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生物學講話 丘淺次郎 はしがき 附藪野直史冒頭注を読む


生物學講話 第五章 食はれぬ法
第五章 食はれぬ法
 一 逃げること
 二 隱れること
 三 防ぐこと
 四 嚇かすこと
 五 諦めること

     第五章  食はれぬ法
 生物界の活動が大部分は餌を食ふためである以上は、どの種族のどの個體でも、食はれぬ術に秀でたものでなければ生命は保たれぬ。今日生存する六十餘萬種の動物を見るに、皆何らか敵に食はれぬための方法を具へて居る。しかし餌を捕へて食ふ側の方法も進歩して居るから、なかなか安心しては居られず、食ふ方法と食はれぬ方法との競爭に勝つたもののみが、よく天壽を全うすることが出來るのである。動物が敵の攻撃に對して身を護る方法は實に種々雜多で、これだけを集めて書いても大部な書物になる位故、こゝには一々詳しいことを記述するわけには行かぬが、その方法の相異なつたもの若干を擧げ、各々二、三の實例によつてこれを説明して置かう。
[やぶちゃん注:「今日生存する六十餘萬種の動物」流石に百年経っているから三倍近く増えている。現在、生物分類学上(以下、分かりきった数字の頭の「約」を省略する)、
種名を持つ動物種  一七五万種
とされ、未発見のものを含めて推定試算すると、地球上の
全生物種総数  三〇〇〇万~五〇〇〇万種
人によっては、控えめに見ても
全生物種総数 一億種
に達するとも言われる。例えば、種名を持つ動物種一七五万種とする個人のHP「宇宙船地球号のゆくへ」の「生物多様性」の記載を見ると、
昆虫類        七五万一〇〇〇種
多細胞植物約     二四万八〇〇〇種
昆虫を除く節足動物  一二万三〇〇〇種
軟体動物        五万種
真菌類         四万六〇〇〇種
とある。但し、この記述で気になるのは『現在までに発見され、命名されているのは』一七五万種である、という謂いである。これは当然、膨大な化石種を含むと考えられる。地球の歴史にとってみれば、また、自然現象や人類のために毎日のように滅亡してゆく種(*)があることを考えれば、化石種も現生種も大した差はないとも言えはしよう。

(*一日に平均して一〇〇種が絶滅している(一時間で四・六種とする主張もあり、これだと一日一一〇種になる)とまことしやかに言われるが、これについては私はあまり根拠のある数値であるとは思っていない。これは環境学者ノーマン・マイヤーズの「沈みゆく箱舟」(岩波現代選書一九八一年刊)に基づくもので、恐竜時代には約一〇〇〇年に一種、二〇世紀前半は毎年約一種の割合で生物種は絶滅していたが、一九七五年頃には毎年約一〇〇〇種が絶滅し、今世紀最後の二十五年間で一〇〇万種、平均して毎年四万種が絶滅するという統計的推定からの、単純逆算である。であれば、単純計算すると「我々の命名した知られる種」の内の二種弱が毎日絶滅していることになり、年間、「我々の命名した種」は少なくとも七三〇種以下三六五種以上が年間で絶滅し、刊行された一九八一年以降、凡そ二〇年間で加速分も含めれば(凡そ種の保護は追いついていないはずだから)、一万種以上の「我々に知られた一般的な種」が絶滅報告されていなくてはならない計算になる。私が言いたいのは、そのような報告が実際に事実としてあり、それを我々が日常的に知って驚愕しているかどうかである(新種発見の増加率は、有意なものとはみなせないとしてである)。生物種の絶滅は確かに加速しているし、種の保護は急務ではある。しかし、それをこのような数字で恐懼し、神経症的に自然保護を声高に叫ぶ以前に、私はヒト自身が、チェレンコフの業火や人為的単純環境の増加によって、それこそ多様性を失って、ヒトという種自身が滅亡の危機にあることを真剣に恐懼することの方が、より重要であるように思われてならない。)

 しかし、やはり気にならないか? 化石種を除いた現生生物の種数が摑みたいというのは純粋な「子供」の欲求である。私はその点で子供でありたい。そこで、「学研サイエンスキッズ」(こういう場合、子供向けサイトの方がこちらの需要に合った情報を伝えてくれるものである)の「動物は何種類くらいいるの」の答えを見よう。
動物種総数     一〇〇万種
とし、
鳥類            九〇〇〇種
魚類          二万三〇〇〇種
哺乳類           五〇〇〇種
両生類           二〇〇〇種
爬虫類           五〇〇〇種
で、以上の
脊椎動物総数      四万四〇〇〇種
とする。以下、無脊椎動物は
節足動物       八〇万種
軟体動物       一一万種
腔腸動物        一万種
原生動物        三万種
等とし、
植物         三〇万種
とウイルス・細菌菌類総てを含めた、
全生物種数     五〇〇万種以上
と提示している。ここで最後に再び、別なアカデミックな最新記事データを見ておくと、「科学ニュースの森」の二〇一一年八月二十五日附記事「地球上の生物種数」によれば、現在、発見されているだけで、
生物総数      一二〇万種以上
とあり、数値から見てこれは動物の種数を言っているとしか思われず、キッズ・データの確かさを裏打ちする(管見したところではどうも一〇〇万種から一五〇万種というのが学者の相場らしい)。因みに、この記事では、ハワイ大学とカナダにあるダルハウジー大学の共同研究チームによる生物の分類階級間の相関関係の研究により、地球上の
全真核生物総数   八七〇万種
とし、内
   陸産総数   六五〇万種
   海産総数   二二〇万種
と予測されたとあり、これによって現在陸産真核生物の八六%、海産のそれの九一%の生物種が未発見であるとある。こちらはかつての予測の一億に近づいた数値ではある。
 以上、これらの数値のいづれが正しいと思われるかは、読者の判断に任せたい。ともかくも私には子供向けの答えの方が、化石種を含まない数として、また、納得出来るしっくりくる数として「ある」とだけは言っておきたい。]

 こゝに一寸斷つて置くべきことは、動物が自ら身を護る方法でも、餌を捕へて食ふ方法でも、一種毎にその相手とするものは略々定まつて居て、決してすべてのものに對して同等に有功といふわけには行かぬといふことである。例へば堅い殼を被つて身を守るにしても、多數の敵はこれで防ぐことが出來るが、その殼をも破り得る程に力の強い敵、またはその殼を溶す程の強い劇藥を分泌する敵に遇つては到底協はぬ。しからば如何に強い敵が來ても、これを防ぎ得べき厚い殼を具へたらば宜しからうと考へるかも知らぬが、それでは普通の敵を防ぐためには厚過ぎて不便である。如何なる器官でも、これを造つて維持して行くには必ず資料を要する。そして器官が大きければ大きい程、これに要する資料も多いから必要以上に殼を厚くすることは、即ち滋養分を浪費することに當る。極めて稀に出遇ふ特殊の強敵をも脱ぎ得んがために、日常莫大な滋養分を浪費するのと、普通の敵を防ぐに有功なる程度に止めて滋養分を節約し、剩餘を生殖の方面に向けるのとでは、いづれが策の得たるものであるかは問題であるが、多くの場合には後の方が割が宜しい。かやうな關係から大抵の動物では、その護身の方法には一定の標準があつて、相手と見做す敵動物は略々定まつてある。こゝに述べる食はれぬ方法といふのも、各動物の標準とする敵に對して有功ならば、それで目的に協つたものと見なさねばならぬ。
[やぶちゃん注:「協はぬ」は「かなはぬ」と訓ずるが、「協う」の「かなう」は「合う」「合致する」「共にする」の意であって、「敵う」の「かなう」、後に打消しの語を伴って、対等の力はない、対抗出来ない、匹敵しないの意で用いるには、少なくとも私には抵抗がある。最後の「目的に協つたもの」の方は、合致するの意で自然である。]

 なお一ついふべきことは、先方から攻めて來るのを待たず、當方より食つて掛るのも、食はれぬ法の一種である。およそ如何なる武器でも、攻撃にも防御にも役に立つもので、同一の劍と鐡砲とで、敵を攻めることも味方を守ることも出來る通り、動物でも攻める裝置の具はつてあるものは、特に食はれぬためのみの方法を取るに及ばぬ。堅い甲を被つた龜は敵に遇ふごとに、頭と手足とを縮めるに反し、「すつぽん」は敵を見れば進んで嚙み付かうとする。それ故、甲は柔くても、これを襲ふ動物は却て少い。こゝには敵を攻めるのと同一の武器を用ゐて身を護る場合は一切略して述べぬこととする。
[やぶちゃん注:「すつぽん」爬虫綱カメ目潜頸亜目スッポン上科スッポン科スッポン亜科キョクトウスッポン属ニホンスッポン Pelodiscus sinensis。彼らがカメ類で唯一、柔らかい甲羅を持つ理由は、水中生活に特化したからというのが定説である。ウィキの「スッポン」にも『生息環境はクサガメやイシガメと似通っているが、水中生活により適応しており水中で長時間活動でき、普段は水底で自らの体色に似た泥や砂に伏せたり、柔らかい甲羅を活かして岩の隙間に隠れたりしている。これは喉の部分の毛細血管が極度に発達していてある程度水中の溶存酸素を取り入れることができるためで、大きく発達した水かきと軽量な甲羅による身軽さ、殺傷力の高い顎とすぐ噛み付く性格ともあわせ、甲羅による防御に頼らない繁栄戦略をとった彼らの特色といえる』とあり、丘先生の『「すつぽん」は敵を見れば進んで嚙み付かうとする。それ故、甲は柔らかくても、これを襲ふ動物は却て少い』という解説の正当性が裏付けられる(実は私は、攻撃的に咬みつくから、甲羅は柔らかくてよかったという、この記載に若干の疑問を持っていた)。]

     一 逃げること

 「三十六計逃ぐるに如かず」とは昔からよくいふことであるが、生物界に於ても敵に優つた速力を有すること、及び敵の來り得ざる處へ速に逃げ移ることは、食はれぬ法の中で最も有功なものである。およそ速に飛び、走り、游ぐ動物は、多くはこの方法を用ゐて居る。しかし、またこれらを餌とする動物は、更にこれに優つた速力をもつて居るので、かやうな敵に出遇つては無論成功を期せられぬ。獸類等では兎・鼠等の齧歯類、鹿・羊等の食草類がその最も著名な例であるが、これらは毎日逃げることによつてのみ、その身を全うし得るもので、萬一足が弱くなつた場合にはい一刻も生存は覺束ない。鳥類の如きは殆ど全部速力を賴みとして居る。山間の渓流で美しく鳴く「かじか蛙」、夏草の間を走る「とかげ」、「かなへび」を始め、捕へようとしても容易に捕へ難いのは皆巧に逃げるからである。池の表面に游ぐ「めだか」でも、水の上を走る「あめんぼ」でも、なかなか網で掬へぬことは誰も子供の頃のの經驗で知つて居る。
[やぶちゃん注:「かじか蛙」両生綱無尾目ナミガエル亜目アオガエル科カジカガエル Buergeria buergeri。日本固有種。鳴き声は「兵庫県立人と自然の博物館」のここで。
「かなへび」爬虫綱有鱗目トカゲ亜目トカゲ下目カナヘビ科カナヘビ属ニホンカナヘビ Takydromus tachydromoides。日本固有種。ウィキの「ニホンカナヘビ」によれば、「ニホンカナヘビ」という和名は日本爬虫両棲類学会の二〇〇二年一〇月六日に行われた『総会で承認採択された標準和名であるが、過去の文献では専門書・一般書をとわず単に「カナヘビ」と表記しているものも多い。カナヘビの語源については詳細不明であるが、可愛いらしい蛇の意で「愛蛇(かなへび)」と呼んだという説がある』とある。
「あめんぼ」昆虫綱有翅昆虫亜綱半翅(カメムシ)目異翅(カメムシ)亜目 Heteroptera に属する昆虫の内、長い脚を持って水上生活をするものの総称。本邦ではアメンボ上科アメンボ科アメンボ亜科に属する Aquarius paludum に「アメンボ」の和名が当てられているが、他にも多くの種類があり、いくつかの科に分類されている、漢字では「水黽」「水馬」「飴坊」などと表記する。参照したウィキの「アメンボ」によれば、『外見は科によって異なるが、翅や口吻など体の基本的な構造はカメムシ類と同じである。カメムシ類とはいかないまでも体に臭腺を持っており、捕えると匂いを放つ。「アメンボ」という呼称も、この匂いが飴のようだと捉えられたことに由来する』。『幼虫・成虫とも肉食性で、主に水面に落ちた他の昆虫に口吻を突き刺し、消化液を注入・消化された液体を吸汁する。魚の死体やボウフラなどから吸汁することもある。獲物を探す際は、獲物が水面で動いた時に発生する小さな水面波を感知して獲物の位置を掴む。そのためアメンボがいる水面を指で軽く叩くなどして波紋を作ると、アメンボが波紋の中心に近寄ってくる』。食物連鎖における天敵は魚類や鳥類などだが、アメンボ科エサキアメンボ Limnoporus esakii、ウミアメンボ亜科シオアメンボ Asclepios shiranui など、『生息環境に人の手が入ったことで減少し、絶滅危惧種となってしまった例もある』とある。]

 速に逃げる動物に必要なことは、敵のまだ近くまで寄つて來ぬ中にこれを知ることである。それには視るための眼、若しくは聽くための耳、または嗅ぐための鼻が大に發達していることが肝要である。兎は耳の長いので有名であるが、他の獸類でも速に逃げるものは皆相應に耳が大きい。鳥類が鐡砲打ちを容易に近づかせぬのは眼が鋭いからであるが、鹿などは少しでも怪しい香がすると、忽ち遠くへ逃げて行く。それ故風上からは到底近づくことは出來ぬ。かやうに逃げる動物には運動の器官の外に、感覺の器官も必ず發達して居るから、これを捕へて食ふものは必ずそれ以上に發達した運動・感覺の器官を具へねばならぬ。逃げる動物と追ふ動物とは、常にこの兩方面の競爭をして居るわけで、これに負けたものは、食はれて死ぬか食はずに死ぬか、いづれにしても生存が出來ぬ。


[ももんが]

[とびとかげ]

[印度諸島に産する 肋骨が長く左右に延び出て皮膚はその間に膜狀をなして張つてゐるから恰も開いた蝙蝠傘の如くに働き身體の急に落ちるのを防ぐ]

 單に敵と速力を競ふだけでは恰も競馬の如くで、若し少しでも敵より早く疲れたならば、必ず敗れねばならぬが、敵の追ひ掛けて來られぬ處へ移れば一時はとにかく安全である。例へば狼に追はれて樹に登るとか、虎に攻められて水中に潜るとかいふ如き法を取れば、當座の危難を免れ、疲れを休め、力を囘復することも出來る。動物の中には、この法を用ゐて敵から逃れるものが頗る澤山ある。樹の茂つた山に住む「むささび」・「ももんが」などはその一例で、常に樹の枝を昇降して果實を食つて居るが、「てん」に追ひ詰められたりすれば忽ち枝を飛び離れ、前足と後足とを開いてその間の膜を張り、空中を滑走して谷の向ふにある樹までも逃げて行く。「とかげ」の類にも肋骨を左右に開き、その間の膜を用ゐて空中を滑走するものがあり、雨蛙の類には、四足共に指が長く蹼が廣くこれを開けば恰も蝙蝠傘の如き形となつて、稍々遠い處まで枝から枝へ空中を飛び得るものがあるが、これらはいづれも昆蟲を捕へ食ふもの故、その空中に飛び出すのは、敵から逃げるためのときもあり、また自ら餌を求めるためのときもあらう。飛ぶ「とかげ」も飛ぶ蛙も共にインド熱帶地方の産である。


[飛蛙]

[やぶちゃん注:「むささび」齧歯(ネズミ)目リス科モモンガ亜科ムササビ Petaurista leucogenys。日本固有種。ウィキの「ムササビ」によれば、『長い前足と後足との間に飛膜と呼ばれる膜があり、飛膜を広げることでグライダーのように滑空し、樹から樹へと飛び移ることが』出来、一六〇メートル『程度の滑空が可能である。長いふさふさとした尾は滑空時には舵の役割を果たす』。
頭胴長 二七~四九センチメートル
尾長  二八~四一センチメートル
体重  七〇〇~一五〇〇グラム
と、同じモモンガ亜科に属するモモンガに比べ、遙かに大柄である(次注参照)。ただ、『漢字表記の「鼯鼠」がムササビと同時にモモンガにも用いられるなど両者は古くから混同されてきた。両者の相違点としては上述の個体の大きさが挙げられるが、それ以外の相違点としては飛膜の付き方が挙げられる。モモンガの飛膜は前肢と後肢の間だけにあるが、ムササビの飛膜は前肢と首、後肢と尾の間にもある。 また、ムササビの頭部側面には、耳の直前から下顎にかけて、非常に目立つ白い帯がある』とも記す。『日本に生息するネズミ目としては、在来種内で最大級であり、移入種を含めても、本種を上回るのものはヌートリア位しかいない』。その蒲団の様な形態から「野臥間」「野衾」(のぶすま)という異名を持つ、とある。
「ももんが」リス科モモンガ亜科の内の数属に属する滑空飛翔能力を有する小型哺乳類の総称。本邦では特にニホンモモンガ Pteromys momonga を指す。
頭胴長 一四~二〇センチメートル
尾長  一〇~一四センチメートル
体重 一五〇~二二〇グラム
と、前掲のムササビよりも遙かに小さい。参照したウィキの「モモンガ」によれば、『モモンガは、平安時代にはムササビと区別されておらず、「モミ」または「ムササビ」と呼ばれていた。このうちの「モミ」が転じて「モモ」となり、そこに鳴き声の「グァ」が加わ』った後、『江戸時代に「モモングァ(漢字の当て字は『摸摸具和』)」という語形が生まれ、「モモングァー」「モモンガー」を経て、最終的に「モモンガ」になったと推測されている』とある(但し、一部に出典要求が示されている)。『ちなみに、「モミ」から変化した「モモ」や「モマ」は今も各地に方言語形として残っているが、モモンガの意味で使用する地域は少なく、多くはムササビや化け物の意味で使用されている。 漢字による表記では前述の「摸摸具和」以外に「鼯鼠」が用いられることがあるが、後者はムササビについても用いられる』。『本州では妖怪扱いされていた時代もあり、子供を脅かすときや、誰かの悪口を言ったりするときに、「ももんがあ」ということがある』。『北海道のアイヌ民族からはエゾモモンガが子守する神として知られていたという』とある。
「てん」食肉(ネコ)目イタチ科イタチ亜科テン Martes melampus。テンはアオバズクなどのフクロウ類やイタチなどと並ぶムササビやモモンガの天敵である。
『「とかげ」の類にも肋骨を左右に開き、その間の膜を用ゐて空中を滑走するものがあり』爬虫綱有鱗目トカゲ亜目アガマ科トビトカゲ属 Draco に属する滑空飛翔能力を有するトカゲ類を指している。属名 Draco はラテン語で「竜(ドラゴン)」の意。インド南部東南アジア全域・中華人民共和国南部・フィリピンなどに分布、アリを主食とする。
「雨蛙の類には、四足共に指が長く蹼が廣くこれを開けば恰も蝙蝠傘の如き形となつて、稍々遠い處まで枝から枝へ空中を飛び得るものがある」両生綱無尾目カエル亜目アオガエル科アオガエル亜科アオガエル属に属するワラストビガエル Rhacophorus nigropalmatus(マレーシア・ボルネオ産)やその仲間(丘先生はインド産と注しておられるが、世界自然保護基金(WWF)が二〇〇八年八月一〇日に発表した一九九八年から二〇〇八年に東ヒマラヤ地域で発見された三百五十三種の新種生物の中にもトビガエルの仲間が一種含まれている)、及びアマガエル科 Hylidae に属するカエルの内でも、水かきを広げることで中長距離を滑空することが可能なカエル類を含む、凡そ数十種の滑空能力を有するものの謂わば俗称である(標準的なカエル類では三メートル以上の高さから落下すると内臓破裂や骨折で死亡するが、これらは一〇~一五メートル以上の高さからでも飛翔可能とされる)。ワラストビガエル Rhacophorus nigropalmatus の飛翔実験映像“Slow Motion of Frog Jumping (Rhacophorus reinwardtii)” 及び、種は不詳ながら自然界のトビガエルの仲間と思しい種の飛翔時の映像“Flyng frog in Flight (high-speed Video)”。]

 飛魚が水上に飛び出すのも敵から逃れるためである。水中には飛魚を追ひか捕へて食はうとする大魚が澤山に居るが、これから逃れるために、飛魚はまづ全身の筋肉を働かせ、尾で水を跳ねて空中に躍り出て殆ど身體と同じ長さの大きな胸鰭を扇の如くに開き、空中に身を支へながら三四囘も波形を畫いた後、出發點から二百米以上も隔つた處で再び水中に歸る。かくすれば水中の敵からは逃げられるが、空中にはまた「かもめ」の類が飛魚の飛び出すのを覗つて、捕へ食はうと待ち受けて居るから、何疋かは必ずその餌となるを免れぬ。どこへ行つても生活は決して安樂ではない。




[飛魚]
[やぶちゃん注:上が大正一五(一九二六)年版の図(国立国会図書館蔵。同ホームページより挿絵のみトリミングして転載)。下が講談社学術文庫掲載図。全く異なる。【2014年1月4日上図正式追補・国立国会図書館使用許諾済(許諾通知番号国図電1301044-1-5702号)】]

[やぶちゃん注:「飛魚」ダツ目トビウオ科 Exocoetidae に属する魚類の総称(科名はギリシア語“exo koitos”、「棲家から出て来る」の意)。太平洋・インド洋・大西洋の亜熱帯から温帯の海に棲息、全五〇種ほどの内、日本近海では三〇種弱が観察出来る。その形態は、体躯自体が細い筒状の逆三角形の断面を持つ体をしており、最大種でも全長約三〇~四〇センチメートルに留まり、背は藍色で腹は白色(青魚のブルーバック効果)、胸鰭が発達して著しく大きく、尾鰭は上端と下端が長く伸びたV字状となっており、特に下端が長く、水面から飛び立つ際の推進力を効率よく伝えられるようになっている。滑空時には胸鰭を広げ、グライダーの翼のような役割を担う。同様に腹鰭も大きな種がおり、この場合には四枚の翼で飛ぶように見える。飛翔の目的は主にトビウオを好餌とするシイラ・サメ・マグロなどの捕食者から逃げるためとされている。一般的な滑空は一〇〇メートル程度は普通に可能で、水面滑走速度は時速三五キロメートル、空中滑空速度は時速五〇~七〇キロメートル、滑空高度は高い場合は水面から三~五メートルまで達する(幻冬舎二〇〇二年刊の日本おさかな雑学研究会編「頭がよくなる おさかな雑学大事典」に拠れば、大型のものでは六〇〇メートル程度滑空するものがあるとする)。シイラに飛翔を読まれて逆にシイラの口に飛び込んでしまったり、漁船などに自ら飛び込んでしまうケースもある。二〇〇八年五月にNHKクルーが鹿児島沖のフェリーから四五秒間にわたって(途中、水面を何度か尾鰭で叩きながら)飛翔し続ける様子を撮影したものがあるが、これは映像として捕えられた過去最長記録と報じられた(以上は主にウィキの「トビウオ」を参照した。飛翔映像のリンク先は二〇〇八年五月二〇日附のBBCニュースの動画で、本注を附した二〇一二年一〇月八日現在でも視聴出来る)。]


[ペンギン鳥]

 以上はいづれも敵を後に殘して空中へ飛び出すものであるが、敵に食はれぬために水中へ逃げ込む動物も澤山ある。「をつとせい」・「あしか」・「あざらし」のやうな海獸は身體の形狀が遊泳に適して、陸上では運動が頗る拙であるから、敵に遇へば直に水中に飛び込んで逃げる。「かはをそ」〔カワウソ〕なども危險に遇へばまづ水中に逃げ込む。南極に近い方の無人島に非常に數多く棲息する「ペンギン鳥」も、常には岩の上に一面に竝んで居るが、攻められれば忽ち水中に飛び込んで逃げる。翼が極めて短く、且羽毛が殆ど鱗の如くであるから、無論この鳥は空中に飛翅することは出來ぬが、その代り水中に入れば翼を用ゐて恰も魚の如くに自由自在に遊泳する。「がん」や「かも」が泳ぐのは全く足の運動によるが、「ペンギン鳥」では足はたゞ舵の役を務めるだけである。なほ逃げることによつて身を護る運動は幾らでもあつて誰でも知つて居るものが多いから、わざわざ例を擧げることは以上だけに止めて置く。
[やぶちゃん注:「かはをそ」食肉(ネコ)目イタチ科カワウソ亜科 Lutrinae に属するカワウソ類の古称。「かわをそ」とは「川恐」で、川に住む恐ろしい魔物の謂いである。なお、カワウソ亜科にはカワウソ属ユーラシアカワウソ亜種ニホンカワウソ Lutra lutra whiteleyi(独立種とする考え方もある。但し、昭和五四(一九七九)年以来、目撃例がなく、今年(二〇一二年八月)、環境省はレッドリスト改訂で正式に絶滅種と認定した。昭和まで棲息していた哺乳類で絶滅種に指定されたものは本種が初めてである)などの他、ラッコ類も属す。
「飛翅」「飛翔」の誤植とも思われるが(講談社学術文庫版は「飛翔」)、農作物を食害する昆虫を謂うのに「飛翅害虫」という専門用語があるので、一応、ママとしておく。]

   二 隠れること

 隠れるといふ中には、敵に見える場處から敵に見えぬ場處へ移ることと、平常から見えぬ場處に止まつて居ることとがあるが、兩方ともに動物界にはその例が澤山にある。巧に隠れることは、敵に食はれぬ法の中で、最も有功なしかも勞力を費すことの最も少い經濟的なものである。しかし、またこれを探し出すことを専門とする動物が必ずあるから、隱れたりとて決して全く安全とはいはれぬ。但し、隱れなければ數百數千の敵に襲はれるべき所を、隱れて居るためにわずかに二三の特殊の敵に攻められるだけで濟むのであるから、隱れただけの功能は勿論ある。その上獅子・虎の如き無敵の猛獸でも、安心して休息するためにはやはり隱れ場處を要するから、動物中で眞に隱れる必要のないものは、恐らく大洋の表面に浮んで居る「くらげ」の如き種類の外にはなからう。
[やぶちゃん注:クラゲが生物で唯一、隠れる必要のない生物である、という丘先生の叙述は何やらん、哲学的で面白いではないか。]

 敵が近づけば忽ち隱れる動物は頗る多い。これは見える處から見えぬ處へ移るのであるから逃げるのの一種であるが、そのとき即座の鑑定によつて適當な隱れ場處を求めて逃げ込むものと、豫め隱れ場處を造つて置き、常にその近邊のみに居て、敵が見えれば忽ちそこへ逃げ歸るものとある。海岸の岩や石垣の上に澤山走り廻つて居る船蟲は、人の影を見れば直に最も近い割目に這ひ込むだけで、別に巣の如き定まつた場處はないが、砂濱に多數にいる「小がに」は各自に一つづつ孔を穿ち、常にその近くに居て、若し人が來り近づくと、皆一齊に自分の穴に逃げ込む。潮の干たときに、鋏で砂粒を挾んで餌を求め食ふ擧動が、恰も招く如くであるから、俗に「潮招き」と名づける。走ることが極めて速で、且穴が近くにあるから、捕へることは頗る難い。狐・狸でも兎の類でも、追はれれば直に穴に逃げ込むもの故、これを獵するには特に足の短い獵犬の助けを借らねばならぬ。
[やぶちゃん注:「潮招き」は、丘先生は砂浜海岸に棲息する小蟹類(甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱ホンエビ上目十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目短尾(カニ)下目スナガニ上科スナガニ科スナガニ Ocypode stimpsoni やスナガニ科コメツキガニ亜科コメツキガニ Scopimera globosa など)の砂泥からの摂餌行動を、土俗で広義に「潮招き」と呼ぶ、と叙述されているのであって、これは、所謂、狭義の種としてのスナガニ科スナガニ亜科のシオマネキ属 Uca 類を指しているのではない点に注意されたい。因みに、シオマネキ類のオスが大きな鋏脚を振る「潮招き」行動、ウェービング(waving)は、摂餌行動ではなく、求愛行動である。]

 敵の多い世の中に、全身を露出して居ることは餘程不安の感じを起こすものと見えて、海産動物を飼養する場合に、もし砂や石塊を入れて隱れ家を造つてやると長く元氣に生活するが、たゞ水ばかりの中に入れて置くと、暫くあてなしに匐ひ廻つた後に段々衰弱して死ぬものが多い。動物を採集に行った人は誰でもよく知つて居る通り、現れた處のみを探しては何も居らぬやうなときにも、石を覆し、泥を掘り、皮を剝がし、枝を打ちなどすると、意外に多くの動物が出て來る。海の底から取つて歸つた石を海水に漬けて置くと、二、三日過ぎて水が少し腐りかゝるころになつて、初め見えなかつた蟲が澤山に匐ひ出すことがあるが、これは石の穴のなかに隱れて居たのが苦しくなつて、出て來るのである。特に不思議に見えるのは、岩に穴を穿つて、そのなかに生きた貝が、嵌り込んで居ることで、「しゞみ」や「はまぐり」と同類の二枚貝が如何にして岩石に孔を穿ち、その固く嵌つて取り出せぬやうになるかは、餘程ほど詳しく研究せぬと明にならぬ。處によると海岸の岩に一面に孔があつて、中には「にほ貝」といふ貝殼の薄い貝が一疋づつ居る。また海岸の岩を破ると、中から「石食ひ貝」または「石まて」と名づける、椎の實を長くした如き形の貝が澤山出て來るが、これらは自分で穿つた孔の中に隱れて居たものである。「にほ貝」は夜光を發するから、イタリヤの漁夫の子供らはこれを嚙んで口中を光らせ、暗い處で人を驚かして戲れる。


[石食ひ貝]

[やぶちゃん注:「にほ貝」二枚貝綱異歯(ハマグリ)亜綱マルスダレガイ(ハマグリ)目ニオガイ上科ニオガイ科ニオガイ(鳰貝)Barnea manilensis。「鳰」はカイツブリ目カイツブリ科の水鳥カイツブリ Tachybaptus ruficollis の古名で、貝の輪郭がカイツブリを連想させることに由来するとも言われるが、余り似ているようには思われない。ニオガイ科の貝類は多くは白色で両殻が膨らみ、前端や後端は開いているが、特に前端部には石灰質の被板が出来る種が多く、それらでは殻の表面の前部には放射肋が出るか若しくは成長みゃくがおろし金状になって後部と明白に区別される。靭帯や鉸歯こうし(“hinge teeth”。貝殻の蝶番部にある歯で二枚貝では大きな分類学的特徴を現わす)もない。殻の内面は殻頂の下から棒状突起が出ており、殻の背や復部側に複数の石灰版が出来る場合もあるが活動時には容易に失われる。多くは砂泥岩に穿孔して棲息している。本邦産は八属十二種(但し、以上の記載及び後のニオガイの記載は主に昭和三六(一九六一)年保育社刊波部忠重「続原色日本貝類図鑑」に基づいたので産種数などは増えている可能性がある)。ニオガイは潮間帯から水深一〇メートルまでの岩に穿孔して生息する。殻は白色で薄く、殻長約七センチメートル、殻高・殻幅共に約二・五センチメートルで、前後に細長く殻頂は前方に寄る。殻前部は細く尖り、成長脉と放射肋とが交わって弱い刺状になっており、これを用いて物理的に泥岩を削って穴を開けてそこを棲管とする。南方の個体は大きく棘も強いが、北方では小形になる。左右の殻は広く開いており、生貝ではここから軟体部の太い斧足を出し、この足で穴中に固着、殻を回転させながら穴を開ける(以上の大きさのデータと掘削行動については個人の図鑑「そらいろネット」の「ニオガイ」を参照した。リンク先には画像もある)。
『「石食ひ貝」または「石まて」』は二枚貝綱翼形亜綱イガイ目イガイ科イシマテ LithophagaLeiosolenuscurta。異名イシワリ。殻は前後に細長く円筒形を呈し、靭帯の後端背部の縁で僅かに高まる。殻表面は褐色、成長脉のみで外に外形的特異性は認められないが、所々に石灰層を付着している。石灰層は後端で厚くなり、且つ殻の端より少し延長されており、腹面方向では縦に襞状に刻まれている。内面には歯も内縁の刻みもない。本類は珊瑚礁や岩石に穿孔して棲息、甚だしいものでは同種の他の個体の殻にさえ穿孔する。岩礁性海岸に無数の小孔を見るが、これは『本類その他、スズガイ、ニオガイ、カモガイなどの穿孔したものであり、多くはこれら岩礁を割って採集する』(保育社刊昭和四九(一九七四)年改訂版吉良哲明「原色日本貝類図鑑」より)。
『「にほ貝」は夜光を發する』ウィキの「オオノガイ目」Myoida によれば、『二枚貝類としては珍しい発光性の種を含み、ツクエガイ科のツクエガイやニオガイ科のヒカリカモメガイ Pholas dactylus、ヒカリニオガイ Barnea candida などが発光液を分泌して細胞外発光をすることが古くから知られている』(目が異なるが、以上の記載には、このオオノガイ目は分子系統解析から単系統ではないとの研究結果もあり、将来的には所属する科が変わったり、分類階級が目以外のものになる可能性もあると記されている)。]

 海中には材木に穴を穿つてその中に隱れる貝もある。岩に孔をあけるの
とは違ひ、人の造つた棧橋や船底の木を孔だらけにするのであるから、なかなか損害が大きい。日本で風流な住宅の周圍の塀に用ゐる船板には、表面に蜿曲した長い凹みが澤山に見えるが、これが皆、「船食ひ貝」〔フナクイムシ〕の仕業であつて、このために船は廢物となり、板のみが後に利用せられてゐるので居る。大抵の二枚貝は、「はまぐり」でも「あさり」でも「かき」でも「しゞみ」でも、殼を閉ぢれば柔い肉は全部その内に收まるが、「船食ひ貝」だけは、普通の貝とは違ひ、體は「みみず」のやうな細長い形で殆ど全部露出し、殼は左右とも極めて小さく、僅に體の前端を被ふに過ぎぬ。幼時は水中を游いで居るが、材木の表面に付著すると直にこれに孔を穿つて入り込み、段々隧道を延してその内面に薄い石灰質の壁を造り、自身はその内部に隱れて、たゞ體の後端だけを材木の表面に出して居る。多くの二枚貝には體の後端に二本の管が竝んであつて、殼を開いて居る間は絶えずその一本から水を吸ひ入れ、他の一本から水を吐き出してゐるが、吸ひ入れられる水の中にはいつも微細な藻類などが浮んで居るから、貝はこれを食つて生きて居ることが出來る。「船喰ひ貝」の生活もかやうな具合で材木の中に隱れては居るが、體の後端を表面まで出して居る所から考へると、やはり水とともに微細な餌を吸ひ込んで食ふのであらう。今では大きな船は皆鋼鐵で造るから、この貝のために受ける損害は非常に減じたが、昔の木造船の蒙つた害は實に甚しいものであつた。それ故この貝には「船の恐れ」といふ意味の學名が附けてある。


[船食ひ貝害 船食ひ貝]

[やぶちゃん注:「蜿曲」「ゑんきよく(えんきょく)」と読み、幾重にも折れ曲がっているさま、くねくねしているさまを言う。
「船食ひ貝」現在の船食虫ふなくいむし、二枚貝綱異歯亜綱ニオガイ上科フナクイムシ科 Teredinidae に属する海産の貝類を指す呼称(貝類であるから標準和名は丘先生のようにフナクイガイとするべきであったとは私は思う)。実はこれは「第三章 生活難 六 泥土を嚥むもの」の注に既出なのであるが、そこで丘先生は『港の棧橋の棒杭などは「わらじむし」に似た小さな蟲』として、節足動物門甲殻亜門軟甲綱等脚(ワラジムシ)目有扇(コツブムシ)亜目スナホリムシ科 Cirolanidae のスナホリムシ類を「船食蟲」=「フナクイムシ」として示されておられ、それについての疑義を私が掲げた部分であるから、再注しておく。本邦産フナクイムシは十一属二十二種を数えるが、中でも Teredo 属がよく見られる。殻は球状で殻頭は小さな三角形を呈し、そこと殻体前部との間には細い肋があり、その上部は鋸歯状となっている。殻体と殼翼とは喰い違っており、殻頂からは棒状の突起も出ている。石灰質の棲管を作り、主として木材に穿孔、木造船や海辺に設置された木造建築物などに甚大な被害を与える。軟体部は非常に細長く、穿孔口の水管の出る部分に栓の役割を持つ尾栓があって、これが種によって矢羽・麦穂状などの多様な形態を示すため、それが分類の目安とされる。ウィキの「フナクイムシ」には『水管が細長く発達しているため、蠕虫(ぜんちゅう)状の姿をしているが、二枚の貝殻が体の前面にある。貝殻は木に穴を空けるために使われ、独特の形状になって』おり、『その生態は独特で、海中の木材を食べて穴を空けてしまう。木材の穴を空けた部分には薄い石灰質の膜を張りつけ巣穴にする。巣穴は外に口が空いており、ここから水管を出して水の出し入れをする。 危険を感じたときは、水管を引っ込めて尾栓で蓋をすれば何日も生きのびることができる』。『木のセルロースを特殊な器官「デエー腺」(gland of Deshayes)中のバクテリアによって消化することができる』とある。
「板のみが後に利用せられてゐるので居る」ママ。「居る」は「ある」の誤植であろう。
『「船の恐れ」という意味の學名』代表種の一種であるフナクイムシ Teredo navalis japonica の学名は、ラテン語で“Teredo”は「穴をあけるもの」、“navalis”は「船舶の」の意である。他の一般的な四種の学名も見て見たが、「船の恐れ」の意のものを見出すことは出来ない。失礼ながら丘先生は“teredo”という綴りを、「怖がらす」の意の“terreo”と見誤ったものではあるまいか? 識者の御教授を乞うものである。]

[とたてぐも]

 「くも」類のなかには地中に孔を造つて、その中に隱れて居るものが幾種類もあるが、その中で「とたてぐも」と名づけるものは、絲を編んで孔の入口に丁度嵌るだけの圓形の開き戸をつくり、常にはこれを閉ぢて置くので外面からは孔の有り場處が少しも分らぬ。平地にも崖の處にもあつて、決して珍しいものではないが、蓋の外面にはその周圍と同樣に、赤土の處ならば赤土、苔のある處ならば苔が附けてあるから、餘程注意して見てもなかなか見出だし難い。今から最早四十年許りも前になるが、東京本郷の大學構内の池の傍で、この類の「くも」が偶然見附けられたのは、「くも」の體に寄生した菌が孔の蓋を下から押し開けて、地上へ延び出して居たからであつた。この「くも」は箱のなかに飼うて置いても、巧みに土中に孔を穿ち蓋を造るから、詳にその擧動を觀察することが出來るが、最も面白いことは戸の裏に二つ小さな凹みを造つて置き、若し何者かが來て、外から戸を開かうとすると、「くも」は内から足の爪をこれに掛けて開けさせぬやうに力を込めて引いて居る。
[やぶちゃん注:「とたてぐも」節足動物門鋏角亜門クモ上綱蛛形(クモ)綱クモ亜綱クモ目クモ亜目のカネコトタテグモ科 Antrodiaetidae 及びトタテグモ科 Ctenizidae に属する種の総称。以下、ウィキの「トタテグモ」から引用するが、その殆んどの部分が本文との関連の濃密な記載であるので、ほぼ全文を引用させて戴く(アラビア数字を漢数字に代え、記号も変更した)。『日本で最も普通の種は、キシノウエトタテグモ Latouchia swinhoei typica である。本州中部以南に分布し、人家周辺にも普通に生息する。コケの生えたようなところが好きである。地面に真っすぐに穴を掘るか、斜面に対してやや下向きに穴を掘る。穴は深さが約一〇センチメートル程度、内側は糸で裏打ちされる。巣穴の入り口にはちょうどそれを隠すだけの楕円形の蓋がある。蓋は上側で巣穴の裏打ちとつながっている。つながっている部分は狭く、折れ曲がるようになっていて、ちょうど蝶番のようになる。蓋は、巣穴と同じく糸でできている。そのため、裏側は真っ白だが、表側には周囲と同じような泥や苔が張り付けられているため、蓋を閉めていると、回りとの見分けがとても難しい』。『クモ本体は体長一五ミリメートルくらい。触肢が歩脚と見かけ上区別できないので十本足に見える。これは原始的なクモ類に共通する。鋏角は鎌状で、大きく発達していて、穴掘りに使用する。全身黒紫色で、腹部にはやや明るい色の矢筈(やはず)模様がある。クモは巣穴の入り口におり、虫が通りかかると、飛び出して捕まえ、巣穴に引きずり込んで食べる。大型動物が近づくと、蓋を内側から引っ張って閉じる。さらに接近すると、巣穴の奥に逃げ込む。巣穴の奥に産卵し、子供としばらくを過ごす。子供は巣穴を出てから空を飛ぶことなく、歩いて住みかを探す』。『環境省のレッドデータブックでは、「準絶滅危惧」とされる』。『両開きの扉を作るものもある。カネコトタテグモ科に属するもので、日本では本州の固有種であるカネコトタテグモがそれである。多くは苔の生えた斜面に巣穴を掘る。その巣穴の入り口は、左右に開くようになっているが、キシノウエトタテグモの場合のように、蝶番部がはっきりしている訳ではないので、あまり扉らしくは見えない。閉じている時には、中央に、縦に閉じ目がわずかに見えるが、蓋の表面は周囲と同じ苔などで覆われ、発見するのは大変困難である。北海道のエゾトタテグモも同様の巣を作る』。『キシノウエトタテグモには、冬虫夏草の一種であるクモタケがよくつく。クモタケがクモにつくと、巣穴の底で死んだクモからキノコの子実体が伸び、扉を押し上げて地上にその姿を現す。キシノウエトタテグモの巣はなかなか発見しづらいので、キノコが出現したことで、初めてクモの存在に気が付くという場合がある』(『冬虫夏草の一種であるクモタケ』とは菌界子嚢菌門核菌綱ボタンタケ目バッカクキン科 Nomuraea 属クモタケ Nomuraea atypicola。子実体は主に春から夏にかけて庭園や民家近くなどの地上に巣を作ったクモから発生する。形状は棍棒状で長さ約三~八センチメートルとなり、薄紫色の分生子に覆われる(以上はウィキの「クモタケ」に拠る)。この記載から、丘先生の記される東京大学の三四郎池と思しい場所で発見されたというのも、このキシノウエトタテグモ Latouchia swinhoei typical と考えられる)。]


[隱れがに]

 敵に對して身を守るためには、岩や木や土の中に隱れるものの他に、生きた動物の體内に假の住居を定めるものがある。「はまぐり」「たいらぎ」の貝の中には往々小さな「かに」が居るが、この「かに」は常に肉の間に隱れて居て、殼の開いて居るときでも外へ匐ひ出さぬ。しかし、ただ場所を借りて居るだけで、貝の血を吸ふのでもなく肉を食ふのでもないから、決して寄生とは名づけられぬ。支那の古い書物には「※蛣」という名で[やぶちゃん注:「※」=「虫」+(「嗩」-「口)。]、この「かに」のことが出て居るが、その説明を見ると、「はまぐり」には眼がないから、敵が近くへ來ても知ることが出來ぬが、かかる場合には※蛣が常に宿を借りて居る恩返しに、鋏で輕く貝の肉を挾んで警告すると、貝は急に殼を閉ぢて貝も「かに」も共に敵の攻撃を免れると書いてある。これは素より想像であるが、全く類の異なつた二種の動物が共同の生活をして居るのを見て奇妙に思ひ、考へ附いたことであらう。常に貝の内部に住んで居て、生活の狀態が稍々寄生動物に似て居るから、幾分か寄生動物の通性を具へ、甲は柔く、足は短く、體は丸く肥えて、眼は極めて小さい。卵を産むことの頗る多いのも、やはり寄生動物と相似て居る。或る種類の「なまこ」を切り開いて見ると、體内からこれと同じやうな「かに」の出て來ることが屢々ある。
[やぶちゃん注:甲殻亜門軟甲(エビ)綱真軟甲亜綱ホンエビ上目十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目短尾(カニ)下目原始短尾群 Thoracotremata(トラコトレマータ)亜群カクレガニ上科カクレガニ科 Pinnotheridae に属するカニ類の総称。同科の種の殆んどは貝類等の他の動物との共生性若しくは寄生性を持つ。甲羅は円形乃至は横長の楕円形を呈し、額は狭く、眼は著しく小さい。多くの種は体躯の石灰化が不十分で柔らかい。本邦には四亜科一四属三〇種が知られる。二枚貝類の外套腔やナマコ類の総排出腔に棲みついて寄生的な生活をする種が多く、別名「ヤドリガニ」とも呼称する。一部の種では通常は海底で自由生活をし、必要に応じてゴカイ類やギボシムシなどの棲管に出入りするものもいる。以下に示す基準種の属名 Pinnotheres から「ピンノ」とも呼ぶ。丘先生の言われるように、宿主の体を食べることはないが、有意に宿主の外套腔や体腔等の個体の内空間域を占拠するため、宿主の発育は阻害されると考えられ、この点から私は寄生と呼ぶべきであると思っている(以上の記載は主に保育社平成七(一九九五)年刊「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅱ]」及び平凡社「世界大百科事典」の記載を参考にし、以下の種記載は主に前者に拠る)。以下に貝類に共生する代表種三種と本文最後に示されるナマコ共生性の一種とその近縁種一種の計五種を示しておく。
カクレガニ亜科オオシロピンノ Pinnothres sinensis
甲長は♂四ミリメートル以下、♀一四ミリメートル以下。乳白色の甲羅の表面は平滑で辺縁部には歯(ギザギザの突起)はない。カキ・イガイ・アサリ・ヒメアサリなどの外套腔に寄居する。分布は房総半島以南九州まで。
カクレガニ亜科カギヅメピンノ Pinnotheres phoradis
最もよく見かけるピンノ類で、歩脚の指節(先端部の節)は短く鉤爪状になっている。アサリ・ハマグリ・イガイ・アズマニシキ・ヒオウギなどの外套腔に寄居する。
カクレガニ亜科クロピンノ Pinnotheres boninensis
上記のカギヅメピンノ Pinnotheres phoradis に似ているが、歩脚の指節が長く、生時は紫黒色をしている。ケガキ・マガキなどカキ類の外套腔に寄居する。分布は東京湾から紀伊半島及び小笠原諸島。
マメガニ亜科シロナマコガニ Pinnixa tumida
甲長は七ミリメートル以下。鉗脚(第一脚)の長節(頭胸部に最も近い長い節)には長い軟毛は密生する。可動指(鉗脚の尖端の鋏の外側部分)の内縁には一個の大きな歯(隆起した突起)を持つ。歩脚は第一・第二対に比して第三対が際立って太い。浅海の砂泥底に棲む棘皮動物門ナマコ綱 Apodacea 亜綱隠足目カウディナ科シロナマコ Paracaudina chilensis の総排泄腔に寄居する。分布は函館湾・陸奥湾・男鹿半島より記録されている。
マメガニ亜科ラスバンマメガニ Pinnixa rathbuni
上記のシロナマコガニ Pinnixa tumida に酷似するも、本種は環形動物門多毛綱フサゴカイ目フサゴカイ科 Loimia 属チンチロフサゴカイ Loimia verrucosa の棲管内に寄生するも、時として大群で海面上を群泳することがある。
参照した「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅱ]」には、ラスバンマメガニ Pinnixa rathbuni の最後に記した群泳行動について、『カクレガニ科の他の種類についてもしばしば観察されており、交尾行動と関係があるらしく、群泳のあと、カニは海底に降りてそれぞれの宿主との共生生活にはいるものと考えられている』とある。
『支那の古い書物には「※蛣」という名で、この「かに」のことが出て居る』〔「※」=「虫」+(「嗩」-「口)〕は「璅蛣」「瑣蛣」とも書き、「璅蛣腹蟹」という語も検索に掛かる。これは、幻想的博物誌「山海経(せんがいきょう)」の注釈者として知られる西晋・東晋の文学者郭璞(かくはく 二七六年~三二四年)の代表的文学作品「江賦」や、南北朝の陳代(五五七年~五八九年)の作として本草書で引用される沈懐遠「南越志」(現物は消失)に出るが、丘先生の言うような内容のものを見出し得ないでいる。是非とも識者の御教授を乞うものである。]


[隱れ魚]

 「なまこ」は一寸見ると、どちらが頭かどちらが尻か分らぬやうであるが、生きて居るのを觀察すると、頭の方には口があつて、その周圍に枝分れした指の如きものが竝び生じ、常に徴細な食物を口の中へ運び入れて居る。また尾の方には大きな肛門があつて、人間が呼吸するのと略々同じ位の囘數で絶えず開閉して多量の海水を吸ひ入れたり噴き出したりする。されば「なまこ」の尻の内は常に新たな海水が出入して、小さな動物の住むには適するものと見えて、「かに」が往々その中に隱れてゐることは前に述べたが、なほその他に一種の魚が住んで居ることがある。前の「かに」を「隱れがに」といひ、後のを「隱れ魚」と稱するが、いづれも單に「なまこ」の體内の空處を利用して居るに過ぎぬから、「なまこ」に害を及すことなしに、自身は稍々安全に生活が出來る。「隱れ魚」は形が稍々「あなご」に似た細長い魚である。日光に當たらぬから色は餘程白い。大きな餌を喰ひたいとか、大勢集まつて賑かに暮したいとか思ふ普通の魚類に比べると、競爭を恐れる意氣地なしのやうに見えるが、紛々たる魚界の俗事を餘處にして、「なまこ」の尻の内に悠々自適して居る「隱れ魚」は、所謂風流人に似た所がないでもなからう。
[やぶちゃん注:「隱れ魚」条鰭綱新鰭亜綱側棘鰭上目アシロ目アシロ亜目カクレウオ科 Carapidae に属する海水魚。オニカクレウオ亜科 Pyramodontinae とカクレウオ亜科 Carapinae の二亜科で構成され、七属三一種が記載される。ナマコや二枚貝などの他の底生生物の体腔内に隠れ住む習性を持つ種が多い(オニカクレウオ属などには自由生活をするものもいる)。体は細長く、鱗がなく、腹鰭もない。以下、参照したウィキの「カクレウオ」から引用するが、彼らの生態はあまりよく分かっていないのが現状である(アラビア数字を漢数字に代え、一部の記号を変更、注記号は省略した)。『インド洋・太平洋・大西洋の熱帯・亜熱帯域に広く分布』し、『サンゴ礁など沿岸の浅い海から水深二〇〇〇メートルに至る深海まで、生息域は幅広い。主に海底付近で生活する底生魚のグループであり、日本近海からは少なくとも六属一二種が知られている』。『本科魚類はナマコなど他の底生生物の体内に隠れ住むという、際立った習性をもつことで知られている(inquiline:偶棲生物)。肛門などの開口部から宿主に侵入したカクレウオの仲間は、昼間は体内に潜み、夜間に外に出て小型甲殻類を捕食する。宿主の内臓を食い荒らすような寄生性が一部の種類に指摘されているが、明瞭な証拠は得られておらず、一般に片利共生とみなされることが多い。カクレウオ属・シロカクレウオ属・シンジュカクレウオ属(いずれもカクレウオ亜科)の仲間がこの習性をもつ一方、オニカクレウオ亜科およびクマノカクレウオ属・ソコカクレウオ属は共生をせず、生涯自由生活を送る』。『ナマコの他にヒトデ・二枚貝・ホヤなども宿主となり、一匹のナマコの中に十五匹のカクレウオが共生していた例が知られている。本科魚類の英名「Pearlfish」は、カクレウオ類の一種がカキの殻の中に埋まった状態で発見されたことに由来する』。『二つの段階に明瞭に分かれた仔魚期を送ることも、本科魚類の特徴である。第一期(vexillifer期)の仔魚は長い背鰭鰭条をたなびかせながら中層を漂い、浮遊生活を送る。仔魚は第二期(tenuis期)になると底生生活に移行し、長い背鰭鰭条は脱落し体長の短縮が生じる。この時期に宿主との共生生活に入るものとみられている』とある。但し、英名については、荒俣宏氏の「世界大博物図鑑2 魚類」の「カクレウオ」には『北アメリカでは真珠貝のなかにいるのがふつうである。ただ、真珠貝にすむカクレウオは、ときとして貝の中に閉じ込められる危険性があり、そのうえ真珠質で体を塗りこめられることもある。真珠色の魚になれば、文字通りパールフィッシュだ(ノルマン《魚の博物学》』とあって、こちらの方がしっくりくる。荒俣氏は同項でカクレウオ属 Encheliophis とシロカクレウオ属 Carapus の学名を『エンケリオフィスは、ギリシア語の〈ウナギ enchelys〉と、〈ヘビ ophis〉を合わせたもの。この魚の形態を示す。カラプスは本種を指すアマゾンのトゥピ族の言葉 carapo に由来する』とされている。また、上記のノルマンの著作から、『カクレウオがナマコの体内にはいるときは、まず頭でナマコの肛門を探し、次に尾を丸く曲げて肛門の中に挿入し、体をまっすぐにして、後ろ向きに蠢動しゅんどうしながら宿主のなかに入る』とあって、荒俣氏は一貫してナマコの体内の損傷の可能性を記しておられ、平凡社一九九八年刊の日高敏隆監修「日本動物大百科 第6巻 魚類」の林弘章氏の記載でも『一般に「ナマコ類と共生」するといわれているが』、『ナマコ類を宿主とする場合は共生よりもむしろ寄生に近く、宿主の内臓や生殖腺を食べることが知られている』とあり、私もこれを共生(片利共生)と呼ぶことには懐疑的であることを記しておきたい(荒俣氏・林氏の引用部はコンマとピリオドを句読点に代えた)。
「頭の方には口があつて、その周圍に枝分れした指の如きものが竝び生じ」口触手(若しくは単に触手)と呼ぶ。ベントス食である彼らの触手は種によって微妙に異なり、それぞれが異なる大きさの細粒状堆積物を採餌している。]


[同穴海綿]


[同穴えび 雌(左) 雄(右)]

「隱れがに」でも「隱れ魚」でも、好んで即や「なまこ」の體内に隱れて居るだけで、若し出ようと思へば隨意に出ることが出來る。現に網に掛つた「なまこ」の尻からは、往々「隱れ魚」が躍ね出ることがある。これに反して海綿の體内に隱れて居る「えび」の類は、全く海綿の組織に包まれて一生涯外に出ることが出來ぬ。その最も著しい例は、相模灘の深い處などから取れる偕老同穴かいらうどうけつと名づける美しい海綿で、その内部には必ず雌雄一對の「えび」が同棲して居る。海綿の體は中空の圓筒形で、骨骼は全部無色透明の珪質の針から出來て居るから、乾した標本を見ると恰も水晶の絲で編んだ籠の如くで實に麗しい。西洋人がこの海綿のことを「愛の女神ヴェヌスの花籠」と名づけるのは尤である。但し普通の海綿とは違ひ、籠の口には目の細かい網があるから、その穴を通過し得る程の小さなものでなければ籠の内に出入りは出來ぬ。されば、この海綿の内に住んで居る「えび」は、牢の内に閉ぢ込められた如くで終身その外へは出られぬ。恐らく幼い時に水流とともに海綿の體内に入り込み、その中で成長して遂に出られなくなつたのであらうが、それが必ず雌雄一對に限るのは、後に入り來るものがあつても、これを食ひ殺すか、追い退けるかして、家庭の平和を保つことに努めるからであらう。かくの如く同穴海綿の内に住む「同穴えび」は、水流と共に入り來る少量の餌を食つて滿足し、外に出て大に活動するといふやうな野心は夢にも起さず、明けても暮れても夫婦差向ひで、雄の方も嚴重に貞操を守り、或る種の女權論者の理想とする所を實現して居るのである。
[やぶちゃん注:「偕老同穴と名づける美しい海綿」海綿動物門六放海綿綱リッサキノサ目カイロウドウケツ科カイロウドウケツ Euplectella aspergillum。英名“Venus’Flower Basket”。種名のエウプレクテラは、ギリシャ語の“eu”「上手に」+“plektos”「編まれた」に由来し(学名解説は荒俣宏氏の「世界大博物図鑑別巻2 水生無脊椎動物」の「カイロウドウケツ」に拠る)、和名「偕老同穴」は、本来は「詩経」邶風はいふうの「撃鼓」に出る「偕老」と、同書王風の「大車」に出る「同穴」を続けて言った、生きては共に老い、死んでは同じ墓に葬られるの意の、夫婦が仲睦まじく、契りの堅固なことを言う故事成句を、ここで示されたように海綿内に雌雄一対で死ぬまで共生するドウケツエビ Spongicola venusta (後注参照)の様態に比して命名されたもの(共生エビから逆に遡及して名付けられたものではあるものの、私は海産動物の中でもとても素晴らしい和名命名であると思う)。二酸化ケイ素(ガラス質)の骨格(骨片)を持ち、ガラス海綿とも呼ばれる。本邦では相模湾や駿河湾など一〇〇〇メートル程度の深海底に限られており、砂や泥の深海平原を好む。以下、参照したウィキの「カイロウドウケツ」より引用する(アラビア数字は漢数字に代え、記号の一部を変更した)。『円筒状の海綿で、海底に固着して生活している。体長は五~二〇センチメートルほど、円筒形の先端は閉じ、基部は次第に細くなって髭状となり接地している。円筒の内部に広い胃腔を持ち、プランクトンなどの有機物粒子を捕食している』。『パレンキメラ(parenchymella)と呼ばれる幼生を経て発生』、『成体となったカイロウドウケツの表皮や襟細胞、柱梁組織(中膠)といった体の大部分はシンシチウム(共通の細胞質中に核が散在する多核体)である』。カイロウドウケツの体部を構成する『骨片は人間の髪の毛ほどの細さの繊維状ガラスであり、これが織り合わされて網目状の骨格を為している。これは海水中からケイ酸を取り込み、二酸化ケイ素へと変換されて作られたものである。このような珪酸化作用はカイロウドウケツに限ったものではなく、他の海綿(Tethya aurantium など)も同様の経路でガラスの骨片を作り、体内に保持している。これらのガラス質構造はSDV(silica deposition vesicle)と呼ばれる細胞小器官で作られ、その後適切な場所に配置される。カイロウドウケツのガラス繊維は互いの繊維が二次的なケイ酸沈着物で連結されており、独特の網目構造を形作っている。ガラス繊維には少量のナトリウム、アルミニウム、カリウム、カルシウムといった元素が不純物として含まれる。なお、普通海綿綱の海綿が持つ海綿質繊維(スポンジン)は、カイロウドウケツには見られない』。深海を生息域とするが、『骨格が珪酸質で比較的保存されやすい事、形状が美しい事から、打ち上げなどの形でしばしば人目に触れる機会があった。ヴィクトリア朝時代のイギリスでは非常に人気があり、当時は五ギニー(現在の貨幣価値で三〇〇〇ポンド以上)ほどの値段で売買されたという』(二〇一二年一〇月現在の為替レートでは約三十八万円強であるが、ヴィクトリア朝時代当時は変動が激しく確定出来ないものの、ネット上のある記載では一ポンドは少なくとも五万円相当とあるので、何と一億五千万円に相当する)。但し、当時のヨーロッパでは専ら、中国の名工が人工的に作物した工芸品と捉えられていたようである。本邦の文献上では、「平治物語」『の中に「偕老同穴の契り深かりし入道にはおくれ給ひぬ」(上巻第六)というくだりがある。現在でもカイロウドウケツは結納の際の縁起物として需要がある』とする(荒俣氏の記載にはドイツの動物学者ドーフラインの「東アジア旅行記」(一九〇六年)に載る逸話として、シーボルトがミュンヘン博物館のためにフィリピンからカイロウドウケツを取り寄せた際、税関で高価な工芸品として高額の関税が掛けられそうになり、シーボルトが「これは動物(の骨格)である」と必死に説明してことなきを得たという面白い話を記しておられる)。現在は『工業的な側面から、カイロウドウケツのガラス繊維形成に着目する向きもある。例えば光ファイバーに用いるようなガラス繊維の製造には高温条件が必須であるが、カイロウドウケツはこれを生体内、つまり低温で形成する。またこのガラス繊維を構成する二酸化ケイ素は結晶質ではなくアモルファスであり、かつ光ファイバーと同じように屈折率の異なるコアとクラッドの構造を持』っており、『光ファイバーよりも細く曲げに対しても強い。このような低温条件での繊維形成制御機構を解明し、いわゆるナノテクノロジーや光学用途へ応用する事が期待されている』とある。昏い深海にひっそりと佇むウェヌス(ビーナス)の籠が、未来の鮮やかな光明となる可能性――これこそヒトが手にした素晴らしい光である――チェレンコフの業火など――いらない。
『その内部には必ず雌雄一對の「えび」が同棲して居る』上記の海綿カイロウドウケツ Euplectella aspergillum の網目構造内の胃腔の中に片利共生する十脚(エビ)目抱卵亜目オトヒメエビ下目ドウケツエビ科ドウケツエビ Spongicola venusta。このエビは幼生のうちにカイロウドウケツ内に入り込み、そこで成長して網目の間隙よりも大きくなって、外部に出られない状態となる。多くの場合、丘先生の述べられた如く、一つのカイロウドウケツの中に雌雄一対のドウケツエビが棲んでおり、二匹が海綿内で一生を過ごす。なお、編み目から入るときには雌雄は未分化の状態で、内部でやがて分化する。ドウケツエビは、海綿の食べ残しやガラス繊維に引っかかった有機物を食べて生活している。また、カイロウドウケツの網目がドウケツエビを捕食者から守る効果もあるとされる(以上はウィキの「カイロウドウケツ」の解説中の「ドウケツエビ」の項を主に参照した)。
〇丘先生はこの一対のドウケツエビの夫婦和合を非常に高く評価されておられる
のだが、荒俣宏氏の「世界大博物図鑑別巻2 水生無脊椎動物」の「カイロウドウケツ」には非常に興味深い反論が示されている。まず、
●生物学者牧川鷹之祐は昭和九(一九三四)年の雑誌『植物及動物』の「生物関係の語彙集 Ⅲ」の中でこのエビにつき、『はたして古人の思ったとおり幸福円満といえるのか』、小さな時にたまたま入って出られなくなって、遂に一生を終えねばならないものであるなら、『これを夫婦和合の象徴として珍重するのはちょっと考えものではなかろうか』と疑義を呈しているのである。また、
●動物学者岡田要も、カイロウドウケツの内部に於いてはその初期、複数個体がいて、それらが『激しい生存競争結果、』互角の二匹だけが生き残る、しかも時には三匹が一つ穴に入っていて(と語っているのはそのようなカイロウドウケツの個体を岡田氏は複数回観察しているということらしい)『三角関係になっている』。『その何がおめでたいのか、とつねづね語っていたと伝えられる』
とあるのである。――私はこれを非常に面白く読んだ。それは丘・牧川・岡田という同じ生物学者が
×『ドウケツエビが幸か不幸か』を考えている
――のではなく――
それぞれ丘・牧川・岡田という男(♂)の女性観や夫婦観、ひいては人生観の違いが微妙に作用して、このドウケツエビの様態を、
◎『自分自身だったら幸か不幸か』になぞらえて考えている
からである。
×この何れが正しいのかを考えること
は無益である。
――が――
□こう考えるそれぞれの学者先生一人ひとりが、どういう男(♂)であったかを考えてみること
――これは――
頗る面白い。誰がどうだと非難したいのでは毛頭、ない。しかし例えば、
――三角関係になるのはまっぴらだ、と『つねづね語っていた』という岡田先生は、もしかすると三角関係で辛酸を嘗めたのかも知れない(勿論、そんな「こゝろ」みたような地獄を知らずに今の妻と円満でいられるのは幸せだ、と考えたのでもよい)。
――自分の意思に反して、選ぶ自由もなしに、女(♀)を与えられて、家から出られなくなって、遂に一生を終えねばならないなんて悲し過ぎる、と考えた感じのする牧川先生も、もしかすると自分の身に引き比べて考えているような雰囲気がありはしないか(勿論、それが牧川先生が相思相愛の夫婦であったからというポジティヴな認識に基づくものであっても一向に構わない)。
――私は小学生の時に図鑑で読んだ時から今に至るまで、丘先生と同じように感じ続けてきたし、三者の意見を比較している今現在も、それは変わらない。だからと言って――私が『後に入り來るものがあつても、これを食ひ殺すか、追い退けるかして、家庭の平和を保つことに努め』たかどうか――『少量の餌を食つて滿足し、外に出て大に活動するといふやうな野心は夢にも起こさず、明けても暮れても夫婦差向ひで、雄の方も嚴重に貞操を守り、或る種の女權論者の理想とする所を實現して居る』という稀有の至福の夫婦像を思い描きながらも、実際の私と私の妻との夫婦生活が、それを一分たりとも実現しているかどうかは――これまた――別問題なのである……]

 以上述べた通り、敵の攻撃を免れるには隱れることは最も有功であつて、大概の動物は必ずこれを試みるものであるが、たゞ隱れて居ることによつてのみ身を護る動物では、身體の形狀・構造にもこれに應じた變化が現れ、恰も寄生動物などの如くに、運動の器官と感覺の器官とは少しづつ退化し、生殖の器官は發達して、子を産む數は比較的に多くなるのが常であるやうに思はれる。


[「いか」が墨を噴く]

 「たこ」・「いか」の類は敵に逢うたとき身を隱すに一種特別の方法を用ゐる。即ち濃い墨汁を出し、これを海水に混じて漏斗から吐き出すのであるが、かくすれば海水中に遽に大きな不透明な黑雲が生ずるから、「たこ」・「いか」の體は全く敵から見えなくなり、黑雲が漸々薄くなつて消え失せる頃には、已にどこか遠くへ逃げ去つた後であるから、敵は如何ともすることが出來ぬ。「たこ」・「いか」の胴を切つて見ると、腸の側に多少銀色の光澤を帶びた楕圓形の墨嚢があるが、これを少しでも傷つけると、忽ち中から極めて濃い墨が流れ出てそこら中が眞黑になる。このやうな特別の隱遁術を用ゐて身を守るものは、全動物界の中に恐らく「たこ」・「いか」の類より外にはなからう。
[やぶちゃん注:ここでは、過去に私がブログで書いた「蛸の墨またはペプタイド蛋白」という記事を以って注に代えたい(少し加筆してある)。
   *
   ――蛸の墨またはペプタイド蛋白――
 イカスミは料理に使用するが、蛸の墨はタコスミとも言わず、料理素材として用いられることがないことが気になった。ネット検索をかけると、蛸の墨には、旨味成分がなく、更に甲殻類や貝類を麻痺させるペプタイド蛋白が含まれているからと概ねのサイトが記している。
 では、それは麻痺性貝毒ということになるのであろうか(いか・タコの頭足類は広い意味で貝類と称して良い)。一般に、麻痺性貝毒の原因種は有毒渦鞭毛藻アレキサンドリウム属 Alexandrium のプランクトンということになっているが、タコのそのペプタイド蛋白なるものは如何なる由来なのか? 墨だけに限定的に含まれている以上、これは蛸本来の分泌物と考える方が自然であるように思われる。ただ、そもそも蛸の墨は、イカ同様に敵からの逃避行動時に用いられる煙幕という共通性(知られているようにその使用法は違う。イカは粘性の高い墨で自己の擬態物を作って逃げるのであり、タコは素直な煙幕である)から考えても、ここに積極的な「ペプタイド蛋白」による撃退機能を付加する必然性はあったのであろうか。進化の過程で、この麻痺性の毒が有効に働いて高度化されば、それは積極的な攻撃機能に転化してもおかしくないようにも思われる。しかし、蛸の墨で、苦しみ悶えるイセエビとか、容易に口を開ける二枚貝の映像は見たことがない。また、蛸には墨があるために、天敵の捕食率が極端に下がっているのだという話も聞かない。
 更に、このペプタイド蛋白とは何だ? 化学が専門の知人女性にも確認したが、ペプタイドとペプチドは“PEPTID”という綴りの読みの違いでしかない。しかし、更に言えば彼女も首をかしげたように、「蛋白」という語尾は不審だ。そもそも、ペプチドはタンパク質が最終段階のアミノ酸になる直前に当たる代謝物質なのであって、アミノ酸が数個から数十個繋がっている状態を指すのであってみれば、この物言いはおかしなことになる。彼女は、その繋がりがもっと長いということかしら、と言っていたが、僕も、煙幕が張られているようで、どうもすっきりとしない。調べるうちに、逆に蛸壺に嵌った。
   *
以上の私の疑問について、お答え頂ける方の御連絡を待つものである。
「遽に」「にわかに」。]

     三 防ぐこと

 逃げも隱もせずして敵を防ぐものの中には、攻撃用の武器を用ゐて對抗するものと、單に受動的の防禦裝置のみによつて、敵をして斷念せしめるものとがあるが、こゝには攻撃用の武器を用ゐるものの例は一切省いて、たゞ純粹の防禦裝置による場合を幾つか掲げて見よう。


[しやこ]

 まづ敵の攻撃を居ながら防ぐ普通の方法は、堅固な甲冑を以て身を包むことである。これは、貝類では一般に行はれて居る方法で、卷貝でも二枚貝も、多くは敵に遇へば直に殼を閉ぢるだけで、その他には何らの手段をも取らず、たゞ敵が斷念して去るのを根氣よく待つて居る。「たにし」や「しゞみ」のやうな薄い貝殼でも彼等の日常出遭ふ敵に對しは相應に有功であるが、「さざえ」・「はまぐり」などになると殼は頗る堅固で、我々でも道具なしには到底これを開くことも破ることも出來ぬ。更に琉球(沖繩)や小笠原島など熱帶の海に産する、夜光貝とか「しやこ」とかいふ大形の貝類では、介殼が頗る厚いから、防禦の力もそれに準じて十分である。夜光貝は「さざえ」の類に屬するが、往々人間の頭位の大さに達し、介殼が厚くて堅く、且眞珠樣の美しい光澤があるから、種々の細工に用ゐられる。また「しやこ」は「はまぐり」と同じく二枚貝であるが、大きなものは長さが一米餘もあり、重さが二百瓩にも達する。殼の厚さは二〇糎もあつて純白で緻密であるから、裝飾品を製するには最も適當である。それ故、昔から七寶の一に數へられ、珊瑚の柱、硨礫しやこの屋根と相竝べて龍宮の歌に謠はれる。佛國パリのサン、シュルピスの寺では、この介殼を手水鉢に應用してゐる。
[やぶちゃん注:「夜光貝」腹足綱古腹足目ニシキウズ超科サザエ科リュウテン属ルナティカ(Lunatica)亜属ヤコウガイ TurboLunaticamarmoratus。本和名に「夜光貝」は実は当て字であって、本来は「屋久貝」(屋久島の貝)であったとされる。ウィキの「ヤコウガイ」にも『ヤコウガイは本来「ヤクガイ(屋久貝)」と呼称されていたようである。奄美群島の地域名称は、「ヤクゲー」、「ヤッコゲ」、沖縄・先島諸島での地域名称は「ヤクゲー」、「ヤクンガイ」であり古称の名残を感じさせる。ヤクガイのあて字の一つに「夜光貝」があり、ここから「ヤコウガイ」という読みが生じた可能性もある』と記す。以下、形状・生態及び文化史を当該ウィキから引用しておく(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を変更した)。『インド太平洋のサンゴ礁域に生息する大型の巻貝である。重厚な殻の裏側に真珠層があり、古くから螺鈿細工の材料として利用されてきた。その名前から、夜に光ると思われることがあるが、貝自体は発光しない』。『ヤコウガイはリュウテンサザエ科で最大の貝である。成体の重さは二キログラムを超え、直径一五~二〇センチメートルほどに成長する。殻は開口部の大きさに比して螺塔が低い。数列の竜骨突起が発達するが、連続せずに瘤状に分離することもある。殻表面は滑らかで、個体によっては成長肋が目立つ。殻表全体は暗緑色を呈し、赤茶色の斑点を有している。殻の内側は青色から金色を帯びた真珠光沢である。他のサザエの仲間同様、石灰化した厚手の蓋を持つ』。『熱帯から亜熱帯域のインド~太平洋区に分布する。日本近海では屋久島・種子島以南のあたたかい海域に生息する。生息域は水深三〇メートル以浅の比較的浅い水路や岩のくぼみであり、砂泥質の海底には認められない。基本的に夜行性で、餌は海藻など。雌雄の判別は外見からは不可能である。繁殖活動は冬場を除き一年中みられ、大潮の前後におこなわれる。メスが緑色の卵子を、オスは白い精子を放出する。稚貝は三年で七〇ミリメートルほどに成長する』。『軟体部は刺身や煮物として食用にされる。ただし非常に硬いので調理には圧力釜などが必要である。焼き物にはむかない。貝殻は古くは螺鈿の材料として重宝され、産業的多産地としてはフィリピン諸島、アンダマン諸島、ニコバル諸島などがあり、日本では奄美群島、沖縄諸島、先島諸島が産地として知られる』。『ヤコウガイは、先史時代からすでに食用として軟体部が利用されている。ヤコウガイはその美しさゆえ古くから工芸品に使われており、平螺鈿背八角鏡など、正倉院の宝物にも螺鈿として用いられている。ヤコウガイから加工できる螺鈿素材は最大で五センチメートル×一五センチメートルほどになり、温帯・亜寒帯域で捕獲できる螺鈿素材の貝よりもはるかに大きいパーツが取れる利点から珍重された。また、土盛マツノト遺跡、用見崎遺跡、小湊フワガネク遺跡(いずれも奄美市)などといった六~八世紀の遺跡からヤコウガイが大量に出土している。こうした大量出土の遺跡のほとんどは奄美大島北部に集中しているが、その貝殻の量は先史時代の遺跡と比べ圧倒的に多いため単なる食料残滓の廃棄とは考えにくく、加えて貝殻集積の周辺部分より貝匙の破片も出土していることから、貝殻は原料確保としての集積の可能性が考えられる。あるいは、平安時代以降、ヤコウガイは、螺鈿や酒盃などとして、日本本土で多く消費されているが、その供給地としての役割をこれらの遺跡付近の地域が果たしていたことも考えられる』とある。
「しやこ」二枚貝綱異歯亜綱ザルガイ上科ザルガイ科シャコガイ亜科 Tridacninae のシャゴウガイ属 Hippopus 及びシャコガイ属 Tridacna に属する二枚貝類の総称。シャゴウガイ属 Hippopus のヒッポプスとはギリシア語で「馬」を意味する“ippos”と「足」の意の“poys”の合成で、貝の形状を馬の足のヒズメに見立てたものであろう。またシャコガイ属 Tridacna の方はギリシア語の「3」を意味する“tria”と「嚙む」の意の“dakyō”で、殻の波状形状と辺縁部の嚙み合わせ部分に着目した命名と思われる(以上の学名由来は荒俣宏氏の「世界大博物図鑑別巻2 水棲無脊椎動物」の「シャコガイ」の項を参考にした)。以下、ウィキの「シャコガイ」から引用する(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を変更した)。『熱帯~亜熱帯海域の珊瑚礁の浅海に生息し、二枚貝の中で最も大型となる種であるオオジャコガイを含む。外套膜の組織に渦鞭毛藻類の褐虫藻が共生し、生活に必要な栄養素の多くを褐虫藻の光合成に依存している』(熱帯や亜熱帯のクラゲ・イソギンチャク・造礁サンゴ類等の海産無脊椎動物と細胞内共生する褐虫藻“zooxanthella”(ゾーザンテラ)としては、Symbiodinium spp.や Amphidinium spp. 及び Gymnodinium spp. などが知られる)。『貝殻は扇形で、太い五本の放射肋が波状に湾曲し、光沢のある純白色で厚い。最も大型のオオシャコガイ(英語版)は、殻長二メートル近く、重量二〇〇キログラムを超えることがある』。『サンゴ礁の海域に生息し、生時には海底で上を向いて殻を半ば開き、その間にふくらんだ外套膜を見せている。この部分に褐虫藻を持ち、光合成を行わせている。移動することはなく、海底にごろりと転がっているか、サンゴの隙間に入りこんでいる』。肉は食用となり、特に沖縄地方では刺身にして普通に食用とし(私は好物である)、古くから殻は置物や水盤などに用いられた(私の小学校の庭ではこれを池にして金魚が飼われていた)。分布は『太平洋の中西部とインド洋の珊瑚礁。オオシャコガイはその分布地の北の限界が日本であり、八重島諸島で小柄な個体が僅かながら生息している。しかしながら海水温が高かった約七〇〇〇~四三〇〇年前までは沖縄各地に分布し、現在でも当時の貝殻が沢山発見されている。その中にはギネス級の貝殻も見つかっている』。私たちが幼少の頃の学習漫画にはしばしば、海中のシャコガイに足を挟まれて溺れて死ぬというおどろおどろしい図柄が載っていたものだったが、これは誤伝であって有り得ない話である(今でも私の世代の中にはこれがトラウマになっていて恐怖のシャコガイが頭から離れない者が必ずいるはずである)。ウィキではそこも忘れずに『「人食い貝」の俗説』の項を設けて以下のように記載しているのが嬉しい。『シャコガイに関する知識や情報が乏しかった頃、例えば一九六〇年代頃まで、特にオオシャコガイについては、海中にもぐった人間が開いた貝殻の間に手足を入れると、急に殻を閉じて水面に上がれなくして殺してしまうとか、殺した人間を食べてしまう「人食い貝」であると言われていた。しかし実際には閉じないか、閉じ方が緩慢で、そのようなことはない』のだ。安心されよ。
「佛國パリのサン、シュルピスの寺」パリ六区にあるカトリック教会“Église Saint-Sulpice”(サン=シュルピス教会)。創建の命は一六四六年にルイ十三世の王妃アンヌ・ドートリッシュによるが、完成は困難を極めた。]

 介殼が厚ければ、敵を十分に防ぐといふ利益がある代りに、その重い目方のために、運動が非常に妨げられるといふ不便を忍ばねばならぬ。されば貝類はすべて運動の遲いのが常で、よく進行の遲い譬に用ゐられる「かたつむり」などは、貝類仲間ではなほ速い方の部に屬する。「しやこ」の如き重いものは、一定の場處に停まつて全く動かぬ。海岸の岩石には「かき」や「へびがい」が一面に附著して居るが、いづれも厚い介殼を唯一の賴りにして敵の攻撃を免れて居る。「かき」の方は鰓で水流を起して微細な餌を集めて食ひ、「へびがひ」の方は、粘液を出して微細な餌をこれに附著せしめ、粘液と共にこれを食ふ。「へびがひ」は「さざえ」などと同樣卷貝であるが、介殼の卷き方が極めて不規則である上に、岩の表面に固著して居るから、これを貝類と思はぬ人が多い。なほこれらの貝類の他に、「ふぢつぼ」や「ごかい」の石灰質の堅い管を造る蟲などが澤山に附著して居るが、これらは動物の種類が全く違ふに拘らず、敵を防ぐ方法が一致して居るために、外觀にも習性にも固著貝類に餘程似た所がある。それ故、少し古い書物には「ふぢつぼ」をいつも「かき」などと同じ貝類の仲間に入れてある。また石灰質の管を造る蟲の方は、初めて海岸へ採集に行く人がしばしば「へびがひ」の類と混同する。
[やぶちゃん注:本段落に出現する海岸動物については、分類学的な異種性を確認して頂くために特に一般的なものも含めて簡略的に示しておく。
「かき」軟体動物門二枚貝綱ウグイスガイ目イタボガキ科 Ostreidae に属する貝類の総称。
「へびがい」狭義には、
軟体動物門腹足綱前鰓亜綱盤足目ムカデガイ科に属する巻貝 Serpulorbis 属オオヘビガイ Serpulorbis imbricatus
などを指すが、一般的な認識の中では形状からは、同目ミミズガイ科に属する巻貝ミミズガイ Siliquaria (Agathirses) cumingi なども「ヘビガイ」と通称される範囲に含まれるであろう。
オオヘビガイ Serpulorbis imbricatus は北海道南部以南を生息域とし、沿岸の岩礁などに群生する。螺管が太く一二~一五ミリメートルに達し、最初は右巻きであるが、後は不規則に巻いて他物に固着する。和名は恰も蛇がとぐろを巻いているように見えることがあることに由来する。表面は淡褐色で結節のある螺状脈と成長脈を持つ。殻口は円形を成し、口内は白色で蓋はなく、潮が満ちて来ると、蜘蛛のように殻口から粘液糸を伸ばして有機性浮遊物を捕捉、摂餌する。その様子は大分の釘宮均氏のダイビング・サービス「Hip Diving Service」のHPにある「大分の海で見られる生き物図鑑」の「オオヘビガイ」のページでご覧あれ。……因みに、このページの下にある解説は……十年ほど前、私が同定して釘宮氏に送った文章である。
ミミズガイ Siliquaria (Agathirses) cumingi はオオヘビガイよりも遙かに小さく螺管の六~七ミリメートル以上には太くならず、初めは徐々に増大して小さく巻き込むが、その後方は巻き方が大きくなり、幾分曲った直管になる。螺管自体は巻くものの密着することはなく、従って層を形成しない。縦の螺脈の成長襞も不規則である。蓋は角質の円形で厚く縁取られており、中央は折り畳み状に螺旋している。多くは海綿の体内に棲息し、しばしば微少貝類に交じって打ち上がったものを採取することが出来る(以上の貝類学的記載は主に保育社昭和三四(一九五九)年刊の吉良哲明「原色日本貝類図鑑」に拠った)。
「ふぢつぼ」節足動物門甲殻亜門顎脚綱鞘甲(フジツボ)亜綱蔓脚(フジツボ)下綱完胸上目無柄目フジツボ亜目 Balanina に属するフジツボ類の総称。あの富士山型の殻板の中にエビが逆立ちしていると考えて貰うと、エビ・カニ類の近縁であるということがイメージし易いであろう。
『「ごかい」の石灰質の堅い管を造る蟲など』、細かいことを言うと、ここはやや文章が不十分で、『「ごかい」の中で石灰質の堅い管を形成して固着する種など』とすべきところである。ここで丘先生のおっしゃるのは非常に美しい鰓冠を持つ、
環形動物門多毛綱ケヤリムシ目カンザシゴカイ科イバラカンザシ Spirobranchus giganteus
などを指しておられるものと思われる。以下、ウィキの「イバラカンザシ」より引用する(アラビア数字は漢数字に代え、注記記号を省略した)。『体長は五~七センチメートル、体節数は二五〇ほどである。頭部に生えている二本の傘のようなものは口前葉から分化して鰓として発達した鰓冠(さいかん)であり、ケヤリムシ目に見られる特徴である。刺激を受けると鰓冠を素早く引っ込めることができる。また、鰓冠の目的は、これで浮遊生物を捕らえて口に運ぶことにもある。その鰓冠がかんざしのように見え、これがカンザシゴカイ科の特徴である。鰓冠は呼吸にも使われる。鰓冠は口の上背面の部分が左右に伸び、そこから前に鰓を発達させたものであるから、普通は上から見るとCの字形に並ぶ。しかしイバラカンザシではその両端がさらに伸びて内側に巻き込むため、左右対称の螺旋になった鰓の列が一対ある、という形になる』。『鰓冠の基部からは先端が広がった棒状の構造があり、これは虫体が棲管に引っ込んだときに入り口に蓋をするものなのでこれを殻蓋という。イバラカンザシは、この殻蓋の上の中央にある突起が枝分かれしてイバラのように見えることからその名が付いている。また、イバラカンザシ属の学名 Spirobranchus の名は「螺旋状の鰓」を意味し、鰓冠が螺旋状になっていることから名付けられている。この鰓冠は色彩変異に富んでおり、赤、青、黄、緑などの個体がいる。二色以上の体色を持つものが七割であり、茶が最も多く三割の個体が有している。次いで黄、紫、橙、白、赤が多い』。『イバラカンザシは棲管(せいかん、定住場所となる管)を多くの場合にどこかに埋め込んで定住生活している。イシサンゴ目に埋め込んでいることが多い。棲管は石灰質でできており、これもカンザシゴカイ科共通の特徴である。棲管の色は灰白。棲管は定住場所に完全に埋め込まれているので、鰓冠をこの中に引っ込めると体全体を隠すことができる。ある研究によると、イバラカンザシの定住はイシサンゴに悪影響をほとんど与えない。死んだイシサンゴに定住することもあるが、普通は生きているイシサンゴを好む。そのため、大きなカンザシゴカイがいるということは、サンゴの健康の目安になる。ただし金属表面でも別の生物の死骸により表面に凹凸があれば定着できる。棲管の年間成長速度は平均〇・六ミリメートル。棲管の直径は推定年齢十二歳のもので七・四ミリメートルである』。『個体を採取して年齢が調べられたことがあり、それによると一〇~二〇年程度のものが多かった。沖縄では推定年齢四〇年の個体も見つかっている。繁殖期は夏』。因みに、この『ある研究』はイバラカンザシとサンゴは稀有の片利共生であると主張しているように読める。群体性で自然界では驚くべき種保存の生態時間を持つサンゴならば、まあ、これはそう言えるのかも知れないな。]

 次に全身甲で被はれて居るので有名な動物は龜類である。普通の石龜でも甲は隨分堅いから頭・尾と四足とを縮めて居れば、犬に嚙ませても平氣で居るが、琉球八重山島に棲む箱龜は、腹面の甲が蝶番ひの如き仕掛けで中央で曲折するから、頭、尾を縮めた處をも全く閉ざして少しも空隙を殘さぬ。熱帶地方の島に産する大形の龜になると、甲もその割に厚く力も強いから、大人が靴のまゝ乘つても苦もなく匐ひ歩く。但し兎と龜との寓話にもある通り、龜の歩みは頗る遲いが、これは甲を以て敵を防ぐことが出來るので、急いで逃げ去る必要がないからである。誰よりも重い鎧を著て、誰よりも速く走らうといふのは無理な註文で、何事でも一方で勝たうとするには、他の方で劣ることを覺悟しなければならぬ。昆蟲類の中でも皮の薄い「とんぼ」は飛ぶことが速いが、厚い鎧を著た「かぶとむし」は運動が緩慢である。


[陸上に棲む大龜]

[やぶちゃん注:「石龜」この丘先生の謂いは本邦固有種である爬虫綱カメ目潜頸亜目リクガメ上科イシガメ科イシガメ属ニホンイシガメ Mauremys japonica を指していると考えてよい。別名イシガメ、幼体をゼニガメと呼び、我々が最も見慣れているカメである。
「箱龜」イシガメ科ハコガメ属セマルハコガメの日本固有種である亜種ヤエヤマセマルハコガメ Cuora flavomarginata evelynae。一九七二年に国天然記念物指定されている。
「熱帶地方の島に産する大形の龜」挿絵を見れば一目瞭然、これはリクガメ科 Geochelone(リクガメ)属 Chelonoides 亜属ガラパゴスゾウガメ Geochelone nigra のことを指していると考えてよい。]


[まつかさうを]

 魚類は概して游泳の敏活なもので、つまんで拾へるやうなものは滅多にないが、「はこふぐ」・「すずめふぐ」〔ウミスズメ〕・「まつかさうを」の如く堅固な鎧で身を固めて居るものは泳ぐことが頗る拙い。他の魚では鱗が屋根の如くに重なり合つて竝んで居るから、身體を屈曲するときに邪魔にならぬが、「はこふぐ」などでは硬い厚い鱗が敷石のやうに密接して居るから、身體は眞に箱の如くで、少しも曲げることが出來ず、隨つて力強く水を彈ねることが出來ぬ。それ故、若し盥の水の中に、これらの魚を入れて手で水を搔き廻すと、水の流に押されて一處にくるくる廻る。これを鯉や「さけ」が急流を遡るのに比べれば實に雲泥の相違である。
[やぶちゃん注:「はこふぐ」条鰭綱新鰭亜綱棘鰭上目フグ目ハコフグ科ハコフグ Ostracion immaculatus 若しくは同ハコフグ科のハコフグ類。学名はギリシア語の“ostrakon”、「陶器・貝殻」で、本種の魚体の堅さに由来する(この語は例のオストラキスモス(陶片追放)で著名である)。日本の中部以南・台湾・フィリピン・東インド諸島・南アフリカなどの沿岸域に棲息し、体長は二〇~四〇センチメートルほどに達する。皮膚に骨板が発達し、多数が噛み合って全身を装甲する硬い甲羅を構成している。この甲羅の横断面はほぼ四角形をしており、全体は文字通り、箱状となる。私は残念なことに未だ食していないのだが、一般には皮にのみ毒があるだけで「美味で無毒のフグ」としてよく知られている。しかしながらウィキの「ハコフグ」によれば、『体内にいわゆるフグ毒であるテトロドトキシンを蓄積せず、筋肉にも肝臓にも持たない。焼くと骨板は容易にはがすことができるため、一部の地方では昔から美味として好んで食用にされてきた。たとえば長崎県の五島列島ではカトッポと呼ばれ、焼いて腹部の甲羅をはがしてから味噌を入れ、甲羅の中で肉や肝臓と和える調理法が知られる。しかし、後述の通りテトロドトキシン以外にも毒が含まれており、肝臓と皮は販売が禁止されている』。『骨板による装甲とともに、皮膚からサポニンに類似し、溶血性のあるパフトキシンという物質を粘液とともに分泌し、捕食者からの防御を行っている。そのため、水槽内での不用意な刺激によって毒が海水中に放出され、他の魚が死滅することがある。ほかに、アオブダイやソウシハギなどと同様に、パリトキシンに類似した毒性物質を体内に蓄積していることがある。これは食物連鎖を通じての事と推測される。この物質はパフトキシンと違い食用部分に存在しており、重篤な中毒を起こす事があ』り、厚生労働省から平成一四~一九年の六年間で、このパリトキシン様毒素を持つハコフグ摂取によって五件九名(内死亡一名)の食中毒例が報告されている、とある。パリトキシン“palytoxin”は世界最強毒の一つである。安易に無毒と言うなかれ。
「すずめふぐ」ハコフグ科コンゴウフグ属ウミスズメ Lactoria diaphana 若しくはコンゴウフグ Lactoria cornuta。ウミスズメ Lactoria diaphana はインド・西部太平洋域、本邦では茨城県以南に棲息し、背中の中央に鋭い一本のとげがある外、両眼の間と体側後方に、眼前棘・腰骨棘と呼ぶ一対の棘がある。体の断面はほぼ五角形、色彩変異が多く、若い個体では腹面が半透明で、体内が透けて見える。大型個体はハコフグと仕訳せずにコンゴウフグ Lactoria cornuta では背中の棘があまり目立たない代わりに、眼前棘・腰骨棘が遙かに大きい(ネット上の幾つかの画像で見る限りはそのように見える)。和名は、この棘が古代インドの武具で後に密教の法具となった金剛しょに似ていることに由来する。
「まつかさうお」キンメダイ目マツカサウオ科マツカサウオ Monocentris japonicaウィキの「マツカサウオ」より引用する。『北海道以南の日本の太平洋と日本海沿岸から東シナ海、琉球列島を挟んだ海域、世界ではインド洋、西オーストラリア沿岸のやや深い岩礁地域に』棲息し、発光魚として知られる。『本種の発光器は下顎に付いていて、この中に発光バクテリアを共生させているが、どのように確保するのかは不明である。薄い緑色に発光し、日本産はそれほど発光力は強くないが、オーストラリア産の種の発光力は強いとされる』。チョウチンアンコウ(新鰭亜綱側棘鰭上目アンコウ目アカグツ亜目チョウチンアンコウ上科チョウチンアンコウ科チョウチンアンコウ Himantolophus groenlandicus)など持つイリシウム(頭部誘引突起)の『ように餌を惹きつけるのではないかと』も考えられているが『発光する理由まではまだよく判って』いない。『夜行性で、体色は薄い黄色だが、生まれたての幼魚は黒く、成長するにつれて次第に黄色味を帯びた体色へと変わっていくが、成魚になると、黄色味も薄れ、薄黄色となる。昼間は岩礁の岩の割れ目などに潜み、夜になると餌を求めて動き出す』。『背鰭と腹鰭は強力な棘となっており、外敵に襲われた時などに背鰭は前から互い違いに張り出して、腹びれは体から直角に固定することができる。生きたまま漁獲後、クーラーボックスで暫く冷やすとこの状態となり、魚を板の上にたてることができる。またこの状態の時には鳴き声を聞くこともできる』。『和名の由来通り、マツの実のようにややささくれだったような大きく、固い鱗が特徴で、その体は硬く、鎧を纏ったような姿故に英語では Knight Fish、Armor Fish と呼び、パイナップルにも似た外観から Pinapple fish と呼ぶときもある』。『日本でもその固い鱗に被われた体からヨロイウオ、鰭を動かすときにパタパタと音を立てることからパタパタウオとも呼ぶ地方もある』。体長は比較的小さく、成魚でも一五センチメートル程度で、『体に比べ、目と鱗が大きく、その体の構造はハコフグ類にも似ている。そして、その体の固さから動きは遅く、遊泳力は緩慢で、体の柔軟性も失われている』。『餌は主に夜行性のエビなどの甲殻類だといわれる』。子供向けの魚類図鑑や水族館では光る魚として花形であるが、発光という本種の生態が判明したのは意外に遅く、大正三(一九一四)年、『富山県魚津市の魚津水族館で停電となった時、偶然見つけられたものである』とある。]


[アルマヂヨ]
[やぶちゃん注:図の右角の余白は底本のもの。]

 獸類の中でも、「せんざんかふ」や「アルマヂヨ」〔アルマジロ〕は甲冑を以て敵の攻撃を防ぐ。「せんざんかふ」の鱗は恰も魚類の鱗の如くに竝んで居るが、「アルマヂヨ」の方はまるで龜の如くで、胴は堅固な甲で被はれて居る。いづれも普通の獸類とは見た所が大に違ふから、獸類と見做されぬことが多い。「せんざんかふ」が古い書物では魚類の中に入れてあることは前にも述べたが、「アルマヂヨ」の方は、先年東京で南米産物展覧會のあつた節、地を掘る蟲害といふ札を附けられ、蟲類の取扱ひを受けて居た。この獸が敵に遇ふと頭も尾も四足も縮めて全身を全身を球形にし、ただ堅い甲冑のみを外に現すから、犬でも「へう」〔ヒョウ〕でもこれを如何ともすることが出來ぬ。アルヘンチナ〔アルゼンチン〕國では、この獸の甲に絹の裏を附け、尾を曲げて柄として婦人用の手提かばんに用ゐる。
[やぶちゃん注:「せんざんかふ」センザンコウ(穿山甲)は哺乳綱ローラシア獣上目センザンコウ目センザンコウ科 Manidae に属する一目一科の哺乳類の総称。ウィキの「センザンコウ」によれば(アラビア数字を漢数字に代え、記号との一部を変更した)、『食性や形態がアリクイに似るため、古くはアリクイ目(異節目、当時は貧歯目)に分類されていたが、体の構造が異なるため別の目として独立させられた。意外にもネコ目(食肉目)に最も近い動物群であることは、従来の化石研究でも知られていたが、近年の遺伝子研究に基づく新しい系統モデルでも、四つの大グループ(クレード)のうち、「ローラシア獣類」の一つとして、ネコ目、ウマ目(奇蹄目)などの近縁グループとされている』とある。『センザンコウ目は有鱗目(ゆうりんもく)ともいい、現生はセンザンコウ科一科のみ。インドから東南アジアにかけて四種(下のリストの前半)、アフリカに四種(下のリストの後半)が現存し、これら八種が、一属または二属に分類される。
インドセンザンコウ Manis crassicaudata
ミミセンザンコウ Manis pentadactyla
マレーセンザンコウ Manis javanica
Manis culionensis
オオセンザンコウ Manis gigantea
サバンナセンザンコウ Manis temminckii
キノボリセンザンコウ Manis tricuspis
オナガセンザンコウ Manis tetradactyla
サイズは、小さいものではオナガセンザンコウが体長三〇~三五センチメートル、尾長五五~六五センチメートル、体重一・二~二・〇キログラムほどしかないのに対して、最も大きいオオセンザンコウでは、体長七八~八五センチメートル、尾長六五~八〇センチメートル、体重二五~三キログラムほどもある』。形態は『体毛が変化した松毬(マツボックリ)状の角質の鱗に覆われており、全体的な姿は、南米のアルマジロ類に似ているが、アルマジロの鱗が装甲としての機能しか持っていないのに対し、センザンコウの鱗は縁が刃物のように鋭く、尻尾を振り回して攻撃もできる』。『発達した前足の爪でアリやシロアリの巣を壊し、長い舌と歯のない口で捕食する。台湾には、ミミセンザンコウ M. pentadactyla が、死んだふりをしてアリを集めるという俗説がある』とする。『中国では、古くはセンザンコウのことを「鯪鯉」などと書き表し、魚の一種だと考えられていた。李時珍の「本草綱目」にも記載があり、鱗は漢方薬、媚薬の材料として珍重され、二〇〇〇年代に入ってもなお中国などへ向けた密輸品が摘発されている』(「鯪鯉」は「りょうり」と読む)。『インドでは鱗がリウマチに効くお守りとして用いられている。また、中国やアフリカではセンザンコウの肉を食用としたほか、鱗を魔よけとして用いることもある』。『いずれの地域でも、密猟によって絶滅の危機に瀕している種が多く、特にサバンナセンザンコウなどは深刻な状況にある』とある。博物誌的記載は私の電子テクスト寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類」に載る「鯪鯉」の本文や私の注を参照されたい。
「アルマヂヨ」哺乳綱獣亜綱異節上目被甲目アルマジロ科 Dasypodidae に属する動物の総称。北アメリカ南部からアルゼンチンにかけて約二十種が分布している。ウィキの「アルマジロ」によれば(引用部はアラビア数字を漢数字に代え、記号との一部を変更した)、最大種はオオアルマジロ Priodontes giganteus で体長七五~一〇〇センチメートル、尾長五〇センチメートル、体重三〇キログラム。最小種はヒメアルマジロ Chlamyphorus truncates で体長一〇センチメートル、尾長三センチメートル、体重一〇〇グラム。形態は『全身ないし背面は体毛が変化した鱗状の堅い板(鱗甲板)で覆われている。アルマジロ (Armadillo)という英名はスペイン語で「武装したもの」を意味する armado に由来する。敵に出会うと、丸まってボール状になり身を守ると思われているが、実際にボール状になることができるのはミツオビアルマジロ属 Tolypeutes の二種だけである』。『もともとは南アメリカ大陸の生物であると思われるが、最近では北アメリカ大陸でも見かけるようになりアメリカ合衆国南部では一般的に見かけられるようになってきている。また、ペットとして飼育される事例も多く、意外と人になつく生き物でもある。睡眠時間が長く一日十八時間も寝て過ごす。野生では巣穴を掘って穴の中で生活しているが、飼育下では無防備にあお向けになって寝る』。『南米では、アルマジロの肉を食用としているほか、甲羅はチャランゴなどの楽器の材料に使われている。アンデス地方の先住民族であるケチュア族の言葉ではケナガアルマジロを「キルキンチョ(quirquincho / kirkincho)」もしくは「キルキンチュ(quirquinchu / kirkinchu)」と呼び、ボリビアやペルーではこの名前で呼ばれることが多い。フォルクローレの里として有名なボリビアのオルロでは、自分たちのことを「キルキンチョ」と自称するほど親しまれた動物である』。『オルロやラパスなどのアンデス地方の都市でカルナバル(カーニバル)の際によく踊られる「モレナダ」と呼ばれる踊りでは、手にアルマジロの胴体で作ったリズム楽器を持つことがあり、この楽器は「マトラカ(matraca)」と呼ばれる。中に鉄板をはめ込んだアルマジロの胴体に棒をつけ、棒を持って振り回すと鉄板がガリガリと音を出すようになっている。近年のカルナバルでは、本物のアルマジロを使う代わりに、同様のものを木などで作ることの方が多い。踊り手たちが所属するグループを示すものの形をしたマトラカ(運送業者のグループならばトラック型のマトラカなど)を持って踊ることもある』。そして最後に、『アルマジロは人間以外の自然動物で唯一ハンセン病に感染、発症する動物であるため、ハンセン病の研究に用いられてきた』という意外な事実が記されてある。
「アルヘンチナ國」アルゼンチン共和国。正式名称は República Argentina(スペイン語: レプブリカ・アルヘンティーナ)。通称はArgentina(アルヘンティーナ)。ウィキの「アルゼンチン」によれば、一八一六年の独立当時にはリオ・デ・ラ・プラタ連合州(あるいは南アメリカ連合州)と呼ばれていた(リオ・デ・ラ・プラタ(Río de la Plata)=ラ・プラタ川は、スペイン語で「銀の川」を意味し、一五一六年にフアン・ディアス・デ・ソリスの率いるスペイン人の一行がこの地を踏んだ際に銀の飾りを身につけたインディヘナ(チャルーア人)に出会い、上流に「銀の山脈」(Sierra del Plata)があると信じたことから名づけたとされる)。『アルゼンチン Argentina の名は、この「銀の川」にちなみ、ラテン語で「銀」を意味する Argentum に拠って、地名表現のために女性縮小辞を添えたものである。スペイン語の「ラ・プラタ」からラテン語由来の名へと置き換えたのは、スペインによる圧政を忘れるためであり、フランスのスペインへの侵掠を契機として、フランス風の呼称であるアルジャンティーヌ(Argentine)に倣ったものでもあるという』。『近年では、原語にしたがってアルヘンティーナと表記されることも少なくない』とあって、丘先生の謂いが決して古くない正当な音写であることが窺われる。]


[いばらがに]


[針千本]

[やぶちゃん注:底本及び講談社版は画像が左右で反転しているが、実は何れも上下逆さまになっているとしか思われない。私の独断で一八〇度回転させた画像を以上に示した。]

 敵の攻撃を防ぐために、全身に尖つた針を有する動物も幾種かある。上圖に掲げた「いばらがに」などはその最も著しい例で、殆ど手を觸れることも出來ぬ。樺太邊で年々多量に鑵詰にする味の好い蟹は、これ程に棘はないが、やはりこれと同じ類に屬する。また「ふぐ」の一種で「はりせんぼん」という魚も全身に太い針が生えて居る。通常は後に向いて横になつて居るから餘り游泳の妨げにならぬが、敵に遇ふと體を球形に膨ませて針を悉く直立せしめるから、さながら大きな「いが栗」の如くになつて、とても摑へることは出來ぬ。獸類の中でこれに似たものは「やまあらし」である。この獸は、兎などと同じく、囓齒類いふ仲間に屬し、植物性の物ばかりを食ふ至つて怯懦なものであるが、全身にペン軸位の太く堅い尖つた毛が生えて、物に恐れるときはこの毛が皆直立するから、大概の食肉獸も嚙み附くわけに行かぬ。オーストラリヤ地方に産する「とかげ」の一種に全身棘だらけで、恐しげに見えるものがある。長さは三〇糎に足らぬ位であまり大きな動物ではないが、顏を正面から見ると、二本の角のやうな太い棘があるために多少鬼に似て居るので、先年に新聞紙上に鬼の酒精漬といふ見出しで評判せられたことがあつた。かやうに全身に針の生えた動物は色々あるが、最も普通な例といへばまづ海膽うに類であらう。食用にする「雲丹うに」はこの類の卵巣から製するのであるが、岩のあるが、岩のある磯にはどこにも産し、形が丸く棘で包まれて「いが栗」と少しも異ならぬ。棘が尖つて居るから、大抵の敵はこれを襲ふことを敢てせぬ。特に「がんがせ」〔ガンガゼ〕と稱する一種の如きは、針が頗る細長いから、手の掌から甲の方へ突き拔けるというて、漁夫らは非常に恐れて居る。


[はりとかげ〔トゲトカゲ〕]


[うに]

[やぶちゃん注:「いばらがに」節足動物門甲殻綱十脚目異尾下目タラバガニ科イバラガニ Lithodes turritus
「樺太邊で年々多量に鑵詰にする味の好い蟹」初版刊行当時は樺太は日本帝国領であった。このカニは無論、タラバガニ科タラバガニ Paralithodes camtschaticus
「はりせんぼん」条鰭綱フグ目フグ亜目ハリセンボン科 Diodontidae に属する魚の総称。狭義には、その中の一種学名 Diodon holocanthus を指す。属名“Diodon”はギリシア語の“dis”(二本の)+“odūs”(歯)で、ハリセンボン科の魚族の上顎と下顎の歯板各二枚が癒合してそれぞれが一枚のペンチ状(嘴状)になっていることに由来する。つである。科のラテン語名 Diodontidae(二つの歯)もここに由来する。彼らの棘は鱗が変化したもので、「針千本」という和名も英名“Porcupinefish”(Porcupine:ヤマアラシ。)もこれに由来するが、実際の棘の数は三五〇本前後、多くても五〇〇本ほどとされる。フグ目であるが無毒である。私は沖縄の、このアバサー汁が好きで好きで、たまらないのである。
「やまあらし」哺乳綱齧歯(ネズミ)目ヤマアラシ上科ヤマアラシ科 Hystricidae 及びアメリカヤマアラシ科 Erethizontidae に属する草食性齧歯類の総称。体の背面と側面の一部に鋭い針毛を持つ。ウィキの「ヤマアラシ」によれば、一般に我々がヤマアラシという名で呼んでいる『動物は、いずれも背中に長く鋭い針状の体毛が密生している点で、一見よく似た外観をしている(針毛の短い種もある)。しかし、“ヤマアラシ”に関して最も注意すべきことは、ユーラシアとアフリカ(旧世界)に分布する地上生のヤマアラシ科と、南北アメリカ(新世界)に分布する樹上生のアメリカヤマアラシ科という』二つのグループが存在することである、とする。『これらは齧歯類という大グループの中で、別々に進化したまったく独立の系統であり、互いに近縁な関係にあるわけではな』く、『両者で共有される、天敵から身を守るための針毛(トゲ)は、収斂進化の好例であるが、その針毛以外には、共通の特徴はあまり見られない。齧歯目(ネズミ目)の分類法には諸説があるが、ある分類法では、ヤマアラシ科はフィオミス型下目、アメリカヤマアラシ科はテンジクネズミ型下目となり、下目のレベルで別のグループとなる』。この二『群の動物が、現在に至るまでヤマアラシという共通の名前で呼ばれているのは、そもそもヨーロッパから新大陸に渡った開拓者たちが、この地で新たに出会ったアメリカヤマアラシ類を、まったくの別系統である旧知のヤマアラシ類と混同して、呼称上の区別をつけなかった名残りに過ぎない。特に区別する必要があるときは、それぞれ「旧世界ヤマアラシ」「新世界ヤマアラシ」と呼び分けるのが通例である』とある。これはあまり多くの人に理解されているとは思われない事実なので、特に引用しておいた。また丘先生は「至つて怯懦なものである」と述べておられるが、草食で夜行性ではあるものの、必ずしもそうとも言えない。その証拠にウィキには『通常、針をもつ哺乳類は外敵から身を守るために針を用いるが、ヤマアラシは、むしろ積極的に外敵に攻撃をしかける攻撃的な性質をもつ。肉食獣などに出会うと、尾を振り、後ろ足を踏み鳴らすことで相手を威嚇する。そして背中の針を逆立て、後ろ向きに突進する。針毛は硬く、ゴム製の長靴程度のものなら貫く強度がある』と記している。
「怯懦」は「けふだ(きょうだ)」と読み、臆病で気が弱いこと、意気地のないことをいう。
『オーストラリヤ地方に産する「とかげ」の一種に全身棘だらけで、恐ろしげに見えるもの』図のキャプションは「はりとかげ」とあるが、これは現在トゲトカゲと呼ばれる、爬虫綱有鱗目トカゲ亜目イグアナ下目アガマ科モロクトカゲ Moloch horridus のことである。オーストラリアの砂漠に生息する固有種で、棘の多い姿が古代中東の人身御供の神モロク(モレク)を思わせることが名称の由来である。参照したウィキの「モロクトカゲ」によれば、体長約一五センチメートルの小型のトカゲで、『全身に円錐形の棘が並んでいるのが大きな特徴で、日本語での別名「トゲトカゲ」と、英名の "Thorny lizard" または "Thorny devil" もこのとげに由来する。さらに首の背中側には大きなこぶ状突起があり、これは敵に襲われても呑みこまれないためのものと考えられる。体色は褐色のまだらもようで、砂漠にまぎれる保護色となっている。暑いときの体色は明るく、涼しいときの体色は暗く変化する。また、移動する時は体を前後に揺らしながらゆっくりと歩く特徴的な歩き方をする。棘の多い姿で、これがモロクトカゲやトゲトカゲという名称の由来であるが、性質はごくおとなしい』。『全身の皮膚には細い溝が走っており、これは全て口へ繋がっている。この溝は毛細管現象で水を吸い上げるので、体が少しでも濡れると水が口へ集まるようになっている。このためわずかな雨や霧からも効率よく水分を摂取することができ、水の確保が困難な砂漠に適応している』(これらの特徴的事実ははしばしば映像で紹介されかなり人口に膾炙しているものと思われる)。『食性は肉食性で、もっぱらアリを捕食する。アリの行列を見つけると横で立ち止まり、短い舌をすばやくひらめかせてアリを捕食してゆく。一度に』千匹以上のアリを捕食することもある、とある。
「がんがせ」棘皮動物門ウニ綱ガンガゼ目ガンガゼ科ガンガゼ Diadema setosum。海産の危険動物は私の最も得意とする分野であるが、その手の事故記事では本種の刺傷の恐ろしさがしばしば挙げられている。鋭く長く、しかも眼点で対象物の接近を察知するとざわざわと針をそちらに束になって向けてくる。おまけに刺さると、中で細かく折れてしまい、摘出が難しく、化膿するリスクも高い。ベテランのダイバーでも大泣きする程の痛さと伝え聞く。私は泳がない(泳げない)が、水槽の中のあの妖しく青白く光る眼点とさやさやと不思議なリズムで動く長い長い針が――慄っとするほど実は素敵に――好きだ……]


[豆はんめう]


[スカンク]

 堅い甲でも、鋭い針でも、敵の攻撃を防ぐ器械的の裝置であるが、その他になほ、化學的の方法を用ゐて身を守るものがある。例へば「ひきがえる」の如きは、敵に遇つても逃ることも遲く、隱れることも拙である。しかし、皮膚の全面にある大小の疣から乳の如き白色の液を出すが、この液が眼や口の粘膜に觸れると、浸みて痛いから、犬なども決して、「ひきがえる」には食ひ附かぬ。魚類には「おこぜ」・「あかえひ」などの如くに、毒針で螫すものが幾種もある。豆につく「はんめう」といふ昆蟲はこれを捕へると、足の節から劇烈な液を分泌するが、強く皮膚を刺戟するから、この種の蟲を乾せば、發泡剤として用ゐられる。また「くらげ」・「いそぎんちやく」の類は、體の外面に無數の微細な嚢を具へ、敵に遇へばこれより毒液を注ぎ出して防ぐが、餌を捕へるにもこれを用ゐるから、これは防禦・攻撃兩用の武器である。アメリカに産する「スカンク」といふ「いたち」に似た獸は、非常な惡臭のあるガスを發するので有名であるが、これも、敵を防ぐための化學的方法の一種といへる。臭氣を出す腺は肛門の兩側にある。
[やぶちゃん注:「ひきがえる」一応、本邦種の両生綱無尾目ナミガエル亜目ヒキガエル科ヒキガエル属ニホンヒキガエル Bufo japonicas を挙げておく。彼らの持つ主要毒成分は強心配糖体ラクトンのブファジエノライド(六員環:化合物中、ベンゼン環などのように環状に結合している原子が六つあるものをいう。)型のステロイド配糖体で、薬剤名からお分かりの通り、ヒキガエルの毒腺から単離された毒素である。
「おこぜ」条鰭綱新鰭亜綱棘鰭上目カサゴ目カサゴ亜目に属するもので棘に毒を有する魚類の一般的総称で、特に、
フサカサゴ科オニオコゼ亜科オニオコゼ Inimicus japonicas
ハオコゼ科ハオコゼ Hypodytes rubripinnis
などが代表種である。中でも、最も危険性の高い種として、
オニオコゼ亜科オニダルマオコゼ Synanceia verrucosa
及び同属種は記憶しておいてよい。何れも背鰭の棘条に毒腺を備えており、その成分もタンパク質の神経毒であるが、特にオニダルマオコゼ Synanceia verrucosa のそれは、棘毒魚中最強とされるもので、主成分をベルコトキシン(verrucotoxin)と呼び、溶血活性と毛細血管透過性亢進活性を併せ持つとされる。これやストナストキシン(stonustoxin)などのオニオコゼ類の粗毒のマウス静注マウス静脈注射のLD50値(半数致死量:投与した動物の半数が死亡する用量“Lethal Dose, 50%”の略)は0.2mg/kgとされる。信頼出来る医療データによれば、全身の熱感が数日続き、その痛みは灼熱及び鞭打ちされる感じを伴って耐え難く、知覚さえも失われる。傷口は麻痺し、傷口から離れたところにも痛みがある。全身の麻痺、浮腫、傷口の腐乱も見られる。更に全身の症状を伴い、心律の衰弱、精神的錯乱、痙攣、吐き気、嘔吐、リンパ結節の炎症、腫れ、関節痛、発熱、呼吸困難、ショックなどが見られ、最後に死亡する。死を免れても回復に数ヵ月かかる等の報告が見られる、とある。私が管見した事故記録では、毒による致死よりも、刺傷によるショック症状からダイバーや海水浴客がそのまま失神して溺死するケースも見られた。但し――このオニダルマオコゼ Synanceia verrucosa は――途轍もなく旨いのだ! 値は張るが――「沖縄に行ってこいつを食べないという法は、ねえぜ!」――と声を大にして主張するのを私は常としている。
「あかえひ」軟骨魚綱板鰓亜綱トビエイ目アカエイ科アカエイ Dasyatis akajei。細長くしなやかな鞭状を呈する尾の中ほどに数センチメートルから一〇センチメートルほどの長棘が一、二本近接して並んでおり、鋸歯状の返しを持つが、これが毒腺を有する。毒は5―ヌクレオチダーゼ(nucleotidase,5')やホスホジェステラーゼ(Phosphodiesterase, PDE)という酵素を主成分とすると推定されており、アレルギー体質の場合、アナフィラキシー・ショックによって死に至ることもある。
『豆につく「はんめう」』甲虫(鞘翅)目ゴミムシダマシ上科ツチハンミョウ科マメハンミョウ Epicauta gorhami。本邦にも生息する本種は体内にエーテル・テルペノイドに分類される有機化合物の一種カンタリジン(cantharidin)を一%程度持っており、乾燥したものはカンタリジンを〇・六%以上含む。カンタリジンは不快な刺激臭を持ち、味は僅かに辛い。その粉末は皮膚の柔らかい部分又は粘膜に付着すると激しい掻痒感を引き起こし、赤く腫れて水疱を生ずる。発疱薬(皮膚刺激薬)として外用されるが、毒性が強いために通常は内用しない(利尿剤として内服された例もあるが腎障害の副作用がある)。なお、カンタリジンは以前、一種の媚薬(催淫剤)として使われてきた歴史があることはかなり知られている(以上は信頼出来る医薬関連サイトを参考にした)。以下、ウィキの「スパニッシュ・フライ」の記載から引用する。このスパニッシュ・フライの類を『間が摂取するとカンタリジンが尿中に排泄される過程で尿道の血管を拡張させて充血を起こす。この症状が性的興奮に似るため、西洋では催淫剤として用いられてきた。歴史は深く、ヒポクラテスまで遡ることができる。「サド侯爵」マルキ・ド・サドは売春婦たちにこのスパニッシュフライを摂取させたとして毒殺の疑いで法廷に立った事がある』と記す(なお、サドはそれで死刑宣告を受け投獄、フランス革命によって一時釈放されたが、ナポレオンによって狂人の烙印を押されてシャラントン精神病院に収監、そこで没している)。]
「スカンク」食肉(ネコ)目スカンク科四属一五種の哺乳類の総称。北アメリカから中央アメリカ、南アメリカにかけて生息する(但し、スカンクアナグマ属はインドネシア・フィリピンなどマレー諸島の西側の島々に生息)。多くは白黒の斑模様の体色をなすが、これは外敵に対する警戒色である。体長は四〇〜六八センチメートル、体重は〇・五〜三キログラムで、ふさふさとした長い尾をもつ。雑食性でネズミなどの小型哺乳類・鳥卵・昆虫・果実などを餌とし、地中に巣穴を作る。肛門の両脇にある肛門傍洞腺(肛門嚢)から、強烈な悪臭のする分泌液を噴出して外敵を撃退することで知られる。分泌液の主成分はブチルメルカプタン(C4H9SH)で、その臭いの形容は硫化水素臭やにんにく臭など文献によって異なる。なお、スカンクは狂犬病の媒介動物でもあり、テキサス州やカリフォルニア州などでは人間が狂犬病にかかる感染源のトップとして挙げられている(分泌液を介して狂犬病に感染した例は知られていない)。(以上は主にウィキの「スカンク」に拠った)。

 海綿の類は全身いづれの部分にも角質または珪質の骨骼が、網状をなして擴がつて居るから、他の動物のために食はれることは殆どない。海岸の岩の表面には黄色・赤色・鼠色などの海綿が一面には生えて居るところがあるが、固著して逃げも隱れもせず、甲も被らず、棘も出さず、毒を含まず、臭氣を放たず、しかも敵に襲はれることのないのは、全く身體が食へぬからである。「あれは食へぬ奴だ」などとは、よく聞く言葉であるが、動物中で眞に食へぬものといへば、恐らくまづ海綿位なものであらう。
[やぶちゃん注:「海綿」海綿動物門 Porifera に属し、各種多彩な形状と大きさを持つ。分類学的には、
石灰海綿綱 Calcarea(骨格主成分は炭酸カルシウム、総て海産)
普通海綿綱 Demospongiae(現生カイメン類の九五%が属し、骨格は柔軟性のある海綿質繊維、コラーゲンの一種であるタンパク質のスポンジンで構成される)
六放海綿綱 Hexactinellida(ガラスカイメンとも呼ばれ、六放射星状の珪酸質の骨片を主とする骨格を持つ。深海底の砂地などに生息。本文既出のカイロウドウケツ Euplectella aspergillum は本綱に属する)
硬骨海綿綱 Sclerospongiae(炭酸カルシウムの骨格の周囲を珪酸質の骨片と海綿組織が取巻いた構造を持つが多くは化石種)
に分かれる(以上はウィキの「海綿動物」に拠った)。海綿動物は六億三千五百万年以上前(エディアカラ紀より前)に地球に出現した、多細胞生物の祖先であり、地球上で最も永く生存を維持している動物群でもある。
「動物中で眞に食へぬものといへば、恐らくまづ海綿ぐらいなものであらう」と丘先生は述べておられるが、これは現在の知見から言うと誤りで、カメ目潜頸亜目ウミガメ上科ウミガメ科タイマイ Eretmochelys imbricate は主食として特定のカイメン類を採餌するし、ある種のウミウシは、有毒種である普通海綿綱イソカイメン目イソカイメン科イソカイメン属クロイソカイメン Halichondria (Halichondria) okadai を摂餌して、その毒を体内に貯えて自己防衛に用いている(但し、クロイソカイメンの持つ毒は共生藻類である有毒渦鞭毛藻により産生される毒素オカダ酸(okadaic acid C44H68O13)によるものである)。この世界であっても「蓼喰う虫も好き好き」の諺は有効なのである。]

       四 嚇かすこと


[「かに」が威嚇する態]

 敵が攻めて來たときにまづ示威的の擧動を示してこれを退けんとするものがある。鼠の如き小さなものでも、追ひ詰めると嚙み附きさうな身構へをして、一時敵を躊躇させ、その間に隙を窺つて急に逃げ出すが、大概の動物はこれに似たことをする。龜や貝類の如き厚い殼を具へたもの、「くらげ」・珊瑚・海綿の如き神經系の發達して居ないものなどは別であるが、その他の動物は、たとひ日頃弱いものでも危急存亡の場合には威嚇的の態度をとるもので、それが隨分功を奏する。折角摑まへた蟲が食ひ附きさうにするので驚いて手を放し、蟲に逃げられてしまふといふやうなことは、動物を採集する人でなくとも、子供の頃の經驗でよく知つて居るであらう。「べんけいがに」や「いそがに」なども、これを捕へようとすると兩方の鋏を差上げ、廣く開いて今にも挾みさうにしながら逃げて行く。「えび」の類も敵に遇ふと、その方へ頭を向け威張つて睨みながら徐々と退却する。また敵を嚇かすには身體を大きく見せて威嚴を整へることが有功であるから、「ひきがへる」などは敵が來れば空氣を腹に呑み入れて、體を丸く膨ませる。「ふぐ」類が食道に空氣を詰め込んで、球形に膨れるのも、やはり護身を目的とする一種の示威運動である。
[やぶちゃん注:「べんけいがに」軟甲(エビ)綱十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目短尾)カニ)下目イワガニ上科ベンケイガニ科ベンケイガニ Sesarmops intermedium
「いそがに」イワガニ上科モクズガニ科 Varuninae 亜科イソガニ Hemigrapsus sanguineus。岩礁や転石海岸の潮間帯・潮下帯に棲息し、我々が海で見かける最も一般的なカニの一種。
「徐々と」「じよじよと」と読む。動作がゆっくり進行したり変化したりするさま。但し、「そろそろと」読ませていないとは断言は出来ない。]


[蛾の幼蟲]

 この種の運動で特に面白い例は蝶蛾類の幼蟲に見られる。「すずめてふ」〔スズメガ〕・「せすぢすずめ」などの幼蟲は大きな芋蟲であるが、その中の一種では頭から第四番目の節の邊に眼玉の如き著しい斑紋が左右一對竝んである。子供らはこれを目といふが、無論眞の眼ではない。しかし敵に遇へば、この芋蟲は體の前部を縮めて短く太くするから、以上の斑紋は恰も眼玉であるかのやうに見え、全體が怒つた顏のやうになる。小鳥や「とかげ」などは驚いてこれを啄むことを斷念し、よそへ餌を求めに行くから、芋蟲は命を拾ふことになる。或る人が試にこれを鷄に與へた所が、牡雞でもこれを啄むことを躊躇したものが幾疋もあり、終に一匹が勇を鼓してこれを食ひ終つた。されば強い敵に對しては、一時これを躊躇せしめるだけの功よりないが、稍々小さな敵なればこれを恐れしめて首尾よくその攻撃を免れることが出來る。かやうな蛾の幼は眼玉の如き斑紋のないものでも、敵に會へば急に體の前部を縮めて太くしたり、反り返つて腹面を見せたりして、敵を嚇かさうと試みる。
[やぶちゃん注:「すずめてふ」昆虫綱鱗翅(チョウ)目スズメガ科 Sphingidae に属する種群を指しているように思われる。なお、同科は、
 ウチスズメ亜科 Smerinthinae
 スズメガ亜科 Sphinginae
 ホウジャク亜科 Macroglossinae
に分かれ、世界では一二〇〇種ほどが知られている。成虫・幼虫共に比較的大型になり、成虫の四枚の翅は体に対して小さく、三角形になっていて、高速で飛行する。また同科の幼虫は「尾角」と呼ばれる突起を持っており、ウィキの「スズメガ」には、『体型は非常に特徴的で、多くが腹部の末端に「尾角」と呼ばれる顕著な尾状突起を有している。その為英語圏ではスズメガの幼虫を horned worm (角の生えた芋虫)と称す。尾角の形状・色は種類によって異なるが、その用途は良く分かっていない』とするが、『体色は多様で、食草に良く似た緑色をしたものや褐色のもの、黒色のものなどが存在する。また、同じ種の幼虫でも同じ体色を有すとは限らず、個体差が顕著に現れる事も多い。例えばホシヒメホウジャク Neogurelca himachala sangaica やエビガラスズメ Agrius convolvuli、モモスズメ Marumba gaschkewitschii echephron などは、個体により顕著な体色の相違が現れる。また、ビロードスズメ Rhagastis mongoliana などの幼虫は眼紋を腹部に持つ』とある。「みんなで作る日本産蛾類図鑑」「ビロードスズメ Rhagastis mongoliana (Butler, 1875)」のページにある強烈な幼虫画像と本書の上記挿絵を比較すると、非常に良く似ており、丘先生がここで「頭から第四番目の節の邊に眼玉の如き著しい斑紋が左右一對竝んである」というのは、このビロードスズメ Rhagastis mongoliana である可能性が極めて高いものと思われる。少し意外なのはウィキの記載が尾角の機能を『良く分かっていない』とするところであるが、一般に蝶や蛾の眼紋が一種の擬態であることは広く知られているので、ここは突っ込まないことにしたい(昆虫類は既に述べている通り、私の守備範囲でなく、実は生理的に苦手でもあるので)。
「せすぢすずめ」スズメガ科ホウジャク亜科コスズメ属セスジスズメ Theretra oldenlandiae oldenlandiaeウィキの「セスジスズメ」によれば、『成虫はハンググライダーのような翼形をした、茶色いガで』、前翅に暗褐色と肌色の帯が入り、背中には二本の肌色の筋が縦に走る。『幼虫は、いわゆるイモムシと表現される体型で、全体が黒っぽく、気門より少し背側にオレンジか黄色の連続した眼状紋を持つ。付け根がオレンジで先端が白い尾角を持ち、歩く時は尾角を進行方向に平行に振る。非常に珍しいが、黄緑色の幼虫も存在する』とある(リンク先に眼紋の鮮やかな幼虫の写真有り)。『セスジスズメの幼虫は作物の葉を食い荒らす害虫であり、成長スピードが非常に早く、数日で数倍の大きさに成長』し、数日にして『畑が全滅することもある』と記す。]


[うちすずめ]

「うちすずめ」と稱する蛾は、後翅に蛇の目狀の大きな黑い斑紋がある。翅を疊んで居るときは、前翅に被はれて居て少しも見えぬが、敵に遇ふと急に翅を二對とも廣く開くから、後翅の表面が現れ、遽に紅色の地に大きな眼玉の如きものが二つ竝んで見えるので、小鳥などは膽を潰して逃げる。これも強い敵をも防ぐといふわけには行かぬが、一部の敵に對しては十分に身を護るの役に立つことである。蛾の類には、前翅が目立たぬ色を有するに反し、後翅が鮮明な色彩と著しい斑紋とを呈するものが隨分多いから以上の如きことの行はれる場合は決して稀ではなからう。
[やぶちゃん注:「うちすずめ」スズメガ科ウチスズメ亜科ウチスズメ Smerinthus planus planus「みんなで作る日本産蛾類図鑑」「ウチスズメ Smerinthus planus planus Walker, 1856」の解説と画像を参照されたい。こりゃ、凄いわ。]

 ヨーロッパから朝鮮までに産する蛙の一種に背は普通の色であるが、腹には一面に美しい朱色または橙色の斑紋のあるものがある。形は「ひきがへる」に似て更に小さく、運動も餘り活發ではないが、敵に遇ふと急に轉覆して腹面を上にし、且反り返つて腹面を態々押し上げ、四足をも曲げて、極めて奇態な姿勢を取る癖があるから初めて見る人は如何にも不思議に思ふ。これも恐らく一時敵を驚かせ、氣味惡く思はせて危難を免れるための習性であらう。
[やぶちゃん注:ここにしめされたカエルは、両生綱無尾目ムカシガエル亜目スズカエル科スズガエル属 Bombina に属する種群を指していると考えてよい。これらは文字通り、ヨーロッパから朝鮮半島までを生息域とする。但し、この全域を生息域とする「種」は存在しない。ヨーロッパ域では、
ヨーロッパスズガエル Bombina bombina → 画像
 *体長は五・五センチメートル、腹面はオレンジや黄色に不規則な黒斑と白い斑点が入る。
キバラスズガエル Bombina variegata → 画像
 *体長四~五センチメートル、腹面は黄色やオレンジに不規則な小型黒斑が入る。
を、また、朝鮮半島・中国東北部・沿海州では、
チョウセンスズガエル Bombina orientalis → 画像
 *体長四~五センチメートル、腹面は鮮紅色に黒斑が入る。
を挙げておけば、本記載の注としては充分かと思われる。それぞれの画像は特に示さないが海外サイトの中から腹面がよく分かる画像を選んでリンクさせた(両生類のイモリの腹のようなのが生理的にダメな人は見ないがよろしい)。]


[がらがらへび]

 今まで靜にして居たものが急に動き出すことも、往々敵を驚かすに足りる。「くも」の類は車輪のやうな網を張つて蟲の來るのを待つて居るが、若し人が近づいて網に觸れやうとすると、遽に身體を振つて網を搖り動かすことがある。小鳥などに對しては、恐らく一時攻撃を見合せしめるだけの功能はあらう。また敵の近づいたとき一種の聲を發して、今にこちらから攻撃を始めるぞといふ態度を示すのも、一時敵をして近づかしめぬ方便である。蛇類が敵に對するときに、必ず空氣を吹くやうな鋭い音を發することは誰も知る通りであるが、アメリカに産する毒蛇類は、尾に特別の裝置があつて、敵が近づくと頻にこれを鳴し續ける。その裝置といふのは、堅い角質の環で、尾の端の處に幾つも重なつて嵌まつて居る。拔けることはないが、一つづつ自由に動けるから、蛇が尾を振動させると、齒車の速に廻轉する所へ、金棒でも當てたやうな一種の不快な響を生ずる。教科書などには、原名を直譯して「がらがらへび」と名づけてあるが、寧ろアメリカ在住の日本人のつけた「鈴蛇」といふ名前の方が、尾の鳴し方を適切に現して居る。
[やぶちゃん注:「がらがらへび」有鱗(爬虫)目ヘビ亜目クサリヘビ科マムシ亜科ガラガラヘビ属 Crotalus に属する蛇類の総称。マムシ亜科の模式属。南北アメリカ大陸に分布し、尾の先端に脱皮殼が積み重なった部位が存在し、古くなると抜け落ちる(丘先生の言う「拔けることはないが」というのは自然状態で中間部から折れてしまって当該装置が抜けて駄目になることはない、という意味であろう)。草原・森林・砂漠等の様々な環境で棲息しており、危険を感じると尾の積み重なった脱皮殻を激しく振るわせて音を出し、威嚇する。尾の積み重なった脱皮殻の形状と音が、乳児をあやす玩具の「ガラガラ」に似ていることが和名や英名“rattle”の由来する。最大種はヒガシダイヤガラガラヘビ Crotalus adamanteus で最大全長二・四メートルに達する。また、私が授業でしばしば生物機関の軍事転用で薀蓄を垂れたピット器官(ヘビ亜目の構成種が頭部先端の口唇窩に備えている赤外線感知器官)を持つサイドワインダー“Sidewinder”(和名ヨコバイガラガラヘビ Crotalus cerastes)も実はガラガラヘビの仲間である。授業でハブ類の話を附したように上記の通り、ピット器官は広くヘビ類が持っている器官である(一部、ウィキの「ガラガラヘビ属」を参考にした)。
『アメリカ在住の日本人のつけた「鈴蛇」といふ名前』ネット上を見るとガラガラヘビのテキーラ漬を「鈴酒」と呼ぶなど、現在でも残る風雅な和名である。それにしてもこの部分の記述は時代の匂いを漂わせている。本書の初版の刊行は、
大正五(一九一六)年
使用底本は
大正十五(一九二六)年
の第四版
である。ウィキの「日系アメリカ人」の「歴史」の項を見てみよう。
一九〇〇年
アメリカ本土への日系移民の数が初めて年間一万人に達する。
一九〇〇年代
日系移民による土地の開墾と入植が始まる。
一九〇二年
安孫子久太郎が、カリフォルニア州に日系人専門の人材派遣業「日本人勧業社」(のちに日米勧業社)設立。
日系人によるアメリカでの初の書物となる、ヨネ・ノグチ(野口米次郎。イサム・ノグチの父)の作“The American Diary of a Japanese Girl”が出版される。
一九〇三年
西原清東がテキサス州に移住、後年同地における稲作を成功させる。
一九〇六年
連邦政府、帰化法を改正。司法省、全裁判所に対し日本人の帰化申請を拒否するよう訓令を発布。
一九〇七年
二月に施行された大統領令により、ハワイ、メキシコ、カナダからアメリカ本土への日系人の移住禁止。
ニューヨークで“Japan Society”(日本協会)設立。高見豊彦が紐育日本人共済会を設立。
一九〇八年
日米両政府間で前年から七度に亘り行われた書簡交換により、紳士協定に基づく日本人の移民制限開始。
カリフォルニア州で、“Japanese Association of America”(在米日本人会)設立。
一九〇八年
写真だけのお見合いをしてアメリカの日系人男性のもとへ嫁ぐ女性(いわゆる写真花嫁)の渡航が始まる。
一九一三年
カリフォルニア州で、上記アリゾナ州と同様の法律(対外国人土地法一九一三)施行。一世の土地の購入および一定年数以上の借地が禁じられる。同時期、アリゾナ州では期限を問わず一世による一切の借地が禁じられる。その後他州に拡大。
一九二〇年
二月、日本政府が「写真花嫁」に対する旅券発行を禁止。
一九二三年
ワシントン州で、対外国人土地法修正法により、アメリカ国籍を持つ未成年の日系人の土地所有も禁止され、未成年二世を抜け道的に土地所有者にする手段も絶たれる。
一九二四年
埴原正直駐米大使の書簡により連邦議会が排日に傾き、五月の合衆国移民法一九二四(排日移民法)成立により、正式には七月一日以降、実質的には六月二十四日、移民船「シベリア丸」でサンフランシスコ港に到着した移民を最後に日本人の移民が全面的に禁止される。
そして、太平洋戦争が始まって、日系人の本格的な受難が始まる。……
一九四一年十二月八日
真珠湾攻撃による日米開戦。日系人社会の主だった人々が逮捕される。
以下、「日系人の強制収容」「全員日系二世まらなる工兵隊」「ハワイ出身の日系人兵士によるアメリカ陸軍第一〇〇歩兵大隊編成」「一九四二年十二月のマンザナール強制収容所暴動」と続き、
一九四五年
第四四二連隊(第一〇〇歩兵大隊を日系人志願兵によって組織された第四四二連隊戦闘団に統合したもの)が一万八千百四十三個の武勲章及び九千四百七十六個の名誉戦傷章を受章し、アメリカ軍史上最も多くの勲章を授与された部隊の栄誉に輝く。同時に累積戦死傷率三一四%を記録し、全米軍部隊中、最も損害を受けた部隊としても記憶されることとなる。
とある。……遠い記憶の中の、恐ろしい「鈴蛇」の音(ね)が……聴こえて来る……]


[しびれうなぎ〔デンキウナギ〕]

 電氣を發することも一種の威嚇法である。「しびれえひ」の生きたのに手を觸れると、劇しく電流を感ずるから、誰も思はず手を放すが、海底に棲んで居るときにも、敵が近づく毎に電氣を發してこれを驚かして用ゐるのであらう。電氣を發する魚は「しびれえひ」の外に、南アメリカの河に産する「しびれなまず」〔デンキナマズ〕、南アメリカの河に産する「しびれうなぎ」〔デンキウナギ〕などがあるが、いづれも隨分強い電氣を出すので有名である。但し電氣は攻撃にも防禦に有功に用ゐられるから、決して單に相手を威嚇するためのみのものではない。なほ動物には光を發するものがあるが、これも多少敵を敵を驚かせ、または恐れしめるに役に立つことであらう。陸上では「ほたる」の外には殆ど光る動物はないから、甚だ類が少いやうに思ふが、海へ行けば富山灣の名物なる「ほたるいか」を始めとして、「くらげ」や「えび」の子などに至るまで光を發する種類は頗る多い。それが何の役に立つかは場合によつて素より違ふであらうが、少なくも一部のものは敵に恐怖の念を起させて、その攻撃を免れて居るやうに思はれる。


[ほたるいか]

[やぶちゃん注:「しびれえひ」軟骨魚綱板鰓亜綱シビレエイ目 Torpediniformes に属する、電気器官(一般的には頭部の眼の両外側内部にあって下がマイナス極、上がプラス極となっている)から三〇~七〇ボルト程度の生体電気(但し、電流は二〇アンペアと電気魚の中では頗る高い)を発生させることが出来る二科十一属五十九種の総称である。彼らは、これとは別に体表上に電気受容体を持っており(種によっては一センチメートル当り数マイクロボルトという微小な電場の歪みを探知するという)、発電器官から一定の周波数の電気を出すことで安定した電場を作り出し、その乱れをこの電気受容器で受けることで、周囲の状況を電探し、防禦・索敵以外にも摂餌を目的としたプレ機能としても使用しているらしい。和名シビレエイはタイワンシビレエイ科Narkinae 亜科シビレエイ Narke japonica(英名“Electric ray”)に与えられており、地方名を「デンキウオ」「テシバリ」などと言う。一メートルを超える大型個体もみられる東北地方以南の太平洋沿岸に棲息するヤマトシビレエイ Torpedo tokionis は、ヤマトシビレエイ科 Torpedininae 亜科である。和名の面白さは、以下のナマズやウナギ類の電気魚では圧倒的に「デンキウナマズ」「デンキウナギ」が通称化されているのに、「デンキエイ」というのは聞かない点である。何故かしら? 因みに、この三種、どれも人間を感電させるという点では遜色はないのである。
「しびれなまず」条鰭綱新鰭亜綱骨鰾上目ナマズ目デンキナマズ科 Malapterurus 属及び Paradoxoglanis 属二属十九種の総称。但し、参照したウィキの「デンキナマズ」の記載ニュアンスでは電気器官を総ての種が持っているわけではないようで、『この科のいくつかの種は』と条件書きがあって、『体内の発電器官によって最大三五〇ボルトの電気を発生させる能力を持っており、発電する魚としてはデンキウナギに次いで発電量の大きい魚である』と記す(引用はアラビア数字を漢数字に代えた。以下、同じ)。『頭部から尾部まで太さの変わらない丸太のような体型をしており、放射状に伸びたヒゲと合わせてドジョウを太短くしたような印象の外見である。背びれとひれの棘を欠く。最大で一メートル、二〇キロ・グラムほどに成長する』。『デンキナマズは発達した発電器官を持ったナマズ目で唯一のグループである。体の後半部分が発電器官になったデンキウナギに対し、デンキナマズは体表を包むように発電器官が発達している。頭部がマイナス、尾部がプラス極となっている。発電の目的はデンキウナギと同じく、餌となる小魚の捕食と体の周りに電場を作ることによって周囲を探るためである』とある(デンキウナギとは電極が逆)。コンゴ川・ナイル川を生息域とし、『古代エジプトの時代からデンキナマズは知られており、エジプト文明の壁画などに記述が見られる。エジプト初期王朝時代(BC三一〇〇年)のファラオとして知られるナルメルの化粧板に、王名を示す初期ヒエログリフの表音文字「ナル」として描かれたのが現在知られている最初の記述である。また十二世紀にアラブ人の医師によってその発電能力が報告されている。水族館ではデンキウナギと並んで発電の様子を展示する目的で飼育されることが多い。またアクアリウムにおいても飼育されることが多く一〇センチ・メートル程度の幼魚が流通しているが、感電の危険があるため成長した個体の取り扱いには注意が必要である』とある。
「しびれうなぎ」条鰭綱新鰭亜綱骨鰾上目デンキウナギ目に属する電気魚の総称(中央アメリカから南アメリカにかけて分布し、全種が発電器官を持つ淡水魚である)。デンキウナギ目は二亜目五科三〇属で構成され一三〇種以上を含むが、中でも、デンキウナギ亜目ギュムノートゥス科 Gymnotidae(又はデンキウナギ科 Electrophoridae)デンキウナギ Electrophorus electricus を指す場合が多い。Electrophorus electricus は南アメリカのアマゾン川・オリノコ川両水系に分布する大型魚で成魚は全長二・五メートルにも達し、デンキウナギ目の魚の中では最大種。和名に「ウナギ」が入るが、図を見ても分かるように体形が細長い円筒形で太ったウナギに似て見えるだけで、実は条鰭綱ウナギ目ウナギ亜目ウナギ科ウナギ属 Anguilla とは体構造や生活史が全く異なる全く別の魚類である。以下、ウィキの「デンキウナギ」より引用する(引用はアラビア数字を漢数字に代え記号の一部を省略・変更した)。『大型個体は丸太のような体形であるが、頭部は上下に、尾部は左右に平たい。全身はほぼ灰褐色で白っぽい斑(まだら)模様があり、尾に行くにしたがって斑点が小さくなる。喉から腹にかけては体色が淡く、橙色を帯びる。眼は小さく退化しているが、側線が発達しており、これで水流を感じ取って周囲の様子を探る。肛門は鰓蓋(えらぶた)直下にあり、他の魚よりもかなり前方に偏る。鰭は胸鰭と尻鰭しかなく、長く発達した尻鰭を波打たせて泳ぐ。なお、デンキウナギ目の魚は前だけでなく後ろにも泳ぐことができる』。『大型個体は丸太のような体形であるが、頭部は上下に、尾部は左右に平たい。全身はほぼ灰褐色で白っぽい斑(まだら)模様があり、尾に行くにしたがって斑点が小さくなる。喉から腹にかけては体色が淡く、橙色を帯びる。眼は小さく退化しているが、側線が発達しており、これで水流を感じ取って周囲の様子を探る。肛門は鰓蓋(えらぶた)直下にあり、他の魚よりもかなり前方に偏る。鰭は胸鰭と尻鰭しかなく、長く発達した尻鰭を波打たせて泳ぐ。なお、デンキウナギ目の魚は前だけでなく後ろにも泳ぐことができる』。『南米北部のアマゾン川・オリノコ川両水系に分布し、この水域では頂点捕食者の一つとなっている。池や流れの緩い川に生息する。夜行性で、昼間は物陰に潜む。夜になると動きだし、主に小魚を捕食する』。『また空気呼吸をする魚でもあり、鰓があるにもかかわらずたまに水面に口を出して息継ぎをしないと死んでしまう。逆に言えば水の交換が起こらない池や淀みでも酸欠にならず、生きていくことができる。これは温度が上がるほど溶存酸素量が少なくなる熱帯の水域に適応した結果と言える』。「発電の仕組みと効力」の項。『デンキウナギの発電器官は、筋肉の細胞が「発電板」という細胞に変化したものである。数千個の発電板が並んだ発電器官は体長の五分の四ほどあり、肛門から後ろはほとんど発電器官と言ってよい。この発電器官は頭側がプラス極、尾の方がマイナス極になっている(デンキナマズは逆)。発生する電圧は発電板一つにつき約〇・一五ボルトにすぎないが、数千個の発電板が一斉に発電することにより、最高電圧六〇〇~八〇〇ボルト・電流一アンペアにも達する強力な電気を発生させることができる。ただし、この高電圧は約一〇〇〇分の一秒ほどしか持続しない。デンキウナギはもっと弱い電流の電場を作ることもでき、弱い電場を作ることにより、濁った水中で障害物や獲物を探知していると考えられている』。『実際に感電するのは体に触れたときであり、デンキウナギがいる水槽にヒトがそっと手を入れるくらいであれば深刻な感電はしない。発電するには筋肉を動かすのと同じく神経からの指令を受け、ATPを消費する。そのため、疲れたり年老いたりしている個体ではうまく発電できない場合もある。またそれは、疲労した状態に追い込めば比較的安全に捕獲できるということでもあり、水面を棒などで叩いてデンキウナギを刺激して発電させ、疲れて発電できなくなったところを捕獲する漁法がある』。『デンキウナギのほかにも多種多様の発電魚が知られているが、これらの発電の主目的はおもに身辺に電場を作って周囲の様子を探ることにある。ただし、デンキウナギは他の発電魚よりも強力な電気を起こせるため、捕食と自衛にも電気を用いることができる。獲物の小魚を見つけると体当たりして感電させ、麻痺したところを捕食する。また、大きな動物が体に触れたときも発電して麻痺させ、その間に逃げる。渡河する人間やウマがうっかりデンキウナギを踏みつけて感電する事故が時折起こるが、なかには心室細動を起こした例もあるという』。『なお、発電時にはデンキウナギ自身もわずかながら感電している。しかし、体内に豊富に蓄えられた脂肪組織が絶縁体の役割を果たすため、自らが感電死することはない』とある。
「海へ行けば富山灣の名物なる「ほたるいか」を始めとして、「くらげ」や「えび」の子などに至るまで光を發する種類は頗る多い」丘先生のおっしゃる通り、陸生動物では甲虫目のホタル以外では、
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 節足動物門六脚上綱内顎綱トビムシ目の一種ザウテルアカトビムシ Lobella sauteri
 同門甲虫目のヒカリコメツキやレイルロード・ワーム(Railroad worm:グローワームと呼ばれる生物発光を行う様々な違ったグループに属する昆虫の幼虫や幼虫形態のメス成虫に対する一般的な名称。呼称は見た眼は蠕虫に見えることに由来する。ホタル科以外では南北アメリカに棲息するPhengodidae科のホノムシ類、ハエ目ヒカリキノコバエ属等が含まれる。)
 同門多足亜門唇脚綱のムカデ及び同亜門ヤスデ網のヤスデの数種
 環形動物門貧毛綱ムカシフトミミズ科のホタルミミズ Microscolex phosphoreus
 軟体動物門有肺亜綱柄眼目コウラナメクジ超科ベッコウマイマイ科ヒカリマイマイ Quantula striata
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などがいるに過ぎず我々が日常見得るのはホタルぐらいに限られてしまうが、海産無脊椎動物では多種多彩で、
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 刺胞動物門花虫綱の Pennatulacea 海鰓(ウミエラ)目ウミエラ類
 同目ウミサボテン亜目ウミサボテン科ウミサボテンCavernularia obesa
 鉢虫綱旗口クラゲ目オキクラゲ科オキクラゲ Pelagia panopyra 及び、ヒドロ虫綱軟クラゲ目オワンクラゲ科オワンクラゲ Aequorea coerulescens 等のクラゲ類多種
 有櫛動物門のクシクラゲ類に属する多種
 紐形動物門のヒカリヒモムシ Emplectonema kandai
 棘皮動物門蛇尾(クモヒトデ)綱 Ophiuroidea のヒカリクモヒトデ(学名未定?)
 外肛動物門のヒカリコケムシ(学名まで探索し得ず)
 節足動物門甲殻亜門顎脚綱貝虫亜綱ミオドコパ上目ミオドコピダ目ウミホタル亜目ウミホタル科ウミホタル Vargula hilgendorfii
 軟甲綱真軟甲亜綱ホンエビ上目 Euphausiacea オキアミ目のオキアミ類
 同顎脚綱橈脚 Copepoda (カイアシ)亜綱カイアシ類に始まって軟甲(エビ)綱十脚(エビ)目根鰓(クルマエビ)亜目サクラエビ上科サクラエビ科サクラエビ sergia lucens 等の多くのエビ類等、多数種
 環形動物貧毛類のヒカリウミミミズ(イソミミズ・ウミミミズ等は異名和名か) Pontodrilus matsushimensis
 多毛綱ツバサゴカイ科のツバサゴカイ Chaetopterus cautus
 軟体動物では二枚貝のオオノガイ目ニオガイ科カモメガイ Penitella kamakurensis
 同科のツクエガイ Gastrochaena cuneiformis
 腹足網異鰓上目のウミウシ類(ヒカリウミウシ Plocamopherus tilesii・ハナデンシャ Kalinga ornate など多数)
 頭足類の、本文に挙げられたホタルイカ類
 ダイオウイカと並ぶ世界最大級のイカである鞘形亜綱十腕形上目スルメイカ下目サメハダホオズキイカ科クジャクイカ亜科ダイオウホオズキイカ(コロッサルイカ)Mesonychoteuthis hamiltonia や、ムチイカ科 Mastigoteuthidae・ダンゴイカ科 Sepiolidae 等に属するイカ類、そして私の愛するコウモリダコ目コウモリダコ科コウモリダコ Vampyroteuthis infernalis やフクロダコ科 Bolitaenidae に属するタコ類等々、多数種
 脊索動物門尾索動物亜門ホヤ綱 Ascidiacea ヒカリボヤや尾索綱サルパ目のワサルパ属 Cyclosalpa
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枚挙に暇がない程、多数産するのである。因みにこれらの生物発光はホタルと同じルシフェリン―ルシフェラーゼ反応によるもので、発光する生物の多くは、これを自ら合成するが、発光する生物を共生させてそれによって光る種や発光生物を摂餌し、それによって得られた成分を自身の発光に使う例も知られている(以上は主にウィキの「生物発光」を一部参考にしたが、各種発光生物については、それぞれ私が独自に確認して記載した)。
「ほたるいか」頭足綱十腕形上目ツツイカ目スルメイカ亜目ホタルイカモドキ科ホタルイカ属 Watasenia scintillansウィキの「ホタルイカ」によれば(引用はアラビア数字を漢数字に代え記号の一部を省略・変更した)、『世界にはホタルイカの仲間が四〇種類ほど生息している。 日本近海では日本海全域と太平洋側の一部に分布しており、特に富山県の滑川市で多く水揚げされている。普段は二〇〇~七〇〇メートルの深海に生息している。晩春から初夏までが産卵期で、一回あたり数千個の卵を産む。交尾と産卵は同時ではない。 触手の先にはそれぞれ三個の発光器がついており、何かに触れると発光するため、敵を脅すものではないかと考えられている。体表の海底側(腹側)には細かい発光器があり、これは海底側にいる敵が海面側にいるホタルイカを見ると、海面からの光に溶け込み姿が見えなくなるカウンターシェイディング効果の役割を果たしている。海面側から海底に向かって見た場合はこの効果が働かないため、体表の海面側(背中側)には発光器はほとんど存在しない』。『光反応の全容は未解明である。しかし、セレンテラジンジサルファイト化合物(coelenterazine disulfate、二硫化セレンテラジン化合物、ルシフェリンの一種)によると考えられており、アデノシン三リン酸(ATP)とマグネシウムが大きく関与している。また、発光反応の最適温度は、摂氏五度でホタルイカの生息適温と対応している』ことなどが判明している、とある。]

      五 諦めること

 已に身體の一部を敵に捕へられたとき、思ひ切つてその部だけを捨てれば、生命は失はずに濟むが、これも全身を食はれぬための一種の方法である。人間でも手なり足なりに性の惡い腫物が出來てそのまゝにして置いては一命にも拘るといふ場合には、これを切り捨てるの外に策はない通り、身體の一部分が已に敵の手に陷つた以上は、諦めてこれを敵に與へる外に自分を救ふ手段はない。但し人間では、一度切り捨てた手や足が再び生ずる望はなく、手術後は一生涯片輪で終らねばならぬから、かかる場合に頗る思ひ切り難い感じがあるが、動物の種類によつては、一度失つた部分を容易に囘復するので、身體の或る部分を失ふことは少しも苦にならぬ。そしてかやうな際に體の一部が切れ去るのは、敵が銜へて引く力によるのではなく、動物自身の方に一定の仕掛けがあつて、隨意にその部を切り捨てるのである。それ故この方法を自切と名づける。
 「とかげ」の尾が容易く切れることは人の知る所であるが、これが自切の一例である。夏庭先などへ出て來て、雞などに啄かれた場合には、「とかげ」は尾だけを捨てて自身は速に石垣の間に逃げ込んでしまふが、後に殘つた尾は、胴から切れても直には死なず、長く活潑に躍ね廻るから、雞はこれのみに氣を取られて、逃げた身體の方を追窮せぬ。かくすれば「とかげ」は無論一時は尾なしとなるが餌を食ふて生活してさへ居れば、暫時の中にまた舊の通りの尾が出來る。尤も中軸に當る骨骼は舊の通りにはならぬが外見では、たゞ色が少し薄いだけで、古い尾と少しも違はぬ。子供等が靴で輕く踏んでも直に切れる位であるから、尾を捨てることは「とかげ」に取つては頗る簡單なことで、若しこれによつて命を全うすることが出來るならば、一時尾を失ふ不自由の如きは殆どいふに足らぬであらう。
[やぶちゃん注:「自切」英語“Autotomy”の訳語。ウィキの「自切」よりトカゲのケースを引用する。爬虫綱有鱗目トカゲ亜目トカゲ下目トカゲ科トカゲ属ニホントカゲ Plestiodon japonicas や同じくトカゲ下目のカナヘビ科カナヘビ属ニホンカナヘビ Takydromus tachydromoides (何れも日本固有種)『等が自切を行う。自切した尾は、しばらく動き回ることで外敵の注意を引きその隙に逃げることができる。切断面は筋肉が収縮し出血も抑えられる。再生した尾(再生尾)は外観から見ても体色が異なっていたり、元の尾よりも長さが短くなることが多い。また再生尾は中に骨はなく、代わりに軟骨により支えられている。これら自切を行うトカゲ類の尾は、脊椎に自切面という節目があり切れやすい構造になっている。そのため人為的に尾を切断しても、同様の反応は見られない』。『自然界では自切により外敵から逃避できる可能性もあるが、尾に栄養分を貯めることの多いトカゲ類は飼育下ではメンテナンス中の不注意や物に尾が挟まった際等に自切し結果として体調を崩してしまうことも多い。トカゲ類全てが自切を行うわけではなく、また同じ科でも自切後に再生尾が生えない種もいる』とある。]


[てんぼがに〔シオマネキ〕]

 「ばつた」、「いなご」などの昆蟲類も、足を一本摘んで捕へると、その足だけ殘して逃げ去ることが多い。但し、壽命が短いからでもあらうが、一度失うた足を再び生ずるには至らぬ。夜出て來て障子などを走る「げぢげぢ」も、抑へて捕へようとすれば必ず幾本かの足を殘して逃げて行く。海岸へ行つて蟹を多數に捕へて見ると、往々足や鋏が滿足に揃うて居ないものがあるが、あれらは何らかの危險に遇つた際に捨て去つたのであらう。中には七本の普通の足と一本の極めて小い足を持ったもの、左の鋏は普通の大きさで、右の鋏はその十分の一もないものなどがあるが、これは一度失つた跡へ新な足か鋏かが生じてまだ十分に生長せぬものである。「しほまねき」の一種に、俗に「てんぼがに」〔シオマネキ〕などと呼ばれるものがあり、その雄の鋏は一方だけ非常に大きくて、身體の格好に釣り合はず頗る奇觀を呈するが、かやうな大きな鋏でも、切り離した後には再び生じて舊の如くになる。エスパニヤの海岸地方では、この「かに」の鋏だけを茹でて紙の袋に入れ、恰も南京豆などの如くに露店で賣つて居るのを子供等が買つて食ふ。一袋のには鋏の數が幾十もあるが、鋏は「かに」一疋に就いて一つよりないから、一袋の鋏を取るには蟹を幾十疋も殺さねばならず、頗る無駄なやうに考へられるが、その地方では決して蟹を一々殺すのではなく、たゞ一方の鋏を切り取るだけで、自身は生きたまゝ、逃がしてやり、新しい鋏が大きくなった頃またこれを捕へて鋏だけを切り取るのである。嘗て人の話に、豚は腿の肉を一斤〔六〇〇グラム〕位そぎ取つても、暫くで治るから一疋飼つて置けば年中肉が食へると聞いたが、「かに」の鋏の話も恰もこれと同樣な造り話のやうに聞える。しかしこの方は實際である。
[やぶちゃん注:『「しほまねき」の一種に、俗に「てんぼがに」などと呼ばれるもの』これは叙述から推して、甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱ホンエビ上目十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目短尾(カニ)下目スナガニ上科スナガニ科スナガニ亜科シオマネキ属 Uca の最大種である現在の和名をまさにシオマネキとする Uca arcuata を指していると考えて間違いない。荒俣宏「世界大博物学図鑑 1 蟲類」の一三三ページに載る、田中芳男編になる「博物館虫譜」(明治一〇(一八七七)年頃成立した未刊行図譜)からの図像に、

桀歩
 テンボウガニ
 シホマネキ

紀州和歌浦ニアリ其右
螯大ニシテ美ナリコレ
望潮ノ一種大ナルモノナリ
其眼長出スルコト他蟹ト
殊異ナリ
        栗本丹洲法眼藏圖

とある。また、この「桀歩」については、「続群書類従」三十二下(雑部)巻九百五十七に所収する、室町期に中国文献及び仏典等の語句を簡略に注した「蠡測集れいそくしゅう」によれば(グーグル・ブックスで視認)、

桀ハ夏ノ桀ナリ。シカルニ蟹ハ横行スル者ナリ。桀歩トハ蟹ノ事ナリ。桀、横ナコトヲ専ニシタレバ、如此比シタリ。招潮子ト云モ蟹ノ別名ナリ。常ニスルコトナリ。

とある。なお、寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 龜類 鼈類 蟹類」では、

かさめ 桀歩 執火/擁劔蟹【和名加散米】

とあって、現在のガザミに「桀歩」を当てているが、「蠡測集」の記載から見て「桀歩」は、古くから広く蟹を指す語であったことが分かる。それが、大型の蟹であるガザミや♂の片方(右左は決まっていない)の鋏脚が大きくて目立つシオマネキ類に汎用されたと考えてよい。なお「和漢三才圖會 卷第四十六」ではシオマネキに同定し得る蟹は「獨螯蟹」である(リンク先は私の電子テクスト)。
 この「てんぼうがに」「てぼうがに」という異名和名は現在、死語に近い。それでよいとも言える。何故か? これは差別和名であるからである。即ち、
「手ん棒」=「てんぼう」=「てぼう」
で、
「手亡」
とも書き、これは、怪我などによって手の指や手を欠損していることを意味する語だからである。かくの如く、異名であって、かつ、自然に消滅しつつあるのであれば、私は問題なく賛同するものである(但し、「イザリウオ」を「カエルアンコウ」と突如、強制改名することが人道的であるとする立場を私は支持しない。これについて私は「耳嚢 巻之五 怪蟲淡と變じて身を遁るゝ事」の脱線注で述べておいた。是非、お読み戴きたい)。
 以下、ウィキの「シオマネキ」から引用しておく(アラビア数字を漢数字に代え、単位を日本語化、記号の一部を変更した)。まず、シオマネキ属の記載。『横長の甲羅をもち、甲幅は二〇ミリメートルほどのものから四〇ミリメートルに達するものまで種類によって差がある。複眼がついた眼柄は長く、それを収める眼窩も発達する。地表にいるときは眼柄を立てて周囲を広く見渡す。歩脚はがっちりしていて逃げ足も速い。オスの片方の鋏脚とメスの両方の鋏脚は小さく、砂をすくうのに都合がよい構造をしている』。『成体のオスは片方の鋏脚が甲羅と同じくらいまで大きくなるのが特徴で、極端な性的二形のためオスとメスは簡単に区別がつく。鋏脚は個体によって「利き腕」がちがい、右が大きい個体もいれば左が大きい個体もいる。生息地ではオス達が大きな鋏脚を振る「ウェービング(waving)」と呼ばれる求愛行動が見られる。和名「シオマネキ」は、この動作が「潮が早く満ちてくるように招いている」ように見えるためについたものである。英名“Fiddler crab” の“Fiddler”はヴァイオリン奏者のことで、やはりこれもウェービングの様子を表した名前といえる』。『熱帯・亜熱帯地域の、河口付近の海岸に巣穴を掘って生息する。種類ごとに好みの底質があり、干潟・マングローブ・砂浜・転石帯でそれぞれ異なる種類が生息する。巣穴は通常満潮線付近に多く、大潮の満潮時に巣穴が海面下になるかどうかという高さにある。潮が引くと海岸の地表に出てきて活動する。食物は砂泥中のプランクトンやデトリタスで、鋏で砂泥をつまんで口に入れ、砂泥に含まれる餌を濾過摂食する。一方、天敵はサギ、シギ、カラスなどの鳥類や沿岸性の魚類である。敵を発見すると素早く巣穴に逃げこむ』。『海岸の干拓・埋立・浚渫などで生息地が減少し、環境汚染などもあって分布域は各地で狭まっている。風変わりなカニだけに自然保護のシンボル的存在となることもある』。以下、種としてのシオマネキの記載。
   《引用開始》
Uca arcuata(De Haan, 1833)
甲長(縦の長さ)二〇ミリメートル、甲幅(横の長さ)三五ミリメートルに達し、日本産シオマネキ類の最大種。ハクセンシオマネキに比べて左右の眼柄が中央寄りで、甲は逆台形をしている。オスの大鋏表面には顆粒が密布し、色はくすんだ赤色だが、泥をかぶり易く色が判別しにくいこともある。静岡県以西の本州太平洋岸、四国、九州、南西諸島、朝鮮半島、中国、台湾の各地に生息地が点在する。泥質干潟のヨシ原付近・泥が固まった区域に生息するが、人間の活動が大きな脅威となり生息域が減少している。環境省が二〇〇〇年に発表した無脊椎動物レッドリストでは準絶滅危惧(NT)とされていたが、絶滅のおそれが増大したとの判断から二〇〇六年の改訂で絶滅危惧II類(VU)となった。有明海沿岸地方ではタウッチョガネ、ガネツケガニ、マガニなどと呼ばれる。アリアケガニやヤマトオサガニなどと共に漁獲され、「がん漬」という塩辛で食用にされる。
   《引用終了》
私はこの「がん漬」が好物である(但し、現在入手出来るその原材料の蟹は中国産に限られる)。なお、ネット上の記載では何故か見当たらないが、カニは自切するための特有の部位をもっており、それを自切線という。私は、教員になった二十二歳の時、本電子テクストを捧げている生物教師であられた故林田良幸先生先生から、親しくこの自切線の個人的教授を受けた。懐かしい思い出である。]


[くもひとで]

 海岸の石を起すと、その下に「ひとで」・「くもひとで」などが澤山に居るが、この類も失つた體部を再び囘復する。特に「くもひとで」の方は腕が脆くて、餘程鄭重取扱つても腕が途中で折れて、完全な標本の得られぬことが多い。しかし、忽ち折れ口から新な腕の先が生じて延びるから、他のものと揃ふやうになる。幾疋も捕へて見ると、腕の中途に段があつて、それから先は遽に細くなつて、色の薄いものが澤山にあるが、これは皆折れた後に復舊しかゝつて居る處である。即ち「くもひとで」の類も、敵に體の一部を捕へられた場合には、速にその部を捨てて逃げ去つて、全身敵に食はれることを免れるが、後にまた少時で囘復するから、損失は僅に一時のことに過ぎぬ。命を全うせんがために身體の一部を犧牲にすることは、普通の動物に取つては隨分苦しい事であるが、ここに例に擧げた如き囘復力の盛な動物から見れば、實に何でもないことで、且日々行なふ豫定の仕事である。列強の壓迫に堪へ兼ねて、止むを得ず一部分づつを割愛する老大國などから見れば、これらの動物は如何にも羨しく思はれるであらう。
[やぶちゃん注:「くもひとで」棘皮動物門蛇尾(クモヒトデ)綱 Ophiuroidea に属するヒトデと近縁関係にある生物群の総称。ヒトデの一種と言ってはいけない。あくまで近縁なのである。柔軟なわんを足として使って、蛇のようにうねりながら、若しくは泳ぐように海底を這ってかなり敏捷に移動するが、ヒトデ類のようにそれに管足を用いない点が大きな相違点である。クモヒトデ類も管足を持つが、一般には感覚器官として用い、ヒトデ類のような形で歩行及び捕食のために用いることはなく、殆んどのクモヒトデ類は腐肉食性若しくは懸濁物(デトリタス)食性である(ヒトデ類はほぼ肉食性である。以上は主にウィキの「クモヒトデ」に拠った)。
 最後にウィキの「自切」より、以上に記された無脊椎動物の自切についての叙述を引用しておく。『節足動物では、昆虫類・クモ類・多足類・甲殻類などでは足が自切するものが多い。これらの仲間では、体の成長には脱皮が必要なので、何回かの脱皮によって再生する。脱皮回数が制限されている動物の場合、完全には再生できない場合もある。また、成虫が脱皮しないもので、成虫が自切した場合では、当然ながら再生できない』とあって、丘先生が言及していない自切する動物の一部の持つ、脱皮現象と再生の関連性については注目しておく必要がある。『環形動物では、ミミズ・ゴカイに簡単に体が切れるものがある。ミミズの場合、後体部から前半身が再生しないものが自切とみなされるが、ミズミミズ科の一部のように、連鎖体が分裂して増殖するものは自切とは言わない。同じ環形動物でも、ヒルはまず体が切れない。ユムシ類には、吻を自切するものがある』(やや分り難いかもれないが、ミミズやゴカイ類には体が括れて(種によっては複数箇所で)千切れる分裂よって殖える種がいることを指し、その現象は自切とは呼称しないことを述べているのである)。『軟体動物では、腹足綱のミミガイやヒメアワビ、ショクコウラなど、分類群にかかわらず殻に比べて軟体が大きい巻貝類に腹足後端を自切して逃げるものがある。またウミウシの中に鰓や装飾突起を切り捨てるものがあり、チギレフシエラガイ Berhella martensi は自切することからその和名が付けられている。二枚貝ではマテガイ類などが水管を簡単に自切して穴深く逃げ込むが、水管には最初から切れ目となる横筋が見られる。頭足類では、通常の自切とは異なるが、アミダコなどタコの一部に交接の際にオスの交接腕の先端が自切してメスの体内に残存し、栓のような役割を持つものがある』(ショクコウラ科ショクコウラについては sutargate 氏のHP「MIYOSHIの貝殻の部屋」こちらのページを参照されたい)。『棘皮動物では、ウミユリ・ウミシダ類とクモヒトデ類に腕を自切するものが多い。これらの動物では、腕は再生するが、腕から本体は再生しない。ヒトデは腕から胴体を再生できるが、自切のように腕を切り離すものはいない』(ウミユリ・ウミシダ類及びクモヒトデ類は自切をするが、通常のヒトデ類は何らかの要因で腕が切断されても「再生はする」が、彼らは「自切はしない」ということである。これが多くの人にちゃんと理解されているようには思われないので、老婆心ながら附説した)。『沖縄県の石垣島、西表島に生息するカタツムリの一種イッシキマイマイは、天敵であるイワサキセダカヘビから自衛の為に尾(腹足の後端部分)を切断する。実験でイワサキセダカヘビにイッシキマイマイを与えたところ、四五%の個体が自切によりイワサキセダカヘビの捕食から逃れたとされる。自切を行うカタツムリは確認されている限りイッシキマイマイのみで、他のカタツムリで実験を行ったところ捕食されてしまった。また自切によって自分を守る行動は子供のイッシキマイマイに多く見られた』(イッシキマイマイの箇所はアラビア数字を漢数字に代え、注記記号を省略した)とある。イワサキセダカヘビはヘビ亜目セダカヘビ科セダカヘビ属イワサキセダカヘビ Pareas iwasakii。生物学者細(ほそ)将貴氏のHP「人生は最適化できない!」こちらのページで、このイッシキマイマイ Satsuma caliginosa caliginosa の自切に関わる御研究の学術的叙述が読める(これはウィキの記載の元であるが、当然のことながら発見者が自身の論文を元にして書かれており、その内容は頗る素晴らしい! 必読である!)。
「列強の壓迫に堪へ兼ねて、止むを得ず一部分づつを割愛する老大國などから見れば、これらの動物は如何にも羨しく思はれるであらう」時代を感じさせる何とも言えぬ謂いである。]

 以上若干の例に就いて述べた通り、敵に食はれぬためにはさまざまの手段があつて、尋常に勝負を決することの外に、逃げる法、隱れる法、攻められても平氣で居る法、脅喝によつて一時を凌ぐ法、身體の一部を切り取らせて諦める法などが常に用ゐられて居る。目的とする所は一つであるが、各々一長一短があつて、いづれを最上の策といふことは出來ぬ。要するに自然界には絶對に完全なといふものは決してなく、何事もたゞ間に合ふといふ程度までに進んで居るだけであるが、食ふ方法でも、食はれぬ方法でも、他と競爭して自分の種族を後に遺すのに間に合ひさへすれば、それで目的に適つて居ると見做さねばならぬ。