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和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚  寺島良安

            書き下し及び注記 copyright 2007-2008 Yabtyan
 
最終校訂2007年9月27日
  (最終訂正 2008年6月8日午後3:15「鱘」・「鮫」注追加補正)

 

[やぶちゃん注:本ページは以前にブログに記載した私の構想している「和漢三才圖會」中の水族の部分の電子化プロジェクトの第二弾である。底本・凡例・電子化に際しての方針等々については、「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 寺島良安」の冒頭注の凡例を参照されたい。なお、本巻では本文中に有意な縦罫が単一項目の途中に多く現われるので、途中の縦罫のみは実際の罫線ですべて入れることとした。なお、本巻の冒頭には目次がなく、「卷第五十 河湖無鱗魚」の頭に巻五十と一緒に掲げられているため、ここでは本ページ相当の項目部分のみを抽出して(冒頭大目録名と巻五十河湖無鱗魚の目録を省略)最初に置く。目次の項目の読みはママ(該当項のルビ以外に下に書かれたものを一字空けで示した。なお本文との表記の異同も認められるが、注記はしていない)。なお、原文では横に3列の罫があり、縦に以下の順番に書かれている。項目名の後に私の同定した和名等を[ ]で表示した。]

■和漢三才圖會   無鱗魚 卷ノ五十目録 ○  一[やぶちゃん注:「○」と「一」のスペースはママ。]


卷之五十一

 江海
無鱗魚《改ページ》


鯨(くぢら)           [クジラ]
鱣(ふか)            [チョウザメ/サメ]
鱘(かぢとをし)         [ハシナガチョウザメ/カジキ]
鮪(しび) はつ         [チョウザメ/マグロ]
堅魚(かつを)          [カツオ]
鮠(なめいを)          [スナメリ]
海豚(いるか)          [イルカ]
河豚(ふぐ)           [フグ]
鰐(わに)            [ワニ]
鮫(さめ)            [サメ]
皮剥魚(かははぎ)        [カワハギ]
馬鮫(さはら) さごし      [サワラ]
文※1(とびいを)        [トビウオ]        
[やぶちゃん字注:※=「謡」-「言」+「魚」。但し(つくり)の下部は「止」のような字体。]
華臍魚(あんごう)        [アンコウ]
海※2魚(ゑい) こめ ゑざれ  [エイ]
[やぶちゃん字注:※=先の※1の(つくり)を(へん)+「鳥」。]
鯧(まなかつを)         [マナガツオ]
魴(かゝみいを) まといを    [イトヒキアジ]
嫗背魚(うぼせ)         [イボダイ]
仁良岐(にらぎ)         [ヒイラギ]
鰈(かれい) かれゑひ      [カレイ]
牛舌魚(うしのした)       [ウシノシタ]
鰺(あぢ)            [アジ]
楂魚(うきゝ) まんぼう     [マンボウ]
海鰻(はむ) はも        [ハモ]《改ページ》

■和漢三才圖會   無鱗魚 卷五十目録 ○  二[やぶちゃん注:「○」と「一」のスペースはママ。]

阿名呉魚(あなご)        [アナゴ]
※3(たちいを)

[やぶちゃん字注:※=「臍」-「月」+「魚」。]
[やぶちゃん注:実際には本項はここに入らず、本巻無鱗魚の最後、「舩留魚」の後に置かれている。]
玉筋魚(いかなご) かますこ   [イカナゴ]
鱠殘魚(しろいを)        [シラウオ]
鱊(ちりめんこあい)       [(チリメンジャコ=イワシ類等の稚魚を主体とした乾燥食品として食用に耐え得る魚類稚魚の総称)]
章魚(たこ)           [タコ]
石距(てなかだこ)        [テナガタコ]
望潮魚(いひたこ)        [イイダコ]
烏賊魚(いか)          [イカ]
柔魚(たちいか) するめいか   [スルメイカ]
海鼠(とらご)          [ナマコ]
海※4(くらげ)         [クラゲ]
[やぶちゃん字注:※4=「虫」+「宅」。]
綳魚(すゝめいを) うみすゝめ  [ハリセンボン・ウミスズメ]
鰕(ゑび)            [
エビ]
紅鰕(いせゑひ) かまくらゑび  [
イセエビ]
海糠魚(あみ)          [
アミ(他種混入)]
鰕姑(しやこ) しやくなげ    [
シャコ]
海馬(かいば)          [
タツノオトシゴ]
舩留魚(ふなとめ)        [
コバンザメ]
[やぶちゃん注:先に記したように本文では最後に以下の項が入る。
※3(たちいを)         [
トゲウナギ/タチウオ]
[やぶちゃん字注:※=「臍」-「月」+「魚」。]。]


魚之用《改ページ》


鱗(うろこ)           [鱗(ウロコ)]
鰓(あぎと) ゑら        [
鰓(エラ)]
魚丁(かしらほね)        [
鯛の鯛(タイのタイ) 烏口骨及び肩甲骨]
鰭(はた) ひれ         [
鰭(ヒレ)]
腴(つちすり)          [
腹部(ツチズリ・スナズリ)]
鯝(いをのわた)         [腸と浮袋を主体とした内臓全般]
[やぶちゃん注:本文ではこの間に次項が入る。
鰾(にべ)            [鰾(ウキブクロ)]
鯁(いをのほね)         [
骨]
※5(いをのこ)         [
卵(ハラゴ・ハララゴ)]
[やぶちゃん字注:※5=「魚」+「米」。]
炙(やきもの)          [
焼き物]
※6(あつもの) 羹(同)    [
汁の多い魚介類の煮物・スープ]
[やぶちゃん字注:※6=「月」+「寉」。羹(同)の「同」はルビ位置にある。]
※7(いりもの)         [
汁の少ない魚介類の煮物]
[やぶちゃん字注:※7=「月」+「雋」。]
膾(なます)           [
膾]
魚軒(さしみ)          [
刺身]
鮓(すし)            [熟れ鮓

蒲鉾(かまぼこ)         [蒲鉾]
魚醢(しゝひしを) 南蠻漬    [魚醤・南蛮漬]
鱁鮧(しほから)         [塩辛]
鰾(にべ)            [やぶちゃん注:先に記したように、本文ではここにはない。]
腌(しをもの) 鹽引       [塩漬]
鮿(ひもの) 未乾魚(なまび)  [干物・生乾し]
魥(めざし)           [目刺]
肴(さかな)           [酒肴]


□本文

和漢三才圖會卷第五十一

 

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○一

魚類【江海中無鱗魚】


くじら

【音擎】

唐音キン

 

※【本字】 海鰌[やぶちゃん字注:※=(「橿」の「木」を「魚」に換える)。]

勇魚【万葉集訓

   伊佐奈

古呼魚皆曰奈】

雄曰鯨雌曰鯢

【和名久知良】[やぶちゃん字注:以上六行は、前三行の下に入る。]


三才圖會云鯨海中大魚也其大横海呑舟穴處海底出

穴則水溢謂之鯨潮或曰出則潮下入則潮上其出入有

節大者長千里小者數丈一生數万子甞以五六月就岸

生子至七八月導率其子還大海中皷浪成雷濆沫成雨

水族驚畏莫敢當者然其死也有彗星應之雄者爲鯨雌

《改ページ》

者爲鯢或曰死於沙上得之者皆無目俗言其目化爲朋〔→明〕

月珠

古今詩話云海岸有獸名蒲牢聲如鐘而性畏鯨鯨躍輒

鳴故鑄鐘作蒲牢形其上爲鯨形

     藻塩 潮ふく鯨のいきとみゆる哉沖に村立夕立の雲

△其状畧似鰌故名海鰌肥圓長與周等其色蒼黑而無

 鱗鼻上骨高起項上頸前有吹潮之穴口濶下唇長於

 上唇而出于頷前舌亦長廣其大鯨有三十三尋【約十六丈

余】所謂長千里者甚妄也


齒 大如屐齒之尖齗白切片之名蕪骨

眼 繊近于口吻而下鳥〔→烏〕珠如水精之磨而軟

鬛 出口中兩邊其數有三百六莖純黑色名筬削磨則

 美潤長自三四尺至丈餘廣五六寸厚五六分工匠用

 之作笄揥及尺秤之類

鬐 外黑内白色名達波長自八九尺至丈餘廣四五尺

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○二

 

骨 近肉圓骨名法師骨此亦漁家採油也

筋 赤黄色太徑三寸許細割破之浸泔水取去油氣用

 之今爲唐弓弦以打木綿

大小腸 長五十条許故名百尋煮食之能治久泄

陰莖 名多計里大者一丈其雌陰戸及乳房亦兼備

尾 有岐黑色尾之上圓肥處名尾脛其味極美不可言

糞 有黑白其白者希焉泛水上如白泡采得晒乾似蛇

 骨治痘瘡紫黑下陥燒之薫煙有効

皮 黑皮與赤肉之交有白脂熬之油最多凡方三寸厚

 一尺皮可得油一升

凡鯨有六種性喜嗜鰯不敵于諸魚海舶若觸尾鬐則必

 覆冬自北行南春自南去北肥州五島平戸邊節分前

 後爲盛紀州熊野浦仲冬爲盛捕之刺鯨鉾呼曰森用

 樫木作柄鉾頭着繩繋舩柱其鉾中鯨則脱柄入肉隨

 鯨動作深入肉中不抜鉾柄雖脱着繩故不失【此外森之製數

《改ページ》

品有】掌一舩進退人呼曰羽指被長袖短袗宛如軍配近

 頃遠用大繩網〔→綱〕豫繋之擲森故百無一失


世美 鯨六種中爲最上大者十余丈其子鯨二三丈許

 大抵十三尋者全體取油得二百斛七尋者油得四十

 斛惟八尋者油少漸十斛許

座頭 大者不過四五丈鬐長丈許一片黑一片白其肚

 皮層層作畦如編竹呼名簀子皮背有方二尺許疣鰭

 似琵琶形彷彿瞽者負琶故名座頭非盲魚也其余與

 世美同爾雖中森鉾能遁去但子持鯨易得先使兒鯨

 防殺之半死則母鯨不忍去以身掩子時可殺得後又

 捕子鯨蓋用今大網〔→綱〕則座頭亦不能遁去

長須 形色似世美此又背有疣鬐大者十丈許常沈水

 底而浮者稀矣故難得

鰮鯨 毎逐鰮來其大者不過二三丈肉薄脂少故漁人

 不好殺之

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○三

 

真甲 有大牙如犢牛角此亦好逐鰮來脂少故不好殺

 之西海希有而紀勢総常之海有之其牙類象牙猪牙

 切磋作噐或造人牙齒以爲入齒

小鯨 淡黑或灰白色鬛白長一尺五六寸廣三寸許厚

 二三分呼曰白鬚各類其大鯨大者不過一二丈

有魚虎者其齒鰭如剱鉾【詳有鱗魚之下】數十毎在鯨口傍衝頰

 腮其聲聞于外久而鯨困迷開口時魚虎入口中嚙切

 其舌根既喰盡出去鯨乃斃謂之魚虎切偶有之浦人

 獲之海中無雙大魚爲纔小魚絶命矣

凡截鯨刀宜用生鐵也鋼鐵却不佳蓋鯨全體可食可取

 油用其齒鬛鰭可爲噐是此本朝寶貨之類乎中華亦

 有之不如日本之多而見之者希故鯨不載諸本草雖

 出于三才圖會其説憶見耳

 

 

魚類【江海の中の無鱗魚。】


くじら

【音、擎〔(けい)〕。】

唐音キン

 

※〔(けい)〕【本字。】 海鰌[やぶちゃん字注:※=(「橿」の「木」を「魚」に換える。]

勇魚(いさな)【「万葉集」に伊佐奈と訓ず。古へ呼びて、魚を皆、奈と曰ふ。】

雄を鯨と曰ひ、雌を鯢〔(げい)〕と曰ふ。

【和名、久知良。】


「三才圖會」に云ふ、『鯨は、海中の大魚なり。其の大いさ、海に横たはり、舟を呑み、海底に穴處す。穴を出づるに、則ち水溢〔(あ)〕ふる。之を鯨潮と謂ふ。或は曰ふ、出づる時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名中にあり。]、則ち潮下り、入るる時は、則ち潮上る。其の出入、節有り、と。大なる者、長さ千里、小なる者、數丈。一たび數万の子を生む。甞〔(かつ):常に〕て五~六月を以て岸に就きて子を生む。七~八月に至りて、其の子を導-率(みちび)き、大海中に還る。浪を皷して、雷を成し、沫(あは)を濆(は)き、雨を成す。水族驚畏し、敢て當る者莫し。然して其の死ぬるや、彗星有りて之に應ず。雄なる者、鯨と爲し、雌なる者、鯢〔(げい)〕と爲す。或人[やぶちゃん注:「人」は送り仮名にある。]の曰く、沙上に死する之を得る〔(とき)〕は、皆、目無し。俗に言ふ、其の目、化して明月珠と爲ると。』と。

「古今詩話」に云ふ、『海岸に獸有り。蒲牢〔(ほらう〕と名づく。聲、鐘ごとくして、性、鯨を畏る。鯨、躍れば、輒〔(すなは)〕ち鳴く。故に鐘を鑄〔(い)〕るに蒲牢の形を作り、其の上に鯨の形を爲〔(つく)〕る。』と。

「藻塩」 潮〔(うしほ)〕ふく鯨〔(いさな)〕のいきとみゆる哉〔(かな)〕沖に村立〔(むらた)〕つ夕立の雲

△其の状、畧ぼ鰌〔(どぜう)〕に似る。故に海鰌〔(かいしう)〕と名づく。肥えて圓く、長さと周(めぐ)りと等し。其の色、蒼黑にして無鱗、鼻の上の骨、高く起こり、項〔(うなじ)〕の上・頸〔(くび)〕の前に潮を吹く穴有り。口、濶〔(ひろ)〕く、下唇、上唇より長く、頷〔(おとがひ):下顎〕の前に出でて、舌も亦、長く廣し。其の大なる鯨、三十三尋(ひろ)有り【約するに十六丈余。】。所謂〔(いはゆ)〕る、長さ、千里と云ふ[やぶちゃん字注:「云」は送り仮名中にあり。]者〔(こと)〕、甚だ妄なり。


齒 大にして屐(あしだ)の齒の尖りたるがごとし。齗(はぐき)、白し。之を切片して、蕪(かぶら)骨と名づく。

眼 繊(ほそ)く、口吻に近く、而して下がる。烏珠〔(ぬばたま)=瞳〕は水精の磨きたるがごとくにして、軟なり。

鬛(ひれ〔→ひげ〕) 口中の兩邊に出づ。其の數、三百六莖有り。純黑色なり。筬(をさ)と名づく。削り磨けば、則ち美しく潤ほひ、長さ三~四尺より丈餘に至る。廣さ、五~六寸、厚さ五~六分。工匠、之を用ひて笄-揥(かんざし)及び尺-秤(ものさし)の類に作る。

鬐〔(ひれ)〕 外、黑く、内、白色にして達波〔(たつぱ)〕と名づく。長さ八~九尺より丈餘に至る。廣さ四~五尺。

骨 肉に近き圓き骨を法師骨と名づく。此れも亦、漁家、油を採るなり。

筋 赤黄色、太-徑(ふと)さ三寸ばかり。細かに之を割き破り、泔水(しろみづ〔:米の研ぎ汁〕)に浸し、油氣を取り去り、之を用ひて今、唐弓〔(とうゆみ)〕の弦(つる)と爲し、以て木綿(きわた)を打つ。

大小腸 長さ五十条ばかり。故に百尋(ひろ)と名づく。之を煮食ひて、能く久泄を治す。

陰莖 多計里〔(たけり)〕と名づく。大いなる者、一丈。其れ雌の陰戸及び乳房、亦、兼備す。

尾 岐有り、黑色。尾の上、圓く肥えたる處を尾脛(おはばき)と名づく。其の味、極美、言ふべからず。

 黑・白有り。其の白き者、希なり。水上に泛〔(ただよ)〕ふ白き泡(あは)のごとし。采〔=採〕り得て、晒し乾して蛇骨に似たり。痘瘡の紫黑下陥を治するに、之を燒き、煙を薫ず。効有り。

皮 黑皮と赤肉の交(あは)ひ、白き脂有り。之を熬り、油、最も多し。凡そ方三寸にして厚さ一尺の皮、油一升を得べし。

凡そ鯨に六種有り。性、喜(この)んで鰯を嗜〔(きつ)〕して、諸魚を敵せず。海舶、若し尾鬐に觸るる時は、[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名の中にある。]則ち必ず覆(くつが)へる。冬は北より南に行き、春は南よりして北に去る。肥州〔=肥前〕五島・平戸の邊は、節分の前後、盛りと爲し、紀州〔=紀伊〕熊野浦□〔→にては〕、仲冬〔:陰暦十一月〕を盛と爲して、之を捕るに、鯨を刺(つ)く鉾〔(ほこ)〕を呼びて森(もり)と曰ふ。樫〔(かし)〕の木を用ひ、柄と作り、鉾の頭に繩を着けて、舩〔=船〕の柱に繋ぐなり。其の鉾、鯨に中〔(あた)〕れば、則ち柄脱けて、肉に入り、鯨の動作に隨ひて深く肉の中に入りて、抜けず。鉾の柄、脱くると雖も、繩着くる故、失はず【此の外に森の製、數品有り。】。一舩の進退を掌(つかさど)る人、呼んで羽指(〔は〕ざ)しと曰ふ。長袖短袗〔(ちやうしうたんしん)〕を被りて、宛(さなが)ら軍配のごとし。近頃は遠く大繩(ふとなは)の綱を用ひて、豫(○あらかじ)[やぶちゃん字注:この「○」の意味、不明。]め之を繋ぎ、森を擲(う)つ。故に百に一失無し。


世美 鯨六種の中、最上たり。大なる者、十余丈、其の子鯨は、二~三丈ばかり。大抵十三尋の者、全體油を取れば、二百を得、七尋の者は、油四十斛を得、惟だ八尋の者は、油少なし。漸く十斛ばかり。

座頭 大なる者、四~五丈に過ぎず、鬐、長さ丈ばかり。一片は黑く、一片は白し。其の肚皮〔(はらかは)〕、層層として畦〔(うね)〕を作り、竹を編むごとし。呼びて簀の子皮〔(すのこがは)〕と名づく。背に方二尺ばかりの疣鰭〔(いぼひれ)〕有り。琵琶の形に似たり。瞽者〔(こしや):盲人〕の負ふ琶〔=琵琶〕に彷-彿(さもに)たり。故に座頭と名づく。盲魚に非ず。其の余、世美と同じきのみ。森鉾に中ると雖も、能く遁げ去る。但し、子持ち鯨は得易し。先づ兒鯨をして之を防ぎ殺す時は半死にせし〔むれば〕、[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名の中にある。]則ち母鯨、去るに忍びず、身を以て子を掩〔(おほ)〕ふ時、殺し得つべし。後、又、子鯨を捕ふ。蓋し今の大綱を用すれば、則ち座頭、亦、能く遁げ去□〔→ることを得〕ず。

長須(ながす) 形・色、世美に似たり。此れも又、背、疣鬐〔(いぼひれ)〕有り。大なる者、十丈ばかり。常に水底に沈めて、浮かぶる者、稀なり。故に得難し。

鰮鯨(いはしくじら) 毎に鰮を逐ひ來る。其の大なる者、二~三丈に過ぎず、肉薄く、脂少なき故に、漁人、好んで〔は〕之を殺さず。

真甲(まつかう) 大なる牙有り。犢牛(こてい〔:子牛〕)の角のごとし。此れも亦、好んで鰮を逐ひ來る。脂少し。故に好みて〔は〕之を殺さず。西海に希に有りて、紀〔=紀伊〕・勢〔=伊勢〕・総〔=上総〕・常〔=常陸〕の海に之有り。其の牙、象牙・猪の牙(き)に類す。切磋して、噐〔=器〕に作り、或は人の牙齒に造り、以て入齒と爲す。

小鯨 淡(うす)黑く或は灰白色。鬛〔(ひげ)〕白く、長さ一尺五~六寸、廣さ三寸ばかり、厚さ二~三分。呼んで白鬚〔(しらひげ)〕と曰ふ。各々其の大鯨に類す。大なる者、一~二丈に過ぎず。

魚虎〔(しやち)〕と云ふ者有り。其の齒・鰭(ひれ)、剱鉾〔(けんぼこ)〕のごとし【有鱗魚の下に詳し。】。數十毎に鯨の口の傍らに在りて、頰・腮〔(あぎと):あご〕を衝く。其の聲、外に聞こゆ。久しくして鯨、困迷して口を開く時、魚虎、口中に入り、其の舌を嚙み切り、根、既に喰ひ盡して出で去る。鯨は乃ち斃〔(し)〕す。之を魚虎切りと謂ふ。偶々之有りて、浦人之を獲る。海中の無雙の大魚、纔〔(わづ)〕かの小魚の爲に命を絶つ。

凡そ鯨を截る刀、宜しく生鐵(なまかね)を用ふべし。鋼鐵(あか〔が〕ね)は却つて佳(よ)からず。蓋し鯨全體食して可〔なり〕。油を取るに用ふべし。其の齒・鬛・鰭、噐〔=器〕に爲〔(つく)〕るべし。是に此れ、本朝の寶貨の類か。中華にも亦、之有りて〔も〕、日本の多きごとくならず、之を見る者〔(こと)〕、希なる故、鯨は諸本草に載せず。「三才圖會」に出だすと雖も、其の説、憶見のみ。

[やぶちゃん注:分類は多岐にわたる。妙に不完全に叙述するよりも専門家に委ねよう。→サイト“AQUAHEAT「イルカ・クジラの分類表」
 「三才圖會」は、本書が範とした中国の百科全書。1607年に明の王圻(おうき)によって編せられた。しかし、この内容は、良安によって本項最後で憶測に過ぎないと手酷く叩かれる。
 「古今詩話」は、東洋文庫版後注によれば、『八巻。明の稽留山樵撰。』、とのみある。
 「節有り」は、リズムがある、一定の時間周期があるということ(実際には勿論、潮汐現象のことをこう解している)。

 「皷して」の「皷」は「鼓」の俗字。打って、の意。
 「其の死ぬるや、彗星有りて之に應ず」の民俗は不明であるが、「淮南子」覧冥篇に「鯨魚死而慧星出」(鯨魚死して彗星出づ)とある。彗星は凶兆であるから、巨大なるものの死の齎す恐怖の類感的イメージか。
 「明月珠」は真珠の別称。
 「蒲牢」は、龍の九種の子の一種とし、班固の「西都賦注」に、鯨が蒲牢を撃つに、蒲牢が大いに鳴いたと記す。これが現実の如何なる生物を指すかは、考察中であるが、やはり鰭脚類かカイギュウ目の海産哺乳類の可能性が高いような気がする。
 「鐘を鑄るに蒲牢の形を作り、其の上に鯨の形を爲る」について。梵鐘は別に鯨鐘・華鯨・巨鯨等とも呼ばれる。梵鐘の頂上にある部分を一般に竜頭と呼ぶが、これは俗称で本来は蒲牢と言った。前記の言い伝えに基づいて「打てば大いに鳴る」の意から造形された。「上に鯨の形を爲る」は、竜頭(りゅうず)の上にということであろうが、私はそのような形状の梵鐘の記載には今のところ出会っていないし、そのような梵鐘も見たことがない。一般には、撞木を鯨に喩えるのではなかろうか。その方が、蒲牢の話にぴったりくるように思われる。
 「藻塩」は「藻塩草」で、戦国時代の連歌師宗碩(そうせき)の歌学書。連歌創作のための資料として、「万葉集」・「源氏物語」・「古事記」・「奥義抄」などを引用した歌作のための実用書。私は「藻塩草」を所持していないので校合できないが、東洋文庫版では、以下のように原典との第三句目の異同を記している。

 潮(うしほ)ふく鯨のいきとみゆるかな沖にひとむら夕立ちの雲

また、それよりも先行する正徹(しょうてつ)の「草根集」に極めて類似した和歌をネット検索で見出したので、参考までに掲げておく。

 潮ふく鯨のいきと見えぬへし興にひとむらくたる夕立
 (潮ふく鯨のいきと見えぬべし沖にひとむらくだる夕立)

 「鰌に似る」? か? しかし、この冒頭の絵を見ているとあーら不思議! 似てるわ!
 「三十三尋」の「尋」は両手を広げた長さ、約
1.8mなので約59.4m(後の丈[一丈=3.03m]換算でも約50m)。これは千里に文句を言う良安の言葉を借りるとそれでも「妄なり」。ちょっと長すぎる(当初、「三~十三尋」で穏当かと思ったが、底本では良く見ると「三」と「十三」の間に熟語を示す「-」がある)。

 「屐」は下駄。
 「蕪骨」は、ここでは歯と記されるが、少なくとも現在の「蕪骨」は、氷頭(ひず)とも言い、鯨の頭部上顎を縦に走っている骨の中の軟骨部分を言う。細く削って乾燥し、粕漬等にする。九州地方で松浦漬と称する。
 「水精」は水晶。「水精」で「すいしょう」とも訓じる。
 「鬛」の字に底本は(ひれ)とルビがある。確かにこれは魚の顎脇のこびれ、という意味があり、この場合の叙述とも齟齬はないが、本来の意味の(ひげ)とする方が、直後の鬐(ひれ)とも区別し易い。東洋文庫版でも「ひげ」とルビしている。
 「筬」は、本来は織機の経糸(たていと)を通す櫛状の道具を指す。昔の一般的な竹筬(たけおさ)は、竹で出来た薄い小片を櫛の歯のように列ね、長方形の框(わく)に入れたもので、その形状がクジラのヒゲと似ていたためであろう。
 「久泄」は、慢性の下痢。ただの消化不良から潰瘍性大腸炎まで含む。
 「尾脛」は、現在のオノミを指す。「はばき」とは、脛巾・行纏・脛衣等と書く、旅装として脛に巻きつけるものを指すか。後世の脚絆(きゃはん)に当るが、形状がクジラの尾の形に似ている。
 「唐弓」とその使用法等については、サイト「丹後ふとん店」の「綿から糸への道具使い」を参照されたい
 「百尋」は現在もクジラの腸の異名。ちなみに百尋は180mに相当する。この呼称は満更、嘘ではあるまい思って調べてみると、マッコウクジラの腸の長さは実に230mという記録がある。看板に偽りなし!

 「糞」は、龍涎香(Amburgris)を指している。龍涎香はマッコウクジラに特有な大腸内の蠟状の結石で、動物性香料として有名である。その生成過程については核部分にダイオウイカの顎板(カラストンビ)が見つかることから、何らかのイカの成分が関係しているとも言われているが、科学的解明は全くなされていない。重さ50g5kgで、捕獲したマッコウクジラの腸内から直接採取されたり、叙述の通り、海上を浮遊していたり、海岸に打ち上げられたりしたものが利用される。形状には変異が多く(「蛇骨」というのは複数のイカの顎板の突出したものを言うか)、色も琥珀に似た黄色を帯びた灰色・灰白色・黒色等、それぞれgoldengreyblack等の等級がある(goldenが最上とされる)。中国や中世ヨーロッパにおいては媚薬として流行したが、この結石から精油した龍涎香は、一般に他の香水と合わせた時、主成分のテルペノイド(二重結合を二つ持つ炭化水素イソプレンの重合した化合物)であるアンブレイン ambreinの酸化作用によって、すぐれた芳香効果を示す。
 「痘瘡の紫黑下陥」は、痘瘡に罹患した後に出来る窪んだあばたを指す。それにしても金と同等に取引された龍涎香をこんな症状に用いるとは、太っ腹!
 「黑皮と赤肉の交ひ、白き脂有り」の全体が現在のクジラのベーコン! 大好き! 言っとくと、美味しいのは毒々しく着色されない生ベーコンだよ!
 「鯨に六種有り」とあるが、現在の大きな分類では、ヒゲクジラ類3科、ハクジラ類10科で総種数は80種を越えるとする。
 「羽指」は、「はざし」と読む。日本での捕鯨は遠く縄文期(貝塚からの小鯨の骨の出土や土器の装飾紋に見られる骨の使用等)やアイヌによるオホーツク沿岸捕鯨まで遡るが、近世初期の古式捕鯨である網取式捕鯨の漁法に於いて「羽指」という花形的職能が定着したように思われる。即ち、山上に「山見(やまみ)」という見張り場を設け、クジラの到来を確認すると、狼煙などでその種類や方角を報ずる。それを受けて勢子(せこ)船・網船・持双(もっそう)船が出船し、網船がクジラの先に網を降ろし、勢子船でその網にクジラを追い込む。クジラが網に絡まったところで銛を撃ち込み、弱ったところを見計らって、「羽指」が口に鼻切包丁(刃渡り30cm程、軟鉄製で素手による整形可能)を銜えて飛び込み、刺さった銛の繩を手がかりにしてクジラによじ登る。そうして両の鼻の穴に切り込みを入れて、太綱を通し、それを二艘の持双船に渡して、クジラを挟み込んで陸に運び、解体した(以上、網取式捕鯨については主にサイト「久則庵」の“WHALES”中の「日本の古式捕鯨(網取り式捕鯨)」を参照した)。
 「長袖短袗」は、袖が長く丈は短い単衣(ひとえ)。
 「近頃は遠く」は、最近では遠く沖まで出て、という意味であろう。
 「世美」はセミクジラEubalaena japonica。文字通り、背びれがなく背が美しいことからの命名。ちなみに冒頭掲げられる「海鰌」の名もセミクジラに与えられている。
 「斛」は約180ℓ。一斛=十斗=百升。

 「座頭」はザトウクジラMegaptera novaeangliae。英名のhumpback whale(せむしの鯨)といい本叙述の和名由来といい、私も知らずに使ってきたが、これらは忌々しき差別名称の最たるものであろう。
 「瞽者」の読みは一応正式な音読みとして「こしゃ」にしたが、東洋文庫版では「ごぜ」とルビしている。島崎藤村の「旧主人」でもこう書いて「ごぜ」と読んではいる。
 「先づ兒鯨をして之を防ぎ殺す時は半死にせしむれば、則ち母鯨、去るに忍びず、身を以て子を掩ふ時、殺し得つべし。後、又、子鯨を捕ふ。」の部分は、訓読に苦しんだ。底本では返り点は一部不明な箇所(で示した)も含めて

「先使
下二兒鯨殺之半死則母鯨不去以身掩子時可殺得可殺得後又捕子鯨」

である。後半部は問題ないが、前半部に自信がない。「鯨」の左下には明らかに「二」と思しき数字があるが、これでは機能しない。「防ぎ殺す」という語の意味も不明である。ちなみに、東洋文庫版ではここを以下のように訳している。

「ただし子持ち鯨は捕獲しやすい。まず児(こ)鯨を攻めて半死の目に合わすと母鯨は去るに忍びず、身をもって子をかばい掩(おお)う。そのときに殺すことができ、そのあと子鯨も捕える。」

基本的には、私も概ねこのような意味と理解して、書き下した。

 「長須」はナガスクジラBalaenoptera physalus(シロナガスクジラBalaenoptera musculus はその巨大さ故に近世までの捕鯨の対象とはなっていない。大きさからいっても、ここでははずして考えるべきであろう)。
 「鰯鯨」はイワシクジラ Balaenoptera borealis
 「真甲」はマッコウクジラ Physeter macrocephalus。マッコウは多くの文献が「抹香」と書くところから、先に記した本種特有の龍涎香がモクレン科のシキミIllicium anisatumの葉を粉にした「抹香」の香りと似ていることに由来する。
 「小鯨」はコクジラ・チゴクジラ等の異名を持つ小型種コククジラ Eschrichtius robustusを指すかとも思われるが、良安先生! 「各其の大鯨に類す」では、全種の小鯨で、あんまりでござりまする! そもそも、コクは「克」の字が当てられているのは、「児童鯨」「小鯨」が一般名詞の小鯨と混同されたことから区別するためだったんですよ! ……まあ、しかし、先生もここまで各種を叙述して下すったんだから、目鯨立てるのはやめておこう。
 「魚虎」は、とりあえずクジラ目ハクジラ亜目マイルカ科シャチ属に属するOrcinus orca と同定してよいであろう。折角なので、割注にもある巻四十九の独立項の「魚虎」をテクスト化する(体裁は本頁の書式に従った)。

■和漢三才圖會 江海有鱗 卷ノ四十九 ○二十

[やぶちゃん注:冒頭の鯡の項の最終三行及び後半の人魚の項前部は省略。]

しやちほこ

魚虎

イユイフウ



土奴魚 鱐【音速】

【俗用鱐字未詳

 鱐乃乾魚之字】

【俗云奢知保古】[やぶちゃん字注:以上四行は、前三行下に入る。]


本綱魚虎生南海中其頭如虎背皮如猬有刺着人如蛇

咬亦有變爲虎者又云大如斗身有刺如猬能化爲豪豬

此亦魚虎也

△按西南海有之其大者六七尺形畧如老鰤而肥有刺

 鬐其刺利如釼其鱗長而腹下有翅身赤黑色離水則

 黄黑白斑有齒食諸魚世相傳曰鯨食鰯及小魚不食

 大魚有約束故魚虎毎在鯨口傍守之若食大魚則乍

《改ページ》

 入口嚙斷鯨之舌根鯨至斃故鯨畏之諸魚皆然矣惟

 鱣鱘能制魚虎而已如入網則忽囓破出去故漁者取

 之者稀焉初冬有出于汀邊矣蓋以猛魚得虎名爾猶

 有蟲蠅蝎虎之名非必變爲虎者【本草有變爲虎者之有字以可考】

 鱣鱘鯉逆上龍門化竜亦然矣

城樓屋棟瓦作置龍頭魚身之形謂之魚虎【未知其據】蓋置嗤

吻於殿脊以辟火災者有所以【嗤〔→蚩〕吻詳于龍下】


しやちほこ

魚虎

イユイフウ



土奴魚 鱐【音、速。】

【俗に鱐の字を用ふるは、未だ詳らかならず。鱐、乃ち乾魚〔:干物〕の字〔なり〕。】

【俗に奢知保古と云ふ。】


「本綱」に『魚虎、南海中に生ず。其の頭、虎のごとく、背の皮に猬〔=蝟=彙:はりねずみ〕のごとくなる刺有りて、人に着けば、蛇の咬むがごとし。亦、變じて虎と爲る者有り。又云ふ、大いさ斗〔:柄杓〕のごとく、身に刺有りて猬のごとし。能く化して豪-豬(やまあらし)と爲〔(な)〕る。此れも亦、魚虎なり。』と。

△按ずるに、西南海に之有り。其の大なる者、六~七尺。形、畧ぼ老鰤〔(おいしぶり)〕のごとくして、肥いて、刺鬐有り。其の刺、利きこと、釼〔(つるぎ)〕のごとし。其の鱗、長くして、腹の下に翅〔(はね)〕有り。身、赤黑色、水を離〔(か)れば〕、則ち黄黑、白斑なり。齒有りて諸魚を食ふ。世に相傳へて曰く、『鯨は鰯及び小魚を食ふも、大魚を食はざるの約束有り。故に魚虎は毎に鯨の口の傍らに在りて、之を守る。若し大魚を食はば、則ち乍〔(たちま)〕ち口に入り、鯨の舌の根を嚙〔(か)み〕斷〔(た)ち〕、鯨は斃(し)するに至る。故に鯨、之を畏る。諸魚、皆、然り。惟だ鱣〔(ふか)〕・鱘〔(かぢとほし)〕、能く魚虎を制すのみ。如〔(も)〕し網に入らば、則ち忽ち囓み破りて出で去る。故に漁者、之を取る者、稀なり。初冬、汀-邊〔(みぎは)〕に出づること有り。』と。蓋し猛魚なるを以て虎の名を得のみ。猶ほ蟲に蠅-虎(はいとりぐも)・蝎-虎(いもり)の名有るがごとし。必〔ずしも〕變じて虎に爲る者に非ず。【「本草」〔=「本草綱目」〕に『變じて虎と爲る者有る』と云ふの「有」の字に以て考ふべし。[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]】鱣(ふか)・鱘(かぢとをし)・鯉(こひ)、龍門に逆(さ)か上(のぼ)りて竜に化すと云ふも亦、然り。[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]

城樓の屋-棟(やね)して、瓦に龍頭魚身の形を作り置く。之を魚虎(しやちほこ)と謂ふ【未だ其の據〔(きよ)を知らず。】。蓋し嗤吻(しふん)を殿脊〔(でんせき):屋根〕に置き、以て火災を辟〔=避〕くと云ふは所-以(ゆへ)有り【蚩吻は龍の下に詳〔(つまびらか)〕なり。】

注は、本格的に「卷四十九 江海有鱗魚」のテクスト化をした際に譲るが、最後に現われる「蚩吻」についてのみ簡単に説明しておこう。「和漢三才図会」の巻四十五の「龍」の項解説に割注を含めてたった八文字(全く以て「詳」ではない!)、以下のようにある。

蚩吻好呑【殿脊之獸】蚩吻は呑むことを好む【殿脊の獸。】。)

いやはや
これでは困るな。さて、大寺院の甍の両端にまさに鯱(しゃちほこ)のような形のものを御覧になった記憶がある方は多いだろう。これを鴟尾(しび)と呼称することも、芥川龍之介の「羅生門」でお馴染みだ。文字の意味は鳶の尻尾なのであるが、これは実は、「蚩尾」で、良安が判じ物のように示した通り、龍の九匹の子供の内の一匹が蚩吻と称する酒飲みの龍であり、それが屋根を守ると古くから信じられたようなのである。派手に酒を吹き出して消火してくれるスプリンクラーのようなものか? いや、待てよ! 中国酒はアルコール度数が高いから逆にジャンジャン燃えるんでないの?!
 「剱鉾」は、剣や鉾、と読んで問題ないが、魚虎の派手さからは京都祇園御霊会の、神渡御の際の先導を務める悪霊払いの呪具たる「剱鉾」を指している可能性もある。剱鉾」の画像はHP「京都市文化観光資源保護財団」の「特集 京の祭の遺宝 剣鉾」等を参照にされたい)。
 ……シャチと言えば、私は今でも鮮やかに覚えている、少年時代の漫画学習百科の「海のふしぎ」の巻に、サングラスをかけた小さなシャチが、おだやかな顔をしたクジラを襲っているイラストを……。ちょっとした参考書にも、シャチは攻撃的で、自分よりも大きなシロナガスクジラを襲ったり、凶暴なホジロザメ等と闘い、そこから「海のギャング」と呼ばれる、と書かれていたものだ。英名も
Killer whale、学名は「冥府の魔物」という意味でもある。しかし実際には、肉食性ではあるが、他のクジラやイルカに比べ、同種間にあって攻撃的ではないし、多くの水族館でショーの対象となって、人間との相性も悪くない(私は芸はさせないが、子供たちと交感(セラピー)するバンクーバーのオルカが極めて自然で印象的だった)。背面黒、腹面白、両目上方にアイパッチと呼ぶ白紋があるお洒落な姿、ブリーチング(海面に激しく体を打ちつけるジャンピング)やスパイ・ホッピング(頭部を海面に出して索敵・警戒するような仕草)、数十頭の集団で生活する社会性、エコロケーションによる相互連絡やチームワークによる狩猟、じゃれ合う遊戯行動等、少しばかりちっぽけな彼等がシャチの分際で人間の目に付き過ぎたせいかもしれないな。本項の叙述も殆ど切り裂きジャック並みの悪行三昧だ。良安が教訓染みて終えているので、私も一つ、これで締めよう。『出るシャチはブリーチング』。]


***




ふか

【音天】

テン

 

黄魚 蠟魚

玉版魚

【俗云布可】

【和名抄爲鰻※之訓者非

也】[やぶちゃん字注:※=「魚」+「麗」。]

[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行の下に入る。]


本綱鱣海中無鱗大魚也状似鱘其色灰白其背有骨甲

三行鼻長有鬚口近頷下其尾有岐其出也以三月逆水

而上其居也在磯石湍流之間其食也張口接物聽其自

入食而不飲蟹魚多誤入之其行也在水底去地數寸漁

人以小鈎數百沈而取之一鈎着身動而護痛諸鈎皆着

之船遊數日待其困憊方敢掣取之其小者近百斤大者

長一三丈至一二千斤其氣甚鯹其脂與肉層層相間肉

色白脂色黄如蠟故名之其脊骨及鼻并鬐與鰓皆脆軟

可食其肚及子盬藏亦佳其鰾亦可作膠

肉【甘平有小毒】 多食生熱痰發瘡疥【和蕎麦食人失音】忌荊芥

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○四

△按鱣小者二三尺大者二三丈状畧類守宮蟲而頭扁

 圓嘴尖眼大口在頷下而濶大有齒牙而堅利背有三

 骨甲尾有岐鰭亦硬無鱗皮厚灰白色如鮫之沙小者

 肉潔白味稍美故魚市所出皆不過三四尺其大者好

 取人嚙如有人出手足於舷者鱣跳浮囓切去海舶最

 畏之胎生産於口嘗見胎魚其子既備鱣形名天以豆

 留古【一名奈宇佐宇】鱣類有數種其肉爲※膾食之或爲魚餠[やぶちゃん字注:※=「魚」+「干」。]

 以偽海鰻蒲鉾


白目鱣 小者二三尺大者二三丈背灰白腹白齒大其

 眼色白好嚙人其肉味美

牛鱣 大抵三尺許状類白目鱣灰皁色無齒

猫鱣 大三四尺頭形似猫扁身有虎斑文有齒味不佳

加世鱣 大三四尺及一丈灰黑色口小而齒細有耳其

 眼有耳端此鱣在海中不爲害俗取膽爲疳眼藥

坂田鱣 大二三尺頭圓匾似團扇身挟長似團扇柄而

《改ページ》

 灰黑色


ふか

【音、天。】

テン

 

黄魚 蠟魚

玉版魚

【俗に布可と云ふ。】

「和名抄」鰻※の訓を爲すは非なり。】[やぶちゃん字注:※=「魚」+「麗」。]


「本綱」に『鱣は、海中無鱗の大魚なり。状、に似、其の色、灰白。其の背に有骨の甲、三行(〔み)〕くだり)有り。鼻長く、鬚有り。口、頷〔(あぎと)〕の下に近く、其の尾、岐有り。其の出づるや、三月を以て水に逆(さから)〔ひ〕て上り、其の居るや、磯石湍流〔(そせきたんりう)〕の間に在り。其の食ふや、口を張り、物を接し、其の自ら入るを聽きて、食つて飲まず。蟹・魚、多く誤りて之に入る。其の行くや、水底に在り、地を去ること數寸。漁人、小さき鈎(つり〔ばり〕)數百を以て、沈めて之を取る。一鈎〔(こう)〕、身に着き、動きて痛みを護る〔に〕、諸鈎、皆之に着けり。船、遊ぶこと數日、其の困-憊(つか)れたるを待ちて、方に敢て之を掣(う)ち取る。其の小さき者は、百斤〔(きん)〕に近し。大なる者は、長さ一~三、一~二千斤に至る。其の氣、甚だ鯹〔=腥〕さし。其の脂と肉と、層層として相間(まじは)つて、肉色白く、脂の色、黄にして蠟のごとし。故に之を〔蠟魚と〕名づく。其の脊の骨及び鼻并びに鬐〔(ひれ)〕と鰓〔(あぎと)〕と、皆、脆く、軟にして食ふべし。其の肚〔(はら)〕及び子、盬藏(づけ)にして、亦佳なり。其の鰾(にべ)も亦、膠〔(にかは)〕に作るべし。

肉【甘、平にして小毒有り。】 多く食へば、熱痰を生ず。瘡疥〔(さうかい)〕を發し【蕎麦に和して食へば、人をして失音せしむ。】、荊芥〔(けいがい)〕を忌む。』と。

△按ずるに、鱣は小なる者、二~三尺、大なる者、二~三丈。状〔(かた)〕ち、畧ぼ守宮蟲〔(いもり)〕に類して、頭、扁たく圓く、嘴、尖り、眼、大きく、口、頷の下に在りて、濶〔(ひろ)〕く、大。齒牙有りて、堅く、利。背に三の骨甲有り。尾に岐有り。鰭も亦、硬し。鱗無く、皮、厚く、灰白色、鮫の沙のごとし。小さき者は、肉、潔白にして、味、やや美なり。故に魚市に出づる所は皆、三~四尺に過ぎず。其の大なる者は好んで人を取りて嚙ふ。如〔(も)〕し人、手足を舷(ふなばた)に出だす者〔(こと)〕有れ〔→有ら〕ば、鱣、跳(と)び浮きて、囓み切り去る。海舶に最も之を畏る。胎生にして口より産む。嘗て胎(はらみ)魚を見〔るに〕、其の子、既に鱣の形を備なふ。天-以-豆-留-古(でい〔つるこ〕)と名づく【一名、奈-宇-佐-宇〔(なうさう)〕。】。鱣の類、數種有り。其の肉、※(さしみ)膾(なます)と爲す。之を食ふに、或は魚-餠(かまぼこ)と爲し、以て-鰻(はも)の蒲鉾に偽る。[やぶちゃん字注:※=「魚」+「干」。]


白目鱣 小なる者、二~三尺、大なる者、二~三丈、背灰白、腹白く、齒大にして、其の眼の色、白し。好んで人を嚙む。其の肉、味、美なり。

牛鱣(うしふか) 大抵、三尺ばかり。状、白目鱣に類して、灰皁〔=黑〕色。齒無し。

猫鱣 大いさ、三~四尺。頭の形、猫に似、扁たく、身、虎斑〔(とらふ)〕の文有り。齒有り。味、佳からず。

加世鱣 大いさ三~四尺〔より〕、一丈に及ぶ。灰黑色、口、小さくして齒細く、耳有り。其の眼、耳の端に有り。此の鱣、海中に在りて害を爲さず、俗に膽を取りて疳眼〔(かんがん)〕の藥と爲す。

坂田鱣 大いさ二~三尺。頭、圓く匾〔(うす)く or (ひら)たく〕、團-扇(うちは)に似、身、挟く長〔く〕、團扇の柄に似て、灰黑色なり。

[やぶちゃん注:フカとサメと古名としてのワニは、すべて軟骨魚綱板鰓亜綱Elasmobranchiiに属する魚類の中で、原則として鰓裂が体側に開くものの総称である(後述するカスザメ目Squatiniformesの鰓孔は腹側から側面に開いている)。即ち「フカ」は「サメ」と生物学的には同義であるが、民俗的にはそれぞれの地域で厳然とした二分法がある(実際、本巻でも後に「鮫」を別項目として立てている。なお、「鰐」がその直前に項目としてあるが、これは珍しく正真正銘の爬虫綱ワニ目 Crocodiliaのワニである)。ところが、関東では大きな鮫をフカと呼ぶのに対して、関西以南では逆に小さな鮫をフカ、大きなものをサメと呼称するであるとか、関西では「フカ」、関東では「サメ」が鮫の呼称として優性であるとか、また、一般には大型のものや人食い鮫に相当するような攻撃性の強いもの「フカ」と呼称するであるとか、その内実と名は一定していない。
 『「和名抄」』は、正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
 「鰻※の訓」[やぶちゃん字注:※=「魚」+「麗」。]であるが、私は「和名抄」を所持していないのではっきりとは言えないが、「和名抄」では、この「鰻※」を「ふか」と訓じているのであろう。「鰻※」は「廣漢和辭典」の「鰻」の字義の「うなぎ」の後に、朱駿声の「説文通訓定声」から引いて「今俗に鰻※と曰ふは、是なり。」とあり、この熟語が現われるので、この「鰻※」とは「うなぎ」を指すことは間違いない。その誤りを良安は指摘しているのである。
 『「綱目」』は、「本草綱目」で明の李時珍の薬物書。52巻。1596年頃の刊行。巻頭の巻一及び二は序例(総論)、巻三及び四は百病主治として各病症に合わせた薬を示し、巻五以降が薬物各論で、それぞれの起源に基づいた分類がなされている。収録薬種1892種、図版1109枚、処方11096種にのぼる。以下、多く引用されるので注はここのみとする。

 「鱘」は、東洋文庫版は「かじき」と訓じている。確かに次の項目が「かぢとをし」でカジキマグロであり、見出しも本字、「鱘」である。また、次項解説の同じ「本草綱目」でも「鱣」に似ているとも記述する。しかし、私はこれは「鱘」のもう一つの意味であるチョウザメを指しているのではあるまいかという疑念が拭いきれない。時珍は「登龍門」(あれは本来はチョウザメであったものがコイに代えられたものとも言う。私はかねがねこの説を支持したいと思っていた)の故事等で中国人により一般的な硬骨魚である条鰭亜綱チョウザメ目チョウザメ科 Acipenseridaeとの類似をまず示したかったのではないか。いやそれどころか、この「鱣」の叙述に現われるその形状・生態は、この時珍の叙述の最後まで(「其の肚及び子、盬藏にして、亦佳なり」なんてキャビアじゃないの?)驚くほど相似するように感ぜられないだろうか? 識者の見解を待つ。
 「磯石湍流」の「湍流」は本来河川の早瀬を言う。岩礁性もしくは石礫の海底で、海流の流れが早いところを言うのであろう。
 「斤」・「丈」は時珍の明代で一斤≒596.8g、一丈≒3.1m。
 「鰾」の「にべ」という読みは、本来、スズキ目ニベ科Nibea mitsukuriiの浮袋から作られた接着力の強い膠を指す(「愛着を示さない・愛想がない」の意味の「にべもない」の語源)。そこから、広く浮袋を「にべ」と呼称している。他にコイ・ウナギ、そしてサメなどの浮袋からも生成された。「和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚」の「鮸」の項を参照。
 「熱痰」は、黄色の痰を吐き、顔面が赤味を帯びている症状を言う。
 「瘡疥」は、広く吹き出物から発疹等の種々の皮膚疾患全般を言う。
 「荊芥」は、シソ科のケイガイSchizonepeta tenuifoliaの花穂及びその茎枝で、漢方薬として風邪や出血性疾患や皮膚病に効果があるとする。
 「守宮蟲に類して」? か? しかしまたしても「鯨」の悪夢の再来である。この冒頭の絵を見ているとあーら不思議! 似てるわあ!
 「嚙ふ」は、ここでは「くはふ」と訓読しているようである。
 「胎生にして口より産む」とあるが、口から子を産むマウスブリーダー習性(産むように見えるアジアアロワナScleropages formosus等のアロワナ科Osteoglossidaeやスズキ目キノボリウオ亜目のチョコレートグラミーSphaerichthys osphromenoidesのような)をサメが持っているというのは、聞いたことがない。これは何かの勘違いであろう。これに関しての解釈は後掲の「鮫」の後注を参照されたい。

 「奈宇佐宇」は、ここでは幼体のフカを呼称する語であるが、小型のサメは捕獲時に比較的暴れずにおとなしいことから、「脳の回りが遅い」という長崎方言でつけられたという説がある。現在「ノウソウ」と呼称するものとしては、ドチザメ科ホシザメ属シロザメ Mustelus griseus やネズミザメ目オナガザメ科 Alopias vulpinus 等が同定候補である。
 「海鰻」は、ハモMuraenesox cinereus(近縁種は以下。スズハモ Muraenesox bagio・ハシナガハモ Oxyconger leptognathus・ワタクズハモ Gavialiceps taiwanensis)。
 「白目鱣」はその名称から、とりあえずメジロザメ目メジロザメ科メジロザメ属 Carcharhinusを挙げておくが、この叙述自体からはメジロザメ属に同定し得る決定打は見出せない。確かに、このメジロザメ目にはかなり攻撃的な種が含まれる。一般に知られる人への危険度では、ホオジロザメCarcharodon carcharias(ネズミザメ目)、オオメジロザメCarcharhinus leucasやイタチザメGaleocerdo cuvierが挙がるが、後者の2種は共にメジロザメ目ではある。しかし、メジロザメ目総体を人間を好んで襲うという言うのにも、やや躊躇を感じる。
 「牛鱣」の呼称と類似する、現在ウシザメと呼ばれる種は、前項に掲げたメジロザメ目オオメジロザメCarcharhinus leucasである。沖繩周辺での生育が確認されている。但し、歯は勿論あって、長く三角形に近い。
 「猫鱣」は、ネコザメHeterodontus japonicusまたはシマネコザメ Heterodontus zabra。これは、また思い出すなあ、小学校時代の漫画学習百科を。サザエを噛み割るその名こそ、マイナーなれど人ぞ知る、サザエワリとは我が名なり! と言った風情、妙に色気のある流し目のネコザメのイラストだった……。お蔭で私はサザエワリという名を早くから知っていたのであった。
 「加世鱣」は、その叙述と発音の近似性からカスザメ目カスザメ科カスザメSquatina japonica(または胸鰭の先端の角度がやや大きい近縁種コロザメ Squatina nebulosa)ではなかろうかと思われる。眼病薬という記載は探り得なかったが、もし本種がカスザメであれば、本種の皮は、古くより刀剣の柄(つか)に滑り止めとして巻いたことで知られる。なお、冒頭に述べたように、本種はサメの中では変り種で、鰓孔は完全な体側ではなく、腹側から側面に開いている。もう一つ付け加えておくと、サメの尾鰭は上葉が下葉よりも長いのだが、カスザメは下葉が発達し、ほぼ上下同長である。
 「疳眼」は、角膜乾燥症、結膜アレルギーによる眼病を言う。

 「坂田鱣」は、当初、エイ目サカタザメ亜目サカタザメ科サカタザメ属サカタザメRhinobatos schleliiに同定していた。変更の経緯は「海鷂魚」(エイ)の「窓引鱝」(マドヒキエイ)の後注も参照されたいが、この、体が円い、頭部が団扇に似ている、身から(尾にかけてととってよい)狭く長く団扇の柄に似ている特徴は、実はサカタザメよりもよりエイ目ウチワザメ科ウチワザメPlatyrhina sinensisに近似する。サカタザメ類に似るが、体が丸いのがこの種の特徴であり、坂田鱣には「圓く」の記述があること、現在のウチワザメはまさに「団扇鮫」と表記すること、後の「海鷂魚」の「窓引鱝」がサカタザメRhinobatos schleliiまたはコモンサカタザメRhinobatos hynnicephalusと同定されることから、本種をウチワザメPlatyrhina sinensisに同定変更する。更に付け加えると、後掲する「海鷂魚」(エイ)の図を参照されたい。これは一般的なエイのフォルムで想定するアカエイでもヒラタエイでもなく、ウチワザメではなかろうか?

***



かぢとをし

【音尋】

ツイン

 

鱏【音尋】 碧魚

【俗云加知止乎之】[やぶちゃん字注:以上二行は、前三行の下に入る。]


本綱鱘鱣屬也岫居長者丈餘至春始出而浮陽見日則

目眩其状如鱣而背上無甲其色青碧腹下色白其鼻長

與身等口在頷下食而不飲頰下有青班〔→斑〕紋如梅花状尾

有岐如丙肉色純白味亞於鱣鬐骨不脆又云其頭大哆

口似銕兜鍪其肉【甘平有毒】作鮓雖珍亦不益人

本草必讀云鱘目小如豆鼻傍肉作直絲名爲鹿頭肉【言味

美也】鰾亦作膠鱣鱘二魚皆能化龍

△按鱘嘴尖利如鐵海舶値之則可突拔故俗呼名柁通


かぢをとし

【音、尋。】

ツイン

 

鱏【音、尋。】 碧魚

【俗に加知止乎之と云ふ。】


「本綱」に『鱘は鱣の屬なり。岫居〔(しうきよ)〕し、長き者、丈餘。春に至りて始めて出でて、陽に浮き、日を見れば、則ち目眩(くる〔→くら〕)めり。其の状、鱣(ふか)のごとくして、背の上に甲無く、其の色、青碧、腹の下の色、白し。其の鼻、長し。身と等し。口、頷〔(あぎと)〕の下に在り。食ひて飲まず。頰の下に青斑の紋有り。梅花の状のごとし。尾、岐有りて、「丙」のごとく、肉色、純白(ましろ)く、味、鱣に亞(つ)ぐ。鬐骨〔(ひれぼね)〕、脆からず。又云ふ、其の頭、大-哆(おほ)きなる口、銕-兜-鍪(かなかぶと)に似たり。其の肉【甘、平、毒有り。】、鮓〔(すし)〕に作る、珍と雖も、亦、人に益あらず。』と。

「本草必讀」に云ふ、『鱘は、目、小にして豆のごとし。鼻の傍らの肉、直-絲(はながつほ〔を〕)に作る。名づけて鹿頭肉と爲す【味、美なりと言ふ。】。鰾(にべ)も亦、膠〔(にかは)〕に作る。鱣・鱘の二魚、皆能く龍と化す。』と。

△按ずるに鱘は、嘴、尖(とが)りて利、鐵のごとし。海舶、之に値〔(あ)=遇〕へば、則ち突(つ)き拔(ぬ)くべし。故に俗に呼んで柁通(かぢとをし)と名づく。

[やぶちゃん注:「本草綱目」の「鱘魚」の項を良安は恣意的に取捨選択して、海産のカジキに読み替えようとしてかのように見える。実はこれは「集解」の途中からで、『(藏器曰)鱘生江中背如龍長一二丈(時珍曰)出江淮黄河遼海深水處亦鱣屬也』の最後の三文字から引用しているである。この「鱘」も、そしてその属であるとする「鱣」も、どちらも明らかに河川を遥かに遡上する魚である。且つ、実は次の「鮪」の項に良安が引用している『月令云季春天子薦鮪於寢廟故有王鮪之稱郭璞云大者名王鮪【其小者名叔鮪更小者名※1子】』[やぶちゃん注:※1=「魚」+「各」。]は、「本草綱目」の「鱘魚」の項の冒頭、「釈名」に「時珍曰」として記す内容である。良安先生、そうした齟齬を隠しきれずに、遂に「鮪」の自己の記載では『「本綱」に、鱘・鮪以て一物と爲すは、未だ精(くは)しからず』記さざるを得なくなったわけである(次項及び注参照)。では、「鱘」は何か。これについては、本ページを読まれた釜石キャビア株式会社というところでチョウザメに係わるお仕事に従事しておられるY氏から、この「かじとうし」の絵は、長江に生息するハシナガチョウザメであると考えらるというメールを頂戴した以下に、メール本文を引用する。 
   ◇〔引用開始〕
「かじとうし」の絵、長江に生息します、ハシナガチョウザメと考えられます。チョウザメの仲間の中では特異な姿をしており、口に歯がはえております(チョウザメ類には歯が無い)。現在、長江でも絶滅したと考えられ、わずかな尾数を中国政府が保護飼育しております。添付図は中国のハシナガチョウザメの切手でございます。
   ◇〔引用終了〕
私は本ページで「鱣」・「鱘」・「鮪」にチョウザメの影を感じてきてはいたのであったが、メールを頂いた当初は、これは良安がオリジナルに描いたのだから、幾ら何でも当然、海産のスズキ目メカジキ科 Xiphiidae 及びマカジキ科 Istiophoridae の二科に属する魚(カジキマグロとは通称で正式和名ではない)の絵であるだろうと思っいたのだが、そのように言われて、よく見ると、これは時珍の「本草綱目」の「鱘魚」の叙述に従って頬に星の模様まで入れて描いた想像図、カジキの実見描画ではなかったのである。これはもう間違いなくY氏の指摘された、英名“Chinese swordfish”、硬骨魚綱条鰭亜綱軟質区チョウザメ目ヘラチョウザメ科ハシナガチョウザメ属の異形種であるハシナガチョウザメ(古くはシナヘラチョウザメと呼称)
Psephurus gladiusの叙述と考えてよい。氏から提供を受けたの中国切手の画像も以下に示す。まさにチョウ極似。



しかして、その後に良安の勘違いしたカジキを同定しておこう。カジキはスズキ目メカジキ科
Xiphiidae およびマカジキ科 Istiophoridae の二科に属する魚の総称(カジキマグロとは通称で正式和名ではない)。日本近海の種を挙げるならばメカジキXiphias gladius、マカジキTetrapturus audax、バショウカジキIstiophorus platypterus、フウライカジキTetrapturus angustirostris、シロカジキMakaira indica、クロカジキMakaira mazaraの6種である。名の由来は末尾の記載通り、舵木通し(かじきどおし)の略である。ちなみにこの中でもバショウカジキは、帆に似た体高より大きな背鰭(これが芭蕉の葉に似ることからの命名)を持ち、全魚類の中で最速の時速120㎞の遊泳速度の保持者である。この大きな背鰭は、高速遊泳時の急ブレーキの役割を持つとも言われる。

 「岫居」の「岫」は、本来、山のくき=洞穴のことを指す。従って、ここでは河川や海底の洞窟に棲み、という意となる。
 『「丙」のごとく』とは、「丙」という字のような形をしている、という意味である。
 『「本草必讀」』という書は、東洋文庫版の後注には『「本草綱目類纂必読」か。十二巻。』とのみあるだけである。中国の爲何鎭なる人物の撰になる「本草綱目」の注釈書であるらしい。
 「直絲」及び後の「鹿頭肉」は、不明である。ここでの「はながつを」なるルビ自体が(鹿頭肉とのイメージの甚だしいギャップと共に)大いに怪しい気がする(そもそもカジキの頬肉から鰹節を作り、それをまたわざわざ「花鰹」にしたもの等というのは如何にも非実利的で迂遠で胡散臭いではないか……と言いつつ、今、ネット上で非売品ながら、鰹節ならぬサメ節の現物を見てしまった。確かに鰹だけじゃあない、何でも「節」は作れる訳だな)。前記の如く、原本も確認できないので、全くお手上げである。何かご存知の方は御一報願いたい。
 「鰾」の「にべ」という読みは、本来、スズキ目ニベ科Nibea mitsukuriiの浮袋から作られた接着力の強い膠を指す(「愛着を示さない・愛想がない」の意味の「にべもない」の語源)。そこから、広く浮袋を「にべ」と呼称している。他にコイ・ウナギ、そしてサメなどの浮袋からも生成された。
 「鱣・鱘の二魚、皆能く龍と化す」は大いに気になる。魚偏の漢字の字義は時代的地域的に大きな変異や諸説があり、その複雑多岐に亙る錯綜は、とても私の手におえるものではないのであるが、ここでどうしても気になるのは、「鱣」の項で私が言った「登龍門」の故事の魚類同定とのシンクロである。原義的には「鱣」はコイの一種ともされるのだ。そうして現今、「鱘」は中国語でチョウザメ目チョウザメ科Acipenseridaeのチョウザメ類を指すのである。]

***


■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○五



しび

はつ

【音委】

ヲイ

 

王鮪【其大者

【和名之比

 或云波豆】

叔鮪【其小者者

   俗云目黑】

※1子【更小者者[やぶちゃん注:※1=「魚」+「各」。]

   俗云目鹿】[やぶちゃん字注:以上七行は、前四行の下に入る。]


本綱鮪與鱘爲一物月令云季春天子薦鮪於寢廟故有

王鮪之稱郭璞云大者名王鮪【其小者名叔鮪更小者名※1子】



△按鮪亦鱣屬鱘之類也本綱鱘鮪以爲一物者未精矣

 鱘青碧色鼻長與身等鮪頭畧大鼻雖長不甚口有頷

 下兩頰腮如銕兜鍪頰下有青斑死後眼出血背腹有

 鬐無鱗【如有些細鱗】蒼黑色肚白如傳〔→傅〕雲母尾有岐硬上大

 中圓下小其大者一丈余小者六七尺肉肥淡赤色背

 上肉有黑血肉兩條【俗曰血合】可去之其頭有力乘暖浮見

 日目眩其來也成羣漁人熬取油其肉爲膾爲炙味稍

《改ページ》

 佳


宇豆和【一名茶袋】 小鮪一尺以下者作胾以芥醋食味甚佳

目鹿 二尺以下小鮪亦可爲胾

目黑 三尺以下者多爲※2【凡宇豆和目黑共爲※2則通俗名目黑】[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「奄」。]

末黑 三四尺以上者至此時形畧扁色亦稍黑爲※2冬

 月民間賞之亞于鰤又鮮肉作脯※3〔→贗=贋〕鰹節[やぶちゃん注:※3=「贗」-(にんべん)。]

波豆 四五尺以上者與鮪無異惟腹鬐【鮪黄赤色波豆蒼黑】異身

 其※2和州人嗜食之以一枚爲馬一駄


しび

はつ

【音、委。】

ヲイ

 

王鮪〔(わういう)〕【其の大き者なり。和名、之比、或は波豆と云ふ。】

叔鮪〔(しゆくいう)〕【其の小さき者は、俗に目黑と云ふ。】

※1子〔(くわいし)〕【更に小さき者は、俗に目鹿と云ふ。】[やぶちゃん注:※1=「魚」+「各」。]


「本綱」に『鮪と鱘と、一物と爲す。「月令(がつりやう)」に云ふ、『季春、天子に〔→「に」は衍字、もしくは「は」の誤り〕、鮪を寢廟に薦(すゝ)む。』と。故に王鮪の稱有り。郭璞〔(かくはく)〕が云ふ、『大なる者を王鮪と名づく。』と【其の小さき者を叔鮪と名づく。更に小さき者を※1子と名づく。】。』と。

△按ずるに、鮪(しび)も亦、鱣の屬にして、鱘(かぢとをし)の類なり。「本綱」に、鱘・鮪以て一物と爲すは、未だ精(くは)しからず。鱘は青碧色、鼻長くして、身と等し。鮪は、頭、畧(ち)と大きく、鼻長しと雖も、甚だしからず。口、頷〔(あぎと)〕の下に有り、兩の頰・腮〔(あぎと)〕、銕-兜-鍪(かなかぶと)のごとし。頰の下、青斑有り。死して後、眼に血を出だす。背・腹に鬐〔(ひれ)〕有りて、鱗無し【些〔(いささ)〕か細〔かなる〕鱗有るがごとし。】。蒼黑色。肚、白にして、雲母(きらゝ)を傅(つ〔(=着〕)くるがごとし。尾に岐有り。硬く、上〔は〕大、中〔は〕圓く、下〔は〕小さし。其の大なる者、一丈余、小さき者、六~七尺。肉肥えて、淡赤色。背の上の肉、黑き血肉、兩條有り【俗に血合と曰ふ。】。之を去(す)つべし。其の頭、力有り、暖に乘じて浮く。〔→浮くに、〕日を見、目眩(くら)めく。其の來るや、羣を成す。漁人、熬(い)りて油を取り、其の肉、膾(さしみ)と爲す。炙(やきもの)に爲して、味、やや佳なり。


宇豆和【一名、茶袋。】 小さき鮪の一尺以下の者。胾(さしみ)に作り、芥醋(からしず)を以て食ふ。味、甚だ佳なり。

目鹿(めじか) 二尺以下の小さき鮪。亦、胾に爲すべし。

目黑(めぐろ) 三尺以下の者。多くは※2(ひしほ)と爲す【凡そ宇豆和・目黑共、※2と爲し、則ち通俗して目黑と名づく。】。[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「奄」。]

末黑(まぐろ) 三~四尺以上の者、此の時に至りて、形、畧(ち)と扁たく、色も亦、やや黑し。※2〔(ひしほ)〕と爲し、冬月、民間、之を賞す。鰤〔(ぶり)〕に亞(つ)ぐ。又、鮮(あたら)しき肉、脯(ふし)に作り、〕鰹節に※3〔贗=贋=似〕(にせ)る[やぶちゃん注:※3=「贗」-(にんべん)。]

波豆(はつ) 四~五尺以上の者。鮪と異なること無し。惟だ腹の鬐【鮪は黄赤色、波豆は蒼黑。】、異なるのみ。其の※2〔(ひしほ)〕を、和州〔=大和:奈良〕の人、之を嗜(す)きて食ふ。一枚を以て馬一駄と爲す。

[やぶちゃん注:サバ科 Scombridae マグロ属 Thunnus。本邦産クロマグロ hunnus thynnus または Thunnus orientalis[太平洋(大西洋)産クロマグロを別種とする考え方があり、その場合は前者を本邦のクロマグロとする]、ミナミマグロ Thunnus maccoyii、メバチマグロ  Thunnus obesusキハダマグロ  Thunnus albacares、ビンナガマグロ Thunnus alalunga、コシナガ Thunnus tonggolの6種を挙げればよいであろう。
 「しび」は、現在、主に関西・四国・九州南部の西日本でのキハダマグロThunnus albacaresの呼称であるが、「古事記」の清寧天皇の条(古事記歌謡108番歌)の平群志毘臣(へぐりのしびおみ)と袁祁命(おけのみこと)の、女を争った歌垣に、

潮瀨(しほせ)の波折(なを)りを見れば遊び來る鮪(しび)が端手(はたで)に妻立てり見ゆ

やぶちゃん訳:海の早瀬の波が幾重にも立っている辺りを見ていると、泳ぎ来た鮪(平群志毘臣を指す)の傍らに、魚の分際で連れの女が寄り添っているのが見えるよ。

と現われ、「万葉集」でも二例あり、巻六の938番歌、山部赤人の神亀3(726)年9月15日播磨国印南野行幸の従駕歌である長歌

やすみしし 我が大君の 神(かむ)ながら 高(たか)知らせる 印南野(いなみの)の 大海(おふみ)の原の 荒拷(あらたへ)の 藤井の浦に 鮪(しび)釣ると 海人舟(あまねふね)騒ぎ 塩焼くと 人ぞさはにある 浦を良(よ)み うべも釣はす 浜を良み うべも潮燒く あり通(がよ)ひ 見(め)さくも著(しる)し 清き白浜

やぶちゃん訳:我らが大君が神としてお治めになる印南野の大海原、その藤井の浦で、鮪を釣ろうと漁師の船が発ち騒ぎ、藻塩を焼こうと人が賑わう。浦が良いゆえに、もっともなことながら、鮪を釣るのだ。浜が良いゆえに、もっともなことながら、藻塩を焼くのだ。大君が足繁くお通ひになり、ご覧になられる、その訳も、もうはっきりしているではないか、この清く美しい白浜!

及び巻十九の4218番歌、大伴家持越中在任中の和歌

鮪(しび)突くと海人の燭(とも)せる漁火(いさりび)の秀(ほ)にか出ださむ我が下思(したも)ひを

やぶちゃん訳:鮪を突こうと漁師が灯している漁り火のように、はっきりと告げ知らせてしまおうか、この私の、秘めた思いを。

に現われることから、一般的な鮪が非常に古くから「シビ」呼称されていたことが分かる。なお、私はこの「古事記」や「万葉集」に現われた「シビ」はキハダマグロThunnus albacaresではないかと思っている。その理由は古事記歌謡108番歌の「早瀨」は海中にあって比較的浅瀬に相当する場所であること、赤人の歌のシチュエーションが内湾であり、家持の歌の漁が夜であることから、この二つの「万葉集」の「シビ」は回遊性のマグロではなく、根付きのマグロである可能性が高いと考えるのである。表層近くを遊泳し、根付きの生態を持っているという特徴を最もよく示すのはキハダマグロであるという見解である。識者の意見を待つ。
 「はつ」という呼称は、現在でも大阪の市場でキハダマグロThunnus albacaresの成魚の呼称として用いられており、上方落語の「菊江仏壇」にも「ハツの付け焼き」として鮪が登場する。
 「月令」は「礼記」の第六篇で一年の行事・天文・暦について書かれている。
 「季春、天子に、鮪を寢廟に薦(すゝ)む」は、古代中国において魚類を豊饒の祈りの供物としたことを示す。「月令」の季冬の月の条に

命漁師始漁。天子親往。乃嘗魚。先薦寢廟。

漁師に命じて始めて漁せしむ。天子、親(みづか)ら往き、乃ち魚を嘗(な)む。先ず寝廟に薦む。

とあり、また良安が引く季春の月の条には

天子始乘舟。薦鮪于寢廟。乃為麥祈實。

天子、始めて舟に乘り、鮪(い)を寝廟に薦め、乃ち麦の爲に實りを祈る。

とある。この「寝廟」とは祖霊を祭る建物である。
 「王鮪」――ここまで来てはたと気なる。古代中国にあって祭儀の例祭の重要な供物とするようなものが海産のマグロであるというのは如何にも不自然である。この「鮪」はマグロではないのではないか。「王」と名づくような巨大魚であり、黄河に生息する淡水産の魚と言えば、これはもうチョウザメ目チョウザメ科 Acipenseridaeのチョウザメ類しかいないと私は思うのである。しかし、「廣漢和辭典」でも「鮪」はシビ、マグロである……ところが、ここに来て、有力な情報を得た。それはまた、先般より私が拘っている「登龍門」の原種の同定とも関わる嬉しい内容であった。さて、「月刊しにか」(1995年9月号)の加納喜光氏の「漢字動物苑(6)チョウザメ」の中に以下の記載が現われる。

 鯉が魚の王とされる以前はチョウザメが魚の王だった。『詩経』では婚礼や饗宴に用いられるめでたい魚とされている。春になると時期を違わずに黄河に出現すると、古代人は考えた。そのため、春一番のチョウザメを宇宙のリズムのシンボルとして宗廟に供え、季節祭を執り行った。以上のことは『周礼』や『礼記』に見える。
 チョウザメが鯉に地位を譲るに当たって、登竜門の故事が利用されたふしがある。この故事の主役は実はチョウザメなのであった。竜門は黄河の中流にある山峡で、禹が山を穿ち水を通したという伝説がある。ここは急流になっているという。登竜門の故事を記した最古の文献は『淮南子』の高誘(後漢の人)の注釈である。[やぶちゃん注:以下がその引用。原文では全体が二字下げ。]

   [★やぶちゃん注:引用開始。]

 は大魚、長さは丈余なり。細鱗黄首、白身短頭。口は腹下に在り。鮪(い)は大魚、また長さ丈余なり。仲春二月、河西より上り、竜門を過ぐるを得れば、すなわち竜となる。

ここに出る鮪もチョウザメの一種である。[やぶちゃん注:一部省略。以下、中略。]
 チョウザメを表す漢字と現存する種(五種ある)とを対照して同定する作業は困難だが、筆者は次のように考えている。鱣を最も大型のダウリアチョウザメ、鮪をカラチョウザメ、鱏(じん)[やぶちゃん注:原文では(つくり)が「譚」の(つくり)であるが、これが正字と思われる。]をハシナガチョウザメに当てる。鰉は鱣の別名、鱘や※[やぶちゃん注:※=僭の(にんべん)を「魚」に換える。]は鱏の別名とする。他の二種についてははっきりしない。[やぶちゃん注:後略。]

   [★やぶちゃん注:引用終了。]

加納氏が引用する「淮南子」高誘注の該当箇所をネット検索した結果、一つだけ台灣のサイトに発見できた(「《詩經·碩人》賞析」)。以下に該当原文を掲げる(喜光氏の引用部の前半である)。

《淮南子·氾論訓》高誘注:“、大魚、長丈餘、細鱗、黄首白身、短頭、口在腹下。鮪、大魚、亦長丈餘。”

なお、加納氏が後半掲げるチョウザメの学名は、ダウリアチョウザメ
Huso dauricus、カラチョウザメAcipenser sinensis、ハシナガチョウザメ(=シナヘラチョウザメ)Psephurus gladiusである(現生種は2科36種に及ぶ)。さて、以上の叙述を綜合して考えると、本項の「本草綱目」の引用に現われる「鮪」はマグロではなく、チョウザメであると明言してよい。このことは自明の方も多いのかもしれない。しかし、例えば、東洋文版現代語訳に対して私が大きな不満を持つのは、そのような注記が全く見られないことである。注とは真実を解明しないまでも、その探求への喚起となるものでなくては付ける意味はないと私は常々思うものである……それにしても私がマグロの字義論等しているうちに、中国に多量の本物のマグロが流れて、国内のマグロ供給が脅かされている昨今は、皮肉といえば皮肉な話ではある。

 「郭璞」は、晋の学者で、驚天動地の博物学書「山海経」の最初の注釈者として有名。
 「未だ精しからず」とは、どうもよく分からない(=今ひとつ納得できない)、という意味である。良安先生、当然なのだ。「鱣」も「鱘」も「鮪」も、ここではすべてチョウザメを指しているのだから。
 「其の頭、力有り」は、「力」の意味がよく意味が分からないが、通常、メバチマグロが海の中層を遊泳する(キハダマグロは表層近く)ことや、高速遊泳魚(最高時速160㎞)を前提としての言葉のようにも思える。
 「宇豆和」という呼称は現在のマグロ属には用いられてはいないようである。ちなみに伊豆地方や沼津でサバ科ソウダガツオ属のマルソウダガツオAuxis rochei(一部の情報ではヒラソウダガツオAuxis thazardも)を「うずわ」と呼んでいる。
 
「胾」は、切り身、ししむら、大きく切った肉片の意。

 「目鹿」については、クロマグロThunus orientalisThunus thynnus40㎝から1m前後の成魚の前段階のものをメジマグロと現在も呼称する。これについては、雌鹿(めじか)の略で、眼の周囲の肉が鹿肉のように美味であったことからの命名とも、眼が鼻先近くにあるのを目近(めじか)と呼んだからだとも言われる。しかし一方で、やはり現在、前項のマルソウダガツオAuxis rocheiを別名「めじか」と呼ぶ地方もある。
 「目黑」は、眼が黒々としているから目黒、メグロ、それが訛ってマグロとなったとする語源由来の一名ではある(別な説では、海でその背部が小山のように真っ黒に見えるところから背黒、セグロ、それが真黒、マグロと訛ったとする)。しかしメグロマグロとは如何にも言いにくく紛らわしい。呼称としてはさても生き残りそうもない。メグロはやっぱりサンマに限る。
 「※2(ひしほ)」[※2=「魚」+「奄」。]は、前後の叙述から、本来、マグロの調理法としては刺身以上に、この「ひしお」、塩漬けにしたものの方が一般的であったことを知る。これは所謂、醤油や魚醤に漬け込んだもの(ヅケ)も含まれる。ヨーロッパでも現在、鮪は塩漬けが圧倒的に一般的である。
 「末黑」及び「波豆」はずばりクロマグロThunus orientalisThunus thynnus)としてよいであろう。最大長は3mを超える個体もある。
 
「脯」は、本来は薄く裂いて塩漬けにした肉を指す。この(ふし)という読みは鰹節に合わせた「節」の当て読みである。

 「のみ」は、「身」という字を副助詞として読んだが、私の知る限り、このような訓読法は聞いたことがない。「身、其の※2を……」と読むことも考えたが、苦しい。単純に「耳」の誤字かも知れない。]

***


かつを

 

鰹【俗以堅魚二字爲鰹

蓋鰹乃鮦大

者非是也此

魚脯極堅硬

可削用故俗

呼曰堅魚

堅魚】[やぶちゃん注:最後のダブっている「堅魚」は衍字であろう。]

【和名加豆乎】[やぶちゃん字注:以上八行は、前二行の下に入る。]


△按鮪之屬也状似目黑而圓肥頭大嘴尖無鱗蒼黑色

 有光膩腹白如雲母泥背有硬鰭到尾端兩片似鋸齒

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○六

 尾有岐其肉深紅味甘温背上兩邊肉中有黑血肉一

 條【謂之血合其味不如正肉】釣之不用餌以牛角或鯨牙一瞬釣數

 百關東殊多有


縷鰹 皮上縱有白縷三四條爲胾和芥醋未醬食甚佳

 名之真鰹作節爲極上

横輪 皮上横有白斑四五條大一尺五七寸尾極細故

 又名尾纎作節亞縷鰹作※1味甚佳俗呼曰須宇麻[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「奄」。]

餠鰹 形色同鰹而肉粘頗如飴生※1共味不佳

鰹節 鰹肉乾脯者也漁人造之鮮魚去頭尾出腸爲兩

 片去中骨復割兩片肉作兩三條以煮熟取出曝乾則

 堅硬而色赤如松節【故名鰹節】本邦日用之佳肴調和五味

 之偏一日不可欠者也土佐之産爲上【俗呼稱投出節】紀州熊

野次之阿州勢州又次之【以鮪脯偽之雖肥大味杳劣】

煮取 造鰹節時取其液滯者収之黑紫色味甘美

鰹醢【俗云太太木】 肉耑及小骨敲和爲醢紀州【熊野】勢州【桑名】遠

《改ページ》

 州【荒井】之者爲上相州【小田原】次之奥州【棚倉】之醢色白味佳

酒盗 鰹腸爲醢出於阿波者得名爲肴則酒益勸故名

     山家 いらこ崎に鰹釣舟ならひ浮きてはかちの濱にうかひてそ寄

                                西行


かつを

 

【俗に「堅魚」の二字を以て鰹と爲す。蓋し「鰹」は、乃ち「鮦」〔(とう)〕の大なる者〔にして〕是に非ざるなり。此の魚の脯〔(ほじし)〕、極めて堅硬、削用すべし。故に俗に呼びて堅魚と曰ふ。】

【和名、加豆乎。】


△按ずるに、鮪の屬なり。状、目黑〔(まぐろ)〕に似て、圓く肥え、頭、大、嘴、尖りて、鱗無し。蒼黑色。光る膩〔(あぶら)〕有り。腹白く、雲母泥(きらゝ〔でい〕)のごとく、背に硬き鰭有り。尾の端に到るまで、兩片、鋸齒に似たり。尾に岐有り。其の肉、深紅、味、甘く温。背の上、兩邊肉中、黑血肉一條有り【之を血合と謂ひ、其の味、正肉にしかず。】。之を釣るに餌を用ひずして、牛角或は鯨の牙を以て、一瞬に數百を釣る。關東、殊に多く有り。

縷(すぢ)鰹 皮の上に縱(たつ〔=たて〕)に、白き縷、三~四條有り。胾(さしみ)と爲し、芥醋〔(からしず)〕・未醬〔(みそ):味噌〕に和して食ふ、甚だ佳し。之を真鰹(まがつを)と名づく。節に作りて極上と爲す。

横輪(よこわ) 皮の上、横に白斑四~五條有り。大いさ一尺五~七寸、尾、極めて細き故、又、尾纎(をほぞ)と名づく。節に作り、縷鰹に亞〔(つ)〕ぐ。※1〔(ひしほ)〕に作り、味、甚だ佳。俗に呼んで須宇麻と曰ふ。[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「奄」。]

餠(もち)鰹 形色、鰹に同じくして、肉、粘(ねば)る。頗〔(すこぶ)〕る飴のごとし。生・※1とも、味、佳ならず。

鰹節(ぶし) 鰹の肉を乾-脯(ほし)たる者なり。漁人、之を造るに、鮮〔(あたら)〕しき魚、頭尾を去り、腸を出だし、兩片と爲し、中骨を去り、復た兩片の肉を割〔(さ)〕き、兩三條と作〔(な)〕し、以て煮熟〔:十分に煮込む〕し、取出し、曝し乾せば、則ち堅-硬〔(かた)〕くして、色赤きこと、松の節のごとし。【故に鰹節と名づく。】本邦日用の佳肴〔(かかう)〕、五味の偏〔(かたより)〕を調和す。一日も欠(か)くべからざる者なり。土佐の産を上と爲す【俗に呼びて投出節と稱す。】。紀州熊野、之に次ぐ。阿州〔=阿波〕・勢州〔=伊勢〕、又、之に次ぐ【鮪脯〔(まぐろのほじし)〕を以て之を偽る、肥大と雖も、味、杳(はるか)に劣れり。】。

煮取(にとり) 鰹節を造る時、其の液(しる)滯(とどこほ)る者を取りて之を収む。黑紫色、味、甘美。

鰹醢(たゝき)【俗に太太木と云ふ。】 肉の耑(はし=端)及び小骨、敲(たた)き和して、醢(しほから)と爲し、紀州【熊野。】・勢州【桑名。】・遠州【荒井。】の者、上と爲し、相州【小田原。】、之に次ぐ。奥州【棚倉。】の醢〔(しほから)〕、色白くして、味佳し。

酒盗(しゆとう) 鰹の腸(わた)を醢(しほから)と爲す。阿波に出づる者、名を得。肴と爲し、則ち酒、益々勸む。故に名づく。

    「山家」 いらこ崎に鰹釣舟ならび浮きてはがちの濱にうかびてぞ寄る

                                  西行

[種としてのカツオKatsuwonus pelamisは、スズキ目サバ亜目サバ科カツオ属の1属1種である。但し、同定に際しては、以下の5種辺りをカツオの仲間として認識しておく必要があろうかとは思われる。サバ科ハガツオ属ハガツオSarda orientalis、サバ科スマ属スマEuthynnus affinis、サバ科イソマグロ属イソマグロGymnosarda unicolor(本種にはマグロの名がかつくが、分類学上ハガツオに近縁で、魚体もカツオからそう離れいないので挙げておきたい)、サバ科ソウダガツオ属ヒラソウダガツオAuxis thazard、サバ科ソウダガツオ属マルソウダガツオAuxis rochei
 「鰹」は中国では大鰻を指し、「鮦」は鰹(かつお)と鱧(はも)を指す漢字で、良安は「鰹」の本字はハモや類似したウナギやそれらの大型化したもの(オオウナギ)だと言いたいのであろう。ちなみにハモMuraenesox cinereusはウナギ目アナゴ亜目ハモ科である。ウナギはウナギ目ウナギ科lidae に属する魚の総称であるが、オオウナギという呼称は大型のウナギ一般を指す場合と、種としてのオオウナギAnguilla marmorataを指す場合があるので要注意。ここでは一般名詞としてとってよい。
 「鮪の屬」という判断は、現在の分類学上からもマグロもカツオもスズキ目サバ科である点で一致している。
 「鱗無し」は、同族のマグロ類との大きな相違点である。カツオには胸甲部や側線等の一部を除いて鱗がないのに対して、マグロ類は全体が鱗で覆われ(但し、高速遊泳の抵抗にならないように表面に比較的平板に分布している)、特に胸甲部や側線の鱗は一層大きくなっている。
 「光る膩」は、背部の青みがかった油を流したような(角度によってやや虹色に耀く)部分を指しているか。
 「雲母泥」は、層状のケイ酸塩鉱物の結晶である雲母を粉末にしたものを、半液状の他の顔料と合わせた顔料の名であろう。
 「縷鰹」はカツオKatsuwonus pelamisである。現在、魚類にあっては体軸に沿って横に走る縞を「縱縞」と呼ぶが、それが本件でも通用するかどうかが問題となる。しかし、次の小項目の呼称が「横輪」(「輪」である以上、これは魚体を一周するの意味である)であることに着目すれば、これはクリアされていると判断する。なお、この縦縞は生時には、殆ど見られないもので、死後に現れるとよく言われるが、実際には次項で述べる横縞同様、生時にあっても興奮すると出現する斑紋であるようだ。なお、この縦縞がカツオKatsuwonus pelamisでは腹部に現れ、ハガツオSarda orientalisでは背部に現れるので、容易に区別が出来る。
 「横輪」は恐らくカツオKatsuwonus pelamisの中型の大きさのものを言っているか。この横縞は、実はカツオに一般的に見られるもので、通常は目立たないが興奮すると浮き出してくるという(4条から10条程度)。この横縞は死ぬと消え、代わりに前項で示した縦縞がはっきり現れるという。
 「餅鰹」もカツオKatsuwonus pelamisで、死後硬直するまでの新鮮なカツオ(従って身が柔らかく餅のような食感がある)のことを指すか、もしくは「味、佳ならず」という叙述からは、身がカツオより柔らかく、時間が経つと独特の薬品のような臭いを発するハガツオSarda orientalisを指している可能性もある。前者は、静岡県西部で現在も「モチガツオ」と呼称し、殆どが地元で消費されると聞く。
 「五味」は、甘・酸・鹹・苦・辛の総称。
 「投出節」については、これ(投出節)自体を探索している静岡の鰹節店「柳屋本店」のHP中の雑話の中の『第二話 江戸時代の名物「かつお」』に譲る。現在高知県では少なくともこの呼称では伝承されていないと思われる。「なげだしぶし」と読んでよいであろう。
 「煮取」は、「にんべん」のHPの「4.鰹節の製造方法」のページに「鰹煎汁」と書いて「いろり」と称し、鰹節が誕生する以前から貴重な調味料として使われてきたこと、現在では「煎汁」(せんじ)や「エキス」と呼ばれているとある。鰹の煮汁を数日とろみが出るまで煮込み上げた液で、鹿児島枕崎等で「かつおせんじ」もしくは「かつおせんじエキス」という商品名で現在も出回っている。個人HPMANAしんぶん」の「タレとツユとダシの言葉について」というページに「古事類苑」飲食部四の「料理下」の「だし」「生垂」「煮貫」の部分を引用している。原典を所持していないが、これはこの呼称や使用法の参考になるので、そのままコピー引用させて戴いた(構文にエラーがあるのか、右クリック・コピーとHTML上の表示には齟齬があり、コピーの方が正しいと判断した。傍点「〇」部分は下線に換えた。推測するに〔 〕が書編巻名、[ ]がHP編者の注、{ }が本文の割注と思われる。『〔厨事類記〕寒汁實{○中略}』の「{○中略}」の「〇」の意味は不明)。

   [★やぶちゃん注:引用開始。]

○だし

〔倭訓栞 中編十三多〕だし 垂汁の義、又煮出の義、

〔屠龍工随筆〕鰹ぶしを味に用る事、いつよりありつるとも志らず、古へには沙汰もなきことなりけり、然而延喜式大膳式に、鰹の汁幾*[木ヘン+盃ツクリ=はい]と出文、宇治拾遺物語に、みせんといふもの見えたるは、文字いかに書ともしれざれども、事のさま、今いふ水出しの様におもはれたり、

〔一話一言 二十一〕煎汁

 薩摩より出る鰹煎汁を、外の國にては ニトリといふ、薩摩にては センといふ、和名抄に煎汁とあれば古語なりと、忍池子の話、{九月初三}

〔料理物語 なまだれだし〕だしは かつほのよきところをかきて、一升あらば水一升五合入、せんじあぢをすひ見候て、あまみよきほどにあげてよし、過候てもあしく候、二番もせんじつかひ候、精進のだしは  かんへう 昆布{やきても入}ほしたで、もちごめ、{ふくろに入に候}ほしかぶら、干大根、右之之内取合よし、

〔厨事類記〕寒汁實{○中略}

 或説云、寒汁ニ鯉味噌ヲ供ス、コヒノミヲヲロシテ、サラニモリテマイラス、 ダシ汁{或説イロリニテアルベシ、或説ワタイリノシル云々、}にてアフベシ、

○生垂

〔料理物語 なまだれだし〕

生垂(なまだれ)は 味噌一升に水三升入、もみたてふくろにてたれ申候也、

垂味噌(たれみそ) みそ一升に水三升五合入、せんじ三升ほどになりたる時、ふくろに入たれ申候也、

○煮貫

〔料理物語 なまだれだし〕煮貫(にぬき) なまだれにかつほを入、せんじこしたるもの也、

〔料理物語 萬聞書〕煮貫は 味噌五合、水一升五合、かつほ二ふし入せんじ、ふくろに入たれ候、汲返し汲返三辺こしてよし、


   [★やぶちゃん注:引用終了。]

 「鰹醢」は、現在の「鰹のタタキ」とは異なり、文字通り、包丁で細かく叩いて塩蔵した塩辛である。本来「たたき(叩き・敲き)」は「たたき塩辛」であって、魚や鳥獣の肉等を庖丁でたたく調理法を指し、自然にそれを保存食として塩辛と成したようである。現在は、あの「鰹のタタキ」が席捲してしまい、この呼称では塩辛として生き残っていないようである。ちなみに、現在の鰹のタタキの作り方については、かつて自分のブログに「鰹のたたきという幸福」で僕のこだわりを記載した。ご笑覧あれ。
 「荒井」は、現在の静岡県新居。但し、ここは関所があったために人口に膾炙していたことから挙げられた名で、実際に鰹が多く陸揚げされたのは漁港として栄えた舞阪であったと考えるべきであろう(現在もそうである)。

 「棚倉」は、現在の福島県南東部東白川郡の町。内陸に位置するが、ここを支配していた棚倉藩は、飛び地として港湾地である平潟を領地とし、そこが言わば藩の表玄関の役割を持っていた。更に、仙台・三陸・松前の物産がこの平潟に集積した。サイト「平潟港の歴史」「平潟港で交易された商品」によれば、平潟港の棚倉藩運上規定の「荷物出投」(物品税)が課せられた海産物の筆頭に鰹が挙げられている。さればこその、棚倉の鰹の塩辛なのであろう。
 「酒盗」は、ウィキペディア等の記載を見ると、どうもこの「和漢三才図会」の記述が最も古いものであるらしい。鰹の塩辛とも呼称されるが、塩辛との決定的な違いは、長期熟成(1年)にある。ちなみに、実は酒盗は加熱によってコクが増す。「酒盗たれ」(酒盗を細かく刻んで酒炒りしたもの)と称して調味料になる。お試しあれ。
 「いらこ崎……」の歌は「山家集」(西行の歌集。1178年(治承2)西行50歳代後半に原型が成立とされる)には、詞書と共に次のように記される。

沖の方より、風のあしきとて、鰹と申す魚(いを)釣りける舟どもの帰りけるに

伊良湖崎に鰹釣り舟並び浮きて北西風(はがち)の波に浮かびつつぞ寄る

訳:(詞書)沖の方から、風が良くないと、鰹と言いますところの魚を釣る何艘もの舟が陸(おか)へと帰ってきたのを詠んだ歌。

伊良湖崎に鰹釣りの舟が一斉に並んで浮き、北西風(はがち)に立つ波に揺られながら、浜辺をさして寄ってくることよ。

とあり、下の句の第四句に本文の「濵」→「波」の異同が見られる。なお、「西行法師家集」には、

伊良湖崎に鰹釣る舟並び浮き遙けき浪に浮かれてぞ寄る

という類型歌が見える。]

***


なめいを

【音危】

クイ

 

鮰魚  ※1魚[やぶちゃん字注:※1=「魚」+(「獲」の「つくり」)。]

※2魚 ※3魚[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「果」。※1=「魚」+「賴」。]

【俗云奈女魚】

【和名抄訓

 波江謬也】[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行の下に入る。]


本綱鮠生江淮間無鱗魚亦鱘之屬而頭尾鬐共似鱘惟

鼻短爾口亦在頷下骨不柔脆腹似鮎背有肉鬐

肉【甘平】不可合野猪野雞食令人生癩

△按鮠状似鱣亦如鮎而身圓其大者長至一三丈灰色

 無眼但頭上有二穴而吹潮其尾似鯨尾肉味亦畧如

 鯨脂多熬取燈油


なめいを

【音、危。】

クイ

 

鮰魚  ※1魚[やぶちゃん字注:※1=「魚」+(「獲」の「つくり」)。]

※2魚〔(くわぎよ)〕 ※3魚〔(らいぎよ)〕
[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「果」。※1=「魚」+「賴」。]

【俗に奈女魚と云ふ。】

「和名抄」に波江と訓ずるは謬りなり。】


「本綱」に『鮠は、江淮の間に生ず。無鱗魚。亦、鱘の屬にして、頭・尾・鬐共に鱘に似る。惟だ鼻短きのみ。口も亦、頷の下に在り、骨、柔-脆(もろ)からず。腹、鮎(なまづ)に似て、背に肉鬐〔(にくひれ)〕有り。肉【甘、平。】野-猪(いのしし)・野-雞(きじ)と合はせて食ふべからず。人を〔して〕癩を生ずる〔→生ぜしむ〕。

△按ずるに、鮠は、状、鱣(ふか)に似て、亦、鮎(なまづ)のごとくにして、身圓く、其の大なる者、長さ一~三丈に至り、灰色、眼無く、但だ頭の上に二穴有りて、潮を吹く。其の尾、鯨の尾に似て、肉味は、亦、畧ぼ鯨のごとく脂多し。熬りて燈油を取る。

[やぶちゃん注:これは勿論、現在の淡水魚の鮠、「和名抄」の意味するハエ・ハヤ、正式和名ウグイTribolodon hakonensisでは有り得ない。それでは、一体、何であるか。まず「本草綱目」と良安の叙述に於いて「鮠」が同じものを指しているかどうかが問題となるが、良安は注意深く、「鱘」と同族を示す「鱣」を示し、「鮎」を中国語の意味として「なまづ」と訓じている点で、同一の生物を語っていると見てよい。そうなると、両者の語る内容を総合して種同定してよいと考えられる。
 まず「本草綱目」から見よう。「江淮」とは、長江(揚子江)と淮水(河南省に発し東シナ海に注ぐ中国第三の大河)を指す。この生息域(淡水域主体)の限定は大きい。鱗がなく、鱘の同属で、全体が鱘に似ているが鼻が短いとする。この「鱘」はとりあえず良安の解釈によればカジキである。但し、私は先に記した通り、これをチョウザメ目チョウザメ科 Acipenseridaeのチョウザメ類とする解を捨てられない(なお、冒頭にある「鮰魚」という名称は現代中国で揚子江に生息するチョウザメに与えられている)。しかし、そのどちらでも形態的説明は齟齬しないとも私は思うのである。口が顎の下にあって、骨格はしっかりして、腹部が鯰のように(=白くふくよかである、と解してよい)、背部に盛り上がった肉のような鰭を具えている、とする。
 次に良安の見解を見る。まず、形状は鱣に似ているとする。ここでの「鱣」は良安の言だから、フカを指して言っている(しかしそれが中国の書からの孫引きならばやはり私のこだわるチョウザメの解となる。先に述べたとおりそれでも齟齬しない)。時珍の叙述をそのまま引いたかと思われるような鯰との形状類似を言い、そこで「身圓く」とする。この円いというのは、魚体の正中線上での断面の形状を言っている。大型個体は3~9mとするが、成体の大型個体がこんなに差があるのは、如何にも不自然である。概して良安の度量衡は、他の項目でもオーバー気味であるから、この体長は同定素材としては使えない。体色は灰色で、目がなく(これは目が小さいことを示している)、頭部上に二つの孔があって、潮を吹き上げ、尾は鯨にており、肉の味も殆ど鯨に等しくて、脂分が多いとし、煎って燈油を採取する、とする。
 さてここで本項冒頭の本種の和名に着目しよう。「なめいを」とは、舐める魚であり、海底の砂をなめる魚、すなわちこの魚は浅海域の砂泥地をすなずるように遊泳する生物であることを示している――もう、とっくにお分かりであろう、本種はクジラ目ハクジラ亜目ネズミイルカ科スナメリ属に属する小型イルカ、スナメリ(和名の漢字表記は「砂滑」)の名称と一致する。
 そこで、実際のスナメリと本叙述を比較してみると、日本を生息域の北限とし、淡水である中国の揚子江にも棲息する(現在は「江豚」と呼称。但し、現在の中国では絶滅危機状態にある)=「江淮の間に生ず」。スナメリには背鰭がほとんどないものの、皮膚が盛り上がった隆起=「背に肉鬐有り」があり、口吻部はほとんど発達していない=「鼻短き」、成個体は全身に明るい灰色を呈している=「灰色」。その他のクジラ類の特徴はいちいち挙げて検証するには及ぶまい(本邦に於いて過去にスナメリの食用や採油の事実も確認済。ちなみに最体長は2m弱。ちなみに、この背部正中線に沿って首の後方から肛門付近にまで存在する黒い粒状紋のある隆起(高さ2~3cm)がスナメリ識別の最大の特徴である)。はっきり示そう。本種はスナメリNeophocaena phocaenoidesである。
 「和名抄」は正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。

 「人をして癩を生ぜしむ。」は甚だしい誤りである。「癩」は現在はハンセン病と呼称せねばならない。抗酸菌(マイコバクテリウム属Mycobacteriumに属する細菌の総称。他に結核菌・非結核性抗酸菌が属す)の一種であるらい菌(Mycobacterium leprae)の末梢神経細胞内寄生によって惹起される感染症。感染力は低いが、その外見上の組織病変が激しいことから、洋の東西を問わず、「業病」「天刑病」という誤った認識・偏見の中で、今現在まで不当な患者差別が行われてきている(1996年に悪法らい予防法が廃止されてもそれは終わっていない)。歴史的に差別感を強く示す「癩病」という呼称の使用は解消されるべきと私は考えるが、何故か菌名の方は「らい菌」のままである。おかしなことだ。ハンセン菌でよい(但し再三申し上げるように言葉狩りをしても意識の変革なしに差別はなくならない)。ハンセン病への正しい理解を以って本記載は批判的に読まれたい。但し、ここで言う「癩」は、ハンセン病以外の広い意味での皮膚病変をも含むものであろうことは押さえておく必要はあろう。
 「頭の上に二穴有り」とあるが、噴気口(鼻孔)は一穴であるはずである。]

***

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○七


いるか

海豚魚

ハアイトヲンイユイ

 

海豨  江豚

江豬  水豬

※1【音志】 ※2鯆
[やぶちゃん字注:※1=既(上)+魚(下)。※2=魚+孚。]

※3【音讒】 鯆【音】
[やぶちゃん字注:※3=魚+(讒-言)。鯆【音】の音は欠字。]

【和名伊留可】[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行の下に入る。]


本綱海豚魚状大如數百斤豬形色青黑如鮎有雌雄有

兩乳類人數枚同行一浮一没謂之拝風其骨硬其肉肥

不中食其膏最多和石灰※舩良也味【鹹腥】如水牛肉[やぶちゃん字注:※=「舟」+「念」。]

生海中曰海豚候風潮出没其鼻在腦上作聲噴水直上

百數爲羣其子如蠡魚子數萬隨母而行人取子繋水中

其母自來就而取之

生江中曰江豚小於海豚出没水上舟人候之占風其中

有肉脂點燈照樗蒲【博奕※也】即明讀書工作即暗俗言懶[やぶちゃん字注:※=「塞」の「土」を「石」に換える。]

婦所化也

△按海豚西國多有状似豚眼細狹亦如豚齒細小背有

《改ページ》

 刺鬛兩鰭如足尾有岐硬漁人不好采如得之投岸棄

 之有聲此鳴鼻乎


いるか

海豚魚

ハアイトヲンイユイ

 

〔(かいき)〕   江豚

江豬〔(こうちよ)〕  水豬

※1【音、志。】 ※2鯆〔(ふほ)〕
[やぶちゃん字注:※1=既(上)+魚(下)。※2=魚+孚。]

※3【音、讒。】 鯆〔(ほ)〕【音、 】
[やぶちゃん字注:※3=魚+(讒-言)。鯆【音】の音は欠字。]

【和名、伊留可。】[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行の下に入る。]


「本綱」に『海豚魚は、状、大、數百斤の豬〔(ゐのこ)=豚〕の形にごとし。色、青黑にして鮎(なまづ)のごとし。雌雄有り。兩乳有りて人に類す。數枚〔=匹〕同行〔して〕、一〔つは〕浮〔き〕、一〔つは〕没〔す〕。之を拝風と謂ふ。其の骨硬く、其の肉肥え、食ふに中〔(あた)〕らず。其の膏、最も多し。石灰に和して、舩を※1(つくろ=繕)ふに良し。味【鹹、腥。】、水牛の肉のごとし。海中に生ずるを海豚と曰ふ。風潮を候〔(うかが)〕ひて出没す。其の鼻、腦の上に在り、聲を作〔(な)〕し、水を噴き、直(たゞち)に上る。百數、羣を爲す。其の子、蠡〔(れい)〕の魚の子のごとし。數萬、母に隨ひて行く。人、子を取りて水中に繋(つな)げば、其の母、自ら來る。就て之を取る。江中に生ずるを江豚と曰ふ。海豚より小さし。水の上に出没す。舟人、之を候ひて風を占なふ。其の中に、肉脂有り。燈に點じて樗蒲(ちよぼ)【博奕〔(ばくえき)〕の※2なり。】を照らさば、即ち明なり。讀書・工作を照せば、即ち暗し。俗に言ふ、懶婦の化する所なり、と。』と。[やぶちゃん字注:※1=「舟」+「念」。※2=「塞」の「土」を「石」に換える。]

△按ずるに、海豚は西國に多く有り。状、豚に似て、眼、細く狹く、亦、豚のごとし。齒、細く小さく、背に刺鬛〔(とげひれ)〕有り。兩鰭、足のごとく、尾に岐有りて硬し。漁人、好んで〔は〕采らず。之を得れば、岸に投じて之を棄つ。聲有り、此れ鼻を鳴らすか。

[やぶちゃん注:イルカはクジラ目ハクジラ亜目Odontocetiに属する水生哺乳動物の中で、比較的小型の種類を呼ぶ通称である。「海豚」「江豚」について、その大きさによると記述されるが、現代中国においては江豚はスナメリNeophocaena phocaenoidesを指す(前項の「鮠」)。
 「豨」は、大きな豚。
 「鯆【音、 】」の「
鯆」は音が「フ」で、カワイルカを指す語である。

 「蠡魚」は、漢方系の記載によれば鱧魚・烏魚とも言い、タイワンドジョウ科カムルチーChanna argusを指すとする。これが所謂、ライギョ(雷魚)を指す語とすれば、形状の極めて似たタイワンドジョウ Channa maculataも同定候補として挙げておくべきであろう。
 「樗蒲」は本邦では「かりうち」とも言い、楕円形の平たい木片を、一方を白、一方を黒く塗ったもの四枚を用い、それを投げて、出た面の組合せで勝負を競う博打の一種を指す。朝鮮では「ユッ」と言うこれとほぼ同じものが、骸子の代りに現在でも用いられているという。また、「樗」はミツバウツギ科のゴンズイ
Euscaphis japonica、「蒲」はヤナギ科のカワヤナギ Salix gilgianaで、ともに骸子の材料に用いられた木である。さて、この割注の「※」[=「塞」の「土」を「石」に換える。]については、東洋文庫版では「塞」の誤字と取り、「ばしょ」(=場所)のルビを振る。確かに一見すると意味が通るのだが、私はこれは「賽」(=骸子)ではないかと思うのである。偶然であるが、「塞」は「賽」に通じる。従って東洋文庫版のように「塞」でもよいが、これは場所を指しているのではなく、賽、さらに骸子賭博と言う遊戯そのものを指して注しているのだと思う。さればこそ「讀書・工作」とも並列すると言える。

 「懶婦」は、怠ける女、不精な女の意(別に蟋蟀(こおろぎ)の別名でもある)。
 最後に一言。昨年暮れ、ひっそりと、揚子江固有種にして一科一属一種のヨウスコウカワイルカLipotes vexillifer(中国名・揚子江河海豚、別称・長江女神)の公的な絶滅宣言がなされた(先日(2007年8月8日)、中国人専門家から『国際自然保護連合の絶滅の定義は、50年間自然界で一度も発見されなければ絶滅と判定する、と明記されている。97年に13頭が確認され、そのわずか9年後の2006年に行われた大規模調査の結果だけで絶滅と判定することはできない』と疑義がなされたが、そんなこっちゃあないんだ! 見つけて救ってこそなんぼのもんじゃ! こんな反論するくらいなら、専門家なら一匹でも探して来いよ!)。汚染し、そうして、女神に見放された長江よ……その水に繋がるガイアよ、僕らは一体、何処へ行ってしまおうとしているのだろう……]

***


ふぐ

ふくべ

ふくと

河豚

ホウトヲン

 

吹吐魚 嗔魚〔(しんぎよ)〕

鮭【※1同】 鯸鮐[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「規」。]

鯸※2 ※3鮧[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「臣」(旧字)。※3=「魚」+「胡」。]

氣包魚

【和名布久

 一云布久閉】[やぶちゃん字注:以上六行は、前五行の下に入る。]


本綱河豚魚江淮河海皆有之状如蝌斗大者尺餘背青

白有黄縷無鱗無腮無膽目能開闔觸物即嗔怒腹張如

氣毬浮起【故名之氣包魚】腹下白而不光率以三頭相從爲一部

春月珍賞之其腹腴味最美呼爲西施乳【凡魚之無鱗無腮無膽有聲目

能□〔→睫〕者皆有毒】此魚備毒品状故人畏之其肝及子有大毒然有

二種其色炎黑有文點者名斑魚毒最甚【凡煮之忌煤灰落中】此魚

挿樹立便乾枯【狗膽塗其樹復當榮盛】雖小而獺及大魚不敢啖之

則不惟毒人又能毒物也食之一日内不可服湯藥【荊芥大忌】

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○八

 

中其毒者以槐花【微炒】乾臙脂【等分爲末】水調灌之大妙

△按河豚魚雖河之名河中無之在江海耳【對海豚江豚名河豚名

 乎】状如上説自頭至尾腹背有小鬛如刺其尾無岐而

 細肉白味【淡】脆美而不飽大骨兩邊有赤血肉又腸胃

 後傍大骨有如胡蝶形者青白色投水如動此物有大毒殺人【猫犬亦食作斃】


鯖鯸 皮薄柔而有滑背黄白斑腹白頭畧方其眼大而

 腹背無刺鬛其肚不甚脹微似鯖故名煮食炙食無毒

名護屋鯸 背黄赤有白點無刺鬛腹白味不美惟剥皮

 乾之名皮鯸夏月爲臛食之凡鯸九月至二月出冬月

 最賞之故夏以皮鯸代之


鮮鯸能洗浄腸血食之不中毒冬月争契也和漢共然焉

 其味以異于他也又食之擧家皆死者予亦見之胒〔→昵〕暫

 時口味賭身命矣與密媱者趣一也


ふぐ

ふくべ

ふくと

河豚

ホウトヲン

 

吹吐魚 嗔魚

鮭〔(けい)〕【※1と同じ。】 鯸鮐〔(こうたい)〕
[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「規」。]

鯸※2〔(こうい)〕 ※3鮧
[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「臣」(旧字)。※3=「魚」+「胡」。]

氣包魚

【和名、布久。一に布久閉と云ふ。】


「本綱」に『河豚魚は、江淮河海、皆、之有り。状、蝌斗(かへるのこ)のごとく、大なる者、尺餘。背、青白にして、黄なる縷(すぢ)有り。鱗無く、腮〔(あぎと)〕無く、膽〔(きも)〕無く、目、能く開闔〔(かいかふ)=開閉〕す。物に觸るれば、即ち嗔-怒(いか)りて、腹張〔りて〕、氣-毬(まり)の浮き起こるがごとし。【故に之を氣包魚と名づく。】腹の下、白くして、光らず。率〔(おほ)〕むね三頭を以て相從ふ。〔ひ、〕一部と爲す。春月、之を珍賞す。其の腹の腴(つちづり)の味、最も美なり。呼びて西施乳と爲す【凡そ、魚の、鱗無く、腮無く、膽無く、聲有り、目、能く睫(またゝ)く者、皆、毒有り。】。此の魚、毒品〔(どくひん)〕の状を備(そな)ふ。故に人、之を畏る。其の肝及び子に大毒有り。然〔(しか)〕も二種有りて、其の色、炎黑〔にして〕、文點〔(もんてん)〕有る者を斑魚と名づく。毒、最も甚だし【凡て之を煮るに、煤〔(すす)〕・灰の、中に落つることを忌む。】。此の魚、樹に挿さば、立処に[やぶちゃん字注:「処」は送り仮名にある。]便ち乾き枯る【狗の膽を其の樹に塗らば、復た當に榮盛〔:復活〕すべし。】。小さしと雖も、獺(かはうそ)及び大魚、敢へて之を啖〔(くら)〕はず。則ち惟だ人を毒するのみならずして、又、能く物を毒す。之を食らひたる一日の内は、湯藥を服すべからず【荊芥〔(けいがい)〕は大いに忌む。】。其の毒に中る者は、槐花〔(かいくわ)〕を以て【微かに炒る。】臙脂(〔ほし〕ゑんじ)と【等分に末と爲す。】水に調して、之を灌〔(そそ):飲む〕ぐ。大いに妙なり。』と。

△按ずるに、河豚魚は、河の名を得ると雖も、河の中には之無く、江海に在るのみ【海豚(いるか)・江豚に對して河豚と名づくか。】。状、上の説のごとく、頭より尾に至るまで、腹・背に小さき鬛〔(ひれ)〕有り。刺(はり)のごとし。其の尾に岐無くして細し。肉白く、味【淡。】、脆く美にして、飽かず。大骨の兩邊に赤血肉有り。又、腸・胃の後(しりへ)、大骨に傍(そ)ふて、胡蝶の形のごとくなる者有り、青白色、水に投じて動くごとし。此の物、大毒有り、人を殺す【猫・犬も亦、食へば作〔(たちま)〕ち斃す。】。


鯖鯸(さばふぐ) 皮薄く、柔かにして、滑(ぬめ)り有り。背に黄白の斑、腹白く、頭、畧ぼ方なり。其の眼、大にして、腹・背に刺鬛無し。其の肚、甚だ脹(ふく)れず。微(やや)鯖に似たる故に名づく。煮て食ひ、炙り食ひ、毒無し。

名護屋鯸 背、黄赤にして、白點有り。刺鬛無く、腹白く、味、美ならず。惟だ皮を剥(は)ぎて之を乾かす。皮鯸と名づく。夏月、臛〔(あつもの)〕と爲し、之を食ふ。凡て鯸は九月より二月に至るまで出でて、冬月、最も之を賞す。故に夏は皮鯸を以て之に代〔(か)〕ふ。


鮮(あたら)しき鯸、能く腸血を洗浄し、之を食ひて毒に中〔(あた)〕らず。冬月、争い[やぶちゃん字注:ママ。]契〔(くら)〕ふや、和漢ともに然り。其の味、他に異なるを以てなり。又、之を食ひて、擧家〔→家を擧げて〕皆死する者、予、亦、之を見る。暫時の口味に昵(なづ)んで、身命を賭(かけもの)とする、密-媱(まをとこす)る者〔(こと)〕と趣は一なり。

[やぶちゃん注:フグ目フグ科 Tetraodontidae。本邦でフグ目(カワハギ・ハリセンボン・マンボウ等を含む)は1050129種、現生種は10100属約340種を数えるとする(幾つかの違った数値があるが、総合的に見てこの数値を信頼したい)。内、フグ科は現生種120種、日本近海には約40種、さらにその中で1983年に旧厚生省によって食用として許可された種は22種である。
 「蝌斗」は「蝌蚪(かと)」で、蛙の幼体の御玉杓子(オタマジャクシ)のこと。
 「腴」は下腹部の肥えて脂ののった、柔らかな肉を言う。和語としての「すなづり」は、「砂摩り」「腴」で、魚の腹の下の脂ののった腹ビレの周辺部分を指す。
 「西施乳」については、多くの記事が人口に膾炙する臥薪嘗胆の越王勾踐・呉王夫差の逸話を引き、傾城西施を『有毒』のフグと結び付けている。確かに宝暦6(1756)年の新井白蛾の随筆「牛馬問」にも、『腹中の膵を西施乳といふ。これは西施が美にして國を亂るるを、この魚の味、美にして毒あるに比すなるべし。』等と記載する。――しかし、果してそうか? 本来は、無毒なフグの精巣を指して言ったこの言葉が、ここで「膵」(内臓)となっているように、更にはフグそのものを指すように変化したと考えられるが、私は「西施乳」は、素直に、絶世の美女たる白く豊満たる西施の乳房(その液体としての乳では断固ないと思う)を料理として食ったような旨さ(カニバリズム、何するものぞ! 人類の歴史にあってカニバリズムは自然な行為であるとさえ私は思っている。但し、組成から言って旨いとは思えない)、中国人の最も好きな豚肉ほどに旨い(ブタは獣類では牛等、何するものぞ! 飛び抜けてうまいと私は思っている。事実、豚肉の生ミンチは飛んでもなく旨いらしい。但し、無菌豚やSPE豚(Specific Pathogen Free=特定疾患不在豚)でもない限り、死に至るような重篤な症状さえ引き起こすE型肝炎や有鉤条虫Taeniarhynchus saginatusのリスクは覚悟されたい)というまさに究極の表現であると確信するのである。ことさらに、その毒性と結び付けるには及ばない、と言いたいのだ。如何にも雨に西施がねぶの花、で、あんまり可愛そうじゃあねえか!(乳房を食われるのも残酷だがね)
 「毒品の状を備ふ」とは、毒を持った性質の魚としての特徴をすべて備えている、という意味である。
 さても「毒」である。テトロドトキシン tetrodotoxinC11H17O8N3)、その強力な毒性によって、ウェブ上でも専門家を含めて記載ページは多い。故に薀蓄を垂れるのも気が引けるのだが、最低限の注記はやはり危険毒物である以上、私なりに必要であると考える。致死量2~3㎎、一般に青酸カリの1000倍以上、500倍、経口摂取で850倍等と記載される(ヒトの青酸カリの致死量自体がその青酸カリの精製度の差や個人差によってぶれるので、この致死倍率の数値の相違を云々するのは余り意味のあることではないと私は思う。従って毒物では定番のまことしやかなマウス・ユニットの説明も省く)。毒性を持つ部位やその含有量が種・生息場所・時期・各個体によって異なることや、その作用が神経伝達に関わるイオンチャンネル(ナトリウムチャンネル)の遮断による神経麻痺・筋肉麻痺であることや、その毒性起源が食物連鎖による海洋細菌(Staphyloccus,Bacillus, Micrococcus, Alteromonas, Acinetobacter, Vibrio 属の細菌が既に単離されている)由来であること等も、20年程前から判明してきた。更に最近では、毒を以て毒を制すで、その生理作用を利用したアルツハイマー病やパーキンソン症候群等の難治性疾患の治療薬や鎮痛薬としての新薬開発がそこから始まろうとしてもいる。昔、大好きだった化学の先生のために、構造式の見られるページも入れちゃおう!
 「其の肝及び子に大毒有り」は周知の通り。肉に毒性を持つものもあり、くれぐれも素人料理は禁物である。かつて私の父は、昔、よくあの悩ましいキス釣りの外道のクサフグTakifugu niphoblesを一時、後生大事に持って帰っては、母に味噌汁仕立てにさせて、旨いぞとしきりに言ったものだ。一切れ食って確かに旨いとは思った(クサフグは実際旨い)が、中学一年生ながら翌日、図書館で調べてみれば、卵巣・肝臓・腸が猛毒、次いで皮膚、筋肉と精巣は弱毒とある。それからは決まって、食えと言う父と喧嘩となったものだ。そのうち、父は海釣りから鮎のドブ釣に鮮やかに転向、目出度く「擧家皆死」せずに済んだ。クサフグは一部の評者によれば、最強の毒フグとされるのであるから笑い話ではない。ちなみに、本項最後の「腸・胃の後、大骨に傍ふて胡蝶の形のごとくなる者有り、青白色、水に投じて動く」ように見えるものが、肝臓を指していると思われる。
 ……しかし私は実は、大分の臼杵でフグの肚を、佐渡でフグの卵巣の粕漬けを、どちらも食している。まず臼杵、これは所謂、公然の秘密という部類の話で、臼杵(調べてみると大分ではというべきらしい。これは伝統的な当地の食い方で、勿論立派な違法行為である。ある種の書き込み等にはまことしやかにキモを食べていいという条例が現地にある等と書かれているが、それは真っ赤な嘘である)では、どのフグ料理店も、数日水に晒して血抜きしたてんこ盛りのキモを(私の食べた店では即物的に正しく激しくてんこ盛りで、なんと食い切れずに残した)醤油に混ぜて、厚切りのフグを頂くのであり、石川県の方法(こちらのものは条例によって認められた合法的な製品だが、異様に塩辛くて多くは食えないと聞く。こちらは残念ながら未だ未食である)と同ルーツと思われる佐渡(★訂正(2007年10月20日):これは新潟県がただ一人、製造を認可している須田訓雄氏による合法的な製品である)のものは、はららごとしてはあっさりとしており、伝えられる石川のもののような塩辛さも全くなく、美味しかった。★追記(2007年10月20日):先週、友人に頼んで石川県の正規合法商品たる「ふぐの子糠漬」を入手、食した。確かに塩辛い、塩辛いが、基、この塩辛さの彼方に、含んだ口中、一時の後、一粒一粒に凝縮している旨味がじんわり広がってゆく。これは、恐らく数少ない珍味中の珍味と言ってよい。佐渡の粕漬に比してずっと塩分濃度が高くなるが、これは全く違った味わいである。比較するものではない。ただ、粒立ちの舌触りの美事さは石川のものに軍配が上がる(私が今回食したのはこちらの製品)。
 フグ中毒死で忘れられないのは、食通の歌舞伎役者、坂東三津五郎のエピソードだ。その最期の言葉の皮肉と共に、よく覚えている。京都の行きつけの料亭でフグのキモを板前に無理強いして作らせ、招待した友人達が怖がって食わず、なんでこんなに旨いもんを、と四人前を全部一人で食った(これが一人前しか食っていなかったら死なずに済んだとも聞く)。その後奥方に電話して、「今、旨いものを食ったんだ、何だと思う? 天にも登るような気持ちだよ。」と言ったそうだ(1975年当時の新聞記事の記憶であり、細部は違うかもしれない)。そうして、文字通り、天に登っちゃったわけであるから、忘れようが、ない。
 「炎黑」がよく分からない。「炎」は「紅蓮」で、濃い紅色がかった黒い色という意味か。
 「斑魚」は、「文點」から推すならば、時珍が最強毒種とするのはフグの食用最高級品種たる胸鰭付近の黒い紋が特徴のトラフグTakifugu rubripes と見てよいか(トラフグ属Takifuguのこの学名、和名由来で可愛いね!)。
 「能く物を毒す」とは、あらゆる生物(動植物全て)に対して毒性を有する、の意。
 「荊芥」は、シソ科のケイガイSchizonepeta tenuifoliaの花穂及びその茎枝で、漢方薬で、風邪や出血性疾患や皮膚病に効果があるとする。
 「槐花」は、マメ科エンジュ Sophora japonica の花・蕾から生成された漢方薬。出血性疾患に用い、降圧及び毛細血管透過性低下作用を持つ。
 「乾臙脂」は、別名、花没薬(はなもつやく)とか紫鉱(しこう)と呼ばれる、カイガラムシ科の昆虫ラックカイガラムシLaccifer laccaの分泌物から生成された漢方薬。抗菌・止血作用を持つ。――しかし、残念ながら、これらにテトロドトキシンの解毒効果はない。テトロドトキシンの解毒剤は現在も、ない。
 「河豚魚は、河の名を得ると雖も、河の中には之無く、江海に在るのみ」と良安は綴るが、これは誤り。「河豚」の「河」は、一般に言われるように、揚子江や黄河の淡水域に生息するメフグTakifugu obscurus(淡水フグは他にもミドリフグTetraodon nigroviridisやハチノジフグTetraodon biocellatus等、結構いる)に与えられたからである。「豚」の方は、興奮時の膨らんだ状態や、捕捉された際に挙げる鳴き声が豚のそれに似ているから、そうしてここが肝心! それは――豚肉ほどに窮極に旨いから! なのだと私は思う。鳴き声については、かつて中学生の頃に岩礁の浅瀬で蟹突きをしていて、クサフグに脇腹の肉をしたたかに噛まれたという稀有の体験を持つほどの私の経験では、フグは「ギュウー」か「キュウー」か「グーウ」と鳴く。私が噛まれたのは、恐らく子供を襲われると思った親が捨て身で守るために防御攻撃をかけたのであろうと思われる(実際にその時、私は視野に幼魚がいるのを現認している)。しかし、あの上下の強烈な板歯で、直径7~8mmの円形にしたたかに深々と抉られた私を想像してみるがいい。何が私を憂鬱させたかがお前には分かるだろう……と梶井を気取りたくなる程、痛い恥ずかしい思い出ではあった。釣って指を噛まれた話やトラフグを調理中に噛まれて骨折した等という話は聞くが、海水浴中に噛まれた同胞を、残念ながら僕は知らないのである。
 「鯖鯸」は最近までサバフグ1種とされていたものが、1983年、シロサバフグLagocephalus wheeleri、クロサバフグLagocephalus gloveri、ドクサバフグLagocephalus lunarisの3種に分かれた。本項は、勿論、無毒のシロサバフグLagocephalus wheeleriである、でなくてはならない。クロサバフグもドクサバフグも有毒である。クロサバフグの日本近海個体は無毒とされるが、南シナ海産個体の内臓からは毒が検出されているし、そもそも何故、長く1種とされてきたかを考えれば、この三者、よく似ているのである。要注意!
 「名護屋鯸」は、現在、コモンフグTakifugu poecilonotusとナシフグTakifugu vermicularisを指しているとする(香川県等)。これらは現在は良安の記載に反して、トラフグに次いで美味で安価との評判である。両者ともしっかり有毒ではある。なお、瀬戸内海ではこの二種の交雑種が報告されてもいる。但し、ネット上の別な情報では、これはショウサイフグFugu vermicularisを一般的に指すと断言するものもある(これも刺身が旨いとされ、しっかりやっぱり有毒)。ちなみに、この命名は恐らく高い確率で「尾張名古屋」に引っ掛けた「終り」であろうと思われる。
 「臛」の「あつもの」とは、スープもしくはゼラチン質の固形化した煮凝り(にこごり)を指すが、後者である。
 さて最後の「暫時の口味に昵んで、身命を賭とする、密-媱る者と趣は一なり」(かりそめのフグの食味に心奪われて、命を賭けるなどということは、間男《夫のある女が他の男と肉体関係を持つこと》することと、その内実に於いて全く同じである。)の教訓に反論しておこう。そうか、じゃあ、清廉潔白で不倫もしない良安さんよ(そもそも君は既婚者か同性愛者かも知られていない――不詳人物だ。というより、この突然の異様な教訓にこそ寺島良安のトラウマや秘密が隠れているのかも? いや、それを言ったら僕のこの注のある部分だって同なじなんだな)、これだけフグの旨味を力説した君は、決してフグを食わなかったんだな!? え? ふふふ♪]

***



わに

【音諤】

クワアヽ

 

鱷【同字】

【和名和仁】[やぶちゃん字注:以上二行は、前三行下に入る。]


和名抄云鰐形似蜥蜴而大水潜呑人即浮

説文云鰐食人魚一生百卵及成形則有爲蛇爲龜爲蛟

者其亦靈

三才圖會云鰐南海有之四足似鼉長二丈餘喙三尺長

尾而利齒虎及龍渡水鰐以尾撃之皆中斷如象之用鼻

徃徃取人其多處大爲民害亦能食人既飽則浮在水上

若昏醉之状土人伺其醉殺之

     春雨 よの中は鰐一口もをそろしや夢にさめよと思ふ斗そ

△按鰐状灰白色頭圓扁足如蜥蜴而前三指後一指偃

 額大眼尖喙稍長口甚濶牙齒利如刄上下齒有各二

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○九

 層牙上下相貫交嚙物無不斷切者故諺曰稱鰐之一

 口也無鱗背上有黑刺鬛而有沙尾長似鱝尾其尾足

 掌之甲皆黑色小者一二尺大者二三丈

社頭拜殿懸鐵鉦以布繩敲之形圓扁如二鉦合成有大

 口頗象鰐頭俗謂之鰐口其來由未詳古有神駕鰐之

 事據于此乎

建同魚 大明一統志云真臘國有建同魚四足無鱗鼻

 如象吸水上噴高五六丈是亦鰐之別種乎


わに

【音、諤。】

クワアヽ

 

鱷〔(がく)〕【同字。】

【和名、和仁。】


「和名抄」に云ふ、『鰐は、形、蜥蜴〔(とかげ)〕に似て、大にして、水に潜(くゞ)りて人を呑む時は即ち浮く。[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]』と。「説文」に云ふ、『鰐、人を食ふ魚なり。一たび百の卵を生む。形を成すに及びては、則ち蛇と爲り、龜と爲り、蛟と爲る者〔(こと)〕有り。其れ亦、なり。』と。「三才圖會」に云ふ、『鰐は、南海に之有り。四足、鼉〔(だ)〕に似、長さ二丈餘。喙〔(くちばし)〕、三尺。長き尾にして、利〔(するど)〕き齒あり。虎及び龍、水を渡れば、鰐、尾を以て之を撃つに、皆、中(―[やぶちゃん注:右にダッシュ状のルビがあるが、意味不明。])に斷(を)れる。象の鼻を用ひるがごとし。徃徃にして人を取る。其の多き處は、大〔いに〕民の害を爲し、亦、能く人を食ふ。既に飽く時は、則ち浮かんで水上に在り[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]。昏醉の状(さま)のごとし。土人、其の醉へるを伺ひて之を殺す。』と。

    「春雨」 世の中は鰐一口もをそろしや夢にさめよと思ふ斗(ばかり)ぞ

△按ずるに、鰐の状、灰白色にして、頭圓く扁たく、足、蜥蜴のごとくにして、前に三指、後に一指〔あり〕偃〔(ふし)〕たる額、大なる眼、尖りたる喙のやや長く、口、甚だ濶く、牙齒、利〔(と)〕きこと、刄(やいば)のごとし。上下の齒、各々二層有り。牙の上下、相貫〔き〕交〔はりて〕、物を嚙む。斷ち切らずと云ふ者〔(こと)〕無し[やぶちゃん字注:「云」は送り仮名にある。]。故に諺に曰く、「鰐の一口」と稱す。鱗無く、背上に黑き刺鬛〔(とげひれ)〕有りて、沙〔:粒状の突起〕有り。尾長くして鱝(えい)の尾に似る。其の尾・足・掌の甲、皆、黑色。小さき者は一~二尺、大なる者、二~三丈。

社頭拜殿に鐵鉦〔(てつがね)〕を懸けて、布繩〔(ぬのなは)〕を以て之を敲〔(たた)〕く。形圓く扁たく、二鉦〔(ふたかね)〕を合成す〔る〕がごとし。大なる口有り。頗〔(すこぶ)〕る鰐の頭に象〔(かたど)〕る。俗に之を鰐口〔(わにぐち)〕と謂ふ。其の來由〔=由来〕、未だ詳らかならず。古へ、神、鰐に駕〔(が)する〕の事有り、此れに據〔(よ)〕るか。

建同魚 「大明一統志」に云ふ、『真臘國〔(しんらふこく)〕に建同魚有り。四足にして鱗無し。鼻、象のごとく、水を吸ひ、上げて噴(ふ)くこと高さ五~六丈。』と。是れ亦、鰐の別種か。

[やぶちゃん注:爬虫綱ワニ目Crocodiliaに属する動物の総称。現生種は正鰐亜目Eusuchiaのみで、アリゲーター科 Alligatoridae、クロコダイル科 Crocodylidae、ガビアル科 Gavialidaeの3科分類が一般的で、23種。ガビアル科 Gavialidae(独立させずクロコダイル科とする考え方もある)はインドガビアルGavialis gangeticus の1属1種である。頭部を上から見た際、喙(口先)が丸みがかっているものがアリゲーター科で、細く尖っているものがクロコダイル科である。更に閉じた口を横から見た際、下顎の第4歯が上顎の穴に収まっているものがアリゲーター科で、牙の如く外に突出いるものがクロコダイル科。ガアビル科(1種のみであるが)は、喙が細長い吻となっているので、誤りようがない(インドガアビルの成体の雄は鼻が大きく膨らんでおり、雌と容易に区別できる。他のワニでは外見上の雌雄の判別は出来ない)。
 「一たび百の卵を生む」は誇張。科によって異なるが10~50個が相場。
 「靈」は、人知を超えた不思議な働き、玄妙な原理。

 「鼉」はアリゲーター属ヨウスコウアリゲーター
Alligator sinensis(お洒落じゃないね、この和名。ヨウスコウワニかチョウコウワニの方がまし)。東洋文庫版ではこれに「すっぽん」のルビを振るが、甚だしい誤りである。
 「和名抄」は正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
 「説文」は「説文解字」で、漢字の構成理論である六書(りくしょ)に従い、その原義を論ずることを体系的に試みた最初の字書。後漢の許慎の著。但し、東洋文庫版後注によると、ここで良安が記すような記述は「倭名類聚鈔」にはなく、これは「説文」の「※1」(わに)[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「屰」。但し、最終画の縦線は「廣漢和辭典」で確認すると直下に下ろしている)。]の説明であるとする。まず「倭名類聚鈔」の「卷第十九 鱗介部」の「鰐」の条は以下の通りである。

麻果切韻云、鰐。【音萼和名和仁】似※2有四足喙長三尺。甚利齒虎及大鹿渡水鰐撃之皆中斷。[やぶちゃん字注:※2=「敝」(上)+「魚」(下)。これはスッポン、みのがめ(背中に藻を生やした亀)を指す「鼈」と同字。]

「麻果切韻」に云ふ、『鰐【音、萼。和名、和仁。】。※2〔(べつ)〕に似て、四足有り、喙長く、三尺。甚だ利き齒あり。虎及び大鹿、水を渡らば、鰐、之を撃ちて皆、中に斷れる。』と。

一見してお分かりのように、これは良安が直後に引く「説文」の内容とほぼ一致する(良安の記述の「龍」は「大鹿」の字の読み違いのようにも思われる)。更に、「説文」の解説は以下の通り(「廣漢和辭典」の「※1」の字義の例文にある)。

※1佀蜥易。長一丈、水潛、呑人即浮。出日南也。从虫屰聲。

※1〔(わに)〕は、蜥易〔=蜥蜴〕に佀〔=似〕る。長さ一丈、水に潛し、人を呑めば即ち浮ぶ。日南に出づるなり。虫に从〔=從〕ひ、屰の聲。

最後の部分は解字である。「廣漢和辭典」によれば※1は、「鰐」と同一語異体字とある。従って「説文」には「鰐」の別項はないと思われる。では気になるのが、彼が「説文」からとしたこの引用文の出所である。東洋文庫もそれを記していない。識者の教えを乞う。
 「春雨」は、三島由紀夫も称揚した上田秋成の幻想小説集「春雨物語」を指すと思うのが普通である(東洋文庫版もそうとっている)が、次項のような次第で、実はこれは別な書物を指している可能性がある。
 「世の中は……」の和歌は現在調査中であるが、これは「春雨物語」の中には所収していない可能性が高い(「岩波古典文学大系 索引」でこの和歌は掲載されていない)。
 「前に三指、後に一指」は正しい表現ではない。そもそもワニの指は前肢が5本で、後肢は4本である。これはそのキッチュさが大好きな「熱川バナナワニ園」で得た貴重な知識である。
 「偃たる額」の「偃」の字を私は「ふス」と読んだ。これは扁平で地べたに伏せた(うつぶせになった)頭部を示すものとして違和感がない。東洋文庫版では、ここを「出ばった額」と訳しているが、そもそも「偃」にそのような意味はない。但し、堰と同義で、土を盛り、流れをせき止めるの意味の敷衍ならばとれないことはないが、やや強引である。
 『「鰐の一口」』は「鬼の一口」と同じとする見解が多い。だとすれば、処理の仕方が素早く確実であるという意味と、文字通り、ひどく恐ろしい目に遭うことの意味となる。
 「鱝」は軟骨魚綱板鰓亜綱Elasmobranchiiのエイである。
 「鰐口」については川崎市教育委員会HPの指定文化財紹介ページ「青銅製鰐口(市民ミュージアム)の概説が言うべきことを洩らさない非常に優れたものなので、以下に引用する。

 鰐口は梵音具(打ち鳴らして音を出すための仏具)の1つで、多くは鋳銅(銅の鋳物)製であるが、まれに鋳鉄製や金銅(銅に鍍金を施したもの)製のものもみられる。通常は神社や仏閣の軒先に懸けられ、礼拝する際にその前に垂らされた「鉦の緒」と呼ばれる布縄で打ち鳴らすもので、今日でも一般によく知られている。その形態は偏平円形で、左右に「目」と呼ばれる円筒形が張り出す。また、下方に「口」が開き、上緑部2箇所には懸垂のための「耳」を付した独特なものである。
 「鰐口」という呼称は、正応6年(1293)銘をもつ宮城大高山神社蔵の作例の銘文中に記されるのが初見である。それ以前の鰐口の銘文には「金口」とか「金鼓」といった呼称がみられることから、古くはこのように呼ばれていたのが、鎌倉時代末頃以降、「鰐口」と称されるようになったものと考えられている。江戸時代中期の医家、寺島良安はその著『和漢三才図会』(正徳3年〈1713〉自序)のなかで「口を裂くの形、たまたま鰐の首に似たるが故にこれを名づくるか」と推察しているが、実際に堂宇に懸けられた鰐口を仰ぎみる時、このように考えることは十分にうなずける。
 鰐口の現存遺例は室町時代以降の作例が多く、それ以前のものは少ない。平安時代の作例には、長野松本市出土の長保3年(1001)銘鰐口(東京国立博物館保管)の他、愛媛奈良原経塚出土の平安時代後期に推定される例があるにすぎない。
 
鰐口の祖形には、韓国の「禁口」と呼ばれる鳴物が考えられているが、鉦鼓を2つ重ねたとする見方や鐃との関連も考えられている。[やぶちゃん注:以下略]

ここで、この執筆者が引いている「和漢三才図会」の叙述は、本項の鰐口の部分ではなく、「卷第十九 神祭 付り仏供器」の「鰐口」の項の叙述である。次いでなので、該当部を以下にテクスト化しておく(体裁は本頁の書式に従った)。

■和漢三才圖會 神祭 備噐 卷ノ十九 ○三

[やぶちゃん注:冒頭の「高麗狗」後半六行及び「神楽鈴子」の項は省略。]


わにくち  俗云和尓久和〔→知〕

鰐口


△按鰐口以鐵鑄之形圓扁而半裂如鰐吻懸之社頭從

 上垂下布繩【長六七尺】俗名鉦緒而參詣人必先取繩敲其

 鐵靣〔=面〕未知其據恐是好事者本於鉦鼓而欲令異其音

 裂口形偶似鰐首故名之乎


わにぐち  【俗に和尓久知と云ふ。】

鰐口


△按ずるに、鰐口は鐵を以て之を鑄〔(い)〕る。形、圓くして扁たく、半ばは裂けて鰐の吻のごとし。之を社頭に懸けて上より布繩を垂-下〔(たら)〕し【長さ六~七尺。】、俗に鉦緒(かねのを)と名づく。參詣人、必ず先づ、繩を取りて其の鐵面を敲く。未だ其の據〔(きよ)〕を知らず。恐らくは是れ、好事(こうず)者の、鉦鼓に本づきて、其の音を異ならしめんと欲し、口を裂く。〔→裂くに、〕形、偶々(たま/\)鰐の首に似たる故に之を名づくか。

 「古へ、神、鰐に駕するの事有り」とは、人口に膾炙する海幸彦山幸彦の神話中の出来事を指しているか。海佐知毘古(うみさちびこ)とは海の漁師の意味で、彼の正しい神名は火照命(ほでりのみこと)である(山佐知毘古は火遠理(ほをりの)命という)。失くした釣り針を求めて綿津見神(わたつみのかみ=海神)の宮殿に赴き、そこで豊玉比売(とよたまひめ)と契った火照命は、三年経って、自分がここに来た理由と兄火照命の仕打ちを語る。豊玉比売の父海神は鯛の喉から件の釣り針を発見、それを兄に返す際の呪文と潮の潮汐を自在に操る秘密兵器、塩盈珠(しほみつたま)・塩乾珠(しほふるたま)を手渡す。そうして火照命の葦原中国(あしはらのなかつくに)への帰還のシーンとなるのであるが、そこに「和邇魚(わに)」が登場する。「古事記」の該当箇所を引用する。

鹽盈珠、鹽乾珠并せて兩個(ふたつ)を授けて、即ち悉に和--魚(わに)どもを召〔(まね)〕び集めて、問ひて曰ひけらく、[やぶちゃん注:以下は綿津見神の台詞。]
「今、天津日高(あまつひこ)の御子、虚-空-津-日-高(そらつひこ)、上(うは)つ國に出-幸(い)でまさむと爲(し)たまふ。誰(たれ)は幾日(いくひか)に送り奉りて、覆-奏(かへりごとまを)すぞ。」
といひき。故、各己が身の尋長(ひろたけ)の隨(まにま)に、日を限りて白(まを=曰)す中に、一---邇(ひとひろわに)白しけらく、
「僕(あ)は一日(ひとひ)に送りて、即ち還り來む。」
とまをしき。故に爾〔(ここ)〕に其の一尋和邇に、
「然らば汝(なれ)送り奉れ。若(も)し海中(わたなか)を渡る時、な惶-畏(かしこ)ませまつりそ。」
と告(の)りて、即ち其の和邇の頸に載せて、送り出しき。故、期(ちぎ)りしが如(ごと)、一日の内に送り奉りき。其の和邇返らむとせし時、佩(は)かせる紐-小-刀(ひもかたな)を解きて、其の頸に著けて返したまひき。故、其の一尋和邇は、今に佐---神(さひもちのかみ)と謂ふ。[やぶちゃん注:以下略。]

しかし、現在、この「和邇」はワニではなく、サメとするのが定説である。しかし、良安がここで想起したのがこの神話であったとすれば、所謂、爬虫類のワニが、当時は本神話の登場生物として広く信じられていたということを指すともとれようか。
 『「大明一統志」』は、明の英宗の勅で李賢らによって撰せられた中国全土と周辺地域の総合的地理書。九十巻。
 「真臘國」は「旧唐書」に

真臘國、在林邑西北、本扶南之屬國、崑崙之類。

真臘國は、林邑の西北に在り、扶南の屬國にして、崑崙の類なり。

とある。
渡邉明彦という方のアンコール遺跡群の記事のカンボジアの歴史についての記載によれば、『紀元前後、メコン川下流のデルタ地帯から沿岸地帯を領有する扶南国があり、メコン川中流にはクメール族の真臘国があった。真臘は3、4世紀頃から南下をはじめ、扶南を吸収合併していった。7世紀にはほぼ現在のカンボジアと同じ領土を有していた。』とあり、現在のカンボジア王国と同定してよい。

 「建同魚」が分からない。ワニでは毛頭あるまい。「隋書」の「卷八十二 列傳第四十七」にも「南蠻海中有魚名建同、四足、無鱗、其鼻如象、吸水上噴、高五六十尺。」と、ここと同様の記述がある。当初ジュゴンDugong dugonを想定してみたが、叙述としっくりこない。何方かの鮮やかな同定を期待する。]

***



さめ

【音交】

キヤ◦ウ

 

沙魚 鰒【音剥】

溜魚 ※【音錯】[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「昔」。]

【和名佐米】[やぶちゃん字注:以上三行は、前三行下に入る。]


本綱鮫東南海皆有之有數種形稍異而皮一等青目赤

頰背上有鬛腹下有翅大者尾長數尺能傷人皮皆有沙

如真珠可飾刀靶又堪揩木如木賊也其子隨母行驚即

從口入腹中其肉【甘平】作膾及鮓味美補五藏功亞于鯽


鹿沙【一名白沙】 其背有珠文如鹿而堅彊者能變鹿也

虎沙【一名胡沙】 背有斑文如虎而堅彊

鋸沙【一名挺※2〔→頷〕魚又※3※1】 鼻前有骨如斧斤能擊物壞舟[やぶちゃん字注:※2=「各」+「頁」。※3=「魚」+「番」。]

         春雨 よの中は鰐一口も恐しや梦に鮫よとおもふ斗そ

△按鮫形状畧如上説但灰黑色無鱗魚也鈎得後以急

 擲岸頭則魚困痛忿恚而皮上黑沙起脹堅硬如真珠

 刀鉾不能裁之工人以竹帚頻洗之成白珠脊有一大

 粒其大如薏苡仁其周※4〔→匝〕七八粒亦大而圍魁粒共似[やぶちゃん字注:※4=「匝」の中が「帀」。]

 九曜星次次二三座亦然似玉蜀黍子者飾欛甚良其

 粒粒大小兼備者價最貴重也若魁粒陥或歪者鑿去

 之更以鹿角作成魁粒繋入亦難曉矣而欛鮫皆用異

 國之産本朝之鮫全體粒粒平等止可爲鞘鮫

聖多默太泥占城之産爲最上咬※5吧暹羅阿媽港次之[やぶちゃん字注:※5=「口」+「留」。]

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 又九[やぶちゃん注:「又九」という異例な表示は、補綴による追加若しくは齟齬を後になって書き換えた結果であろうか。]

南京鮫幅廣鮫等下品也此外交趾東〔柬〕埔寨有數品而

 鞘鮫亦多來焉


縐鮫 巖石鮫 發斑鮫 虎鮫 麑鮫 海子鮫 白

 倍志鮫 加伊羅介鮫等不悉記之

本朝之鮫亦有數種 駿州大愛鮫 同國蒲原小愛鮫

 常州愛古呂 紀州脊古呂 松前菊登知等不遑記

 之凡鮫和漢同物異品因土地之差乎不獨鮫而草木

 鳥獸皆有異同


さめ

【音、交。】

キヤ◦ウ

 

沙魚 鰒【音、剥。】

溜魚 ※1【音、錯。】[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「昔」。]

【和名、佐米。】


「本綱」に『鮫は、東南海、皆、之有り。數種有りて、形、やや異にして、而〔(しか)れども〕皮は一等なり。青き目、赤き頰、背の上に鬛〔(ひれ)〕有り、腹の下に翅〔(はね)〕有り。大なる者、尾の長さ數尺。能く人を傷つくる。皮に皆、有り。真珠のごとく、刀の靶(つか)〔=欛〕を飾るべし。又、木を揩(こす)るに堪へたり。木賊〔(とくさ)〕のごとし其の子、母に隨ひて行く。驚く時は、即ち口より腹中に入る[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名にある。]。其の肉【甘、平。】、膾〔(なます)〕及び鮓〔(すし)〕に作る。味、美にして五藏〔=臟〕を補ふ。功、に亞〔(つ)〕ぐ。


鹿沙【一名、白沙。】 其の背に珠文有り、鹿のごとくして、堅彊〔(けんきやう=堅強〕なる者、能く鹿に變ずるなり。

虎沙【一名、胡沙。】 背に斑文有り、虎のごとくして、堅彊。

鋸沙【一名、挺頷魚〔(ていがんぎよ)〕。又、※3※1。】 鼻の前に骨有りて、斧-斤〔(をの or まさかり)〕ごとくして、能く物を擊ち、舟を壞(くづ)す。』と。[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「番」。]

        「春雨」 よの中は鰐一口も恐しや梦に鮫よとおもふ斗ぞ

△按ずるに、鮫の形状、畧ぼ上の説のごとし。但し、灰黑色の鱗無き魚なり。鈎〔(つ)り〕得て後、以て急に岸頭に擲(なげう)ちては、則ち魚、困-痛(くる)しみ、忿-恚(いか)りて、皮の上〔の〕黑沙、起-脹して、堅-硬なること、真珠のごとく、刀・鉾、之を裁つこと能はず。工人、竹-帚(さゝら)を以て、頻〔(しき)〕りに之を洗ひ、白珠と成す。脊に一大粒有り、其の大いさ、薏苡仁〔(よくいにん)〕のごとく、其の-(めぐ)りに七~八粒、亦、大にして、魁-粒(おやつぶ)を圍む。共に九曜〔(くえう)〕の星に似て、次次は二~三座〔をなして〕、亦、然り玉-蜀-黍-子(なんばんきびのみ)に似たる者、欛(つか)を飾るに甚だ良し。其の粒粒、大小兼備する者、價、最も貴-重(たか)し。若し魁粒陥(をちい)り、或は歪(なゝ)めなるは、之を鑿〔(ほorけづ)〕り去り、更に鹿角を以て魁粒を作り成し、繋ぎ入る。亦、曉〔(あか)〕し難し。欛鮫〔(つかざめ)〕、皆、異國の産を用ふ。本朝の鮫は、全體の粒粒、平等にして止(た)ゞ鞘鮫〔(さやざめ)〕と爲すべし。

聖多默(サントメ)太泥(パタニ)占城(チヤンパン)の産、最上と爲す。咬※5吧(ジヤガタラ)暹羅(シヤム)阿媽港(アマカハ)、之に次ぐ。南京鮫幅廣(はゞびろ)鮫等(―[やぶちゃん注:このルビ位置のダッシュ状の記号、意味不明。])は下品なり。此の外、交趾(カフチ)柬埔寨(カボヂヤ)、數品有り、鞘鮫も亦、多く來る。[やぶちゃん字注:※5=「口」+「留」。]


縐鮫(ちりめんざめ) 巖石(がんせき)鮫 發斑(はつぱ)鮫 虎鮫 麑(かのこ)鮫 海子(うみこ)鮫 白倍志(しろへし)鮫 加伊羅介(かいらげ)鮫等あり。悉く〔は〕之を記さず。

本朝の鮫、亦、數種有り。 駿州の大愛(あい)鮫 同國蒲原(かんばら)の小愛鮫 常州の愛古呂(あいころ) 紀州の脊古呂(せごろ) 松前の菊登知(〔きく〕とぢ)等、之を記すに遑(いとま)あらず。凡そ鮫、和漢同物にして、異品は、土地の差(ちが)ひに因るか。獨り鮫のみならず、草木鳥獸、皆異同有り。

[やぶちゃん注:サメとは、軟骨魚綱板鰓亜綱Elasmobranchiiに属する魚類の中で、原則として鰓裂が体の側面に開くものを呼称する(前項の「鱣」の注で細述済であるがカスザメ目やサカタザメのような例外がある)。現生種数は約400。「フカ」と「サメ」の同義性と民俗学的差別化は、やはり「鱣」の注を参照されたい。
 「皮は一等なり」とは、多くの種類があるが、以下に記すような特性を持った皮膚は、その全てのサメに等しくあるという意味である。
 「沙」は、本項のキーワードであるし、実はサメ自体の重要なファクターでもあるのだ。まず、この「沙」はサメの皮膚が砂のように粒々でざらざらしていること(厳密には生体の場合、尾から頭の方に向かって触れた時)を表現している語である。このざらついた皮膚は楯鱗(じゅんりん)と呼ばれる顕微鏡的な鱗から構成されており、それは表皮の上皮細胞と骨・筋肉等を形成する間葉細胞が向かい合い、その間にエナメル質と象牙質が形成されるというエナメル質・象牙質・骨様組織の三つ巴の精緻堅固な組織構造を持っている。そうしてこれはまさに我々の「歯」と全く同じ構造なのである。従って、サメの鱗は別名を皮歯(ひし)と呼ぶ。勿論、サメのあの歯も、その皮膚が口中に陥入変形して進化したものであると考えられているのである。
 「木を揩る」という良安の読みには疑義がある。原文は「堪揩木」であるが、これは「揩木に堪へたり」と読むべきではなかろうか。そうして「揩木」は「すりこぎ」と訓読すべきではないだろうか。所謂、鮫皮のオロシガネである。
 「木賊のごとし」とは、古来、「砥草」とも表記するトクサ植物門トクサ科トクサEquisetum hyemaleの茎を煮て乾燥させたものを、やすりとして柘櫛(つげぐし)の研磨等に用いたことに由来する。
 「其の子、母に隨ひて行く。驚く時は、即ち口より腹中に入る」について語らねばならなくなった。これに類似した記載は「鱣」の項にも「胎生にして口より産む」等と現われている。私は、口から子を産むマウスブリーダー習性(産むように見えるアジアアロワナScleropages formosus等のアロワナ科Osteoglossidaeやスズキ目キノボリウオ亜目のチョコレートグラミーSphaerichthys osphromenoidesのような)をサメが持っているというのは、聞いたことがない。これは何かの勘違いであろう。では何か。すぐに考え付くのは、母親に随ってゆくという表現からスズキ目コバンザメ科 Echeneidaeのコバンザメ類だ。彼らは、硬骨魚類であるが、コバンザメの名を頂戴するだけに、その吸着習性からも「子」と誤認されやすい。タイノエRhexanella verrucosaのような寄生甲殻類のような口中内寄生の吸着があるかどうかは知らないが(コバンザメのようなあんなに大きな魚体では考えにくい)、宿主に食べられてしまうことは、大いにあるらしい。私自身、これを決定打とは考えていない。一つの解釈として捉えて頂きたい。
 「膾及び鮓に作る」は、我々には奇異に思えるが、現に広島県山間部の備北地域や山陰の一部では、今もワニ(サメ)料理が根強い人気を持っている。代謝の結果生まれるアンモニアが腐敗を防ぐという逆説も目から鱗(いや、見た目は「無鱗」だったね)。軟骨エキスやら深海鮫エキスやら、キッチュな健康有効成分も続々報告、商品化されている。それはもしかすると古くて新しい食材なのかも知れない。広島県安芸高田市の「加藤農園」のHP 「ワニの刺身」で実体験!
 「鯽」はフナを指す(外にはイカも指すが違うだろう)。フナはコイ亜科フナ属Carassius 属の魚の総称。しかし、漢方に詳しくない私としてはフナにこんな豪勢な効能があるなんて(御節料理に入ってるのはそのせいかなあ)、加えてナンバー2がサメだったとは、お釈迦様でもご存知あるめえ!
 「鹿沙」は、……ここからはあんまり踏み込みたくないんだな、だって、そもそも海産無脊椎動物が好きな私は、逆に魚類の同定が大の苦手なのだ(何故か無脊椎動物ほどに身体的特徴に関心が湧かないの)。しかし、力技で進まないと先には行けないし(この巻を選んだのは、最後に頭足類やナマコを始めとする無脊椎動物がやってくるからなんだよね、実は)。よし! ネズミザメ上目メジロザメ目ドチザメ科ホシザメ属ホシザメMustelus manazoはどうだ! 古くから日本で食用に供してきた種であり、背部に、地味ながら鹿の子模様の「白」い斑点もあるぜ! 難癖は熱烈歓迎!
 「虎沙」は、ネズミザメ上目メジロザメ目トラザメ科トラザメ属トラザメScyliorhinus torazame
 「鋸沙」は、ノコギリザメ目ノコギリザメ科 Pristiophoridae に属する、鋸状の吻部をもつ魚の総称(2属5種)であるが、日本近海ならばノコギリザメ Pristiophorus japonicus1種のみである。
 「春雨」と和歌は前項「鰐」と同一なのでそちらの注を参照されたい。但し、一部表記の違いが見られる。それにしても、良安先生、気に入ったぜ、「覚め」を「鮫」に懸けた洒落は!
 「白珠」以下、延々続くサメの皮革細工の話、どうも違和感がある。サメの皮からこんな真珠様の模様が鑑賞に耐えうる程に加工され得るものならば、現在もそれは残っていて、鮫皮の高級装飾品(この手間は安くはあるまい)として知られているはずであるから。そこで検索してみた。まずは私の当初の疑問はここで(この方のホームにはアクセスが出来ない)解消された(特に最後の段落部分)。なる程、外国産のエイの皮か! そこで再検索をかけると、ズバリ! 画像付きで文字通り目から鱗だがね! 輸入雑貨業者のHP「最高級スティングレイ(エイ革製品、エイ皮製品)」のページだ。侮るなかれ。金儲けをするならこれくらいの薀蓄を垂れたいものだ。それが客への当り前のマナーである。中国でこのエイが「泳ぐ宝石」、「天眼」(神の目)と崇拝されてきたという民俗、その「スターマーク」は一匹から一つしか採取できないこと、「ビーズを敷き詰めたような」形状、「カウレザー(牛革)30年、スティングレイ(エイ革製品、エイ皮製品)100年」と称される最高強度……もうこのページがそのまんまこの部分の注になっているのだ。このスティングレイを一般に何故ガルーシャ(Galuchat)と呼ぶのかが、フランスのルイ15世から一介のエイ皮鞘職人ジャン・クロード・ガルーシャ(Jean-Claude Galuchatに辿り着くところなんざ、薀蓄の薀蓄たる醍醐味だ!。さても閑話休題。この中の「ちょとした雑学」で挙げられている本エイ皮素材となる2種はアカエイ科 Dasyatidae アカエイ属 Dasyatisである。前者Dasyatis bleekeryStingray leather、後者Dasyatis brevicaudata Smooth Stingrayという英名を持っているらしい(前者はロシアのサイトでの確認であるので、やや疑問)。最後に復唱、「目から鱏」!
 「周-匝」の「匝」は原文字注で記したように、「匝」の中が「帀」となっているのだが、実は「帀」が「匝」の正字なのであり、意味は「周」と同じ「めぐり」の意味で、畳語なのである。
 「九曜の星」はインドの暦法に端を発する星の名。実在する星である七曜星(日・月・火・水・木・金・土)に、黄道上に存在して見えないとして想定した、暗黒の星である羅睺
(らごう)と、彗星である計都(けいと)の二星を加えた名称。陰陽道に伝わって、人の生年にこれらを配し、吉凶を占うようになった。他に実在するプレアデス星団や北斗七星に対して、またカシオペア座の呼称としても用いられる。
 「次次は二~三座をなして、亦、然り」とは、中央の大きな親粒(「魁粒」)の周囲に九曜星をなぞらえるように七つから八つのやや小さな粒が並んだものが更に、二つから三つ、星座のように(というよりも単に複数のものが集まっている状態を「座」と呼んでいるのであろう)次々としっかり並んでいる、という意味である。
「最高級スティングレイ(エイ革製品、エイ皮製品)」の最初の右の画像を見るに若くはない。スティングレイ! 欲しくなった! そもそも僕の世代にとってこの言葉の響きは、確実に「スティングレー」なのだ! そうだ、「海底大戦争 スティングレイ」だよ!(“Stingray”は後に大ヒット作「サンダーバード」を生み出すことになるジェリー・アンダーソンらが1962年に製作したイギリスの特撮マリオネット・ドラマ)。

 「玉蜀黍子」はトウモロコシの実。
 「欛」は刀剣の柄。私が解説するよりも、「備前長船刀剣博物館」「柄を巻く」のページがビジュアル的にも最適。ここでもサメでなくエイであることが示されている。
 「曉」は判字と判読に迷ったが、これを動詞として読んでいるのだから「あかつき」から「明かす」、本物か贋物かを明らかにする、の意味でとり、「あかシ」と読んだ。
 「欛鮫」は刀剣の柄用の鮫の皮の意味であるが、前述の通り、実際にはサメでなくエイ。
 「聖多默(サントメ)」は、インド東岸のコロマンデル地方の別称。この地にポルトガルの宣教師セント・トーマスが来たとの故事からの地名とする。木綿の産地で、このサントメから渡来した縞の綿織物ということで桟留縞(さんとめじま)、あるいは唐桟(桟は桟留の略)と呼んだ。鮫や鹿の皮も桟留革と呼称したようである。
 「太泥(パタニ)」は、現在のタイ王国パッターニー県(マレー半島)に
1419世紀にかけて存在したマレー人王朝にしてその都。マレー半島東海岸のパタニは南シナ海有数の貿易港であった。

 「占城(チヤンパン)」は、チャンパ王国で、現在のベトナム中部沿海地方にあった。
 「咬※5吧(ジヤガタラ)」[※5=「口」+「留」。]は、現在のインドネシアのジャカルタの古称である。
 「暹羅(シヤム)」は、現在のタイ王国。
 「阿媽港(アマカハ)」は、現在のマカオで、澳門・阿馬港・亜媽港等と表記した。
 「南京鮫」同定不能。これはしかし、欛用の鮫皮の商品名であろうと思われ、従ってサメでなくエイである。
 「幅廣鮫」同前。しかしこれが「羽広」であれば、鱏(えい)の一種である舶来の鮫皮の一つ、である(「日本国語大辞典」)。以下、「沖縄・八重山探偵団」というブログに「羽広」に関わる探索が載るのを発見した
(この方の民俗学的考察は魅力的だ)。それによれば、「鮫皮精鑒録」という書物に、

羽廣の鮫は親つぶ青く地粒大小あり郭索(がさつく)気味なり

「羽広のサメの皮は、大きなつぶが青く、地皮についたつぶには大小があって、手触りはがさつく傾向がある」[やぶちゃん注:以上は該当ブログの筆者の現代語訳。]

そうして、この鮫皮はサメではなくエイのものであることを述べ、『羽を広げたように見えるエイの姿を、「羽広」と呼んだのであった』と記している。多分、これに間違いないだろう。前の「南京鮫」も、その「鮫皮精鑒録」や「鮫皮精義」等と言うマニアックな専門古書を辺りを紐解けば出てきそうだ(でも、此の注でそこまでしてやる気は残念ながら、私には、ない)。

 「交趾(カフチ)」は、交阯とも書く。前漢から唐にかけての中国の郡名。現在のベトナム北部ソンコイ川流域地域で、後にこの地域が独立してからも、この呼称を用いた。ちなみに紛らわしいコーチシナ(交趾支那)という呼び名は、フランス統治下のベトナム南部に対する呼称である。
 「柬埔寨(カボヂヤ)」は現在のカンボジア王国。

 「鞘鮫」は「欛鮫」同様、江戸期にはこうした商品としての名が普通に使われていた(恐らく業界内では現在も)。「皮革ハンドブック」(日本皮革技術協会編)によれば、「1711年、この一年間の唐船・蘭船による、皮革の輸入取引は58回を数え、その取引量を拾い出して合計すると、牛革が6765枚、鹿皮が99544枚、その他の皮革4326枚、そして鞘鮫が1091枚、柄鮫が25625本、海鮫が700本となり重要な輸入品目の一つであった。」(レザークラフト ハンズたかおかのHPから孫引。1711年は江戸中期、正徳元年で徳川家宣の頃)とする。
 「縐鮫」チリメンザメ 同定不能。但し、これも文の続きとその如何にもな名称から考えると、異国産のサメの名前と言うより、「南京鮫」や「幅廣鮫」同様、欛用の鮫皮の商品名であろうと思われ、従って素材はサメでなくエイである可能性が高い。
 「巖石鮫」ガンセキザメ 同定不能。「縐鮫」注に同じ。
 「發斑鮫」ハッパザメ 以下、同前。
 「虎鮫」トラザメ 本邦共通の実際のサメならばトラザメは先に「虎沙」で注したネズミザメ上目メジロザメ目トラザメ科トラザメ属トラザメScyliorhinus torazameである。が、これも同前で、欛用の鮫皮の名称であろう。
 「麑鮫」カノコザメ これも本邦共通の実際のサメならば、この名称は現在、仙台地方で用いられネズミザメ上目メジロザメ目ドチザメ科ホシザメ属ホシザメMustelus manazoを指している。が、これも同前で、欛用の鮫皮の名称であろう。
 「海子鮫」ウミコザメ 同定不能。「縐鮫」注に同じ。
 「白倍志鮫」シロヘシザメ 以下、同前。
 「加伊羅介鮫」カイラゲザメ 前の7件を欛用の鮫皮と推論した理由は、実はこの「カイラゲザメ」なる呼称が、将に著名な鮫皮の名称の一つだからである。後に、鮫皮全体をその共通の文様から梅花皮鮫(かいらぎざめ)と称したようである。なおこれについてはイバラエイUrogymnus asperrimusに種同定している資料があった。
 「駿州の大愛鮫」ダイアイザメ 駿河(現在の静岡県中部と東部・伊豆半島及び伊豆諸島を含む)であることから、トラザメの一種で伊豆半島周辺海域固有種であるイズハナトラザメScyliorhinus tokubeを同定候補としてまず挙げておきたい。但し、「愛鮫」となると、現在深海鮫の一種としてアイザメ科 Centrophoridae科の数種も挙がってくる。アイザメCentrophorus atromarginatus、ニアウカンザメCentrophorus niaukang、モミジザメCentrophorus squamosus、タロウザメCentrophorus acus、ゲンロクザメCentrophorus tessellatus等である。感覚的にはタロウザメなんか、匂うけど……。
 「同國蒲原の小愛鮫」コアイザメ 蒲原は、静岡県の中部の庵原(いはら)郡に位置していた町であるが、現在は静岡市に編入合併して、清水区の一部(飛地)となっている。前記「大愛鮫」の中に同定種がいることを祈るのみ。モミジサメなんか可愛いけど……。
 「常州の愛古呂」アイコロ 常州は常陸で現在の茨城県北東部。これは頭の「愛」のアイザメよりも、むしろ後ろの「古呂」がカスザメ目カスザメ科のコロザメ
Squatina nebulosa を連想させるように思われる。

 「紀州の脊古呂」セゴロ これをは前項と同種か、その仲間の紀伊地方での呼び名と思われ、従って同定候補も同じコロザメSquatina nebulosaとしておく。
 「松前の菊登知」キクトヂ 同定不能。ただ、その「きくとぢ」という印象的な呼称が気になる。松前にこの痕跡は残っていないか? そもそもこれは「菊綴ぢ」であろう。菊綴じとは、水干や直垂(ひたたれ)等の縫目に綴じ付けた紐の呼称で、本来は絹製で、その結んだ紐の先をほぐして菊花のように細工したところから名づけられた。さて、これは後に皮紐製のものが登場してくるのだが、そこで鮫皮である。これはエイ由来の欛鮫等とは違って、サメ由来だったのかも知れない。もし松前の方がここをお読みになった際には、是非、郷里でお聴きになってみてもらいたい。あなたのメールをお待ちしている♡【2008年6月8日改稿】本件について、「鱘」の同定でも御助言いただいた釜石キャビア株式会社というところでチョウザメに係わるお仕事に従事しておられるY氏から、貴重な情報を頂戴した。以下に引用する。
   ◇〔引用開始〕
「松前の菊登知」とはチョウザメのことでございます。水干の袖等を留める、放射状の糸綴を「菊綴」と呼びますが、この放射状の装飾が、チョウザメの背の鱗に似ていることから「菊綴鮫(きくとぢ)」とも呼ばれていました。松前は最近でもチョウザメが捕獲される地域でございます。
   ◇〔引用終了〕
この情報に私は正に目から「鱗」だった。実はそれはエイでもサメでもなく、チョウザメだった――更には「逆」だった――「絹製」の「水干や直垂等の縫目に綴じ付けた」「紐の先をほぐして菊花のように細工した」その模様がチョウザメの鱗と似ていたのであった――加えて驚天動地・無知蒙昧というか、現在も「松前の菊登知」は捕獲されているのだった――本件についてもう少し詳しい情報をお願いしたところ、お忙しい中、すぐに次のようなメールを頂戴した。
   ◇〔引用開始〕
日本において、忘れ去れてしまった魚、その利用の文化と言う観点から、「菊綴」をいろいろと調べていました。その、中心地は北海道であり、その文化はアイヌ民族が中心で、文字を持たない民族であるため、その資料数は限定されています。アイヌ語でチョウザメを「ユベ」と呼び、北海道の地名に「ユベ」の名のつく場所は、チョウザメが捕獲、又は関係のある場所とされています。日本近海では、大きく2種類のチョウザメが捕獲されますが、「菊登知」とされるチョウザメは、Acipenser medirostris mikadoi と言うチョウザメです。mikadoiは「帝」の意と聞いております。小河川にも産卵遡上する、特殊なチョウザメでございます。重くて恐縮ですが、菊登知の鱗を利用した刀剣の写真を添付します。この、5月末に北海道大学のグループが、日本近海で捕獲される菊登知を、十数年がかりで収集し、餌付けした親魚から採卵、孵化に成功しております。寺島良安先生も、生きたチョウザメは見たことはなかったと思いますが、確かにチョウザメは日本においても、知られていた魚であったと考えられます。本州では、付近の海で捕獲された菊登知が、大洗水族館で、飼育展示されています。
   ◇〔引用終了〕
Y氏のチョウザメへの思いは、確かな日本の、地球の自然の保全へと繋がる暖かい「智」であると、私は思う。Y氏の文章の真摯な温もりを味わって戴きたく、そのまま転載した。送って頂いた「菊綴」の写真は以下である。



ここでY氏が述べておられるのは、硬骨魚綱条鰭亜綱軟質区チョウザメ目チョウザメ科チョウザメ亜科チョウザメ属のチョウザメ(和名をミカドチョウザメとするものもあるが氏の呼称を支持する)
Acipenser medirostris mikadoiである。そうして、「菊綴」なる存在は多様に変化してゆく。今度はフィード・バックして、「菊綴」に似たチョウザメの鱗が、刀剣の鞘の「菊綴」文様に逆利用されるたのだった――私は、「智」と「物」が、自然と人事の間を変化自在に行き来した良き時代をしみじみ感じるのである。]

***



かはゝぎ 【正字未詳】

皮剥魚


△按此魚形状甚醜而頭似方頭魚状畧似鮫全體薄扁

 灰白色無鱗皮厚有沙口極小鰓鰭亦小背上有鬛腹

《改ページ》

 下有翅背中目上有一刺尾無岐從尾末剥皮乃皮裏

 青而肉潔白炙食【淡甘】味美傳云用皮擦錢瘡能治春

 夏京師希見之蓋此鮫之屬乎


かはゝぎ 【正字は未だ詳らかならず。】

皮剥魚


△按ずるに、此の魚、形状甚だ醜くして、頭は方-頭-魚(くずな)に似、状、畧ぼ、鮫に似、全體薄く扁たく、灰白色、鱗無し。皮厚く、沙有り。口、極めて小さく、鰓鰭〔(さいき)〕、亦た小さく、背の上に鬛〔(ひれ)〕有り。腹の下に翅〔(はね)〕有り背、目の上に中〔(あた)〕りて一刺有り。尾、岐無く、尾の末より皮を剥ぎなば、乃ち皮の裏、青くして、肉、潔白なり。炙り食ふ【淡、甘。】。味、美なり。傳へて云ふ、皮を用ひて、錢瘡〔(ぜにかさ)〕を擦〔(す)〕れば、能く治す〔と〕。春・夏、京師〔(けいじ)〕〔に〕、希に之を見る。蓋し此れ鮫の屬か。

[やぶちゃん注:フグ目カワハギ科カワハギStephanolepis cirrhifer。その表皮の形状に引かれてか、良安は最後に鮫の仲間であろうかと誤認している。
 「方頭魚」と書き、かつ「クズナ」とルビが振られている以上、これはスズキ目キツネアマダイ科アマダイ属Brachiostegus(または Latilus)に属する魚の異名である。但し、「方頭魚」はカサゴ目ホウボウ科カナガシラ Lepidotrigla micropteraの異名でもあるが、「京師」(京都)の話が後半に出る辺りから考えても(西京焼きで有名なグジはアマダイの異名である)、前者を指すと考えてよいだろう。しかし、アカアマダイ Branchiostegus japonicus、キアマダイ Branchiostegus auratus、シロアマダイ Branchiostegus albusやカナガシラ同士は良く似ていると思うのだが、正直、カワハギはどちらにも似ているとは思えないのだ。冒頭の絵は似せて描いているけどね。
 「沙有り」は、鮫同様、表皮が砂のようにざらついていることを示す。
 「腹の下に翅有り」と「目の上に中りて一刺有り」は、本属に極めて特徴的な部分で、背びれの第一条が太く短い棘となっている(特異的に癒合した腹鰭も同様で、前者の「翅」はそれを指して言っているものと思われる)。ちなみに、背鰭の第二軟条が糸状に細く伸びているのは雄である。
 「錢瘡」は、一般に田虫と呼ばれる体部白癬を指す。主にカビの仲間である白癬菌属Trichophyton、小胞子菌属Microsporum、表皮菌属Epidermophytoといった皮膚糸状菌が病原体である。感染すると、縁がピンク色の輪状(銭型)でやや盛り上がった皮疹が形成される。
 さて、聞いた話じゃ、カワハギはあの深刻な大発生をしているエチゼンクラゲNemopilema nomuraiの天敵だそうで、集団でエチゼンクラゲを襲撃するという(考えてみればクラゲ食のマンボウもフグ目だもんなあ)。そこから同じ天敵のアジやカワハギ釣をやめて……とは、ならないんだな……逆に漁師はエチゼンクラゲを餌に、更にカワハギを多量に漁獲するというわけだ……目の前にぶら下がった餌しか見えないのは……カワハギばかりではないのだ……。最後に一言。かつて多量のカワハギを江の島で父が釣り、母が刺し身にしたのだが、よく言われる苦玉(胆嚢)を捌く途中で、潰してしまった。洗い流したけれども、その大皿の上の数多のカワハギの刺し身は、空しく食われず残された。身の味が落ちるどころではない。真面目に、苦くて食えなくなってしまうので、ご用心!]

***


さはら

さごし

馬鮫

マアヽキヤ゚ウ

 

鰢鮫 章※1[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「玄」。]

鰆【音春】

【俗云佐波良】

青箭魚【其小者】

【俗云佐古之】[やぶちゃん字注:以上五行は、前四行下に入る。]


南産志云馬鮫魚青斑色無鱗有齒【一名章※1】小者曰青箭

△按馬鮫魚頭尖眼大鰓硬無鱗青色背有青斑圓紋又

 無背文有之肚白鬐硬刺尾有岐尾耑有刺鬛如大鋸

 齒其大者三尺許春月盛出故俗用鰆字形狹長故稱

 狹腹狹腰乎其小者尺許色最青並肉白【甘、温。】脂多味

 厚美膾炙※2腌皆佳[やぶちゃん字注:※2=「月」+「雋」。]


洋鰆 馬鮫之極大者長五六尺味劣

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十


唐墨 馬鮫之※3也其胞多子形如刀豆莢而大乾之褐[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「米」。]

 色微似唐墨故名之土州阿州讃州多出之味【甘微澁】美

 然不如於鰡※3之唐墨


さはら

さごし

馬鮫

マアヽキヤ゚ウ

 

鰢鮫〔(ばかう)〕 章※1〔(しようこん)〕[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「玄」。]

【音、春。】

【俗に佐波良と云ふ。】

青箭魚〔(せいせんぎよ)〕【其の小者。】

【俗に佐古之と云ふ。】


「南産志」に云ふ、『馬鮫魚は青斑色、鱗無く、齒有り【一名、章※1。】。小さき者を青箭と曰ふ。』

△按ずるに、馬鮫魚は、頭尖り、眼大きく、鰓〔(あぎと)〕硬く、鱗無し。青色、背に青斑〔の〕圓紋有り。又 背文、之無きも有り。肚白く、鬐〔(ひれ)〕に硬き刺あり。尾、岐有り、尾耑〔=端〕(をさき)に刺鬛〔(とげひれ)〕有りて、大鋸の齒のごとし。其の大なる者、三尺ばかり、春月、盛んに出づ。故に俗に鰆の字を用ふ。形、狹く長し。故に狹腹(さはら)・狹腰(さごし)と稱すか。其の小さき者、尺ばかり、色、最も青く、並びに肉、白く【甘、温。】、脂多く、味、厚く、美なり。膾(なます)・炙(やきもの)・※2(いりもの)・腌(しほもの)、皆、佳し。[やぶちゃん字注:※2=「月」+「雋」。]


洋鰆(をきさはら) 馬鮫の極めて大なる者、長さ五~六尺、味、劣れり。

唐墨(からすみ) 馬鮫の※3〔(こ)〕なり。其の胞、子多く、形、刀豆莢(なたまめざや)のごとくして大、之を乾かして褐色、微かに唐墨に似たる故に之を名づく。土州・阿州・讃州より多く之を出だす。味【甘、微澁。】、美□〔なり〕。然れども、鰡※3(ぼらのこ)の唐墨には如かず。[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「米」。]

[やぶちゃん注:スズキ目サバ科サワラ Scomberomorus niphonius。出世魚として知られる。成長するに従って、サゴシ(西日本)・サゴチ(関東)→ナギ→サワラ(あるいはサワラゴ→グッテラ→サゴシ→サワラとも)等と呼び名が変わる。
 『「南産志」』は、明の何喬遠(かきょうえん)撰になる現在の福建省地方の地誌・物産誌である「閩書」(びんしょ)の中の二巻。
 「青箭」の「箭」(せん)は弓矢のことを言う。その魚体に相応しい命名である。
 「※2」(※2=「月」+「雋」。)の「いりもの」とは、食材の水分がなくなるまで炒ったものを言う。
 「沖鰆」は、サワラの大型個体の呼称と考えてよいと思われるが、現在は、あの獰猛で名高いクロタチカマス科のバラクータ
Thyrsites atun及びその仲間を、異名や切り身の商品名でオキサワラと呼んでもいる。実際、サワラよりも大きくなるようである。但し、これらは外国産であるので、ここでは除外して考えてよいであろう。

 「唐墨」は一般には長崎名産として、ボラ
Mugil cephalusの卵巣の塩漬けしたものを酒につけ、さらに乾燥させたもので珍味として名高いが、現在でも香川県ではサワラの卵巣からカラスミを製造しており、ボラに比して味は濃厚と謳っている。台湾では「烏魚子」(ボラ卵使用)、ヨーロッパでは同様のものを、フランスではブタルグ(Boutargue)、イタリア(サルジニア島)ではボッタルガ(Bottarga)、スペインではウエバ(卵)のサラソン(魚類の塩漬けの乾燥品)等と称して味わう。あちらではマグロ・スズキ・メルルーサ等の多彩な魚卵が使用されている。一言だけ。さっと炙るのがカラスミを味わう何よりのコツである。

 「※3」(※3=「魚」+「米」。)は、はらご、魚の卵を言う語。
 「刀豆莢」の「刀豆」はナマメ科ナタマメ
Canavalia gladiateで、その莢は40cmにも達する。ちなみに、福神漬けの中に入っているプラナリアのような形をした中空のものはこの莢を輪切りにして漬け込んだもので、あれが多いほど高級な福神漬けだそうだ。更に付け加えると、このナタマメの豆にはシアン配糖体の一種であるアミグダリンamygdalinが含まれており、実が熟すとその分解過程で微量ながら青酸が発生するため、ナタマメの解説には実は有毒と記される(脱線序でに。シアン配糖体アミダグリンとは懐かしい。吉永春子は1996年講談社刊の「謎の毒薬」で、帝銀事件の毒物のとして確かこれを挙げていた)。

 「土州・阿州・讃州」は順に土佐・阿波・讃岐。]

***


とびいを

ひいご

文鰩【音姚】

ウヱンヤ゚ウ

 

※【音飛】 飛魚[やぶちゃん字注:※=「魚」+「飛」。]

【俗云止比魚】

【又云比以古】[やぶちゃん字注:以上三行は、前四行の下に入る。]


本綱文鰩大者尺許状如鯉有翅與尾齋羣飛海上其身

蒼文白首赤喙常以夜飛肉【甘酸】食之已狂又宜妊婦

△按飛魚西海多背蒼腸灰白色三四月群飛其飛也離

 水上尺許可一段而没水復飛薩摩最多作鮿送他邦


とびいを

ひいご

文鰩【音、姚。】

ウヱンヤ゚ウ

 

※【音、飛。】 飛魚[やぶちゃん字注:※=「魚」+「飛」。]

【俗に止比魚と云ふ。】

【又、比以古と云ふ。】


「本綱」に、『文鰩は、大なる者、尺ばかり。状、のごとく、翅〔(はね)〕有り、尾と齋〔(ひと)〕し。海上に羣飛す。其の身、蒼き文、白き首、赤き喙〔(くちばし)〕。常に夜を以て飛ぶ。肉【甘、酸。】、之を食へば狂を已む。又、妊婦に宜(よろ)し。』

△按ずるに、飛魚は西海に多し。背、蒼く、腸、灰白色。三~四月、群飛す。其れ飛ぶや、水上を離るること尺ばかりにして、一段ばかりにして、水に没し、復た飛ぶ。薩摩に最も多し。鮿(ひもの)に作り、他邦に送る。

[やぶちゃん注:ダツ目トビウオ科Exocoetidae。現生種は約50種、日本近海で約30種を数える。
 「鯉」はコイ属 Cyprinus carpio(僕はこのカルピオという響きが大好き!)のコイ以外は指さないが、似ていない。形態上の変異が少ないと感じるが故に魚そのものに興味が持てないという私が、それでも「似ていない」と言うんだから、似てない!
 「水上を離るること尺ばかり」は、度量衡オーバー気味の良安にしては、遠慮し過ぎ。実際には滑空時の高さは3mに及び、飛距離は50300mが平均的な記載であるが、500mを越えて飛翔できるとするもの、高さ10m(!)・飛距離400m・時速70kmで飛翔したという記録があるとするものもある。私もここでは良安になりそうになるが、きっと大洋では、マグロやシイラに追われた彼らがまさに必死になって飛翔するとき、我々の想像を絶する最長不倒距離を更新しているに違いない。
 「一段ばかりにして」は、漠然とした「一段落して」の意味では、勿論ない。「段」は距離の単位で、六間、約11mである。ここでも、良安、異例にしょぼい。まあ、高度が30cmじゃあ、この程度か。
 西日本や日本海側ではアゴと呼び、賞味される。干したアゴ焼きやアゴだしは私の家の常備品である(アゴだしは醤油の濃厚さや白だしの鼻につくお上品さに辟易する私には、必需品である)。かつて30年前、神津島のくさや店を訪れた時、漬け場も見せてくれたそこの主人は、一番旨いのはムロアジじゃあなくてトビウオだなとぼそっと言い、特に選んでくれた一匹を買って、即、民宿で焼いてもらった。民宿の主人や奥方は、気持ちよく何も言わずに焼いてくれたのだが、同じツアーで同宿したOL二人はその焼いた臭いに、悪鬼のごとき顔となった。しかし、僕にとって実は初めてのくさや体験であったが、その後に食ったくさやの中でも、あれほどの旨さを感じたことは、今もって、ない。
 脱線だが、最後にそのときの思い出を語ろう。僕は神津島では、夜な夜な酔っては、民宿のすぐ前の墓場に行った。いや、槐多の「悪魔の舌」では、残念ながら、ないのだ。大きな木に抱かれるように、花々に飾られた幻想的な夜の墓場を見に行ったのだ。先祖崇敬と供養の習慣が厳然として残っていた。女達は毎日毎朝、墓に色とりどりの南国の切花を抱えるほどに供える。最早無縁仏となった墓にさえ。そこでは人はかつてのように今も祖霊と文字通り華やかに交感するのだ。私の半生の中でたった一度だけの、美しい親しみに満ちた夜の墓場との出会いだった――]

***


あんごう

華臍魚

ハアヽツユイイユイ

 

老婆魚 綬魚

琵琶魚

【俗云阿牟古宇】


泉州府志云華臍魚腹在帶如帔子生附其上故名綬魚

其形如科斗而大者如盤呉都賦云此魚無鱗而形似琵

琶故又名琵琶魚

△按此東海皆多有西南海少十月初出最賞之三月以

 後稍希夏秋全無之状團偏如盤肉厚肚大背黑腹白

 眼鼻向上口濶大而鬛鬐短弱骨亦極軟尾無岐而長

 爲臛食之味【淡甘平】惟去胃與頭余皆可食以爲上饌割

 之有法呼曰鈞切其法以繩貫下唇懸于屋梁入水於

 口可五六升水自口溢爲度先切頸喉外皮而次剥周

 身皮還割鬐及肉采膽割腸及骨以刀刺胃袋則畜〔→蓄〕水

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十一

 迸出若不如法割之則肉不離皮骨


あんごう

華臍魚

ハアヽツユイイユイ

 

老婆魚 綬魚〔(しうぎよ)〕

琵琶魚

【俗に阿牟古宇と云ふ。】


「泉州府志」に云ふ、『華臍魚は、腹に帶在りて、帔〔(ひ)〕 のごとし。子、生じて、其の上に附く。故に魚と名づく。其の形、蝌斗〔(かと)〕のごとくして、大なる者、盤のごとし。「呉都賦」に云ふ、『此の魚、鱗無くして、形、琵琶に似たる故に、又、琵琶魚と名づく。』と。

△按ずるに、此れ東海に、皆多く有り。西南海には少なし。十月、初めて出でて、最も之を賞す。三月以後、やや希(まれ)なり。夏・秋、全く之無し。状、團く偏たく、盤のごとし。肉厚く、肚、大、背黑く、腹白く、眼・鼻、上に向き、口濶く大にして、鬛-鬐〔(ひれ)〕短かく弱し。骨、亦、極めて軟にして、尾、岐無くして長し。臛(しる)と爲して之を食ふ。味【淡甘、平。】、惟だ胃と頭とを去り、余く〔→余は〕皆、食ふべし。以て上饌と爲す。之を割くに、法有り。呼して鈞切(つるしぎり)と曰ふ。其の法、繩を以て下唇を貫き、屋-梁(やね)に懸け、水を口より入るること、五~六升ばかり。水、口より溢(あふ)れるを度と爲す。先づ頸喉の外皮を切りて、次に周身の皮を剥ぎ、還りて鬐及び肉を割き、膽〔(きも)〕を采り、腸及び骨を割き、刀を以て胃を刺せば、袋、則ち蓄水、迸〔(ほとば)〕しり出づ。若し法のごとくならずして之を割けば、則ち肉、皮骨を離れず。

[やぶちゃん注:アンコウ目Lophiiformes。アンコウは分類がやや複雑で科まで言うのは厳しい。HP「釣絶! 魚ゲノム」の「アンコウ目一覧表」を参照されたい。
 『「泉州府志」』は、明の陽思謙らの撰になる現在の福建省にあった泉州府の地誌・物産誌。
 「帔」は、服のすそ、裳裾(もすそ)。これは次項で説明するチョウチンアンコウの仲間の皮膚がゼラチン状で、剥離しやすい様子を説明しているものと思われる。
 「子、生じて、其の上に附く」は興味深い叙述である。本記述のアンコウはチョウチンアンコウ亜目Ceratioideiの内、ヒレナガチョウチンアンコウ科Caulophrynidaeに属するもの、またはミツクリエナガチョウチンアンコウ科CeratiidaeのミツクリエナガチョウチンアンコウCryptopsaras couesii やビワアンコウ Ceratias holboelli等(これにオニアンコウ科 Linophrynidaeを加える説もあるが、どうも寄生オスはこの科では見つかっていないようだ)に属するものが同定候補となる。何故なら、周知の通り(この話は昔は驚天動地の雑学の秘密兵器であったが、最近はトリビア流行りで知れ渡ってしまい、授業で話しても、知ってらあという顔をされるようになってしまった)、上に挙げたアンコウ類は(すべてのアンコウがこのライフサイクルを持つと思っている人がいるがそれは間違い)オスが極端に小さく(例えばミツクリエナガチョウチンアンコウでは平均、オスは2㎝に対してメスは40㎝。ものによっては60分の1とも)、しかもオスがメスに寄生するということである。オスはメスの腹部や体後部に噛み付くと同時に、癒合を促進する酵素の分泌を開始する。その結果、皮膚は勿論、血管も繋がり、オスは眼を初めとして、外見上、ことごとく退化してしまい、遂にはメスの体の一部、奇妙な突起物にしか見えなくなる(但し勿論、精巣はしっかりと機能しているわけで、この時、当該個体は雌雄同体となったと考えてよい。ちなみに、この寄生オスの変異過程の途中でも、寄生されたメスは他のオスへのフェロモン放出によるオスの誘引行動をやめず、二匹目のオスを更にぶら下げるメスも稀ではないようだ)。本件についての歴史的発見や生物学的詳細は、そのチャートを含め、目からアンコウのオスが出るほど秀抜な「チョウチンアンコウの深海生活」(HP「水産雑学コラム」内)内)で吊るし切り風にブスっとトドメの一発だ! ちなみに、このミツクリエナガチョウチンアンコウ、魚類和名の最長不倒距離とも言われるが、それより博物学フリークには懐かしい名前に出会えて嬉しくなる。漢字に直せば「箕作柄長提灯鮟鱇」、そこで奉名されているのは最初の東京帝国大学生物学教授にして、日本海洋生物学発祥の地である三崎臨海研究所の創立者、箕作佳吉(みつくりかきち)だ。
 さてここで、引用した「
チョウチンアンコウの深海生活」の叙述の中で、長年、私が疑問に思っていることを述べておきたい。この筆者は最後の「吊るし切り」の項の冒頭で、教科書にもしばしば載る、加藤楸邨の有名な

  鮟鱇の骨まで凍(い)ててぶちきらる

を引用されている。多くの句解説ではこれに、歳時記宜しく「吊るし切り」の説明を載せるのであるが、私は、このアンコウは「吊るし切り」ではないと思うのである。ここでは、捌く者が、「骨まで凍て」たかのようなアンコウを、出刃包丁で「骨まで」断ち割るように(もしくは事実断ち割って)、ざっくり「ぶちきらる」のである。そこにこの、バツン! という音が聴こえてくるような慄っとする素敵なリアリズムが生じるのである。ところが「吊るし切り」では、このように「ぶちきらる」というダイナミズムはどう考えても生じないと思うのである(私は「吊るし切り」自体、テレビの映像でしか見たことがなく、実見はしていないが)。いや、もし、これが楸邨が実見した「吊るし切り」の場面なのだとしたら……残念ながら、その瞬間、本句の魔力は減衰する。いっかな私もこの句を素直に読んで「吊るし切り」をイメージ出来ないからである。それはきっと多くの人に納得して頂けるものと信ずるのである。すなわち、私は本句で「吊るし切り」の解説の冒頭を飾ることには疑義があるのである。反論をお待ちする。ちなみに大型でないアンコウは、やや手間取るものの、勿論、俎の上で調理できる。良安が最後に言う言葉は必ずしも真ではない。
 「綬」は、紐、または官位を示すしるしとしての印を結びつける紐、または礼服(らいふく)着用の時に胸の下に垂らした帯等を指す。
 「蝌斗」は「蝌蚪」でおたまじゃくし♪ (゜゜)
 『「呉都賦」』は晋の左思の連作「三都賦」の一。晋に先行する三国時代の国の都それぞれの、情勢や物産・制度等を描いた「蜀都賦」・「呉都賦」・「魏都賦」からなる。発表当時から名文の誉れ高く、貴族や富豪が先を競って書写したため、洛陽は紙不足となり、紙の値段も高騰した(「晋書」文苑伝)。所謂、「洛陽紙價貴」、洛陽の紙価を高からしむ、の故事となった文章である。
 以下、良安の記述は食用種のアンコウについての記載であるから、アンコウ(クツアンコウ) Lophiomus setigerusとキアンコウ(ホンアンコウ) Lophius litilonと考えてよいであろう。
 「惟だ胃と頭とを去り」とあるが、「胃」はアンコウの七つ道具であるトモ(鰭)、ヌノ(卵巣)、キモ(肝臓)、水袋(胃袋)、エラ(鰓)、柳肉(身及び頬肉)、皮にしっかり入る。「頭」は削ぎ落とした後の頭骨部分を指すのであろうが、これもしっかり出汁をとるために必要。良安先生のアンコウ鍋、ちょっと味に不満がありそうだ。
 「鈞切」は、ゼラチン状で捌きにくいアンコウを調理するための独特の「吊るし切り」で、「大洗ホテル」の「あんこう吊るし切りショー」という、ホテル自ら、グロテスクなのでご注意下さい、と記すページ等がビジュアルにはよかろう。ちなみに、本文でラストに胃を刺しているのはパフォーマンスではない。これで最後に包丁を洗うというプラグマティックな意味があるのだ。
 「度と爲す」とは、丁度いい頃合いとして水を入れるのをやめる。という意。

 「頸喉」は二字で「のど」と訓読しているか。東洋文庫版訳でもそうルビを振っている。]

***


【針有鋸齒而在尾

根際能左右振螫

人欲捕之可抓目

際陥處不然則所

螫大※1〔→痛〕甚者至死】[やぶちゃん字注:※1は後注参照。以上の四行の割注は特異的に以下の図の上部にある。]


ゑひ

こめ

ゑざれ

海鷂魚

ハアイ セウ イユイ

 

鱝【音忿】 荷魚

卲陽魚 鯆魮

蕃蹹魚

【和名古米】

【鱏訓衣比謬

 也鱏乃鱘也】[やぶちゃん字注:以上六行は、前四行の下に入る。]


本綱海鷂魚海中頗多江湖亦時有之状如盤及荷葉大

者圍七八尺無足無鱗背青腹白口在腹下目在額上尾

長有節螫人甚毒皮色肉味同鮎肉内皆骨節節聯比脆

軟可食肉【甘鹹平有小毒】常有風濤則乘風飛於海上逢物則以

尾撥而食之【魚掉尾曰※2音鉢】[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「發」。]

△按鱝形状如上説大者皮有沙如鮫以可飾刀鞘其口

 甚下【大※3〔→概〕可稱※4〔→胸〕處乎謂在腹下者過矣】大者丈余煎肝取燈油
[やぶちゃん字注:※3=(てへん)+
{上に「既」+下に「木」}。※4=「月」+{「匈」の中の「凶」を「插」の(つくり)に換える}。」


赤鱝 即真鱝也其肉赤俗傳云煮食止瀉痢其膽治小

 兒雀目屢試有効未言本草但不多食可矣

《改ページ》

鷂鱝 喙尖色黑有肉翅頗似鳶鷂之形故名鳶鱝本名

 海鷂魚亦據此乎其肉脆味美

窓引鱝 状薄扁而尾細長如挽窓戸繩故名之其肉骨

 畧硬味劣

牛鱝 黑色肉白肥味最不美


【針に鋸齒有りて、尾根の際に在り。能く左右に振りて、人を螫〔(さ)〕す。之を捕へんと欲さば、目の際の陥處〔(かんしよ)〕を抓(つか)むべし。然らずんば、則-所〔(たちどころ)〕にして螫されて、大いに痛み、甚だしきは死に至る。】

 

ゑひ

こめ

ゑざれ

海鷂魚

ハアイ セウ イユイ

 

鱝【音、忿。】 荷魚

卲陽魚〔(せうやうぎよ)〕 鯆魮〔(ほひ)〕

蕃蹹魚

【和名、古米。】

【鱏を衣比と訓ずるは謬〔(まちが)〕ひなり。鱏は乃ち鱘(かぢとをし)なり。】


「本綱」に『海鷂魚〔(かいえうぎよ)〕は海中に頗る多し。江湖にも亦、時に之有り。状、盤及び荷葉〔(かえふ)〕のごとく、大なる者は、圍〔(めぐり)〕、七~八尺。足無く、鱗無く、背青く、腹白く、口は腹下に在り、目は額の上に在り。尾は長くして節有り、人を螫す。甚だ毒あり。皮の色、肉の味、鮎(なまづ)に同じ。肉の内、皆、骨、節節、聯-比(つらな)り、脆く軟にして、食ふべし。肉【甘鹹、平。小毒有り。】常に風の濤〔(なみ)〕有れば、則ち風に乘じて海上に飛びて、物に逢へば、則ち尾を撥(はね)て之を食らふ【魚、尾を掉〔(う)〕つを、「※」と曰ふ。音、鉢。】。』と。[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「發」。]

△按ずるに、鱝は、形状、上の説のごとし。大なる者、皮に沙有りて、鮫のごとし。以て刀鞘を飾るべし。其の口、甚だ下(ひ)きたり【大概〔(おおむね)〕、胸と稱すべき處か。腹下に在りと謂ふは過ぎたり。】。大なる者、丈余。肝を煎して燈油を取る。


赤(あか)鱝 即ち真鱝なり。其の肉赤し。俗に傳へて云ふ、煮食〔ふに〕、瀉痢を止め、其の膽〔(きも)〕、小兒の雀目(とりめ)を治す〔、と〕。屢々試み、効有り。未だ本草〔:諸本草書〕に言はず。但し、多食はせず□〔→せざるが〕可なり

鷂鱝(とびゑひ) 喙〔(くちばし)〕尖り、色黑く、肉の翅〔(はね)〕有り。頗る、鳶(とび)・鷂(はいたか)の形に似たる故に鳶鱝と名づく。本(もと)、海鷂魚と名づくは亦、此れに據〔(よ)〕るか。其の肉、脆く、味、美なり。

窓引(まどひき)鱝 状、薄く扁たく、尾、細く長く、窓の戸を挽(ひ)く繩のごとくなる故に之を名づく。其の肉の骨、畧ぼ硬く、味、劣れり。

牛鱝 黑色、肉白く肥え、味、最も美ならず。

[やぶちゃん注:エイとは、軟骨魚綱板鰓亜綱に属する魚類の中で、鰓裂が体の下面に開くものを便宜的に総称する語。「鮫」の項で述べたように、サメは原則として鰓裂が体側に開く(但し、カスザメ目Squatiniformesの鰓孔は腹側から側面に開いている)。本項の図について一言。先に「鱣」(フカ)の注末で述べたように、これは一般的なエイのフォルムで想定するアカエイDasyatis sp.でもヒラタエイUrolophus aurantiacusでもなくウチワザメPlatyrhina sinensisではなかろうか。但し勿論、問題ない。ウチワザメはエイ目であるから。
 まずは毒である。タンパク毒であるが、一般の海洋生物毒同様、研究が進んでいない。最近ではオーストラリアの自然保護運動家として知られたStephen Robert Irwin氏がグレートバリアリーフのアカエイDasyatis sp.で命を落としている(詳細は彼についてのWikipediaを参照されたい)。
 冒頭の図中割注については、東洋文庫版後注に『この説明は、杏林堂版にはない。』とある。私の底本としている1998年刊の大空社版CD-ROM「和漢三才図会」も東洋文庫が底本とした五書肆名連記版であろう(底本明記がこのCD-ROMにはない)。この異同は良安による改稿の結果と考えられるが、本項はその冒頭の図中割注(図中割注である雰囲気を出すために特別に横罫相当部分の罫線を図の下に入れた)といい、不可解な字体の使用(※1・※3・※4等)といい、やや訓読法も他と異なる気がする(対句法や他に見ない連続性等)。少なくとも本項の叙述の際、良安、何かあったのかな? と余計な詮索をしたくなる程に、やや奇異である。
 「※1」は非常に奇異な字で通常の部分要素合成で示すことが出来ない。恐らく「痛」という字の篆書体に近いものと思われる。敢えて表現すると、《※=(がんだれ)の上部に「エ」を接合した(「エ」の下部はがんだれの上部と共有)中に、上に「口」、下に「冉]の全ての外への出っ張りをはずして右中央の横画をも取ったもの、の三種を組み合わせた字体》である。

 「目の際の陥處」とは、眼の後ろにある噴水孔(かねがね不思議なのだがこれはエイにとっては海水の取水孔じゃないの?)を指す。
 「鱘」と良安が言う時、それはスズキ目メカジキ科 Xiphiidae およびマカジキ科 Istiophoridae の二科に属するカジキを指している。但し、本頁中の「鱘」の後注を参照のこと。
 「江湖にも亦、時に之有り」気水域に入り込める海産種や東南アジアの淡水エイ等が知られる。なお、最近の流行りの鑑賞用淡水産エイの多くは南米産で、ポタモトリゴン属Potamotrygonが多い。
 「荷葉」はスイレン目ハス科ハスNelumbo nuciferaの葉のこと。
 「鮎」はナマズ目ナマズ科Siluridaeの魚類の総称。
 「大なる者、皮に沙有如りて、鮫のごとし。以て刀鞘飾るべし」は「鮫」の項の後注「白玉」を必ず参照されたい。これは実は「鮫」の注ではなく、このエイの注というべきであるから。
 「赤鱝」アカエイ 本属は種数が多いが、とりあえずアカエイDasyatis akajei挙げておく。
 「雀目」は一般に夜盲症で、ビタミンAの不足によるものとされた。但し現在、夜盲症の中には、遺伝的な由来による網膜色素変性症(ちなみに私がブログで浦沢直樹作「プルートゥ」の挿話「ノース2号の巻」に関わる評論「ノース2号論ノートで盲目の音楽家ダンカンの病因として同定したものもこの病気である)である場合もあることを知っておく必要があろう。サメの肝臓には多量のビタミンAが含まれることが知られており、同グループのエイでも同様と思われ、効果はあるであろう。また、「多食はせずして可なり」(食べ過ぎるのは良くない)というのは、まさにビタミンAの過剰摂取症(下痢等の食中毒様症状・倦怠感・皮膚剥離障害等、女性の場合は子供への催奇形性有り)を警告している優れた部分である。
 「鷂鱝」トビエイ イトマキエイ属 Mobula、ウシバナトビエイ属 Rhinoptera、オニイトマキエイ属 Manta、マダラトビエイ属Aetobatusを挙げておけばよいであろう。最近、有明海の貝類の甚大な不漁は、ナルトビエイAetobatus flagellumの進出とその捕食行動にあるとする番組や論文を見た。駆除も盛んだ。しかし、彼らが北進してきたのは地球温暖化のせいだ。彼らの生息域が広がったのは、彼らのせいでは、ない。況や、彼らが僕らに果敢に挑戦してきたのでも、さらさらないということを忘れずにいたい。
 「鳶・鷂」の「鳶」はタカ目タカ科トビMilvus migrans。「鷂」はタカ科ハイタカAccipiter nisusで、オオタカAccipiter gentilisと同属である。オスは背面が灰色で、腹面に栗褐色の横縞があるのに対して、メスは背面が灰褐色で、腹面の横縞はオスよりも細かい。古くは「ハイタカ」は現在のハイタカのメスを指す呼称で、オスは「コノリ」と別称されていた。
 「窓引鱝」マドヒキエイ 私には「窓引」なるものが如何なる形状のものであるか、分からない。ただ、本文最後に「繩のごとく」とあるので、これを最もスリムで尾部が縄状に細いサカタザメ科のサカタザメRhinobatos schlegeliiまたはコモンサカタザメRhinobatos hynnicephalusに同定したくなる。ところが、既に良安は本頁の「鱣」の項で「坂田鱣」(さかたぶか)なるものを挙げてしまっているのである。これをどう考えるべきか。「鱣」の「坂田鱣」を再考してみよう。

坂田鱣 大いさ二~三尺。頭、圓く匾〔(うすく or ひらたく)〕、團扇(うちは)に似、身、挟く長〔く〕、團扇の柄に似て、灰黑色なり。

体が円い、頭部が団扇に似ている、身から(尾にかけてととってよい)狭く長く団扇の柄に似ている特徴は、実はサカタザメよりもよりエイ目ウチワザメ科ウチワザメPlatyrhina sinensisに近似する。サカタザメ類に似るが、体が丸いのがこの種の特徴であり、坂田鱣には「圓く」の記述があること、現在のウチワザメはまさに「団扇鮫」と表記することから、「坂田鱣」の先の同定をウチワザメPlatyrhina sinensisに変更し、本種をサカタザメRhinobatos schlegeliiまたはコモンサカタザメRhinobatos hynnicephalusに同定することとする。
 「牛鱝」ウシエイ アカエイ科ウシエイDasyatis ushieiであろう。これはかなりの大型種であり、そこからの命名であろう。横幅が11.8mに達する。頭部上面の前額部分ももっこりと突き出しており、ウシの顔に似ていなくもない。]

***


まなかつを

【音昌】

チヤン

 

鯧鯸 ※魚【※=「魚」+「倉」。】

昌鼠

【俗云末奈

加豆乎】[やぶちゃん字注:以上四行は、前三行の下に入る。]


本綱鯧生南海四五月出之形似鯿腦上突起連背身圓

肉厚白如鱖肉只有一脊骨治之以葱薑缶之以粳米其

骨亦軟而可食【甘平】或云鯧游於水群魚隨之食其涎沫

有類於娼故名之腹中子有毒令人下痢

三才圖會云鯧縮項扁身似魴而扁鱗細色白

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十二

△按鯧形状如上説攝泉播最多東北海無之大一尺

 余白色帶青作魚軒最美也然有微青臭氣炙食亦佳

 或作鮓作糟漬惟不宜煮食但雖有鱗細白而如無


まながつを

【音、昌。】

チヤン

 

鯧鯸〔(しやうかう)〕 ※魚【※=「魚」+「倉」。】

昌鼠

【俗に末奈加豆乎と云ふ。】


「本綱」に『鯧は、南海に生ず。四~五月、之出づ。形、鯿(かゞみうを)に似る。腦の上、突き起こり、背に連なり、身圓く、肉厚く白く、鱖(あさじ)の肉のごとし。只だ一〔(いつ)〕の脊(せ)骨有り。之を治〔(ととのふ)〕るに、葱・薑〔=生姜〕を以てし、之を缶るに、粳(うるち)米を以てすれば、其の骨も亦、軟にして食ふべし【甘、平。】。或は云ふ、鯧、水に游〔ぶに〕、群魚之に隨ひて、其の涎沫(よだれ)を食□〔→食すが〕、娼に類すること有り。故に之を名づく。腹中の子、毒有り。人をして下痢せしむ。』と。

「三才圖會」に云ふ、『鯧は、縮(みぢか)き項(うなじ)、扁たき身、魴(かゞみうを)に似て扁たく、鱗細く、色白し。』と。

△按ずるに、鯧は、形状、上の説のごとし。攝〔=摂津〕・泉〔=和泉〕・播〔=播磨〕、最も多し。東北海、之無く、大いさ一尺余、白色に青を帶ぶ。魚-軒(さしみ)に作りて、最も美なり。然れども微かに青臭き氣有り。炙り食〔ひて〕亦、佳なり。或は鮓〔(すし)〕に作り、糟漬に作る。惟だ煮て食□□宜しからず。但し、鱗有りと雖も、細かに白くして無きがごとし。

[やぶちゃん注:イボダイ亜目マナガツオ科マナガツオ属マナガツオPampus argenteus。東シナ海や中国広域にまで広げて考えるならば、コウライマナガツオPampus echinogaster、シナマナガツオPampus chinensisも挙げておくべきか。現在の市場に現れるものは以上三種である。マナガツオの名称由来については、「本朝食鑑」に、京ではカツオが手に入らなかったことから、カツオと同漁期に瀬戸内から入ってくるこの生鮮魚を膾となして鰹の「生」に学びなぞらえたがゆえに「学鰹」と言い、それが、「まながつお」となったという説(これは「まな」に「生」の意味がない以上、安易な気がするし、そもそも「学びなぞらえる」という語句は私には何を言いたいのかさっぱり分からない)、マナは「真名」で、この魚の身がよくしまっていることから、これが正真正銘の堅い魚=鰹=真魚鰹=まなかつお、となったとする説等がある。
 「鯿」カガミウオ カガミウオはアジ科イトヒキアジAlectis ciliarisの異名。後の「魴」も、和名ではカサゴ目ホウボウ科Chelidonichthys spinosusを意味するが、カガミダイ(更にはマナガツオ自体をも)も指す。但し、これらは共に中国の書中の用字である以上、良安のルビとは別な種を同定すべきであると考える。「鯿」は現在、コイ科のRasborinus属の一種を指すのではないかと思われ(和名は恐らくない。読めない中国語サイトの学名一覧からの勝手な推測である)、「魴」を持つ魚としては、「団頭魴」があり、これは武昌魚Megarobrama amblycephalaであるとする。但し、「団頭魴」=「魴」とは思われない。中国語に堪能な方の助力を求める。
 「鱖」アサジ アサジと本邦で呼称するものは淡水魚であるコイ目コイ科ダニオ亜科(またはラスボラ亜科またはハエジャコ亜科)オイカワZacco platypusである(厳密にはオスをアサジ、メスをシラハエと称する)。体長15cm程で、甘露煮・唐揚・天麩羅・南蛮漬などで食用にされるが、肉は厚くなく、本記載には適合しない。これは「本草綱目」の叙述であるから、ここでも良安のルビに惑わされず、中国名での「鱖」を優先して考えねばならない。現在、本字で示されるのは観賞用淡水魚であるケツギョ科ケツギョ属ケツギョSiniperca chuatsiである。こちらについては、ぷりぷりとした白身の高級魚として中華料理で有名だ。とりあえずこちらに同定しておく。
 「缶る」は「缶」を国字としての意味にとって、「薬缶」等に用いる「湯沸かし」の意味から、「煮る」と訓読したい。東洋文庫版の「あぶる」という訳では意味が通じない。

 「娼に類すること有り」は、娼婦に似たところがある、という意味だが、分かったような分からないような、変な由来説明である。この部分、私には何だか妙に読後感が悪い。
 「腹中の子、毒有り」とあるが、マナガツオの卵巣に毒はない。ただ興味深いのは、同じマナガツオ科Stromateidaeに属する、エボダイに似た南アメリカ産のゴマシズStromateus brasiliensisやホシゴマシズStromateus stellatusの身から、近年、摂取量によっては下痢を引き起こす可能性のある脂質成分ジアシルグリセリルエーテル(Diacyl glyceryl etherDAGE)が検出されていることだ。この手のワックス中毒は、最近クロースアップされてきた。でもね、その手のワックスを含む魚類の刺身は、ちょっと食べるには、安全で、旨いんだよぉ……(違法なので口ごもっておく)。
 「魚軒」は刺身。「軒」という字には、大きく切った肉片という意味がある。
 「惟だ煮て食□□宜しからず」は、「但し、煮て食うには適していない」という意味であるが、「食」の送り仮名は「ムレ」のような字で、訓読できない。意味からは「惟だ煮て食はむには宜しからず」か。]

***



かゝみうを

まといを

【音房】

ハン


鯿

【俗云鏡魚

 又云的魚】

【鯿魴共本草入有鱗魚

 之類今改出于無鱗下】[やぶちゃん字注:以上五行は、前四行の下に入る。]

本綱魴小頭縮項穹脊闊腹扁身細鱗其色青白腹内有

肪性宜活水其状方其身扁故名之作鱠味最腴美作羹

臛食【甘温】宜人功與鯽同疳痢人勿食

火燒鯿 頭尾倶似魴而脊骨更隆上有赤鬛連尾如蝙

 蝠之翼黑質赤章色如烔※〔→薫〕故名[やぶちゃん字注:※=「薫」-(くさかんむり)。]

△按魴鯧二物形状相似而其所説亦難別惟三才圖會

 所圖以能別矣蓋魴自項至尾有鬐而有一條絲鬛宜

 炙食色白於鯧


かゞみうを

まといを

【音、房。】

ハン


鯿〔(はん)〕

【俗に鏡魚と云ひ、又、的魚と云ふ。】

【鯿と魴、共に「本草」〔=「本草綱目」〕に有鱗魚の類に入る。今、改めて無鱗の下に出だす。】

「本綱」に『は、小さき頭、縮みたる項〔(うなじ)〕、穹(たか)き脊、闊(ひろ)き腹、扁たき身、細かなる鱗、其の色、青白く、腹の内に肪〔(あぶら)〕有り。性、活水に宜〔(よろ)〕し。其の状、方〔(はう)〕にして、其の身扁き故に之を名づく。鱠〔=膾〕に作り、味、最も腴美〔(ゆび)〕なり。羹臛〔(かうかく)〕に作して食ふに【甘、温。】、人に宜〔(よろ)〕し。功、鯽〔(せき)=鮒〕と同じ。疳痢の人、食すること勿れ。

火燒鯿〔(くわせうはん)〕 頭尾倶に魴に似て、脊骨、更に隆(たか)し。上に赤き鬛〔(ひれ)〕有りて、尾に連なり、蝙蝠(かはもり)の翼のごとし。黑質に赤章、色、-薫(ふす)ぶるごとし。故に名づく。』と。

△按ずるに、魴・鯧〔(まながつを)〕の二物、形状相似て、其の説く所、亦、別し難し。惟だ「三才圖會」に圖する所を以て能く別つ。蓋し、魴は項より尾に至りて鬐有りて、一條の絲鬛〔(いとひれ)〕有り。炙り食ひて、宜〔(よろ)〕し。色、鯧より白し。

[やぶちゃん注:カガミウオはアジ科イトヒキアジAlectis ciliarisの異名。但し、冒頭の異名で「鯿」を掲げてしまい、さらに、本文中でも良安自身が、魴・鯧の区別について「其の説く所、亦、別し難し。」(その「本草綱目」の説明が、また、よく分からない。)と記すのは、「本草綱目」記載の種と良安の同定する種とが、大きく齟齬しているからに他ならない。それについては、前項「鯧」(マナガツオ)の「鯿」の私の後注を参照されたい。
 「的魚」は、気になる。これは別種(しかし形状にイトヒキアジとの類似性が認められる)のマトウダイ目マトウダイ科のマトウダイZeus faberを指しているのかもしれない。ちなみにマトウダイの英名もTargetfishである。
 「魴」について。この「本草綱目」中の「魴」はイトヒアジではなく、淡水魚の一種であろう。その証拠に、生息域についての記載がない。さらに海産にしては、「活水に宜し」(勢いよい流れている水の中で棲息することを好む)という表現もやや不自然である。そこで国会図書館の「本草綱目」の該当部分を見てみると、良安が引用部の頭をカットしていることが分かるのである。そこには「魴魚處處有之。漢沔尤多。」とある。これは「魴魚は處處に之有り。漢沔(かんべん)に尤も多し。」で、「漢沔」とは沔水(べんすい)のことで、陜西省から湖北省を東南流する漢水の上流を言う。即ち、これが淡水魚であることをはっきりと示しているのである。恐らく良安はそれが彼が記載しようとしている海産のイトヒキアジと適合しないために、わざと排除したものと思われるのである。これじゃあ、「其の説く所、亦、別し難し」に決まってるじゃあ、ありませんか、良安先生!?
 「腴美」の「腴」は、下腹部のあぶらののった肥えて軟らかな肉のことをさすので、あぶらがのっていて柔らかく美味しい、という意味であろう。
 「羹臛」は二字でスープの意(この二つは「有菜曰羹、無菜曰臛」等と具の有無によって分けるとも言う)。
 「鯽」は、「鮫」の項にも前出しているが、漢方系の記載などを参考にし、本文で示したようにコイ亜科フナ属Carassiusに一応、同定しておく。漢方では、鮒は下痢止めやビタミンAによる体力回復の効果が認められるとする。
 「疳痢」は、栄養不良による痩身と下痢症状が複合した状態を指す。
 「火燒鯿」は、「本草綱目」の個別記載である以上、やはり「鯿」の同族の淡水魚であろう。この特徴は、かなり明確である。中国産淡水魚の専門家の指摘を待つ。
 「蝙蝠」は、コウモリのことで、脊椎動物亜門哺乳綱コウモリ目(=翼手目)Chiroptera
 「黑質に赤章」は、下地の色が黒で、それ赤い円形の紋がある、という意味である。
 「烔薫ぶるごとし」の「烔」は、「熱い」という意味、「薫」は煙でいぶす意。良安は合わせて、「ふすぶ」(「いぶす」の古語)と読んでいるように思われる(但し、「ふすぶる」というルビは「薫」の横にのみついている)。高温の煙でいぶしたように黒い、ということであろうか。もし、この字が(「火」+{「口」に中に左に接する「コ」})であれば、それは「烟」の俗字であり、文字通り、「薫」との畳語にはなる(東洋文庫版はそのように解して「烟薫」と活字化している)。
 「一條の絲鬛有り」は、良安の本種同定がイトヒキアジであることを示す特徴である。イトヒキアジの幼体は背鰭(尻鰭も)の鰭条が糸状に伸びるのである(但し、成長とともに短くなる)。]

***


うぼぜ  正字未詳

嫗背魚  【俗云宇保世】

 【此魚僂畧似嫗背故俗曰

  嫗背魚又訛爲宇保世乎】


△按宇保世形似鯧而小腦上突起連脊如瘤疣極細鱗

 色白光如傅雲母九十月攝泉紀播出之二三寸至五

 六寸炙食作鮓亦佳


うぼぜ  正字、未だ詳らかならず。

嫗背魚  【俗に宇保世と云ふ。】

 【此の魚、〔にして〕、畧ぼ嫗が背に似る。故に俗に嫗背魚と曰ふ。又、訛りて宇保世と爲るか。】


△按ずるに、宇保世は、形、鯧〔(まながつを)〕に似て小さく、腦の上、突起〔し〕、脊に連なり、瘤疣(こぶ〔いぼ〕)のごとし。極めて細き鱗、色白く光り、雲母(きらゝ)を傅(つ)くるがごとし。九~十月、攝〔=摂津〕・泉〔=和泉〕・紀〔=紀伊〕・播〔=播磨〕に、之を出だす。二~三寸〔より〕、五~六寸に至る。炙り食ひ、鮓〔(すし)〕に作り、亦、佳し。

[やぶちゃん注:イボダイ亜目イボダイ科イボダイ属イボダイPsenopsis anomala。本種の同定はすっきりくる。まず、西日本にあって本種はボウセ(徳島)・ボゼ(三重)ウボセ(和歌山)と呼称され(他にウオゼ・オシズ・シズ――澁澤敬三『日本魚名の研究』(1959)によれば(以下のページの孫引き)、これはその可愛らしさからの、とある港の遊女名由来とする。ああっ! 「先生」の「静」さんがこんなところに!――等)、関西圏ではこれらの名称由来について、背が曲がっているように見えるので媼背(うばぜ)の転訛であるとする説を多くの解説が紹介する。また、関東圏では本種を、エボダイと呼称するが、「えぼ」とは「疣(いぼ)」のことであり、その形状及び良安の形容と完全に一致する。
 「僂」は、せむし。佝僂(くる)。脊椎後彎(背中全体の弓状歪曲)の病態をいう。明白な差別言辞である。
 「傅くる」の「傅」(音 フ)は、付く、くっつくの意。]

***



にらぎ  正字未考

仁良岐魚


△按仁良岐状似宇保世而小色青白其頸有一刺八九

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十三

 月出之攝泉多有之大一二寸爲醢爲糟漬倶香味甘

 美

にらぎ  正字は未考

仁良岐魚


△按ずるに、仁良岐は、状、宇保世〔(うぼぜ)〕に似て小さく、色、青白く、其の頸、一刺有り。八~九月、之出づ。攝〔=摂津〕・泉〔=和泉〕、多く之有り。大いさ、一~二寸。醢〔(ししびしほ):塩辛〕と爲し、糟漬と爲し〔て〕、倶に香〔(かぐは)〕しく、味、甘美なり。

[やぶちゃん注:ヒイラギ科Leiognathidaeのヒイラギの仲間を指すと考えてよい。ヒイラギ属Leiognathusの分類は混乱しており、特定種を指すことが不能。この「にらぎ」という呼称に最も近似した地方名は高知の名物料理でもあるニロギである(このニロギ料理には、小型種であるオキヒイラギLeiognathus rivulatusを用いることが多く、一般的なヒイラギLeiognathus nuchalisは現地ではウチヒイラギと呼称されるとも言う)。ちなみに、この名の由来は、モクセイ属ヒイラギOsmanthus heterophyllusの葉のように、脊鰭と尻鰭に棘があることに由来すると考えてよいようだが、本来、植物のヒイラギが古語の「ひひらく」(ひりひり痛む)由来のものであるとすれば、この「にらぎ」というのは、このヒイラギの仲間に与えられた何か別系統の呼称の転訛とも考えられる。識者の指摘を待つ。
 若い頃、父とよくキス釣に行くと、これが外道でかかったものだ(私が中高の六年間を過した富山県高岡市伏木では、これをギンダイと呼称していた)。生魚は表皮に持つ独特の粘液(しかしこの粘液が鮮度を保つとも言われる)、しっかり痛い棘、下方に突出する奇体な口吻……父はよく、これを吸い物や味噌汁にしていたが、私は、何故だか妙に『女』を感じさせるこの魚に、ある種の意味不明な生理的嫌悪さえ抱いていた……しかし、大人になって酒の肴として、千葉産の干物のギラなるものの旨さを知り、それがヒイラギの小物の素揚げであることを見て、恩讐は鮮やかに彼方へと去ったのであった。ギラは、旨い。]

***


かれゑひ

かれい

【音蝶】

 

※1【音介】比目魚[やぶちゃん注:※1=「魚」+「介」。]

鰜【音兼】鞋底魚

※2【音去】奴屩魚[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「去」。]

婢簁魚

【和名加良衣比

 又云加禮比】[やぶちゃん字注:以上六行は、前三行に入る。]


本綱鰈状如牛脾及女人鞋底細鱗紫白色兩片相合乃

得行其合處半邊平而無鱗口近腹下各一目相並而行

故名比目魚劉淵林以爲王餘魚蓋不然【王餘魚乃今云白魚】

肉【甘平】 益氣力

△按倭名抄亦用王餘魚【訓加良衣比】謬也【王餘魚乃膾殘也】鰈形似

 魴而扁頭小口尖黑紫有細鱗裏白滑其兩眼相去甚

 近向上而相比故名比目魚乎然本草引爾雅云鰈一

 目而不比不行故兩片相合乃得行之説非也不知別

《改ページ》

 一物有乎否大者二三尺其種類多可炙可※3其肉白

 柔甘美味厚脾虚痞滿者不宜食[やぶちゃん字注:※3=「月」+「雋」。]

蒸鰈 出於若狹及越前大尺許者以鹽水蒸令半熟取

 出陰乾數日而炙食如有些鯘氣而亦味美也

星鰈【一名甘鰈】 裏白皮有黑點者其大者尺余小者五六寸

石鰈 表黑皮鰭兩邊有黑片石子者味勝大者尺許

瓶子鰈 形團大而背鱗中有丸紋秋冬出於播州明石

 大者尺半其味美爲最上

白水鰈【一名霜月鰈又云藻鰈】 仲冬多出大者不過六七寸形狹

 小而肉薄軟子亦雖滿腹味不佳

目板鰈 表裏無鱗畧狹長

木葉鰈 大一寸許作脯炙食香美出於泉州異物志所

 謂箬葉魚者乃是矣


かれゑひ

かれい

【音、蝶。】


※1【音、介。】比目魚[やぶちゃん注:※1=「魚」+「介」。]

鰜【音、兼。】鞋底魚〔(あいていぎよ)〕

※2【音、去。】奴魚〔(どきやくぎよ)〕[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「去」。]

魚〔(ひしぎよ)〕

【和名、加良衣比、又、加禮比と云ふ。】


「本綱」に『鰈は、状、牛の脾〔=脾臓〕及び女人の鞋〔(けい)=靴〕底のごとし。細鱗、紫白色。兩片相合ひて乃ち行くことを得。其の合ふ處、半邊平らにして、鱗無し。口、腹の下に近く、各々一目、相並びて行く。故に比目魚と名づく。劉淵林〔(りうゑんりん)〕、以て王餘魚と爲す。蓋し然らず。【王餘魚、乃ち今云ふ白魚なり。】

肉【甘、平。】 氣力を益す。』と。

△按ずるに「倭名抄」にも亦、王餘魚を用ふ【加良衣比と訓ず。】。謬〔(あやま)〕りなり【王餘魚は、乃ち膾殘(しろうを)なり。】。鰈の形、魴(かゞみうを)に似て扁たく、頭小さく、口尖り、黑紫、細かなる鱗有り。裏、白く滑らか。其の兩眼、相去ること甚だ近く、上に向きて相比(なら)ぶ。故に比目魚と名づくか。然るに「本草」〔=「本草綱目」〕に「爾雅〔(じが)〕」を引きて云ふ、鰈は一目を比(なら)べずして行かず。故に兩片相合ひて、乃ち行くことを得の説、非なり。知らず、別に一物有るか否かと。大なる者、二~三尺、其の種類多し。炙るべし、※3(い)〔=熬〕るべし。其の肉、白く柔かく甘く美なり。味、厚し。脾虚痞滿〔(ひきよひまん)〕の者、食ふに宜しからず。[やぶちゃん字注:※3=「月」+「雋」。]

蒸(むし)鰈 若狹及び越前より出づる。大いさ尺ばかりの者、鹽水を以て蒸して半熟せしめ、取り出し、陰乾〔(かげぼし)〕すること數日にして、炙り食〔ふに〕、些〔(すこ)〕し鯘(さか)りたる氣(かざ)有るごとくして而も亦、味美なり。

星(ほし)鰈【一名、甘鰈。】 裏の白皮に黑點有る者。其の大なる者、尺余。小さき者、五~六寸。

石鰈(いしかれ〔ひ〕) 表の黑皮・鰭の兩邊に黑片の石子有る者。味、勝れり。大なる者、尺ばかり。

瓶子(へいし)鰈 形團く、大にして、背鱗の中、丸紋有り。秋冬、播州明石より出づ。大なる者、尺半。其の味、美〔にして〕、最上と爲す。

白水(しろみづ)鰈【一名、霜月鰈。又、藻鰈と云ふ。】 仲冬、多く出づ。大なる者、六~七寸に過ぎず。形、狹小にして、肉薄く軟〔かし〕。子、亦、腹に滿つと雖も、味、佳ならず。

目板(めいた)鰈 表裏鱗無く、畧ぼ狹〔く〕長〔し〕。

木葉(きのは)鰈 大いさ、一寸ばかり、脯〔(ほじし):干物〕に作り、炙り食ふ。香、美□。泉州より出づ。「異物志」に所謂、箬葉魚〔(じやくえふぎよ)〕と云ふは乃ち是か。[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]

[やぶちゃん注:カレイ目カレイ科Pleuronectidae 及びカレイ亜目ヒラメ科 Paralichthyidae。記載内容から良安はカレイとヒラメを区別していない。
 「屩」は靴の中敷を意味する。形状からであろう。
 「簁」は竹製の籠若しくは篩(ふるい)を言う語。カレイの表皮の模様からであろう。
 「劉淵林、以て王餘魚と爲す」は、「文選」に所収する左思の「呉都賦」の

「雙則比目、片則王餘。」

書き下し文:雙は則ち比目、片は則ち王餘。

やぶちゃん訳:両の目を並び持つ魚は比目と言い、片目しか持たない魚は王餘と言う。

に劉淵林が注した、

「比目魚、東海所出。王餘魚、其身半也。俗云、越王鱠魚未盡、因以殘半棄水中爲魚、遂無其一面、故曰王餘也。」

書き下し文:比目魚は東海に出づる所のものなり。王餘魚は其の身、半なり。俗に云ふ、『越王、鱠魚(くわいぎよ)を未だ盡さざるに、因りて以て殘半を水中に棄つるに、魚と爲る。遂に其の一面無し。故に王餘と曰ふなり。』と。

やぶちゃん訳:比目魚は東海に産するものである。王餘魚はその魚体が丁度半分しかない。俗に伝えるところでは、『越王が膾(なます)にした魚を食べ尽くさないうちに(呉王が奇襲をかけてきたため)、その残りの半身を水中に棄てたところ、それが生きたまま魚となった。しかし、それは丁度その魚体の半分がなかった。故に王の余した魚と名づけたのである。』と。)

を指す。

 「白魚」の同定だが、白魚は現代中国では淡水魚のAnabarilius属に与えられているようであり、日本のシラウオでもシロウオでもないようである。但し、キュウリウオ目Osmeriformesシラウオ科 Salangidaeに属するシラウオは東アジアの淡水域に広く分布しており、本件の越王の故事にも、その半透明で骨格や内臓が透けて見える点等を考慮すると、ピッタリきそうな気もする。何れにせよ、「本草綱目」の「白魚」について、私にはこれ以上の同定は不可能である。
 「膾殘」――そこで満を持してこれを考える。良安はこれに「しろうを」のルビを振っているが、果してこれは現在の「シロウオ」であるか否かである。まず、彼がここでこう言う場合、それは本邦産の「白魚」ということになる。更に、この時代にシロウオとシラウオという呼称や種が厳密に区別されていたとは私には思われない(少なくともカレイもヒラメも一緒くたにする良安は、極めて近似した形状を持つこの2種を生態学的に区別出来ていたと信ずることは極めて困難である)。結論から言えば、これはキュウリウオ目Osmeriformesシラウオ科 Salangidaeに属するシラウオであってハゼ亜目 Gobioideiハゼ科 Gobiidaeゴビオネルス亜科 Gobionellinae シロウオLeucopsarion petersiではないと思われる。本件については、後出する「鱠殘魚」(シラウオ)の後注を参照されたい。
 『「爾雅」』は類語や字解を載せる最古の字書。作者成立年代共に未詳。
 「知らず、別に一物有るか否かと」は、言わば比翼の鳥のように、そのように二匹が合体していないとどちらも全く行動ができない生物というものがこの世に別に存在するかどうかは分からない、と言う意味。鮮やかに「謬」と言い放つ良安先生、らしくないよ! いや、流石にこんな生物は、いないだろ? これぞという生物種がいたら是非御教授戴きたい。言っとくけど、チョウチンアンコウの雌雄やチューブワームの共生なんかに広げるのは、なしだからね。……★追記(2007年10月7日):正直、何だか「絶対いない」と言い切ってしまってからずっと胸の辺りに何やら引っかかっていた。生物界に人間的常識は必ずしも通用しないとどこかで思っていた。下等動物の中には、もしかすると極めてそれに近い生物が居はしまいか? 一昨日の通勤で黄色くなった筒井康隆の「私説博物誌」(昭和55(1980)年新潮文庫版)を再読していたら、いた! 「比翼鳥」型生物が、いたのだ! その名もフタゴムシ、扁形動物門単生綱多後吸盤目(筒井は多後口目と記載、古称であろう)に属する種で、コイ・フナに寄生するフタゴムシDiplozoon nipponicum及びウグイ属に寄生する同種の仲間Diplozoon sp.の二種が本邦での報告例である。雌雄同体。彼等は当該魚類の鰓に寄生し、吸血する。本種による寄生魚類の貧血症が水産関係の論文に発表されているのも確認した。以下、筒井の記述を引用する。

『幼虫は、卵からかえった時は、〇・二五ミリくらいの大きさで、水の中を泳いで魚の鰓にたどりつく。もし、一〇時間以内にたどりつかないと、そのまま死んでしまうそうだ。鰓に寄生した幼虫は成長して、一ミリぐらいの大きさになる。これはデボルバと呼ばれ、以前はフタゴムシとは別の種類の寄生虫であろうと思われていたらしい。
 この虫には雌雄の区別はなく、同じからだをしている。生殖器が成熟すると、二匹の虫が互いにからだをねじってカットのような[やぶちゃん注:図(カット)を指すが、著作権上の問題から省略する。その代わり、以下の滋賀県立大学環境科学部環境生態学科浦部美佐子女史の「寄生虫フォトアルバム」のページの中段の鮮やかなDiplozoon sp.を参照されたい。]状態になり、くっつきあう。それぞれが背中に小さな突起と、腹に吸盤を持っているので、吸盤で相手の突起をしっかりとつかんでしまうのだ。その恰好のまま一生、といってもたったの一ヶ月あまりであるが、魚の鰓に吸着して生き続けるのである。なぜそんないやらしい恰好のままでと不思議に思い、二、三の本を読んでみたが理由は書かれていない。相手にめぐりあう機会が少ないからではないかと思って父に訊(たず)ねてみたが、そうではあるまいということである。ど助平だからというのでもないらしい。つまりセックスが好きで好きでしかたがないからやり続けているのではないのだ。そういうみっともない状態でいることが生きのびる上に欠かせないからである。というのはこのフタゴムシ、二匹をはなすと死んでしまうのである。いわば命がけで相手にしがみついているというわけだ。』

一生交尾した状態で過すのでこれを「終生交尾」(!)というのだそうである。強烈な生物学用語だ。幼生期の一時期を除いてペアリングし、離れれば共に死ぬいうのであれば、これは間違いなく『比翼の鳥のように、そのように二匹が合体していないとどちらも全く行動ができない生物』に等しいと言ってよい。私の早とちりを素直に認め、ここに追記するものである。★追記の追伸(同):ちなみに、これ引用部の後は、例の筒井独特の人間の男女が常に交尾しているというSFショートショート風のおとぼけエッセイとなるのであるが、どうして以上の生物学的記載は頗る真面目なのである。何てったって、彼の父君は本書の「あとがき」で「あの」日高敏隆(!)が逢うやビビって学者としての自信をなくしたと記すほどの、元大阪天王寺動物園園長でもあった京大動物学教室出身の動物学者筒井嘉隆氏なのである。膝下敬白

 「脾虚痞滿」の「脾虚」は、消化器系及び循環器系全般の機能低下によって引き起こされる諸症状を言い、「痞滿」は胸がつかえて塞がったような苦しい症状、もしくは脇腹がしくしく痛んだり、ぎゅっと縛られるような痛みの症状を言う。
 「蒸鰈」ムシガレイ その製法から叙述しているが(短時間で蒸して陰干しする蒸鰈と、内臓を除去して天日干しする干鰈は、種ではなくカレイの保存加工処理の二法であるが、ここでは種名称との混同が見られる)、とりあえず現在の呼称ではカレイ科ムシガレイEopsetta grigorjewiを指す。これは本来「虫鰈」で、目のある側に虫食いのような六つの円紋を持つところからの命名である。但し若狭を産と記述する点や干物として美味とするところから、別種のヤナギムシガレイTanakius kitaharaiも有力な同定候補(むしろこちらを第一とすべきかとも思われる)であろう。
 「鯘りたる氣」の「鯘」は通常「あざル」と訓じ、魚肉等が腐敗するという意味で、「さかル」の読みは不審。新鮮さから「離る」の意か。どちらにせよ、やや饐(す)えたような生臭い匂いがある、ということであろう。
 「星鰈」ホシガレイ(アマガレイ) 「裏の白皮」という謂いが気になるが、マツカワ属ホシガレイVerasper variegatusと同定していいだろう。本種は背鰭・尻鰭に黒い円紋を持つ(同属のマツカワVerasper moseriではこの紋が帯状に細長く流れてしまう。但し、現在でもマツカワとホシガレイは区別されずに流通するケースがある)。
 「石鰈」イシガレイ イシガレイKareius bicoloratus「石子」は、小さな石状の突起を言う。表側(眼のある上側)の側線付近に、硬い石状の骨板が2~3列並んでいる。それが名称の由来でもある。
 「瓶子鰈」ヘイシガレイ この呼称は現在廃れているようである(しかし私は確かにどこかで聞いたことがことがあるのだが)。「瓶子」は、壷で口縁部が細くすぼまった比較的小型のもので、主に酒器として用いられた。神社のお神酒を入れる白い壺をイメージされるとよい。さて、本種の同定のヒントは「播州明石」であろう。現在の明石で「最上」のカレイとされるものを最有力候補と考えてよい。漁協や釣り人のサイトを縦覧すると、これは恐らく大分県の城下鰈等で知られる高級種マコガレイLimanda yokohamaeであろうことが、見えてくる(見分けの難しい同属のマガレイLimanda herzensteiniも加えておこう)。
 「白水鰈」シロミズガレイ(シモツキガレイ・モガレイ) これらの名称の内、「霜月鰈」は東京湾に冬季に入ってくるカレイを言う冬の季語として、また浜名湖での十一月湾内に入ってくるマコガレイやイシガレイの呼称として、モガレイはマコガレイの別称として立派に生きている。何となく「城下鰈」も「白水鰈」に音が類似する。そもそもこの叙述にある腹に満ちた子が、魚卵=真子でマコガレイの由来である。これは全くの推測であるが、旧暦の霜月=仲冬(現在の十二月下旬)頃は抱卵期の後期に当たって美味くないのではなかろうか。ちなみに一月以降、マコガレイは釣果が無くなり、総じて春のカレイは小ぶりとなる。以上から本種は前項同様、マコガレイLimanda yokohamae及びマガレイLimanda herzensteiniと同定しておく。
 「目板鰈」メイタガレイ メイタガレイ
Pleuronichthys cornutus(及びナガレメイタガレイPleuronichthys sp.)。ちなみに「メイタ」の由来は、接近して突出する眼と眼の間の前後に棘状の突起があり、そこから「目痛」と呼ぶようになったとのことである。

 「木葉鰈」キノハガレイ ガンゾウビラメPseudorhombus cinnamoneus及びタマガンゾウビラメ Pseudorhombus pentophthalmus。関西の流通系で木葉鰈(コノハガレイ)がガンゾウビラメの干物の名称として生きている(私には後者のタマガンゾウビラメを干した「デベラ」の方が親しい)。
 「異物志」は「嶺南異物志」。東洋文庫版後注によれば、孟琯(もうかん)撰になる嶺南地方の珍奇な生物について記述したもの、とある。唐代の作のようである。台湾のサイト「中國飲酒詩」「随園食單補證」「比目の頁に『《異物志》:「一名箬葉魚,俗呼鞋底魚。」』とある。
 「箬葉魚」の「箬」の字は竹の皮や熊笹を意味する。]

***

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十四


うしのした

牛舌魚


△按牛舌魚形畧類鰈而薄狹長色亦淡赤黑細鱗無尾

 大者一尺許眼有背口如巴紋肉與鰈同味稍淡


馬舌魚 似牛舌而腹白而表兩邊黑色味亦相似二種

 共肉薄爲下品乃鰈之屬也


うしのした

牛舌魚


△按ずるに、牛の舌魚は、形、畧ぼ鰈に類して、薄く狹く長く、色も亦、淡き赤黑にして、細鱗、尾無く、大なる者、一尺ばかり。眼、背に有り、口、巴紋〔(ともゑもん)〕のごとく、肉、鰈と同じ。味、やや淡し。


馬の舌魚 牛の舌に似て、腹、白にして、表の兩邊、黑色。味も亦、相似たり。二種共、肉薄くして、下品爲り。乃ち鰈の屬なり。

[やぶちゃん注:所謂シタビラメと呼ばれるカレイ目ウシノシタ科Cynoglossidaeの魚類の総称。本邦産は18種を数え、それぞれが似ているために分類が難しい。本記載の種としてはその体色からイヌノシタ属アカシタビラメ Cynoglossus joyneriあるいはイヌノシタCynoglossus robustus、同属のコウライアカシタビラメCynoglossus abbreviatus(ちなみに市場でアカシタビラメとして売られるものの多くは後者のイヌノシタであるという)、またアカシタビラメとの区別がつきにくく、且つ漁獲量も多いタイワンシタビラメ属クロウシノシタ Paraplagusia japonica、加えて鰓の部分が有意に黒いオオシタビラメ属オオシタビラメArelia bilineata等を挙げておこう。
 「馬舌魚」はウシノシタ科の別称であるが、本記載では黒色が強調されているので、背鰭・尻鰭が黒い点で、クロウシノシタ Paraplagusia japonica、が挙げられ、次いでオオシタビラメ属オオシタビラメArelia bilineataも候補としてよいか。ウマノシタという呼称でツルマキ即ちシマウシノシタZebrias zebrinusを指すという叙述をあちこちで見かけるが、もしシマウシノシタであれば、良安はその縞に必ず言及するはずであり、私はとらない。ちなみに、この連中は動きが鈍いのか、中学時代、この私が(!)富山の雨晴海岸の浅瀬の岩場で18㎝大のセトウシノシタPseudaesopia japonicaを手製のヤスで捕獲したことがある。ちなみに「鰒」(フグ)の注に記したクサフグに食われたのも、この時のことである。

***


あぢ

【音騒】

ツア゜ウ

 

※1【同】[やぶちゃん字注:※1=「繰」の「糸」を「魚」に換える。]

【和名阿遅】


和名抄載崔禹錫食經云鰺似※2而尾白刺相次者也[やぶちゃん字注:※2=「椶」の「木」を「魚」に換える。]

《改ページ》

△按鰺無鱗魚背青腹微白小者二三寸大者尺餘形似

 鯖而背後兩邊相對自鰓下至尾末硬鰭如白刺如鱗

 其肉中黑血肉綿綿成條性喜成群游好海糠食自春

 末至秋末多采之作鮓煮炙膾共味甘美其品類甚多


棘髙鰺 大三四寸皮厚刺硬作※3最爲下品[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「奄」。]

室鰺 多出於播州室津故名之形似鰺而畧圓有白刺

 眼大冬月作※3東海亦多出味脆不佳爲下品

目髙鰺 喙長兩眼之間廣又目大而口小者名目太鰺

島鰺 似鰺而畧扁有横文尾耑有刺鬛三四月出

滅托鰺 似鰺而稍扁尾前帶黄無刺鰭


あぢ

【音、騒。】

ツア゜ウ

 

※1【同じ。】[やぶちゃん字注:※1=「繰」の「糸」を「魚」に換える。]

【和名、阿遅。】


「和名抄」崔禹錫〔(さいうしやく)〕が「食經〔(しよくけい)〕」を載せて云く、『鰺は※2(ぐち)に似て、尾に白き刺、相次ぐ者なり。』と。

△按ずるに、鰺は無鱗魚。背青く、腹、微かに白し。小さき者、二~三寸、大なる者、尺餘。形、鯖に似て、背の後、兩邊に相對して、鰓下より尾末に至るまで、硬き鰭、白き刺のごとくの〔もの〕、鱗のごとし。其の肉中に、黑き血肉あり。綿綿として條を成す。性、喜んで群を成し、游(ゆ)く。-糠(あみ)を好みて食ふ。春の末より秋の末に至るまで、多く之を采る。鮓〔(すし)〕に作り、煮・炙・膾ともに、味、甘美なり。其の品類、甚だ多し。


棘髙(いらたか)鰺 大いさ、三~四寸、皮厚く、刺硬し。※3(しほもの)〔:塩漬〕に作〔(な)すに、)〕最も下品なり。[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「奄」。]

室(むろ)鰺 多く播州室津に出づ。故に之を名づく。形、鰺に似て畧ぼ圓く、白刺有り。眼、大なり。冬月、※3(しほもの)と作〔(な)〕す東海、亦、多く出づ。味、脆く佳ならず。下品なり。

目髙鰺 喙〔(くちばし)〕長く、兩眼の間、廣し。又、目、大にして、口、小さき者、目太鰺と名づく。

島鰺 鰺に似て、畧ぼ扁たく、横文有り。尾の耑〔=端〕に刺鬛〔(とげひれ)〕有り。三~四月に出づ。

滅托(めつたく)鰺 鰺に似てやや扁たく、尾の前黄を帶ぶ。刺鰭無し。

[やぶちゃん注:スズキ亞目アジ科Carangidaeの魚類の総称。本邦には50種以上。
 「和名抄」は正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
 『崔禹錫が「食經」』の「食經」は「崔禹錫食經」で唐の崔禹錫撰になる食物本草書。前掲の「倭名類聚鈔」に多く引用されるが、現在は散佚。後代の引用から、時節の食の禁忌・食い合わせ・飲用水の選び方等を記した総論部と、一品ごとに味覚・毒の有無・主治や効能を記した各論部から構成されていたと推測される。
 「※1」[※1=「繰」の「糸」を「魚」に換える。]は、本来はなまぐさいの意味で、国字としてアジと読む。

 「※2」[※2=「椶」の「木」を「魚」に換える。]は、ニベ Nibea mitsukuriiまたは同科のイシモ=シログチArgyrosomus argentatusを指す。底本で良安は「クチ」とルビを振っているが、これはイシモチの俗名(または方言名)である「グチ」であろう。
 「背の後、兩邊に相對して鰓下より尾末に至るまで、硬き鰭、白き刺のごとくのもの、鱗のごとし。」はゼイゴを指している。ゼイゴは体側中央から尾柄に並ぶギザギザの刺条の硬い鱗を指し(学術的には稜鱗と呼称する)、これはアジ類の持つ大きな特徴となっている。従って良安がこれを最初に細密に記述しているのは誠に正しい。大槻文彦「言海」の「あぢ」の項には「ぜんご」とあり、「竹筴」の字を当て、最後には鰺の別名として「竹筴魚」を挙げている。ちなみに「竹筴(ちくさく)」とは占いに用いる筮竹のことである。
 「海-糠」は、エビ亜綱エビ下網フクロエビ上目アミ目Mysidaeに属する小型のエビに似た甲殻類の総称。エビ類とは異なると認識されている。その差異は、アミ類が胸脚にはさみを持たない、尾節後脚の付け根に身体の傾きを認知する平衡胞を持つ、雌は胸部に保育嚢を持つ等によって区別されている。
 「棘髙鰺」イラタカアジ 私の御用達の「真名真魚辞典」によれば明和6年(1769)跋の松岡玄達(恕庵)著の「食療正要」に『行者壓日ギョウジャアジ有り、一名、衣棘達葛壓日イラタカアジ、尼崎に出つ。身極めて扁大、硬鱗、頭に至る。皮青色、腹下銀光、尾箭鏃(やじり)に似たり。』とある、とする。しかし、ここまでだ。ギョウジャもイラタカも現在は用いられていない俗名のようである。「食療正要」の「身極めて扁大」以下の叙述からWeb上の幾多の写真を見つつ、とりあえずカイワリ属カイワリKaiwarinus equula、イトヒラアジ属イトヒラアジCarangichthys dinema、ヨロイアジ属ヨロイアジCarangoides armatusや同属のリュウキュウヨロイアジCarangoides hedlandensis等を自信なげに掲げるのみである(ヨロイアジ属はその頭部の硬い形状に惹かれるが、南日本という分布域からいってやや無理があるか)。
 「室鰺」ムロアジ ムロアジ属ムロアジDecapterus muroadsi。ムロアジは「群れアジ」の転訛とも言う(但し、「あぢ」そのものが小さなものが沢山群れるという意味を持っているとも言う)。なお森浩一氏は、播磨灘がアジの産地ではなく、現在の兵庫県室津でアジが特産であった記載が江戸期の諸書にも見えないことから、この良安が示すような命名由来には疑問を示している(神奈川水総研「アジ」参照)。
 「目髙鰺」メダカアジ 先に後の「目太鰺」を同定してみて、さて「兩眼の間、廣し」というこちらの叙述にぴったりするものはやっぱり……マアジ属マアジTrachurus japonicusかなと思った。そもそもこの列挙の中に良安が正真正銘の凛々しいマアジを挙げていないというのは不自然ではなかろうか。搦め手からの苦し紛れの同定ではある。
 「目太鰺」メブトアジ 目が大きく目立つところが名の由来とするメアジ属メアジSelar crumenophthalmusであろう。
 「島鰺」シマアジ シマアジ属シマアジPseudocaranx dentex。本種の和名の島は伊豆七島を指す。
 「滅托鰺」メッタクアジ これはマアジTrachurus japonicusの中でも、沖で回遊する通称クロアジに対する、強い内湾性を示す黄色がかった個体群であるキアジを指しているのではなかろうか(但し、「刺鰭なし」が合わないが)。
 食の一言。何より「なめろう」だ。何匹でも食べられる。刺身にすればいいのにと言われる程の(しかし刺身ははっきり言って一定量を食うと何でも飽きるものだ)生きのいいアジを「なめろう」で食うのぐらい、贅沢な味わいは、ない。]

***



参考1→参考2→
[やぶちゃん図注:本図はどう見てもマンボウではなく、エイ(美事な大型個体のアカエイDasyatis akajeiの仲間か)である。既に挙がった「海鷂魚」の項の絵が《参考1》である。これは一般的なエイのフォルムで想定するアカエイでもヒラタエイでもなく、エイ目のウチワザメPlatyrhina sinensisではないかという考察は「海鷂魚」の注でも書いたが、控えめなこれより、いっそ「海鷂魚」にはこの「楂魚」の図を使えと言いたくなるぐらいだ。ところが、よく見ると、この「楂魚」の図、尾部を除くとマンボウの本体の形に似ていないだろうか? 試みに外形部を残して周囲の鰭状部分と尾部を消去し、外側に背鰭と尻鰭を書き加え、両者の変形した尾部(これは尾鰭ではないとされる)をやや太い線で結び、目と口、胸鰭、体側のへこみを示す掠りを入れてみた《参考2》。これって、チョーへたっぴいだけど確かにマンボウになるじゃない? 良安先生、隠し絵とは、おちゃめなんだから!(生まれて初めて画像編集機能を用いたので稚拙なのは許してね♡)]

うきゝ

まんほう

楂魚

 

滿方魚【正字未詳】

【俗云宇岐木】[やぶちゃん字注:以上二行は前三行下に入る。]


《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十四


△按楂魚奥州常州海上有之状類鱝而方故名満方魚

 大者方一二丈厚一二尺周緣稍薄灰白色肉白骨硬

 味不佳性魯鈍不知死浮游人以長把留則留如楂故

 名割背取白腸長丈余【名百尋】作※或糟漬或曝乾食之[やぶちゃん字注:※=「魚」+「邑」。]


うきゝ

まんぼう

楂魚

 

滿方魚【正字、未だ詳かならず。】

【俗に宇岐木と云ふ。】


△按ずるに、楂魚は、奥州・常州〔=常陸〕の海上に之有り。状、鱝〔(えい)〕に類して方にして、故に満方魚と名づく。大なる者は、方一~二丈、厚さ一~二尺。周緣やや薄く、灰白色。肉白く、骨硬く、味佳ならず。性、魯鈍にして、死を知らずして浮游す。人、長き杷(さらへ)を以て留むれば、則ち留まる。楂(うきゝ)のごとし。故に名づく。背を割き、白き腸(わた)を取る。長さ丈余【百尋〔(ひやくひろ)〕と名づく。】。※〔(しほもの:塩漬)〕に作〔(な)〕し、或は糟漬にし、或は曝(さら)し乾(ほ)し、之を食ふ。[やぶちゃん字注:※=「魚」+「邑」。]

[やぶちゃん注:フグ亜目マンボウ科マンボウMola mola。他にマンボウ科にはヤリマンボウ属ヤリマンボウ Masturus lanceolatus 及びクサビフグ属クサビフグRanzania laevisがおり、3属3種である。良安は「鱝に類して方にして」と記しているから、実際にマンボウを実見することも、また図画を見ることもなかったのであろう。実際にはそれが、冒頭のような誤った絵となったのである。ちなみに、学名のmolaとはラテン語の碾き臼の意味である。でもマンボウに相応しい、いい響きだな ♡~モラ~モラ~♡
 「死を知らずして浮游す」とは、後述されるような捕獲の死の危険をも自覚せずにぷかぷか浮いているということを言う ♡~モラ~モラ~♡
 「杷」とは「さらい」と言い、穀物を集めたりするのに用いる熊手状の道具 ♡~モラ~モラ~危険がアブナイよ!
 「楂」は音「サ」、筏(いかだ)のこと ♡~モラ~モラ~♡
 「百尋」という呼称はクジラの小腸にも用いる(良安は「鯨」の項でちゃんと挙げている)。ちなみに百尋は180mに相当する。クジラは個体自体の大きさが半端じゃないから、この呼称は満更、嘘ではあるまい思って調べてみると、マッコウクジラの腸の長さは230mという記録がある。いやはや、これはバッチリ、モノホンの百尋! では、マンボウなんか見たこともないし(きっと食ったこともない)良安は一丈余(約3m強)だと書いているが……でも、実際にマンボウの腸が百尋あるかどうか、知りたくない?……さても世の中には素敵な仲間がいるもの! 実際に測った人のサイトがあるよ! その実体は?……白い道」(う~~ん♡ いいネーミング♡)でお楽しみあれ! ♡~モラ~モラ~♡
 でも♡~モラ~モラ~♡ちゃん、悪いけど身も百尋も食ったことある。いや、旨いんだな、これが。だってさ、フグの仲間だもんね♡ ごめんね♡~モラ~モラ~♡]

***

はむ

はも

海鰻

ハアイ マン

 

慈鰻※1 狗魚[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「麗」。]

 【和名波無

  俗云波毛

唐音之畧歟】

【俗用鱧甚非

 鱧乃八目鰻】[やぶちゃん字注:以上五行は、前四行の下に入る。]


本綱海鰻※1生東海中類鰻※1而大也

△按海鰻※1西南海多【當唐東海】東北全無之形似鰻※1而

 大背有鬛連尾青黑色淺於鰻※1無鱗腹白牙齒長短

 相並中道亦小齒數十相連大抵尺半二尺許肉白不

 脆割之連皮傳〔→傅〕醬油炙食脂少於鰻※1味美


蒲鉾 以海鰻肉擂擣爲魚餠粘于竹状似蒲穂而如鉾

《改ページ》

故名之或粘板片炙亦佳爲肴中之珍【以他魚爲蒲鉾或多用鱣偽之

味劣】


風海鰻【俗云五牟岐里】 海鰻十頭相聨作白鮝形如片板者夏

 秋賞之繊刻之和酒醬代膾甚可矣本綱註鰻※1云乾

 者名風鰻者蓋是矣【鰻※1之乾者未知其好惡】

鮦鮃【正字未詳假字音用】 海鰻之大者四五尺許出於讃州味劣

 於尋常者

凡海鰻之肝腸亦可煮食或作醢佳其膽苦不可食有如

 白袋者乾之可以磨唐弓絃【唐弓者打和木綿者】

一種有海宇奈岐【是亦可用海鰻※1字】 有江海之鰻※1色稍淺味

亦劣


はむ

はも

海鰻

ハアイ マン

 

慈鰻※1〔(じまんれい)〕 狗魚[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「麗」。]

 【和名、波無。俗に波毛と云ふ。唐音の畧か。】

【俗に鱧を用ふるは甚だ非なり、鱧は乃ち八目鰻なり。】


「本綱」に『海鰻※1は東海中に生ず。鰻※1(うなぎ)の類にして大なり。』と。

△按ずるに、海鰻※1は西南海に多し【唐の東海に當る。】。東北には全く之無し。形、鰻-※1(うなぎ)に似て大きく、背に鬛〔(ひれ)〕有りて尾に連なる。青黑色、鰻※1より淺し。鱗無く、腹白く、牙齒、長短相並び、中道にも亦、小齒數十相連なる。大抵、尺半~二尺ばかり。肉白く脆からず。之を割(さ)いて皮を連ね、醬油を傅〔(つ)け)〕て炙り食ふ。脂少なく、鰻※1より、味、美なり。


蒲鉾(かまぼこ) 海鰻の肉を以て擂(す)り擣(つ)きて、魚餠〔(ぎよべい)〕と爲して竹に粘(つ)くる。状〔(かた)〕ち、蒲(がま)の穂(ほ)に似て鉾〔(ほこ)〕のごとし。故に之を名づく。或は板片に粘〔(ねん)〕して炙るに、亦、佳し。肴中〔(かうちう)〕の珍なり【他魚を以て蒲鉾と爲〔すに〕、或は鱣を多用し、之を偽る。味、劣れり。】。


風海鰻(ごんきり)【俗に五牟岐里と云ふ。】 海-鰻〔(はも)〕十頭、相聨(つら)ねて白鮝(しらほし)と作〔(な)〕す。形、片板(へぎいた)のごとき者、夏秋、之を賞す。繊(ほそ)く之を刻みて、酒醬〔(さけしほ)〕に和して膾に代〔(か)〕ふ。甚だ可〔(よ)〕し。「本綱」、鰻-※1〔(まんれい)〕を註して云く、『乾〔しし〕者を風鰻と名づく。』と云ふは[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]、蓋し是れか【鰻-※1〔(うなぎ)〕の乾〔しし〕者、未だ其の好惡を知らず。】。

鮦鮃(とうへい)【正字、未だ詳らかならず。字の音を假りて用ふ。】 海鰻の大なる者、四~五尺ばかり。讃州〔=讃岐〕に出づ。味、尋常の者に劣れり。

凡そ海鰻(はも)の肝・腸、亦、煮食ふべし。或は醢(なしもの)〔:塩辛〕に作〔(な)すに〕佳し。其の膽〔(きも)〕、苦くして食ふべからず。白き袋のごときもの有り。之を乾かして、以て唐弓〔(とうゆみ)〕の絃〔(つる)〕を磨(みが)くべし【唐弓は木綿を打ち和らぐる者なり。】。

一種、海宇奈岐有り【是も亦、海鰻※1の字を用ふべし。】。江海に有るの鰻※1よりは、色、やや淺く、味も亦、劣れり。

[やぶちゃん注:ウナギ目Anguilliformesアナゴ亜目Congroideiハモ科ハモ属ハモMuraenesox cinereus。本邦の近縁種としてスズハモ Muraenesox bagio、ハシナガハモ Oxyconger leptognathus、ワタクズハモ Gavialiceps taiwanensisを挙げておく。
 「※1」[※1=「魚」+「麗」]は「廣漢和辭典」に、おおなまず=鱧、とある。
 「唐音の畧か」とは、冒頭にある中国音「ハアイ マン」を略した呼び名か、という意味である。但し、これは偶然であろうと思われる。
 「鱧は乃ち八目鰻なり」とあるが、「廣漢和辭典」によれば、中国では「鱧」は第一に大鯰(オオナマズ)を指し(前掲通りここで「(※1)」と同字とある)、第二にヤツメウナギ(無顎口綱Agnathaヤツメウナギ目ヤツメウナギ科 Petromyzontidaeの魚類の総称)を指す。
 「鰻※1」は正真正銘のウナギ
Anguilla japonica

 「中道にも亦」とは、前述の如く、長く発達した口吻(顎部)内部には、犬歯状の鋭い歯が並んでおり、さらに「その内側にもまた」、細かい歯が並んでいるハモの特異で歯列を表現している。先にハモ中国音説があったが、それよりもこの漁獲に際して危険な歯に由来する「嚙(は)む」の転訛とする方がしっくりくる。
 「風海鰻」は、本叙述によれば保存食としての風干しのハモを指す言葉のようであるが、現在は「ごんぎり」(長崎)「五寸切」と書いて、ハモ自体の別称とされている。
 「片板」は、「折ぎ板」で、杉や檜等を薄く削って作った板のことで、「へぐ」は「剥ぐ・折ぐ」で、薄く削りとる、の意。
 「酒醬」とは、酒・梅干・塩等を混ぜ合わせて作った調味料で、魚や鶏肉などの下味に用いる。
 「未だ其の好惡を知らず」は、良安先生、正直、ウナギの干物なんざ食ったことがないので旨いか不味いか分からぬ、と言いたいのである。
 「鮦鮃」トウヘイ これは現在のスズハモMuraenesox bagioの呼称である(但し、ウナギ目アナゴ科クロアナゴConger japonicusを西日本に於いてこう呼称するという情報もあるし、ハモとスズハモを一緒くたにする地方や市場もあると聞く)。良安が困惑しているこの「トウヘイ」という音については、「唐兵」と書き、スズハモの硬い肋骨が秦の始皇帝陵等で有名な兵馬俑の鎧の如く見えるからという記載を見かけた。うーん、「唐兵」自体は留保するにしても、幾らなんでも兵馬俑の存在自体が人口に膾炙する年代を考えると(兵馬俑自体が途轍もなく古くとも多くの日本人がそれを知るのは途轍もなく新しい)、語源由来としては眉唾っぽい。
 「白き袋」とは浮き袋のことであろう。ちなみに、これは「鱧笛」と称して、鱧料理の珍味。京で食したことがあるが、きゅっとした食感がたまらなくいいものである。
 「唐弓」とその使用法等については、サイト「丹後ふとん店」の「綿から糸への道具使い」を参照されたい。
 「海宇奈岐」ウミウナギ 現在、「ウミウナギ」という呼称はハモの別称として用いられる他に、ウナギ亜目アナゴ科クロアナゴ亜科クロアナゴ属マアナゴConger myriasterを言う地方名、さらに伊豆半島にあっては広くウナギ目ウツボ亜目ウツボ科Muraenidaeのウツボ類を言う。但し、良安の叙述は、正真正銘のウナギAnguilla japonica(海の内湾に生息する個体もある)を指しているようにも思われる。]

***

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十四


あなご  正字未詳

阿名呉


△按阿奈[やぶちゃん注:ママ。]古状似海鰻而色淺於海鰻不潤從項至尾有

 小白點星者兩邊相連各百有餘其味【甘平】脂少不

 美漁人炙之偽鰻※[やぶちゃん字注:※=「魚」+「麗」。]


あなご  正字、未だ詳らかならず。

阿名呉


△按ずるに、阿奈古は、状、海鰻〔(はも)〕に似て、海鰻より色淺し。潤はず。項〔(うなじ)〕より尾に至りて、小さき白點の星のごとくなる者有り。兩邊に相連なること、各々百有餘。其の味【甘、平。】、脂〔(あぶ)〕ら少なくして美ならず。漁人、之を炙り、鰻-※〔(うなぎ)〕に偽る。[やぶちゃん字注:※=「魚」+「麗」。]

[やぶちゃん注:本種はその頭部及び側線上部の白点(側線孔)の列という特徴及び食用流通種という観点からウナギ目アナゴ亜目マアナゴ Conger myriasterとしておくが、実際には本邦産だけで25種を数え、分類の難しいグループとされる。
 「海鰻」は前項「海鰻」のアナゴ亜目ハモ科ハモ属ハモMuraenesox cinereus
 「潤はず」とは、前の色の説明と考えられるので、ハモのような潤いに満ちた茶褐色の輝きが体表面に見られず、くすんだ褐色であることを表現しているか。
 「鰻※」は、前項「海鰻」の叙述を見ても分かるように、良安が正真正銘のウナギAnguilla japonicaを指す時に用いる語。]

***


いかなこ

かますこ

玉筯魚

 

俗云以加奈古

又名加末須古[やぶちゃん字注:以上二行は、前三行下に入る。]


三才圖會云玉筯魚身圓如筯微黑無鱗兩目點黑至菜

花開時有子而肥俗謂之菜花玉筯

《改ページ》

△按其大一二寸無鱗白色脊微青似梭子魚之形然本

 是別種春末腹在鮞凡春分時攝州一谷始多取之立

 夏播州明石浦鹿瀨盛取之夏至前後讃州八島及下

 関取之【自一谷次第至西海】其翌日更無之亦一異也【其盛出時泝浪如山

 一網幾千万難測量】初春偶有之者大三四寸背青腹白蓋此舊

魚也盛時以布網取之用潮水※之脂多浮于釜中扱[やぶちゃん字注:※=「月」+「雋」。]

取爲燈油與鯨鰯油相並矣所熬魚亦黄而脂尚有之

【甘温微毒】以送四方爲賤民食其利用廣大亞于鯨鰯


いかなご

かますご

玉筯魚

 

俗に以加奈古と云ふ。又、加末須古と名づく。


「三才圖會」に云ふ、『玉筯魚は身圓く、筯(はし)のごとし。微かに黑くして、鱗無し。兩目點は黑し。菜花開(さ)く時に至り、子有りて肥ゆ。俗に之を菜花玉筯と謂ふ。』と。

△按ずるに、其の大いさ一~二寸、鱗無く、白色。脊(せすぢ)、微かに青く、--魚(かます)の形に似たり。然れども本は是れ、別種にして、春の末、腹に鮞(こ)在り。凡そ春分の時、攝州一の谷に始めて多く之を取る。立夏、播州明石の浦の鹿瀨(しゝがせ)にて盛んに之を取る。夏至の前後、讃州八島及び下関(しものせき)に之を取る【一の谷より次第に西海に至る。】。其の翌日、更に之無きも亦、一異なり【其の盛んに出でし時、泝浪〔(せきらう)〕山のごとく、一網にして幾千万、測-量〔(はか)〕り難し。】。初春、偶々之有る者、大いさ三~四寸、背青く、腹白し。蓋し此れ舊-魚(ふるせ)なり。盛りの時、布網を以て之を取る。潮水を用ひて之を※〔(に)〕る〔に〕、脂多く、釜中に浮く。扱(すく)ひ取りて燈油と爲す。鯨・鰯の油と相並ぶ。熬〔(い)〕る所の魚、亦、黄にして、脂、尚を〔→尚ほ〕之有り【甘、温。微毒。】。以て四方に送る。賤民の食と爲す。其の利用、廣大なること、鯨・鰯に亞〔(つ)〕ぐ。[やぶちゃん字注:※=「月」+「雋」。]

[やぶちゃん注:イカナゴAmmodytes personatus。この稚魚がカマスの稚魚に似ていることから「カマスゴ」とも言うが、これには別に名産地摂津から叺(かます)に入れて諸国に送ったことからとも言われる。稚魚は地方により「カナギ(南日本での呼称。「カナ」は極めて細いこと、「ギ」は魚を示す接尾語という。なおこの呼称は現地ではニシン科のキビナゴSpratelloides gracilisにも用いられる)」・「コオナゴ(小女子)」・「シンコ(新子)」・「シャシャラナゴ(「玄孫子=曾孫子」であろう)」と呼び、成長したものを「メロウド(女郎人)」・「フルセ(古背。本記載にも登場する)」と呼んだりする。
 「筯」は、音で「チョ」または「ジョ」と読み、「箸」のことである。ちなみにこの字にはもう一つ、「貝の名。はまぐりの類。殻の中に蟹を宿して、死ぬまで離れない。」(「廣漢和辭典」)という意味がある(「術異記」を引用している)。これはハマグリ属Meretrixとそれに寄生するカクレガニ科 Pinnotheridaeのピンノ類を指していよう。
 「目點」とは眼球の光彩部を指すと思われる。
 「菜花」はフウチョウソウ目アブラナ科アブラナ属Brassica
 「梭魚」はサバ亜目カマス科カマス属Sphyraena の総称であるが、本邦でカマスと呼ぶのはアカカマス Sphyraena pinguisであることが多い。
 「鮞」は、はらご、魚の卵を言う。
 「明石の浦の鹿瀨」は、イカナゴの釘煮発祥の地のようである(以下、個人HPfishmlホームページいかなご釘煮のルーツは?より孫引き。但し改行をすべて省略した)。

 1935年、神戸市垂水区塩屋町の「魚友」松本信子に、ジェームス山の別荘地に住んでいたお客様より「いかなごを佃煮にしてくれないか」と依頼されました。そこで醤油・砂糖
(キザラ)・生姜を使用して、試行錯誤のうえ炊き上げました。その後その住人が近所の方々に配るなどするうちに評判になり、「魚友」の店頭にも置くようになりました。それまでは、「いかなご」といえば「釜揚げ」と、それを天日干した「かなぎちりめん」がほとんどでした。1960年代頃になって、神戸市垂水漁協の組合長により「くぎ煮」(出来上がりが「さびた古釘」のよう)と名付けられました。それとともに、神戸市垂水区の各家庭でも炊くようになり、盛んになってきました。いまでは、関西の春の風物詩のひとつに挙げられるようになりました。

私は1957年生まれ。「釘煮」という名称は、どうやら私より若いらしい。

 「泝浪」の「泝」は、流れに逆らって登る、が原義であるから、海の波に逆らって泳ぐほどに群れをなして山の如く、という意味であろう。

 「燈油と爲す」という事跡については、まとまった記載を知りえないが、先のいかなご釘煮のルーツは?の別な箇所に、以下の記載がある。

 一時期に大漁に水揚げされるシンコの処理には常に頭を悩ませていて、生食など食用に向けられるのは地元のわずかの消費のみで、鯨油や鰯油の代替材料として魚脂を抽出して燈油用に使われたり、塩漬け発酵ののち魚醤としてイカナゴしょう油の存在は、香川や兵庫地区の特産品として中世以前にまで遡れるそうです。(以下略)

この「鯨油や鰯油の代替材料」とされた歴史年代は不明であるが、良安の最後の「其の利用、廣大なること、鯨・鰯に亞ぐ。」という謂いからも、相当古くから燈油として用いられていたと考えてよいようである。
 それにしても、どうもこの良安の記載、気になることがある。このイカナゴの漁獲地域記載の、

一の谷→播州明石の浦→讃州八島→下関

の順番(勿論それは事実を順に書いたのであろうが)、直後の分かりきった「一の谷より次第に西海に至る。」という割注、そうして、盛んに繁栄していたイカナゴの群れが、夏至の後、一日にして全く姿を消してしまうのは、一大奇異であると記すこと、「其の盛んに出でし時、泝浪山のごとく、一網にして幾千万、測量り難し。」と最後に、ご丁寧にまたしてもその盛時の栄華を回想する。――もうお分かりであろう、これ、「盛者必衰の理」を著わした良安版「平家物語」のパロディに見えてくるのである。]

***


しろいを

鱠殘魚

クワイツアンイユイ

 

王餘魚 銀魚

【俗云白魚】[やぶちゃん字注:以上二行は前三行下に入る。]


本綱膾殘魚大者四五寸身圓如筯潔白如銀無鱗若已

鱠之魚但目有兩黑點爾小者曝乾以貨四方清明前有

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十七

 

子甚美清明後子出而痩但可作鮓腊耳【博物志云呉王食魚膾棄其殘

餘於江化爲此魚故名或作越王或作僧寶誌皆傳〔→傅〕會也不足致辨】肉作羹食健胃

本草必讀云鱠殘魚色青離水色變則白矣

△按鱠殘魚生江海交伊勢志摩參河肥後備前多出攝

 播亦有之凡立春初出人賞之二三月腹有子味稍劣

 焉生帶青色離水則白煮之則益潔白頭尾尖而身扁

 有鬐無皮骨煮食軟甘美供上饌或以竹串貫眼相聯

 曝乾作魥【俗云目佐之】一種有氷魚【河湖無鱗魚下有之】


しろいを

鱠殘魚

クワイツアンイユイ

 

王餘魚 銀魚

【俗に白魚と云ふ。】


「本綱」に、『膾殘魚は、大なる者、四~五寸、身圓く、筯〔(いかなご)〕のごとく、潔白なること銀のごとく、鱗無く、已に鱠〔(なます)〕にする魚のごとし。但し、目に兩黑點有りしのみ。小なる者、曝し乾して、以て四方に貨〔(う)=売〕る。清明の前、子有りて甚だ美なり。清明の後は、子出でて痩せ、但だ鮓腊〔(させき)〕に作るのみ【「博物志」に云ふ、『呉王、魚膾を食し、其の殘餘を江に棄つ。化して此の魚と爲る。故に名づく。』と。或は越王に作り、或は僧寶誌に作る。皆、傅會なり。辨を致すに足らず。】。肉、羹〔(あつもの)〕に作りて食すに、胃を健やかにす。』と。

「本草必讀に云ふ、『鱠殘魚は、色青く、水を離〔るれば〕、色變じて、則ち白し。』と。

△按ずるに、鱠殘魚は、江海の交(あはい)に生ず。伊勢・志摩・參河〔(みかは)=愛知〕・肥後・備前に多く出づ。攝〔=摂津〕・播〔=播磨〕、亦、之有り。凡そ立春の初めに出づ。人、之を賞す。二~三月、腹に子有り、味、やや劣れり。生は青色を帶び、水を離れては、則ち白し。之を煮れば、則ち益々潔白なり。頭尾尖りて、身扁たく、鬐〔(ひれ)〕有り。皮骨無く、煮食へば、軟にして甘美なり。上饌に供す。或は竹串を以て、眼を貫き、相聯〔=連〕ね、曝し乾して魥(めざし)と作〔(な)〕す【俗に目佐之と云ふ。】。一種、氷魚〔(ひを)〕有り【「河湖無鱗魚」の下に之有り。】

[やぶちゃん注:「鰈」の項でも問題にしたが、本種はキュウリウオ目Osmeriformesシラウオ科 Salangidaeに属するシラウオと同定したい。まず、本項目の「本草綱目」の言う「膾殘魚」は、シラウオの分布域が中国に及んでいるのに対して、ハゼ亜目Gobioideiハゼ科 Gobiidaeゴビオネルス亜科 Gobionellinae シロウオLeucopsarion petersiが日本及び朝鮮半島に限定されている点、その大きさを1215cmとしている点(現在の本邦の成魚のシラウオは10㎝程度、シロウオの方は一回り小さく6cm)、「銀のごとく」という表現が現代中国語のシラウオを指す「銀魚」と一致する点、そうして本邦で多くの書が「膾殘魚」をシラウオの異名としている点で、間違いなくシラウオである。次に、良安が語るものがシラウオであるかどうかであるが、生時に青色を帯びているという表現は、微かに褐色ががったシロウオではなく、透明度の高いシラウオを指すと考えられる点、頭部と尾部が尖っているというのは、シロウオよりも有意にシラウオの特徴を示す表現である点(私だったらシロウオの頭と尾を尖っているとはまず表現しない)、シラウオは背鰭の後方に脂鰭があるのがシロウオとの大きな相違点であるが、シロウオの方はさらに背鰭は一つしかなく、腹鰭も極めて小さい(実はハゼ科の魚は背びれが二つあること、腹鰭が吸盤状に発達していることが特徴)点の以上三点から、これもシラウオと同定するものである。それでは、ハゼ亜目 Gobioideiハゼ科 Gobiidaeゴビオネルス亜科 Gobionellinae シロウオLeucopsarion petersiは? 私はやはり、良安はシラウオとシロウオを分別するに至っていないというのが現在のところの感想である(シラウオとシロウオの相違については例えば以下のページを参照されたい)。なお、以下に本邦の3属4種を掲げておく。シラウオ Salangichthys microdonイシカワシラウオ Salangichthys ishikawae アリアケシラウオ Salanx ariakensisアリアケヒメシラウオ Neosalanx reganius
 「筯」は「玉筯魚」(いかなご)の後注を参照。

 「鱠」は「なます」と読んで、こまかく切った魚の生肉、即ち刺身(それらを酢に漬ける加工品は本邦での謂いである)。
 「清明」は二十四節気の一。旧暦の三月、春分後十五日目、現在の四月上旬。
 「鮓腊」は、なれ鮨やほじし(干物)。
 「博物志」は晋の張華が撰した本草・博物書であったが散佚、後代に諸書の引用から集書したもの。
 『呉王、魚膾を食し……』の該当部分は以下の通り。

王、江行食鱠。有餘、棄於中流。化爲魚。今、魚中有名王鱠餘者。長數寸、大者、如箸。猶有鱠形。

王、江行して鱠〔(なます)〕を食ふ。餘る有り、中流に棄つ。化して魚と爲る。今、魚中に王鱠餘者〔(ごわうかいよしや)〕との名有り。長さ數寸、大なる者、箸のごとく。猶ほ鱠の形に有るごとし。

やぶちゃん訳:呉王が長江を御幸されて刺身を食った。余ったので流れの中に棄てた。それが化して魚となった。今、魚類の中で『呉王鱠余者(呉王の刺身の余りもの)』との名がある。長さは数寸で、大きなものは、箸のようである。今も実になお刺身の形のようである。」

但し、私の引用したのは李時珍の引用書(版本)とは異なるものと思われる。
 「僧寶誌」は宝誌和尚(418−514)で、中国南北朝時代の伝説的な風狂・神異の僧侶。梁の武帝が画家に命じて彼の肖像を描かせようとした折、顔が真ん中から裂け、その下から十二面観音のお顔が現れ、それがまた自在に変化したために遂に描くことができなかったという逸話で知られるが、まさにその場面を彫った京都西住寺にある平安時代作のナタ彫りの宝誌和尚立像。私の大好きな仏像である。一度、ご覧あれ!
 「皆、會なり。辨を致すに足らず」の「會」は、「牽強付会」の「付会」と同義と思われ、そんな好い加減にこじつけてきた話なぞは、どれが正しいか等とまともに論ずべきものではない、と良安先生の拘りが見える発言だ。
 「羹」は肉に野菜を混ぜて作った吸い物。スープ。

 『「本草必讀」』という書は、東洋文庫版の後注には『「本草綱目類纂必読」か。十二巻。』とのみあるだけである。中国の爲何鎭なる人物の撰になる「本草綱目」の注釈書であるらしい。
 「魥」は、ひもの、ほしうお、魚を竹に刺して乾かしたものを言う。
 「氷魚……」の「氷魚」は現在、「ひお」もしくは「ひうお」と呼び、キュウリウオ上科Osmeroideaアユ科 CyprinidaeアユPlecoglossus altivelis altivelisの稚魚のことを呼称する(従って良安のシロウオの「一種」という表現は当然誤りである)。芭蕉の膳所での句にも現れる。

霰せば網代の氷魚を煮て出さん

折角なので、「河湖無鱗魚」の部の掉尾を飾っている「氷魚」の項をテクスト化する(体裁は本頁の書式に従った)。

■和漢三才圖會 河湖無鱗魚 卷ノ五十 ○六

[やぶちゃん注:冒頭の泥鰌の項の最終行は省略。]


ひを

※1[やぶちゃん字注:※=「魚」+「小」。]

 

氷魚

【俗云比乎】[やぶちゃん字注:以上二行は、前二行の下に入る。]


和名抄云※1白小魚名似鮊而一二寸者也今称氷魚

△按氷魚状類白魚大寸許自秋末至冬初聚魚簗以攩

 網取之古者江州田上川城州宇治川多取之今勢州

 參州及駿遠最多以竹串貫眼作魥味甚美          衣笠内大臣

      新六 氷魚のよるを江の海も風さへ〔→さえ〕ぬ田上川や網代うつらん

 若州湖中有小魚似小鰷而細長土人呼名阿末左幾


ひを

※1[やぶちゃん字注:※=「魚」+「小」。]

 

氷魚【俗に比乎と云ふ。】


「和名抄」に云ふ『※1は、白き小魚の名。鮊(しろいを)に似て一~二寸ある者なり。今、氷魚(ひを)と称す。』と。

△按ずるに、氷魚は、状、白魚の類にして、大いさ寸ばかり。秋の末より冬の初めに至るまで魚簗(やな)に聚〔(あつ)〕まり、攩網(すくひたま)を以て之を取る。古へは、江州〔=近江〕の田上川・城州〔=山城〕の宇治川に多く之を取る。今は勢州〔=伊勢〕・參州〔=三河〕及び駿〔=駿河〕・遠〔=遠江〕に最も多く、竹串を以て眼を貫き、魥(めざし)と作〔(な)〕す。味、甚だ美なり。

                     衣笠内大臣

     「新六」 氷魚の寄る近江の海も風さえぬ田上川〔(たなかみかは)〕や網代うつらん

 若州〔=若狭〕の湖中に小魚有り、小鰷〔(こあゆ)〕に似て細長し。土人、呼んで阿末左幾〔(あまさき)〕と名づく。仲冬より初春に至るまで出づ。味、甘美なり。此も亦、氷魚の屬。

注は、本格的に「卷五十 河湖無鱗魚」のテクスト化をした際に譲るが(「新六」は「新撰六帖類題和歌集」のこと)、一言言っておくと、私は当初、これをハゼ亜目 Gobioideiハゼ科 Gobiidaeゴビオネルス亜科 Gobionellinae シロウオLeucopsarion petersiに同定しようと考えていた(「本草綱目」を引かない、体長が有意に小さい、無鱗等)。しかし、明らかな淡水系水域(河川の中流域や湖)で、簗や網代による伝統漁法、竹串で眼を貫いて目刺とする(以下ページなど参照)、最後にもろに小鰷も出てきては、これはもう確かにアユしかあり得ない。]

***


ちりめんこあい

【音聿】

キヱウ

 

春魚

【俗云縐小鰷】[やぶちゃん字注:以上二行は、前三行下に入る。]


 本綱鱊小魚也大如針一斤千頭春月自岩穴中隨水流

出状似初化魚苗取收曝乾爲※1名鵞毛※1其細如毛食[やぶちゃん字注:※1=「月」+「廷」。]

以薑醋味同蝦米【甘温】或云此鱧魚苗也

△按鱊魚春月攝播多取之最細小不過寸身圓潔白而

 似索麪之屑目有兩黑點熬之縬縬如縐線故名縐小

 鰷熬之食味【甘】如饙曝乾亦佳也實非鰷子此鰡苗也

鰮子 同時出大寸許畧扁白而帶微黑色是亦稱小鰷

 熬之不脆味劣

ちりめんこあい

【音、聿〔(いつ)〕。】

キヱウ

 

春魚

【俗に縐(ちりめん)小鰷〔(こあい)〕と云ふ。】


「本綱」に、『鱊は小魚なり。大いさ針のごとく、一斤〔:約600g〕、千頭。春月、岩穴の中より水の流れを〔→流れに〕隨ひ出づ。状、初めて化する魚苗〔(ぎよべう)〕に似たり。取り收め、曝し乾して、※1〔(ほじし)〕と爲す。鵞毛※1〔(がもうてい)〕と名づく。其の細きこと、毛のごとし。食ふに、薑醋〔=生姜酢〕を以てす。味、蝦米〔=干しエビ〕に同じ【甘、温。】。或人の云ふ[やぶちゃん注:「人」は送り仮名にある。]、此れ-魚(やつめうなぎ)の苗〔(べう)〕なり。』と。[やぶちゃん字注:※1=「月」+「廷」。]

△按ずるに、鱊魚は、春月、攝〔=摂津〕・播〔=播磨〕に多く之を取る。最も細小にして、寸を過ぎず。身圓く、潔白にして、索麪〔(さうめん)〕の屑(くづ)に似たり。目に兩黑點有り。之を熬れば、縬縬〔(しゆくしゆく)〕として縐-線(ちゞみ)のごとし。故に縐(ちりめん)小鰷と名づく。之を熬りて食ふ。味【甘。】、饙(こはめし)のごとし。曝し乾して亦、佳なり。實はの子に非ず、此れ鰡(えぶな)の苗なり。

鰮(いわし)の子 同時に出づ。大いさ寸ばかり。畧ぼ扁たく、白くして微かに黑色を帶ぶ。是れも亦、小鰷と稱す。之を熬る。脆からず、味、劣れり。

[やぶちゃん注:現在これに類似した「チリメンジャコ」は加工食品の名称として用いられるが、良安は明確に生体を指して呼称しているので、イワシ類等の稚魚を主体とした乾燥食品として食用に耐え得る魚類稚魚の総称、と呼んでおく。種としてはイワシ類(カタクチイワシ・マイワシ・ウルメイワシ等)やシロウオ・シラウオ・イカナゴ・アユ等の稚魚と広範囲に述べるしかない。しかし、雑魚だからと不当に軽々しく待遇するのは不敬である。そこで以下、「チリメンジャコの学名」を列挙することとする。

・ニシン上目ニシン目ニシン亜目ニシン亜目カタクチイワシ科カタクチイワシ亜科カタクチイワシEngraulis japonica

・ニシン目ニシン科マイワシSardinops melanostictus

・ニシン目ニシン科ウルメイワシEtrumeus teres

・キュウリウオ目シラウオ科シラウオ Salangichthys microdon

・同科イシカワシラウオ Salangichthys ishikawae

・同科アリアケシラウオ Salanx ariakensis

・同科アリアケヒメシラウオ Neosalanx reganius

・ハゼ亜目ハゼ科ゴビオネルス亜科シロウオLeucopsarion petersi

・イカナゴAmmodytes personatus

・キュウリウオ上科アユ科アユPlecoglossus altivelis altivelis

・同科リュウキュウアユ Plecoglossus altivelis ryukyuensis

 「縐小鰷」の縐」は、ちぢみ(麻や葛で作った細やかな皺のある織物)を意味する。「小鰷」の「鰷」は訓で川魚のコイ科ウグイ亜科ウグイTribolodon hakonensis(異名ハヤ・ハエ)を指し、音も「チョウ・ジョウ・ショウ」で、「あい」または「あゆ」という読みは不審。東洋文庫版は良安の記載の中のこれに「こあゆ」とルビを振るが、私は冒頭に現われる「ちりめんこあい」の読みを尊重した。良安は一貫して「鰷」にルビを振っていない。私が「こあい」という訓に拘るのは、これはキュウリウオ上科アユ科アユPlecoglossus altivelis altivelisとは異なるものであることを明白に示したいからで、「こあい」というのは「子鮎」ではなく、「小さな細い魚」の謂いではなかろうかと思うからである。例えば関西ではイワシの塩物を「小相」(こあい)と称するようであるし(チリメンジャコは薄塩で炊き上げるから塩物と言ってよいはずである)、関西方言の「こまい」(小さい)等からの転訛の可能性もあろう。
 「魚苗」は卵から孵ったばかりの幼魚を言うが、ここはそれが大きな群れをなしている状態を指しているようである。
 「※1」[※1=「月」+「廷」] まっすぐな干し肉のこと。
 「鵞毛※1」がカモ目カモ科カモ亜科ガン族ガチョウAnser anserの毛のように白くて軽い干物ということであろう。この「鵞」を「白鳥」、カモ科ハクチョウ亜科 Cygninaeのハクチョウ類とする解説を多く目にする。確かに中文のウィキペディアのハクチョウは「天鵝」とする。しかし、私は「廣漢和辭典」の記載を優先しておく。
 「鱧魚」をヤツメウナギと訓じているが、これは前出の「鱧」(ハモ)の項で取り上げたように、中国は第一に大鯰(オオナマズ)を指し、第二に無顎口綱Agnathaヤツメウナギ目ヤツメウナギ科 Petromyzontidaeの魚類の総称であるヤツメウナギを指すからである。
 「索麪」の「麪」は「麺」の正字。素麺。「そうめん」は「さくめん」の音便変化したもの。
 「目に兩黑點有り」とは、眼球の光彩部を指すと思われる。
 「縬縬」の「縬」は「縮」で、みるみる縮むさまを言い、次の「縐」と同字として、ちぢみあや(しじらあや)の意味も持つ。
 「縐線」はもしかすると、折り目の細かいちぢみを意味する「縐絺」(しゅうち or せんち)の誤字かもしれない。但し、これで中文検索をかけると幾つかの繊維関連のサイトが上がってくる。中国語ちんぷかんの私にはこれが限界。
 「饙」は、本来は一度炊いてもう一度加えて蒸した飯、又は半蒸しの飯を言うが、ここでは(こわめし)のルビを振っているのでもち米(粳米)を蒸した「おこわ」のことを言っている。
 「鰷」は東洋文庫版はこれに「あゆ」とルビを振るが、これは先に述べた通り、ハヤ・ハエ、即ちコイ科ウグイ亜科ウグイTribolodon hakonensisを指す。従ってここは「はや」「はえ」と訓ずるのが普通である。しかし、文脈上、「縐小鰷」を明白に「ちりめんこあい」と私が読んできたことからは、これを私は「あい」と読まねばならぬとも言える(いや、ルビが振られていなければそう読む方が自然であろう。むしろ「あゆ」と読むのが不自然である)。ところがそれでは、私の冒頭の考察が正しいとして、この「鰷」が特定の種を示さないものとなってしまい、ここで「鰡」(えぶな=ボラ)という特定種と対峙させる意味が全く無化されてしまうこととなる。良安は、当然、この「鰷」を以て特定種を示していることは言を待たない。とすれば、私は字面通り「はや」「はえ」と訓じておくべきであると思う。良安は既に「ちりめんこあい」が「縐小鰷」という字を用い、更にハイブリッドに「こあい」と発音しながら、「こあい」は「子鮎」では勿論なく(但しチリメンジャコの素材にはアユの稚魚は含まれる)、しかもそれが本来の「鰷」の字が示すウグイ(「はや」「はえ」)とも無縁であることを認識していたのであろうと思われるのだ(但し、その正体を以下で「鰡」=ボラとのみ特定してしまったことには疑義があるが)。だからこそ、これは本来のウグイ(「はや」「はえ」)ではないのだということを良安は明記したのだと解釈しておく。
 「鰡」はボラMugil cephalusの稚魚であるが、チリメンジャコの素材としては、あり得るが一般的ではない(と思う)。良安の時代はボラの稚魚が優勢だったのか、それともただの良安の勘違いか、最早知るすべはない。
 「鰮の子」は、文字通りならばマイワシSardinops melanostictusの子ということだが、注冒頭に掲げたようなイワシ類全般を指している。
 その昔、私が数ある国内の海岸生物図鑑の中で(私はとりあえず低学年向のもの以外は概ね購入している)最も高く評価する一冊、菅野徹氏(奇しくも私が今勤務している高等学校のずっと昔の『英語』(!)の先生であった)の小学館の「海べの生物」のシラスボシ中の混入生物種を仕分けた表に心躍らせたのが懐かしい。と……ネットを探ってみると、やっぱり楽しい奇特な人々はいるもんだ! チリメンモンスター名鑑! HP「きしわだ自然友の会」のズバリ!「チリモン図鑑」! 楽しいなあ♡ ご覧あれ!]

***


たこ

章魚

チヤン イユイ

 

※魚 章擧[やぶちゃん字注:※=「佶」+{(つくり)の「吉」を上に圧縮し、その下に「馬」}。]

鮹【延喜式用此字】

海蛸子

【和名太古】[やぶちゃん字注:以上四行は、前三行の下に入る。]


本綱章魚生南海形如烏賊而大八足身上有肉採鮮者

薑醋食之味如水母【甘鹹寒】

△按和名抄云海蛸子【和名太古】貌似人裸而圓頭者也長丈

 餘者謂海肌子蛸正作鮹【延喜式等皆用鮹字】蓋本草綱目鮹別

《改ページ》

 此一種非章魚屬也

章魚状似烏賊而大八足疣多其疣凹纍纍色白帶微赤

 煮之變深赤色頭圓而白眼口在頸與足之交無腹而

 腸在頭中八腿交股之中間白皮中有如雙小鳥者褐

 色其状一如鴉一如鳶也章魚頭似嚢而肉薄但足肉

 厚味亦美然硬於鮑而老齒不堪食惟先以柔策數敲

 之後煮之則肉軟以薑醋食之酒水等分以文火煮半

 日許加醬油再煮則軟脆甘美倍常俗謂之關東煮

凡取章魚以繩絆壺投水中則久而章魚自入也無大小

 壺一箇章魚一頭北海乃大者多有一二丈許長足若

 人及犬猿誤對之則足疣吮着皮膚無不殺也鮹性好

 芋入田圃掘芋食其行也怒目踏八足立行其頭如浮

 屠状故俗稱章魚坊主最難死惟打兩眼中間則死

 又云章魚若飢則食己足故五足六足者亦間有


たこ

章魚

チヤン イユイ

 

※魚 章擧[やぶちゃん字注:※=「佶」+{(つくり)の「吉」を上に圧縮し、その下に「馬」}。]

鮹【「延喜式」は此の字を用ふ。】

海蛸子〔(かいせうし)〕

【和名、太古。】[やぶちゃん字注:以上四行は、前三行の下に入る。]


「本綱」に『章魚は、南海に生ず。形、烏賊〔(いか)〕のごとくにして、大きく、八足。身の上に肉有り。鮮(あたら)しき者を採りて、薑醋(しやうがず)〔=生姜酢〕にて之を食ふ。味、水母〔(くらげ)〕のごとし【甘鹹、寒。】。』と。

△按ずるに「和名抄」に云ふ、『海蛸子【和名、太古。】、貌、人の裸に似て、圓頭〔(ゑんとう)〕なる者なり。長さ丈餘の者、海肌子〔(かいきし)〕と謂ふ。蛸は、正に鮹に作る【「延喜式」等は皆、「鮹」の字を用ふ。】。』と。蓋し、「本草綱目」に、「鮹」、別に此れ一種〔とす〕。章魚の屬に非ず。

章魚は、状ち、烏賊に似て大きく、八足、疣(いぼ)多く、其の疣、凹(なかくぼ)にして纍纍〔=累累〕たり。色白く、微赤を帶ぶ。之を煮れば、深赤色に變ず。、圓くして白く、眼・口、頸と足の交(あはひ)に在り。腹、無くして、腸、頭の中に在り。八つの腿〔(もも)〕の交股〔(かうこ)〕の中間は白く、皮の中に雙(つがい[やぶちゃん字注:ママ。])の小鳥のごとき者有り。褐(きぐろ)色にして、其の状、一〔(いつ)〕は鴉のごとく、一は鳶のごとし。章魚の頭は、嚢(ふくろ)に似て、肉薄し。但し、足の肉、厚にして、味、亦、美なり。然れども、鮑(あはび)より硬くして、老いたる齒にては、食ふに堪へず。惟だ、先づ柔-策(むち)を以て數々〔(たびたび)〕之を敲きて後、之を煮れば、則ち肉、軟かなり。薑醋を以て之を食ふ。酒・水、等分にして、文火〔(とろび)〕を以て煮ること半日ばかり、醬油を加へて、再び煮れば、則ち軟脆〔(なんぜい)〕にして甘美、常に倍す。俗に之を關東煮と謂ふ。

凡そ章魚を取るに、繩を以て、を絆(くゝ)り、水中に投ずれば、則ち久しくして章魚、自〔(みづか)〕ら入るなり。大小と無く、壺一箇に章魚一頭あり。北海には、乃ち大なる者、多く有り。一~二丈ばかりの長き足〔にて〕、若し人及び犬・猿、誤りて之に對すれば、則ち足の疣、皮膚に吮着〔(せんちやく)=吸着〕して、殺さざると云ふこと無し[やぶちゃん字注:「云」は送り仮名にある。]。鮹、性、芋を好(す)き、田圃に入り、芋を掘りて食ふ。其の行(あり)くことや、目を怒(いか)らし、八足を踏みて立行〔(りつかう)〕す。其の頭、浮屠(ふと)の状のごとし。故に俗に章魚(たこ)坊主と稱す。最も死し〔→死に〕難し。惟だ、兩眼の中間を打たむには、則ち死す。

又、云ふ、章魚、若し飢れば、則ち己が足を食ふ。故に五足・六足の者も亦、間(まゝ)有り。

[やぶちゃん注:軟体動物門Mollusca頭足綱Cephalopoda八腕形上目Octopodiformesタコ目(八腕目)Octopodaマダコ亜目(無触毛亜目)IncirrinaマダコOctopus (Octopus) vulgaris及びミズダコ Octpus (Enteroctopus) dofleiniの二種は、その典型的形状と、本邦に於いて原則的に前者が南(能登半島・茨城以南)を、後者が北(日本海及び茨城沖以南)をカバーする食用代表種という点で同定としては堅い。分布域も形状もミズダコに似ており、流通量も多いヤナギダコ Octopus conispadiceusも加えておく。「章魚」の「章」は「印章」の意味で、吸盤からの連想であろう。なお、良安はタコの墨について後続のタコ類でも一切記載していない代わりに、後に掲げる「烏賊魚」(イカ)の項の中ではイカ墨について語っている。変則的であるが、タコ墨については、その「烏賊魚」の「墨」の注を是非、参照して頂きたい。
 『「延喜式」』は、「養老律令」の施行細則を記載した古代の法典。
 『「和名抄」』は、正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
 「海蛸子」の「蛸」という字は、本来、「蠨蛸(しょうそう)」で蜘蛛の一種、よく家屋の中で見かける大型のアシダカグモHeteropoda venatoriaを指す。古人はタコを海の蜘蛛と見たのであろう。現在の「蛸」という用字は、この「海蛸子」の前後が省略されたものと思われる。面白いのは「蛸」の別義にある「螵蛸(ひょうしょう)」「蜱蛸(ひしょう)」で、オオジガフグリ(カマキリの卵塊)を指すとする。この呼称、不学にして知らなんだ。「フグリ」は金玉(睾丸)で、まさにあの形を言い得て妙だが、「オオジガ」は何だろう? 「大爺がフグリ」か? 「お爺が金玉」か! これまた言い得てミョウ?!
 『「本草綱目」に、「鮹」、別に此れ一種とす』について。まず「本草綱目」を見よう。

集解藏器曰出江湖形似馬鞭尾有兩岐如鞭鞘故名

「集解」に藏器曰く、『江湖に出づ。形、馬の鞭に似、尾に兩岐有りて鞭鞘のごとし。故に名づく。』と。

更に「廣漢和辭典」の「鮹」の項の字義の第一に、「魚の名。」とし、この「本草綱目」の引用(一部に省略があるが)に先立って以下の引用がある(書き下し文に直し、一部に読みを施した)。

〔廣韻〕鮹は、海魚。形、鞭鞘(へんせう)のごとし。〔集韻〕鮹は、海魚の名。形は鞭旒(べんりう)のごとし。

「鞭鞘」はむちの先のことで、「鞭旒」は細長くたなびくようなむちを言うか。以上から「鮹」は海産(時珍は淡水産とするが)で、魚体が鞭状で、有意に細長い(時珍はその尾部が二叉の鞘状になるとする)ものということになる。その形状はトゲウオ目のヨウジウオ属Syngnathusか、もしくは時珍の言う尾鰭の形状から同じトゲウオ目のヤガラ属Fistularia等を強く想起させる。本プロジェクトの底本を出版している「長野電波技術研究所」「本草綱目」の同定ページでは、「鮹魚」をコウライシタビラメCynoglossus abbreviatusと同定しているのだが、魚体が違い過ぎる。ともかく中国博物学書の「鮹」は確かに「章魚」=タコ目(八腕目)Octopodaでないことは確かである。
 「疣」は勿論、吸盤を指す。ここでは当然、タコとイカの吸盤構造の違いを述べておく必要があろう。タコの吸盤は文字通り、吸い付くところの「吸盤」で、球状の一部が円柱状になってその中央部分に窪みがあり、そこの圧力を減らして対象に吸着する。それに対して、イカの吸盤は柄が付いたカップのような形状で、その縁にキチン質の刺の付いたリング(これをイカリングとは、言わない)が嵌っており、それが対象を噛んで(それぞれの刺が引っかかって)保持する。一般に頭足類の雌雄判別で雄の吸盤は成長するに従って大きく不揃いとなる等といわれるが、これは必ずしもそうとは言えない。
 「頭」は勿論、胴である。ここでは当り前のことながら、タコの体制を述べておかなくてはならない。一般に「頭」と呼ぶ部分が「胴」であり(ここに「腸」=消化器官もしっかりある)、良安が述べるようにその「胴」と「足」の間に漏斗・眼、そして足に広がる高度な神経系を統御する神経叢、口を含む頭部があり、「足」=腕足が放射状にそれに付随する(但し口器は腕足の中央部に開口しているから、上から「胴」+「頭」+「足」という図式もインパクトがあるが、「胴」+周りに「腕足」が生えた「頭」+「口」の方がよりショッキングであり、より正しいと言えるのではあるまいか)。
 先に「疣」の注で雌雄判別について述べたが、以下も頭足類の場合、必ず語っておかねばならない重要な特徴である。雄の判別は交接腕の有無にある。まず足の数え方から。頭足類は胴にある漏斗(総排出口。海水を噴出して推進したり排泄したりするためのパイプで、漫画では「口」になる部分だが、言うならあれは「口」ではなくて「肛門」である)を正面に持ってきて胴全体を上にし、それぞれの腕を左右から番号で、例えば右なら時計回りに「右Ⅱ腕」というふうに呼ぶ(但しイカ類では左右のⅢ腕とⅣ腕の間に有意に長い採餌用の捕食腕があり、それを特に触腕と言って区別して呼称する)。さて、タコ類では右の第Ⅲ腕が、イカ類では右または左あるいはその両方の第Ⅳ腕が交接腕となる。では交接腕とは何か? それぞれの番号の腕を見ると、メスでは先端まで普通に吸盤があるだけであるが、オスは先の部分が溝(もしくはスプーン状、叉状等様々)になっていて、吸盤がない。この部分を持つ腕を特に交接腕と言い、その先端こそが精莢(せいきょう)と呼ばれる頭足類の不思議なオスの生殖器官(ペニス)なのである。オスのタコはメスを見つけて発情すると、やおら自分の精巣にこの第Ⅲ腕を入れて、精子の入った袋である精嚢をこの先端部分の溝に挟みこんで取り出す。それをメスの体表の卵巣のそばに突き刺し(この時、メスは相当に痛いらしい)、その後、オスは自らその先端部を切断してしまうのである。万事順調に行けば、精嚢は次第に膨張し、最後に破裂し、めでたく受精する。ちなみに、19世紀初頭のフランスの有名な博物学者キュビエは、メスのアミダコOcythoe tuberculataを解剖中にこの精莢を見つけ、寄生虫だと早合点して、ご丁寧に「百疣虫」ヘクトコチルス・オクトポイディスHectocotylus Octpodisという学名までつけてしまった。現在もその勘違いに敬意を表して、現在もこの交接腕のことをヘクトコチルスと呼んでいる。
 「皮の中に雙の小鳥のごとき者有り」とは正に通称カラストンビと呼ばれる顎板(がくばん)を指す。スズメ目カラス科カラス属Corvusの嘴は一般に太く短く真直ぐであるが、タカ目タカ科トビ属のトビMilvus migransのそれは鉤(かぎ)のように曲っている。頭足類の口には顎板と呼ばれる口器があり、それがちょうどカラスとトビ(トンビ)のそれぞれの嘴のように、一方は比較的真直ぐで、もう一方が鉤方に湾曲している。そこから頭足類の顎板を烏鳶(カラストンビ)と呼ぶようになった。この二つ顎板で食いちぎられた餌は、その内側にある口球という器官に送り込まれ、そこにあるおろしがね状の歯舌で磨り潰される。なお、この顎板、鯨類・鳥類・魚類の食性研究者にとって、食われた頭足類の種の同定になくてはならない(というより最後はこれしか残らない)ものなのだ。見よ、国立博物館「頭足類の顎板による種査定に関するマニュアル」
 「文火」については種々の和文献もあるが、さるブログ上に、中国のドラマの一場面で『「文火(wenhuo)って何?」「文火も知らないの? 慢火(manhuo)のことよ」』という会話があったが、中国語では「慢火」とは弱火、ちなみに強火は「武火」とも言うとあった。
 「關東煮」は現在、おでんの異名(というよりも古名)である。とろ火で半日、更に醤油をさして、再び煮込むとなれば、まさに相当に濃い出し汁の「関東炊き(かんとだき)」と言える。
 「壺」は言わずと知れた蛸壺による漁法。ウィキペデは壺を押さえてコンパクトに纏まっている。私の好きな芭蕉の句(句のリンクは伊藤洋氏の美事な「芭蕉DB)を掲げてるのも、好きさ♡

   蛸壺やはかなき夢を夏の月   はせを

 「北海には、乃ち大なる者、多く有り」は、体長3m・体重40㎏を超える個体もいるという世界最大種のミズダコ Octpus (Enteroctopus) dofleiniをおいてほかにない(北米では同種で体長5mの記録があるという)。
 「性、芋を好き、田圃に入り、芋を掘りて食ふ」は、かなり人口に膾炙した話であるが、残念ながら私は一種の都市伝説であると考えている。しかし、タコが夜、陸まで上がってきてダイコン・ジャガイモ・スイカ・トマトを盗み食いするという話を信じている人は結構いるのである。事実、私は千葉県の漁民が真剣にそう語るのを聞いたことがある。また1980年中央公論社刊の西丸震哉著「動物紳士録」等では西丸氏自身の実見談として記されている(農林水産省の研究者であったころの釜石での話として出てくる。しかしこの人は、知る人ぞ知る、人魂を捕獲しようとしたり、女の幽霊にストーカーされたり、人を呪うことが出来る等とのたまわってしまう人物である。いや、その方面の世界にいる時の私は実はフリークともいえるファンなのだが)。実際に全国各地でタコが畠や田んぼに入り込んでいるのを見たという話が古くからあるのだが、生態学的にはタコが海を有意に離れて積極的な生活活動をとることは不可能であろう。心霊写真どころじゃあなく、実際にそうした誠に興味深い生物学的生態が頻繁に見受けられるのであれば、当然、それが識者によって学術的に、好事家によって面白く写真に撮られるのが道理である。しかし、私は一度としてそのような決定的な写真を見たことがない(タコ……じゃあない、イカさまの見え見え捏造写真なら一度だけ見たことがあるが、余程撮影の手際の悪いフェイクだったらしく、可哀想にタコは上皮がすっかり白っぽくなり、そこを汚く泥に汚して芋の葉陰にぐったりしていた)。これだけ携帯が広がっている昨今、何故、タコ上陸写真が流行らないのか? 冗談じゃあ、ない。信じている素朴な人間がいる以上、私は「ある」と真面目に語る御仁は、それを証明する義務があると言っているのである。たとえば岩礁帯の汀でカニ等を捕捉しようと岩上にたまさか上がったのを見たり、漁獲された後に逃げ出したタコが畠や路上でうごめくのを誤認した可能性が高い(タコは海の忍者と言われるが、海中での体色体表変化による擬態や目くらましの墨以外にも、極めて数十㎝の大型の個体が蓋をしたはずの水槽や運搬用パケットの極めて狭い数㎝の隙間等から容易に逃走することが出来ることはとみに知られている)。さらにタコは雑食性で、なお且つ極めて好奇心が強い。海面に浮いたトマトやスイカに抱きつき食おうとすることは十分考えられ(クロダイはサツマイモ・スイカ・ミカン等を食う)、さらに意地悪く見れば、これはヒトの芋泥棒の偽装だったり、研究会」以下のページにあるような(西丸氏の上記の記事も載る)、禁漁期にタコを密猟し、それを芋畑に隠しているのを見つけられ、咄嗟にタコの芋食いをでっち上げた等々といった辺こそが、この伝説の正体ではないかと思われるのである。いや、タコが芋掘りをするシーンは、是非見たい。信望者の方は、是非、実写フィルムを! 海中からのおどろどろしきタコ上陸→農道を「目を怒らし、八足を踏みて立行す」るタコの勇姿→腕足を驚天動地の巧みさで操りながら起用に地中のジャガイモを掘り出すことに成功するタコ→「ウルトラQ」の「南海の怒り」のスダールよろしく、気がついた住民の総攻撃をものともせず、悠々と海の淵へと帰還するタコ……だ(円谷英二はあの撮影で、海水から出したタコが突けど触れど一向に思うように動かず、すぐ弱って死んでしまって往生し、生き物はこりごりだと言ったと聴く)。
 「浮屠」は「浮図」とも書く仏教用語。本来は梵語のbuddha(=仏陀)の漢訳であったが、転じて僧侶の意に用いた。
 「兩眼の中間」――誰でも脳をぶち割られれば、死ぬ。タコは眼球の周縁部分に大きな神経叢(脳と言ってよい)を持っている。
 「若し飢れば、則ち己が足を食ふ」は都市伝説、では一応ない。まず、タコには蜥蜴の尻尾切りと同じ防御機能としての自切行動がある。タコはウツボ等の天敵に襲われると、噛み付かれた足を自切して逃げる。もげた足は後に再生する。そうしてタコは自分の足をもいで食うこともまれにあるらしい。但し、それはタコの場合、水族館等で狭い水槽に何匹も住まわせたりすることでノイローゼに罹ったタコのする異常行動であるらしい(タコは一般に交尾期以外は排他的で孤独相を好む)。いや、そんなことをする前に、だいたいの病んだイカ・タコは墨を吐き尽くして弱って死んでしまうことの方が圧倒的に多い。頭足類はおおむね非常に神経質で、水槽のガラスをたたく音や、円形でない水槽内では、ストレスを起こして立派なノイローゼになってしまう(これまた、その前に壁やガラスに胴頂部が激突損傷し、弱って死んでしまうことが多い)。円形水槽も水槽の絶対数も少なかった以前の水族館では飼育しにくい動物の筆頭に挙がっていたものである。それにしてもノイローゼに罹るイカ・タコとは、彼らが人間並みなのか? それとも……我々がイカ・タコ並みなのか? さてもどっちだろう?
 足の数が少ないことを見たら、その逆も話したくなるな。タコは英語でオクトパス“octpus”だが、これは、ラテン名オクトプスに由来し、ギリシャ語の“octo”「8本の」と“pous”「足」の合成語である。しかし、突然変異で7本とか、10数本足のタコが稀に見つかる。現在までに記録に残された最多例は、昭和32年(1957)年8月、三重県鳥羽市答志島沖合で漁師の中村勘三郎氏によって捕獲されたもので、実に85本足であった。これは恐らく世界一の記録である。今も標本として残されている。私は1971年の中学の関西修学旅行の途中、今のバリバリの建物からは想像も出来な~い、冷た~いぼ~ろぼろのお化け屋敷みたよ~な暗~い鳥羽水族館の一室で、これを、見た。いや、慄っとした。
 そうしてトリはやはり、私の私淑する萩原朔太郎の、そして、その詩の中でもいっとう好きなこの一篇に登場してもらわねばなるまい(昭和141939)年刊の散文詩集「宿命」より。底本は筑摩書房版「定本萩原朔太郎全集」を用いた)。

 

   死なない蛸   萩原朔太郎

 

 或る水族館の水槽で、ひさしい間、飢ゑた蛸が飼はれてゐた。地下の薄暗い岩の影で、青ざめた玻璃天井の光線が、いつも悲しげに漂つてゐた。

 だれも人人は、その薄暗い水槽を忘れてゐた。もう久しい以前に、蛸は死んだと思はれてゐた。そして腐つた海水だけが、埃つぽい日ざしの中で、いつも硝子窓の槽にたまつてゐた。

 けれども動物は死ななかつた。蛸は岩影にかくれて居たのだ。そして彼が目を覺した時、不幸な、忘れられた槽の中で、幾日も幾日も、おそろしい飢饑を忍ばねばならなかつた。どこにも餌食がなく、食物が全く盡きてしまつた時、彼は自分の足をもいで食つた。まづその一本を。それから次の一本を。それから、最後に、それがすつかりおしまひになつた時、今度は胴を裏がへして、内臟の一部を食ひはじめた。少しづつ他の一部から一部へと。順順に。

 かくして蛸は、彼の身體全體を食ひつくしてしまつた。外皮から、腦髓から、胃袋から。どこもかしこも、すべて殘る隈なく。完全に。

 或る朝、ふと番人がそこに來た時、水槽の中は空つぽになつてゐた。曇つた埃つぽい硝子の中で、藍色の透き通つた潮水(しほみづ)と、なよなよした海草とが動いてゐた。そしてどこの岩の隅隅にも、もはや生物の姿は見えなかつた。蛸は實際に、すつかり消滅してしまつたのである。

 けれども蛸は死ななかつた。彼が消えてしまつた後ですらも、尚ほ且つ永遠にそこに生きてゐた。古ぼけた、空つぽの、忘れられた水族館の槽の中で。永遠に――おそらくは幾世紀の間を通じて――或る物すごい缺乏と不滿をもつた、人の目に見えない動物が生きて居た。




下線部「そこに」は原文では「◎」の傍点三つである。
 なお本注記に当たっては、私自身がかつて生徒のために書き下ろした「藪だこのひとりごと」を参考にした。「たこ焼き」の話など、興味のある方は、是非、お読みあれ!]

***


てなかたこ 石鮔

     【俗云手長鮹】

石距


本綱石距亦章魚之類身小而足長入鹽燒食極美也

△按蛇入江海變石距人有見其半變者故多食則食傷


てながだこ 石鮔

     【俗に手長鮹と云ふ。】

石距


「本綱」に、『石距〔(せききよ)〕は亦、章魚の類。身、小にして足長し。鹽を入れ、燒き食ふ。極美なり。』と。

△按ずるに、蛇(くちなは)、江海に入りて石距に變ず。人、其の半變なるを見たる者〔(こと)〕有り。故に多く食へば、則ち食傷〔:食あたり〕す。

[やぶちゃん注:マダコ科テナガダコOctopus minorである。全長70㎝に達し、腕部は胴の5倍を越える。韓国で踊り食い(サンナクチ)されるのは本種である(韓国大使館に『「ナクチ」と「蛸」と「違い」の話 』という面白いコラムがある)。本叙述の中にもあるように、古くから蛇が蛸に変ずることはかなり古くから信じられており、結果、「テナガダコ」という呼称を妖怪とするWeb上の記述さえもある始末だ。これについて、南方熊楠はその「蛇に関する民俗と伝説」(大正6年)の「十 蛇の変化」の中で、例の立て板にゲロ、じゃあなかった水の名調子で以下のように記す(底本は平凡社版「南方熊楠選集1」を用いた。〔 〕の読みは私が加えたもの)。

 西土にも蛇が修役を積んで竜となる説なきにあらず。古欧州人は蛇が他の蛇を食えば竜と化(な)ると信じた(ハズリットの『諸信および民俗』)。ハクストハウセン説に、トランスカウカシア辺で伝えたは、蛇中にも貴族ありて人に見られずに二十五歳経(た)たば竜となり、諸多の動物や人を紿(あざむ)き殺すため、その頭を何にでも変じ得、さて六十年間人に見られず犯されずば、ユクハ(ペルシア名)となり、全形をどんな人また畜にも変じ得、と。天文元年の著なる『塵添壒嚢抄〔じんてんあいのうしょう〕』八に、蛇が竜になるを論じ、ついでに蛇また鰻に化(な)ると言い、『本草綱目』にも、水蛇が鱧(はも)という魚に化るとあるは形の似たるより謬ったのだ。文禄五年筆『義残後覚』四に、四国遍路の途上船頭が奇事を見せんというゆえ、蘆原にある空船に乗り見れば、六、七尺長き大蛇水中にて異様に旋(まわ)る、半時ほど旋りて胴中炮烙(ほうろく)の大きさに膨れ、また舞う内に後先(あとさき)おのおの二に裂けて四となり、また舞い続けて八となり、すなわち蛸(たこ)と化(な)りて沖に游(およ)ぎ去ったと見ゆ。例の『和漢三才図会』や『北越奇談』、『甲子夜話』などにも、蛇、蛸に化る話あり。こんな話は西洋になけれど、一八九九年に出たコンスタンチンの『熱帯の性質(ラ・ナチュール・トロピカル)』に、古ギリシアのアポロン神に殺された大蛇ピゾンが多足の竜ヒドラに化ったというは、蛇が蛸になるを誇張したのであろうとあるは、日本の話を聞いて智慧つけたのかそれとも彼の手製か、いずれに致せ蛸と蛇とは似た物と見えるらしい。
 ただに形の似たばかりでなく、蛸類中、貝蛸(かいだこ)オシメエ・トレモクトプス等諸属にあっては、雄の一足非常に長くなり、身を離れても活動し雌に接して子を孕ます。往時学者これを特種の虫と想い、別に学名を附けた。その足切れ去った跡へは新しい足が生える。古ギリシア人は日本人と同じく蛸飢うれば自分の足を食うと信じたるを、プリニウスそは海鰻(はも)に吃い去らるるのだと駁撃(ばくげき)した。しかし宗祇『諸国物語』に、ある人いわく、市店に売る蛸、百が中に二つ三つ足七つあるものあり、これすなわち蛇の化するものなり。これを食う時は大いに人を損ずと、怖るべしと見え、『中陵漫録』に、若狭小浜の蛇、梅雨時章魚(たこ)に化す。常のものと少し異なるところあるを人見分けて食らわず、と言える。『本草啓蒙』に、一種足長蛸、形章魚(たこ)に同じくして足最(いと)長し、食えば必ず酔い、また斑(ぶち)を発す。雲州でクチナワダコと言い、雲州と讃州でこは蛇の化けるところという。蛇化のこと若州に多し。筑前では飯蛸(いいだこ)の九足あるは蛇化と言う。八足の正中(まんなか)に一足あるを言うと記せるごとき、どうもわが邦にも交合に先だって一足が特に長くなり、体を離れてなお蠕動(ぜんどう)する、いわゆる交接用の足(トクユチルス、第十二図)が大いに発達活動して蛇に肖(に)た蛸あり。それを見謬って蛇が蛸に化(な)るといったらしい。キュヴィエーいわく、欧州東南の海に蛸類多きゆえに、古ギリシア人蛸を観察せる事すこぶるつまびらかで、今日といえども西欧学者の知らぬ事ども多し、と。わが邦またこの類多く、これを捕るを業とする人多ければ、この蛇が蛸に化る話なども、例の一笑に附せず、静かに討究されたいことじゃ。それから蛸と同類で、現世界には化石となってのみ蹟(あと)を留むるアンモナイツは、漢名石蛇というほど蟠(ま)いた蛇に酷(よく)似おる。したがって、アイルランド人はその国にこの化石出づるを、パトリック尊者が国中の蛇をことごとく呪して石となし、永くこれを除き去った明証と誇る由(タイラー『原始人文篇(プリミチヴ・カルチュール)』一巻一〇章)。一昨年三月号一六三頁にその図あり。

↑第十二図 貝蛸の雄の交合用の足まさに離れ去らんとするところ

↑石蛇[やぶちゃん注:引用文末が指示している「アンモナイツ」の図。これは前年に発表した熊楠の「田原藤太竜宮入りの譚」の第二十二図である。頭足綱Cephalopodaアンモナイト亜綱Ammonoideaのアンモナイトである。]

ここで熊楠は「貝蛸オシメエ・トレモクトプス等諸属」と記すが、これは「貝蛸・オシメエ・トレモクトプス等」の三並列の意と思われる。即ち頭足類である貝蛸=アオイガイ属Argonauta・オシメエ属・ムラサキダコ属Tremoctopus等の多くの属に、という意味である。しかし「オシメエ」という属は八腕類には見当たらない(御教授を乞う)。
 さてもこの「和漢三才圖會」電子化プロジェクトの最初の動機は南方熊楠の幼年期の本書の暗誦筆記である。藪に熊はいい取り合わせじゃあねえか!
 熊楠にこだわって彼が挙げる文献の幾つかを見ていこう。
 まず文禄5(
1596)年の怪談集「義残後覚」巻四に現れる蛇から蛸への変化の様子。年刊の笹間良彦著「図説日本未確認生物事典」で立派に妖怪入りしている「石距(てながだこ)」より。古文の現代仮名遣いという表記には大いに不満があるが原本を所持しないので、そのまま孫引きする。文中の( )は笹間氏の補注である。なお、笹間氏の記述によれば、この話には大蛇と大蛸の闘いの前段があるとのことである。

また四こくへんろしたる人のいわく、四こくのうちにて雨のはれまにみぎわのかたへい(出)でて空のけしき、いかがあるべしと同行ともみる所に、あけ舟に乗りたる船頭の、なう(さあ)たび人たちはやくおわせよ、きとくなる事をみせん、というほどに蘆はらを二三げんがあいだふみ分けて舟にのりてみればながき六七尺もあるらんとみえける大くちなわ(二、三メートル程の大蛇)の水中にてきりきりとまう事よのつねならず、半時ばかりまうてければ、筒中(どうなか)とおぼしきところほうろくの大きさに、まろくふくれふしぎやと見る所に、又きりきりまうほどにしばらくありて、あるとき二つづつにさけたり。みれば四ツになりけり。それより又まう事ややしばらくありて四ツ手をさけて八ツになりたり、めだたきする内にこのくちなわ蛸となりにけり。そののち沖をさしておよぎゆきしなり。人々さてもふしぎなる事をみつるものかな、かかることもあるならいかやとて、よくよくみおきてものかたりにしたりけり。

 次は1821年から20年間を費やして書かれた博覧の平戸藩主松浦(まつら)静山の随筆「甲子夜話」。その正編巻七十六の十一にある。これは蛇の蛸と化すフォークロアの優れた記載と検証であり、熊楠もこの記事に多くを拠っていると思われるので、「和漢三才図会」の重複も煩瑣を厭わず引用する(底本は平凡社東洋文庫版を用いた。但し、本頁に合わせて二行割注は【 】の記号に換え、漢文書き部分はこの底本での訓点に従い書き下しにしたが、その際、私の判断で読点を補った。〔 〕は私が補った部分。なお、その前に挙げる「北越奇談」は所持するものの該当部分が今、ちょっと見出せないでいる。発見次第、引用する)。

蛇の鮹に変ずるは、領内の者往々見ることあり。蛇海浜に到り、尾を以て石に触れば、皮分裂し、その皮迺(すなはち)脚となる【或は云ふ。鮹の脚は皆八あり。蛇の化せし者は必ず七つなりと。未孰れか是なるかを知らず。 ○又世人総て鮹の頭と思ふものは腹にして、頭と云ふは臀なり。因て足と呼ぶ者は手なり。鮹は烏賊の属ひなり。烏賊魚を以て見れば、彼の頭足の非は知るべし。世俗、鮹の入道など称る者は、その臀を誤て頭とするより起る。下文玆を以て読むべし】。又蛇、首より中身のあたりは、皮翻り、鱗ある所腹内となり、皮裡却て身外となる。総じて鮹は紅白色なるに、蛇化の者は身潔白、腹長ふして脚短く、その形尋常と殊なり。又游泳せずしてたゞ漂ふのみ。且その変ぜしあたり血色殷々海水を染て、方五六尺にも及ぶと。人々云〔ふ〕所、小異あれども大率この如し。
『和漢三才図会』、『本綱』を引いて云、〔「〕石距も【俗云手長鮹】亦章魚の類ひ。身小にして足長し。鹽を入〔れ〕、燒食ふ極て美なり。又曰。按るに蛇江海に入〔り〕、石距に變ず。人、其の半〔(なかば)〕は變はるを見たる者有り。故に多食へば則ち食傷す。」是等に拠れば、領内の見る者とは同じからず。多く食へば食傷すと見ゆるが、蛇化の者は迚(とて)も見分ん食ふ可(べ)からざる体なりと。
又『本草啓蒙』云く。〔「〕くちなはだこ【雲州の言】、形章魚(たこ)に同じくして、足最長し。食へば必(かならず)酔ひ、又斑を発す。是石距なり。一名、石拒【「寧波府志」】、八帯魚【『東毉宝鑑』『漳州府志』】、八則魚【『山東通志』】。雲州及讃州にては、石距は蛇の化〔す〕ところと云ふ。蛇化のこと若州に多し。筑前にては、いゝだこの九足なる者は蛇化と云ふ。八足の正中に一足あるを云ふ。」これも領内に云〔ふ〕所と合はず。
同書に曰。〔「〕蛇婆、一名海蛇【『琉球国使略』】時珍は水蛇とす。蔵器の説は海中の蛇とす。うみくちなは数品あり。蛇形にして色黒く、尾端寸許(ばかり)分かれて、流蘇(フサ)〔=房飾り〕の如くして、赤色なる者又白色なる者あり。」これを見れば、蛇の化せんと自ら其尾を打て分裂することは、天理の然ることあると覚ゆ。
因に云ふ。領海にアラカブと呼ぶ魚あり。頭口ともに大にして黒鱗なり。此地にある藻魚、メバルの類にして、多く海辺の石間にゐる。蟾蜍(ひきがへる)変じてこの魚となる。既に見し者往々にあり。其言に曰く。蟾蜍の前二足、魚の前鰭なり。後足合〔あひ〕寄りて魚尾となると。成ほど蟾蜍は頭大にして巨口、黒色なる者なり。彼魚と化するも由なきに非ず。
一人又曰。蟾蜍の化するはアラカブに似て一種なり。皮滑にして黄色、黒斑あり。兩鰭自ら蟾蜍の手臂〔てひぢ〕の如しと。又一説なり。
『和漢三才図会』云。蟾蜍海に入〔り〕、眼張(メハル)魚と成る。多く半は変るを見ると。然れば余所にも有ることなり。

後半の本文に現われるアラカブとは、長崎方言でカサゴSebastiscus marmoratusを指す(静山の言うメバルもカサゴ目メバル科メバル属Sebastesではある)。またその後の「アラカブに似て一種」というものは何だろう。イソギンポ科にはずばりカエルウオIstiblennius enosimae なんていうのもいるけれど、これはカサゴには似ていない。アンコウ目カエルアンコウ科 Antennarius striatus 限定し過ぎ、しかしその形状からイザリウオ科 Antennariidaeの一種と考えていいように思われる。私の電子テクスト、栗本丹洲の「栗氏千蟲譜」巻七及び巻八よりの「蛙変魚」を参考にされたい。ここで私は丹洲の絵をベニイザリウオAntennarius nummiferの黄色型と同定した。
 
次は『宗祇諸国物語』であるが、これは同書の巻之一「無足の蛇 七手の蛸」の後半に現われる。宗祇が肥後の宇土長浜の連歌数寄の荻生房高(おぎうふさたか)のもとを訪ね、うららかな一日、共に磯をそぞろに名所を訪ねるうち、不思議な蛇を見出す。以下、大正4(1915)年博文館刊の「俳人逸話紀行集」を底本として引用する(但しパラルビとする)。

爰にひとつの山川(やまかは)の海に落入る所に、二尺餘の蛇(へび)、尾の方半(なかば)海につかりて、ひた/\と波をたゝく、怪しき事をする物哉と、舟さしよせてまもり居るほどに、いそがず靜かならず波をうつ事百度(ももたび)計り、中程より下、波にひたりたる所、始め二つにさけ、次第に三つ四つに成り、終に七つに分つて、大小のいぼ出來ると見えし、忽ちに蛸と化(け)し、鞠の大きさしたる首(かしら)をたてて、波上三間計り足をつかだてありきて、又水中に入りぬ。誠に鶉(うづら)化(け)して田鼠(でんそ)となり、雀海中へ入りて蛤(はなぐり)となるといひ、俗に薯蕷(やまのいも)の鰻とかはり、燕の干魚(ひうを)化するといふも、是を見るに信用ありといへば、荻生默然(もくねん)と打諾き、君が信ずるにて又信あり。人間の佛(ほとけ)になる事、今迄疑ひ侍り、御坊ぞ既に佛に化する用意なりといへるぞ、すしようの心の付所なると、笑ひて舟こぎ歸りぬ。[やぶちゃん注:以下の段落は底本では全体が一字下げ。]
或人云く、市店(してん)に賣る蛸、百が内にふたつ三つ足七つある物あり。是則ち蛇(じや)の化する物なり。食之(これをくらふ)時は大きに人を損ずと、後人おそるべし。

 続いて文政九年の佐藤成裕「中陵漫録」(底本は1976年吉川弘文館刊「日本随筆大成 第三期 第三巻」を用いた。〔 〕は私の補った読み)。

   ○蛇化章魚〔蛇章魚に化す〕

-蕷(やまいも)、鰻-※1[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「麗」。]〔うなぎ〕に化す事疑ひなし。鰻-※1、藷-蕷化すこと竜宮船に見えたり。又若州小浜の蛇は、五月梅雨の時、海辺に出て章魚(たこ)に化す。此辺の人、常に見てしる処なり。常に章魚より少し異る処あるが、人見分て是を食せずと云。

南方熊楠の跡追いに終わるのも如何にも癪である。この際、もう少し、引こう。伴蒿蹊(ばんこうけい)の「閑田耕筆」から(底本は1976年吉川弘文館刊「日本随筆大成 第一期 第十八巻」を用いた。このルビはカタカナである)。

○章魚(タコ)の内に、あるひは蛇に化するもの有といふ。ある人の話に、越前にて大巌にふれて尾を裂(サキ)たるが、つひに脚に成りたり。其間、時をうつせしといへりし。又使し僕も彼国の者にて、是は山より小蛇あまた下り來て水際(ギハ)に漬(ヒタ)り、小石にふれ、漸々に化して水に入たりといひき。彼辺にては折々有事ならし。

最後に控けえしは、曲亭馬琴の「兎園小説」。報告者は親馬鹿馬琴の息子、例のうつろ舟の蛮女の一件と同じ医師の琴嶺舎である(底本は1973年吉川弘文館刊「日本随筆大成 第一期 第一巻」を用いた。ルビはカタカナである。また標題の漢文部分は書き下しに直し、〔 〕で私の読みを補い、本頁に合わせて二行割注と思われる部分は【 】の記号に換え、濁点の踊り字「/\」は正字に換えた)。

   ○蛇化して蛸と為る

越後の刈羽部なる海浜は、古歌にも人音ゆく越の長浜とよみたる当国一の荒磯なり。この所、出雲崎に相つゞきて、東南は嵯峨たる海巌のつらなりたる、さながら刀もて削れるがごとく、西北は渺茫たる大洋にして、見るめもはるかに限りしられず。うち寄するしら彼の摧けてかへるすさましかるべし。かねて聞く。この辺すべて沙浜(スナハラ)にて、石地といふ漁村あり。抑〔さて〕この町は、海を面にし山を背にす。こゝには松多しといふ。この山に相つゞきて又松山あり。この山の板がたには石の六地蔵建たせ給へり。より里俗、この辺を賽の河原と唱へたり。これより松の林あり。この林のうしろよりして柏谷宮川と唱ふるかたは、みなこれ峨々たる岩山なり。この岩山の前にあたりて閻魔堂あり。そのうしろの岩を穿ちて、閻王の木像を安置せり。これより海辺又数町にして、岩山の半腹に弁天堂あり。この天女堂の前なる磯の浪打際に男根石あり。土俗はこれ裸石といふ。三四尺なる天然石にして飴色なり。遠近の石女(ウマズメ)等(ラ)、この石に縛りて子を求むることありといふ。されば石地町なる童子等は、年々の夏毎にこの浜に出でゝ水に戯れ、終日警游びくらすこと絶えて虚日なしとなん。しかるにいぬる文化九年夏六月十六日、石地町なる民の子文四郎といふもの、【時に十五歳、】その友だち両三人とゝもに、賽の河原の海辺に出でて水をあみんとしたる折、石の六地蔵のほとりより、長さ四五尺なる蛇はしり出でけり。文四郎等これを見て、彼打ちころしてんといひもあへず、手に/\棒をとりて打たんとせしに、蛇はたゞちに海に入りつゝ、波を凌ぎて泳ぐほどに、文四郎等は衣脱ぎ捨て逃ぐるを追ふて、水中のところどころにあらはれ出でたる岩角づたひに飛び越え/\、飛石、老骨など呼びなしたる海岩をつたひゆきしかば、おいそ岩のほとりに到りぬ。そのとき蛇は、岩角にしはしばその身をうちつけしを、いとあやしと見る程に、蛇の尾は、忽にいくすぢにか裂けたるが、そのほとりの海水はたちまち黄色になりしとぞ。さりけれども驚きおそれず、猶しも取りな逃がしそとて、終にうち殺してけり。扨〔さて〕引きあげてよく見るに、その蛇、既に蛸に変じ裂けたる処は、足になりて肬(イボ)さへはやくいで来たるに、頭もはじめの蛇に似ず。俄にまろくふくだみて、さながら蛸に異ならず。只その色は白はげて、聊〔いささか〕も赤みなし。日を経ればあかみさすといふ。只そのかたちの異なるよしは、人足ならで七足なるのみ。さればにや。凡〔およそ〕この地の漁父共の、七足の蛸を獲ることあれば、こは蛇の化したるなりとて、うち捨てゝ是をくらはず。しかれどもまのあたりに蛇の蛸になりぬるを見つるは、いともめづらしとて事をちこちに聞えたり。こくともをもて当年、かの地の一友人ゆきてその蛸を見つ、且文四郎に、その折の有さまをよく聞きて、地理さへ回して家厳におくれり。よりて今その地図を乞ひ得て、ちなみにこゝに載するのみ。予嘗て越後の総地図によりてしりぬ。この老骨岩のほとりには、蛇崩と唱ふる処あり。且その辺にふかき淵あり。この淵のぬしは大なる蛸なり。又大なる亀なりなどもいへり。近ごろ漁者のむすめ、海苔をとるとてこゝに来て、そのぬしなるものに引き込まれたり。死骸は終に出でざりしといふ。按ずるに亀もその性蛇と近し。いづれにまれ蛸の八足ならぬものをば、くらふまじきことぞかし。

最後の付図は本文所収の越後刈羽部の浜の「地図」(現在の新潟県柏崎市西山町石地)である。図中の文字も翻刻しておく(左上から右下へ。囲い文字は下線とし、カタカナは平仮名に直した)。

石地町 海道砂はま 前後波髙く惣て此辺越の荒海 北
六地蔵 此所さいの河原
くわん音 砂地往還 蛇道海上ををつたる所
えんま堂 うしろの岩をうがちてえんま有之
岩なり 飛石――此とび石よりをいそ岩に行 をいそ岩 沖の石
裸石 飴色[やぶちゃん注:右に。] 長二尺ほど[やぶちゃん注:左に。] なみうちきわに有 西

「家厳」とは自分の父の尊称。ほらね! 馬琴親馬鹿! この情報全体、いや文章も差し詰め家厳馬琴先生の名筆になるものぞかし!]

***


いひたこ

望潮魚

 

鱆魚【共出于

   閩書】

【俗云飯鮹】[やぶちゃん字注:以上三行は、前二行下に入る。]


△按望潮魚状類章魚而小凡五六寸許其頭如鳥印〔→卵〕頭

 中滿白肉煮食其肉粒粒如蒸飯味亦然故名飯鮹足

 亦軟美正二月盛出播州髙砂之産頭中之飯多摂泉

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十九

 

 之産無飯者亦相半至季春則魚痩而無飯余月全無

 東北海亦曾無之取之繋榮螺空貝投之則久而鱆入

 貝此鱆亦頭與股中間如鳶鴉者有之


貝鮹 大如鱆魚而無飯毎一頭生貝中其貝白状似秋

 海棠葉形日本紀私記云貝鮹【和名加比太古】是矣【詳于貝類之下】

蜘蛛鮹 似蛸而最小頭如雀卵加州越州有之播州明

 石取之乾送四方以似蜘蛛名之和名抄所謂小鮹魚

【知比佐木太古】是矣


いひだこ

望潮魚

 

鱆魚〔(しやうぎよ)〕【共に「閩書〔(びんしよ)〕」出づ。】

【俗に飯鮹と云ふ。】


△按ずるに、望潮魚は、状、章魚の類にして小さく、凡そ五~六寸ばかり。其の頭、鳥の卵のごとく、頭中に白き肉を滿つ〔→滿たす〕。煮て食ふ。其の肉、粒粒〔として〕、蒸飯(〔むし〕めし)のごとく、味も亦、然り。故に飯鮹と名づく。足、亦、軟にして美なり。正二月、盛んに出づ。播州髙砂の産は頭中の飯多しと。摂〔=摂津〕・泉〔=和泉〕の産、飯無き者、亦、相半ばす。季春〔:三月〕に至りて、則ち魚痩(やせ)て飯無し。余月は全く無く、東北海には亦、曾て之無し。之を取るに---貝(さゞい〔→ゑ〕がら)を繋(つな)ぎて、之を投ずれば、則ち久しくして、鱆、貝に入る。此の鱆も亦、頭と股との中間に鳶・鴉のごとくなる者、之有り。


貝鮹(かひだこ) 大いさ、鱆魚〔(いひだこ)〕のごとくにして、飯無し。毎一頭、貝中に生ず。其の貝、白く、状、秋海棠の葉の形に似たり。「日本紀」の「私の記」に云ふ貝鮹【和名、加比太古。】、是れか。【貝類の下に詳〔(くは)し〕。】

蜘蛛鮹(くもだこ) 蛸に似て最も小さく、頭、雀の卵のごとく、加州〔=加賀〕・越州〔=越前・越中・越後〕に之有り。播州明石に之を取る。乾かして四方に送る。蜘蛛に似たるを以て、之を名づく。「和名抄」に所謂、小鮹魚【知比佐木太古。】是か。

[やぶちゃん注:イイダコOctopus ocellatus。全長約5~20㎝という大きさ以外はマダコに似ているが、両眼の間に一箇所の長方形に似た、更に腕の付根の眼球に近い辺りに丸い金色に縁取られた二箇所の紋が特徴となる。メスの胴の内部の小さな米粒形のものは勿論、肉ではなく卵。一匹の雌は凡そ200から600粒の卵を持つという。産み付けられた卵塊は海藤花(かいとうげ)と呼ばれる。
 『「閩書」』は、明の何喬遠(かきょうえん)撰になる閩(福州・泉州・厦門等の現在の福建省辺りを指す)の地誌。
 「播州髙砂」は、現在の兵庫県高砂市。
 「之を取るに」とあるが、イイダコの漁法としてよく知られているのは、白い物に対して敏感に反応する習性を利用したもので、白ければオールマイティという事実であろうか。辣韮(ラッキョウ)に始まり陶器・豚脂身・葱などを釣り糸の先に結わえて、底引きする。良安のようなサザエTurbo cornutusの貝殻(これは斧足類でも可能)を用いるやり方は、大阪で寛政111799)年に出た「日本山海名産図会」にアカニシRapana venosaを用いた方法が「太き縄に細き縄の一尋許りなるを、いくらも並び付け、その端毎に赤螺の殻を付けて海中に投ず、潮のさし引きに波動し時は、海底に住みて穴を求むが故に、かの赤螺に隠る。これを引き上ぐるに貝の動けば尚底深く入りて、引取るに用捨なく」と示されている(以上の「日本山海名産図会」の引用は「ひょうご旬のマガジン」からのもので、一部疑問な箇所があるが、そのままコピーした)。
 「貝鮹」は私の電子テクスト「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部 寺島良安」のラストの同「貝鮹」の項を参照されたい。
 『「日本紀」の「私の記」』とは、平安期に書かれたりなされたりした「日本書紀」についての注釈研究・講筵の記録を指す。これがどの部分を指すのかは不明だが、「日本書紀」には菟道貝鮹皇女(うじのかいたこのひめみこ・菟道磯津貝皇女・静貝王) という女性が出てくる。おまけにこの人、聖徳太子のお妃である。古代史は苦手でね、これぐらいにしてボロが出ないようにしよう。
 「蜘蛛鮹」についてであるが、これは現在のクモダコOctopus longispadiceusではなく、前述の全く同じイイダコOctopus ocellatusを指していると考える。根拠の一は、現在の明石で主に食用として捕獲されるタコはマダコ・イイダコ・テナガダコの三種であること。クモダコOctopus longispadiceusは全国的に見ても一般的な種ではない点。更に、以下に引用する地元での識者の実際的観察によって最早明らかであると思う(明石淡路フェリー株式会社「明石海峡タコだより vol.6 蜘蛛ダコって?」より)。『でも、時折「クモダコ」という呼び名も耳にする。昆虫のクモのようなタコを探しても、別の種類が目に付くわけでもない。どうやら、胴に黒い筋が入り、金色の丸印を模様とするイイダコがそれらしい。真冬に胴の中ぎっしりと飯粒のような卵を持っていないものをクモダコと呼び分けたのではないだろうか。』これくらい安心して同定できると気持ちいいね!
 『「和名抄」』は、正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。]

***


いか

烏賊魚

ウヽ ツヱッ イユイ[やぶちゃん字注:「ツヱッ」の最後の「ッ」は有意に小さく、且つ右に寄せて書かれている。]

 

鰞※1 烏鰂[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「賊」の一字。]

墨魚 纜魚

【和名以加】[やぶちゃん字注:以上三行は、前三行の下に入る。]


本綱烏賊魚状若革嚢無鱗有鬚黑皮白肉大者如蒲扇

口在腹下八足聚生于口旁其兩鬚如帶甚長背上有一

《改ページ》

骨厚三四分状如小舟而兩頭尖輕虚而白脆重重有紋

以指甲可刮爲末名海螵蛸亦鏤之爲鈿飾又腹中血及

膽正如墨可以書字但逾年則迹滅惟存空紙爾此魚遇

風波則以鬚下矴或粘石如纜故名纜魚性嗜鳥〔→烏〕毎自浮

水上飛鳥〔→烏〕見之以爲死而啄之乃卷取入水而食之因名

烏賊過小滿則形小也又云此是本※2鳥所化今其口腹

具存猶頗相似【※2似※3見于水禽部】[やぶちゃん字注:※2=「暴」+「鳥」。※3=「鶃」の(へん)と(つくり)を取り換える。]

肉【酸、平。】 益氣強志 其墨能治心痛【以醋服之】

海螵蛸 烏賊骨能治婦人血閉不足症【炙黄入藥味鹹微澁】唾血

 下血又止瘡多膿汁不燥

三才圖會云烏賊腹中有墨見人及大魚常吐墨方數尺

 以混其身人反以是知取之

△按烏賊形状如上説漁人以銅作烏賊形其鬚皆爲鈎

 真烏賊見之自來則罹鈎蓋此見巳〔→己〕輩而慕乎嫉乎

 烏賊亦頸之交有如鳶鴉者


いか

烏賊魚

ウヽ ツヱッ イユイ[やぶちゃん字注:「ツヱッ」の最後の「ッ」は有意に小さく、且つ右に寄せて書かれている。]

 

鰞※1 烏鰂〔(うそく)〕[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「賊」の一字。]

墨魚 纜魚〔(らんぎよ)〕

【和名、以加。】[やぶちゃん字注:以上三行は、前三行の下に入る。]


「本綱」に、『烏賊魚は、状、革嚢のごとく、鱗無し。鬚有り。黑き皮、白き肉。大なる者は、蒲扇のごとし。口、腹の下に在り。八つの足、口の旁に聚〔(あつま)〕り生ず。其の兩鬚、帶のごとく甚だ長し。背の上に一骨有り。厚さ三~四分、状、小舟のごとくにして兩頭尖り、輕虚にして、白く脆し。重重に紋有り。指の甲(つめ)を以て刮(こそ)げて末と爲すべし。海螵蛸(いかのかう)と名づく。亦、之を鏤(ちりば)め、鈿飾〔(でんしよく)〕と爲す。又、腹中血及び膽〔(きも)〕、正しくのごとし。以て字を書くべし。但し、年を逾(こ)ゆれば、則ち迹(あと)滅(き)へて、惟だ空紙〔:白紙〕を存するのみ。此の魚、風波に遇ふときは、則ち鬚を以て矴(いかり)を下す。或は石に粘(つ)いて纜(ともづな)のごとし。故に纜魚と名づく。性、烏を嗜(す)く。毎に自らを水上に浮く。飛〔ぶ〕烏、之を見て、以て死にたりと爲して之を啄(ついば)むを、乃ち卷き取りて水に入れて之を食ふ。因りて烏賊名づく。小滿を過ぐれば、則ち形小に〔なる〕なり。又云ふ、此れは是れ、本〔(も)〕と、※2鳥の化する所、今、其の口・腹、具さに存して、猶ほ頗る相似たり【※2は※3に似たり。水禽部を見よ。】。』と。

[やぶちゃん字注:※2=「暴」+「鳥」。※3=「鶃」の(へん)と(つくり)を取り換える。]

肉【酸、平。】 氣を益し、志を強くす。 其の墨は、能く心痛を治す【醋を以て之を服す。】

海螵蛸(いかのかう) 烏賊骨、能く婦人の血閉・不足の症を治す【炙り、黄にして藥に入る。味、鹹、微〔(すこ)〕し澁。】唾血・下血、又、瘡〔(かさ)〕多く、膿汁燥(かは)かざるを止む。

「三才圖會」に云ふ、『烏賊は腹の中に墨有り。人及び大魚に見〔(まみえ)〕ば、常に墨を吐くこと、方數尺、以て其の身を混ず。人、反りて、是れを以て知りて、之を取る。』と。

△按ずるに、烏賊の形状、上の説のごとし。漁人、銅を以て烏賊の形(なり)に作り、其の鬚を皆、鈎(つりばり)と爲す。真の烏賊、之を見て、自〔(おのづか)〕ら來り、則ち鈎に罹(かゝ)る。蓋し此れ、己が輩を見て慕(した)ふか、嫉〔(そね)〕むか。

 烏賊にも亦、頸の交(あはひ)に鳶・鴉のごとき者、有り。

[やぶちゃん注:イカは軟体動物門Mollusca頭足綱Cephalopoda十腕形上目 Decapodiformesに属する生物の総称。目レベルではコウイカ目 Sepiida ・ダンゴイカ目Sepiolida・トグロコウイカ目Spirulida・ツツイカ目Teuthidaに大別され30を越える科に分かれるが、実際に本邦で食用に供される種類は、そのほとんどが

コウイカ目コウイカ科 Sepiidae

ツツイカ目ヤリイカ下目(閉眼下目)Myopsidaヤリイカ科(ジンドウイカ科)Loliginidae

ツツイカ目スルメイカ下目(開眼下目)Oegopsida アカイカ科 Ommastrephidae

の3科に含まれ、それ以外では

ツツイカ目スルメイカ亜目ホタルイカモドキ科EnoploteuthidaeホタルイカWatasenia scintillans

ツツイカ目スルメイカ下目ソデイカ科 ThysanoteuthidaeソデイカThysanoteuthis rhombus

ツツイカ目スルメイカ下目テカギイカ科 GonatidaeドスイカBerryteuthis magister

ダンゴイカ目ダンゴイカ科ダンゴイカ亜科 SepiolinaeミミイカEuprymna morsei

等が挙げられる。
 「蒲扇」は、ガマやビンロウの葉で作った団扇。
 「輕虚」は、ふわふわとして中身のないさま。

 「海螵蛸」は学術的には甲あるいは軟甲と呼ぶ。これはまさに頭足類が貝類と同じグループに属することの証と言ってよい。即ち、貝類の貝殻に相当する体勢の支持器官としての、言わば「背骨」が「イカの甲」なのである。あまり活発な遊泳を行わないコウイカ類では、炭酸カルシウムの結晶からなる多孔質の構造からなる文字通りの「甲」を成し、この甲から生じる浮力を利用している。本件で言うのは勿論、これである。対して、活発な遊泳運動をするツツイカ類では、運動性能を高めるために完全にスリムになって、半透明の鳥の羽根状の軟甲になっている。ツツイカ目のヤリイカ科アオリイカは外見はコウイカに似るが、甲は舟形ながら、薄く半透明で軽量である。これは言わば、甲と軟甲双方の利点を合わせた効果を持っている。即ち相応の浮力もあり、スルメイカほどではないにしてもかなり速い遊泳力も持ち合わせている。

 「婦人の血閉・不足の症」は月経不通・生理不順を言う。但し、イカの甲の成分である炭酸カルシウムは一般には止血効果がある。「海螵蛸」は海産の生薬ではかなりポピュラーなものであるらしい。
 「鈿飾」は、螺鈿細工の補助材料又はその代替材料とするということであろうか。軟甲は
Cuttleboneと呼ばれ、現在でも金属を用いた装飾品の加工時に型取りの材料や、磨き粉として用いられているようである。

 「墨」については、かつて私はブログで語ったことがある。但し、その主要部分はタコの墨についてであった。但し、良安は何故かタコの墨について語っていなかったために、墨について語る機会もなく、またブログ記載時の、ある疑問が今も解けていない。そこではタコとイカの墨の違いも述べているので、一部加筆して、「イカ」引用する。


 イカスミは料理に使用するが、蛸の墨はタコスミとも言わず、料理素材として用いられることがないことが気になった。ネット検索をかけると、蛸の墨には、旨味成分がなく、更に甲殻類や貝類を麻痺させるペプタイド蛋白が含まれているからと概ねのサイトが記している。
 では、それは麻痺性貝毒ということになるのであろうか(いか・タコの頭足類は広い意味で貝類と称して良い)。一般に、麻痺性貝毒の原因種はアレキサンドリウム属Alexandriumのプランクトンということになっているが、タコのそのペプタイド蛋白なるものは如何なる由来なのか? 墨だけに限定的に含まれている以上、これは蛸本来の分泌物と考える方が自然であるように思われる。
 ただ、そもそも蛸の墨は、イカ同様に敵からの逃避行動時に用いられる煙幕という共通性(知られているようにその使用法は違う。イカは粘性の高い墨で自己の擬態物を作って逃げるのであり、タコの粘性の低い墨は素直な煙幕である)から考えても、ここに積極的な「ペプタイド蛋白」による撃退機能を付加する必然性はあったのであろうか。進化の過程で、この麻痺性の毒が有効に働いて高度化されば、それは積極的な攻撃機能として転化してもおかしくないように思われる。しかし、蛸の墨で苦しみ悶えるイセエビとか、弱って容易に口を開けてしまう二枚貝の映像等というのは残念ながら見たことがない。また、蛸には墨があるために、天敵の捕食率が極端に下がっているのだという話も、聞かない。
 
更に、このペプタイド蛋白とは何だ? 化学の先生にも尋ねてみたが、ペプタイドとペプチドはpeptidという綴りの読みの違いでしかないそうだ。しかしその先生に言わせれば、「蛋白」という語尾自体が不審なのだそうだ。そもそも、ペプチドはタンパク質が最終段階のアミノ酸になる直前に当たる代謝物質なのであって、アミノ酸が数個から数十個繋がっている状態を指すのであってみれば、この物言いはおかしなことになる。先生は、その繋がりがもっと長いということを言っているのかも知れないと最後に呟いたが、僕も、煙幕が張られているようで、どうもすっきりとしなかった。いやいや、調べるうちに、逆に蛸壺に嵌ったわい。

なおイカの墨から作った顔料は実在する。よく言うところの色名であるセピアsepiaがそれであり、sepiaはラテン語でコウイカを指す。ギリシャ・ローマ時代から使用されており、レンブラントが愛用したことからレンブラント・インクとも呼ばれる。但し、実際のレンブラント・インクは暗褐色で、現在言うところの「セピア色」とは、このインクが経年変化して色褪せた薄い褐色になった状態の色調に由来する。薄くはなるが、実際には消えない。良安が言い、信じられているところの、「消える文字」というのは、この褪色効果を大袈裟に語っているに過ぎないのであろう。なお、この墨から液晶が作られたとよく聞くが、これは誤りと思われる。液晶製造初期に於いてイカの肝臓から採取されたコレステロールから作られたコレステリック液晶(グラデーション様に表示される寒暖計等)のことが誤って伝えられたものと思われる。
 「小滿」は二十四節気の一つ。小満は四月中気とも言い、この小満を含む新月から次の新月の直前の月が旧暦の四月と定められる。現在の5月21日頃を言う。

 「※2」[※2=「暴」+「鳥」。]は、音「ホク」又は「ハク」又は「ホウ」又は「ボウ」。水鳥の名。
 「※3」[※3=「鶃」の(へん)と(つくり)を取り換える。]は、「鶃」が本字。音は「ゲキ」・「ギヤク」または「ゲイ」。水鳥の名。割注は巻第四十一水禽部の「鷁」を指している。ここに※3及び※2の記載が現われる。折角なので、当該「鷁」の項をテクスト化する(体裁は本頁の書式に従った)。

 

■和漢三才圖會 水禽類 卷四十一 ○十一

[やぶちゃん注:冒頭の鸕鶿(う)[やぶちゃん字注:「鶿」は底本では上部が(へん)で「鳥」が(つくり)。]の項の後半は省略。また柱は「水禽部」ではなく「水禽類」となっている。]


げき   ※3【同】

【音逆】

子[やぶちゃん注:漢字の「子」である。良安はカタカナの「ネ」をこれで表記する癖がある。]


本綱鷁似鸕鶿而色白人誤爲白鸕鶿是也雌雄相視雄

[やぶちゃん字注:「鶿」は底本では上部が(へん)で「鳥」が(つくり)。以下同じ。]

鳴上風※4〔→雌〕下風而孕口吐其子莊子所謂白※3相視眸

[やぶちゃん字注:※4=「雌」の「ふるとり」を「鳥」に換える。]

子不運而風化者也昔人以吐雛爲鸕鶿者非也※3善高

飛能風能水故舟首畫之


青※3【一名鳥※2】 似※3而短項背上緑色腹背紫白色

△按舟畫龍頭鷁首是也五雜組云昔人※3謂其

 吐而生子未必然也


げき   ※3【同じ。】

【音、逆。】


「本綱」に、『鷁は、鸕鶿〔(う)〕に似て、色白し。人、誤りて白鸕鶿と爲すは是なり。雌雄相視て、雄は上風に鳴き、雌は下風に孕む。口より其の子を吐く。「莊子」に所謂、『白※3、相視て、眸子も運〔(めぐ)〕らずして、風化す。』と云ふ〔は〕、者〔(これ)〕なり。[やぶちゃん字注:「云」は送り仮名にある。]昔人、雛を吐くを以て鸕鶿と爲するは非なり。※3、善く高く飛び、風に能(た)へ、水に能(た)ふ。故に舟の首に之を畫く。


青※3【一名、鳥※2。】 ※3(げき)に似て短き項〔(うなじ)〕、背の上、緑色。腹・背、紫白色。』

△按ずるに、舟に龍頭鷁首〔(りようとうげきす)〕を畫(ゑが)くは是なり。「五雜組」に云ふ、『昔人、※3、其れ、吐して子を生(う)むと謂ふこと、未だ必しも然らざるなり。』と。

 

注は、本格的に「卷四十一 水禽部」のテクスト化をした際に譲るが(但し私が動物分類の中で最も苦手とする鳥類は恐らく生きているうちにテクスト化できるかどうか甚だ疑問ではある)、叙述からみるとペリカン目ウ科Phalacrocoracidaeの一種か、勘繰れば同科の種のアルビノとも考え「ウ」るが、風媒で受精するとか、口から子供を吐いて生むとか、更に舳先に据えた龍頭鷁首(なお本文で私が示した読みは特に平安人が好んだこれらを舳先に据えた二艘組の船の名を指す際の読み方で、「りゅうとうげきしゅ」と読んでも構わない)に、まさに龍と共にシンボライズされているところからも、これは想像上の霊鳥と解しておくのがよかろう。]

***

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十九


たちいか

するめいか

柔魚

 

明鮝【鹽乾者俗云須留女】

脯鮝【淡乾者】

【俗云太知以加

 又云鮝以加】[やぶちゃん字注:以上四行は、前三行下に入る。]


本綱柔魚與烏賊相似但無骨爾

△按柔魚同烏賊而身長大乾之爲鮝出於肥州五島者

 肉厚大味勝微炙食【裂食則佳切則味劣】或不炙細刻代膾皆甘

 美柔魚骨亦似舟形而薄玲瓏似蠟紙【無骨者不審】又章魚

 膞乾爲鮝【名乾章魚而不稱須留女】古者是亦謂須留女乎【和名抄小蛸魚

 
訓須留女】


障泥烏賊 大於真烏賊四周有肉緣状似障泥【阿乎里以加】

 是亦爲鮝佳

龜甲烏賊 背隆而肉厚故名之

針烏賊 似真烏賊而骨耑顯尻碑手如針鋒故名

《改ページ》

瑣管烏賊 身狭長如竹筒故名尺八烏賊

雛烏賊 烏賊小者其大一寸余頭中有飯者亦有之【又名

 比之保以加】骨亦小攝州播州采之味美蓋此自一種非烏

 賊子也【烏賊處處多有此者何少有乎】


たちいか

するめいか

柔魚

 

-(するめ)【鹽乾しの者は俗に須留女と云ふ。】

脯鮝〔(ほしやう)〕【淡く乾す者。】

【俗に太知以加と云ふ。又は鮝(するめ)以加と云ふ。】


「本綱」に、『柔魚は烏賊と相似たり。但し骨無きのみ。』

△按ずるに、柔魚は烏賊に同じくして、身長く大きく、之を乾かして鮝(するめ)と爲す。肥州〔=肥前〕五島より出づる者、肉厚く大にして、味勝れり。微〔(やや)〕炙り、食ふ【裂きて食へば則ち佳し。切れば則ち、味、劣れり。】或は炙らずして、細かに刻みて、膾に代ふ。皆、甘く美なり。柔魚(たちいか)の骨(こう[やぶちゃん字注:ママ。])は亦、舟の形に似て、薄く玲-瓏(すきとほ)り、蠟紙に似る【骨無きと云ふは不審。[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]】又、章魚(たこ)を膞(ひつぱ)り乾(ほ)して鮝(ひだこ)と爲す【乾章魚(ひだこ)と名づく。須留女と稱さず。】。古-者(いにしへ)は是れも亦、須留女と謂ふか【「和名抄」に小蛸魚、須留女と訓ず。】


障泥烏賊(あをりいか) 真烏賊より大にして、四周に肉緣有り。状〔(かた)〕ち、障-泥(あをり)に似たり【阿乎里以加。】。是れも亦、鮝(するめ)と爲〔して〕佳し。

龜甲烏賊 背隆(たか)くして肉厚、故に之を名づく。

針(はり)烏賊 真烏賊に似て、骨の耑〔=端〕に尻を顯はし、手に碑〔(たつ)〕る針鋒〔(しんぽう)=針先〕のごとし。故に名づく。

瑣管烏賊(しやくはちいか) 身狹く長く、竹の筒(つゝ)のごとし。故に尺八烏賊と名づく。

雛烏賊(ひないか) 烏賊の小さき者。其の大いさ、一寸余。頭の中に飯有る者も亦、之有り【又、比之保以加〔(ひしほいか)〕と名づく。】骨も亦、小さし。攝州〔=摂津〕・播州〔=播磨〕に之を采る。味、美なり。蓋し此れ、自〔(おのづか)〕ら一種なり。烏賊の子に非ず【烏賊、處處多く有りて〔→有るに〕、此れは何ぞ少〔なく〕有るや。】

[やぶちゃん注:ツツイカ目スルメイカ亜目アカイカ科スルメイカ亜科スルメイカTodarodes pacificusである(但し、良安が不審がっているように、「本草綱目」の「柔魚」は骨がないと言い切っていることから、こちらは典型的な軟甲を持つ他のツツイカ類を指している可能性はある)。良安のここでのスルメイカの甲の記載は誠に正確でオリジナリティのある美事なものである(前項「烏賊魚」の「「海螵蛸」注を参照のこと」。「スルメイカ」の「スルメ」の語源については、海中に「墨を吐く群れ」→「スミムレ」→「スルメ」という説が知られるようだ。良安が「和名抄」から引用している事実は、一見これを補強するように見えないことはないが、タコは元来、孤独相で群れないから、「群れ」というのは当らない。もう一つ、語源として、本種をスルメ(干し烏賊)にすることが多かったから、という噴飯もののトートロジーが平然と記されているのも見かける。そういうのは「イカ」ンながら真に語源とは言わないと思うんだな。
 さて、ところがここに興味深い事実がある。昨今、各地で稲の品種を記した木簡(種もみの俵に付けた名札と考えられる)が出土しており、そこに以下のような名称が出て来るという。

石川県金沢市畝田ナベタ遺跡  「酒流女」「須※女」と記載した木簡(9~10世紀)
[やぶちゃん字注:※=「流」-(さんずい)。]
石川県金沢市西念・南新保遺跡 「須留女」と記載した木簡(8~9世紀)
奈良県香芝市下田東遺跡    「小須流女」という品種を記載した木簡(9世紀初頭)

これらは皆「するめ」と読み、下田東遺跡の「小須流女」はその改良品種らしいと言う。これを報じた朝日新聞の記事(20070501日付)では、

「するめ」の「する」は「早い」、「め」は「芽」を示す。

とある。そこで、スルメイカを指す「するめ」の場合の「め」が、一般に用いられる小動植物を示す接尾語であるとすれば、海中にあって、その軟甲を駆使して巧みに「す早く動く生き物」とも取れるし、この「め」をそのまま「芽」もしくはワカメ・アラメ等の「め」に相当する海産食用になる「海藻」状のもの(よく干したスルメの足や薄い胴、もしくは裂いたスルメはそのように見えませんか?)を指すとは読めまいか――勿論これは、全く国語学の嫌いな僕の、今日の勝手な思いつきに過ぎない。ご批判は潔くお受けする。
 「鮝」の字は、「鯗」の俗字であり、ひもの、ほしうおを指す(特にニベ科シログチ属 イシモチ
Argyrosomus argentatusの干物を指す場合もある)。但し、国字としては鱶を指す。
 『「和名抄」』は、正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
 「障泥烏賊」アオリイカ ツツイカ目ヤリイカ亜目ヤリイカ科ヤリイカ亜科アオリイカSepiotenthis lessoniana。「障泥」(あおり)とは馬の胴の両側に泥除けとして垂らす馬具を言い、アオリイカの丸みを帯びた胴体の縁に沿ってある、半円形の鰭との類似からの呼称であろう。バショウイカ(芭蕉烏賊)とも言われる。
 「真烏賊」マイカ ここで良安は突如として「真烏賊」という語を用いている(前項の「烏賊」でも、良安は種名として「真烏賊」という語は用いていない)。が、ここでアオリイカという個別種と対比して語る以上、これは特定種を指すと考えねばならない。現在、市場でマイカというコウイカ目コウイカ科コウイカSepia esculentaに用いられており、良安が西日本で多量に捕獲される代表的な本種を意識していないはずはない。
 「龜甲烏賊」キッコウイカ このような呼称は現在、生き残っていない。市場での和名と形状から類推するしかないが、形態と呼称の類似からはまず、モンゴウイカという通称の方が有名なコウイカ目コウイカ科カミナリイカSepia (Acanthosepion) lycidasが念頭に登る。文句なしの巨大種であり、英名Kisslip cuttlefishが示す通り、胴(外套膜背面部)にキス・マークのような紋がある。これを亀甲紋ととったとしてもそれほど違和感はない。これが同定候補一番であろうが、私はもう一種挙げておきたい欲求にかられる。ツツイカ目開眼亜目の大型種で、極めて特徴的な幅広の亀甲型(と私には見えないことはない)形態を持つソデイカThysanoteuthis rhombusは如何だろうか。ソデイカは地方名・市場名でタルイカ、オオトビイカ、セイイカ、はたまたロケット等という名も拝名している(「セイイカ」の「セイ」は「勢」で男性の生殖器のことであろう。「背隆くして肉厚」と称してもグッときちゃうゼ)。
 「針烏賊」ハリイカ コウイカ目コウイカ科ハリイカ(コウイカモドキ)Sepia (Platysepia) madokaiを指すが、市場名としてはコウイカと混同されており、コウイカ(もしくは他のコウイカ類)をハリイカと呼称する所もある。コウイカのグループは甲の胴頂方向の頭部が尖っており、生体を触ってもそれが棘のように感じられるのである。
 「瑣管烏賊」シャクハチイカ ツツイカ目ヤリイカ亜目ヤリイカ科ヤリイカ亜科ヤリイカLoligo bleekeriの地方名として残存する。
 「雛烏賊」ヒナイカ(ヒシオイカ) ヒシオイカは死語と思われるが、コウイカ目ヒメイカ科ヒメイカIdiosepius paradoxusと考えてよい。というよりも奥谷喬司先生のWEB版世界原色イカ類図鑑」によれば、この標準和名ヒメイカの原名(!)がヒナイカなのであるから、正統なる同定であると思っている。ツツイカ目ヤリイカ科のジンドウイカ属Loliolusもコイカ、ヒイカ等の小型種を示す別名を持つが、ここでの「一寸余」に比して、有意に大き過ぎる。但し、良安が産地の局地性を不審に思っているのは、逆に不審と言わざるを得ない。本種は、三陸以南の藻場等に普通に棲息している。]

***


とらご

海鼠

ハアイ チユイ

 

土肉【文選】海參

海男子【五雜組】

沙噀 沙蒜

塗筍【寧波府志】

【和名 古】

【俗云止良古】[やぶちゃん字注:以上六行は、前三行下に入る。]


和名抄載食經云海鼠似蛭而大者也

食物本草曰海參生東南海中其形如蠶色黑身多※※

[やぶちゃん字注:※=(やまいだれ)+中に「畾」]

一種長五六寸表裏倶潔味極鮮美功擅補益殽品中最

珍者也一種長二三寸者割開腹内多沙雖刮剔難盡味

亦差短今北人有以驢馬之陰莖贋爲状味雖畧同形帶

微扁者是也

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○二十一

 

五雜組云海參遼東海濱有之一名海男子其状如男子

勢其性温補足敵人參故曰海參石華文選註云土肉正

黑長五寸大如小兒臀有腹無口目有三十足可炙食

寧波府志云沙噀塊然一物如牛馬腸臓形長可五六寸

許胖軟【胖半軆肉也】如水蟲無首無尾無目無皮骨但能蠕動

[やぶちゃん注:「許」は「可」とダブるので、衍字と判断する。]

觸之則縮小如桃栗徐復擁脹土人以沙盆揉去其涎腥

雜五辣煮之脆美爲上味

△按海鼠中華海中無之見遼東日本熬海鼠未見生者

 故所載於諸書皆熬海鼠也剰文選之土肉入本草綱

 目恠類獸之下焉惟寧波府志所言詳也寧波去日本

 不甚遠近年以來日本渡海舶多以寧波爲湊海鼠亦

 少移至乎於今唐舩來長崎時必多買熬海鼠去也

 本朝自神代既有之舊事紀云彦火瓊瓊杵尊時諸魚

 皆仕奉曰之而海鼠不曰爾天鈿賣命以細小刀折〔→坼〕其

 口故於今海鼠口折〔→坼〕是也處處海中皆有之奥州松前

《改ページ》

 津輕爲上其大者尺有餘尾州和田參州柵島相州三

 浦武州本木讃州小豆島皆得名大抵五七寸無骨鱗

 無尾鰭背圓淺青色又有帶黄者畧以似虎彪名虎兒

 全體疣多滑軟其腹扁白色常在水中擴身而薄扁能

 游行水庭如物觸則横縮至離水則如半片胡瓜其口

 折〔→坼〕而無齒鰓其目切而無珠光共如小刀痕冬月盛出

 春月終盡夏月全無也

肉【甘鹹寒】類鰒而有香氣帶黄者最佳爲鱠以薑醋食之煮

 食亦良或攬砂數振篩則肉軟老人亦易喫

海鼠腸 腹中有黄腸三條淹〔→腌〕之爲醬者也香美不可言

 冬春爲珍肴色如琥珀者爲上品黄中黑白相交者爲

 下品過正月則味變甚鹹不堪食其腸中有赤黄色如

 糊者名海鼠子亦佳

熬海鼠 鮮者去腸熬之則鹹汁自出而焦黑取出候冷

 曝乾所謂如小兒臀或如男勢者是也出於奥州金花

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○二十二

 山海邊者帶金色名金海鼠爲極上 又熬之毎十箇

 懸張二小柱而如梯之形者名串海鼠處處皆有之共

 使時一日漫水煮熟則肥脹味甘美

凡海鼠性忌稻藁如犯之則體解如泥又鼴鼠畏海鼠以

 串海鼠柱椓于花園鼴不敢入


老海鼠【和名保夜】 出于介甲類

海兔【宇美宇佐岐】 似海鼠而腹黄色大者一尺二三寸豫州

 海邊有之人不敢食俗傳云誤突殺之則黑血流出乃

 忽雨屢試亦然


とらご

海鼠

ハアイ チユイ

 

土肉【「文選」。】海參

海男子【「五雜組」。】

沙噀〔(さそん)〕 沙蒜〔(ささん)〕

塗筍〔(とじゆん)〕【「寧波府志」。】

【和名は、古。】

【俗に止良古と云ふ。】


「和名抄」「食經」を載せて云ふ、『海鼠は蛭〔(ひる)〕に似て大なる者なり。「食物本草」に曰く、『海參は東南海の中に生ず。其の形、蠶(かいこ)のごとし。色黑く、身に※※[やぶちゃん字注:※=(やまいだれ)+中に「畾」。]多く、一種、長さ五~六寸、表裏倶に潔、味、極〔く〕鮮美。功〔=効〕、補益を擅(ほしいまゝ)にし、殽〔=肴〕品の中の最も珍なる者なり。一種、長さ二~三寸なる者、腹内を割り開けば、沙多く、刮〔(か)き〕剔〔(のぞ)〕くと雖も盡き難し。味も亦、差(やゝ)短し。今、北人、驢馬の陰莖(へのこ)を以て贋(にせ)状を爲〔(つ)〕くる有り。味、畧ぼ同じと雖も、形、微〔(すこ)〕し扁たきを帶ぶる者、是れなり。』と。

「五雜組」に云ふ、『海參は、遼東の海濱に之有り。一名、海男子。其の状、男子の勢(へのこ)のごとし。其の性、温補、人參に敵するに足り、故に海參と曰ふ。』と。石華が「文選」の註に云ふ、『土肉は、正黑にして、長さ五寸、大いさ、小兒の臀のごとく、腹有りて、口・目無く、三十の足、有り。炙り食ふべし。』と。

「寧波府志」に云ふ、『沙噀は、塊然たる一物。牛馬の腸臓の形のごとくにして、長さ五六寸ばかりなるべし。胖軟〔(はんなん)〕なり【胖は半軆の肉なり。】。水蟲のごとく、首無く、尾無く、目無く、皮骨無く、但だ能く蠕動(う□〔→じ?〕つ)く。之に觸(さは)れば、則ち縮-小(し〔→ち〕ゞ)まり、桃栗のごとく、徐(そろ/\)と復た擁-脹(ふくれ)る。土人、沙盆〔:砂を盛った鉢〕を以て其の涎腥〔(ぜんせい)〕を揉み去り、五辣を雜て之を煮れば、脆美、上味たり。』と。

△按ずるに、海鼠(なまこ)は中-華(もろこし)の海中に之無く、遼東・日本の--鼠(いりこ)を見て、未だ生なる者を見ず。故に諸書に載する所、皆、熬海鼠なり。剰(あま〔つ〕さ)へ「文選」の土肉を「本草綱目」恠類獸の下に入る。惟だ「寧波府志」言ふ所、詳かなり。寧波(ニンハウ)は日本を去ること甚しく遠からず、近年以來、日本渡海の舶〔の〕多くは、寧波を以て湊と爲す。海鼠も亦、少し移り至るか。今に於て唐舩長崎に來る時、必ず多く熬海鼠を買ひて去(い)ぬるなり。

本朝には神代より既に之有り。「舊事紀」に云ふ。『彦-----尊(〔ひこほの〕に〔に〕ぎのみこと)の時、諸魚皆仕へ奉らんと曰〔(まう)〕す。之、而〔(しか)〕るに海鼠、曰はざるのみ。天---命(〔あめの〕うずめのみこと)細き小刀を以て、其の口を坼(くじ)く。故、今、海鼠の口、坼(さけ)たる、是れなり。』と。處處海中に皆、之有り。奥州松前・津輕を上と爲す。其の大なる者、尺有餘。尾州〔=尾張〕の和田・參州〔=三河〕の柵島(さくの〔しま〕)・相州〔=相模〕の三浦、武州〔=武蔵〕の本木・讃州〔=讃岐〕の小豆島(しやうどしま)、皆、名を得。大抵五~七寸、骨・鱗無く、尾鰭無く、背圓く、淺青色、又、黄を帶びる者有り。畧ぼ虎-彪(とらふ)に似たるを以て、虎兒(とらご)と名づく。全體、疣(いぼ)多く、滑軟なり。其の腹、扁たく、白色。常に水中に在りて、身を擴(ひろ)げて薄く扁たく、能く水庭〔=水底〕を游行す。如〔(も)〕し物に觸るる時は[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名にある。]、則ち横に縮まる。水を離るるに至りては、則ち半片の胡瓜(きうり)のごとし。其の口坼(さ)けて齒・鰓〔(あぎと)〕無く、其の目、切れて珠の光無し。共に小刀の痕(きづ)のごとし。冬月、盛んに出づるに、春月、終り盡く。夏月、全く無し。

肉【甘鹹、寒。】鰒〔(あはび)〕に類して香氣有り。黄を帶びたる者、最も佳し。鱠と爲し、薑醋〔(しやうがず):生姜酢〕を以て之を食ふ。煮て食ふも亦、良し。或は砂にて攬〔(ま)〕ぜ、數(しば/\)振(ふ)り篩(ふる)へば、則ち肉、軟にして、老人も亦、喫し易し。

--腸(このわた)は、腹中に黄なる腸三條有り。之を腌〔(しほもの):塩漬け〕とし、醬〔(ひしほ)〕と爲る者なり。香美、言ふべからず。冬春、珍肴と爲す。色、琥珀のごとくなる者を上品と爲す。黄なる中に、黑・白、相交る者を下品と爲す。正月を過ぐれば、則ち味、變じて、甚だ鹹〔(しほから)〕く、食ふに堪へず。其の腸の中、赤黄色〔くして〕糊(のり)のごとき者有りて、--子(このこ)と名づく。亦、佳〔なり〕。

--鼠(いりこ)は、鮮〔(あたら)〕しき者、腸を去り之を熬るときは、則ち鹹汁は自ら出でて、焦げ黑くなり、取り出し、冷るを候〔(まつ)〕て曝し乾す。所謂、小兒の臀或は男勢〔(へのこ)〕のごとしと云ふ者、是れなり。奥州金花山の海邊に出づる者、金色を帶ぶ。金海鼠〔(きんこ)〕と名づく。極上と爲す。 又、之を熬り、毎十箇、二つの小柱に懸〔け〕張りて梯(はしご)の形のごとくなる者、串海鼠(くしこ)と名づく。處處、皆、之有り。共に使ふに、一日水に漫(ほとか)して、煮熟すれば、則ち肥脹にして、味、甘美なり。

凡そ海鼠の性、稻藁(いなわら)を忌む。如〔(も)〕し之を犯せば、則ち體、解けて泥のごとし。又、-鼠(うくろもち)、海鼠を畏る。串海鼠の柱を以て花園に椓(くいう=杭打)てば、鼴、敢て入らず。


--鼠(ほや)【和名、保夜。】 介甲類に出づ。

海兔(うみうさぎ)【宇美宇佐岐。】 海鼠に似て、腹、黄色。大なる者、一尺二~三寸。豫州〔=伊予〕の海邊に之有り。人敢て食はず。俗に傳へて云ふ、誤りて之を突き殺せば、則ち黑血、流れ出で、乃ち忽ち雨ふる。屢々試む。亦、然り。

[やぶちゃん注:まず最初は、軽く遊びましょう! 私のブログの帰ってきた臨海博士やぶちゃん」の「ナマコ・クイズ」に挑戦! ちゃんと自律的に答えるんだよ。調べちゃ、ダメ! 誰ですか? 先に解答篇をクリックしようとしてるのは!? 言っとくけど、半端じゃなく難しいよ。
 棘皮動物門
Echinodermataナマコ綱 Echinoideaである。現在、6目に分類されるが、以下には、深海からの採取に限られる指手目Dactylochirotidaを除いた5目を挙げ、さらに阪急コミュニケーションズ2003年刊の本川達雄他著「ナマコガイドブック」に所載される科を列挙、同時に同書巻末にあるナマコ写真図鑑部分に所載する49種を漏れなく掲げた。これによって本邦産の嘱目可能な主要な種を学術的にほぼ完全に押さえられると信ずるからである。同書の内容を一覧化したに過ぎないが、それでも私のこの記載は、現在Web上に存在する最も新らしい知見に基づく国産主要ナマコ類の最新の学名付き分類表であると自負するものである。

樹手目Dendrochirotida

ジイガゼキンコ科Psolidae

 ジイガゼキンコPsolus squamatus

グミモドキ科Phyllophoridae

 ハマキナマコPhyrella fragilis

スクレロダクティラ科Sclerodactylidae

 イシコEupentacta chromhjelmi

 ムラサキグミモドキAfrocucumis africana

キンコ科Cucumariinae

 キンコCucumaria frondosa var. japonica

 グミPseudocunus echinatus

楯手目Aspidochchrotida

クロナマコ科Holothuriidae

 クリイロナマコActinopyga mauritiana

 トゲクリイロナマコActinopyga echinites

 オオクリイロナマコActinopyga sp.

 クロエリナマコPersonothuria graeffei

 フタスジナマコBohadschia bivittata

 チズナマコBohadschia vitiensis

 ジャノメナマコBohadschia argus

 ニセジャノメナマコBohadschia sp.

 クロナマコHolothuria (Halodeima) atra

 アカミシキリHolothuria (Halodeima) edulis

 チビナマコHolothuria (Platyperona) difficilis

 イソナマコHolothuria (Lessonothuria) pardalis

 クロホシアカナマコHolothuria (Semperothuria) cinerascens

 テツイロナマコHolothuria (Selenkothuria) moebii

 リュウキュウフジナマコHolothuria (Thymiosycia) hilla

 ミナミフジナマコHolothuria (Thymiosycia) arenicola

 イサミナマコHolothuria (Thymiosycia) impatiens

 フジナマコHolothuria(Thymiosycia) decorata

 トラフナマコHolothuria (Mertensiothuria) pervicax

 ニセトラフナマコHolothuria (Mertensiothuria) fuscocinerea

 ニセクロナマコHolothuria (Mertensiothuria) leucospilpta

 モグラナマコHolothuria (Mertensiothuria) sp.

 ハネジナマコHolothuria (Metriatyla) scabra

 イシナマコHolothuria (Microthele) nobilis

シカクナマコ科Stichopodidae

 バイカナマコThelenota ananas

 アデヤカバイカナマコThelenota anax

 オキナマコParastichopus nigripunctatus

 シカクナマコStichopus chloronotus

 オニイボナマコStichopus horrens

 ムチイボナマコStichopus pseudhorrens

 アカオニナマコStichopus ohshimae

 ヨコスジオオナマコStichopus hermanni

 タマナマコStichopus variegatus

 マナマコApostichopus japonicus

ミツマタナマコ科Synalloctdae

 ゴマフソコナマコBatyplotes moseleyi

板足目Elasipodida

カンテンナマコ科loetomogonidae

 ヒメカンテンナマコLaetomogone maculata

隠足目Molpadida

カウディナ科Caudinidae

 シロナマコParacaudina chilensis

無足目Apodida

イカリナマコ科Synaptidae

 クレナイオオイカリナマコOpheodesoma (?) sp.

 オオイカリナマコSynapta maculata

 トゲオオイカリナマコEuapta godeffroyi

クルマナマコ科Chiridotidae

 ミナミクルマナマコChiridata sp.

 ムラサキクルマナマコPolycheira fusca

 ヒモイカリナマコPatinapta ooplax

 『「文選」』は、中国南北朝時代の南朝・梁の昭明太子によって編纂された全三十巻の書物。周から梁までの文章・詩・論文を集めたもの。奈良・平安朝の日本に於いては貴族階級の必読書とされた。

 『「五雜組」』は、明の謝肇淛(しゃちょうせい)の16巻からなる随筆集であるが、ほとんど百科全書的内容を持ち、日本では江戸時代に愛読された。書名は五色の糸でよった組紐のこと。
 『「寧波府志」』は、明の張時徹らの撰になる浙江省寧波府の地誌。
 『「和名抄」』は、正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
 『「食經」』は「崔禹錫食經」で、唐の崔禹錫撰になる食物本草書。前掲の「倭名類聚鈔」に多く引用されるが、現在は散佚。後代の引用から、時節の食の禁忌・食い合わせ・飲用水の選び方等を記した総論部と、一品ごとに味覚・毒の有無・主治や効能を記した各論部から構成されていたと推測される。

 『「食物本草」』は、明の汪頴(おうえい)撰になる、通常の食物となるものに限った本草書。

 「※※」[※=(やまいだれ)+中に「畾」。]は、「瘤」の異体字であろうか(音不明)。多くの瘤(こぶ)がある=背部の突起を言っていると思われる。

 「補益」とは、食物補給による栄養状態の改善を言う。
 「温補」とは、健康な人体にとって必要な温度まで高める力を補うという意味であろう。
 「石華が「文選」の註に云ふ……」以下については、東洋文庫版は以下の注を記す。

『文選』の郭璞(かくはく)の「江賦」に、江中の珍しい変わった生物としてあげられたものの説明の一つであるが、石華については、「石華は石に附いて生じる。肉は啖(くら)うに中(あ)てる」とあり、〔その同じ「江賦」の:やぶちゃん補注〕土肉の説明が『臨海水土物志』[やぶちゃん注:隋の沈瑩(しんえい)撰。]を引用したこの文である。〔「江賦」の記載に於ける:やぶちゃん補注〕石華と土肉は別もので、どちらも江中の生物。良安は石華を人名と思ったのであろうか。

この編者注でちょっと気になるのは、「どちらも江中の生物」と言っている点である。即ち、どちらも「江」=淡水域であるということを編者は指摘しているようにと私には判断されるのである(中国語にあっては「江」は「海の入江」の意を本来的には持たないはずである)。従って、東洋文庫版編者は「石華」は勿論、「土肉」さえもナマコとは全く異なった生物として同定していると言えるのである(淡水産のナマコは存在しない)。しかし、「土肉」は「廣漢和辭典」にあっても、明確に中国にあって「なまこ」とされている(同辞典の字義に引用されている「文選」の六臣注の中で「蚌蛤之類」とあるにはあるが、ナマコをその形態から軟体動物の一種と考えるのは極めて自然であり、決定的な異種とするには当たらないと私は思う)。さすれば、「土肉」はナマコと考えてよい。次に気になるのは「石華」の正体である。まず、書きぶりから見て、良安は、東洋文庫版注が言うように、「石華」を「土肉」について解説した人名(まどろっこしいが、「文選」注に引用された郭璞の注の中の、更に引用元の人物名ということになる)と誤っていると考えてよい。しかし、そんな考証は私には大切に思えない。「生き物」を扱っているのだから、それより何より、「石華」を考察することの方が大切であると思うのだ。そこで、まず、ここで問題となっている郭璞の注に立ち戻ろう。「石華」と「土肉」の該当部分は中国語ウィキペディアの「昭明文選 卷12」から容易に見出せる。

王珧〔姚〕海月,土肉石華。[やぶちゃん注:「江賦」本文。〔姚〕は「珧」の補正字であることを示す。以下、注。]
郭璞山海經注曰:珧,亦蚌屬也。臨海水土物志曰:海月,大如鏡,白色,正圓,常死海邊,其柱如搔頭大,中食。又曰:土肉,正黑,如小兒臂大,長五寸,中有腹,無口目,有三十足,炙食。又曰:石華,附石生,肉中啖。

王珧〔=姚〕・海月、土肉・石華。
郭璞「山海經」注に曰く、珧は亦、蚌の屬なり。「臨海水土物志」に曰く、『海月は、大いさ鏡のごとく、白色、正圓、常に海邊に死し、其の柱、搔頭の大いさのごとく、食ふに中てる。』又曰く、『土肉は、正黑、小兒の臂の大いさのごとく、長さ五寸、中に腹有り、口・目無く、三十の足有り、炙りて食ふ。』又曰く、『石華、石に附きて生じ、肉、啖ふに中てる。』と。

脱線をすると止めどもなくなるのであるが、「王珧〔=姚〕」は「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部 寺島良安」の「王珧」でタイラギ、「海月」は同じく「海鏡」でカガミガイ又はマドガイである(「海鏡」は記載が美事に一致する。それぞれの学名については該当項の注を参照されたい)。「土肉」はその記載からみても間違いなくナマコである。では、「石華」は何か? 極めて少ない記載ながら、私はこれを海藻類と同定してみたい欲求にかられる(勿論、「肉」と言っている点から、海藻様に付着するサンゴやコケムシや定在性のゴカイ類のような環形動物及びホヤ類も選択肢には当然挙がるのだが、「肉は啖(くら)ふに中(あ)てる」という食用に供するという点からは、定在性ゴカイのエラコPseudopotamilla occelataかホヤ類に限られよう)。すると「石花」という名称が浮かび上がるのだ。「大和本草」の「卷之八草之四」の「心太(ふと)」の条に、の「閩書」(明・何喬遠撰)を引いて「石花菜ハ海石ノ上ニ生ス。性ハ寒、夏月ニ煮テ之ヲ凍〔こほり〕ト成ス」とする。即ち、「石華」とは、一つの可能性として紅色植物門紅藻綱テングサ目テングサ科マクサGelidium crinale等に代表されるテングサ類ではなかろうかと思われてくるのである。
 「胖軟」の「胖」は、下の割注に「胖は半軆の肉なり」とあるように、本来は祭祀に於いて生贄として裂かれた肉類の半身を指すが、それでは意味が通じないごり押しするなら、生贄に捧げる軟らかな獣類の肉を半分に切ったような形態と解釈するしかないが、ここは、割注を無視し、「胖」のもう一つの意味であるところの、「肥え太る」の意味で取り、ゆったりと肥え軟らかである、の意味に取るべきであろう。
 「涎腥」は、生臭い粘り気のある粘液。
 「五辣」は、辣韮(ラッキョウ)・韮(ニラ)・葱(ネギ)・蒜(ノビルやニンニクの類)・薑(ショウガ)。
 「熬海鼠」の「いりこ」という呼称は、現在、イワシ類を塩水で茹でて干したにぼしのことを言うが、本来は、ナマコの腸を除去し、塩水で煮て完全に乾燥させたものを言った。平城京跡から出土した木簡や「延喜式」に、能登国の調として記されている。「延喜式」の同じ能登の調には後述されるコノワタやクチコも載り、非常に古い時代からナマコの各種加工が行われていたことを示している。昭和371962)年内田老鶴圃刊の大島廣「ナマコとウニ」(本書は私の最初の博物学電子テクスト「仙臺きんこの記 芝蘭堂大槻玄澤(磐水)」の冒頭注に記したように、実は私が博物学書テクスト化を志す動機となったもので、私の座右の銘に相応しい名著である)。には、明治291896)年の調査になる農商務省報告に、各地方に於けるイリコの製法がいちいち詳述されており、それらを綜合した標準製法が示されているとする(以下同書からの孫引だが、カタカナを平仮名に直し、〔 〕で読み・意味を加え、適宜濁点を補った)。

「捕獲の海鼠は盤中に投じ、之に潮水を湛〔たた〕へ、而して脱腸器を使用して糞穴より沙腸を抜出し、能く腹中を掃除すべし。是に於て、一度潮水にて洗滌し、而して大釜に海水を沸騰せしめ、海鼠の大小を区別し、各其大小に応じて煮熟の度を定め、大は一時間、小は五十分時間位とす。其間釜中に浮む泡沫を抄〔すく〕ひ取るべし。然らざれば海鼠の身に附着し色沢を損するなり。既に時間の適度に至れば之を簀上〔さくじやう:すのこの上〕に取出し、冷定〔れいてい?:完全に冷えること〕を竢〔まつ=待〕て簀箱〔すばこ〕の中に排列し、火力を以て之を燻乾〔くんかん:いぶして干すこと〕すべし。尤〔もつとも〕晴天の日は簀箱の儘交々〔かはるがはる〕空気に曝し、其湿気を発散せしむべし。而して凡〔およそ〕一週間を経て叺〔かます〕等に収め、密封放置し、五六日許りを経て再び之を取出し、簀箱等に排列して曝乾〔ばつかん〕するときは充分に乾燥することを得べし。抑〔そもそ〕も実質緻密のものを乾燥するには一度密封して空気の侵入を防遏〔ばうあつ:防ぎとどめること〕するときは、中心の湿気外皮に滲出〔しんしゆつ:にじみ出ること〕し、物体の内外自から其乾湿を平均するものなり。殊に海鼠の如き実質の緻密なるものは、中心の湿気発散極めて遅緩なれば、一度密蔵して其乾湿を平均せしめ、而して空気に晒し、湿気を発散せしむるを良とす。已に七八分乾燥せし頃を窺ひ、清水一斗蓬葉〔よもぎば〕三五匁の割合を以て製したる其蓬汁にて再び煮ること凡そ三十分間許にして之を乾すべし」

まことに孫引ならぬ孫の手のように勘所を押さえた記述である。なお、最後の「蓬汁」で煮るのは、大島先生によると『ヨモギ汁の鞣酸(たんにん)と鉄鍋とが作用して黒色の鞣酸鉄(たんにんてつ)を生じ、着色の役割をするものである』と後述されている
 「少し移り至るか」は面白い考察である。即ち、船舶の往来によってナマコが生体として移入した可能性を示唆しているのである。その当否は別として、生態系への外来種の無意識的人為移入の視点を持っていた良安先生は、ナウい。是非、お弟子にして欲しい!
 「恠類獸」の「恠」は「怪」の俗字。見慣れない、不思議な生き物。
 「舊事紀」は「先代旧事本紀」。聖徳太子と蘇我馬子によって編せられたとするが、平安初期に作られた偽書。「古事記」「日本書紀」「古語拾遺」を切り張りしつつ、独自の創作を加えたものと思われる。
 以下の引用はより正統な「古事記」から引くのがよいと思われるので、以下に引用する(書き下し文及び訳は上代の苦手な私の仕儀につき、ご注意あれ。過去形で訓読するのが一般的であるが、敢えて現在形で臨場感を出した)。

於是送猿田毘古神而、還到、乃悉追聚鰭廣物鰭狹物、以問言、汝者天神御子仕奉耶、之時、諸魚皆、仕奉、白。之中、海鼠不白。爾天宇受賣命謂海鼠云、此口乎、不答之口、而以紐小刀拆其口。故、於今海鼠口拆也。

是に於て猿----神(さるたびこのみこと)を送りて、還り到りて、乃ち悉く鰭(はた)の広物(ひろもの)・鰭の狹物(さもの)を追ひ聚め、以て問ひて言ふ、「汝(な)は、天つ神の御子に仕へ奉らむや。」と。之の時、諸々の魚、皆、「仕へ奉らむ。」と白(まを)す。この中、海-鼠(こ)のみ白さず。爾(ここ)に天----命(あめのうずめのみこと)、海鼠に謂ひて云く、「此の口や、答へざるの口。」と。而して紐--刀(ひもかたな)を以て其の口を拆(さ)く。故に、今に於て海鼠の口、拆くるなり。

やぶちゃん訳:〔天宇受売命は、〕ここで〔天孫降臨の先導を務めてくれた〕猿田毘古神を送って帰って来て、即座に海中の大小のあらゆる魚たちを悉く呼び集めて尋ねて言った、「お前達は天つ神の御子に従順に仕え奉るか?」と。すると、魚どもは皆、「お仕へ奉りまする。」と申し上げる。と、その中、海鼠だけは答えようとしない。ここに天宇受売命は海鼠に向かって言った、「この口は、答えぬ口なのね。それじゃあ、こんな口はいらないわ。」と。そして飾り紐の付いた小刀で、その海鼠の口を裂いた。故を以て今に至るまで海鼠の口は裂けているのである。

本説は古来からの大神であったサルタヒコさえ天孫の膝下に下り、そこにダメ押しとしての畜生(衆生)のシンボルたる総魚類の従属を示して、それに従おうとしなかった海鼠が原罪への処罰として口を切られ、その反スティグマは永遠に消えない程に恐ろしいのだと語っているのであろう。私には生理的に厭な話である。この「切られた口」なるものは、ナマコの口部を取り巻く1030本の触手(ちなみのこれは管足が巨大に変形したものである)を示すのだが、和漢の多くの観察者は、海鼠には口はないと言っているではないか。「古事記」のこの女神による海鼠制裁事件は大いに冤罪の可能性がある。とっくに時効ではあるが、ナマコたちよ、名誉回復のための訴訟には、いつでも私が特別弁護人になってあげる!
 「海鼠腸」について、前掲書大島廣「ナマコとウニ」には次のように記される(数字を漢数字から算用数字に直した)。

 このわたの収量は、ナマコ375キログラムに対して、約14リットル、これに2~3割の食塩を加え、熟成し、水分を去ると製品の歩留(ぶどま)りは更に7割ぐらいに減る。

最近の記載では2キログラムから牛乳瓶一本とあるが、この差は、さて何かしらん、怪しい匂いがするなあ。ナマコの腸が急に最近になって大きくなったとでも言うんかい? ――いやいや、そんなことより私が激しくムッとくるのは、ナマコの習性を悪用(?)した公然たるコノワタ作りなのだ。ナマコはストレス(環境悪化・化学的または物理的刺激・捕食動物による攻撃等)を受けると、口部の触手から腸、腸に分布する腸血洞(栄養吸収や運搬に関わる組織と考えられている)や呼吸樹(肺に相当)の一部も身ぐるみならぬ、ハラワタぐるみ、吐き出してしまう。これを吐臓現象(内臓吐出)と言う。吐き出した着ぐるみだけとなったナマコは砂に潜ってじっとしている。環境によって異なるが、およそ2ヶ月で、失われた臓器は再生するのだ。そこでだ、「大阪府環境農林水産試験場」のこのページを見よ(実はリンクを付けるのも虫唾が走るぐらいなのだが)。そこにさりげなく書かれた『これを利用して売れない大きすぎるマナマコを水槽で飼育し、驚かせて内蔵だけを吐き出させます。内臓は2週間ほどで薄い膜でできた腸を再生するので、生命に別状はありません。この腸管の塩辛をコノワタといいます。』……私はナマコが好物で、よく丸のままを買って調理するが、最近、「活ナマコ」と称したものを割いてみると、体内がすっかりくっきり何もないという驚天動地を味わうことがあるのだ。まさに、この処置を受けた弱ったものを、そのまま再生も待たずに早期に平然と出荷しているのだ! これは、おぞましい詐欺以外の何ものでもないと私は思うのである。勿論、内臓の多くは遺棄される(試みに呼吸樹、触手、神経環・石灰環を含む口部周縁・珍味となるはずの卵巣をそれぞれ食してみたことがあるが、如何とも言い難い。おやめになった方が無難であろう)。それでもやっぱり腸は、楽しみだ。コノワタを自分で作るわけではないが、切断せぬように腸から細心の注意を払って砂を扱いて除去し、軽く塩と酒を振って、少し置いて食べるのは、正当な権利であり、気持ちの中の贅沢であり、私は美味と覚える。勿論、吐臓にヒントを得た漁人の知恵は知恵として、積極的ではないが評価できる。この小ざかしい技法は、かなり以前から行われていた。前掲書大島廣「ナマコとウニ」には次のように記す。

 ナマコ類が、失われた内臓を再生することは、実験的に証明されたことだが、この性質を利用して、ナマコを殺さずにその腸を採取する方法が、愛知県知多郡豊浜町漁業組合と知多郡水産組合との協力によって考案され、秘法として実施されているという。その方法は次の通りである。まず集めたナマコを活簀(いけす)に入れ、一二時間放置して腸管の中の砂泥をことごとく排出させる。次に数十個づつ分けて桶(おけ)に入れ、別に一~二個を取ってその腸を取出し、圧搾(あっさく)してその液汁を絞って取り、これをほかのナマコに呼吸させる。すると、これが刺戟となって、ことごとくのナマコがその腸を全部、肛門から排出する。このように、生理的な自裁(じさい)によって失われた消化管は、八週間を経て完全に再生するという(磯野泰二)。

確かにナマコは内臓どころか本体自体を再生出来る。実際にミクロネシアでナマコ食をする民族たちは、食うための前半分を切り、後部の半身を海に返す(前後は推測。前半分の場合、実験的には再生に失敗するケースが高いそうである)。再生力の強いナマコは、本体部を再生し、また一匹になるのだ。そしてそれは、小国寡民の島嶼にあっては、頗る自然の理にかなった正しい仕儀であったと言ってよい。しかし、私が憤るのは、それをこの飽食大国日本の漁業の公的な組織が、さも当然の如く記す無神経さなのである。そんな中で、着ぐるみだけで内臓のないナマコを活ナマコとして売買することは、立派な詐欺である。それを取り締まるどころか、逆に、生命ニ別状ハアリマセン、だと?――ど外道が! てめえらにはハシゴ状神経系さえも、ねえ! というドーベルマン刑事風の捨てセリフが僕の指弾の中身なのである。

   春潮に肝吐き盡くす海鼠哉   唯至

 「腸三條」という表現は必ずしも誤りとは言えない。勿論、腸は完全な一本の管として口部から総排泄腔へと繋がって存在しているが、これが最も一般に食用に供されるマナマコ
Apostichopus japonicusやイリコ材料として古くから使われていたシカクナマコStichopus chloronotus(従ってコノワタの材料としても一般的であったと考えてよい)は、他種に比して有意に長い腸管を持っているため、口から体幹に沿って後部へと走る腸が、途中で再び前方に向かって折れ曲がり、更に後方へと再度曲って、S字型を呈する(これは実際の市販のマナマコを調理すれば容易に観察できる)ため、まさに三条に見えるのである。ちなみに、ナマコの中には普通に体幹中央部に沿ったシンプルな一本の腸を持つものもあり、この回折した腸というのは、消化しにくい植物質摂餌を主とする堆積物捕食者である楯手目の種に主に明瞭な特徴である。実に彼らは24時間継続的に多量の砂と一緒にその中の僅かな可食物を食い続けているのである。

 「海鼠子」について、前掲書大島廣「ナマコとウニ」には次のように記す。

 紐(ひも)状の生殖線[やぶちゃん注:「腺」の誤字。]を海鼠鮞(このこ)という。これを乾したものを俗にくちこ[やぶちゃん注:「くちこ」に「丶」の傍点。]と名づけ、能登、丹波、三河、尾張の四地方産のものが知られており、ことに能登鳳至郡穴水湾産のくちこは古い歴史をもっている。毎年一二月下旬から翌年一月までの間にナマコを採取してその生殖腺を取り、塩水でよく洗い、之を細い磨き藁(わら)に掛けて乾かすか、又は簀(すのこ)の上に並べて乾す。雅味に富んだ佳肴(かこう)である。

口子(クチコ)・干口子(ヒグチコ)は、その製品が三味線の撥(バチ)に似ているのでバチコとも言う。コノワタ以上に珍味とされ、まさに撥大のぺらぺら一枚が軽く五千円を越える(ナマコ数十キロから一枚しか出来ないという記述を見かけたが、「数十キロ」はコノワタで騙された感じの私にはクエスチョンだな)。今夏(2007年)、私は遂に名古屋の料理屋でこれを食した。掛け値なし、自慢なし、誇張なし――大枚払って食してみる価値は、確かに、ある。
 
「金海鼠」は、樹手目キンコ科キンコCucumaria frondosa var. japonicaである。これは是非とも、記念すべき私の最初の博物学電子テクスト「仙臺きんこの記 芝蘭堂大槻玄澤(磐水)」をお訪ね下され! ページ丸ごと、キンコ!
 「串海鼠」について前掲書大島廣「ナマコとウニ」に以下のように記す。

 串(くし)に貫いて梯子(はしご)のような形にしたものは、筆者も沖繩本島ののハネジイリコで初めて見たのだが(第二十五図[やぶちゃん注:大島先生の著作権は継続中なので省略])、古くは広く行われた方法らしく、いろいろな書物にこれを見ることができる。[やぶちゃん注:以下は底本では全体が一字下げ。]
 「串に刺し、柿の如くして乾したるを串海鼠と云ふ」(伊勢貞丈)

 「毎十箇懸張二小柱而如梯之形者名串海鼠」(『倭漢三才図会』)

 「凡(およそ)串(くし)に貫(つらぬ)くものはクシコ、藤に貫くものはカラコと云ふ」(武井周作)

 「海上人復有以牛革譌作之ノ語アリ。此即八重山串子(ヤエヤマクシコ)ト俗称スルモノニシテ、味甚薄劣下品ノモノナリ」(栗本瑞見)
 この最後の記事は贋物(にせもの)の追加である。[やぶちゃん注:以下略。]

最後のものは、私が「海鼠 附録 雨虎(海鹿) 栗本丹洲 (「栗氏千蟲譜」卷八より)」で電子テクスト化した中に現われるもの。そちらも是非、御参照の程! さても贋物と言えば、良安の「食物本草」の引用にはナマコの偽物として「驢馬の陰莖」によるものがあると記している。驢馬一頭を犠牲にしてまで……それは、何か、ひどく哀しい海鼠の歴史ではないか。
 「鼴鼠」は、哺乳綱
Mammaliaモグラ目(食虫目)Insectivoraモグラ科 Talpidaeのモグラのこと。日本には4属7種が生息している。古くは「うころもち」(宇古呂毛知:『本草和名』)「うごろもち」と呼称した。江戸期には「むくらもち」や「もぐらもち」の呼び方が定着、現在の「もぐら」になった。

 「老海鼠」は、脊索動物門尾索動物亜門海鞘綱(=ホヤ綱)壁性目(=側性ホヤ目)褶鰓(しゅうさい)亜目ピウラ科(マボヤ科)マボヤ
Halocynthia roretziもしくはアカボヤHalocynthia Aurantiumとしておく。「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部 寺島良安」の同項参照。
 「海兔」は軟体動物門腹足綱後鰓目
Opisthobranchia無楯亜目Anaspideaアメフラシ科アメフラシ属Aplysiaを指している。
 愛するキュビエ管や摩訶不思議な結合組織(キャッチ・アパレータス)、まさに綺羅星の如き骨片等、多くを語りえなかった怨みは大きいが、注であることに我慢して、九回する腸が伸びきってコノワタにされるような哀しみを噛み締めることと致そう……]

***



くらけ

海※1[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「宅」。]

ハアイ シヱヽ

水母 石鏡

樗蒲魚

【俗云久良介】

【和名抄用海

 月二字非】


本綱海※1形渾然凝結其色紅紫無口眼腹下有物如懸

《改ページ》

絮羣蝦附之※2其涎沫浮汎如飛爲潮所擁則蝦去而※1

[やぶちゃん字注:※2=「口」+「匝」。]

不得歸人囚割取之常以蝦爲目蝦動※1沈猶蛩蛩之與

※3※4也其最厚者謂之※1頭味【鹹温】更勝生熟皆可食以

[やぶちゃん字注:※3=「馬」+「巨」。※4=「馬」+「虚」。]

薑醋進之茄柴灰和鹽水淹之良又浸以石灰礬水去其

血汁其色遂白

△按海※1形圓上面扁也故上面曰平【比良】下面有物如耳

 又如足曰臓其大者徑三尺厚一尺許無鱗骨頭目惟

 如口者有腹下八九十月以攩綱〔→網〕取之和鹽水淹之取

 鉤栗葉微焙碓碎共漬之夏毎日冬三日一度換水使

 時用灰能揉洗浄去臭氣味【甘鹹】脆美代魚膾備前之     仲之〔→仲正〕

 産爲上 夫木 我戀は海の月をそ待渡るくらけも骨に逢世在やと

肥前水母【又名唐水母】 一物異製也其製明礬和鹽揉合漬

 之令色黄白使時能洗浄去礬氣肥前之産最佳故名

 其味淡嚼之有聲

水海  色白形圓如水泡之凝結魚蝦附之隨潮如飛

《改ページ》

■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○二十三

味不佳且有毒漁人不取之


くらげ

海※1[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「宅」。]

ハアイ シヱヽ

水母 石鏡

樗蒲魚〔(ちよぼぎよ)〕

【俗に久良介と云ふ。】

「和名抄」海月の二字を用ふは非なり。】


「本綱」に『海※1〔(かいた or かいだ)〕は、形ち、渾然として凝結し、其の色、紅紫、口・眼、無く、腹の下に物有り。絮〔(しよ):綿〕を懸〔けたるが〕ごとし羣蝦〔(むれえび)〕、之に附きて、其の涎沫〔(よだれ)〕を※2(す)〔=吸〕ふ。浮汎〔(ふはん)すること〕、飛ぶがごとく、潮の爲に擁〔せ〕らるれば、則ち蝦去りて、※1、歸るを得ず。人、囚りて割〔(わけ)〕て之を取る。常に蝦を以て目と爲す。蝦、動けば、※1、沈む。猶を〔→ほ〕蛩蛩〔(きようきよう)〕の※3※4〔(きよきよ)〕とのごとし。其の最も厚き者、之を※1頭と謂ふ。味【鹹、温。】、更に勝れり。生・熟〔=煮熟〕、皆、食ふべし。薑醋〔(しやうがず):生姜酢〕を以て之を進む。茄柴の灰、鹽水に和して、之を淹〔(い)〕れて良し。又、浸すに石灰・礬水〔(ばんすゐ)〕を以て、其の血汁を去れば、其の色、遂に白し。』と。[やぶちゃん字注:※2=「口」+「匝」。※3=「馬」+「巨」。※4=「馬」+「虚」。]

△按ずるに、海※1は、形圓く、上面、扁(ひら)たし。故に上面を平【比良。】と曰ふ。下面に物物有りて耳のごとく、又、足のごとし。臓と曰ふ。其の大なる者、徑〔(まは)〕り三尺、厚さ一尺ばかり。鱗・骨・頭・目無し。惟だ口のごとくなる者、腹の下に有り。八・九・十月、攩網〔(すくひたま)〕を以て之を取る。鹽水に和して之を淹〔(しほもの)とす〕。-栗(くぬのき)の葉を取り、微〔(やや)〕焙〔(あぶ)〕り、碓〔(うす)〕にて碎きて、之を共に漬ける。夏、毎日、冬、三日に一度、水を換ふ。使ふ時、灰を用ひて能く揉み、洗浄して、臭氣(くさみ)を去る。味【甘鹹。】、脆く美なり。魚膾に代ふ。備前の産、上と爲す。

 「夫木」 我戀は海の月をぞ待ち渡るくらげも骨に逢ふせありやと   仲正

肥前水母【又、唐水母と名づく。】 一物〔にして〕、異製なり。其の製、明礬〔(みやうばん)〕に鹽を和して揉み合はせ、之を漬ける。色、黄白ならしめ、使ふ時、能く洗浄し、礬氣を去る。肥前の産、最も佳し。故に名づく。其の味、淡く、之を嚼〔(か)〕むに聲有り。

水海(みずくらげ)  色、白にして、形、圓く、水の泡(あは)の凝(こ)り結(むす)ぶがごとし。魚・蝦、之に附き、潮に隨ひて飛ぶがごとし。味、佳ならず、且つ毒有り。漁人、之を取らず。

[やぶちゃん注:現在、クラゲと呼称する場合、狭義には刺胞動物門Cnidariaと有櫛動物門Ctenophoraの異なった二種の生物集団を挙げるのが一般的である。有櫛動物門は所謂、刺胞を持たないクラゲである(但し、後鰓類のミノウミウシ亜目Aeolidinaのミノウミウシ類と同様に、摂餌したヒドロクラゲ類の刺胞を消化せずに盗刺胞として自己防衛機能として持つフウセンクラゲモドキHaeckelia rubraは例外である。当然、しっかり刺す。要注意。ちなみにアオミノウミウシの盗刺胞についてはかつてブログに書いた。骨折のあの日の忘れがたい思い出である)。しかし良安の言う「クラゲ」とは、プランクトンとしてのクラゲ様生物を指していると言ってよい。即ち、浮遊性・寒天状物質によって構成された生体・「クラゲ」という名を負っている種を総称すると考えてよい。そうして、その方がプランクトンたるクラゲという、実は生態学的には前掲の二門に限定するよりも、より正確な生物学的認識に至ることが出来ると私は考えるのである。そこから、まずゾウクラゲCarinaria cristata等を含むグループが追加候補となろう(ゾウクラゲを挙げるなら同様に貝殻を全く持たないハダカカメガイ(クリオネ)Clione limacina limacina等を含む後鰓亜綱Opisthobranchia裸殻翼足目Gymnosomataのグループも挙げるべきであると考える御仁も居よう。如何にも正論であるが、そうすると止めどなく大小様々なプランクトンを検証しなくてはならないこととなるので、ここは名にし負うゾウクラゲだけで我慢して頂きたい)。更に、言わば浮遊性のホヤの仲間と言うべき、サルパやウミタルのグループは、良安が見れば間違いなくクラゲと認識する(いや、海洋生物関連の記述を見ると、現代生物学でも、プランクトンとしてのクラゲの範疇には、サルパやウミタルが正式に「クラゲ」として認知されているようである)。そこで、以上のグループを目のタクソンまで(一部は亜目まで)表示して、以下に「クラゲ」を示す(ゾウクラゲは異足目なんて無粋で淋しいので属まで記載)。何でナマコみたいに科までやらないかって? 2000年TBSブリタニカ刊の並河洋「クラゲガイドブック」巻末の「日本産クラゲリスト」の科を数えてみると、刺胞動物門だけで65を越えている。「和漢三才圖會」クラゲの注としては、カツオノエボシやボウズニラの触手並みに冗長になってしまうんだ。悪しからず。それでも名数フリークの方のために。2006年技術評論社刊の久保田信他監修「クラゲのふしぎ」によれば、現生種の場合(同書45ページの表3及び表4に「計」を追加した)、

○刺胞動物門クラゲ類の目、科、種の数

鉢クラゲ類   立方クラゲ類   ヒドロクラゲ類      計

目     4        1        11      16

科    22        2       106     130

種   200       20      2700    2920

○有櫛動物門2綱の目、科、種の数

     有触手綱     有触手綱         計

目     6        1         7

科    20        1        21

種    93       50       143

ちなみに引用書では続いて、現在までに最もクラゲの種が豊富な海域として和歌山県田辺湾(南方熊楠先生の故郷!)での調査結果が記されている。その総種数は、実に148である。

刺胞動物門Cnidaria

 ヒドロ虫綱Hydrozoa

  花クラゲ目ANTHOMEDUSAE

  軟クラゲ目LEPTOMEDUSAE

  淡水クラゲ目LIMNOMEDUSAE

  レングクラゲ目LAINGIOMEDUSAE

  硬クラゲ目TRACHYMEDUSAE

  剛クラゲ目NARCOMEDUSAE

  盤クラゲ目CHONDROPHORA

  管クラゲ目SIPHONOHORA

   鍾泳亜目Calycophorae

   嚢泳亜目Cystonectae

   胞泳亜目Physonctae

 箱虫綱Cubozoa

  立方クラゲ目CUBOMEDUSAE

 鉢虫綱Scyphozoa

  十文字クラゲ目STAUROMEDUSAE

*このナガアサガオクラゲ科Cleistocarpidae(シャンデリアクラゲの仲間であるManania uchidai等)・アサガオクラゲ科Haliclystidae(ムシクラゲStenoscyphus inabei等)・ジュウモンジクラゲ科Kishinouyeidae(ジュウモンジクラゲKishinouyea nagatensis等)の3科からなる十文字クラゲ族は十文字クラゲ綱Staurozoaとして独立させる説もあるが、いずれにせよ、本族の属する種は柄によって海草等に固着し、プラヌラ幼生でさえも泳ぐことがなく、終生水中を漂うことがない。従って、これは何とクラゲでありながら良安の記載からは「クラゲ」と見なされないクラゲということになるのである。いや! このクラゲはプランクトンでさえ、ない!

  冠クラゲ目CORONATAE

  旗口クラゲ科SEMAEOSTOMEAE

  根口クラゲ目RHIZOSTOMEAE

  羽クラゲ目PTEROMEDUSAE

有櫛動物門Ctenophora

 無触手綱Nudatentaculata

  ウリクラゲ目BEROIDA

 有触手綱Tentaculata

  オビクラゲ目CESTIDA

  フウセンクラゲ目CYDIPPIDA

  カブトクラゲ目LOBATA

軟体動物門Mollusca

 腹足綱Gastropoda

  前鰓亜綱Prosobranchia

   異足目HETEROPODA

    ゾウクラゲ科Carindariidae

     カエデゾウクラゲ属Caradiopoda sp.

     ゾウクラゲ属Carinaria sp.

      ゾウクラゲCarinaria cristata

     コノハゾウクラゲ属Pterosoma sp.

脊索動物門Chordata

 尾索動物亜門Urochordata

  サルパ綱(タリア綱Thaliacea

   筋体(ウミタル)亜綱Myosomata

    環筋(ウミタル)CYCLOMYARIA

    ダンキン目DESMOMYARIA

    ハンキン目HEMIMYARIA

    サルパ目SALPIDA

 「樗蒲」は本邦では「かりうち」とも言い、楕円形の平たい木片を、一方を白、一方を黒く塗ったもの四枚を用い、それを投げて、出た面の組合せで勝負を競う博打の一種を指す。朝鮮では「ユッ」と言うこれとほぼ同じものが、骸子の代りに現在でも用いられているという。また、「樗」はミツバウツギ科のゴンズイEuscaphis japonica、「蒲」はヤナギ科のカワヤナギ Salix gilgianaで、ともに骸子の材料に用いられた木である。複数の叙述では、特にこの木片の形を半円形ともするところから(私はその実物を見たことがないのではっきりと言うことは出来ないが)、その形状の類似からこのように名付けると考えてよいか。
 『「和名抄」』は、正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。

 「海月の二字を用ふは非なり」とは、良安が「海月」を既に四十七の「介貝部」で「海鏡」(斧足類のマルスダレガイ科カガミガイPhacosoma japonicumかナミマガシワ科マドガイPlacuna placenta)に同定しているからである。
 「渾然」とは、全く差や違和感がなく、一つのまとまりになっているさま、もしくは角や窪みのないさまを言う。まさに、クラゲのためにあるような語である。

 「腹の下に物有り。絮を懸ごとし」は、主として鉢クラゲ類で目立つ口腕及び一部の種のその口腕の付属器を指しているのであろう。当然その他の縁弁を含む傘縁触手や有櫛動物の場合の触手も含んでいると考えてよい。
 「羣蝦、之に附きて」は、まず浮かぶのはエビの方ではなくて、鉢虫綱根口クラゲ目イボクラゲ科エビクラゲ Netrostoma setouchianaだ。ここで共生するエビは、特定種のエビではないようである(ただ研究されていないだけで特定種かも知れない)が、好んで鉢虫・ヒドロ虫類及びクシクラゲ類・サルパ類に寄生するエビとなれば、節足動物門大顎亜門甲殻綱エビ亜綱エビ下綱フクロエビ上目端脚目(ヨコエビ目)クラゲノミ亜目 Hyperiideaに属するクラゲノミHyperiame medusarumやオオタルマワシPhronima stebbingi、ウミノミ類辺りが挙げられよう。
 「浮汎」の「汎」は、やはり浮かぶこと。
 「潮の爲に擁せらるれば」は、原文の「所」を受身で読む。「擁」は、かかえる、覆うの意であるから、潮流に包まれると、の意味。

 「割〔(わけ〕て」の部分を、東洋文庫版は「捕って割(さ)く」と訳している。しかし、それでは語順がおかしい。私はこの部分の前後に記されるエビとクラゲの共生論を前提としての語と捉え、クラゲの眼となっているエビがいなくなって航行不能に陥ったクラゲを、即ちエビとクラゲを「分け」たところで容易に捕獲する、の意味でとる。
 「猶ほ蛩蛩の※3※4とのごとし」[※3=「馬」+「巨」。※4=「馬」+「虚」。]蛩蛩と※3※4のように仲がよい、一心同体である、離れては存在しない、生きてゆけないといった意味である。この2種の生物は、「山海経」及びその注に登場する架空の獣名である。以下に「山海経」海経巻三山海経第八海外北経から引用する(私が中文電子テクストで重宝している中国の方のサイト「翰廬」「山海經海經新釋卷三」より。一部の字を推測して補正した。●はママ)。

北海内有獸,其状如馬,名曰※5※6。有獸焉,其名曰駮,状如白馬,鋸牙,食虎豹。有素獸焉,状如馬,名曰蛩蛩。有青獸焉,状如虎,名曰羅羅。[やぶちゃん字注:※5=「陶」の(こざとへん)を「馬」に換える。※6=「馬」+「余」。]

その「蛩蛩」についての注は、

郭璞云:「即蛩蛩※3※4也,一走百里,見穆天子傳(卷一);音邛。」珂案:周書王會篇云:「獨鹿邛邛,善走也。」孔晁注:「獨鹿,西方之戎也;邛邛,獸,似※3※4,負●而走也。」實則邛邛、※3※4乃是一物,即爾雅釋地所記「邛邛※3※4」也。呂氏春秋不廣篇云:「北方有獸,名曰蹶,鼠前而兔後,趨則跲,走則顛,常爲蛩蛩※3※4取甘草以與之。蹶有患害也,蛩蛩※3※4必負而走。」是猶比肩之獸也。

この二匹は同なじだと言ってみたり、頭がネズミで下半身が兎の蹶(ケツ)なんて奴に養われていると言ったり、蛩蛩と距虚は常に伴って走ると言ってみたり……何だかよく分かんない~! しかし、この、一説に白い馬に似ているという獣蛩蛩と、その同類であるとする※1※2が、比翼の鳥や連理の枝と同義的に用いられているのは韓愈の詩「醉留東野」(私の愛する漢詩サイト「詩詞世界 碇豊長の漢詩」より)に

願得終始如※3蛩

願はくは、終始、※3蛩(きよきよう)のごとくあらんこと得ん。

やぶちゃん訳:友たる孟東野(孟郊)君と私が、どうかいつまでも蛩蛩と※1※2のように一心同体であることを望む。

とあることからも分かる(当該ページの同詩句の注を是非参照されたい)。
 しかしながら、勿論、良安が考えたようにエビがクラゲの眼の代わりなわけでもなく、クラゲもそれで捕獲=死の憂き目に逢うわけでもない。サンゴとゾーザンテラ(褐虫藻)
zooxanthellaのように一蓮托生のものにこの比喩は使いたいものだ。


 「※1頭」[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「宅」。]時珍の記載ということを考慮するならば、最大級の種としての鉢虫綱根口クラゲ目ビゼンクラゲ科エチゼンクラゲ
Nemopilema nomuraiに同定してよいであろう。傘径2m・体重200㎏に達する個体もある。厳密な意味で種としての最大種は、並河洋「クラゲガイドブック」によれば、鉢虫綱旗口クラゲ目ユウレイクラゲ科キタユウレイクラゲCyanea capillataの北方(バルチック海等)種で、現在までの確認個体は傘径2.5m、全長は40mとする。

 「茄柴」を東洋文庫版は「茄子の木」と訳している。「廣漢和辭典」によれば、「茄」はまず、蓮の茎。蓮を指すとある。蓮の茎や根茎を乾したものを指している可能性もあるように思われる。

 「淹れて」を東洋文庫版は「淹(しおづけ)にして」と訳している。しかし、本字に「しおづけ」の意味はない。良安がよく用いる塩漬けの意味の「腌」の衍字と取るのならば、そのように注記するべきであるが、注記もなく、「淹」の字をそのまま用いて、「しおづけ」とルビしている。さらに原文は送り仮名を「テ」しか送っていない。もし良安が本字をそのように読んでいるとするならば、彼の書き癖からいって「シテ」又は「ニシテ」とルビを振ると思われる。勿論、この部分の叙述からその意味としては塩漬けでよいのあるが、私はここは「淹(いれ)て」と普通に訓読する。

 「石灰・礬水」の「礬水」は、「どうさ」と当て字読みし、膠(ニカワ)とミョウバンを水に溶かした液体のことを指す。一般には和紙や絹地の表面に薄く引いて、墨や絵具等が滲むのを防ぐ効果を持つ顔料である。しかし、ここでは単に明礬(ミョウバン)=硫酸アルミニウムカリウム
12水和物 AlK(SO4)212H2Oの水溶液を指していると考えられる。「石灰」は消石灰=水酸化カルシウムCa(OH)2

 「鉤栗」は、東洋文庫版で「くぬぎ」とルビしている。このような処理法を遂に発見し得なかったが、とりあえずブナ目ブナ科コナラ属クヌギ
Quercus acutissimaに同定しておく。

 「夫木和歌抄」(1310年頃成立した藤原長清撰になる私撰和歌集)の和歌は、原文の作者名「仲正」を「仲之」と誤まっている。源仲正(仲政とも書く)は平安末期の武士、酒呑童子や土蜘蛛退治で有名なゴーストバスター源頼光の曾孫である。即ち、ひいじいさんの霊的パワーは彼の息子、鵺(ぬえ)退治の源頼政に隔世遺伝してしまい、仲正の存在はその狭間ですっかり忘れ去られている。しかし歌人としてはこの和歌に表れているような、まことにユーモラスな歌風を持つ。当該歌と思われるものは「夫木和歌抄」巻廿七雑九にあるが、以下の通り、正しくは「海の月」が「浦の月」、「くらげもほね(骨)に」が「くらげのほね(骨)も」、「「逢ふせ(瀨)」が「逢ふ夜」である。二首を比較しやすいように漢字仮名を一致させて並べてみる。

(原典)我が戀は浦の月をぞ待ちわたるくらげのほねに逢ふ夜ありやと

(引用)我が戀は海の月をぞ待ちわたるくらげもほねに逢ふ瀨ありやと

この二首の和歌を試みに訳してみる(私は和歌は苦手であるので、解釈の不味さはご容赦願いたい)。

(原典)やぶちゃん訳:私の恋は、浦に上る遅い月をひたすら待ち続けるようなもの……意地悪くもその上る月が水面に映ったかと見紛う海月……その海月の骨に出逢う夜が、世が、時がやって来るのであろうか? いや、それは海月に骨がないように、私の恋は、決して成就することなどないに違いない……

(引用)やぶちゃん訳:私の恋は、海に上る遅い月をひたすら待ち続けるようなもの……意地悪くもその上る月が水面に映ったかと見紛うまさに海月……その海月が、かつて抜かれてしまった骨に出逢う瀨が、流れが、時がやって来るのであろうか? いや、もともと骨を持たぬ海月には永遠に骨は還ってこない……同じように私の恋は、決して成就することなどないに違いない……

良安の方は、クラゲを歌の中で強調するために、恣意的に「海」「瀨」というより強い縁語に換えられており、係助詞「も」の使用によって、更に捩れた意味合いを暗示する(かのように)読めるよう改変されている。即ち、これは勿論、和歌引用の際の誤りではなく、パロディ作家仲正の歌の更なる狂歌化なのだ。さればこそ、良安はわざと「仲正」を「仲之」として本歌を架空の作品として示したのかも知れない。

 「肥前水母」ヒゼンクラゲ 良安はこれを塩クラゲの製法違いとしているが、既に横綱エチゼンクラゲに土俵入りしてもらっている以上、やはり種としてのヒゼンクラゲにも控えてもらおう。
 ところが、その前に片付けておかなくてはならない事柄がある。私は実は、肥前(ひぜん:佐賀県と長崎県の一部)や備前(びぜん:岡山県と兵庫県の一部)といった採取された旧国名からついた和名が極めて似ているため、このヒゼンクラゲ
Rhopilema hisphidumという種とビゼンクラゲRhopilema esculentaという種が同一のクラゲのシノニムであると思っていた(事実、前掲の二冊のかなり新しいクラゲの出版物でも索引にはビゼンクラゲしか載らない)。次に少し経って、ヒゼンクラゲというのは、ビゼンクラゲに極めて類似したスナイロクラゲRhopilema asamushiのシノニムではないかとも疑った。ところがレッドーデータ・リスト等を検索する内、実際にはこの3種はすべて別種であるという記載があり、また多くの観察者の記載を見るに、私もこれらは異なった種であろうという印象を持つに至った。即ちクラゲ加工業者の間で「白(シロクラゲ)」と呼称されるヒゼンクラゲRhopilema hisphidumは有明海固有種であり、私がシノニムを疑ったスナイロクラゲRhopilema asamushiはその分布域が九州から陸奥湾に広く分布するという記述だけで最早同一ではあり得ず、またビゼンクラゲRhopilema esculentaは業者が「赤(アカクラゲ)」と呼称するように、傘が有意に褐色を帯びており(但しヒゼンクラゲRhopilema hisphidumでも傘に紅斑点があるものがあり、その方が塩クラゲにするには上質とされるらしい)、見るからに異なったクラゲに見えるのである。今後のアイソザイム分析が楽しみである。
 更に付け加えておくと現在、大量発生で問題になっているエチゼンクラゲについては、実は日本では過去に塩クラゲ加工の歴史はなかった、というのも眼からクラゲであった。昔は来なかったんだよな。はい、江戸博物書の注であっても、やっぱり温暖化の問題は避けて通れませんね。
 更に追伸。「唐水母」という名称は、今の異名としては残っていない。ところが「唐海月」という語ならば、井原西鶴の「好色一代女」卷五の冒頭「石垣戀崩」に『おそらく我等百十九軒の茶屋いづれへまゐつても。蜆やなど吸物唐海月ばかりで酒飲だ事はない。』と出て来る(近世物は苦手なので注釈書が手元にないのでこれまでである)。しかし、これはもしかするともともとは中国製の加工食品としての塩クラゲを言う言葉ではなかったか。その製法が江戸期に日本に伝わり、肥前で作られたものにこの呼称が残ったとは言えまいか(あ、さればそのルーツはまさにエチゼンクラゲ製であったかも知れないぞ)。
 最後にちゃんと名前を挙げよう。鉢クラゲ綱根口クラゲ目ビゼンクラゲ科ゼンクラゲ属ゼンクラゲ
Rhopilema hisphidum。種名の頭は「ヒ」! 「ビ」じゃあない!


 「水海」ミズクラゲ 鉢虫綱旗口クラゲ目ミズクラゲ科の主な日本産の種を挙げておく。

ミズクラゲAurelia aurita

キタミズクラゲAurelia limbata

アマガサクラゲParumbrosa polylobata

サムクラゲPhacellophora camtschatica

解せぬのは「毒」。いや、ミズクラゲだって毒があるなんてことは百も承知。問題は、何で良安先生、ここに至るまで刺胞毒のことを一切記述せず、よりによって、刺胞毒の弱いミズクラゲの個別項目で「毒有り」なの? って感じ。可能性の一つとして、アマガサクラゲ等の刺胞毒の強い白色系のクラゲの情報がここに紛れ込んでいるのかも知れないが、それにしても、「毒」はどうも、「食」の「毒」のように読めてしまい……更に更に、私の疑問はこんがらがってヒドロ虫綱管クラゲ目ボウズニラRhizophysa eysenhardtiか嚢泳亜目カツオノエボシ科カツオノエボシ属Physalia physalisの触手(もしくはそれに刺されたアナフラキシー・ショック)状態だわん! 本当はクラゲは刺胞毒の話が一番好きなのに! キライ! 良安センセ!]

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すゝめうを  海牛

うみすゝめ

綳魚    【俗云雀魚】

 

食物本草云綳魚形似河豚而小背青有斑紋無鱗尾不

岐腹白有刺戟人手亦善嗔嗔則腹脹大圓緊如泡仰浮

水靣〔=面〕


日本紀齋明帝時於雲州北海濵魚死而積厚三尺許其

大如鮐雀喙針鱗鱗長數寸是雀入於海爲魚也名曰雀

△按雀魚今亦處處有之状類雀而首短額有一小角嘴

 尖如鳥無足有四鰭尾向上背腹方有四稜無鱗如鮫

 皮而有龜甲紋灰白色大不過三四寸世人未食之或

《改ページ》

用海牛字未知其據又日本紀所謂者與今雀魚異


すゞめうを  海牛

うみすゞめ

綳魚    【俗に雀魚と云ふ。】


「食物本草」に云ふ、『綳魚〔(はうぎよ)〕は、形、河豚に似て小〔さく〕、背青く、斑紋有り、鱗無し、尾岐あらず、腹白くして刺有り、人の手を戟(つ)く。亦、善く嗔〔(いか)〕る。嗔れば則ち腹脹れ、大いに圓緊〔(ゑんきん)〕にして泡のごとし。仰ぎて水面に浮く。』と。

「日本紀」に、『齋明帝の時、雲州〔=出雲〕北海の濵に於て魚死して積むこと、厚さ三尺ばかり、其の大いさ鮐〔(ふぐ)〕のごとく、雀の喙〔(はし)〕、針の鱗あり。鱗の長さ、數寸、是れ雀海に入りて魚と爲るなり。名づけて雀魚と曰ふ。』と。

△按ずるに、雀魚は、今亦、處處之有り。状、雀の類にして、首短く、額に一の小さき角有り。嘴〔(はし)〕、尖り、鳥のごとく、足無く、四の鰭(ひれ)有り。尾、上に向ひて、背・腹の方にして四つ稜(かど)有り。鱗無くして、鮫皮のごとくにして龜甲の紋有り。灰白色。大いさ三~四寸に過ぎず。世人、未だ之を食はず或は海牛の字を用ふ。未だ其の據〔(きよ)〕を知らず。又、「日本紀」に謂ふ所の者は今の雀魚と異なり。

[やぶちゃん注:良安が最後に相違を明示している通り、ここで引用された「食物本草」及び「日本紀」の記述しているのは

フグ目 Tetraodontiformesハリセンボン科 DiodontidaeハリセンボンDiodon holocanthus

もしくはその近縁種

ネズミフグDiodon hystrix

ヒトヅラハリセンボンDiodon liturosus

イシガキフグChilomycterus reticulates

等を指しており、良安が記述しているのは、眼上棘の記載に不審はあるものの(後述)、同フグ目の

ハコフグ科Ostraciidaeコンゴウフグ属LactoriaウミスズメLactoria diaphanaもしくはその近縁種

シマウミスズメLactoria fornasini

コンゴウフグLactoria cornuta

等を指していると考えて間違いない。

 『「食物本草」』は、明の汪頴(おうえい)撰になる、通常の食物となるものに限った本草書。
 「綳魚」の「綳」=「繃」で、たばねる、の意。これはまさにハリセンボン