?」「気持ち悪いわ」等)がオフで被っている。]

        触手を八方にさしのべたまま次第に上昇し

        てゆく。

        一方、地上では由利子の腕の中で重傷の一

        平がうめいている。

[やぶちゃん注:一平は、左肩後背部に大きな出血を示している。

万城目「一平!!」

由利子「一平君!! 死んじゃ、やあよ!! 一平君!!」

万城目「おい! しっかりするんだ!!」

由利子「一平君!」

と叫ぶ。]

 

14 毎日新報社

        夕刊〆切り間ぎわの、あわたゞしい記者連

        の出入り。

  デスク「おい、風船怪獣バルンガの記事はこれだけか?」

[やぶちゃん注:実はここが固有名詞「バルンガ」の台詞上の初登場場面。]

 田丸記者「え、まあ‥‥‥」

[やぶちゃん注:放映版は「はあ……」。]

  デスク「ばかやろう、毎朝さんは国際謀略説、日報さん

      は宇宙人侵略説と、ハデにやつとる。しかるに

      わが社は何だ。依然として正体不明!」

[やぶちゃん注:放映版は「ハデにやっとる」の前に「相変わらず」と入り、最後に決め台詞で「なっとらん!」と吐き捨てる(デスクは名バイプレーヤー田島義文)。]

        由利子のデスク。

        たつた今、入つて来た様子の万城目と向い

        合う由利子。

  由利子「一平君どうなの?」

  万城目「第一回の手術はどうやら成功したらしい。時間

      を置いて、二回目、三回目の手術をするそうだ」

[やぶちゃん注:放映版は「成功らしい」で、そこに由利子の「そう。」という安心の受けの台詞が入って、続く。]

  由利子「かわいそうな一平君! 私を助けるために‥‥

      (泣く)私、会つてくる」

[やぶちゃん注:放映版では桜井浩子は「私」を「あたし」と発音している。]

  万城目「やめ給え。なまじ優しい言葉をかけると、あい

      つガツクリ往つてしまう。それより、君にすば

      らしいネタをあげよう」

[やぶちゃん注:放映版は「往つてしまうよ。」]

  由利子「ネタ?(眼の色を変える)」

        万城目、一冊の古びた「生物学会報綴」を

        机の上にのせる。

  万城目「二十年前に、あのバルンガを発見した男があつ

      た。彼は山奥に落ちた隕石の破片から一個の宇

      宙胞子を採取して、その飼育に成功した。いや、

      成功したと学会で発表したんだ。しかし学会か

      ら実物の提示を求められた時、こう答えている

      んだ。『殺してしまつた。あれ以上成長をゆる

      せば人類の文明は荒廃に帰するだろう』と」

[やぶちゃん注:放映版では「二十年前に、あのバルンガを発見した男がいたんだ。彼は山奥に落ちた隕石の破片から一個の宇宙胞子を採集して、その飼育に成功した。いや、成功したと学会で発表したんだ。しかし学会から実物の提示を求められた時、こう答えている。『殺してしまった。あれ以上成長をゆるせば、人類の文明は荒廃に帰するだろう』って」。本篇の放映は昭和四一(一九六六)年三月であるから、その二十年前は昭和二十一年、敗戦の翌年ということになる。]

  由利子「わかつたわ、その宇宙胞子というのは‥‥‥」

  万城目「バルンガではなかつたろうか?」

由利子「その学者の名は?」

[やぶちゃん注:放映版では、ここは短縮され、由利子の台詞は「わかったわ、その学者の名は?」である。]

  万城目「奈良丸明彦。彼は学界から詐欺師呼ばわりされ、

      一切の研究資料を破棄して、大学教授の職を退

      いている」

[やぶちゃん注:放映版では「一切の研究資料を破棄して、」は、ない。]

  由利子「思い切つたことをしたものね」

  万城目「相当の痛手を受けたんだろうな。あるいは、本

      当の詐欺師だつたのかもしれない」

[やぶちゃん注:放映版では「相当な」。]

  由利子「もし本当なら、このバルンガ騒ぎを黙つて見て

      いるはづがないわ」

[やぶちゃん注:「はづ」ママ。]

  万城目「自分を失脚させた学会への復讐と言うことも考

      えられる」

  由利子「まさか‥‥‥」

  万城目「とにかく、この奈良丸という人物をさがすこと

      だ。当局もこの人物をマークするのは時間の問

      題だ」

[やぶちゃん注:放映版では「奈良丸っていう」で、末尾は「時間の問題だよ」。]

  由利子「わかつたわ、ありがとう!」

 

              ◆

 

15 毎日新報社・調査部

        資料係がフアイルから一枚のカードを抜き

        出して、

  係 員「記載が少いな。あまり有名ではないらしい‥‥

      ‥東洋大学教授の職を辞し、昭和×年×月、科

      学博物館に勤務‥‥‥これで終りですかね、二

      十年も昔の話だ」

[やぶちゃん注:放映版では頭で由利子が「ああ」と応辞し、台詞は「あまり有名じゃないらしい」で、「東洋大学」は実際の大学名だからか、「東和大学」に変わっている。「昭和×年×月」は「昭和二十二年四月」(昭和二十二年は一九四七年)となっている。「ですかね」は「ですがね」で、「二十年も昔の話だ」はカットされて後(後注参照)に回っている。]

  由利子「博物館ね。ありがとう。写真はないかしら?」

[やぶちゃん注:放映版では「写真ないかしら?」。]

  係 員「それが、一枚もないんだな」

[やぶちゃん注:放映版では「それが、一枚もないんだな。……あ、住所はここになってる。……何しろ、二十年も昔の話だから、いるか、どうか……」である。]

 

16 国立科学博物館

        石段を上る由利子。

 

17 同・事務室

  由利子「では、五年前に停年退職されたんですか‥‥‥

      これが自宅の住所ですね」

[やぶちゃん注:この「16」「17」は放映版ではカットされ、代わりに実際の上野の国立科学博物館正面玄関上部の「國立科學博物館」の文字からティルト・ダウンして石段を下る由利子が写される。]

 

18 住宅街の一戸

  由利子「移転先はわかりませんか? 家族かご親類でも

      ? そうですか‥‥‥」

[やぶちゃん注:放映版では由利子に代わって家主らしい婦人(小沢憬子・演)との会話で、

婦 人「移転先は分かりませんねぇ。」

由利子「家族か親類でも……」

婦 人「さあ……何しろ、風変わりな方でしたから。」

由利子「そうですか。どうもすみませんでした。」

婦 人「(由利子の台詞にかぶって)いいえ。」

となっている。]

 

19 清風園の一室

        回転するテープ・レコーダー。 UP

[やぶちゃん注:「UP」撮影カメラのクロース・アップ画像。通常、シナリオではカメラの指示はしないのが鉄則(カメラマンへの礼儀)であるが、特にここはライターの虎見が、特にそう撮影を希望したことを示すものである。]

  再生音「応答せよ、何があつたのだ? え? 聞こえな

      い! 云つてくれ、ナラマル! ‥‥‥(雑音)

      燃料が、ゼロだ‥‥‥あ、風船が‥‥」

[やぶちゃん注:放映版はリール・テープ再生音で、

基地の声「サタン一号、どうした? 応答せよ、何があつたのだ?」

ナラマル「あ!……あの……」

基地の声「え? 聞こえない! 云ってくれ、ナラマル!」

ナラマル「燃料が、ゼロだ! ああっ!」

(これらは互いにやや音声がかぶる形)で、しかもこの冒頭シーンでは「あ、風船が‥‥」の奈良丸の台詞は、まだ出ない。]

        操作する老人の手。

        ストツプ。

        捲きもどし。

        再生。

  再生音「云つてくれ、ナラマル!‥‥‥燃料がゼロだ‥

      ‥‥あ、風船が‥‥‥」

  再生音「‥‥‥ゼロだ‥‥‥あ、風船が‥‥‥」

[やぶちゃん注:放映版ではここで初めて(再生音)、

ナラマル「あ! あ! 風船だっツ!!……燃料がゼロだ!……ああっツ!」

基地の声「え? 聞こえない! 云ってくれ、ナラマル!」

巻き戻して、

ナラマル「風船だっツ!!」

巻き戻して、

ナラマル「風船だっツ!!」

基地の声「サタン一号、どうした?」

ナラマル「風船だっツ!!」

と音声を畳かけた優れた演出となっている。]

        聞き入る老人の声。

        カメラ、トラツク、バツクすると老人ホー

        ムの一室。

        壁の一方にハムの設備がある。部屋の隅で

        ゆれている風船。

[やぶちゃん注:「トラツク、バツク」トラックバック。Trackback。本来の厳密な意味での映画撮影用語では、簡易レールを敷いた上の台車にカメラを設置し、台車を移動させながら被写体を写すことを指すが、ここはト書きからはズーム・アウト(zoom out:ズーム・レンズを用いて中心被写体対象を画面内で次第に小さく撮ること)であり、放映版でもそうなっている。放映版では、この最後のカットは、先の再生音の繰り返しのシーンの一度目の「風船だっツ!」の再生音の後に、奈良丸から右にパンしてハムの機器と一緒に風船が映される形で挟み込まれている。]

        老婆がのぞいて

  老 婆「彦さん、新聞ですよ。東京に風船の化け物が出

      たつてさ」

        老人喰い入るように新聞に見入る。

[やぶちゃん注:老婆(井上千枝子・演)の台詞は、「ごめんなさい。」が入り、後に「東京も大変だねぇ、どういうことになんのかしら。」と附加されている。]

 

20 都内道路(夜)

        群集が、ごつた返している。

        交通遮断している警官。

        ビル街のシルエツト。

        その上に、巨大な入道雲のように成長した

        怪物が浮かんでいる。

        短い間を置いて発光を操返す。

[やぶちゃん注:「操返す」ママ。「繰返す」の誤植。なお、放映版は「夜」ではなく、昼間(モブ・シーンの人の影からは夕方の撮影か)で、ここに警官による退避誘導シーンが入り、警官の「退避してください!」の掛け声や群衆の叫び声が入る。]

        周囲に炸裂するナパーム弾。

        熱線砲の光の矢が、交錯する。

[やぶちゃん注:ナパーム弾ではなく、航空自衛隊(セイバー)の空対空ミサイル(サイドワインダー)で、東宝怪獣映画でお馴染みの架空の「熱線砲」は登場しない。なお、この空中戦は東宝の「空の大怪獣ラドン」(昭和三一(一九五六)年公開)からの流用で機種はF-86F-40「旭光」である。]

        人混みの間から見上げている由利子。

        一人の老人(彦さん)が群集にもまれて突

        倒される。

[やぶちゃん注:放映版では由利子も群衆に押されて「ああ~ん!」と倒れ込む。]

  由利子「おじさん、大丈夫ですか?(と助け起す)」

  老 人「ありがとう、大丈夫だ(と、なおも空を見上げ

      る)」

        戦斗機の編隊がバルンガの上空をかすめて

        透導弾を発射するが、命中部分が鈍く発光

        するだけで爆発は起らない。ジエツトの爆

        音が断続して、聞こえなくなる。

[やぶちゃん注:「透導弾」ママ。「誘導弾」の誤植であろう。赤外線を探知して攻撃する短距離空対空ミサイル「サイドワインダー」のこと。]

        音もなく落ちてゆくジエツト機。

[やぶちゃん注:この特撮シーンは放映版では由利子と奈良丸博士登場の以前に前倒しされてある。]

  老 人「(独り言で)何をしとるんだ!」

  由利子「(ふりむく)え?」

  老 人「あれでは怪物に食い物をやつているようなもの

      だ。あれ以上 育てたら、えらいことになる」

[やぶちゃん注:一字空白はママ。放映版では「あれではまるで、怪物に食い物をやつているようなもんだ。これ以上、育ったら、えらいことになる」である。]

  由利子「!」

        再びジエツトの轟音が頭上をかすめ、由利

        子、思わず空を見る。

  由利子「(ハツト気づき)おじさん! どこへ行つたの

      かしら? おじさん!」

[やぶちゃん注:放映版では「あら、どこ行つたのかしら? おじさん!」。]

 

21 スポンサーズ・メツセージ

 

22 バルンガ合同対策本部

        記者会見の対策本部長。

  本部長「これ以上、怪物にエネルギーを与えるような

      攻撃は行いません。対策樹立の時をかせがせて

      頂きたい」

  記者A「しかし、バルンガは高圧送電線からどんどん電

      気を喰つている」

[やぶちゃん注:放映版では、

記者1(オフで)「バルンガはどんどん大きくなってる! 一体、それをどうするんですか!」

本部長「これ以上、怪物にエネルギーを与えるような攻撃は行いません。対策は研究中であります。どうか、長い目で見ていて頂きたい。」

記者2「長い目だなんて、呑気なこと言っているあいだに、バルンガは高圧送電線からどんどん電気を喰つてる!」

となっている。]

  本部長「間もなく都内全域に送電を中止させます。同時

      に、あらゆる動力の使用が禁止されます」

        (じや、電気は? 交通機関は? 新聞、

        テレビは?)等々の声。一同、ざわめく。

  記者B「人道問題だ。病院や手術を要する患者はどうな

      るんだ?」

  本部長「優先的に他県へ運び出します。それも救急車が

      使える範囲内のことだが」

[やぶちゃん注:放映版は、

記者3「人道問題だ。病院で手術を要する患者は、どうなるんですか?」

記者4「病人の救出は!? その手段はどうなんです!?」

本部長「優先的に他県へ運び出します。」

となっている。]

 

23 道路

        走る救急車。

        赤十字のマークをつけた大型バスがつつ走

        る。

        (一般の乗り物は一台も動いていない)

 

24 病院正門(夜)

        荷物を運び出す人々。

        病人を救急車に移す看護婦たち。

[やぶちゃん注:放映版では医師らしい人物がオフで「気をつけて運ぶんだぞ!」という声を掛けと、看護婦の「はい!」という応答が入る。]

        万城目も手をかしている。一人の看護婦が

        近づいて来て、

  看護婦「あの体では動かせないそうです」

[やぶちゃん注:看護婦(記平佳枝・演)は冒頭、万城目に「戸川さん」と呼びかけている。「戸川」は一平の姓である。ここは「万城目さん」か、患者を指して「戸川さんは」で続けるべきところではあるが、火急事態であり、看護婦が関係者である彼を患者の姓で呼んだとしても、強ち、不自然とは言えない。]

  万城目「じや、一平を置き去りに?」

  看護婦「いえ。他にも重症患者がいます。先生方も残り、

      この病院で手術を続けるそうです」

[やぶちゃん注:放映版は「先生方も残って」。]

        突然、電気が消える。

        驚きの声や悲鳴。

 

25 道路(夜)

        エンストした救急車から運び出される患者

        達。

        赤十字の腕章をつけた自転車部隊が活躍し

        ている。

 

26 病院の一室(夜)

        すでに大部分の患者が避難して、ガランと

        した病院の一室。

        ランプがともつている。ベツトで昏睡して

        いる一平。付そつている万城目と由利子。

        電話のベルが鳴る。

        とびつく由利子。

        鳴つたのは目覚し時計である。

  由利子「‥‥‥こうなつては、新聞記者もお手上げだわ。

      特ダネも何も意味がないんだもの」

[やぶちゃん注:放映版は「……こうなつたら、新聞記者もお手上げだわ。特ダネも何も意味がないんだもん……」。]

  万城目「君はいまだに特ダネ意識で動いてんの? それ

      じや一平は、死んでも死にきれまい」

[やぶちゃん注:放映版は「君はいまだに特ダネ意識で動いてんのか?! それじゃ、一平は、死んでも死にきれないよ!」。]

  由利子「いやよ、死ぬなんて云つちや‥‥‥」

  万城目「一平だけの問題じやない。昔、奈良丸博士が予

      言したように、おそらく人類の文明が危機にさ

      らされているんだ。我々よりはバルンガについ

      て多くのことを知つているらしい人物に君は会

      つている。君の直感通り、その老人が奈良丸博

      士にちがいあるまい。彼は何かの理由で非協力

      的だ、それを説得するのがジヤーナリストとし

      て残された君の役目だ」

[やぶちゃん注:放映版は、

万城目「いや、一平だけの問題じゃない。恐らく、人類の文明が危機にさらされているんだ。君の直感通り、その老人が奈良丸博士にちがいあるまい。まず、その人を探し出すことだ。それがをジャーナリストとしての、君の役目じゃないのか?」

と短縮されているが、シナリオのそれは由利子の覚悟を促すための〈禅機〉としては、ややくだくだだしい感じで、放映版の台詞の方がすっきりとしていてよい。]

  由利子「私、も一度さがしてみる(立上る)」

  万城目「どこを?」

[やぶちゃん注:放映版は万城目の台詞はない。]

  由利子「バルンガのよく見える場所を」

 

27 郊外の道(夜明け)

        由利子と万城目、けんめいに自転車をこい

        でゆく。

        空には無気味な姿のバルンガが浮いている。

 

28 大川にかかる橋の上(朝)

        二人自転車をとめて、手すりにもたれ川を

        眺めている。

[やぶちゃん注:放映版のロケーションは川ではなく、東京都晴海埠頭の日通倉庫附近で、この後も「国際貿易センター」の二号館(後の東館)のドームが映る。]

        バルンガが、ずつと近づいて見える。

  由利子「あら、あれ何かしら、風船じやない?」

  万城目「どこ?」

  由利子「あの倉庫みたいな建物の‥‥‥」

[やぶちゃん注:以上の由利子の台詞は放映版ではカットされている。]

  万城目「あゝ、風船らしいな」

[やぶちゃん注:放映版。「ああ、風船だな。」]

  由利子「ねえ、土星ロケツトの落ちた海の上を、セスナ

      で飛んだ時、波打際に風船が見えたでしよう?

      あなたは海の墓に供える花だと云つたわ」

  万城目「つまらないことを覚えてるな」

  由利子「行つて見ましよう!」

[やぶちゃん注:放映版は以下。

由利子「ねえ、この前、セスナで飛んだ時に、波打際に風船が見えたでしょう?」

万城目「あぁ……」

由利子「ほら、あなたは海の墓に供える花だと云ったわ。」

万城目「(照れ笑いしつつ)つまらないことを覚えてんだな。」

由利子「行つて見ましょう。」

万城目「うん。」

冒頭の伏線の使い方が上手い。]

 

29 倉庫のある河岸

      二人が自転車をおりてくる。

      舟付場に腰をおろしている老人の後姿。そ

      の手には風船がゆれている。自転車を捨て、

      駈け寄る二人。

      老人、ゆつくりふりかえる。

  由利子「あ、あなたはこの間の‥‥‥」

  万城目「失礼ですが、奈良丸明彦博士では?」

  老 人「(答えず)せがれが、海で死んだものでな、こ

      うして供養しておる。死にぎわに風船が欲しい

      とぬかしよつた‥‥‥ハハハ‥‥‥」

  由利子「あなたは、あの怪物について何かを知つていら

      つしやるのでは?」

[やぶちゃん注:放映版は「あなたは、あの怪物について何か御存じなのでは?」。]

  老 人「怪物? バルンガは怪物ではない。神の警告だ」

  万城目「神ですつて?」

  老 人「君は洪水に竹槍で向かうかね? バルンガは自

      然現象だ。文明の天敵というべきか。こんな静

      かな朝は又となかつたじやないか‥‥‥この気

      狂いじみた都会も休息を欲している。ぐつすり

      眠つて反省すべきこともあろう‥‥‥」

[やぶちゃん注:前の「怪物? バルンガは怪物ではない。神の警告だ」と合わせて、本篇の名台詞の核の部分である。放映版では、「君は洪水に竹槍で向かうのかね?」となっている。]

  由利子「反省すれば救われるというのですか?」

[やぶちゃん注:放映版は「反省すれば救われるって言うんですか?」。]

        老人答えない。

        風船を空へ放し、見送つている。

  老 人「どうやら、台風がくるようだ」

 

30 病院の病室

        枕を並べてうめいている要手術の重患達。

        一平の顔もある。

        不安な家族連の表情。

        いらいらして待つ外科医。

        決断をせまられる院長。

[やぶちゃん注:放映版では、医師団に対して、

看護婦「残った患者は全部この病室に移しました。」

院長「ご苦労さん。」

と応答するシーンがここに入り、待合室に医師団が移ると、残留組の患者家族が彼等につめより、

家族1「あ! 先生! 何とかして下さいよ! このまんまじゃ娘は死んじまいますからね!」

家族2「こんなくらいなら、避難させればよかったわ!」

家族1「そうですよ! その通りですよ!」

家族3「先生! どうしてくれるんです!」

とあって続く。]

  院 長「手術の用意だ! 禁止令を犯しても止むを得ん。

      自家発電を行う」

        と、医師達と出ていく。入れ違いに万城目

        と由利子、老人を伴つて入つてくる。

家族の一人「喜んで下さい、あんた方。今、院長先生が発電

      機を動かして下さるそうで」

[やぶちゃん注:放映版では「あんた方」はカットされている。]

  老 人「(眉をひそめ)おそらく、無駄だろう‥‥‥」

        一同敵意のこもつた沈黙。

        電灯がバツと点く。

        廻り出す扇風機。

[やぶちゃん注:放映版には「扇風機」のシーンは、ない。]

        喜びの声があがる‥‥‥が、束の間、電灯

        二、三度明滅して消えてしまう。

  万城目「皆さん、あきらめてはいけない、台風が近づい

      ているんだ。きつとバルンガを吹きとばしてく

      れる」

[やぶちゃん注:放映版は「皆さん、あきらめてはいけない、台風が近づいているんです。きっとバルンガを吹きとばしてくれるでしょう。」。]

  老 人「神だのみのたぐいだ」

  由利子「(むつとして)病人を力づけるために云つてる

      んだから、いいじやないの!」

[やぶちゃん注:放映版は最後は「いいじゃありませんか!」。]

  老 人「科学者は、気休めは云えんのだよ」

  由利子「じや、あなたは矢張り奈良丸博士?」

[やぶちゃん注:放映版は「じゃ、矢張(やっぱ)り、あなたは奈良丸博士?」。]

  老 人「(急に強い眼の光りで)だが、たつた一つ望み

      がある‥‥‥(自分に)わしは風船を飛ばした

      時、なぜこれに気づかなかつたのか?」

[やぶちゃん注:放映版では頭の「だが、」はない。但し、奈良丸明彦博士を演じられた青野平義氏の唇の最初の動きには「だか」と言っているようにも見える。当時はアフレコ(アテレコ)であるから、録音時にカットした可能性もあるか。]

 

31 病院の門

        さつそうと馬にまたがつた万城目。

        見送る由利子と老人に手を振り、

  万城目「では、対策本部へ、早馬の使者!」

        一むちくれて、走り去る。

[やぶちゃん注:放映版では馬ではなく、自転車。使用料も嵩むし、逆にここで突如、馬の登場となると、かえって違和感が生ずるように思われる。但し、虎見がバルンガによって使用不要のガラクタとなってしまった文明の利器の象徴としての車の対極として、悍馬を出したかった心情は痛いほどわかる。

万城目「では、対策本部へ行ってきます!」

奈良丸「頼むよ。」]

 

32 空

        曇り空に、千切れ雲が速い。

        台風の近づく気配。

        その空に、ごう然と触手をのべて浮いてい

        るバルンガ。

 

33 横なぐりの雨

 

34 ゆれ動く大木の梢

 

35 病室

        薄暗いランプの光の下で息を殺している人

        々。

[やぶちゃん注:放映版では最後に一平の病床。由利子が付き添っている。覚醒はしてないが、しきりに痛みに呻く一平に、

由利子「一平君! 死んじゃ、やあよ!死んじゃ、やあよ! 一平君!」

と叫ぶ。]

  医師A「いつまで待つたんだ! 野戦病院のつもりなら

      手術出来んことはない」

  院 長「待て。それが出来る位ならとつくにしている。

      明日の朝まで待つんだ」

[やぶちゃん注:放映版は、

医師A「いつまで待つんだ! 野戦病院のつもりなら手術の出来んことはないでしょう!」

院 長「待て。それが出来る位ならとっくにやってる。明日の朝まで待つんだ。」

である。]

 

36 空(夜)

        猛烈な嵐。

        地をゆるがす風のうなり。

        無気味な発光を続けながら、想像を絶する

        風圧と斗うバルンガの姿。

        走る稲妻。

        のたうつ触手。

        さまざまに型を変えてうねる球体。

        台風の目がバルンガに引き寄せられて行く。

        台風の目とバルンガの綱引きのような斗い。

        両者が一つに重なつた時、一天にわかに晴

        れ渡つて巨大な台風のエネルギーは消滅し

        てしまう。

[やぶちゃん注:この台風シーンの津波シーン等は東宝の「妖星ゴラス」(昭和三七(一九六二)年公開)の流用である。]

 

37 同じ空(朝)

        一点の雲もなく晴れた空。

        同じ位置に、三倍もの大きさに成長したバ

        ルンガが浮かんでいる。

        いまや、空をおおう程の雄渾な姿。

        それは、原爆のキノコ雲を想像させる。

[やぶちゃん注:私は、バルンガを見た少年の頃、確かに成長したバルンガをきのこ雲のように感じたものであった。ここに作者虎見自身がバルンガにそれを別にアナグラムしていたことが確かに明らかとなる。

 

38 病院の屋上

        医者達が空を眺めている。

  医師A「完全に敗けたよ。台風のエネルギーを喰つちま

      つた」

  医師B「まさに、英雄といつた感じだよ」

  医師A「おれは田舎へ帰つて、百姓でもしたくなつた」

[やぶちゃん注:以上の台詞は放映版ではカットされており、次の奈良丸博士の言葉に三人の医師が「何?」と怪訝に応じる形に変わっている。確かにその方が、コーダの〈公案〉へ向けて、すっきりとして非常によい。]

        その背後に来てひつそり立つた人物。

  老 人「(独白のように)間もなく、バルンガは宙宙へ

      帰る」

[やぶちゃん注:「宙宙」はママ。「宇宙」の誤植。]

        振り向く三人。

        例の老人である。

 

39 空

        はるか空の一点で、眼のくらむような輝き

        がひろがる。

  老人の声「北海道から発射したミサイルが、宇宙空間で核

       爆発を起したのだ‥‥‥」

[やぶちゃん注:放映版は、

奈良丸博士「国連の衛星から発射したロケットが、宇宙空間に人工太陽を創ったのだ。」

と説明する。確かに、非核三原則の本邦で、未来設定の物語とは言え、「北海道から発射したミサイルが」「核爆発を起した」は如何にもマズい。スポンサーからもクレームがつく。但し、「人工太陽」である以上、核分裂か核融合が行われねばならぬから、核爆発は正当であり、だから後の由利子の「核エネルギー」云々は正しい。「人工太陽」はその辺りを子供向けに不当に暈かしている表現とも言える。]

        バルンガの触手、にわかに動いて空を指す。

        次の瞬間、空中の核爆発を目ざして昇り出

        すバルンガの巨体。

 

40 病院の屋上

        看護婦が叫ぶ。

  看護婦「先生! 電気が、電気が来ています!」

   医師達「なにを? 手術だ!」

[やぶちゃん注:放映版は、先に野戦病院だと思えば出来ると言った医師が、

医師1「よし! 手術だ!」

と声を挙げ、今一人の医師が、

医師2「やりましょう!」

と応じる形に変更されている。]

        走つて行く三人の医師。

        独り残つた老人、じつと空を見つめている。

        万城目と由利子、いつのまにか来て背後に

        立つ。

  万城目「ありがとう、奈良丸博士‥‥‥」

[やぶちゃん注:放映版は、

万城目「よかった! よかった! 博士の仰った通りになりましたね!」

である。]

  由利子「一平君も助かるわ、でも、バルンガは核エネル

      ギーをたべて、又もどつて来ないかしら?」

  奈良丸「その心配はない。核爆発で誘導したから本来の

      食物に気づいたはづだ」

[やぶちゃん注:「はづ」はママ。シナリオでは、ここで初めて台詞の柱が「奈良丸」の名になる。放映版は先と同様、「核爆発」は「人工太陽」に変更。]

  万城目「本来の食物?」

  奈良丸「太陽だよ」

        バルンガと核爆発をむすぶ線の彼方に太陽

        が輝いている。

[やぶちゃん注:放映版では今一、このようなライン描写は明確でない。]

  奈良丸「生物にはいろんな形がある。バルンガは宇宙空

      間をさ迷い恒星のエネルギーを喰う生命体なの

      だ。おそらく衛星ロケツト・サタン二号が地球

      へ運んで来たのだろう。(自分に言い聞かせる

      ように)二十年前には隕石にのつてやつて来た

      ‥‥‥」

[やぶちゃん注:この放映版の名台詞は、

奈良丸「生命にはいろんな形がある。バルンガは宇宙空間をさ迷い、恒星のエネルギーを喰う生命体なのだ。……おそらく衛星ロケット・サタン一号が地球へ運んで来たのだろう。……二十年前には隕石に乗ってやって来た。」

である。

  万城目「博士の名誉はこれでバンカイされます」

[やぶちゃん注:「バンカイ」(挽回)のカタカナはママ。放映版は、

万城目「博士の研究の正しかったことをバルンガが証明してくれましたね!」

となっている。]

  奈良丸「サタン一号には、私のせがれが乗つていた。い

      づれにしても、私には縁の深い怪物だつたといえる」

[やぶちゃん注:放映版は「私の」ではなく「儂(わし)の」となっており、「といえる」は、ない。]

 

41 地上

        電車、自動車その他ストツプ・モーシヨン

        の写真が一せいに動き出してふだんと変ら

        ぬ朝の姿――

 

42 空

  奈良丸「バルンガは太陽と一体になるのだよ。太陽がバ

      ルンガを食うのか、バルンガが太陽を食うのか

      ‥‥‥」

[やぶちゃん注:この青野平義氏によるいぶし銀の素敵な台詞は、その奈良丸博士の肩から上のアオリのショットと相俟って、特撮史上、名シーンの一つとしてよい、非常に素晴らしいシーンである。

  由利子「まるで、禅問答ね」

[やぶちゃん注:放映版ではそれに万城目が「うん。」と答える由利子と万城目の二人のシーンで本篇部が終わって、コーダの特撮部に移っている。]

        スピードをあげて昇るバルンガ。

        その正体も次第に小さくなつてゆく。やが

        て太陽とぴつたり重なつて八方へのびた触

        手がコロナのように輝いて見える。

[やぶちゃん注:御存じの通り、放映版ではここに監督野長瀬三摩地氏によって挿入されたと思われる、ショッキングなナレーション(石坂浩二)、

 

「明日の朝、晴れていたらまず空を見上げて下さい。そこに輝いているのは、太陽ではなく、バルンガなのかも知れません。」

 

が附されている。

 

43 エンデイング

                     (FO

 

                       終

 

[やぶちゃん注:「FOfade-out。溶暗。映像や音が次第に消えていくこと。

 最後の「終」は太い丸印の中のやや右上に記されてある。]