やぶちゃんの電子テクスト集:小説・戯曲・評論・随筆・短歌篇
鬼火へ

澄江堂雜詠  芥川龍之介   附やぶちゃん注

[やぶちゃん注:大正一四(一九二五)年四月発行の『文藝日本』に掲載された歌謡六篇、短歌三首、俳句一句の計十作からなる。底本は岩波版旧全集を用いた。私のHPでは既出ながら、私のオリジナル編集になる「芥川龍之介詩集」「芥川龍之介歌集」「芥川龍之介全句集」の三つに分断されており、今回、「澄江堂日錄」の注を書く都合上、全体を見渡す公開時テクストが必要となったため、ここに纏めて公開した。注はそれぞれで附した既存の私の注を増補して示した。これらは創作時期の分かるものから推して、大正一四年二月を中心にした日常的間歇的に創作された新作が多いものと推定される。【二〇一二年一〇月一四日】]


  
主ぶり
新むろの疊すがしみ、わがをれば
ここだ、ほづ枝の花ぞさきける、
ここだ、しづ枝の花ぞさきける。

[やぶちゃん注:「ぶり」は本来、古代歌謡、特に雅楽寮に伝わる歌曲の曲名を表す接尾辞であるから、芥川は自作を古代歌謡に見立てている。
「新むろ」新居。
「ここだ」は上代に使用された語で、「幾許」と書き、程度や量が甚だしくひどい、多い様を言う。こんなにも、沢山の意。
「ほづ枝」は「上つ枝」(ほつえ・かみつえだ)、「梢」の意で、上方の枝。
「しづ枝」は「下つ枝」(しもつえだ)で下方の枝の意。]

  
庭 前
春雨や檜は霜にこげながら。

[やぶちゃん注:本句は大正一四(一九二五)年二月一日附の劇作家水木京太みずききょうた宛旧全集書簡番号一二七九に初出する。同月二十八日附土屋文明宛書簡や、その同日附佐藤春夫宛書簡にも記している、相当な自信作であった。]

  
「となりのいもじ」より酒をたまはる
この酒はいづこの酒ぞ。
みこころを難波ながたの灘の
黑松の酒、
白鷹の酒。

[やぶちゃん注:「となりのいもじ」の「いもじ」とは「鋳物師」のこと。芥川龍之介の文字通りの隣人(実際に隣家)にして友人であった香取秀眞かとりほつま(明治七(一八七四)年~昭和二九(一九五四)年)を指す。著名な鋳金工芸師でアララギ派の歌人としても知られた。
「難波」の「ながた」という読みは不審。「難波潟」を音数律に合わせて短縮し、音の面白さを狙ったものか。]

  
「となりのいもじ」に蕪の鮓をおくる
金澤の蕪の鮓は日を經なばあぶらや浮かむただにしたまへ。

[やぶちゃん注:芥川は大正一四(一九二五)年二月五日に、
 たてまつる蕪の鮓は日をへなばあぶらや浮かむただに食したまへ
とした歌を添えて蕪鮓を香取に送っている(旧全集書簡番号一二八一)。ここに示されたのは、その翌日に改作した歌形であることが「澄江堂日錄」の五日の条の六日の追記記載によって分かる。
「蕪の鮓」「かぶらずし」のこと。軽く塩漬けした蕪を薄く輪切りにし、寒鰤を薄切りにして挟み、それを麹に漬けたもの。北陸の冬の名産。これは「澄江堂日錄」によって泉鏡花から芥川龍之介に贈られたもののお裾分けであることが分かる。因みに私の父はこれが大好物であるが、私はあの歯ごたえの悪さと、甘酸っぱい匂いとが苦手である。]

   
戀人ぶり
風にまひたるきぬ笠の
なにかは路に落ちざらむ。
わが名はいかで惜しむべき。
惜しむは君が名のみとよ。

   
同 上
あひ見ざりせばなかなかに
空に忘れてすぎむとや。
野べのけむりもひとすぢに
命をるはかなしとよ。

[やぶちゃん注:ともに今様体。
底本後記によると、普及版全集では「相聞 二」として所収されており、多少の差異があるとして、普及版全集本文を掲げている。以下にそれを引用する(筑摩書房全集類聚版の「詩」ではこれを採用している)。

     相聞 一
  風にまひたるすげ笠の
  なにかは路に落ちざらん。
  わが名はいかで惜しむべき。
  惜しむは君が名のみとよ。

また、この「相聞 一」は「或阿呆の一生」の「三十七 越し人」にも使用されているが、やはり微妙な表記の差異が認められるので、「三十七 越し人」全文を私のテクストより引用する。

    三十七 越 し 人

 彼は彼と才力さいりよくの上にも格鬪出來る女に遭遇した。が、「越しびと」等の抒情詩を作り、僅かにこの危機を脱出した。それは何か木の幹にこゞつた、かゞやかしい雪を落すやうに切ない心もちのするものだつた。

  風に舞ひたるすげ笠の
  何かは道に落ちざらん
  わが名はいかで惜しむべき
  惜しむは君が名のみとよ。

後者の「同上」の歌は、底本後記によると、前のものと同様に普及版全集では「相聞 一」として所収されており、多少の差異があるとして、普及版全集本文を掲げている。以下にそれを引用する(筑摩書房全集類聚版の「詩」ではこれを採用している。そこではこの「相聞」の後)。最終行は「多少の差異」とは言い難い別稿と捉えるべきものであると私は思う。
     相聞 一
  あひ見ざりせばなかなかに
  そらに忘れてやまんとや。
  野べのけむりも一すぢに
  立ちての後はかなしとよ。

なお、普及版では「相聞 一」は、この「同上」(=「戀人ぶり」)の詩、「相聞 二」は、前の「戀人ぶり」の詩、そして「相聞 三」として、著名な、あの「相聞」が配されている(リンク先は私の電子テクスト。但し、当該歌謡の初出である「澄江堂雜詠」から特に取り出した「沙羅の花」である)。これらの「相聞」の相手「越し人」が片山廣子を指すことは周知の事実である。]

  
宇野浩二にたはむる
いざ子ども利鎌とがまとりもち宇野麻呂のもみ上げ艸を刈りて馬飼へ。

[やぶちゃん注:「宇野麻呂」は「小説の鬼」宇野浩二(明治二四(一八九一)年~昭和三六(一九六一)年)のこと。本名は正しくは格次郎。芥川とは大正九(一九二〇)年の江口渙の「赤い矢帆」出版記念会で知遇を得、以後、親しく交わった。昭和二(一九二七)年に精神に変調をきたした(梅毒性早発性痴呆が疑われる)際には、母の精神病の遺伝を恐れていた芥川龍之介に激しいショックを与えた。斎藤茂吉の紹介により入院するが、芥川はその畏友宇野の退院を待たずに自死した。彼には渾身の評伝「芥川龍之介」がある(リンク先は私の電子テクスト)。本歌は大正十三(一九二四)年八月発行の『新潮』に大見出し「人間随筆(其九)――最近の宇野浩二氏――」(新全集では「格さんの食慾」とする)の下に芥川龍之介の他、久米正雄ら十人の文章と岡本一平のスケッチを載せたものの一篇の末尾に附されている既発表歌である。短いので全篇を以下に示す。

    ――最近の宇野浩二氏――
 宇野浩二は聡明の人である。同時に又多感の人である。尤も本來の喜劇的精神は人を欺くことがあるかも知れない。が、己を欺くことは極めて稀にしかない人である。
 のみならず、又宇野浩二は喜劇的精神を發揮しないにもしろ、あらゆる多感と聡明とを二つとも兼ね具へた人のやうに滅多にムキにはならない人である。喜劇的精神を發揮することそのことにもムキにはならない人である。これは時には宇野浩二に怪物の看を與へるかも知れない。しかし其處に獨特のシヤルム――たとへば精神的カメレオンに對するシヤルムの存することも事實である。
 宇野浩二は本名格二(或は次)郎である。あの色の淺黑い顏は正に格二郎に違ひない。殊に三味線を彈いてゐる宇野は浩さん離れのした格さんである。
 次手に顏のことを少し書けば、わたしは宇野の顏を見る度に必ず多少の食慾を感じた。あの顏は頰から耳のあたりをコオルド・ビフのやうに料理するが好い。皿に載せた一片の肉はほんのりと赤い所どころに白い脂肪を交へてゐる。が、ちよつと裏返して見ると、鳥膚になつた頰の皮はもぢやもぢやした揉み上げを殘してゐる。――と云ふ空想をしたこともあつた。尤も實際口へ入れて見たら、豫期通り一杯やれるかどうか、その邊は頗る疑問である。多分はいくら香料をかけても、揉み上げにしみこんだ煙草の匂は羊肉の匂のやうにぷんと來るであらう。
   いざ子ども利鎌とがまとりもち宇野麻呂が揉み上げ草を刈りて馬飼へ

・「シヤルム」は“charme”フランス語で「魅力」の意。
・「コオルド・ビフ」は“cold beaf”でローストビーフの冷製。
なお、ここで芥川が想定している「格さん」とは、我々にも馴染みの深い講談「水戸黄門漫遊記」中の架空の人物である渥美格之進、格さんであろうか? 因みに筑摩全集類聚版脚注には、この歌は「万葉集」巻十六の第三八四二番歌、
  平群朝臣へぐりのあそみわらへる歌一首
小兒わはらども草はな刈りそ八穗蓼やほたでを穗積の朝臣が腋草わきくさを刈れ
○やぶちゃん現代語訳
――餓鬼ども! 草なんど刈ったらあかん! 穂積の朝臣あそんの、あの――臭っさい脇毛を刈ったりや!――
のパロディとする。
・「八穗蓼」とは沢山の穂がついたたでの意味であるが、ここでは「八穗蓼を」で「穗」を導くための枕詞として機能している。また「腋草」は勿論、生い茂った腋毛の謂いであるが、同時に腋臭わきがの臭さを「草」に掛けてある。因みに、芥川にはこの手のヘンな万葉の歌を殊の外好む傾向がある。]

   
父ぶり
庭んべは
淺黄んざくらもさいたるを、
わが子よ、這ひ來。
遊ばなん。
おもちやには何よけん。
風船、小鞠、笛よけん。

[やぶちゃん注:類聚版では副題として「――室生犀星に――」とある。編者注によると、これは催馬楽の形式を模しているとする。その注でも指摘されているが、「遊ばなん」の「なむ」は未然形接続であるため、あつらえ望む終助詞で「遊んで欲しい」の意となり、ややおかしい。強意の助動詞「ぬ」の未然形+意志の助動詞「む」の「遊びなん」の誤りかと思われる。]

   
金澤なる室生犀星におくる
遠つにかがよふ雪のかすかにも命ると君につげなむ。
[やぶちゃん注:これはやや古く、大正一二(一九二三)年十二月十六日附室生犀星書簡に載る。]

   
百事新たならざるべからざるに似たり
な古りそねや。
きんだちや。
新水干にひすゐかん新草履にひざうり
にひさび烏帽子ちやくと着なば、
にひはり道にやとかがみ、
新糞にひぐそまれや。
きんだちや。

[やぶちゃん注:「新さび烏帽子」は新しい皺烏帽子さびえぼし(皺をつけ、黒漆を塗って固めた烏帽子)のこと。因みに、筑摩書房全集類聚版脚注ではここを「新さび」と採ってしまい、意味不明の注になってしまっている。
「新はり道」「はり道」は「墾道」で、これ自体が新たに切り開かれた道、新道のこと。七五調の音数律を合わせるために屋上屋を施したものであろう。
「やとかがみ」「やっ! と屈み」の意。]


澄江堂雜詠 芥川龍之介 附やぶちゃん注 完