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守宮もて女の貞を試む   南方熊楠
[やぶちゃん注:本稿は南方熊楠が出版を企図していた『続々南方随筆』の原稿として書かれたものであるが、結局、未発表に終わった。ちなみに『続南方随筆』の刊行は大正15・昭和元(
1926)年11月で、南方熊楠の逝去は昭和161941)年1229日である。但し、『南方閑話』(1926年2月)、『南方随筆』(同年5月)、『続南方随筆』と、この時期の出版は矢継ぎ早であることから、かなり早い時期から書き溜めていたと考えてよいと思われる。底本は1985年平凡社刊「南方熊楠選集 第五巻 続々南方随筆」を用いた。傍点「丶」は下線に代えた。一部に後注を附した。但し、一部の作品名・作者等、私には不明なものもある。それらは特に未詳としては提示しなかった。悪しからず。また、本作をお読みになった方は、私の電子テクストである寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類」の「蠑螈」(イモリ)及び「守宮」(ヤモリ)及び「避役」
(インドシナウォータードラゴン)の部分等も、併せてお読みになることを是非お薦めしたい。]

 

   守宮もて女の貞を試む   南方熊楠

 

『古今図書集成』禽虫典一八四に、『淮南万畢術』を引いていわく、「七月七日、守宮を採り、これを陰乾(かげぼし)し、合わすに井華水をもってし、和(わ)って女身に塗る。文章(もよう)あれば、すなわち丹をもってこれに塗る。去(き)えざる者は淫せず、去ゆる者は奸あり」。晋の張華の『博物志』四には、「蜥蜴、あるいは蝘蜓と名づく。器をもってこれを養うに朱砂をもってすれば、体ことごとく赤し。食うところ七斤に満つれば、治(おさ)め杵(つ)くこと万杵す。女人の支体に点ずれば、終年滅せず。ただ房室のことあればすなわち滅す。故に守宮と号(なづ)く。伝えていわく、東方朔、漢の武帝に語り、これを試みるに験あり、と」。『本草綱目』四三と本邦本草諸家の説を合わせ考うるに、大抵蜥蜴はトカゲ、蝘蜓はヤモリらしいが、古人はこれを混同して、いずれもまた守宮と名づけたらしく、件(くだん)の試験法に、いずれか一つ用いたか、両(ふたつ)ともに用いたか分からぬ。李時珍が「臂に点ずるの説、『淮南万畢術』、張華の『博物志』、彭乗の『墨客揮犀』に、みなその法あるも、大抵は真ならず。おそらくは別に術あらんも、今伝わらず」と言えるごとし。『墨客揮犀』には、北宋の煕寧中、京師久しく旱(ひで)りしに、旧法により雨を禱るとて、蜥蜴を水に泛べるつもりで、蠍虎(すなわち蝘蜓)を用い、水に入ると死んで了ったので、何の効もなかった、と記す。事の次第を按ずるに、北宋朝に京師で蜥蜴と名づけたは、トカゲにあらず、水陸両棲のイモリだったのだ。かくトカゲ、ヤモリ、イモリを混じて同名で呼んだから、むかし女の貞不貞を試みた守宮は何であったか全く判らぬ。

『塵添壒囊抄』八に、いもりのしるしというは何ごとぞ。これ和漢ともに沙汰あることなり。いもりとは守宮とも書けり。『法華経』にも侍り。(熊楠按ずるに、『法華経』譬喩品に、長者の大宅頓弊せるを記して、「鴟梟、鵰鷲、守宮、百足等、交横馳走す」とあるを指す。)その本(もと)の名は蜥蜴なり。これを血を取って、宮人の臂等にぬることあり。「その法は、蜥蜴を取り、飼うに丹砂をもってし、体ことごとくに赤き時、これを搗(つ)き」、その血を官女の臂に塗るに、いかに洗い拭えども、さらに落つることなし。しかれども、「浮犯あれば」、その血すなわち消失するなり。ここをもって、あえて不調の儀なし、よって守宮とはいうなり。されば古詩にも、「臂上の守宮、いずれの日にか消えん。鹿葱(ろくそう)、花落ちて、涙雨のごとし」と言えり。鹿葱は宜男草(ぎだんそう)なり。さればまた和語(歌?)にも、「脱ぐ履のかさなることの重なれば、守宮のしるし今はあらじな」。ぬぐ履の重なることの重なればとは、人の妻のみそかごとする節に、著けたる履のおのずから重なりて脱ぎ置かるることありと言うなり。「忘るなよたぶさに付きし虫の色の、あせては人に如何(いかが)答へん」。これはその験(しるし)あせぬべければ合いがたしと言えるなり。この返歌にいわく、「あせずとも、われぬりかへんもろこしの、守宮の守る限りこそあれ」、と出づ。古歌にもろこしのいもりとあるので、守宮もて女人の貞操を試したことは古く日本になかったと知る。

 しかるにどう間違ったものか、いつのころよりか、水中のイモリが雌雄中よく、交われば離れぬとかで、その黒焼きを振り懸ければ、懸けられた男また女が、たちまち振りかけた女また男に熱くなってくるということが、浄瑠璃など(例せば『朝顔日記』)に著われ出た。しかしこれは守宮で女の貞不貞を試すと全く関係なく、古来日本に限った俗信とみえる。ついでにいう、蜥蜴類でエジプトとサハラの沙中にすむスキンクスは、古く催淫剤として著名なと同時に、その羹(あつもの)を蜜と共に啜れば、せっかく起った物もたちまち痿え了る由。『淮南万畢術』に、守宮を婦人の臍に塗れば子なからしむ、とあるも似たことだ。支那の広西棟州に蛤蚧(こうかい)多し。牝牡上下し相呼ぶこと累日、情洽(あまね)くしてすなわち交わる。両(ふたつ)ながら相抱負してみずから地に堕つ。人往きてこれを捕うるもまた知覚せず。手をもって分劈するに死すといえども開かず。すなわち(中略)、曝乾してこれを售(う)り、煉って房中の薬となし、はなはだ効ありという。これは学名を何という晰賜か知らぬが、むかしは雌雄相抱いたまま紅糸で縛り、源左衛門が非道のやいば、重ね切りの代りに重ねぼしと、乾かして本邦へも舶来したという。(一九二〇年三板『剣橋(ケンブリッジ)動物学』八巻五六一頁。プリニウス『博物志』二八巻三〇章。『本草綱目』四三。『重訂本草啓蒙』三九)

 まことや老いたるも若きも、後家も比丘尼も、この迷いの一ぞ忘れ難きで、小生などは、はや七十近い頽齢をもってしてなお、この文を草するうちすら、名刀躍脱、さやつかのまも油断ならず。イモリの黒焼など何のあてにならぬ物が、年々この迷いのことに盛んな欧米へ数万円の輸出あり、大分国益となると開けば、件の蛤蚧も早く台湾辺へ移し入れて養成したらよかろう。榕樹間に住む物の由。

 守宮で女の貞否を験するに似たこと、支那以外にも多い。その一例は、一九〇六年板、デンネットの『黒人の心裏』八九頁に、レムべという腕環を佩びて嫁した人妻をンカシ・レムべと呼び、その夫のすべての守護尊の番人たり。かかる婦人が「伊勢の留守、天の岩戸をあけ放し」、鬼の不在に洗濯をさせると、夫が帰り来て、婚儀の守りとした品々を入れ置いた籃を開けば、ことごとくぬれているので、さては厳閉し置かれながら、鬱情勃発して誰かを引き入れ、ぬれ事をしたと判ず、とある。

 昭和七年一月二十八日追記。バープ・サラト・カンドラ・ミトラ氏説に、アフガニスタンとベルチスタンではトカゲを壮陽剤とし、北インドの沙地にすむトカゲの一種ウロマチスク・ハルドウィキイは陰萎の妙薬と信ぜらる。またインドのある土人はトカゲの油を催淫剤とす、と(一八九八年発行『ベンゴル亜細亜協会雑誌』六七巻三部一号、四四―四五頁)。

(未発表手稿)

 

■やぶちゃん注

・『古今図書集成』:「欽定古今図書集成」のこと。清朝の康熙帝の命によって編纂が開始され、雍正3(1725)年に完成した一万巻に及ぶ百科事典。

・『淮南万畢術』:「鴻宝淮南万畢術紀」とも。神仙術書。散佚したが、「藝文類聚」「太平御覧」等に引用されている。

・井華水:丑の刻に井戸から汲み上げた水。現在の茶の湯でも、この水を一陽来福の水と称して用いる。

・彭乗の『墨客揮犀』:宋代の随筆。奇譚を多く載せる。

・北宋の煕寧中:10681077年。

・『塵添壒囊抄』:(じんてんあいのうしょう)単に「壒囊抄」とも。行誉らによって撰せられた室町時代に成立した百科辞書・古辞書。

・『法華経』譬喩品:(ひゆぼん)「法華経」の第三、「三車火宅の譬え」で有名。

・鴟梟、鵰鷲、守宮、百足等、交横馳走す:(しきゅう、ちょうしゅう、しゅきゅう、ひゃくそくら、こうおうちそうす)と読むものと思われるが、「法華経」の「譬喩品」の本文とは異なっている。正しくは「鵄梟鵰鷲 烏鵲鳩鴿 蚖蛇蝮蠍 蜈蚣蚰蜒 守宮百足 鼬貍鼷鼠 諸惡蟲輩 交横馳走」で、その古び朽ちた長者の家には『鳶(とび)・梟・熊鷹・鷲、鴉・鵲(かささぎ)・山鳩・家鳩、蜥蜴・蝮・蠍 百足・蚰蜒(げじ)、守宮・馬陸(やすで)、鼬(いたち)・狸・鼷鼠(はつかねずみ)といった、あらゆる害毒を持った生き物どもが住み着き、傍若無人・縦横無尽に走り回っている。』という意味である。

・宜男草:カンゾウ。単子葉植物綱ユリ亜綱ユリ目ユリ科ワスレグサ属HemerocallisのヤブカンゾウHemerocallis fulva var. kwanso又はノカンゾウHemerocallis fulva var. longitubaを指していよう。

・和語(歌?):この「(歌?)」は、底本凡例にはその指示がないが、恐らく底本の編者の推定誤字の割注と思われる。

・和語(歌?)にも、「脱ぐ履の……:最初の和歌は、1310年頃成立した藤原長清撰になる私撰和歌集「夫木和歌抄」の巻三十二雑十四に読人不知で所収するが、以下のすべての和歌は、それよりも前の、平安末期、文治年間(11851190)に顕昭が撰した歌学書「袖中抄」の「六」に所収する。但し、やや表記に異同があるので、以下に示す(“GLN(GREEN & LUCKY NET)からこんにちは”以下のページから孫引きさせてもらった)。

ぬぐくつのかさなることのかさなれば ゐもりのしるし今はあらじな

忘るなよたぶさにつけし虫の色の あせなば人にいかにこたへむ

返し

あせぬとも我ぬりかへむもろこしの ゐもりもまもるかぎりこそあれ

・『朝顔日記』: 正しくは「生写朝顔話」(しょううつしあさがおばなし)。司馬芝叟(しばしそう)の長咄(ながばなし:小説。)の「蕣」(あさがお)を元に。奈河春助が「けいせい筑紫のつまごと」という歌舞伎台本に改作、それを近松徳三が浄瑠璃化したものであるが、未完成で、それを翠松園主人なる人物が完成させたとする。初演は天保3(1832)年(以上は河原久雄氏の「人形浄瑠璃 文楽」の「生写朝顔話」の記載を参照して簡約した。当該サイトはリンクの通知を命じているのでリンクは貼らない)。

・スキンクス:トカゲ亜目スキンク下目のクスリサンドスキンクScincus scincusか。和名が如何にも、ではある。

・分劈:(ぶんへき)引き裂くこと。

・售り:売り。

・プリニウス『博物志』二八巻三〇章:以下に1989年雄山閣刊の「プリニウスの博物誌Ⅲ」(中野定雄他訳)より、当該箇所を引用する。

スキンクから四種[やぶちゃん字注:次の「三〇」の上には節の通し番号の[119]がある。また(注1)は訳者によるもの。]

 三〇 それに[やぶちゃん注:この部分の前掲二九章の薬物の得られるカメレオン十五種を指す。]似た動物はスキンクスそれに似た動物はスキンクス(注1)である――そして実際それは陸のワニと呼ばれた――しかしそれはもっと色が薄く、皮も薄い。だがワニとのおもな違いは鱗の並び方であって、これは鱗が尾から頭の方へと向っている。インドのスキンクスがいちばん大きく、アラビアのそれが次に大きい。これを塩づけにして輸入する。その鼻面と足を白ブドウ酒に入れて飲むと催淫剤になる。とくにサテユリオン<ランの一種>およびカキネガラシの種子を加えたものがよいが、この三つを合せて一ドラクマとコショウ二ドラクマを調合する。この調合物の一ドラクマの丸薬を内服[やぶちゃん字注:ここの頭に節の通し番号[120]が入る。]する。脇腹の肉だけの二オボルスに、没薬およびコショウを同じ割合だけ加え内服すると、同じ目的に対してさらに有効だと信じられている。アベレスの報告によれば、それを負傷の前または後に用いると矢の毒に効くという。それはまた、もっと有名な解毒剤の成分として加えられる。セクスティウスは、重さ一ドラクマ以上を一へミナのブドウ酒に入れて飲めば、それは致死量だと、そしてさらにスキンクスのスープをハチ蜜といっしょに摂ると制淫剤なると言っている。

  注1 トカゲの一種。現存のスキンク(トカゲ)でなく、もっと大きい。

・大分国益となると開けば:これは「聞けば」の誤字か誤植ではなかろうか。

・榕樹:(ようじゅ)イラクサ目クワ科イチジク属ガジュマルFicus microcarpaのこと。

・ベルチスタン:バルチスタンBalūchistan。現在のパキスタン=イスラム共和国南西部及びイラン=イスラム共和国南東部のやや内陸の、アフガニスタン共和国の南に接する地方の総称。

・ウロマチスク・ハルドウィキイ:トカゲ亜目イグアナ下目アガマ科トゲオアガマ亜科トゲオアガマ属インドトゲオアガマUromastyx hardwickii