やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇へ
鬼火へ

海鼠 附録 雨虎(海鹿)
        栗本丹洲 (「栗氏千蟲譜」巻八より)

                 訓読・注記 ©2007/2014 藪野直史

[やぶちゃん注:大槻磐水の「きんこの記」に絡んで公開する。本作は、文化8(1811)年の成立とされる。作者の栗本丹洲(1756―1834)は、本名は元東・元格・瑞見等と名乗り、丹洲と号した。本草学者田村元雄げんゆうの第二子として江戸に生まれ、22歳の頃、幕府侍医であった栗本昌友の養子となった。32歳で奥医、その後は幕府医学館教諭として本草学を講じた。文政9(1826)年4月25日には、折から参府していたシーボルトと面談、シーボルトは著書「日本」の中で丹洲の膨大な図譜とその絵の素晴らしさを讃えている。丹洲には三十数点の著作があり、そのほとんどは動植物(特に動物)の写生図と解説である。中でも、この「栗氏千蟲譜」と「魚譜」は現在でも高い評価を受けている。

 底本は恒和出版昭和57(1982)年刊の江戸科学古典叢書41「千蟲譜」所収の影印本を用い、活字に起した(当該書431~442頁)。本書の丹洲自筆原本は二種あり、栗本家に所蔵されてきたが、明治前期以前の火災と、関東大震災の折りに、孰れも惜しくも消失した。本底本は、その写本の一つで、巻末最終丁には、以下の記載がある。

大膳亮好庵氏所蔵ノ写生図ヲ購得シ栗本鋤雲氏
蔵本ノ原稿ヲ借覧シ三橋生ヲシテ其不足ヲ補写
セシメ自ラ一校了
   明治十二年十月十一日 曲直瀨愛識

この曲直瀨愛 ま な せ あいという人物は本幕府医官で、本邦初の昆虫採集・標本作成・同保存法を記した、明治13(1883)年刊行の「採蟲指南」の作者である。但し、英和辞典の校訂や植物学書の作者にも名を連ねている。

 翻刻に際しては、原本との比較の便宜を考え、原本の改行を踏襲している。一部の変体の片仮名については正字片仮名にすることとした。特異な字体については注記した。但し、筆法の書き癖と思われるものは、一々注していない。また、俗字(現行の新字に等しいもの。例:「薬」(藥)、「児」(兒)、「単」(單)など)も多く用いられ、歴史的仮名遣いの誤りも多い。明らかな誤字や・濁音脱落についてのみ、後に〔 〕で正字を補った。ポイントの落ちている字は割注で、基本的に前の語の右下に続いて書かれている。

 なお、2タイプ・テクストとした。即ち、字配りを意識した翻刻(■翻刻)と、適宜句読点を施して読みやすく訓読改訂したもの(■やぶちゃん読解改訂版 注の一部を省略)を示した。

 底本の原本は国立国会図書館蔵 250cm×180cm。なお、この原本は国立国会図書館デジタルコレクションで直ちに閲覧することが出来る(22コマから28コマ)。この博物画を見るだけでも私はわくわくしてしまう。是非、ご覧あれ。

 注に於いて種の同定を試みているが、その際には上記のデータベースのカラー画像を参考にした。

 
誤読している字、及び種の同定の誤りを発見された方は、是非ご教授願いたい。本電子テクストの作成は、昭和37(1962)年内田老鶴圃刊の大島廣「ナマコとウニ――民謡と酒のさかなの話――」に大いに触発されたことをここに謝す。

【2014年10月13日追記:訓読を大々的に改訂(平仮名に変えて漢文部分も強引に訓読、注記を増補した)、また、国立国会図書館の保護期間満了対象の画像使用許可ポリシーの変更に伴い、国立国会図書館蔵の国立国会図書館デジタルコレクションから当該画像をダウンロードして一部トリミングを行い(補正処理はしていない)挿入しておいた(贅沢に二種のテクスト両方に配しておいた)。なお、画像の倍率は、最初の画像の下に附した国会図書館のスケールで確認されたい。全体を一枚で見渡せ、しかも細部が分かる倍率で表示した積りである。さらに細部を観察されたい場合は、上記リンク先でJPAG表示100%でダウンロードされたい(私のものは50%)。】




■翻刻

海鼠 和訓奈末古本草綱目不載之馮時可兩航雜録ニ載ル処ノ沙噀ナリ

[やぶちゃん字注:「鼠」の字は、「猟」の(へん)の「ツ」が「旧」になった字体。「雜」は(なべぶた)の下が「凶」の右縦画を排したもの。]

一名沙蒜其書ニ云沙噀塊然一物如牛馬腸臟頭長五六寸無目無皮骨但

能蠕動觸之縮小如桃栗徐復擁腫土人以沙盆揉去其涎腥雜五※煮之

[やぶちゃん字注:「揉」は同定に自信なし。「雜」=「新」の(へん)+(ふるとり)。以下、同じ。「※」=「口」の下に「未」。「味」か。]

脆美爲上味云々寧波府志亦載之五雜俎一名海男子薬性纂要之海蛆

温州府志之塗筍也又按格致鏡源引蟫史云泥一命沙噀其書云泥無骨虫以也

在水則活失水則酔如泥然ト諸物異名疏モ此事アリ皆此モノヲ指シテ謂フナリ

[やぶちゃん字注:「指」は「ヒ」が「上」。]

蛮人非蒲温児ヒブ子ルノ書ニ福路※力亜ホロチユリアト云テ此物ヲ打潰テ諸般痛患ヲナスノ処又

[やぶちゃん字注:「※」=「去」の上部を「千」に代える。]

腫塊ヲナス上ニ置テ極テ緩和ヲナスト云 本邦ニモ手足凍瘡皸裂腫痛ヲナスニ此

[やぶちゃん字注:「足」は「豆」の第一画を除去した字体。以下、同じ。]

涎液ヲ塗レハ痛和シ腫消ス此モノ青黒黄赤ノ數色アリ コト単称

[やぶちゃん字注:「称」は(へん)が(しめすへん)。]

スル事葱ヲキト単名スルニ同ジ熬乾スル者ヲイリコト呼串乾モノヲ ク

シコト呼倭名抄海鼠和名古崔禹錫食鏡云似蛭大者也見ヱタリ然レハコト

[やぶちゃん字注:「鼠」は、「猟」の(へん)の「ツ」の下に「一」を引いた字体。以下、同じ。]

称スルハ古キ事ニシテ今ニ至マデ海鼠ノ黄腸ヲ醤トシテ上好ノ酒媒ニ充

[やぶちゃん字注:「腸」の「曰」には、左上角に「ノ」の字形の(はらい)が付き、一番上の横画は、右に大きくはみ出す字体。以下、同じ。]

テ東都ヘ貢献アリコレヲコノワタト云モ理アリト思ヘリ

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。解説の下にナマコ一匹の図。マナマコ
Sticbopus japonicus で、これは体色に変異がある(生育環境による要因が大きいとされ、砂泥地では青緑や黒、岩礁では赤の個体が多い)。本帖のものは一般に「青ナマコ」又は「アオコ」、次帖のものが「赤ナマコ」又は「アカコ」と呼称される個体である。]

沙噀 ナマコ

尋常者色

青黒茶褐ノ

[やぶちゃん字注:「褐」は(つくり)が「易」。]

斑アリ 又赤

色ニシテ赭

黒ノ斑アルモアリ

赤ナマコト云味

同ジ只食料ニ人

不好因テ漁人護〔獲〕レハ

串子イリコ等ニスト

云此物ニテ凍瘡上ヲ擦

ハ瘥ト云


《改帖》



[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。ナマコ一匹の図のみ。マナマコ Sticbopus japonicus の赤色個体。通称「赤ナマコ」又は「アカコ」。


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。この一行目の「イリコ」は底本ではご覧の通り「称刺参」の文字列の左ルビである。以下、ナマコ五匹の絵の左半分の中央の空白に以下の二行。この五匹は全て同種と判断され、イリコの原材料と記している点からマナマコ Sticbopus japonicus の黒色個体と見てよいであろう。通称は「黒ナマコ」又は「クロコ」。]

海参 称刺参イリコ者即是


一種小者極堅硬色黒形作

四稜々所有刺肝内有沙子

[やぶちゃん字注:「々」は同定に自信なし。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。解説の下に、頭部の触手を張り出した二匹のキンコ Cucumaria frondosa var. japonica である。上下にずらして左右対称に配した図。]

金海参キンコ奥州金華山海中ニ産肚皮上粟粒ノ如

[やぶちゃん字注:「華」は、(くさかんむり)を「前」の(かんむり)状部分に代え、その下を「巫」の下に「土」を反転させたものを結合させような字体。この帖では以下は、通用字体。]

※1※2三條アルノミニシテ刺ナシ本中〔草〕従新所謂光参是ナリ

[やぶちゃん字注:「※1」=(「瘖」の「日」を「口」に代える)。「※2」=(「やまいだれ」の中に「塁」の「土」を除去したものを入れる。)]

腹中ニ砂子ナキヲ異トス又一種ノ光参アリ形大皮厚

硬味下品ナリ肥皂参及瓜皮参ノ名アリ是八重

山串子ナリ

後條其塩水醃藏者文化乙亥年冬月偶得之

[やぶちゃん字注:「亥」」は、「丑」の篆書風で、(なべぶた)に(屮)を接合し(あし)の右払いも付けた字体。以下同じ。]

作圖此仙臺醫員大槻子煥所贈也

[やぶちゃん字注:「煥」は、(つくり)の(あし)は「ハ」の字型、中央の囲まれた中も「メ」の字型になっている。」

其状壓扁皮爛而作此圖觀者

察識及思過半耳

蝦夷地海中ニフジコト称ス色

藤花色ヲナス故ニ此称アリ奥

州金華山ノ産ノ如ク黄腹〔腸〕ノミ

アル者稀ナリ其物ヲ採乾コトヲ

土人不知近年採乾ニ其法ヲ得

ザレバ形壞テ其用ニ中ラズト聞ケリ

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。帖中央にキンコ Cucumaria frondosa var. japonica の背面、その下に腹面それぞれの図。最初の一行目は下図のキンコ呼吸樹が行に侵入して最後の三文字が下に回り込んでいる(「 / 」で表示した)ので注意されたい。]

海参 吾邦殊ニ多シ海外ノ国ニ出ル事少シ因テ華 / 航蛮舶

[やぶちゃん字注:「華」は、(くさかんむり)を「前」の(かんむり)状部分に代え、その下を「巫」の下に「土」を反転させたものを結合させような字体。以下、同じ。]

貨物ニ換齊去ルト云本邦ニモ東北

[やぶちゃん字注:「齊」の中央の「Y」字形部分が「子」。]

海産ノモノ最優レリ就中陵〔陸〕

奥州金華山下東北数百里

間※1

[やぶちゃん字注:以下の二行は※1の下に、二行の割注で入る。]

奥州往古天平宝字年中

以前ヨリ迄モ今テ六町ヲ以テ

[やぶちゃん字注:以下の二行は※2の部分に、二行の割注で入る。]

一里ト

ナス

※2海底一種ノ海参ヲ産ス里

人是ヲ金哥キンコと呼一本堂

藥撰ニ金海鼠ト称擧スル

モノナリ他州ノ海中ニ復

産スルコトナシ實ニ是奇品

ナリ※3

[やぶちゃん字注:以下の二行は※3の下に、二行の割注で入る。また、「隔」の字は、(つくり)の上の部分が、(なべぶた)に「口」を接合したような形で、下の(かまえ)につながり、さらに下の部分の内側もTの字の上部に「ハ」の逆転したものを接合したような字体。以下、同じ。]

金華山ハ牡鹿郡ニ属ス陸地

ヨリ遥ニ隔リタル海中ノ

[やぶちゃん字注:以下の二行は※4の箇所に、二行の割注で入る。]

小島

ナリ


※4此ノ島ノ巖石間皆黄

金色ヲナス此嶋黄金多シ

因テ其精気海底ニ溢

充シテ此金海参ヲ産スト

云傳フ其形状土瓜ノ如ク長サ四五寸許週〔周〕六七寸其色黒或淡黒シテ微紅ヲ帯

[やぶちゃん字注:「瓜」には最後の一画が欠損している。]

《改帖》

黒斑アルモノマゝアリ軟滑ナルコト生海参ニ似タリト雖肉刺ナシ小瘖※アリ上竅

[やぶちゃん字注:「雖」は、(ふるとり)がない。以下、同じ。]

[やぶちゃん字注:「※」=(「やまいだれ」の中に「塁」の「土」を除去したものを入れる。)]

四畔細薀ノ如キモノ生下竅ハ小疣子突起シテ梅花辨ニ似タリ腹下ニハ粟粒ヲ排列

セルガ如モノ首ヨリ尾ニ至ル迄三條アリ一條幅一分餘其一條ノ間七八分ヅゝ隔ツ是ニテ

岩ニ取附滑走シテ微々ニ身ヲ展縮シテ手足ノ用ヲナスガ如シ此物常ニ水底石間ニ在天

気快霽美好ノ日口ヨリ一物ヲ吐出ス其形※絲ヲ聚メテ作レル剪採花ノ如シ其色

[やぶちゃん字注:「※」=「糸」+(つくり上部)「上」+(つくり下部)「曰」。]

黄青淡黒等数品アリ恰モ罌粟花ノ開ケルガ如浅水ヨリ覩テ愛スルニ堪タリ漁

人是ヲキンコハナサクト云物ニ觸レハ忽チ口中ニ編入テ見エズ肉厚サ三四分腸ハ線條ノ如

ク肚内ニ充満シテ空罅ナシ黄緑ノ二色アリ黄腸ノモノ上品トナス緑腹ノモノ美味ナラズ下品

ナリ潮水ヲ呑ミ外他物ヲ食フコトナシコレニヨリテ些少ノ沙ニテモ有コトナシ

尋常ノ海産〔参〕ノ腹中沙子ノミ有ト逈ニ異ナリサルニヨリテ此物ヲ食ニ此黄腸ヲ連テ

賞味スルコトナリ煮熟アリ此ニ略ス扨此物ハ本邦陸奥金華山下ノ海中ニノミアリテ他州

[やぶちゃん字注:「煮」は下の(れっか)が「火」。]

アルコトナシ嘗テ聞ク東蝦夷地亦コノモノヲ産ス夷言ニカクラウタ云※詳密ナル

[やぶちゃん字注:「嘗」の字は中の「ヒ」が「ノ+一」のような字体。※部分に以下の二行が割注で入る。]

海鼠ヲ単称
[やぶちゃん字注:「称」は(へん)が(しめすへん)。]

ウタト呼ヨシ

コトハ仙台大槻子煥筆記セル金海一珠トイエ〔ヘ〕ル書ニ載ス

又案蝦夷海中ニ此モノ尋常海鼠中ニ雑リ得ルコト多シ夷語フジコト云夷人乾腊トナシテ食

フヲ不知シテ尽ク棄タリ識者アツテコレ金海参ナリ乾腊ニ作ラシムルト雖モ其瀹キ

[やぶちゃん字注:「瀹キ」は「ゆびき」と読む。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。本帖と次の帖はどちらも中央に大きな図を配しているために、次帖の初行を除いて、行が上下に分断されている。その上下分断の様はテクストでは「 / 」で示した。この両帖の図はどちらも、後述される後鰓類の海鹿=アメフラシ Aplysia kurodai (Baba, 1937) の腹面(本帖)と背面(次帖)の図である。なお、荒俣宏氏の「世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物」の本図(p.274 但し異なる写本)を掲げたキャプションでは Aplysia sp. にとどめてある。]

乾ノ術ヲ會得セザルニ / 因テ腸出テ形甚廉醜ニシテ用ニ充ラズト
聞リ是其法ヲ / 得ハ国益ナルベシ此文化乙亥ノ冬ノコトナ
ルヨシ其地ニ役在セシ / 森氏ノ話ナリ蘭山子本艸從新所載

光参ニ / 充是ニ非ス其書云有刺者名

刺参無 / 刺者名光参注云閩中海参

[やぶちゃん字注:「閩」は「虫」の上に「ノ」の一画分が余計についている。]

色獨白類 / 撑以竹簽大如堂味亦淡劣

海上人復有 / 以牛革譌作之ノ語アリ

此即八重山串子ト / 俗称スルモノニシテ※甚

[やぶちゃん字注:「※」=「口」の下に「未」。「味」か。]

薄劣下品ノモノナリ / 肥前五島或薩隅
海中ノ産ナリ細竹 / 兩條ヲ以テ串キ
乾モノ恰モ牛頭皮ノ / 如シ形大ニシテ
刺ナシ白ク透明ナリ薬 / 性纂要ニ
海参一種無肉刺色帯 / 白名為

肥皂参味次之ト云フモノ即 / 此モノナリ

近ロ朱佩章偶汽ヲ閲スルニ有無 / 刺而黒白

劈開者為瓜皮参色味共ニ不及刺参出交阯瓊 / 州等処一斤刺参

[やぶちゃん字注:「等」は「寺」の上に「對」の(へん)の上の四画分を付けた字体。以下、同じ。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。先の帖冒頭の注を参照。一行目は上下分断されておらず、画像でも分かるように中央には有意な行空けがある。]


可皮参ト云モノ此物ヲサス賎劣可知也其金海鼠ニ至テハ本邦東奥海中ニノミ

産スル処漢名穿鑿スルニ及ベカラズ本邦産 / 物ノ一ニシテ栄ト

スルニ耐タリ海参煮法アリ法ヲ失ハ堅 / 靭不堪食

※モ亦美ナラズ其法水ニ浸コト一夜白湯 / ニテ一時煮

[やぶちゃん字注:「※」=「口」の下に「未」。「味」か。]

ルカクスレバ筋ニテ挟ミ切レル程ナルヲ / 下汁エ〔ヘ〕入レ煮

味ツクホト煮用ユ又一種ノ法柔煮 / アリ銅壷ノヌ

ルマ湯ニ浸シ置コト一夜翌朝一升ノ / 湯中エ〔ヘ〕糠一握

入レ煮コト一時短日ナラバ二時是ニテ / 味ツケ煮ナリ


同右海濱砂石上ニ有之有角 / 蛞蝓角ノ如シ人

觸ル時ハ尾上ノ孔ヨリ紫汁ヲ / 出シ沙石ヲ染ム

薩州ニテ方言ムラサキト云 / モノ此物ト同シ

松前ニ際リアル物ニ非ス諸州アラ海ノ / 海濱辺岸上ニアリ其

紅汁ヲ出スニヨリテエンコウボウトモ / 云ルヨシ神田玄泉

所著日東魚譜ノ中ニ西国方言海鹿ウミシカ / 参州方言ウミメウジ

相州方言ジヤウモダミト云フモノ海 / 濱ニ産ス形蜞蛭ニ似

《改帖》

テ大長五六寸首有耳角恰モ牡鹿ノ頭ニ似タリ觸之出血故此等ノ方言アリ

ヘリニ肉裙アリ目ナシ皆黒褐ニシテ腹灰白ニテ小※1※2粟粒ヲ撒スルカ如シ

[やぶちゃん字注:「※1」=(「瘖」の「日」を「口」に代える)。「※2」=(「やまいだれ」の中に「塁」の「土」を除去したものを入れる。)]

腹赤褐色ノ者アリト云ハ即此物ナリ

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。中央に右肩上がりで大きな「アメフラシ」の「背」の図がある。ここでは叙述は、右上から左へとなされている。右下の二行は、前半部の安永八年六月の記述の際に、この図に付けた記載と思われるので、途中に挿入した。但し、これをやはりアメフラシ
Aplysia kurodai (Baba, 1937) と同定してよいかどうかは疑問がある。採取後に相当時間が経過して、腐乱したものとの注意書きがあるので体色はほぼ完全消失してしまっているとは思われるが、前記の図のような鮮やかな斑状紋が一切描かれていない点、また体躯の後部が完全に切り立っているという特徴から、同属のタツナミガイ
Dolabella auricularia とも見られる。識者の見解を乞う。]

雨虎※

[やぶちゃん字注:以下の二行は、前の「雨虎」の下の※に、二行の割注で入る。]

石蠺附録

アメフラシ

薩州山中ニテ雨フ

ラシト云雨中ニ出ツ

形石決明ニ似テ痩

テ殼ナシト蘭山ノ啓蒙ニ

見タリ此モノ恐クハ山中ノ産

ニ非ス海岸ニ産スルウメイゴノ

類ナラン乎安永八年六月

[やぶちゃん字注:「安永八年六月」は割注である。以下の文章は全体が半角分程、下がっている。]

再按ルニウミウサキノ一種海牛ナルヘシ

但シ新鮮ノモノゝ圖ニアラズ日ヲ経タル

モノゝ腐爛シ垂タルモノヲ見テ写タル

ナルベシ

[やぶちゃん注:以下の二行は、帖右下の記載。これは本文の前半、安永八年六月の時点で図に添付されたキャプションと思われるので、字下げで示した。]

     尾州弾正君所蔵写真中ヨリ抄出手写

     ス其産処不記ト雖モ思フニ尾州ノ産ナラン




《改帖》






[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。前帖個体の「腹」の図のみ。これをもって「栗氏千蟲譜」巻八は終わっている。]




■やぶちゃん読解改訂版
(読みやすさを第一に考えて整序し、殆どのカタカナは平仮名に変えた。漢文部分は我流で訓読してあるので注意されたい(私は専門家でないので誤読が多いと思われるによって注意されたい。また、誤読部分については切に識者の御教授を乞うものである)。字注を大幅に排し、適宜、送り仮名・読み(歴史的仮名遣とした)・推定される意味なども増補してある。誤字も修正して括弧や空欄も用いた。一部は推定字で置き換えた。注の一部も読解用に変えてある。)


海鼠 和訓 奈末古 「本草綱目」載せず。之れ、馮時可「兩航雜録」に載る処の「沙噀」なり。一名、沙蒜。其の書に云ふ、『沙噀、塊然として一物、牛馬腸臟のごとし。頭長五六寸、目、無く、皮骨無し。但だ能く蠕動し、之れに觸るれば縮小して桃・栗のごとし。徐ろに復た擁腫たり。土人、沙盆を以つて揉み、其の涎腥雜五味を去つて之を煮る。脆美にして上味たり』と云々。「寧波府志」に亦、之を載せ、『「五雜俎」の一名「海男子」、「薬性纂要」の「海蛆」、「温州府志」の「塗筍」なり』と。又、按ずるに、「格致鏡源」に「蟫史」を引いて云はく、『泥は、一命「沙噀」。其の書に云ふ、「泥はを以つて無骨虫となすなり。水に在りて則ち活し、水を失へば、則ち酔ひて、泥、然のごとし[やぶちゃん注:泥のよう。]。」と』と。「諸物異名疏」にも此の事あり。皆、此のものを指して謂ふなり。蛮人、非蒲温児ヒブネルの書に『福路※力亜ホロチユリア[やぶちゃん字注:「※」=「去」の上部を「千」に代える。]と云ひて、此の物を打ち潰して諸般痛患をなすの処、又、腫塊をなす上に置きて極めて緩和をなすと云ふ。 本邦にも、手足凍瘡・皸裂・腫痛をなすに、此の涎液を塗れば、痛み和し、腫消す。此のもの、青・黒・黄・赤の數色あり。「こ」と単称する事、『葱』を『き』と単名するに同じ。熬り乾する者を、『いりこ』と呼び、串乾すものを『くしこ』と呼ぶ。「倭名抄」に、『海鼠、和名古、崔禹錫「食鏡」に云ふ、蛭に似、大なる者なり。』と見えたり。然れば、『こ』と称するは古き事にして、今に至るまで海鼠の黄腸を醤として、上好の酒媒に充て、東都へ貢献あり。これを『このわた』と云ふも理ありと思へり。

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。解説の下にナマコ一匹の図。マナマコ Sticbopus japonicus で、これは体色に変異がある(生育環境による要因が大きいとされ、砂泥地では青緑や黒、岩礁では赤の個体が多い)。本帖のものは一般に「青ナマコ」又は「アオコ」、次帖のものが「赤ナマコ」又は「アカコ」と呼称される個体である。]

沙噀 なまこ 

尋常の者の色は、青・黒・茶・褐の斑あり。又、赤色にして、赭黒の斑あるものあり。『赤なまこ』ト云ふ。味、同じ。只だ、食料には、人、好まず。因りて漁人、獲れば、『串子』『いりこ』等にすと云ふ。此の物にて、凍瘡の上を擦れば、ゆと云ふ。

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。ナマコ一匹の図のみ。マナマコ Sticbopus japonicus の赤色個体。通称「赤ナマコ」又は「アカコ」。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。五匹のナマコの図。これらは全て同種と判断され、イリコの原材料と記している点から、マナマコ
Sticbopus japonicus の黒色個体と見てよいであろう。通称は「黒ナマコ」又は「クロコ」。]

海参 称刺参イリコは、即ち是れも一種。小なる者、極めて堅硬、色、黒く、形、四稜に作る。稜の所、刺有り。肝の内、沙子有り。



《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。解説の下に、頭部の触手を張り出した二匹のキンコ
Cucumaria frondosa var. japonica。上下にずらして左右対称に配した図。]

金海参
キンコ 奥州金華山海中に産す。肚の皮の上、粟粒の如き※1※2
[やぶちゃん字注:「※1」=(「瘖」の「日」を「口」に代える)。これは音「ハイ」で「かさぶた」「かさ」の意。「※2」=(「やまいだれ」の中に「塁」の「土」を除去したものを入れる。これは「瘤」(こぶ)と同字か。とすればこれで「はいりう(はいりゅう)」と読み、瘡や瘤のようなものという意となり、しっくりくる。]、三條あるのみにして、刺なし。「本草従新」に謂ふ所の「光参」、是れなり。腹中に砂子なきを異とす。又、一種の光参あり。形、大にして、皮、厚硬し、味、下品なり。『肥皂参ひさうさん』及び『瓜皮参くわひさん』の名ある。是『八重山串子』なり。

後の條。其の塩水醃藏えんざうしたる者、文化乙亥年冬月偶々之を得。圖作る。此れ、仙臺醫員、大槻子煥の贈る所なり。其の状、壓扁皮爛して、此の圖に作りて觀れども、察識も思ひ過半に及べるのみ。

蝦夷地海中に『ふじこ』と称す。色、藤花色をなす故に此の称あり。奥州金華山の産の如く、黄腸のみある者、稀れなり。其の物を採り乾すことを、土人、知らず、近年採り乾すに、其の法を得ざれば、形、壞れて、其の用に中らず聞けり。

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。帖中央にキンコ Cucumaria frondosa
var. japonica の背面、その下に腹面それぞれの図。]


海参 吾が邦、殊に多し。海外の国に出づる事、少なし。因りて華航蛮舶の貨物に換齊[やぶちゃん注:「かんさい」で等価交換の言いか。]し去ると云ふ。本邦にも、東北海産のもの、最も優れり。就中、陸奥州金華山下、東北数百里の間〔奥州往古、天平宝字年中以前より迄も今まで六町を以つて一里となす〕、海底、一種の海参を産す。里人、是れを『金哥キンコ』と呼ぶ。「一本堂藥撰」に『金海鼠』と称擧するものなり。他州の海中に復た産することなし。實に是れ奇品ナなり〔金華山は牡鹿郡に属す。陸地より遥かに隔りたる海中の小島なり。〕。此の島の巖石の間、皆、黄金色をなす。此の嶋、黄金多し。因りて、其の精気、海底に溢充して、此の金海参を産すと云ひ傳ふ。其の形状、土瓜の如く、長さ四五寸許り、周り六、七寸、其の色、黒或ひは淡黒くして、微紅を帯び、

《改帖》


黒斑あるもの、ままあり。軟滑なること、生海参に似たりと雖も、肉、刺なし。小し、瘖※[やぶちゃん字注:「瘖」は「唖」の言いで、誤字。「※」=(「やまいだれ」の中に「塁」の「土」を除去したものを入れる。前注済。)]あり。上竅、四畔に細薀さいうん[やぶちゃん注:細い水草。]の如きもの生え、下の竅は、小疣子、突起して、梅花辨に似たり。腹下には、粟粒を排列せるが如きもの、首より尾に至る迄、三條あり。一條、幅一分餘り、其の一條の間、七、八分づつ隔つ。是にて、岩に取り附き、滑走して、微々に身を展縮して、手足の用をなすが如し。此の物、常に水底石間に在リ。天気快霽美好の日、口より一物を吐き出だす。其の形、※絲を聚めて作れる剪採花の如し[やぶちゃん字注:「※」=「糸」+(つくり上部)「上」+(つくり下部)「曰」。字義不明。紡いだ糸のような謂いか。]。其の色、黄・青・淡黒等、数品あり。恰も罌粟の花の開けるが如く、浅水よりて愛ずるに堪へたり。漁人、是を『きんこはなさく』と云ふ。物に觸るれば、忽ち口中に編み入りて、見えず。肉、厚さ三、四分。腸は、線條の如く、肚の内に充満して、空罅くうか[やぶちゃん注:欠けた部分。空隙。]なし。黄緑の二色あり。黄腸のもの、上品となす。緑腹のもの、美味ならず。下品なり。潮水を呑み、外に他物を食ふことなし。これによりて、些少の沙にても有ることなし。尋常の海参の腹中、沙子のみ有るとはるかに異なり。さるによりて、此の物を食ふに、此の黄腸を連ねて賞味することなり。煮熟あり。此に略す。扨て、此の物は、本邦陸奥金華山下の海中にのみありて、他州、あることなし。嘗つて聞く、東蝦夷地、亦、このものを産す。夷言に、『かくらうた』と云〔海鼠を、単称『うた』と呼ぶよし。〕。詳密なることは、仙台大槻子煥、筆記せる「金海一珠」といへる書に載す。


又案ずるに、蝦夷海中に、此のもの、尋常の海鼠の中に雑じり、得ること多シし。夷語『ふじこ』と云ふ。夷人、乾腊となして食ふを知らずして、尽く棄てたり。識者あつて、『これ、金海参なり。乾腊に作らしむる。』と雖も、其れをゆび

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。この両帖の図はどちらも、後述される後鰓類の海鹿=アメフラシ Aplysia kurodai (Baba, 1937) の腹面(本帖)と背面(次帖)の図である。なお、荒俣宏の「世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物」の本図(p.274 但し異なる写本)を掲げたキャプションでは Aplysia sp.にとどめている。注意しなければならないのは、前の海鼠の説明がずっと後ろまで下がっていて背面図の中間より後から本種の説明が始まっている点である。

乾の術を會得せざるに因りて、腸出でて、形、甚だ廉醜にして、用に充らずと聞けり。是れ、其の法を得ば、国益なるべし。此れ、文化乙亥の、冬のことなるよし。其の地に役在せし森氏の話なり。蘭山子「本艸從新」に載する所、「光参」に充つ。是れに非ず。其の書に云ふ、『刺有るは「刺参」と名づけ、刺無きは「光参」と名づく。』と。注に云ふ、『閩中、海参、色、獨り白き類は、竹簽を以つて撑けば、大きさ、堂のごとくなる。味、亦、淡にして劣たり。海上の人、復た牛革を以つて譌り、之れを作る有り。』の語あり。此れ、即ち、『八重山串子』と俗称するものにして、味、甚だ薄劣にして、下品のものなり。肥前五島、或ひは薩隅海中の産なり。細竹兩條を以つて串つらぬき乾せるもの、恰も牛頭の皮の如し。形、大にして、刺なし。白く透明なり。「薬性纂要」に、『海参一種、肉の刺、無し。色、白を帯ぶ。づけて「肥皂参」為す。味、之れに次ぐ。』と云ふもの、即ち、此のものなり。近ごろ、朱佩章「偶汽」を閲するに、『無刺にして黒白のもの有り、劈き開ければ、「瓜皮参」と為す。色・味共に及ばず。刺参は交阯・瓊州等の処に出づ。一つに「斤刺参」


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。]

「可皮参」。』と云ふもの、此の物をさす。賎劣、知べきなり。其の『金海鼠』に至りては、本邦東奥海中にのみ産する処、漢名、穿鑿するに及ぶべからず、本邦産物の一つにして、栄とするに耐へたり。海参煮法あり。法を失はば、堅靭にして食ふに堪えず。味も亦、美ならず。其の法、水に浸すこと一夜、白湯にて一時、煮る。かくすれば、筋にて挟み切れる程なるを、下汁へ入れ、煮、味つくほど煮、用ゆ。又、一種の法、柔か煮あり。銅壷のぬるま湯に浸し置くこと一夜、翌朝、一升の湯の中へ糠一握り入れ、煮ること一時、短日ならば、二時。是れにて味つけ、煮るなり。


同右、海濱砂石上に之れ有り。角有り、蛞蝓の角の如し。人、觸るる時は、尾の上の孔より、紫の汁の出だし、沙石を染む。薩州にて、方言『むらさき』と云ふもの、此の物と同じ。松前に際まりある物に非ず。諸州、あら海の海濱辺・岸上にあり。其の紅の汁を出だすによりて、『えんこうぼう』とも云へるよし、神田玄泉所著「日東魚譜」の中に、『西国方言「海鹿(うみしか)」、参州方言「うみめうじ」、相州方言「じやうもだみ」と云ふもの、海濱に産す。形、蜞蛭きてつ[やぶちゃん注:ヒル。]に似

《改帖》

て、大きさ、長さ五、六寸、首に耳角、有り、恰も牡鹿の頭に似たり。之れに觸るれば、血を出だす。故に此れ等の方言あり。へりに肉のもすそあり。目なし。皆、黒褐にして、腹、灰白にて、小※1※2粟粒ヲ撒スルガ如シ[やぶちゃん字注:※1=(「瘖」の「日」を「口」に代える)。※2=(「やまいだれ」の中に「塁」の「土」を除去したものを入れる)。既注。]。腹、赤褐色の者あり。』と云ふは、即ち、此の物なり。

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。中央に右肩上がりで大きな「アメフラシ」の「背」の図がある。ここでは叙述は、右上から左へとなされている。但し、これをやはりアメフラシ Aplysia kurodai
(Baba, 1937) と同定してよいかどうかは疑問がある。採取後に相当時間が経過して、腐乱したものとの注意書きがあるので体色はほぼ完全消失してしまっているとは思われるが、前記の図のような鮮やかな斑状紋が一切描かれていない点、また体躯の後部が完全に切り立っているという特徴から、同属のタツナミガイ
Dolabella auricularia とも見られる。識者の見解を乞う。]

雨虎〔石蠺附録 アメフラシ〕

『薩州山中にて「雨ふらし」と云ふ、雨中に出づ。形、『石決明』に似て、痩て殼なし。』と、蘭山の「啓蒙」に見えたり。此のもの、恐くは山中の産に非ず。海岸に産する『うめいご』の類ならんか。〔安永八年六月〕

 再び按ずるに、『うみうさぎ』の一種、『海牛』なるべし。
 但し、新鮮のものの圖にはあらず。日を経たる
 ものの腐爛し、垂れたるものを見て、写したる
 なるべし。

[やぶちゃん注:以下は、帖右下の記載。これは本文の前半、安永八年六月の時点で図に添付されたキャプションであろう。]

尾州弾正君所蔵写真中より抄出、手写す。其の産処、不記と雖も、思ふに尾州の産ならん。

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。前帖個体の「腹」の図のみ。これをもって「栗氏千蟲譜」巻八は終わっている。]