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   沙羅の花   芥川龍之介

[やぶちゃん注:底本は岩波版旧全集を用いた。これは全集では「澄江堂雜詠」の題で、その最後に「六 沙羅の花」として所載しているものである。「澄江堂雜詠」は大正十四(1925)年六月一日発行の雑誌『新潮』に掲載されたもので、この「沙羅の花」は作品集『梅・馬・鶯』にも所収している。]

   沙羅の花

 沙羅木は植物園にもあるべし。わが見しは或人の庭なりけり。玉の如き花のにほへるもとには太湖石と呼べる石もありしを、今はた如何になりはてけむ、わが知れる人さへ風のたよりにただありとのみ聞こえつつ。

   また立ちかへる水無月の

   歎きをたれにかたるべき。

   沙羅のみづ枝に花さけば、

   かなしき人の目ぞ見ゆる。