やぶちゃんの電子テクスト集:小説・戯曲・評論・随筆・短歌篇
鬼火へ

北條九代記 附やぶちゃん注 目次頁

[やぶちゃん注:本書の梗概及び電子テクスト化の動機及び底本について、更に細かな私の電子化ポリシーは「序」の冒頭注を参照されたい。各巻の頭に附した期間は、誤りや誤認の多い原目録のものではなく、より正確を期すために増淵勝一氏訳の教育社新書「北条九代記」の解説を参考にして附した。
 現在は未だ
作業中で、このサイト一括版では、序と巻第一と巻第二のみを公開しているが、ブログ公開版(ブログ・カテゴリ「北條九代記」)では現在既に巻第九に入っている(なお、巻第三以降はHTMLではルビが煩瑣なのでワード縦書ルビ版を予定している)。なお、目次中、底本ではポイント落ちの「付」(「つけたり」と読む)及び「竝」(「ならびに」と読む)は同ポイントとした。藪野直史【ブログ・カテゴリ始動:2012年10月29日 サイト版最終作業:2016年10月4日(現在状況更新)】]

鎌倉 北條九代記

  


 
卷第一 〔自治承四(一一八〇)年八月 至正治元(一一九九)年正月〕
  本朝將帥の元始
  右大將賴朝創業
  鎌倉草創 付 來歷
  鶴ヶ岡八幡宮修造遷宮
  鎌倉新造の御館
  平氏東國討手沒落
  瀧口三郎經俊斬罪を宥めらる
  木曾義仲上洛 付 平家都落
  賴朝腰越に出づる 付 榎島辨才天
  勝長壽院造立
  淸水冠者討たる 付 賴朝の姫君愁歎
  義經の妾白拍子靜
  西行法師賴朝談話
  伊豫守義經自殺
  賴朝卿奥入 付 泰衡滅亡
  無量光院の僧詠歌
  賴朝上洛 竝 官加階 付 惣追捕使を申賜る
  富士野御狩 付 曾我兄弟夜討
  範賴勘氣を蒙る 付 家人當麻太郎
  南都大佛殿供養 付 賴朝卿上洛
  右大將賴朝卿薨去

 
第二卷 〔自正治元(一一九九)年正月 至同二(一二〇〇)年十一月〕
  賴家卿御家督 付 宣下 竝 吉書始
  賴朝卿中陰 付 後藤左衞門尉守護職を放たる
  姫君病惱 付 死去
  問注所を移し立てらる
  新田開作
  賴家安達彌九郎が妾を簒ふ 付 尼御臺政子諫言
  諸將連署して梶原景時を訴ふ
  梶原平三景時滅亡
  勝木七郎生捕らる 付 畠山重忠廉讓
  和田義盗侍所の別當に還補す
  梶原叛逆同意の輩追捕
  壽福寺建立 付 榮西禪師の傳
  念佛禁斷 付 伊勢稱念房奇特
  芝田次郎自害 付 工藤行光郎等兄弟働
  太輔房源性異僧に遇ふ算術の奇特 付 安倍晴明が奇特
  柏原彌三郎逐電 付 田文の評定

 
第三卷 〔起建仁元(一二〇一)年正月 至元久二(一二〇五)年閏七月〕(ブログ版は終了
  改元付城四郎長茂狼藉 付 城資盛滅亡 竝 板額女房武勇
  坂額女房鎌倉に虜り來る 付 城資永野干の寶劍
  紀内所行景關東下向 付 北條泰時傷歎
  江馬太郎泰時德政
  尼御臺政子御鞠を見給ふ 付 判官知康醉狂
  白拍子微妙尼に成る 付 古郡保忠祖逹房を打擲す
  判官知康落馬 付 鶴ヶ岡塔婆造立地曳
  伊東崎大洞 付 仁田四郎富士人穴に入る
  將軍賴家卿御病惱 付 比企判官討たる 付 比企四郎一幡公を抱きて火中に入りて死す
  太輔房源性一幡公の骨を拾ふ 付 賴家卿近習衆禁獄 竝 將軍家叛逆仁田忠常誅せらる
  賴家卿出家流罪 付 千幡公家督 竝 元服
  實朝讀書始 付 勢州の一揆對治
  賴家郷薨去 付 實朝の御臺鎌倉に下向
  北條政範死去
  武蔵前司朝雅畠山重保と喧嘩 竝 畠山父子滅亡
  北條時政出家 付 前司朝雅伏誅

 
第四卷 〔自元久二(一二〇五)年九月 至建保七・承久元(一二一九)年正月〕(ブログ版は終了
  朝親新古今集を進ず 付 八代集撰者
  賴家卿の子息善哉鶴ヶ岡御入室
  黑谷源空上人流罪 付 上人傳記
  實朝卿和歌定家卿批點 付 鬪鷄
  吾妻四郎靑鷺を射て勘氣を許さる
  熊谷小次郎上洛 付 直實入道往生 竝 相馬次郎端座往生
  和田義盛上総國司職を望む
  賀茂長明詠歌
  千葉介阿靜房安念を召捕る 付 謀叛人白狀 竝 和田義盛叛逆滅亡
  長沼五郎太輔房重慶を討つ 付 長長沼實朝卿の政道を罵る
  將軍實朝民部大夫が家に渡御 付 行光馬を獻する歌
  北條時政入道の卒去 付 榎島參籠の奇瑞
  宋人陳和卿實朝卿に謁す 付 相摸守諫言 竝 唐船を造る
  禪師公曉鶴ヶ岡の別當に補す 付 實朝卿歌
  尼御臺政子上洛 付 三位に叙す
  鎌倉怪異 付 北條義時藥師堂建立供養
  實朝公右大臣に任ず 付 拜賀 竝 禪師公曉實朝を討つ

 
第五卷 〔自承久元(一二一九)年二月 至承久(一二二一)年六月〕(ブログ版は終了
鎌倉將軍家居らるべき評定 付 阿野冠者沒落
賴經公關東下向
右馬權頭賴茂父子生害
信濃前司卒去 付 鎌倉失火 竝 五佛堂造立
二位禪尼を評す
鎌倉變災 付 二位禪尼御夢想
北面西面の始 付 一院御謀反の根元 竝 平九郎胤義仙洞に參る
徳大寺殿諫言 付 西園寺右大將父子召籠めらる
伊賀判官光季討死
院宣 付 推松使節 竝 二位禪尼評定
鎌倉軍勢上洛
大炊渡軍 付 御所燒の太刀
株瀨川軍 付 關東勢手賦
蒲原の殺所謀 付 北陸道軍勢攻登る

 
第六卷 〔自承久(一二二一)年六月 至寛喜二(一二三〇)年二月〕(ブログ版は終了
宇治川軍敗北 付 土護覺心謀略
京方武將沒落 付 鏡月房歌 竝 雲客死刑
本院新院御遷幸 竝 土御門院配流
後嵯峨新帝踐祚 付 能登守秀康誅せらる
鎌倉天變地妖
太上法皇崩御 付 富士淺間御遷宮
優曇花の説 付 下部女房三子を産む
大魚死して浦に寄する 付 旱魃雨請
北條義時死去
武藏守泰時執權 付 二位禪尼三浦義村を誡めらる
義時の後室 同兄弟 竝 實雅中將流罪
武藏守泰時廉直
疫癘流行 付 鎌倉四境鎭祭
泰時仁政 付 大江廣元入道卒去
二位禪尼逝去
三浦義村彌陀來迎粧を經營す
將軍家濱出 付 遊君淺菊
勝木七郎子息則定本領安堵
鎌倉騷動 付 武州計略靜謐

 
第七卷 〔自寛喜二(一二一九)年六月 至寛二(一二二一)年十二月〕(ブログ版は終了
雷震 付 將軍家御退居問答勘例
夏雪 付 勘文 竝 北條修理亮時氏卒去
降霜石降冬雷 付 將軍家御臺所御輿入
天變地妖御祈禱
名越邊狼籍 付 平三郎左衞門尉泰時を諫む
鎌倉失火
貞永式目を試む 付 關東飢饉
下河邊行秀法師補陀洛山に渡る 付 惠蕚法師
武藏守泰時監察 付 博奕禁止
泰時政務 付 奉行頭人行跡評議
御臺卒去 付 明石の神子
六月祓 付 將軍家御疱瘡
春日の神木 付 興福寺の衆徒蜂起
北條時賴元服 付 弓矢評論
將軍家御上洛 竝 鎌倉御下向
諸寺の供僧を評せらる 付 僧侶の行狀
泰時奇物を誡めらる
火柱相論 付 泰時詠歌 竝 境目論批判
北條泰時逝去 付 左近大夫經時執權
將軍家佐渡前司が亭に入御
將軍賴經公職位を讓る


 第八卷 〔自寛元二(一二四四)年四月 至正嘉二(一二五八)年十月〕(ブログ版は終了

將軍賴嗣御家督
武藏守經時卒去 付 越後守光叛逆流刑
前將軍賴經入道御歸洛
三浦式部大夫流鏑馬を射る
御所追込の狼藉
由比濱血に變ず 付 大魚死す 竝 黃蝶の怪異
三浦泰村權威 付 景盛入道覺地諷諫
將軍家御臺逝去 付 左近大夫時賴泰村が館を退き歸る 竝 時賴泰村和平
三浦泰村家門滅亡
上總權介秀胤自害
筑後左衞門次郎知定勸賞に漏るゝ訴
西園寺家繁榮 付 時賴相撲守に任ず
光明峯寺道家公薨す 付 五攝家相分る
宗尊親王關東御下向 付 相撲
陸奥守重時相摸守時賴出家 付 時賴省悟
伊具入道射殺さる 付 諏訪刑部入道斬罪
相模の守時賴入道政務 付 靑砥左衞門廉直

 第九卷 〔自文応元(一二六〇)年二月 至文永二(一二六五)年七月〕(ブログ版は終了
御息所御輿入 付 殺生禁遏
日蓮上人宗門を開く
時賴入道、靑砥左衞門尉と政道閑談
時賴入道、諸國修行 付 難波尼公、本領安堵
律師良賢斬罪 付 讚岐局靈と成る
奉行頭人政道嚴制 付 北條重時卒去
將軍家和歌の御會 付 時賴入道逝去
時宗執權 付 御息所御産祈禱
武藏守平長時死去 付 將軍家若君御誕生
將軍家童舞御覽
高柳彌次郎、縫殿頭文元と訴論
無量壽院法會 付 大雨洪水
山内御山莊に於て喧嘩

 第十卷 〔自文永三(一二六六)年正月 至建治元(一二七五)年九月〕(ブログ版は着手中
 第十一卷〔自弘安四(一二八一)年正月 至延慶元(一三〇八)年八月〕(未着手)
 第十二卷〔自延慶元(一三〇八)年二月 至元弘三(一三三三)年六月〕(未着手)