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和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類へ
和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部へ
和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第五十  魚類 河湖無鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第九十七 水草 藻類 苔類へ

和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部  寺島良安

                  書き下し及び注記 copyright 2007 Yabtyan

  全篇最終校訂2007年8月15日(最終訂正 2008年2月2日)

 

[やぶちゃん注:本ページは以前にブログに記載した私の構想している「和漢三才圖會」中の水族の部分の電子化プロジェクトの第一弾である。底本・凡例・電子化に際しての方針等々については、「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 寺島良安」の冒頭注の凡例を参照されたい。
 本巻は何故か表紙標題・目録部分を含めてすべて「介貝類」となっている(他の巻では「~類」という標記はまま見られるが、目録では「部」とある)が、他の巻との整合性から標題は「介貝部」とした。
 さて全体を通し、誤りを見つけた方、疑義のある方は、是非、御一報あれ。恩幸、之に過ぎたるはない。]



■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○   一[やぶちゃん注:「○」と「一」のスペースはママ。]

和漢三才圖會卷四十七目録   介貝類

[やぶちゃん注:目次の項目の読みはママ(該当項のルビ以外に下に書かれたものを一字空けで示した。なお本文との表記の異同も認められるが、注記はしていない)。なお、原文では横に3列の罫があり、縦に以下の順番に書かれている。項目名の後に私の同定した和名等を[ ]で表示した。]

鰒(あはび)           [アワビ]

真珠(しんじゆ)         [貝類体内生成鉱物]

牡蠣(かき ぼれい)       [カキ]

蚌(ながたがひ どぶかい)    [ドブガイ]

馬刀(かみそりかひ からすかひ) [カラスガイ]

玉珧(たいらき ゑぼしかひ)   [タイラギ]
海鏡(うみかゞみ)        [カガミガイまたはマドガイ?]
蟶(まて)            [マテガイ]
※1※2(あこやかひ)      [アコヤガイ]
 [やぶちゃん字注:※1=「虫」+「咸」。※2=「虫」+「進」。]

蜆(しゞみ)           [シジミ]
文蛤(はまぐり)         [ハマグリ]
蛤蜊(しほふき)         [シオフキ]
淺蜊(あさり)          [アサリ]
阿座蛤(あざかひ)        [シャコガイ]
鳥蛤(とりかひ)         [トリガイ]
蚶(あかがひ) 猿頰(サルボ)  [アカガイ サルボウ]
やぶちゃん字注:「サルボ」のみカタカナ表記。]
車渠(ほたてかひ いたやかひ)  [イタヤガイ類
車螫(わたりかひ)        [(オオハマグリ)?
貝子(こやすかひ たからかひ)  [タカラガイ類]
紫貝(うまのくぼかひ)      [ホシダカラ?]
(くつはかひ)         [タカラガイ?
貽貝(いのかひ)         [ムラサキガイ
馬鹿貝(ばかかひ おふのかひ)  [バカガイ]
(みるくひかひ)       [ミルクイ]
 [やぶちゃん字注:※=「陛」の(こざとへん)を「虫」に換える。]

海蛤(うむのかひ)        [二枚貝類貝殻]
香螺(よなき ながにし)     [ナガニシ]
蓼螺(にし あぎ)        [アカニシ]
榮螺(さゞえ)          [サザエ]
田螺(たにし たつび)      [タニシ]
海螄(ばひ)           [バイ]
蝸螺(にな みな)        [カワニナ]
寶螺(ほらのかひ)        [ホラガイ]
鸚鵡螺(おふむかひ)       [オウムガイ]
老海鼠(ほや)          [ホヤ]
幾左古(きさご)         [キサゴ]
錦貝(やこかひ)         [ヤコウガイ]
郎君子(すがひ)         [スガイ]
海燕(もちかひ)         [ヒトデとカシパン]
霊螺子(うに のね)       [ウニ]
石蜐(かめのて)         [カメノテ]
寄居蟲(かうな かみな)     [ヤドカリ類]
貝鮹(かひたこ たこふね)    [アオイガイまたはタコブネ]




和漢三才圖會卷第四十七

        攝陽  城醫法橋寺島良安尚順  

 介貝部【蚌類 蛤類 螺類】

[やぶちゃん注:「攝陽」は摂津(現在の大阪府北西・南西部及び兵庫県東部を含む)の南。良安は大坂高津(こうづ)の出身である。尚順は彼の字(あざな)。「法橋」(ほっきょう)は元々は僧位で、法印・法眼・法橋の順で第三位の称号を指すが、中世以後には僧侶に準じ、医師・絵師・連歌師などに与えられた。良安の事跡は生没年も含め、不明な点が多いが、大坂城の御城入医師として法橋に叙せられたことは分かっている。]

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○一[やぶちゃん字注:「一」で前ページとダブっている。]


[やぶちゃん注:上部に鰒の殻「表」、下部に鰒の殻「裏」の図。]

あはひ

【音薄】

唐音

ホツ

 

石決明

九孔螺

殻名千里光

【和名阿波比】[やぶちゃん字注:以上四行は、前四行の下に入る。]

 

本艸綱目云鰒形長如小蚌而扁一片無對外皮甚粗細

孔雜雜内則光耀可愛背側一行有孔如穿成者生於石

崖之上海人泅水乘其不意即易得之否則緊粘難脱也

肉【甘微鹹平】 與殻同功治内障外障瞖痛通五淋

△按鰒諸國海中皆有大四五寸至尺許肉色白微靑者

 爲雄微赤者爲雌其味優於雄凡肉四圍堅薄而蒼黑

《改ページ》

 色謂鰒之耳毎在水中則半出殻外轉運以跋歩肉之

 首尾兩端有二竅如上下口之形其子貝寸許者名止

 古布志爲醢名布久太米

乾鰒 其製有數種延喜式所載諸國貢獻甚多如今串

 貫丸乾之二種多矣隠岐佐渡之者最佳

長鰒 延喜式所載安房伊豫等之長鰒今穪尉斗者是

 也造法生鰒去腸從耳端薄切剥至中肉成條如剥乾

 瓢法暴乾取生乾者引抻〔→伸〕令長復乾之作明白條其短

 鰒亦略同蓋尉斗者申〔→伸〕繒火噐之名也説文云從上按

[やぶちゃん字注:「略」はママ。]

 下使平曰尉與引抻〔→伸〕雖不同俗用來尚矣以爲賀祝之

 物取長延之義焉以所去腸爲醤味最佳

 一種有用榮螺造之者形色劣矣

鰒殻 以有去翳之功名石決明以有靑白之光名千里

 光磪片可飾漆噐俗云靑貝是也

 有鰒殻裏堆畫佛像者人以爲奇異多賣僧所爲也其

《改ページ》

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○二

 

 造法用濃墨畫物乾之盛醋經久後拭去墨則跡堆起

 物象鮮明

 

 

あはび

【音、薄。】

唐音

ホツ

 

石決明

九孔螺

殻を千里光と名づく。

【和名、阿波比。】

 

「本艸綱目」に云ふ、『鰒は、形ち長く、小さき蚌のごとくにして、扁たく、一片にして對(つい[やぶちゃん字注:ママ。])無し。外の皮、甚だ粗く、細かな孔(あな)雜雜たり。内は則ち光り耀(かがや)き、愛しつべし。背の側(かたはら)、一行(〔ひと〕くだり)に孔有り、穿(うが)ち成す者のごとく、石崖の上に生ず。海人、水を泅(をよ)ひで、其の不意に乘じて、即ち易く之を得。否(しかざ)れば、則ち緊-粘(ひつつ)いて、脱し難し。』と。[やぶちゃん字注:「緊-粘(ひつつ)いて」の「いて」はママ。]

肉【甘、微鹹、平。】  殻と功を同じくす。内障(そこひ)・外障(うはひ)・瞖(かす)み痛むを治し、五淋を通ず。

△按ずるに、鰒は諸國の海中に皆有り。大いさ、四~五寸より、尺ばかりに至る。肉の色、白くして、微〔(すこ)〕し靑き者、雄と爲し、微し赤き者、雌と爲す。其の味、雄に優れり。凡〔(すべ)〕て肉の四圍、堅く薄くして、蒼黑色、鰒の耳と謂ふ。毎〔(つね)〕に水中に在りては、則ち半ば殻の外に出でて、轉運して以て跋-歩(はひあり)く。肉の首尾兩端に二つの竅(あな)有り、上下、口の形のごとし。其の子貝、寸ばかりの者を止古布志〔(とこぶし)〕と名づく。醢(しゝびしほ)と爲し、布久太米〔(ふくため)〕と名づく。

乾鰒(くしあはび)  其の製、數種有りて、「延喜式」に載する所、諸國貢獻、甚だ多し。如-今〔(いま)〕は串貫〔(くし)〕ぬき)・丸乾しの二種多し。隠岐・佐渡の者、最も佳なり。

長鰒(のし)  「延喜式」に載する所の安房・伊豫等の長鰒(ながあはび)、今、尉斗(のし)と称するは、是なり。造る法は、生なる鰒、腸(わた)を去り、耳の端より薄く切り剥(む)きて、中の肉に至り、條を成し、乾瓢(かん〔ぴやう〕)を剥(む)く法のごとくす。暴〔(さら)〕し乾し、生乾きなる者を取りて引き伸ばし、長からしめ、復た之を乾かす。明白條〔:真っ白な一筋〕と作る。其の短き鰒(のし)も亦、略ぼ同じ。蓋し尉斗とは、繒(きぬ)を伸(の)ばす火噐〔=器〕の名なり。「説文」に云ふ、『上より下に按じて〔:下に向かって押さえつける〕平らならしむるをと曰ふ。』と。引伸(ひきの)すと同じからずと雖も、俗に用ひ來ること尚〔(ひさ)〕し。以て賀祝の物と爲すは、長延の義に取る。去る所の腸を以て、醤〔(ひしほ)〕と爲す。味、最も佳し。

一種、榮螺(さゞい〔→さゞゑ〕)を用ひて之を造る者有り。形色劣れり。

鰒殻(あはびがら)  翳(かすみ)を去るの功有るを以て、石決明と名づく。靑白の光有るを以て、千里光と名づく。磪(くだ)きたる片(へん)にて漆噐を飾る。俗に云ふ靑貝〔=螺鈿細工〕、是なり。

鰒殻の裏に佛像を堆(うづ)め畫(かく)する者有り。人、以て奇異と爲す。多くは賣僧(まいす)の所爲なり。其の造る法、濃き墨を用ひて物を畫き、之を乾かして、醋〔(す)〕を盛りて、久しきを經て後、墨を拭ひ去れば、則ち跡、堆〔(うづたか)〕く起り、物の象〔(かた)〕ち、鮮-明(あざや)かなり。

[やぶちゃん注:アワビ自体がミミガイ科 Haliotidae のアワビ属 Haliotis の総称であるので、国産9種でも食用種のクロアワビ Haliotis discus discus ・メガイアワビ Haliotis gigantea ・マダカアワビ Haliotis madaka ・エゾアワビ Haliotis discus hannai (クロアワビの北方亜種であるが同一種説もあり)・トコブシHaliotis diversicolor aquatilis ・ミミガイ Haliotis asinina までを挙げておけばとりあえずはよいか。
 『「本草綱目」は、明の李時珍の薬物書。52巻。1596年頃の刊行。巻頭の巻一及び二は序例(総論)、巻三及び四は百病主治として各病症に合わせた薬を示し、巻五以降が薬物各論で、それぞれの起源に基づいた分類がなされている。収録薬種1892種、図版1109枚、処方11096種にのぼる。
 
「一片にして對無し」は注するまでもなく勿論、誤り。アワビは腹足類(巻貝)、「螺」である。その点、冒頭名称中、「九孔螺」は正しい呼び名である(但し、これは次項をご覧になれば分かる通り、トコブシHaliotis diversicolor aquatilisを示す)。
 「一行に孔有り」でついでに述べておくと、一般に、アワビとトコブシの区別としてよく言われるのは、殻背面の孔数で、4~5個がアワビ、6~9個がトコブシとされる(さらに言えばトコブシでは孔の背面が管状にならず、背面部と同じ高さである)。しかし、近年商品として流入してきている外国産のアワビやトコブシの仲間には、これが通用しないものも多い。
 「肉の色、白くして、微し靑き者、雄と爲し……」とあるが、雌雄については、外見上の区別は不可能(雌雄判断の即物的印象から分類したメガイアワビの名称はその名残り)である。基本的には内臓の生殖腺の色で判別し、緑色の濃いものが♂、全体に白っぽいものが♀である。腹足部の色は常食する藻類等によって同種内でも大きく変異する。
 「鰒の耳」は外套膜の辺縁部。殊の外側が硬い。が、私の最も好物とするところである。

 「内障」は、白そこひ(白内障)・青そこひ(緑内障)。「外障」は瞼・両目じり・白目・黒目などに視認できる形で起こる病変疾患を広く指すものであろう。
 「五淋」は尿路障害で、石淋(尿路結石。排尿障害や強い痛みを伴うことが多いもの)・気淋(ストレスによる神経性の頻尿)・膏淋(尿の濁り)・労淋(過労・性交過多に伴う排尿異常)・熱淋(痛みが激しく時に出血を伴う急性尿路感染症)を言う。
 「止古布志」はトコブシHaliotis diversicolor aquatilisナガレコという通称もよく用いられる。
 「布久太米」は、本記載ではトコブシの塩辛と読めるが、現在では良安が「長鰒」の最後で紹介するアワビの内臓の塩辛として、三陸に於いて「福多女」の名で、製造されている。塩辛いが、酒肴の珍味で、私も好物である。30年以上も前になるが、ある雑誌で、古くから東北地方において、猫にアワビの胆を食わせると耳が落ちる、と言う言い伝えがあったが、ある時、東北の某大学の生物教授が実際にアワビの胆をネコに与えて実験をしてみたところが、猫の耳が炎症を起し、ネコが激しく耳を掻くために、傷が化膿して耳が脱落するという結果を得たという記事を読んだ。現在これは、内臓に含まれているクロロフィルa(葉緑素)の部分分解物ピロフェオフォーバイドa (pyropheophorbide a) やフェオフォーバイドa (Pheophorbide a) が原因物質となって発症する光アレルギー(光過敏症)の結果であることが分かっている。サザエやアワビの摂餌した海藻類の葉緑素は分解され、これらの物質が特に中腸腺(軟体動物や節足動消化器の一部。脊椎動物の肝臓と膵臓の機能を統合したような消化酵素分泌器官)に蓄積する。特にその中腸線が黒みがかった濃緑色になる春先頃(2月から5月にかけて)、毒性が最も高まるとする(ラットの場合、5㎎の投与で耳が炎症を越して腐り落ち、更に光を強くしたところ死亡したという)。なお、なぜ耳なのかと言えば、毛が薄いために太陽光に皮膚が曝されやすく、その結果、当該物質が活性化し、強烈な炎症作用を引き起すからと考えられる。なお、良安はこの毒性について、「鳥蛤」(トリガイ)の項で述べている。また別に、最後の「貝鮹」(タコブネ)の項も参照されたい。
 『「延喜式」は、「養老律令」の施行細則を記載した古代の法典。本文が引用するのは、その巻二十四主計省上で、ここには全国への庸・調等の割り当てが記載されており、当時全国の農産・漁獲・特産物を知ることができる。東洋文庫版の注によれば、献上品の中にアワビが含まれている国は志摩・安房等、十九ヶ国に及び、『その種類としては、御取鰒・雜鰒・丸鰒・横串鰒・細割鰒・薄鰒・火焼鰒・鮨鰒など約四十種』を数える、とある。
 「長鰒」は、東洋文庫注によれば「延喜式」で『長鰒を献納する国は三ケ国、安房国・伊予国・肥前国である。』とする。
 『「説文」』は「説文解字」で、漢字の構成理論である六書(りくしょ)に従い、その原義を論ずることを体系的に試みた最初の字書。後漢の許慎の著。
 「尉」について。「のし」は、現在は「熨斗」と記すが、良安の記す「尉」の方が、「火のし」の意味の原字である。ちなみに、そこから悪しき者を「おさえる」の意となって、軍隊の階級名として採用されたのである。
 去る所の腸を以て、醤〔(ひしほ)〕と爲す」は先の「布久太米」の注を参照。

 「鰒殻の裏に佛像を堆畫する者」とあるが、これは13世紀頃の中国で始まった技術である。現在でも、鉛で成形した小形の仏像をアワビや後述のカラスガイの殻内に挿入し、真珠質をその表面に形成させた仏像真珠等が、お守りや護符の土産物として彼の地で売られている。私も見たことがあるが、キッチュながら、いや、なかなか面白いものである。奇蹟の聖物として高額をふっかけられ騙されない限りは、である。
 「賣僧」は、僧形で不法な物品販売をした破戒僧。平然たる孫引き、気分次第のいい加減な注で目眩ましする私は、まさに賣僧そのものである。でも、私はこの「まいす」という響き、何だか懐かしい自分の正体を知る気がして、頗る好きだ。]

***

しんじゆ

真珠

チン チユイ

 

珍珠  蚌珠

※1珠[やぶちゃん字注:※1=「虫」+{「濵」の(つくり)}。]

【俗云貝珠】[やぶちゃん字注:以上三行は、前三行の下に入る。]

 

本綱一曰石決明産也一曰蚌蛤産也中以蚌珠爲真矣

以五分至一寸八九分者爲大品有光彩一邊似度金者

名璫珠次則走珠滑珠等品也南番珠色白圓耀者爲上

廣西者次之北海珠色微靑者爲上粉白油黄者下也西

番馬價珠爲上色靑如翠

凡蚌聞雷則※2痩其孕珠如懐孕故謂之珠胎中秋無月

[やぶちゃん字注:※2=(やまいだれ)+「秋」。]

則蚌無胎也蚌蛤珠胎與月盈※3〔→虧〕也真珠用爲首飾欲穿

[やぶちゃん字注:※3=「虧」の(へん)を「虚」に換える。]

須得金剛鑽也凡入藥以新完未經鑽綴者【研如粉不細則傷人臓腑】

《改ページ》

真珠【鹹甘寒】  入厥陰肝經故能安魂定魄明目治聾

     龍珠【在頷】蛇珠【在口】魚珠【在眼】

   ○                       皆不及蚌珠也

     鮫珠【在皮】鼈珠【在足】蚌〔→蛛〕珠【在腹】

日本紀允恭天皇※4于淡路而不獲一獸故卜矣赤石海

底有真珠其珠祠於島神則當得獣於是海人男狹磯者

腰繋繩入海底差煩之出曰海底有大鰒其處光也亦入

探之抱大鰒而泛出乃息絶而死以繩測海底六十尋既

而割鰒腹得真珠其大如桃子乃祠島神而※4多獲獸也

[やぶちゃん字注:※4=(けものへん)+{「曷」+(くさかんむり)}。]

△按真珠以鰒珠爲最上然得之者鮮故今用蜮※5※6淺蜊

[やぶちゃん字注:※5=「虫」+「咸」。※6=「虫」+「進」。]

 二種而已  蚌珠亦不多依和漢土地有異乎

伊勢真珠  ※5※6珠也勢州多取之海西大村亦有其珠

 小者大如猪〔→楮〕實子中者如麻仁大者如黄豆而重五六

 分者爲上至一錢目者未曾有珍寶也皆色潤白有微

 靑光華人見之則喜求之價最貴以小者爲藥用

尾張真珠  淺蜊貝珠也尾州多取之近年藝州廣島亦

《改ページ》

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○三

 

 有其珠大小與伊勢真珠不異但無光澤如魚眼玉價

 亦不貴凡真珠藏輕粉中則經年稍長生贅子

 

 

しんじゆ

真珠

チン チユイ

 

珍珠  蚌珠〔(ばうしゆ)〕

※珠〔(ひんしゆ)〕[やぶちゃん字注:※=「虫」+{「濵」の(つくり)}。]

【俗に貝珠と云ふ。】

 

「本綱」に、『一つに曰く、石決明の産なり、と。一つに曰く、蚌蛤〔(ばうかう)〕産なり、と。中にも蚌の珠を以て真と爲す。五分より一寸八~九分〔:1.5㎝~4㎝〕に至る者を以て大品と爲す。光彩有りて、一邊、度金に似たる者璫珠〔(たうしゆ)〕と名づく。次は則ち走珠・滑珠等の品なり南番珠の色、白く、圓く耀く者を上と爲す。廣西(カンスイ)の者、之に次ぐ。北海の珠は、色、微〔(すこ)〕し靑き者を上と爲す。粉白・油黄ある者は、下なり。西番の馬價珠を上と爲す。色、靑きこと翠のごとし。凡そ蚌、雷を聞くとき、則ち※1痩〔(しうさう)〕し、其の珠を孕むこと、懐孕〔(くわいこ):こをいだく〕のごとくなる。故に之を珠胎〔(しゆたい)〕と謂ふ。中秋に月無ければ、則ち、蚌、胎〔(はら)むこと〕無しと云へり[やぶちゃん字注:「云」は送り仮名にある。]。蚌蛤の珠胎、月と與〔(とも)〕に盈虧〔(えいき):満ち欠け〕す。真珠、用ひて首飾りと爲す。穿〔(うが)〕たんと欲せば、須〔(すべか)〕らく金剛〔:ダイヤモンド〕を得て鑽(も)〔:錐揉みする〕むべし。凡そ藥に入るるには、新たに完〔(まつた)〕く未だ鑽綴〔(さんてつ):加工され飾りとすること。〕を經ざる者を以てす【研して粉のごとく細かならざれば、則ち人の臓腑を傷つく。】。』と。[やぶちゃん字注:※1=(やまいだれ)+「秋」。]

真珠【鹹甘、寒。】  厥陰肝經〔(けついんかんけい)〕に入る。故に能くを安んじ、〔(はく)〕を定め、目を明にし、聾(つんぼ)を治す。

○龍の珠【頷に在り。】、蛇の珠【口に在り。】、魚の珠【眼に在り。】、鮫の珠【皮に在り。】鼈(すつぽん)の珠【足に在り。】、蛛〔(くも)〕の珠【腹に在り。】、皆、蚌珠に及ばざるなり。

日本紀」允恭(いんぎよう)天皇に、『淡路に※2(かり)し玉ふ。[やぶちゃん字注:「玉」は送り仮名にある。以下、「玉」同じ。]而れども一獸をも獲り玉はず。故に卜〔(うらな)〕はしむるに、赤石(あかいし)の海底に真珠有り。其の珠を島の神に祠(まつ)らば、則ち當に獣を得べし、と。是に於て、海----磯(あまのをさし)と云ふ[やぶちゃん字注:「云」は送り仮名にある。]者、腰に繩を繋ぎ、海底に入り、差-煩(しばらく)ありて、之、出でて曰く、「海底に大鰒有り。其處、光るなり。」と。亦、入りて探(かづい[やぶちゃん字注:ママ。]=潜)て、之、大鰒を抱く。而して泛(う)き出でて、乃ち息絶へて死す。繩を以て海底を測るに、六十尋〔:約108m〕あり。既にして鰒の腹を割りて、真珠を得。其の大いさ、桃子〔:桃の実〕のごとし。乃ち島の神に祠りて、※2(かり)して多く獸を獲るなり。』と。[やぶちゃん字注:※2=(けものへん)+〔「曷」+(くさかんむり)〕。]

△按ずるに、真珠は鰒(あはび)の珠(たま)を以て最上と爲す。然れども之を得る者は鮮〔(すく)〕なし。故に今、※3※4(あこやがい[やぶちゃん字注:ママ。])・淺蜊の二種を用ひるのみ。蚌珠も亦、多からず。和漢土地に依りて異有るか。

伊勢真珠  ※3※4(あこやがひ)の珠なり。勢州に多く之を取る。海西の大村、亦、其の珠有り。小さき者は、大いさ楮實子〔(ちよじつし)〕のごとく、中なる者は麻仁〔(まにん)〕のごとく、大なる者は黄豆のごとくにして、重さ五~六分の者を上と爲し、一錢目〔:3.75g〕に至る者、未だ曾て有らざる珍寶なり。皆、色、潤白にて、微し靑光有り。華人、之を見れば、則ち喜び、之を求む。價(あたい[やぶちゃん字注:ママ。])最も貴(たか)し。小さき者を以て藥用と爲す。

尾張真珠  淺蜊貝の珠なり。尾州に多く之を取る。近年、藝州廣島にも亦、有り。其の珠、大小、伊勢真珠と異ならず。但だ光澤無し。魚の眼玉のごときなり。價、亦、貴からず。凡そ真珠、輕粉(はらや)の中に藏むるに、則ち年を經る者、やや長くして、贅子〔(ぜいし)〕を生ず。

[やぶちゃん注:私は実は真珠好きである。その他の宝石には全く興味がないのだが、真珠だけは別物である。しかし、カフスやネクタイピンでは傷がつきやすいために、かえっていいものがなく、身につけようもない。悔しい。小学校6年生の時、なけなしのお年玉を溜めた小遣いで、母の誕生日に傷物を用いた¥1,000の真珠のブローチを買ったのを思い出す。僕は、その時から、真珠に惹かれていたのだと、今気づいた。ちなみに、“pearl”の有力な語源説としては、“perna”という二枚貝を表すラテン語の俗化した(シシリアでとも言われる)“perla”が元とされる。これも貝由来のようだ。
 「一つに曰く、石決明の産なり、と。一つに曰く、蚌蛤産なり、と。」の「石決明」はアワビ、「本草綱目」にあっては「蚌蛤」は広く淡海水産二枚貝を指す。東洋文庫版がこれを「はまぐり」と訓じているのは不適切である。「蚌」はとりあえずドブガイととっておいてよいが、後掲する「蚌」の項で注するように、これは一筋縄ではいかないものである。
 「一邊、度金に似たる者」の「一邊」は、全体に、の意味ではなく、潰れた珠の形を言っている。次の注の「南越志」を参照されたい。「度金」は鍍金(メッキ)。
 「璫珠と名づく。次は……」について、南朝の博物学書である沈懐遠の「南越志」には以下のようにある(書き下し文は私流)。

珠有九品。寸五分以上至寸八九分者爲大品。有光彩、一邊小平似覆釜者名璫珠。璫珠之次名走珠。走珠之次爲滑珠。滑珠之次爲磊砢珠。磊砢珠之次爲官珠雨珠。官雨珠之次爲税珠。税珠之次爲蔥珠。

珠に九品有り。寸五分以上、寸八~九分に至る者を大品と爲す。光彩有り、一邊の小しく平らにして、覆せし釜に似たる者を璫珠と名づく。璫珠の次、走珠と名づく。走珠の次、滑珠と爲す。滑珠の次、磊砢珠〔(らくらしゆ)〕と爲す。磊砢珠の次、官珠・雨珠と爲す。官・雨珠の次、税珠と爲す。税珠の次、蔥珠〔(そうしゆ)〕と爲す。

 「南番珠」は、後ろの「北海」に対する「南蛮珠」であろう。
 「廣西」は現在の中国南西部、ベトナムと接する広西壮(チワン)族自治区に相当する。中国音はGuǎngxī(クヴァンスィー)で、ここは中国音をルビとして記載しているので、カタカナとした。
 「粉白・油黄」は、粉を吹いたような白色や油のような(もしくはツヤのある)黄色、という意味であろう。
 「西番の馬價珠」は、「西番馬價珠」五字の固有名詞である。即ち、西蕃(チベット。但しこれは中国側からの蔑称)は名馬の産地であり、その高価な駿馬の西蕃馬一頭分の価格の真珠、という意味である。
 「※1痩」[※1=(やまいだれ)+「秋」。]を、東洋文庫版は「縮み痩せる」と訳している。
 「厥陰肝經」は「足厥陰肝経」で、足の主要な経絡系全体を言う。複数の経絡についての解説から総合すると、足の親指の叢毛部に始まり、胃のそばを通って肝臓までの間に全部で14箇所のツボを持つ。肝部からの支脈は横隔膜を通って上行し肺に入って「手太陰肺経」とつながり、また本脈はさらに上がって肋部から喉の後・鼻・咽喉部に入り、目系(目に関わる器官・組織)と接続、最後に額から出、「督脈」(体の後正中線を流れる経絡)と頭頂に会合するとする。こうして経絡を追うと、真珠の効能さもありなんという気がしてくるから不思議。
 「魂」と「魄」の違いは、死後、天に昇るものを「魂」とし、死後もその体に残って最後に土に還るものを「魄」とした。具体的には「魂」は肝臓に、「魄」は肺に宿るとし、生命エネルギーの中心である「魂」が過剰になると怒りっぽくなり、五官を支配する「魄」が過剰になると憂いが増すと考えられた。
 「日本紀」は「日本書紀」。以下に同書の「○十四年秋九月癸丑朔甲子」の原文及び私の訳を掲げる(良安の引用は甚だ省略が多い)。

天皇獵于淡路島。時麋鹿猿猪莫莫紛紛、盈于山谷、焱起蠅散。然終日以不獲一獸。於是獵止以更卜矣。島神祟之曰。「不得獸者、是我之心也。赤石海底有眞珠。其珠祠於我。則悉當得獸。」爰更集處處之白水郎。以令探赤石海底。海深不能至底。唯有一海人。曰男狹磯。是阿波國長邑之海人也。勝於諸海人好深探。是腰繋繩入海底。差頃之出曰。「於海底有大蝮。其處光也。」諸人皆曰。「島神所請之珠。殆有是蝮腹乎。」亦入而探之。爰男狹磯抱大蝮而泛出之。乃息絶以死浪上。既而下繩測海深六十尋。則割蝮實眞珠有腹中。其大如桃子。乃祠島神而獵之。多獲獸也。唯悲男狹磯入海死之。則作墓厚葬。其墓猶今存之。

訳:帝は、淡路島に狩にやって来た。その頃この島には、大鹿や小鹿、猿や猪等の獣がまことに多く、その気配は山や谷に満ち満ちている。しかし、一日かけても、一匹の獲物もない。そこで帝は、狩を中断して、その理由を占わせてみた。すると島神は、とがめて言った。「獣を捕らえることができないのは、私の意志である。しかし、赤石の海底に真珠がある。それを捕って、私に祀るならば、すべての獣を得ることができるであろう。」と。帝は即座に、各所の海士(あま)達を集め、赤石の海へ潜らせた。しかし、海は深く、誰一人、海底まで達することが出来ないのであった。さて、ここに一人の海士がいた。名を男狭磯(おさし)といった。この男は、阿波国長村の海士である。海に深く潜ることを好み、その潜ることにかけては、他のどの海人よりも勝っていた。(呼び出された彼は)早速、腰に長いなわを繋ぎ、海底へと潜っていった。暫らくして、浮かび出でて、言った。「海底に、大鰒がいる。その辺りが光っている。」人々は皆口々に言った。「まさにそれが島神の求めるところ真珠じゃ。何とまあ、それは鰒の腹の中にあったのか。」男狭磯は再び入って深く潜った。遂に彼は、大鰒をしっかと抱いて、海中から浮かび上がった。しかし、男狭磯はそのまま波間に息絶えたのであった。その折に既に下っていた繩の長さを測ると、海の深さは実に六十尋もあった。そこでその鰒を割ると、結実した真珠がその腹の中にあった。その大きさはまさに桃の実ほどもあった。 帝は直ちに島神にその真珠を祀り、再び狩に出た。すると、沢山の獣を狩ることが出来た。しかし帝は、ただただ男狭磯が海に入ったことで亡くなったことを悲しんだ。そこで帝は、男狭磯のために、墓を造り、厚く弔った。その墓は今もなお、ある。

なんとこれは、潜函病(急性減圧症候群)の最古の死亡例公式記録ともいうべきか。ちなみにこの墓、「石の寝屋」と呼ばれ、古墳として現在もある。淡路市のサイトに本伝説も描いた資料映像がある。
 「伊勢真珠」という呼称は古くからある。歴史上の真珠の記載について簡単に記述すると、「古事記」の編者である太安万侶の墳墓とされるものの副葬品から既に真珠玉が出土しており、「三国地誌」の「伊勢島風土記」の『伊勢島風土記曰 答志ノ郡伊佐郷出玉石眞珠/延喜内蔵式目 玉一千丸 志摩国所進 臨時ノ増減有/同民部式目 交易雜物志摩國 大凝菜卅四斤 白玉千顆/萬寶全書云 白玉 伊勢眞珠』等という記載からも、奈良時代、既に諸国からの献上物産品として真珠が知られていたことが分かる。寛政11(1799)年の「日本産海名産図絵」の真珠の項には、『是はアコヤ貝の珠なり、即ち伊勢にて取りて伊勢眞珠と云て上品とし、尾州を下品とす。肥前大村より出すは上品とすれども藥肆の交易にはあずからず。アコヤ貝は一名袖貝といひて形に似たり。和歌浦にて胡蝶貝と云ひ、大きさ一寸五分、二寸ばかり、灰色にて微黑を帶びたるもあるなり。珠は伊勢の物、形圓く、微し靑みを帶ぶ。又圓からず長うして緑色を帶ぶるものは石決明(あはび)の珠なり、藥肆に是を貝の珠と云ふ。尾張は形正しく圓からず、色鈍(どよ)みて光澤なく尤も少なり、是は淡菜(いがひ)の珠なり。』との記載がある。なお、ここで参考にしたブログの筆者は、この「伊勢真珠」の伊勢について、『伊勢真珠としているが、伊勢エビと同様産地は志摩とみるのが至当であろう。』と記している(以上の歴史関連記載と引用は個人ブログ「浜島町史をWebで読む」等を参考にし、一部に手を加えた)。
 「海西の大村」は、九州の大村湾(長崎県中央部に位置する海)。現在も真珠養殖で有名。
 
「楮實子」は、本来、漢方で、クワ科コウゾ属の落葉低木カジノキ
Broussonetia papyrifera の成熟果実を指すが、ここではそれよりも一回り小さいコウゾBroussonetia kazinoki (カジノキと誤認されて学名がついてしまった)の実を言っているか。但し、「小さき者」とあるので、雌珠の集合果を構成している1㎜程の一個の実の大きさを言っている。
 「麻仁」は、アサ
Cannabis 属の実。直径2~3
 
「黄豆」は、ダイズ
Glycine max の実。直径5~10

 「尾張真珠」はアサリ真珠と称し、本真珠のような光沢がないため正式には真珠様物質と現在は呼ばれている。私も味噌汁のアサリの中に見出したことが数度ある。それでもネット上の情報によれば、8㎝程度の大型のアサリから出てくるアサリ真珠は取引価格200から500円(カキの同じ生成物はもう少し値が張って500~1000円だそうだ。これもカキ好きの私は何度も発見したことがある)、あれでも立派に流通するのだなと吃驚した。またこれは本真珠より安価な漢方薬として売買されたものと思われ、天明年間の大阪の薬種問屋の記録に「尾張真珠 懸目四匁〔:15g〕ニ付銀壱分宛」という記載がある。
 「輕粉」は、伊勢白粉のこと。射和軽粉・伊勢白粉・御所白粉とも。化粧用のおしろいとして知られるが、顔面の腫れ物・血行不良及び腹痛の内服・全般的な皮膚病外用薬、さらには梅毒や虱の特効薬、利尿剤として広く使用された。伊勢松坂の射和で多く生産された。成分は塩化第一水銀HgCl₂、甘汞(かんこう)であり、塗布でも中毒の危険性があり、特に吸引した場合は急性の水銀中毒症状を引き起こす可能性がある。現在は使用されていない。最後に、この「はらや」といういい響きを持った語の語源、気になるが分からない。何方か情報を求む。
 「贅子」は養子を指す語であるが、「贅」には、いぼ・こぶの意味があり、本体に飛び出たそのような形状での「子」という意味で用いているように思われる。白粉の中で増殖するとはケサランパサランみたような奴じゃなあ。]

***

かき

牡蠣

メウ ライ

 

蠔  古賁

牡蛤 蠣蛤

【凡蛤蚌之屬

皆有胎生即〔→卵〕

生獨此化生

純雄無雌故

名牡】

【和名加木】[やぶちゃん字注:以上八行は、前三行の下に入る。]

 

本綱牡蠣海旁皆有之附石而生磈礧相連如房呼爲蠣

房初生止如拳石四面漸長至一二丈者嶄巖如山俗呼

蠔山毎一房内有肉一塊大房如馬蹄小者如人指靣〔=面〕毎

潮來諸房皆開有小蟲入則合之以充腹海人取者皆鑿

房以烈火逼之挑取其肉當食品更有益【味甘温】

牡蠣殻 燒爲粉藥入用【味鹹微寒】入足小陰爲耎堅之劑

【以柴胡引之能去脇下硬 以茶爲使能益精止小便

 以大黄引之能消股間腫 以※1引之能消頂上結核】

[やぶちゃん字注:※1=(くさかんむり)の下に「下」。]

或以蠣房砌※2燒灰粉壁[やぶちゃん字注:※2=「石」+「嗇」。]

《改ページ》

石牡蠣  頭邊皆大小夾沙石真似牡蠣只是圓如龜殻

只丈夫服之令人無髭也其真牡蠣煆過以※試之隨

手走起者是也【※3乃千年琥珀】

[やぶちゃん字注:※3=「醫」の「酉」を「玉」に換える。]

△按牡蠣東北海多有之參州苅屋武州江戸近處之産

 大而味美藝州廣島之産小而味佳尾州勢州次之播

 州之産雖大肉硬味不佳凡牡蠣殻其用多矣卑濕之

 家多埋於地下能行水去濕又燒灰爲堊塗壁以代石

 灰【勝於蜆灰】入藥者可用左顧以口在上擧以腹向南視之

 口斜向東則謂之左顧【右顧者不堪用】貝母爲之使【得甘艸牛滕〔→膝〕遠志蛇牀子良惡麻黄】

 

かき

牡蠣

メウ ライ

 

蠔〔(がう)〕  古賁〔(こふん)〕

牡蛤〔(ぼかう)〕 蠣蛤〔(れいかう)〕

凡そ蛤蚌〔(かうばう)〕の屬、皆、胎生・卵生有り。獨り此れのみ化生し、純雄にして、雌無し。故に「牡」と名づく。】

【和名、加木。】

 

「本綱」に、『牡蠣〔(ぼれい)〕は、海の旁に皆、之有り。石に附きて磈-礧〔(かいらい):石のごろごろしている様〕と生ず。相連なること、房のごとし。呼びて蠣房〔(れいばう)〕と爲す。初生、止(た)ゞ拳-石(こぶし)のごとし。四面漸く長じて、一~二丈に至るは、嶄巖〔(ざんがん):とがって鋭い様〕、山のごとし。俗に蠔山〔(がうざん)〕と呼ぶ。毎一房の内、肉一塊(かたまり)有り。大なる房は、馬の蹄(ひづめ)のごとく、小さき者は、人の指の面のごとし。潮來る毎〔(ごと)〕、諸房、皆開く。小さき蟲有りて、入れば則ち之を合して、以て腹に充たす。海人、取る者、皆、房を鑿〔(うが)〕ち、烈火を以て之を逼〔(せま)〕り、其の肉を挑取して、食品に當て、更に益有り【味、甘、温。】。』と。

牡蠣殻(かきがら) 燒きて粉と爲し、藥に入れ、用ふ。【味、鹹、微寒。】足の小陰に入り、堅を耎〔(ぜん or ねん)=柔〕にするの劑と爲す。

柴胡(さいこ)を以て之を引きて、能く脇の下の硬を去る。茶を以て之を引きて、能く項上の結核を消す。大黄〔(だいわう)〕を以て之を引きて、能く股間の腫を消す。※1〔(じわう):地黄〕を以て使と爲し、能く精を益し、小便を止む。】。

或は蠣房を以て※2〔(しやう):石塀〕〔を〕砌〔(つみかさぬ)るに〕、灰に燒き、壁に粉〔(ぬ)〕る。
[やぶちゃん字注:※1=(くさかんむり)の下に「下」。※2=「石」+「嗇」。]

石牡蠣  頭邊、皆大小、沙石を夾〔=挟〕む。真に牡蠣に似るも、只だ是れ圓く、龜の殻のごとし。只だ丈夫(をとこ)、之を服すれば、人をして髭無からしむるなり。其れ、真牡蠣は、煆〔=燒〕き過ぎ、※〔(えい)〕を以て之を試みるに、手に隨ひ走り起るは、是なり【※3は、乃ち千年の琥珀なり。】。
[やぶちゃん字注:※3=「醫」の「酉」を「玉」に換える。]

△按ずるに、牡蠣、東北海に多く之有り。參州の苅屋、武州江戸近處の産、大にして、味、美なり。藝州廣島の産、小にして、味、佳なり。尾州〔=尾張〕・勢州〔=伊勢〕、之に次ぐ。播州〔=播磨〕の産、大と雖も、肉硬く、味、佳ならず。凡そ牡蠣殻、其の用多し。卑濕の家に、多く地下に埋めば、能く水を行□□□〔→(めぐ)らし〕、濕を去る。又、灰を燒き、堊(しらつち)と爲し、壁を塗りて、以て石灰に代ふ【蜆灰〔(しじみばひ)〕に勝れり。】。藥に入るれば〔→入るるには〕、左顧を用ふべし。口を以て上に在り、擧げて腹を以て南に向けて之を視れば、口、斜めに東に向かふ。則ち之を左顧と謂ふ【右顧は用ふるに堪へず。】。貝母(ばいも)、之が使と爲す【甘艸牛膝(ごしつ)遠志(をんじ)蛇牀子(じやしやうし)を得て良し、麻黄(まわう)に惡し。】。

[やぶちゃん注:食用種としてマガキCrassostrea gigas、イワガキ Crassostrea nippona、スミノエガキCrassostrea ariakesis、イタボガキOstrea denselamellosa の四種を挙げておく(ヨーロッパヒラガキOstrea edulis の移入は近代以降と考えられるので除外する)。独立して挙げられる「石牡蠣」は 現在の岩牡蠣、イワガキ Crassostrea nippona と考えてよく、その続く記述中に突然現われる「真牡蠣」も現在のマガキCrassostrea gigas と同定してよいであろう。さても僕はカキ好きという点に於いて、一度に175個食ったという鉄血宰相ビスマルクまでは無理としても、かなりの自信がある。ダース食いはいつものこと、独身時代に、半分の値段でいいから全部持ってけと魚屋に言われて買った50個を、一晩で平らげた。ワイン二本を空けてべろべろに酔いながら牡蠣割りをし、翌日、両手蒲団血だらけ、しっかり下痢したつわものである。ノロウィルス以来、悪役のカキだが、そもそも全ての貝は、生食にあってウィルスや貝毒のリスクは同程度にあるのであって、カキだけがそれを一手に引き受けるのは、極めて不当なのである。ちなみに、僕の最美味の牡蠣体験は、島根県隠岐海士町産の岩牡蠣、「春香」(はるか)と、アイルランドはアラン島へ向かう名も知れぬ漁村で老婆の売っていたヨーロッパヒラガキだ(一つ日本円で200円弱ぐらいだったけれど、濃厚な旨味にノックアウト! ちなみにここのところ、ヨーロッパヒラガキは原因不明の不漁で、十数年前にフランスでは遂に宮城産マガキの種苗を多量に買い入れて養殖を持ちこたえた。従って、本場フランスで食うカキは、残念ながら宮城のカキである可能性が高い。何としてもヨーロッパヒラガキを味わいたい御仁は、頑固にそれにこだわるスペインやポルトガルへ。但し、数等劣るとされるポルトガルガキCrassostrea angulata もあるから、よく確認されたい。ポルトガルガキは貝柱痕が紫褐色をしている)。特に前者は驚天動地の名前付き。その可憐な「春香」の名に劣らぬ、素敵な味わい! いわゆる日本のオイスター・バーで食べられる。是非、お薦めする。
 「凡そ蛤蚌の屬、皆、胎生・卵生有り。獨り此れのみ化生し、純雄にして、雌無し。」の部分は、当初 、私は「凡そ蛤蚌の屬、皆、胎生、即〔(あるひ)〕は〔(卵)〕生有り。」と訓読していた。実際に良安の字は、(へん)の部分が「即」に類似しており、意味としても「即は」の訓読には自然であると判断したからなのだが、「本草綱目」を確認して見ると、確かに「卵」となっているので、以上の訓読に換えた。以下、本箇所についての諸注を掲げる。

 「胎生」等の呼称については、そもそもが「四生」(ししょう)とは、仏教における生物の成り立ちを 説いたもので、「胎生」(たいしょう)は雌の母胎から生まれ出ずるものを(人や獣類等)、「卵生」(らんしょう)は、卵から生ずるもの(鳥類等)を、「湿生」(しっしょう)は、湿気から生ずるもの (昆虫等の虫類)を、「化生」(けしょう)は、以上の現実の理(ことわり)とは違った、自身の前世の業(ごう)によって、忽然と生まれ出ずるものであるとする。仏教的な解説によると、死から転生するまで の中間的霊的存在を表わす等とも言われるが、発生現象を示すものとしてはぴんとこない。ここでは、「胎生」にも「卵生」にも見えない、現実世界からは断絶した異界から突如として出現するように見受けられ(安部公房の「日常性の壁」の蛇を思い出すね! 教え子諸君!)、雌雄や卵といった位相的生態や段階的生態が見受けら れないものを指しているように思われる。
 「純雄にして、雌無し。」とは、古来、カキの白い巨大な生殖腺が精巣と考えられ、このような命名となったのであるが(「蠣」の字そのものがカキを示す)、一般にカキは雌雄同体である。但し、種によってライフ・サイクルや性転換に変化があり、マガキ・スミノエガキ等の卵生種は、各時期の個体の雌雄が明白で一見、雌雄異体に見えるが、これはそれぞれの個体の性転換が一斉に起こるのではなく、ある個体は雌が雄に、別個体は雄が雌になるという交代性の雌雄同体であるためである。イタボガキ等の卵胎生種では、体内で卵が受精・孵化して幼生の形で生まれ出る。厳密には、雌性または雄性の強い個体など種々の段階のものがあり、雌雄は時期や環境によって、雄性が高まったり、雌性が高まったりする。一般に、産卵期は当たり前に雌性優性であるが、産卵後は雄性が強くなり、生息している水質悪化によっても、雄性が強くなる傾向がある。また、マガキ等の場合、その子供については、産卵前高栄養を摂取できた個体の卵から孵った子は雌になり、栄養を充分に摂取出来なかった子は雄になるという。
 「烈火を以て之を逼り」は、意味が通らない。国立国会図書館蔵「本草綱目」で確認したが、本字である。「逼」を、おしつける意味でとっても、何だかしっくりしない。ちなみに、東洋文庫版では「焙り」と訳している。そのような意味はないので、誤字と判断しているか。
 「挑取」を、東洋文庫版は「えぐり取って」と訳しているが、「挑」にそのような意味はない。「挑取」は、いどみとる、選び取る、の意である。ここは、「(良品の肉を)選び取る」か、原義に基づき、「(牡蠣の殻を)引き跳ね上げて肉を取る」の意味ではなかろうか。
 「小陰」は、経絡の一つ。漢方医学も当然陰陽五行説に対応しており、夏は陽、冬は陰の季節であり、上半身は陽、下半身は陰となる。例えば冬は下半身を冷やすと病変が起こる、とする。足の経絡には、陽の経絡としての三つの陽経・陰の経絡としての三つの陰経があり、それぞれ太陰脾経(たいいんひけい)・厥陰肝経(けついんかんけい)・小陰腎経(しょういんじんけい)と称し、体を温める(それが「堅を耎にする」ことであろう)ためには、この三つの陰経を刺激する。
 「柴胡」は、セリ科のミシマサイコBupleurum scorzonerifolium の根から作られた生薬。解熱・鎮痛作用を持ち、大柴胡湯・小柴胡湯・柴胡桂枝湯等の著名な多くの漢方薬に配合される薬物である(但し近年、小柴胡湯は、インターフェロンと併用したり、肝硬変・肝癌の患者に投与したりした場合に、間質性肺炎を起して死亡したケースが報告されており、また、慢性肝炎に効くとしながら、投与によって逆に肝機能障害悪化や黄疸が指摘されたりもしていることは、漢方好きの方はしっかり押さえておきたいところである)。
 「引きて」は、漢方として薬効を引き出すという意味であろう。

 「大黄」は、タデ科のダイオウRheum palmatum もしくはその同属種及びその雑種の根茎から作られた生薬。消炎・止血・緩下作用を持ち、よく瀉下剤(便秘薬)に配合される。大黄甘草湯・桃核承気湯等、柴胡同様、多くの漢方薬に配合される薬物である。野菜のルバーブRheum rhaponticum(タデ科)はこの仲間である。ここまでの「柴胡」「茶」「大黄」との調合によって効果があるとする病変箇所は三つともリンパ節の腫脹・結核である点が興味深い。
 「地黄」は、ゴマノハグサ科のアカヤジオウRehmannia glutinosa 及びその近縁種の根から作られた生薬。内服薬として補血・強壮・止血作用、外用薬としては腫れ物の熱を去って肉芽の形成を促す作用を持つ。六味地黄丸・八味地黄丸等、調合製剤として多用される薬物である。
 「只だ丈夫……」以下の叙述は、全くお手上げである。男が岩牡蠣の殻を「服」すると(これを東洋文庫版では「(岩牡蠣の殻を)身につけると」と訳しているが、「岩牡蠣の本体または殻の粉末を食用飲用すれば」という意味にもとれる)、髭がなくなるというのは、全く聞いたことがない。何方かのご教授を切に願う。
 「真牡蠣は、煆き過ぎ……」以下の叙述も、不詳である。「※〔えい〕」[やぶちゃん字注:※=「醫」の「酉」を「玉」に換える。]=1000年を経た黒い琥珀(「廣漢和辭典」の記載)を用いて、焼きすぎるぐらい充分に焼いた真牡蠣の殻(または軟体部)に接触させると、その接触させた手に隨って殻(または軟体部)が自然に動いたり、立ち上がったりする。そのような反応を示す時は、これは確かに真牡蠣である、というのだが、この表現そのものが何を言いたいのか(マガキの判別法としては余りにも迂遠)、良く分からない点に加えて、このような現象自体を全く聞いたことがない。前注に続いて、何方かのご教授を切に願う。
 「參州の苅屋」は、現在の愛知県常滑市苅屋。知多半島中央西部に位置する伊勢湾に面した漁港。
 「卑濕」は、土地が低くて湿気が多いことを指す。身分の低い者の家ではない。
 「左顧」は、口を上にして(殻頂(蝶番部分)を下方にするということであろう)、腹(膨らんでいる現在で言う左殻を言うのであろう)側を南に向けてこれを上から見た時、二枚の殻の間の口が斜めになって東に向かっているのが見える。その東に向かっている方の殻が左顧という、という恐ろしく迂遠な判断方法なのであるが、これはおそらく、現在の、質量も大きい深く膨らんだ左殻の方であろうと思われる。
 「貝母」は、国産ではユリ科のアミガサユリFritillaria thunbergii の鱗茎を消石灰の粉(この粉を左顧から作るということであろう)をまぶして(これが「使」の意味であろう)、乾燥した生薬。鎮咳・去痰・排膿作用を持ち主として肺疾患に処方する。
 「甘艸」は、マメ科のGlycyrrhiza uralensis 及びGlycyrrhiza glabra またはその他同属種の根及びストロンから作られる生薬。鎮静・鎮痙・鎮咳・抗消化性潰瘍・利胆作用等多岐に渡る効能を持つ。安中散を始めとする漢方処方薬の基本的な薬剤。
 「牛膝」は、ヒユ科のヒナタイノコズチAchyranthes fauriei または Achyranthesbidentata Blume の根から作られる生薬。抗アレルギー・抗腫瘍作用を持つ。
 「遠志」は、ヒメハギ科のイトヒメハギ Polygala tenuifolia の根から作られる生薬。精神安定・去痰・抗腫瘍作用を持つ。
 「蛇牀子」は、セリ科のオカゼリ Cnidium monnieri の成熟果実を乾燥させた生薬。但し、日本と韓国ではヤブジラミ Torilis japonicaの果実を指す。抗トリコモナス・抗真菌・性ホルモン作用などが知られ、陰部湿疹・インポテンツ・不妊症等に処方される精力剤。
 「麻黄」は、本邦に自生しないマオウ科のマオウ Ephedra sp. の地下茎から作られる生薬。主成分はエフェドリン。気管支喘息に効果があり、1885年に長井長義によって発見された(エフェエドリンの長井として有名)。しかし、交感神経興奮剤として、依存性も高く、現在は麻薬として認定されている。]

 

***

ながたがい[やぶちゃん字注:ママ。]

どぶがい[やぶちゃん字注:ママ。]

【音 】[やぶちゃん字注:欠字。音字の記載なし。]

ボン

 

蜯【同】 ※【同】[やぶちゃん字注:※=(まだれ)の中の上部に「卑」、その下部の左右に「虫」。]

【俗云奈加゛太貝[やぶちゃん字注:本行及び次行では良安は漢字に濁点を振っている。]

又云止゛布゛貝】[やぶちゃん字注:以上三行は、前四行の下に入る。]

《改ページ》

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○四

 

本綱蚌與蛤同類而異形長者通曰蚌圓者通曰蛤其字

【从丰从合】象形也其類甚繁江湖渠瀆中有之大者長七寸状

如牡蠣輩小者長三四寸状如石決明輩其肉可食【甘鹹冷】

老蚌含珠其殻爲粉成錠市之謂之蚌粉以飾墻壁闉墓

壙如今用石灰也蚌粉【鹹寒】治疳止痢并嘔逆塗癰腫

五雜組云呉陳湖傍有巨潭中産老蚌其大如船一日張

口灘畔有浣衣婦以爲沈船也蹴之蚌閉口而没婦爲驚

仆嘗有龍來取其珠蚌與闘三畫夜風濤大作龍爪蚌於

空中高數丈復墜竟無如之何

戰國策云川蚌出曝而鷸喙其肉蚌合而拑其喙鷸謂蚌

曰今日不雨明日不雨即有死蚌蚌謂鷸曰今日不出明

日不出即有死鷸考此諸説則蛤海中者蚌河湖中者必

△按蚌丼貝之大者江州琶湖多有之【薄狹長者名剃刀厚廣長者名菜刀】

 號奈加太貝者菜刀之下畧乎外色黑内白而有微光

 長六七寸濶二寸許而扁其殻盛醋燒之九次細抹和

 醋塗瘡癤能消散也本艸所謂真珠乃蚌珠也本朝不

 用蚌珠蓋蚌亦雖不少而不如蜮※淺蜊之多故取蚌

 珠者希矣【凡用兩力者謂鷸蚌相持也起於戰國策故事】[やぶちゃん字注:※=「虫」+「進」。]

丼貝【止布加伊】 蚌之小者溝河泥中有之大二三寸殻薄其

 肉味有腥氣不可食其老者頭白禿潮虚水涸則見于

 泥上人取爲飛礫抛於川

 

 

ながたがい

どぶがい

【音 】[やぶちゃん字注:欠字。音字の記載なし。]

ボン

 

蜯【同じ。】 ※【同じ。】[やぶちゃん字注:※=(まだれ)の中の上部に「卑」、その下部の左右に「虫」。]

【俗に奈加゛太貝〔(ながたがひ)〕と云ふ。又、止゛布゛貝〔(どぶがひ)〕と云ふ。】

 

「本綱」に、『蚌〔(ばう)〕と蛤〔(かう)〕と類を同じくして形を異とす。長き者を通じて「蚌」と曰ひ、圓き者を通じて「蛤」と曰ふ。其の字【「丰〔(ぼう)〕」に从〔(したが)〕ひ、「合〔(がふ)〕」に从ふ。】、形に象るなり。其の類、甚だ繁〔(おほ)〕し。江湖の渠瀆〔(きよとく):みぞ。どぶ。〕の中に之有り。大なるは、長さ七寸、状〔(かた)〕ち、牡蠣(かき)の輩のごとく、小きは、長さ三~四寸、状ち、石決明の輩のごとし。其の肉、食ふべし【甘鹹、冷】。老蚌は珠を含む。其の殻、粉と爲し、錠〔(ぢやう):錠剤〕と成して之を市(う)る。之を蚌粉と謂ふ。以て墻〔=牆:土塀〕壁〔(しやうへき)〕を飾り、墓壙〔(ぼくわう)〕を闉〔(ふさ)〕ぐ。如-今(いま)は石灰を用ふ。蚌の粉【鹹、寒。】は、を治し、并びに嘔逆を止め、癰腫〔(ようしゆ)〕に塗る。

「五雜組」に云ふ、『呉の陳湖の傍に巨(こ)なる潭(ふち)有り。中に老蚌を産す。其の大いさ船のごとし。一日、灘〔(たん):岸〕の畔〔(ちか)〕くに口を張りて〔あり〕。衣を浣(あら)ふ婦有り。以-爲〔(おもへ)〕らく、『沈みたる船なり。』と。之を蹴る。蚌、口を閉き、没す。婦、爲に驚きて、仆(たを)る。嘗て龍有り。來りて其の珠を取らんとす。蚌と闘(たたか)ふこと三晝夜、風濤、大いに作〔(おこ)〕り、龍、蚌を空中に爪(つか)んで、高さ數丈、復た墜ち、竟に如何んともすること無し。』と。

「戰國策」に云ふ、『川の蚌、出でて曝(ひなたふくか=ひなたぼつこう)す。而して鷸〔(いつ)〕、其の肉を喙ばむ。蚌、合して其の喙を拑む。鷸、蚌に謂ひて曰く、「今日雨ふらず、明日雨ふらずんば、即ち死する蚌有らん。」と。蚌、鷸に謂ひて曰く、「今日出でず、明日出でずんば、即ち死する鷸有らん。」と。』と。此の諸説を考ふれば、則ち蛤は海中の者、蚌は河湖の中の者なること必せり。

△按ずるに、蚌は、丼(どぶ)貝の大なる者。江州〔=近江〕の琶-湖(みづうみ)に多く之有り【薄く狹く長き者を剃刀と名づく。厚く廣く長き者を菜刀名づく。】。奈加太貝と號(なづけ)るは、菜刀(ながたち)の下畧か。外の色、黑く、内、白くして微光有り。長さ六~七寸、濶さ二寸ばかりにして扁たく、其の殻に醋を盛り、之を燒きたること九次(たび)、細抹を醋に和して、瘡癤〔(さうせつ):皮膚の化膿性疾患〕に塗り、能く消散す。「本艸」に所謂る真珠は、乃ち蚌の珠なり。本朝には蚌珠を用いず[やぶちゃん注:ママ。] 。蓋し蚌も亦、少なからずと雖も、※1※2・淺蜊の多きに如かざる。故に蚌珠をとることは希なり【凡そ兩力を用ふるは、鷸蚌(ぼう)相持すと謂ふなり。「戰國策」の故事より起こる。】。[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「咸」。※2=「虫」+「進」。]

丼(どぶ)貝【止布加伊。】 蚌の小さき者、溝河泥〔(こうがでい)〕の中に之有り。大いさ二~三寸、殻薄く、其の肉味、腥氣〔(せいき)〕有りて食ふべからず。其の老たる者、頭白く禿げ、潮虚(しほひ)き、水涸るるときは、則ち泥上に見る。人取りて飛-礫(つぶて)に爲して、川に抛〔(はな)〕つ。

[やぶちゃん注:現在のドブガイという種はAnodonta woodiana。良安が提示している異名のナガタガイという呼称は現在廃れているようである。しかし、ここでの良安の分類は極めていい加減なもので、「△按ずるに」以下で、次項のカラスガイに属するメンカラスガイCristaria plicata clessini と思われる(ご丁寧に琵琶湖と指定してしまっている!)ものを掲げ、更に駄目押しでカラスガイGristaria Plicata の異名である「剃刀」貝という異名さえも提示してしまっている。従って次のカラスガイの項で詳述するように、ここでドブガイ(もしくはその同属種)と同定とすること自体に、殆ど意味がないのである。実際には、イシガイ科Unionidaeに留めておくのが無難であろう。それでも……末尾の「人取りて飛-礫に爲して、川に抛つ」は如何にも、いいね。……そう、水切り遊びに、このイシガイ科の貝のフォルムは、ぴったりだ! さて、君のは何回跳ねるかな? ピッピッピッピッピッピッピピピピピ……
 「蚌」の音は「ホウ(ハウ)」または「ボウ(バウ)」であるが、一般的な後者を採っておく。ここで「蚌」が横長の、「蛤」は円い形態の斧足類を言うという大原則はしっかり押さえておきたい。
 『「丰」に从ひ、「合」に从ふ』は解字である。「蚌」の「丰」は「付」に通じ、寄る・合うの意味に従って、貝殻が合わさるの意味となり、「蛤」の「合」も同様に、合うの意味に従って、二枚の貝が合わさるの意味となっているということ。

 「石決明」は、狭義にはクロアワビHaliotis discus discus を筆頭とするミミガイ科アワビ属(但し、他のミミガイ科Haliotidae の種も含まれるように思われる)の貝殻及び、本文にあるようなそれを粉末にした漢方薬を指すが、ここでは単純にアワビを指している。
 「墓壙」は、被葬者を納める埋葬施設(玄室)を作るための穴で、墳墓に於ける羨道(玄室へのエントランス)部分を指すと思われる。
 「疳」は、小児に特異的な症状の総称。五臓(肝臓・心臓・脾臓・肺臓・腎臓)が乱れ、精神症状(夜泣き・疳の虫・ひきつけ等)や身体的な諸症状(食欲不振・嘔吐・下痢等)の二症状が複合的に発生することを言う。現代の小児医学での消化不良・自家中毒・小児脚気・小児結核・夜驚症・寄生虫感染症等を包括する概念と言える。

 「痢」は広く下痢症状を、「嘔逆」は腹部がむかむかして吐き戻しそうな嘔吐感の症状を、「癰腫」は広く皮膚の化膿性の腫脹症状を言い、後に出る「瘡癤」も同様。
 五雜組」は、明の謝肇淛(しゃちょうせい)の16巻からなる随筆集であるが、ほとんど百科全書的内容を持ち、引用にあるような民俗伝承の記載も多い。日本では江戸時代に愛読された。書名は五色の糸でよった組紐のこと。ここに示される巨大ドブガイのエピソードは、私には初見であるが、かつて高校生の折、後輩が富山県の某河川の河口付近の泥干潟で発見したドブガイの類の個体は、長径が30㎝に至るもので、彼自身、石だと思って持ち上げたら、貝だったんですよ! という正直な驚愕を想起させるものである。

 「戰國策」の話は、教科書にも載る有名な「漁父の利」=「鷸蚌の争い」の故事。「双方が争っている際、その隙につけこんで第三者が利益を得ること」である。これは合従策を唱えた遊説家蘇代が趙の惠文王の燕進攻を抑えさせたエピソード中の寓話であるが、良安の引用はその比喩部分だけである。原文と一般的な訓読文・私の訳を次に示す。また、良安の割注にある「兩力を用ふる」(互いに争って譲らないこと)という部分的な比喩解釈をしているが、故事成句の解釈としては不可であろう。

 趙且伐燕。蘇代爲燕謂惠王曰、今者臣來過易水。蚌方出曝。而鷸啄其肉。蚌合而箝其喙。鷸曰、今日不雨、明日不雨、即有死蚌。蚌亦謂鷸曰、今日不出、明日不出、即有死鷸。兩者不肯相舍。漁者得而并擒之今趙且伐燕。燕趙久相支、以敝大衆、臣恐強秦之爲漁父也。願王之熟計之也。惠王曰、善。乃止。

 趙、且(まさ)に燕を伐(う)たんとす。蘇代、燕のために惠王に謂ひて曰く、「今日、臣來り、易水を過ぐ。蚌まさに出て曝(さら)す。而して鷸その肉を啄(つい)ばむ。蚌、合(がつ)してその喙(くちばし)を箝(はさ)む。鷸曰く、『今日雨ふらず、明日雨ふらざれば、即ち死蚌(しぼう)有らん。』と。蚌も亦鷸に謂ひて曰はく、『今日出でず、明日出でざれば、即ち死鷸(しいつ)有らん。』と。兩者あひ舍(す=捨)つるを肯(がへ)んぜず。漁者、得て之を并(あは)せ擒(とら=捕)ふ。今、趙且に燕を伐たんとす。燕・趙久しくあひ攻むれば、もって大衆を敞(つか=疲)れしめん。臣、彊秦(きょうしん:強大な力を持った秦)の漁父(ぎよほ)と爲らんことを恐るるなり。願はくは王、之を熟計せよ。」と。惠王、曰く、「善(よ)し。」と。乃ち止む。

訳:趙は、今にも燕を攻めようとしていた。蘇代は、燕のために趙の恵王に会って言った。「今日、私めがここへ参ります時に、易水を渡りました。すると、ドブガイが川から出て、日なたぼっこをしておりました。すかさずシギがドブガイの肉を嘴で突付きました。ドブガイは殻を閉じてシギの嘴を挟みました。そこでシギは言いました。『今日も雨が降らず、明日も雨が降らなかったら、たちまち死んだドブガイの出来上がりだ。』と。すると、ドブガイもまた、シギに対して言いました。『今日も嘴が抜けず、明日も嘴が抜けなかったら、たちまち死んだシギの出来上がりだ。』と。両者とも、互いを放すことを承知しません。そこへ、漁師がやって来て、やすやすと両方ともに獲らえてしまいました。さて、今、趙は、まさに燕を攻めようとしています。燕と趙とが、永く戦えば、それは人民を大いに疲弊させてしまう結果となりましょう。私めは、強国の秦が、まさにこの漁父となるのではないかと恐れるのです。どうか願はくは、王様、このことを熟慮なさって下さい。」と。恵王は、答えて言った。「よかろう。」と。こうして両国の戦いは未然に防がれたのである。

 「※1※2」は、アコヤガイPinctada fucata martensii。本巻該当項を参照。]

 

***

からすかい[やぶちゃん字注:ママ。]

かみそりかい[やぶちゃん字注:ママ。]

馬刀

マアヽ タウ

 

馬蛤 ※1※2[やぶちゃん字注:※1=「陛」の(こざとへん)を「虫」に換える。※2=(まだれ)の中の上部に「卑」、その下部の左右に「虫」。]

※3※4 齋蛤[やぶちゃん字注:※3=「虫」+「亭」。※4=「虫」+「並」。]

※5岸[やぶちゃん字注:※5=「火」+〔「挿」の(つくり)〕。]

【俗云烏貝

又云剃刀貝】

 

本綱馬刀生江湖池澤沙泥中長三四寸闊五六分似蚌

而小形狭而長其頭小鋭其類甚多長短大小厚薄斜正

雖不同而性味功用大抵則一其肉味同蚌俗穪大爲馬

《改ページ》

其形象刀故名馬刀其殻【辛微寒】有毒                西行

     夫木 浪よするしゝらの濵のからす貝拾ひ安くもおもほゆるかな

△按江海泥中有蚌長四五寸狹細其殻黑冬月出於魚

 市呼曰烏貝【宇加伊一名加良須加伊】最下品也生川澤者殻薄頗

 似剃刀而渉川人傷蹠俗呼名剃刀貝

 疑本名當烏刀【色黑似刀】本艸本經傳寫誤爲馬刀乎此物

 不甚大而無可穪馬之理恐是烏焉馬之誤矣又和名

 抄以馬刀訓萬天【唐音之畧乎】然今云萬天則蟶也

 

 

からすがい

かみそりがい

馬刀

マアヽ タウ

 

馬蛤 ※1※2[やぶちゃん字注:※1=「陛」の(こざとへん)を「虫」に換える。※2=(まだれ)の中の上部に「卑」、その下部の左右に「虫」。]

※3※4(ていはい)〔→ていはう〕 齋蛤[やぶちゃん字注:※3=「虫」+「亭」。※4=「虫」+「並」。]

※5岸(せいがん)〔→てふがん〕[やぶちゃん字注:※5=「火」+〔「挿」の(つくり)〕。]

【俗に烏貝と云ふ。又、剃刀貝と云ふ。】

 

「本綱」に、『馬刀は、江湖池澤の沙泥の中に生ず。長さ三~四寸、闊さ五~六分、蚌に似るも小さく、形狭くして長し。其の頭、小さく鋭□〔→し〕。其の類、甚だ多く、長短・大小・厚薄・斜正、同じからずと雖も、性味・功用、大抵は、則ち一つなり。其の肉味、蚌に同じ。俗に大なるを穪〔=稱〕して馬と爲す。其の形、刀に象る。故に馬刀と名づく。其の殻【辛、微寒。】、毒有り。』と。

「夫木」 浪よするしゞらの濵のからす貝拾ひ安くもおもほゆるかな 西行

△按ずるに、江海の泥中に蚌有り。長さ四~五寸にして、狹く細く、其の殻黑し。冬の月、魚市に出づ。呼んで烏貝(うかい[やぶちゃん注:ママ。])と曰ふ【宇加伊、一名、加良須加伊。】。最下品なり。川澤に生ずる者、殻薄く、頗る剃刀似て、川を渉る人、蹠(あしうら)を傷(そこな)ふ。俗に呼びて剃刀貝と名づく。

疑ふらくは、本名、當に烏刀なるべし【色黑く、刀に似る。】。「本艸」、「本經」傳寫〔するに〕、誤りて馬刀に爲〔(つく)〕るか。此の物、甚だ大ならず。而して馬と穪すべきの理無し。恐らくは是れ、烏焉馬(ウヱンタウ)の誤りならん。又、「和名抄」に馬刀を以て萬天と訓ず【唐音の畧か。】。然れども、今云ふ萬天は則ちなり。

[やぶちゃん注:カラスガイGristaria Plicata 及び琵琶湖固有種メンカラスガイCristaria plicata clessini (カラスガイに比して殻が薄く、殻幅が膨らむ)。なお現在、前項のドブガイとの判別は、その貝の蝶番(縫合部)で行う。カラスガイは左側の擬主歯がなく、右の後側歯はある(擬主歯及び後側歯は、貝の縫合部分に見られる突起)が、ドブガイには左側の擬主歯も右の後側歯もない。しかし、気になるのは、時珍の記述が「蚌に似るも小さ」いと指示し、あろうことか「長短・大小・厚薄・斜正、同じ」でない等とぶっとんでしまっている点、良安も「頗る剃刀に似て」いると言い、掲げる図も前項のドブガイに比して有意にスマートである。こうなると我々の現在のイシガイ科Unionidae の分類学は全く無効であるように思えてくるのである。
 「夫木和歌抄」(1310年頃成立した藤原長清撰になる私撰和歌集)の西行の和歌は、「山家集」(下 雑 1196番歌)にも所収する。但し、良安は「白良(しらら)の浜」を「しじらの浜」と誤っている。内裏での貝合せの際、ある女房に代わって代作した一首とする。白良の浜は和歌山県西牟婁郡白浜町の鉛山湾沿岸の砂浜の呼び名で、砂に石英が多く白い美しい浜辺である。

波寄する白良の浜の烏貝拾ひやすくも思ほゆるかな

やぶちゃん訳:爽やかな波の寄せる白良浜、そこの烏の黒羽色の烏貝は、他の場所で拾うよりも、気持ちよく拾いやすいように思われますこと!

 『「本艸」、「本經」傳寫するに』は、「本草綱目」の編者である時珍が、「神農本草經」(後漢時代に編纂されたと思われる本草書)から引用転写する際に、という意味である。
 「和名抄」は 正しくは「和名類聚抄」で、源順(したごう)撰になる事物の和名字書。20巻。

 「烏焉馬の誤り」は、「烏焉馬(うえんば)」と読む。「烏」と「焉」と「馬」の三文字は、互いに形が似て書き誤り易いところから、文字の誤まり、という意味となった。それにしても、ここは、それこそ文字通りの烏焉馬の誤りなわけで、良安のしてやったりという表情が見えるようではないか。
 「蟶」は後出のマテガイ科のマテガイ Solen strictus 等を指す。ところが、なんと現在では、マテガイを広く一般的にカミソリガイの異名で呼んでおり(辞書や季語でさえそうである。日本剃刀に似た形状から言えばもっともなことと思われるが)、更に面倒なことに、現在の和名のカミソリガイは外国産マテガイSolen vaginab に与えられているようなのである。和名異名の大逆噴射である。良安が生きていたら、今度は、さぞかし呆れた表情を浮かべることであろう。]

 

***



■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○五

たいらき

ゑほしかい[やぶちゃん注:ママ。]

玉珧

ヨツ チヤ゜ウ

 

江珧 馬頰

馬甲

【俗云太以良木

又云烏帽子貝】[やぶちゃん字注:以上四行は、前四行の下に入る。]

 

本綱玉珧形似蚌長二三寸廣五寸上大下小其肉腥靭

不堪食惟四肉柱長寸許白如珂雪以鷄汁瀹食肥美過

《改ページ》

火則味盡也

△按玉珧蚌屬黑色有波浪文而上濶下窄長六七寸似

 烏帽子形又如馬甲故名之其腸不堪食有一肉柱圓

 白如玉故名玉珧其大者徑二寸許味甘美爲上饌但

 本艸謂四肉柱者非也疑四柱之四字當作有矣其殻

 一片以可爲華箕【玉珧一名海月者非也辨見于左】

 

 

たいらぎ

ゑぼしがい

玉珧

ヨツ チヤ゜ウ

 

江珧〔(かうえう)〕 馬頰

馬甲

【俗に太以良木と云ふ。又、烏帽子貝(ゑぼうしがひ)と云ふ。】

 

「本綱」に『玉珧は、形、蚌に似て、長さ二~三寸、廣さ五寸、上、大きく、下、小さし。其の肉、腥(なまぐさ)く靭〔(しなや)〕かにして食ふに堪へず、惟だ四の肉柱の長さ寸ばかり、白くして珂〔(か)〕・雪のごとし。鷄(たまご)の汁を以て瀹(ゆび)き〔:茹でる〕食ふ。肥美なり。火を過ぐさば、則ち味、盡くなり。』と。

△按ずるに、玉珧は蚌の屬。黑色、波-浪(なみ)の文有りて、上、濶(ひろ)く、下、窄(すぼ:狭ま)く、長さ六~七寸、烏帽子(ゑぼうし)の形(なり)に似る。又、馬の甲(つめ)のごとし。故に之を名づく。其の腸、食ふに堪へず。一の肉の柱有り、圓く白きこと、玉のごとし。故に玉珧と名づく。其の大なる者、徑〔(まは)〕り二寸ばかり、味、甘く美し。上饌と爲す。但し、「本艸」に四の肉柱と謂ふは非なり。疑ふらくは、「四柱」の「四」の字、當に「有」に作るべし。其の殻一片、以て華-箕(ちりとり)と爲すべし【『玉珧、一名、海月。』とは非なり。辨じて左に見す。】。

[やぶちゃん注:タイラギについては、長くタイラギAtrina pectinata Linnaeus, 1758を原種とし、本邦に生息する殻表面に細かい鱗片状突起のある有鱗型と、鱗片状突起がなく殻表面の平滑な無鱗型を、生息環境の違いによる形態変異としたり、それぞれをAtrina pectinata の亜種として扱ってきたが、1996年、アイソザイム分析の結果、有鱗型と無鱗型は全くの別種であることが明らかとなった(現在、前者はAtrina lischkeanaとする。但し、これは末尾にClessin, 1891の学名を持ち、この別種同定での新学名ではない)。加えて、これら二種間の雑種も自然界に10%以上存在することも明らかとなっている(「Wikipedia タイラギ」を参照)ため、日本産タイラギ数種の学名は早急な修正が迫られている。また、ここには、タイラギに似るが、殻が細長く、閉殻筋も小さく、外套膜も薄いハボウキガイPinna bicolor Gmelin 等、タイラギを含む従来のハボウキガイ科で止めておくべきではあろう。
 「珂」は、玉石または瑪瑙を指す。
 「其の腸、食ふ堪へず」とあるが、実際にタイラギ漁によっては、早々に海上で内臓を捨て去ることもあると聞く。それでもタイラギのヒモ(外套膜)を食用とすることを知っている人は多いが、私はある寿司職人に勧められて新鮮なキモ(内臓)を焼いて食したことがあるが、なかなか十分うまいものである。騙されたと思って一度お試しになることをお勧めする。

 『本艸」に四の……』は、貝柱は一つで、「本草綱目」の『四肉柱』という部分は、『有肉柱』、(「肉柱有り」)の誤植であろうという良安の物言いである。しかし実は、タイラギには貝柱(閉殻筋)は二つある。但し、前閉殻筋は殻頂近くにあって小さく、殻中央部の大きな後閉殻筋の方を食用としているのである。こじつければ、左右両殻に切断した大小の貝柱を「四」と言えぬことはない。
 「辨じて左に見す」は、以上の『玉珧、一名、海月。』(これは「本草綱目」の記載を指していると思われるが、実は「本草綱目」ではそもそも見出しを「海月」とし、「(釋名)玉珧……」としている)別名の誤認についての説明は左(=次項目)の「海鏡」の項で明らかにする、という意味である。次項の「海鏡」を参照されたい。]

 

***

うみかヽみ

海鏡

 

鏡魚 瑣※[やぶちゃん字注:※=「王」+「吉」。]

膏藥盤[やぶちゃん字注:以上二行は、前二行の下に入る。]

 

本綱海鏡生南海兩片相合成形殻圓如鏡中甚瑩滑映

日光如雲母内有少肉如蚌胎腹有寄居蟲大如豆状如

蟹海鏡飢則出食入則海鏡亦飽矣郭璞所謂瑣※腹蟹

水母目鰕即此也[やぶちゃん字注:※=「王」+「吉」。]

《改ページ》

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○六

 

△按嶺表録曰海月大如鏡白色正圓常死海旁其柱如

 搔頭尖其甲美如玉【海鏡海月恐一物】然以海月爲玉珧者非

 也【海月白色玉珧黑色】時珍亦不改正似有所欠【和名抄海月爲水母者甚非也】

 

 

うみかゞみ

海鏡

 

鏡魚 瑣※[やぶちゃん字注:※=「王」+「吉」。] 膏藥盤

 

「本綱」に『海鏡は、南海に生ず。兩片相合して形を成す。殻圓く鏡のごとし。中、甚だ瑩滑、日光に映ずるに雲母(きらゝ)のごとし。内に少しの肉有り。蚌胎のごとく、腹に寄居蟲(がうな)有り。大いさ、豆のごとし。状、蟹のごとし。海鏡飢うれば、則ち出でて食らい[やぶちゃん字注:ママ。]、入れば則ち海鏡も亦飽(あ)く。郭璞が所謂〔(いはゆ)〕る『瑣※が腹には蟹、水母(くらげ)の目には鰕(えび)。』と云ふは即ち此れなり。』と。[やぶちゃん字注:※=「王」+「吉」。また、最後の「と云ふは」の「云」は送り仮名にある。]

△按ずるに、「嶺表録」に曰く、『海月は、大いさ鏡のごとく、白色、正圓、常に海旁に死す。其の柱、搔頭尖のごとし。其の甲、美なること玉のごとし。』と云へり。【海鏡、海月、恐らくは一物。】然るに海月を以て玉珧(たいらぎ)と爲るは非なり。【海月は白色、玉珧は黑色。】時珍も亦、改正せず。欠く所有るに似たり。【「和名抄」に『海月は水母と爲す。』とは甚だ非なり。】

[やぶちゃん注:本種の同定は難しい。本邦に於ける現在のマルスダレガイ科のカガミガイPhacosoma japonicum は、まさに名にし負はばなのだが、殻の内側は、時珍の言うような「瑩滑」(艶やかな輝きで滑らか)ではない。同じように円形に近く、そのような真珠光沢を持つものとしては、真っ先にナミマガシワ科のマドガイPlacuna placenta が浮かぶ。こちらはそれこそ、その内側が「雲母」様であり、古くから中国・フィリピン等に於いて家屋や船舶の窓にガラスのように使用され、現在でも、ガラスとは一風違った風合いを醸し出すものとして、照明用スタンドの笠や装飾モビール等の貝細工に多用されているのは周知の事実である。しかし一方、図にも描かれ、記載にもあるカクレガニ類の共生(但し時珍の言うのとは異なる片利共生)は、カガミガイとの方が一般的であろうかとも思われるのである。記述の最後で、良安が異名について頻りに反論している当時の混乱が、今の私の種同定の困惑とシンクロして、何だか妙に面白い気がする。
 「蚌胎のごとく」の部分は訓点を見る限りでは、こう読むしかないのだが、「ドブガイの体内のように寄生蟹がいる」というのは、おかしい(そのような叙述を「蚌」の中で記載していないし、ドブガイの中に寄生蟹がいることは寧ろ稀であろう)。従ってここは、前文を修飾していて、「ドブガイのように貝の大きさの割には、軟体部が小さい」と言いたいのではなかろうか。ちなみに東洋文庫版でもそのように現代語訳している。

 「郭璞」は、晋の時代の博物学者で、驚天動地の博物学書「山海経」の最初の注釈者として有名。
 「水母の目には鰕」とは、エビクラゲ等の根口クラゲ類に共生(片利共生)するクラゲエビ・クラゲモエビ・タコクラゲモエビや、鉢虫類・ヒドロ虫類のクラゲや、クシクラゲ類の体内深くに寄生するクラゲノミ類、オキクラゲやユウレイクラゲの傘下に寄生するクラゲエボシ等を指すものであろう。郭璞は私にはどこかトンデモ本の筆者のような怪しげな印象があったが、あの時代にあって、彼の、このクラゲに寄生する節足動物の観察眼、その微小なるものへの客観的な視線は、決して侮れないと感じた。
 「搔頭尖」は尖った簪(かんざし)。但し、これは直前の「海旁に死す」を受けた、死貝の貝柱が細く延びきった様子を述べているネクロティクの記載であると思われる。
 「嶺表録」』は唐の劉恂(りゅうじゅん)撰になる中国南方の風土産物を図入りで説いた風土・物産誌。「嶺表録異」とも呼ばれる。
 「玉珧」は、前項参照。




■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○六

まて

          【俗云萬天】

【音稱】

 

本綱蟶生海泥中小蚌也長二三寸而大如指兩頭開其

形長短大小不一其類多閩人以田種之候潮泥壅沃謂

之蟶田其肉【甘温】治冷痢及産後虚損【天行病後不可食】

△按蟶殻圓如小竹管而靑黑頭有兩巾出殻外謂之蟶

 袴肉似蠣而細長其所在必有小穴用鹽一撮入穴口

 潜窺之則蟶出如聽人聲則深入竟出穴外或掘砂亦

 取之攝州難波堺浦多有之

《改ページ》

眞蟶【一名總角】 蟶之大者也

 凡蟶巾出於殻外貌似小兒埀洟人取其肉爲臛食之

 然不上品

 

 

まて
          【俗に萬天と云ふ。】

【音、稱。】

 

「本綱」に、『蟶は、海泥の中に生ず。小さき蚌なり。長さ二~三寸にして、大いさ指のごとく、兩頭開く。其の形ち、長短・大小、一つならず。其の類多し。〔(びん)〕人、田を以て之を種〔(う)〕へ、潮泥・壅沃〔(ようよく)〕を候〔(うかが)〕ふ。之を蟶田〔(しやうでん)〕と謂ふ。其の肉【甘、温。】冷痢及び産後の虚損を治す【天行〔(てんかう)〕病の後、食ふべからず。】。』と。

△按ずるに、蟶は、殻圓く、小さき竹の管(くだ)のごときにして、靑黑く、頭、兩巾有りて、殻の外に出づ。之を蟶の袴〔(はかま)〕と謂ふ。肉、蠣〔(かき)〕に似て、細長し。其の所在、必ず小さき穴有り。鹽一撮(つまみ)を用ひ、穴の口に入れて、潜かに之を窺へば、則ち蟶出づ。如〔(も)〕し人聲を聽かば、則ち深く入るる〔も〕、竟に穴の外に出づ。或は砂を掘(ほ)りても亦、之を取る。攝州難波堺の浦に多く之有り。

眞蟶【一名、總角(あげまき)。】 蟶の大なる者なり。凡そ蟶の巾(ひれ)、殻外に出づ〔るは〕、貌、小兒、洟(はな)を埀るるに似たり。人、其の肉を取り、臛(にもの)と爲して之を食ふ。然れども上品ならず。

[やぶちゃん注:マテガイ科Solenidae の種を全て含む叙述である。一般的なマテガイ Solen strictus 以外にも本邦でもヒナマテ・ダンダラマテ・エゾマテ・バラフマテ・リュウキュウマテ・オオマテガイ・アカマテガイ等が挙げられる(学名省略。すべてSolen属。さらに日本新記録種で沖縄の金武湾の屋慶名及び中城湾の泡瀬と佐敷で確認されたジャングサマテガイSolen soleneae も挙げておこう)。属名が異なるが、タカノハEnsiculus philippianus や、特に良安によって柱が立てられているアゲマキSinonovacula constricta も同科である。後半に叙述される塩による採取法は、小学2年生の折に漫画図鑑で読んで、わくわくした記憶があるのだが、でもこれは本当に、ものの本に書かれているように、潮が満ちてきたと勘違いして、飛び出してくるのかしら? 40数年の間、未だに僕はこれが納得できないのだ。誰か、目から鱗、目に塩を入れたぐらい、分かったからやめて! って叫ぶぐらい、納得できる説明を教えてもらいたいのだ。
 「閩」は、福州・泉州・厦門等の現在の福建省辺りを指す。
 「潮泥・壅沃を候ふ」というのは、その蟶田に海水及び干潟の泥土を人工的に引き込んで、その田の状態を壅(つちかう=培)沃(そそぐ・こえる=灌漑・肥)、即ち海水による灌漑と蟶の生育に適した干潟の土質改良を行って「候ふ」、観察し蟶の生育を待つということを意味していると思われる。
 「冷痢」は、7世紀中頃に成立した中国最古の医学全書である『備急千金要方』第十五巻下第八冷痢の項に「冷えて下痢し、腹痛する者」とある。
 「産後の虚損」の「虚損」は広く衰弱を言う語であるが、産後の虚損と言った場合、その主なる愁訴は便秘であり、前者の「冷痢」と並ぶ効能のように思われる。
 「天行病」は、流行病・疫病を指す。
 「眞蟶【一名、總角。】」はアゲマキSinonovacula constricta。「ままて」と読むか。実はマテガイの語源説には貝殻の前後から出る軟体部を左右の手になぞらえた真手(=両手)というのがあるから、それに従えばこれは判じ物のような「真真手」となる。]

 

***

あこやかひ

※1※2[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「咸」。※2=「虫」+「進」。]

ヒン ツイン

 

生※2 ※1蛤

【俗云阿古

夜加比】[やぶちゃん字注:以上三行は、前三行の下に入る。]

 

本綱※1※2生東海似蛤而扁有毛【或云※1※2河中亦有之與馬刀相似肉頗冷】

△按※1※2生海泥中外黄淡赤色如毛剥之皮毛剥而滑

 其状畧似車渠而無溝文薄扁稍長殻縫目有齒如蛤

 其肉滿殻所附于石絲靑蒼色如苧屑不堪食勢州多

 有之其珠光澤謂之伊勢真珠海西亦有之入眼藥及

 五寶丹中以爲良而大者甚希也但可爲璫玉之真珠

 鰒之珠耳

《改ページ》

 

 

あこやがひ

※1※2[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「咸」。※2=「虫」+「進」。]

ヒン ツイン

 

生※2 ※1蛤

【俗に阿古夜加比と云ふ。】

 

「本綱」に『※1※2は東海に生ず。蛤に似て扁たく、毛有り【或は云ふ、※1※2は、河中にも亦之有り。馬刀(からすがい[やぶちゃん注:ママ。])と相似る。肉、頗る冷。】。』と。

△按ずるに、※1※2は、海泥の中に生ず。外、黄淡赤色にして、毛のごとし。之を剥げば、皮毛剥(む)けて滑(なめら)かなり。其の状、畧ぼ車渠(いたやがひ)に似て、溝文〔(こうもん)〕無く、薄く扁たく、やや長く、殻の縫目に齒有り。蛤〔(はまぐり)〕のごとく、其の肉、殻に滿つ。石に附く所の絲、靑蒼色、苧屑(をくず)のごとし。食ふに堪へず。勢州〔=伊勢〕に多く之有り。其の珠、光澤し、之を伊勢真珠と謂ふ。海西〔=九州〕にも亦、之有り。眼藥及び五寶丹の中に入るるに、以て良と爲すも、大なる者は甚だ希なり。但し、璫-玉(みゝかざり)と爲すべき真珠は、鰒〔(あはび)〕の珠のみ。

[やぶちゃん注:アコヤガイPinctada fucata martensii。「本草綱目」の「馬刀」は良安がルビしている通り、アコヤガイではなく、淡水産の「馬刀」カラスガイCristaria plicataの類との誤認である。アコヤガイの殻は三層構造で、外側から殻皮層(層状で剥がれやす)・稜柱層・真珠層からなっており、光沢を持つ真珠層は外套膜上皮が分泌する真珠質で形成される。この真珠質の分泌は、殻内に侵入した異物の軟体部防御のためにも分泌される。現在の養殖真珠は、軟体部の中央に位置する生殖巣にアコヤガイ自体の外套膜の小切片と核を挿入する挿核手術法によっている。
 「車渠」は、後述される同項目で注したようにイタヤガイ科Pectinidae の全種を含む表現。
 「殻の縫目に齒有り」という表現は、読んだ当初、左右の殻の「合わせ目の辺縁部」を指しているように私には思われた。実際に、殻全体の辺縁部では歯車状の凹凸が最も明確に見て取れ、これを「齒」と言うにふさわしい。しかし、実際にアコヤガイの殻を手に取り、しみじみ見てみると(別に「しみじみ」見なくてもいいとも言われようが)、「殻の縫目」というのは、最上部の殻皮層を形成しているそれぞれの薄い層の辺縁部(それぞれギザギザにはなっている)も不規則ながら、「縫い目」のようにギザギザしている。最終的には、これはそれを指しているように感じられるようになった。殻の合わせ目ならば、良安はそのように明確に記述するであろう。これは、アコヤガイの殻の最外部を層状に覆っている殻皮の、それぞれの辺縁部を指していると見解を変えることとする。
 「石に附く所の絲」は、アコヤガイの足糸を指す。天然のアコヤガイはこの足糸腺から分泌される強い接着物質によって、浅海の岩礁に付着している。なお、その形容である「苧屑」は、カラムシBoehmeria nivea イラクサ科の多年生植物から採取した繊維のくずの意味。カラムシは別名、苧麻(ちょま)・青苧(あおそ)、古くは「を」等とも言った。ちなみに、この部分、東洋文庫版では、「苧屑(おくず)のようで、食べられない。」と続けて訳しており、あたかも海藻に似た足糸部分は食用にできないという意味のように解釈しているが、ここはこのアコヤガイの軟体部を食用としないという叙述と私は考える。食用となるものには逐一それを記している良安が、ここでそれを落としたと見るべきではあるまい。実際には勿論、食用となる。
 「伊勢真珠」は、「真珠」の同注を参照されたい。
 「五寶丹」は、広く咽頭の炎症や梅毒の第三期等に処方される薬物のようである。
 「璫玉」は、「耳璫」(じとう=イヤリング)である。]

 

***




■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○七

しゝみ

【音顯】

ヒヱン

 

※【同蜆】 扁螺[やぶちゃん字注:※=「顯」の下に「虫」。]

【和名志々美】[やぶちゃん字注:以上二行は、前三行の下に入る。]

 

本綱蜆溪湖中多有之小如蚌黑色能候風雨以殻飛殻

内光耀如初出日采也漁人多食之

肉【甘鹹冷】 治時氣下濕氣壓疔瘡通乳取汁洗疔瘡利小

便解酒毒目黄又洗痘癰無瘢痕

△按蜆江河皆有之蚌屬圓小其大者一寸許兩頭上有

 白禿斑小者四五分武州江戸近處多有之者大而味

 佳江州勢多之産亦得名攝州難波蜆川多取之而稍

 小其殻燒灰爲堊以偽石灰與牡蠣殻灰並用

 生蜆連殻煮汁浴之能治黄疸屢試有効

     万えふ 住吉の小濵の蜆あけも見す忍ひてのみや戀わたるらむ

 

 

しゞみ

【音、顯。】

ヒヱン

 

※【蜆に同じ。】 扁螺[やぶちゃん字注:※=「顯」の下に「虫」。]

【和名、志々美。】

 

「本綱」に『蜆、溪湖の中に多く之有り。小にして蚌のごとく、黑色。能く風雨を候〔(うかが)〕ひ、殻を以て飛ぶ。殻の内、光り耀く。初めて出づる日の采〔=彩〕のごとし。漁人多く之を食ふ。

肉、【甘鹹、冷。】 時氣を治し、濕氣を下し、疔瘡〔(ちやうさう)〕を壓し、乳を通ず。汁を取り、疔瘡を洗ふ。小便を利し、酒毒・目の黄を解す。又、痘-癰(もがさのより)を洗へば、瘢-痕(あと)無し。』

△按ずるに、蜆は、江河に皆、之有り。蚌の屬にして、圓く小さく、其の大なる者、一寸ばかり、兩頭上に白く禿(は)げ〔し〕斑(まだら)有り。小さき者、四~五分。武州江戸近き處に多く之有るは、大にして、味佳し。江州勢多〔=近江勢田〕の産、亦、名を得。攝州難波蜆川に多く之を取る。而れどもやや小さし。其の殻、灰に燒きて、堊(しらつち)と爲し、以て石灰に偽〔(かへ)〕る。牡蠣殻の灰と並用す。

生蜆、殻を連〔(つれ)〕し煮汁、之を浴(あ)びて、能く黄疸を治す。屢々試み、効有り。

万えふ〔葉〕 住吉の小濵の蜆あけも見ず忍びてのみや戀わたるらむ

 

[やぶちゃん注:ヤマトシジミCorbicula japonica(汽水域)、マシジミ Corbicula leana(淡水域)、セタシジミ Corbicula sandai(琵琶湖水系の淡水域)をすべて数え上げておけば、ストーカー的貝類同好家からも文句も言われまい。
 「能く風雨を伺い、殻を以て飛ぶ」というのは、死貝の打上げられた殻の飛ぶ様をいったとするのも無粋であるし、ただの妄説として一蹴してもよいところだが、何故か気になった。それはヤマトシジミである。大和蜆と書いてもよい。この和名には二種が当る。一種は先の貝のヤマトシジミCorbicula japonica 、もう一種は蝶のヤマトシジミCorbicula japonica である。シジミチョウ科の蝶は非常に小型で、閉じた翅の形が蜆貝の殻の形に良く似ているがゆえの和名であるが、中国大陸には当然、同科の仲間が生息しているであろう。そのシジミチョウの飛翔する様を、風に乗じて飛ぶ蜆貝と見たら……それはそれで素敵ではないか……これは僕の勝手な妄想である。
 「時氣」とは、季節の流行病を言い、「濕氣」は湿気が体内に貯留した状態で、脾・肺・腎の働きが鈍った状態を言うか。「疔瘡」は、悪性のできもの、特に化膿性炎症である蜂窩織炎(蜂巣炎)等を指す。「目の黄」は黄疸時にいち早く眼球の強膜(白目)部分現われる黄色化の症状。かつてA型肝炎に罹患し、γ-GTP2000のメーター振り切れを体験した私には、その急変する黄色化現象は強烈な体験であった。「痘癰」(とうよう)は、天然痘等の水疱症状のことを指すのであろう。
 「蜆川」は、現在の大阪市北区にあった川で、「曾根崎心中」「心中天網島」の舞台。明治42(1909)年の大火で、焼けた倒壊家屋の瓦礫がなだれ込み、その後に埋められて現存しない。
 「生蜆、殻を連〔(つれ)〕し煮汁、」の部分は訓読が出来ず、苦し紛れである。「生きた蜆を殻のまま煮た、その煮汁を」という意味であることは間違いないのだが。
 「黄疸を治す」とあるが、一般にシジミの肝臓への効能は古くから言われる。肝機能保持に必要とされるメチオニンの含有量が多いとか、胆汁分泌を促す利胆作用物質があるなどとも言われるが、科学的な立証は今一つ。但し、カルシウム・ビタミンB及び12が多く、8種の必須アミノ酸もバランスよく含まれ、鉄分の含有量は特異的で、まさに小粒ながら栄養食品としての地位は現代でも揺ぎない。
 
最後の和歌は「万葉集」第6巻雑歌の旧国歌大観番号997番歌である。但し、下の句に大きな異同がある。以下に当該和歌白文、訓読(前後の詞書含む)及び私の訳を附す。

 住吉乃 粉濱之四時美 開藻不見 隠耳哉 戀度南

    春三月(やよひ)、難波の宮に幸せる時の歌六首。

 住吉(すみのえ)の粉濵(こばま)の蜆開けも見ず隠(こもり)のみやも戀ひ渡りなむ

   右の一首(ひとうた)は、作者未詳(よみひとしらず)。

やぶちゃん訳:住吉の粉浜の蜆が殻をあけずただ凝っと籠もっているのと同じように、私は胸の思いを相手に打ち明けてみることもなく、ただ凝っと心に思いを秘めたままで、あの人を恋続けることとなるのでしょうか。

粉浜は現在の大阪市住吉公園の北、帝塚山の西の一帯にあった。現在は埋め立てられ住宅地となっている。
 先にシジミの効能を考察したが、最後にシジミが有毒であることを書いて本注を終える。毒と言っても、本年(2007年)4月に淀川下流域で採取された食用シジミから検出されたような、有毒プランクトン由来の麻痺性貝毒なんぞの話ではない。生体のシジミ自体の体液に、通常の貝類では例を見ないタンパク毒があるのである。但し、最初に申し上げておくが、熱によって速やかに分解され無毒となるので、安心してシジミの味噌汁をお食べ頂いていいのである(当該書でもそれを人々に知ってもらうことが大切であると記している)。それでは成山堂刊の塩見一雄・長島裕二共著「海洋動物の毒」(但し改訂版ではない平成9年の初版)をもとに解説を始めよう。シジミ生体体液抽出物質の2倍の水抽出液、またはその段階的2倍希釈液を静脈投与(但し、経口投与では毒性が認められない)すると、実験用マウスが死亡する最高希釈倍率(単位名titer)で、titer64をはじき出す(シジミの軟体部1グラムで体重20グラムのマウスを960匹殺すことができる毒性に相当する)。具体的には、最小致死量を静脈注射による投与後、よろけた歩行が10分以内に始まり、四肢麻痺から、30分~12時間以内に死に至る。最小致死量の2倍ではマウスは10分以内に死亡した。最も毒性の高いヤマトシジミの検体例では鰓及び内臓では無毒なものの、筋肉系組織はすべて有毒、特に足筋の毒性がtiter256の高値を示した(他種では数値や部位に違いがあり、それは生息域の塩分濃度と関係があり、低いと足筋の毒性が有意に下がるようであるとする)。問題は、この有毒物質をシジミが何ゆえに生合成(プランクトン由来ではない)しているのかが不明な点である。解明はまだまだ続く(というか、金にならない研究はなかなか進まない、と言うべきか。しかし、テトロドトキシンも医療転用できる時代、シジミ毒も表舞台に出る日がやってくるかも、ね)。――さて、当該本を読んだ10年以上前、この話を授業でしたことを思い出した。その直後に廊下を追いかけてきて、「先生、どれくらいの生のシジミを食わせたら――人は、死ぬんでしょうか?」と真剣に聞きにきた高校2年生の男子生徒がいて、素敵にビビったことを思い出す。その後、彼とは卒業後に一緒に飲んで、どうしようもないへべれけの私が口走ったシジミ、じゃあない、会津のさざえ堂から、更に奇体なトマソン家屋、二笑亭の研究を経て、今じゃ、いっぱしの建築学を習得、私も触りたい重要文化財に手垢さえ付けられるプロになった。……「シジミと毒と建築家」……新感覚派の横光利一の小説の題名みたいで、これも素敵だ!]

 

***

はまくり

文蛤

ウヱン タツ

 

花蛤

【和名波萬久里

古云宇牟木】[やぶちゃん字注:以上は、前三行の下に入る。]

 

本綱文蛤生東海取無時小大皆有紫斑大者圓三寸小

者圓五六分曰文曰花以形名也凡蚌與蛤同類而異形

長者通曰蚌圓者通曰蛤然混穪〔→稱〕蚌蛤者非也

肉【鹹平】治五疳及婦人崩漏利小便止煩渇                    西行

      夫木 今そ知る二見の浦のはまくりを貝合せとておほふなりけり

△按文蛤在海濵而形似栗故俗名濵栗大小不一大者

 圓三寸小者五六分灰白色有紫黑文而如花鮮明故

 曰文曰花又有純褐色者名油貝又有純白無文者名

 耳白貝【此二種者少百中一二有】皆殻厚能成對頭肩左短而白右

 長而淺緗色其耑〔=端〕有靑黑色小皮如耳粘着二殻令不

《改ページ》

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○八

 

 離如門扉之鍱鋏能開闔其殻上爲陽下爲陰陽貝有

 三牙齒陰貝有竅受之似牝牡交能緊合若亂殻雖千

 万數皆齟齬而不合故堪爲割符又中有一肉柱名蛤

 丁粘殻凡蛤秋冬味勝矣勢州桑名炙蛤得名泉州堺

 浦之産小而味美也阿波之産殻厚扁大有四五寸者

 和石灰煮則殻色鮮明如琢成者以貯膏藥等甚佳又

 撰取極大者裏畫花鳥人物而取合其陰陽以爲女子

 弄遊謂之貝合婚禮必用之象和合之義矣參州之産

 最厚堅工人切磋作碁子

 景行天皇從上総[やぶちゃん字注:ママ。]至淡水門【安房之湊】時聞覺賀鳥之聲欲

 見其形尋而出海仍得白※於是磐鹿六鴈【人之名】以蒲

 爲手襁采白※爲膾以進之【覺賀者雎鳩也白※者蛤也】

[やぶちゃん字注:二箇所とも※=「蛤」の「合」を「今」に変える。]

 

 

はまぐり

文蛤

ウヱン タツ

 

花蛤

【和名、波萬久里。古くは宇牟木と云ふ。】

 

「本綱」に『文蛤は、東海に生ず。取るに時無し。小・大、皆紫斑有り。大なる者、圓さ三寸、小なる者、圓さ五~六分。文と曰い[やぶちゃん字注:ママ。]、花と曰ふは、形を以て名づくるなり。凡そ蚌と蛤□と、類を同じくして、形を異にす。長き者を通じて「蚌」と曰ひ、圓き者を通じて「蛤」と曰ふ。然るを混じて蚌蛤と稱するは、非なり。

肉【鹹、平。】五疳及び婦人崩漏を治し、小便を利し、煩渇〔(はんかつ)〕を止む。』 と。

「夫木」 今ぞ知る二見の浦のはまぐりを貝合せとておほふなりけり 西行

△按ずるに文蛤は海濵に在りて、形、栗に似たり。故に俗に濵栗と名づく。大小一つならず。大なる者、圓〔(めぐ)〕り三寸、小き者、五~六分。灰白色に紫黑文有りて、花のごとく鮮-明(あざや)かにして、故に文と曰ひ、花と曰ふ。又、純-褐(きぐろ)色の者有り油貝と名づく。又、純白にして無文の者有り。耳白貝と名づく。【此の二種は少なく、百中に一二有るのみ。】皆、殻厚く、能く對(つい[やぶちゃん字注:ママ。])を成す。頭肩、左は短かくして白く、右は長くして淺-緗(もゑぎ〔→もえぎ〕)色。其の耑〔=端〕に靑黑色の小皮有り。耳(みみ)のごとく二つの殻に粘□□着きて、離れざらしむ。門-扉(とびら)の鍱-鋏(てうつがひ)のごとく、能く開闔〔(かいかう)=開閉〕す。其の殻の上を陽と爲し、下を陰と爲す。陽貝に三つの牙齒有り。陰貝に之を受く竅有りて牝牡の交はりに似て、能く緊合す。若し亂殻のごときは、千万數と雖も、皆、齟-齬(くひちが)ふを〔→齟齬ひて〕、合はず。故に割符と爲すに堪へたり。又、中に一つの肉柱有り。蛤丁〔(かうてい)〕と名づく。殻に粘〔(ねばりつ)〕く。凡そ蛤、秋冬、味勝れり。勢州桑名の炙蛤〔(やきはまぐり)〕、名を得。泉州堺の浦の産、小にして、味、美なり。阿波の産は、殻厚く、扁たく大□□〔→にして〕、四~五寸の者有り。石灰を和(ま)ぜて煮れば、則ち殻の色、鮮-明(あざや)かにして琢〔(みが)〕き成る者のごとし。以て膏藥等を貯ふるに甚だ佳し。又、極大なる者を撰び取り、裏に花・鳥・人物を畫きて、其の陰陽を取り合はせて、以て女子の弄遊(もてあそび)と爲す。之を貝合〔(かひあはせ)〕と謂ふ。婚禮に必ず之を用ひて、和合の義に象〔(かたど)〕る。參州の産、最も厚く堅し。工人、切磋して碁-子(いし)と作(な)す。

景行天皇、上総[やぶちゃん字注:ママ。]より淡-水-門(あはのみなと)【安房の湊。】に至る。時に覺-賀-鳥(みさごどり)の聲を聞きて、其の形を見んと欲して、尋ねて海に出づ。仍〔(よ)〕りて白※(うむぎ)を得。是に於て、磐-鹿-六-鴈(いはかのむ〔つ〕かり)【人の名。】、蒲(がま)を以て手-襁(たすき)と爲し、白※を采り、膾〔(なます)〕と爲し、以て之を進む【覺-賀(みさご)は雎鳩〔(しよきう)〕なり。白※は蛤〔(はまぐり)〕なり。】。[やぶちゃん字注:二箇所とも※=「蛤」の「合」を「今」に変える。]

[やぶちゃん注:ハマグリMeretrix lusoria であるが、李時珍が「本草綱目」で語るものは当然、本種ではないので、チョウセンハマグリ Meretrix lamarckii 、ミスハマグリ Meretrix lyrata 、シナハマグリ Meretrix petechialis も挙げておく。それにしても、時にとんでもない迷信俗説の類を記載して平気でいる時珍が、プラグマティックに「蚌」「蛤」の混用を怒るというのは、これは当時の分類学が如何にイっちゃってるかを伝えるね。ちなみにハマグリMeretrix lusoria の学名の基準標本は記述にも現われる貝合わせに用いられたもので、殻の内側に公卿の絵が描かれているという。学名の“Meretrix”はラテン語で娼婦・情婦の意味、“lusoria”は、遊戯している、真面目でないという意味である。遊び女(め)の貝とは、なんて、お洒落!
 「五疳」は、小児に特異的な症状の総称。五臓(肝臓・心臓・脾臓・肺臓・腎臓)が乱れ、精神症状(夜泣き・疳の虫・ひきつけ等)や身体的な諸症状(食欲不振・嘔吐・下痢等)の二症状が複合的に発生することを言う。現代の小児医学での消化不良・自家中毒・小児脚気・小児結核・夜驚症・寄生虫感染症等を包括する概念と言える。
 「婦人崩漏」とは、婦人科の不正性器出血(月経期以外の時期に出血している状態もしくは月経後に出血が続く状態)を言う。西洋の学名が計らずも漢方の効能を暗示するではないか。
 「煩渇」は、激しい口の渇きで、「消渇」(糖尿病)の前駆症状か。

 西行の「夫木和歌抄」(1310年頃成立した藤原長清撰になる私撰和歌集)和歌は続国歌大観番号8382で、「山家集」にも所収し、以下のような詞書がある(底本は岩波日本古典文学大系を用いた)。

伊勢の二見の浦に、さる樣(やう)なる女(め)の童(わらは)どもの集(あつ)まりて、わざとのこととおぼしく、蛤(はまぐり)をとり集(あつ)めけるを、いふ甲斐(かひ)なき蜑(あま)人こそあらめ、うたてきことなりと申しければ、貝合(かひあはせ)に京より人の申させ給ひたれば、選(え)りつつ採(と)るなりと申しけるに

今(いま)ぞ知(し)る二見(ふたみ)の浦のはまぐりを貝合(かひあは)せとて覆(おほ)ふなりけり

やぶちゃん訳:今こそ私は知った! 侘しい二見の浦のがんぜない卑賤の少女たちが懸命に拾い集めているはまぐりを、我らは貝合わせしょと言ふて覆っては遊び暮らしていたのであったのだなあ……

この歌に現われたものは、単純な女子の貝合わせとしての遊び道具ではなく、中に彩色画を描いた本格的な婚姻儀礼用に作製された貝覆いと考えてよいであろう。
 「純褐(きぐろ)色の者有り」の「きぐろ」は、「黄黒」で明るい茶褐色を示すかと思われ、全体にその一色である個体があるということであろう。
 「油貝」という異名が「アブラガイ」と読むのであれば、現在、北海道北部でバカガイに対して用いられている(「耳白貝」は初「耳」にして不詳)。
 「頭肩」は現在で言う殻頂から前後の殻の曲線部分を述べている。ちなみにこの部分は、Meretrix 属の種を視認分類する時の決定的な相違部分である。
 「淺緗(もゑぎ〔→もえぎ〕)色」は、
 「靑黑色の小皮」は勿論、靱帯を指す。
 「三つの牙齒」は、殻頂の内側にある三つの主歯。ちなみに、本叙述は殻を上下と称しているが、現在の分類学では腕足類を除いて(これは発生学的に前後である)左右と呼称する。二枚貝では斧足の出る側が前と考えてよく、殻頂が上。そうして決まった前を下に、後ろを上にして貝殻を左・右とする。それでもよく分からない場合は、殻の内面に刻まれた筋(外套膜及び筋の付着部分)を見て、大きく内側に湾曲した方が普通は前と判断してよい。
 「覺賀鳥」は、ミサゴ
Pandion haliaetus。タカ目ミサゴ科(ワシタカ科に分類する説もあり)。本邦では繁殖は少数、絶滅危惧種に指定されている。留鳥で冬季に西日本に多く見られる。大きさはトビほどで、ウオタカ・スドリの異名がある。中国名、雎鳩(しょきゅう)。海辺に生息して魚類を主に摂餌し、古来、夫婦仲の良いものの象徴ともされる。これはハマグリの民俗との一致が見られて面白い。
 「白※(うむぎ)」[※=「蛤」の「合」を「今」に変える。]はハマグリの古名。後出の「海蛤」(うむぎのかひ)を参照。
 「磐鹿六鴈」に関わっては、平安時代初期に編纂された古代氏族の名鑑「新撰姓氏録」左京皇別上に、

膳大伴部(かしはでのおほともべ)。阿倍朝臣と同じき祖。大彦命の孫、磐鹿六雁命(いはかむつかりのみこと)の後なり。景行天皇、東國に巡狩(かり)せしとき、上總國に至り、海路より淡水門(あはのみなと)を渡り、海中に出でまして白蛤(うむぎ)を得たまふ。ここに磐鹿六雁、膾(なます)につくりて進〔(おく)〕る。かれ、六雁をほめて、膳大伴部を賜ふ。

とある。良安が引用する部分は「日本書紀」景行天皇五十三年冬十月の条で、

景行天皇巡狩東國。至上總國。従海路渡淡水門。出海中得白蛤。於是磐鹿六雁為膳進之。

に相当する(この景行天皇に関わる引用二件はすべてネット上の複数の箇所から孫引きを勝手に正字化したもので原文校訂はしていない)。]




■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○八

 

***

しほふき
          【俗云鹽吹】

蛤蜊

タツ リイ

 

 

本綱蛤蜊生東南海中白殻紫唇大二三寸愍閩淅〔→浙〕人以其

肉充海錯亦作爲醤醢其殻火煆作粉

肉【鹹冷】止消渇醒酒〔治〕婦人血塊宜煮食之

△按蛤蜊處處皆有泉州堺浦多春月采之漁人去殻取

 肉販之用芥醋食之俗呼曰醋蛤煮亦佳柔於文蛤其


 大二寸許圓灰白色無花文而紫唇殻薄無光滑横有

 同色文理其肌如吹出鹽粉故名鹽吹貝燒灰亦不及

 于牡蠣蜆故不堪用其肉亦賤民嗜之不上饌凡蛤蜊

 變成蟹

 

 

しほふき

          【俗に鹽吹と云ふ。】

蛤蜊

タツ リイ

 

「本綱」に、『蛤蜊は、東南海中に生ず。白殻、紫の唇、大いさ二~三寸、閩〔(びん)〕・浙〔(せつ)〕の人、其の肉を以て、海錯〔(かいさく)〕に充つ。亦、醤醢(なしもの:塩辛)に作り爲す。其の殻、火で煆〔(や)〕きて粉と作〔(な)〕す。

肉【鹹、冷。】消渇を止め、酒を醒〔(さま)〕し、婦人の血塊を〔治す〕。宜しく之を煮て食ふべし。』と。

△按ずるに、蛤蜊は處處に皆有り。泉州堺浦に多く、春月、之を采る。漁人、殻を去り肉を取りて之を販(う)る。芥-醋(からし〔ず〕)を用ひて之を食ふ。俗に呼びて醋-蛤(すはまぐり)と曰ふ。煮ても亦佳し。文蛤〔(はまぐり)〕より柔らかし。其の大いさ二寸ばかり、圓く、灰白色。花文無く、紫の唇。殻薄く、光滑〔=光沢〕無く、横同色の文理有り。其の肌、鹽粉を吹き出せるがごとし。故に鹽吹貝と名づく。灰を燒きても亦、牡蠣・蜆に及ばず。故に用ふるに堪へず。其の肉も亦、賤民之を嗜み、上饌ならず。凡そ「蛤蜊變じて蟹に成る」と。 

[やぶちゃん注:シオフキMactra veneriformis。最後に記述されるシオフキの和名由来は意外である。一般には採取した際に、潮水を吹き出す故の呼び名と理解されている。しかし、言われてみれば殻頂部に向かうほどに白色部が「潮を吹いたように」目立つとも言えるし、そもそも私はバカガイ科に限らず、多くの二枚貝の中で何ゆえにこの貝だけが「シオフキ」を表名する権利を持っているのか、実は甚だ疑問であった(潮干狩りにあってもそのように特異的に噴水力があるようには感じたことがなかった故に)。そうして、これについては「史上最強の潮干狩り超人」氏による「シオフキは本当に潮吹き貝なのか」のページに、アサリ・バカガイ・シオフキを比較した美事な実験結果が示されており、シオフキの噴出力の情けなさは明白であることが明らかにされている。これによって従来の解釈はとんでもない詐称であることが判明したのであるが、さすれば、この良安の由来説は、逆にシオフキの冤罪を証明するものとも言えるのではあるまいか。
 「閩・浙」は、「閩」が福州・泉州・厦門等の現在の福建省辺りを、「浙」が杭州・寧波等の現在の浙江省辺りを指す。
 「海錯」は、本来は様々な豊かな海産物という意であるが、ここでは単に有用海産物の意味で用いている。
 「醤醢」は、本来は「ひしほ」と読んで、米・麦・豆等を発酵させ、それに塩水を混ぜた調味料を言うが、ここでは「なしもの」と国訓して、「塩辛・魚醤(うおびしほ)」の意味でとっている。
 「消渇」は、口が渇き、多飲多尿を示す症状で、糖尿病を指すと思われる。
 「婦人の血塊」は、生理時の経血に血塊が混じる症状であろう。中国医学では経行発熱等と称す。
「蛤蜊變じて蟹に成る」』とは、ピンノ類等の短尾下目(カニ類)のカクレガニ科 Pinnotheridaeの寄生蟹の片利共生を見誤ったものか。]




■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○九

あさりのかひ  正字未詳

淺蜊       【俗云阿左利之加比】



△按淺蜊形色似蛤蜊而小其大者一寸小者四五分有

 灰白色有紫斑黑斑花紋之輩處處皆有之惟攝泉播

 州希有爾東海極多爲民間日用之食價亦極賤貫竹

 串暴日鬻他方其腸中有珠謂之尾張真珠近頃藝州

 廣島亦采之帶米粉色而不似伊勢真珠之光耀者功

 用亦劣矣







あさりのかひ  正字、未だ詳らかならず。

淺蜊      【俗に阿左利之加比と云ふ。】



△按ずるに、淺蜊は形色、蛤蜊〔(しほふき)〕に似て、小さし。其の大なる者、一寸、小なる者、四~五分有り。灰白色有り、紫斑・黑斑・花紋の輩、有り。處處に皆、之有るも、惟だ攝〔=摂津〕・泉〔=和泉〕・播州〔=播磨〕は希に有るのみ。東海、極めて多し。民間日用の食と爲す。價、亦極めて賤(やす)し。竹串に貫きて、日に暴らし、他方に鬻(ひさ)ぐ。其の腸の中に珠有り。之を尾張真珠と謂ふ。近頃、藝州廣島にても亦之を采る。米粉色を帶びて、伊勢真珠の光耀なる者に似ず、功用も亦劣れり。

[やぶちゃん注:アサリRuditapes philippinarum。「民間日用の食」と言いながら、現在でも良く発見できるピンノ類等の短尾下目(カニ類)のカクレガニ科 Pinnotheridaeの寄生蟹の話もせず(他の項ではよく挙げているのに)、どうしたの、良安先生? えらくアッサリとした記述なこと。
 「尾張真珠」は、真珠の後注を参照されたい。]




***

あざかひ

阿座貝  正字未詳

 

△按阿座貝琉球國海中有之蛤蜊之屬淡赤白色裏白

 其大者二三尺肉白如鰒味亦甘美其殻厚硬以爲盥

 




あざがひ 

阿座貝  正字、未だ詳らかならず。



△按ずるに、阿座貝は琉球國海中に之有り。蛤蜊〔(しほふき)〕の屬。淡赤白色、裏、白。其の大なる者、二~三尺、肉、白きは鰒〔(あはび)〕のごとく、味、亦、甘美。其の殻、厚硬、以て盥(たらい〔→たらひ〕)・鉢と爲す。

[やぶちゃん注:シャコガイ科Tridacnidae。本邦では6種がいるが、大きさと用途からオオシャコガイTridacna gigas と、食用に供することの多いヒメジャコガイTridacna crocea もとりあえず挙げておく。当然ながら、シオフキMactra veneriformisの属なんかでは、ない。




***

[やぶちゃん注:上部左に嘴をもった鳥のような斧足部の図に「肉」、下部に「殻」の図。]

とりかひ

鳥蛤



正字未詳

【俗云止利

加比】[やぶちゃん字注:以上三行は、前二行の下に入る。]



△按鳥蛤形色似蛤蜊而圓肥大三寸許殻薄灰白色有

 縱細理而畧似蚶而白色帶淡紫假今【蚶名瓦屋子車渠名板屋貝】

《改ページ》

 此亦名柿屋子可矣乎内正紅其腸有緗色汁肉状如

 鳥喙故俗名鳥貝所謂爵入大水化爲蛤者此乎然攝

 州尼崎多有之冬春盛出未聞有他國漁人去殻販之

 有白丁如指大擣爲魚餠送于他邦其肉炙食甘美煮

 亦佳最下品爲賤民之食無毒但猫食鳥蛤腸則耳脱

 落也又云鳥蛤腹有小蟹大如豆是此瑣※〔→蛣〕之類乎所

 食之蟹乎[やぶちゃん字注:※=「王」+「吉」。]







とりがひ 

鳥蛤



【俗に止利加比と云ふ。】

正字、未だ詳らかならず。




△按ずるに、鳥蛤は、形色、蛤蜊〔(しほふき)〕に似て圓く肥ゆ。大いさ、三寸ばかり。殻薄く、灰白色。縱(たつ)に細き理(すぢ)有りて、畧ぼ蚶(あかゞひ)に似て、白色、淡紫を帶ぶ。假-今(たとへ)ば【蚶を瓦屋子と名づけ、車渠〔(しやきよ)〕を板屋貝と名づく。】、此れは亦、柿-屋-子(こけらやね)と名づけて可ならんか。内、正紅なり。其の腸に緗(もへぎ〔→もえぎ〕)色の汁有り。肉の状、鳥の喙のごとし。故に俗に鳥貝と名づく。所謂ゆる『爵(すゞみ=雀)の大水に入り化して蛤と爲る』とは、此れか。然も攝州尼崎に多く之有りて、冬・春、盛んに出づ。未だ他國に有るを聞かず。漁人、殻を去つて之を販(ひさ)ぐ。白-丁(はしら)有りて指の大いさのごとし。擣〔(つ)〕きて魚-餠(かまぼこ)と爲し他邦に送る。其の肉、炙り食ひて、甘く美なり。煮ても亦佳し。最も下品にして賤民の食と爲す。無毒。但し猫、鳥蛤の腸を食へば、則ち耳(みみ)脱け落つ。又云ふ、鳥蛤の腹に小さき蟹有り。大いさ、豆のごとし。是に此れ、瑣蛣の類か、食ふ所の蟹か。

[やぶちゃん注:トリガイFulvia mutica。ここで良安は珍しくオリジナルの和名を提唱している。トリガイの殻の特徴から、アカガイを別名で瓦屋子(ガオクシまたはカワラヤネ)と呼称したり、車渠貝をその外形状のままにイタヤガイと呼ぶんだったら、これに倣ってトリガイをコケラヤネと名づけてもいいんじゃあない? というのである。いや、良安先生、私めは大いに賛同いたします。だってどれも屋根の様式という銘記しやすい共通性がありますものね! ……されど残念ながら、先生の異名はその後に流行らなかった。ちょっと微笑ましい部分ではある。ちなみに「こけら」に当たる「杮」という字はよ~く見るべし(ここでの用法は「こけら板」のことで、杉・檜・槇等を薄くはいだ板のことを言う。「杮」という語そのものは 木材を削った際に出る削り屑。こっぱを言う)。「柿」(かき)ではないぞ。「杮」(こけら)は音がハイ、木部の四画に入る。「つくり」の部分をよく見よう。この真ん中の棒は上から下まで突き抜けているのである。全くの別字。
 「緗色
」は、これ

 「雀の大水に入り化して蛤と爲る」は、「雀海に入って蛤となる」で広く知られる迷信であるが(出典は「礼記」や「国語」)、ハマグリはその殻の模様が雀と類似していることから称せられたと思われるので、トリガイの食用の斧足が、鳥の喙の形状と類似していることからの命名を、それと同じとするのは……何だかズレた発言じゃあ、ありんせんか? 良安先生?
 「未だ他國に有るを聞かず」!? 良安はん! ちょいと待ちなはれ! トリガイが尼崎の限定種やなんて、そないなアホなことありますかいな!
 「猫、鳥蛤の腸を食へば、則ち耳(みみ)脱け落つ」については、冒頭の「鰒」(アワビ)の「布久太米」の注や、最後の貝鮹(タコブネ)の項の注を参照されたい。なお、本件はトリガイであるが、以下のヤフーの書き込み記事を披見すると(消失する可能性もあるので一部引用「ホタテガイの貝柱を加工する工場では、製品に必要ないヒモ(内臓)を捨てることがありますが、それを食べた猫が同様の症状を示し、その工場の周りの猫は皆、耳無し法一状態だったという笑えない事実もあるようです。アカガイの報告は聞いたことはありませんが、貝の内臓は猫に与えるべきではないでしょう。 」)ホタテガイ等でも同様の結果が生じるらしいので、敷衍判断してもよいのかもしれない。流石に成分分析の容易な時代、ネコやラットで治験してはいけない。

 「瑣蛣」(本字を訂正した理由は、本巻では既に「海鏡」(カガミガイまたはマドガイ)の別称として「瑣※」[※=「王」+「吉」。]を用いているからである)は、寄居蟹を指す古語であるが、この場合は勿論、ヤドカリ類ではなく、ピンノ類などの短尾下目(カニ類)のカクレガニ科 Pinnotheridae を示している。]

 

***

あかゝひ

 

魁蛤 魁陸

瓦屋子 伏老

瓦壟子

【和名木佐

俗云赤貝】[やぶちゃん字注:以上五行は、前二行の下に入る。]

 

本綱※〔→蚶〕形如蛤而圓厚其大者徑四寸背上溝文似瓦屋

之壟老伏翼化成蚶故名伏老今以近海田種之謂之蚶

田其肉最甘故字从甘炙食益人【過多即壅氣】即治便血止消渇

[やぶちゃん字注:「蛤」の「虫」を「衡」の(ぎょうがまえ)をはずした中央部に換える。]

《改ページ》

△按蚶處處皆有之殻外黑内白而肉正赤煮之倍赤有

 筋膜纏柱其柱大如榛子而白色其腸有黑有赤凡江

 海水淺處數千群生曰之蚶山但攝播之産味勝矣

猿頰【一名馬甲】 蚶之小者而自此一種也殻圓厚溝亦深粗

 大者一二寸肥州長崎最多

 五雜組云龍蝦大者重二十餘斤鬚三尺餘可爲杖蚶

 大者如斗可爲香爐蚌大者如箕此皆海濵人習見不

 爲異

 

 

あかゞひ

 

魁蛤 魁陸

瓦屋子 伏老

瓦壟子〔(がろうし)〕

【和名、木佐。俗に赤貝と云ふ。】

 

「本綱」に、『蚶は、形、蛤のごとくして、圓く厚し。其の大なる者、徑〔(まは)〕り四寸、背の上に溝文〔(こうもん)〕あり。瓦屋(やね)の壟〔(ろう):うね〕に似たり。老-伏-翼(かはもり)化して、蚶と成る。故に伏老と名づく。今、近海の田を以て、之を種く。之を蚶田と謂ふ。其の肉、最も甘し。故に字は甘に从〔=從〕ふ。炙り食ふに、人に益す【過多なれば即ち氣を壅〔(ふさ)〕ぐ。】。即ち便血を治し、消渇を止む。』と。

△按ずるに、蚶は、處處に皆、之有り。殻外黑く、内、白く、肉、正赤なり。之を煮れば、倍々〔(いよいよ)〕赤し。筋-膜(ひほ〔→ひも〕)有りて、柱を纏(まと)ふ。其の柱、大いさ、榛-子(はしばみ)のごとくして白色。其の腸、黑有り、赤有り。凡そ江海の水淺き處、數千群生し、之を蚶山と曰ふ。但し、攝〔=摂津〕・播〔=播磨〕の産、味、勝れり。

猿頰【一名、馬の甲(つめ)。】 蚶の小さき者にして、自(をのづか)ら此れ一種なり。殻、圓く厚く、溝、亦深く粗し。大なる者、一~二寸。肥州〔=肥前〕長崎に最も多し。

 「五雜組」に云ふ、『龍蝦は、大なる者、重さ二十餘斤、鬚三尺餘り、杖に爲るべし。蚶の大なる者、斗〔(ます)〕のごとく、香爐に爲るべし。蚌の大なる者、箕(みの)のごとし。此れ皆、海濵の人は、見習ひて、異と爲さず。』と。

[やぶちゃん注:アカガイScapharca broughtonii。サルボウScapharca kagoshimensis。両者の判別のポイントは良安言うところの「溝文」にある。アカガイの殻上の肋(凸)の数が42本前後であるのに対して、サルボウは32前後と有意に少ない。また、殻の輪郭がアカガイではすっきりと丸くなっているのに対して、サルボウは船形で開口部がアカガイに比すと直線状になっている。
 五雜組」』は、明の謝肇淛(しゃちょうせい)の16巻からなる随筆集であるが、ほとんど百科全書的内容を持ち、引用にあるような民俗伝承の記載も多い。日本では江戸時代に愛読された。書名は五色の糸でよった組紐のこと。
 
「老伏翼」は老成した蝙蝠。

 「消渇」は、口が渇き、多飲多尿を示す症状で、糖尿病を指すと思われる。
 「筋膜」は、現今「ヒモ」と称せられる外套膜またはその辺縁部を指す。「ひほ」という呼称は初見。
 「榛子」は、カバノキ科ハシバミCorylus heterophylla の実を指している。ドングリをやや扁平にした感じで、食用となる。近縁種のセイヨウハシバミCorylus avellana の実は、へーゼルナッツである。
 「龍蝦」は、イセエビ科Palinuridae の大型の蝦。現代中国語でも同科は龍蝦科と表記する。]

 

***

[やぶちゃん注:上図に扁平な「面」左殻)の、下図に膨らみを持った「背」(右殻)の図。]

ほたてかひ

いたやかひ

車渠

 

海扇

【俗云帆立貝

又云板屋貝】

【玉有車渠者而

此蛤似之故名】[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行の下に入る。]

 

本綱車渠海中大蛤也大者長二三尺闊尺許厚二三寸

殻外溝壟如蚶殻而深大皆縱文如瓦溝無横文也凡車

《改ページ》

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○十一

 

輪之溝曰渠此背文似車溝故名車渠形如扇故名海扇

殻内白皙如玉亦不甚貴番人以飾噐物或作盃注酒滿

過一分不溢試之果然

殻【甘鹹大寒】 治安神解諸毒藥蟲螫【同玳瑁等分磨人乳服之極験】

△按車渠北海西海多有之外黄白色又有帶紅斑者縱

 有溝其溝淺而濶如以木片作成者彷彿車之渠又似

 板屋葺形俗呼曰板屋貝【和名抄以文蛤訓以太夜加比非也】其殻上一

 片扁而如蓋與蚶蛤之輩不同大者徑一二尺數百群

 行開口一殻如舟一殻如帆乗風走故名帆立蛤小者

 二三寸肉白腸赤然不堪食采殻送于大坂夾竹枝用

 爲杓子
                                           信實

       新六 あやしくそうら珍しきいたや貝とまふくあまの習ひならすや

《改ページ》

 

ほたてがひ

いたやがひ

車渠

 

海扇

【俗に帆立貝と云ふ。又板屋貝云ふ。】

【玉〔(ぎよく)〕に車渠〔(しやきよ)〕と云ふ者有りて、此の蛤、之に似る故に名づく。】[やぶちゃん字注:「云」は「渠」の送り仮名にある。]

 

「本綱」に『車渠は、海中の大蛤なり。大なる者、長さ二~三尺、闊〔(ひろ)〕さ尺ばかり、厚さ二~三寸。殻の外溝壟〔(がいこうろう)〕、蚶の殻のごとくして、深く大なり。皆、文、縱(たて)にして瓦のごとく溝の横文無きなり。凡そ車輪の溝を渠と曰ひ、此の背の文、車溝に似る故に車渠と名づく。形、扇のごとくなる故に海扇と名づく。殻の内、白皙、玉(たま)のごとし。亦甚だ貴からずや。蛮人、以て噐〔=器〕物に飾り、或は盃に作り、酒を注ぐに滿ち過して一分も溢(あふ)れず。之を試みるに果して然り。

殻【甘鹹、大寒。】 神を安んじ、諸の毒の藥を解し、蟲の螫(さし)たるを治す【玳瑁同等分、磨し、人の乳にて之を服せば、極めて験あり。】。』と。

△按ずるに車渠は北海・西海に多く之有り。外は黄白色、又紅斑を帶たる者有り。縱(たつ)に溝有り。其の溝、淺くして濶く、木の片を以て作り成せし者のごとし。車の渠(みぞ)に彷-彿(さもに)たり。又板屋葺の形に似、俗に呼んで板屋貝と曰ふ【「和名抄」は文蛤を以て以太夜加比と訓ず。非なり〔:「文蛤」は、はまぐり意味する故である。〕。】。其の殻上の一片は扁して蓋(ふた)のごとく、蚶〔(あかがひ)〕・蛤〔(はまぐり)〕の輩と同じからず。大なる者、徑一~二尺、數百、群行し口を開く。一殻は舟のごとく、一殻は帆のごとくし、風に乗じて走る。故に帆立蛤と名づく。小なる者は二~三寸、肉白く、腸(わた)赤し、然ども食ふに堪へず。殻を采りて大坂に送る。竹枝を夾〔(はさ)=挟〕みて用ひ、杓子と爲す。                                       

「新六」 あやしくぞうら珍しきいたや貝とまふくあまの習ひならずや 信實

[やぶちゃん注:本項はイタヤガイ科Pectinidae の全種を含む。無論、その主なる記載に近いのは、ホタテガイPatinopecten yessoensis 及びイタヤガイPatinopecten albicans であるが、他種は言うに及ばず、良安の叙述自体がホタテガイとイタヤガイでさえ区別していないのだからお手上げである。
 「車渠」(車輪の外周を包む箍(たが)を言う)の読みであるが、幾つかの文献が「しゃこ」や「しゃきょう」等と訓読している。ここでは正規の音で「しゃきょ」と読んでおく(「しゃご」という読みも可能である)。さて、ところがそこで気づかれたと思うが、これは現在のシャコガイ
Tridacna gigas の「シャコ」と同音同義であるようだ。現代中国語(繁体字)ではシャコガイは「大硨磲」と書く。確かにこちらこそ美事な名にし負うものであろう。
 「殻の外溝壟」の部分は、東洋文庫版現代語訳では「外の溝壟(みぞ)」と、「溝壟」二字を「みぞ」と訓じている。しかし「壟」は盛り上がった部分、うね・あぜを指す字であり、正確には殻の外側の凸凹=肋とその間の溝すべてを言う語である。
 玳瑁は、漢方薬剤としてのウミガメのタイマイ
Eretmochelys imbricata の甲羅を指す。
「和名抄」は 正しくは「和名類聚抄」で、源順(したごう)撰になる事物の和名字書。20巻。
 「風に乗じて走る」ことはないが、捕食者から逃れるために、閉殻筋を用いて左右の殻を連続的に開閉させて海水を吹き出しながら、海中をかなりの距離泳いで逃げることは、今や画像でもお馴染みである。
 最後の歌は「新撰和歌六帖(新撰六帖題和歌)」(1243年に藤原家良・為家・知家・信実・光俊の五人の和歌を所載した類題和歌集)に所収する。延享5(1748)年版行の西川祐信画になる「絵本貝歌仙」には、「いたや貝」の項があり、本歌を引いて、以下の詞書がある。下手な私の現代語訳よりこっちの方が味わいがある(ちなみに、第一句末が「あやしくも」となっている)。

 「あやしくも うらめづらしき いたや貝 とまふくあまの ならひならずや 『金殿玉楼(きんでんぎよくろう)は、なつ涼(すゞ)しくて、冬(ふゆ)あたゝかなれども、末/\(すへずへ)は、あつきにつけ、さむきにつけて、くるしみおほし。笛竹(ふへたけ〔→ふえたけ〕)のほそきたるき〔=垂木〕、あし〔=葦〕の葉(は)にて、家(いへ)をふ〔=葺〕きたる、賤家(しづがや)のいぶせさ、此うたにて見るべし。』

サイト「絵草紙屋」の「絵本貝歌仙」の「中巻」の(11)で同画像を見ることが出来る。]

 

***

わたりかひ

車螯

チエヽ カ゜ウ

 

【大蛤總曰蜃

不專指車螯

也】

【又與蛟蜃之

蜃同名異物】[やぶちゃん字注:以上六行は、前三行の下に入る。]

 

本綱車螯大蛤也其殻色紫璀粲如玉斑點如花海人灸

之取肉食之味似蛤蜊而堅硬此物能吐氣爲樓臺春夏

依約島※常有此氣其類有數種[やぶちゃん字注:※=「淑」の中央部分を「余」に換える。]

移角似車螯而角不正者 姑勞 似車螯而殻薄者

羊蹄似車螯而小者

△按車螯吐氣也不晴不陰之月夜閒有此氣舩人爲所

 惑矣遅晴則爲晴天速晴則爲風雨西海人謂之渡貝

 北海人謂之狐之茂利太豆流俗以爲奇恠者非也車

 螫自然所吐之氣也

わたりがひ

車螯

チエヽ カ゜ウ

 

蜃〔(しん)〕

【大蛤を總て蜃と曰ふ。專ら車螯〔(しやがう)〕を指すにあらざるなり。】

【又、蛟蜃〔(かうしん)〕の蜃と同名なるも異物なり。】

「本綱」に『車螯は大なる蛤也。其の殻、色紫、璀-粲(たまのひかり)として玉のごとし。斑點、花のごとし。海人、之を灸り、肉を取りて之を食ふ。味、蛤蜊〔(しほふき)〕に似て堅く硬なり。此の物、能く氣を吐きて樓臺を爲し、春夏、島※に依約して、常に此の氣有り。其の類、數種有り。[やぶちゃん注:※=「淑」の中央部分を「余」に換える。]

移角〔(いかく)〕は、車螯に似て、角、正しからざる者□〔→なり〕。 姑勞〔(こらう)〕は、車螫に似て、殻薄き者なり。羊蹄〔(やうてい)〕は、車螯に似て小さき者なり。』と。

△按ずるに車螯は、氣を吐くこと。晴れず陰(くも)らざるの月夜の閒(まゝ)に此の氣有り。舩〔=船〕人、爲に惑はさる。晴れ遅く〔ば〕、則ち晴天と爲り、晴れるとき速く〔ば〕則ち風雨と爲る。西海の人、之を渡の貝と謂ふ。北海の人、之を狐の茂-利-太-豆-流(もりたつる)と謂ふ。俗に以て奇恠〔=怪〕の者と爲〔(す)〕るは、非なり。車螯、自然と吐く所の氣なり。

[やぶちゃん注:本項の記載は生物学的記載ではなく、蜃気楼の民俗というべきである。但し、この「車螫」という語は清の袁枚(えんばい)の料理書「随園食単」にも「※螯」(※=「虫」+「車」)として数種類の調理法が記されている、正式な実在食材である。そこでは揚州産の記載があるが、これを素朴に大型のシナハマグリMeretrix pethechialis と同定することは、「移角」「姑勞」「羊蹄」等の亜種を感じさせる表現からも、到底出来ない。中華料理にお詳しい方の教えを乞いたい。……実を言うと私は秘かに、このオオハマグリなるものを、ハマグリ属Meretrixではなく、一般に現在オオアサリと称される同じマルスダレガイ科のウチムラサキSaxidomus purpurataに同定したい誘惑に駆られている(但し、時珍の叙述とは全く一致しない)。かつて27歳の蜃気楼の彼方に去ったような若い日、傷心をぶら下げて独り訪れた蒲郡の海辺の屋台で、おばさんが焼いてくれた恐ろしく大きなこれを食べた私の忘れ難い印象としては。
 「蛟蜃の蜃と同名なるも異物なり」というのは、「蜃」は、まず気を吐いて海上に蜃気楼を出す老成したオオハマグリを指し、別に蛟(みずち)=龍の一種で、赤いたてがみを持ち、腰以下がすべて逆鱗となっているもの(但し、こちらも気を吐いて蜃気楼を現出させるとする)をも指すことを意味している。
 「璀粲」は「さいさん」と読み、本来は衣擦れの音、そこから明るく清らかなものを形容して言う。

 「島※に依約して」の部分、東洋文庫版では「島の浦辺と結びついて」と訳している。所謂、蜃気楼の浮島や、海市としての海岸地帯の海上の投影像を言っているのかもしれないが、意味不明である。「島※」の熟語の意味が今一つ摑めない。ご教授を乞う。
 
「狐の茂利太豆流」は、越後に於いて蜃気楼のことを「狐の森」という(改造社「俳諧歳時記」)とあるので、これは「狐の森立つる」であろう。]

***

和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○十二

こやすがひ

たからがひ

貝子【音輩】

[やぶちゃん注:「貝」の象形文字原型の図。]

ポイ ツウ

 

貝齒  白貝

海肥

【俗云子安貝

又云寶貝】[やぶちゃん字注:以上四行は「こやすがひ」から「ポイ ツウ」までの下に入る。]

 

本綱貝子貝類之最小者亦若蝸状長寸許色微白赤有

紫黒者今多穿與小兒戯弄北人用綴衣及氈帽爲飾髭

[やぶちゃん字注:「氈」の字は底本では(へん)と(つくり)が逆転している。]

頭家用飾鑑畫家用※物其背腹皆白背隆如龜背腹下[やぶちゃん字注:※=「石」+「牙」。]

兩開相向有齒刻如魚齒其中肉如蝌蚪而有首尾又云

背穹而渾以象天之陽腹平而拆以象地之陰貝字象形

其中二點象其齒刻其下二點象其垂尾也雲南多用爲

貨交易

△按古者未有錢以貝子爲貨故寶貨字皆从貝至秦廃

 貝行錢而後見賤勢州多有之相傳婦人臨産握於掌


 易産故名子易貝【與海馬同功】

《改ページ》

 

 

こやすがひ

たからがひ

貝子【音、輩。】

ポイ ツウ

 

貝齒  白貝

海肥

【俗に子安貝と云ふ。又、寶貝と云ふ。】

 

「本綱」に『貝子〔(ばいし)〕は貝類の最も小さき者、亦、蝸(かたつむり)のごとく、状、長さ寸ばかり、色、微白赤、紫、黒き者有り。今、多く穿〔(うが)〕ちて、小兒に與へて戯弄(もてあそび)す。北人は用ひて、衣及び氈帽〔(せんばう)〕に綴(つゞ)りて飾りと爲し、髭頭家〔(しとうか):髪結い・床屋〕、用ひて鑑を飾る。畫家用ひて、物を※(す)る。其の背・腹、皆白く、背、隆(たか)きこと、龜の背のごとく、腹の下、兩〔(ふた)〕つに開き、相向ひて齒刻有り。魚の齒のごとく、其の中の肉、蝌蚪(かへるのこ)のごとくにして、首尾有り。又云ふ、背、穹(たか)くして、渾〔(すべ)〕て以て天の陽に象〔(かたど)〕り、腹、平にして、拆(□□□〔→(くび)れ〕)て以て地の陰を象〔(かたど)〕る。貝の字、〔(この)〕形を象る。其の中の二點、其の齒刻に象る。其の下の二點、其の垂尾に象るなり。雲南に多く用ひて、錢貨と爲し、交-易(うりかい[やぶちゃん字注: ママ。])をす。』と。[やぶちゃん字注:※=「石」+「牙」。]

△按ずるに、古へは未だ錢有らず、貝子を以て貨と爲す。故に「寶」・「貨」の字、皆、貝に从〔(したが〕ふ。秦に至りて貝を廃し、錢を行ふ。而して後、賤(いや)しまらる。勢州〔=伊勢〕に多く之有り。相傳ふ、婦人、臨産〔→産に臨みて〕、掌に握れば、産易し。故に子易貝と名づく【海馬と同功〔=効〕を與ふ。】。

[やぶちゃん注:タカラガイ科 Cypraeidae についての総論的記述である。
 「氈帽」は毛織製の帽子。毛織物は中国の北部及び西部で盛んで、遊牧民族は毛皮や毛織物でつくったこうした帽子をかぶった。
 「海馬と同功を與ふ」という民俗は、タカラガイの形状が女性器に類似していること、また、「海馬」=タツノオトシゴが胎児と似ているからであろう。フレーザーの言うところの類感呪術の一つである。タツノオトシゴについては、その生態としての雄の育児嚢からの出産から生まれた風習という説は、考えとしては誠に面白いが、古人がそこまでの観察と認識から用いたとは、残念ながら私には思えない。]

 

***

うまのくほかひ 文貝 ※螺[やぶちゃん字注:※=「石」+「牙」。]

紫貝

 

【和名宇萬

乃久保加

比】[やぶちゃん字注:以上三行は、「紫貝」の左下に入る。]

 

本綱紫貝生東南海中形似貝子質白如玉紫點爲文皆

行列相當大者徑一尺七八寸小者二三寸自然不假外

飾光彩煥爛故名文貝畫家用※物故名※螺古人以貝[やぶちゃん字注:※=「石」+「牙」。]

爲寶貨而紫貝尤貴後世以多見賤藥中稀使之

 

 

うまのくぼがひ 文貝 ※螺[やぶちゃん字注:※=「石」+「牙」。]

紫貝

 

【和名、宇萬乃久保加比。】

 

「本綱」に『紫貝、東南海の中に生ず。形、貝子に似て、質、白く玉ごとく、紫の點、文を爲し、皆、行き列び相當る。大なる者、徑〔(まは)〕り一尺七~八寸、小なる者、二~三寸、自然に飾を外に假らず、光彩煥爛〔(かんらん)=燦爛〕たり。故に文貝と名づく。畫家に、物を※(す)るに用ひて、故に※螺と名づく。古人、貝を以て、寶貨と爲し、紫貝、尤も貴し。後世、多きを以て賤に見らる。藥中にも之れ使ふこと稀なり。』と。[やぶちゃん字注:※=「石」+「牙」。]

[やぶちゃん注:本種はタカラガイ科 Cypraeidaeの中でも最も一般的なホシダカラCypraea (Cypraea) tigris を挙げておくことに異論はないであろう。ちなみに、「うまのくぼがひ」という呼称の「くぼ」は女性器の古語で、牝馬の性器に似ているという意味である。これはソソガイやベベガイ等と並んで、タカラガイの猥褻名称として一般的なものであるらしい。
 「自然に飾を外に假らず」の部分は訓点が錯綜しており、「自然〔(おのづ)〕と外の飾を假らず」と読んだ方が、しっくりくるような気がするのだが、如何? それにしても、そこまで言うなら、良安よ、何故、まさにタカラガイが「外の飾」を借りることなく、その内が七色に変化することを、言わないのだ!? そうしたら私はここで、存分にカメオの注が書けたのに!]

 

***

くつはかひ

【音軻】

ヲウ

 

※【音恤】馬軻螺[やぶちゃん字注:※=「王」+「戌」。]

【珂馬勒飾也

此貝似之故

名】[やぶちゃん字注:以上四行は、前三行の下に入る。]

 

本綱珂生南海貝類也大如鰒皮黄黑而骨白堪以爲飾

《改ページ》

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○十三

 

其大者圍九寸細者圍七八寸長三四寸

 

 

くつはがひ

【音、軻。】

ヲウ

 

※〔(しゆつ or しゆち)〕【音、恤〔(しゆつ or しゆち)〕。】馬軻螺〔(ばから〕[やぶちゃん字注:※=「王」+「戌」。]

【珂は馬の勒(くつわ)の飾□〔→り〕なり。此の貝、之に似る。故に名づく。】

 

「本綱」に『珂は南海に生ず。貝の類なり。大いさ、鰒(あはび)のごとく、皮、黄黑にして、骨、白く以て飾りと爲すに堪へたり。其の大なる者、圍〔(かこ)〕み九寸、細き者、圍み七~八寸、長さ三~四寸。』と。

[やぶちゃん注:このクツワガイという和名は、次の次に挙げられるバカガイMactra chinensis の異名であるが、飾りに用いるという叙述や、バカガイをすぐ近くで重複して記載したとは思えない点、本項目がタカラガイ科の貝と二枚貝との接点に当たる点、更に単純化された上図を見ても、明らかにタカラガイ系統の、螺の巻きの緩んだ腹足類という印象が強い(但しこのような川の字の単純なタカラガイは不学にして知らない)。「本草綱目」の記載も情報量が少なく、タカラガイ科 Cypraeidae に留めておくしかない。世に多いタカラガイ収集家の方でお分かりの方は、是非、御教授を乞う。]

 

***

いのかひ  

貽貝

イヽ ボイ



黑貝 

【和名伊加比】[やぶちゃん字注:以上二行は、前三行の下に入る。]


△按貽貝參州勢州多有之殻類蚌灰黑色肉類蚶微赤

 海人食之或纎切曝乾以送于他方味不美有微臭氣

 

 

いのかひ

貽貝

イヽ ボイ

 

黑貝

【和名、伊加比。】

 

△按ずるに貽貝は、參州〔=三河〕・勢州〔=伊勢〕に多く之有り。殻、蚌〔(どぶがひ)〕に類して灰黑色、肉、蚶〔(あかがひ)〕に類して微赤。海人、之を食ふに、或は纎(ほそ)く切り、曝し乾し、以て他方に送る。味、美ならず。微臭氣有り。

[やぶちゃん注:《本注のみ部分的に下線を引いている。》本種は現在呼称されているイガイとしてのイガイ目イガイ科ムラサキイガイMytilus galloprovincialis や、北海道太平洋岸のみに生息するイガイ中唯一の国産種キタノムラサキイガイ Mytilus trossulus では、ない(そもそも日本全土に生息域を拡大している前者は、大正期に侵入したものであるし、後者では生息域が矛盾する)。本種は現在のマルスダレガイ目ニッコウガイ上科シオサザナミ科ムラサキガイNattallia japonica を指していると思われる。イガイの名称は、錯綜している上に、ネット上での記載内容も「帰化動物のイガイ=ムール貝」と「従来のイガイ=ムラサキガイ」の混同によるものと思われるものが少なくない。イガイもムラサキガイも共に、アカガイや後述されるミルクイ(はたまたナガニシの軟体部等)と同じく、その殻がやや開いた形状が女性器に似ている(正直に言うとムラサキイガイは私には特にそれを連想させないのだが)。私は高校2年の時、社会見学で訪れた越前松島水族館の片隅に、ホルマリン漬けになった大型個体のムラサキガイNattallia japonica が埃をかぶって置かれて、「ニタリガイ」とラベルに妙に神妙に附してあるものを見たことがある。そうしてそれは、その後、成人後のある瞬間に、なるほど、と合点したものであった。]

 

***

ばかがひ

おふのかひ[やぶちゃん字注:ママ。]

馬鹿貝

 

正字未詳

【俗云婆

加加比】

【馬鹿之故事

出於秦趙高】[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行の下に入る。]

 

△按状類蚌而淡白肉類蚶而淡赤其味靭不可食凡人

 稱頑愚不見用者曰馬鹿此肉亦然故名惟采白丁食

《改ページ》

 之其形如指頭而白色或微赤味甘美也參州大野海

 濵多有之

 

 

ばかがひ

おふのかひ

馬鹿貝

 

正字、未だ詳らかならず。

【俗に婆加加比と云ふ。】

馬鹿の故事、秦の趙高より出づ。

 

△按ずるに、状、蚌〔(どぶがひ)〕に類して淡〔(うす)〕白く、肉は蚶〔(あかがひ)〕に類して淡く赤し。其の味、靭(しな/\)して食ふべからず。凡そ人の頑愚にして用い[やぶちゃん字注:ママ。]られざる者を稱して馬鹿と曰ふ。此の肉も亦然り。故に名づく。惟だ白-丁(はしら)を采りて之を食ふ。其の形、指頭のごとくして白色、或は微赤。味、甘美なり。參州〔=三河〕大野の海の濵に多く之有り。

[やぶちゃん注:バカガイMactra chinensis
 「馬鹿の故事、秦の趙高より出づ。」は、もとより著名なエピソードである。以下に、「史記」秦始皇帝本紀の該当原文と書き下し文と訳を示す。

 八月己亥、趙高欲為亂、恐群臣不聽、乃先設驗、持鹿獻於二世曰 、「 馬也。」。二世笑曰、「丞相誤邪。謂鹿爲馬。」。問左右、左右或默、或言馬以阿順趙高。或言鹿者。 高因陰中諸言鹿者以法。後群臣皆畏高 。

 八月己亥、趙高、亂を爲さんと欲するも、群臣の聽かざらんことを恐れ、乃ち先ず驗を設け、鹿を持ちて二世に献じて曰く、「馬なり。」と。二世笑ひて曰く、「丞相(じやうしやう)誤れるか。 鹿を謂ひて馬と爲す。」と。左右に問ふに、左右、或は默し、或は馬と言ひ以て趙高に阿(おもね)り順ふ。或は鹿と言ふ者あり。高、因りて陰(ひそ)かに、諸々の鹿と言ひし者に中(あた)るに法を以てす。後、群臣、皆高を畏る。

やぶちゃん訳:八月己亥(つちのとゐ)の日のこと、趙高は、内心、自身によるクーデターを画策しつつも、群臣が意に従わない時のことを憂慮した。そこでまず姦計を図って、二世皇帝胡亥(こがい)に鹿を献上して言った。「陛下、これは馬で御座います。」と。二世は笑いながら答えた。「丞相よ、お前は何を勘違いしておる? 鹿を馬と言うのか?」と。二世は群臣達に問いかけたところ、ある者は、黙ったまま何も言わず、また、ある者は「馬で御座います。」と答えて、趙高におもねって無条件に従った。それでもある者は、「鹿で御座います。」と正直に答えた。趙高はそこで秘かに、「鹿で御座います。」と正直に言った者たちを、合法的に罪に陥れて処刑してしまった。それより、群臣は皆、 趙高を畏れるようになった。


 さて、バカガイの和名の由来について、ここでは貝柱の旨さに比してあまりに不味い肉ゆえ(これは著しく不当な評価である! 私はバカガイの訴訟に特別弁護人として出廷する用意がある)と述べている。暫く、馬鹿命名談義をしよう。私は永く、捕獲時や弱りかけた固体が斧足を殻内に格納できずに、だらしなく舌のように垂らしている様からの差別和名(それが誤伝であっても、こうした解釈がなされてしまう第一級の差別和名である以上、「バカガイ」は「アオヤギ」という響きもよい和名に変更するべきと考えている)と思っていたが、台風の通過やしばしば漁にあって極端に多量捕獲されることがあることから、「バカ」を程度の甚だしい形容ととって、「やけに、バカ採れする貝」の意味というのも、私の実体験からしても充分信じられる(小学3年生の夏の終わり、由比ヶ浜、台風通過の翌日、完膚なきまでに破砕された海の家や漁船や漁師小屋の瓦礫の間から、私は驚くべき量の――親族一同で軽くバケツに6杯以上あった――バカガイ・アカガイ・シオフキを拾った。本当にバカみたいに簡単に多量に採れたし、バカガイは一様にバカガイらしく、その斧足をダラりと垂らしてもいたのだった)。更に江戸期に多く産した江戸湾の馬加(まくはり)〔=現在の幕張〕から「馬加貝」と呼ばれるようなったという説も、本叙述の最後の「大野の海の濵に多く之有り」から「おふのがひ(大野貝)」が、また同様に多産地であった千葉県青柳村から「アオヤギ」の地方名が生まれているとすれば、強ち一蹴はできない。その他、クツワガイやカムリガイという異名を持つこ奴、どうしてなかなか一筋縄では名を明かし得ぬ。たかが馬鹿、されど馬鹿である。]

 

***

みるくひ

海※[やぶちゃん字注:※=「陛」の(こざとへん)を「虫」に換える。]

 

東海夫人

淡菜 殻菜

【俗云美留久比

【和名抄用水松訓

美留或用海松字】[やぶちゃん字注:以上五行は、前二行の下に入る。]

 

本綱生東南海中似珠母一頭小中啣少毛南人好食

味甘美不宜多食燒食即苦先與少米煮熟後除去毛再

入蘿蔔或紫蘇或冬瓜同煮即更妙

△按海※似蚌而肥黑帶赤色有毛畧比鹿茸其頭生菜

[やぶちゃん字注:※=「陛」の(こざとへん)を「虫」に換える。]


 初微黄赤色味脆甘美老則深靑色名之淡菜故呼之

 曰淡菜喰其肉滿殻大者五六寸東海西海皆有之丹

 後切門海多有唯攝播泉紀之南海希矣

《改ページ》

みるくひ

海※[やぶちゃん字注:※=「陛」の(こざとへん)を「虫」に換える。]

東海夫人

淡-菜(みる) 殻-菜(みる)

【俗に美留久比と云ふ。「和名抄」に水松を用ひて美留と訓ず。或は海松の字を用ひたり。】

「本綱」に『東南海の中に生ず。珠母に似て、一頭は小さく、中に少なき毛を啣〔(ふく)〕む。南人、好みて食ふ。味、甘美。多く食ふ〔は〕、宜(よろし)からず。燒て食へば、即ち苦し。先づ少なき米と煮熟〔:十分煮込むこと。〕して後、毛を除き去り、再び蘿-蔔(だいこん)、或は紫蘇、或は冬瓜を入れて、同〔(とも)〕に煮れば、即ち更に妙なり。』と。

△按ずるに、海※は蚌〔(どぶがひ)〕に似て、肥黑に赤色を帶ぶ。毛有りて、畧ぼ鹿茸に比す。其の頭に菜生ず。初め微黄赤色、味、脆く甘美。老するときは則ち深靑色なり。之を淡-菜(みる)と名づく。故に之を呼びて淡-菜-喰(みるくい[やぶちゃん字注:ママ。])と曰ふ。其の肉、殻に滿つ。大なる者、五~六寸。東海・西海、皆之有り。丹後の切れ門(と)の海に多く有り。唯だ攝〔=摂津〕・播〔=播磨〕・泉〔=和泉〕・紀〔=紀州〕の南海には希なり。[やぶちゃん字注:※=「陛」の(こざとへん)を「虫」に換える。]

[やぶちゃん注:ミルクイTresus keenae。「ミル」は緑藻類のミルCodium sp.を指すが、しかし、勿論、ミルクイはミルを食べているわけでもなく、肥厚し体外に突出した水管部分に付着生育する海藻もミルばかりではない。
 「東海夫人」の別称は、その生貝の殻がやや開いた形状が、陰毛を含めた女性器のミミクリーであるからである。

 「珠母」は、現代中国語ではシロチョウガイやアコヤガイを含むPinctada sp.を指すようであるが、ミルクイとの殻の相似性があるとは余り思えない。同じマルスダレガイ科カガミガイPhacosoma japonicum 等も射程に入れるべきか。
 「肥黑」は、「肥」に「薄い」という意味があるので、薄黒いの意か。
 「鹿茸」は、漢方で鹿の成長途上の柔らかい角を干したものを言う。
 「丹後の切れ門」は、現在の天橋立。]

***

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○十四

うむきのかひ

海蛤

ハアイ タツ

 

【和名宇無

木乃加比】

【古者呼蛤曰

宇無木言蛤

之殻也】[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行の下に入る。]

 

本綱海蛤諸蛤爛殻之總稱不專指一蛤也海邊沙泥中

得之大者如棊子小者如油麻粒黄白色或黄赤相雜乃

諸蛤之殻爲海水※〔礱〕礪日久光瑩都無舊質蛤類至多不

[やぶちゃん字注:※=(へん)「石」+(つくり)「龍」。]

能分別其爲何蛤故通謂之海蛤修治藥入用【苦鹹】治欬

逆喘息水腫消渇五痔【勿用游波蟲骨真相似只是靣〔=面〕上無光誤餌之令人狂走惟醋解之】

△按海蛤之海字爲諸可見也

 近海官家競集諸蛤殻凡六百五十種而未盡或有名

 無蛤或有蛤未知名蓋如歌仙蛤源氏蛤等以和歌所

 稱者凡二百余種以翫弄之如有珍品則出貴價得之

 有一貝名縕奥貝【正字未詳】徑三寸許正圓白色帯微紅光

《改ページ》


 耀有二孔相双如眼當潮汐之時自孔吹潮水亦奇異

 也相貝經所謂如碧貝委貝能知雨霽亦不爲妄也【碧貝

 背上有縷勾唇雨則重霽則輕委貝赤而中圓雨則輕霽則重】其他不可勝計

 

 

うむぎのかひ

海蛤

ハアイ タツ

 

【和名、宇無木乃加比。】

古へは、蛤〔(はまぐり)〕を呼びて宇無木と曰ふ。言ふ心は〔:言わんとするところの意味は〕蛤〔(かひ)〕の殻なり。】[やぶちゃん注:「心」の字は「言」の送り仮名にある。]

 

「本綱」に『海蛤は諸蛤爛殻の總稱なり。專ら一蛤を指さざるなり。海邊沙泥の中に之を得。大なる者は棊〔=碁〕-子〔(ごいし)〕のごとく、小なる者は油-麻-粒(ごまつぶ)のごとし。黄白色、或は黄、赤、相雜る。乃ち諸蛤の殻、海水の爲めに※礪〔(ろうれい)〕し、日久しくして、光瑩〔(くわうえい)〕、都(すべ)て舊-質(もとのかたち)無し。蛤の類、至りて多く、其れ、何の蛤と爲ることを分別すること、能はず。故に通じて之を海蛤と謂ふ。修治して藥に入れ、用ふ。【苦、鹹。】欬逆〔(がいぎやく)〕・喘息・水腫・消渇五痔を治す。【游波蟲の骨を用ふること勿かれ。真に相似たり。只、是の面上は、光無し。誤りて之を餌〔(く)〕へば、人をして狂走せしむ。惟だ醋のみ之を解す。】』と。[やぶちゃん字注:※=(へん)「石」+(つくり)「龍」。]

△按ずるに、海蛤の「海」の字を、「諸」と爲す。見つべきなり。

 近頃(ちかごろ)、官家、競(きそ)ひて諸の蛤殻〔(かひがら)〕を集むるに、凡そ六百五十種にて、未だ盡きず。或は、名有りて蛤〔(かひ)〕無く、或は、蛤有りて、未だ名を知らず。蓋し歌仙蛤(がひ)・源氏蛤等のごとく、和歌を以て稱せらるる者、凡て二百余種。以て之を翫弄〔(がんろう=玩弄〕するがごとし。珍品有れば、則ち貴價を出して之を得。

 一貝有り。縕奥(うんをふ)貝と名づく【正字、未だ詳らかならず。】。徑〔(さしわた)〕り三寸ばかり、正圓にして、白色、微紅を帯び、光り耀き、二孔有り、相双〔(ならび)〕て眼のごとし。潮汐の時に當り、孔より潮水を吹く。亦、奇異なり。「相貝經」に所謂〔(いはゆ)〕る碧貝・委貝の、能く雨-霽(あめふるはるゝ)を知るがごときも、亦、妄ならざるなり【碧貝、背上に縷〔(る):糸のように細いすじ〕有り。唇、勾〔(ま)〕がる。雨、則ち重く、霽、則ち輕し。委貝は赤くして、中圓。雨、則ち輕く、霽、則ち重し。】。其の他、勝へて計らふべからず。

[やぶちゃん注:海産の斧足綱 Bivalvia 。但し、図中左上部には巻貝も含まれている。狭義には「蛤」は斧足類のみを指すのであろうが、実際には摩滅した腹足綱 Gastropoda 類の殻をも含んでの呼名であろう。いや、良安の縕奥貝以下の貝殻は、かえってタカラガイ類を感じさせさえする。また、良安の拠る所の「海」=「諸」説に従うならば、淡水産貝類の殼も含まれる。
 「古へは、蛤を呼びて宇無木と曰ふ」の「蛤」のみ「はまぐり」と訓じてよいと考える(本項目では後はすべて「蛤(かひ)」と訓じたい)。ハマグリの古名としての「うむぎ」については「文蛤」(ハマグリ)の項を参照。
 「爛殻」は、「光り輝く殻」で、光沢を持つ貝の総称。

 「※礪」は、本来、研石(といし)を指す。そこから、研ぎ磨くこと。
 「光瑩」は、つやつやと光り輝くこと。

 「修治」は、漢方薬の素材を採集し、洗浄・乾燥させ、その後に加工操作することを言う。
 「欬逆」は、咳によってのぼせること、またはそのような症状を引き起こす咳。
 「消渇」は、口が渇き、多飲多尿を示す症状で、糖尿病を指すと思われる。
 「五痔」は、牡痔(外痔核)、牝痔(内痔核)、脈痔(切れ痔)、腸痔(脱肛)、血痔(血便を伴う内痔核)の五種を指す。
 「游波蟲の骨」は、後述される有毒とするタコブネの殻か、イカの甲等を指すか、もしくは漢方でサンゴの骨格や軽石を指す海浮石かとも疑われるが、毒性を強調しており、不詳である。「游波蟲」をネットで検索しても、以下に当該の原文に近いと思われる(ネット上の繁体字ページ「急救良方」の一部)『游波蟲毒、凡食海蛤、慎防游波蟲。其殼骨相似、惟以面上無光可辨。若誤食之、令人狂走欲投水、似有祟状、惟醋解之立愈。』という記載と、「南北朝時期名醫輩出的徐氏家族」というページの「徐之才」という医師についての叙述の中に「蛤精疾」という病名を記し、『並説這是乘船入海,垂脚水中所致、於是下刀為患者剖出蛤精子(可能是海中一種叫游波蟲的小動物)二枚、大如楡莢。』と記す二件のみしか上がってこない。なお後者は、体色の透明度が高く、刺胞毒の強いクラゲによるクラゲ刺症(最後の『剖出蛤精子二枚、大如楡莢』)は刺傷部に付着した触手(刺胞)体を摘出した臨場感がある)についての記述ではないかと疑われる。アカクラゲChrysaora melanasterやカツオノエボシPhysalia physalis等の刺胞毒強いクラゲの刺胞は、死後乾燥しても有効性を持つことは、その粉砕物を忍者が用い、アカクラゲをハクションクラゲと称したりすることで、人口に膾炙しているが、どう考えても、それが貝殻と「真に相似」てはいない。本件については、中国語に堪能な職場の同僚の助けを借りて調査を続行中である。
 縕奥貝、碧貝、委貝等も全くお手上げで(後者の二種は気象庁が是非欲しいところであろう)、まさに「其の他、勝へて計らふべからず」(その他の種についての記述は、数え上げて挙げれば切りがないほどである)、識者の情報を切に願うものである。]

 

***

よなき

ながにし

香螺

ヒヤン ロウ

 

流嬴【螺與嬴

   同字】

【俗云長螺

一云倍奈太礼】

【今云夜啼螺

今云豆布】[やぶちゃん字注:以上六行は、前四行下に入る。]

 

本綱流螺其屬名甲香生南海處處有之小者爲佳其大

如小拳靑黄色長四五寸諸螺之中此肉最厚【甘冷】大者

如甌靣〔=面〕前一邊直※1長數寸圍殻※2有刺其厴雜衆香

[やぶちゃん字注:※1=「欃」の(つくり)の上を「免」に換える。※2=「山」+「吾」。]

燒之益芳獨燒則臭醫家稀用惟合香者用之【沈香白檀龍腦麝香

之類同用之尤佳甲香善管香烟也】

△按香螺状似辛螺而口長其肉白軟甘美蓋海〔→流〕嬴【和名豆比】

 總名也今人以香螺曰豆布【豆比通音】世俗隱婦人陰戸稱

《改ページ》

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○十五

貝又轉曰豆比亦然

 

 

よなき

ながにし

香螺

ヒヤン ロウ

 

流嬴〔(りうら)〕【螺と嬴は同字。】

【俗に長螺(ながにし)と云ふ。一に倍奈太礼〔(へなたれ)〕と云ふ。】

【今、夜啼螺(よなき)と云ふ。今、豆布〔(つぶ)〕と云ふ。】

 

「本綱」に『流螺、其の厴〔(へた)〕を甲香(かいかう)と名づく。南海に生ず。處處に之有り。小さき者、佳と爲す。其の大きなるもの、小さき拳(こぶし)のごとく、靑黄色、長さ四~五寸。諸螺の中に此の肉、最も厚し【甘、冷。】。大なる者、甌(わん)のごとく、面前の一邊、直に※1(をさ)へ、長さ數寸、圍□□殻、岨-※2(たかひく)ありて、刺〔(は)〕り有り。其の厴、衆香に雜(まじ)へて之を燒けば、芳を益す。獨り燒く時は則ち臭し。醫家、用ゐること稀に、惟だ香を合する者、之を用ふ【沈香〔(ぢんかう)〕白檀〔(びやくだん)〕龍腦〔(りゆうなう)〕麝香〔(じやかう)〕の類と同じく〔:共に〕之を用ひて尤も佳し。甲香、善く香烟〔(かうえん)〕を管する〔:つかさどる、支配する、調整する。〕なり。】。』と。[やぶちゃん字注:※1=「欃」の(つくり)の上を「免」に換える。※2=「山」+「吾」。]

△按ずるに、香-螺(よなき)は、状、辛螺(にし)似て而も口長く、其の肉、白く、軟かにして甘美なり。蓋し流嬴【和名、豆比〔(つび)〕。】は總名なり。今の人、香螺を以て豆布【豆比の通音。】と曰ふ。世俗、婦人の陰戸を隱して〔:隠語で〕貝(かい〔ひ〕)と稱す。又、轉じて豆比と曰ふ。亦然り。

[やぶちゃん注:ナガニシ Fusinus perplexus。但し、ヨナキと呼称する場合、コナガニシ Fusinus ferrugineus も含まれる。「へなたれ」はヘナタリで、現在、別種のウミニナの仲間である小型種 Cerithidea cingulata を指し、「つぶ」は現在、逆に一般に食用とする腹足類(巻貝)の総明として用いられいる傾向さえある(呼名の先祖返り?)。「甲香」=「貝香」は、記述中にも現われ、次事項として立てられてもいる辛螺=アカニシRapana venosa の厴を原料とした保香剤であると一般には理解されている。しかし実際には、以上に記した呼名や指し示す対象は、現在も非常に混同して用いられており、甲香にしても広く本種や他のニシ、ウミニナの厴も用いられて来たし、現在も用いられていると考える方が自然な気がする。
 「大なる者、甌(わん)のごとく、面前の一邊、直に※1(をさ)へ、長さ數寸、圍□□殻、岨※2(たかひく)ありて、刺〔(は)〕り有り。」の部分は、平凡社東洋文庫版では、「肉は甌(わん)の面前一辺は真直ぐにのびて長さは数寸、囲殻は岨※2(たかひく)あって刺がある。」と訳しており、「圍」の判読不能の訓点は訳には表われていない。「甌」は音(オウ)で、小さい鉢・深い椀・口が大きく平たい鉢・小さい甕等を指す。
 「沈香」は、ジンチョウゲ科の常緑高木
Aquilaria agallocha等の生木または古木を土中に埋め、腐敗させて製したもの。最優品を伽羅(きゃら)という。
 「白檀」は、ビャクダン科の半寄生性常緑小高木ビャクダン
Santalum albumから得られる材及び香料の名。材は黄色味がかった白色で強い芳香を持つ。仏像・美術品・扇子・線香等に使用。白檀油をとり香料にもする。栴檀(せんだん)はこの白檀の中国名。
 「龍腦」は、樟脳(しょうのう)に似た芳香をもつ無色の昇華性結晶。フタバガキ科リュウノウジュ
Dryobalanops aromatica等の木材を蒸留、もしくは人工的に樟脳やテレビン油から合成する香料。
 「麝香」は、シカ科ジャコウジカ亜科のヤマジャコウジカ
Moschus chrysogaster等の香嚢(麝香腺)の分泌物を乾燥したもの。香水の原料にしたり、漢方で興奮・強心・鎮痙薬等に用いる。ムスク。]

 

***

にし

あぎ

蓼螺

リヤ゜ウ ロウ

 

大辛螺【和名阿木】

赤口螺【同】

小辛螺【和名仁之】

蓼螺【同】[やぶちゃん字注:以上五行は、前四行の下に入る。]

 

本綱蓼螺紫色有斑文肉味辛辣如蓼

△蓼螺似榮螺而尻尖頭亦一端長尖外色黄白帶微赤

 其厴如田螺厴而外色黄白總殼内赤色肉味【甘】如榮

 螺其腸靑黑味甚辛辣

赤辛螺 殻内外正紅其殻燒灰入藥傳〔→使〕瘡腫玅或作藥

 鹽其法取辛螺殻盛鹽燒于炭火上采蘩蔞汁頻頻加

 入能燒調去火氣碎末塗牙齒甚佳含口洗眼亦可

凡辛螺榮螺殻有尖角無亦有之若夫牝牡之別乎

《改ページ》

 

 

にし

あぎ

蓼螺

リヤ゜ウ ロウ

 

大辛螺【和名、阿木。】

赤口螺【同。】

小辛螺【和名、仁之。】

蓼螺〔(れうら)〕【同。】

 

「本綱」に『蓼螺は、紫色。斑文有り。肉味、辛辣、のごとし。』と。

△蓼螺は、榮螺に似て、尻尖り、頭亦一端、長く尖り、外の色、黄白、微赤を帶ぶ。其の厴〔(へた)〕、田螺〔(たにし)〕のごとし。厴の外色、黄白、總殼の内、赤色。肉味【甘。】、榮螺〔(さざゑ)〕のごとし。其の腸、靑黑、味、甚だ辛辣なり。

赤辛螺(あかにし) 殻の内外、正紅。其の殻、灰に燒きて、藥に入れ、瘡腫に使ふ。玅〔=玄妙〕なり。或は藥鹽に作る。其の法、辛螺殻を取りて、鹽を盛り、炭火の上に燒く。蘩蔞(はこべ)の汁を采り、頻頻〔(ひんぴん):絶え間なく〕に加へ入れ、能く燒き調へ、火氣を去り、碎末にして牙齒に塗りて、甚だ佳し。口に含みても、眼を洗ふも、亦可なり。

凡そ辛螺(からにし)・榮螺殻、尖(とが)り角(つの)有り。無きも亦、之有り。若し夫れ牝牡の別か。

[やぶちゃん注:アカニシRapana venosa。「蓼螺」は古くから広くニシ類全体の総称であった。最後にある有角無角の推論は、誤り。サザエ等は同種であっても、生息域が外洋に面し波浪が強ければ有角となり、比較的波の穏やかな内湾のものは無角となる。
 「蓼」はタデ科ヤナギタデ
Persicaria hydropiper。通常、ただ単にタデと言った場合、本種を指す。「蓼食う虫も好き好き」の蓼もヤナギタデ。
 「蘩蔞」はナデシコ科ハコベ属
Stellariaの総称。ここに記載されたものは、日本独自の民間療法としての「はこべ塩」と呼ばれるもので、歯茎が腫れて痛む際に、江戸時代までは広く処方された。

 

***

さゝゑ

     【和名佐左江】

榮螺

 

和名抄載食經云榮螺子似蛤而圓者也

△按蚌長蛤團螺曲尖此物螺之屬而不似蛤體團而尾

 盤曲尖外灰皂〔皁〕色岨※内白口圓深厴圓厚堅白色有

[やぶちゃん字注:※=「山」+「吾」。]

 細小鮫粒裏赤褐色滑煮之脱厴其肉一端黑一端黄

 而中白尾長盤屈碧色而包腸肉味甘而硬厚去腸尾

 切和醤油再盛殻煮熟之食謂之壺熬攝泉之産小而

 圓殻背不甚麁無角味最勝或生投炭火俟厴開和醤

 酒煮而食腸苦而亦佳謂之苦燒諸螺之中特充上饌

 關東之産殻有角而大

《改ページ》

 

 

さゞゑ

     【和名、佐左江。】

榮螺

 

「和名抄」「食經」を載せて云ふ、『榮螺子は蛤に似て圓き者なり。』と。

△按ずるに蚌〔(ばう)〕は長く、蛤〔(かう)〕は團く、螺〔(ら)〕は曲り尖る。此の物、螺の屬にして蛤に似ず、體、團くして、尾、盤-曲(めぐ)り尖り、外、灰皁〔=黒〕色。岨-※(たかひく)あり。内、白く、口、圓く深く、厴(へた)、圓く厚く堅く白色にして、細小なる鮫粒〔:鮫肌のような粒状突起〕有り。裏、赤褐色、滑かなり。之を煮て、厴を脱〔(のぞ)〕き、其の肉、一端は黑く、一端は黄にして、中は白く、尾は長く、盤-屈(めぐ)りて、碧色にて腸を包む。肉味、甘くして、硬く、厚し。腸・尾を去りて切りて、醤油を和して再たび殻に盛り、之を煮熟して食ふ。之を壺熬〔(つぼいり or つぼやき)〕と謂ふ。攝〔=摂津〕・泉〔=和泉〕の産は、小さくして圓く、殻背、甚だ麁〔(もろ)〕からず。角(つの)無く、味、最も勝れり。或は生ながら炭火に投じて、厴開くを俟〔(ま)〕ちて、醤酒に和して、煮て食ふ。腸、苦く、而も亦佳なり。之を苦燒〔(にがやき)〕と謂ふ。諸螺の中、特に上饌に充つ。關東の産、殻、角有りて、大なり。[やぶちゃん字注:※=「山」+「吾」。]

[やぶちゃん注:サザエTurbo (Batillus) cornutus。なお、最後の有角の話題は前項「蓼螺」の後注最後を参照されたい。私はここで初めて内蔵を除去したものを壷焼きと称するのが正しいことを知った。
 「和名抄」は正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
 「食經」は「崔禹錫食經」で唐の崔禹錫撰になる食物本草書。前掲の「倭名類聚鈔」に多く引用されるが、現在は散佚。後代の引用から、時節の食の禁忌・食い合わせ・飲用水の選び方等を記した総論部と、一品ごとに味覚・毒の有無・主治や効能を記した各論部から構成されていたと推測される。]

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○十六

たにし

たつび

田螺

テン ロウ

 

螭螺【田中螺其有稜

者謂之

螭螺】

【和名太都比

俗云太仁之】[やぶちゃん字注:以上五行は、前四行下に入る。]

 

本綱田螺生水田中及湖瀆岸側状類蝸牛而尖長靑黄

春夏采之肉視月盈※〔虧〕故王充云月毀於天螺消於淵

[やぶちゃん字注:※=「虧」の(へん)を「虚」に換える。]

肉【甘大寒】 煮食通大小便治浮腫搗爛貼臍亦佳取汁搽

 痔瘡脇臭燒研治瘰癧癬瘡

△按田螺二三月腸内抱子一箇有三五子其大可米粒

 而備母形母出半殻則子隨之蠢于泥中土人取之養

 於水盤使泥吐出煮熟肉和蒜味醤食味美也多食令

 人腹痛相傳曰長途行人田螺煮乾貯之毎一箇食則

 令不中於異郷水飲

 又云用田螺肉爲糊繼破磁噐永不離

《改ページ》

 

 

たにし

たつび

田螺

テン ロウ

 

螭螺〔(ちら)〕【田の中の螺、其の稜有る者、之、螭螺と謂ふ。】

【和名、太都比。俗に太仁之と云ふ。】

 

「本綱」に、『田螺は水田の中及び湖・瀆岸〔(とくがん):大河の岸〕の側に生ず。状、蝸牛(かたつぶり)に類して、尖り長く、靑黄。春・夏に之を采る。肉、月の盈虧〔(えいき):月の満ち欠け〕に視(なぞら)ふ。故に王充が云ふ。『月、天に毀(か)け、螺、淵に消す。』と。[やぶちゃん字注:※=「虧」の(へん)を「虚」に換える。]

肉【甘、大寒。】 煮て食ふ。大小便を通じ、浮腫を治す。搗爛〔(たうらん):ついて焼くこと〕して、臍に貼りて亦佳し。汁を取りて痔瘡・脇臭〔(わきが)〕に搽〔=塗〕る。燒き研(おろ)し、瘰癧〔(るいれき)〕癬瘡〔(せんさう)〕を治す。』と。

△按ずるに、田螺は、二~三月、腸内に子を抱く。一箇に三~五子、有り。其の大きさ米粒ばかり、而れども、母の形を備ふ。母、半殻を出づれば、則ち子、之に隨ひて泥中に蠢(うごめ)く。土人、之を取りて、水盤に養ひ、泥を吐き出さしめ、煮熟し、肉に蒜〔(のびる)〕・味醤〔(みそ)〕に和して食ふ。味、美なり。多食せば、人をして腹痛せしむ。相傳へて曰ふ、『長途の行-人(たびゞと)、田螺、煮乾して之を貯へ、毎一箇食へば、則ち異郷の水飲に中〔(あた)〕らず。』と。

 又云ふ、田螺の肉を用ひて糊と爲し、破-磁-噐〔=器〕(われたるやきもの)を繼ぐに、永く離れずと。

[やぶちゃん注:日本産現生種はマルタニシBellamya (Cipangopaludina) chinensis laeta、オオタニシBellamya (Cipangopaludina) japonica、ヒメタニシBellamya (Sinotaia) quadrata histrica、ナガタニシHeterogen longispira の4種である。卵胎生の叙述は正しく、実際の水盤での観察に基づくものと思われ、良安の堅実さを感ずる箇所である。
 「王充」は、後漢の文人・思想家。手厳しい儒教批判で知られる。本文で時珍が引用するのは、東洋文庫版注によれば、彼の代表作「論衡」の一節。

 「搗爛して、臍に貼りて亦佳し」については、李氏朝鮮時代の医師許俊(ホ・ジュン)の著わした「東醫寶鑑」に臍風(さいふう)に利く薬として五通膏を挙げ、生地黄(なまじおう:ゴマノハグサ科カイケイジオウの新鮮な塊状根)・生姜・葱白(そうはく:ネギ)・蘿葡子(らいふくし:ダイコンの成熟種子)・田螺肉を搗いて臍の上に貼る、とある。この「臍風」については、江戸の教訓書「をむなかがみ」に小児の病として「はぐきのうへにあはつぶのことくなるものいできないてちをのまざるを臍風」とあり、ヘルペスの一種かと思いきや、初生児破傷風というおどろおどろしい病名を附す解説もあるようだ。
 「瘰癧」は、頸部リンパ節での結節・腫脹を言うが、おもに結核性のものを指す。
 「癬瘡」は恐らく疥癬(かいせん)を言うか。無気門亜目ヒゼンダニ科のヒゼンダニ
Sarcoptes scabieiが寄生することによる皮膚感染症。
 「蒜」は「野蒜」で、ユリ科ネギ属ノビル
Allium macrostemonを指す。

 最後の下線部分は、長旅をする人は、故郷で産する田螺(ただの田螺ではなく)を採って、煮て乾したものを携帯し云々とするのが正確な記述と思われる。]

 

***

ばひ

     【俗云波比】

海螄

 

△按海螄生海中小螺也色形似田螺而堅大於田螺春

 夏最多出其肉上黑中白盤曲隨殻有蒼腸去腸煮食

 之【甘鹹】商賣毎除夜及歳始爲必用酒肴言取千倍万

 倍貨殖之祝乎紀州熊野之産大而厚其大者長三寸

 許小兒取其殻打去頭尖令平均纏細苧繩舞之爲戯

 

 

ばひ

     【俗に波比と云ふ。】

海螄

 

△按ずるに、海螄は、海中に生ずる小さき螺なり。色・形、田螺(たにし)似て堅く、田螺より大なり。春・夏に最も多く出づ。其の肉、上、黑く、中、白く、盤-曲(めぐり)て殻に隨ふ。蒼き腸有り。腸を去りて煮て之を食ふ【甘、鹹。】。商賈〔(しやうこ):商店〕、除夜及び歳始の毎に、必用の酒肴と爲す。言ふ心は[やぶちゃん字注:「心」の字は送り仮名にある。:言わんとするところの意味は]、千倍・万倍貨殖の祝を取るか。紀州熊野の産、大にして厚し。其の大なる者、長さ三寸ばかり。小兒、其の殻を取りて、頭尖を打ち去り、平均ならしめて、細き苧繩〔(をなは)=あさなは〕を纏〔(まと)〕ひて、之を舞はして戯と爲す。

[やぶちゃん注:バイBabylonia japonica。後半はベイゴマ(ベーゴマ。本来バイゴマ・バイマハシ=貝独楽・貝廻しと言った)のルーツについて記述されている。Wikipedia」の「バイ」の記述によれば、現在の『鋳鉄製のものにもその名残としてバイの殻を模した渦巻き模様が彫られている。本来の貝独楽は、バイの殻の下半を壊した後、研ぐなどして螺塔部のみを残し、そこに砂や溶けた鉛などを流し込んだあと断面を蝋などで固め塞ぎ、朱などを塗って作ったと言われる。』とある。
 「貨殖の祝を取るか」は、財貨が殖えることを願っての祝詞(ことほぎ)の意味に用いるのであろうか、という意味。

 折角なので、巻十七の独立項の「海螺弄」をテクスト化する(体裁は本頁の書式に従った)。

■和漢三才圖會 嬉戯 卷ノ十七 ○十三

[やぶちゃん注:冒頭の「獨樂」の項は省略。]

ばいまはし[やぶちゃん注:ママ。]

海螺弄

《改ページ》

△按不知始何時田夫野子所弄也用海螺空殻研平頭

 尖摩圓尻尖卷絲繩引舞之席盆中二三螺以爲勝負

 所撃出者爲負其先入者曰伊加後入者曰乃宇如撃

 合同出謂之張張則伊加爲勝凡出於熊野海螺厚堅

 也【詳見于蛤螺下】

ばいまはし[やぶちゃん注:ママ。]

海螺弄

《改ページ》

△按ずるに何の時より始むることを知らず。田夫野子〔=田夫野人〕の弄ぶ所なり。海-螺〔(ばひ)〕の空-殻(から)を用ひ、平頭の尖りを研ぎ、尻尖りを摩(す)り圓(まろ)め、絲繩を卷き、引きて之を席〔(むしろ)〕・盆中に舞はす。二~三螺を以て勝負に爲す。撃ち出づる所の者を負けと爲す。其の先づ入る者を伊加〔(いか)〕と曰ひ、後に入る者を乃宇〔(のう)〕と曰ふ。如〔(も)〕し撃ち合ひ同じく出づる〔ときは〕、之を張る謂ふ。張る時は、則ち伊加を勝ちと爲す。凡そ熊野より出づる海螺、厚くして堅なり【詳しくは蛤螺〔(かうら)〕の下を見よ。】。

[やぶちゃん注:部立の「嬉戯」(きぎ)とは、楽しそうに遊び戯れることで、遊戯と同義である。

 

***

みな

にな

蝸螺

クワアヽ ロウ

 

螺螄【本草】蜷【俗字】

河貝子【崔氏食經】

爛殻名鬼眼

【和名美奈

俗云仁奈】[やぶちゃん字注:以上六行は前四行下に入る。]

《改ページ》

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○十七

 

本綱蝸螺生溪水中小于田螺上有稜大如指頭而殻厚

於田螺惟食泥水春月人采置鍋中蒸之其肉自出煮食

之清明後其中有蟲不堪用矣此物難死誤泥入壁中數

年猶活也

肉【甘寒】利大小便治水腫黄疸醒酒痔脱肛【小便不通者抹泥敷足心】

 

 

みな

にな

蝸螺

クワアヽ ロウ

 

螺螄〔(らし)〕【「本草」〔=本草綱目〕。】蜷【俗字。】

河貝子【「崔氏食經」。】

爛殻を鬼眼睛と名づく。【和名、美奈。俗に仁奈と云ふ。】

 

「本綱」に、『蝸螺は溪水の中に生ず。田螺より小にして、上に稜有り。大きさ、指の頭のごとくして、殻、田螺より厚し。惟だ泥水を食ふ。春月、人采りて、鍋中に置きて之を蒸せば、其の肉、自づと出づ。煮て之を食ふ。清明の後は、其の中に蟲有り。用に堪へず。此の物、死に難く、誤りて壁の中に泥-入(ぬりい)るれ□□〔ども〕數年にして猶ほ活すなり。

肉【甘、寒。】 大小便を利し、水腫・黄疸〔を治し〕、酒を醒まし、痔・脱肛を治す【小便通ぜざる者は、抹泥にして足心〔:土踏まずのこと〕に敷く。】。』と。

[やぶちゃん注:カワニナ科カワニナ属Semisulcospira sp.(最も一般的なカワニナは和名カワニナSemisulcospira libertina libertina)。爛殻(つやつやした貝殻)を鬼眼睛と名づけるとあるが、「鬼眼睛」という名は後出するスガイTurbo (Lunella) coronatus coreensis の別名としての方が一般的である。カワニナは吸虫綱二生(にせい)目前口(ぜんこう)亜目の肺吸虫(肺臓ジストマ)ウェステルマンハイキュウチュウParagonimus westermanii、及び二世吸虫亜綱後睾吸虫(こうきゅうちゅう)目後睾吸虫上科異形吸虫(いけいきゅうちゅう)科の横川吸虫ヨコカワキュウチュウMetagonimus yokokawai等の第一中間宿主であるとなるため(但し、ここから直接人体に感染はしないとされる)、本記載の「清明の後」(旧暦3月の清明祭。現在の4月初旬)には「其の中に蟲有り。用に堪へず。」というのが、これらの寄生虫がカワニナの体表を破って第二中間宿主に移る時期と一致しているとすれば、鋭い観察であると言えるのではあるまいか。寄生虫学の識者の指摘を待つ。
 「崔氏食經」とは、「崔禹錫食經」で唐の崔禹錫撰になる食物本草書。「倭名類聚鈔」に多く引用されるが、現在は散佚。後代の引用から、時節の食の禁忌・食い合わせ・飲用水の選び方等を記した総論部と、一品ごとに味覚・毒の有無・主治や効能を記した各論部から構成されていたと推測される。

 

***

ほらのかひ  

寶螺


梭尾螺

【俗云保良

 乃加比】[やぶちゃん字注:以上三行は、前二行の下に入る。]

 

本綱梭尾螺形如梭今釋子所吹者

△按寶螺状似海螄而大白黄色有淺紫斑大者一二尺

 小者二三寸五六旋盤屈尾窄尖其肉淡赤味短不食

 人待肉稍出以繩急縳肉則懸屋檐經日螺乾死殻自

 脱取之穿尾尖作口吹之其聲嘹喨用最大者爲本朝

《改ページ》

 軍噐吹之進先鋒之兵修驗行者毎山行吹之爲同行

 之導且防狸狼之害凡非地震而山岳暴有崩裂者相

 傳云寶螺跳出而然也如遠州荒井之今切者處處大

 小有之龍乎螺乎未知其實焉                 行圓

     夫木 山伏の腰に付たるほらの貝ふくるをまゝの秋のよの月

 

 

ほらのかひ

寶螺


梭尾螺〔(ひびら)〕

【俗に保良乃加比と云ふ。】

 

「本綱」に『梭尾螺の形、梭〔(ひ)〕のごとし。今、釋子〔:僧侶〕、吹く所の者なり。』と。

△按ずるに、寶螺は、状、海螄〔(ばひ)〕に似て大きく、白黄色、淺紫の斑有り。大なる者は一~二尺、小なる者、二~三寸。五~六旋、盤屈して、尾、窄〔(せま)〕く尖り、其の肉、淡赤。味、短〔(とぼし)〕く食はず。人、肉のやや出るを待ちて、繩を以て、急に肉を縳り、則ち屋-檐(のき)に懸け、日を經れば、螺、乾き死し、殻、自ら脱す。之を取りて、尾の尖りを穿(ほ)り、口を作り、之を吹く。其の聲、嘹喨〔(りやうりやう)=喨喨:音が明るく澄んで鳴り響くさま〕たり。最も大なる者を用ひて、本朝の軍噐〔=器〕と爲し、之を吹きて、先鋒の兵を進む。修驗行者〔(しゆげんぎやうじや)〕、毎〔(つね)〕に山行〔(やまぎやう)〕に之を吹きて、同行〔(どうぎやう)〕の導(みちび)きを爲し、且つ狸・狼の害を防ぐ。凡そ地震に非ずして山岳暴(にはか)に崩(くづ)れ裂(さ)くる者〔(こと)〕有り。相傳へて云ふ、『寶螺、跳り出でて然り。』と。遠州〔=遠江〕荒井の今切のごとき者の處處に、大小の之有り。龍か螺か、未だ其の實を知らず。

「夫木」 山伏の腰に付たるほらの貝ふくるをまゝの秋のよの月 行圓

[やぶちゃん注:ホラガイCharonia tritonis。最後のホラガイと山崩れの民俗については、俗信として修験者の用いた法螺貝が長年深山幽谷に埋もれ、それが精気を得て海中に戻り入る時、山崩れが起きるという俗信があるようである。
 「梭」は、織機で、横糸とする糸を巻いた管を、舟形をした胴部の空所に収めた附属器具。端から糸を引き出しながら縦糸の間を左右にくぐらせる。
 「遠州荒井の今切」とは、現在の静岡県新居町付近を指すか。浜名湖は遠州灘とつながっているが、これは約五百年程前の地震と津波により最南端の地峡が決壊した結果である。この開口部の渡しを「今切の渡」と呼んだ。
 末尾に記された和歌は「新編国歌大観」(静嘉堂文庫本を使用している)の「夫木和歌抄」(1310年頃成立した藤原長清撰になる私撰和歌集。)に所収せず、現在のところ該当歌や類型歌を他でも見出せていない。行円上人は皮聖(かわひじり:一年中鹿皮の衣を着ていた)と呼ばれた平安中期の天台宗の名僧。「山伏の腰に付たるほらの貝」は「ふく」(吹く)を引き出す序詞で、「ふくる」は、「吹く」と、秋の夜が「更ける・深ける」の掛詞である。「まゝの」は「儘の」で、どうしようもなくなって物事を成り行きまかせに放っておく意。とりあえず士は秋哀しむの詩経にならって訳しておく。

やぶちゃん訳:山伏が腰に付けている、あのホラガイ、ホラガイを吹く、ああ、どうしようもなく深く更けてゆく、この愁いに満ちた秋の夜の月よ……。

最後に折角なので、巻十九の独立項の「寶螺」をテクスト化する(体裁は本頁の書式に従った)。


■和漢三才圖會 神祭 佛噐〔=器〕 卷ノ十九 ○十一

[やぶちゃん注:冒頭の「木魚」の項の最終八行及び後半の「如意」の項前部は省略。]


ほらのかい[やぶちゃん注:ママ。]法蠃 梵貝

寶螺               海螺

パウ ロウ

 

三才圖會云海螺即螺之大者吹作波囉之聲蓋彷彿於

《改ページ》

千手經云若爲召呼一切諸天善神者當吹寶螺

△按寶螺即梭尾螺貝也【詳見于介甲類】吹之聲大而軍中用之

 可告士卒進退修驗行者常用之有入山野則吹之避

 狼狸携錫杖逐※蛇共良噐〔=器〕也

[やぶちゃん字注:※=「虫」+「兀」。]           行圓

     夫木 山伏の腰に付たるほらの貝ふくるをまゝの秋のよの月

ほらのかい[やぶちゃん注:ママ。]法蠃 梵貝

寶螺               海螺

パウ ロウ

 

「三才圖會」に云ふ、『海螺は即ち螺の大なる者。吹けば波囉(ハウロウ)の聲を作る。蓋し笳(〔ひ〕ちりき)に彷-彿(さもに)たり。』と。

「千手經」に云ふ、『若〔(も)〕し一切の諸天善神を召(よ)び呼(よ)ばんと爲すは、當に寶螺を吹くべし。』と。

△按ずるに、寶螺は、即ち梭尾螺〔(ひびら)〕の貝なり【詳しくは介甲類を見よ。】。之を吹けば、聲、大にして、軍中に之を用ひて士卒の進退を告ぐべし。修驗の行者、常に之を用ふ。山野に入ること有らば、則ち之を吹きて、狼狸〔(らうり)〕を避く。錫杖〔(しやくぢやう)〕を携(つ)いて、※蛇〔(きだ)〕を逐ふ。共に良器なり。[やぶちゃん字注:※=「虫」+「兀」。]

  「夫木」 山伏の腰に付たるほらの貝ふくるをまゝの秋のよの月 行圓

[やぶちゃん注:行円の引用歌は全く同一。
 「波囉(ハウロウ)」は、“bō luó”という中国音を示しているので、カタカナ表記のままとした。意味は不明であるが、擬音語であろう。
 「笳」は篳篥(ひちりき)で、雅楽の管楽器の一つ。奈良初期に中国から伝来した縦笛の一種。「和漢三才図会」巻十八「觱篥(ひちりき)」の項に同義語として「笳管」(かかん)を掲げている。「笳」は本来は中国の異民族である胡人の葦笛を指す字である。
 『「千手經」』は、観世音菩薩の慈悲心を称える陀羅尼経で、漢訳本としては唐の伽梵逹磨(がぼんだるま)のものが著名である。
 「※蛇」[※=「虫」+「兀」]の「※」は、蝮(まむし)を意味する。両字で広義に蛇を指していよう。]


***

あふむかひ

鸚鵡螺

イン ウヽ ロウ

 

本綱鸚鵡螺形如鸚鵡頭其質白而紫也肉常離殻出食

出則寄居蟲入居還則蟲出也肉爲魚所食則殼浮出人

因取之作杯

△按鸚鵡螺希有之形色甚美也以爲鉤花生佳

 

 

あふむがひ

鸚鵡螺

イン ウヽ ロウ

 

「本綱」に『鸚鵡螺は、形、鸚鵡の頭のごとし。其の質〔(きぢ):下地〕、白くして紫なり。肉、常に殻を離れ、出でて食ふ。出づるときは、則ち寄居蟲(がうな)入り居(を)り、還るときは、則ち蟲、出づ。肉、魚の爲に食(くら)はる、殼、浮き出づ。人、因りて之を取り、杯(さかづき)に作る。』と。

△按ずるに、鸚鵡螺は、希に之有り。形・色、甚だ美(うつく)し。以て鉤(つり)花生(いけ)と爲るに佳し。

[やぶちゃん注:図は拙劣で、実物と大きく隔たるが、現在のオウムガイNautilus sp.と見てよいであろう。時珍の肉と寄居蟲の描写は勿論、誤りではあるものの、死殻ではなく、生態を見たか、もしくは正しい生態を伝え聞いたかと思われ、多くの触手腕や帽子状のその基部、特有の眼球等を寄居蟲と見たのは、言い得て妙である。フィリピン・フィジー・パラオ及びパプア・ニューギニア等の南西太平洋からインド洋にかけてのサンゴ礁が発達する熱帯域の水深150~300mの範囲に生息し、日本近海には産しないが、記述通り、死んで殻だけになった際、構造上の浮力のために海上に浮かび上がり、海流に乗って日本の沿岸にも漂着する。私はこのオウムガイのフォルムが大のお気に入りだ。コナン・ドイルの「海底二万哩」は原作も好きだし、映画化されたディズニーの、まさにノーチラス号のあのフォルムも、シビレる!
 「鸚鵡」は、オウム目Psittaciformesオウム科Cacatuidaeに属する鳥の総称である。オウム目の綴りが違うのはインコ科Psittacidaeとともにオウム目を構成するからである。]

***

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七   ○十八

ほや

老海鼠  【和名保夜】

 

△按老海鼠【和名抄入魚類以爲海鼠之老者乎】

 松前津輕海洋中有之引

 網取之形圑大者六七寸周八九寸殼淡赤全躰肬多

 有而如海鼠之肬頭尾等難辨有少裂口從口縱破取

 肉其肉亦淡赤色【甘鹹寒】

 香似海鼠之氣而有透頂香氣

 味以熬酒食或爲醤送于他邦

 

 

ほや

 

老海鼠  【和名、保夜。】

 

△按ずるに、老海鼠【「和名抄」は魚類に入る。以て海鼠の老いたる者と爲すか。】、松前津輕の海の洋中に之有り。網を引きて之を取る。形ち圑く、大なる者は六~七寸、周り八~九寸。殼、淡赤、全躰に肬(いぼ)多く有りて、海鼠(なまこ)の肬(いぼ)のごとし。頭尾等しく、辨じ難し。少し裂けたる口有り。口より縱(たつ)に破り、其の肉を取る。亦、淡赤色。【甘鹹、寒。】香、海鼠の氣(かざ)に似たり。而して、透頂香(とうちんかう)〔=外郎(ういらう)〕の氣味有り。熬〔(い)〕り酒を以て食ふ。或は醤(ひしほ)〔:塩辛〕と爲し、他邦に送る。

[やぶちゃん注:脊索動物門尾索動物亜門海鞘綱(=ホヤ綱)壁性目(=側性ホヤ目)褶鰓(しゅうさい)亜目ピウラ科(マボヤ科)マボヤHalocynthia roretzi もしくはアカボヤHalocynthia Aurantium であろう(疣の記述からは前者である可能性が高い)が、叙述中の「頭尾等しく、辨じ難し」というのはやや不審。ホヤは無脊椎動物と脊椎動物の狭間にいる、分類学的には極めて高等な生物である。オタマジャクシ型の幼生時に、背部に脊索(脊椎の原型)がある。おまけに目もあれば、口もあり、オタマジャクシよろしく、尾部を振って元気に泳いでいる。しかし、口器部分は吸盤となっていて、その内に岩礁にそれで吸着、尾部組織は全て頭部に吸収され、口器部分からは擬根が生じ、全くの植物のように変身してしまう。ホヤはまた生物体では珍しく極めて高濃度のバナジウムを血球中に濃縮している。バナジウムは、糖尿病に効果があると言うが、ホヤ命の僕にも効くかな?
 「和名抄」は正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。東洋文庫版注では次のように記す。

『和名抄』では、巻十九、亀貝類二百三十八にある。海鼠の項には崔禹錫の『食経』を引いて、「海鼠〔和名古本麻式加熬[やぶちゃん注:「熬」の(れっか)は「火」。]字、伊里古という〕蛭に似て大なるものである」とあり、老海鼠はそれにつづけて載せ、『漢語抄』を引き、「老海鼠〔保夜、俗に保夜の二字を用いる〕」とある。

私は「和名抄」を所持しないので、そのまま引用した。
 「熬り酒」とは、調味料の一種。一説に、酒・梅干・鰹節・味醂少々加えて煮詰めるといも言い、文化文政期の調合法として「酒二盃・醤油半盃・大梅五つ・鰹節沢山」ともある。醤油にとって代わられるまではかなりポピュラーな調味料であったらしい。
 「透頂香」の成分は麝香・桂皮・丁香・甘草・樟脳・朝鮮人参・連砂・薄荷・阿仙(ある種の木の幹の煮汁)・縮砂(ショウガ科のシュクシャ
Hedychium coronarium種子の塊)で龍角散に似た味がする、一種の気付け薬である。但し、私はこの良く見かけるホヤの匂い・味を比喩した表現には、全く賛同できない(私はナマコとも似ていないと感じる)。ホヤはそんな薬臭いものではない(寧ろ食後に残る微かな金属臭を僕はずっと感じ続けてきた。それがバナジウムの味だったのかなあ)。この表現を選んだ最初の人間は、きっと半腐りのホヤを食ったか、非文学的な輩だったに違いない。]

 

***

きさご

幾左古  正字未詳

《改ページ》

 

△按幾左古状似蝸牛而厚堅有彩文殼中有蟲如寄居

 蟲伊勢尾張及東海諸濵多土人去蟲洗淨以爲翫具

 

 

きさご

幾左古  正字、未だ詳らかならず。


△按ずるに、幾左古、状、蝸牛(かたつむり)に似るも、厚く、堅く、彩文有り。殼の中に蟲有り、寄居蟲(がうな)のごとし。伊勢・尾張及び東海の諸濵に多し。土人、蟲を去り、洗淨して、以て翫具〔=玩具〕と爲す。

[やぶちゃん注:腹足綱前鰓亜綱古腹足目ニシキウズ超科ニシキウズガイ科サラサキサゴ亜科キサゴUmbonium sp.。ダンベイキサゴUmbonium giganteum、イボキサゴUmbonium moniliferum、キサゴUmbonium (Suchium) costatum の三種のどれかであろうが、イボキサゴは色彩変異が多く、玩具とするという点からイボキサゴの可能性が高いか。
 「寄居蟲(がうな)」はヤドカリで、そのものであって、「ごとし」ではない。この叙述は一見、キサゴの生体をヤドカリと認識しているように読めるが、後掲の「寄居蟲」の項を参照して頂ければ分かるように、良安はヤドカリの比較的正しく認識してと考えてよい。ただ、彼はキサゴの生貝を実見していなかったのかも知れない。

 

***

やくかひ

やくのまたらかひ

錦貝

キン ホイ

 

和名夜久

乃斑貝

俗云夜古加比

屋久訛也[やぶちゃん字注:以上四行は前四行の下に入る。]

 

和名抄云錦貝俗説西海有夜久島彼島所出也

△按錦貝状類大榮螺而無角大六七寸黄黒色或有斑

 肉爲鱁鮧送他邦其殼工人琢磨彫作物象以爲小刀

 ※匙柄等其光耀鮮于鰒貝也本艸所謂老鈿螺光彩

 可飾鏡背者是乎[やぶちゃん字注:※=木+覇〔第4水準2-15-85〕=欛〔但しこれは※の誤字〕。音読み「ハ」、刀剣の柄を意味する。]

 如今琉球國多出錦貝而未聞出於屋玖島蓋屋玖者

 薩摩之南海中島與琉球不甚遠也疑古者彼島人携

 來此貝故以爲屋久貝乎近頃不多來

《改ページ》

 

 

やくがひ

やくのまだらがひ

錦貝

キン ホイ

 

【和名、夜久乃斑貝。】

【俗に云ふ、夜古加比は、屋久(やく)の訛りなり。】

 

「和名抄」に云く、『錦貝、俗説、西海に夜久の島有り。彼の島より出る所なり。』と。

△按ずるに、錦貝、状、大なる榮螺(さゞひ[やぶちゃん字注:ママ。])に類して、角の無く、大きさ六~七寸、黄黒色、或は斑有り。肉、鱁-鮧(しほから)に爲して、他邦に送る。其の殼、工人、琢磨して、物の象(かたち)を彫り作り、以て小刀の欛(つか)・匙の柄等に爲す。其の光-耀(ひかり)、鰒(あはび)貝より鮮(あざや)かなり。「本艸」〔=「本草綱目」〕に謂ふ所の『老鈿螺〔(らうでんら)〕、光彩、鏡背を飾るべし。』とは是れか。

如今、琉球國、錦貝を多く出す。而れども屋玖島より出ること、未だ聞かず。蓋し屋玖は薩摩の南海中の島、琉球と、甚だ遠からざるなり。疑ふらくは、古(いにしへ)は彼の島人、此の貝を携(たづさ)へ來る故を以て、屋久貝と爲すか。近頃は多く來らず。

[やぶちゃん注:現在、「ニシキガイ」というと二枚貝綱カキ目イタヤガイ亜目イタヤガイ科ニシキガイChlamys (Azumapecten) squamata を指すが、勿論、これではない。腹足綱前鰓亜綱古腹足目サザエ科ヤコウガイTurbo marmoratus である。ヤクガイの名称の考察については、以下の「奄美諸島/史の憂鬱 沖縄タイムス唐獅子③ ヤクガイ」が詳しい。ここでは、屋久島の縄文期以降の貝塚遺跡からヤコウガイがほとんど出土しない点や、古くは『屋久(やく)』という語が、琉球弧全体の呼称として使われていたという考察がなされているが、まさに良安の記述の先見性、驚くべし!
 「和名抄」は正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。


★藪薇獸辭團★

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○十九

すがひ

郎君子

ラン キユン ツウ

 

相思子【本艸】

小嬴子【和名抄】

玉蓋【小螺子之盖】

【和名之太々美

俗云醋貝】[やぶちゃん字注:以上五行は前三行下に入る。]

 

本綱李珣云郎君子生南海有雌雄状似李仁靑碧色欲

騐眞仮口内含熱放醋中雌雄相逐逡巡便合即下卵如

粟状者眞也亦難得之物時珍云相思子状如螺中實如

石大如豆蔵篋笥積歳不壞若置醋中即盤旋不已此即

郎君子也婦人難産手把之便生極騐

和名抄云小螺子【和名之太々美】

似甲嬴而細小口有白玉之盖

者也玉盖【和名之太々美乃不太】

△按小螺子状類榮螺而極小灰白色有小厴如豆而扁

 碧白色名玉盖海人去殻取厴販之入磁噐浸醋即盤

 旋不已似相逐之貌兒女以爲戲京洛及山人不知螺

《改ページ》

 之盖或以爲有雌雄加之謂生卵者皆憶見焉此貝紀

 州海中多有之毎二月廿二日攝州天王寺聖霊會有

 舞樂飾以大造花其花葩粘小螺子殻寺役人至住吉

 濱拾取之二月十八日暴風吹後必有之称之貝寄風

 亦一奇也

 

 

すがひ

郎君子

ラン キユン ツウ

 

相思子【「本艸」〔=「本草綱目」〕。】

小嬴子(したゞみ)【「和名抄」。】

玉蓋【小螺子の盖〔(ふた)=蓋〕。】

和名、之太々美。俗に醋貝(すがひ)と云ふ。

 

「本綱」に、『李珣〔(りじゆん)〕云ふ、郎君子は南海に生ず。雌雄有り、状、李仁[やぶちゃん注:すももの種。または「杏仁」の誤植か。]に似て、靑碧色、眞仮〔:本種か別種かの区別〕を騐〔=験(こころ)〕みんと欲さば、口の内にて含熱し、醋の中に放ち、雌雄相逐ふ。逡巡と便ち合し、即ち粟の状のごとき卵を下す者は眞なり。亦得難き物なり。』と。時珍云ふ、『相思子、状、螺のごとく、中實にして、石のごとし。大きさ、豆のごとく、篋笥〔(けふし)〕に蔵(をさ)めて、歳を積んで壞れず。若し醋の中に置かば、即ち盤-旋(めぐり)て、已まず。此れ即ち、郎君子なり。婦人の難産に、手に之を把(と)るは便ち生ず。極めて騐〔=験(しるし)〕あり。』と。「和名抄」に云ふ、『小螺子。【和名、之太々美。】甲-嬴(つび)に似て細小、口に白玉の盖有る者なり。玉盖。【和名、之太々美乃不太。】』と。

△按ずるに小螺子は、状、榮螺(さゞゑ)に類して、極めて小さく、灰白色。小厴(せうへた)有り。豆のごとくして、扁たく、碧く、白色、玉盖名づく。海人、殻を去りて厴を取り、之を販〔(ひさ)〕ぐ。磁-噐〔=器〕(やきもの)に入れて、醋に浸せば、即ち盤旋して已まず。相逐ふの貌に似たり。兒女、以て戲と爲す。京洛及び山人、螺の盖(ふた)なることを知らず、或は以て雌雄有りと爲し、加-之(しかのみならず)、卵を生むと謂ふは、皆、憶見〔=憶測〕なり。此の貝、紀州の海中に多く之有り。毎二月廿二日、攝州〔=摂津〕天王寺聖靈會(しやうらい〔ゑ〕)に舞樂有り、飾るに大なる造り花を以てす。其の花-葩(つくりばな)に小螺子の殻、粘(つ)く。寺の役人、住吉の濱に至りて、之を拾ひ取る。二月十八日、暴-風(はやて)吹きて後ち、必ず之有り。之を貝寄(〔かひ〕よせ)の風と稱す。亦、一奇なり。

[やぶちゃん注:俗名とする「スガイ」という和名は現在、ニシキウズガイ超科 Trochoidea サザエ科 Turbinidae のスガイTurbo (Lunella) coronatus coreensis に与えられている。叙述にあるように、本種の蓋(厳密には褐色のクチクラ層の部分が真の蓋で、盛り上がった石灰質の部分は炭酸カルシウムが二次的に沈着したもの)の外側(半球側)を下にして皿等に入れた酢の中に置くと、酸で炭酸カルシウムが溶解して二酸化炭素が発生、旋回する。
 「婦人の難産に、手に之を把るは便ち生ず」とはタカラガイの民俗(該当項参照)と一致するが、これは直前の「雌雄相逐ふ。逡巡と便ち合し、即ち粟の状のごとき卵を下す」という現象からの類感的信仰からくるのであろうか。識者の助言を求む。
 「和名抄」は正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
 「李珣」は海産の漢方薬を詳述した「海薬本草」という本を著わした唐の学者。
 「篋笥」は、竹製の小箱または長持・箪笥の類。

 「天王寺聖靈會」は大阪四天王寺の聖霊会(しょうりょうえ)を指す。この寺は推古帝元(593)年に聖徳太子が建立したとされる日本最初の官寺である。江戸中期の神沢杜口(かんざわとこう)の随筆「翁草」(おきなぐさ)に以下のように記す。

攝州大坂、二月十五、六日頃より二十日頃まで、南風荒く吹くを、郷俗、貝寄といふ。此の時、必ず堺七度濱へ郎君子數百万打ち寄るの故の稱なり。これを拾ひて、天王寺に贈る。寺僧かねて籠を作り置き、紙にて張り、幡の足の如く紙を多く下げ、糊して彼の寄せ貝をひしとつけ、長き竿に飾り、二十二日舞樂の時、石の舞臺の四隅に立てる、これ古へよりの例となむ。

なお、同所ではこのスガイは、龍神から聖徳太子への捧げものと信じられていたという。

 最後に、ここで挙げられている「シタダミ」という呼称は、現在の標準和名異名でシタダミと呼ばれる、もしくはそれを名前の一部に持つ種よりも、ニシキウズガイ超科に属するオオコシダカガンガラ・コシダカガンガラ・クボガイ・ヘソアキクボガイ等の小型巻貝の総称と認識したほうがよいように思われる。「甲嬴(つび)」(=ツブ)も同様で、現在でもこれは、一般に食用とする腹足類(巻貝)の通称である。]

 

***

[やぶちゃん注:二種を示したため、本図(上図)に限って、上図に「陽遂足」の「表」「裏」、下図に「海燕」の「表」「裏」の文字記載がある。]

もちかひ

海燕

ハアイ ヱン

 

海燕

【俗云餠貝】

【又云海星】

陽遂足(たこのまくら)

【俗云鮹枕】[やぶちゃん字注:以上五行は前三行下に入る。]

 

本綱海燕出東海大一寸状扁面圖背上靑黑腹下白脆

似海螵蛸有紋如蕈菌口在腹下食細沙口旁有五路正

勾即其足也

陽遂足 本綱生海中色靑黑腹白有五足不知頭尾生

 時躰耎死則乾脆【時珍以陽遂足出於海燕之下即以一物】

《改ページ》

 

■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○二十

 

△按海燕陽遂足二種時珍以爲一物混註之者非也

海燕 圓薄扁如馬錢子而大一二寸灰白色有桔梗花

 文其裏正中有一小孔即是爲口其旁有五路正勾文

 而似彫成※之具山人見之疑貝石蕈菓器之閒[やぶちゃん字注:※=(「勝」の[力]を「巾」に換える。)]

陽遂足 一身五足如雞冠木葉形而灰白色有細刻文

 大一寸不知頭尾口眼交於雜肴魚中出魚市俗呼曰

 章魚枕【名義未詳】

 

 

もちかひ

海燕

ハアイ ヱン

 

海燕

【俗に餠貝と云ふ。】

【又、海星と云ふ。】

陽遂足(たこのまくら)

【俗に鮹枕と云ふ。】

 

「本綱」に、『海燕、東海に出づ。大きさ一寸、状、扁〔(たく)〕して、面、圖く、背の上、靑黑。腹の下、白く脆し。海-螵-蛸(いかのかう)に似たり。紋有り、蕈-菌(くさびら:茸)のごとし。口、腹の下に在りて、細-沙(こますな)を食ふ。口の旁に、五路正勾〔(ごろせいこう)〕有り。即ち其の足なり。』と。

陽遂足 「本綱」に『海中に生ず。色、靑黑。腹、白。五つの足有り、頭尾を知らず。生時は、躰、耎〔(せん or ぜん)=柔〕にして、死すれば則ち乾き脆し。』と【時珍は、陽遂足を以て海燕の下に出づ。即ち一物と以てす。】。

△按ずるに海燕と陽遂足と二種なり。時珍は以て一物と爲して、混じて之を註するは非なり。

海燕は圓く、薄く、扁たく、馬-錢-子(まちん〔し〕)のごとくして、大きさ一~二寸、灰白色、桔梗花文有り。其の裏の正中に一の小孔有り。即ち是れ口なり。其の旁に五路正勾文有りて、彫り成せる※(きんちやく)の具に似たり。山人之を見て、貝石・蕈(くさびら)・菓-噐(くだもの〔の〕うつはもの)の閒を疑ふ。[やぶちゃん字注:※=(「勝」の[力]を「巾」に換える。)]

陽遂足は、一身五足、雞-冠(かへで)木の葉の形のごとくにして、灰白色、細刻文有り。大きさ一寸、頭尾・口眼を知らず。雜-肴-魚(ざこ)の中に交りて魚市に出づ。俗に呼びて『章魚(たこ)の枕』と曰ふ【名義、未だ詳かならず。】。

[やぶちゃん注:ここで挙げられた棘皮動物の和名は甚だ混乱を示している。「陽遂足」は現在、クモヒトデ綱 Ophiuroidea の中国名であり、「海燕」は広くヒトデ類を指す。磯野直秀「タコノマクラ考:ウニやヒトデの古名」によれば、「本草綱目」の「海燕」記述が曖昧なために和名との齟齬が生じたとする。「海燕」という語がしっくりくるのは、どうみてもツバメの形態を感じさせるヒトデ類(頭部及び二つの主翼、二叉に見える尾翼)である。しかし、考えて見ると形状の大きく異なる棘皮動物門ウニ綱のカシパン類(「海燕」)と、同門のヒトデ類(「陽遂足」)を「一物と爲した」時珍は、棘皮動物としての同族性を鋭く見抜いていた。良安が「二種」と言ったのは、一見、現代の分類学の種レベルでは正しく見えても、全く別個の、縁のない生物というニュアンスの発言に於いて、実は時珍よりも形態学的分類に捉われてしまった誤りと言えるのではなかろうか。さて、同論考では続けて『江戸時代の「タコノマクラ」はヒトデを指すことが多かった』ともある。そこでここでは、とりあえず掲載された図と良安の叙述に基づいて、「海燕」を有ランタン上目タコノマクラ目タコノマクラ亜目 Clypeasterina もしくはカシパン亜目 Laganina とし(ひらべったい印象と叙述からは後者である可能性が高い。磯野氏も同論考ではカシパンに同定しておられる)、「陽遂足」を現在のヒトデ綱 Asteroidea としておく。
 
「口の旁に、五路正勾有り。即ち其の足なり。」を以下に訳すと、『口のそばに5本の真直ぐな、もしくは鉤型に曲った部分があり、即ちそれが足である。』という意味である。

 「馬錢子」は常緑高木樹のマチン Strychnos nux-vomica である。種子にアルカロイドのストリキニーネを含む有毒植物・薬用植物で、種小名ヌックス・フォミカからホミカとも言う。冬に白い花を付け、直径6~13cmの橙色の果実をつける。その種子は2~3㎝の中央がへこんだ円盤状をしている。
 「彫り成せる※(きんちやく)の具に似たり」[※=(「勝」の[力]を「巾」に換える。)]は、巧妙に人が、巾着を絞った口の部分を、その半面に彫刻したかのような感じである、という意味であろう。
 「貝石・蕈・菓噐の閒を疑ふ」は、貝や石の特異なものか、それとも茸(きのこ)の一種か、はたまた人工的に作った木彫りの菓子を盛るための器かを、全く判別出来ずに困惑する、という意味である。
 「雞冠」はムクロジ目カエデ科カエデ属Acerの総称であるが、一般的な我々のイメージするものはイロハカエデ
Acer palmatumである。

 

***

うに

のね

靈螺子

 

棘甲螺

海膽 石榼

海栗【和俗】

和名宇仁

奥州人呼

名乃禰[やぶちゃん字注:以上六行は前三行下に入る。]

 

和名抄云靈臝子【一名棘甲臝】

貌似橘而圓其甲紫色生芒角【和名宇仁乃介】

者也

閩書南産志云海膽殻圓如盂外密結刺肉有靑黄色土

《改ページ》

人以爲醤 石榼形圓色紫有刺人觸之則刺動搖

△按以上所説者共一種也西海大村五島平戸及島津

 之産最佳北海越前福居〔→井〕及奥州岩城之産亦良其状

 圓似生栗而有※1〔→芒〕刺紫黑色故俗呼曰海栗去※1〔→芒〕殻内

 有白肉不堪食有少腸※2取和盬作醤味【甘鹹微澁】美其色

 黄赤者爲上品黄白者次之有香不腥

[やぶちゃん字注:※1=(くさかんむり+「区」。※2=(てへん)+「子」。]

 

 

うに

のね

靈螺子

 

棘甲螺

海膽。石〔(せきかふ)〕。

海栗【和俗。】

【和名は宇仁。】

【奥州の人、呼びて乃禰〔(のね)〕と名づく。】

 

「和名抄」に云く、『靈臝子〔(れいらし)〕【一名、棘甲臝〔(きよくかふら)〕。】。貌、に似て圓く、其の甲(から)、紫色。芒角〔(ばうかく)〕を生ずる【和名、宇仁乃介〔(うにのけ)〕。】者なり。』と。

「閩〔(びん)〕書南産志」に云く、『海膽は、殻圓くして盂〔(う)=鉢〕のごとし。外、密にして刺(はり)を結す。肉、靑黄色有り。土人、以て醤(〔ひ〕し〔ほ〕)ものと爲す。石榼、形圓く、色紫、刺有り。人、之に觸れば則ち刺(はり)動搖す。』と。

△按ずるに、以上の所説は共に一種なり。西海〔=九州〕の大村・平戸及び島津の産、最も佳なり。北海の越前・福井及び奥州の岩城(〔いは〕き)の産、亦良し。其の状、圓く、生栗(くり)に似て、芒-刺(いが)有り。紫黑色なり。故に俗に呼んで、海栗と曰ふ。芒殻を去り、内、白き肉有り。食ふに堪へず。少し腸(わた)有り。※(せせ)り取りて盬を和して、醤(な)れものに作して、味、【甘、鹹、微澁。】美し。其の色、黄赤の者、上品と爲す。黄白なる者、之に次ぐ。香有り、腥〔(なまぐさ〕からず。[やぶちゃん字注:※=(てへん)+「子」。]

[やぶちゃん注:棘皮動物門ウニ綱 Echinoidea。後半、良安が述べている雲丹の原料として詳述している種はムラサキウニAnthocidaris crassispina と同定してよいであろう。現在、最も美味とされるエキヌス目オオバフンウニ科バフンウニHemicentrotus puicherrimusの記載が見られないのは不審。「閩書南産志」に引く「海膽」がバフンウニの仲間を、「石榼」がムラサキウニ、あるいは、棘の動かし方からガンガゼDiadema sp.と思いたくなるのは無脊椎動物好きの私の欲目か。
 「榼」は、酒樽、水桶を意味する漢字。
 「和名抄」は正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
 「橘」は、ミカン科ミカン属タチバナ
Citrus tachibana。直径3cm程の果実をつける。

 「閩書南産志」は、閩(福州・泉州・厦門等の現在の福建省辺りを指す)の地誌である、明の何喬遠(かきょうえん)撰の「閩書」の中の二巻。]

 

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かめのて

石※1〔蜐〕[やぶちゃん字注:※1=「蜐」の「力」を「刄」に換える。以下、同じ。]

 

紫※2[やぶちゃん字注:※2=「虫」+「去」。]

紫※3[やぶちゃん字注:※3=(くさかんむり)+「噐」。]

【加女乃天】[やぶちゃん字注:以上三行は前二行下に入る。]

 

本綱石※1〔→蜐〕生東南海中石上※4〔→蚌〕蛤之屬形如龜脚亦有爪

状殻如※5〔→蟹〕螯其色紫可食有長八九寸者得春雨則應節

而生花[やぶちゃん字注:※4=「虫」+「半」。※5=「蟹」の「解」の(つくり)部分を「羊」に換える。]

《改ページ》

 

 

かめのて

石蜐

 

紫※2[やぶちゃん字注:※2=「虫」+「去」。字音不詳。平凡社東洋文庫版現代語訳では「しきよ」と現代仮名遣いの拗音なしのルビが振られている。]

紫※3[やぶちゃん字注:※3=(くさかんむり)+「噐」。字音不詳。平凡社東洋文庫版現代語訳では「しきよう」と現代仮名遣いの拗音なしのルビが振られている。]

【加女乃天】

 

「本綱」に『石蜐〔(せきこふ or せきけふ)〕、東南海中に生ず。石上の蚌蛤の屬。形、龜脚のごとく、亦、爪有り。状、殻、蟹の螯(はさみ)のごとし。其の色、紫にて、食ふべし。長さ八~九寸の者有り。春雨を得れば、則ち節に應じて花を生ず。』と。

[やぶちゃん注:節足動物門甲殻類の蔓脚類に属するフジツボ目ミョウガガイ科カメノテPollicipes mitella。私は伊豆下田で数度食した。旨い。カメノテ食を伝え聞いていたイタリアのナポリと佐渡島で探してみたが、残念ながらお目にかかれて居ない(但し、本当にお勧めなのは函館の大型の同じ蔓脚類のフジツボ!)。
 「蚌蛤の屬」というのは誤り。
 「春雨を得れば、則ち節に應じて花を生ず。」という叙述は不審。満潮に応じて蔓脚を出す捕食行動か、放精放卵行動を誤認したものであろう。]

 

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■和漢三才圖會   介貝類 四十七  ○二十一

かみな

がうな

寄居蟲

 

寄生蟲 ※[やぶちゃん字注:※=「貝」+「亭」。]

【和名加美奈】

【俗用蟹蜷

二字】[やぶちゃん字注:以上四行は前三行下に入る。]

 

本綱寄居蟲海邊有之在螺殼閒非螺也候螺蛤開即自

出食螺蛤欲合已還殼中在龜殼中者名曰※[やぶちゃん字注:※=「虫」+「眉」。]

南海有一種似蜘蛛入螺殻中負殻而走觸之即縮如螺

火炙乃出一名※[やぶちゃん字注:※=「貝」+「亭」。]

△按寄居蟲即寓生文蛤鳥蛤鸚鵡貝海鏡蛤等殼閒形

 似小蟹而白色小於碁石身柔軟蓋與寄生木相類

※ 参州遠州處處溪閒山川有之状似蜘蛛紫身黄腸[やぶちゃん字注:※=「貝」+「亭」。]

 殼似蜷殻灰黑色負殻而走觸之即縮如螺其前二足

 有螯而似蟹火炙之乃出取之爲鹽漬味香脆美其身

 似蟹殼似蜷故俗呼名蟹蜷【畧曰如〔→加〕美奈仁與美相通】

 

 

かみな

がうな

寄居蟲

 

寄生蟲 ※[やぶちゃん字注:※1=「貝」+「亭」。字音不詳。平凡社東洋文庫版現代語訳では「てい」と現代仮名遣いのルビが振られている。]

【和名、加美奈。】

【俗に蟹蜷の二字を用ふ。】

 

「本綱」に、『寄居蟲、海邊に之有り。螺の殼(から)の閒に在りて、螺に非ず。螺蛤の開くを候(うかゞ)ひ、即ち自ら出て食ふ。螺蛤、合はんと欲すれば、已に殼の中に還る。龜殼の中に在る者を名づけて※2〔(び)〕と曰ふ。[やぶちゃん字注:※2=「虫」+「眉」。]

南海に一種有り。蜘蛛に似て、螺殻の中に入り、殻(から)を負ひて走り、之に觸るれば、即ち縮(ちぢ)みて、螺のごとし。火にて炙れば乃ち出づ。一名、※[やぶちゃん字注:※=「貝」+「亭」。]。』と。

△按ずるに、寄居蟲は即ち文蛤(はまぐり)・鳥蛤(とりがい[やぶちゃん字注:ママ。])・鸚鵡貝〔(おうむがひ)〕・海鏡〔(うみかがみ)〕・蛤〔(はまぐり)〕等の殼の閒に寓(やど)り生(しやう)ず。形、小さき蟹に似て、白色、碁石より小さし。身、柔軟(やはら)かなり。蓋し寄生木〔(やどりぎ)〕と相類す。

※1は、參州〔=三河〕・遠州〔=遠江〕の處處の溪閒・山川に之有り。状、蜘蛛に似、紫身、黄腸。殼、蜷殻に似、灰黑色。殻を負ひて走る。之に觸れば即ち縮み、螺のごとし。其の前の二足に螯(はさみ)有りて、蟹に似たり。火にて之を炙れば、乃ち出づ。之を取りて鹽漬と爲す。味、香〔(かうば)〕しく脆く美なり。其の身蟹に似て、殼、蜷に似たる故に、俗に呼んで、蟹蜷(かににな)と名づく【畧して、加美奈と曰ふ。「仁」と「美」と、相通ず。】。

[やぶちゃん注:図はまさに節足動物門甲殻類異尾類のヤドカリ上科 Paguroideaであるが、叙述の中には、明らかにピンノ類などの短尾下目(カニ類)のカクレガニ科 Pinnotheridae も含んでいる。
 「海鏡」はツキヒガイ
Amusium japonicum japonicum である。
 「寄生木」は、ビャクダン目ビャクダン科オオバヤドリギ科ミソデンドロン科Misodendraceaeの寄生植物の総称。樹木の幹や枝の中に根を食い込ませた植物で、寄生とは言うものの、葉緑素を持った葉を持っているものが殆んどであるので、半寄生と見做される。
 「參州・遠州の處處の溪閒・山川」という淡水記載は極めて不審。
 「龜殼の中に在る者を名づけて※〔(び)〕と曰ふ。」は、これがどのような種を指すのか不明であるが、この「※〔(び)〕」という漢字、大修館の「廣漢和辭典」で調べてみると、「山海經」辺りに出ており、後の註から、『亀のこうらの中に寄生する蝦(えび)に似た小虫。人がこれを食べると顔が美しく愛らしくなるという。』という意味記載があった。思わず笑ってしまった。私も食いたい。
 「之を取りて鹽漬と爲す」これも食いたい。似たものに有明海のスナガニ科シオマネキ属
Uca の肥大した鋏脚を塩漬けにした「がんづけ」があるが、現在では最早中国産の材料を用いており、往時の味を味わう術は、ない。残念だ。]

 

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かひたこ

たこふね

貝鮹[やぶちゃん字注:底本では「鮹」は「魚」の(れっか)が「大」に代わる。以下同じ。]

おとひめかひ

 

章魚舟

乙姫貝[やぶちゃん字注:以上二行は「かひたこ」及び「たこふね」の下に入る。]

 

△按貝鮹津輕處處北海有之不時多出或全不出其螺

 大者七八寸小者二三寸黄白或純白形似鸚鵡螺之

 輩畧如秋海棠之葉有文理可愛中有一小章魚出兩

 手於殻肩出兩足於殻後爲櫂竿之象游行故名章魚

[やぶちゃん字注:底本では「殻」は(つくり)が(のぶん)。以下同じ。]

 舩一歳津輕海濵數百成群寄來焉人多捕之而恠無

 食之者試煮之食犬其犬爲煩悶因知有毒物棄章魚

 取殻以爲珍噐然其殻薄脆不堪用

 

 

かひだこ

たこぶね

貝鮹

おとひめがひ

 

章魚舟(たこぶね)

乙姫貝(おとひめがひ)

 

△按ずるに、貝鮹、津輕の處處の北海に之有り。不時に〔:時期を定めずに〕多く出づ。或は全く出でず。其の螺の大なる者、七~八寸、小なる者、二~三寸。黄白或は純白(ましろ)にして、形、鸚鵡螺〔(おうむがひ)〕の輩に似、畧ぼ、秋海棠の葉のごとし。文理〔(もんり):紋と肌理(きめ)〕有り。愛しつべし。中に一の小章魚(子だこ)有りて、兩手を殻の肩に出だし、兩足を殻の後に出だし、櫂竿(かひさほ)の象〔(かたち)〕を爲して游行す。故に章魚舩〔=船〕と名づく。一歳〔=或年〕、津輕の海濵に數百、群を成して寄せ來る。人、多く之を捕ふるも、恠〔(あや)=怪〕しんで之を食ふ者無し。試みに之を煮て、犬に食はしむれば、其の犬、爲に煩悶す。因りて有毒の物と知り、章魚を棄て、殻を取り、以て珍噐〔=器〕と爲す。然れども其の殻、薄く脆(もろ)く、用ひるに堪へず。

[やぶちゃん注:記載の中の大型で白色とするのは、アオイガイArgonauta argo を、小型で黄白色(飴色)とするのは、タコブネArgonauta hians 又はチヂミタコブネArgonauta boettgeri を指すと考えてよい。一般に食用としないが、カイダコ科 Argonautidae に毒性があるというのは初耳である(逆に青森ではカイダコを食用にしたという未確認情報さえある)。ただ、ヒトのウィルソン病(常染色体劣性遺伝に基づく先天性銅代謝異常症)と類似した銅蓄積症を先天的に持つ犬種の場合、ヘモシアニンを多量に含んだイカ・タコが有毒物となることはあるとは聞く。犬猫にイカは禁物であるとよく言われるが、これには決定的な科学的根拠はないようである。但し、生イカの内臓にはビタミンBを分解する酵素チアミナーゼが含まれおり、猫がイカの内臓を食べることによって体内のビタミンBが破壊され、ビタミンB欠乏症となる場合があってもおかしくない。ビタミンB欠乏と言えば脚気が有名だが、歩行運動失調を示すウェルニッケ脳症等も引き起こすそうだ。さすれば、「猫がイカ食って腰を抜かす」ことも充分、考えられるわけである(この記載についてはブログ「はぐれ獣医純情派」『「猫がイカを食ると腰が抜ける」を特捜せよ!』を参考にした)。更に、冒頭の「鰒」(アワビ)の「布久太米」の後注及び「鳥蛤」(トリガイ)の後注も参考にされたい、私の愛するアリスに繋がる犬や猫のために。ちなみに、いいねえ、この学名! アルゴ船の船乗りじゃあないか!
 「秋海棠の葉」の秋海棠は、双子葉植物綱ビワモドキ亜綱スミレ目シュウカイドウ科シュウカイドウ
Begonia evansiana。ベゴニアなどを含む球根性の草本が多いグループ。1000種を越える。葉の形は、例えばこのページの葉の写真などを参照。なお、シュウカイドウの学名としてBegonia evansianaを挙げる資料も多いが、これはBegonia evansianaの異名(シノニム)である。]