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和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類へ
和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部へ
和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部へ

和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第九十七 水草 藻類 苔類へ

和漢三才圖會 卷第五十 魚類 河湖無鱗魚  寺島良安

               書き下し及び注記 copyright 2008 Yabtyan

               最終校訂2008年2月25日 午後9:00

 

[やぶちゃん注:本ページは以前にブログに記載した私の構想している「和漢三才圖會」中の水族の部分の電子化プロジェクトの第五弾である。底本・凡例・電子化に際しての方針等々については、「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 寺島良安」の冒頭注の凡例を参照されたい。

 

■和漢三才圖會 〔河湖〕無鱗魚 巻ノ五十目録 ○ 一
[やぶちゃん字注:「〔河湖〕」は脱落。「○ 一」の間、一字空け。]

 

和漢三才圖會卷第五十之一目録

[やぶちゃん字注:「之一」は「四五十の一」で五十一巻目の目録も兼ねている意味を示す。目録の項目の読みはママ(該当項のルビ以外に下に書かれたものを一字空けで示した。なお本文との表記の異同も認められるが、注記はしていない)。なお、原文では横に3列の罫があり、縦に以下の順番に書かれている。項目名の後に私の同定した和名等を[ ]で表示した。]

  卷之五十

   河湖無鱗魚

[やぶちゃん字注:底本では標題の「河湖」はポイント落ちで小さく右手に入る。] 

鮎(なまず)           [ナマズ]

黄顙魚(ごり) かじか      [ウツセミカジカ/アユカケ/ギギ]

※1絲魚(ぎゝ)         [ギギ]

[やぶちゃん字注:※1=「鰪」-「去」+「央」〔同じ位置に〕。「絲」は(つくり)の方が「系」となっているが正字を用いた。]

鯢(さんせういを)        [オオサンショウウオ]

鰻※2(うなぎ)         [ウナギ]

[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「麗」。]

鱧(やつめうなぎ)        [ヤツメウナギ]

鱓(きたご) あぶらこ      [タウナギ]

泥鰌(どじやう)         [ドジョウ/シマドジョウ]

※3(ひを) あまさき      [アユ(稚魚・幼魚)]

[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「小」。なお、以下に卷五十一の江海無鱗魚及びその巻末に附録する「魚之用」の目録も併載されるが(次ページ「■和漢三才圖會 〔河湖〕無鱗魚 巻〔ノ〕五十目録 ○ 二」の最後迄及ぶ)、それは既に卷第五十一の冒頭に掲示してあるので、省略する。]

 

□本文

***

■和漢三才圖會 河湖無鱗魚 巻ノ五十 ○一

 

和漢三才圖會卷第五十

        攝陽  城醫法橋寺島良安尚順  

 魚類【河湖中無鱗魚】

和漢三才圖會卷第五十

        攝陽  城醫法橋寺島良安尚順  

 魚類【河湖の中〔の〕無鱗魚。】

***

なまづ

【音粘】

唐音

 ネン

 

鮧【音夷】 ※1【音偃】

鯷【音題】

 奈末豆

鯰【俗】※2【二字未詳】

[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「偃」。※2=「魚」+「庁」。なお、以上四行は、前四行下に入る。]

 

本綱鮎大首大口其額平夷低偃【故名鮧※1】其涎黏滑【故名鮎】

鮠身鱧尾大腹有胃有齒有鬚生流水者色青白生止水

者色青黄大者亦至三四十斤凡食鮎鮠先割翅下懸之

則涎自流盡不粘滑也【鮎目赤鬚赤無腮者有大毒食之殺人】不可合鹿肉

食【令人筋甲縮】反荊芥蓋其肉【甘温】作臛治水腫利小便又治

[やぶちゃん字注:「荊」の底本の字体は(くさかんむり)は(へん)の上のみ。]

《改ページ》

五痔下血肛痛【同葱煮食】

△按鮎處處池川皆有之形状如上説相傳云近江湖中

 大鮎多有而中秋月明夜百千爲群跳于竹生島之北

 洲沙上蓋此辨才天所愛也未知其據也又古語曰鮎

 上竹者竹滑鮎黏故决〔=決〕無可上之理反謂耳

なまづ

【音、粘。】

唐音

 ネン

 

鮧〔(い)〕【音、夷。】 ※1〔(えん)〕【音、偃。】

鯷〔(てい)〕【音、題。】

 奈末豆

鯰【俗。】※2【二字、未だ詳らかならず。】

[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「偃」。※2=「魚」+「庁」。]

 

「本綱」に『鮎は、大なる首、大なる口、其の額(ひたい)、平-夷(ひらた)く、低-偃(うつむ)く【故に鮧・※1と名づく。】其の涎、黏(ねば)り滑(ぬめ)る【故に鮎と名づく。】鮠(なめのいを)の身、鱧〔(やつめうなぎ)〕の尾、大なる腹、胃有り。齒有り、鬚有り、流水に生ずる者は、色、青白。止水に生ずる者は、色、青黄なり。大なる者、亦、三~四十斤に至る。凡そ鮎・鮠を食ふには、先づ翅〔:ムナビレ〕の下を割き、之を懸ければ、則ち涎、自ら流れ盡きて粘(ねば)り滑(ぬま)つかざるなり【鮎の、目赤く鬚赤く腮無き者は大毒有り。之を食へば人を殺す。】。鹿肉と合はせて食ふべからず【人をして筋・甲〔(かふ=爪)〕を縮めしむ。】荊芥〔(けいがい)〕に反す。蓋し其の肉【甘、温。】、臛(にもの)に作〔るに〕、水腫を治し、小便を利し、又、五痔・下血・肛痛を治す【葱と同じして煮食ふ。】。』と。

△按ずるに、鮎は處處の池川に皆之有り。形状、上説のごとし。相傳へて云ふ、『近江の湖(みづうみ)の中に大鮎多く有りて、中秋の月明なる夜、百千群を爲して竹生島の北の洲(す)の沙上に跳ぶ。蓋し此れ、辨才天の愛する所なり。』と。未だ其の據を知らざるなり。又、古語に曰く、『鮎、竹に上る。』とは、竹、滑(ぬめ)り、鮎、黏(ねば)る故に決して上るべくの理無し。反して謂ふのみ。

[やぶちゃん注:硬骨魚綱ナマズ目Siluriformesの魚類を総称する名称であるが、本邦の場合は同目ナマズ科ナマズ属マナマズSilurus asotusを指す。本邦には他には琵琶湖固有種である同属のビワコオオナマズSilurus biwaensis・イワトコナマズSilurus lithophilusの合わせて3種が在来種である。但し近年、嘗て養殖用に移入したナマズ目アメリカナマズ科のチャンネルキャットフィッシュ(アメリカナマズ)Ictalurus punctatus特定外来侵入種として全国的に生息域を広げており、在来のマナマズに対する圧は大きい。

 「鮠」これは時珍の叙述であるから、勿論、ハヤではないのである。クジラ目ハクジラ亜目ネズミイルカ科スナメリ属に属する小型イルカであるスナメリNeophocaena phocaenoidesである。その私の同定については、「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鮠」(なめいを)の項の注を参照されたい。

 「鱧」これは時珍の叙述であるから、勿論、ハモではないのである。読みを振った通り、これは後掲される「鱧」項(やはり「本草綱目」から引いて「鱧」の字を用いている)と同種でなくてはならないのである。無顎上綱ヤツメウナギ目ヤツメウナギ科Petromyzontidaeに属するヤツメウナギの仲間である。後掲の「鱧」(ヤツメウナギ)の項を参照されたい

 「滑(ぬま)つかざる」底本を見る限り、ルビは「ヌマツカ」と振られているように見える。良安の書き癖で「メ」ではないかとも思ったが、他の箇所の「メ」及び「マ」を比較するに、明らかに「マ」である。しかし、「ぬまつく・ぬまづく」という「ぬめる」という動詞は聞いたことがない。やはり「ぬめつく」の衍字と考えるべきか。それにしても、ぬまつく?沼つく? 発音としては何となく生理的に分かるし、現在、誰かに「ナマズって、ぬまつく、あの感じが嫌だよね」と言われたらあんまり変な感じがしないかも。

 「鮎の、目赤く鬚赤く腮無き者は大毒有り。之を食へば人を殺す。」エラがない? んなもん、いるんかい? アマゾンの人体食い込み進入殺人ナマズ、ナマズ目トリコミュクテルス科ヴァンデリア亜科のカンディル(カンジール)Vandellia cirrhosa(昔、民放のドキュメンタリーで初めて見たが、被害者の太股の孔の跡とかキョーレツ! 傷跡は勿論、尿道・肛門・膣等何処からでも侵入して内臓にジェット・モグラ並みにキリモミして食い入る小さなナマズは、マジ、エグイ!)なら知ってるけど、中国にはおらんだろ――一つ考え得るのは線形動物門双線綱センビセンチュウ目(旋尾線虫目)顎口虫科顎口虫属ユウキョクガッコウチュウ(有棘顎口虫)Gnathostoma spinigerumの感染である。背柱側筋内に多く寄生し、おぞましい皮下移動症状や脳障害・失明等を引き起こすのだが、食って必殺とは言い難いなあ……巷で農薬入り餃子で騒いでいるこの時期にこんなもん読むと、これ自体が中国食品への理不尽な謀略か神経症的記述のように見えてくるから、不思議(ちなみについ先日購入した仙台の老舗の高級牛タンも回収リストに揚がっていた。返すつもりはないし、美味しくいただく。そんなに重篤な急性・慢性障害を引き起こす毒性のあるものが広範囲な輸入食品に長期に亙って広く混入していたら、さぞかし日本の人口は適正な値まで有意に減っていたはずだ)。

 「荊芥に反す」の「荊芥」は、シソ科のケイガイSchizonepeta tenuifoliaの花穂及びその茎枝で、漢方薬として風邪や出血性疾患や皮膚病に効果がある。「反す」はこの場合、荊芥を処方として用いている場合には、合わないと注意を喚起しているように思われる。東洋文庫版の訳では「荊芥」に「ねずみぐさ」というルビを振り、香草という割注を入れているので、専ら食物の食い合わせとして考えているように思われる。勿論、医食同源の中国、薬膳料理として「鮮拌荊芥」(荊芥と胡瓜の生野菜サラダ)といったメニューもあるから、そうかも知れない。

 「五痔」は、牡痔(外痔核)、牝痔(内痔核)、脈痔(切れ痔)、腸痔(脱肛)、血痔(血便を伴う内痔核)の五種を指す。

 「肛痛」肛門痛及び直腸周縁疾患や脱肛による痛みを包括する謂いであろう。

 「近江の湖の中に大鮎多く有りて、……」
同島の宝厳寺本堂に祀られている弁天様は日本三大弁才天(私は江ノ島と安芸の宮島とここと認識している)の一つ。同島は神仏習合の地であり、竹生島の神は現在の都久夫須麻(つくぶすま)神社の祭神である浅井姫命(あざいひめのみこと)であるが、同時に宇賀福神や竹生島龍神を祀るのを見ても、彼女が水神としての女神であること、更には彼女が龍や鯰に纏わる伝承を持つことから、それが直に仏教系の弁才天と習合するであろうことは容易に想像がつく。承平元(931)年成立の「竹生島縁起」によれば、難波の海にいた弁財天の化身である龍が、更に大鯰に変身して宇治川を遡って竹生島へ来臨し、後にやはり同じルートを遡ってきた大蛇とここで戦って湖中に引き引きずり込んで勝利を収めたという伝承を記す。これらは後に能の「竹生島」等に生かされていることからも明らかである。なお、竹生島周辺に於いては突然変異によるアルビノ黄色個体のイワトコナマズSilurus lithophilus(琵琶湖には在来3種が棲息するがアルビノの発生率が有意に高いのはイワトコナマズである。勿論、他の2種の場合もあったではあろう)を弁天鯰と呼んで、弁天様のお使いとして大事にされてきたという(獲った漁師はすぐに水に放したといい、嘉永七・安政元(1854年に彦根藩士藤井重啓が記した「湖中産物図證」にも描かれているという)。


 「反して謂ふのみ。」を東洋文庫版は『間違ったことである。』と、とっても真っ正直に訳している。いや、そうかも知れない。良安は石部金吉みたような人だった可能性は高いし、こうした言い回しを良安は、確かにする。しかし、これは、竹はつるつるのぬめぬめ、鯰はねばねばのぬるぬる、つるつるのぬめぬめにねばねばのぬるぬるが上れる理屈がある訳がない=理不尽なこと=現実に反したありえないこと、現象のことを比喩的に言うに過ぎない下らん謂いだ、という風に私は読んだのだが……「藪野君、それこそ『鮎、竹に上る』だよ。」……あっ、そ、お後がよろしいようで……]

***

ごり

かじか

黄顙魚

ハアン サンイユイ

 

黄顙魚

黄鱨魚

黄※1

※2※1

【俗云吾里

 一名加之加】

[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「乚」。※2=「魚」+「央」。なお以上六行は、前四行下に入る。]

 

本綱黄顙魚無鱗魚也身尾似小鮎腹下黄頰骨正黄背

上青黄腮下有二横骨兩鬚有胃群游作聲如軋軋性最

難死魚之有力能飛躍者也其膽春夏近上秋冬近下亦

是一異也肉【甘平微毒】利小便消水腫【多食發瘡疥反荊芥害人】

△按和名抄載崔氏食經云※3【和名加良加古】似鮔而頰著鉤者

[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「罔」。]

《改ページ》

■和漢三才圖會 河湖無鱗魚 巻ノ五十 ○二

 

也今賀州淺野川多有之其聲如吾里吾里夏秋人群

集握餌掬水呼吾里則魚多入掌中又奥州鳥海山麓

川多有此魚皆一目也傳云鎌倉景政洗眼川也其外

處處谷川有之賀越人賞之作鮓多食

ごり

かじか

黄顙魚

ハアン サンイユイ

 

黄顙魚〔(くわうさうぎよ)〕

黄鱨魚〔(くわうしやうぎよ)〕

黄※1〔(くわうあつ or くわうえち)〕

※2※1〔(あうあつ)〕

【俗に吾里〔(ごり)〕と云ふ。一名、加之加〔(かじか)〕。】

[やぶちゃん注:※1=「魚」+「乚」。※2=「魚」+「央」]。]

 

「本綱」に、『黄顙魚は無鱗魚なり。身・尾、小さき鮎〔(なまづ)〕に似て、腹下、黄にして、頰の骨、正黄。背の上、青黄。腮の下に二つの横骨有り。兩〔(ふた)つ〕の鬚。胃有り。群游して聲を作し、軋軋〔(あつあつ)と云ふがごとし[やぶちゃん字注:「云」の字は送り仮名にある。]。性、最も死に難く、魚の、力有りて能く飛び躍(をど)る者なり。其の膽〔=胆〕、春夏は上に近く、秋冬は下に近し。亦、是れ一異なり。肉【甘、平。微毒あり。】小便を利し、水腫を消す【多く食へば瘡疥〔(さうかい)〕を發す。荊芥〔(けいがい)に反し、人を害す。】。)と。

△按ずるに、「和名抄」崔氏が「食經」を載せて云ふ、『※3は【和名、加良加古〔(からかこ)〕。】鮔(いしぶし)に似て頰に鉤〔(かぎ)〕を著くる者なり。』と。今、賀州〔=加賀〕の淺野川に多く之有り。其の聲、吾里吾里〔(ごりごり)〕と云ふがごとし[やぶちゃん字注:「云」の字は送り仮名にある。]。夏秋、人、群れ集まりて、餌を握り、水を掬〔(きく):すくう。〕して『吾里』と呼べば、則ち魚、多く掌中に入る。又、奥州の鳥の海山の麓、川多く、此魚有り、皆、一目なり。傳へて云ふ、『鎌倉の景政、眼を洗ひし川なり。』と。其の外、處處の谷川之有り。賀〔=加賀〕・越〔=越前・越中・越後〕の人は之を賞し、鮓(すし)に作り、多く食ふ。[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「罔」。]

[やぶちゃん注:ゴリという呼称は、ハゼ型をした(頭部が他の通常の魚種に比して大きい)淡水魚に広く用いられるが、本邦産に限定した上で(「本草綱目」の方は無視して)、且つ多産地として現在の石川県金沢の浅野川を良安が最初に持ってきていること、あんまり関係ないが富山県に居住したことのある私にはゴリとくればこの金沢の「ゴリ料理」であることから、ここは淡水産カジカ類カサゴ目カジカ科のカジカCottus pollux及びウツセミカジカCottus reinii及びアユカケCottus kazikaをまず挙げておきたい。さて、では「本草綱目」の叙述するものの正体であるが、一読、「軋軋」の車の軋(きし)る時の音、少なくともこれは擬音語としては『キーキー』、『ギーギー』(中国音は“yà yà”であるが)で、この叙述は、釣り上げた際にハラビレの棘とそれを支えている基底部分の骨をこすり合わせて、ギーギーと低い音を出す、次項に掲げられるナマズ目ギギ科ギバチ属のギギPelteobagrus nudicepsの仲間(ギギPelteobagrus nudicepsは日本固有種であるからギバチ属Pelteobagrusの仲間というのが正確かに相応しい。そうしてこの正当性は、以下の注に示したように、「黄顙魚」等の考証でも明らかになった。また付け加えるならば、この「吾里」(ごり)という呼称はもしかすると、ギギの音を聞き違えたものとも思われる。そもそも、この「吾里吾里」(ごりごり)という声自体が、「加之加」(かじか)の異物同名ともなり、その声と混同されもしたと思われる両生綱無尾目カエル亜目アオガエル科カジカガエル亜科のカジカガエルBuergeria buergeri等の鳴き声を誤認したものではなかろうか)。

 「黄顙魚」の「顙」は、①額。②頭。③頰。④お辞儀をする。額を地につけて礼をする。の意である。この場合、『頰の骨、正黄。』という叙述が最も一致するように思えるが、実はあのハゼ類の頭部の大きさと仕草(動きが目立つ・川底や石に吸盤状になったハラビレで吸着する様子)から、④の意味でも用いているのではあるまいか。但し、これは次項のナマズ目ギギ科ギバチ属のギギPelteobagrus nudicepsを指す語であり、次の注の「黄鱨魚」も同じである。

 「黄鱨魚」の「鱨」は、辞書には前掲の「黄顙魚」と同じで、ギギを指す語とする。

 「黄※1」[※1=「魚」+「乚」]もギギ。

 「※2※1」[※2=「魚」+「央」。※1=「魚」+「乚」。]もギギ。

 「其の膽、春夏は上に近く、秋冬は下に近し。亦、是れ一異なり。」とは、時期によって肝臓(であろう)の魚体内の位置が上下するのは、確かな事実の一つとして不思議なことである、と言っているのであるが、これは肝臓が成熟すること、もしくは肝臓に脂がのって肥大してくること(これは他の魚類でも同じことであるが)を意味するか。ゴリにそのような現象が特異的にある(他の魚類と比して秋冬に優位に肥大するとか内臓全体が垂下するとか)というような解剖学的知見をお持ちの方は、是非お教え戴きたいものである。

 「瘡疥」は、広く吹き出物から発疹等の種々の皮膚疾患全般を言う。

 「荊芥に反し」の「荊芥」は、シソ科のケイガイSchizonepeta tenuifoliaの花穂及びその茎枝で、漢方薬として風邪や出血性疾患や皮膚病に効果がある。「反し」はこの場合、荊芥を処方として用いている場合には、合わないと注意を喚起しているように思われる。前掲の「鮎」の「荊芥に反す」の注も参照のこと。

 『「和名抄」』は正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。多出するので以下、注では省略する。

 『崔禹錫が「食經」』の「食經」は「崔禹錫食經」で唐の崔禹錫撰になる食物本草書。前掲の「倭名類聚鈔」に多く引用されるが、現在は散佚。後代の引用から、時節の食の禁忌・食い合わせ・飲用水の選び方等を記した総論部と、一品ごとに味覚・毒の有無・主治や効能を記した各論部から構成されていたと推測される。

 「加良加古」カラカコはギギ又はゴリ・カジカ類の古称と思われるが、原義不詳。

 「鮔」この一番候補はハゼ科ハゼ亜科のウキゴリChaenogobius urotaenia、二番手は淡水産のカジカ亜目カジカ科のカジカCottus polluxとしておく。詳しくは「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の「石斑魚」の項の注を参照。

 「頰に鉤を著くる」は腮蓋に棘を持った種を指し、カジカCottus polluxやアユカケCottus kazika等の同定種と合致する。アユカケの呼称はこの棘を用いてアユカケ自身が鮎(アユ)を引っ掛けて捕食するという伝承からの命名(勿論、そんなことはあり得ない)。

 「鳥の海山」は山形と秋田県境に位置する鳥海山。山名の訓読みについて不審に思われる方もあると思うが、こちらの方が古い呼び名であることが、個人のHP「庄内三代目碧水の館」(奇しくもこの方は釣師でもあり、メインは海釣のページである)の「鳥海山」の「3.山名の由来」で証明しておられる。少し引用すると、『鎌倉時代の第八十三代後鳥羽天皇の時、清原良業の作と伝えられている「和論語」の中に初めて「鳥海(とりのうみ若しくはとりうみ)大明神」と出ているのが鳥海という漢字の表現始である。この頃はとりのうみ若しくはとりうみであって、まだ「ちょうかい」ではない。』とされて、最初に『前九年の役を引き起こした奥州阿倍氏の直系で九州大宰府に流されたという鳥海三郎宗任、鳥海弥三郎家任(両者とも三郎、弥三郎との本もある)の兄弟の子孫が秋田の由利郡に舞戻り由利氏を滅ぼした。その姓であった鳥海(トリノウミ)がいつしか音読みとなり鳥海となったと云う。その子孫と称する鳥海(トリノウミ)氏は今でも秋田県側と山形県側の蕨岡地区の神仏分離令の時坊を営んでいた阿部氏(=中世に鳥海姓だったのを先祖の阿倍氏を名乗っていたという)、藤原氏を名乗っていた人達が鳥海氏に改姓し今に至っている。』という説をまず挙げられ、次に『新山ができる前の火口であった火口湖の鳥の海(トリノウミ)に由来するとしている説』以下、数説を示しておられる。

 「此魚有り、皆、一目なり。傳へて云ふ、……」鎌倉権五郎景政は源義家の下、後三年の役に16歳で従軍した屈強の武将。この事蹟は「奥州後三年記」に見える。以下、該当部分を「J-TEXT」の群書類従本版を元に、一部表記を漢字にし、句読点を増やす等の加工をして引用する(なお、ここでは「景正」と表記する。私の施した読みは〔 〕で示した)。

 

將軍のつはもの、疵をかうぶるもの甚だし。相模の國の住人、鎌倉の權五郎景正といふ者あり。先祖より聞え高きつはものなり。年わづかに十六歳にして、大軍の前にありて命をすてゝたゝかふ間に、征矢〔そや〕にて右の目を射させつ。首を射つらぬきてかぶとの鉢付〔はちつけ〕の板に射付られぬ。矢をおりかけて、當の矢を射て敵を射とりつ。さてのちしりぞき歸りてかぶとをぬぎて、景正「手負ひたり。」とてのけざまにふしぬ。同國のつはもの三浦の平太郎爲次といふものあり。これも聞え高き者なり。つらぬきをはきながら景正が顏をふまへて矢を拔かんとす。景正臥しながら刀を拔きて、爲次がくさずりを捕へてあげざまに突かんとす。爲次驚きて、「こはいかに、などかくはするぞ。」といふ。景正がいふやう、「弓箭〔ゆみや〕に當りて死するはつはものののぞむところなり。いかでか生ながら足にてつらをふまるゝ事あらん。しかじ、汝をかたきとしてわれ爰〔ここ〕にて死なん。」といふ。爲次舌をまきていふ事なし。膝をかゞめ顏ををさへて矢を拔きつ。多くの人、是れを見聞き、景正が高名いよ/\ならびなし。

 

やぶちゃんの語注:

・鉢付の板:兜の部分名称で、錏(しころ:首・襟部分を防備するために小札(こざね:鉄又は皮製の小さな板)又は帯状の鉄板を三段から五段に下げて付けたもの)の鉢に接する第一枚目の板を言う。

・當の矢:射られた矢に匹敵するだけの返しの矢という意味であろう。

・つらぬき:「貫」「頰貫」と書き、戦時や狩猟時に履く毛皮製の靴を言う。

・くさずり:「草摺」と書き、主に馬上にあって腰部から大腿部を守る武具(前後左右4枚)で、小札(こざね)を五段に下げたものが一般的。

 

以上の話に、もう少し史実や伝承される話(奥羽合戦時ではなく後のこととする説を採用する)を継ぎながらストーリーを記すと、奥羽での戦勝後、故郷(相模国鎌倉郡)への帰途、景政は島田台(現在の茨城県牛久市桂町周辺)で奥羽の合戦で敗れた清原家衡の残党鳥海弥三郎(前記注を参照)の奇襲を受けた。景政は右目を矢で射抜かれたが、射抜かれた矢をそのままに、鳥海弥三郎を追撃、遂に討ちとめる。その後、景政は地に仰向けになって部下の三浦為嗣(「奥州三年記」では「爲次」と表記)に眼に刺さった矢を抜かせようとするのだが、容易に抜けない。そこで為嗣は景政の額に足をかけふんばって抜こうとしたところ、突然、横たわった景政は刀を抜き、為嗣を切ろうとした。驚いた為嗣に、景政は「弓矢に当って死するは武士の本懐。されど、武士としてどうして土足で顔を踏まれるなどということがあろうか、それは武士の恥辱以外の何ものでもない。その恥の仇としてお前を殺してここに自害するに若くはない」と言い放った。その覚悟に舌を巻いた為嗣は膝を頰に当てて矢を抜いたというのである。

鎌倉権五郎景政は後にそのパワー故に御霊信仰の対象となり、鎌倉長谷の奇祭面掛け行列で有名な御霊神社等に祀られることとなる。私は鎌倉の郷土史研究の中で、この御霊神社については特に興味を抱いて調べた過去がある。ついては、従って御霊としての景政についてははもっと話したいのであるが、ゴリを忘れた明らかな大脱線となるので、またの機会に譲ることと致す。なお、以上片目のゴリ及び同類伝説については、個人HP「水生生物雑記帳」の作者が「一ノ目潟、片目の魚」に、何故片目になるかという生物学的説明(釣魚的というべきか)があり、「片目」の民俗学的考察もまさに「目」から「鱗」の非常に優れた見解を纏めておられるので、一読をお薦めする。]

***

ぎゝ

※1絲魚 【俗云岐岐】

[やぶちゃん字注:※1=「鰪」-「去」+「央」〔同じ位置に〕。「絲」は(つくり)の方が「系」となっているが正字を用いた。]

 

食物本草云※1絲魚生諸溪河中黄褐色無鱗濶口有細

[やぶちゃん字注:「濶」は、底本では(さんずい)+(もんがまえ)の中も「舌」ではなく「活」。以下、同じ。]

齒如鋸腮下有硬刺骨亦硬善呑小魚肉薄味短

△按※1絲魚形色似鮎而口濶其尾有小岐大者七八寸

 有聲如蛙鳴人捕之則哀聲如曰五紀五紀又似曰岐

 岐肉不美爲野人食也有鬐刺螫人蓋非魚之螫其在

[やぶちゃん注:「蓋」は、底本のここでは奇妙な字で、「共」(上)+「皿」(下)であるが間に「ヽ」のような「╹」のような一画が入っている。]

 石穴處人暗握之手自中刺也

ぎゝ

※1絲魚 【俗に岐岐と云ふ。】

[やぶちゃん字注:※1=「鰪」-「去」+「央」〔同じ位置に〕。]

 

「食物本草」に云ふ、『※1絲魚は、諸溪河の中に生ず。黄褐色、無鱗。濶き口、細かなる齒有り。鋸(のこぎり)のごとく腮(あぎと)の下に硬き刺(はり)有り。骨も亦、硬く、善く小魚を呑む。肉、薄く、味、短かし。

△按ずるに、※1絲魚の形色、鮎〔(なまづ)〕に似て、口濶く、其の尾、小さき岐(また)有り。大なる者、七~八寸。聲有り、蛙(かへる)、鳴くがごとし。人、之を捕へれば、則ち哀しむ聲、「五紀五紀〔(ごきごき)〕」と曰ふがごとし。又、「岐岐〔(ぎぎ)〕」と曰ふに似たり。肉、美ならず。野人の食と爲なり。鬐刺〔(ひれとげ)〕有りて人を螫す〔も〕蓋し魚の螫すに非ず、其の石穴に在る處、人、暗に之を握る手-自(てづか)ら刺(はり)に中〔(あた)〕るなり。

[やぶちゃん注:ナマズ目ギギ科ギバチ属ギギPelteobagrus nudiceps

 「食物本草」は全4巻の明代の本草書。著者名としては最も古い版本は薛己(せっき)、以下、盧和(ろわ)・汪頴(おうえい)・銭充治(せんじゅうち)の名を撰者とする、ほぼ同系列の諸本がある(東洋文庫版後注は汪頴の名のみ掲げる)。食用・薬物となる386種を水・穀・菜・果・禽・獣・魚・味の8類に分類し、彩色図像も掲載している。

「※1絲魚」この鰓の下恐らく鰓蓋の下部が複数棘状に突出してノコギリ状になっているという観察的叙述は、ギギのムナビレの単棘の描写ではない。実はギギは日本固有種であるから違って当然なのである。私は、この魚=「食物本草」の筆者の言う「※1絲魚」は、ギバチ属ではない全くの別種ではなかろうかと考えている(本邦では「大和本草」以下、「※1絲魚」を無批判にギギとしているが)。

「味、短かし。」は、(肉も薄くて)味わいには乏しいの意。

「鮎」は硬骨魚綱ナマズ目Siluriformesのナマズ。アユではない。前掲の「鮎」(なまづ)の項参照。

「聲有り、蛙、鳴くがごとし。」は、前掲の「黄顙魚」(ごり)の注で述べたように、ギギは実際に釣り上げたり網で掬った際に、ハラビレの棘とそれを支えている基底部分の骨をこすり合わせて、威嚇音かと思われるギーギーという低い音を出すのであるが、そこから、渓流での両生綱無尾目カエル亜目アオガエル科カジカガエル亜科のカジカガエルBuergeria buergeri等のカエル類の鳴き声もこのような魚が鳴く声と誤解したのではなかろうか。それは例えば「岐岐」(ギギ)が正真正銘のギギの発する音としていいとしても、「本草綱目」の「黄顙魚」の立てる音を言う「軋軋」=車の軋(きし)る時の音である「キーキー」、「ギーギー」、又、中国音の“yà yà”=「ヤーヤー」(これは発音すると蛙の声の擬声に私には十分聞こえる)、ゴリの鳴き声とする「吾里吾里」(ゴリゴリ)、そうして「五紀五紀」(ゴキゴキ)という哀しそうな声とは如何にも「ゲロゲロ」「グェルグェル」「グェログェロ」「グゥエログゥエロ」「グワッグワッ」(ちなみにこの「グワッグワッ」は中国語のカエル=「青蛙」の鳴き声=「叫」の擬声語=「呱呱」、中国音“guā guā”に近い)の音に近いと思うからである。

 「鬐刺有りて人を螫すも……」ギギはセビレに1本、ムナビレに1対の計3本の大きな棘を備えている。この棘には毒がある。淡水有棘毒魚の代表見たように昔の学習図鑑には書かれていたもんだ。だから読んだ当初は如何にも言わずもがなのことを、と感じたのであるが(多くの有棘の魚類はアクティヴにショットする訳ではないと思うし、突っ込んだら刺されて当り前という感覚)、The watere surface explodesという個人ページ少年の日の思い出としてギギのことを記し『たとえばギギの鰭には毒があるが、どんな痛みかは刺されないと分からない。実際に刺されてみろと言うわけではないが、私は岩の下を探っていて実際に刺されてのた打ち回ったことがある。これで私は岩の下をさぐってもギギらしき時は素早く手を引くようになった。そうすることによってそれ以降、刺されることはなくなった。』とあるのを読み、ああっ、と腑に落ちた。良安の叙述は尤もであり、そうして、あるべき叙述であったのである。]

***

さんせういを

【音倪】

 

※1【音納】 鰨【音塔】

鯢【與鯨同名異物】

人魚【以有四足名之

與海中之

人魚不同】

【俗云山椒魚】

[やぶちゃん字注:※1「魚」+「内」。なお以上六行は、前二行下に入る。]

 

本綱鯢※1有二種【溪澗中者名鯢江湖中者名※2】形色如鮎又似獺四足

[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「帝」。]

腹重墜如嚢身微紫色無鱗與鮎相類嘗剖視之中有小

蟹小魚小石數枚也但腹下翅形似足能上樹其聲如兒

啼【故又有※1之名】其膏燃之不消耗肉【甘有毒】

△按鯢洛之山川及丹波但馬處々有之頭靣〔=面〕似鮎身似

 守宮蟲畧有山椒氣故名山椒魚【傳云食之能治膈噎未試】

 日本後紀云延暦十六年八月掖庭溝中獲魚長尺六

 寸形異常魚或云椒魚在深山澤中

さんせういを

〔(げい)〕【音、倪。】

 

※1〔なふ〕【音、納。】 鰨〔たふ〕【音、塔。】

鯢【鯨と同名異物。】

人魚【四足有るを以て之を名づく。海中の人魚と同じからず。】

【俗に山椒魚と云ふ。】

[やぶちゃん字注:※1「魚」+「内」。]

 

「本綱」に、『鯢・※2〔(てい or だい)〕、二種有り【溪澗中の者を鯢と名づけ、江湖中の者を※1と名づく。】。形色、鮎〔(なまづ)〕のごとく、又、獺(かはうそ)に似、四つ足。腹、重く墜ち、嚢(ふくろ)のごとく、身、微〔かに〕紫色。鱗無く、鮎と相類す。嘗て剖きて之を視れば、中に小蟹・小魚・小石數枚有るなり。但し腹の下翅の形、足に似て、能く樹に上る其の聲、兒の啼くがごとし【又、故に※1の名有り。】其の膏、之を燃(とも)して消-耗(へ)らず。肉【甘。毒有り。】。』と。

[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「帝」。]

△按ずるに、鯢は洛の山川及び丹波・但馬、處々之有り。頭・面、鮎に似て、身、--蟲(いもり)に似たり。畧ぼ山椒の氣(かざ)有り。故に山椒魚と名づく【傳へて云ふ、之を食へば能く膈噎〔(かくいつ)〕を治す、と。未だ試みず。】

 「日本後紀」に云ふ、『延暦十六年八月、掖庭(をほうち[やぶちゃん字注:ママ。])の溝の中に魚を獲る。長さ尺六寸、形、常の魚に異なり。或は云ふ、椒(さんせう)魚、深山の澤の中に在り。』と。

[やぶちゃん注:両生綱の有尾(サンショウウオ)目サンショウウオ亜目Cryptobranchoideaに属する本邦産のサンショウウオ類は約20種を数えるが、本記載のメインは、図、重く垂れて嚢のような腹、微かに紫色を呈すること、視力が低いために口辺に近接するものに噛みつくこと(強力な顎で食いついた餌は離さないとよく言われるが、ウィキの「オオサンショウウオによれば一日の摂食量は小さな魚一匹程度で、それで何故あそこまで巨大化出来るかは不明とする。しかし平凡社1990年刊の荒俣宏「世界大博物図鑑3 両生・爬虫類」の同項には生駒義博「日本ハンザキ雑記」〔ハンザキは二つに裂いても死なないというオオサンショウウオの異名〕から引用して、岡山県真庭郡新庄村の私人が明治231889)年より飼っていたそれは食欲の旺盛な時には30㎝大の鯉を一度に5匹も食べたと記す。ちなみにこの個体は推定116歳で、現在も津山科学教育博物館に液浸標本として残るとする)等々、更に「日本後紀」の記載にある全長が50㎝になんなんする点、同目のオオサンショウウオ科CryptobranchidaeオオサンショウウオAndrias japonicusと同定してよい。但し、後半の食用記載については小型種のサンショウウオ類と見て差し支えない。

 「鯢【鯨と同名異物。】」は、「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鯨」に『雄を鯨と曰ひ、雌を鯢と曰ふ。』とある通り、「鯢」にはサンショウウオ以外に、別に雌鯨(めくじら)、♀のクジラの意がある(他に以外にも、小魚の意や老人の歯の意を持つ)。「爾雅注」等を見ると『大者八九尺』とあり、これがオオサンショウウオの仲間であることは言を待たない。

 「人魚【四足有るを以て之を名づく。海中の人魚と同じからず。】」とあるが、良安が「和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚」の「人魚」で引用した「日本書紀」の「人魚」は、そちらの注で示したように南方熊楠もオオサンショウウオに同定しており、私もそれに全面的に賛成である。されば、この謂いは厳密な有効性を持たない。但し、ここで良安が示したい定義は、「海産人魚」は上半身(又は下半身)が人、下半身(又は上半身)が魚体のもので四肢の内、上肢か下肢の一方が欠損していることが条件であることを示し、ここで言う「淡水産人魚」はオオサンショウウオのことで、彼ら「淡水産人魚」には四足があるが故に「人魚」と呼称するのだということである。さすれば示したように、上半身が鮪のようで下半身が人の下腹部から足であるようなマグリット的人魚がいるわけで、「和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚」の「人魚」の注に示した康煕6年刊「山海經広注」付図の「鯪魚」の図がそうした存在を証明し、志怪小説の中にもそのような人魚を犯し交わったとする奇譚を読んだ記憶がある。ウィキの「半魚人」には、このような場合は「人魚」と呼称せず、「魚人」と言うと誠しやかに記されているが(その典型例としてそこには有名なラブクラフトの「インスマスの影」に現れる呪われた魚族の伝承を持つインスマスの町の、顔が魚形を示す『インスマス顏』を掲げているが、あれ見た目が完全に人間であり、それが顔から魚妖に変性してゆくのであって、やや定義として出すには不自然に思われる――と真剣に反論するのはラブクラフト好きだからで)、そのような分類が古くから行われていたとは思いにくい(そもそもその場合も人間的な上肢があったりなかったりするようで、かえって有効性は疑問なものの良安の分類法の方が分かり易い)。なお、ソロモン諸島には上半身がサメで下半身が人という形態を持つ精霊がいると信じられているという。やはりマグリット的人魚も強ち新手ではないように思われる。また、荒俣氏の上記著作等に記されるように、スイスに於いて1726年に初めて化石として発見されたオオサンショウウオが、ノアの洪水で溺れ死んだ古えの罪深い人間の遺骨であるとされ、“Homo tristes deluvi testes”(大洪水を目撃した哀れな人類)と命名されたことは、本種が「人魚」と呼ばれる皮肉な聖書ルーツ染みて興味深い。

 「※2」は、「山海経」の「中山経」にも現れる。「廣漢和辭典」の同字の同書からの引用を見るに、「距足白」(大きい足は白い)とあり、こちらは必ずしもオオサンショウオではなく、広義のサンショウウオ目の仲間の叙述と取れなくもない気はする。サンショウウオ類は、その産卵場所によって渓流の流れの弱い場所及び伏流水中に産する種(「溪澗中」→「鯢」)、流れのない止水域に産卵する種(「江湖中」→「※2」)に大別できるとするから、この時珍の分類は決して好い加減ではない。

 「鮎」は硬骨魚綱ナマズ目Siluriformesのナマズ。アユではない。前掲の「鮎」(なまづ)の項参照。

 「獺」哺乳綱ネコ目(食肉目)イタチ科カワウソ亜科Lutrinaeの仲間の総称。言われてみると、オオサンショウウオは、似てる!

 「腹の下翅の形」とあるが、これは下肢のみを言ったのではなく、垂直方向の腹部の下部にある4つの鰭(魚類ととっているから当然ヒレである)がそれぞれ4つの足に似ているという意味でとる。

 「能く樹に上る」ウィキのサンショウウオの記載によれば、オオサンショウウオは繁殖期に川を遡上する際以外は生涯の殆んどを水中で過ごすが、『他の種類は陸上生活を送ることが多く、森林の落ち葉の下やモグラやネズミが掘った穴の中や、川近くの石の下などに生息する』とあり、これも強ちイモリやヤモリの誤認ではないのである。

 「其の聲、兒の啼くがごとし」は中国の古書にも記載があり、よく言われることであるが、オオサンショウウオの保護活動をされている専門家の方のインタビューで、鳴き声を聞いたことは残念ながらないと答えておられるのをニュースで記憶している。前掲の荒俣宏「世界大博物図鑑3」にはやはり前掲した研究家の生駒義博氏の体験談として『鳥取県東長田村の生田益一村長宅で、びんに入れた25㎝くらいのオオサンショウウオが鼻を水面に出してキュキュというような音を発するのを、1度だけだが実見している』と記すが、私にはこれは自発的な発声とは思われないし、その道の専門家が一度というのでは心もとない。やはりこれは前の「黄顙魚」(ゴリ)や「※3絲魚」[※3=「鰪」-「去」+「央」〔同じ位置に〕。]の注で考察した如くカジカ類等の他の生物の鳴き声を誤認したものとすべきであろう。

 「其の膏、之を燃して消耗らず」は面白い記載であるが、関連記事を確認出来ない。ただオオサンショウウオに「油魚」(アブラメ)という異名があるのは、これと関わるか。

 「守宮蟲」は(いもり)のルビやサンショウウオ類との類似から両生綱有尾目イモリ亜目イモリ科Salamandridaeの仲間ととってよいが、「守宮」は爬虫綱有鱗目トカゲ亜目 Sauriaヤモリ下目ヤモリ科Gekkonidaeを指す語。「和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚」の「魚虎」(シャチ)の「蝎虎」の注で考察したように、どうも良安先生イモリもヤモリも一緒くた!

 「膈噎」は、どちらも食道の飲食物の通過障害による嚥下困難を指し、主に食道の下部に原因があるものを「膈」と言い、食道の上部に原因があるものを「噎」と言う。食道癌や食道アカラシア(“esophageal achalasia”食道壁内の神経の障害による蠕動運動障害。下部食道括約筋が開かなくなり、食道部の飲食物通過障害と異常拡張が起る病気。発症は稀)が疑われるのだが、さて、「和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚」の「簳魚」(ヤガラ)にも同様の「膈噎を患ふ人、其の觜を用ひて飲食せば、則ち治すと云ふ。然れども、徃徃に之を試むるに必ずしも然らず。」という叙述があったのを思い出して戴きたい。この最後の物言いは、やはり、まさに良安自身が何度も試したことを示しており(それ程に深刻であったこと、医師である自身で病因を特定できず癒す薬もなかったということも示す)、この記述、もしかすると人物不詳の寺島良安が重篤な膈噎の症状(それは悪性の食道癌であったかも知れない)を持っていたという事実を指しているのではなかろうか?

 『「日本後紀」』は「続日本記」に続く平安時代の嵯峨天皇勅撰の編年体の史書。藤原冬嗣らによって編纂され、承和7(840)年に完成。この記載は巻六の逸文中に『己巳。掖庭溝中獲魚。長尺六寸、形異常魚。或云椒魚、在深山沢中。』とあり、西暦797年の出来事である。

 「掖庭」の「掖」は本来は宮中正門脇の小門を言い、「掖庭」で後宮を指すとするが、ルビは「をほうち」(正しくは「おほうち」)とあるので、広く宮中の意と取ってよい。当時は内裏の中にまでサンショウウオ(16㎝であるから現在の分布域から見るとカスミサンショウウオ Hynobius nebulosus辺りであろうか。但し、鴨川や桂川の上流域には現在でもオオサンショウウオの生息が確認されており、幼形個体でないとは言い切れない)が入り込む程には自然が保たれていたことが、何か懐かしい。

 さて、天然記念物であるオオサンショウウオは多くの記載がネット上にあり、私の出る幕もそうないように思われるが、少しだけオリジナルの薀蓄を垂れて置こう。オオサンショウウオは古くから結核や下痢に効く薬餌とされたり、山間部の貴重なタンパク源として普通に食用にされてきたといった記述、更にお詳しい向きには北大路魯山人が「魯山人味道」でその食味を高く評価し、『すっぽんと河豚の合いの子』のような味だとすること等もご存知であろう。流石に私は食ったことはない。じゃあ、何だということになるのだが、流石にごく普通にオオサンショウウオを食べた知人を知っている方は少なかろう。彼(私より
10歳程年長である)はさる地方の山間奥地の出身である(場所は問題があろうから伏せておく。但し立派に日本である)。少年の頃は、時折、父親が素手で川岸の洞(ほら)を探って4050㎝大のオオサンショウウオを捕まえてきては、食った。大鍋に湯を沸かして、生きたオオサンショウウオを投げ込む。大暴れの釜茹でで、同時に家中にもの凄い匂いが充満したそうだ(魯山人の記述を知っていたので、それは山椒の匂いに近かったかと聞くと、そんなもんじゃあない、鼻が曲ってゲロが出る程気持ちの悪い臭いだったそうである)。数分で揚げると、頭に包丁を入れて、でれでれした気持ちの悪い皮を一気にべろっと剥ぐ。するとややピンクがかった白身の肉が現れる。それを刺身にしたり、油で揚げたりして食うのである。臭みがなく、実に甘みのある大層旨いもんだぜ、と懐かしそうに彼は話した。人には言えないけど、今でも、食うよ……何にもないところだけど、もし良かったら訪ねてくれれば、何時でもご馳走するよ――私はナチュラリストじゃあ、ない。いつか、彼の故郷を訪ねてみたいと心底思っている――私の先輩にはそうした驚天動地の人々が多くいるのだ。若き日に登った立山山系で雷鳥の子供を一網打尽にし、焚き火で焼いて食ったその醍醐味を豪語する山屋の親父とか……又、いつかお話しよう――]

***

■和漢三才圖會 河湖無鱗魚 巻ノ五十 ○三

うなぎ

鰻※1【滿里】   白鱓 蛇魚

マン リイ     【宇奈木】

[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「麗」。]

 

本綱鰻※1状如蛇背有肉鬐連尾無鱗有舌腹白大者長

數尺脂膏多善穿深穴有雄無雌以影漫於鱧※1則其子

皆附于鱧鬐而生故名鰻※1【※1與鱧同音里】凡鰻※1燒※2〔→烟〕熏蚊令

[やぶちゃん注:※2=「烔」の(つくり)の「同」の中の部分をそのままにして周りを(くにがまえ)に換える。明治171984)~211988)年大阪中近堂刊の活字本「和漢三才圖會」で補正した。]

化爲水熏※3〔→氈〕及屋舎竹木斷蛀蟲置骨於衣箱斷諸蟲

[やぶちゃん注:※3=「氈」の(へん)と(つくり)を入れ替えた字体。]

肉【甘平有毒】 治傳尸病兒疳勞殺其虫也小者可食重四五

 斤及水行昂頭者不可食【四目者殺人背有白點無腮者不可食】姙〔=妊〕娠食

 之令胎有疾

△按鰻※1冬春蟄泥穴至五月游出此時味勝四五月生

 子纎而長三四寸如※4〔→芒〕針謂之針鰻※1漸長行于川上

[やぶちゃん注:※4=(くさかんむり)の下に(「兦」-「入」+「人」)。前出の大阪中近堂刊の活字本「和漢三才圖會」で補正した。]

 然漫影於鱧魚而生子之説未審無鱧之處亦多有之

《改ページ》

 又有薯蕷久所濕浸而變化鰻※1者自非情成有情者

[やぶちゃん字注:底本では「薯」は下部が「署」ではなく「暑」であるが補正した。]

 是亦不必盡然也凡性滑利潜泥中故難捕以曲反鉾

 暗突泥中取之鰻毎向陽朝向東暮向西漁人考之横

 掻之甚滑而難握添紙握則不能脱去江州勢田城州

[やぶちゃん注:詳細は書かないが以上の文字列には、微妙ながら頭を傾げざるを得ない妙な字が多く含まれている。]

 宇治并得名作鮓甚美其鮓飯中誤入糯米則鮓不成

 豆州三島明神前有小川其鰻幾千万不可計俗云此

 明神之使魚也

眞鰻※1 背有黄脉味最美但大者味不佳

蟹喰鰻 状肥長而口中赤好噉小蟹故名味次之

馥燒 用中分鰻※1裂去腸切爲四五叚〔→段〕貫串傳醬油或

[やぶちゃん注:「叚」では意味が通じない。前出の大阪中近堂刊活字本「和漢三才圖會」で補正した。]

 未醬炙食味甘香美或有蘸蓼醋食者多食之煩悶至

 死但得酸鰻肉膨張於腹中也

うなぎ

鰻※1【〔音、〕滿里。】   白鱓〔(はくせん)〕 蛇魚

マン リイ     【宇奈木。】

[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「麗」。]

 

「本綱」に、『鰻※1、状、蛇のごとく、背に肉の鬐(ひれ)有り。尾に連なり、鱗無く、舌有り。腹、白し。大なる者、長さ數尺、脂-膏(あぶら)多し。善く深き穴を穿つ。雄有りて雌無し。影を以て鱧※1〔(やつめうなぎ)〕漫〔(みだ or みだら)〕し、則ち其の子、皆、鱧〔=鱧※1〕の鬐に附きて生ず。故に鰻※1と名づく【※1と鱧とは同音。里。】凡そ鰻※1〔の〕燒く烟りにて蚊を熏(ふすぶ)れば化して水と爲る〔→らしむ〕氈〔(まうせん)〕及び屋-舎(いゑ[やぶちゃん字注:ママ。])の竹木を熏れば蛀-蟲(むしくふこと)を斷つ。骨を衣の箱に置けば諸蟲を斷つ。

肉【甘、平。毒有り。】 傳尸〔(でんし)〕病兒の疳勞〔(かんらう)〕を治し、其の虫を殺せばなり。小さき者、食ふべし。重さ四~五斤〔:24003000g〕及び水行するに頭を昂〔(あ)ぐる〕者、食ふべからず【四つ目の者、人を殺す。背に白點有りて腮無き者、食ふべからず。】妊娠〔せるもの〕之を食へば胎をして疾有らしむ。』

△按ずるに、鰻※1は、冬春は泥穴に蟄〔(ちつ)〕し、五月に至りて游〔(およ)〕ぎ出づ。此の時、味、勝〔(よ)〕し。四~五月、子を生む。〔子は〕纎(ほそ)くして長さ三~四寸、芒-針(はり)のごとし。之を針鰻※1と謂ふ。漸やく長じて川上(かみ)に行く。然るに影を鱧魚〔=鱧※1〕に漫して子を生の説、未-審(いぶか)し。鱧無きの處〔にも〕亦、多く之有り。又、-蕷(やまのいも)、久しく濕浸〔(しつしん)〕されて變じて鰻※1に化する者有り〔と云ふ〕。〔然れども〕非情より有情〔(うじやう)〕と成る者、是れ亦、必ずしも盡〔(ことごと)〕くは然らざるなり。凡て性、滑(なめ)らかにして利(と)く、泥(どろ)の中を潜(くゞ)る。故に捕へ難し。曲(まが)り反(そ)りたる鉾を以て暗に泥中を突きて之を取る。鰻、毎〔(つね)〕に陽に向かふ。朝には東に向かひ、暮には西に向かふ。漁人、之を考へて、横より之を掻く。甚だ滑らかにして握り難し。紙を添へて握らば則ち能く脱け去さらず。江州〔=近江〕の勢田・城州〔=山城〕の宇治、并びに名を得。鮓に作りて甚だ美なり。〔但し〕其の鮓の飯の中に誤りて糯米〔(もちごめ)〕を入るれば、則ち鮓、成らず。豆州〔=伊豆〕三島明神の前に小川有り、其の鰻、幾千万、計〔(かぞ)〕ふべからず。俗に明神の使はしめし魚なりと云ふ。

眞鰻※1(まうなぎ) 背に黄-脉(きなるすぢ)有り。味、最も美なり。但し大なる者、味、佳ならず。

蟹喰鰻(かにくいうなぎ[やぶちゃん字注:ママ。]) 状、肥長〔(ひちやう)〕にして、口の中、赤く、好んで小さき蟹を噉ふ。故に名づく。味、之〔=眞鰻※1〕に次ぐ。

馥燒(かばやき) 中分の鰻※1を用ひて裂(さ)きて腸を去り、切りて四~五段と爲し、串に貫き、醬油或は未-醬(みそ)を傳(つ)けて炙り食ふ。味、甘く香(かふば)しく美なり。或は蓼醋〔(たでず)〕に蘸(ひた)して食ふ者有り。之を多く食へば煩悶し死に至る。但だ酸を得て鰻肉腹中に膨張すればなり。

[やぶちゃん注:条鰭綱ウナギ目ウナギ亜目ウナギ科ウナギAnguilla japonica。後半に掲げられる「眞鰻※1」(マウナギ)は同一種を指す。「眞鰻※1」には「背に黄脉有り」とあるが、ウナギAnguilla japonicaの体色(体側・背部)は黒色から黄褐色まで変異が多い。本項の記載時、良安は体の具合が悪かったか、若しくはウナギに対する何らかのトラウマがあったのではなかろうか? 誤字や通常ならば書かない字体が底本に有意に見られるのである。

 「白鱓」の「鱓」は音「せん」で、一般には硬骨魚綱ウナギ目ウツボ亜目ウツボ科 Muraenidaeのウツボ類を指す字。宋の万國鼎撰の「陳旉農書校註」「六種之宜篇第五」の鰻※1魚の注に「鰻※1魚體長如圓筒、多黏液。簡稱鰻魚、亦名白鱓。」とある。

 「雄有りて雌無し」は淡水域にあってはやや正しく、産卵期の海に下る(下った)大型個体について言うならば逆であると言える。ウナギはある大きさまでは雌雄両性の生殖器官の原器を保持している。体長6~9㎝まではそうした中性期、その後に1014㎝のやや♂(雄性)が優位な時期が来て、1830㎝以上、ちょうど川に遡上する頃に至って雌雄の区別を起す個体が発生し始める。但し、そのバランスは極めて不均衡で、天然物の中で性差が生じたものは♂が優位に多く、養殖物の性差が生じたものに至っては殆んどが♂であるという。淡水域での生活は5年から10年に及ぶが、淡水域ではすべて♂等という言い切った記載さえ見かける以上、この間の性は♂の個体が殆んどを占めるということであろう。ということは、河川の大型個体は少数で、さらにそれが正真正銘の♀という風に解釈するしかない。夏から秋に産卵の為に海へ下るが、その際の♀は大型で1㎏から2㎏もあるのに対して、♂は500gから700gと優位に小さく軽い。魚長から言うと、ウナギAnguilla japonicaでは60㎝越える個体の殆んどは♀で、♂は50㎝を越えるものさえまれであるという。ちなみにウナギの性別はムナビレで見、♀の成熟個体のムナビレは♂よりも短い(以上は「ひょうごの旬のマガジン 食材図鑑 ウナギ」及び『浜名湖養魚漁業協同組合直営店「コスタ浜名湖」』の「ウナギQ&A」等の記載を参考にさせてもらったが、体長と雌雄同体から性差の発生に至る説明は、全くブラック・ボックスのメカニズムも含めて、どの記述も今一つすっきりしないと感じるのは私だけだろうか?)。

 「鱧※1」脊椎動物亜門無顎上綱(円口類=無顎類) 頭甲綱ヤツメウナギ目ヤツメウナギ科 Petromyzontidaeに属する生物。体制が似ているために「ウナギ」の呼称がつくが生物学的には、タクソン上、魚上綱に含まれないため魚ではないという見解がある。次項参照。

 「漫し」は、交接し、ということであるが、影とコイツスするというのは、ど~ゆ~ふ~にするんだろ~? ぬ~るぬるべ~たべたきょ~みし~んしん、たれかヤり方教せ~て! 閑話休題。これや前記の「雄有りて雌無し」、後述される「山芋変じて鰻と化す」の化生説も結局、根底にあるのは、ウナギの生態や繁殖の謎に基づくものであろう。産卵場所でさえもつい2006年にスルガ海山と確定されたばかりである。

 「鰻※1の燒く烟りにて蚊を薫れば化して水と爲らしむ」以下は、ウナギを焼く煙の除虫効果を謳った内容であるが、初耳。特にこの、蚊を薫煙すると蚊は水になる、というのは面白い。民俗学的な探究が望まれる。

 「氈」は毛織物。毛氈(もうせん)。

 「傳尸病」一般には結核を意味するが、字面は感染症によって死亡した患者の遺体から二次感染する現象を指すおどろおどろしい印象である。

 「疳勞」は「傳尸病兒」とセットになって、結核に罹患した小児の結核性慢性腹膜炎を言う。体重減少・慢性的腹痛・閉塞及び下痢の症状を呈す。なお、東洋文庫版ではここを『傳尸病(肺病)・小児の疳労』と訳しているが、これはたとえば以下の「虫」原因説を受けて「疳勞」を疳の虫が強いためにやせ衰える症状の意味でとっているのであろうが、私は誤訳であると思う。何故なら底本を見ると「傳尸--兒」と、熟語を示すダッシュが「傳尸」と「病」及び「兒」の間に打たれ、これが四字熟語であることを示しているからである。

 「四つ目の者」ヤツメウナギの誤りか? 同定不能。

 「背に白點有りて腮無き者」は、白い斑点を持つウナギ目のホオジロゴマウミヘビApterichtus flavicaudus等を想起するが、腮がないという決定打は真正の爬虫綱有鱗目ヘビ亜目ウミヘビ科 Hydrophiidaeのウミヘビ類が疑われるか。同定不能。

 「胎をして疾有らしむ」とは、胎児に悪影響があるという意。

 「針鰻※1」レプトセファルス(レプトケファルス) Leptocephalus 幼生のこと。ウナギ目のみでなくカライワシ目・ソコギス目等のカライワシ上目に属する魚類に見られる幼生。透明で細長い平板状5㎝以下で成体とは極端に異なった形態である。

 「薯蕷」はひねこびた形の芋のユリ目ヤマノイモ科ヤマノイモ(ヤマイモ・自然薯)Dioscorea japonicaを指していると思われる。正式和名はヤマイモではなくヤマノイモである。但し、「薯蕷」は本来はあの円柱状のヤマノイモ属ナガイモDioscorea batatasを指す語。こちらは中国原産で、本邦の場合、山野に自生することはない。

 「濕浸」は土中で地下水や池の浸透水等によって湿気を受けることを言うのであろう。

 「非情より有情と成る者、是れ亦、必ずしも盡くは然らざるなり。」とは植物や石のような感情を持たない非常な物質が有情(この場合は生物でも動物を限定した謂い)の生き物となるという現象は、これも又、必ずしも全てのものがことごとくそうであるわけではない、の意。この場合はウナギの全てがヤマノイモの化生したものと考えることは馬鹿げていると良安は言っているのである。「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「紅鰕」(イセエビ)の項の注でも本項のこの部分を引用して述べたのだが、「必ずしも盡くは」の部分にこの噴飯ものの化生説への消極的肯定は見えるものの、良安の観察による視線には今の我々が敬意を表してよい堅実な科学者の目があると私は思う。

 「鮓に作りて甚だ美なり」の鮨については、「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の巻末の「魚の用」の「鮓」の「宇治丸」の注で考察した。以下に引用しておく。『「宇治丸」という宇治川で捕れる鰻を用いた料理名は、室町時代の記述に現れるらしいが、それ炙り物で、鮓ではない。1830(文政13)年刊の喜多村節信(ときのぶ)の「嬉遊笑覧」には、鰻の鮓という記述が出て来る。これはどうもウナギ目ウナギ科ウナギAnguilla japonicaの酒漬であるらしいが、それ以上のことは不明である。生ウナギの熟れ鮓は、べろべろになった皮とか……う~、流石の私も、ちょっと引いちゃうかも。炙ったものを、漬け込んだものではあるまいか。』なお、続く部分でもち米を用いると鮨にならない=発酵しないとあるのだが、これは事実なのか? それとも粘り気の強いもち米と鰻の粘り気との類感的想像なのか? 鰻の鮨に挑戦してみる勇気自体を持たない私としては、食えないかもしれない実験をする気にちょっとならない。何方かのご教授を乞う。

 「江州の勢田」は現在の滋賀県瀬田。「日本書紀」には「瀬田」とあるが、「延喜式」や「倭名類聚抄」等では勢田が用いられており、有名な橋は「勢多の大橋」と記すものが多いらしい。かなり自由な混用が行われていたものと思われる。

 「豆州三島明神」は現在の三島市にある三島大社。三島大社の祭神は大山祇命(おおやまづみのみこと)であるが、良安が記すようにウナギはその御使いとして意識されていた(根拠は不明)。民俗学的にはウナギは一種のトーテムとして見なされる傾向があり、私も実際に鰻を一切食べないという集落を複数知っている(妙な偏見を持たれるのは不本意なので村名は明かさない)。三島大社の氏子は鰻を食べないとか三島では江戸時代まで鰻を食用としなかったという記載もネット上で見かける。最後に。水のせいか、三島の鰻は確かに旨い。

 「蟹喰鰻」カニクイウナギ 別名カニクイ・カニクイウナギ・アカウナギと呼ばれるオオウナギAnguilla marmorata。「大鰻」で分かるように成体は有意に巨大。以下、ウィキのオオウナギの項から引用する(段落は/で示した)。『最大で全長2m・体重20kgに達する。背中側は黄褐色の地に黒褐色のまだら模様があり、腹側は黄白色をしている。若い個体はウナギと同様細長い体型をしているが、大型個体は胴回りが丸太のように太くなり、ウナギとは別種であることがわかる。若い個体は体表にまだら模様があるのでウナギと区別できるが、個体によっては模様が薄く、判別が難しい場合がある。またタウナギは胸びれがなく、体表のまだら模様もまばらである。/太平洋とインド洋の熱帯・亜熱帯域に広く分布し、ウナギ科全18種類のうちで最も分布が広い。日本では利根川以西・長崎県以南の暖流に面した地域に生息地が点在するが、南西諸島ではウナギよりも多い普通種である。/川の流れが緩い場所や湖、池、マングローブなどに生息する。昼は岩や植物の隙間に隠れて休み、夜になると泳ぎ出て獲物を探す。雨の日には、特に若い個体が水場を抜け出て他の水場へ移動することがある。食性は肉食性で甲殻類、小魚、カエルなどいろいろな小動物を捕食する。特にカニ類を好むといわれ、「カニクイ」という地方名もある』この上陸して移動する様は、東南アジアの何処かの国で(あったように思う。失念)TVで見たことがあるが、かなり長い距離を蛇のように(ややぎこちないが)移動する驚きの映像であった。良安の口の中が赤いと情報は未確認だが、異名にあるように体色は赤味を帯びる個体が多いものと思われる。食べたことがあるが味はAnguilla japonicaには(遥かに)及ばぬ。「次ぐ」では毛頭、ない。

「之を多く食へば煩悶し死に至る。但だ酸を得て鰻肉腹中に膨張すればなり。」これは! あの「鰻と梅干」の食い合わせと通底しているではないか! 胃酸によってウナギの肉が膨張し閉塞を起す、という医師良安先生の科学的薀蓄である! 勿論、鰻と梅干は全く問題がない。こんな現象も起こらない。却って脂っこい鰻に梅干を添えるのはさっぱりとしてよいと私は思う。いや、私自身、実際に合わせて食ってみて問題はなかったのである。]

***

■和漢三才圖會 河湖無鱗魚 巻ノ五十 ○四

やつめうなき

【音里】

リイ

 

鮦【音同】 蠡魚

文魚    黑魚

玄鱧    鳥鱧

【八目宇奈岐】

[やぶちゃん字注:以上四行は、前二行下に入る。]

 

本綱鱧生江池澤取無時形長軆圓頭尾相等細鱗玄色

有斑點花文頗類蝮蛇有舌有齒有肚背腹有鬛連尾尾

無岐形状可憎氣息鯹惡食品所卑也頭斑點有七作北

[やぶちゃん注:「憎」の(つくり)は「曾」の上部が「ク」になった字体であるが通用の新字に改めた。]

斗之象夜則仰首向北朝北斗有自然之禮故字从禮省

與蛇通氣色黑北方之魚故有玄黑烏之諸名

肉【甘寒小毒】 療五痔下大小便消浮腫

膽【甘平】   諸魚膽苦惟此膽甘【臘月收取陰乾】治喉痺將死者點

 入少許即瘥

浴兒免痘 除夕黄昬用軆一尾【小者用二三尾】煮湯浴兒遍身

 七竅不可嫌鯹以清水洗去也若不信但留一手或一

《改ページ》

 足不洗遇出痘時則未洗處偏多也

△按鱧北國川澤多有之大抵尺許大者二三尺背蒼黑

 有光腹色稍淺其首不尖口不裂而圓齒細小如針鋒

 兩眼後各有七點如目如星如錐孔與目八數故名八

 目鰻【然多有七數撰八數者入藥用】冬月破堅氷取之三四月盛出吮

 着於物難脱土人食之味勝於鰻※1河州橿原川亦有

[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「麗」。]

 之皆小無過五六寸者也色亦不黑但以八月辨之耳人

 以爲有治疳眼之功作魥多送于京師恰似蝮蛇

 俗以鱧訓波無以鱓訓八目鰻也出於倭名抄之誤而

 于今不改者何耶

  鱧【和名波無】 鱣【無奈木】  鰻※1【和名波之加美伊乎】 鮎【和名阿由】

  鮠【和名波江】 鱏【和名衣比】 鯷【和名比之古以和之】

 此等倭名抄之訛也詳于各條

 醫書有以鱔【或鱓】爲鱧入疳藥中者非也治疳之功八目鰻

 而已鱔即俗云木太古【見于後】

やつめうなぎ

【音、里。】

リイ

 

鮦〔(とう)〕【音、同。】 蠡魚〔(れいぎよ)〕

文魚          黑魚

玄鱧〔(げんれい)〕   鳥鱧〔(うれい)〕

【八目宇奈岐。】

 

「本綱」に『鱧は、江・池・澤に生ず。取るに時無く、形、長く、軆、圓く、頭尾相等(ひと)し。細かなる鱗、玄〔(くろ)〕き色、斑點花文有り。頗る-蛇(はみ)に類して舌有り、齒有り、肚有り。背腹に鬛有りて尾に連なり、尾に岐無く、形状、憎むべし。氣息、鯹-惡(なまぐさ)く、食品の卑(いやし)む所なり頭の斑點、七つ有り、北斗の象〔(かたち)〕を作〔(な)〕す夜は則ち首を仰(あをむ)け北に向ひて、北斗に朝す自然の禮有る故、字、「禮」の省(はぶ)くに从ふ蛇と氣を通じて、色、黑く、北方の魚なる故、玄・黑・烏の諸名有り。

肉【甘、寒。小毒あり。】 五痔を療し、大小便を下し、浮腫を消す。

膽【甘、平。】 諸魚の膽は苦し。惟だ此の膽〔のみ〕甘し【臘月〔(らふげつ)〕收〔=収〕め取りて陰乾す。】。喉痺〔(こうひ)〕〔にて〕將に死せんとする者を治し、少しばかり點じ入れば即ち瘥〔(い)=癒〕ゆ。

兒を浴(ゆあ)みさせてを免る 除-夕(としこし)の黄-昬(ゆふぐれ)に軆一尾を用ひて【小さき者は二~三尾を用ふ。】湯に煮て兒の遍身七竅を〔→に〕浴(あび)せる。鯹きを嫌ひて清水を以て洗ひ去るべからざるなり。若し信ぜずして但だ一手或は一足を留めて洗はざれば、出痘の時に遇〔(ふに)〕則ち未だ洗はざる處、偏へに多し。』と。

△按ずるに鱧は北國の川澤に多く之有り。大抵、尺ばかり、大なる者、二~三尺。背、蒼黑く光有り。腹の色、やや淺し。其の首、尖らず、口、裂けずして圓く、齒、細かく小さく、針の鋒〔(さき)〕のごとし。兩眼の後(しりへ)に各々七點有りて目のごとく、星のごとく錐の孔のごとし。目とともに八數。故に八つ目鰻と名づく【然れども多くは七數有り、八數の者を撰みて藥に入れ用ふ。】冬月、堅き氷を破りて之を取る。三~四月、盛んに出づ。物に吮〔=吸〕(す)ひ着きて脱し難し。土人、之を食ふ。鰻※1より、味、勝れり河州〔=河内〕橿原(かしはら)の川にも亦、之有〔(るも)〕皆、小さく五~六寸に過ぐる者無し。色、亦、黑からず。但し、八つ目を以て之を辨ずるのみ。人、以て疳眼〔(かんがん)〕を治するの功有りと爲す。魥(ひもの)に作〔(な)して〕多く京師に送る。恰も-蛇(へび)に似たり。

[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「麗」。]

俗に鱧を以て波無と訓じ、を以て八目鰻と訓ずること、「倭名抄」の誤りより出でて今に于〔(おい)〕て改めざるは何ぞや。[やぶちゃん注:以下は読み易さを考え、個々に改行した。]

  鱧(やつめうなぎ)【和名、波無〔(はむ)〕。】

  鱣(ふか)【無奈木〔(むなぎ)〕。】

  鰻※1(うなぎ)【和名、波之加美伊乎〔(はじかみいを)〕。】

  鮎(なまづ)【和名、阿由〔(あゆ)〕。】

  鮠(なめいを)【和名、波江〔(はえ)〕。】

  鱏(かなどをし)【和名、衣比〔(えひ)〕。】

  鯷(なまづ)【和名、比之古以和之〔(ひしこいわし)〕。】

此れ等は「倭名抄」の訛〔→誤り〕なり。各條に詳らかなり。

醫書に鱔【或は「鱓」。】を以て鱧(やつめうなぎ)と爲して藥の中に入るる者有〔(れど)〕、非なり。疳を治するの功、八つ目鰻のみ。鱔は即ち俗に云ふ木太古〔(きたご)なり〕【後に見ゆ。】。

[やぶちゃん注:脊椎動物亜門無顎上綱(円口類=無顎類) 頭甲綱ヤツメウナギ目ヤツメウナギ科 Petromyzontidaeに属する生物。体制が似ているために「ウナギ」の呼称がつくが生物学的には、タクソン上、魚上綱に含まれないため魚ではないという見解があるが、ではその習性から魚に付着して体液を吸引する魚類寄生虫とするのも、私には馴染まない気がする。復数種が知られるが、本邦の場合、食用有益種としては同科ヤツメウナギ目 Petromyzontiformeのカワヤツメ(ヤツメウナギ)Lampetra japonica及びスナヤツメLethenteron reissneriである。ヤツメウナギ類はウナギ類のレプトファロス同様に、幼生が成魚と大きく異なった形態をしており、アンモシーテス“Ammocoetes”と呼ばれる。幼生は目が皮下に埋没していて無眼に見え(但し負の走光性を示すので感覚器としては機能していると思われる)、口吻もロート状又は頭巾状(成魚は吸着吸引に特化した吸盤状)で、川床の泥中に4年間程(ある記載では1~7年と幅が広い)底棲している。変態後(変態後は開眼する)は海に下り、魚類に吸着して体液を吸う(ヤツメウナギ目には降河しない種がおり彼等は産卵まで餌を全くとらないという)、2~3年後(スナヤツメではこの期間が短く半年程度であるらしい)に産卵のために再び川に遡上する。その際にはもう摂餌をせず、目も消化管と共に退化してしまい、体長もアンモシーテス期より逆に小さくなるとも言う。再び盲しい、飲まず食わず身を細らせての皮つるみ、そして死――ドラキュラのごとく忌み嫌われる彼等も確かな生物の厳粛な営みの中にいる(後半のアンモシーテス幼生とライフ・サイクルについては幾つかの記載を総合的に参照したが、特に「月光川の魚乃出版会/川魚紳士録」の「アンモシーテス幼生」に関わる2ページから多大な智を得た)。

 「蠡魚」の「蠡」の字義には〔・むしばむ。・はげる。・木喰虫・瓢箪・蝸牛・蜷・法螺貝〕等の意味があるが、どれもしっくりこない。魚類の体液を吸い取る習性から「むしばむ」とするか? 昆虫綱甲虫目多食亜目(=カブトムシ亜目)ゾウムシ上科 Curculionoideaのキクイムシ等が蚕食した木の内部の穿孔痕と形が似ているからか? これはちょっとありそうもないが一番似ていると感じるのは海のキクイムシとも言うべき二枚貝綱真弁鰓目フナクイムシ科テレド属Teredoに属するTeredo navalis japonica等のフナクイムシか?……どれも牽強付会を免れそうもない。

 「蝮蛇」は通常、爬虫綱有鱗目へビ亜目クサリヘビ科マムシ亜科マムシ属 Gloydiusのマムシの仲間を総称する。後述の良安の「蝮蛇」は、ルビでは「ヘビ」としているものの、「本草綱目」の方に「ハミ」のルビを振っている。「ハミ」は「咬む(はむ)」が訛った語で、古くからのマムシの異名であるから、やはり良安の念頭にはニホンマムシGloydius blomhoffiiがあったもの考えてよい。

 「食品の卑む所なり」食用としては極めて下級なものであるというのである。後文で良安も「土人之を食ふ。」と言うのであるが、その直後に「鰻※1より、味、勝れり。」と述べているのはどういうことか。賤しい食い物であるが、ウナギより旨いというのは解せない。これは「土人、之を食ふに、『鰻※1より、味、勝れり。』と。」で、土地の者は、このヤツメウナギを常食し、且つ味はウナギに勝って旨いと言っている、の意味ではなかろうか(良安が実地に食してみてウナギより旨かったという意味にも取れるが、どうもその他の部分の叙述を見る限りに於いて、良安が自律的に食の発見をしたようには読めない。ヤツメウナギについての食味の叙述は「甘」とある以外はここだけで、時珍も良安も薬餌としての記述に偏している。思うに、実は時珍は蛇が嫌いだったのではないか? 旨いが蛇のような形態から「食品の卑む所なり」と捉えられているとも言えるかもしれない(但し中華料理では普通に蛇を食うことは周知の通り。時珍個人の生理的嫌悪感という意味である)。ちなみに私は堅さと独特のあの脂っこさからあまり好きな味ではない。断然、鰻の方が旨いと思う。

 「頭の斑點、七つ有り、北斗の象を作す」ヤツメウナギは体側の目のやや後方に7つの鰓孔を持つところから命名された。但し、鰓孔は後部に向って体に平行に等間隔で開いており、北斗星の形等にはなっていない。これはその直後に記される事項注の辛気臭い載道的生態行動を引き出すためのだけのものである。

「夜は則ち首を仰(あをむ)け北に向ひて、北斗に朝す自然の禮有る故、字、「禮」の省(はぶ)くに从ふ」八目鰻と親しくしたことはないから確証を持っては言えないが、このような実際の生態行動はないであろう。北斗星は中国では古来より時刻・季節の推移を予兆する星として重要視され、後に道教の北斗神君などとして神格化されて寿命・禍福を司るものとして信仰された。また、この「朝す」とは拜む、礼拝するの意である。即ち、「八目鰻は夜になると首を仰向けにして常に北に向けて、神聖な北斗神君のシンボルであるところの北斗星を「禮」拝し、自然の礼をとり行う故に、その漢字は「禮」を省略して(「示」を「魚」に換えて)「鱧」という字に造るのである」という意味。

 「蛇と氣を通じて」とは、私には先の「鰻※1」の項で「影を以て鱧※1に漫〔(みだ or みだら)〕し」と同工異曲であるように思われる。即ち、「八目鰻は蛇と気を通じて交接することが出来、」という意味でとりたい。

 「五痔」は、牡痔(外痔核)、牝痔(内痔核)、脈痔(切れ痔)、腸痔(脱肛)、血痔(血便を伴う内痔核)の五種を指す。

 「臘月」は旧暦の12月。「臘」は獣を狩って先祖を祀る祭りを指す語で、この時期にこの儀礼を行ったことからの命名とする。

 「喉痺」は咽喉部分の乾燥感・疼痛、嚥下時の違和感や不具合、現在で言う急慢性咽喉炎の症状を総称するが、この場合は咽喉部が激しい炎症を起して食物の嚥下が全く不能なために栄養摂取が出来ず飢餓状態にある重症患者(だから死にかかっている)と考えてよいであろう。

 「痘」は天然痘(痘瘡)。2005年刊行の「国際ウィルス分類委員会報告書 第8版」によると天然痘ウィルスは以下のように分類される。

 第1Group I2本鎖DNAを持つグループ
  ポックスウイルス科Poxviridae
   チョルドポックスウイルス亜科Chordopoxvirinae
    オルトポックスウイルス属ワクシニア亜群Orthopoxvirus, Vaccinia Subgroup
     痘瘡ウイルスVariola virus

但し、痘瘡ウィルスを示す場合、現在でもPoxvirus variolaeと示している記載も多い。Orthopoxvirusはオルソポックスウイルスと読むものもある。更に臨床的には2050%と比較的致死率の高いvariola major及び致死率1%以下のvariola minor にも分けられるが、この2タイプはその増殖時の温度差以外にウィルス学的な性状は区別できないとする。1980年5月8日、WHOは天然痘根絶宣言を行った(これは人類史上唯一の人為的な感染症撲滅の宣言でもある)(variola major及びvariola minorの記載については「健康NAVI質疑応答集」のこのページを参照した)。なお、天然痘は人類史上最初の生物兵器であったという話も読んだことがある。アレクサンダー大王の東方遠征で敵地に天然痘患者の着た衣服を送って戦わずして勝ったとか。

 「然れども多くは七數有り、八數の者を撰みて藥に入れ用ふ。」は「しかし実際には八目鰻の目と孔は数えてみても多くは7個であって、正しく8個あるもののみを処理して入れ薬用とする。」というのだが、鰓は通常7つあり、この記載は一見不審だが、これは遡上した成魚はなく川床のアンモシーテス幼生のことを言っている。目が皮下に閉塞しているために7つなのだ。

 「河州橿原川」現在の大阪府に橿原川という名の川はない。大和川水系の大和川の上流に奈良県内と通じる原川という川がある。ここは奈良の橿原とも近いので、この川の古名であろうか。識者のご教授を願う。

 「小さく五~六寸に過ぐる者無し。色、亦、黑からず。但し、八つ目を以て之を辨ずるのみ」これは「魚体が小さく1518を超えるものはいない。色も知られる八目鰻のように黒くない。ただ八目鰻と同じく目と鰓の穴を合わせて8つあることからこれを八目鰻の仲間であると判別出来るばかりである。」という意味である。これはカワヤツメよりも遥かに小さく(カワヤツメは成魚の体長は4050㎝。カワヤツメはアンモシーテス幼生から変態した直後は1419㎝、先に記したように産卵期に入ると摂餌を止め、第二次性徴の結果、体が縮小、1316㎝になる)、色も黒くない(アンモシーテス幼生は赤みがかった明るい肌色、成魚は茶褐色)スナヤツメLethenteron reissneriと見て間違いない。

 「疳眼」は充血(赤目)・目脂(めやに)・角膜乾燥症・水疱様小結節(フリクテン“phlycten”=目星)の生じるフリクテン角結膜炎等の結膜アレルギーによる眼病。

 「鱓」は音「せん」で、一般には硬骨魚綱ウナギ目ウツボ亜目ウツボ科 Muraenidaeのウツボ類を指す字である(国字としてはカタクチイワシの干物を謂う「ごまめ」の字でもある)。

 「波無」ハム  ウナギ目アナゴ亜目ハモ科ハモMuraenesox cinereus「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「海鰻」の項を参照。

 「鱣」フカ サメの別称。軟骨魚綱板鰓亜綱Elasmobranchiiに属する魚類の中で、原則として鰓裂が体側に開くものの総称。「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鱣」の項を参照。良安は「鱣」と「鮫」を別種として区別しているので、同巻の「鮫」も参照されたい。

 「無奈木」ムナギ 条鰭綱ウナギ目ウナギ亜目ウナギ科ウナギAnguilla japonica。本邦でのウナギの古名。但し、「廣漢和辭典」の「鱣」の項には「一」として〔①こいの一種。②大魚の名かじきに似て、肉は黄色。〕の他に「二」として、即ち中国での意義の一つとして〔魚の名。うなぎに似た淡水魚。=うみへび⇒鱓。〕というウナギみたような淡水魚でウミヘビだあという意味不明の記述が見られる(「鱓」という字は前の注を参照)。但し、「白鱓」はウナギの中国での別称である。前項「鰻※1」の「白鱓」の注を参照されたい。

 「鰻※1」ウナギ 同前、ウナギAnguilla japonica

 「波之加美伊乎」ハジカミウオ 「ハジカミ」はミカン科のサンショウ(山椒)Zanthoxylum piperitumの古名(但し、サンショウに味が似ることからショウガ科のショウガZinziber officinaleをもハジカミと呼称するので注意)。サンショウウオ両生綱の有尾(サンショウウオ)目サンショウウオ亜目Cryptobranchoideaに属するサンショウウオを広く指す語であるが、良安のイメージは同目のオオサンショウウオ科CryptobranchidaeオオサンショウウオAndrias japonicusと考えてよい。前項の「鯢」(オオサンショウウオ)サンショウされたい。チャン、チャン!

 「鮎」ナマズ 硬骨魚綱ナマズ目Siluriformesの魚類を総称する名称。前掲の「鮎」(ナマズ)の項を参照。

 「阿由」アユ キュウリウオ目キュウリウオ亜目キュウリウオ上科アユ科アユPlecoglossus altivelis altivelis「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の「鰷」(アユ)の項を参照。

 「鮠」ナメウオ クジラ目ハクジラ亜目ネズミイルカ科スナメリ属スナメリNeophocaena phocaenoides「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鮠(なめいを)」の項を参照。

 「波江」ハエ ハヤ又はハエとは、コイ科ウグイ亜科ウグイ属ウグイTribolodon hakonensisの別名(主に関東方言)であるが、良安は「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の「※2」[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「軰」。]で明確にその同巻の前項にある「※3」[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「成」。]のウグイと区別している。これはコイ科ダニオ亜科のオイカワZacco platypusのメスではないかと思われる。その同定過程は「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の「※2」を参照されたい。

 「鱏」カナドオシ これは通称カジキマグロと言われるスズキ目メカジキ科 Xiphiidae およびマカジキ科 Istiophoridae の二科に属する魚の総称である。「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鱘」(カジキ)を参照。

 「衣比」エイ 軟骨魚綱板鰓亜綱Elasmobranchiiに属する魚類の中で、鰓裂が体の下面に開くものを便宜的に総称する語。「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「海鷂魚」(エイ)を参照。

 「鯷」ナマズ 前掲注「鮎」同前。中国では本字は確かに鯰・大鯰の謂いである。

 「比之古以和之」ヒシコイワシ カタクチイワシ科カタクチイワシEngraulis japonica「和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚」の「鰯」(イワシ)の項の「鯷」(ひしこ)の注を参照。国字の意味として「廣漢和辭典」に所載する。

 「鱔【或は「鱓」。】」「廣漢和辭典」に「鱔」は「鱓」の俗字とする。「鱓」は前の注に掲載した通り。

 「疳」は、小児に特異的な症状の総称。五臓(肝臓・心臓・脾臓・肺臓・腎臓)が乱れ、精神症状(夜泣き・疳の虫・ひきつけ等)や身体的な諸症状(食欲不振・嘔吐・下痢等)の二症状が複合的に発生することを言う。現代の小児医学での消化不良・自家中毒・小児脚気・小児結核・夜驚症・寄生虫感染症等を包括する概念と言える。

 「木太古」キタゴ タウナギ目タウナギ科タウナギMonopterus aibus。本種はウナギ形状をしているため「ウナギ」という呼称が入るが、所謂ウナギ目とは全く関係がない。以下の「木太古」(タウナギ)の項を参照。]

***

■和漢三才圖會 河湖無鱗魚 巻ノ五十 ○五

きたご

あぶらこ

【鱔同】

チヱン

 

黄※1

【俗云木太古】

【西國人呼名阿布良古】

[やぶちゃん字注:「魚」+「旦」。なお以上三行は、前四行下に入る。]

 

本綱鱓生水岸泥窟中似鰻※2而細長亦似蛇而無鱗有

[やぶちゃん注:※2=「魚」+「麗」。]

青黄二色黄質黑章體多涎沫大者二三尺夏出冬蟄

一種有蛇變者名蛇鱓【有毒害人】以缸貯水畜數百頭夜以燈

照之其蛇化者必項下有白點遍身浮水上即棄之或以

蒜瓣投於缸中則群鱓跳擲不已亦物性相制也

肉【甘大温有毒】 時行病後食之多復也多食發諸瘡損人壽

△按鱓西國水岸泥中多有之状似鰻※2而畧扁其大者

 二三尺口尖齒細眼小亦似蛇而無鬐深黄色有小黑

 文多涎沫自尾剥皮肉白而肉中有毛刺煮食之

三才圖會云鱓性好睡今鬻者必寘鰌其中使之動撓不

《改ページ》

然徃徃睡死

きたご

あぶらこ

【鱔、同じ。】

チヱン

 

黄※

【俗に木太古と云ふ。】

【西國の人、呼んで阿布良古と名づく。】

[やぶちゃん字注:「魚」+「旦」。]

 

「本綱」に『鱓は水岸泥窟の中に生ず。鰻※2(うなぎ)に似て、細長く、亦、蛇に似て、鱗無し。青黄の二色有り。黄質黑章、體に-沫〔(よだれ)〕多し。大なる者、二~三尺、夏出でて冬蟄〔(こ)〕もる。

一種、蛇の變ずる者有りて蛇鱓〔(だせん or だぜん)〕と名づく【毒有りて人を害す。】。缸〔(かう)〕を以て水を貯へ數百頭を畜す。夜、燈を以て之を照すに其の蛇の化したる者は必ず項〔(うなじ)〕の下に白き點有りて、遍身、水上に浮〔(ただよ)〕ふ。即ち之を棄つ。或は蒜〔(ひる)〕の瓣〔(べん)〕を以て缸中に投ずれば、則ち群鱓、跳擲〔(てうちやく)〕して已(や)まざるも亦、物性、相制すればなり

肉【甘、大温。毒有り。】 時行病の後に之を食へば、多くは復(みか)へるなり。多く食へば諸瘡を發し人の壽を損ず。』と。

[やぶちゃん注:※2=「魚」+「麗」。]

△按ずるに、鱓は西國の水岸泥中に多之有り。状、鰻※2に似て、畧ぼ扁たく、其の大なる者、二~三尺。口、尖り、齒、細かに、眼、小さく、亦、蛇に似て鬐(ひれ)無し。深黄色、小さき黑文有り。涎-沫、多く、尾より皮を剥ぐ。肉、白くして、肉の中に毛刺〔(けばり)〕有り。煮て之を食ふ。

「三才圖會」に云ふ、『鱓の性、睡〔(ねむ)〕るを好みて、今、鬻〔(ひさ)〕ぐ者、必ず鰌〔(どじやう)〕を其の中に寘〔(い)=入〕れて之をして動撓〔(どうだう)〕せしむ。然らざれば徃徃にして睡りて死す。』と。

[やぶちゃん注:中華料理には欠かせない食材の一つであるタウナギ目タウナギ科タウナギMonopterus aibusである。本邦にも各所に生息するが、在来種であるかどうかは現在のところ、不明。大陸や朝鮮半島からの移入種である可能性が高いように思われる。なお、「鱓」は音「せん」又は「ぜん」で、前掲の「鱧」(ヤツメウナギ)の注でも示したとおり、現在、一般には硬骨魚綱ウナギ目ウツボ亜目ウツボ科 Muraenidaeのウツボ類を指す字としても用いられ、国字としては食品のカタクチイワシの干物を謂う「ごまめ」の字でもある。但し、「白鱓」と書くとウナギを指すと思われる(前掲の「鰻※2」の「白鱓」の注参照)。

 「涎沫」は音ならば「センマツ」であるが、他所で良安は二字で「よだれ」と訓じているのでそれに従う。所謂、粘り気の強い体液を指す。

 「缸」は十升は入るという素焼きの大きな甕(かめ)。もたい。

 「蒜の瓣」の「蒜」はユリ目ユリ科ネギ属ノビルAllium macrostemon若しくは同属のニンニクAllium sativumを指す(東洋文庫版では「にら」のルビを振るが従わない)。「瓣」は「弁」に吸収された字の一つで、蜜柑や大蒜などの一片、花びらの意であるが、どちらとも決し難い。しかし以下の「物性、相制すればなり」という叙述からすれば、どちらでも同じ現象が起るはずである。

 「跳擲」は飛び跳ねること。難読語によく出る「打擲」(ちょうちゃく)と音が一緒だが、こちらは殴打することで意味が違う。

 「物性、相制すればなり」は「それぞれの物の根本的な性質が互いを相い制するからである」、そのように相互に反発するのは生成要素に基づく属性に因ると言っている。

 「時行病」は「時疫」「疫癘」等とも言い、流行病、はやりやまい、悪性の伝染病のこと。

 「復(みか)へる」は当初「復(〔(よ)〕みが)へる」というふうに「よ」が脱落したと考えて補っていたが、流行病に罹患した予後の不具合から「蘇る」というのはおかしいと気づいた。これは「回復する」の意味であるから、文字通り「身返(かへ)る」であろうと思い、表記のようなルビとした。

 「諸瘡を發し」は広くアレルギー性の皮膚疾患の発症を言うのであろう。

 「人の壽を損ず」程の毒性はタウナギにないよね――が、ネット検索をかけていると現代版の「人の壽を損ず」程のとんでもないタウナギの毒性が語られている。それは二年前に厚労省が中国産タウナギから検出したという「食べても健康への影響はない」とのたもうた合成抗菌剤エンロフロキサシンとシプロフロキサシン――では、ない。関係する中文の新聞記事や個人のブログ記載等を綜合すると、タウナギはウナギ目ウナギ亜目ウナギ科の真正のウナギAnguilla japonicaと少し似て、タウナギは基本的に中性で生まれ、孵化後3年程すると2530㎝大の♀の成熟個体が出現し、その後に更に♂が出現するという。この♀の個体を早く出現させて商品化するために、人間の用いる避妊薬=女性ホルモン剤(エストロゲンと黄体ホルモン)をタウナギに投与することで成長を促すのだそうである。実際にタウナギは早く体重が増えるという。しかし、投与されたものはタウナギの体内に当然蓄積し生体濃縮されるのではないか。一定量以上の女性ホルモンが人体への多様な障害の素因になることはよく知られている(乳癌発生率の上昇・流産や不妊症の惹起・女児の二次性徴早期発生・男児の女性化等々)。これが事実ならば環境ホルモン何ぞ、遥かに突き抜けているではないか! 私は特定の国へのパッシングに加担する積もり全くない(そもそもそういうことにメクジラを立てる君は、クジラはおろかタウナギなんぞは当然、食べんだろうからな。僕はクジラもタウナギも食べるよ)。こうした水面下の怖ろしい事実はどこの国でもあり得ることを、我々は胆に命じねばならないということである。

 「毛刺」は細い毛の針ように多くの針状の小骨がある、の意。

 「鰌」は、本書のお手本、明の王圻(おうき)の「三才図会」の記述であるから硬骨魚綱コイ目ドジョウ科Cobitidaeのドジョウ類で止まりだ。次項参照。

 「動撓せしむ」とは、タウナギ売りは、活発に動き回る鰌をタウナギの生簀に入れておくことで、タウナギをびっくりさせてぐるぐると動き回らせるようにする、という意。そうしないと、眠ることが性(さが)であるタウナギは眠ったまま死んじゃうんだっていうのは、勿論、泥も入れてあったであろう生簀の中の溶存酸素がなくなって窒息するんだろう理屈なんだけど、何とも魅力的――眠ったまま誰か首を絞めてくれる者はいないか――という芥川龍之介まがいの僕としては、素敵な性じゃあないか――]

***

どじやう

泥鰌

 

鰍【同】 ※1【同】

【俗云止之也宇

 泥鰍字音

 之訛也】

[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「習」。以上四行は、前二行下に入る。]

 

本綱泥鰌生湖池長三四寸沉於泥中状微似鱓而小鋭

首肉身青黑色無鱗以涎自染滑疾難握與他魚牝牡生

沙中者微有文采※2去脊骨作臛食甚美也燈心煮鰌甚

[やぶちゃん注:やぶちゃん注:※2=「蠡」+「刂」。]

妙也性酋健好動善優故名

肉【甘平】 暖中益氣醒酒解消渇收痔

海鰌    生海中極大

江鰌    生江中長七八寸

△按沙中鰌頭背連尾有紋淡黑斑微似鷹彪故名鷹羽

鰌味美江州水口造鰌臛鬻之甚佳今人溝渠中入馬

《改ページ》

■和漢三才圖會 河湖無鱗魚 卷ノ五十 ○六

 糞畜鰌者肥大繁生然骨硬味不如于流水自長者也

どじやう

泥鰌

 

鰍【同じ。】 ※1【同じ。】

【俗に云ふ「止之也宇」は「泥鰍(でいしう)」の字の音の訛なり。】

 

「本綱」に『泥鰌は湖池に生ず。長さ三~四寸。泥中に沉〔=沈〕む。状、微〔(かす)〕かに鱓〔(きたご)〕に似て、小さく、鋭た□〔→る〕首。肉の身、青黑色。鱗無く、涎〔(よだれ)〕を以て自ら染む。滑(ぬめ)りて疾(と)く、握り難し。他の魚と牝牡〔(ひんぼ)〕す。沙中に生ずる者、微かに文采〔(ぶんさい):模様〕有り。脊骨を※2〔(わ)り〕去つて臛(にもの)と作〔(なさ)〕しめ食ふ、甚だ美なり。燈心にて鰌を煮れば甚だ妙なり。性、酋健〔(しうけん)〕にして好みて動き、善く優〔(たはむ)〕る。故に名づく。

肉【甘、平。】 を暖め、氣を益し、酒を醒(さ)まし、消渇解し、痔を收〔=収〕む。

海鰌〔(かいしう)〕 海中に生ず。極めて大なり。

江鰌 江中に生ず。長さ七~八寸。』と。

[やぶちゃん注:やぶちゃん注:※2=「蠡」+「刂」。]

△按ずるに沙中の鰌、頭・背、尾に連りて紋有り。淡黑の斑(まだら)微かに鷹の彪(ふ)に似る。故に鷹羽鰌と名づく。味、美なり。江州〔=近江〕水口(みなぐち)にて鰌臛(〔どじやう〕じる)を造りて之を鬻〔(ひさ)〕ぐ。甚だ佳し。今人、溝渠〔(こうりやう)〕の中、馬糞を入れ、鰌を畜ふは、肥大にして繁生す。然れども、骨、硬くて、味、流れ水に自ら長ずる者に如かざるなり。

[やぶちゃん注:本邦にはドジョウ科約10種が生息するが、我々が本邦に於いて一般に知るのはコイ目ドジョウ科シマドジョウ亜科のドジョウMisgurnus anguillicaudatusである。但し、最後に「△」以下で良安の記載するドジョウはその特徴的な斑紋からシマドジョウ亜科のシマドジョウCobitis biwaeである。なお、「どぜう」という表記は歴史的仮名遣いとしては明白な誤りである。由来としては「どじやう」が四文字で縁起を気にした江戸商人が同音の三文字に変えたものとも言うが、不詳である。

 「鱓」はタウナギ目タウナギ科タウナギMonopterus aibus。前項参照。

 「涎を以て自ら染む」体表から出す粘液によって自身の体を染色している」という意であるが、ドジョウの体色は粘液によるものではなかろう。ちなみに、この多量の粘液は、水分がないと多量に分泌されて、ドジョウの生存をある程度まで保持する効果がある。呼吸を助ける成分が粘液中に含まれている可能性があると思われる。

 「疾く」はすばしっこいの意。

 「他の魚と牝牡す」とは、他種の魚と交尾をする、の意。淡水魚類の生殖的隔離は進んでおらず、異種間でも受精することは事実である(例えばコイ亜科フナ属ギンブナCarassius gibelioはドジョウの精子で受精することが知られている)。

 「※2」[※2=「蠡」+「刂」。]この字は「廣漢和辭典」にも所収しない。「蠡」には、「分ける」「わかつ」の意があるので、仮に「わる」と訓じておいた。ちなみに、東洋文庫版ではこの字を、「(さ)く」と訓じている。

 「燈心」はトウシンソウの異名を持つイグサ目イグサ科イグサJuncus effusus var. decipensを指すか。このような調理法は未見。

 「酋健」の「酋」は「豪」に通ずるので、「豪健」=「剛健」で、性質・体力共に強いこと。

 「善く優〔(たはむ)〕る」の部分、東洋文庫版現代語訳は「大へんすなおである」と訳すのであるが、どうにも納得出来ない。ここは鰌がしばしば群れをなし、又、ごっそりと多数を樽等で飼い売る時、相互にぬたくっている様を見て、男女がふざけて交わりあう様に擬えて「元気に、よくまあ、皮つるみするように戯れる」の意で取った。御批評があれば乞う。

 「中」は漢方で言う消化器官の総称。

 「消渇」は、口が渇き、多飲多尿を示す症状で、糖尿病を指すと思われる。

 「解し」は、緩解させる、の意。病勢が治まり、快方に向うこと。

最後に。私はどぜう鍋が三度の飯より好きな変わり者である。何より何処より「駒形どぜう」の丸(まる)に限る! 本店の炭火がベストだが、新しくなった渋谷店(センター街の先から、JRの道を隔てた井の頭線渋谷駅の向かって左側のビルの4階に店舗を移動したのでよろしく)でもよしとしよう。お前は回し者か? ってか? おう、自主的回し者とお取りになって一向鎌輪ぬ輪!

 「海鰌」は想像しにくいと思うが、ホントに「極めて大」なんである! これは哺乳綱クジラ目Cetaceaのクジラ類の総称もしくはもっと限定すればヒゲクジラ亜目セミクジラ科セミクジラEubalaena japonicaを示す語である。嘘ではない。これは時珍の叙述であるが、「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」冒頭の「鯨」の項に良安も真面目に『其の状、畧ぼ鰌に似る。故に海鰌と名づく』と記している。参照されたい。

 「江鰌」は通常のドジョウに比して有意に大きい。本邦にはいない別種と判断して同定は回避する。検索の中で中文サイトから探り当てた別名は「鰌魛(qiú dāo)」「和刀魚」である。中国語の識者の情報を挨つ。

 「鷹羽鰌」シマドジョウ亜科シマドジョウCobitis biwaeの別名。

 「江州水口」は現在の滋賀県甲賀市水口町。東海道の宿場町で、その鰌汁は江戸時代、有名であった。

 「溝渠」は、どぶ。

 「馬糞」に関わって、実はここに馬糞鰌(ウマノクソドジョウ)なる鰌を掲げておく。フクドジョウ亜科のホトケドジョウLefua echigoniaの別名である。松森胤保〔文政8(1825)年、庄内藩鶴岡生。松山藩家老。明治期まで生きた博物学者。〕の「両羽図譜」(りょううはくぶつずふ)には

 

鰌魚(とじやう)類        鰻鯰屬類別四類之第三類

 馬糞鰌(むまのくそどじやう)種  鰌魚類種別三種之第一種

馬糞土鰌(とじやう)は、昔より我が土に生するものなり。然れども、人、其〔の〕名を悪〔(にく)〕んで、之を食はざるものとなすもの多し。

緩流の溝梁等に於て、徃々之を獲〔(とら)ふ〕ることあり。全く通常の土鰌に似て甚〔だ〕短し。故に又鹿蜂に類似す。

 

という記載がある(以上は「酒田市立図書館ホームページ」「両羽図譜の世界」画像該当ページ(馬糞鰌の図も見れるよ! この本、翻刻したい!)を用いて独自に翻刻した(該当HP内にも翻刻があるが、表記等に多々疑問があるため参考にはしなかった)。その際、片仮名を平仮名にし、一部に読みやすくするため濁点を振り(「とじやう」という読み方は特異だが、「じ」はルビに濁点があるため、そのまま「と」とし「どじやう」とはしなかった)、更に基本的には本ページの翻刻に準じた。]

***

ひを   氷魚

※1   【俗云比乎】

[やぶちゃん字注:※=「魚」+「小」。]

 

和名抄云※1白小魚名似鮊而一二寸者也今称氷魚

△按氷魚状類白魚大寸許自秋末至冬初聚魚簗以攩

 網取之古者江州田上川城州宇治川多取之今勢州

 參州及駿遠最多以竹串貫眼作魥味甚美                衣笠内大臣

      新六 氷魚のよるを江の海も風さへ〔→さえ〕ぬ田上川や網代うつらん

 若州湖中有小魚似小鰷而細長土人呼名阿末左幾

ひを   氷魚

※1   【俗に比乎と云ふ。】

[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「小」。]

 

「和名抄」に云ふ『※1は、白き小魚の名。鮊(しろいを)に似て一~二寸ある者なり。今、氷魚(ひを)と称す。』と。

△按ずるに、氷魚は、状、白魚の類にして、大いさ寸ばかり。秋の末より冬の初めに至るまで魚簗(やな)に聚〔(あつ)〕まり、攩網(すくひたま)を以て之を取る。古へは、江州〔=近江〕の田上川城州〔=山城〕の宇治川に多く之を取る。今は勢州〔=伊勢〕・參州〔=三河〕及び駿〔=駿河〕・遠〔=遠江〕に最も多く、竹串を以て眼を貫き、魥(めざし)と作〔(な)〕す。味、甚だ美なり。

「新六」 氷魚の寄る近江の海も風さえぬ田上川〔(たなかみかは)〕や網代うつらん

                                  衣笠内大臣

若州〔=若狭〕の湖中に小魚有り、小鰷〔(こあゆ)〕に似て細長し。土人、呼んで阿末左幾〔(あまさき)〕と名づく。仲冬より初春に至るまで出づ。味、甘美なり。此も亦、氷魚の屬

[やぶちゃん注:私は当初、これをハゼ亜目ハゼ科ゴビオネルス亜科シロウオ
Leucopsarion petersiに同定しようと考えていた。それは「本草綱目」を引かない=分布域が本邦と朝鮮半島のみ、体長が有意に小さい=シラウオが成魚が10㎝程度であるのに比してシロウオは最大6㎝で5㎝程度が標準的、無鱗=シロウオは無鱗なのに対してシラウオ♂には鰭の部分に1618個の鱗が並ぶ(シラウオ♀は無鱗)が等の点からであった。しかし、更に読み進めると明らかな淡水系水域(河川の中流域や湖)で、簗や網代による伝統漁法、竹串で眼を貫いて目刺とする、最後にもろに「小鰷」も出てきては、これはもう確かにアユの稚魚・幼魚しかあり得ない。キュウリウオ目キュウリウオ亜目キュウリウオ上科アユ科アユPlecoglossus altivelis altivelis。奄美大島以南に分布するリュウキュウアユPlecoglossus altivelis ryukyuensisは別亜種(但し沖繩本島のそれは絶滅し、奄美産を放流)。更に、琵琶湖に生息する陸封型アユPlecoglossus altivelis altivelisは和名でコアユと呼称するが、御覧の通り、同一種である。既に「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」に「鰷」として、成魚としてのアユは挙げられているので、そちらも参照されたい(以上の注は「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鱠殘魚」の注で用いたものを増補改訂したものである。「鱠殘魚」も参照されたい)。

 「氷魚」現在でも琵琶湖ではアユの稚魚のことを「氷魚」(ひお又はひうお)と呼称する。稚魚は氷の如くすき通って見えることに由来するとする。ただ琵琶湖厳冬期の漁でもあり、そうした意味での、「氷」の張るような寒い時期の魚、でもあるかも知れない。

 「※1」[※1=「魚」+「小」。]の音は「ショウ」。「真名真魚辞典」の当該字の項の和名には、『(1)ヒイオ(集覧「水産俗字解」)。(2)ヒイラ・モロコ・ヌメラ・コオリイオ(同「水産名彙」)。(3)イサザ・ヒウオ(図解)。』とある。

 「鮊」は国字としてキュウリウオ目シラウオ科シラウオ Salangichthys microdonを指すと思われるが、この時代にスズキ目ハゼ亜目ハゼ科ゴビオネルス亜科シロウオLeucopsarion petersiが厳密に区別されていたとは思われないので、シロウオも挙げておく必要がある。現在でさえも二つの呼称は地方によって双方向誤用されている。先に述べたとおり実際には拡大してみると相応に異なる形態をしてはいるのだが。なお、本字は中国では正体不明の無鱗・尾鰭有岐・肉不味い正体不明の海水魚及びコイ目コイ科カマツカ亜科のニゴイHemibarbus barbus、国字としてはシラウオ以外に、軟骨魚綱エイ目ガンギエイ科ガンギエイRaja kenojeiをも指す。

 「魚簗」の「やな」は、広く河川に設けて川魚を獲る仕掛けを言うが、琵琶湖では高度に特殊化した定置網漁業が行われており、その追い込み型の定置網漁を「エリ漁」と呼称する(漢字表記は「魞」。勿論、国字)。これは水の流れと魚類の習性から考案されたもので、湖岸から張られた誘導用の簀(す)という竹で編んだ筵(むしろ)の沖合の先端に、左右に返しのように張られた「エリ」(この部分を限定して「エリ」と呼称する。全体の形は岸から見ると「↑」のような形になる)からなる。そのエリの巻き込んだ内側の先端部分に設けられたツボ状の網をたぐり、魚体を傷つけないようにザル(本文の言う「攩網」スクイタマ)を使って汲み上げる。これを「エリ汲み」と呼ぶ(エリの構造や歴史的変遷については「琵琶湖博物館」「エリはなぜ琵琶湖で進化したのか」が詳しい)。

 「江州の田上川」現在の滋賀県大津市田上町を流れる大戸川(だいとがわ・だいどがわ)。古くは田上川(たながみがわ)と呼ばれたが、宝永41707)年に上田上の牧村・中野村において河道が現在の田上山地の山裾に付け替えられて以降、呼称変更が起こったとする。信楽盆地の最南、高旗山を水源とし、甲賀市信楽町から大津市を貫通して瀬田川に合流する。次の和歌にも見るように、網代の名所(田上網代と呼ばれ、そこで獲れた川魚は内裏に運ばれて公家の食膳を飾ったのである)として歌枕にもなっている。

 「城州の宇治川」京都府宇治市から京都盆地へと向う河川で、琵琶湖を源とする。淀川は、上流で瀬田川(前注参照)、中流で宇治川、京都・大阪の両府の府界付近で桂川と呼称し、その下流で木津川と合流した後は淀川と呼ばれて大阪湾に注ぐ。宇治川は淀川の通称といってよい。琵琶湖を水源として流出するのはこの川だけである。

 「竹串を以て眼を貫き」は以下のページなど参照。現在は小鮎の浜焼串と呼ぶらしい。

 『「新六」』は、正式名称「新撰和歌六帖(新撰六帖題和歌)」で、仁治4・寛元元(1243)年成立。藤原家良・為家・知家・信実・光俊の五人の和歌を所載した類題和歌集。「衣笠内大臣」とは衣笠(藤原)家良のこと(仁治元(1240)年10月に内大臣。但し翌二年の4月には上表して辞任している)。藤原定家の門弟。

 「小鰷」アユPlecoglossus altivelis altivelisの稚魚。

 「若州の湖」は三方五湖の幾つかを指すか。三方五湖とは福井県三方郡美浜町及び同県三方上中郡若狭町に跨って位置する五つの湖の総称で、三方湖(みかたこ)・水月湖(すいげつこ)・菅湖(すがこ)・久々子湖(くぐしこ)・日向湖(ひるがこ)。福井県の発表では汽水湖である菅湖及び久々子湖、淡水湖の三方湖でワカサギ(次注参照)釣れるとするが、塩分濃度に広い適応性を持つ種であるから、汽水湖の水月湖は勿論、海水湖である日向湖に棲息していてもおかしくない。勿論、その他の現在の福井県内の多くの湖を漠然と指していると解しても何ら問題はない。

 「阿末左幾」アマサキ これはキュウリウオ目キュウリウオ科ワカサギHypomesus nipponensisである。現在でも山陰地方でワカザギのことを「アマザキ」と呼称する。私が面白く思ったのは、若狭(わかさ)で公魚(わかさぎ)って洒落?! 勿論、これは偶然。語源としては、「わかさぎ」の「わか」は「湧く」で、「サギ」は多いの意、そこから沢山湧くようにいる魚という意とする説、また、「ワカ」は若い・弱々しいの意、「サギ」は白い色のものや小さな魚を表わす語で、白い如何にもようわよわしい感じの小魚という意とする二説がある。漢字表記の「公魚」とは、現在の茨城県の霞ケ浦及び北浦の一部を治めていた麻生藩が、徳川家斉に同地の名産であるワカサギを収めていたことから、公儀御用達の魚の意味で当てられたとする。なお、「氷魚の屬」という謂いは、アユもキュウリウオ科であるから、決して誤りとは言えない。

 「仲冬」は陰暦十一月の異名。]