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和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部へ
和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部へ
和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚へ
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和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第九十七 水草 藻類 苔類へ

和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類   寺島良安

        書き下し及び注記 copyright 2008 Yabtyan

 

        最終校訂2008年7月19日 午前10:18

 

[やぶちゃん注:本ページは私の構想した「和漢三才圖會」中の水族部電子化プロジェクトの『おまけ』の巻である(その冒頭を占める多くの龍の群れは空想上である点で私の当初の予定には含まれていなかったが、考えてみれば龍は明らかに水族であるし、目録が介甲部と一緒になっている以上、どうもやっておかないと落ち着かないというのが、『おまけ』の謂いである)。底本・凡例・電子化に際しての方針等々については、私の意識の中での水族部プロジェクトの冒頭とした「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 寺島良安」の冒頭注の凡例を参照されたい。
 以下の目録は底本では「和漢三才圖會巻四十五之六目録」として「巻之四十五」の冒頭に、「龍蛇部」に続けて「介甲部」も一緒に掲載されている。ここでは都合、その柱と「巻之四十五 龍蛇部」の目録のみを翻刻してある。
 誤りを見つけた方・疑義のある方は、是非、御一報あれ。恩幸、之に過ぎたるはない。]

 

■和漢三才圖會 龍蛇介甲 目録 ○ 一

 

[やぶちゃん字注:「龍蛇」と「介甲」の空欄はママ。巻数表示はなく、「○ 一」の間、一字空け。]

 

和漢三才圖會卷第四十五之六目録

 

[やぶちゃん字注:「之六」は「四十の六」で四十六巻目の目録も兼ねている意味を示す。目録の項目の読みはママ(該当項のルビ以外に下に書かれたものを一字空けで示した。なお本文との表記の異同も認められるが、注記はしていない)。なお、原文では横に3列の罫があり、縦に以下の順番に書かれている。実在する(と思われる)生物の項目名の後には私の同定した和名等を[ ]で表示した。

 

  卷之四十五

 

   龍蛇部【龍類 蛇類】

 

龍(りう)

 

吉弔(きつちやう) 弔脂 紫稍花

 

蛟龍(みづち)

 

螭龍(あまりやう)

 

應龍(をうりやう)

 

蜃(しん)

 

鼉龍(だりやう)             [ヨウスコウアリゲーター(ヨウスコウワニ)]

 

虬龍(きうりやう)

 

鯪鯉(りやうり) 穿山甲(せんざんかう) [センザンコウ]

 

蜥蜴(とかげ)              [トカゲ]

 

蠑螈(いもり)              [イモリ]

 

守宮(やもり)              [ヤモリ]

 

避役(大いもり)             [インドシナウォータードラゴン

[やぶちゃん字注:「大」はルビにある。]

蛤蚧(あをとかげ)            [トッケイヤモリ/ニホントカゲ]

 

※1蛇(うはばみ)            [ビルマニシキヘビ又はナンダ]

[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「冉」。]

 

巨蟒(やまかゞち) おろち        [アミメニシキヘビ]

 

白花蛇(はつくはじや)          [アマガサヘビ又はヒャッポダ]

 

烏蛇(からすへび) うじや        [シマヘビ黒化型]

 

金蛇(きんじや)             [ハーティアシナシトカゲ

 

水蛇(みづくちなは) 泥蛇(どろくちなは)[シナミズヘビ又はヤマカガシ]

 

黄頷蛇(さとめぐり)           [シュウダ又はアオダイショウ]

 

麥※2蛇(むぎわらへび) なぐそ     [アオダイショウ]

[やぶちゃん字注:※2=「絹」-「糸」+「禾」。]

 

熇尾蛇(ひばかり)            [ヒバカリ]

 

蝮蛇(はみ) まむし へび        [ニホンマムシ]

 

千歳蛇(せんざいへび)

 

野槌蛇(のづち)             [(ツチノコ)]

 

青蛇(あをんじやう)           [ジムグリ]

 

螣蛇(とうじや)

 

兩頭蛇(りやうとうじや)         [シナヒメヘビ/結合奇形個体]

 

天蛇(てんじや)             [ヤマビル]

[やぶちゃん注:実際には、最後に「蛇皮」についての一項がある。]

 

□本文

 

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○一

和漢三才圖會卷第四十五

      攝陽 城醫法橋寺島良安尚順

  龍蛇部【龍類 蛇類】

[やぶちゃん注:「攝陽」は摂津(現在の大阪府北西・南西部及び兵庫県東部を含む)の南。良安は大坂高津(こうづ)の出身である。尚順は彼の字(あざな)。「法橋」(ほっきょう)は元々は僧位で、法印・法眼・法橋の順で第三位の称号を指すが、中世以後には僧侶に準じ、医師・絵師・連歌師などに与えられた。良安の事跡は生没年も含め、不明な点が多いが、大坂城の御城入医師として法橋に叙せられたことは分かっている。]


龍【音弄】説文从肉※1爲鱗蟲之長蛇【音余〔→佘〕】古作它象其宛轉屈

[やぶちゃん字注:※1=「尨」の字に似るが、右上の点がなく、(さんづくり)ではなくて、右へ平行に走る三本の横画である。東洋文庫版では「龍」の(つくり)の部分を標記している。又、「余」は5画目の縱画が上に突き抜けて「未」のようになっているが、上のように「余」を採用した。]

曲之形今从虫作蛇

時珍曰諸蛇出以春但以春夏爲晝秋冬爲夜冬蟄含土

至春出則吐出其舌雙其耳聾而聽以目其蟠向壬方其

毒有涎怒時毒在頭尾其珠在口其行也紆其食也呑有

牙無齒故也交則雄入雌腹交已即退出也人見蛟交三

年而死見蛇交主有喜入水交石斑魚又以龜鼈爲雌入

山與孔雀匹與雉交也虁憐蛇蛇憐虱蛇呑鼠而有食之

鼠蛇飲蛙而有制蛇之蝦蟇【名田父】

蛇所食之蟲則蛙鼠雀蝙蝠鳥雛所食之草則芹茄石楠

茱茰蛇粟所憎之物則蘘荷菴※2蛇芮草鵞糞所畏之藥

[やぶちゃん字注:※2=(くさかんむり)+閭。]

《改ページ》

則雄黄雌黄※3〔→羚〕羊角蜈蚣

[やぶちゃん字注:※3=「羖」の「又」を「文」に換える。]

蜈蚣見大蛇能以氣禁之啖其腦眼蟾蜍食蜈蚣蛇食蟾

蜍物相畏也誤觸萵菜則目不見物

蛇蟠人足淋以熱尿或沃以熱湯則自解蛇入人竅以艾

炷灸其尾或割破蛇尾塞以椒末即出

或謂蛇有足見之不佳惟桑柴火灸蛇則足見不足怪又

五月五日燒地令熱以酒沃之置蛇于地則足見

△按蛇呼大者名乎呂知【用字音曰蛇】又穪倍美【倍美者反鼻也蝮之別名】

 小蛇之總名曰久知奈波言似朽繩也近世來於阿蘭

 陀治蛇蠚之藥有小黑石名須羅牟加湞天有樹名波

 布手古不羅有草名留宇駄此二種今處處有之能治

 蛇毒

 凡龍蛇皆紆行而有四足者爲龍屬無手足者爲蛇屬

 然龍蛇本一類矣春夏見龍升〔=昇〕天者徃徃有之或人乘

 舩過琶湖着北濵少頃納涼時有尺許小蛇游來上蘆

《改ページ》

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○二

 梢廻舞下游水上十歩許復還上蘆梢如初數次漸長

 爲丈許蓋此外天行法乎於是黑雲掩如闇夜白雨降

 似車軸龍升〔=昇〕天纔見尾遂入太虚而爲晴天

造化權輿云龍易骨蛇易皮麋鹿易角蟹易螯

龍【音、弄。】「説文」に『肉と※1に从〔=従〕ふ。』と。鱗蟲の長たり。蛇は【音、佘〔(しや)〕。】古へ它〔(た)〕に作る。其の宛轉屈曲の形に象る。今、虫に从ひて蛇に作る

時珍が〔「本草綱目」に〕曰ふ、『諸蛇、出づること、春を以てす。但し、春夏を以て晝と爲し、秋冬を夜と爲す。冬は蟄(すごも)り土を含む。春に至りて出づる時は則ち吐き出し、其の舌、雙〔(ふた)つあり〕[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名にある。]。其の耳、聾(しい)て、聽くこと、目を以てす。其の蟠(わだかま)ること、壬の方に向ふ。其の毒、涎(よだれ)に有り、怒る時は、毒、頭・尾に在り。其の、口に在り。其の行(あり)くこと、紆(ぬたく)る。其の食(く)ふこと、呑む。牙有りて齒無きが故なり。交(つる)むには、則ち雄、雌の腹に入る。交〔むを〕已む時は、即ち退き出づ[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名にある。]。人、蛟〔(みつち)〕の交(つる)むを見れば三年にして死す。蛇の交(つる)むを見れば、喜び有ることを主〔(つかさど)〕る。水に入りては、石斑魚に交(つる)み、又、龜・鼈を以て雌と爲〔(す)〕。山に入りては、孔雀と匹(つる)み、雉と交(つる)むなり。虁〔(き)〕、蛇を憐れみ、蛇は虱〔(しらみ)〕を憐れむ。蛇、鼠を呑みて〔→むも〕、之を食ふ鼠〔も〕有り。蛇、蛙を飲みて〔→むも〕、蛇を制するの蝦-蟇〔(がま)〕有り【田父〔(でんぽ)〕と名づく。】。

蛇の食ふ所の蟲は、則ち、蛙・鼠・雀・蝙蝠(かはもり)、鳥の雛。食ふ所の草は、則ち、芹〔(せり)〕茄〔(はす)〕石楠(しやくなき)茱茰〔(しゆゆ)〕蛇粟〔(じやぞく)〕。憎む所の物は、則ち、蘘荷〔(めうが)〕菴※2〔(えんかん)〕蛇芮草〔(じやぜいさう)〕鵞〔(がてう)〕の糞。畏るる所の藥は、則ち、雄黄(うわう)雌黄羚羊角(れいやうかく)蜈蚣(むかで)

[やぶちゃん字注:[※1=「尨」の字に似るが、右上の点がなく、(さんづくり)ではなくて、右へ平行に走る三本の横画である。東洋文庫版では「龍」の(つくり)の部分を標記している。※2=(くさかんむり)+閭。]

蜈蚣、大蛇を見〔れば〕能く氣を以て之を禁ず。其の腦・眼を啖ふ。蟾蜍〔(せんじよ)〕、蜈蚣を食ふ。蛇、蟾蜍を食ふ。物、相ひ畏るるなり。誤りて萵菜〔(ちしや)〕に觸れば、則ち、目、物を見ず。

蛇、人の足に蟠(わだかま)れば熱(あつ)き尿(ばり)を以て淋(そゝ)ぐに、或は沃(そゝ)ぐに熱湯を以てす。則ち、自ら解(と)く。蛇、人の竅に入れば、艾炷〔(がいしゆ)〕を以て其の尾に灸し、或は蛇の尾を割り破り、塞ぐに椒(さんせう)の末(こ)を以て〔せば〕、即ち出づ。

或は謂ふ、『蛇に足有り、之を見れば佳ならず。』と。〔然れども〕惟だ桑柴の火にて炙ぶれば、蛇、則ち、足、見(あら)はる。怪しむに足らず。又、『五月五日、地を燒きて熱せしめ、酒を以て、之に沃〔(そそ)〕ぎ、蛇を地に置く時は、則ち、足、見はる[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名にある。]。』と。』と。

△按ずるに、蛇は大なる者を呼んで--知(をろち)と名づく【字音を用ひて蛇〔(じや)〕と曰ふ。】。又、倍-美(へび)と穪す【倍美は反鼻なり。蝮〔(まむし)〕の別名。】。小蛇の總名を---波(くちなは)と曰ふ。言ふ心は朽繩に似たればなり[やぶちゃん字注:「心」は送り仮名にあり。]。近世、阿蘭陀より來たるに蛇蠚を治するの藥〔あり〕。小さき黑石有り、-----天(スランカステン)と名づく。樹有り、-----羅(〔(ハ)〕ブテコブラ)と名づく。草有り、--駄(ルウダ)と名づく。此の二種、今、處處に之有り。能く蛇毒を治す。

 凡そ龍蛇は皆、紆行〔(うかう)〕して、四足有る者は龍の屬たり、手足無き者は蛇の屬と爲す。然るも龍蛇、本〔(も)〕と、一類。春夏、龍の天に昇るを見〔れ〕ば、徃徃にして之有り。或人、舩に乘り、琶湖(みづうみ:琵琶湖。)を過ぐ。北濵に着きて少-頃(しばら)く納涼す。時に尺ばかりの小蛇有りて游(をよ)ぎ來り、蘆の梢に上り廻舞して、下りて水上を游ぶこと十歩ばかり、復た還り蘆の梢に上ること初めのごとし。數次、漸く長じて丈ばかりに爲る。蓋し此れ、外天の行法か、是に於て、黑雲掩〔(おほ)〕ひ、闇夜のごとく、白雨(ゆふだち)降ること、車軸に似て、龍、天に昇る。纔〔(わづ)〕かに尾を見る〔(のみ)〕。遂に太虚に入りて晴天と爲る。

「造化權輿〔(ざうかこんよ)〕」に云ふ、『龍は骨を易へ、蛇は皮を易へ、麋鹿〔(びろく)〕は角を易へ、蟹は螯(はさみ)を易ふ。』と。

[やぶちゃん注:龍及び蛇を統合した総論部。これは本文末尾の「四足有る者は龍の屬たり、手足無き者は蛇の屬と爲す。然るも龍蛇、本と、一類」であるという良安の見解に基づく独自の布陣である。優れた観察者にして博物学者であった良安は、同字にある意味で近代的な懐疑主義者の面影を持っている。恐らく彼は龍の実在への強い疑義を持っていたと私は思うのである。その証拠に、この総論部の叙述は「龍」を項目として掲げながら、その殆んどが実在する「蛇」に関わる叙述である。また、続く龍の種の項目記載は中国の本草書からの引用に終始しており、次の項である「龍(たつ)」以下「虬龍」に至るまで、良安のコメントを示す「△按」に始まる叙述が全くないのである。

 「蛇【音余〔→佘〕】」は「蛇」の音を示しているのだが、「蛇」は慣用音「ダ」・呉音「ジャ」・漢音「タ」・現代中国音“shé”で「余」では「ヨ」・現代中国音“”でおかしい。よく似た字に「佘」(意味は上海地方の地名又は姓)があり、これは「シャ・ジャ」・現代中国音“shé”である。東洋文庫版もこのように正している。

 「音、弄」中国音では「龍」は“lóng”、「弄」は“lòng”で近しい。

 『「説文」』は「説文解字」で、漢字の構成理論である六書(りくしょ)に従い、その原義を論ずることを体系的に試みた最初の字書。後漢の許慎の著。

 「肉と※1に从ふ」[※1=「尨」の字に似るが、右上の点がなく、(さんづくり)ではなくて、右へ平行に走る三本の横画である。東洋文庫版では「龍」の(つくり)の部分を標記している。]については、多くの字解が、「肉」=「月」は身体を指し、「※1」=「龍-(へん)」(音は不明)は躍動飛翔の様を示すとする(以上の「立」を除いた部分を意符であるとする)。残る「立」が「リュウ」という音符で、本来これは「童」(トウ)の省略形であり、音も転じたものとする。更にこの「立」=「童」は音通で「登」の意味を添える。以上からその身を勇躍しながら天へと飛び立って登って行くみづちという風に形声文字として扱っている(「从ふ」というのは、そのような構成に「因って作られた」字という意味)。しかし乍ら、「龍」と言う複雑怪奇な文字は、見るからに何らかの想像上の幻想動物を象形化した文字と考えた方が自然に思われるのだが、如何であろう。なお一般に「竜」は「龍」の俗字とされるが、「竜」の字の方が「龍」よりも古い字体であるという記載も散見する。「龍」の字への私の感覚的認識と同様に、最早、余り実証的意味は求め得られないことなのかも知れない。

 「鱗蟲」は、鱗を持つ動物の意。この場合、「鱗」は甲羅を持つもの(亀類)も含む「鱗甲」類と考えるべきであろう。

 「它」は音「タ」で、ヘビが蟠(わだかま)って=トグロを巻いて(=「宛轉屈曲」)尾を垂れた形を象った象形文字で、ここで言うように「蛇」の原字。

 「虫に从ひて蛇に作る」の部分は「蟲」ではなく、「虫」である。厳密には、「蟲」と「虫」は別字であり、正字・略字の関係ではなかった。「蟲」は動物の総称であり(現在のように昆虫を特に指す場合もある)、「虫」の方は「蝮」(フク)で、特に毒蛇のマムシ類を指す字である。従って、ここはマムシ類との縁に因って、若しくはマムシに代表させて「蛇」という字を宛てる、という意味であろう。但し、ここで言うマムシ類は、分布域からニホンマムシGloydius blomhoffiiを含む爬虫綱有鱗目ヘビ亜目クサリヘビ科マムシ亜科マムシ属Gloydius類としておきたい。

 「春夏を以て晝と爲し、秋冬を夜と爲す」とは、蛇にとっては、春と夏が一般的な生物の活動する昼間に相当し、秋と冬が休眠する夜間に相当すると言う意味。変温動物であるから、そう言えないこともないが、極端な暑さにあっては、逆に夏眠する種もあると思われる。

 「其の舌、雙つあり。其の耳、聾て、聽くこと、目を以てす。」とあるが、ヘビの聴覚は鈍感という点では正しいものの、視力も実は弱い。厳密に言うと、ヘビは舌で見ている。「其の舌、雙つあり」は、ヘビの舌の先が二叉に分かれていることを示しているが、ヘビの舌は実は味覚器官ではなく、嗅覚器官(というか総合的知覚器官)の一つであり、そこで得た嗅覚情報を受容するための器官が、上顎の口蓋内側に一対ある。これをヤコブソン器官“Jacobson's organ”と呼ぶ(勿論、鼻孔はあるのだが、そこの嗅上皮よりも、こちらの方がずっと有効な嗅覚器官として機能している種が多い)。即ち、左右の広角方向から漂って来る化学物質を二叉の舌に付着させて、それを口腔内の一対のヤコブソン器官の開口部に挿入することで、対象を把握(左右の微妙な時間差による立体的把握さえ行っている場合がある)するのである。それに対してヘビの目は一枚の透明な鱗で保護されており(即ち目蓋がない)、両側頭部に目が位置するために立体視も出来ない。至近距離で動くものは見える程度の視力しかないのである。実際に私も、風下にいるカエルが凝っと動かずにいることで、ヘビの捕食から逃れる映像を見たことがある。

 「壬の方」一般には十二支による方位が知られるが、十干十二支に八卦を組み合わせた二十四方の方位があり、これによれば「壬」は北北西よりやや北寄りの方位を指す。

 「珠」とは、一般に龍の顎の下にあるとされる「龍の玉」のことである。これは、龍の原型の一つであると思われるインド神話の蛇神であるナーガ Nāga”神に由来するとする。ナーガは上半身人間型で、その頭頂には五匹の蛇を飾り、下半身は蛇体(コブラ)という姿で示される。これは仏教に取り入れられて漢訳される際に「龍王」と訳され、中国の龍のイメージと重なった上、龍の持つ超自然の力をシンボライズするものとして宝石=珠が付加されたらしい。ところが個人ブログ「化け物の進化」等を見ると、この仏教的な謂いでの、まさに「如意宝珠」(意のままに様々な願いを叶える宝玉)に相当するものが、その万能の力ゆえにかえって龍王の離し難い煩悩となり、それゆえに龍王は仏となることができないというパラドックスをも生んでいるとする。如何にも皮肉で面白い。

 「蛟」は現在、「みずち」と読むが、古語では清音であったとされるので、清音をとった。龍の一種若しくは龍の完成された成体になる段階の一状態とも。後掲する「蛟龍」の項を参照。

 「石斑魚」は、ハゼ科ハゼ亜科のウキゴリChaenogobius urotaeniaや淡水産のカジカ亜目カジカ科のカジカCottus pollux等を指すか。詳しくは「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の「石斑魚」の私の苦悩の注を参照されたい。

 「虁」については、「山海経」の「大荒東経」に以下のように記す。

東海中有流波山、入海七千里。其上有獸、状如牛、蒼身而無角、一足、出入水則必風雨、其光如日月、其聲如雷、其名曰夔。黄帝得之、以其皮為鼓、橛以雷獸之骨、聲聞五百里、以威天下。

やぶちゃんの書き下し文:

東海中に流波の山あり、海に入ること七十里。その上に獸有り、状、牛のごとく、蒼身にして無角、一足、水に出入するに、則ち必ず風雨あり、其の光、日月のごとく、其の聲、雷のごとし。其れ、名を虁と曰ふ。黄帝、之を得て、其の皮を以て鼓を爲(つく)り、橛(う)つに雷獣の骨を以てすれば、聲、五百里に聞こえ、以て天下を威(おどろ)かす。

やぶちゃん現代語訳:

東海中に流波山という山があって、行くこと七千里の海上にある。その山の頂上には獣がおり、その形は牛のようで、身体は蒼い色で角はなく、一本足である。この獣が海に出たり入ったりする時には、必ず暴風・強雨を伴い、その身体から発する光はあたかも太陽や月の如くして、その発する声は雷鳴のようである。まさにその名を虁と言う。かつて黄帝はこの虁を手に入れ、その剥いだ皮で太鼓を造り、雷獣の骨でもって叩いたところ、その音は五百里四方に聞こえ、あまねく天下を驚かせた。

以下に康煕6年刊「山海經広注」の「虁」の画像を掲載しておく。

 「蝙蝠」哺乳綱コウモリ(翼手)目Chiropteraのコウモリ。「かはもり」(現在の「コウモリ」はそのウ音便化したもの)という古訓は、食性として蚊を「好む」=欲す=欲(ほ)りす=欲(ほ)る、から「蚊欲る」→「蚊欲り」や「蚊守」の転とも(歳時記ではコウモリを蚊喰鳥と言って夏の季語とする)、厠(かはや)を好むから「厠守」(かはやもり→わはもり)とも、もっと原義的な感じでは「川守」(夕暮れから河川敷を飛び交うからであろうか)の方がすっきりする気もする。

 「芹」北半球に広く分布するところからセリ目セリ科セリOenanthe javanicaとしておく。

 「茄」これはスイレン目ハス科ハスNelumbo nucifera若しくはその茎を指す。東洋文庫版は「はすのくき」とルビするが、そのように特定する根拠を私は持たない。「はす」の訓で良いと思う。

 「石楠」ツツジ科ツツジ属 Rhododendronの中でシャクナゲ亜属Hymenanthesに属するものをシャクナゲと呼称し、それら以外のものをツツジと総称しているが、これらの区別は現在でも便宜的なものであり、時珍も特定種を指示しているとは思われない。「しゃくなき」「しゃくなげ」は「石南木(花)」「石楠花」の音読みである。

 「茱茰」これは恐らく「呉茱茰」で、中国の中部及び南部に分布するミカン科ゴシュユ属の落葉小高木のゴシュユ(カワハジカミ)Evodia rutaecarpaであろう。登高の節句の際、その赤い実を邪気を払うものとして用いたことが唐詩等によく現れる(漢方でも健胃薬とする)。

 「蛇粟」東洋文庫版ではこれに「やぶじらみ」のルビを振り、セリ科のヤブジラミTorilis japonicaを宛てているが、「長野電波研究所附属図書館 本草綱目 草部 芳草類」のリストでは和名を「じゃしゅう」と表記し、“Cndium monnieri, Cuss”の学名に宛てている(種小名の頭文字が“M”の大文字になっているのは誤りであろう)。後者はヤブジラミと同じセリ科のオカゼリCnidium monnieriのシノニムかと思われ、この果実を「蛇床子」(じゃしょうし)と呼んで漢方で腎虚(インポテンツ)の薬物としているところから、とりあえず後者でとりたい。但し、「粟」の音は慣用音「ゾク」で表記した。

 「蘘荷」単子葉植物綱ショウガ目ショウガ科ショウガ属Zingiber(注意!)のミョウガZingiber mioga。音は「ジョウカ」。

 「菴※2」[※2=(くさかんむり)+閭。]キク科ヨモギ属イヌヨモギArtemisia keiskeana「跡見群芳譜」の「ヨモギ」の項を参照)。とりあえず音で「エンカン」と読んでおく(「菴」を「アン」と読む場合は、「庵」の意味となってしまう)。

 「蛇芮草」これは牧野標本館所蔵の「シーボルトコレクション」該当標本の「蛇芮草」(「芮」の「内」の部分は(かまえ)の中に「ヌ」のような字体)と思しき標記及びその下のカタカナ和名標記で「イヌイタドリ」とある。同ページの標本データにはPolygonum inuitadori JK.及びPolygonum multiflorum Thbの学名の記載と、研究者(“H. Kato Feb. 2004”とある)による同定でイタドリReynoutria japonicaの記載がある(これはシーボルトのこの標本が標記のイヌイタドリではなくイタドリであるということであろう。標本はMAKS1474MAKS1475MAKS1476MAKS0664MAKS0662の5種があるが、すべてについてイタドリReynoutria japonicaの同定がなされている)。東洋文庫版では「いぬいたどり」のルビを振る。漢方系の叙述を見ても「蛇芮草」は、やはりイタドリより大型のオオイタドリ Polygonum sachalinenseのことを指すものと思われる(イヌイタドリはオオイタドリの異名である)。

 「鵞」カモ目カモ下目カモ亜科Anatinaeの家禽化されたカモであるガチョウ類を指す。

 「雄黄」「雄黄」はヒ素の硫化鉱物で「石黄」とも呼ばれる。化学式はAs2S3。漢方では解毒・抗炎症剤として用いられたが、強い毒性を持つ。但し、以下の「雌黄」を参照のこと。

 「雌黄」前掲の「雄黄」についてのウィキの記載によると、漢方の流れをくむ現代中国の伝統的中国医学(中医学)にあっては『解毒剤や抗炎症剤として利用されているが、鶏冠石(realgarAs4S4)との混同が見受けられ、鉱物としてどちらであるかは定かではない。なお、中国語ではrealgarを「雄黄」、orpimentを「雌黄」という。』とある。この文中の、“orpiment”がAs2S3の雄黄のことである。

 「羚羊角」はウシ科サイガカモシカSaiga tataricaの頭角を用いた漢方薬。解毒・解熱・痙攣鎮静効果を持つ。

 「蜈蚣」ここでは漢方薬としての名称であり、前の三種とも揃えて、正しくは音読みして「ごこう」と読むべきところであろう。節足動物門唇脚綱オオムカデ目オオムカデ科オオムカデ属トビズムカデsubspinipes mutilans等が用いられる。その際、毒が頭部と足にあるとされて、それを除去したものが素材となるという叙述もあれば、全虫との叙述もある。私が見た韓国産ものでは、少なくとも、足を排除したもの(それが体節ごとの唇脚を言うのであるとして)ではなく、頭部も保持されていた(薬剤化する際には除去されるのかもしれないが、薬膳として用いられたその映像――サンゲタン風――では完全体一束十数匹分を用いていた。ちなみにそのスープを飲んだ出演者は火を噴くような熾烈な辛さを表現していた)。

 「蟾蜍」両生綱無尾目カエル亜目ヒキガエル科Bufonidaeの大型のヒキガエル類を指す。

 「萵菜」は現在はキク目キク科アキノノゲシ属チシャLactuca sativa、即ち、レタスを示すと考えられるが、果たしてそうか? レタスと蛇……少々疑問。

 「艾炷」は一般的に灸に用いる「もぐさ」を言う。キク亜綱キク目キク科ヨモギArtemisia princepsが材料である。

 「或は謂ふ、『蛇に足有り、之を見れば佳ならず。』と。然れども惟だ桑柴の火にて炙ぶれば、蛇、則ち、足、見はる。怪しむに足らず。」の部分を東洋文庫版は、『ある人は蛇に足があるという。見てもよく分からないが、ただ桑柴の火で蛇をあぶると足があらわれる。怪しむに及ばないことである。』と訳すが、これは文脈上、おかしい訳である。これは「ある人は『蛇に足があり、それを見てしまった時は良くないことが起る。』と言う。しかし、ただ桑柴の火でもって蛇をあぶれば、蛇の足は、容易に現れるものである。少しも怪しむに足らぬことだ。」という意味であると私は思う。

 「乎呂知」「おろち(をろち)」という語については小学館2001年刊「日本国語大辞典」に、『【大蛇】(「ち」は霊威、霊威あるものの意)非常に大きなへび。だいじゃ。うわばみ。』として、「古事記」の「八俣の遠呂智(ヲロチ)」の使用例を示し、また、語源に関しては以下の八つの説を挙げる(出典は省略。一部表記改変)。

 (1)ヲは尾の義。ロは接尾語。チは霊の義。尾があって畏るべきものの意。また、チは雷の義[和訓栞]。また、チは古語の神の意で、タチの略。
 (2)ヲは丘、ロは接尾語、チは霊主の意で、丘の霊の義。
 (3)ヲは大の意。ロは接尾語。チは噬(か)むものの意。
 (4)尾に剣を含むところからヲロタチ(尾劔)の義か。
 (5)ヲノモチ(尾之持)の義。
 (6)ヲロチ(緒豸)の義。
 (7)大蛇を見ると、おそろしく縮むような気持ちになることから、オソロチの省略語。
 (8)オロは奄(On)の語尾がラ行音に転じたもので、大いなる意。チは「蛇」の別音(Ti)。

古代語由来であろうから、単音の「ヲ」+「ロ」+「チ」という分解はまず正しいであろうが、私は荒ぶる神の名であるなら最も古いアイヌ語の中に求められないだろうかというロマンティシズムが疼いてくるのである。「オロチョン」とはアイヌ語で「勇敢な」の意である。ちなみに、「オロチ」がツングース系のオロチョン(鄂倫春)族と関係がある――出雲族が大陸や半島からの渡来人であった→その中に精錬技術を持ったオロチョン族がいた→大和朝廷建設後、それが邪神八岐の大蛇(ヤマタノオロチ)のイメージとして消化隠蔽された云々――という私の大好きな星野之宣氏の漫画「宗像教授伝奇考」そっくりの伝承があるらしいが、これはどうもアイヌ語のオロチョンとの音の一致性から比較的新しい時代に安易に想定されたものらしく、眉唾臭プンプンという感じである。

 「久知奈波」「くちなわ(くちなは)」という語の語源に関しては、小学館2001年刊「日本国語大辞典」に、以下の五つの説を挙げる(出典は省略。一部表記改変)。

 (1)クチナブサの四音節化。クチは有害な蛇に対する称呼。ナブサは、害のない蛇の名。
 (2)クチナハ(口縄)の義。
 (3)クチナハ(朽縄)の義。
 (4)ツチナハ(地縄)の義。
 (5)その舌の様子から、クチノハリ(口之針)の約略。

私は古代人の化生説的観点から良安も示す「朽繩」説を推したい。

 「反鼻」例えばヘビ亜目ナミヘビ上科クサリヘビ科マムシ亜科のヒャッポダDeinagkistrodon acutus等を観察すると、頭部は特有の三角形を成しており、吻部は尖って、まさに上方に反り返っている(マムシ亜科ハブ属 Protobothropsにあっても鼻孔の開口部が正面から見ると丸見えである)。語源的にはこれで十分と思われるが、私はもう一つ、例えばマムシ属ニホンマムシGloydius blomhoffiiの場合、吻部の鼻孔の後部、その開孔部の鱗を隔てたすぐ後ろ(=「反対」)側・眼の前にあるピット器官(赤外線感知システム。マムシ亜科の持つこの孔は頰窩(loreal pit)とも呼ばれる。一般にヘビ類は視力が弱く夜行性の種が多いが、彼らが小型恒温動物を捕食するためにはなくてはならない器官である。ちなみにアメリカ軍が開発したパッシブ・ホーミングの短距離空対空ミサイル「サイドワインダー」“Sidewinder AIM-9がマムシ亜科ガラガラヘビ属ヨコバイガラガラヘビCrotalus cerastes、英名Sidewinderのピット器官由来の命名であることは私がよく授業の脱線で言ったので記憶している諸君も多いであろう)のもう一つの開孔部(=「鼻」)をも「反鼻」と言っているのではなかろうかとも思われるのであるが、如何であろうか。

 さて、その他も含めて小学館2001年刊「日本国語大辞典」の「へび」又は「へみ」の語源説を以下に掲げておく(出典は省略。一部表記改変)。まずは「へび【蛇】」の項から。

 (1)身を経て進み行くの意で、ヘミ(経身)の義。
 (2)ヘミの転。[やぶちゃん注:以下の「へみ」の語源説参照。]
 (3)ハミ(蝮)の義。
 (4)反鼻の義。[やぶちゃん注:この良安も提示する義については、「日本国語大辞典」では出典として「滑稽雑談」「和訓栞」を挙げている。]
 (5)ハイウネリムシ(這蜿蜓虫)の義。

次に、「へみ【蛇】」の項の語源説。

 (1)ハヒムシ(延虫)の約。
 (2)フセムシの反[やぶちゃん注:「反」は反切のことだが、ここでは単に約・略の意か。]
 (3)ハヒムシの義。[やぶちゃん注:(1)との違いが不明。「約」と「義」の違いなら、敢えて別項とするに足るだけの相違点の提示が欲しい。]
 (4)ハヒ(匍)の義。
 (5)ハムの義か。

ちなみに私は、この最後の食う・咬む・咬みつくの意の「はむ」と言う動詞の名詞化と単純に思っていた。本文が示す「反鼻」の音の転訛というのは、何だか如何にもな感じがして、嘘臭い。これは感触として和語由来であろう。

 「蝮」はマムシ属ニホンマムシGloydius blomhoffii

 「蛇蠚」の「蠚」の音は「カク・チャク・セキ・シャク・コク・テツ・テチ・ジャク」とあり、特定できないが、とりあえず「ジャカク」という読みを挙げておく。「蟲の刺す毒」の意であるが、中国では「蟲」は広く動物を指すので、蛇毒の咬毒を言っている。

   ◇(以下、◆までが「須羅牟加湞天」の注)

 「須羅牟加湞天」スランカステンは“slangensteen”で「スランガステン」「スランガステーン」とも記載する。オランダ語で、「スランガステン」「スランガステーン」とも記載する。「大辞泉」には「スランガステーン」で『蛇の石の意』とし、『江戸時代にオランダ人が伝えた薬。蛇の頭からとるといわれ、黒くて碁石に似る。はれもののうみを吸い、毒を消す力をもつという。蛇頂石。吸毒石』と載る。以下は、今井功「江戸時代の竜骨論争」PDFファイルでネット上からダウンロード可能)の記載をもとに引用・再構成した(引用部の句読点の一部を改変し、古書の引用では恣意的に歴史的仮名遣いに直し、送り仮名及び読みを振った)。

 さて、まず今井氏の論文に登場するのはかの平賀源内である。彼は江戸中期、宝暦10年(1760)に源通魏というペンネームで「竜骨辨」という小冊子を江戸で出版し、そこで古来、竜骨と呼ばれる代物は、龍の骨なんぞではない、龍なんぞという生物はいないんだとブチ上げた。その後、

『宝暦11年(1761)の春、長崎出島のオランダ商館長ハイスホールン(M.Hujishom)が外科医バウエル(George Rudolf Bauer)や大通詞吉雄幸左衛門らをひきつれて、江戸へ参府した。江戸本石町の長崎屋は彼らの定宿である。このとき、平賀源内は長崎屋を訪れ讃岐小豆島産の竜骨をバウエルに見せて、これはいわゆるスランガステーンであるか否かとたずねている。スランガステーンとは南蛮渡来の石薬のことである。バウエルはその通りだといい、インド特産のスランガステーンが日本にも産することに驚いている。源内はこの頃から竜骨は象骨であると主張しだしている。バウエルは源内に小豆島産の竜骨を象の化石骨と説明したのではなかろうか。』

即ち、ここで我々は竜骨=スランガステーン=太古の象の骨の化石という命題に対面する訳である。続いて宝暦121762)年に源内は湯島で5回目の物産会(これは近世博物学の重要なエポックであった)を催している。出品数は二千点を超え、その中の目ぼしいものについて翌年、「物類品隲」(ぶつるいひんしつ)六巻に纏めているが、その中で源内は、竜骨について、

「竜骨 讃岐小豆島産。上品。海中にあり。漁人、網中に得たりと云ふ。其の骨、甚だ大にして形体、略(ほぼ)具(そなは)る。之を舐(な)むれば、舌に着き、之を用ふれば、其の効験、本草の主治と合す。是れ、真物疑ふべきなし。近世漢渡の竜骨あり。是れ一種の石にして真物にあらず。木化石に近し。」
「竜角 小豆島産。長さ六尺余。径、尺に近きものあり。上、黒く、中、黒白灰色、相雑(まざ)る。骨よりは、肌、密なり。亦よく舌に着く。」「竜歯 小豆島産。その形象の、歯に似たり。大いさ六~七寸、骨に着きたるものあり。」

と記し、先の主張をやや後退させて『象の化石骨であることはほぼ間違いない』と考えていながら、『源内は慎重に断定をさけている。』(引用は今井氏の該当論文より)
 京都の松岡恕庵〔寛文
81668)年~延享31746)年 儒者にして本草学者。門弟に本草学者として大成する小野蘭山や物産会で源内と接触があったと思われる医師戸田旭山がいる。〕が、宝暦121762)年に版行した「用薬須知」後編巻四の蕃類薬中には、

「スランガステン 石也。或人云ふ、蛇頭石也と。白黒の二色あり、よく腫物の膿を吸也。塩漉石なり。」

と記し、明和2(1765)年、博物学者田村藍水の弟子であった後藤梨春の「紅毛談」(おらんだばなし)には、

「すらんがすてん 蕃人のいはく、此のもの蛇の頭に生る石なりといふ。其の形、碁石のごとく、其の色、白きもあり、黒きもあり、また黒白相間もあり。按ずるに、しぜんのかたちと見えず。よく腫物の膿を吸ふ。其の吸ひたる石を水中へ入るれば、また膿をことごとく吐出せるを、取りあげて干して幾度も用ゐる。近比(ちかごろ)、和方にも、四国より出る竜骨を、このなりにこしらへ用ゐるに、すらんがすていんに効能相かはらずと云へり。蛇頭の石といへるも、竜骨よりもこしらへ成すは、蕃人の聞き伝への誤りにてもあるや。或る人曰く、潮漉石にても此ものを作るといへり。」

今井氏によるとこの『四国より出る竜骨を、このなりにこしらへ』たのは、筆者梨春の師であった田村藍水であり、彼はこの実験によりスランガステーンは竜角と同一物あると断定していると記す。そして医学史研究家の岩崎克己氏の言を引いて、

『スランガステーン(slazlgensteen)とは蛇の石の意味で原産地はインド、古来インドでは蛇を崇拝し、蛇の頭の中に奇蹟を行なう力のある宝石が蔵されているという信仰があった。蛇の毒に特効のあるといわれる蛇石の名称の由来はこのへんからおこったらしい。解毒剤としてのスランガステーンがヨーロッパの学者の注意をひきはじめたのは、ようやく17世紀の末葉のことだが、これを科学的に考察したものは18世紀以前にはあらわれなかった』

とする。以下、

『したがってスランガステーンと竜骨とを比較検討した田村藍水や平賀源内の態度は注目されてよいだろう。天明7年(1787)に老中となった松平定信の「阿蘭陀名日語」という手沢本に輸入品目が列記されている。そのなかに薬種その他として

象牙 犀角 牛角 水牛角鹿角 ウニカウル 丹僣 蛇石 ルサラシ オクリカンキリ

などがある。この蛇石はスランガステーンのことである。これが動物の牙や角と区別されているところをみると、石薬として加工されたものであるらしい。』

と纏めておられる。その後、今井氏は「雲根志」で有名な愛石家木内石亭の文章を引く。寛政6(1794)年に彼が著わした「竜骨記」である。そこで彼は、

「予の竜骨の記は、竜骨か竜骨に非ざるかを争ふにあらず、六十年来見聞する国々より穿出せる産所・形状・時日を人の需(もとめ)に応じて記すのみ也。考究は後の君子に譲るのみ」(序)

「本朝に竜骨あること古来知る人なし。近世好事の者、取得て弄とす。首尾全体の物は未だ見ず。頭・歯・角・腕・爪等なり。大小あり。頭、大なるは、口中に人一人を隠すベし。歯、大なるは、木枕二つ合したるばかりにて、上下四十八枚あるいは三十六枚、小なるは、頭は獅子頭ばかり、角、長さ二尺あるいは三尺、色、漆のごとく、堅剛玉の如し。古今物産家の考へ一ならず、あるひは言ふ、竜は霊物なり、生死あるものに非ずと。今、弄石家に弄翫する物入、象骨なりと。また或は竜に非ず象に非ず、石の骨に似たる一種の石□[やぶちゃん字注:今井氏による判読不明の□。]なりとも言ふ。また竜は骨を換へ、蛇は皮を脱すと。この説を取る時は、真竜の骨なるべしと云ふ人もありて究極しがたし。元文已来[やぶちゃん注:元文年間以来。西暦1736から1741迄の期間]、諸国の山海に穿出する竜骨少なからず。しかれども其の説疑しきは省き、且つ予が鈍筆の稠る[やぶちゃん字注:「とどこほる」と読ませているか。]を厭ふて見聞する所十が一をここに記すのみ。当時、薬舗にある新渡の竜骨甚だ疑はし。古渡のごとき物、近年舶※[やぶちゃん字注:※=「舟」+「來」。:舶来。]なき故に鹿角を焼きて売るとも云ふ。本草綱目に曰く、竜骨砥めて舌に着く物は真、着かざる物は疑物也と。予、此の説はとらず。万物石に化するもの皆悉く、舌に付くなり。また一つの考へあり。海中より上りたるは、外、黒色、内、白きもの、よく舌につく。山より掘り出だすのは、外、黄色、内、白色、光沢ある物、稀にあり。舌に粘らず。焼いて後、舌に付き、薬舗、鹿角に酢を塗つて焼くと云ふ。焼かざれば、舌に付かざる故なり。医は舌に付物を真と云ふ。おかしきなり。木化石・介化石の類、すべて初め、白色、後、黒色、年を経て玉と変ずるものなり。初め白色の時、悉く舌につく。また一種、和産の舌着石と云ふ物あり、諸所より出づ。田村氏の紅毛の『すらんがすていん』は即ち竜骨なるべしとて長崎にて訳官吉雄・楷林二氏に質(ただ)す、これ真物なりと云ふ。また東都にて紅毛人外科『はうる』と云ふ者に質す、真物本邦に出る事を聞きて大いに驚くといふ。蛮産の黒、多く堅し。和産は軟なり。されどもすべて同じ物なり。予、思ふに、竜骨、象骨にあらざることは角をもつても知るべし」

として、本邦の竜骨の産地を列挙する。今井は、

『つまり石亭は、首尾全体のそろわない段階で竜骨の正体を明らかにすることはできないが、材質からみればどんな化石も似たような性質をもっており、竜骨もスランガステーンも同じものだとしている。彼があっさりと象骨説を否定したのは、角の有無だけでなく、日本には象がいないという単純な前提があったからではなかろうか。』

とされ、木内石亭のロマン的な意識の中には、拭い難い竜のイメージが残存していたように思われるとする。以下、本論文の最後の章、「竜骨の正体」となる。

『石亭の「竜骨記」が書かれてから17年後の文化8年(1811)に 阿波の小原春造(峒山)という人が「竜骨一家言」をあらわした。彼はそのなかで

「かって竜骨若干を得てこれをよく調べてみると、みな象の化石骨であった.牙の大きなものは長さ三四尺径六七寸で、これをよく見るとその体質紋理すべて象牙と同じである。一般の人が竜骨と誤称するものには最近輸入されたものが多い。これも象の化石骨である」

と述べ、さらに

「象の化石を竜骨というが、象の化石骨だけが竜骨ではない。山類水族をとわず、すべての化石骨をみな竜骨と称している。何の骨かわからなくなった朽骨でも同様である。だから竜骨が化石骨であることはあたりまえである」

 として、竜骨の正体に明快な結論を下した。彼は確信をもって象骨であることを主張している。このころになると、もう竜の実在説も薄れていた。平賀源内の「竜骨辨」が上梓されてから半世紀にして、ようやく竜骨は仮空の竜の骨ではなく、いろいろな動物の化石骨であるということと、日本に象が棲んでいたということが明らかになったわけである。[やぶちゃん字注:以下、底本は一行空き。]

 こうして、江戸時代の竜骨論争は幕を閉じるが、同じころにイギリスのデービィがスランガステーンの正体――それは材質そのものについてであったが――をつきとめている(J.Davy: An Analysis of the Snakestone, Asiatic Reserch vol. XIII, 1820)。その方法はいかにも科学的で、徹底している。

 「スランガステーンを吹管にあてると、石は次第に白く変色し、実質が少し減少する。しかも臭気は発しない。これを稀硝酸中に入れると、ほんの僅かばかりの泡が短時間たち上る。石を粉末にしてアンモニア溶液を加えると、多量の沈澱物を生ずる。この沈澱物を濾過したあとの溶液に稀善蓚酸を加える時、懸濁を生ずる。結果としてスランガステーンは燐酸石灰と少量の炭酸石灰および稀少の炭素との化合物であることが明瞭である。したがって、それはなかば仮焼した骨の合成物と異なるところがない。いな、骨そのものである」と。』(後略)

スランガステーンを軸にした近世の智のドライヴの面白さが味わえる論文である。是非是非、全文を一読されんことをお薦めして、この注を終わりとする。

   ◆(「須羅牟加湞天」の注終わり)

 「波布手古不羅」ハブテコブラ タデ科イヌタデ属オオケタデPolygonum orientale。ポルトガルから移入されて毒蛇(マムシ)の解毒剤として用いられた。勿論、偶然の一致だが、ハブとコブラじゃあマムシは負けるわな。ポルトガル語の綴りは“pão de cobra”で「蛇(コーブラ)のパン」の意。

 「留宇駄」ルウダ 中南米・メキシコ原産のエパソーテ“Epazote”、ナデシコ目アカザ科アカザ属アリタソウChenopodium ambrosioidesか。同種若しくは近縁種を示すポルトガル語の“Ruta”に由来するとおぼしい。ある種の豆類を食べることによって起こる腹部膨満感・無月経及び月経不順・マラリア・コレラ・ヒステリー・気管支カタルに有効で、更には中絶薬・寄生虫駆除薬等、多岐に渡る効能がネット上に散見さられる。但し、私は最終的に本種をバラ亜綱ムクロジ目ミカン科のヘンルーダRuta graveolensとするに至った。詳細は後掲の「熇尾蛇」の「留宇陀草」の注を参照。

 「春夏、龍の天に昇るを見れば、徃徃にして之有り」これを東洋文庫版は『春夏になって龍が昇天するのを見るものが往往にある。』と訳すが、肯じえない。「徃徃にして之有り」の「之」とは「手足」のことを指す。従って、ここは、四足のある者を龍の属と言い、手足がない者は蛇の属とするけれども、龍と蛇とは、本来、同属のものである。その証拠に「春夏になって龍が昇天するのを見ると、しっかりその蛇から龍に変異するものには往往にして四足あるではないか。」と言っているのである。

 「北濵」現在の琵琶湖の滋賀県志賀町北浜。

 「外天の行法」とは、蛇が龍となって昇天(=外天)するための人智を超えた修行法という意。

 「太虚」ここでは、単純に大空・虚空の意。

 『「造化權輿」』「本草綱目」によく引用され、「新唐書」等に巻数まで挙げて掲げられる書であるが、不詳。

 「麋鹿」恐らく哺乳綱獣亜綱偶蹄目反芻亜目シカ科シカ亜科シフゾウElaphurus davidianusであろう。中国に棲息するシカの一種で、鹿に似た角、牛に似た蹄、馬に似た顔、驢馬に似た尾を持ちながらその何れでもないということで「四不像」という名を持つ。]

***

たつ    那加【梵書】

【音弄】 【和名太都】

唐音

 ロン

 

本艸綱目云龍形有九似頭似駝角似鹿眼似鬼耳似牛

項似蛇腹似蜃鱗似鯉爪似鷹掌似虎也背有八十一鱗

具九九陽數其聲如戞銅盤口旁有鬚髯頷下有明珠喉

下有逆鱗頭上有慱山名尺水無其尺水〔→木〕則不能升〔=昇〕天呵

[やぶちゃん字注:国立国会図書館蔵の金陵万暦18(1596)年刊「本草綱目」初版で確認したところ、「水」ではなく、はっきりと「木」とある。」

氣成雲既能變水又能變火其龍火得湿則焰得水則燔

以人火逐之即息故人之相火似之龍卵生思抱雄鳴上

《改ページ》

風雌鳴下風因風而化其交則變爲二小蛇龍性粗猛而

愛美玉空青喜嗜燕肉畏鐵及※1草蜈蚣楝葉五色絲故

[やぶちゃん字注:※1=(くさかんむり)+「罔」。]

食燕者忌渡水祈雨者用燕鎭水患者用※2〔→鐵〕矣説文龍春

[やぶちゃん字注:※2=「金」+「截」。]

分而登天秋分而入淵

     新六 龍のほる雲の俄に鳴神の物恐しき空のけしきや 知家

廣博〔→博〕物志云龍雄者角浪凹峭上壮下殺也雌者直鼻圓

巤〔=鬣〕薄鱗壮尾也

龍生九子蒲牢好鳴【鐘鈕之獸】囚牛好音【樂噐〔=器〕之獸】蚩吻好呑【殿脊之獸】

嘲風好險【殿角之獸】睚眦好殺【刀頭之獸】屓屭好文【碑※3〔→旁〕之獸】狴犴好訟

[やぶちゃん字注:※3=「方」を縦に潰し、その4画目をずっと下に伸ばし、3画目の左払いとこの4画目の間に又「方」の字を入れた字体。]

【獄囚之獸】狻猊好坐【佛座之獸】覇下好負重【碑座之獸】此語近世所傳未

考所出又云有憲章好囚饕餮好水蟋蜴好腥※4※5好風

[やぶちゃん字注:※4=「虫」+「蠻」。※5=「虫」+「全」。]

雨螭虎好文采金猊好烟椒圖好閉口※6蛥好立險鰲魚

[やぶちゃん字注:※6=「虫」+「力」〔→刀〕。]

好火金吾不睡亦皆龍之種類也蓋龍性淫無所不交故

種多耳

《改ページ》

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○三

龍骨

味甘平避鬼魅定魂魄之藥忌魚及※2〔→鐵〕噐〔=器〕畏石

膏牛黄惡龍骨龍骨得牛黄更良

[やぶちゃん字注:前二行は底本では「龍骨」の下に一字空けで並ぶ。]

たつ    那加【梵書。】

【音、弄。】 【和名、太都。】

唐音

 ロン

 

「本艸綱目」に云ふ、『龍の形に九似有り。頭は駝〔(だ:駱駝。)〕に似、角は鹿に似、眼はに似、耳は牛に似、項〔(うなじ)〕は蛇に似、腹は蜃〔(しん)〕に似、鱗は鯉に似、爪は鷹に似、掌は虎に似たり。背に八十一の鱗有りて、九九の陽數を具(そな)ふ。其の聲、銅盤を戞(う)つがごとく、口の旁〔(かたはら)〕に鬚髯〔(しゆぜん):髭。〕有り、頷の下に明珠有り。喉の下に逆鱗有り。頭の上に慱山有り、尺木〔(せきぼく)〕と名づく。其の尺木無き時は、則ち天に昇ること能はず[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名にある。]。氣を呵〔(かつ)〕して雲を成し、既に能く水に變ず。又、能く火に變ず。其の龍火、湿を得る時は、則ち焰(もへあが)り、水を得る時は、則ち燔(や)くる[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名にある。]。人の火を以て之を逐へば、即ち息(や)む故に人の相火、之に似たり。龍は卵生にして思抱し、雄は上風〔:風上。〕に鳴き、雌は下風〔:風下。〕に鳴く。風に因つて化す。其の交(つる)む時は、則ち變じて二の小蛇と爲る。龍の性、粗猛にして美玉・空青(ぐんじやう)を愛す。喜んで燕(つばめ)の肉を嗜(す)き、鐵及び※1草・蜈蚣〔(むかで)〕・楝(せんだん)の葉五色の絲を畏る。故に燕を食ふ者は水を渡ることを忌み、雨を祈るには燕を用ふ。水患を鎭(しづ)むるには鐵を用ふ。』と。「説文」に、『龍は春分天に登り、秋分にして淵に入る。』と。[やぶちゃん字注:※1=(くさかんむり)+「罔」。※2=「金」+「截」。]

    「新六」 龍のぼる雲の俄かに鳴る神の物恐しき空のけしきや 知家

「廣博物志」に云ふ、『龍の雄は、角、浪・凹・峭〔(しやう)〕上(かみ)、壮〔(さか)〕んにして、下、殺(そ)ぐ。雌は、直なる鼻、圓き鬣〔(たてがみ)〕、薄き鱗、壮なる尾なり。』と。龍、九子を生む。蒲牢〔(ほらう)〕は鳴くことを好む【鐘鈕〔(しやうぢう)〕の獸。】。囚牛〔(しうぎう)〕は音を好む【樂器の獸。】蚩吻(しふん)は呑むことを好む【殿脊〔(でんせき):屋形の屋根。〕の獸。】。嘲風〔(てうふう)〕は險を好む【殿角の獸。】。睚眦〔(がいし)〕は殺すことを好む【刀頭の獸。】。屓屭〔(ひいき)〕は文を好む【碑旁〔(ひばう)〕の獸。】。狴犴〔(へいかん or げいかん)〕は訟を好む【獄囚の獸。】。狻猊〔(しゆんげい or さんげい)〕は坐を好む【佛座の獸。】。覇下〔(はか)〕は重〔き〕を負ふことを好む【碑座の獸。】。此の語、近世傳ふる所〔にして〕、未だ出づる所を考へず。又云ふ、憲章〔(けんしやう)〕は囚を好み、饕餮〔(たうてつ)〕は水を好み、蟋蜴〔(しつえき)〕を好み、※4※5は風雨を好み、螭虎〔(ちこ)〕文采を好み、金猊〔(きんげい)〕は烟を好み、椒圖は口を閉づることを好み、※6蛥は險を立つるを好み、鰲魚〔(がうぎよ)〕は火を好み、金吾〔(きんご)〕は睡らずと云ふ〔異なる九子他の謂いも〕有り。亦、皆、龍の種類なり。蓋し龍の性、淫らにして交(つる)まざる所無し。故に種、多きのみ。[やぶちゃん字注:※4=「虫」+「蠻」。※5=「虫」+「全」。※6=「虫」+「力」〔→刀〕。]

龍骨(りうこつ) 味、甘、平。鬼魅〔(きみ)〕を避け、魂魄を定む藥。魚及び鐵器は忌む。石膏を畏る牛黄は龍骨を惡み、龍骨は牛黄を得て更に良し

[やぶちゃん注:前項の広義の「龍」(りう)ではなく、狭義の「龍」(たつ)の総論部ということになる。前掲の龍蛇統合総論部である「龍」の私の冒頭注を参照されたい。

 「鬼」は、本来、中国語で死者の魂・霊、又は即物的な死者を指す語である。但し、ここでは並列される項目から、時珍の謂いは、明らかな想像上の生物としての狭義の「鬼」が想起されている。但し、それでも我々が容易に想定する牛の角と虎のパンツの「鬼」ではない。これは仏教伝来によってもたらされた夜叉や羅刹といった想像上の怖ろしい鬼神を言うところの漠然とした謂いであると考えるべきである。要は、具象を超えた想像を絶する怖ろしい爛々とした巨大な血走った眼球・眼つきを想定させるための表現と見るべきであろう。

 「蜃」江海に住む蛟(みずち)の一種で、赤い鬣があり腰の部分から下の鱗は全て逆立っており(逆鱗という謂いではないと思われる)、その吐く気は蜃気楼(海市)を出現させるという。後掲の「蜃」の項を参照。しかしそれにしても、これでは「龍」の腹部の形状が分からない。そもそもこの蜃の体制描写からは「腰の部分から下の鱗は全て逆立っており」蛇のようにはなっていないというのであるか? では、古来から描かれる「龍」の腹の部分は皆逆立っているか? いや、逆立ってなんかいない、寧ろ、蛇と同じである。前の「鬼」や鱗の数の81枚同様、これも陰陽五行説の最大の神聖数である「九」を捻り出すための、力技でしかないようにも思われるが、如何か?

 「明珠」とは龍の玉。以下、これは龍の特徴の一つであるから、煩を厭わず前項の「龍」の「珠」の注をほぼ引用する。これは、龍の原型の一つであると思われるインド神話の蛇神であるナーガ Nāga”神に由来するとする。ナーガは上半身人間型で、その頭頂には五匹の蛇を飾り、下半身は蛇体(コブラ)という姿で示される。これは仏教に取り入れられて漢訳される際に「龍王」と訳され、中国の龍のイメージと重なった上、龍の持つ超自然の力をシンボライズするものとして宝石=珠が付加されたらしい。ところがこの仏教的な謂いでの、まさに「如意宝珠」(意のままに様々な願いを叶える宝玉)に相当するものが、その万能の力ゆえにかえって龍王の離し難い煩悩となり、それゆえに龍王は仏となることができないというパラドックスをも生んでいるらしい。これは如何にも皮肉で面白いではないか。

 「逆鱗」龍の81枚の鱗の中で、顎の下に1枚だけ逆に生えているとされる鱗を言う。通常、龍は人に対しても馴れていて時にはまたがることさえも出来るのであるが、この逆鱗にだけは触れられることを嫌い、これが何ものかに触られた場合、激しく暴れ、万一、触れたものが人間であった場合は即座に相手を殺すと伝承される。このため「逆鱗」は知っていても決して触れてはならないもの、触れれば致命的な怒りを生じるもの、更に中国では皇帝=龍の形象(例えば皇帝の顔は龍顔と言い、皇帝の乗り物は龍馭と称す)であることから、言動によって帝王・皇帝(後に広く目上の人)等が激怒する場合に、「逆鱗に触れる」と用いられる。出典は「韓非子」の説難(ぜいなん)篇で、

夫龍之爲蟲也、柔可狎而騎也、然其喉下有逆鱗徑尺、若人有嬰之者、則必殺人。人主亦有逆鱗。説者能無嬰人主之逆鱗、則幾矣。

やぶちゃんの書き下し文:

 夫れ龍の虫(ちう)たるや、柔なるときは狎(な)れて騎(の)るべきなり、然れども其の喉の下に逆鱗の径尺なる有りて、若(も)し人、之に嬰(ふ)るる者有らば、則ち必ず人を殺す。人主も亦た、逆鱗有り。説く者、能く人主の逆鱗に嬰るること無くんば、則ち幾(ちか)からん。

やぶちゃんの現代語訳:

 龍という生物は、穏やかな折には、馴れ親しんでその背中にさえ跨ることも出来るのであるが、龍の喉の下には逆さに生えた鱗――直径約30㎝余りのもの――があって、万一、人でこれに触れる者があると、龍は忽ちの憤激し、その人を容赦なく殺す。さて、現実の世界にあっても、国家の君主にもまた、逆鱗があるのである。臣下の者で君主に何かを上奏しようとする者は、その際、よくよく注意して君主のその逆鱗に触れないように上奏するのであれば、すなわち、近々、良い結果が得られ、ひいては末永く君主に近く、覚え目出度くていられるであろう。

 「慱山」「本草綱目」でもこの字を用いるが、これは「博山」の誤まりか。「慱」の字は音「タン・ダン」若しくは「セン・ゼン」で「憂える」若しくは「円い」という意味ではあるから、その頭頂部という場所や形態からは完全な誤植とも言い難い気もするが)。「廣漢和辭典」には「博山」とあり、本来は、祭礼用の道具の一つであった彝器(いき)の上に山の形を飾りつけたもので、「博山鐘」「博山炉」と呼んだ。そして、龍の頭頂部には、その博山の形と同突起部分があり、この部分をやはり「博山」と呼んだのである。

 「尺木」であるが、文字注記したように「本草綱目」では「尺木」で、「尺水」ではない。これは一見、「水」と「木」の、単純な烏焉馬の誤りのように見えるのだが、ところがネット検索をかけると、「尺木」ではなく、「尺水」とする記述も少なからずある。しかし、ここの部分は、前注の通り、龍の頭には神聖な祭器である彝器(いき)の上の飾りである「博山」の形と殆んど同じ形状の凸部があって、それを「尺木」と名付けると言っているのであるから、「木」は適合しても「水」はおかしい気がする(これが凹部で「水」なら、まだ分かるが)。そもそもが、ここ形が彝器の上の飾りである博山と似ていて、特に尺木と命名するとの謂いなのだから、山→木の連想は問題を感じないのである。「廣漢和辭典」でも「尺木」には『竜の頭の上にある、博山の形をしたもの。これによって天に上るという。』とある。

ちなみに、「尺水」の項を引いてみると、わずかの水の意があるのみである。ところが――である。不思議なことにその「尺水」の使用例の引用は柳宗元の「答問」の一節で、「蛟龍之騰於天淵也、彌六合澤萬物。而蝦與蛭、不離尺水。」という龍昇天の場面なのである。私なりに書き下すと「蛟龍の天淵に騰(のぼ)らんとするや、六合に彌り、萬物に澤す。而るに蝦と蛭とは、尺水を離れず。」これを私なりに解釈すると「蛟龍が天の淵に向って昇天せんとす際には、六合(東・西・南・北・天・地)に亙ってあらゆる生き物に恵みをたれて引き連れて行く。しかし蝦(えび)と蛭(ひる)だけは、愚かなことに地上のわずかな水を離れることが出来ない。」という意味で、恐らくは載道的な比喩を孕んだものであろうが、さて、これは全くの偶然なのだろうか? 私には何か、妙な地平がちらりと見えたような気がした。

更に「尺水」とは、「博山・尺木」という語の記憶に「尺山寸水」という故事成句が混同されてしまったものではないだろうか? 「尺山寸水」とは高いところから見下ろして、風物の小さく見える形容である(但し「廣漢和辭典」の引用例は清代のもので新しい言葉であるとすれば、これは、ない)。

 「氣を呵して」は息を吹きかけて、の意。

 「其の龍火、湿を得る時は、則ち焰り、水を得る時は、則ち燔くる。人の火を以て之を逐へば、即ち息む」は「その龍が気で作り出した火の方は、その火が湿気を得た場合には燃え上がり、湿気を超えて完全な水気を得た場合には焼ける。人工的な火力をもってその龍火に近づけると、ふっと消える」というのである。この「焰」(音エン)と「燔」(音ハン)の違いは、前者「焰」が火が少し燃え出した形容であり、後者の「燔」は(「燔肉」――ひもろぎ――等で知られるように、祭りに備えた肉、古代にあっては生贄に天空の神に焼き上げて奉った生贄であったであろう場面を想像されるとよい)、盛んに火の粉を天に上げながら燃え上がることを示す。しかし、私にはそもそも「湿気を受けた火」とか「水気を受けた火」という現象そのものが意味不明である。何らかのケミカルな意味での説明が可能なものとは思われないのだが、それにしても気にはなるのである。

 「故に人の相火、之に似たり」漢方医学では五臓のひとつとしての「心」を君主の器官として、その「火」(物理的精神的な熱エネルギの称)のを「君火」と言い、それ以外の火(心以外の五臓である肝・脾・肺・腎に存在する火)を「相火」と呼ぶ。その中でも「腎」に存在する火は「命門の火」(命門とは生命の根幹・根源の意)と呼ばれて、重要視される。以上から漢方の臓腑学説おおまかに言ってしまうと、人体の「腎」に本来の生の元としての精があり、これが上って心へ至って君火が生じ、肉体と精神の活動の中心となる。その「火」は次々と全身の臓器・器官へと延焼伝播されて、全身が活動を始め、それを「相火」というのである。ただ、そ世界に冥い私には、何故、「故に龍の生命現象をシンボライズする熱エネルギ現象が人の生命の熱エネルギ現象と似たものであることが分かる」等と言えるのか、珍紛漢紛である。

 「卵生にして思抱」とは、卵を産むが抱卵せず、遠く離れた場所から、思惟を卵に懸けて孵化させることを言う。

 「空青」は顔料の「群青」と同語源である。銅青石とも。但し、ここで言っているのは現在の顔料ラピスラズリの主原料である瑠璃(るり・ラピスラズリ)ではなく、藍銅鉱“azurite”(らんどうこう・アズライト)Cu3(CO3)2(OH)2であろう。「抱朴子」では錬金術の材料の一つに挙がっている。東洋文庫版ではここに後注し、『薬の名。銅青石の類。『本草綱目』(石部、石類、空青)に、銅精を熏(いぶ)すと空青が出来る。中は空、とある。』なお、この注記の最後の、中は空、というのは、アズライトの中で結晶せずに孔雀石“malachite”(くじゃくせき・マラカイト)と混合している“Azuromalachite”(宝飾品として珍重され両者の英名を合成してアズロマラカイトと呼ぶ)のことを言っているのかもしれない。これは1~3㎝程の球状体で、割ると内部が孔雀石となっていたり、中空になっている部分に藍銅鉱の微結晶が生えていたりするという。

 「※1草[※1=(くさかんむり)+「罔」。]本字(※1)を「廣漢和辭典」で引くと『みのごめ。むつおれぐさ。イネ科の二年草。水田・沼沢に自生し、茎はまっすぐのび、葉は水面に浮かぶ。春、淡緑色の円錐形の花を開く。実はこじきごめと呼び、食用となる。』とある(何でもいいけど、こんなにマイナーな植物にこんな丁寧に解説しているのは、この辞書で初めてお目にかかってオドロキ!)。イネ科ドジョウツナギ属のムツオレグサ(六折草)Glyceria acutifloraである。東洋文庫版もこれに同定している。ならば、ここは「ばうさう(ぼうそう)」と読んでおくことになる。実はしかし、「廣漢和辭典」にはもう一つ、これを樒(しきみ。シキミ目シキミ科シキミIllicium anisatum)を指すとも記しており、水族である龍を考えると、淡水産の水辺の植物であるムツオレグサより、このアニサチン等の強い毒性を持ち邪気を払うとして仏事にも用いられるシキミの方が、龍が苦手とする対象としてはしっくりくるようにも思われるのである。もしそうならば、ここは「まうさう(もうそう)」と読むことになる。識者の意見を俟つ。

 「楝の葉」ムクロジ目センダン科センダンMelia azedarachの葉は強い防虫効果を有す。最近では、この葉の抽出液がプロポリス同様の効能を持つとされてもいる。

 「五色の絲」はい、最後に仏教臭ぷんぷんの忌避物質が現われましたね。青・黄・赤・白・黒の五色をした糸で、臨終にあって阿弥陀とその人の間に掛け渡されるとする糸である。これによって速やかに人は極楽浄土へ導かれるとされる。一般には日本の中世以降の浄土系念仏者が臨終の際に持仏である阿弥陀仏の像の手から自分の手に掛け渡した糸を言うが、伝承としてはずっと遡るものと思う。但し、仏教とは無縁な土着系の中国の信仰との関連の可能性があるかも知れない。

 「水患」とは病ではない。水に関わる災難、の意味である。高波・津波等を含む広義の海難や洪水・鉄砲水・浸水等を想起すればよいであろう。

 『「新六」』は、正式名称「新撰和歌六帖(新撰六帖題和歌)」で、仁治4・寛元元(1243)年成立。藤原家良・為家・知家・信実・光俊の五人の和歌を所載した類題和歌集。

 「龍のぼる雲の俄かに鳴る神の物恐しき空のけしきや」の和歌は改竄が加えられている。該当歌は、

   立ち上る雲の俄かに鳴る神のものおそろしの空の景色や

で、知家の入道雲を描写する意識に昇龍のイメージがなかったとは言えまいが(それは大いにあったかも知れぬ)、このような初句に掛詞的な顕在的意味は持たせてはいないと思われる。

 『「廣博物志」』明の董斯張(とうしちょう)の撰になる一種の志怪録。

 「角、浪・凹・峭」底本では「角浪」・「凹峭」それぞれが熟語であることを示すダッシュがそれぞれの字間の左側に入っている。東洋文庫版もそれを採用しているのであるが、訳は『竜の雄は角浪、凹形にけわしくするどく』と何だか失礼ながら半可通な訳だ。「角浪」って何? 凹型で険しくて鋭いというのは岡潔の不定域イデアルの突(凸)の反対ってこと? チョー難解で凡人の私には、分かんない日本語、なんだな。こういう言葉が、使える、人って言うのは、何だな、兵隊の、位で言うと、元帥、みたいな人、なんだろうな――私は、とりあえず、董氏は雌雄の相違を提示した訳で、先に後ろを読み解くと「上、壮んにして、下、殺ぐ」とは、「雄の体は頭デッカチで、尻窄み」、いやいや、もっと理想的な謂いで「上半身はマッチョ強健であって、下半身はスリムに無駄な脂肪を殺いでいる」と言う意味であろう。だから、その雌と特徴的に異なった雄の「角」の形状をまず冒頭並列させたのだと読む。即ち、「雄の角の形は、雌と違って有意に大きく、浪打っている。更に、その頭部全体を上から見たならば角の総体の中央部分がへこんだ方になって見える、即ち入り乱れた角枝が全体に立体的に緩やかに「凹」(おう)のような状態になっているのである。加えて、近付いて観察するならば、その入り乱れた角は、大胆に伸び上がり、また下り、交差して、ミクロ的に見るならば峻険な険しく切り立った山塊を見るようである」と言っているのではないだろうか。識者の批判を俟つ。

 「蒲牢」は「和漢三才圖會 巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鯨」の項にも出る。該当項・当該注及び「鐘を鑄るに蒲牢の形を作り、其の上に鯨の形を爲る」の注を是非参照されたい。以下、竜が生んだ九匹の子、竜生九子(りゅうせいきゅうし)を叙述するが、それが如何なる引用によるかは明らかにされていない(その出典の推測は「蟋蜴」の注作業で明らかになった。参照されたい)。とりあえず以下の注の殆んどはこのウィキの「竜生九子」記載及びそのリンク先を主なよりどころとして記載したことを記し、謝しておく。

 「鐘鈕」の「鈕」は本来、印鑑や器物等で指でつまみ取れるように付けた突起部分を言う。従ってこれは梵鐘の頭頂部の吊り下げるための竜頭(りゅうとう)のことを指している。

 「囚牛」黄色の小角を持つ。中国雲南省の少数民族である彝(イー)族の月琴や同じ雲南省の白(ペー)族の琴、その他チベット系民族楽器に象られた図像が見られる。

 「蚩吻」は一般には螭吻(りふん・ちふん)又は鴟吻(しふん)と呼称する。古くはハイタカ(鳥綱タカ目タカ科オオタカ属ハイタカAccipiter nisus)の尾を持つ獣であるとされたが、民俗的形象としては魚形に落ち着いた。鴟吻(しふん)で分かるようにこれが建物の鴟尾(教え子の諸君は授業の「羅生門」の冒頭を思い出すがよい)であり、鯱(しゃち)のルーツとも考えられている。火除けの呪物としての効果は容易に想像できる。

 「嘲風」鳳凰に似る。断崖絶壁の嶮(けわ)しい山岳に棲み、遠望することを好むとし、そこから「殿角」建物の屋根の軒の角又は上部にこれを立てるとする。これを沖繩のシーサーのルーツとする考え方には素直に共感できる。

 「睚眦」頭部が山犬、気性激しく相手を死に到らしめるまで闘争するとされたことから、刀剣の環(刀を佩くために用いるリング状の装着用器具)や鯉口、鎌や矛・軍旗等に彫琢・図案化された。

 「屓屭」亀に似る。文を好むという性質から、死者の業績を綴った石碑の土台の装飾とする。従って贔屓を引っぱってしまうと碑が倒れることから「贔屓の引き倒し」という成句が生まれたとするが、私は信じがたい。ただ、このような屓屭と思しい石碑・石柱の亀のような土台装飾は、実際に中国や日本で多く見られることは、私の多くの実見からも事実である。

 「碑旁」は石碑の傍らに飾り込むものの意。

 「狴犴」憲章とも言い、姿は老虎に似ていて威があり、訴訟・裁決を好むとすることから、監獄の扉・裁可する官庁の格子窓の意匠ともなり、更に監獄の別名ともなった。

 「狻猊」獅子に似た姿で、煙や火を好むとする。そこから寺院の香炉の脚部の意匠にされた。記載にあるように高僧の座所を「狻座」「猊座」と言い、また、古く手紙の脇付に用いた「猊下」というのもこれがルーツである。

 「覇下」は前出の屓屭と同義(民俗学上というか「竜子学」上のシノニムと言える。そこから良安の「碑座を好む」という割注も納得できる)で、別名、蚣蝮(こうふく)とも言い、水を好み、柱・雨樋・橋や・水路の出口の意匠として彫琢される。故宮の建物の欄干から頭を突き出しているのは、この覇下(蚣蝮)である。

 「此の語、近世傳ふる所にして、未だ出づる所を考へず」とは、「これらの九匹の龍の子の種名については、近世になって中国から伝わったものであって[やぶちゃん注:良安はそれ以上に、これらが明代になって同定された新しい種名であったことを鋭く見抜いているのであると思う。]、それが正しく信じ得る出典であるかどうかは、まだ見極めていない」と言っているのである。

 「憲章」前掲の「狴犴」の注を参照。

 「饕餮」これは余りにも有名な中国の神話上の怪獣である(古代の荒ぶる鬼神であった蚩尤(しゆう)の頭の形象とも言われる)。殷から周にかけての祭器用の鼎等の青銅器の装飾に用いられ、それを饕餮文(もん)と称することは多くの方がご存知であろう(但し、このような考古学的美術的呼称が生まれたのは近代で、実際にあの模様を古代人が「饕餮」として認識していた訳では、実はない)。描かれた形象としては湾曲した太い眉のような角や虎の如き牙、そうして何より大きな二つの眼がトレードマークである。饕餮の「饕」は食物を貪るの意、「餮」は物産を貪るの意であることから、凡てのものを食い尽くし我がものとする原初的聖獣(これはユングの言う一種の太母・グレートマザー的存在である)のイメージから、更に邪悪なる存在を喰らい尽くすことに転じて魔除けの呪術的な意味を持つようにもなったようである。

 「蟋蜴」実はこの記載のみが、ウィキの示す二種にない。そこで検索すると、こだわりの人がいた。Pukiwiki「幻想動物の事典Supplementだ。その「竜生九子」のページに正に龍の目から逆鱗が落ちる記載が満載である。この「蟋蜴」が明代の「菽園雑記」(しゅくえんざっき)のみが例に出している龍の子であり(大事な点は九子の一であるとは言っていないことである)、「刀柄の飾にする獣形」と説明しているとする。これはもう叙述内容から言って「睚眦」の「竜子学」上のシノニムである。そしてこのブログの探求者は、良安の引用は並び順からして「菽園雑記」からの引用かと思ったのだが、実は感想を含めて「五雑組」であったという落ちがあって、それでもこの「五雑組」の引用自体が「菽園雑記」からなるものであろう推論しておられる。「菽園雑記」は明の陸容が撰した全十五巻の随筆である。

 「
腥」はこの場合、生肉の生々しい臭い、即ち、刀剣によって傷つけられ殺された人の肉の臭いである。


 「※4※5」[※4=「虫」+「蠻」。※5=「虫」+「全」。]は、Pukiwiki「竜生九子」のページによれば、「わんせん」と読むようである。字音のみで実体も形象も不肖。風雨を好むのは如何にも龍に普遍的で、トートロジー的ではある。これにはそれがシンボライズされる現世の対象物が示されていない。

 「螭虎」「正字通」によれば「蜥、壁虎をまた螭虎と呼ぶ」とあり、トカゲ類を指すとする。

 「文采」とは、文章や詩文での巧みな言い回しを言う。されば「螭虎」は「屓屭」の「竜子学」上のシノニムとも言えそうだ。

「金猊」頼みの綱のPukiwiki「竜生九子」のページも『金の獅子型の香炉のこと。『諸橋』は色々と事例を引いているが、たとえば『事物異名録』「器用 香炉」は「金猊、……は皆、香を焚く器なり」と明記している。』……明記ね……有難く引用する私が言うのも何なんだが……これはないほうがいいような部類の解説じゃあないか……だってさ、龍の子が、香炉はないだろ、が! これは即ち、シンボライズされる対象があって、実体がないという噴飯生物ということになるのである。

 「椒圖」これはPukiwiki「竜生九子」のページから該当部分をまず引用させてもらう。『「椒図」よりも「八椒図」のほうが古いようだ。『諸橋』[やぶちゃん注:「大漢和辭典」のこと。]は「はっしょうのず」と読み下し、「銅鐶獣」である、としている。「銅鐶獣」とは何か説明がない。「官署の門扉に設ける」とあり、王実甫(元代の人)の『西廂記』から「戸に著す八椒図の列」というのを引いている。』正体不明だが、シンボライズ対象から見ると「狴犴」又は「憲章」に等しい「竜子学」上のシノニムだ。いや、私は、芥川龍之介の「椒圖志異」を思い出し、ここにリンクを張りたかっただけなのだ。だから意味不明が実は良かったのだ。

 「※6蛥」[※6=「虫」+「力」〔→刀〕。]『虫の名であるとする。引くのは『字彙補』だが、これは『菽園雑記』の引用である。また『博物志』から「
・[やぶちゃん字注:「・」=※6。]蛥は、その形を竜に象るが小さく、性は険を好み、ゆえに護朽の上に立つ」と引いている。ただし『博物志』を読んでも見つからなかった(『菽園雑記』にもそう書いてある)。』(Pukiwiki「竜生九子」のページから該当部分を引用)とあるが、これは形状が全く異なるが、性質は「嘲風」と相同であるから、その「竜子学」上のシノニムか混同による勘違いであろう。……それにしても、この記載をしている人、凄いな、「博物志」を持っていて、読めちゃうんだ。ヒェッ!


 「險を立つる」断崖絶壁の嶮(けわ)しい山岳に棲むことを好む、の謂いで、前掲通り、「嘲風」と相同。

 「鰲魚」『「鰲」は「鼇」の俗字であると書いているので[やぶちゃん注:「大漢和辭典」。]「鼇」を引くと、鼇魚がある。意味は「すっぽん」。趙與時の『觴政述』(宋代)より、「釣鼇図一巻、作者は知らず、木に刻み鼇魚の属となす」と引いている。』(Pukiwiki「竜生九子」のページから該当部分を引用)。何じゃい、たかがスッポン釣の釣竿の形象に成り下がった龍かいな。末字も魚だし、何だか哀れやな……。

 「金吾」『不祥(凶事)を避ける鳥の名、とある。漢代にこの鳥の名を取って「執金吾」の官を置いたらしい。『漢書』の百官公卿表から武帝の太初元年に執金吾を置いたという記事』(
Pukiwiki「竜生九子」のページから引用)があるとする。こりゃあ、生粋の官職名だと思ってたぞ? 鎌倉幕府第二代、金吾将軍源頼家で有名だ。これは漢代に宮門の警衛を司った官職で、日本に移入されて左衛門督の唐名として「執金吾」が用いられた。ふーん、龍の子だったの? それにしても、どうも魚だあ鳥だあときちゃうと、龍の私生児と言うか詐称と言うか天一坊と言うか……最早、龍の子の必然性厳粛性は龍、絶たれてしまっちまったように思われるのでげすが……。

 「異なる九子他の謂いも」……九匹以上いるが、良安先生の呆れ果てた気持ちを論理的に伝えるために、恣意的に私が挿入した。

 「龍骨」については、前の項の「龍」の注の「須羅牟加湞天」スランカステン“slangensteen”及びそこで紹介した今井功「江戸時代の竜骨論争」(www.gsj.jp/Pub/News/pdf/1966/06/66_06_04.pdf  PDFファイルでネット上からダウンロード可能)を是非一読されたい。そこに言うべきことは言い尽くされているし、言い尽くしたと私は思っている。

 「鬼魅」は一般に、鬼や妖怪を指す語であるが、ここは普遍的に健全な器質的精神的生命現象を阻害する数多のものの意である。

 「魂魄を定む藥」は全身全霊を器質的にも精神的にも極めて健全に安定させる薬物という謂いである。

 「石膏を畏る」硫酸カルシウムCaSO4を主成分とする鉱物であるセッコウと合わせると、その有効性を損なうという意味である。

 「牛黄」はウシに発生した胆石で、漢方薬としては解熱・鎮痙・強心効果があり、現在も用いられるが、実はこれは病変による生成物であり、ウシ1000頭に一頭の割合でしか発見されず、更に最近はBSEBovine Spongiform Encephalopathy”(牛海綿状脳症)の問題から北米産のウシの牛黄は使用禁止となり、極めて希少な薬物となっている。

「牛黄は龍骨を惡み、龍骨は牛黄を得て更に良し」この叙述は、漢方系の方には腑に落ちるのかもしれないが、分からぬ。力技で解釈するならば、「牛黄に少しでも龍骨を合わせてしまうと牛黄の持っている薬効がその割合に応じて損なわれてしまう。だから牛黄を主治に用いている疾患者は、他の合併症や疾患に対しての薬剤として竜骨を使用することは避けねばならないか、余程、使用に注意せよ、しかし、龍骨とはどうかというと、牛黄と合わせると牛黄の効能は完全に失われるけれども、龍骨としての多様な活性効果は更に更に高まってゆくのである」という意味であろうか。漢方の専門家の助言を俟ちたい。]

***

きつちやう

吉弔

キツ チヤ゜ウ

 

本綱吉弔生嶺南龍毎生二卵一爲吉弔蛇頭龜身水宿

亦木棲


弔脂

摩毒腫大驗又治聾毎日點入半杏仁許便差

其脂至輕利以銅及瓦噐〔=器〕盛之浸出惟鷄卵殻

[やぶちゃん字注:以上二行は、底本では「弔脂」の下に入る。]

盛之不漏或須以瑠璃瓶盛之更以樟木盒重貯之不

爾則透氣失去也甚于醍醐


紫稍花

吉弔之精也多與鹿游或于水邊遺瀝値流

槎則粘着木枝如蒲槌状色微青黄【又出于寓木類】


[やぶちゃん字注:以上二行は、底本では「紫稍花」の下に入る。]

きつちやう

吉弔

キツ チヤ゜ウ

 

「本綱」に、『吉弔は嶺南に生まる。龍、毎〔(つね)〕に二卵を生ず。一つは吉弔と爲る。蛇の頭、龜の身。水に宿し、亦、木に〔も〕棲む。』と。


弔脂(ちやうし)

毒腫を摩して大驗あり。又、聾を治す。毎日、半杏仁〔(はんきやうにん)〕ばかりを點じ入るれば、便ち差〔(さい)〕□□〔→たり〕。其の脂、至つて輕利、銅及び瓦器を以て之を盛るに、浸み出づ。惟だ鷄の卵(たまご)の殻(から)に之を盛れば漏れず。或は須らく瑠璃の瓶を以て之を盛り、更に樟(くす)の木の盒(はこ)を以て重ねて之を貯ふべし。爾らざれば則ち、氣を透し、失し去るや醍醐より甚だし。


紫稍花(ししやうか)

吉弔の精なり。多く鹿と游び、或は水邊に于〔(お)い〕て遺瀝す。流-槎(うきゝ)に値(あ)へば、則ち、木の枝に粘(ねば)り着(つ)き、蒲槌(がまほこ)の状のごとし。色、微青黄【又、寓木類に出づ。】。

[やぶちゃん注:全くの想像上の生物であるが、それを素材としたという「弔脂」と「紫稍花」は何らかの実在が期待される。以下の注を参照されたい。

 「嶺南」は現在の広東省・広西チワン族自治区の全域と湖南省・江西省の一部に相当する広範な地域を指す。

 「弔脂」これだけ具体的な効能や処方が記されている以上、相当する漢方薬剤が存在すると思うのだが、現代の中医学には残されなかったものと思われ、それらしいものは検索に掛からない。識者の御教授を俟つ。

 「毒腫」諸毒による腫物、又は化膿した腫物。

 「摩して」擦り込んで。

 「半杏仁」アンズの種の半分の大きさ程の分量。

 「差たり」「差」には、病気が治るの意味があり(=瘥:癒える)、その場合の音は「サイ」である。

 「輕利」「利」はすばやいという意をとっていると思われるから、極めて質が軽く(即ち粒子が細かいということであろう)、「摩して」という処方からも強い浸透性を持っていることを言うのであろう。

 「瑠璃」は本来は宝石のラピスラズリを言うが、ここはガラスの容器のことと思われる。

 「樟」クスノキ目クスノキ科ニッケイ属クスノキ
Cinnamomum camphora

 「氣を透し、失し去るや」は蒸発(気化若しくは昇華)してしまうということを言っていると思われる。

 「醍醐」牛又は羊の乳を精製した濃くて甘い液汁。チーズの一種と考えられている。

「紫稍花」とりあえず以下に良安が割注で示している「和漢三才圖會 卷八十五 寓木類」の最後にある(但し、この後に多量の「附 苞木類」=竹類が続いている)「■和漢三才圖會 寓木 卷ノ八十五 ○五」の「紫稍花」を翻刻する(翻刻方法に際しては本ページにほぼ準じた)。

   ***[「卷八十五 寓木類 紫稍花」翻刻開始]

ししやうか

紫稍花

 

本綱孫光憲北夢瑣言云海上人言龍毎生二卵一爲吉

《改ページ》

弔【状蛇頭龜身乃龍屬】多與鹿游或于水邊遺瀝値流槎則粘着木

枝如蒲槌状色微青黄復似灰色號紫稍花

陳自明婦人良方云紫稍花生湖澤中乃魚蝦生卵于竹

木之上状如餹※去木用之

[やぶちゃん字注:※=「撒」-(てへん)+(さんずい)。]

 【時珍曰『二説不同近時房中諸術多用紫稍花皆得

于湖澤其色灰色而輕鬆恐非眞者當以孫説爲止】

紫稍花【甘温】 益陽秘精療陰痿遺精白濁

△按紫稍花江州琵湖中亦有之状如蒲槌而小褐色蓋

 合于陳氏之説今用者多此也褐即黄黑色近于紫則

 紫稍花名應之【又出于龍下】

ししやうか

紫稍花

 

「本綱」に『孫光憲「北夢瑣言」に云ふ、『海上の人の言へる、龍、毎に二卵を生ず。一は吉弔と爲り【状、蛇の頭、龜の身、乃ち龍屬たり。】多く鹿と游び、或は水邊に于〔(お)い〕て遺瀝して流-槎(うきゝ)に値〔(あ)へば〕、則ち粘(ね□)□〔→(ねば)り〕着(つ)きて木の枝に蒲(がま)の槌(ほ)の状のごとし。色、微青黄、復た灰色に似て、紫稍花と號す。』と。』と。

陳自明「婦人良方」に云く、『紫稍花は湖澤の中に生ず。乃ち魚・蝦、卵(たまご)を竹木の上に生み、状、餹※のごとし。木を去りて之を用ふ。』と。

[やぶちゃん字注:※=「撒」-(てへん)+(さんずい)。]

 【時珍が曰く、『二説、同じからず。近時、房中の諸術に多く紫稍花を用ふ。皆、湖澤に得。其の色、灰色にして輕鬆、恐らくは眞の者に非ず。當に孫が説を以て正と爲すべし。』と。】

紫稍花【甘、温。】 陽を益し、精を秘し陰痿遺精白濁を療す。

△按ずるに、紫稍花は、江州〔=近江〕琵湖〔=琵琶湖〕の中にも亦、之有り。状、蒲-槌〔(がまのほ)〕のごとくにして小さし。褐(きぐろ)色。蓋し陳氏が説に合ふ。今、用ふる者、多くは此れなり。褐〔(きぐろ)〕は即ち黄黑色、紫に近し。則ち紫稍花の名、之に應ず【又、龍の下に出づ。】

   ***[「卷八十五 寓木類 紫稍花」翻刻終了]

○「卷八十五 寓木類 紫稍花」の語釈

・「孫光憲」950年前後を生きた五代十国時代の政治家にして学者。後唐の荊南三代及び宋に仕えた。彼の著作「北夢瑣言」は唐末から五代の士大夫階級の人々の逸話集。

・「蒲の槌」単子葉植物綱ガマ目ガマ科ガマTypha latifoliaの穂。

・「陳自明」(11901270)南宋の医師。健康府明道書院医論(現在の国立医大教授)となる。嘉煕元(1237)年 に中国医史にあって初めての産婦人科学の集成である、本文に引用された「婦人良方(大全)」を完成した。

・「餹※」[※=「撒」-(てへん)+(さんずい)。]「餹」は飴の意。「※」は「廣漢和辭典」には所収せず不詳であるが、東洋文庫版では「みずあめ」とルビを振る。

・「輕鬆」の「鬆」は音「ショウ・シュ・ソウ・ス」で、緩い・粗い・虚しいという意であるから、極めて軽量で、質がすかすかとして空隙が多いことを言うのではあるまいか。

・「當に孫が説を以て正と爲すべし」とは、時珍は陳自明の記述する淡水産のエビや魚類の卵塊=紫稍花は紫稍花の贋物であって、正しい紫稍花はあくまで孫光憲の説いた吉弔の遺精の方に違いない、というのである。

・「精を秘し」とは、精力(多分に性的な意味合いに傾いた意味で)を内にしっかりと守らせ、という意味か。

・「陰痿」は陰萎、インポテンツ。

・「遺精白濁」とは早漏のことを言うのであろうか。白濁は小水の病的な白濁を言うらしい(次の注参照)。

以上の叙述及び電子テクスト栗本丹洲栗氏千蟲譜 巻十に現われた「紫稍花」の記載そして遂に発見したあの知る人ぞ知る四目屋「代替療法事典」の以下の記載を見よ!(一部句読点等を補正)

紫稍花(ししょうか):温(無毒)/甘 別名:紫霄花・紫梢花
 タンスイカイメン科の動物、脆針(ゼイシン)海綿(和名:ヨワカイメン)の乾燥群体。秋~冬に川床・湖畔に樹枝や水草に付着する、長さ3~10cm・直径1~2.5cm、灰白色・灰黄色の棒状または塊状を採取、天日乾燥、海綿体の繊維を粉末状にしたものする。江蘇・江南が主産地。
 成分:スポンギン・スポンギニン・リン酸塩・炭酸塩など。
 陽を益し精を渋らす効能。陽痿・遺精・(小便)白濁・帯下・小便不禁・陰嚢湿疹を治す。塗布により痒みを生ずる。
 処方例:1日0.5~1.5銭を粉末にし、丸剤・散剤として服用。
 外用:(失禁・陰嚢下湿痒・陰部寒冷による帯下)温かい煎液で局部を洗う。

以上から、自信を以って海綿動物門普通海綿綱ザラカイメン目タンスイカイメン科ヨワカイメン
Eunapius fragilisと同定する。]

***

みづち   宮※1羅【梵書】

蛟龍   【和名美豆知】

キャウ ロン

[やぶちゃん字注:※1=「田」+「比」。]

 

本綱蛟乃龍屬其眉交生故謂之蛟長丈餘似蛇而有鱗

四足形廣如楯小頭細頸有白嬰胸〔→胃〕前赭色背上青斑脇

邊若錦尾有肉環大者數圍其卵亦大能率魚飛魚得鼈

可免山海經云池魚滿二千六百則蛟來爲之長

五雜組云閩中不時暴雨山水驟發漂没室廬土人謂之

出蛟理或有之大凡蛟蜃藏山穴中歳久變化必挾風雨

以出或成龍或入海

白蛟 漢昭帝釣得白蛟若蛇無鱗甲頭有軟角牙出唇

 外作鮓食甚美骨青而肉紫

みづち   宮※1羅〔(クビラ)〕【梵書。】

蛟龍   【和名、美豆知。】

キャウ ロン

[やぶちゃん字注:※1=「田」+「比」。]

 

「本綱」に、『蛟は、乃ち龍の屬。其の眉、交生する故に之を蛟と謂ふ。長さ、丈餘、蛇に似て、鱗有り、四足。形、廣く、楯のごとし。小さき頭、細き頸、白き嬰有り胃前、赭色。背上、青斑。脇の邊、錦のごとし。尾に肉環有り。大なる者、數圍。其の卵、亦た大なり。能く魚を率ひて飛ぶ。魚、鼈〔(べつ)〕を得て、免るべし。』と。

「山海經」に云ふ、『池の魚、二千六百に滿つれば、則ち蛟來たりて之が長と爲る。』と。[やぶちゃん字注:これは前文と続いているが、、国立国会図書館蔵の金陵万暦181596)年刊「本草綱目」初版を確認したところ、「本草綱目」にある叙述ではないので、改行した。]

「五雜組」に云ふ、『中、不時に暴雨〔あり〕、山水驟(にはか)に發〔(おこ)〕り室廬を漂没す。土人、之を出蛟〔(しゆつかう)〕と謂ふ。理、或は之有る□〔→か〕。大凡〔(おおよそ)〕、蛟・蜃〔(しん)〕、山穴の中に藏〔(かく)〕るゝこと、歳久〔しくして〕變化して、必ず風雨を挾み、以て出づ。或は龍と成り、或は海に入る。』と。

白蛟〔(はつかう)〕 漢の昭帝、釣して白蛟を得。蛇のごとく、鱗甲無く、頭に軟かなる角有り。牙、唇の外に出づ。鮓に作りて食ふ。甚だ美なり。骨、青くして、肉、紫なり。

[やぶちゃん注:「みづち」という和語は、本来、「み」が「水」を指し、「づ」は本来は清音「つ」で、上代の連体格の所属や位置を示す格助詞の「つ」の濁音化したものであり、「ち」は「霊」に当るもの、即ち広く「水の霊」若しくは「水神」を指すものとされる。大きいものは人を呑むとされる。この蛟に纏わる「蛟龍得雲雨」(蛟龍雲雨を得)という語句は「呉志」の周瑜(しゅうゆ)伝等に現れ、英雄が機をとらえて大業を成し遂げることの比喩となった故事成句である。

 「宮※1羅」[※1=「田」+「比」。]のクビラは、本来はクンビーラ“Kumbhīra”で、金毘羅と同義。本来はヒンドゥー教の川の神の名であったが、仏教に取り入れられて薬師如来の十二神将の筆頭である宮比羅大将(くびらたいしょう)を指す語となった。ここではまさに、そのルーツの水神の名として甦っているわけである。

 「其の眉、交生する」その眉毛が交わって生えている、ということらしいが、図を見てもよく分からない。眉間で眉が交差するということなのか? 超人ヒーローの額の「×」型のロゴ・マークって感じかなあ?

 「白き嬰有り」の「嬰」を調べると、角川書店の「字源」に、『みどりご。人の始めて生るるをいふ、胸前を嬰といふ、之を─前に抱きて乳養するが故にいふ「─兒」』とある。私は之に従い、胸の前の部分が白いと訳す。東洋文庫版では、『頸まわりに輪のように白い模様がある。』とするが、これは「嬰」の『女のくびかざり。=瓔。』(「字源」)、「めぐる・めぐらす」という意味をとっているものと思われる。直前に、「細き頸」とあるから、これでも不自然ではない。私が「胸前」をとる理由は次の注を参照。

 「胃前、赭色」底本は「胸前」であるが、国立国会図書館蔵の金陵万暦181596)年刊「本草綱目」初版の当該部分を確認すると、明白に「胃」とある。「胸前」では、直前の私の解釈である「胸前」とダブるのであるが、これならば「胸部の前面は白く、その下部の胃に相当する腹部全体は、赭(そほ)色=暗い赤色である。」という如何にも自然な表現に読めるのであるが如何であろう。

 「尾に肉環有り」は、冒頭の付図を見ると、ホント、尾の部分に「◎」があるぞ!

 「數圍」その太さは人が数人で抱える程である、という意。

 「鼈」潜頸亜目スッポン上科スッポン科スッポン亜科Trionychinaeに属するスッポン類。中国産代表種は養殖食用種として著名なキョクトウスッポン属シナスッポンPelodiscus sinensis。なお、以下の、この鼈が居ると、その湖水の魚類が蛟龍と一緒に連れ去られてしまうことから免れる、というのも含めて、「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 龜類 鼈類 蟹類」の「鼈」の項、参照されたい。なお同じ記載は「鼈」の後の項である「納鼈」にもある。

 『「山海經」』は、作者・成立年代未詳の中国古代の地理書。古い記述は秦・漢頃のものとされ、洛陽を中心としながら多分に幻想的な地誌が展開、神話や伝説等も抱え込んだ驚天動地の博物書である。晋の郭璞(かくはく)の注で著名。

 『「五雜組」』は、明の謝肇淛(しゃちょうせい)の16巻からなる随筆集であるが、ほとんど百科全書的内容を持ち、引用にあるような民俗伝承の記載も多い。日本では江戸時代に愛読された。書名は五色の糸でよった組紐のこと。

 「閩」は、福州・泉州・厦門等の現在の福建省辺りを指す。

 「不時に」不意に。

 「山水驟に發り」は、局所的な豪雨による、急激な河川・湖沼の増水及び突発的な鉄砲水・土砂崩れ等を指す。

 「室廬を漂没す」は家屋を浸水・水没させること。

 「理、或は之有るか。」理窟から言って、こういうこと――蛟(みずち)が山中(或いは水域)から出現し、或いは昇天し、その際にカタストロフが起こること――があるかもしれない、の意。

 「蜃」大きな蛟、又は蛟より大きい別種か。大蛤の蜃とは異なる。後掲する「蜃」の項を参照。

 「風雨を挾み」風雨を伴って、の意。

 「或は龍と成り、或は海に入る。」素直に読むならば、その後に、蛟は龍に、蜃は海に入って何ものかになるという風に読める(その逆でも構わない)。しかし、この場合、「蛟・蜃」に相当する前身動物が山の穴の中に棲息しており、年を経て変化し、その決定的変態の瞬間に暴風雨を起しつつ、「出蛟」し、そうして、それが、それぞれ「蛟」という龍になり、海中に入って海市(蜃気楼)を出現させる「蜃」という龍(大蛤が蜃となり、蜃気楼もそれが吐く気であるというのは、その後に形成された伝承ではないだろうか。本質的には古義にあっては「大蛤」と「蜃」は別物と考えられていたのではなかろうかと私には思われる)になるという意味ではなかろうか。

 「白蛟」以下の叙述に似たものは、五胡十六国時代の秦の王嘉(おうか)の撰になる「拾遺記」巻六に現れる(但し、良安の引用は白蛟の細かな描写がなされているので別ソースであると思われる)。その元鳳(紀元前79)2年の条に、

帝常以季秋之月、泛蘅蘭雲鷁之舟、窮晷系夜、釣于臺下。以香金爲鉤、霜絲爲綸、丹鯉爲餌、釣得白蛟、長三丈、若大蛇、無鱗甲。帝曰「非祥也。」命太官爲鮓、肉紫骨青、味甚香美、班賜群臣。帝思其美、漁者不能復得、知爲神異之物。

とある(ネット上の複数の中文サイトを対照して本文を引用したが、一部に読解できない部分があるので原文表示に留める)。さて、これは実際に漢の昭帝(前漢の第8代皇帝。紀元前9474年、在位は紀元前8774年。従ってこれは「帝」と言っているが即位する前の出来事ということになる。彼は白蛟を食ったせいか(?)21歳で病のため夭折している)。なれ鮓にして食って、群臣も食い、旨かったというのであるから、私は実在する生物であると読む。属性を「和漢三才図会」及びこの「拾遺記」の叙述から整理してみよう。その白蛟なるものは、

①体表面の全体が白色である(「白蛟」という呼称から明白である)。

②秋に、有意に大きいと思われる緋鯉の類を餌として、夜間に河川で捕獲された(その捕獲された個体は当然、群臣に調理して分け与えられる程に、有意に大きいと解釈できる)。

③蛇に似ている(体制が円柱状で体長が長いと解釈できる)。

④鱗や甲羅を持たない(当時の分類上の有鱗魚や亀類・鼈類ではなく、鱗がないように見え、体表面はつるんとしていると解釈できる)。

⑤頭部に一見、角のように見える軟かな突起物がある(これは例えば個体の頭部の前方先端にそのような突起物、角のような吻があると解釈できる)。

⑥牙があってそれが唇の外に出ていて見えた(相応に発達した有意に多い歯を所持しており、この唇を閉じた状態でもその歯列が剥き出しになっていると解釈できる)。

⑦なれ鮓にして食せた(食用になる生物であり、実際に昭帝が即座に調理させ、群臣もそれを食ったとなれば――勿論、辞退は出来ないのだが――それは極端に魚類からかけ離れた無気味な生物には見えなかったからこそ昭帝も群臣も食ってみようと思ったのだと解釈できよう)。

⑧大変美味であった(現在も食用にしているグループの生物と考えてよい)。

⑨骨は青身を帯びており、肉は、紫を帯びていた(この場合の「紫」――元来、紫は赤と青の合成色である――とは、多分に赤身の強い色彩を指すと解釈することは可能である)。

最早、皆さんは私が奈辺に誘導しようとしているかばれてしまったであろう。私は、この「白蛟」を長江女神、ハクジラ亜目ヨウスコウカワイルカ科ヨウスコウカワイルカLipotes vexilliferに同定したい誘惑にかられるのである。ヨウスコウカワイルカ(揚子江川海豚)は中国名Baiji(白※)[やぶちゃん字注:※=(上)「既」(旧字体)+(下)「魚」。]、英名Whitefin Dolphin(白鰭海豚)・Whiteflag Dolphin(白旗海豚)である(=①)。長江の固有種で、体長は2.22.5m、体重135230㎏前後、通常のイルカ類と同じような体表面で下半身に行くほどスリムな体形である(=④・③)。体色は灰青色で腹部は白色(=①≒⑨)。角のように突き出た30㎝に及ぶ口吻部を持ち(=⑤)、歯は30から35本を有す。カワイルカ上科 Platanistoideaのカワイルカ類はその口を閉じた状態でも、上下の顎の歯が露出しているとするので、ヨウスコウカワイルカでも同様の可能性がある(≒⑥)。他のカワイルカ類と同じ食性であるとすれば小型・中型の淡水魚類や川底の甲殻類を摂餌するものと思われる(=②)。食の中国にあって食わないと考える方が不自然で、ちなみに私はイルカを食ったことがあるが、鯨と同じだから旨い(=⑦・⑧)。……でも、よく分からないが昭帝がこれを釣った場所は黄河水系であろうから、はずれかなぁ。しかし、逆に現地の漁民も見たことがないということであれば、これは何らかの方法で長江から迷走してきたとは……考えられ、ないか……だったら、クジラ目ネズミイルカ科スナメリNeophocaena phocaenoidesは如何か? 背ビレは盛り上がった隆起でしかなく、 口吻はほとんどないが先細りの体形を持つ(=④・③)。体色は明るい灰色であるが、揚子江での観察では青みがかっていたという記載を見かけた(≒①≒⑨)。体長は1.6m1.7m、体重5060㎏。食性はカワイルカ類と同じ(=②)。残念ながら、スナメリを食ったことは私はないが、当然、食うであろうし、味も良いと思われる(=⑦・⑧)。分布域はインド・インドネシア・ベトナムから中国北部沿岸・朝鮮半島・日本に及ぶ。主に浅海域に棲息するが、揚子江での淡水群の棲息が知られてから、黄河水系に棲息していた可能性を全く排除出来るものではない気がするのだけれど……。これらの可能性に何方か、お答え頂けると、恩幸これに過ぎたるはない。]

***

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○四

あまりやう

螭龍【音知】

リンロン

 

【俗云阿

 末禮宇】

[やぶちゃん字注:以上二行は、前三行下に入る。]

 

文字集畧螭乃龍無角赤白蒼色也

本綱龍有鱗曰蛟有翼曰應龍有角曰虬龍無角曰螭

あまりやう

螭龍【音、知。】

リンロン

 

【俗に阿末禮宇〔(あまれう)〕と云ふ。】

 

「文字集畧〔=略〕」に『螭は乃ち、龍の角無く、赤白蒼色なる〔もの〕なり。』と。

「本綱」に『龍の鱗有るをと曰ひ、翼さ有るを應龍と曰ひ、角有るを虬龍〔(きうりう)〕と曰ひ、角無きを螭龍と曰ふ。』と。

[やぶちゃん注:この「螭」を「廣漢和辭典」で引くと、最初に『竜の一種で黄色のもの、また、竜の角のないものという。』とあり、また二番目の意味として『竜の子、又は竜の雌をさすという。』ともある。前者は「螭」の属性が「色」か「角」かで対立し、後者は「子」か「雌」かで対峙している。前者の色彩は「文字集畧」の記載とは一致しない(一般に黄色は中国の最高位の色であり、「廣漢和辭典」の黄色は如何にも龍の最低位置に見える「螭」にはそぐわない気がする)。そもそも蛟のようなどでかい鱗を持たず、翼もなく、角もない「龍」とは、普通の小さな鱗と円柱状の長い体軀の「蛇」に極めて近い(付図は程遠く皮膚病にかかって毛が抜けた伝説上の麒麟か円谷プロの怪獣倉庫で餌を食わずに痩せ細ってしまったミイラ怪獣ドドンゴのようにショボい)。「本草綱目」の記述順を見るに、これは例えば本巻の冒頭の総論の「龍」の最後で良安が蛇と龍を同属とし、その目撃談を記載したことを考えれば、例えば良安の意識の中には、蛇→螭→虬→應→蛟、といった成長過程が想起されていたとは考えられないだろうか。即ち、蛇と龍の中間生物としての「螭」である。

『「文字集畧」』は、梁の阮孝の撰した字書。

「蛟」は前掲の該当項を参照。

「應龍」及び「虬龍」は、後掲される該当項を参照。]

***

をうりやう

應龍

イン ロン

 

三才圖會云恭丘山有應龍應龍者有翼龍也昔蚩尤禦

黄帝帝令應龍攻于翼之野女媧之時乘畜車服應龍禹

《改ページ》

治水有應龍以尾畫地即水衛

をうりやう

應龍

イン ロン

 

「三才圖會」に云ふ、『恭丘山に應龍有り。應龍は翼有る龍なり。昔し、蚩尤(しいふ)黄帝禦〔(ふせ)〕ぐ。帝、應龍をして翼の野に攻めしむ。女媧〔(じよか)〕の時、畜車に乘り、應龍を服す。禹〔(う)〕、水を治むるに、應龍有り〔て〕、尾を以て地に畫〔かせ〕、即ち水衛〔とす〕。』と。

[やぶちゃん注:「礼記」礼運篇に、四霊(四瑞とも。超自然力を持った象徴的な霊獣)の一匹。 麒麟(信義)・鳳凰(平安)・霊亀(吉凶)と並んで、応龍は変幻の象徴として機能する。飛行体としてのその特異な形象は、例えば、この「和漢三才図会」に現れる龍の多様な変異体の究極型という印象が強い。まさに四霊の一として、龍の中の王を示すものであろう。

 「恭丘山」中国南方の世界の果てに存在するとする霊山。

 「蚩尤」中国の神話中の英雄神。「書経」呂刑(りょけい)・「山海経」大荒東経等に、黄帝と涿鹿(たくろく)の野にで戦い、敗れて死んだとする。銅の頭と鉄の額の獣身人面であるとか、四目六臂に蹄を持つ人身牛頭であるとか言われるが、本来は、土着神(白川静氏は山東地方とする)、若しくは実在した民族の象徴と思われる。事実、南方のミャオ(苗)族とリー(黎)族には、蚩尤に組した末裔であるとの伝承がある。

 「黄帝」中国の神話中の五帝(記載により異なるが「史記」にあっては黄帝・顓頊(せんぎょく)・嚳(こく)・尭・舜を挙げる)の一人。諸侯を攻めた炎帝や反乱を起こした蚩尤を麹鹿で破り、帝となったとする。漢方医学の祖として伝わるが、広く人間の文化全般を生み出した創造神である。

 「禦ぐ」戦って抵抗する、の意。

 「翼の野」これは前に現れる「翼」の字の衍字ではなかろうか。前注でも分かる通り、ここは「涿鹿」(たくろく)であろう。平凡社「世界大百科事典」の「黄帝」や「蚩尤」の記載からは、これは阪泉という場所であり、現在の河北省張家口市の南方涿鹿県の北西と同定しているようだ。

 「女媧」中国の神話中の三皇(伏羲・神農)の一人。人面龍身で、同じ身体を持つ男性(夫とも弟とも呼ばわる)の伏羲(ふっき)と下体を螺旋状に絡ませている図像で知られる。「楚辞」天問篇に人間を創造したことや、「淮南子」覧冥訓には、綻んで穴が空いた天空を繕ったという話等が載る。

 「畜車」不明。これは「雷車」の誤りではなかろうか。地上での創造の責務を追えた女媧は、龍の牽引する雷車に載り、白螭を先駆けにし、天地諸々の鬼神を従えて天に昇って天帝に報告を成したとされているからである。即ち、雷車を牽かせる程にまでに、強い應龍を屈服させたという意味か(東洋文庫版の訳は『女媧は畜車に乗って応竜を屈服させ』)。いや、雷車を牽引させる仕事に應龍を服務させたという意味の方がすんなりくるようにも思われるのである。

 「禹」中国古代の伝説的王朝である夏の初代君主。それ以前の帝尭及び舜に次いで並び称せられる。大洪水を治めて評価され、舜が帝位を禅譲、。「禹」という文字自体が「虫」(広義の生物)の義で、四足を持つ蜥蜴・鰐・龍等の象形であり、禹とは元来、黄河の水神であったとも言われる。

 「尾を以て地に畫かせ」は、「應龍にその尾でもって呪文の文字を地面に描かせて」の意味。

 「水衛」は、その呪的な文字を以って水を制し水害を守る結界とした、という意味であろう。]

***

しん

【音辰】

シン

 

本綱蜃及蛟之屬状亦似蛇而大有角如龍状紅鬛腰以

下鱗盡逆食燕子能吁氣成樓臺城郭之状將雨即見名

蜃樓又曰海市其脂和蠟作燭香凡百歩※1〔→※2〕中亦有樓閣

[やぶちゃん字注:※1=「烔」の(つくり)の「同」の中の部分をそのままにして周りを(くにがまえ)に換えた上で中の部分を左の縦画に完全にくっつけたような字。※2=「火」+「囚」。]

之形

陸佃云蛇交龜則生龜交雉則生唇〔→蜃〕物異而感同也又云

正月蛇與雉交生卵遇雷即入土數丈爲蛇形經二三百

年乃能升〔=昇〕騰卵不入土但爲雉爾

月令云雉入大水爲蜃蓋海蛤又有名蜃者而同名異物

也羅願以爲雉化之蜃未知然否【詳介部車螯下】

しん

【音、辰。】

シン

 

「本綱」に、『蜃は、及ちの屬。状ち、亦、蛇に似て大、角有りて龍の状のごとし。紅の鬛〔(たてがみ)〕、腰以下の鱗、盡く逆なり。燕子を食ひて、能く氣を吁〔(ふ)〕きて樓臺・城郭の状を成す。將に雨ふらんとす〔る時〕、即ち見る。蜃樓と名づく。又、海市と曰ふ。其の脂、蠟に和して燭に作る。凡そ百歩に香ふ※の中にも亦、樓閣の形有り。[やぶちゃん字注:※=「火」+「囚」。]

陸佃が云く、『蛇、龜と交(つる)みて、則ち龜を生じ、と交みて、則ち蜃を生ず。物、異〔にし〕て、感、同じなり。』と。又、云く、『正月、蛇と雉と交みて卵を生じ、雷に遇ひて、即ち土に入ること數丈、蛇の形と爲り、二~三百年を經れば、乃ち能く昇騰〔(しようとう)〕す。卵、土に入らざれば、但だ雉と爲るのみ。』と。』と。

「月令」に云く、『雉、大水に入れば蜃と爲す。』と。蓋し海蛤〔(かいかふ)〕にも又、蜃と名〔(なづく)〕る者有り〔→るも〕、同名異物なり。〔「本草綱目」には、〕『羅願〔は〕、〔海蛤の蜃を〕以て雉の化したる蜃と爲〔すも〕、未だ知らず、然や否〔やを〕介部、車螯〔(しやがう)〕の下に詳らかなり。】。』と。

[やぶちゃん注:蜃気楼を幻出させる龍の一種である「蜃」。私は「しんきろう」という語の響きにはロマンを感じるが、「蜃気楼」という漢字はどの字にも生理的嫌悪感を感じる。例えば「蜃」には「蛋」が重なり、尿蛋白を思い出して、小学生の時の正体不明の腎臓病にかかったことがフラッシュ・バックするのだ。

 「蛟」前掲の「蛟」(みづち)の項、参照。

 「燕子」は「子」が付くが、スズメ目ツバメ科ツバメHirundo rusticaの成体を指す。

 「吁きて」は当初、本文校訂で「本草綱目」自体の誤植と捉えて翻刻段階で「吁〔→吐〕」を考えたが、調べると「吁」には、吹く=息を吐く、という意味があることが分かったので、「(ふ)きて」と訓じておいた。

 「即ち見る」は、蜃そのものではなく、樓臺城郭の蜃気楼を目撃しやすいという意味であるが、自然現象としての蜃気楼はこのような降雨直前の天候状況では発生しないと思われる。

 「海市」私はこの「海市(かいし)」という響きと字が好きだ。そうしてもう一つ好きなのはファタ・モルガーナ――本土とシシリア島を隔つメッシナ海峡に現れるFata Morgana――真の絶望を知った人にのみ見えるという幻の海上の街――星野之宣の「妖女伝説」の印象的なあの一篇で出逢ったファム・ファータル――

 「其の脂」は、香りが強く、それだけでなく燃焼した際に一種の幻覚作用を惹起させるような麻薬物質をそれが成分として含んでいるとすれば、如何にも実在するように思われるのであるが……「蜃脂」、何方かお教え頂きたい。

 「香ふ」動詞で、百歩四方にその馥郁たる芳香が広がるという意味であるが、読みは不明。かおりがある場所まで到達するの意であるから「通ふ」で「香(かよ)ふ」と宛て読みさせているか。

 「※1〔→※2〕中」[※1=「烔」の(つくり)の「同」の中の部分をそのままにして周りを(くにがまえ)に換えた上で中の部分を左の縦画に完全にくっつけたような字。※2=「火」+「囚」。]※2は国立国会図書館蔵の金陵万暦18年刊「本草綱目」初版「本草綱目」該当部分を見て補正した(こちらはかすれていて見にくいが、明治171984)~211988)年大阪中近堂刊の活字本「和漢三才圖會」では確かに「※2」なっている)。しかし実は「※2」の字義が分からない。また、東洋文庫版では、ここには、「烔」を用いて「ひかり」とルビを振っている。なるほど、「烔」の衍字という解釈か。それでも納得出来ないことはない。ところが、この妙な字には、どうも見覚えがあるのである。「和漢三才圖會 卷第五十 魚類 河湖無鱗魚」の「鰻※3」[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「麗」。](ウナギ)の項に現れた。その際、私は文脈及び上記大阪中近堂版によってこの「※1」という字を、そこでは「凡そ鰻※3の燒く烟りにて蚊を熏れば化して水と爲るらしむ」と「烟」で読んだ。そこでは、どう考えても他の字の誤りの可能性は排除出来る。とすれば、ここも「烟」として良安は書いていると読んでよい。「※」2の義が分からないのが悲しいが、如何にも「※2」と「烟」は、これまた似ている。更に「※1」の「「口」の上の横画がない――「炬」の(つくり)の右に縱画を加えたもの――字は、正しく「烟」の俗字であると「廣漢和辞典」に記載する。従って私はここを、蠟燭から微かに立ち上る煙(如何にも蜃が吐く気に似ているではないか)と読み、「蜃脂を練り込んだ蠟燭から立ち上る煙の中にもまた、この蜃気楼としての楼閣の形影は出現するのである」と訳したいのである。

 「陸佃が云く」の「陸佃」(10421102)は、北宋の王安石の影響を受けた政治家・学者。東洋文庫版の注によれば、この引用は彼の博物的訓詁学書「埤雅」(ひが)が元である。が、これは実際には「本草綱目」からの孫引きである。

 「雉」これは大陸であるからキジ目キジ科キジ属コウライキジPhasianus colchicusである(なお本種には30に及ぶ亜種を持つ)。

 「物、異にして、感、同じなり」は、「蛇と亀と雉という三種の全く違った動物ではあるが、それら三種の感応の仕方は同じなのである。だからつるむことが出来るのである」という意味であろう。東洋文庫版では『生まれる動物は異なるが、その感応のしかたは同じである。』と訳すが、これは失礼ながら私には半可通な訳である。

 『「月令」に云く』の「月令」は、「礼記」の第六篇で一年の行事・天文・暦について書かれている。但し、これも「本草綱目」からの孫引き。

 「海蛤」これは訓読みするなら「うむぎ」で、本邦では一般にマルスダレガイ目マルスダレガイ科ハマグリMeretrix lusoriaを指す古称であるが、ここでは広く海産斧足類(二枚貝類)の謂い。「蓋し」を除く以下から「~同名」の部分までは、「本草綱目」の魯至剛の叙述からの引用として所載する内容にやや似ている(ここは孫引きではない)。なお、魯至剛は、明代の学者らしく、仙道書の注釈などをしていることがネット上の中文サイトからは伺われるが、私は不学にして不詳。

 「同名異物なり」とあるが、「異物」という語は、「本草綱目」の該当部分には見当たらない。

 「蜃」「和漢三才圖會 介貝部 四十七 寺島良安」の「車螯(わたりがひ)」(オオハマグリ?)の項に「蜃」の別名を載せる。そちらを参照のこと。

 「又、云く」から「但だ雉と爲るのみ。」の部分も「本草綱目」からの孫引きで、そこでは前掲の魯至剛の言として引用されている。良安は、叙述の順序が気に入らなかったからか、本来の「本草綱目」叙述を入れ替えて用いて、さらに改行も行っており、一見すると、それぞれの書から直に引用しているかのように見える(「本草綱目」の記載が良安の記載したい順序や内容に合わなかったためと思われる)。

 「昇騰」昇天すること。

 「羅願」(らがん)南宋の学者。東洋文庫版割注によれば、本記載は彼の撰になる著名な「爾雅翼」(中国最古の字書「爾雅」の注釈書、1174年頃成立)にある。

「未だ知らず、然や否やを」は「その羅願の謂いが正しいかどうかは、私自身検証していないので、未だに良く分からない。」という時珍の附言である。

 「介部、車螯の下に詳らかなり」は以上の「本草綱目」の割注であるが、これは同時にこの「和漢三才図会」にあっても有効に機能する(良安はそれもあって配置を変えたのかも知れない)。即ち、「和漢三才圖會 介貝部 四十七 寺島良安」の「車螯(わたりがひ)」(オオハマグリ?)の項をも参照に出来るのである。

***

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○五

だりやう

鼉龍【音駝】

[やぶちゃん字注:中国音表記がない。]

 

鮀魚 土龍

穿山甲

【鯪鯉甲亦名

 穿山甲與此

 不同】

 

本綱鼉江湖中多形似守宮鯪鯉輩而長一二丈背尾倶

有鱗甲能吐氣成雲致雨是龍類也所居穴極深漁人以

篾纜繋餌探之候其呑鈎徐徐引出性能横飛不能上騰

其聲如鼓夜鳴應更謂之鼉鼓俚人聽之以占雨其枕瑩

浄勝于魚枕生卵甚多至百亦自食之性至難死沸湯沃

口入腹良久乃剥之南人珍其肉以爲嫁娶之敬然此物

有靈不食更佳其皮可冐鼓

鼉甲【酸微温有毒】 主治婦人血積帶下百邪魍魎以爲平肝

 木治血殺蟲之藥

だりやう

鼉龍【音、駝。】

 

鮀魚〔(だぎよ)〕 土龍〔(どりよう)〕

穿山甲(せんざんこう)

鯪鯉〔(りやうり)〕の甲、亦、穿山甲と名づく。此れに〔→と〕同じからず。

 

「本綱」に、『鼉は江湖の中に多し。形、守宮・鯪鯉の輩に似て、長さ一~二丈。背・尾、倶に鱗甲有りて、能く氣を吐きて雲を成し、雨を致す。是れ龍類なり。居る所、穴、極めて深し。漁人、篾纜〔(べつらん)〕を以て餌を繋なぎ、之を探り、其の鈎〔(かぎ or はり)〕を呑むを候〔(ま)〕ち、徐徐(そろ/\)引き出す。性、能く横に飛びて、上騰すること能はず。其の聲、鼓のごとく、夜、鳴きて更〔(かう)〕に應ず。之を鼉鼓と謂ふ。俚人、之を聽きて、以て雨を占なふ其の枕瑩〔(ちんえい)〕、浄すれば魚枕に勝る。卵を生ずること、甚だ多く、百に至る。亦、自ら之を食ふ。性、至つて死に難し。沸(に)え湯を口に沃(そゝ)ぎ、腹に入る。良〔(やや)〕久しくして、乃ち之を剥ぐ。南人〔:江南地方の人。〕、其の肉を珍とす。以て嫁娶〔(よめとり)〕のと爲す。然れども此の物、有り。食はずして更に佳なり其の皮、鼓に冐(は)〔=張〕るべし

鼉の甲【酸、微温、毒有り。】 婦人血積〔(けつしやく)〕帶下〔(こしけ)〕百邪魍魎を治することを主〔(つかさど)〕る。以て肝木を平らげ、血を治し、蟲を殺すの藥と爲す。』と。

[やぶちゃん注:やっと実在する動物が登場した。ワニ目正鰐亜目アリゲーター科アリゲーター亜科アリゲーター属ヨウスコウアリゲーター(ヨウスコウワニ)Alligator sinensisである。「鼉」は上部を形成する原字「單」が「迤」(斜め)に通じ、また下部の部首である「黽」(音はモウ又はミャウ)は、水中に棲息する大型のカエルを指し(「廣漢和辭典」ではアオガエルとするが、両生綱無尾目カエル亜目アオガエル科Rhacophoridaeは陸棲種が多く、水棲で通常より大きいとなればアカガエル科Ranidaeのグループを想定すべきであろう)、そこから広く一般的な水棲・水陸両生の爬虫類を示す漢字を派生させている。即ち、本字自体が、身体をくねくねさせながら進む、まさにワニの謂いなのである。ヨウスコウワニは、この叙述の通り、河川・池沼・湿地の岸辺の水域に近い所に深い横穴を掘り巣穴とする。枯葉や腐葉土で産卵用の別個な塚を作って卵を生む。時珍の叙述は中国的な誇張表現で、産卵数は通常1040個である。

 「鮀魚」は不審。「鮀」は「廣漢和辭典」には、ナマズ又はスナフキ(コイ目コイ科カマツカ亜科カマツカPseudogobio esocinusのことであろう)とし、「鼉龍」との一致を記述しない。この「鮀」は当然、它=蛇に似た形の水生生物であるから、含んでもおかしくはないが、単なる音通(共に“tuó”)によるものでしかないのではないか。

 「土龍」はよく言われるところであるが、これが何故、可愛い哺乳綱モグラ(食虫)目モグラ科 Talpidaeのモグラや、進化に不器用な哀れな環形動物門貧毛綱 Oligochaetaのミミズの別名なのか、その論理的な根拠は何か、そうした一連の意見が私には激しく同意出来ないのである。モグラの呼称は何らかのミスであって土龍=蚯蚓(ミミズ)説が正しいのだとする人は、その形状の類似(いや! 長いけどちっとも似てないよ! だったらゴカイでもイワムシでも蛇でも百足でも、もっと相応しいのは腐るほどいるよ!)を言い、雨が降ると出現する(いや! あれは溺れてしまうから慌てて出てくるのだ。可哀想に、だから目出度く昇龍もしないで、翌日にはミイラになって昇天しちまってるじゃないか!)なんて言ってる。言っとくけど、蚯蚓が土の中に龍の形状のような長い巣を形成することからの命名であるなんてえのを目にしたことがあるが、ミミズをガラスの板に挟んで、気長に観察した暇人の、その美事な蚯蚓の龍の如き巣の観察が、中華を駆け巡って万人に訴えた(そもそもミミズの巣なるものを僕は実物を見たこともないし、それが地面の下に縦横無尽にしっかりと孔が空いて固定化された穴居空間であるとは、余り思っていない。そんなことがあり得たら、この世はそこら中で常にミミズによる大陥没事件が起らねばならないはずだ)何てことは、到底、信じ難いのである。しかし、どうであろう、これ、「土龍」=「ヨウスコウワニ」だったら? 僕には至ってしっくりくるのだ。実際、「廣漢和辭典」の「土龍」の意味の三番目には、ワニの一種として、この項のような部分をズバリ指す「本草、鼉龍」という出典元だけが記されている。

 「穿山甲」この場合は「鼉」そのものの生体を(甲羅のようになった部分ではなく)、このように別称するということを指す。次注参照。

「鯪鯉」以下の、この割注は、チョウコウワニ=「鼉」の「別名」を表わす「穿山甲」があるが、これは所謂、本来、全くの別種である哺乳綱センザンコウ目 Pholidotaのセンザンコウ=「鯪鯉」の「部品としての甲羅」を表わす「穿山甲」とは、言うまでもなく全くの別物であるということを言っているのである。「鯪鯉」(センザンコウ)は後掲する当該項を参照。

「守宮」は爬虫綱有鱗目トカゲ亜目ヤモリ下目ヤモリ科Gekkonidaeのヤモリ類を指すが、一見すると両生綱有尾目イモリ上科イモリ科Salamandridaeのイモリ類の方が、水域でもあるし、相応しいのではないかと考えるのであるが、この辺り、圧倒的に中国人にとってヤモリの方が日常的認識としては認知し易いということか。しかし、それなら、それほどセンザンコウは日常的動物であったのかという反問もしたくなるのだが……。

「篾纜」の「篾」は音「ベツ」で、「廣漢和辭典」によれば『竹の皮。竹のあまかわをのけた皮。わりだけの青皮を去った次の皮。』とある。「纜」は言わずと知れた『ともづな。舟を岸などにつなぐために、船尾につけてある綱。』のことである。さすればこれは竹の皮を裂いて作った繊維を用いて撚った、纜に用いるような太い綱という意味である。

 「上騰」龍として昇天すること。

 「更に應ず」の「更」は夜(午後8時頃から翌日の午前4時頃迄の約10時間)を五分した古時刻のこと。凡そ初更に始って二時間ごとに(この時間領域については日本の場合と同じく異説があり、初更を8時前後とするものもある)、二更~五更と呼称したが、それに合わせてこの鼉が夜鳴きするという伝承である。その声は太鼓に似ており、それぞれの更数分の鳴き声をその時刻になると挙げたとする。

 「鼉鼓」「鼉更」とも。本段最後に「其の皮、鼓に冐るべし」とあるように、チョウコウワニの皮は太鼓の皮に用いられた。そもそも時を告げるのに太鼓の音は古来より一般的。だから「鼉鼓」は転じて、時を告げる太鼓の音の意となる。私は「鼉鼓」と言えば、あれが真っ先に浮かぶのだ。中国のランボー、僕の愛する李賀の「將進酒」だ(原文は集英社昭和421967)年刊齋藤晌「漢詩大系13 李賀」を用いた)。

 

   將進酒   李賀

琉璃鍾

琥珀濃

小槽酒滴眞珠紅

烹龍炮鳳玉脂泣

羅幃繡幕圍香風

 

吹龍笛

撃鼉鼓

皓齒歌

細腰舞

況是青春日將暮

桃花亂落如紅雨

勸君終日酩酊醉

酒不到劉伶墳上土

 

○やぶちゃんの語注:

・將進酒:歌府題。

・琉璃:「楽府詩集」等は「瑠璃」とする。ガラス製のグラス。

・眞珠紅:一応、書き下しのように零れた雫(またはアルコール度数の高い酒に生じるグラス内の天使の涙かも知れない)としたが、王琦の注等では「眞珠紅」という酒の銘柄とする。

・炮:包み焼き。書き下しや訳ではリズムを損なうと考えて、意訳した。

・「羅幃」:別本では「羅屏」(らへい)とするが、意味は同じく薄い遮幕である帳(とばり)のこと。

・劉伶:三国時代の魏末に、俗世を離れ、竹林の中で清談したとされる反体制派知識人集団であった竹林七賢の一。大の酒豪として知られ、常に一壺酒と鋤を担いだ従者を随えて、死んだらそのままそこに埋めよと命じていたとする。

 

○やぶちゃんの書き下し文:

將進酒   李賀

琉璃の鍾(さかづき)

琥珀濃し

小槽(せうさう) 酒 滴つて 眞珠 紅

龍を烹(に) 鳳を炮(や)き 玉脂泣く

羅幃(らい)繡幕(しうばく) 香風を圍(かこ)む

 

龍笛を吹き

鼉鼓を撃ち

皓齒(かうし) 歌ひ

細腰(さいえう) 舞ふ

況んや是れ青春 日將に暮れんとす。

桃花亂落 紅雨のごとし

君に勧む 終日 酩酊して酔(ゑ)へ

酒は到らず 劉伶(りうれい)墳上の土

 

 

○やぶちゃんの現代語訳:

瑠璃の盃――

琥珀色した酒はまったりとして――

小さな酒壺から酒が滴る――それは紅い真珠――

龍の肉を煮こんで鳳凰を炙(あぶ)れば玉のような脂が沁み出してじくじくと泣き声を立てる――

薄絹の帳(とばり)や刺繍を施した幔幕はこの世ならぬ馥郁たる香りを取り囲む――

 

竜の嘯(うそぶ)きのごとき笛を吹き

鰐の皮の太鼓を叩いて

抜けるように真っ白な美しい歯を輝かせて美姫が歌い

滑らかな曲線を描いた細い細い舞姫の腰が舞う――

……ああ、ただでさえ今この時……美しき春の一日は……いや青春の一時は暮れようとしているではないか!……

桃の花が乱れ散る……それは紅い雨だ……

僕は君に勧めよう……日がな一日ただただ酔って酔って酔い尽くすがいい……

酒はやってこないんだ……死んじまったらね……酒が命のあの劉怜の墓の土の上にでさえ……

 

実は、この詩には甚だ思い入れがあるのだが、それは極私的な脱線に過ぎるので、ブログに記すこととする。

 「俚人、之を聽きて、以て雨を占なふ」これについて、偶々、前注のために参考に褄開いた平凡社1999年刊の原田憲雄訳注「李賀歌詩編3」に美事な注を見つけた。そこに所収する、旅に出た夫を思う女の気持ちを歌った「江樓曲」第五句(以下は原田氏の書き下しと訳である)、

 

鼉吟浦口飛梅雨   鼉吟して浦口に 梅雨 飛び

 

浦べで鰐鳴き梅黄ばませる雨降る頃にお帰りのはず

 

の「鼉」の注に、原田氏は以下のように記す。『長江に住む鰐。「埤雅」によれば、雨が近づくと太鼓を打つような泣き声を上げるので、それを「鼉鼓」といって、土地の人が天気の予報にしている。』文中の「埤雅」(ひが)は陸佃(10421102 北宋の王安石の影響を受けた政治家・学者)。「埤雅」は彼の撰になる博物的訓詁学書。

 「其の枕瑩、浄すれば魚枕に勝る」の「瑩」はつやつやした輝く玉に似た石を言う。「枕」や「魚枕」とは所謂、枕骨で、時珍や良安が魚類等の記述でしきりに言う頭蓋骨の中にあるとう枕骨のことである。白玉に似た頭部の骨の中にある白い石とくれば、これはもう耳石しかない。ただ私はワニの耳石なるものを見たことがないのだが、ネット上では魚の耳石の記述に関わって、ワニ等の爬虫類にも耳石があるらしいことを記すところを見ると、かなり有意に大きな耳石を持っていることが期待されるのである。識者の御助言を俟つ。

 「敬」引き出物といった意味であろう。

 「靈」「靈」は、神秘な力を持った存在という意。

 「食はずして更に佳なり」これは東洋文庫版が訳すように『食べないでおく方がいっそう佳(よ)い』と訳さざるを得ないのだが、何だか尻がむずむずする訳である。要は、時珍は、それが日常的に出現し、生活の一部となって食用になっている江南地方の人々の民俗を全否定するものではないとしながら、一方では鼉を冒頭から確かな龍の一族として見なしており、昇龍する能力は欠いているものの、当然、鼉には龍の属性である「靈」=神秘な力を持った存在としての聖性があるはずである、だから食べるというのは良くないということをアピールしているのであろう。

 「婦人血積」「血積」は一派には逆上することによって鬱血することを言うが、「婦人」の限定があるので、血行障害による無月経や、産後の血行不良等に伴う副次的な諸症状を言うか。

「帶下」は、トリコモナスやカンジダ及び細菌による膣感染症由来の膣内からの異常粘液浸出の症状を言う。

「百邪魍魎」これは中国古代医学で言うところのあらゆる災いや病気の主因であるところの漠然とした広義の魔物の謂いである。ということは、この鼉甲、百薬の長クラスと言うことになる。

「肝木」肝臓のこと。五行の配当では肝臓には「木」が当たるから。

「蟲」勿論、これも現実的な寄生虫のみならず広義の病を発生させる全ての虫=生物、さらには三尸虫のような宗教的な意味での人心の寄生する虫にも効果を想定しているように思われる。鰐皮の絶大なる効能が見えてきた。]

《改ページ》

***

きうりう    虯【同】

虬龍【音球】

[やぶちゃん字注:中国音の表記はない。]

 

本綱虬乃蛟屬有角者也文字集畧云虬乃龍之有角青

色也

日本紀云仁德帝六十七年備中川島河泒〔→派〕有大虬觸其

處者必被毒多死亡於是縣守爲人勇捍而強力以三全

瓠1投水曰余殺汝汝沈是瓠則避之不能沈者斬汝身時

其虬化鹿以引入瓠瓠不沈即擧劔入水斬虬更求虬之

屬滿淵底之岫穴悉斬之河水變血故號其水曰縣守淵

きうりう    虯〔(きう)〕【同。】

虬龍【音、球。】

 

「本綱」に、『虬は、乃ち蛟の屬、角有る者なり。』と。「文字集畧〔=略〕」に云ふ、『虬は、乃ち龍の角有りて青色〔なるもの〕なり。』と。

「日本紀」〔=「日本書紀」〕に云く、『仁德帝六十七年に、備中の川島河の派(かはまた)に大虬有り。其處に觸るる者、必ず毒を被りて多く死亡す。是に於て、縣守〔(あがたもり)〕あり、人と爲〔(な)〕り、勇-捍(たけ)く強力なり。三つの全き瓠(ひさこ)を以て水に投じて曰く、「余、汝を殺〔(さん)〕。汝、是の瓠を沈め〔らるれ〕ば、則ち之を避く。沈む〔る〕者(こと)能はずんば汝が身を斬らん。」と。時に其の虬、鹿に化して以て瓠を引き入れども、瓠沈まず。即ち劔〔(つるぎ)〕を擧げ、水に入り、虬を斬る。更に虬の屬を求〔むるに〕、淵底の岫穴〔(しうけつ)〕に滿つ。悉く之を斬る。河水、血に變ず。故に其の水を號して縣守の淵と曰ふなり。』と。

[やぶちゃん注:龍属の一種であるが、本文のように角があるものと記す一方、角がないものを言うとも記す。こういう相反した謂いが並存してしまうのって何? 結局、ファンタジストはそれぞれの謂いを持ちたいのだろうなあ。「虬」は「虯」の俗字とする。なお、「日本書紀」のエピソード部分の語釈は、原文引用の注でカバーした。

 「文字集略」は梁の阮孝緒(げんこうしょ)撰になる字書。

 「「日本紀」に云く」以下の記載は、「日本書紀」の巻第十一の末尾に現れる記事である。「仁德帝六十七年」は西暦379年。以下に原文・書き下し文・現代語訳を示す(原文及び書き下し文には複数の伝本を参考にしたが、特に訓読では御用達の「跡見群芳譜」の「ユウガオ」の「誌」に載るものに多くを従った)。

 

是歳、於吉備中國川嶋河派、有大虬令苦人。時路人觸其處而行、必被其毒、以多死亡。於是、笠臣祖縣守、爲人勇捍而強力。臨派淵、以三全瓠投水曰、「汝廔吐毒、令苦路人。餘殺汝虬。汝沈是瓠、則餘避之。不能沈者仍斬汝身。」時水虬化鹿以引入瓠。瓠不沈。即擧劍入水斬虬。更求虬之黨類。乃諸虬族滿淵底之岫穴。悉斬之。河水變血。故號其水曰縣守淵也。

 

○やぶちゃんの書き下し文

 是の歳、吉備中國(きびのみちのなかつくに)川嶋河派(かはまた)に、大-虬(みづち)有りて人をして苦しびせしむ。時に路人(みちのゆくひと)、其の處に觸れて行けば、必ず其の毒(あしきいき)を被(かうぶ)りて、以て多(さは)に死-亡(し)ぬ。是に於て、笠臣(かさのおみ)の祖(おや)なる縣守(あがたもり)、人と爲(なり)、-捍(いさを)しくして-力(つよ)し、派が淵に臨み、以て三つの全(おふ)し 瓠(ひさこ)を水に投(なげい)れて曰く、「汝、しばしば毒を吐きて、路人に苦しびせしむ。余(われ)、汝(な)、虬(みつち)を殺さむ。汝、是の瓠を沈めば、余、避()らむ。沈むること能はずは、仍(すなは)ち汝が身を斬(き)らむ。」と。時に水-虬(みづち)、鹿(か)に化(な)りて瓠を引き入る。瓠、沈まず。即ち劍(つるぎ)を擧げて水に入りて虬を斬る。更に虬の党-類(ともがら)を求む。乃ち諸(もろもろ)の虬の族(やから)、淵の底の岫穴(かふや)に満(いは)めり。悉く之を斬る。河水血に變(かへ)りぬ。故に其の水を號して縣守の淵と曰ふなり。

 

○やぶちゃんの語釈

・吉備中國:備中。現在の岡山県西部。

・川嶋河:現在の高梁(たかはし)川。鳥取県との県境の明智峠に近い花見山を源流として、高梁市・総社市・倉敷市を経て水島灘に注ぐ。

・派:川の分岐するところ。ウィキの「高梁の『古代には総社市井尻野で分流し、現在の総社市街地を分断するような形で東へ流れ、現在の前川・足守川の辺り(前川も足守川も昔は今と少し違う位置を流れていたが)を流れ、岡山市撫川・倉敷市上東付近が河口だった。昔はこれが本流という見方だったらしい』という記載から、この分岐は総社市井尻野であった可能性が高いか。

・笠臣:吉備氏の中で、後に笠朝臣姓を貰って中央貴族に属した7世紀に台頭してくるグループ。

・縣守:「祖縣守」で「あがたもり」と読ませているものもある。これは大化の改新以前に県を統治した首長のことを指す「県主」(あがたぬし)と同義と考えてよいだろう。ここに示されるような一種の宗教的な祭祀をも統轄した。

・勇捍しくして:「捍」は激しい、猛々しい、荒い、の意で、「勇敢」「勇猛」に同じ。

・全し:読みは上記「跡見群芳譜」から。「おふし」と訓読して完全なを表わす語のようである。従って「おふしひさこ」で、割っていない丸のままの瓢箪の意。しかし、この「おふし」と言う語は聞き慣れない。ネット上には散見するが、通常の古語辞典には表われない上代語であるようだ。

・瓠:ひさご。スミレ目ウリ科ユウガオ属ヒョウタンLagenaria siceraria var. gourda。ヒョウタンは夕顔の変種である。標準種であるユウガオLagenaria siceraria var. hispida及び特異的に実が丸いフクベLagenaria siceraria var. depressaを挙げておけば、この三種のうちのどれかであることは間違いない。「全き」という語を完全に丸いという意味でとるならば、フクベの可能性が浮上する。

・岫穴:「岫」自体が「くき」と訓じて山の中の洞穴を言う。読みは上記「跡見群芳譜」から。しかし、この「かふや」と言う語は聞き慣れない。通常の古語辞典にも表われない。これも上代語か。

・縣守淵:所在不詳であるが、井原備中神楽保存会小中学生伝承教室後援会」の以下のページに「みずち退治の場所」として『高梁川が総社市から倉敷市へとはいったあたりの、現在の倉敷市酒津(さかづ)の三ツ子岩付近であるとする説が有力とされていますが、一方で、平野が始まる総社市井尻野(いじりの)あたりではないかとする説もあります。』とある。瓢箪の数と同じ神聖数の三がつく「三ツ子岩」も、確かに魅力的ではある。

 

○やぶちゃんの現代語訳

 同年、吉備中国の川嶋川の分岐点に、昔から大きな虬(みずち)がいて人々を苦しませていた。その頃、そこを通る旅人の多くがその虬の毒を受けて死んだ。そこで、笠臣(かさのおみ)の祖先であった当時の県守(あがたもり)――その人となりは、勇敢で剛勇であった――が、その淵に向かって、三つの欠けたところのないまるのままの瓢箪を投げ入れて言った。「虬よ、お前はたびたび毒を吐いて、多くの旅行く人を苦しませてきた。私はお前、虬を殺そうと思う。しかし、虬よ、お前がこの三つの瓢箪を同時に水に沈めたならば、それは私の負けであるから、私はこの場を去ろう。しかし、沈められなかったならば、即座に私はお前の身を斬ってやる!」と。すると、虬は矢庭に鹿に化けて瓢箪を水中に引き入れようとした。しかしつるんとした欠けるところのない空気の入った瓢箪は全く沈まない。間髪を入れず県守は水に飛び込むと、剣を振り上げるとあっという間に虬を斬り殺してしまった。更に県守は、以前からの状況に鑑みて、虬の眷属が他にもいると睨んで、探し回った。すると、まさに有象無象の虬の輩どもが、深い淵の底に空いた洞穴(ほらあな)の中に満ちていたのであった。県守はそれらも悉く切り殺した。川の水はすっかり血に変わっていた。――故にその川の淵を今に「県守の淵」というのである。

 

このエピソードのシンボリズムはよく分からないが、「虬」は氾濫する河川の治水伝承か若しくは旅人が多く罹患し死者が多いという点から、何らかの風土病を想定したくなる話ではある。]

***

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○六

りやうり

鯪鯉

 

石鯪 龍鯉

【△按穿山甲出於處

 處多來於福建廈門

 本朝九州深山大谷

 中鯪鯉希有之】

【俗云 波牟左介】

[やぶちゃん字注:以上六行は、前二行下に入る。]

 

本綱鯪鯉深山大谷中有之状如鼉而小背如鯉而濶首

如鼠而無牙腹無鱗而有毛長舌尖喙尾與身等尾鱗尖

厚有三角有四足能陸能水日中出岸張開鱗甲如死状

誘蟻入甲即閉而入水開甲蟻皆浮出於是食之其腹内

臟腑倶全而胃獨大又常吐舌誘蟻食之曾剖其胃約蟻

升許也其甲以治風瘧惡瘡通經下乳之要藥


穿山甲

鯪鯉甲也【鹹微寒有毒不可生用或炮或燒或童便製之】最尾甲力

勝此物穴山而居寓水而食此物不可於隄

[やぶちゃん字注:以上二行は「穿山甲」の下に入る。]

岸上殺之恐血入土則隄岸滲漏觀此説山可使穿隄

可使漏其性之走竄可知矣

りやうり

鯪鯉

 

石鯪 龍鯉

【△按ずるに、穿山甲は處處より出づ。多くは福建の廈門〔(アモイ)〕より來る。本朝にも九州の深山の大谷の中に、鯪鯉、希れに之有り。

俗に云ふ、 波牟左介〔(はんざけ)〕。

「本綱」に『鯪鯉は、深山大谷の中に之有り。状、のごとくして、小さく、背、のごとくして、濶く、首は鼠のごとくして、牙無し。腹に鱗無くして毛有り。長き舌、尖りたる喙〔(くちば)〕し、尾と身と等(ひと)し。尾の鱗は尖りて厚く、三角有り。四足有りて、陸を能くし、水を能くす日中、岸に出でて鱗甲を張り開きて、死する状のごとし。蟻を誘ひ、甲に入れば、即ち閉ぢて水に入り、甲を開けば、蟻、皆、浮き出づる。是に於て、之を食ふ。其の腹内、臟腑倶に全きにして、胃、獨り大なり。又、常に舌を吐きて蟻を誘ひ、之を食ふ。曾て其の胃を剖き、蟻を約するに 〔一〕升ばかりなり。其の甲、以て風瘧・惡瘡を治し、經を通し、乳を下〔(だ)=出〕すの要藥たり。


穿山甲(せんざんかう)

鯪鯉の甲なり【鹹、微寒。毒有り、生で用ふるべからず。或は炮〔(あぶ)〕り、或は燒き、或は童便〔にて〕、之を製す。】。最も尾甲、力、勝れり。此の物、山に穴して居り、水に寓して食ふ。此の物、隄(つゝみ)〔=堤〕〔の〕岸上に之を殺すべからず。恐らくは、血、土に入〔れば〕、則ち、隄岸、滲漏〔(しんろう)〕す。此の説を觀れば、山、穿(うが)たしめつべく、隄、漏らさしめつべし。其の性の走竄〔(そうざん)〕なるを知んぬべし。』と。

[やぶちゃん注:脊椎動物亜門哺乳綱センザンコウ目センザンコウ科Manidae センザンコウ属Manisで東南アジアには3種が棲息する。これは後述する擬死・蟻捕食の伝承からミミセンザンコウManis pentadactylaと同定してもよいかもしれない。

 「△按ずるに……」以下の割注は極めて特異。現在までの4巻の翻刻中には、このように項目見出しの下部に「△」が用いられて記載がある(良安の言葉である場合は勿論頻繁にあるのだが、「△」は用いられない)ことはなかった。東洋文庫版後注によれば、これ全文と直ぐ後ろの「【俗に云ふ、 波牟左介。】」の部分は、杏林堂版にはないとする。

 「福建の廈門」現在の福建省廈門市周辺の地域名。廈門は“Xiàmén”で「シアメン」であるが、旧地名である「下門」が閩南(みんなん)語の漳(しょう)州(現在の廈門市と南北近郊の広範な地域を指す)方言で“Ē-mûi”と発音され、それが“Amoy”アモイと呼ばれるようになったと推測されるということがウィキの「廈門市」に記されている。

 「本朝にも九州の深山の大谷の中に、鯪鯉、希れに之有り……」以下、次の「俗に云ふ、 波牟左介」の記載は「はんざけ」という呼称からハンザキ=両生綱有尾目サンショウウオ亜目オオサンショウウオAndrias japonicusの誤認であることが明白である。ハンザキは二つに裂いても死なないというオオサンショウウオの異名である。杏林堂版にこれらがごっそりないのは良安が以下の本邦に棲息するという部分の誤認に気づいたからであろうか。「和漢三才圖會 卷第五十 魚類 河湖無鱗魚」の「鯢」(さんせういを)を参照されたい。

 「大谷」深く切り立った渓谷。

 「鼉」ワニ目正鰐亜目アリゲーター科アリゲーター亜科アリゲーター属ヨウスコウアリゲーター(ヨウスコウワニ)Alligator sinensis。前掲の「鼉龍」の項を参照。

 「鯉」条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科コイ亜科Cyprinus carpio「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の「鯉」の項を参照。

 「尾の鱗は尖りて厚く、三角有り」センザンコウの鱗は尾部に限らず、縁の部分が薄く鋭く固くなっており、防衛のために丸くなった際には、この鱗が突き立てられ、特にその尾部を振り回して積極的に相手への攻撃もする。なお、この松ぼっくりの種片に似た角質の鱗状器官は体毛が変化したものである。「三角」とは鱗の列が形成するキールのような形状を言っているか。

 「陸を能くし、水を能くす」は、陸を敏捷に歩き、また水中にあっても機敏に遊泳するという意味。

 「日中、岸に出でて鱗甲を張り開きて、死する状のごとし……」以下の記載について、ウィキのセンザンコウの項に『台湾には、M. pentadactylaが、死んだふりをしてアリを集めるという俗説がある。』とする。台湾の限定が微妙だが、「長野電波研究所附属図書館 本草綱目」のリストでは、本項をやはりミミセンザンコウManis pentadactylaに同定しているから、大陸にも棲息するものと考えてよいであろう。

 「臟腑倶に全きにして」とは、解剖すると腹腔内には、一般的な動物の臓器に相当するものはすべて揃っており、大きさも普通であるが、の意。

 「舌を吐きて蟻を誘ひ、之を食ふ」センザンコウの主食はハチ(膜翅)目ハチ亜目スズメバチ上科アリ科 Formicidaeのアリ及びゴキブリ目シロアリ科Termitidaeのシロアリ類で、アリ塚に差し入れアリを舐め取るために特化した長く細い舌は、種によっては40㎝に達する。

 「約するに」は詰まった状態で、という意味か。

 「一升」とあるが、平凡社「世界大百科事典」によれば、その胃は2リットルを収容できるとあるから、時珍の叙述は誠に正確である。

 「風瘧」激しい悪寒の後、ある程度の有意な期間の中で発熱と悪寒を間欠的に繰り返す病態。現在のマラリア等。

 「經を通し」無月経や月経不順を癒し、の意。

 「童便」小児の尿を言う。漢方では、立派な薬剤で、各種調合の最後に入れることが多いらしい。

 「水に寓して食ふ」摂餌の際には水中に拠る、の意。

 「走竄」逃げ隠れること。]

《改ページ》

***

とかげ

蜥蜴【音亦】

スエッ イッ

[やぶちゃん字注:「ッ」は明らかに右に寄って、ポイントもやや小さい。]

 

石龍子 石蜴

山龍子 泉龍

豬婆蛇【俗】

【和名止加介】

 

本綱蜥蜴生山石間能吐雹可祈雨故得龍子之名有陰

陽析易之義易字象形周易之名蓋取乎此形似蛇有四

足去足便是蛇形頭扁尾長形細長七八寸大者一二尺

有細鱗金碧色其五色全者爲雄入藥尤勝味【鹹寒有小毒】治

傳尸癆瘵【蜥蜴全者以醋炙四十九遍名天靈蓋丸】又利小便【娠婦忌用】

△按蜥蜴有數種無骨易斷小兒戯輕敲則斷爲二三其

 頭走尾紆曲如活者其大四五寸不過七八寸

 大抵黄褐色而背有青白色縦斑頭微尖尾長去足乃

 似奈久曾蛇而頷赤此常蜥蜴也状相似而色有濃淡

 之異者多

とかげ

蜥蜴音、亦〔(エキ)〕。】

スエッ イッ

 

石龍子〔(せきりやうし)〕 石蜴〔(せきえき)〕

山龍子〔(さんりやうし)〕 泉龍〔(せんりやう)〕

豬婆蛇〔(ちよばだ)〕【俗。】

【和名、止加介。】

 

「本綱」に、『蜥蜴は、山石の間に生ず。能く雹(ひやう)を吐き、雨を祈るべし。故に龍子〔(りやうし)〕の名を得。陰陽析易〔(せきえき)〕の義有り易の字、象形なり「周易」の名、蓋し此れに取る。形、蛇に似て、四足有り。足を去れば、便ち是れ蛇の形なり。頭、扁(ひら)たく、尾、長くして、形、細し。長さ、七~八寸。大なる者、一~二尺。細鱗有りて金碧〔(こんぺき)〕色、其の五色全き者、雄なり。入藥に尤も勝れり。味【鹹、寒。小毒有り。】、傳尸・癆瘵〔(でんしらうさい)〕を治す【蜥蜴の全き者、醋を以て炙ること四十九遍、天靈蓋丸〔(てんれいがいぐわん)〕と名づく。】。又、小便を利す【娠婦〔(しんぷ):妊婦。〕は用ひるを忌む。】。』と。

△按ずるに、蜥蜴は數種有り。骨無く、斷ち易し。小兒、戯れに輕く敲(たゝ)けば、則ち斷(き)れて二つ三つと爲る。其の頭、走り、尾、紆(ぬたく)り曲りて活(いき)たる者のごとし。其の大いさ、四~五寸より七~八寸に過ぎず。

大抵、黄褐色にして、背、青白色の縦(たつ)斑有り。頭、やや尖り、尾、長く足を去れば、乃ち奈久曾蛇(なぐそくちなは)に似て、頷〔(あご)〕、赤し。此れ常の蜥蜴なり。状、相似て、色に濃淡の異有る者、多し。

[やぶちゃん注:爬虫綱有鱗目トカゲ亜目SauriaLacertilia)に属するものの一般的総称であるが、特にその中でもスキンク下目Scincomorphaのカナヘビ科 Lacertidae及びスキンク科Scincidaeを限定してよいかと思われる。なお、「長野電波研究所附属図書館 本草綱目」のリストでは、本種に相当する「石龍子」をスキンク科トカゲ属アオスジトカゲEumeces elegansに同定している。

 「音、亦」とあるが、これは「蜴」の音のみであり、「蜥」の「セキ」の音が示されていない。

 「雹を吐き、雨を祈るべし」龍が一般に言われるように強力な霊気や毒気、ドラゴンなら火を吐くところが、トカゲは雹というところがキッチュでいい。それでも雨を呼ぶのはやはり龍の子であればこそ、雨乞いに用いるによい、というわけだ。

 「陰陽析易の義有り」ここは「蜥蜴には、陰陽析易の義有り」の意。即ち、「蜥蜴」という文字自身は、陰と陽の分離(析)と結合による千変万化(易)という意味がある、ということである。

 「易の字、象形なり」ここは「易の字、蜥蜴が象形なり」の意。即ち、本来、この「易」の字自身が、蜥蜴の原字であり、トカゲの形を象形したものであることを言う。

 『「周易」の名、蓋し此れに取る』とは、「易」の原義であるトカゲは、光の加減で体色が変化して見えたり、実際に体色を変えるところから、変わる・変える・改まる・改めるという意になり、そこから万物の変化(「陰陽析易」)に通ずることとなり、占いとしての易学に繋がり、『そもそもそのルーツである「周易」(四書五経の一。易(易経)の別名。「史記」等によれば、伏羲(ふっき)が八卦を、周の文王が卦辞六十四卦を、周公旦が爻辞(こうじ)を創ったとされる。一般にはその完成が周代であるからこのように呼ばれるとされるが、後漢末期の儒学者鄭玄(じょうげん)などは「周(あまね)き」の意と解している)という書の名もトカゲから取ったものなのである』と言うのである。さて、これについて、東洋文庫版は本田済氏の解説を注で以下のように引用している。

 

……『説文解字』によれば、易は蜥蜴である。トカゲの象形である。それがなぜこの書物の名になるのか。明の楊慎(一四九四~一五三三)の説では、トカゲは体の色がよく変わる(つまりカメレオンである)。そこで易の字にカワルの意味が生ずる。ところで『易』という書物は天下の千変万化を現わす故に、この色の変わるトカゲを名前としたという(『升庵外集』巻二四)」(本田済『易』上、朝日新聞社)

 

ここで本田氏は蜥蜴の漢字における標準種をカメレオン(トカゲ亜目イグアナ下目カメレオン科 Chamaeleonidae)と同定していることになる。しかし、この説について、個人HPGOTO’s ROOM「易学とはトカゲ学なり!? 漢字の爬虫類(其之一)」で爬虫類愛好家ゴトー氏は以下のように反論している。ゴトー氏は「字統」の叙述を受けて述べておられるので、その引用部以降から引用する(一部改行を省略し、「長鬣蜥」の学名部分のフォントを私の学名用フォントに換えた)。

   ◇(引用開始)

『蜴は即ち守宮の類なり。俗に十二時虫となづく。嶺南異物誌に言ふ。その首、十二時に随つて色を変ず。蓋し物の善く変ずるもの、これに若くは莫し。故に易の書たる、これに取るありと、易の起源をカメレオンに求めている‥』(字統)

文学者は、体色を変えるという点からカメレオンのことだろう、との解釈ですが、爬虫類愛好家の眼からすればカメレオン以外のトカゲでも体色は変わりますし、更にカメレオンの分布域を考えた場合、十二時虫=カメレオン説は無理があるかな、と。近年では『世界大博物図鑑第3巻(両生・爬虫類)』で十二時虫をホオグロヤモリとしていますが、嶺南(現在の中国広東省周辺)に生息し、頭部にヒダ、体色が青(青緑?)、一尺=約30センチとすれば、私はAGAMIDAE(アガマ科)の長鬣蜥Physignathus cocincinus(英:Cuvier Long rock agama)がイメージに近いような気がしています。

   ◆(引用終了)

その直後にゴトー氏は、この十二時虫をイメージさせる他の候補として、同じアガマ科のキノボリトカゲ属Japalura及び中国名で樹蜥属Calotes等が挙げられると、記されている。「字統」が引用する「嶺南異物誌」は、一般に「嶺南異物志」又は単に「異物志」と記される孟琯(もうかん)撰になる嶺南(現在の広東・広西省地方)の珍奇生物を記した博物書「太平広記」巻456に所収、唐代の作と思われる。ゴトー氏の同定候補とされたPhysignathus cocincinusは、アガマ科ウォータードラゴンPhysignathus属に属す、和名インドシナウォータードラゴン、英語名“Chinese water dragon”と同義である。また、引用文中の「世界大博物図鑑第3巻 両生・爬虫類」の著者荒俣宏氏による「十二時蟲」の同定記載であるが、これは当該書の「カメレオン」の項に記されている(「トカゲ」の項ではない。荒俣氏は蜥蜴の標準種をカメレオンとしている訳ではない)。荒俣氏はそこでカメレオンの中国名「変色蜥蜴」及び「変色竜」を提示し、それらは「避役」(良安も後掲する)と呼ばれることもあるが、これは元来はカメレオンではなく、体色が変化するヤモリの一種である「十二時蟲」(ホオグロヤモリ)の呼称だった、と記している。ちなみに「十二時蟲」とは、首の色が時々刻々十二色に変化するから、頭部が十二支の動物の形に変化するから等と言われる。ともかく、荒俣氏がそれに同定したのは、ヤモリ科ナキヤモリ属のホオグロヤモリHemidactylus frenatusであった。ゴトー氏同様、私も上述の「易」基準種=カメレオン説には、その分布域や書物の「易」の成立史の地誌的観点から考えて、強い違和感を覚えるものである。私はニホントカゲPlestiodon japnicusの金属光沢や、その幼体及び成熟の遅い♀のメタリック・ブルーの尾や背中の金色の縦条線、オスの婚姻色である頸部や腹部のオレンジ色を当り前のトカゲの色として見慣れているせいかしら? 私は素直に「大漢和辭典」の解字にあるように、通常のトカゲの太陽光線の加減によって虹色=多色に変化するように見える体色からの謂いで何等問題ないと思うのであるが、如何?

 「傳尸・癆瘵」の「傳尸」とは一般には結核を意味するが、字面は感染症によって死亡した患者の遺体から二次感染する現象を指すおどろおどろしい印象である。「癆瘵」は慢性疾患によって虚弱し、免疫機能の低下から感染症に罹患した状態を言うようである。東洋文庫版は「傳尸癆瘵(でんしろうさつ)」と読んで一語ととり、(肺結核)とする。

 「天靈蓋丸」の「天靈蓋」とは、本来、人間の頭蓋骨を指す。漢方薬剤に表われることは表われる。例えば宋の王懐隠・陳昭遇らが記した「太平聖恵方」巻第三十一に

治骨蒸勞、神效天靈蓋丸方。

天靈蓋(一兩半以童子小便一升煮令小便盡炙乾) 地骨皮(一兩半) 麥門冬(二兩半去心焙) 上件藥、搗羅爲末、煉蜜和搗三二百杵、丸如梧桐子大、毎於食前、煎麥門冬湯下二十丸。

等であるが(これに注や訳をつけると漢方薬関連だけで膨大な量になるので提示するに留める)、この「天靈蓋」なるもの、原材料が不明である。これはトカゲというより、正真正銘の人間の頭蓋骨のように思われる。分からん。しかし図らずも、前掲の「鯪鯉」に出た「童便」が出てるう!

 「奈久曾蛇」良安の後掲する「麥※蛇」(むぎわらへび)に、この「奈久曾」(なぐそ)」[※=「絹」-「糸」+「禾」。]が現れる。さて、私はナグソとは、ノグソ=野糞ではないかと想像してみた(私はどっかの漫画の登場人物のように、昔も今もちょっと緊張するとお腹がおかしくなる。だから野糞はしょっちゅうである。今だから言えるが、イタリアの有名なカンピドリオ広場でさえ僕は「した」経験があるのである)。すると、あのルナールの「博物誌」の「やまかがし」の台詞が想起された。そこでは、ナミヘビ科のヤマカガシRhabdophis tigrinusが野糞――それも下痢便の――に喩えられている。勿論、これは私の電子テクストの注で記したように、フランスであるから、国産のヤマカガシではないのだが、岸田氏がこれを訳す際に、その内容としっくりくると判断したからこそヤマカガシが用いられているとも考えられる……しかしながら、私のこの如何にも臭ってきそうな突飛な想像は、「ムギワラヘビ」のネット検索によって、あっと言う間に滅び去ってしまった。ムギワラヘビはナミヘビ科ナメラ属アオダイショウElaphe climacophoraの別名であった(アオダイショウにはサトメグリ、ネズミトリ、ムラクル等、親しみの持てる異名が多い)。……淋しく一件落着。

***

ゐもり

蠑螈【榮蚖】

ヨン イユン

 

虵醫 虵師

虵舅母

【俗云井毛利】

 

本綱蜥蜴蠑螈守宮三物相混諸説不分明時珍改正詳

明也蠑螈生草澤間蛇有傷則啣草以敷之又能入水與

魚合状同石龍而頭大尾短形粗其色青黄亦有白斑者

不入藥用

△按蠑螈生草澤溪澗及野井中俗稱井守形似蜥蜴而

 小全體正黑止腹微赤有小黑點頭圓扁口大性淫能

 交夜深至丑時多出土人候其時取之畜於水中俗傳

 曰捕其合交者雄與雌隔山燒之以爲媚藥壮夫争求

 之蛤蚧最爲佳然未試其効也所謂入水與魚合交者

 石斑魚乎又謂青黄色或白斑者未審

《改ページ》

       ゐもりすむ山下水の秋の色はむすふ手につく印なりけり

ゐもり

蠑螈【〔音は、〕榮蚖〔(えいげん)〕。】

ヨン イユン

 

虵醫〔(しやい or じやい or だい)〕 虵師〔(しやしorじやしorだし)〕

虵舅母〔(しやきうぼorじやきうぼorだきうぼ)〕

【俗に井毛利と云ふ。】

 

「本綱」〔には〕、蜥蜴〔(とかげ)〕・蠑螈〔(いもり)〕・守宮〔(やもり)〕の三物、相混じて諸説分明ならず。時珍〔の〕「改正」に詳-明(つまびら)かなり。蠑螈は草澤の間に生じて、蛇、傷〔(いた)む〕る有らば、則ち草を啣(ふく)んで、以て之に敷(つ)く。又、能く水に入れて魚と合(つる)む。状ち、石-龍(とかげ)と同じくして、頭、大にして、尾、短く、形、粗く、其の色、青黄、亦た、白斑なる者有り。藥用に入れず。

△按ずるに、蠑螈は、草澤・溪澗及び野の井(いど)の中に生ず。俗に井守(いもり)と稱す。形、蜥蜴(とかげ)に似て、小さく、全體、正黑にして、止(た)ゞ、腹、微かに赤く、小さき黑點有り。頭、圓く扁たく、口、大なり。性、淫らにして、能く交(つる)む。夜-深(よふけ)、丑の時に至り、多く出づ。土人、其の時を候〔(まち)〕て之を取り、水中に畜ふ。俗に傳へて曰く、其の合-交(つる)みたる者を捕へて、雄と雌と、山を隔てて之を燒き、以て媚(こび)〔の〕藥と爲す。壮夫〔:成人男性。〕、争ひて之を求む。-蚧(やまいもり)、最も佳しと爲す。然れども未だ其の効を試さざるなり。所謂る、水に入りて、魚と合-交(つる)むと云ふ者は、--魚(いしふし)か。又、謂ふ、青黄色或は白斑と云ふ者の、未-審(いぶか)し

   〔「夫木」〕 ゐもりすむ山下水の秋の色はむすぶ手につく印なりけり 〔寂蓮〕

[やぶちゃん注:両生綱有尾目イモリ上科イモリ科Salamandridaeの総称であるが、本邦では通常はイモリと言えばトウヨウイモリ属のアカハライモリCynops pyrrhogasterを指すことが多い。本文にも記すように、「蠑螈」は「蜥蜴」(トカゲ)の意にも用いられるので、要注意。別名に現われる「虵」は「蛇」の俗字。「虵舅母」の「舅母」とは、母方の兄弟の妻、伯母・叔母の意である。これらの異名は恐らくすべて本文が記す蛇への介護伝承から生まれたものと思われる。

 『「本綱」には』以下の部分は、他項の通常の「本草綱目」からの単純引用ではない。そもそも「本草綱目」の「鱗部 龍類」には「蠑螈」の項がなく、「石龍子」(せきりょうし)としてトカゲ及びイモリ・ヤモリに該当する異なった生物群を纏めて記載している。ここは、極めて例外的に寺島良安自身が「本草綱目」を簡約して叙述しているのであって、単純引用ではないのである。即ち、

私、寺島良安が略述すると、「本草綱目」には、従来、トカゲ・イモリ・ヤモリの三種の、本来ならしっかりと区別すべき異なった生物が混同されて解説されることが多く、それぞれの説明が相互に矛盾したり、不思議に相同してしまったりしている、と記されている。

という意味で解するべきである。やや気になるのは「時珍の「改正」に詳明かなり。」の部分である。東洋文庫版割注ではこの「時珍改正」について『石龍子〔集解〕』と記す。これは「本草綱目」の「石龍子」の記載の中の諸説を集約した記載、「本草綱目」本文で「(集解)」と記されているパートを指す。国立国会図書館蔵の金陵万暦18年刊「本草綱目」初版「本草綱目」の該当箇所をよく見ると、その左ページ最後から次のページにかけて、縷々、以上の混同誤謬を記した後に「三者改正于左其義自明矣」の文字列がある(この直前の二字は私には読めない)。良安の「時珍の改正」とはこの部分以下を指していると考えてよいであろう。即ち、

そうした誤謬を正そうとした時珍の三者種別記載は、同じ「本草綱目」の「石龍子」の「(集解)」の中で、「改正」として記した以下の叙述に詳しく述べられている。

という意味で、以下には時珍のその部分以下の叙述の「蠑螈」の内容に極似したものを良安は引用しているのである(但し、良安のこの項での鋭さは最後にこの三種混合批判者である時珍の叙述の不審にさえ向けられている。私の大好きな良安の鋭い批評眼の真骨頂ではある。でも、良安先生も媚薬の部分で大間違いしてるんだけど……。実は本邦でも独自にトカゲ・イモリ・ヤモリの三種は混同と誤伝が繰返されていたのだった)。

 「敷く」には、「付く」「施す」の意味があり、ここではその傷ついた蛇のために柔らかな草を口に含んで運び、その蛇の体の下に敷いてやるの意か、又は、薬草を食(は)んで運んでやり、その傷に当てがってやる、という意味であろう。まさに「蛇の医者」、「蛇の師」、「蛇を世話する優しい義理のおばさん」ではないか。

 「其の合交みたる者を捕へて、雄と雌と、山を隔てて之を燒き、以て媚の藥と爲す」は、まさに類感呪術の最たるものである。交尾中に強制的に引き離された雌雄を、わざわざ水平方向にも垂直方向にも隔たれた山の向うと此方で焼き殺すことによって、その異性を渇する気のパワーをメーター振り切れにさせて媚薬を製剤するというのは、杜子春の逸話での仙薬や蠱毒の製造過程で見られるものだ。以下、媚薬効果が続くが、これについては私の電子テクストの南方熊楠「守宮もて女の貞を試む」を是非、参照されたい。

 「蛤蚧」は音で「コウカイ」である。「ヤマイモリ」とルビを振るが、そのような和名を持つイモリはいない。該当熟語に「オオイモリ」と振る記載を見かけたが、そのような和名のイモリもいない。「大漢和辭典」の「蛤」の項の意味に『⑤蛤蚧(コウカイ)・蛤解はとかげの一種。首は蝦蟇(ガマ)に似、背に細かいうろこがあり、広西に産する。』とある。さても良安先生、「蛤蚧」はイモリではなく、ヤモリですよ! 現在種では中国南部に棲息する(本邦には棲息しないから良安先生も間違えたのかもしれない)ヤモリ下目ヤモリ科ヤモリ亜科ヤモリ属トッケイヤモリGekko geckoである。以前は「オオヤモリ」と称せられた。但し、一般にイモリの黒焼きが古くから強壮剤とされることは周知の事実であり、この漢字とルビを用いなければ、私もオオヤモリのようには嚙み付かなかったと思う。どうも、これは日本に伝承する際に、ヤモリからイモリに誤認されたものであるらしい。イモリは皮膚からの分泌物質にフグ毒で知られる猛毒のテトロドトキシンtetrodotoxinTTX)に極めて近似した成分を持っていることは、近年ではよく知られるようになった。とは言え、イモリの黒焼きを食って死んだ人は聞かない。一個体の持つ毒成分の分量が少ないことや、そんなに多量に食えるもんじゃあない(真っ黒に炭化するまでかりかりに焼いているので苦い)からであろう。ちなみに平凡社1996年刊の千石正一他編集になる「日本動物大百科5 両生類・爬虫類・軟骨魚類」の「イモリ類」の項に♂の総排泄腔からの内側の毛様突起から放出される♀を誘惑するフェロモンについて記載し、『最近このフェロモンは、腹部肛門腺から分泌されるアミノ酸10個からなるイモリ独特のタンパク質であることがわかり、万葉集にある額田王(ぬかたのおおきみ)の歌「茜さす紫野行き標野行き野守は見づや君が袖振る」にちなんで、ソデフリンと名づけられた。』(記号の一部を私のページに合わせて換えた)とある。やっちゃったな~あって感じ「総排泄腔」「腹部肛門腺」からの分泌は額田王が如何にも顔を顰めそうな命名、ソデフリンsodefrin、でもこれは何でも脊椎動物で初めて単離されたペプチド・フェロモンなんだそうだ。

 「然れども未だ其の効を試さざるなり」? 良安先生たる者が、不適切発言! そんなもの試す機会がないからね、使わなくったって、バッキンバッキンだってこと? それじゃあ、セクハラ! いや、もしかすると、私はそのような性欲を持たないという表明? しかし、その場合、こうは言わないな。私はそれを必要としない、即ち異性愛者ではないというカミング・アウト?……でも、これってゼッタイ大真面目に言っているんだよな、石部金吉良安先生。

「石斑魚」は、ハゼ科ハゼ亜科のウキゴリChaenogobius urotaeniaや淡水産のカジカ亜目カジカ科のカジカCottus pollux等を指すか。詳しくは「和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚」の「石斑魚」の私の苦悩の注を参照されたい。

「青黄色或は白斑と云ふ者の、未審し」御覧通り、『正したとする「本草綱目」の時珍の記載の中の、イモリに青黄色のものや白い斑点があるものがいると言うことは、如何にも不審である。』というのである。専らアカハライモリしか見たことがない良安にしてみれば、批判したいところであろう。実際にはイモリには多様な種がおり、時珍の言う通り、同一種であてさえも多彩な色彩変異を持つ。

「ゐもりすむ山下水の秋の色はむすぶ手につく印なりけり 寂蓮」補塡したようにこれは1310年頃成立した藤原長清撰になる私撰和歌集「夫木和歌抄」に所載する寂蓮法師の和歌である。内容は先のイモリの媚薬に絡む伝承を背景としている。GOTO’s ROOM「守宮な話」によれば、古来、媚薬とされたイモリの粉末には、それを女性の体に塗ると痣となり、その女性が姦淫した時にのみその痣が消えるという効果があるとされた。和歌の苦手な私には今ひとつ判然としないのだが、

……あの女の変節を即座に当てる媚薬の主であるイモリが棲んでいる山の下の清水……そこに映るその移ろい易い秋の空の気配……その水を私は両手で汲んでみる……その手にあったイモリの痣が消えゆく如くそこに示されたのは……人の移ろい易い心のそのはかない心変わりを語るシンボルであったのだ……

といった意味であろうか。誤魔化しはバレバレ、和歌御指南を何方かにお願いしたい。]

***

やもり

守宮

シウ コン

 

蝘蜓 壁宮

壁虎 蝎虎

【俗云也毛利

  宮守之上畧】

[やぶちゃん字注:以上四行は、前三行下に入る。]

 

本綱守宮人家※1〔→墻〕壁有之状似蛇醫而灰黑色扁首長頸

[やぶちゃん字注:※1=「土」(へん)+{〔「生」-1画目〕(上)+「皿」(した)}(つくり)。明治171984)~211988)年大阪中近堂刊の活字本「和漢三才圖會」により補正。]

細鱗四足長者六七寸亦不聞噬人又能捕蝎蠅故得虎

名以其常在屋壁故名守宮謂飼朱點女人身者非是

△按古者貴賤所居皆稱宮至秦乃定爲至尊所居之稱

矣守宮【今云屋守】蠑螈【今云井守】一類二種而所在與色異耳又

守宮不多淫相傳蛙黽變爲守宮

やもり

守宮

シウ コン

 

蝘蜓(えんてん) 壁宮

壁虎 蝎虎〔(かつこ)〕

【俗に也毛利と云ふ。宮守(みやもり)の上畧〔なり〕。】

[やぶちゃん字注:以上四行は、前三行下に入る。]

 

「本綱」に、『守宮は、人家墻壁に之有り。状、-醫(いもり)に似て、灰黑色、扁たき首、長き頸、細(こま)かなる鱗、四足あり。長き者、六~七寸。亦、人を噬(か)むことを聞かず。又、能く・蠅を捕る。故に虎の名を得。其の常に屋壁に在るを以て、故に守宮と名づく。朱に飼ひて女人の身に點ずると謂ふは是れに非ず。』と。

△按ずるに、古へは貴賤の居る所、皆、宮と稱す。秦に至りて、乃ち定めて、至尊所居の稱と爲す。守宮(やもり)【今、屋守と云ふ。】・蠑螈(いもり)【今、井守と云ふ。】は、一類二種にして、所在と色と異なるのみ。又、守宮(やもり)は、多淫ならずして、相傳〔ふるに〕、-黽(あまがへる)、變じて守宮と爲る。

[やぶちゃん注:トカゲ亜目ヤモリ下目ヤモリ科Gekkonidaeに加えてトカゲモドキ科Eublepharidaeも加えておく。何故って? がたがた言わずに日本の守宮(ヤモリ)geckosのページへGo

「蝘蜓」東洋文庫版では「蝘蜓(えんてい)」と音読みしており、「大漢和辭典」の「蝘」の項でも、意味の部分で『蝘蜓(エンテイ)は、やもり。』と記している(大阪中近堂刊の活字本「和漢三才圖會」に至っては「エンニン」とルビする)。ところが、この下の「蜓」の字を引くと、音に「テン・デン」と「テイ・ヂヤウ」を挙げ、「テン・デン」の音の意味で『①蝘蜓(エンテン)は、やもり。守宮。』と記載する。良安のルビも一見「ニン」に見えるのだが、よく観察すると「テン」と書かれていることが分かる。良安先生の読みは誰より美事、正しかったのだ。

 「墻壁」は土で出来た垣や塀や壁。

 「蛇醫」は両生綱有尾目イモリ上科イモリ科Salamandridaeの総称であるが、前項「蠑螈」(イモリ)で見たように、時珍が正しくイモリをイメージしているかどうかは、保証の限りではない。それに反して、後の良安の叙述に出て来る「蠑螈」は、正しくイモリ、トウヨウイモリ属のアカハライモリCynops pyrrhogasterを指していると考えてよいであろう。

 「扁たき首、長き頸」ここは「首(こうべ or かしら)」と訓じて、「平たい頭部と長い首」という意味でとればよい。

 「蝎」この字はよく「蠍」の本字として意識されるが、本来は「きくいむし」で、コウチュウ(鞘翅)目カブトムシ(多食)亜目ハムシ上科カミキリムシ科Cerambycidaeに属するカミキリムシの内の木材を食害する幼虫を称してキクイムシと言う。これとは全く別に成虫でキクイムシと称する種もいる。同じカブトムシ(多食)亜目ゾウムシ上科キクイムシ科 Scolytidaeで、カワノキクイムシ亜科Hylesininae及びザイノキクイムシ亜科Ipinae及びキクイムシ亜科Scolytinaeの3亜科に分かれるが、これらをヤモリが捕食しないことはないと思われ、ここに含めたとしても問題はないように思われる。万一、摂餌対象でないということもあり得るので、御自身でご判断頂きたい。

 「故に虎の名を得」の意味が解せぬ。何故それが「虎」となるか分からぬ。単に脅威天敵であるなら「虎」でなくったっていいわけだ。そこで考えるのは「蠅虎」だ。これはクモ綱 クモ目ハエトリグモ科Salticidaeのハエトリグモ類に冠せられた中国名である。家屋内にいて、不快昆虫のハエを退治してくれる、そこで敬意を表して「蠅虎」。そっちに先に称号を上げちゃったから、ごめんね、「壁虎」で。でも、もう一つ、「蝎虎」も上げようね、これだと何だかほんとに強そうだよ、だってサソリを食べる虎のようじゃあないか! という中国のお祖母さんのお話が聞こえてくるような気がして、私はいつの間にか、解せぬ気持ちを失っていたのだった……

 「朱に飼ひて女人の身に點ずると謂ふは是れに非ず」「朱」は辰砂(しんしゃ)=硫化水銀HgSで有毒な物質であるが、古くから練丹術や漢方で用いられてきた。だからこれも危ない記述で「(ある程度希釈した)朱の中で飼育したもの(から調剤した薬物)を、女性の素肌に塗る(ことで、後にその女が不義の姦淫したかどうかが分かる)という(話に出てくる生物)はこの守宮ではない」と言っているのである。これは次の項の「避役」に出てくる。しかし、前項同様、私の電子テクストの南方熊楠「守宮もて女の貞を試む」を是非、参照されたい。ここでは不当な冤罪として「守宮」と掲げられてしまっているのだから。「イモリはいやらしくないんだ! 不当判決! 撤回要求! 断固、我々はイモリのために戦うぞ!」

 「蛙黽」ルビからは無尾目カエル亜目アマガエル科Hylidaeの仲間、良安の叙述であるから一応、本邦の代表種としてアマガエル科アマガエル亜科アマガエル属ニホンアマガエルHyla japonicaに登場しておいてもらおう。この変化伝承は知らないけれど、家(うち)のトイレのガラス窓(複数のガラスが傾斜してオープンするタイプで幅が結構ある)の中には暫く、小さなアマガエル君と掌大のヤモリ君が仲良く同居していたよ。]

***

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○八

大いもり   十二時蟲

避役

ピイ ヨツ

 

本綱【客州交州】生人家籬壁樹木間守宮之類也大小如指状

同守宮而腦上連背有肉鬣如冠幘長頸長足身青色大

者長尺許尾與身等囓人不可療其首隨十二時變色見

者主有喜慶又云不能變十二色但黄褐青赤四色而已

蓋是五色守宮焉嘗云守宮以朱飼之滿三斤殺乾末以

塗女人身有交接事便脱不爾如赤誌之説萬畢術博物

志墨客揮犀皆有其法大抵不眞恐別有術矣所謂守宮

者恐此十二時蟲矣至尋常守宮既不堪點臂未亦有螫

人至死者也△按十二時蟲本朝未聞有之

    夫木 ぬく沓のかさなる上にかさなるはゐもりの印甲斐やなからん

大いもり   十二時蟲

避役

ピイ ヨツ

 

「本綱」に『【客州・交州〔の〕】人家籬壁〔(りへき):垣根や塀。〕・樹木の間に生ず。守宮の類なり。大小〔ありて〕、指のごとく、状、守宮に同じくして、腦の上、背に連なる。肉鬣〔(にくれふ)〕有りて冠幘〔(かんさく)〕のごとく、長き頸、長き足、身、青色。大なる者、長さ尺ばかり。尾と身と等し。人を囓めば、療(い)えず。其の首、十二時に隨ひて色を變ず。見る者、喜慶有ることを主〔(つかさど or すべ)〕る。又、云ふ、能く十二色に變ずるに〔あら〕ず、但だ黄・褐・青・赤の四色のみ、と。蓋し是れ、五色の守宮か。嘗て云ふ、守宮、朱を以て之を飼ふこと三斤に滿ちて、殺して乾かし、末して以て女人の身に塗る。交接の事有れば、便ち脱(は)げる。爾〔(しか)〕らざれば、赤き誌(しるし)のごとし、と。之の説、「萬畢術」「博物志」「墨客揮犀」に皆、其の法有り。大抵、眞(まこと)ならず。恐らくは別に術有らんか。所謂、守宮(いもり)とは、恐らく此の十二時蟲ならん。尋常の守宮に至りては既に臂〔(うで)〕に點ずるに〔も〕堪へず、亦、未だ人を螫して死に至る者有らず。』と。

[やぶちゃん字注:以下は底本では続いているが、「△」を持った良安の記載が引用に続くのは極めて異例。次の改ページで、本来の解説ではない和歌の引用が後ろに回ってしてしまい、次の守宮の同属とする「蛤蚧」のページ冒頭に示されることで、この引用が誤解・曲解されると思ったのかもしれない。ここでは通常に従い、改行する。]

△按ずるに、十二時蟲、本朝に未だ之有ることを聞かず。

  「夫木」 ぬぐ沓のかさなる上にかさなるはゐもりの印甲斐やなからん

[やぶちゃん注:この種同定については、実はフライングしている。先行するトカゲ総論とも言うべき「蜥蜴」の項の『「周易」の名、蓋し此れに取る』の注に於いて、この「十二時蟲」の同定には一応の決着をつけてしまっている。詳しくはそちらを参照されたい。新たな知見もないので、該当部分を要約すると、これを色が変わるからカメレオン(トカゲ亜目イグアナ下目カメレオン科 Chamaeleonidaeのカメレオン類)とするには、分布域からして根本的に疑問がある、体色が変化するのはカメレオンに限ったものではないという点を総合的に考えると、以下のような見解が引き出される。

・荒俣宏氏(「世界大博物図鑑第3巻 両生・爬虫類」より)

   ヤモリ科ナキヤモリ属ホオグロヤモリ
Hemidactylus frenatus

・爬虫類愛好家ゴトー氏(個人HPGOTOs ROOM「易学とはトカゲ学なり!? 漢字の爬虫類(其之一)」より)

   アガマ科ウォータードラゴン属インドシナウォータードラゴン
Physignathus cocincinus 又は
   アガマ科キノボリトカゲ属
Japalura 又は
   アガマ科樹蜥属
Calotes

私は特にゴトー氏の「十二時蟲」が『嶺南(現在の中国広東省周辺)に生息し、頭部にヒダ、体色が青(青緑?)、一尺=約30センチとすれば、私はAGAMIDAE(アガマ科)の長鬣蜥Physignathus cocincinus(英:Cuvier Long rock agama)がイメージに近い』という見解に賛同して当該種に同定する。ちなみにこの「十二時蟲」とは、本草書によれば、ここに記されるように首の色が時々刻々十二色に変化するからとも、頭部が十二支の動物の形に変化するから(これなら色より時間が分かり易い! 一家に一匹!)等とも言われる。

 「客州・交州」東洋文庫版割注によればどちらも現在の広西省とする。しかし、交州は、古くは現在のベトナム北部を中心に置かれた行政区域を言い、「交」は「交趾」=コーチシナに由来する(フランス占領よりベトナム南部を言うようになった「コーチシナ」は本来はベトナム北部を指す語であった)とすれば、これは広西省のみでなく、広西チワン族自治区(以前は確かにここも広西省ではあった)及びベトナム社会主義共和国のハノイ周辺域までも含まれる謂いではなかろうか。だがそうすると、「十二時虫」は。直前で述べたのとは異なり、「嶺南」よりもずっと以西以南まで広がることになって、同定も再考する必要があるように思われる。識者の意見を俟つ。

 「冠幘」被り物。「幘」(さく)は頭部を包む頭巾。

 「喜慶有ることを主る」は吉兆の前兆という謂いか、慶賀すべきことを司るホストの役目が回ってくる吉兆という謂いである。

 「守宮、朱を以て之を飼ふこと三斤に滿ちて、殺して乾かし、末して以て女人の身に塗る。交接の事有れば、便ち脱(は)げる。爾〔(しか)〕らざれば、赤き誌(しるし)のごとし、と。」既に、「蠑螈」や「守宮」にも現れた内容であるが、ここではやや細かに叙述してある。「朱」は辰砂(しんしゃ)=硫化水銀HgSで、有毒な物質ながら、古くから練丹術や漢方で用いられてきたもの。訳しておくと、

ヤモリを(ある程度希釈した)朱の中で飼育し、そのイモリ単体の重量が約1.8kgを超えたならば、それを殺して乾燥させ、粉末にした赤いものを女性の素肌に塗る。すると、その女が性行為を行った場合、瞬時にその塗布したものが剥げ落ちてしまう。そういう行為がなされていないならば、その塗布した赤い印は元のままである、と。

やはり、私の電子テクストの南方熊楠「守宮もて女の貞を試む」を是非、参照されたい。

 『「萬畢術」』は正式には「淮南萬畢術」(わいなんまんぴつじゅつ)。「鴻宝淮南萬畢術紀」とも。漢の劉安撰になる神仙術書。散佚したが、「藝文類聚」「太平御覧」等に引用されている。

『「博物志」』晋の張華撰になる民俗・風物・本草等多岐に亙った博物誌と考えられる。四百巻あったとするが、晋の武帝によって荒唐無稽な記述が削除されてしまい、その後、更に散佚。現在のものは後人が諸本から集めたもの。

『「墨客揮犀」』「ぼっかくきさい」と読む。。宋代の彭乗撰になる随筆。詩話や奇譚を多く載せる。

「大抵、眞ならず。恐らくは別に術有らんか……」おや? この以下の部分には、何だか大本草学者たる李時珍先生の、プライベートな女への、現実的な苦い思いが示されてはいまいか? そうした方術は、どれも信じるに足らない=そのような不倫判定術・には、どれもこれも実際には無効である、というのはまさに、何でもかんでも試してみたが、みんなダメ! という実践的な物謂いではないか? 更に、「きっと別に有効な間男防止術が存在するに違いなかろう、そうだ! きっとここで言っている呪術に用いる「守宮」とは「十二時虫」のことなんだ! だいたいだな、普通に家にいるヤモリなんざ、乾燥させて粉にしたら、ちびっとにしかなりゃしない! 腕にさえ塗れない! それに、ヤモリに咬まれて死んだ奴なんか、とんと聞いたことがないじゃないか?!(よーっし! 今度、この「十二時虫」をきっと手に入れて、あの男と怪しいうちの家内にきっと試してやる!)」といった雰囲気の謂いにも(最後の括弧内は勿論私の妄想)、その呪術への未練がありありしているではないか? やっぱり男だね! 時チン先生!

 『「夫木」』は、1310年頃成立した藤原長清撰になる私撰和歌集「夫木和歌抄」で、この和歌は巻三十二雑十四に読人不知で所収する。但し、下の句にやや異同がある(下線部)。

   ぬぐ沓のかさなる上にかさなるはゐもりの印甲斐はあらじな

なお、この和歌は、南方熊楠「守宮もて女の貞を試む」でも引用され、解が施されいるので参照されたい。該当部分を引用しておく(一原文に修正と改行を加えた)。

和歌にも、

「脱ぐ履のかさなることの重なれば、守宮のしるし今はあらじな」。

ぬぐ履の重なることの重なればとは、人の妻のみそかごとする節に、著けたる履のおのずから重なりて脱ぎ置かるることありと言うなり。

「忘るなよたぶさに付きし虫の色の、あせては人に如何(いかが)答へん」。

これはその験(しるし)あせぬべければ合いがたしと言えるなり。この返歌にいわく、

「あせずとも、われぬりかへんもろこしの、守宮の守る限りこそあれ」、と出づ。古歌にもろこしのいもりとあるので、守宮もて女人の貞操を試したことは古く日本になかったと知る。

ちなみに、昨夜(二〇〇八年五月十日二更頃)、家に帰ったら小さなヤモリ君がバスの石鹸置きの中で逝去されていた。検死したところ、糞詰りによるものと思われた。合掌。]

***

あおとかげ

蛤蚧

タツ キヤイ

 

蛤蠏 僊蟾

【嶺南人呼蛙

 爲蛤因其首

 如蛙名之】

【俗云青止加介】

[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行下に入る。]

 

本綱蛤蚧居木竅間守宮竅蜥蜴之類也其首如蟾蜍背緑

色上有黄斑點如古錦紋長尺許尾短其聲最大雄爲蛤

雌爲蚧一雌一雄常自呼其名雄皮粗口大身小尾粗雌

皮細口尖身大尾小累日情洽乃交兩相抱負自墮于地

人徃捕之亦不知覺以手分劈雖死不開最惜其尾見人

取之多自囓斷其尾而去藥力在尾尾不全者不効曝乾

售之煉爲房中之藥甚効欲得首尾全者以兩股長柄鐵

叉如黏黐等状伺木間以叉刺之一股中腦一股着尾故

不能囓也入藥陽人用雄陰人用雌【鹹平有小毒】其毒在眼【去眼

及皮上毛】治肺虚勞嗽氣液衰陰血竭者宜用之定喘止嗽莫

《改ページ》

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○九

佳於此

△按蛤蚧【俗云青蜥蜴】小者三四寸大者七八寸背青緑色而

 光有縦斑文腹白口大又有青緑光而無襍色者雌雄

 抱負人捕之則鳴如曰蚧最有毒猫食之嘔吐煩悶人

 誤煮食之有中毒至死者今人恐不藥入用其尾脆易斷

[やぶちゃん字注:「今人恐不藥入用」]の部分は字が詰まっており、結果として一行字数が一字超過している。実は、本底本ではこのような現象は極めて珍しい。]

あおとかげ

蛤蚧

タツ キヤイ

 

蛤蠏〔(かふかい)〕 僊蟾〔(せんせん)〕

嶺南の人、蛙を呼びて蛤と爲す。其の首、蛙のごとくなるに因りて之を名づく。】

【俗に青止加介と云ふ。】

 

「本綱」に、『蛤蚧は、木の竅(あな)の間に居る。守宮・蜥蜴の類なり。其の首、-蜍(かへる)のごとく、背、緑色、上に黄斑の點有り、古錦の紋のごとし。長さ尺ばかり、尾、短く、其の聲、最も大なり。雄を蛤と爲し、雌を蚧と爲す。一雌一雄、常に自ら其の名を呼ぶ。雄は、皮、粗(あら)く、口、大きく、身、小さく、尾、粗し。雌は、皮、細かに、口、尖り、身、大きく、尾、小さく、累日情洽〔して〕、乃ち交(つる)む。兩つながら相抱き負ふて、自ら地に墮つ。人、徃きて之を捕ふれども、亦、知-覺(をぼ)へ〔→え〕ず。手を以て分〔け〕劈(さ)くに、死すと雖も開かず。最も其の尾を惜しむ。人の之を取ると見ては、多くは自ら其の尾を囓〔み〕斷(き)りて去る。藥力、尾に在り。尾、全からざる者、効あらず。曝〔し〕乾し、之を售(う)る。煉りて房中の藥と爲し、甚だ効あり。首尾全〔きもの〕者を得んと欲〔さば〕、兩股〔(ふた)〕(また)の長柄の鐵叉を以て、黏黐(とりもち)等の状のごと〔くして〕、木の間を伺ふ。叉を以て之を刺せば、一股は腦に中り、一股は尾に着く。故に囓む能はざるなり。藥に入るるに、陽-人(をとこ)には雄を用い、陰-人(をなご)には雌を用ふ【鹹、平。小毒有り。】。其の毒、眼に在り【眼及び皮の上毛を去る。】。肺虚勞嗽(らうそう)を治す。氣・液衰へ、陰血竭(つ)くる者、宜しく之を用ふべし。を定め、嗽を止むるに、此より佳なるは莫し。』と。

△按ずるに、蛤蚧【俗に青蜥蜴と云ふ。】は、小さき者、三~四寸、大なる者、七~八寸。背、青緑色にして光り、縦斑の文有り。腹、白く、口、大にして、又、青緑〔に〕光りて、襍(まじへ)〔る〕色無き者有り。雌雄抱〔き〕負〔ふ〕。人、之を捕ふれば、則ち鳴くこと、蚧(きやい)と曰ふがごとし。最も毒有り。猫之を食へば嘔吐煩悶す。人、誤まりて之を煮て食へば毒に中り死に至る者有り。今人、恐れて藥に入用せず。其の尾、脆く、斷ち易し。

 

[やぶちゃん注:これは前掲「蠑螈」(イモリ)の良安の解説中に既出するが、そこでは「ヤマイモリ」とルビを振る。しかし、そのような和名を持つイモリはいない。該当熟語に「オオイモリ」と振る記載を見かけたが、そのような和名のイモリもいない。「本草綱目」の言う「蛤蚧」はトカゲではない。「大漢和辭典」の「蛤」の項の意味に『⑤蛤蚧(コウカイ)・蛤解はとかげの一種。首は蝦蟇(ガマ)に似、背に細かいうろこがあり、広西に産する。』とある。これに相当する現在種は中国南部に棲息する(本邦には棲息しないから良安も間違えたのかもしれない)ヤモリ下目ヤモリ科ヤモリ亜科ヤモリ属トッケイヤモリGekko geckoである。以前は「オオヤモリ」と称せられた。なお、長野電波研究所の「本草綱目」リストでは、これをイグアナ下目アガマ科ガマトカゲ(カエルアタマアガマ)属Phrynocephalusに同定しているが(確かに「其の首、蟾蜍のごとく」には文字通りである)、これは現代中国語では「沙蜥」と表現されるし、同属の3亜種のそれぞれがカスピ海北西部(Phrynocephalus mystaceus mystaceus)・アジア(Phrynocephalus mystaceus galli)・カザフスタン東部(Phrynocephalus mystaceus aurantiacaudatus)を生息域とする点等から、取らない。但し、そもそもここで良安は新たに「アオトカゲ」の名を掲げているわけで、この名は日本で最も一般的なトカゲであるスキンク(トカゲ)科トカゲ属ニホントカゲPlestiodon japonicusの別名であるし、何よりこの良安の図が私にはニホントカゲを髣髴とさせてくれるのである。

 「嶺南」は現在の広東省・広西チワン族自治区の全域と湖南省・江西省の一部に相当する広範な地域を指す。

 「蟾蜍」はカエル亜目ヒキガエル科Bufonidaeのカエル類の総称。

 「累日情洽」とは、何日も日を重(=累)ねるにつれて、♂と♀のそれぞれの恋慕の情が高まってゆくことを言う。東洋文庫版は「洽」を「潤う」と訳すが、私は「洽和」「協和」等の熟語に見られる「合う・適う」又は「和らぐ」の意でとるべきであろうと思う。

 「房中の藥」の媚薬記述については、イモリとの混同が見受けられる。前掲「蠑螈」(イモリ)の注及び私の電子テクストである南方熊楠の「守宮もて女の貞を試む」を参照されたい。

 「肺虚」とは、漢方で言う肺(呼吸器系と体表部皮膚及び大腸)機能の不全や低下を指す。呼吸器の炎症、鼻・皮膚等の異常による感冒に罹りやすくなったり、息切れ・発汗といった症状全般を言う。

 「勞嗽」とは、肺結核の症状としての咳嗽(がいそう=咳)である。

 「氣・液」「氣」は言わずもがなの生命エネルギー、「液」は「陰液」又は「津液」のことを指すと思われ、血液・リンパ液・精液、更には液状の栄養物質といった身体を形成する物質でとしての液体成分要素全体を指す。漢方では気・血・陰液(本邦では気・血・水とする)と三部立てする記載が多い。これは物理的な津液を介した循環システムとしての「血」と、物理的な津液の中の限定された「血液」を別な概念で捉えてみると納得出来るように思われる(少なくとも、私はそのように考えて納得しているという意味で何かに書かれているわけではない。誤りであれば教えを乞いたい)。

 「陰血」も前記注同様、陰血=陰液=血の図式で示されるものが多いのだが、全くの感触ながら、ここは特に「液」の身体内を潤わせ、内熱を冷ます効果を指すか。

 「竭くる」は、枯れる、水がなくなる、の意。

 「喘」は、あえぐ、息を切らすの義。気管支喘息・心原性喘息等の呼吸困難を呈する喘息症状を言う。

 「青緑に光りて、襍る色無き者有り」とは、全身が青緑色に光っていて、一切、他の色を交えない個体もある、の意味。これは恐らく幼体及び成熟の遅い♀のメタリック・ブルーの尾部を指しているように思われる。なお、前掲の「蜥蜴」(トカゲ)の項の『「周易」の名、蓋し此れに取る』の注も参照されたい。

 「最も毒有り」現在のニホントカゲに毒性は認められない。]

***

うはばみ

※1蛇【音髯】

シエン シヱヽ

[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「冉」。]

 

埋頭蛇

南蛇

【和名仁之

 木倍美】

 【俗云宇

  和波美】

[やぶちゃん字注:以上六行は、前三行下に入る。]

 

本綱生嶺南大者五六丈圍四五尺小者不下二四丈身

有斑紋如故錦纈春夏于山林中伺鹿呑之蛇遂羸痩待

[やぶちゃん字注:「纈」は底本では、中間部の「吉」が「彭」の(へん)の部分になっているが、誤字として「纈」に正した。また、「羸」は底本では、上部に「云」、その下に(あみがしら)、その下に「羸」の下部の(あし)に相当する部分が合体する。これは「本草綱目」自体の字体であるが、「羸」に代えた。]

鹿消乃肥壮也或言一年食一鹿也鱗中有毛如髯故名

※1不擧首而紆行者爲正眞性難死土人截其肉作膾食

其膾着醋能卷人筯終不可脱惟以芒草作筯乃可也

《改ページ》

膽【苦中有甘有小毒】 状若鴨子大上旬近頭中旬近心下旬近

 尾試膽剔取粟許着浄水中浮游水上回旋行走爲眞

 猪膽虎膽亦雖水中走但遅耳治小兒五疳八癇明目

 五雜組云※1蛇能呑鹿惟喜花草婦人山中有藤名※1

 蛇藤捕者簪花著紅衣手藤以徃蛇見輙凝立不動即

[やぶちゃん字注:「著」は底本では、「著」の「日」の部分が「衣」の四画目以降に変化した不思議な字であるが、「著」とした。]

 以婦人衣蒙其首以藤縛之其膽護身隨擊而聚若徒

 取膽者以竹擊其一處良久利刀剖之膽即落矣膽去

 而蛇不傷仍可縱之後又有捕者蛇輙逞腹間創示人

 明其已被取也其膽※2一粟於口雖拷掠百數終不死

[やぶちゃん字注:※2=「檎」-「木」+「口」。]

 但性大寒能萎陽道令人無子


蛇油 可合朱砂能令印色隠起不蘸

蛇牙 長六七寸佩之辟不祥利遠行

△按※1蛇本朝深山中有之其頭大圓扁眼大而光背灰

 黑色腹黄白舌深紅也蛇食物飽則睡鼾聞數十歩其

 耳小僅二寸許形如鼠耳然※1蛇不謂耳有無者未審

うはばみ

※1蛇【音、髯。】

シエン シヱヽ

[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「冉」。]

 

埋頭蛇

南蛇

【和名、仁之木倍美〔(にしきへみ)〕。】

 【俗に宇和波美〔(うわばみ)〕と云ふ。】

 

「本綱」に、『嶺南に生ず。大なる者、五~六丈、圍、四~五尺。小なる者、二~四丈に下らず。身、斑紋有りて故錦纈〔(こきんけつ)〕のごとし。春夏は山林の中にて鹿を伺い[やぶちゃん字注:ママ。]、之を呑む。蛇、遂に羸痩〔(るいそう)〕す。鹿消ゆるを待ちて、乃ち肥壮す。或は言ふ、『一年に一鹿を食ふ。』と。鱗の中に毛有りて髯(ひげ)ごとし。故に※1と名づく。首を擧げずして紆(ぬたく)り行く者を正眞と爲す。性、死に難し。土(ところ)の人、其の肉を截り、膾に作りて食ふ。其の膾、醋に着くれば、能く人の筯〔(はし):箸。〕に卷きて、終に脱すべからず。惟だ芒-草(かや)を以て筯(はし)と作〔(な)〕さば、乃ち可なり。』と。

【苦中の甘有り。小毒有り。】 状ち、鴨子の大のごとし。上旬には頭に近く、中旬には心に近し。下旬には尾に近し。膽を試みるに、剔〔(えぐ)り〕取り、粟つぶばかりを浄水の中に着け、水上を浮游し、回-旋(めぐ)り行走するを眞と爲す。猪の膽・虎の膽も亦、水中を走ると雖も、但だ遅きのみ。小兒の五疳八癇を治す。目を明にす

「五雜組」に云ふ、『※1蛇はよく鹿を呑む。惟だ花草と婦人とを喜〔(うれし)〕む。山中に藤あり、※1蛇藤と名づく。捕ふる者、〔この〕花を簪(かんざし)として紅衣を著(き)て、藤を手にして以て徃〔(ゆ)〕く。蛇、見て輙(すなは)ち 凝立(つゝく)りとして動かず。即ち婦人の衣を以て其の首に蒙り、藤を以て之を縛(くゝ)る。其の膽、身を護り、擊つに隨ひて聚まる。若し徒〔(ただ)〕に膽を〔のみ〕取る者は、竹を以て其の一處を擊ち、良〔(やや)〕久〔しくして〕、利刀にて之を剖く。膽、即ち落つ。膽、去りて〔も〕、蛇、傷(そこね)ず。仍りて之を縱(ゆる〔=許〕)すべし。後、又、捕へんとする者有らば、蛇、輙〔(すなは)〕ち腹の間の創(きず)を逞(のべ)て人に示して、其の已に取らることを明〔らかに〕す。其の膽、一粟〔つぶ〕ばかりを口に※2(ふく)めば拷掠百數と雖も、終に死せず。但だ、性、大寒〔にして〕、能く陽道を萎(しぼ)ます。人をして子を無からしむ。』と。

[やぶちゃん字注:※2=「檎」-「木」+「口」。]


蛇の油 朱砂を合すべし。能く印の色をして隠起して蘸〔(さん)せ〕ざらしむ

蛇牙 長さ六~七寸。之を佩(をぶ)れば、不祥を辟〔(ひら)〕き、遠行を利す

△按ずるに、※1蛇は、本朝にも深山の中に之有り。其の頭、大にして圓く扁たく、眼、大にして光り、背、灰黑色、腹、黄白、舌、深紅なり。蛇、物を食ひて飽く時は[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名にある。]、則ち睡-鼾(いびき)、數十歩に聞ふ〔→こゆ〕。其の耳、小さく、僅か二寸ばかりにして、形、鼠の耳のごとし。然るに※1蛇、耳の有無を謂はざるは未-審(いぶか)し。

[やぶちゃん注:ニシキヘビという呼称からは爬虫綱有鱗目ヘビ亜目ムカシヘビ上科ニシキヘビ科ニシキヘビ属Pythonの仲間、時珍の叙述にある巨体長大・多様な表皮文様等からはインドニシキヘビPython molurusが想定される。同種の最大亜種であるビルマニシキヘビPython molurus bivittatusは、頭部や胴に黒く縁取られた褐色の斑紋が入り、その分布域には中国南部を含む。決定的なのは中文のウィキペディアの「蟒蛇」インドニシキヘビPython molurusの項の別名に「南蛇」及び「埋頭蛇」とあり、その分布域については、『廣東、海南、廣西、雲南、福建等省(區)。』及びウィキの該当項執筆者の調べたところでは『廣西的南寧、百色、玉林、梧州、欽州等地區各縣廣泛分佈』とあるので、とりあえずビルマニシキヘビと同定してよいか。但し、別名の南蛇は、現在、ヘビ亜目ナミヘビ科ナンダ(ウィップスネーク“whip Snake”) Ptyas mucosusの中国名にも当てられており、こちらも最大全長が3m20㎝に及び、全体に黒及び褐色を帯びるものの、身体下部や尾部には横縞が入り、尾では網目状の斑紋を形成する場合もあるとする。蛇皮素材にも用いられる程度には、特徴的な文様を持つ。食性も動物食で、小型哺乳類等をも捕食する点、分布域も中国南部である点、やはりこの候補として挙げておくべきであろう。ちなみに、同定のために検索をかけるうちに面白い記事を発見した。ぺれんてぃさんのブログ「ニシキヘビ殺人事件」、ニシキヘビであなたも完全犯罪を!?

 「嶺南」は現在の広東省・広西チワン族自治区の全域と湖南省・江西省の一部に相当する広範な地域を指す。前記の通り、インドニシキヘビPython molurus及びナンダPtyas mucosusの生息域に入る。

 「大なる者、五~六丈、圍、四~五尺。小なる者、二~四丈に下らず」は、明代の度量衡で計算すると最長個体は15m18m、胴回り1m20㎝~1m15㎝で、小さな個体でも6m~12mとなるが、いくら何でも、「蛇、長すぎる。」である。Python属中、最も大きいインドニシキヘビPython molurusでも♂の全長は250㎝~350㎝で、♀が3m~450㎝。最大では全長823㎝の個体が記録されているに留まる(それでも十分長い!)。但し、個人ブログJay's Private Papersからの孫引きになるが、2003年末のロイター発“Oddly Enough”ニュースの“World's longest snake goes on show”には、インドネシアで世界最長のニシキヘビPythonが捕獲されて、現在一般公開中、という記事があり、そこには“The huge, dark-coloured male snake has a diameter of 85 centimetres (2.8 feet), weighs 447 kg (984 lb) and is 14.85 metres long, according to keepers of an animal exhibition at the Curugsewu park in the small Central Java town of Kendal.”とあるとする(当該ページの原文リンクは既に切れている)。これは全長がまさに「五丈」になんなんとし、その胴回りに至っては270㎝の計算になり、時珍の叙述を遥かに凌駕する! やっぱり、いるんだな、故郷に錦を飾るような大物が! ナンダPtyas mucosusの方は、最大で320㎝止まりである。なんだ、ちぇ!

 「故錦纈」とは、どこかの国家主席の兄弟の名、ではない。「時代を経た(=故)絞り染めを施した(=纈)錦織りの織物」のことであろうか。即ち、「錦」は多種のの色糸で地の色と文様を織り出した織物を言い、「纈」(けつ)は、布地の白い染め残しを作るために、その部分を糸で固く縛って染料が浸入しないようにした特殊な染め方を言う。別名、纈(ゆはた)・絞り染め・括(くく)り染めとも呼称する染色法である。

 「羸痩」は、疲れ痩せること。疲れ衰えること。

 「肥壮」は、太って元気なこと。

 「鱗の中に毛有りて髯ごとし」は、不審。私はそのような「毛」を見たことがない。幾つかの複合語検索をかけても、そういった叙述は見当たらない(爬虫類の興奮して立った鱗を毛と見誤るといった記載はあるが、ここはそういうレベルの問題ではない)。識者のご教授を乞う。

 「膾」は、現在、酢と和えたものを言うが、本来は生の魚介・獣肉を細かく刻んだものを言った。この場合、後に「醋に着くれば」とあるので、原義でとる。東洋文庫版では、現在の膾の意でとり、『醋(す)が多いと』と訳すが、これは続く箸に巻きつくという属性から考えても、明らかに酢とのオール・オア・ナッシングの相性の問題であり、多寡は関係ないと私は思う。

 「芒草」は現在、単子葉植物綱イネ目イネ科Poaceaeのススキ属トキワススキMiscanthus floridulus(通常のススキMiscanthus sinensisの南方種で本邦でも関東地方以西に植生する)に与えられている。但し、このルビに相当する「カヤ」は同イネ科のチガヤImperata cylindricaやヨシPhragmites australisとススキ等を含む植物の総称である。これは「本草綱目」の記載ではあるが、「芒草」が当時限定的にトキワススキMiscanthus floridulusに用いられていたと考えるより、ここでは箸になるとなれば、やはり本邦と同様の広義の「カヤ」の意でとって、古来、葦笛等に加工されたところの、イネ科ヨシ(アシ)Phragmites australisとすべきではなかろうか。

 「膽」は蛇の胆嚢のこと。後に長々と記載される体内の移動や他の動物のそれとの判別法や摂取法は、中世の怪しげな錬金術書を読むようで、ほとんど眉唾と思われる。

 「鴨子の大のごとし」の「鴨子」は、カモ目ガンカモ科マガモ属の家禽であるアヒルAnas plathyrhynchos domesticaの卵を指す。「アヒルの卵ぐらいの大きさである」という意味であろう。東洋文庫版は「鴨子(あひるのたまご)の大きいものぐらいである」と訳す。

 「五疳」は小児性疾患の原発部と主症状を言う肝疳・心疳・脾疳・肺疳・腎疳を指す。共通症状は痩せ・脱毛・下痢等で、肝疳は肝の熱を原因とし(以下同様なので省略)、腹部膨満・目の乾燥感を呈するもの、心疳は不安・夜驚・発汗・高熱を、脾疳は疲労虚脱・睡眠障害・消化不良を、肺疳は咳嗽・鼻炎症状を、腎疳は歯肉からの出血・寝汗・発熱等の症状を呈するものを言う。所謂、消化不良や下痢・自家中毒、小児性の脚気・結核、夜驚症及び各種寄生虫症といった多様な小児科疾患を想起すればよい。

 「八癇」は小児性疾患の多様な症状を分類する風癇・驚癇・食癇・飲癇・痰癇・犬癇・牛癇・鶏癇・猪癇・羊癇を指すものと思われる。幾つかのネット上の漢方の記述から推測すると以下のようになる。風癇は手足顔面のひきつけ、驚癇は主に顔面に現れるひきつけ及び昏睡・失神、食癇は足が弓状に反る痙攣・驚声・嘔吐の症状、飲癇は手足の痙攣・過食又は拒食症状及び発作(睡眠中を含む)を起す症状、痰癇は狂乱して聴覚・視覚障害を伴い見当識がない状態、犬癇(前述の「五疳」の肝の不全に由来。以下同じ)はヒステリー弓と上鼠(鼠の目の如く黒目が上になった白眼)と犬のように吠えること、牛癇(脾由来)は目が直視して腹部が膨満し牛のように啼くこと、 鶏癇(肺由来)は手足の不随意運動・ヒステリー弓を示して鶏のように狂乱し飛び跳ねて鳴くこと、猪癇(腎由来)は失神して泡を吹き猪のように嘶くこと、羊癇(心由来)は舌が痙攣し瞬きがなく大きく目を見開いたまま羊のように鳴くことを特徴とする、とする。

 「但だ遅きのみ」とは、蛇胆は、その微量を取って水に浮かべると、猪や虎の胆に比べると格段に速いスピードで水上を旋回しながら走るので、容易に判別出来る、という意味。

 「目を明にす」漢方では「蛇胆」(じゃたん)は清肝明目作用があるとする。が、ネット検索では次のような危ない記事も見つかる。2006年の記事。『44日、上海市の復旦大学付属児科医院で、13歳の少年が腹痛で入院した。浙江省富陽出身のこの少年は、その地区の風習として蛇の胆を食べると、目がよくなると信じられていて、今年の春節に生の胆を食した。その後、嘔吐や腹痛を訴えて、付近の病院を転々としたが、原因がつかめず、腹痛は悪化する一方だった。その後、手術して腹腔を検査したところ、寄生虫が発見され、蛇の胆に寄生していたのが原因と分かった。この寄生虫は、中国語で「舌形虫」とよばれ、蛇・犬・猫など肉を食べる動物に寄生する。人体に入った場合、腎臓や肺などにも寄生し、最終的に命を落とすこともありうる。現在、中国で報告されている症例は10例ほどだが、上海市では初めて。この患者の場合も、すでに肝臓・腸・腎臓・肺など多くの臓器での寄生が見つかっており、体重も24キロにまでやせ細った。最終的には西洋医学と中医学の両方を用いた治療方法で、現在は回復に向かっている。中国ではくれぐれも生ものを食さないように気をつけたいところだ。(中医ドットコム)』(「What's New in 上海」より)。この「舌形虫」とは舌形動物(五口動物)門Pentastoma 又はLinguatulidaに属する生物のことだ。爬虫類や哺乳類の肺や鼻腔内に特異的に寄生している動物である。「Hebidasヘビダス ヘビの病気マニュアル」によると、上記の記事通り、蛇だけでなく人間にとってもかなり手ごわい寄生虫である。リンクのページの最後の部分を引用する。『舌虫も、肺や皮膚下に寄生するタイプの寄生虫である。この寄生虫がいると診断された場合は、二つの理由により、深刻な問題となる。一つめは、これが人間に感染する能力をもっていること。二つめは、このワームに対する治療法は現在のところ知られておらず、ヘビの場合も人間の場合も、外科手術で除去するしかないことである。そのため、糞検査をおこなって、舌虫特有の形 (5本のフック型)をした幼虫の卵を検出した際には、多くの獣医が感染したヘビの安楽死を薦めている。』う~ん、むずむずしてきたな。この際、ウィキよりこのPentastoma、シタムシの叙述を覗いてみよう。『体長は115㎝。形態は蠕虫型。あるいは舌型。頭胸部には先端に口があり、口の後方の左右に2対の鉤を持つ。ケファロバエナ綱のものでは、口も鉤も頭胸部から少し突き出した突起の上にある。胴部には多くの体節があるが、付属肢はない。幼生には2対の疣足状の付属肢があり、その姿はややクマムシに似る。通常、脊椎動物にのみ寄生する。学名のPentastomapente=5stoma=口)は、頭部にある口と鉤を「5個の口」とみて名付けられたもの。日本語でシタムシという。精子の構造、卵巣や幼生の形態などから、節足動物との近縁性が指摘されていたが、近年、分子系統解析によって節足動物甲殻類の中の鰓尾類(チョウ類)に近縁であることが示された。』長々引用したのは、ワケがある。この最後のところに登場する、チョウArgulus japonicusが、私は、実は何故か好き、だからなのである。それはきっと、このチョウがアゴアシ亜綱鰓尾下綱鰓尾(ウオジラミ)目ウオジラミ(魚虱)科Argulidaeという体中が痒くなるような名前で、名にし負はばのウルトラ円盤生物形状をなす、体液吸引寄生虫、忌まわしい誰にも愛されそうもない生物だからででもあろうか。その昔、19歳の時、薄汚れた旧江ノ島水族館マリンランドの片隅の、2mはあろうという巨大なガラスケースの液浸標本の中に、これが無数に沈んで層を成しているのを、振られた恋人の洋子と見たのを思い出すからか。

 『「五雜組」』は、明の謝肇淛(しゃちょうせい)の16巻からなる随筆集であるが、ほとんど百科全書的内容を持ち、日本では江戸時代に愛読された。

 「※1蛇藤」[※1=「虫」+「冉」。]は「藤」とあるが、本邦でお馴染みのバラ亜綱マメ目マメ科フジ属 Wisteriaのフジ類ではないと思われる。ニシキギ目ニシキギ科に属する、中国名で「南蛇藤」というツルウメモドキCelastrus orbiculatusであろう。雌雄異株で雌花の花弁は長さ約2.5㎜で淡緑色、雄花は5㎜、花の様態は全くフジと異なり、あまり派手でない。しかし、黄土色の割れた外皮と熟れた赤橙色の果実は、よく生け花の材料とされる。

 「輙ち」は「輒(すなわ)ち」の転用。

 「凝立りと」この「つつくりと」(つっくりと)とは、副詞で、一人何もすることがなく、ぼんやりしているさまを言う語で、現代語の「つくねんと」と同じ。

 「藤を以て之を縛る」ツルウメモドキCelastrus orbiculatusは蔓性木本である。

 「逞て」この「逞」の字は、解く、延べるという意味で、蛇が蟠っている状態をといて、積極的に腹を見せる動作を言うのであろう。

 「※2(ふく)めば」[※2=「檎」-「木」+「口」。]の「※2」は音「キン」、口に物を含む、の意。

 「拷掠百數と雖も」の「拷掠」は「ごうりょう」又は「ごうりゃく」と読み、拷問のこと。どんな拷問を受けても、の意味であるが、何で「拷問」なのかなあ? 拷問でなくっちゃだめなの? ただの敵の攻撃ではだめなのかなあ? なんてことが気になるのである。

 「陽道」は男性の生殖力全体を指す。システムであって、具体的な陰茎ではない。

 「蛇の油」現在の「蛇油」(じゃゆ)は蛇を蒸留酒や蜂蜜につけて製造する。疲労回復や美肌作用、飲む目薬としての効能も謳う。

 「朱砂」辰砂・丹砂とも。硫化水銀HgS。朱の顔料。漢方薬としても用いる。

 「隠起して蘸せざらしむ」「隠起」は、本来、漆工芸の彫りの技法を言い、漆の底に漆の灰で花紋を積み上げた後、再度彫る技法を言う。一種の浮き彫りである。「蘸」という字は、浸す、者を水中に入れる、の意であるから、蛇油を朱砂に混ぜて朱肉を作り、それで印を押すと文字が浮き出たようにくっきりとし、且つ、水に滲まなくさせる、という意味であろう。

 「不祥を辟き、遠行を利す」不吉なことに遭遇するのを避けることが出来、遠出の旅に携帯すると必ず何らかの利点を発揮する、の意。

 「△按ずるに……」以下、良安が何と誤認したのかさっぱり分からない。こんな大蛇は本邦にはいない。ちょっと訳してみよう。「※1蛇は、我が国にも深山にこれが生息している。その頭は大きくて円く扁たくなっており、眼はまことに大きく光って、背部は灰黑色で、腹部は黄味がかった白、舌は、深紅色を呈する。この蛇が物を食べて満腹になり眠った際には、その鼾たるや、数十歩先まで聞こえるほどである。また、この蛇には耳があるのが特徴で、――もっとも、小さくて僅かに6㎝程度のものであるが――その耳介の形状は、鼠の耳に似ている。ところが「本草綱目」の「※1蛇」の項で時珍が、一切、この特徴的な耳の有無について言及していないのは、如何にも不審なことである。」……大蛇伝説はあるが、その形状や色、その鼾や耳の叙述は、如何にもリアルで伝説なんぞの域を突っ通っている。錦絵を見ているような鮮やかな、この山根博士がゴジラを見た第一声みたような「私は見た!」という良安先生の口つきは? この確信は? 何?]

***

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○十

やまかゞち

 おろち

巨蠎

キユイ マン

 

蠎【音 】 鱗蛇

【和名夜萬

 加加智】

[やぶちゃん字注:「蠎【音 】」の「音」の下は欠字。以上三行は、前四行下に入る。]

 

本綱巨蠎生安南雲南諸處※1蛇之類而有四足者也有

[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「冉」。]

黄鱗黑鱗二色能食麋鹿春冬居山夏秋居水能傷人土

人殺而食之取膽治疾以黄鱗者爲上甚貴重之

日本紀出雲國簸川上有大蛇【乎呂知】頭尾各有八岐眼如

[やぶちゃん字注:「簸」は底本では(たけかんむり)が(へん)の「其」の上にのみある字体であるが、正字を用いた。]

赤酸醬能呑人素盞嗚尊斬殺之焉尾中有一劔【天叢雲劔是也】

やまかゞち

 おろち

巨蠎

キユイ マン

 

蠎【音、 】 鱗蛇

【和名、夜萬加加智。】

 

「本綱」に、『巨蠎は、安南・雲南の諸處に生ず。※1蛇の類にして、四足有る者なり。黄鱗・黑鱗の二色有り。能く麋〔(び)〕・鹿を食ふ。春冬は山に居り、夏秋は水に居す。能く人を傷つくる。土人、殺して之を食ふ。膽を取りて疾治す。黄鱗なる者を以て上と爲す。甚だ之を貴重とす。』と。

「日本紀」〔=「日本書紀」〕に、『出雲國簸(ひ)の川上(かみ)に大蛇(をろち)有り【乎呂知。】。頭尾、各々、八岐有り。眼は赤酸-醬(かゝち)のごとく、能く人を呑む。素盞嗚の尊、之を斬り殺し玉ふ。尾の中に一劔有り【天の叢雲の劔、是れなり。】。』と。

[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「冉」。「各々」の繰り返し記号は底本では「/\」を用いている。「玉」は送り仮名にある。]

[やぶちゃん注:「四足有る者」となるとトカゲ類かワニしかありえないが、ここはあくまで蛇で考えよう。現代中国語で「蠎」を持つ蛇類をまず列挙する。

網紋蠎(網目錦蛇)      アミメニシキヘビPython reticulatus

蟒             インドニシキヘビPython molurus

緬甸蟒蛇(緬甸錦蛇・蟒蛇) ビルマニシキヘビPython molurus bivittatus

球蟒            ボールパイソンPython regius

紅尾蟒           アルゼンチンボアBoa constrictor occidentalis

この内、ボールパイソンはアフリカ中部、アルゼンチンボアはパラグアイ・アルゼンチンを生息域とするため、除外される。残る3種は同属であるから狭義に同定せずニシキヘビ科ニシキヘビ属Pythonの大型個体ととっても構わないが、この内、インドニシキヘビとビルマニシキヘビは既に「※1蛇」[※1=「虫」+「冉」。]で候補として掲げてしまっており、新もの好きの私としては、ニシキヘビ科ニシキヘビ属のアミメニシキヘビPython reticulatusを新たにラインナップしたい気がしている。アミメニシキヘビは、ボア亜科アナコンダ属オオアナコンダEunectes murinusと並ぶ世界最長(文献記録では最大9m90㎝)の蛇である点、棲息域とするインド・インドネシア・カンボジア・シンガポール・タイ・ベトナム・フィリピン・マレーシア・ミャンマー・ラオスの中にベトナムとラオス及びミャンマーが含まれる点(次注参照)でも候補として不足はないと思われる。長野電波研究所の本草綱目リストでは、「鱗蛇」(良安の「蠎」の引用はここから)にインドニシキヘビPython molurusに同定している。まだ「四足有る者」が気になるって、か?! じゃあ、熊楠先生に立てついて見るがいい! 熊楠先生は、その「十二支考」の「蛇」で言うとるじゃ! どう蛇い!

 

『本草綱目』には巨蟒(きょぼう)一名鱗蛇(りんじゃ)と見えて、[やぶちゃん注:中略]大蛇様で四足ある大蜥蜴だが、「蟒は蛇の最も大なるもの、故に王蛇という」といい(『爾雅』註)、諸書特にその大きさを記して四足ありと言わぬを見れば、アジアの暖地に数種あるピゾン属の諸大蛇、また時にはその他諸蛇の甚(いた)く成長したのを総括した名らしい。ここに一例としてインド産のピゾン一種人に馴るる状を示す[やぶちゃん注:ここに底本では「写真不鮮明のため省略」という編者注あり。]。これは身長二丈余に達することあり。英人のいわゆる岩蛇(ロック・スネーク)だ。

 

以上、底本は1924年筑摩書房刊「南方熊楠選集」を用いた。

 「蠎【音 】」「蠎」の音は「ボウ(バウ)」又は「モウ(マウ)」である。

 「安南・雲南」は現在のベトナム社会主義共和国北部(唐代に安南都護府が置かれていた)地方及び現在の雲南省(中華人民共和国最西南部にある。南部でベトナム・ラオスと、南部から西部でミャンマーと接する)地方を指す。

 「「※1蛇」[※1=「虫」+「冉」。]前掲の該当項参照。最終的に私はビルマニシキヘビPython molurus bivittatus又はヘビ亜目ナミヘビ科ナンダPtyas mucosusに同定した。

 「麋」は大きな鹿の意。馴鹿等と呼称する獣亜綱偶蹄目反芻亜目シカ科シラオジカ亜科トナカイRangifer tarandusの亜種を指すものとも考え得るが、そうすると生息域が北方に偏り、齟齬を生じるのでとらない。また、これを「麋鹿」の一語でとるならば、現代中国語でシカ亜科のシフゾウElaphurus davidianusを指すが、これも棲息域が中国中央部から北部であるし、蠎がシフゾウを選択的に食うというのもおかしな話である。

 「日本書紀」の以下の叙述は余りにも有名なスサノオによるヤマタノオロチ退治の話である。引用は以下の部分等を参照に簡素化したものか。後に私のオリジナルな書き下し文と語注及び現代語訳を附す(原文はJ-TEXTのものを正字化し、一部の漢字を補正した)。

 

是時、素戔鳴尊、自天而降到於出雲國簸之川上。時聞川上有啼哭之聲。故尋聲覓往者、有一老公與老婆、中間置一少女、撫而哭之。素戔鳴尊問曰、汝等誰也。何爲哭之如此耶。對曰、吾是國神、號脚摩乳。我妻號手摩乳。此童女是吾兒也。號奇稻田姫。所以哭者往時吾兒有八箇少女。毎年爲八岐大蛇所呑。今此少童且臨被呑。無由脱免。故以哀傷。素戔鳴尊敕曰、若然者。汝當以女奉吾耶。對曰、隨敕奉矣。故素戔鳴尊、立化奇稻田姫爲湯津爪櫛。而插於御髻。乃使脚摩乳手摩乳釀八醞酒。并作假庪【假庪、此云佐受枳。】八間、各置一口槽。而盛酒以待之也。至期果有大蛇。頭尾各有八岐。眼如赤酸醬【赤酸醬、此云阿箇箇鵝知。】、松柏生於背上、而蔓延於八丘八谷之間。及至得酒、頭各一槽飮。醉而睡。時素戔鳴尊乃拔所帶十握劍、寸斬其蛇。至尾劍刄少缺。故割裂其尾視之。中有一劍。此所謂草薙劍也【草薙劍。此云倶娑那伎能都留伎。一書曰、本名天叢雲劍。蓋大蛇所居之上、常有雲氣。故以名歟。至日本武皇子、改名曰草薙劍。】。素戔鳴尊曰、是神劍也。吾何敢私以安乎。乃上獻於天神也。

 

やぶちゃんの書き下し文(私が嫌いな上代文学特有の過去時制や素戔鳴尊へのくだくだしい敬語はあらかた排除した):

 是の時、素戔鳴尊、天より降りて出雲國簸(ひ)の川上に到る。時に川上に啼(をめ)き哭(な)く聲の有るを聞く。故(かれ)、聲を尋ね覓(もと)め往けば、一(ひとり)の老-公(おきな)と老-婆(おうな)有り、中-間(なか)に一の少女(をとめ)を置き、撫でて之を哭す。素戔鳴尊、問ひて曰く、「汝(いまし)等は誰そ。何爲れぞ之れ此くのごとく哭くや。」と。對へて曰く、「吾は是れ國つ神、脚摩乳(あしなづち)と號(まう)す。我が妻は手摩乳(てなずち)の號す。此の童女は是れ吾が兒なり。奇稻田姫(くしなだひめ)と號す。哭く所以は、往-時(もと)、吾が兒、八箇(やたり)の少女有り。年毎に八岐大蛇(やまたのをろち)の呑む所と爲す。今、此の少童(をとめ)、且に呑まれんことに臨まんとす。脱-免(のが)るるに由無し。故、以て哀-傷(かなし)む。」と。素戔鳴尊、敕(みことのり)して曰く、「若し然らば、汝、當に女を以て吾れに奉らむや。」と。對へて曰く、「敕に隨(まま)に奉らむ。」と。故、素戔鳴尊、立(ただ)ちに奇稻田姫を化して湯津爪櫛(ゆつつまぐし)と爲す。而して御髻(みづら)に插す。乃ち脚摩乳・手摩乳をして八醞(やしほをり)の酒を釀(か)ましむ。并せて假庪【假庪、此れ、佐受枳(さづき)と云ふ。】八間(ま)を作りて、各々一口の槽を置く。而して酒を盛り、以て之を待つ。期(とき)至りて果たして大蛇有り。頭(かしら)・尾、各々八岐有り。眼は赤酸醬【赤酸醬、此れ、阿箇箇鵝知(あかかがち)と云ふ。】のごとく、松柏、背の上に生ひて、八丘八谷(やをやたに)の間に蔓(は)へ延ぶ。酒得るに及び至りて、頭、各々一の槽(さかふね)を飮む。醉ふて睡る。時に素戔鳴尊、乃ち所-帶(は)かせる十握劍(とつかのつるぎ)を拔き、寸々に其の蛇を斬る。尾に至りて、劍の刄、少しく缺けたり。故、其の尾を割り裂きて之を視る。中に一の劍有り。此れ所謂、草薙の劍なり【草薙の劍、此れ、倶娑那伎能都留伎(くさなぎのつるぎ)と云ふ。一書に曰く、本は天叢雲(あめのむらくも)の劍と名づく。蓋し大蛇の居る所の上、常に雲氣有り。故、以て名づくか。日本武皇子(やまとたけるのみこと)に至りて、改名して草薙の劍と曰ふ。】。素戔鳴尊曰く、「是れ、神劍なり。吾、何ぞ敢て私にして以て安らけむか。」と。乃ち天つ神に上げ獻(たてまつ)るなり。

 

やぶちゃんの語釈:

・出雲国の簸の川:現在の斐伊川。島根県東部を北流し宍道湖に注ぐ。「古事記」では「鳥髪」という地名が表われ、これは現在の船通山(せんつうざん。標高1143m)とされる。

・脚摩乳・手摩乳:古事記では「足名椎」「手名椎」と表記。直後の奇稲田姫の手足を撫でさする様から命名か。

・奇稻田姫:「古事記」では「櫛名田比売」。「奇し」の霊妙なの意味と、後文で変化する霊能力を持ったアイテムである寄代「櫛」の双方のパワーを暗示させる名である。

・八岐大蛇:本居宣長の「古事記伝」では、「ヲロ」を「驚」の「おどろく」、「棘」の「おどろ」(=草木が乱れる)等と同じく、「おどろおどろ」「おどろおどろしい」の意であるとし、「ち」は神霊の謂いで、「不気味なる神霊」の意味、また、「尾」(を)の神霊とも記す。一般には、「を」+「ろ」+「ち」に分解して、「ろ」は間投助詞にとる。「峰」(を)の神の意とも。

・湯津爪櫛:「ゆつ」は神聖・清浄を示す接頭語。「つまぐし」は歯の細かい櫛を言う。

・御髻:上代の男子の髪型。頭の中央で髪を分け、耳の辺りで束ねた形。角髪。

・八醞:「古事記伝」には「醲酒」又は「厚酒」と記す。どちらも濃い酒の意味である。何度も醗酵を繰り返させアルコール度数の高い果実酒と思われるが、そんな短時間には出来ないから、私はそのような酒を他所から取り寄せて準備した意味ととる。一般に知られるように「かむ」「かみなす」は、実際に嚙んで唾液による醗酵を促したことからの謂いであるが、ちょっと爺婆がその場でぐちゃぐちゃやってる様は映像としては撮りたくない気がする。

・假庪:仮に設えた木造の棚。神霊への閼伽棚みたいなものを私は連想する。映像を考える時、鎌首をもたげた大蛇が飲むには、酒樽の位置を上げるために必要なアイテムであると思う。

・赤酸醬:ナス目ナス科ホオズキPhysalis alkekengi var. franchetiiの真っ赤に熟した実のこと。ホオズキは「鬼灯」「酸漿」とも書く。

・八間:この「間」は個数を示す数詞であると同時に、それぞれの間の距離を示す助辞かもしれない。だとすれば、約二間に相当し、第一の桶假庪から第八のそれまでは約3.6m×7=25mの弧状配置であろうか。

・十握劍:十拳剣。一般名詞で剣固有の名ではない。手の親指を除く四本の指を揃えた幅を言い、一握は約8~10㎝であるから、十握剣は約80㎝から1m程の剣ということになる。

・草薙の劍:三種の神器の一。後に倭建命(やまとたけるのみこと)が、東征の折、焼津で謀られて野の中で火攻めに遭った際、この剣で草を薙(な)ぎ払って難を脱したことからこの名に改名されたとここに記すが、実際は「くさ」は「臭」、「なぎ」は「ナーガ」(Nāga:インド神話の蛇神)で蛇、原義はやはり「蛇の剣」の意味であるとする。倭建命が亡くなった後は、熱田神宮に祀られたとする。

・天つ神:この場合は天照大御神(あまてらすおおみかみ)を指すと伝承ではなっている。「古事記」ではその後、八咫鏡(やたのかがみ)と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と共に皇孫である邇邇芸命(ににぎのみこと)が身につけて地上に下ったとする。後に伊勢神宮で天照大神を祀る叔母である倭姫命(やまとひめのみこと)から倭建命に下賜されるというストーリーに再出現する。

 

やぶちゃんの現代語訳:

 この時、素戔嗚尊は高天原から降臨し、出雲国の簸の川の上流に辿り着いた。ちょうどその折、川上で泣きわめく声がするのを聞いた。そこで、その声の在りかを尋ね求めて行くと、翁と媼がおり、護るようにその間に一人の少女を立たせて、その少女を如何にもいとおしそうに撫ぜては泣いているのであった。素戔嗚尊が尋ねて言った、

「おまえらは何者か。何故にこのように泣いておる?」

と。翁が答えて言った、

「私はこの国の土地神の脚摩乳と申します。これは私めの妻、手摩乳と申します。この童女は私の娘で御座います。奇稲田姫と申しまする。さてもどうして泣いているかと申しますると……私めにはもともと八人の娘がおりましたので御座います。ところが。毎年毎年、この地の鬼神で御座います八岐大蛇のために、生贄としてそれらの娘を皆、呑み込まれて参りましたのじゃ。……そうして今まさに、この最後の一人の娘をも、遂に八岐大蛇に呑み込まれんとするところでありまする。……逃れる術は御座りませぬ。そのため泣き悲しんでおるので御座いまする……。」

と。すると素戔嗚尊は、

「もし本当にそうであるならば……さてもお前は、その娘を私に奉ろうという意志の在るや否や!?」

と問うた。翁は答えて、

「仰せの通り、ご随意に。この娘の命を救って下さるのであれば喜んで奉りまする。」

と申し上げた。その答を聞くや、素戔嗚尊は奇稲田姫をあっと言う間に湯津爪櫛に変え、自身の髪に刺した。そうして脚摩乳と手摩乳に,何度も繰り返し醸して十分に熟成させた極めて酒度の高い濃い酒を用意させ、同時に俄仕立ての棚【「仮庪」というこの語は「佐受枳(さづき)」と発音する。】を八架作らせ、その各々の棚に大桶を一つ宛て置かせた。そうして、その桶に先の酒をなみなみと盛って、この鬼神の出現を待った。暫くすると件の大蛇が徐に現れた。その大蛇には頭と尾が、それぞれに八つあった。目玉は赤酸醬〔=真っ赤に熟した酸漿(ほおずき)の実〕【「赤酸醬」というこの語は「阿箇箇鵝知(あかかがち)」と発音する。】の如く真赤、松や柏がその背中に生えている程で、その巨体は八つの丘と八つの谷の間一杯に広がっているほどに長大であった。その大蛇の八つの頭が用意した八つの酒桶の酒を嗅ぎつけるに及んで、そのそれぞれの八つの桶ごとに、そのそれぞれの頭を突っ込んでぐびぐびと飲む。やがて大蛇は酒に酔うて眠ってしまう。これを機に素戔嗚尊は素早く腰につけた十拳の剣を引き抜き、大蛇をずたずたに斬り殺したのであった。丁度、その尾の部分に剣が及んだ時、剣の刃が少し毀れた。不審に思った素戔嗚尊は、そこで尾を裂いて、中を覗いた。すると、その中に一振の剣がある。これが所謂、草薙剣なのである【「草薙剣」というこの語は「倶娑那伎能都留伎(くさなぎのつるぎ)」と発音する。一書には、本来は「天叢雲の剣」と名づける、とある。これは恐らく、一般に大蛇のおる所にはその上空に常に雲気があるものであるから、それを由来として、このように名づけたのであろうか。後にこの持ち主となった日本武皇子が、名を改めて草薙剣と言うようになった。】。素戔嗚尊は、

「これは神聖な剣である。どうしてそのまま私物(わたくしもの)としておくことが出来ようか、いや、出来ぬ程に神聖じゃ。」

と言って、天の神に献上した。]

***

しろくはしや     褰鼻蛇

白花蛇        蘄蛇

ペツパアヽ シヱヽ

[やぶちゃん字注:底本では「蘄」の字は(くさかんむり)が(へん)の「單」の上のみにかかる。以下同じ。]

《改ページ》

本綱白花蛇状龍頭虎口黑質白花脇有二十四個方勝

文腹有念珠斑口有四長牙尾上有一佛指甲長一二分

腸形如連珠多在石楠藤上食其花葉人以此尋獲先撒

沙土一把則蟠不動以叉取之用繩懸起※1刀破腹去腸

[やぶちゃん字注:※1=「蠡」+「刂」。]

物則反尾洗滌其腹以竹支定屈曲盤起紮縛炕乾凡蛇

死目皆閉惟出於蘄州白花蛇雖乾枯而目開不陥故以

[やぶちゃん字注:底本では「陥」は(つくり)が「稲」の(つくり)になっている字体であるが、新字体の本字に代えた。]

蘄蛇擅名諸蛇鼻向下獨此鼻向上背有花文以此得名

喜螫人足入人室屋中作爛瓜氣不可嚮之須速辟除之

肉【甘鹹温有毒】爲風藥速于諸蛇【頭尾各一尺有大毒只用中段乾者以酒浸去皮肉其骨

 刺須遠棄之傷人其毒與生者同】

しろくはじや     褰鼻蛇〔(けんびだ)〕

白花蛇        蘄蛇〔(きだ)〕

ペツパアヽ シヱヽ

[やぶちゃん字注:底本では「蘄」の字は(くさかんむり)が(へん)の「單」の上のみにかかる。以下同じ。]

 

「本綱」に、『白花蛇の状は、龍の頭、虎の口、黑質・白花、脇に二十四個の方勝文有り。腹に念珠の斑有り。口に四の長き牙有り。尾の上に一の、佛指甲有り。長さ一~二分、腸(はらわた)の形ち、連珠のごとく、多く石楠藤に上に在り。其の花葉を食ひて、人、此れを以て、尋〔ね〕獲〔る〕。先づ沙土一把を撒く。則ち蟠(わだかま)りて動かず。叉(さすまた)を以て之を取る。繩を用ひて懸け、※1刀(かつふり)を起て、腹を破り、腸物を去り、則ち尾〔を〕反〔し〕、其の腹を洗〔ひ〕滌(すゝ)ぎ、竹を以て支〔へ〕定め、屈曲盤起〔して〕-縛(くゝ)り、炕(あぶ)り乾かす。凡そ蛇、死して目、皆、閉づ。惟だ蘄州より出づる白花蛇は、乾枯〔(ひから)〕びると雖も目開きて陥(をちい)らず。故に蘄蛇を以て名を擅〔(もつぱら)〕にす。諸蛇の鼻は下に向かふ〔も〕、獨り此の鼻は上を向かふ。背、花文有り〔て〕、此れを以て名を得。喜〔(このん)〕で人の足を螫〔(さ)〕す。人の室屋の中に入りて、爛瓜の氣(かざ)を作〔(な)〕す。之に嚮(むか)ふべからず。之須速〔(すみや)か〕に之を辟-除〔(のぞ)〕く。

肉【甘鹹、温。毒有り。】爲風藥〔と〕なること、諸蛇より速〔(すみや)か〕なり【頭尾、各々一尺〔に〕大毒有り。只だ中段を乾せる者を用ふ。酒を以て浸し、皮肉を去る。其の骨の刺(はり)、須らく遠く之を棄つべし。人を傷つくる其の毒、生者と同じ。】。』と。

[やぶちゃん字注:※1=「蠡」+「刂」。]

[やぶちゃん注:本種についてネット検索をかけてゆくと、中文サイトで「白花蛇」及び「蘄蛇」について、現在種としては別個な種記載が見つかる(同一ページ内で)。ある記載では「白花蛇」英名で“Little Multibanded Krait”、「蘄蛇」を“Long-nosed Pit Viper”と記す。これらの英名にはブレが認められ、ぴったり一致するものがざっと見る限りでは私には見当たらなかったが、恐らく「白花蛇」は、英名“Many Banded Krait”で、コブラ科アマガサヘビ科アマガサヘビBungarus multicinctusの仲間を、「蘄蛇」は“Horned Viper”で、クサリヘビ科クサリヘビ亜科クサリヘビ属ハナダカクサリヘビVipera ammodytesの仲間を指すのではなかろうかと思われる。しかし、ハナダカクサリヘビVipera ammodytes自体は分布域の西限界が西アジアとされており、分布域が合わないので、とらない(“Horned Viper”の英名はクサリヘビ亜科のサハラツノクサリヘビCerastes cerastesにも与えられているが、これもサハラ砂漠を中心としたエジプト・リビアを生息域とする)。それよりも吻端が上に反り返っている形態からは、同じクサリヘビ科のマムシ亜科ヒャッポダDeinagkistrodon acutusが分布域からもしっくりくる(英名は“Hundred-pace snake”)。この二種をとりあえず以下、同定からは外したハナダカクサリヘビも含めて、それぞれのウィキその他の記載をもとに略述する。

アマガサヘビBungarus multicinctusは、中国南部・台湾・ベトナム北部・ミャンマー・ラオス等を生息域とし、全長約140㎝で、黒地に白い帯上の横紋が入る。本種は強力なペプチド毒(α-ブンガロトキシンα-Bungarotoxin)を持ち、噛まれた場合、全身の筋肉弛緩・呼吸困難から死に至る。ヒトの致死量は23mg。性質はそれほど攻撃的ではないが、踏んだり暖を求めて寝床にもぐりこまれたりして噛まれるケースが多いとする。ちなみに同属のインドに生息するインドアマガサBungarus faciatusは特に強毒で、インドではコブラ科フードコブラ属インドコブラNaja naja、クサリヘビ科トゲクサリヘビ Echis carinatus、クサリヘビ科クサリヘビ亜科ラッセルクサリヘビDaboia russeliiと共に四大毒蛇に数えられている。

ハナダカクサリヘビVipera ammodytesは、ヨーロッパから西アジアに棲息するクサリヘビの模式種。全長約65㎝。同属に普遍的に見られる背面の黒く縁取られた鎖状斑紋が特徴。扁平な頭部は大きく、吻端に角状の突起を持つ。毒は出血毒で、ヨーロッパのクサリヘビ属中、最も毒性が強いと言われる。基本的には地上性であるが、捕食のために樹上に登ることもあるとする。

ヒャッポダDeinagkistrodon acutusは、中国南東部及び海南島・台湾・ベトナムを生息域とする。全長80120㎝。体色は地が濃褐色で暗褐色の三角形に縁取られた明るい斑紋を持つ。三角形に尖った頭部は吻端が上方に反り返って特徴的である。名は台湾での「百歩蛇」に呼称に由来し、このヘビに嚙まれると百歩歩かないうちに死ぬ、中国(大陸)では更に「五歩蛇」と過激になるが、実際には毒性は低く、死亡例はほとんどない。森林の水辺を好む。広東料理のスープの食材定番であり、漬け込んで肚酒や蛇酒にもされる点、「肉」の「酒を以て浸し」という叙述に近い。

 「褰鼻蛇」の「褰」は、かかげる(衣服の裾をかかげる)、上げる、開くの意。

 「方勝文」とは、菱形を組み合わせた縁起物の文様を言う。例えば菱形の中に、小さな菱形を四つ組み合わせたり、大きな菱形の内側に一回り小さな菱形を組み合わせたりしたものを言う。ヒャッポダDeinagkistrodon acutusの文様の三角形の縁取というのは、この方勝文のことを言うのではなかろうか。写真で見るとヒャッポダの背面の文様は、まさに三角形が二つ組み合わさって菱形に見え、その中にある鱗が、また小さな菱形の集合に見えるのである。但し、それは通常に見た背面部であって、「脇」ではないのだが。

 「佛指甲」とは、どうも裸子植物門イチョウ綱イチョウ目イチョウGinkgo bilobaのことを指していると思われる。イチョウの葉のような開いた形状があるということであろうか。ただ、ヒャッポダの尾部にそのような特徴記載が見当たらない。識者のご教授を願いたい。

 「石楠藤」を東洋文庫版ではモクレン亜綱コショウ目コショウ科 PiperaceaeのフウトウカズラPiper kadzuraに同定して、「本草綱目」に『紫緑色。一節一葉で、葉は深緑色、杏葉(きょうよう)に似てやや短く厚い。茎は樹処に貼(は)りつく。四時凋(しぼ)まず、白花蛇はその葉を食べる』とあるとする。確かに、この末尾文からは時珍の指すものはこのフウトウカズラと考えてよいであろう。但し、現在、漢方で「石楠藤」というとバラ科カナメモチ属のオオカナメモチPhotinia serrulataを指すようである。良安の絵は花を全くの日本の藤として描いてしまっている。

 「沙土一把」は、土砂の一握り、の意。

 「※1刀(かつふり)」[※1=「蠡」+「刂」。]の「※1」の字は元来、裂く、裂き破る、ずばりと割るの意、及び、刀で刺すの意を持つが、ここは、このまま二字で、音は「れいとう」、荒地を開墾するのに用いる農具を指す。「廣漢和辭典」に引用する「三才圖會」の「器用」部の「※2刀」[やぶちゃん字注:※2=「麗」+「刂」。]の叙述を孫引きしておく。『闢荒※3[やぶちゃん字注:※3「刅」-4画目の右の「丶」。]也。其制、如短鎌而背則加厚。』〔荒を闢(ひら)く※3なり。其の制、短鎌のごとくにして背は則ち厚みを加ふ。〕鎌の峰の厚いものである。但し、この「かつふり」という訓は不明。刀は数詞が「振り」であるから、刀状のものの代名詞として裂き割る鎌で「割振」かとも推測するが、これじゃあ、最近不愉快な職場の超過勤務時の勤務の割振で、如何にも嫌だ。

 「尾を反し」は、内臓を取り去った尾の部分を、内臓側に裏返すことを言う。

 「竹を以て支へ定め、屈曲盤起して」とは、竹を地面や固定物に立て刺して固定し、そこに内臓を除去して、内側に裏返した蛇体をぐるぐる巻きにして立てて、という意味であろうか。そうでなければ、ひろげた内臓部に竹の切片をはさんで広げた状態にし、それを数箇所で下から竹で支えて、地面に立てるという意味かもしれない。但し、後者だとその後の「紮縛り」(縛り)という作業がやや不明となるので、やはり前者か。

 「蘄州」現在の湖北省。洞庭湖の北側。

 「陥らず」は、燻製しても、通常、落ち窪むはずの眼球部分が、陥没しないことを言う。

 「蘄蛇を以て名を擅にす」は「擅(ほしいまま)にす」と読んでもよい。もっぱら蘄蛇という名で知られている、の意。

 「爛瓜の氣」は、腐った瓜の匂いのこと。このような独特の臭気があるという記載は少なくとも同定候補とした種の記載にはなかった。「蛇の匂い」という表現は、「あいつには蛇の匂いがする」――といった何となく文学的な臭気がするのだが……。

 「之に嚮ふべからず」を東洋文庫版は『そこに入ってはいけない』と訳すのであるが、これは即物的に、(有毒蛇であり、見つけても)決してその蛇の正面に立ってはならない、という意味ではなかろうか。

 「爲風藥となること」ここは底本では返り点がなく、且つ「ナルコト」のルビあるので、とりあえずこう書き下したが、これは「風藥と爲して」と読むのが正しいと思われる。

 「頭尾、各々一尺に大毒有り」は、頭と尾のそれぞれの先から約30㎝の部分には、強い毒がある、という意。この「大毒」及び酒に漬け込んでもその小骨は毒性が生体の咬毒と全く変わらずに強いので棄てよという叙述からは、強毒α-ブンガロトキシンを持つアマガサヘビBungarus multicinctusが疑われる。]

***

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○十一

うじや    黑花蛇

からすへび  烏稍蛇

烏蛇    【加良須久知奈波】

ウヽ シヱヽ

 

本綱烏花虵不食生命亦不害人多在蘆叢中吸南風及

其花氣最難採捕多于蘆枝上得之其身烏而光頭圓尾

尖眼有赤光至枯死眼不陥如活者其重一兩以下者爲

[やぶちゃん字注:底本では「陥」は(つくり)が「稲」の(つくり)になっている字体であるが、新字体の本字に代えた。]

上粗大者藥力減也可脊高如劔脊尾細長能穿錢百文

肉【甘平有小毒】 治諸風頑痺


一種有長大無劔脊而尾稍粗者名風稍蛇

△按烏蛇是人則擧頭追來迯人不可正直走如く字則

[やぶちゃん字注:「く」は平仮名の「く」。]

 蛇不能追至也雖追著此蛇不敢爲害

うじや    黑花蛇

からすへび  烏稍蛇〔(うせうだ)〕

烏蛇    【加良須久知奈波〔(からすくちなは)〕。】

ウヽ シヱヽ

 

「本綱」に、『烏花虵は生命を食はず。亦、人を害せず。多くは蘆叢(よしむら)の中に在りて、南風及び其の花氣を吸ふ。最も採-捕(とら)へ難し。多く蘆の枝の上に于〔(あ)り〕て之を得る。其の身、烏(くろ)くして光り、頭、圓く、尾、尖り、眼に赤光有り。枯死するに至りて、眼、陥(おちい)らず、活きたる者のごとし。重さ一兩以下の者を上と爲す。粗大なる者は藥力減ず。脊高く、劔脊のごとくなる尾、細長く、能く錢百文を穿つばかり

肉【甘、平。小毒有り。】 諸風頑痺を治す。


一種、長大にして劔脊無くして尾やや粗き者、風稍蛇と名づく。』と。

△按ずるに、烏蛇は、人を見れば、則ち頭を擧げて追い[やぶちゃん字注:ママ。]來たる。迯〔(に)〕ぐる人、正直(ますぐ)に走るべからず。「く」の字のごとくなれば、則ち、蛇、追ひ至ること能はず。追ひ著くと雖も、此の蛇、敢へて害を爲さず

[やぶちゃん注:ナミヘビ科ナメラ属シマヘビElaphe quadrivirgataのアルビノならぬ黒化型(melanistic:メラニスティク・黒変固体)を指す(通常のシマヘビは目が赤いが、こちらは光彩も黒色である。但し、本邦ではメラニスティクであっても頭部や腹部に白色が残るものが多いという記載もある)。無毒蛇であるが、一般に神経質で攻撃的な上に、敏捷で木登りなどもうまく、歯が鋭くて咬まれるとかなり痛むことから、「敢へて害を爲さず」というのは言い過ぎ。但し、良安がその前に忌避逃走法を記しているのも、その辺りのことを考えてのことかも知れない。

 「烏花虵」の「虵」は「蛇」の異体字。

 「生命」は、所謂、生物一般を指す。ちなみに、シマヘビの主食はカエルである。

 「花氣」は、花の香、生殖器としての花の、正に生気=性の気というような意味か。

 「一兩」は、約37.3g

 「劔脊のごとくなる尾」とあるが、シマヘビは確かに細く長くはある。興奮すると尾を激しく振って威嚇する点からも眼にはつき易いであろう。

 「穿つばかり」は、「穿つべし」と読みたいところ。

 「諸風頑痺」は漢方で言う慢性関節痛や慢性関節リウマチであり、更には、抹消神経損傷後に知覚神経支配領域に起こる触れるだけで激痛が走るようなカウザルギーKausalgie(ドイツ語)や、神経損傷を伴わない反射性交感神経性ジストロフィーreflex sympathetic dystrophyRSD)等をも含むもの。

 「風稍蛇」不詳。私には別種を指すもののように思われる。なお、底本のこの直前の縦罫挿入は、「本草綱目」を中略しているからであろう。]

***

きんぢや  金星地鱔

金蛇    銀蛇 錫蛇

    【金銀蛇未聞有

     於本朝】

 

本綱金蛇生賓州澄州大如中指長尺許常登木飲露體

[やぶちゃん字注:「賓」は底本では「濵」の(つくり)の字体であるが、正した。]

作金色照日有光其白色者名銀蛇又名錫蛇近皆少捕

《改ページ》

きんぢや  金星地鱔〔(きんせいちぜん)〕

金蛇    銀蛇〔(ぎんだ)〕 錫蛇〔(せきだ)〕

    【金・銀蛇は未だ本朝に有ることを聞かず。】

 

「本綱」に、『金蛇は賓州・澄州に生ず。大いさ、中指のごとく、長さ、尺ばかり。常に木に登り露を飲む。體、金色を作〔(な)〕し、日に照らし光有り。其の白色なる者、銀蛇と名づく〔→け〕、又、錫蛇と名づく。近ごろ、皆、捕ふること少なり。』と。

[やぶちゃん注:これはヘビではなく、トカゲである。中文名脆蛇蜥、俗に金蛇・銀蛇・錫蛇・金星地鱔・片蛇・蛇蜥・蜥蛇・碎蛇と呼ばれ、英名Harts glass lizard、トカゲ亜目オオトカゲ下目アシナシトカゲ科アシナシトカゲ亜科アシナシトカゲ属に類するハーティアシナシトカゲ(これは業者や愛好家の間での通名のようである)Ophisaurus hartiである。本邦には勿論、生息しない(が、結構人気のペットらしいから一杯「居る」んだろうなあ)。とある爬虫類業者の入荷リストのコメントから『オスは濃いメタリックブルーの斑が背に乗り、非常に美しいです。メスは斑が殆ど目立たず、赤みが強いです。黒目がちで顔つきが可愛らしく、ヨーロッパアシナシやトウブアシナシのエグさはありません(笑)。』ふ~ん、何だかこれだけ読むとアブナいサイトの品定めみたいで、ちょっとムズムズする気がしてくるのは私だけかなあ? その写真を見ると個体変異が非常にあるようで、金銀錫まで出てくる気持ちが分かる。おや? その冒頭に『久々入荷。最近ちょっと入荷難気味。』(=「近皆少捕」)とある。おや、なんだ時珍さん、遂に日本でペット・ショップを経営してたんですか?

 「金星地鱔」の「金星」は恐らく背面の斑紋を言うものと思われる。「鱔」は「鱓」の俗字であるが、「鱓」は、「廣漢和辭典」には『①魚の名。うなぎに似た淡水魚。うみへび。=鱔』及び『②水虫の名。とかげに似て長大。=鼉』とするのだが、①は「和漢三才圖會 卷第五十 魚類 河湖無鱗魚」の該当項に随うならば、タウナギ目タウナギ科タウナギMonopterus aibusである。また、②は本巻で前掲した通り、ワニ目正鰐亜目アリゲーター科アリゲーター亜科アリゲーター属ヨウスコウアリゲーター(ヨウスコウワニ)Alligator sinensisである。ここはどちらにも取れるが、形状や運動性の類似から考えて、①のタウナギMonopterus aibusを比喩とした「陸のタウナギ」の謂いと見て間違いないであろう。]

***

みつくちくちなは 公蠣蛇

水蛇

シヱイ シヱヽ

 

本綱生水中大如鱓黄黑色有纈紋齧人不甚毒能化鱧

者即此也

泥蛇 黑色穴居成群齧人有毒與水蛇不同

△按江海水涯有穴處以爲有鰻※1以手搜之握水蛇泥

[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「麗」。]

 蛇等所齧者多

みづくちなは 公蠣蛇〔(こうれいだ)〕

水蛇

シヱイ シヱヽ

 

「本綱」に、『水中に生ず。大いさ、鱓(きたご)のごとし。黄黑色、纈〔(けつ)〕の紋有り。人を齧む〔も〕、甚〔だしき〕毒〔は〕あらず。能く鱧〔(やつめうなぎ)〕に化する者、即ち此れなり。

泥蛇 黑色。穴居して群れを成し、人を齧む。毒有り。水蛇と同じからず。』と。

[やぶちゃん字注:「鱓」の(キタゴ)のルビは左側に付く。異例であるが、水蛇の絵を挿入した結果、右側の縦罫が字に接近し、ルビがルビを振る余地がなくなったためである。※1=「魚」+「麗」。]

△按ずるに、江海水涯に穴有る處、以て鰻※1〔(うなぎ)〕有りと爲して、手を以て之を搜(さが)すに、水蛇・泥蛇等を握り齧まるゝ者、多し。

[やぶちゃん注:まず「本草綱目」の「水蛇」はナミヘビ科ミズヘビ属のシナミズヘビEnhydris chinensisに同定したい。中国南部からベトナムの河川や湖沼に棲息する水棲蛇で体長は約60cm、魚食性、無毒蛇である。愛好家が多い蛇のようで、それはまさに黄と黒の地肌とその背脊部分や側面にまさに纐纈染め(括り染め・絞染め)したような「纈の紋」様が個体によって様々に変化するところが人気らしい。無毒であっても攻撃的な個体や種に咬まれれば相応に痛いし、水辺であれば細菌による二次感染も起こる。更に、弱毒を持つEnhydris属もいるので、時珍の記載は正しい。次に良安の言うのは、所謂、コブラに匹敵する強毒を持ったヘビ亜目ウミヘビ科 Hydrophiidaeのウミヘビ類を指すのではなく、淡水の水辺にも棲息し、よく泳ぐところのナミヘビ科ヤマカガシRhabdophis tigrinusを念頭において言っているのではないかと私は推測する。また、盲滅法に手を突っ込んで咬まれるのは、実体が不詳であるのだから、河川ならば別に鋭い棘を持つナマズ目ギギ科ギバチ属ギギPelteobagrus nudicepsであっても、海岸ならば同じナマズ目ゴンズイ科ゴンズイPlotosus lineatusやらであってもおかしくない。まずはここは「蛇類」であるから、ヤマカガシで話を進めると、私は遠い幼稚園時代の昔の自然に満ちた練馬の大泉学園や、今も居住している大船植木の谷戸の古池や水田で、そして中学・高校を過ごした富山県高岡市伏木の自宅の裏山の矢田の大きな堤で、彼等ヤマカガシが如何にも気持ち良さそうに泳ぐ姿をよく見かけたものである。いや、その幼稚園時代には友人と畦道で待ち構えて、たも網で捕まえては、互いに「僕の蛇の方が長いもん!」と、その長さを比べ合い、首に巻いたフロイトもびっくりの記憶さえ鮮明である。且つ、ここで良安が咬まれることへの注意を喚起しているということは、それがとりもなおさず、ある種の毒性を持っていることを示すものと考えられる。最近は比較的知られるようになったが(「マムシとハブだけが日本の毒蛇じゃあないよ!」と私がよく昔から脱線した授業で叫んでいたのを覚えている諸君も多いであろう)、ヤマカガシは後牙類(口腔後方に毒牙を有する蛇類の総称)で、奥歯の根元にデュベルノワ腺Duvernoy's gland という毒腺を持っている。出血毒であるが、血中の血小板に作用して、かなり速いスピードでそれを崩壊させる。激痛や腫脹が起こらないために安易に放置し勝ちであるが、凝固機能を失った血液は全身性の皮下出血を引き起こし、内臓出血から腎機能低下へ進み、場合によっては脳内出血を引き起こして、最悪の場合、死に至る(実際に1972年に動脈のヤマカガシ咬症によって中学生が死亡する事故が発生していることも――僕の脱線の決まり文句だったのを覚えているか?)。更に「江海」の「海」が気になるという御仁には、ばっちり黄色と黒色で尾部に至って「纈の紋」様っぽい斑紋を持つコブラ科セグロウミヘビPelamis platurus等を挙げてもいいであろう。打ち上げられた個体を出雲大社を始めとする山陰地方の神社で漂着神として祭られていることからも、良安の想像の中になかったとは言えない。但し、本種は外洋性であり、良安の「江海水涯に穴有る處」という記述に反する。こちらにぴったりくるのは寧ろ、南西諸島に分布する夜行性で昼間に海岸の岩礁の穴で休息するイラブー、コブラ科のエラブウミヘビLaticauda semifasciataであるが、こちらはご存知のように本邦最高と言ってよい強毒エラブトキシンErabutoxin(ハブ毒の7080倍とされる)を持っていながら、性質至って温順にして、咬症報告が殆どと言ってないから、やはり本種の同定からウミヘビは外すべきではなかろうかと思われる。

 「公蠣蛇」の「蠣」は蝎(さそり)の意で、公は偏らない・等しく、で、よく咬むという本種の性質からお命名か。

 「鱓」のキタゴとは、タウナギ目タウナギ科タウナギMonopterus aibusを指す。なお、「鱓」は音「せん」又は「ぜん」で、現在、一般には硬骨魚綱ウナギ目ウツボ亜目ウツボ科Muraenidaeのウツボ類を指す字としても用いられ、国字としては食品のカタクチイワシの干物を謂う「ごまめ」の字でもある。前掲の「金蛇」の注や「和漢三才圖會 卷第五十 魚類 河湖無鱗魚」の「鰻※1」及び「鱓」の項を参照されたい。

 「鱧」は、現在のこの字が示すところのウナギ目アナゴ亜目ハモ科ハモMuraenesox cinereusではなく、脊椎動物亜門無顎上綱(円口類=無顎類) 頭甲綱ヤツメウナギ目ヤツメウナギ科 Petromyzontidaeに属するヤツメウナギ類を言う。「和漢三才圖會 卷第五十 魚類 河湖無鱗魚」の「鱧」の項を参照。ちなみに良安は、この字をハモに当てる誤りについて、ことあるごとに反意を表明している。イワクつきの字なのである。

 「泥蛇」は、全くの別種とも考えられるが、ミズヘビEnhydris属には弱毒を保持する(本属は基本的には奥歯に毒牙を持つ後牙類である)ものがあり、最近ではボルネオ島でカメレオンのように色を変化させる同属の有毒種Enhydris gyii、英名“Kapuas Mud Snake”が2005年に発見されている。

 「江海水涯に穴有る處」は、河川や海岸の岩礁海岸や崖の水中の窪み及び洞状になった部分を指す。

 「鰻※1」は、条鰭綱ウナギ目ウナギ亜目ウナギ科ウナギAnguilla japonica「和漢三才圖會 卷第五十 魚類 河湖無鱗魚」の「鰻※1」の項を参照。]

***

さとめぐり

黄頷蛇

ハアン ハン シヱヽ

 

黄喉蛇

赤楝蛇

桑根蛇

【俗云里巡】[やぶちゃん字注:以上は前三行下に入る。]

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○十二

本綱黄頷蛇多在人家屋間呑鼠子雀雛見腹中大者破

取其蛙鼠乾之爲藥紅黑節節相間儼如赤楝桑根之状

喉下黄色而大者近丈皆不甚毒丐兒多養爲戯弄死則

食之

△按黄頷蛇竄棲人家呑鼠及燕子不嚙人如有倉廩食

 米者長大有二三丈者捕三四尺許者令纏丐兒女頸

 稱因果所業乞錢之類和漢共然乎

 有一黄頷蛇呑鷄卵出於戸鑰孔卵輾自潰蛇快然去因

[やぶちゃん字注:この「一」は異例に一字分を版しておらず、「蛇」の字も高さを縮めてあり、従って一行字数が一字分増えている。]

 以黄楊贋卵形置塒亦蛇呑之潜鑰孔而木卵不嘗潰

 蛇還退入尾於孔逆潜即木卵吐出得安焉人懼其智

さとめぐり

黄頷蛇

ハアン ハン シヱヽ

 

黄喉蛇〔(くわうこうだ)〕

赤楝蛇〔(せきれんだ)〕

桑根蛇〔(さうこんだ)〕

【俗に里巡と云ふ。】[やぶちゃん字注:以上は前三行下に入る。]

 

「本綱」に、『黄頷蛇は、多く人家の屋(やね)の間に在りて、鼠の子・雀の雛を呑み、腹中の大なる者を見る。其の蛙・鼠を破り取りて、之を乾し、藥と爲す。紅・黑の節節、相間(まじは)りて儼〔(おごそか)〕に赤楝桑根の状のごとし。喉の下、黄色にして、大なる者、丈に近し。皆、甚〔しき〕毒〔はあら〕ず。-兒(ものもらい[やぶちゃん字注:ママ。])、多く養ひて戯弄〔(ぎろう)〕と爲し、死すれば則ち之を食ふ。』と。

△按ずるに、黄頷蛇は、人家に竄(かく)れ棲(す)んで、鼠及び燕子を呑む。人を嚙に〔→ま〕ず、倉廩に有りて米を食ふがごとし〔→ごとき〕者は、長大にして二~三丈の者有り。捕へて三~四尺ばかりの者を丐--女(こじきむすめ)の頸に纏(まと)はしめ、「因果の所業」と稱して錢を乞ふの類、和漢共に然り。

一黄頷蛇有りて鷄卵を呑んで戸鑰(くろゝ)の孔より出でて、卵、輾(きし)りて自ら潰(つぶ)れ、蛇、快然として去る。因りて-楊(つげ)を以て卵の形に贋(にせ)て、塒(とくら)に置く。亦た、蛇、之を呑み、鑰孔〔(とくろのあな)〕を潜(くゞ)る。而れども、木卵、嘗て潰れず。蛇、還りて退きて、尾を孔に入れ、逆に潜る。即ち木卵、吐き出して安きことを得。人、其の智を懼る。

[やぶちゃん注:一応、良安の叙述する本邦種はナミヘビ科ナメラ属アオダイショウElaphe climacophoraに同定してよいと思われるが、「本草綱目」の記載は同種ではないように思われる。同じナメラ属のシュウダElaphe carinataとも考えられる。ここに記されている異名の「黄喉蛇」や「赤楝蛇」は、本邦ではナミヘビ科ヤマカガシRhabdophis tigrinusを指す語として用いられているが、サトメグリがアオダイショウの異名であること、無毒蛇であること(ヤマカガシは毒蛇)、ヤシキマワリ、ネズミトリ、ムラクル等、如何にも本叙述と一致する異名を持つこと等から、アオダイショウElaphe climacophoraをとる。なお、ウィキによれば、アオダイショウの祖型はヨナグニシュウダElaphe carinata yonaguniensisだと考えられているから、時珍の記述に良安が本邦のアオダイショウを当てたのは満更、見当違いとは言えない。

 「儼に」この「儼」は「厳」と同義で、「儼存」=「厳存」で、はっきりと確かにあるの意であろう。ウィキの記載によればアオダイショウの『体色は褐色がかったオリーブ色と形容されるが、青みが強い個体や、黄色、茶色、緑色の強い個体もいる。薄い4本の縦縞模様がある(ない個体もいる)。』『幼蛇は横縞模様があり、やや褐色がかっている』とするので、こうした紋様がはっきりと表われているという意味であろう。東洋文庫版は『紅・黒の節節かあいまじっていて美しく』と訳すが、「儼」にはそのような意味はない。

 「赤楝」不詳。但し、ヤマカガシ語源説の記載の中には、これをナス目ナス科ホオズキPhysalis alkekengi var. franchetiiの真っ赤に熟した実のこと取り、前掲の「巨蠎」の「赤酸醬」(あかかかち)と同語源とする。「楝」単独であれば、オウチと読み、ムクロジ目センダンMelia azedarachのことを指すが、例えば「赤楝」が同属の亜種である可能性は低いように思われる。

 「桑根」イラクサ目クワ科クワ属ログワMorus lhouの根っこ。漢方で「桑白皮」「桑根白皮」という生薬となる。

 「丐-兒」「丐」は音「カイ」で、「乞」と同じ。丐兒=丐子で、乞食のこと。

 「戯弄」は、楽しみもて遊ぶこと。玩具(おもちゃ)。

 『捕へて三~四尺ばかりの者を丐--女の頸に纏はしめ、「因果の所業」と稱して錢を乞ふの類』は、「親の因果が子に報い、可愛そうなはこの娘(こ)で御座い……」の口上で始まるところの見世物小屋の「蛇娘」の謂いである。確かなサブカルチャーの証言を良安は記述してくれている。

 「倉廩」は音「ソウリン」で、倉や米倉を言う語。

 「戸鑰」の「鑰」は音「ヤク」で、鍵・錠前のこと。「くろろ」という訓は、「枢(くるる)」と同じ。「くるる」とは① 開き戸を開閉するため、扉の回転軸の上下に設けた心棒の突起(とまら)。また、その突起を上下の枠のくぼみ(とぼそ)に入れて戸が回転するようにした仕掛け。又は、②戸締まりのために、戸の桟から敷居に差し込む止め木。また、その仕掛け。「おとし」「さるかき」のことを言う。ここでは蛇が出て行くのは「とまら」と「とぼそ」の隙間でも良いし、桟と敷居の隙間でもよいであろう。

 「快然として」は、卵を呑んでそれが詰まった状態を不如意で重い感じとすれば、それを潰して病が治ったように、気持ちよくすっきりとした感じで蛇が去ってゆくという意味である。

 「黄楊」は、良安の叙述部であるから、トウダイグサ目ツゲ科ツゲ属の母種であるツゲBuxus microphyllaの変種である本邦種のツゲBuxus microphylla var. japonica

 「塒」は、「とや」とも言い、鳥のねぐら、巣のこと。]

***

むぎわらへび 奈久曾

 なぐそ

麥※1蛇

[やぶちゃん字注:※=「絹」-「糸」+「禾」。]

《改ページ》

△按園野處處有之大抵三四尺大者一丈許黄褐色自

 頭至尾有縦文其文淺白如麥※1故名又名奈久曾蛇

 【未詳】不齧人與黄頷蛇同好事者弄之

むぎわらへび 奈久曾

 なぐそ

麥※1蛇

[やぶちゃん字注:※=「絹」-「糸」+「禾」。]

 

△按ずるに、園野の處處に之有り。大抵、三~四尺、大なる者、一丈ばかり。黄褐色。頭より尾に至るまで縦(たて)文有り、其の文、淺白く、麥※1(むぎわら)のごとし。故に名づく。又、奈久曾蛇と名づく【未だ詳らかならず。】人を齧まず、黄頷蛇(さとめぐり)と同じく、好事の者、之を弄す

[やぶちゃん注:ムギワラヘビはナミヘビ科ナメラ属アオダイショウElaphe climacophoraの異名である。前掲の「黄頷蛇」にも同定しているが、ここでの大きさも現在のアオダイショウ1m~3m(実際にそこまで大きい固体は公式には記録されていないが)と一致するし、アオダイショウの体色についても、一般には褐色がかったオリーブ色という形容とほぼ一致している(但し、個体色差が激しく、青・黄・茶・緑の各色が強く現れたものも多く、前掲の「黄頷蛇」自体が、この黄色に偏移した個体を言っているんおではなかろうかとも思われる)。また、薄い白色の縦縞模様を四条もつのが普通(それを麦藁に比喩したと思われる。但し、縞を帯びない個体もいる)である点から、本種をアオダイショウElaphe climacophoraと同定する。

 「奈久曾蛇と名づく【未だ詳らかならず。】」の「なぐそ」は良安も語源不詳とするのであるが、前掲の「蜥蜴」の「麥※1蛇」の注で私は、「ナグソとはノグソ=野糞なり」といった想像を巡らせたが、現在でも、この発想に絶大な自信を抱いていることを表明しておく。

 「好事の者、之を弄す」とあるが、アオダイショウには臭腺があり、刺激すると化学薬品のような独特の臭いを発する液体を分泌するので、あまりいじくらない方が賢明かも知れない。しかし、幼少期の捕獲体験から言うと、私はそれほど気になる臭いとは思わない(同類のシュウダElaphe carinataは「臭蛇」で遥かに強烈であるらしい。私は未嗅)。]

***

ひばかり

熇尾蛇

カ゜ウ ウイ シヱヽ

 

竹根蛇

【俗云日

 波加利】[やぶちゃん字注:以上三行は、前三行の下にある。]

 

本綱竹根蛇不入藥用最毒喜縁竹木與竹同色大者長

四五尺其尾三四寸有異點者名熇尾蛇毒尤猛烈中之

者急灸三五壯毒即不行仍以藥傅之

△按有毒蛇不過一二尺色深黄有細點中其毒者即日

 死故俗呼曰日限此乃熇尾蛇矣

 小蛇有庭砌人手捕之棄于壁外少時腕有小孔如針

《改ページ》

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○十三

 

 痕血出似絲線須臾靣〔=面〕目腫脹發熱招予乞治蓋此熇

尾蛇所囓也急傳止血藥止血次艾灸一壯上傅留宇

陀草末内用敗毒散二三貼平癒

ひばかり

熇尾蛇

カ゜ウ ウイ シヱヽ

 

竹根蛇

【俗に日波加利と云ふ。】

 

「本綱」に、『竹根蛇は、藥用に入らず。最毒なり。喜〔(この)〕んで竹木に縁〔(よ)〕る。竹と色を同〔うす〕。大なる者、長さ四~五尺、其の尾、三~四寸。異點有る者を熇尾蛇と名づく。毒、尤も猛烈なり。之に中る者は、急に灸すること、三~五壯なれば、毒、即ち行かず、仍て以て藥を之に傅(つ)く。』

△按ずるに、毒蛇有り、一~二尺に過ぎず、色、深黄、細點有り。其の毒に中る者、即-日(そのひ)に死す。故に俗に呼んで日限(〔(ひ)〕ばかり)と曰ふ。此れ乃ち熇尾蛇か。

小蛇、庭砌に有り、人、手づから之を捕へ、壁の外に棄つ。少時ありて、腕、小孔有り、針の痕(あと)のごとく、血出づること、絲線に似て、須臾〔(しゆゆ)〕に〔して〕面目腫脹し、發熱す。予を招きて治を乞ふ。蓋し此れ、熇尾蛇の囓む所なり。急に血を止むる藥を傳(つ)て〔→け〕て血を止め、次に艾〔(もぐさ)〕灸、一壯〔を〕して、上に留宇陀草の末を傅く。敗毒散を内用すること、二~三貼〔(てふ)〕にして、平癒す。

[やぶちゃん注:ナミヘビ科ヒバァ属ヒバカリAmphiesma vibakari。但し、ヒバカリは無毒で、おとなしく人を嚙むことは極めて少ない。これについては、まず「本草綱目」の「竹根蛇」なるものがヒバカリを含む後牙類のナミヘビ科Colubridaeではなく、マムシやハブを含む強力な有毒種を有するクサリヘビ科 Viperidaeに冠せられた名であると考えられ、名称伝播の過程で誤解が生じたと考えるのが正しいであろう。「本草綱目」の言う「熇尾蛇」や「竹根蛇」がクサリヘビ科 Viperidaeのどの種であるかは、流石に爬虫類に暗い私には分からないが、少なくとも、中文字書の幾つかのネット・ページに「本草綱目」の「竹根蛇」を「※1蛇」[※1=「虫」+「奎」。]とし(中国音kuíshé)、「※1蛇科」と書いて“viper”と英訳語を附した上で、解説では有毒蛇の類で响尾蛇科と近縁であると記している。この响尾蛇科とはCrotalidaeで、マムシ科のことである。但し、現代中国語の「熇尾蛇」にはヒバカリAmphiesma vibakariが当てられている。また「熇尾蛇」の「熇」は、本来は「火の熱さ」「熾烈な炎」を示す字である。中国での当該種が尾部を激しく震わせるタイプであったか、単純に赤かったのか、感触としては前者を考えるのであるが。なお、本邦での誤った命名については、ウィキ等の記載では、同属の奄美諸島・沖縄諸島固有種で、沖縄本島では最多固体種であると考えられているガラスヒバァAmphiesma pryeriが有毒種であり、また、ヒバカリに近縁であるヤマカガシRhabdophis tigrinusも有毒種であるから、それらと混同している可能性があると記すが、そもそもガラスヒバァによる咬症例は少なく、その毒素自体が不明で、人体に無害という記載さえある(但し、後牙類であるから油断は禁物である)。さらに、それがヤマカガシとの混同であるのなら、何故にヤマカガシの有毒性が正しく喧伝されてこなかったのか? 相変わらずヤマカガシは無毒であると考えている人は多いではないか? 私はこの説明では納得できないのである。

……熱くならずに、さて、落ち着こうか――長崎県五島市(古くは福江市)男女(だんじょ)群島の男島(おとこじま)には、ヒバカリの固有亜種ダンジョヒバカリAmphiesma vibakari danjoenseという幻の蛇がいるという(爬虫類愛好家でも実見した人は少ないようだ)。絶海の孤島(差別表現か。お許しあれ。しかし五島列島の南西にあり、人口ゼロ人、島全体が国指定の天然記念物=天然保護地域、となればお許し頂けよう呼称であろう)――その、南海の絶海の孤島、その特異な生物層、その「楽園」の「蛇」の名は――アダムとイヴよろしくダンジョヒバカリ――「男女日限」……いいじゃない!

 「急に灸すること、三~五壯」の「急に」は受傷後、間髪を入れずで、「壯」は一つの灸点に艾を盛り、火をつけて燃え終わるまでの御灸の一回分を言う単位である。咬症に対して、身体の別々な五つもの灸点に同時に点ずるというのは考えにくいから、ここは連続的に同一点に三回から五回、連続して灸をすえるという意味であろう。

 「仍て以て藥を之に傅く」は、灸を十分にすえて毒が回るのをしっかり抑えた後、その傷口に藥を塗るれば、この強烈な毒素を持つ熇尾蛇咬症からでも生還できるということである。なお、この薬をつけるの意の動詞の「傅(つ)く」は、字形を較べて頂きたいのだが、

「傅」(音「フ」)

であって、「伝」の旧字体の

「傳」

とは全くの別字である。良安の叙述にも用いられているので、注意を要する。実は、底本を見ると良安先生自身、かなり「傳」っぽい怪しい書き方をしているのである。

 「庭砌」「にはのみぎり」か、若しくは二文字で単に「には」と読んでいるのかも知れない。そもそも「砌」自体が庭を指す。東洋文庫は「にわさき」とルビを振る。

 「血出づること、絲線に似て、須臾に面目腫脹し、發熱す」この叙述は、咬まれた(と思われる)傷跡から、細い糸のように血が凝固せずにだらだらと流れ出していることを示しており、出血毒が疑われる。本邦本州(良安の事跡からは可能性としては現在の関西、大阪近辺と限定してもよいかも知れぬ)での事例であるから、クサリヘビ科マムシ亜科マムシ属ニホンマムシGloydius blomhoffiiか、ナミヘビ科ヤマカガシRhabdophis tigrinusのどちらかである。但し、ここでは、その小蛇に咬まれたという描写がないから、全く別の昆虫類や節足動物による咬傷を完全に排除することは出来ないが、とりあえず蛇咬症とするならば、まさにその「小蛇に咬まれたという描写がない」点がポイントであろう。後牙類であるヤマカガシによるものであれば、深く咬まれている可能性が高く、それは被害者自身にとっても、インパクトのあることであり、医師に報告するに足るだけの内容である。ところが、叙述は実に平穏に「小さな蛇が庭先にいたので、その家人が素手で捕まえて塀の外に投げ棄てた」とあり、咬まれた決定的な描写がない。ということは素手で捕まえた際、若しくは投げ捨てようと抛った際に、気づかないうちに蛇に少し咬まれたと考えるのが自然であろう(わざわざ素手でと書いた描写の意味合いからは、捕捉時であった可能性が高いように見受けられるが、素人が尻尾をおっかなびっくりで持った際に、巻き上がって咬まれる可能性も高い)。とすれば、ニホンマムシGloydius blomhoffiiの可能性が濃厚となる。マムシ咬傷の患者記録では、草藪等に手足を突っ込み、茨等の棘を深く指したような痛みであったが、マムシ本体を現認して慌てたという記載も見受けられる。以下の良安医師の症例を検討しよう。普通、四肢の指をマムシに咬まれた場合でも、受傷後凡そ30分で受傷部位の手首足首部分まで腫脹が生じ、激しい疼痛が始まる。約一時間で肘まで腫脹が広がり、激しい痛みのために呼吸不全や外傷性ショックを引き起こすこともある。この辺で治療を施しても、急性症状はある程度続行し続け、ある事例では約12時間後で脇の下から肩まで腫脹が広がったとする。マムシ咬症の一般的病態は、出血(但し、咬傷部分が小さいために通常ならばそれほど目立たないようであるが、良安医師の症例では「腕」と記しており、下膊か上膊であったように思われ、凝固反応が阻害された出血症状が顕著であったのであろう)・血圧低下・腫脹(顔面及び眼球の腫脹がしばらくして発生しているのは先の事例によく当てはまっているように見受けられる)・皮下出血(体外出血が顕著でなくてもこれは普通に広く見られる)・発熱(完全一致)・眩暈・リンパ節の腫脹及び圧痛(これは受傷後1~2時間後)、重症の場合は意識混濁・腫脹部の筋肉の壊死・眼筋麻痺からの視力低下等を示す。2~9日後には急性腎不全による排尿障害や蛋白尿・血尿等の循環器障害を呈し、後遺症として腎機能障害が残るリスクは高い。致命的なケースは極めて少ないと言えるが、甘く見てはいけないということである。このケースは、やはりマムシ咬症と見てよいのではないか。また、良安がプライベートな患者の症例と処方・治療の実際を記載したのを見るのは、現在までの翻刻作業の中でも、全く初めてなのである。それだけ良安医師には、この時の見立てと施術に、医師として並々ならぬ自信を持っていたのだと断定してよい。そうしてまた、この患者は、当時の名医良安医師の冷静適切な判断と当時知られた処方により、正に事なきを得たのだと言ってよいのである。

 「艾」灸に用いる「モグサ」を指す。これはキク亜綱キク目キク科ヨモギArtemisia princepsの葉を乾燥させて、裏側の綿毛を採取した漢方である。また、葉は艾葉(がいよう)という生薬としても用いられ、止血作用がある。なお、艾及び艾葉には、本種以外にオオヨモギ(別名ヤマヨモギ・エゾヨモギとも)Artemisia montanaも用いられる。

 「留宇陀草」ルウダソウ 中南米・メキシコ原産のエパソーテ“Epazote”、ナデシコ目アカザ科アカザ属アリタソウChenopodium ambrosioidesか。同種若しくは近縁種を示すポルトガル語の“Ruta”に由来するとおぼしい。ある種の豆類を食べることによって起こる腹部膨満感・無月経及び月経不順・マラリア・コレラ・ヒステリー・気管支カタルに有効で、更には中絶薬・寄生虫駆除薬等、多岐に渡る効能がネット上に散見さられる……といったことを、本巻冒頭の「龍」の概説の項に既出の同一物を指すと考えられる「留宇駄」の注で記した。また、東洋文庫版割注でも本種をアリタソウに同定しているのだが、……今回のネット検索で、本種をバラ亜綱ムクロジ目ミカン科のヘンルーダRuta graveolensを見出した。これにはリシャ・ローマの時代から毒蛇に咬まれた際の特効薬として知られていたという記載があり(「東京人形倶楽部あかさたな漫筆15の「シとスの間を行きつ戻りつ6」の「4.テリアカの歴史」参照)、何より和名からも学名からもしっくりくるものである。ウィキ等によれば、これを主成分とした渡来薬は江戸時代に知られており、近代に至って葉に含まれる精油成分1,8-シネオール(1,8-cineol)、別名ユーカリプトール(eucalyptol)が通経剤・鎮痙剤・駆虫剤等としての効果を認められていた(但し現在は、1,8-シネオールには毒性があるとされ、着香目的以外には使用出来ないようになっている)。以上からとりあえず、私はここで、「留宇陀草」をヘンルーダRuta graveolensに同定変更しておきたい。

 「敗毒散」漢方には「~敗毒」に類した薬剤名を語尾に持つものが幾つかあるが、恐らくここでは「荊防敗毒散」(けいぼうはいどくさん)を指しているものと思われる。これは明代の「万病回春」(1587年刊)の「癰疽門」(ようそもん:腫瘍類)の部に載る散薬で、荊芥(けいがい)と防風を主剤とした十五種の薬剤から調合される。化膿を伴う慢性皮膚疾患の毒成分を解毒する効果を持つとする。

 「貼」は「チョウ」で、本邦で薬の包みを数える際の助数詞。]

***


はみ

まむし

はんび

蝮蛇

ヒヤア シヱヽ

 

反鼻蛇

【和名波美

 又云片尾

 俗云眞虫】

[やぶちゃん字注:以上四行は、前五行下に入る。]

 

本綱蝮蛇黄黑色如土白斑黄頷尖口細頸大頭焦尾鼻

上有鍼錦文如綬文閒有毛如猪鬣大者長七八尺含太

陽火氣而生故利牙有毒蛇類最多惟蝮中人甚急但即

時以刀割去瘡肉投於地其沸如火炙須臾焦盡人乃得

活又云衆蛇之中此獨胎産也七八月毒盛時囓樹以洩

其毒樹便死又吐涎沫于草木上着人成瘡身腫名蛇漠

瘡卒難治療也其脂摩着物皆透也

《改ページ》

肉【甘温有毒】 取活者一枚以醇酒一斗浸封埋馬溺處周年

 取開蛇已消化酒味猶存不過一升以來當覺身習習

 而病愈最治癩病此疾感天地肅殺之氣而成惡疾也

 蝮蛇稟天地陰陽毒烈之氣而生惡物也以毒物而攻

 毒病也


蚖【一名虺】 與蝮同類長尺餘蝮大而蚖小其毒則一其色

 如土而無文

△按蝮蛇大抵長者不過二三尺凡諸蛇自頭至尾次第

 纎如牛蒡根惟蝮蛇如木杖而至尾耑急纎又諸蛇卵

 生獨此胎生吐子於口然有利牙不易産七八月將産

 時自欲脱牙好囓樹咬人草行不可不愼人殺之宜摧

 其頭如打身尾未及頭則悲鳴聞其聲群蝮來聚無之

 奈何也蓋此非實物其地草莖化如羣蛇然其猛念可

 知矣毎好蟠山椒樹故蝮身有山椒氣香土人取之剥

 皮但以上下唇裂之則皮肉骨分爲三段肉潔白如雪

《改ページ》

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○十四

寸寸切亦能蠢動用梅醋蓼浸食甘美益氣力強神志

 又黑燒爲藥隠名曰五八草【又名十三草】能止血治惡瘡【其燒

 粉若値雨変成小虫】[やぶちゃん字注:「変」はママ。]

 子生於口時尾先出纏竹木互如引出生直紆行復如

 此凡六七子又蝮與蚖爲一種爲別種諸説時珍解之

 愈爲二物小而無紋者爲蚖大而有錦文者爲蝮云云

 畿内有之者長一尺許而尺半者希矣九州之産雖大

 不過二三尺皆地黑色而有黄赤白錦文無文可稱蚖

 者希有之

 蝮性甚勇悍也農人草行見蝮欲殺而不携刀杖故詈

 曰汝卑怯者不可去也還家持鋤鍬等復行蝮嚴然如

 待然或以竿※1其首曾不迯去徐縮身肥僅爲五六寸

[やぶちゃん字注:※1=(てへん)+「子」。]

 此爲當跳著也果急跳懸拗首則死其鍼有尾如蜂針

 常不見臨時出刺人毒最烈然謂鍼有鼻上者未審傳

 云取針安懷中令人勇氣

《改ページ》

はみ

まむし

はんび

蝮蛇

ヒヤア シヱヽ

 

反鼻蛇

【和名、波美。又、片尾とも云ふ。俗に眞(ま)の虫と云ふ。】

 

「本綱」に、『蝮蛇は、黄黑色〔にして〕土のごとく、白斑〔あり〕。黄なる頷、尖〔れる〕口、細き頸、大なる頭、焦〔なる〕尾鼻の上に鍼〔(はり)〕有り。錦の文、綬文のごとく、閒に毛有りて、猪の鬣〔(たてがみ)〕の大なる者のごとし。長さ七~八尺。太陽の火氣を含みて生ず。故に利き牙、毒有り。蛇の類、最も多〔かれども〕、惟だ蝮(はみ)〔のみ〕、人に中れば甚だ急なり。但だ、即時に刀を以て、瘡肉を割〔(さ)〕き去り、地に投じ、其の沸くこと、火にて炙るがごとし、須臾〔(しゆゆ):即座に。〕に焦げ盡く。〔されば、〕人、乃ち活することを得。又、云ふ、『衆蛇の中、此れ獨り、胎産なり。』と。七~八月、毒、盛なる時、樹を囓じり、以て其の毒を洩らす。樹、便ち死す。又、-沫(よだれ)を草木の上に吐く。人に着けば瘡と成り、身、腫るゝ。蛇漠瘡と名づく。卒〔(にはか)〕に治療は難し。其の脂、物に摩り着きて、皆、透るなり。

肉【甘、温。毒有り。】 活たる者一枚を取り、醇酒一斗を以て浸し封じ、馬の溺處に埋み、周年にして取り開き、蛇、已に消化して酒の味、猶を〔→ほ〕存す〔といへども〕、一升以來に過ぎず。〔以て飲まば、〕當に、身、習習として、病、愈ゆることを覺ゆべし。最も癩病を治す。此の疾ひは、天地肅殺の氣を感じて成る惡疾なり。蝮蛇は、天地陰陽の毒烈の氣を稟〔(う)〕けて生ずる惡物なり。毒物を以て毒病を攻む


蚖〔(げん)〕【一名、虺〔(き)〕。】 蝮と同類なり。長さ尺餘。蝮は大にして、蚖は小さく、其の毒、則ち一なり。其の色、土のごとくにして文無し。』と。

△按ずるに、蝮蛇は、大抵、長き者、二~三尺に過ぎず。凡そ諸蛇の、頭より尾に至るまで、次第に纎(ほそ)く、牛蒡の根のごとし。惟だ、蝮蛇は、木杖(つゑ)のごとくにして、尾の耑(はし)に至りて、急に纎し。又、諸蛇は卵生す。獨り此れ〔のみ〕胎生して、子を口より吐く。然るに利き牙有りて易く〔は〕産せず。七~八月、將に産〔(さん)〕せんとする時、自ら牙を脱〔(ぬか)〕んと欲して、好んで樹を囓み、人を咬む。草行、愼しまずんばあるべからず。人、之を殺すに宜しく其の頭を摧くべし。如〔(も)〕し身・尾を打ちて、未だ頭に及ばざると、則ち悲鳴して、其の聲を聞きて、群蝮、來り聚〔(あつま)〕る。之を奈何ともすること無し。蓋し此れ、實物に非ずして、其の地の草莖、化して羣蛇のごとく然り。其の猛念、知るべし。毎〔(つね)〕に好んで山椒の樹に蟠まる。故に蝮の身に山椒の氣-香(かざ)有り。土人、之を取るに、皮を剥ぐ。但だ上下唇を以て之を裂けば、則ち、皮・肉・骨、分かち三段と爲る。肉、潔白にして雪のごとし。寸-寸(ずた/\)に切りても亦、能く蠢-動(うごめ)く。梅の醋を用ひ、蓼に浸し、食ふ。甘美なり。氣力を益し、神志を強くす。又、黑燒にして藥と爲す。名を隠して五八草と曰ふ【又、十三草と名づく。】。能く血を止め、惡瘡を治す【其の燒粉、若し雨に値〔(あ)はば〕変じて小虫と成る。】。

子を口より生ずる時、尾より先づ出〔づる〕に、竹木を〔→に〕纏(まとひつ)き、互ひに引くがごとくにして出生し、直ちに紆〔(まつは)り〕行く。復た此くのごとくして、凡そ六~七子あり。又、蝮と蚖と一種と爲し、別種と爲(す)るの諸説、時珍、之を解して、愈/\二物と爲し、小にして紋無き者を蚖と爲し、大にして錦文有る者を蝮と爲すと云云[やぶちゃん字注:「云云」は上が右寄り、下が左寄りで共にポイント落ち。]。畿内に之有る者、長さ一尺ばかりにして、尺半の者、希れなり。九州の産、大なりと雖も二~三尺に過ぎず。皆、地、黑色にして黄・赤・白の錦文有り。文無くして蚖と稱すべき者、希に之有り。

蝮の性、甚だ勇悍なり。農人、草行して蝮を見、殺さんと欲すれども、刀・杖を携(たずさ)へず、故に詈(のゝし)りて曰く、「汝、卑怯(ひきよう)者、去るべからず。」と云ひて[やぶちゃん字注:「云」の漢字は送り仮名にあり。]、家に還りて鋤-鍬(くわすき)[やぶちゃん字注:ルビ順はママ。]等を持ちて復た行く〔に〕、蝮、嚴然として待つごとく然り。或は竿を以て、其の首を※1(せゝ)るに曾て迯〔(に)げ〕去らず。徐(そろ/\)〔と〕身を縮(ちゞ)め、肥えて僅かに五~六寸に爲る。此れ當に跳(と)び著(つ)くべき爲〔(た)〕めなり。果して急に跳び懸かる。首を拗(ひし)げば、則ち死す。其の鍼、尾に有りて、蜂の針のごとく、常には見へ〔→え〕ず。時に臨んで出〔(いだ)し〕、人を刺す。毒、最も烈し。然るに、鍼、鼻の上に有ると謂ふは、未-審(いぶか)し。傳へて云ふ、針を取りて懷中に安(を)けば、人をして勇氣ならしむ、と。

[やぶちゃん字注:※1=(てへん)+「子」。]

[やぶちゃん注:良安の「蝮」は勿論、クサリヘビ科マムシ亜科マムシ属ニホンマムシGloydius blomhoffii。問題は時珍の記載であるが、私は「蝮」をマムシ亜科 Crotalinaeの仲間であり、「蚖」は同亜科の異種又は変異個体とするに止めたい(但し、現代中国ではそのクサリヘビ科Viperidaeに「蝮蛇科」の名を用いているので、そうなるとターゲットはもっと広範になるかも知れない)。長野電波技術研究所の「本草綱目」リストでは、「蝮」にTrimeresurus gramineusなる学名を同定して「たいわんはぶ」と和名表記し、「蚖」にはTrimeresurus mucrosquamatusなる学名を同定して和名不詳としている。ところが、これはおかしい。まず、タイワンハブという和名を持つのは、実は後者のTrimeresurus mucrosquamatusである。但し現在、ネット上ではマムシ亜科ハブ属の正式な属名はProtobothropsとするのが支配的で、タイワンハブもProtobothrops mucrosquamatusとする。Trimeresurus属は独立しており、種としてはヨロイハブTropidolaemus wagleriに限定的に与えられている。では、前者のTrimeresurus gramineusとは何かというと、これはまさにその独立した真正のTrimeresurus属に属する蛇でインドアオハブやらアオハブやらの通称を持つもののようで、ネット検索では、《ヘビ毒から得られる血小板抗粘着ペプチドをコードする配列を含有するDNA分子からなるDNA分子組成物》の《新規抗血栓症物質》として日本国に特許申請されている薬物のそれを含有する成分を所持する蛇リストに、そのままトリメレスルス・グラミニウスTrimeresurus gramineusという学名読みで登場しているのを見つけた。なお、荒俣宏氏は1990年平凡社刊「世界代博物図鑑3 両生類・爬虫類」の「毒ヘビ」の【名の由来】の項で、毒ヘビの中国名として「※2」[やぶちゃん字注:※2=「虫」+「奎」。](クサリヘビ)・烙鉄頭(ハブ)・蝮蛇(マムシ)・眼鏡蛇(コブラ)を掲げ、「※2」は『もともとある種のハブの呼称だった。クサリヘビにあてられたのは近年のことである。蝮蛇は、元来ハブを意味した。蝮は触れられるとその復讐に人を傷つけ、傷つけられた人はヘビに復讐しかえすことから名づけられた。また鼻が反っているので、反鼻蛇ともいう。ただし現在では、ハブにとびつかれると焼けつくように痛むことから、烙鉄頭の字があてられる。眼鏡蛇、はコブラの紋様から。』と記しているが、どうも「蝮」の由来は後世の牽強付会の感があって信じ難い。「大漢和辭典」によれば、この字の字解は、(つくり)の部分の原字は、腹のふくれる意である。

 「焦なる尾」は焼けて黒くなったような色の尾という意味であろうか。「焦」には、痩せて衰えるの意味もあるが、ニホンマムシの尾部は良安が後述するように先端を除いて、ずんぐりしており、細くならない。

 「鼻の上に鍼有り。錦の文、綬文のごとく、」の部分を、東洋文庫版は『鼻の上に鍼錦(ぬいにしき)の文(もよう)が綬文のようにあり、』と訳しているのであるが、これは訓読の誤りと思われる。これは、「鼻の上に鍼=針=牙がある。体表(上面には)錦織の文様が、官位を示すあの綬のような組紐状にあって」という意味である。だからこそ、良安は末尾で「然るに(時珍が)、鍼、鼻の上に有ると謂ふは、未審し」と言っているのだ。

 「其の沸くこと、火にて炙るがごとし」マムシに咬まれた肉の部分をえい! と小刀で抉り取れ! それを地に投げ捨てよ! 見よ! その肉は火で炙ったように煙を噴き出しながらジュウジュウと沸騰し、忽ち黒焦げになって消え去る! 君は命拾いしたね!……って、おいおい! マムシの毒はエイリアンの強酸性の腐蝕唾液か!

 「胎産なり」ニホンマムシは卵胎生である。本邦では他に石垣島・西表島に棲息するナミヘビ科のヤエヤマヒバァAmphiesma ishigakiense及びセグロウミヘビPelamis platurusを初めとしてコブラ科ウミヘビ科Hydrophiidaeの多くに卵胎生が見られる。世界的には現生種の凡そ3/4が卵生、残り1/4が卵胎生で、輸卵管内部で発育し、幼蛇となって産まれる。マムシの場合は、2~3年に一度、5匹から15匹程度を出産する。本土では本種にしか見られないこの現象が、「子を吐く」という誤伝となっていったのであろう。なお私は、富山の高校の生物部に所属していた高校1年の時に(演劇部と掛け持ちであったが、イモリの四肢の人為切断による再生実験――飼育水槽の衛生劣悪・抗生物質投与もない無謀な残酷実験で肉芽形成が生じたかと思ったら悉く壊死し障害イモリばかりのコロニーが出来上がった――や、カエルの脳下垂体の手動のミクロトームによる摘出――一時間かけて頭部凡てを完全スライスし美事失敗――やらマッド・サイエンティストさながらのことをやらされた。3年次には県大会まで出場が決まった演劇部に専念するために退部した)、石川県との県境の山奥に住む先輩が、自家製のマムシ酒用の、最近捕獲したマムシを文化祭の展示品として持って来たのを見たことがあった。そのマムシは3合程の水に浸けられて一ヶ月近くも経っていながら(焼酎に漬ける前にそのように排泄をさせて「下拵え」するという)、一升瓶の中で未だにしっかり生きて蠢いていた(焼酎に漬けて一年経っても生きていたという話をよく聞くが、通気がされていない状況ではありえないし、そんな開放性ではアルコールは揮発し熟成もしないから眉唾である)。そうして、その一升瓶の底には、その中に閉じ込められてから産まれたという6匹の小蛇が、哀れにも白茶けて沈んでいた――それは正に吉野弘の「I was born」の詩を知らなかった僕の、如何にも不気味な切ない「I was born」だったのである――

 「涎沫」はもしかすると、ナミヘビ科ヤマカガシRhabdophis tigrinusの頸腺のことを言っているのではないかと、読みながら思った。ヤマカガシが後歯にデュベルノワ腺という出血毒を持つことは、「水蛇」の注等で何度か語ったが、それ以外にも全く別個な毒腺を、頸部に二対持っている(ヤマカガシ咬毒が喧伝されなかったのに比して、こちらの方は、逆に古くからよく知られてはいた)。ヤマカガシの頸には二本の畝状の隆起部分があり、ここに複数個の毒腺が備わっている。危険を感じると、自ら急激に頸を曲げて、この毒腺を圧迫して、ここから毒液を飛ばすのである(頸部を強く握ったりしても容易にこの部分が破れて毒液が噴出する)。これが粘膜や目に付着すると(相手の目を狙って毒液を飛ばすという記載もある)、激痛から角膜膿瘍や虹彩炎を引き起こし、最悪の場合は失明することもある。この毒はブフォトキシンbufotoxin等の強心ステロイド成分で、実はこれは、ヤマカガシの餌である両生綱無尾目カエル亜目ヒキガエル科 Bufonidaeのヒキガエル類が持つ毒(耳腺や背面のイボから浸出させる白色の液体)を貯蔵して利用しているのである。

 「溺處」は「いばりするところ」と読ませるか。馬が尿をする場所という意味である。

 「一升以來に過ぎず」とは、一斗のマムシ酒をそのように一年熟成させると、その量は一升に満たない程になってしまう、ということを言う。

 「習習として」は、盛んなさま。今も昔も、マムシ・ドリンク、バッキン、バッキン! という訳である。

 「癩病」以下の叙述は甚だしい誤りである。「癩」は現在はハンセン病と呼称せねばならない。抗酸菌(マイコバクテリウム属Mycobacteriumに属する細菌の総称。他に結核菌・非結核性抗酸菌が属す)の一種であるらい菌(Mycobacterium leprae)の末梢神経細胞内寄生によって惹起される感染症。感染力は低いが、その外見上の組織病変が激しいことから、洋の東西を問わず、「業病」「天刑病」という誤った認識・偏見の中で、今現在まで不当な患者差別が行われてきている(1996年に悪法らい予防法が廃止されてもそれは終わっていない)。歴史的に差別感を強く示す「癩病」という呼称の使用は解消されるべきと私は考えるが、何故か菌名の方は「らい菌」のままである。おかしなことだ。ハンセン菌でよい(但し私がいろいろな場面で再三申し上げてきたように言葉狩りをしても意識の変革なしに差別はなくならない)。ハンセン病への正しい理解を以って以下の本記載を批判的に読まれることを望む。さて、「此の疾ひは、天地肅殺の氣を感じて成る惡疾なり。」とは、「この病気は、四季の廻りの中で、秋に草木が急速に枯死する(=「粛殺」という)のと同じ原理で、何らかの天地自然の摂理たるものに深く抵触してしまい、その衰退の凡ての「気」を受けて、生きながらにしてその急激な身体の衰退枯死現象を受けることによって発病した『悪しき病』である。」ということである。生きながらに地獄の業火に焼かれるといった無理解と同一の地平である。さても対するこの「蝮蛇というのは、太陽の火気だけを受けて成った牙、そこから生じた『粛殺』するところの毒、どちらも万物の天地の摂理たる陰陽の現象の、偏った双方の邪まな激しい毒『気』を受けて生じた『惡しき生物』である。」とする。さればこそ、毒を以て毒を制す、と言うのである――これ自体、如何にも貧弱で底の浅い類感的でステロタイプな発想である。

 「草行」は、叢の中を歩くこと。

 「神志」は、精神力と意志力。

 「黑燒にして藥と爲す」現在でもその方面の強壮剤として有名だが、幾つかの漢方記載には、実際に創傷や化膿性腫瘍の外用薬として用いるとあって、この「能く血を止め、惡瘡を治す」が実は、正真正銘真正の効能なのだと知った。ちなみに本種の別名にある「反鼻」は、漢方で本種の皮と内臓を除去して乾燥させ、粉末状にした薬剤を言うことが多い。

 「五八草」の語源を調べようとネット検索をかけて、さても「2ちゃんねる」も捨てたもんじゃあないということが分かった。ツチノコのスレッドに以下の記載を発見(流石にいつ消えるとも知れぬものにリンクはしない)。「相模民俗」という雑誌で、巻号不明とソースに不備があるが、その「めじろ・まむし」という小論(?)の中に、『マムシの別名を五八霜(ゴハッソウ)という。五月と八月に子を孕み、その頃が一番危険だからだという。即ち霜とは動物を指すのではなく、製品の名です。マムシを素焼きの壷に入れて、あまり高温でない火で蒸し焼きにした物、即ち黒焼きというのが霜であります。マムシに限らず、イモリでも蟇蛙でも、兎に角黒焼きにした物が霜です。マムシの黒焼きを秘するため、五八草またはプラス八で十三草と書く事があります。』とあるらしい(ただ途中で常体から敬体に変わっているのは後半部が書き込みをした人の解説かまとめになっている可能性が高い)。ここでは「五八」は分かるが、何故それに「プラス八」なのかは説明されないのが、やや悲しいが、貴重な「五八草」語源説ではある。

 「子を口より生ずる時、……」平凡社1996年刊の「日本動物大百科5 両生類・爬虫類・軟骨魚類」のマムシの項に、この俗説を引いて『荒唐無稽な話だが、一面においては、妊娠しているメスが人を咬むことが多い、という事実を示唆している。』とある。なお、ここに東洋文庫版では後注を付し、『ここの文は杏林堂版では、「ある人は、芋蠋が変じて蝮蛇となる。半ば蝮蛇に変じたものをみると、これは身内に子を持っており胎生する、という。しかし悉くの蝮がそうであるとはいえない」となっている。』と記す。「芋蠋」とは毛虫や青虫のことである。この手の化生譚にはあまり興味がないから素通りしようとも思ったが、ふと気が向いて「刺すケムシが鍼=針を持つマムシとなり、ころころしたどぎついイモムシが錦のマムシというのも……強ち、ムシ出来まい」と、ウィキの「イモムシ」の記載に眼を通したところが、びっくらこいた。擬態などが議論される目玉模様についての記載の中に、『スズメガの幼虫では、体の前の方に1対の目玉模様を持つものがあり、刺激すると、体をやや縮め、前半身を激しく左右に振る動作をする。この場合、体をやや縮めることで目玉模様がある部分が幅広くなり、マムシの頭を想像させるとも言われる。』とあるではないか! スズメガはチョウ(鱗翅)目スズメガ科Sphingidaeの仲間。イモな話もマに受けてみるとムシろ思いがけない結果が出るという、お後がよろしいようで……

 「文無くして蚖と稱すべき者、希に之有り。」この部分、東洋文庫版は『とすれば、わが国では蚖と稱するものはまだ見つかっていないことになる。』と訳している。どこをどうしたら、このような訳になるのか、私にはまるで分からない。彼は「蝮のような文様がなくて小型の、まさに時珍が言うような「蚖」と称すべきものは、ごく稀にこれを本邦でも見かける。」と言っているのだ。いや、東洋文庫の「言っていること」は、客観的には正しい。「蚖」などおらぬ。それは良安先生、きっとニホンマムシの無紋黒化型個体かなんかですゼ――でもね、現代語訳なら、「良安先生が言っていること」とは、こりゃ、違うぜよ。

 「※1(せゝ)る」[※1=(てへん)+「子」。]いじる、弄ぶ、又は掻き毟る、という意味であるが、ならば「挵る」とすべきところである。「※1」は「存」の異体字で、そのような意味はない。

 「首を拗(ひし)げば」は、「ひしぐ」と訓じているので、摧く、押し付けて潰す、という意味である。しかし、「拗」の字は、捻じ曲げる、の意であって、ひしぐに相当する意味はない。私の持つコンパクトな辞書では、手部の「拗」の次の字が「拉」(ひしぐ)である。

 「其の鍼、尾に有りて、蜂の針のごとく、常には見えず。時に臨んで出だし、人を刺す。毒、最も烈し。然るに、鍼、鼻の上に有ると謂ふは、未審し。」良安は、蝮は口中の毒牙以外に、尾部に毒針を隠し持っていると考えているのである。

***

せんざいへび

千歳蝮

ツヱン スイ ホツ

 

合木蛇

斫木蛇[やぶちゃん字注:以上二行は、前三行下に入る。]

 

本綱千歳蝮状如蝮而長一二尺有四脚形如蜥蜴其頭

尾一般大如搗衣杵故名合木蛇能跳來囓人人中之必

死其囓已即跳上木作聲云斫木斫木者不可赦也若云

慱叔慱叔者猶可急治之用細辛雄黄等分爲末内瘡中

三四易之

せんざいへび

千歳蝮

ツヱン スイ ホツ

 

合木蛇

斫木蛇〔(しやくぼくだ)〕

 

「本綱」に、『千歳蝮は、状、蝮のごとく、長さ一~二尺、四つ脚有り。形、蜥蜴のごとし。其の頭尾、一般〔にして〕、大いさ、衣を搗〔(う)〕つ杵のごとし。故に合木蛇と名づく。能く跳り來りて人を囓む。人、之に中れば必ず死す。其の囓り已〔(おは)〕りて即ち木に跳び上り、聲を作して「斫木斫木」と云ふ者は赦〔(すく)〕ふべからざるなり。若し「慱叔慱叔」と云ふ者〔なれば〕、猶を〔→ほ〕急に之を治す。細辛雄黄〔(うわう)〕、等分に用ひて、末と爲し、瘡中に内〔(い)〕れ、三たび四たび之を易〔(か)〕ふ。』と。

[やぶちゃん注:不詳。四足があるので蛇ではない。有毒トカゲは現生種では爬虫綱有鱗目ドクトカゲ科アメリカドクトカゲHeloderma suspectum及びメキシコドクトカゲHeloderma horridumの二種のみが知られており、分布域から本種ではない。四足があるものの、その敏捷な動きといい、強毒性といい、次掲する「野槌」と共に、あの本邦のUMA(未確認動物)ツチノコの同定候補となる種ではあろう。

 「其の頭尾、一般にして」とは、頭と尾が丸太のように同じ太さであることを言う。ツチノコである。

 「斫木斫木」は、「俺の難に咬まれたくなかったら、木を切れ、木を切れ、もう、遅いがな」という謂いか?

 「慱叔慱叔」は多くが「博叔博叔」とするが、原典の「本草綱目」も底本も「慱」である。「慱」は音「タン・セン」で、憂える、または、円い、という意味で、これでは全く意味不明。では「博叔」はというと、これも分からぬ。分からぬついでに勝手に空想すると、これは実は弱毒個体か似て非なる別種である「博叔蛇」という蛇で、「あんたが咬まれたのは斫木蛇兄さんじゃあなかったんだ、その寛大な叔父さん、そう、斫木蛇兄さんの寛大な叔父さんの僕、博叔蛇だったのさ、すぐに療治すれば助かるよ」との謂いででもあろうか? この「斫木」「慱叔」には何かの故事の連関があるのであろう。識者の御教授を乞う。

「細辛」はウマノスズクサ目ウマノスズクサ科カンアオイ属AsarumウスバサイシンAsarum sieboldiiAsiasarum sieboldiiはシノニム)で、根及び根茎は精油成分に富み、細辛(さいしん)という生薬となる。去痰・鎮痛・鎮静・解熱作用を持つ。

 「雄黄」はヒ素の硫化鉱物で「石黄」とも呼ばれる。化学式はAs2S3。漢方では解毒・抗炎症剤として用いられたが、強い毒性を持つが、解毒剤や抗炎症剤として漢方で利用されている。詳しくは本巻冒頭の「龍」の項の「雄黄」及び「雌黄」の私の注を参照されたい。]

***

のつちへび

野槌蛇

 

【合木蛇之屬

 乎】[やぶちゃん字注:以上二行は、前二行下に入る。]

 

《改ページ》

■和漢三才圖會 龍蛇部 四十五 ○十五

 

△按深山木竅中有之大者徑五寸長三尺頭尾均等而

 尾不尖似槌無柯者故俗呼名野槌和州吉野山中菜

 摘川清明之瀧邊徃徃見之其口大而嗑人脚自坂走

 下甚速逐人但登行極遅故如逢之則急可登髙處不

 能逐著

のづちへび

野槌蛇

 

合木蛇の屬か。】

 

△按ずるに、深山の木の竅(あな)の中に之有り。大なる者、徑〔(さしわ)〕たし五寸、長さ三尺。頭尾均等にして、尾、尖らず、槌の柯(ゑ〔→え〕)無き者に似たり。故に俗に呼んで野槌と名づく。和州〔=大和〕の吉野山中の菜摘(なつみ)川清明の瀧の邊に徃徃に之を見る。其の口、大にして人の脚を嗑む。坂より走り下ること甚だ速く、人を逐ふ。但し、登り行くこと極めて遅し。故に如〔(も)〕し之に逢ふ時は[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名にある。]、則ち急に髙き處に登るべし。逐ひ著くこと能はず。

[やぶちゃん注:UMA(未確認動物)ツチノコに同定する。木槌の柄を外した槌部分に類似した極めて寸胴(誇張的名辞で良安の直径15㎝・全長90㎝は長い木枕といった感じだ)の蛇で、北海道と南西諸島を除く広範な地域で目撃例がある。その標準的特質を多岐に亙る情報ソースの最大公約数として以下に列挙して、想像の楽しみの便(よすが)と致そう。

・学名:未定

・標準和名:ツチノコ(ノヅチの方に優先権があろうが人口に膾炙しているこちらをとる)

・異名:ノヅチ・バチヘビ・ツチ・ドコ・コロ・コロガリ・ワラツチ・ヨコヅチ・キネノコ・キネヘビ・ツチコロ・ツチコロビ・タンコロ・トッテンコロガシ・ドテンコ・スキノトコ・トックリヘビ・ツツ・マムシ・コウガイヒラクチ・イノコヘビ・バチアネコ・トッタリ・ゴスンハッスン・サンズンヘビ・シャクハチヘビ・ゴジュッポヘビ等

・体長:約30㎝~1m。

・胴長:約30㎝弱~80㎝。

・胴径:7㎝~30㎝。

・毒:不明。無毒とも有毒とも強毒ともいわれる。

・出現(目撃)時期:春~秋(4月~11)

・生活相:単独相(複数個体集合的目撃例は皆無)・昼行性。

・食性:肉食性(カエル・ネズミ等)。

・体色・紋:焦茶色又は黒色又は鼠色等、黒いマムシに類似した網目文様と背中に斑点を持つ。

・鱗:通常の蛇に比して有意に大きく、成人男性の小指の爪程の大きさ。

・頭部形状(全体):毒蛇に特有の典型的三角形を呈し、通常の蛇に比して有意に大きく(幅4cm程度)、且つ平板。

・頭部形状(眼):鋭く、瞼があり、瞬きをする。

・頸部:頭部と胴部の間が明確に短かくくびれ、頸部が明瞭。

・胴部:通常の蛇に比して有意に中央部が膨れ上がって横に張っており、前後に伸縮する。

・尾部:短かく極めて強靭、木への垂下、威嚇行動時に、胴部を緊張させ、尾部のみで身体を立てることが可能。

・運動形態:蛇行せず、胴部を前後に尺取虫のように伸縮させて直進(後退も可能)し、更に胴と尾を用いて跳躍(約1~2m)、また、自身の尻尾を咥えたウロボロス状態で円くなり転がって移動することも可能とする。

・その他:「チー!」という鼠に似た啼き声を発し、睡眠時には鼾をかく。

私はツチノコの親衛隊ではないので、学名命名権は遠慮することにした。ちなみに、ナマズ目ロリカリア科ロリカリア亜科ロリカリア族のPseudohemiodon laticepsなる魚ちゃん、なんとツチノコロリカリア(!)という和名を持っているのは、ご存知かな?

 「合木蛇」は、前掲の「千歳蝮」のこと。前項参照。

 「菜摘川」とは現在の奈良県吉野町大字菜摘付近の吉野川の呼称。

 「清明の瀧」は「蜻蛉(せいれい)の瀧」のことで、吉野町上千本からさらに奥へ向かい、金峰神社の先、青根ヶ峰(旧金峰山)から音無川沿いに下ったところにある。この川は、吉野川に流れ込み、北の山を越えたところが、「菜摘」である。この近くには現在、行政主導のツチノコ共和国(吉野郡下北山村全域)なるものもある(言っておくが、馬鹿にしてリンクしているのではない。やるんなら、本気でそれなりに真面目にしっかりとツチノコ探索や生物学的・民俗学的研究を継続的にやろうじゃないかということである。実際、この斬新な日本国内の共和国から、残念ながらエネルギッシュなツチノコの雄叫びは、少なくともUMA好きの私の耳にはちっとも聞こえてこないのである)。なお末尾になったが、この蜻蛉の瀧は著名な歌枕で、貞享5(1688)年3月、吉野の桜を見に来た芭蕉が、

ほろほろと山吹ちるかたきのおと

の句を残している。

 「嗑む」は、「かむ」と読ませているのであろうが、この「嗑」(音は「コウ」)は、①ぺちゃぺちゃしゃべる。②語る。③合う。④笑い声。⑤吸う。飲む、といった意味しかない。何らかの字の誤字と考えた方がよい。]

***

あをんじやう

青蛇

 

【俗云阿乎

 牟之也宇】[やぶちゃん字注:以上二行は、前二行下に入る。]

 

△按有山中石岩閒青黄色而有小點頭大而如龍其大

 者一丈許老者生耳本艸所謂與竹根蛇同色非一物

《改ページ》

あをんじやう

青蛇

 

【俗に阿乎牟之也宇と云ふ。】

 

△按ずるに、山中石岩の閒に有り。青黄色にして、小點有り。頭、大にして、龍のごとし。其の大なる者、一丈ばかり。老する者、耳を生ず。「本艸」〔=「本草綱目」〕に、所謂、竹根蛇と同色にして〔→なるも〕、一物に非ず。

[やぶちゃん注:既に黄頷蛇で、シュウダ又はアオダイショウを、「麥※蛇(むぎわらへび)」[※=「絹」-「糸」+「禾」。]でアオダイショウを同定に用いてしまっているので如何にも残念だが、名前と、耳付き龍顔のおどおどろしい顔つきからはアオダイショウの老成個体かとも思わせる雰囲気ではある。しかし、ここで良安は、本種は「竹根蛇」と同色でありながら、全くの異物であると断定している。これは、彼が「実際に見た」蛇であると言ってよいのではあるまいか。そこで考え直してみると、「竹根蛇」は前掲の「熇尾蛇」(ひばかり)で、これを私は、文字通り、ナミヘビ科ヒバァ属ヒバカリAmphiesma vibakariに同定した。仮にこのヒバカリが正しいとして、色が同色を帯びて、ヒバカリと誤認しやすいものとなると、ナミヘビ科ナメラ属ジムグリElaphe conspicillataが挙げられる(関東や東北ではジムグリとヒバカリが混同されやすいという叙述が平凡社1996年刊の「日本動物大百科5 両生類・爬虫類・軟骨魚類」のヒバカリの項にある)。そこで今度はジムグリの写真を観察してみると、本種には頭部に特徴的なアルファベットの“V”字型模様が入っている。尚且つ、ジムグリの上顎は大きく、下顎に覆い被さっているため、この両側頭部に入る“V”字型模様が、より側方に向かって強調されており、これはあたかも耳のように見えるではないか! これは勿論、私の勝手な印象である。それも平板な写真を用いたことによる錯覚、愚かな机上の砂上の空論であるかも知れない。しかし、私はとりあえず、本種をジムグリElaphe conspicillataとしてみたい。]

***

とうじや

螣蛇

テヱン シヱヽ

 

本綱能興雲霧乘之飛游千里能化龍有雌雄不交

陰陽變化論所謂螣蛇聽而有孕白鷺視而有胎是也

とうじや

螣蛇

テヱン シヱヽ

 

「本綱」に『能く雲霧を興こし、之に乘り、千里を飛び游ぶ。能く龍に化ず。雌雄有りて交(つる)まず。』と。

「陰陽變化論」に、『所謂る、螣蛇は聽きて孕(はら)むこと有り、白鷺は視て胎むこと有り。』とは、是れなり。

[やぶちゃん注:「説文」に記される神蛇。「荀子」の「勧学篇」に「螣蛇無足而飛」とある。螣蛇は足がなくても飛ぶ、一心に物事に当たれば必ず成功するという譬えだそうだ。私のこのテクストかももう一息。聖なる飛ぶ蛇――アステカ神話の羽毛を持った蛇、ケツァルコアトル(Quetzalcóatl)だ!――に励まされた気がした……。

 『「陰陽變化論」』不詳。東洋文庫書名注によると、「本草綱目」の引用書として現れるとする。しかし、少なくともこの前行の「本草綱目」の記載部分である「鱗部 蛇類 諸蛇」の「螣蛇」の原典の項には、「變化論又抱朴子云螣蛇不交」という記載はあるものの、良安が綴ったような文面はない。もしかすると、良安は「本草綱目」の他の部分に引かれた「陰陽變化論」の記載をここに持ってきているのかも知れない。発見し次第、報告する。]

***

りやうとうじや

兩頭蛇

リン テ゜ウ シヱヽ

 

枳首蛇【枳乃兩也】

越王蛇[やぶちゃん字注:以上二行は、前三行下に入る。]

 

本綱【会稽人云】是越王弩絃所化故名之【博物志云】馬龞食牛血所

化然亦自有種類非盡化生也大如小指長尺餘背有錦

文腹下鮮紅兩頭而一頭無口目倶能行如見之不吉然

嶺外極多而人視爲常不以爲異


山蚓 亦名兩頭蛇夏月雨後出如蚯蚓大有鱗其尾如

 首是老蚓所化行不類蛇宛轉甚鈍

岐尾蛇 出雲南國

苟印 一名苟斗出潮州如蛇有四尺

りやうとうじや

兩頭蛇

リン テ゜ウ シヱヽ

 

枳首蛇〔(ししゆだ)〕【枳は乃ち兩なり。】

越王蛇

 

「本綱」に『【会稽の人の云ふ。】是れ越王弩絃の化する所。故に之を名づく、と。【「博物志」に云ふ。】馬鼈、牛の血を食ひて化する所なり〔と云ふ〕、然〔れども〕亦、自ら種類有り、盡く化生するに非ざるなり、と。大いさ、小指のごとく、長さ、尺餘り。背に錦の文有り、腹下、-紅(まあかい□)。兩頭にして、一頭には口目無し。倶に能く行く。如〔(も)〕し之を見れば、不吉なりと云ふ。然れども嶺外には極めて多く、人、視るを常と爲し、以て異と爲(せ)ず。


山蚓〔(やまみみず)〕 亦、兩頭蛇の名あり。夏月、雨の後、出でて蚯蚓の大なるがごとし。鱗有り。其の尾、首のごとし。是れ、老蚓〔(らうみみず)〕の化する所、行くこと、蛇に類せず、宛轉〔(ゑんてん)〕、甚だ鈍(にぶ)し。

岐尾蛇 雲南國に出づ。[やぶちゃん字注:「國」は衍字。注参照。]

苟印(こういん) 一名、苟斗。潮州に出づ。蛇のごとくにして、四尺〔→足〕有り。』と。

[やぶちゃん注:これは漫然と読むと奇形の二重体のように読めるし、私は翻刻するまでそう思っていたのだが(但し、現在でも爬虫類でまま見られる正中面での頭部双頭個体――人の場合の頭部のみの結合双生児《シャム双生児〔どうも私はこのタイ出身の結合双生児チャンとチェンの「シャム」という呼称にはおどろおどろしい差別感触があって好まない〕》に似た――の誤りであろうとは思っていた。そのような「両頭蛇」が稀でないことは「奇形動物 双頭 蛇」のグーグル検索が9,290件(2008年7月17日現在)に達することからでも分かる。中には双頭の蛇を販売さえしている)、が、これは、そうではあるまい。本文の「兩頭にして、一頭には口目無し」の部分に着目すると、これは尾部が頭部の擬態をしている、若しくは擬態に見えるような種であることが分かる。調べてみると、先人が既にそうした観点から同定していた。加納喜光先生の「漢字動物苑(12)両頭蛇」(初出:月刊「しにか」1996.3.)によると、リード(Peking, I93I. Read, B. E. Chinese Materia Medica. Dragon and Snake Drugs”)は、これをナミヘビ科ヒメヘビ属のCalamaria septentrionalisに同定し、更に1980年上海科学技術出版社刊の「中国蛇類図譜」には『中国にCalamaria (ヒメヘビ)が三種棲息し、鈍尾両頭蛇(シナヒメヘビ)の別名がいわゆる両頭蛇で、「頭部と尾部の太さや色が似ており、一見両端とも頭の形に見えるので両頭蛇の称がある」と説明している。[やぶちゃん字注:改行。]ヒメヘビは蛇の中で体長が最も小さく、穴を掘って棲み、蚯蚓や白蟻を食べるそうである。両頭蛇は蚯蚓に似るとか、老いた蚯蚓が化したものといわれて山蚓の異名があ』るとされる。全く持って両頭の両目から鱗である(いや、一方には眼はないんだった……)。而してこの「鈍尾両頭蛇」を「鈍尾兩頭蛇」と正字にして検索すると中文サイトで捕捉されるのは、やはりCalamaria septentrionalisである。従って、ここではこれにシナヒメヘビという和名を附しておく(長野電波技術研究所の「本草綱目」リストは、やはりCalamaria septentrionalisに同定し、それに「シナハナナシ」なる和名を附すが、先行すると思われる加納先生に先取権があると判断する)。

 「枳は乃ち兩なり。」は音「シ」で読んだ場合、枝・分かれの意となる。分岐であり、二つの意ということであろう。

 「会稽」現在の中国浙江省紹興市付近の地方名。春秋時代の越の首都。

 「越王」「十八史略」等の臥薪嘗胆の故事で知られる越王勾踐(こうせん)のこと。春秋時代、呉と越が長江下流域の覇権を争っていたが、対越戦で父闔閭(こうりょ)を討たれた呉王夫差は「臥薪」して逆襲、勾踐は会稽山に逃げ込む。そこで勾踐は賢臣范蠡(はんれい)の奇策で妻共々夫差の家来・下女となるとの命乞いでからくも助かる。この時、夫差の賢臣であった伍子胥(ごししょ)は断固反対したが聞き入れられず、逆に勾踐の賂を受けた太宰伯※(はくひ)[※=「喜」+「否」。]の讒言により、逆臣として死を賜わる。彼は自死に際して家人に、我が墓に檟(ひさぎ)の木を植え、我が眼を抉り出して都の東の門に懸けよと家人に命じた。檟(トウダイグサ目トウダイグサ科の落葉低木であるアカメガシワMallotus japonicus )の木は越に殺される主人夫差の棺桶の材にするため、後者は呉の東南にある越が都を滅ぼしにやってくる行軍をしかとこの眼で見るためだ、と言い残す。これを聞いた夫差は更に激怒し、彼の墓を暴いて遺体を鞭打った上、馬の皮袋にぶちこんで川に投げ棄てた。その後、「会稽の恥」を忘れぬよう「嘗胆」した勾踐は、遂に逆に夫差を討って圧勝する。勾踐は自身が会稽で命拾いしたこともあり、夫差からの命乞いを受け入れようとしたが、范蠡の諫言を受けて拒否した(実際にはその後に辺境への遠流を命じたが夫差自身がそれを拒否した)。ここに呉を滅ぼし、勾踐は「会稽の恥を雪(すす)ぐ」のであった。夫差は全てが伍子胥の言う通りになったことを恥じ、あの世で子胥に合わせる顏がないと、死者の顏を蔽う幎冒(べきぼう)を自ら附けて自死した(すみません! 私はこの伍子胥の話がとっても好きなので、つい、授業みたいに脱線して書き込んでしまいました!)。

 「弩絃」の「弩」は①石弓。投石器。②大弓。であるが、ここは②で、弓の「弦」=つるは、弓の両端に引っ掛けるために、丸い輪になっており、その輪をこの両頭に見立てたものであろうと、東洋文庫版では割注で記す。穏当な見解である。なお、これは先の話の第一ラウンド、越王勾踐が夫差に会稽山で敗れた時の伝承であろう。怨念が蛇と化した。さすれば実は、その後に勾踐が「嘗胆」で吊るして嘗めた苦い胆とは、蛇のキモだったのかも知れないね。

 『「博物志」』晋の張華撰になる民俗・風物・本草等多岐に亙った博物誌と考えられる。四百巻あったとするが、晋の武帝によって荒唐無稽な記述が削除されてしまい、その後、更に散佚。現在のものは後人が諸本から集めたもの。

 「馬鼈」は、「ばべつ」と読むのであろうが、正体不明である。ただ、宋代の王執中撰になる鍼灸術の古典書である「鍼灸資生経」の巻七の四の「黄疸」の叙述やこれをテクスト化された浅野周氏の引く関連引用文献の叙述等を読むと、これはどうも黄疸を引き起こすところの「水蛭」、別名「馬※[※:「馬」+「黄」。]という漢方で言う寄生虫のことではあるまいかと思われてくる。そうしてこの「水蛭」は、一読、扁形動物門吸虫綱棘口吸虫目カンテツ科のカンテツ(肝蛭)Fasciola hepatica又はキョダイカンテツ(巨大肝蛭)Fasciola giganticaを想起させる。ミラキジウムmiracidium 幼生が中間宿主(本邦の場合は直腹足亜綱異鰓上目有肺目基眼亜目モノアラガイ上科モノアラガイ科モノアラガイAustropeplea ollula及びコシダカモノアラガイLymnaea truncatula)に侵入し、スポロシストsporocyst幼生となり、宿主の中腸腺でレジアredia又はセルカリアcercariaもしくは双方の幼生ステージを経て、メタセルカリアmetacercariaとなって宿主の呼吸孔から出る。終宿主である牛・羊・豚・馬等に経口摂取されて、空腸において脱嚢、腸粘膜に侵入して腹腔に至る。腹腔に出たメタセルカリアは肝臓実質内を迷走しながら発育し、最後に総胆管に移行して成虫(メタセルカリアは成虫と変わらないが生殖器が未発達)となり産卵する(すみません! 私はこのカンテツの生活環のステージ名が怪獣みたようで高校時代からとっても好きなので、つい、授業みたいにオタクに脱線して書き込んでしまいました!)。ヒトへの感染はクレソンや稲に付着したメタセルカリアの経口摂取が多く、ヒトに感染した虫体は腸と肝皮膜を貫通し、肝臓に移動する(但し、子宮や気管支等の異所への迷入も高い)。ヒト感染の場合の主症状は、反復性の発熱・右上腹部痛・腹部膨張感等で、肝臓CTスキャンの病変及び好酸球増加で疑われ、寄生虫抗体検査で診断する(すみません! 私はヒトの寄生虫学がとっても好きなので、つい、授業みたいにキモく脱線して書き込んでしまいました!)。なお、実際の肝蛭はせいぜい3㎝程度、巨大肝蛭でも5~6㎝である。余り、両頭蛇と繋がらないイメージではある。

 「自ら種類有り、盡く化生するに非ざるなり」とは、両頭蛇には広くいろいろな種類があって、必ずしも全てが馬鼈の化生したものであるわけではない、の意。ちなみにここまでが「博物志」からの引用である。

 「鮮-紅(まあかい□)」意味は鮮紅色で問題はないが、訓読字の判読不能。「「鮮-紅(まあかいろ)なり」か? 四文字目は「イ」に見えるが、違うかもしれない。

 「倶に能く行く」は二つの頭のどちらの方にも、よく動く、という意味であるらしい。どちらをも頭として、蛇行前進(どっちも前なんだけど)することが出来るということである。

 「嶺外」中国で例えば「嶺南」と言った場合は、現在の広東省・広西チワン族自治区の全域と湖南省・江西省の一部に当る地域を指すから、その外延を言うか。周去非の「嶺外代答」等から見ると、これは嶺南の西部からその西外延である現在の雲南省及びその南方の安南、現在のベトナム以南を言っているように思われる。

 「山蚓」ヤマミミズ と一応、読んでおいた。これが良安の叙述で、濃青黒色という記載でもあったならば、ヤマミミズの俗称を持つ環形動物門貧毛綱ナガミミズ目フトミミズ科シーボルトミミズPheretima sieboldiを同定するところ(シーボルトミミズの最大現認個体は全長45㎝・太さ1.5㎝・重量43g。但し、本邦の最大種は石川県河北潟周辺と滋賀県琵琶湖周辺にのみに棲息するジュズイミミズ科のハッタミミズDrawida hattamimizuで、全長約60㎝に達する)だが、時珍の叙述なので貧毛綱 Oligochaetaで留める(目レベルではオヨギミミズ目Lumbriculida・ジュズイミミズ目Moniligastrida・ナガミミズ目 Haplotaxidaがあるが、目の分類には混乱があるらしく、ネット上でも適切な分類表を見出すことが出来ない)。

 「宛轉」この場合の意味は、柔らかく自由に動くさま、の意。

 「岐尾蛇」不詳。尾が二つに割れている蛇はいそうに思えるが。識者の御教授を乞う。

 「雲南國」ここで時珍は「國」と呼称しているのであるが、これは良安の衍字と思われ、国立国会図書館蔵の金陵万暦181596)年刊「本草綱目」初版で確認したところ、「國」の字は入っていない。但し、雲南に国家がなかったわけではない。唐代に南詔が統一王国を立国し、宋代に大理がこれに代わった。大理はモンゴル帝国のフビライ・ハンに征服されるが、雲南は元の国内でありながら、フビライの庶子フゲチを祖とする梁王国という国家の扱いであった。これには元に滅ぼされた大理の旧王家であった段氏の協力があったとされ、14世紀末まで実質的な独立国家が続いた。明の初代皇帝洪武帝(朱元璋 13281398)によって滅ぼされ、雲南布政使司が置かれ、清代に至って雲南省となった。

 「苟印」の記載は、「本草綱目」の「鱗部 第四十三巻 鱗之二」にあるが、前記の国立国会図書館版「藏器曰苟印一名苟斗出潮州如蛇有四足」とあり、「四尺」は良安の誤植である。……前の「國」の衍字といい、……この時の先生は、ちょっと調子がよくなかったのではなかろうか?……宋の唐慎微の撰になる「証類本草」の「巻二十二 短集之二」の「苟印」に「一名苟斗。取膏滴耳中、令左右耳徹。出潮州、似蛇、有四足。大主聾也。」とある(中文サイト「中醫世家」テクストから引用したが、誤植と思われる「汁」を「斗」に直し、簡体字を正字にし、句読点も変更した)。私なりに訓読すると「一名、苟斗。膏を取りて耳中に滴(したた)らし、左右の耳をして徹(とほ)さしむ。潮州に出でて、蛇に似、四足有り。大主※2(だいしゆろう)なり。」、勝手に訳すと「一名、苟斗と言う。捕えてすり潰して膏薬となし、耳の中に滴下して、左右の耳をよく聞こえるようにさせる。この生物は潮州に棲息し、蛇に似て、四足がある。(言うところの)大主※2である。」という意味であろうか。「潮州」は次注を参照、最後の別名ととった部分は、「大主」が国王の意であるから、耳の不自由な王様がこの苟印膏(私は勝手にこう名づけたのだが、検索をかけると漢方薬剤名に実際にあった。どなたか、漢方医の方、本薬剤の原料を教え頂ければ幸いである)で、耳が聞えるようになったことから、このように名づける、という意味ではなかろうか。さて、四肢がある以上、これはもう、ヘビではない。トカゲの一種と思われるが、情報量が少なく、同定不能である。

 「潮州」は現在の広東省最東部、南シナ海に面した地方。]

***

てんじや

天蛇

 

本綱天蛇生幽陰之地遇雨後則出其大如筯而匾長三

四尺色黄赤澆之以醋則消或以石灰糝之亦死

錢塘一田夫忽病癩扁身潰爛號呼欲絶西溪寺僧視之

曰此天虵〔→蛇〕毒非癩扁也以秦皮煮汁一斗令其恣飲初日減

半三日頓愈〔=癒〕

《改ページ》

△按天蛇非蛇種類而蛭之屬也深山溪陰四時不見日

光之地如夏月霖雨中濕熱感生蛭多有枝梢而堕行

 人之上俗謂之曰蛭降然其大者不過尺紀州熊野熊

 取越土州野根山越等亦間有之

てんじや

天蛇

 

「本綱」に、『天蛇は、幽陰の地に生ず。雨後に遇へば、則ち出づ。其の大〔→太〕(ふと)さ筯(はし:箸)のごとくにして匾たく、長さ三~四尺。色、黄赤。之に澆(そゝ)ぐに醋を以てすれば、則ち消す。或は石灰を以て之に糝(ふりかく)れば、亦、死す。錢塘の一〔(ひと)〕りの田夫、忽ち癩を病む。扁身潰爛して號呼して絶えんと欲す。西溪寺の僧、之を視て曰く、「此れ、天蛇の毒なり。癩に非ず。秦皮煮汁一斗〔:約10l。〕を以て、其を恣〔(ほしいまま)〕に飲ましめ、初日、半を減じ、三日に頓〔(とみ)〕に癒ゆ」と。

△按ずるに、天蛇は、蛇の種類に非ず、蛭の屬なり。深山の溪陰、四時、日光を見ざるの地(ところ)、夏月霖雨〔(りんう)〕の中のごときは、濕・熱感じて蛭を生ず。多〔くは〕枝梢を〔→に〕有りて、行人の上に堕つ。俗に之を謂ひて曰く、「蛭(ひる)が降(ふ)る」と。然〔れども〕其の大なる者、尺を過ぎず。紀州〔=紀伊〕熊野の熊取越(くまとりごへ〔→え〕)、土州〔=土佐〕の野根山越〔(のねやまごえ)〕等に亦、間(まゝ)之有り。

[やぶちゃん注:時珍の叙述は、毒蛇のように一見見えるが、よく読むと天蛇毒のエピソードには天蛇には咬まれる描写がない点が気になる。そうした観点から見ると、その扁平さと長大さ・色彩から、これは扁形動物門ウズムシ(渦虫)綱三岐腸(ウズムシ)目陸生三岐腸(コウガイビル)亜目コウガイビル科コウガイビル属Bipaliumの仲間ではなかろうかという疑念が生じる。私と同様なことをお考えになっている方がいた。佐々木玄祐氏の「本草書の中のコウガイビル」はその省察の深さに脱帽する(この方は私と同業で、以前に知人が関西旅行で撮影した側溝の謎の卵塊――後に自力でオオタニシ(ジャイアントタニシ)Bellamya Cipangopaludina japonicaのそれと判明――について質問メールをしたことがある)のであるが、そこには以下の記載がある(改行の一部を省略し、フォントの一部を変更、一部に記号を追加した)。

   《引用始め》

Read という人が1934年に本草綱目の英訳をしていますが、この中では 「天蛇. T'IEN SHE. BIPALIUM.」 とはっきり書いてあります (同論文 p. 348 この部分は Kawakatsu ほか 2001 fig.2 の中に示されています)。次のような記述は、確かにそれらしいものです(引用は、同じく「新註校定国訳本草綱目」。)

時珍曰く、按ずるに、沈存中の筆談に 『天蛇は幽陰の地に生じて雨に遇ふて後に出るものだ。越地方ではこれを非常に畏れる。その大いさは箸ほどのもので扁たく、長さは三四尺、色は黄赤だ。醋を澆(そそ)げば消える。或いは石灰をまぶしても死ぬ』 とあり… (後略)

後述の「倭漢三才圖會」でも、『思うに、天蛇は蛇の種類ではなく、蛭の属である』としています。

   《引用終わり》

ところが、佐々木氏はここで「本草綱目」にはコウガイビルに相当する「度古」が存在し(これも同ページに詳しい記載がある)、同一物を記述しているというのはおかしいのではないか、と疑義を示され、更に『上野益三博士による新註校定国訳本草綱目の補注では、タイリクワモンベニヘビ (Calliophis macclellandi Reinhardt) にあててあります。』とする。Calliophis macclellandiはコブラ科の有毒種である(単にワモンベニヘビという和名を附している記載があるが、ワモンベニヘビという名は同じコブラ科のサンゴヘビ亜科ワモンベニヘビ属Sinomicrurusにあるので、使用すべきではあるまい)。悩ましい。しかし良安の叙述は、確信犯で環形動物ヒル綱ヒル亜綱顎蛭目ヒルド科ヤマビルHaemadipsa zeylanica japonicaである。ウィキ等によれば2007年現在、ヤマビル被害の報告がないのは北海道・青森県・東京都・福井県・大阪府・山口県、北九州地方及び四国のみと記載されている。四国での棲息は確認されていないというのは多くの記載に見られるので、本文の「土州の野根山越」というのは良安の誤解であろう。私は良安先生を支持してヤマビルHaemadipsa zeylanica japonicaとする。

「幽陰の地」は奥深く暗くて静かな深山のこと。

「錢塘」は、現在の浙江省杭州市の旧地名。

「癩」は現在はハンセン病と呼称せねばならない。抗酸菌(マイコバクテリウム属Mycobacteriumに属する細菌の総称。他に結核菌・非結核性抗酸菌が属す)の一種であるらい菌Mycobacterium lepraeの末梢神経細胞内寄生によって惹起される感染症。感染力は低いが、その外見上の組織病変が激しいことから、洋の東西を問わず、「業病」「天刑病」(この病名と「天蛇」の名を考えるとそこにはある共通した因果応報観が暗示されているのかもしれない)という誤った認識・偏見の中で、今現在まで不当な患者差別が行われてきている(1996年に悪法らい予防法が廃止されてもそれは終わっていない)。歴史的に差別感を強く示す「癩」という呼称の使用は解消されるべきと私は考えるが、何故か菌名の方は「らい菌」のままである。おかしなことだ。ハンセン菌でよい(但し私がいろいろな場面で再三申し上げてきたように言葉狩りをしても意識の変革なしに差別はなくならない)。ハンセン病への以上のような正しい理解を以って本記載を読まれることを望む。

 「扁身潰爛」全身性の重度の潰瘍・壊死が生じていることを言う。

 「號呼して絶えんと欲す」は、痛みのために大声を挙げて、今にも死にそうであることを言う。

 「西溪寺」は現在の杭州西溪にある安楽山永興寺のことと思われる。

 「秦皮」これはトネリコ属の樹皮から作られる漢方薬剤名であるが、現在、日本で言うゴマノハグサ目モクセイ科トネリコFraxinus japonicaは、この種小名で分かる通り、日本原産種であるのでこれではない。トネリコ属のアオダモFraxinus lanuginosaか。

 「恣に飲まさせ」服用時や量を決めず、飲めるだけ飲まさせ、という意。

 「半を減じ」全身に広がっていた潰瘍や壊死がみるみる半分まで減って、という意。

 「霖雨」幾日も続く長雨。「夏日」とあるから梅雨のこと。

 「濕・熱感じて蛭を生ず」湿気と熱気が感応して、ヒルを発生させるという自然発生説である。

 「熊取越」現在の大阪府の南部の和歌山県に近い泉南郡にある熊取町から山中渓を経て雄ノ山峠越えをし、和歌山県打田町や岩出(根来)へと下るコースが熊野古道の紀伊路にあり、熊野からは80㎞以上離れているが、ここを指していると思われる。

 「野根山越」高知県東部の奈半利町と東洋町野根を結ぶの野根山街道のこと。全長約35㎞の尾根伝いの道である。]

***


 蛇皮 蛇衣  蛇脱

△按蛇秋蟄前脱皮光白色如薄紙首尾全不損也未雨

濡者取【黑燒油煉】傅兀禿則生毛髪【蜘蛛脱皮褐色八足無筒恙空殼風吹散亦奇也】

凡蛇忌煙草脂汁入蛇口則困死如入穴蛇力士捉尾引

不能出傅煙草脂則出【又云其人左手捉自身耳右手引蛇則出未知其理】有人

擲馬古沓中蛇則甚恚追其人【白馬沓弥然抑惡之乎好之乎】

蝮咬足或螫牙針留膚痛急緊縛其疵上可傅煙草脂如

緩則直上至肩背煩悶用眞綿撫其邊則牙針係綿以

鑷抜取次傅煙草脂或膏藥愈〔=癒〕


 蛇皮(へびのきぬ) 蛇衣  蛇脱

△按ずるに、蛇、秋、蟄(すごも)る前、皮を脱(ぬ)ぐ。光白色にして薄紙のごとくにして、首尾全く損せざるなり。未だ雨に濡(ぬ)れざる者〔を〕取りて【黑燒にして油煉す。】、兀-禿(はげ)に傅(つ〔=附〕)くれば、則ち毛髪を生ず【蜘蛛も皮を脱ぐ。褐色、八足、恙無し。空殼、風に吹き散る、亦、奇なり。】。

凡(すべ)て、蛇、煙草(たばこ)の脂(やに)汁を忌む。蛇の口に入れば、則ち困死す。如〔(も)〕し穴に入る蛇は、力士、尾を捉(とら)へて引くに能く出さず〔→出づる能はず〕。煙草の脂を傅くれば、則ち出づ【又、云ふ、其れ、人の左の手にて自身の耳を捉へて、右手にて蛇を引けば、則ち出づると。未だ其の理を知らず。】人有りて馬の古沓(ぐつ)を擲(な)げて、蛇に中(あた)れば、則ち甚だ恚(いか)りて其の人を追ふ【白馬の沓、弥(いよ/\)然り。抑〔(そもそも)〕之を惡むか、之を好むか。】。

蝮(まむし)、足を咬み、或は螫(さ)す〔に〕、牙・針、膚に留まり痛む〔時は〕、急に緊(きび)しく其の疵の上(か〔み〕)を縛(くゝ)り、煙草の脂を傅くべし。如し緩(ゆる)き時は[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名にある。]、則ち〔牙・針〕、直ちに上りて、肩・背に至りて、煩悶す。眞綿を用ひて其の邊を撫〔(なづ)〕れば、則ち牙・針、綿に係る。鑷(けぬき)を以て抜き取り、次に煙草の脂或は膏藥を傅けて、癒ゆ。

[やぶちゃん注:標題は蛇の抜け殻についての記載のように見えるが、それは第一段落で終り、「凡て、蛇」以下では蛇の忌避物質としての煙草のヤニ及び馬の草鞋(わらじ)の効用を述べ、「蝮、足を咬みる」以下ではマムシ咬傷の際の救急法を述べる。

 「蛇、秋、蟄る前、皮を脱ぐ」とあるが、誤り。爬虫類の愛好家の方のブログ「Reptiles Cage」のヘビ脱皮についての記載から引用させて頂く(但し、途中の改行を省略した)。『ヘビは年に数回脱皮する。成長期にはその回数が多い。脱皮は口から脱ぎ始め、ストッキングを脱ぐように裏返しに脱いでいく。うろこは11枚離れているように見えるけど、実はその間に薄い皮で繋がっていて、普通は鱗の間に畳み込まれている。大きいものを飲み込んで皮が伸びるのは、その畳まれたのが伸びるわけ。脱皮の1週間前くらいから目が白濁してくる。ヘビはまぶたを持たないので、眼の保護に透明な皮が目の上を覆っている。その皮も脱皮するので、脱ごうとする皮と新しい皮の間に体液が入って白濁して見えるのだ。このあいだは、ヘビは餌を食べたりせず、目が利かないので用心深くなる。』ホントにホントの文字通り、眼から鱗!!! なお、蛇の寿命は2~20年程度(飼育下)で、シマヘビElaphe quadrivirgata4年程度、アオダイショウElaphe climacophora1220年(飼育下)。但し、外国産のペットの中には、ヘビ亜目ボア科ボア亜科ボア属のボア・コンストリクターBoa constrictor(通常我々が呼ぶボアのこと)等に飼育下で40年以上の記録もある。

 「黑燒」は漢方の製法の一つで、動植物を土器に入れて時間をかけて蒸し焼きにし、黒く炭化させたものを言う。

 「油煉」「あぶらねり」と読むようである。恐らく少し炒って油を沁み込ませ、練って固めたものを言うのであろう。

 「兀禿」「兀」は音「ゴツ」で「禿」(トク)と同じく、ハゲの意。

 「蜘蛛も皮を脱ぐ」蜘蛛も節足動物であるから脱皮する。種によっては15回の脱皮をするものもいるとのことである。

 「恙無し」は、欠けたところがない、という意味であろう。完全な八足の蜘蛛の形のままの抜け殻となる、の意。

 「蛇、煙草の脂汁を忌む」蛇の愛好家の方の記載を見ると、実際に多くの蛇は煙草(煙やヤニ)を忌避するらしい。古き嫌煙家であったわけだ。

 「困死」悶え苦しんで死ぬこと。

 「馬の古沓」「馬の沓」とは馬の草鞋のことで、「馬沓」(まくつ)とも言う。蹄に付けた。ちなみに、よくある「沓掛」という地名は、馬を休ませて、この馬沓を木に掛けたところからついた地名という。

 「蝮」ニホンマムシGloydius blomhoffii。「蝮」の項を参照。

 「牙・針」中黒で分けた。ここは直前の「足を咬み、或は螫す」に着目して欲しいのである。「牙」が「咬」むのであり、「針」が「螫す」である。即ち、「牙」と「針」は別物なのである。これは前掲の「蝮」の項にある『其の鍼、尾に有りて、蜂の針のごとく、常には見えず。時に臨んで出だし、人を刺す。毒、最も烈し。然るに、鍼、鼻の上に有ると謂ふは、未審し。』が解となる。良安は蝮は口中の毒牙以外に、尾部に毒針を隠し持っていると考えているのである。また、この叙述から、良安は蜜蜂のように蝮の牙も針も人体に打ち込まれると脱落するもの、と考えていたことが分かる。]