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生物學講話 丘淺次郎 はしがき 附藪野直史冒頭注を読む
生物學講話 第四章 寄生と共棲
第四章 寄生と共棲
一 吸著の必要
二 消化器の退化
三 生殖器の發達
四 成功の近道
五 共棲
第四章 寄生と共棲
前章に述べた所はいづれも生物が各自獨立に生活する場合であるが、なほその外に一種の生物が他種の生物からその滋養分の一部を横取して生活を營んで居ることが屢々ある。寄生生活と名づけるのは即ちこれであるが、この場合には、相手の生物に寄縋つて、多少これに迷惑を掛けながら生活するのであるから、獨立生活とは大に趣の異なる所がある。今若干の著しい例によつてそのおもなる相違の點をあげて見よう。
それに就いてまづ斷つて置かねばならぬことは、寄生生活と獨立生活との間には決して判然たる境界のないことである。肉食動物でも草食動物でも、食ふ方の生物が小さくて、食はれる方の生物が遙に大きかつたならば、僅に一小部分づつを食はれるのであるから、大きな方は急に死ぬやうなことがなく、小い方は常にこれに食ひ附いて居ることが出來るが、かやうな場合に小なる方の生物を寄生生物と名づける。しかし大小は素より比較的の言葉で、その間には無數の階段があるから、いづれに屬せしむべきか判然せぬ場合が幾らもある。「いたち」は一度に血を吸つて鷄を殺しこれを捨て去るから、寄生動物とは名づけぬが、假に「いたち」が百分の一の大さとなり、鷄に吸ひ著いたまゝで生活を續けるものと想像すれば、これは確に寄生動物である。かく考へると、寄生動物なるものは畢竟小なる猛獸に過ぎぬ。また如何に小さくとも、常に食ひ附いて離れぬものでなければ寄生動物とは名づけぬ。例へば、蚊は人の血を吸うても普通には寄生蟲とはいはれぬ。これに反して、「あたまじらみ」はつねに人頭を離れぬから、寄生蟲と名づけられる。「のみ」、「しらみ」などはその中間に位する。
されば寄生生活と獨立生活との間には決して判然とした境界があるわけではなく、半分寄生生活を營むものもあれば、ときどき寄生生活を行ふものもある。かやうに程度の違ふ寄生生物を多く竝べて、順々に比較して見ると、獨立生活から寄生生活に移り行く順序も知れ、寄生の程度が進むに隨つて、身體に如何なる變化が現れるかをも知ることが出來る。
[やぶちゃん注:「小い方」はママ。
『「いたち」は一度に血を吸つて鷄を殺しこれを捨て去る』誤り。先行する「五 生血を吸ふもの」の私の注を参照のこと。
「あたまじらみ」昆虫綱咀顎目シラミ亜目ヒトジラミ科アタマジラミ Pediculus humanus humanus。人の頭髪(特に後頭部から耳介後部にかけて。時には眉毛・睫毛にも)に寄生し、皮膚から吸血(人血のみを栄養源とする)、頭髪に産卵する。卵は楕円形で、一本乃至数本の毛髪を束ねてセメント様の物質で堅固に密着させて一個ずつ産みつける。約八日で孵化、幼虫となる(不完全変態)。成虫の寿命は約三〇日とされる。高温多湿を嫌い、主に冬季に繁殖する。人血を吸血するシラミとしてはコロモジラミ Pediculus humanus corporis の二亜種及びケジラミ Phthirus pubis がいるが、彼らはその殆どの時期を人体(及びその着衣の中)で過ごす点では丘先生の言うように『「のみ」、「しらみ」などはその中間に位する』というのは、正確ではない。寧ろ、我々がシラミと言う場合のシラミ類は、その多くが動物類にその殆どの時期付着し、血や体液を吸引しており、宿主から離れた場合、次の宿主が見つからなければ死滅してしまう点で「シラミ」は正しく寄生虫であるが、昆虫綱隠翅(ノミ)目
Siphonaptera に属するノミ類は、幼虫はごみや埃の中で育ち(尚且つ蛹を経る完全変態)運動性能が高く、吸血対象から容易に離れ、吸血対象種もシラミほどに限定的でない。飢餓耐性に富み、離れてもすぐには死なないなど、「のみ」類をこそ、「しらみ」類と区別して『中間に位する』生物とすべきではなかろうか?]
一 吸著の必要
寄生生活に第一に必要なものは吸著の器官である。宿主生物の體の表面に附著する場合にも、腸や胃の内に留まる場合にも、吸著の力が足らぬと忽ち振り離され、または押し出される虞があるが、寄生生活をする生物が宿主から離れたのは、猿が樹から落ちたのよりは遙に憐で到底命は保てぬ。されば、如何なることがあつても宿主に離れぬやうに、確に吸ひ著いて居ることは寄生生活の第一義であるが、そのために用ゐられる器官は吸盤と鉤とである。同じ仲間の動物で獨立の生活をして居るものと、何かに寄生して居るものとを竝べて比較して見ると、後者の方に吸著の器官の著しく發達して居ることが直に知れる。例へば魚類では寄生するものは一般に少いが、「やつめうなぎ」の類は他の魚類の皮膚に吸ひ著いて肉を食ふから、まづ寄生生活に近いものである。そしてその口は普通の魚類の如く上下顎を具へて嚙むのではなく、單に圓く開いて恰も煙管の雁頸の如く、物に吸ひ著けば、「たこ」の足の
[やつめうなぎ]
[やぶちゃん注:画像のキャプションは「やめつうなぎ」となっている。訂した。
「吸著」今までも出てきているのだが、「著」は嘗ては「着」と同字として用いられることが一般的に行われていた。無論、「著」の音は「チョ」で「チャク」という音はないが、「着」の同字として用いる際には「チャク」と読んだのである。
「やつめうなぎ」脊椎動物亜門無顎上綱円口綱ヤツメウナギ目 Petromyzontiformes に属する原始的な魚類の総称。顎を欠き、対鰭を持たず、骨格が未発達である点、通常の魚類やヒトを含む顎口上綱
Gnathostomata の脊椎動物群から見ると「原始的」なのである。図鑑などで、円形のグロテスクな吸盤状口器で魚の腹に吸い付いき吸血をしたり、ヤスリ状の舌で組織を溶かして採餌するまがまがしい印象が強いが、これはカワヤツメ
Lethenteron japonicum などの特徴で、実際には成魚になると吸血する種と全く吸血しない種に分かれ、実は多くのヤツメウナギ類は消化管も貧弱で餌を採らない。名称と形状の類似(実際には大いに異なる)からウナギ類と同類と思われがちであるが、ウナギはヒトと同じく顎口類に属する一般的魚類である条鰭綱ウナギ目ウナギ亜目ウナギ科ウナギ属
Anguilla で、ヤツメウナギとは全く異なった種である。]
「ふなむし」は海岸の岩の上や船の中などを活潑に走り廻つて容易に捕へられぬ程故、その七對ある足は相應に長いが、尖端が細く眞直であるから物にかぢり著くことは出來ぬ。これに反して、鯛そのほかの大きな魚の口の内などに吸ひ著いて居る小判形の蟲は、「ふなむし」と同じ仲間の動物であるが、足は七對ともに太くて短く、爪は鉤狀に曲つて先が尖つて居るから、しがみ著いて居ると答易には離れぬ。この蟲と「ふなむし」とを竝べて比較して見ると、體の形狀も節の數も足の數も足の節の數もすべて同じであるが、一方は獨立して走り歩き、一方は他動物に寄生して居るだけの相違で、かやうに吸著の仕掛けが違ふ。「ふなむし」の類には種々寄生の程度の異なるものがあるが、これらを順に見渡すと、吸著の裝置が一歩一歩完全になる有樣が明に知られる。
[ふなむし] [小判蟲]
[やぶちゃん注:何れの本種をも知らない読者から見ると、左右は逆の方が親切である。]
[やぶちゃん注:「ふなむし」甲殻綱等脚(ワラジムシ)目ワラジムシ亜目フナムシ科フナムシ Ligia exotica。因みに、学名の属名“Ligia”はギリシャ神話で岩礁に巣食い舟人を死へと誘い込む半魚人(本来は半鳥人) セイレンの仲間リギアに基づき、種小名“exotica”はラテン語で、異国の、風変わりな、の意。……異形の人魚リギア……いいじゃない!
「鯛そのほかの大きな魚の口の内などに吸ひ著いて居る小判形の蟲」図のキャプションには「小判蟲」とするが、これはご存じない方が多いであろう(人によっては、あんまり知りたくもなく、見たくもないかも知れない)甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱フクロエビ上目等脚(ワラジムシ)目ウオノエ科
Cymothoidaen に属する寄生性甲殻類の仲間、中でも本邦では漁師などには比較的知られている種としてのタイノエ Rhexanella verrucosa 及びその仲間、また丘先生のキャプションの「小判蟲」からは同科のウオノコバン属 Nerocila 指している。和名は「魚の餌」「鯛の餌」である。以下、ウィキの「ウオノエ」より引用しておく。『アジ、タイ、サヨリなどの魚の口内やえら、体表面にへばりつき、体液をすう。宿主の魚の口内に入り込む方法として、食料に見せかけて魚に食われたふりをし、口内に入り込み、口内の一部を壊死させそこに住み着き、体液を吸う』。『主の魚が死ぬと離れるため、釣った魚をいれておいたクーラーボックスの水の中で泳いでいるのを見つけることもある。スーパーマーケットに売っている魚でも、まれに口からウオノエが覗いている場合もある。ただし、人の目には気付きにくく、主に魚の口内に入り込んでいるため、誤って食すことも無い。人に寄生することもない』。『日本におけるウオノエの研究はあまり進んでおらず、種類や宿主などについては不明な点が多い。このため、広島大学などではウオノエを見つけたら送ってほしいと呼びかけている』。まんず、海にいるワラジムシ、エビ・カニの遠い親戚だと思えばよい。広島大学の学術的資料の提供のために、一つ、意識的に探してみるのも一興であろう。……だが……魚の口の中にいる画像などは、結構、エイリアンぽい(クリックは自己責任で。こことかここにある。後者の抽出個体のアップの方が結構、くる、かも。ブログ主も表題で示されているようにこれは明らかにタイノエ Rhexanella verrucosa と思われる)。]
[ひぜんのむし」 [獨立だに]
「だに」の類には獨立の生活をするものと、寄生するものとがあるが、これも比べて見ると、寄生するもの程、足が短くて爪が鉤狀に曲つて居る。土の上や水の中を自由に運動して居る類では八本の足が皆身體の直徑より長いが、犬や牛などに寄生する類では足は頗る短く、且吻を深く皮膚の中へ差し入れて居るから容易に離れぬ。「ひぜんのむし」〔ヒゼンダニ〕も「だに」の一種であるが、これなどは人間の皮膚の中に細かい隧道を縱横に掘つて住んで居るので、足は極めて短く、殆どあるかないか分からぬ程である。しかし爪だけは明にある。鯉や金魚の表面につく「てふ」〔チョウ〕は「みぢんこ」の類であるが、普通の「みぢんこ」とは違つて左右の上顎が變形して「たこ」の疣の如きものとなり、これを用ゐて確に魚の皮膚に吸ひ著いてゐる。かやうな吸盤は獨立生活をする「みぢんこ」では決して見ることは出來ぬ。蛭は身體の構造からいふと「みみず」と同じ類に屬するが、蛭の中でも魚類や龜などに吸ひ著いて居る種類になると、殆ど一生涯同じ處に吸著して居るから立派な寄生蟲である。年中土を食つて居る「みみず」には、頭から尻までどこにも吸盤も鉤もないに反し、蛭の方には體の兩端に強い吸盤があつて、これで吸ひ著くと如何に魚が悶搜(もが)いても決して離れることはない。
[やぶちゃん注:「だに」節足動物門鋏角亜門クモ綱ダニ目Acari に属する動物の総称。昆虫ではない。世界には凡そ二万種いるが、人間生活に影響を及ぼすダニはその中でも極少数で、多くは自然界での土に依存して生きる土壌生物である。
「水の中を自由に運動して居る類」これは少し規定が難しい。節足動物門クモ形綱ダニ目前気門(ケダニ)亜目Prostigmataに属するところのテングダニ類・ハダニ類・フシダニ類・ニキビダニ類の中で水中に生息するミズダニ団
Hydrachnellae(若干の海産種を含み、大部分はこの類)と海産種ウシオダニ科 Halacaridae のウシオダニ類、及び陰気門(ササラダニ)亜目
Oribatida のササラダニ類の一部を総称する呼称(団というのは聴き慣れない言葉であるが、系統学的自然分類群ではなく、水中という棲息域による生態面から纏められた呼称である)。ミズダニ団は世界に十二上科五十一科、約三〇〇〇種が生息、本邦には九上科二十七科約三〇〇種いる。この科数は前気門(ケダニ)亜目に含まれる科の凡そ半数に及んでいる。基本的に節足動物や軟体動物などの無脊椎動物を捕食するか、これらに寄生して生活し、人間生活とは無縁である。以下、僕らと殆んど接点のないミズダニを知るために、主に参考にしたウィキの「ミズダニ」から引用する(アラビア数字を漢数字に代えた)。『ミズダニの多くのものは湖、沼、池、その他一時的ではない水溜りを始めとして、河川、渓流、湧泉(ゆうせん)、地下水、海など幅広い水域に生息する。多くの種では成体は肉食性で、ミジンコ、カイミジンコ、ユスリカの幼虫などを捕食する。湖沼性の種類は、水草につかまっているもの、泳ぐもの、水底の泥土上を這うものなどがある。川や渓流の種類は流水中の石面に張り付いている。海産種は、磯の海藻につかまったり、石や死んだ貝の殻についたり、またプランクトンとして浮遊しているものもある。淡水産貝類(ドブガイ、カラスガイ、カワシンジュガイなどの二枚貝やマルタニシ、オオタニシといった巻貝など)に寄生するものは、その外套腔内にすみ、体壁や外套膜の粘液を吸収する』。『下水のような有機物汚濁が著しく、酸素の少ない水中で生活するものは知られていない』(引用元「トブガイ」。訂した)。存外、ミズダニが綺麗好きな種が多いことが分かる。『ダニ類なので成虫では肢が八本である。体は一般に球形、卵形または楕円形のものが多いが、地下水種のバンデシアのようにウジムシ形の種類もある。体の大きさは〇・五~一・五ミリのものが多いが、小さいものは〇・三ミリ、大きいものは五ミリにも及ぶ。体色は褐、黄、青、緑、紫、赤、橙などの美しい種類が多く、地下水性ミズダニ類はほぼ無色または淡黄色のものが多い。海産種は主に赤色である』。『背面の大部分は肥厚板に覆われることが多い。腹面では脚の付け根の基節板と生殖板が硬化している。体表の肥厚部には皮膚腺が発達し、点在している。眼が存在するものでは一対、あるいは二対あり、また黒色の色素とレンズを有する。地下水性の種類では眼は退化して著しく小さいか消失し、そのかわりに感覚毛や触肢が発達している。口器は体の前方腹面にあり、頭状で先端に口が開く顎板の両側に獲物の捕獲に与る触肢が付着し、鋏角は顎板にはまり込んでいる。摂食に与る鋏角は通常完全な鋏状ではなく、可動指は強大な鎌状に発達するが、固定指は短く退化している』。『ミズダニ類は雌雄異体であって、その生活史は大分複雑である。卵は球形の種類が多いが、二枚貝に寄生する種類には楕円形の卵を産むものがある。卵の色は黄色のものが多いが、橙赤色や、煉瓦色のものもある。卵はふつうゼラチン様の膜に包まれていて、水草の茎や葉の表面に産みつけられるものが多いが、泥の中に産むものもある。流水の種類では石の表面や石の面の穴の中に産むものが多い。貝類に寄生している種類は貝の外套膜の組織内に産卵する。卵から六本脚の幼虫、八本肢の若虫を経て成虫になる。多くの場合、若虫と成虫は自由生活で微小な甲殻類や水生昆虫の幼虫などを捕食するが、幼虫はガガンボ、カ、ユスリカ、ブユ、ヌカカ、カワゲラ、トビケラ、コオイムシ、アメンボ、ミズカマキリ、コミズムシ、ゲンゴロウなど水生昆虫の成虫、あるいは幼虫に寄生する。成虫期を陸上で過ごす水生昆虫の成虫に寄生する種の場合、羽化時に取り付き寄生を開始して寄生期間を通じ水を出て生活し、宿主が交尾、産卵のために水辺に戻ってきたときに宿主から離脱し、水中の自由生活に戻る。地下水性種の生活史は全く分かっていない。ミズダニ類の寿命は大体二~三年であると考えられている』。――こうて知ってみると、私は、何となく逢って見たくなるから不思議だ。
「ひぜんのむし」ダニ目無気門亜目ヒゼンダニ科ヒゼンダニ Sarcoptes scabiei var. hominis。激しい掻痒感を伴う皮膚疾患である疥癬は本種の寄生によるもの。以下、ウィキの「疥癬」から引用する(アラビア数字を漢数字に代え、単位を日本語化。記号及び本文の一部を変えた)。『ヒゼンダニの交尾を済ませた雌成虫は、皮膚の角質層の内部に鋏脚で疥癬トンネルと呼ばれるトンネルを掘って寄生する。疥癬トンネル内の雌は約二ヶ月間の間、一日あたり〇・五~五ミリメートルの速度でトンネルを掘り進めながら、一日に二個から三個、総数にして一二〇個以上の卵を産み落とす。幼虫は孵化するとトンネルを出て毛包に潜り込んで寄生し、若虫を経て約十四日で成虫になる。雄成虫や未交尾の雌成虫はトンネルは掘らず、単に角質に潜り込むだけの寄生を行う』。『交尾直後の雌成虫が未感染の人体に感染すると、約一ヵ月後に発病する。皮膚には皮疹が見られ、自覚症状としては強い皮膚のかゆみが生じる。皮疹には腹部や腕、脚部に散発する赤い小さな丘疹、手足の末梢部に多い疥癬トンネルに沿った線状の皮疹、さらに比較的少ないが外陰部を中心とした小豆大の結節の三種類が見られる』。『時にはノルウェー疥癬と呼ばれる重症感染例もみられる。過角化型疥癬は一八四八年にはじめてこの症例を報告したのがノルウェーの学者であったためについた名称であり、疫学的にノルウェーと関連があるわけではないので、過角化型疥癬と呼ぶことが提唱されている。何らかの原因で免疫力が低下している人にヒゼンダニが感染したときに発症し、通常の疥癬はせいぜい一患者当たりのダニ数が千個体程度であるが、過角化型疥癬は一〇〇万から二〇〇万個体に達する。このため感染力はきわめて強く、通常の疥癬患者から他人に対して感染が成立するためには同じ寝具で同衾したりする必要があるが、そこまで濃厚な接触をしなくても容易に感染が成立する。患者の皮膚の摩擦を受けやすい部位には、汚く盛り上がり、カキの殻のようになった角質が付着する』(この症例写真は強烈である。自己責任で)。『中国隋の医師巢元方が著した「諸病源候論」に『疥』として記載がある。また、唐の孫思邈が著した「千金翼方」は、硫黄を含む軟膏による治療法が記載されている。光田健輔によると、昔はらい病と疥癬はよく合併し、光田自身も神社仏閣でよく観察していたという。なお、光田は「令義解」の『らい』が伝染した話は、疥癬があり、伝染したことが観察されたのではないかという。通常の『らい』であれば、伝染する印象はない』(最後の部分はハンセン病の感染力は極めて小さいからである)。ヒゼンダニは乾燥に極端に弱く、国立感染症研究所のデータによると人体から離れて二~三時間で死滅する。……それにしても……過角化型疥癬……一〇〇万から二〇〇万のヒゼンダニが寄生する人体……牡蠣の殻のようになった角質が盛り上がる……こりゃ、凄いわ……。……さてもこの疥癬が原因でヒトが死亡するなんどと言うことが……あり得ようか?……どうも、戦争末期に逮捕され、敗戦に前後して獄中死した西田幾太郎の愛弟子であったマルクス系哲学者の二人、三木清(昭和二〇(一九四五)年九月二十六日於豊多摩刑務所)と戸坂潤(同年八月九日於長野刑務所)の死因は――「疥癬」である――恐らくは、この過角化型疥癬に伴う腎不全だったようである……七転八倒の掻痒と孤独な死……「悲惨」などと容易に口に出せるものではない……。
「てふ」〔チョウ〕節足動物門甲殻亜門顎脚綱鰓尾亜綱チョウ目 Arguloida に属する甲殻類鰓尾類に含まれる一群。主に魚類の外部寄生虫で日本ではチョウ
Argulus japonicas が普通種として知られ、別名ウオジラミとも呼ぶ。前出。「五 生血を吸ふもの」の私の注を参照されたい。
「みぢんこ」ミジンコは「微塵子」「水蚤」などと書き、水中プランクトンとしてよく知られる微小な節足動物である甲殻亜門鰓脚綱葉脚亜綱双殻目枝角(ミジンコ)亜目
Cladocera 属する生物の総称。形態は丸みを帯びたものが多く、第二触角が大きく発達して、これを掻いて盛んに游泳する。体長〇・五~三ミリメートル前後の種が多いが、中には五ミリのオオミジンコ
Daphnia magna Straus や、一センチメートルに達する捕食性ミジンコのノロ Leptodora kindtii などもいる(以上はウィキの「ミジンコ目」に拠った)。
「蛭の方には體の兩端に強い吸盤があって」環形動物門ヒル綱 Hirudinea のヒル類は口吻周囲と肛門の下側が吸盤になっていて、捕食及び運動にこれを活用する(いずれか一方にのみ持つ種もいる)。
「悶搜(もが)いても」私は初めて見た漢字表記で、ネット検索をかけても中文サイトでしか引っ掛からない。「廣漢和辭典」にも所収しないが――これ、なんかいい漢字――基――いい感じ、しない? いつか使ったろ、と!]
[魚に「てふ」の吸ひ著いて居る狀]
「さなだむし」や「ヂストマ」は寄生蟲の模範ともいふべきものであるが、皆固著の器官が發達して居る。「さなだむし」の方には種類によつて或は吸盤或は曲がつた鉤、或は吸盤と鉤とが頭の端にあつて、これを用ゐて腸の粘膜に附著している。また「ヂストマ」の方は、腹面の前方に二個の吸盤が縱に竝んで居るが、これを以て同じく粘膜などに吸ひつく。漢字で二口蟲と書くのは、二個の吸盤が口の如くに見えるからである。
[「さなだむし」の頭]
[やぶちゃん注:「さなだむし」扁形動物門条虫綱単節条虫亜綱 Cestodaria 及び真正条虫亜綱 Eucestoda に属する寄生虫。名は形状が真田紐に似ていることに由来する。個体によっては一〇メートルを超えるものもいる。本邦では古くは「寸白」(すはく/すばく)と呼ばれていた。目黒寄生虫館大好き人間の私はこの手の真正寄生虫の話を始めると、実は止まらなくなって、本文テクスト化が先へ進まなくなる。意識的にストイックにこの辺で止めるが、一つ面白いサイトを紹介しよう。しばしば聴かれる噴飯の都市伝説である有名女優などがやったとされる「サナダムシ・ダイエット」……ところが……何と! 実際にそのために多節条虫亜綱擬葉目裂頭条虫科
Diphyllobothrium 属日本海裂頭条虫 Diphyllobothrium nihonkaiense の、その幼虫を販売している「サナダムシ復興委員会」なるページが存在した! 中国・ロシア海域のサクラマスから採取した(厳粛なるサクラマス解剖、その採取方法の独立写真入りページもあるぞ!)procercoid
プロセルコイド(擬葉目裂頭条虫科の条虫類のライフ・サイクルの一ステージ。前擬尾虫。第一中間宿主であるケンミジンコ内で coracidium コラシジウムが発育してプロセルコイドとなり、第一中間宿主とともに第二中間宿主にこれが摂取されて、第二中間宿主内で
plerocercoid プレロセルコイド〔擬尾虫/擬充尾虫〕を経、成虫となる)……そしてその販売価格は――二〇一二年八月現在、何と! 四万八千円也!……更に、おまけを附けた。……この幼虫を実際に購入して『ダイエットのために服用』してみた(!)という夫婦の、写真入り実録顛末物(サイト「探偵ファイル」――このサイト、以前、自殺した少女への性的虐待の疑惑で音楽教師を告発した際には、マジ、リキ、入ってたんだけどなあ……)も発見、最後には目黒寄生虫館の見解(「四万円という額が妥当かどうかは分からないけど、常識的に考えて、売るものではない」「そもそも一匹飲んで、一〇〇%確実に寄生するものではない。そんなに簡単に寄生したら大変」)も示されて、これはもう、必見中の必見だ! 惜しむらくは、カプセルから出して、プロセルコイドを視認した写真が欲しかった!……なお、本邦産のサナダムシはヒトとの共存型で、その形状のグロテスクさに反し、多数個体が寄生しない限りは人体への影響は殆どなく、従って、無論、ダイエットにもならないのである。――丘先生じゃないが、サナダムシこそ真正の『模範的の寄生蟲』とは言えまいか?
「ヂストマ」扁形動物門吸虫綱単生吸虫(単生)亜綱 Aspidogastrea 及び二生吸虫(二生)亜綱 Digenea に属する「吸虫」と呼称される寄生虫類の本邦での総称。本文にある通り、「二口虫」と呼ぶ理由は、口吻を取り囲んである摂餌を助けるための口吸盤と、体を寄生部位に固定するための腹吸盤(体部前方の口吻に近い腹面に位置し、口吸盤とほぼ同じ大きさ)の両方を口と誤認して、“di”(二)+stoma(口)と呼んだもの。但し、英語の“Distoma”は、二生吸虫(二生)亜綱棘口吸虫目棘口吸虫亜目棘口吸虫蛭状吸虫(カンテツ)科蛭状吸虫亜科カンテツ属
Fasciola に属する肝蛭(かんてつ)類に限って用いる。吸虫類は肺吸虫症・肝吸虫症などを引き起こす厄介な寄生虫である。]
かくの如く寄生動物には吸著の器官が發達して、如何なることがあつても決して宿主動物を取り逃さぬやうに出來て居るが、その代り運動の器官は甚しく退化するを免れぬ。前に比較した獨立「だに」と「ひぜんのむし」〔ヒゼンダニ〕とでも、「ふなむし」と鯛の口の小判蟲〔タイノエ〕とでも、吸著の仕掛けの進んだ方は運動の力は衰へて居る。蓋し寄生動物は、後生大事に宿主動物にかぢり著いて居さへすれば生活が出來るから運動の必要がないのみならず、少しでも自由の運動を試みれば、宿主動物との緣が切れる虞があって生活上頗る危險であるから、自然必要な器官が發達し、不必要な器官が退化して、爪は大きくなり、足は短くなるといふやうな結果を生じたのであらう。種々の程度の寄生生物を通覧すると、吸著器官の發達と運動器官の退歩とは常に竝行し、兩方とも寄生生活の程度と比例して居るやうに見える。即ちときどき寄生するものや、半ば寄生するものには、運動の器官がなほ具はつてあるが、宿主動物から離れぬやうになれば、吸著の器官が完備して運動の器官がなくなり、「さなだむし」や「ジストマ」の如き模範的の寄生蟲になると、自由運動の力は全く消滅してしまふ。
二 消化器の退化
寄生動物は獨立に生活するものとは違ひ、他の動物が食物を消化してその滋養分を濾し取つた液を吸ふのであるから、自分で更にこれを消化する必要がない。それ故寄生動物では消化の器官は退化するばかりで、特に他動物の腸の中に寄生するものの中には、全く消化器官のない種類もある。宿主動物の外面に吸ひ著いて居る寄生蟲は、血液を吸ひ取るに適した特殊の口がなければならぬが、宿主動物の内部に住んで居る寄生蟲は、全身滋養液の中に浸されて居ること故、皮膚の全面からこれを吸收さへすれば、別に口がなくとも差支はない。
一體動物の消化器官の發達は食物の如何によつて大に違ふもので、腸の長さなども肉食動物と、草食動物とでは非常な相違がある。羊とヘウ〔ヒョウ(豹)〕とは略々同大であるが、豹の腸は體の長さの三倍よりないのに、羊の腸はその二十七八倍もある。かやうに長い腸が狹い腹の内に藏つてあるから、勢ひ何囘も曲りくねつて居る。支那人が屈曲した山道を形容して「羊腸」といふのは尤もな語である。動物園へ行つて見ても、「へう」〔ヒョウ(豹)〕の腹はいつも小さいが、山羊の腹は太鼓のやうに膨れて居る。これも腸の長短とその内容物の多少とによつて起る相違である。何故草食動物は腸が長くて、肉食動物は腸が短いかといふに、草の葉には滋養分が少くて滓が多いから、これを消化して吸收するには餘程手間が掛かるが、肉の方は滋養分に富んで居て、溶けて濃い液となり、速に吸收せられるからであろう。人間でも植物を多く食ふ國の人は腸が長く、肉を多く食ふ國の人は腸が短い。且その排出する糞便も肉食の人は少量であるが、植物のみを食ふ人のは太くて見事である。されば腸の長さを測れば、それでその動物が肉食性のものか、草食性のものかおよその判斷が出來る。
[ヂストマ]
動物の中で滋養分の最も多い不消化物の最も少い、贅澤な食物を取るのは寄生蟲である。寄生蟲の食物は多くは宿主動物の血液か、または組織を濕す淋巴液などであるが、これらは、その動物が食物を消化してその滋養分だけを吸收して造るもの故、殆ど滓含まぬ純粹な滋養物である。それ故、これを吸つて居る寄生蟲には肛門のないものが幾らもある。蛔蟲〔カイチュウ(回虫)〕は人の腸の内に居て腹の内容物を食うて居るから、口も食道も腸も肛門もあるが、肺や肝の内に寄生する「ヂストマ」の類になると、口と腸とはあるが、その先は行き止りになつて肛門はない。恐らく、これらの蟲は生まれてから死ぬまで食物を食ふだけで、決して、糞便を排出することはないのであらう。また「さなだむし」の類は常に腸の内に住んで、溶けた滋養分の中に漬けられて居るから、たゞ全身の表面からこれを吸收するだけで、特に體内の一箇所へ吸ひ入れるといふことはない。それ故この類には口も腸胃も肛門もなく、消化の器官は影も形もない。このやうなことは外界に獨立生活する動物では夢にもあり得べからざることである。生活するには食はねばならず食ふには消化器を要することは、獨立生活する動物の通則であるが、寄生動物は、食つて消化することは宿主動物にさせて置き、出來上がつた滋養分を分けて貰ふのであるから、自身に消化器がなくとも生活出來る。
[「かに」とその寄生蟲
(イ)根狀の頭の基部 (ロ)生殖孔]
全く消化器を持たず、しかも宿主動物の身體の全部から滋養分を吸ひ取りながら、自身は宿主動物の外面に付著して居る面白い寄生蟲がある。海岸の岩の間を走つて居る「かに」を捕へて見ると、往々腹に丸い團子の如きものの著いて居るのを發見するが、この圓いものは一種の寄生蟲で、卵から孵化したときの姿を見ると「ふぢつぼ」、「かめのて」などの仲間であることが確に知れる。この蟲は蟹の俗に褌と名づける部の根元に附著し、全身が現れて居るが、その吸ひ著いて居る部を探つて見ると、長く「かに」の體内に入り込み、恰も樹の根の如くに枝に分かれ無數の細い絲となつて、内臟は素より足の爪の先から眼の中、鋏の末端までも達して居る。これを用ゐて「かに」から滋養分を吸ひ取る有樣は、全く樹木が根によつて地中から養分を吸ひ込むのと同じである。そして根の如き形をして居るのは、實はこの蟲の頭部に當るからこの類を根頭類と名づける。
[やぶちゃん注:本段落に示された蟹の寄生虫は顎脚綱鞘甲亜綱蔓脚下綱根頭上目 Rhizocephala のケントロゴン目 Kentrogonida
及び アケントロゴン目 Akentrogonida に属する他の甲殻類に寄生する寄生性甲殻類であるフクロムシ類である。本邦での分類学的研究は昭和一八(一九四三)年以降、殆んど行われていないが、ここで丘先生が挙げておられるのは、日本固有種で主にイワガニ類に寄生するケントロゴン目フクロムシ科ウンモンフクロムシ
Sacculina confragosa と考えてよい。多くの人は卵を持った蟹と誤認しているケースが多いと思われる(後述するようにその付着部位や見た目の形状・色彩が個体によって蟹の抱卵する卵塊と酷似する場合があるからである)。西村三郎「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅱ]」(保育社)の記載によれば、空豆形で、個体によって白・黄・茶色などの多彩な色を持つ。柄は短く、外套口(丘先生の図で矢印(イ))は中央にあり、突出する。表面には棘を欠き、一面に波模様の隆起を持つ。周囲も波形に縁どられている。大きさは宿主の腹部の大きさによって変化し、長径五ミリメートルから三〇ミリメートル前後と幅がある。複数個体が附く場合も稀ではない。――本文記載を読んだ方は気がつかないか? ――私は最初に映画の「エイリアン」を見た時――あの幼虫期の寄生性のエイリアンの寄生形態は――フクロムシがヒントだな――と思ったものである――]
[「とんぼ」の頭部] [「かめむし」の頭部]
動物が運動するのも感覺するのも、一は餌を取るためであるが、寄生動物は餌を求め歩く必要がないから、運動の器官が退化すると同時に感覺の器官も段々衰へる。獨立動物と寄生動物とを比較して見ると、寄生動物の方は運動の器官が退化して居ることは前にも述べたが、感覺の器官もこれと同樣で、「ヂストマ」や「さなだむし」などの如き模範的の寄生蟲には、眼も耳も鼻も全くない。一體動物の感覺器の發達は餘程まで、その動物の運動の速さに比例するもので、運動の速い動物では一刻毎に今まで遠く離れて居た新たな外界に接すること故、前以てこれに應ずる手段として視覺などは特に發達する必要がある。鳥類の飛翔は、すべての動物中で他に類のない速な運動法であるが、これに伴ふ鳥類の視力の鋭さは他動物の遠く及ぶ所ではない。されば運動せずに固著して生活する寄生動物には、比較的感覺器の發達せぬのは當然のことと思はれる。昆蟲などでも、速に飛ぶ「とんぼ」、運動の遲い「かめむし」、犬・猫の毛の間に住む「のみ」と順を追つて比べると、眼の段々小さくなることが知れるが、「のみ」の或る種類になると眼は全くない。これを見ても運動の必要のない寄生生活をする動物では、感覺器及び神經系が次第次第に退化するものであることは確である。
三 生殖器の發達
かくの如く寄生蟲類では運動の器官と感覺の器官とは著しく退化するが、その代りに盛に發達するのは生殖の器官である。動物の働には、滋養分を集めて溜める方と、これを費して捨てる方とがあるが、消化は滋養を取る方であり、運動と感覺とはこれを費す方に屬する。これを簿記の帳面に記入するとすれば、消化吸收は入の部で、運動と感覺とは出の部に書き込まねばならぬ。若しも或る動物が毎日食つただけの滋養分を運動と感覺とによつて全く費してしまふならば、その動物の體重は殖えもせず減りもせず、丁度出入平均の有樣に止まる。成長した人間の體量が著しく増減せぬのは、かやうな狀態にあるからである。これに反して、生まれて間のない赤ん坊は、たゞ乳を呑むだけで、碌に動きもせずに眠つて居るから、滋養分の輸入超過のために盛に成長し、僅四箇月で體重が二倍になり、一箇年で三倍にもなる。また學校へ行く頃になると、運動が劇しくなつて、滋養分費すことが頗る多く、これを補つてなほその上に成長せねばならぬから、食欲の盛なことは驚くばかりである。所が、寄生蟲は如何にといふと、宿主の外面に吸ひ著いて居るものでも、滋養分に不足はなく、體内に居るものの如きは、全身滋養液に浸されて居るために、消化器の必要がない程であるが、運動も感覺も殆どせず、滋養分を使つて減らすことが極めて少いから、たゞ溜まるの外はない。そして滋養分が多くあるときには、繁殖の盛になるのは動物の常であつて、人間の如くに隨意の生活をするものでも、統計を取つて見ると豐年には子の生れる數が増え、凶年には子の生れる數が減る。寄生蟲の如きは、滋養分の出納がいつも不平均で、入の方が遙に多いが、これがすべて繁殖の資料となるから、この方面に於ては全動物界中に寄生蟲に匹敵するものは決してない。試に一疋の産む卵の數を算へても、億以上に及ぶものは寄生蟲のみである。また胎生するものでは、この差は更に著しい。犬・豚などは隨分子を産むことの多い方であるが、一囘に十疋産むことは稀であり、鼠の如きも、十二疋以上産むことは殆どない。しかるに豚の肉から人の腸に移りくる「トリキナ」〔トリヒナ〕という寄生蟲などは、親と同じ形狀の胎兒を一度に二千疋も産む。かく多數の卵を産み、多數の子を生ずるには、無論卵巣や子宮などの如き生殖器官が大きくなければならぬが、獨立生活をする動物に比べて如何程大きいかは、同じ組に屬する蟲類で、獨立せるものと寄生せるものとを竝べて見ると明瞭に分る。例へば前に名を掲げた「ふなむし」と鯛の口の中にいる小判蟲〔タイノエ〕とを比べて見るに、「ふなむし」の方が體が稍々扁平で身輕に出來て居るが、小判蟲の方は丸く肥つて頗る厚い。そして、この丸く肥つた身體の内部を充して居るのは主として卵巣である。
[やぶちゃん注:「トリキナ」線形動物門双器綱エノプルス亜エノプルス目旋毛虫上科トリヒナ Trichinella spiralis。所謂、人獣共通感染症としての旋毛虫症・トリヒナ症を引き起こす。感染種は本種以外にも Trichinella britovi・Trichinella nativa・Trichinella nelsoni・Trichinella pseudospilaris などが挙げられる。以下、東京都福祉保健局「食品衛生の窓」の「食品の寄生虫 旋毛虫」を参照して記載する。雄虫約一・五ミリメートル、雌虫約三~四ミリメートル、体幅〇・〇四から〇・〇六ミリメートル。人体への感染源は以下の動物肉の筋肉内被嚢幼虫。米国では不完全調理の豚肉・ソーセージなど、東欧・中央アジアでは馬肉・鹿肉等のゲームミート(牛・豚・鶏・羊以外の主に狩猟によって得られる肉のこと)。日本の場合はツキノワグマやエゾヒグマの刺身による感染者が出ている(私の知っているものでは、国外のケースでハンバーグ用の豚挽肉を生食した――豚の生肉は確かに実は美味い――成人男性二名の死亡例、本邦のケースで猟で撃ち獲ったツキノワグマの肉を生食、脳に迷走、やはり感染者は死亡。但し、死亡率は非常に低い)。初発症状は発熱・筋肉痛・眼窩周囲の浮腫であるが、虫体の発育に従って三期に病態が変化する。
1 成虫侵襲期
感染後一~二週目。成虫が小腸粘膜に侵入して幼虫が産出される時期で、産出の刺激により腹痛・下痢・発熱・好酸球増加などが見られる。
2 幼虫播種期
感染後二~六週目。粘膜内で産出された幼虫が全身筋肉への移行を開始する時期。眼瞼浮腫・筋肉痛・発熱・時に呼吸困難を引き起こす。脳炎・心筋炎等を起こして重篤となるケースもある。
3 幼虫被嚢期
感染後六週目頃。筋肉に移行した幼虫がそこで被嚢する。眼瞼浮腫が一層顕著となり、重症の場合、全身浮腫・貧血・肺炎・心不全等を起こし、死亡に至る場合もある。
但し、軽い症状で固定してしまう場合もあり、本邦での感染例は少ない。感染予防のためには約六〇度以上で、充分に加熱調理する(マイナス三〇度で四ヶ月保存したクマ肉により発症したケースや北極圏のアザラシにも寄生しており、トリヒナは低温に強い)。二〇〇四年には北海道のペットのアライグマから検出されている。]
[「ヂストマ」の生殖器]
[(い)卵黄巣 (ろ)卵巣 (は)ラウレル管 (に)睾丸 (ほ)子宮 (へ)受精嚢 (と)排泄管 (ち)睾丸]
[やぶちゃん注:「卵黄巣」寄生虫の解剖所見にしばしば見られる器官で、以下の本文に現れる「卵黄腺」と同義か、それに付随した卵黄を蓄えておく器官であろう(学術文庫版図版では「卵黄腺」とある)。「ラウレル管」(Laurer's
canal)同じく吸虫の解剖所見にしばしば見られる器官であるが、不詳。英文のウィキ“Laurer's canal”では擬似的な膣とする。同種の器官とも思われるメーリス腺(Mehlis'gland)についてウィキの「メーリス腺」には『吸虫および条虫の卵形成腔を取り囲む単細胞腺の集合。かつては卵殻腺と呼ばれていた。卵殻の形成に何らかの関与があると考えられているが、その真の役割はわかっていない』とある。なお、学術文庫版(第一刷)では「フウレル管」と誤植している。なお、丘先生は本書で一貫して「睾丸」を「睪丸」と記しておられるが、これは誤字であるので総て「睾丸」と表記した。以後、この注は略す。]
「ヂストマ」の如き眞の内部寄生蟲であると、消化の器官は極めて小さく簡單で、内臟といへば殆ど生殖器のみである。その代り生殖器は頗る複雜で、睾丸もあれば卵巣もあり、輸精管、輸卵管、成熟した卵を容れて置く子宮を始め、卵の黄身を造るための卵黄腺、これから卵黄の出て行く卵黄管、卵の殼を分泌するための殼腺などがあつて、殆ど體の全部を占めて居る。それ故「ヂストマ」の解剖といへば、即ちその生殖器の解剖ともいふべき程で、それがまた一種毎に細かい點で相違して居るから、「ヂストマ」の種類を識別するには、まづその生殖器を調べなければならぬ。これを以ても寄生蟲の身體では生殖器官が如何に重要な位置を占めて居るかが分る。
[「さなだむし」片節二種]
[(イ)豚肉より來るもの (ロ)牛肉より來るもの]
更に「さなだむし」の類になると、消化器は全くなく、吸著の器官も頭の端だけに限られてあるから、一節づつを取つて見ると、その内部は悉く生殖器官のみで滿されて居る。卵の熟する頃のものは、生殖器は頗る複雜で、恰も「ヂストマ」と同じく種々の部分から成り立つて居るが、卵が熟し終ると、たゞ子宮のみが殘つて、卵巣・睾丸・卵黄腺など殘餘の部分は晰漸消えてしまふ。その代り子宮は段々大きくなつて、殆ど一節の大部を占めるやうになる。牛から來る「さなだむし」でも豚からくる「さなだむし」でも成長したものは、長さが七米以上もあつて節の數が一千を超えるが、後端に近いところでは節が皆大きくて、生殖器官は子宮ばかりとなつて居る。一節づつ離れて、大便とともに出て來るのはかやうなものに限る。
前に例を擧げた「かに」の腹に著いて居る袋狀の寄生蟲〔フクロムシ〕なども、生殖器官ばかりが大きく發達して、その他の内臟は殆ど何もない。この蟲は頭部が樹の根の如き形に延びて、「かに」の全身に
[やぶちゃん注:『「かに」はそのため全く生殖力を失つて子を産むことが出來なくなる。』これは厳密には正しくない。先に注したこの寄生性甲殻類であるフクロムシ類は、カニのオスに寄生した場合、宿主のオスガニは寄生去勢といって生殖能力を失って第二次性徴は間性を示すが、メスの場合はメスのままで立派に卵を持てるようである。これは「モクズガニのフクロムシのホームページ」(御名前は明記されておられないが、兵庫県豊岡市のコウノトリ市民研究所事務局長の方のページである)の知見を参照させて頂いたのだが、同HPの「フクロムシとは」には、その奇抜なライフ・サイクルが分かり易く示されているので引用させて頂く。節足動物門、殻亜門顎脚綱鞘甲亜綱蔓脚下綱根頭上目Rhizocephala
のケントロゴン目 Kentrogonida 及び アケントロゴン目 Akentrogonida のフクロムシ類は『十脚甲殻類、等脚類、シャコ類、フジツボ類などの腹部あるいは体表に寄生する袋状の甲殻類である。/外套膜で覆われた袋状の部分は体外部(externa)で、中身はほとんど卵巣で占められる。外套口を有し、そこから幼生を放出する。/体外部は宿主の外皮を貫き、体内部(interna)とつながっている。植物の根のように宿主の体内に侵入し養分を吸収する。体内部は根系とも呼ばれる。付属肢や消化器官は全く無い。/卵は体外部の中で孵化しノープリウスあるいはキプリス幼生の形で放出される。しばらくの間フクロムシは水中で自由生活をしている。このあたりはフジツボ類に近い。/メスのキプリス幼生は宿主に付着し根頭類特有のケントロゴン幼生に変態し、キチン質の注射針のような筒を出し、宿主の外皮を突き破り体内に細胞塊を注入する。この細胞塊が宿主の体内で成長し、根系を発達させ、やがて宿主の表皮を突き破り体外部を形成する。/オスのキプリス幼生は処女状態のメスの体外部に付着侵入し、精子細胞に分化する。すなわちメスとオスは合体し、あたかも雌雄同体のような状態となる』とある。寄生去勢を起こさせる、そのグロなエイリアン(私が前注で述べた如く、この専門家の方もそう呼称している)のようなフクロムシは、実は自分自身がジェンダー・ハイブリッド・エイリアンであった訳である。なお、同HPには「モクズガニフクロムシを食べる」もある。こうして写真で見て、指摘されると気味が悪くなる御仁もいようが、恐らくは我々も知らずにカニの一部として食していることは、これ、間違いない。]
四 成功の近道
一旦宿主動物の體内に入つた後は寄生蟲の生活は餘程安樂であるが、そこへ入り込むまでは容易なことではない。宿主動物の外部に吸ひ著くだけならば敢て困難といふ程ではないが、その腸・胃・肺・肝などの内まで入り込まうとするには、尋常一樣の手段では成功が覺束ない。如何なる動物でも、自分の體内に敵の入り來るのを防がずに居るものはなく、そのために何らか相當な仕掛けが具はつてあるから、寄生蟲は正體を現したまゝで正々堂々と表門から入り込むことは到底出來ぬ。例へば「ヂストマ」でも「さなだむし」でも蛔蟲でも、そのままの蟲形で口・鼻若しくは肛門から入つて、腸まで無事に達することは無論望まれない。尤も十二指腸蟲や、その他の若干の寄生蟲は、幼蟲時代の極めて微細なときに水の中に游いで居て、もし人が皮膚を露出してかやうな水に觸れると、直接に皮膚に潜り入つて血液・淋巴などの通路に達し、それから迂囘して腸に到るものであるが、これらの例外を除けば、大概の寄生蟲は皆口から入り込んで來る。俗に「病は口から」といふが、寄生蟲の場合には實際口から起るのが常である。しからば如何にして人に知られぬやうに口の關門を通過するかといふに、これは卵または小さな幼蟲の時代に食物などに混じて入り來るのであるが、次に二、三の例によつてその經過の筋道を述べて見よう。
[やぶちゃん注:「十二指腸蟲や、その他の若干の寄生蟲は、幼蟲時代の極めて微細なときに水の中に游いで居て、もし人が皮膚を露出してかやうな水に觸れると、直接に皮膚に潜り入つて血液・淋巴などの通路に達し、それから迂囘して腸に到るものである」第二章の「一 個體の起り」の注で記した、経皮感染する寄生虫類を指す。一部の鉤虫の一種でアフリカ・アジア・アメリカ大陸の熱帯地方にいるアメリカ線虫門有ファスミド綱円形線虫亜目円形線虫上科アメリカコウチュウ Necator americanus は経皮感染が主で、同科のズビニコウチュウ Ancylostoma deodenale (インド・中国・日本・地中海地方に棲息)も経皮感染をする場合がある。これらは肺炎や腸炎を引き起こし、人の皮膚下で幼虫移行症(皮膚の下をその幼体が移行するのを視認出来るという「エイリアン」並に慄然とする症状)を示す。腸に寄生して自家感染し、長期に及ぶ慢性的な下痢症状を呈する Strongyloides stercoralis による糞線虫(熱帯地方に広く分布し、本邦では南九州以南にみられる)症も経皮感染をする。「十二指腸蟲」という呼称は、このズビニコウチュウ Ancylostoma deodenale の別名で、偶々十二指腸で発見されたことに由来するだけで、実は小腸上部に寄生することが多いものの、その一部である十二指腸への寄生は、実際にはあまり多くない。]
[「さなだむし」の幼蟲]
[「みぞさなだ」の幼蟲]
[やぶちゃん注:「みぞさなだ」は本文の『「さけ」・「ます」の肉の間にある』条虫、注で示す日本海裂頭条虫 Diphyllobothrium nihonkaiense の幼虫である。]
普通に人間の腸に寄生する「さなだむし」は三種類あるが、その中二種は相似たもので、兩方とも節は縱に長い長方形で、成熟すると一節づつ離れて出るが、ほかの一種は節の幅が廣くて縱は甚だ短く、且幾節も連續したまゝで排出される。我が國で最も多いのはこの方である。これらの「さなだむし」が人體内に入り込むのは、無論その形の甚だ小さいときであるが、前の二種の中の一種は豚肉の間に、一種は牛肉の間には挾まり、後の一種は「さけ」や「ます」などの肉の中に隱れ、いづれも肉と共に食はれて人の腸・胃に達する。豚肉の間に挾まれて居る「さなだむし」の幼兒は直徑一糎許りの卵形の嚢で、その表面の一點から内へ向つて「さなだむし」の頭が、恰も手袋の指を裏返しにした如くに裏返しになつて著いて居る。嚢の内には水があるから、かやうな嚢蟲を指に摘んで、力を加減しながら稍々強く壓すると、頭部が飛び出て「さなだむし」の頭の通りになる。嚢狀の部は後に必要のない處で、食はれる際に嚙み破られても何の差支もない。たゞ頭さへ無事で腸に到著すれば、直に吸盤を以て腸の粘膜に吸ひ著き、速に生長して一箇月の後には大きな「さなだむし」になり終る。牛肉の間に挾まつて居る方は、これよりも小さいから見逃し易いが、その構造には殆ど變りはない。また「さけ」・「ます」の肉の間にあるのは形が細長く稍々太い木綿絲の如くで、伸びれば三糎位にもなる。これらはいづれも柔い蟲で、火で熱すれば忽ち死ぬから、牛、豚肉でも魚肉でも十分に煮るか燒くかして食へば、決して「さなだむし」が生ずることはないが、とかく肉類は中央が少しく生で赤色を帶びて居る位の方が味が良いので十分に火の通らぬものを食するから、よく「さなだむし」が出來るのである。
[やぶちゃん注:「さなだむし」これも既出であるが、扁形動物門条虫綱単節条虫亜綱 Cestodaria 及び真正条虫亜綱 Eucestoda に属する寄生虫の総称である。ここで丘先生が挙げておられるのは、順に、
1 条虫綱真正条虫亜綱円葉目テニア科テニア属ムコウジョウチュウ(無鉤条虫)Taenia saginata(中間宿主:ウシ)
2 同テニア属ユウコウジョウチュウ(有鉤条虫)Taenia solium (中間宿主:ブタ)
3 真正条虫亜綱擬葉目裂頭条虫科コウセツレットウジョウチュウ(広節裂頭条虫)属ニホンカイコウセツレットウジョウチュウ(日本海裂頭条虫)Diphyllobothrium nihonkaiense(第一中間宿主:ケンミジンコ → 第二中間宿主:マス・サケ・カマス・スズキ等)
の三種である。広節裂頭条虫は永く本邦に分布するものも標準種 Diphyllobothrium latum (Linnaeus, 1758) Lühe, 1910 と同一種とされてきたが、分類学的研究によって Diphyllobothrium nihonkaiense(Yamane, Kamo, Bylund et Wikgren, 1986 として別種に認定された(日本寄生虫学会用語委員会「暫定新寄生虫和名表」二〇〇八年五月二十二日による)。図のキャプションにある「みぞさなだ」という和名異名は「溝真田」で、彼らが宿主の腸粘膜に吸着するために用いる頭節の一対の吸溝に由来する。こちらも成虫の体長は五メートルから十メートルに達する(なお学術文庫版は「みそさなだ」と誤植している)。
「糎」は「センチメートル」と読む。]
鼠を解剖して見ると、殆ど毎囘肝臟の中に碗豆位の白い柔な嚢が幾つも埋もれて居るのを見出だすが、これを取り出して切り開いて見ると、中から「さなだむし」の幼蟲が出て來る。長さは時によつて違ふが、大きいのは延すと〇・三米にも達する。しかしこれは幼蟲であつて、そのまゝ鼠の體内に止まつて居たのでは、いつまで待つても生長せぬ。若し猫がこれを食ふと、腸の中で成熟して「ふとくびさなだ」〔猫条虫〕と名づける猫に固有の「さなだむし」となる。また鰹の刺身を食ふと、往々肉の上を白い蟲の匐ふのを見ることがある。極めて柔い蟲で、頭から四本の細い角を出したり、入れたりするが、これも「さなだむし」の幼兒で、若し「さめ」がこれを食へば、その腸の中に行つて成長した「さなだむし」となる。寄生蟲は宿主動物が死ぬと、自身も暫時の後には死ぬもの故、この蟲の生きて匐ひ廻つて居るのは鰹の肉の新しい證據で、古い肉に蛆の生じたのとは全くわけが違ふ。鰹の盛に獲れる地方では人が皆この事を知つて居るから、生きた寄生蟲が匐うて居なければ鰹の刺身を褒めぬ。人間の腸・胃に入れば、この蟲は忽ち死んで消化せられるから少しも心配は要らぬ。
[魚さなだ〔ニベリン条虫〕]
[やぶちゃん注:「ふとくびさなだ」は猫条虫のことと思われる。真性条虫亜綱円葉目テニア科テニア属ネコジョウチュウ Taenia taeniaeformis の成虫は体長一五〜六〇センチメートル、体幅三〜五メートル、頭節に四個の吸盤と額嘴を有す。中間宿主は齧歯類、終宿主はネコ・キツネ。猫条虫の虫卵は糞便とともに外界へと排出され、中間宿主が虫卵を摂取することにより中間宿主の腸管で六鉤幼虫に発育した後、肝臓へ移動、帯状囊尾虫(Cysticercus
fasciolaris:これは恐らくかつて成虫の種として学名を附せられたものが、今も使われているものと判断されるので斜体にしない)に成長、それが終宿主に摂取されて原頭節が小腸粘膜に吸着、成虫へと成育する(以上はウィキの「猫条虫」を参照した)。但し、昨今の愛猫家の間で話題になっているサナダムシ瓜実条虫は、これとは違う。あれは円葉目ディフィリディウム科(新科名である)ウリザネジョウチュウ
Dipylidium caninum であって、これは別名「犬条虫」と呼ぶ。こちらはノミを中間宿主とする。だってあなた、考えてもみなさいよ、……あなたの猫はもう、ネズミ一匹、捕らんでしょうが!
「鰹の刺身を食ふと、往々肉の上を白い蟲の匐ふのを見ることがある。きわめて柔い蟲で、頭から四本の細い角を出したり、入れたりする」は、図のキャプションで「魚さなだ」と呼称されいるが、これは現在の真性条虫亜綱四吻目触手頭条虫科ニベリン属ニベリンジョウチュウ(ニベリン条虫)
Nybelinia surmenicola である。「水産食品の寄生虫検索データベース」の解説及び画像(頭部の四本の吻)で本種に同定した。当該HPはリンクの設置の連絡を義務付けているので、リンクを張らず、以下に当該ページのアドレスを表示しておく。
http://fishparasite.fs.a.u-tokyo.ac.jp/Nybelinia/Nybelinia.html
そこには『人間には寄生しないので食品衛生上の問題はない。まれに、吻がヒトの喉に引っかかる事例がある。しかし、ピンセットで簡単に除去できる』とあり、他の水産ページなどではしばしば苦情の対象となる、とある。カツオのたたき命の私は「ノー・プロブレム!」]
「肝藏ヂストマ」は我が國に最も多い寄生蟲であるが、近年の研究の結果、その幼兒が「もろこ」・「はや」などの如き淡水魚類の筋肉の間に挾まつて居ることが知れた。これを猫か人間かが食ふと、肝臟内に入り込んで忽ち成熟し、日々多數の卵を生むやうになる。「さなだむし」の如く腸の内に居るものとは違ひ、驅蟲藥を用ゐて退治するわけに行かぬから、殆どこれを除く途はない。羊の肝臟に寄生する「ヂストマ」の幼兒は、極めて小さな粒狀なし、牧草の菓に附著して羊に食はれるのを待ち、若し食はれれば直に肝臟に入つて生長する。すべて宿主動物の内部に生活する寄生蟲は、このやうにいつも宿主動物の好んで食するものの内に潜んでこれと共に體内に入り込むのであるが、中には往々意表に出でた手段を取るものがある。その一例を擧げると、木の實を食ふ鳥類に寄生する一種の「ヂストマ」では、その幼兒は「かたつむり」に似た一種の陸産貝類の體内に生活して居るが、恰も「つくね芋」の如き、極めて不規則な形をして且その表面から幾つも長い枝のやうな突起を出して居る。また貝の方は薄い黄色の殼を持ち、頭には「かたつむり」の如くに四本の角があつて、長い二本の尖端には眼があるが、「ヂストマ」の幼蟲の體から生じた枝は、この角の内まで延び入り、太くなつて角を椎の實の如き形までに膨ませ、且赤や綠の色を生じて、極めて目立つやうにする。鳥はこれを見附けて木の實と誤り、角だけを啄み取つて食ふが、角の中には「ヂストマ」の幼蟲から生じた枝があり、その内には成長すれば「ヂストマ」になれるだけの部分が含まれてあるから、忽ち鳥の腸の内で發育して、何疋かの成熟した寄生蟲になる。また角を食ひ取られた貝の方は一時は角を失ふが、再び、これを生ずる性質があるから、暫時の後には舊に復して角が揃ふ。そして體の内に居る寄生蟲の幼兒の本體からは、更に枝が延びて新しく生じた角の内に入り込み、再びこれを椎の實の如くに膨ませ、且赤と綠との色を生ずると、また鳥がこれを見附けて食ふ。かく一度寄生蟲の幼兒が貝の肉の内に入り込むと、これが基となって何回でも鳥の腸の内にその種類の成熟した蟲が生ずることになるが、これなどは淡水魚類の肉に挾まれて人の體内に入り來る「肝織ヂストマ」等に比して、さらに手段が巧妙である。
[やぶちゃん注:以下の解説文が図の右側に縦書で入る。
(イ)「ヂストマ」の幼蟲を含む「かたつむり」 一方の角が太いのはその中に幼蟲の一枝が入つてゐるため
(ロ)右の幼蟲。枝の先の太い處は「かたつむり」の角の中入り込む部分]
[やぶちゃん注:『その幼兒が「もろこ」「はや」などの如き淡水魚類の筋肉の間に挾まつて居る』現在は「肝臓ジストマ」という呼称自体を用いない。ここで示されたものは吸虫綱二生亜綱後睾吸虫目後睾吸虫亜目後睾吸虫上科後睾吸虫科後睾吸虫亜科
Clonorchis 属のカンキュウチュウ(肝吸虫)Clonorchis sinensis を指している。肝臓内の胆管に寄生する成虫は平たい柳の葉のような形をしており、体長一〇~二〇ミリメートル、体幅三~五ミリメートル。雌雄同体。口を取り囲んで摂食を助ける機能を持つ口吸盤が体の前端腹面にあって直径〇・四~〇・六ミリメートル。体を寄生部位に固定する腹吸盤は体の前半四分の一の腹面にあり、口吸盤とほぼ同じ大きさである。その生活環は、成虫は寄生している胆管内で一日で約七〇〇〇個の卵を産む。卵は胆汁とともに十二指腸に流出、最終的に糞便とともに外界に出た卵は、水中に流出しても孵化せず、湖沼や低湿地に生息するマメタニシに摂食されて初めて消化管内で孵化してミラシジウム幼生となる。ミラシジウムは第一中間宿主であるマメタニシの体内で変態してスポロシスト幼生となり、スポロシストが成長すると体内の多数の胚が発育して口と消化管を有するレジア幼生となり、これがスポロシストの体外に出る。レジアはマメタニシの体内で食物を摂取して成長すると、体内の胚が発育して多数のセルカリア幼生となり、それが成熟したものから順に今度はレジアの体外に出、さらにマメタニシ本体から水中へと泳ぎ出す。セルカリアは活発に遊泳して第二中間宿主となる淡水魚を捉え、鱗の間から体内に侵入して主として筋肉内でメタセルカリア幼生となる。このメタセルカリアが寄生する第二中間宿主の淡水魚はコイ科を中心にモッゴ・ホンモロコ・タモロコなど約八〇種に及び、コイ科以外ではワカサギの報告もある。こうした魚をヒト・イヌ・ネコ・ネズミなどが生で摂取すると、メタセルカリアはその終宿主の小腸で被嚢を脱して幼虫となり、胆汁の流れを遡って胆管に入り、肝臓内の胆管枝に定着する。二三~二六日かけて成虫となると、産卵を開始する。成虫の寿命は二〇年以上に及ぶとされる。ヒトの症状は、多数個体が寄生した場合は胆管枝塞栓を起こし、胆汁鬱滞と虫体の刺激による胆管壁及びその周辺への慢性炎症を引き起こす。更に肝組織の間質の増殖・肝細胞変性・萎縮・壊死から肝硬変へと至るケースもあり、食欲不振・全身倦怠・下痢・腹部膨満感・肝腫大・腹水・浮腫・黄疸・貧血等々の症状を惹起する。但し、少数個体の寄生では無症状に近い(以上はウィキの「肝吸虫」に拠った)。<BR>
「もろこ」条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科バルブス亜科タモロコ属ホンモロコ Gnathopogon caerulescens の異名。元来は琵琶湖の固有種とされるが、近年では各地に移植されている。京都では高級食材として知られる(以上はウィキの「ホンモロコ」に拠った)。<BR>
『羊の肝臟に寄生する「ヂストマ」』二生亜綱棘口吸虫目棘口吸虫亜目棘口吸虫上科蛭状吸虫(カンテツ)科蛭状吸虫亜科カンテツ属 Fasciola。カンテツ(肝蛭)とは厳密には Fasciola hepatica のことを指すが、巨大肝蛭 Fasciola gigantica、日本産肝蛭 Fasciola sp. を含めて肝蛭と総称されることが多い。成虫は体長二~三センチメートル、幅約一センチメートル。本邦の中間宿主は腹足綱直腹足亜綱異鰓上目有肺目基眼亜目モノアラガイ上科モノアラガイ科
ヒメモノアラガイ Austropeplea ollula(北海道ではコシダカヒメモノアラガイ Lymnaea truncatula)、終宿主はヒツジ・ヤギ・ウシ・ウマ・ブタ・ヒトなどの哺乳類。ヒトへの感染はクレソンまたはレバーの生食による。終宿主より排出された虫卵は水中でミラシジウムに発育、中間宿主の頭部・足部・外套膜などから侵入、スポロシストとなる。スポロシストは中腸腺においてレジアからセルカリアへと発育、セルカリアは中間宿主の呼吸孔から遊出して水草などに付着後に被嚢し、これをメタセルカリアと呼ぶ。メタセルカリアは終宿主に経口的に摂取され、空腸において脱嚢して幼虫は腸粘膜から侵入して腹腔に至る。その後は肝臓実質内部を迷走しながら発育、最終的に総胆管内に移行する。感染後七〇日前後で総胆管内で産卵を始める。脱嚢後の幼虫は移行迷入性が強く、子宮・気管支などに移行する場合がある。ヒトの症状は肝臓部の圧痛・黄疸・嘔吐・蕁麻疹・発熱・下痢・貧血などで、現在では、一九七〇年代半ばに開発された極めて効果的な吸虫駆除剤プラジカンテル(praziquantel)がある(以上は主にウィキの「肝蛭」に拠った)。<BR>
『木の實を食ふ鳥類に寄生する一種の「ヂストマ」』これは瀬名秀明の「パラサイト・イヴ」(一九九五年角川書店刊)やその映画化(一九九七年東宝)で知られるようになった奇抜な戦略を持った寄生虫であある吸虫綱
Strigeata 目 Leucochloridiidae 科 Leucochloridium 属に属するロイコクロリディウム類なのだが、丘先生は大正五(一九一六)年の本書で実に既にそれを記しておられたのである。これは全く以て脱帽と言わざるを得ない。ロイコクロリディウム
Leucochloridium は,
「レウコクロリディウム」とも呼び、カタツムリに寄生し、その触角部分でイモムシのように擬態し、騙された鳥がこれを捕食すると、その鳥の体内で卵を産み、鳥の糞と共に卵が排出、その糞をカタツムリが食べることで再びカタツムリの体内に侵入するという特異なライフ・サイクルを持つ。一般に寄生虫というのは中間宿主にこっそり隠れて、終宿主はこれを気付かず食べる事例が多い。しかしロイコクロリディウムは積極的に終宿主に食べられるように中間宿主をコントロールして餌の真似をさせるところに特異性があると言える(以下に示されるこうした現象を、最近では“Parasitic
Mind Control”パラサイティク・マインド・コントロールと呼ぶのが流行りのようだ)。この吸虫の卵は鳥の糞の中にあり、カタツムリが鳥の糞を食べることでカタツムリの消化器内に入り込む。カタツムリの消化器内で孵化して、ミラシジウムとなる。更に、中に一〇から一〇〇ほどのセルカリアを含んだ色鮮やかな細長いチューブ形状スポロシストへと成長すると、カタツムリの触角部に移動する。その状態で膨れたり脈動したりすることで、触角に異物を感じたカタツムリは触角を活発に回転させる(このような動きを見せるのは主として明るい時であり、暗いときの動きは少ない。また、一般のカタツムリは鳥に食べられるのを防ぐために暗い場所を好むが、この寄生虫に感染したカタツムリは脳をコントロールされ、明るいところを好むようになる)。これを餌のイモムシと間違えて鳥が捕食、鳥の消化管内で成虫へと成長、最終的には鳥の直腸に移行して吸着、体表から鳥の消化物を吸収して栄養とする。雌雄同体で、無性生殖の他に交尾も行う。鳥の直腸で卵を産み、その卵が糞とともに排出、再びカタツムリに食べられるという周年生活環である。ロイコクロリディウムに属する種は
Leucochloridium caryocatactis Zeder, 1800 を最古として凡そ一〇種ほど、本文で丘先生が『「かたつむり」に似た一種の陸産貝類』と表現しておられるように、例えばロイコクロリディウム・パラドクサム
Leucochloridium paradoxum の場合、その中間宿主は腹足綱後生腹足類新生腹足類異鰓類に属する所謂カタツムリやナメクジを含む有肺類 Pulmonata の柄眼目オカモノアラガイ科オカモノアラガイ
Succinea lauta の近縁種 Succinea putris を、北アメリカ産のロイコクロリディウム・ヴァリアエ Leucochloridium variae の場合は、オカモノアラガイ科の Novisuccinea ovalis をそれぞれ中間宿主とする。このロイコクロリディウムのカタツムリへの寄生と、その触角部分での特異な戦略を非常に分かり易く解説した英語版動画“Zombie snails”があるが、閲覧は自己責任で。虫系がダメな人はまず閲覧しない方が無難。]
以上述べた通り、宿主動物の體内へ寄生蟲が入り込むには、その動物の好んで食する餌の内に潜んで待つて居るのが最上の方便であり、餌の内に入るには、先づその餌が食物とするものの内に隱れて居るに如くはない。それ故、内部に寄生する種類の卵から生長するまでの發育の順序を調べて見ると、二度も三度も宿主を換へて、終に終局の宿主に達し、そこで始めて成熟して産卵するに至るものが頗る多い。猫の腸に入らうとするに當つて、たゞ目的なしに止まつて待つたのでは、いつ猫に食はれる機會に遇ふか殆ど望みがないが、猫の最も好む鼠の體内に入つて居れば、餘程食はれる見込みが多い。また鼠の體内に入るには鼠が好んで食ひそうな食物に混じて待つて居るより外に上策はない。恰も金持や貴人に取り入るのに、碁が好きならば碁を以て、謠が好きならば謠を以て近づくのが、最も成功の望みある早道であると理窟は變らぬ。しかし、かやうな方法は籤を引くのと同じやうな性質のもので、眞に目的を達するものは僅に一部分に過ぎず、多くは失敗に終るを免れぬ。例へば鼠の食物に混じて居なければ、鼠に食はれる機會のないことは勿論であるが、鼠の食物に混じて居たとて必ず鼠に食はれるとは限らぬ。鼠と同樣の食物を食ふ者は他に幾らもあるから、折角鼠の食物に混じて居ても、雞に食はれるかも知れず、または水に流され、風に飛ばされなどして、遂に何物にも食はれずに終るやも知れぬ。また運よく鼠に食はれてその體内に入り得たとしても、鼠が猫に食はれずして、「いたち」か狸か鷹か「ふくろ」〔フクロウ〕かに食はれたならば、寄生蟲の幼兒はそのまゝ消化せられて亡びねばならぬ。されば寄生蟲の生涯は始から終まで投機的であつて、終局の宿主の腹の内に到著するまでには幾度か幸運を重ねなければならず、成功した上は多少安樂に暮せるが、一疋を成功さるためには、何千何萬かは犧牲となつて途中に失敗せざるを得ぬから、寄生蟲は無限の繁殖力を有しながら、實際は決してその割合に增加することはない。
[やぶちゃん注:「雞」はニワトリ。――それにしても寄生虫の寄生戦略を「恰も金持や貴人に取り入るのに、碁が好きならば碁を以て、謠が好きならば謠を以て近づくのが、最も成功の望みある早道であると理窟は變らぬ」という丘先生の講義――とっても、聴いてみたかったなぁ……。]
五 共 棲
二種の相異なつた生物が、一方は滋養分を吸ひ取られ、他は滋養分を吸ひ取りながら、共同の生活をして居ればこれを寄生と名づけるが、この他に二種の生物が幾分づつか互に利益を交換するためか、或は一方だけが利益を得るために相密著して生活する場合がある。これを共棲と名づける。植物界で最も著しい共棲の例は樹木の幹や、石の表面に附著して居る地衣類であるが、これは人も知る通り菌類と藻類との雜居して居るもので、藻類は有機物を造つて菌類に供給し、菌類は藻類を包んで保護し、兩方から相助けて初めて完全な生活が出來る。しかもその雜居の仕方が極めて親密で、顯微鏡で見なければ菌と藻との識別が出來ぬから、昔は兩方の相合したものを一種の植物と見做して居た。また動物と微細な藻類との共棲は幾らもある。例へば淡水に産する「ヒドラ」には綠色の種類があるが、これは「ヒドラ」の體内に單細胞の綠藻が多數に生活して居るためで、藻類は「ヒドラ」に保護せられ、「ヒドラ」は藻類から幾分か滋養分を得て、雙方から助け合つて居る。
[地衣の一種 梅の木苔]
[やぶちゃん図注:「梅の木苔」は子嚢菌門チャシブゴケ菌綱チャシブゴケ目ウメノキゴケ科ウメノキゴケ Parmotrema tinctorum。以下、ウィキの「ウメノキゴケ」より(一部の表記を変えた)。『葉状体は薄く広がって樹木の幹や枝の表面に生える。差し渡しが一〇センチメートル程度のものは珍しくなく、比較的大柄な部類に入る。全体の形は不規則な楕円形だが、これは周囲の状況によって大いに変化する。周囲は丸く波打ち、これは個々には周囲が円形に近いサジ状の裂片に分かれているためである。個々の裂片は幅が約一センチメートル、周辺は丸く滑らかで、縁は基盤からやや浮いている』。『表面は灰色っぽい水色で、全体に滑らかだが、ある程度以上大きいものでは縁からやや内側まではすべすべしているのに対して、それより内側ははっきりとつや消しになっている。これは、その表面に細かい粒状の裂芽が密生するからである』。『裏面は、縁が淡褐色、それより内側の新しい部分は白っぽく、さらにその内側では濃い褐色となり、偽根がまばらに出る』。『日本では、日本海側豪雪地などを除く東北地方以南に分布し、これらの地方の平地では最もありふれた地衣類である。比較的乾燥した場所に生育しやすい。都市部にはないが、田舎では庭先から森林まで見られる。主として樹皮につき、名前(梅の木苔)の通り、ウメにもよく見られる。しかし、他の樹皮にもよく見られる他、岩の上に生えることもあり、石垣などでも見られる。
排気ガスには弱いので都市中心部には少なく、大気汚染の指標とされている』。『成長は比較的早く、裂片一枚がほぼ一年分とのこと。繁殖は主として無性生殖による。上記のように、葉状体の中央表面には裂芽を密生し、主な繁殖はこれによって行われるらしい。周辺部に出ないのは、時間が経たないと作り始めない、ということで、恐らく三年目くらいから作り始めるらしい』。『有性生殖は知られているがあまり行われない。野外で子器を見ることはほとんど無いと言う』。]
[やぶちゃん注:「共棲」生物学に於ける「共生(Symbiosis/Commensal)」の概念はこの半世紀で大きく変化をしたと私は思う。まず、共生の三タイプとしてしばしば語られる、ここで語られてゆくところの、
●同一の空間又は時間を共有している二種(若しくはそれ以上の)の生物種が相互に利益を得ていると考えられる「相利共生(Mutualism)」
に始まり(但し、現在の知見では、かつて「相利」とされていたものの中には極端な片利であったり、寧ろ多かれ少なかれ、障害を蒙るところの寄生であることが観察によって明らかになったものも多い)、
●ほぼ一種のみが利益を得ているとしか考えられない「片利共生(Commensalism)」
(片害共生という言葉があるようだが、私は以下の理由からこれを片利や寄生の一様態と捉えて用いない)
そして、既に語られたところの、
●エネルギや利益の収奪がほぼ一方的で収奪される側が宿主と呼ばれるところの「寄生(Parasitism)」
の区別が、判然とは行われなくなったということが挙げられる。即ち共生は、
……相利――片利――寄生……
というような生物種間のエネルギ交換や収奪関係の優位劣性が必ずしも明確でなく、寧ろ、そうした――ヒトの価値観による段階的識別――ではその共生関係の論理的理由が判然としない、出来ないものが実は多い、ヒト中心の生物経済学が無効であることが分かってきたというのが、その非常に大きな変化だと私は思うのである。
更にもう一つの大きなパラダイム変換として、アメリカの生物学者リン・マーギュリス(Lynn Margulis 一九三八年~二〇一一年)による真核生物細胞内にある細胞小器官の内、独自のDNAを持つミトコンドリアや葉緑体は、元来は細胞内に共生した細菌が起源であるとする画期的な学説の登場が挙げられる(“The Origin of Mitosing Eukaryotic Cells”「有糸分裂する真核細胞の起源」一九六七年)。半世紀前のSFのようなこの認識は、一九七〇年代以降、広く受け入れられるに至り、寧ろ、細胞内共生は一般的な現象であることが明らかになった。これは「共生」認識に新たな発想転換が求められた瞬間であると私は思う。
更には、その葉緑体や核情報を盗む「盗葉緑体」や「盗核」という細胞内共生の歴史や生物学のセントラル・ドグマをさえ逆回転させてしまう、驚愕の現象の事実を知る時(私のブログ記事「盗核という夢魔」を参照されたい)、人類が「共生」を血液型人間学よろしく三種分類して性格を規定し、共生生物を牽強付会にヒト社会に譬えたところで悦に入って、生物を分かったつもりでいた過去が見えてくるのである。
「地衣類」「これは人も知る通り菌類と藻類との雜居して居るもの」と丘先生は述べておられるが、今現在でさえ、私は「地衣類」をコケ植物と同義と思っている者がゴマンといるように思うし、よもや「地衣類」が「菌類と藻類との雜居して居るもの」――真核生物菌界
Fungi に属する菌類(主に子嚢菌門 Ascomycota に属する子嚢菌類)と藻類 algae(真正細菌シアノバクテリア門の Cyanobacteria
シアノバクテリア類又は真核生物アーケプラスチダ界緑色植物亜界緑藻植物門緑藻綱 Chlorophyceae の緑藻類)からなる主構造を菌糸によって構成している共生生物である――と認識し、答えられる人間は、失礼ながら非常に少ないと思われる。現在でも一部で地衣植物と呼称はされるが、地衣類の一方の構成生物である菌類が植物でないのは勿論、もう一方の藻類も現在では植物から分離して考えるのが一般的になりつつある(タクソンの訳語の一部に現在も「植物」という呼称が含まれてはいるが、実に丘先生はこの大正五(一九一六)年の時点で既に「昔は兩方の相合したものを一種の植物と見做して居た」と明解に答えておられることに敬意を表したい)。地衣類は「世界大百科事典」によれば、地衣体と呼ばれる特殊な体を形成し、乾燥や低温などの厳しい環境に耐えて、熱帯から極地まで広く分布する。現在地球上で約二万種、本邦では約一〇〇〇種が知られている。地衣体の大部分を構成する菌類は子囊菌類・担子菌類・不完全菌類で、それぞれ藻類と共生したものを子囊地衣類・担子地衣類・不完全地衣類と呼んでいる。共生藻はゴニジア
gonidia とも呼ばれ、緑藻類やラン藻類に属し、トレブクシア属 Trebouxia・ネンジュモ属 Nostoc・スミレモ属 Trentepohlia
が構成種として多く見られる、とあるが、ややその特徴を把握しにくい叙述であるので、以下にウィキの「地衣類」の「特徴」の項を付加しておく。『地衣類というのは、陸上性で、肉眼的ではあるがごく背の低い光合成生物である。その点でコケ植物に共通性があり、生育環境も共通している。一般には、この両者は混同される場合が多く、実際に地衣類の多くに○○ゴケの名が使われている。しかし、地衣類の場合、その構造を作っているのは菌類である。大部分は子のう菌に属するものであるが、それ以外の場合もある。菌類は光合成できないので、独り立ちできないのだが、地衣類の場合、菌糸で作られた構造の内部に藻類が共生しており、藻類の光合成産物によって菌類が生活するものである。藻類と菌類は融合しているわけではなく、それぞれ独立に培養することも不可能ではない。したがって、二種の生物が一緒にいるだけと見ることもできる。ただし、菌類単独では形成しない特殊な構造や菌・藻類単独では合成しない地衣成分がみられるなど共生が高度化している』。『このようなことから、地衣類を単独の生物のように見ることも出来る。かつては独立した分類群として扱うこともあり、地衣植物門を認めたこともある。しかし、地衣の形態はあくまでも菌類のものであり、例えば重要な分類的特徴である子実体の構造は完全に菌類のものである。また同一の地衣類であっても藻類は別種である例もあり、地衣類は菌類に組み込まれる扱いがされるようになった。なお、国際植物命名規約では、地衣類に与えられた学名はそれを構成する菌類に与えられたものとみなすと定められている。地衣を構成する菌類は子嚢菌類のいくつかの分類群にまたがっており、さらに担子菌類にも存在する。したがって独立して何度かの地衣類化が起こったのだと考えられている。また、子嚢胞子の形成が見られないものもあり、そのようなものは不完全地衣と呼ばれる』(アラビア数字を漢数字に代えた)。しかしなおも、どのような様態の生物かをイメージ出来ない方も多いであろう。各種をご覧になりたい向きは、「WEB版 地衣類図鑑」をお薦めする。而して見ると――素人の我々には、やっぱりコケにしか見えない――のでは、ある。
『淡水に産する「ヒドラ」には綠色の種類がある』『淡水に産する「ヒドラ」』刺胞動物門ヒドロ虫綱花クラゲ目ヒドラ科 Hydridae に属するヒドラ属
Hydra 及びエヒドラ属 Pelmatohydra に属する生物群の総称。注意されたいのは『淡水に産する「ヒドラ」』は『淡水産しか存在しない「ヒドラ」』の謂いであることである。狭義のヒドラであるヒドラ属
Hydra 及びエヒドラ属 Pelmatohydra は総てが淡水産で、海産は存在しないからである(参照したウィキの「ヒドラ」にも、この純淡水産の『ヒドラはいわゆるヒドロ虫の代表的なものに取り上げられるが、その構造の特殊性とともに、淡水性であることでも特殊である。これ以外の種はほとんどすべてが海産種である。ヒドラヒドラ科以外の淡水産の種としては、クラバ科のエダヒドラ、モエリシア科のヒルムシロヒドラがある程度である』と記されている。以下、ウィキより引用する。『ヒドラ科(Hydraceae)の動物は、細長い体に長い触手を持つ、目立たない動物である。これらは淡水産で群体を作らず、浅い池の水草の上などに生息している。体は細い棒状で、一方の端は細くなって小さい足盤があり、これで基質に付着する。他方の端には口があり、その周囲は狭い円錐形の口盤となり、その周囲から六~八本程度の長い触手が生えている。体長は約一センチメートル。触手はその数倍に伸びる。ただし刺激を受けると小さく縮む。触手には刺胞という毒針を持ち、ミジンコなどが触手に触れると麻痺させて食べてしまう。全身は透明がかった褐色からやや赤みを帯びるが、体内に緑藻を共生させ、全身が緑色になるものもある』。『足盤で固着するが、口盤と足盤をヒルの吸盤のように用いて、ゆっくりだが移動することもできる』。生活環は『暖かな季節には親の体から子供が出芽することによって増える。栄養状態が良ければ、円筒形の体の中程から横に小さな突起ができ、その先端の周辺に触手ができて、それらが次第に成長し、本体より一回り小さな姿になったとき、基部ではずれて独り立ちする。場合によっては成長段階の異なる数個の子を持っている場合もあり、これが複数の頭を持つと見えることから、その名の元となったギリシア神話のヒュドラを想像させたものと思われる。また、強力な再生能力をもち、体をいくつかに切っても、それぞれが完全なヒドラとして再生する』。『有性生殖では、体の側面に卵巣と精巣を生じ、受精が行われる。クラゲは形成しない。一般にヒドロ虫類では生殖巣はクラゲに形成され、独立したクラゲを生じない場合にもクラゲに相当する部分を作った上でそこに形成されるのが通例であり、ヒドラの場合にポリプに形成されるのは極めて異例である』。この『体内に緑藻を共生させ、全身が緑色になるものもある』が本記載の種で、これはヒドラ属の
Hydra viridissima(英名“Green Hydra”)で緑藻類のアーケプラスチダ界緑色植物亜界緑藻植物門トレボウキシア藻綱クロレラ目クロレラ科クロレラ属 Chlorella 類を体内に共生させている。この場合、ヒドラはクロレラの光合成による栄養補給や酸素提供を受け、更にヒドラの代謝による老廃物吸収を行わせる一方、ヒドラはクロレラに老廃物としての栄養や光合成のための二酸化炭素を供給し、また安定した光合成の場を提供している「相利的」共生を行っているのである。画像は英語版ウィキの“Hydra viridissima”を参照されたい。]
[「やどかり」と「いそぎんちやく」]
[「やどかり」と珊瑚類の群體]
動物間の共棲で最も有名になつたのは、「やどかり」と「いそぎんちやく」との相助けることである。淺い海で手繰り網などを引かせると、「やどかり」の住む介殼の外面に「いそぎんちやく」の附著して居るのが幾らも取れるが「いそぎんちやく」は自身には速く運動する力がないが、「やどかり」が盛に匐ひ歩いてくれるために、常に變つた處へ移り行くことが出來て、隨つて餌に接する機會も多く得られる。また「やどかり」の方は「いそぎんちやく」の痛く螫すのを恐れて、いづれの動物も近寄らぬから、敵の攻撃を免れて、安全に身を護ることが出來る。イタリヤ國ナポリの水族館で同じ水槽の中に「いそぎんちやく」の附いた「やどかり」と「たこ」とが入れてあつたとき、「たこ」は元來「えび」・「かに」を好んで食ふものから、「やどかり」を取つて食はうとして足を延して摑み掛つた所が、忽ち「いそぎんちやく」を取つて食はうとして足を延ばしてつかみかかつた所が忽ち「いそぎんちやく」に螫され驚いて足を縮め、その後は決して「やどかり」を攻めなくなつた。「やどかり」にはまた「さんご」に似た動物の群體を殼の代りに用ゐて居る種類がある。これは初め小さいときに住んで居た介殼の表面に珊瑚のやうな蟲が固著し、これが芽生によつて扁平な群體を造り、「やどかり」の成長すると共に群體の方も生長して、恰も貝殼と同じやうな螺旋狀の形となつたのである。海岸を散歩すると、往々かやうな群體の骨骼だけが濱に打ち上げられて居るのを見附けるが、形は貝類の殼の通りで、しかも質は稍々柔く、色は稍々黑く、内面は滑で、外面には短い針が澤山出て居るから、以上の關係を知らぬ者には何の殼であるか一寸鑑定が出來かねる。その他「やどかり」には赤色の綺麗な塊狀の海綿を家とし、これを
[「いそぎんちやく」を挾む「かに」]
[やぶちゃん注:『「やどかり」の住む介殼の外面に「いそぎんちやく」の附著して居る』古今東西、相利共生の模範生として挙げられるケースである。この甲殻亜門軟甲(エビ)綱十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目異尾(ヤドカリ)下目ヤドカリ上科
Paguroidea のある種のヤドカリ(丘先生は特に記しておられないが、しばしば誤解されるので記しておくと、このヤドカリとイソギンチャクの相利共生は、相互の種関係がかなり限定特化しており、以下の解説で示す通り、不特定多数のヤドカリと不特定多数のイソギンチャクが何でもかんでも場当たり的に共生するというものではない点に注意されたい)の住んでいる貝殻上に共生する種の多くは、刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱イソギンチャク目
Actiniaria のイソギンチャクの中でも、通常目にするイソギンチャクの普遍種の殆んどを含むイマイソギンチャク亜目 Nynantheae
の、足盤族槍糸亜族 Acontiaria に含まれるクビカザリイソギンチャク(首飾磯巾着)科 Hormathiidae(かなり大きな科で約十五属知られるが、多くの属は深海産。本邦産は六属十二種)に属する種である。参照した「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅰ]」(保育社平成四(一九九二)年刊)」同クビカザリイソギンチャク科(この和名科名は当該書による新称であった)に載る代表的な三種(●)を挙げる(共生関係にあるヤドカリの解説(〇)には同書の「Ⅱ」(平成七(一九九五)年刊)及び複数のネット上の情報を参考にした)。
*
●クビカザリイソギンチャク(仮称)Hormathia aff. digitata(“aff.”は“affinity”(類縁)の略)
比較的深い場所に棲息し、底曳網等で捕獲される。口盤直径二~三センチメートル。本種は富山湾産で、ナガヌメリという巻貝に付着し、萎んだ際に体壁上端にある瘤状の隆起が首飾りのように見えることに由来する属名である。本邦には数種が棲息するらしい(ただ、この富山の地方名かとも思われる「ナガヌメリ」という貝がよく分からない。私は富山に住んだことがあり、また標準種である欧州産
Hormathia digitata の海外記事を渉猟したところ、ノルウェーのサイトで腹足綱前鰓亜綱真腹足目エゾバイ科エゾバイ属ヨーロッパエゾバイ Buccinum undatum に付着するという記載があることから(画像あり)、これはエゾバイ科の仲間である可能性が高い(ナガバイ Beringius (Neoberingius) polynematicus という和名を持つ種がいるが、残念ながらナガバイは富山湾には棲息しない模様)。識者の御教授を乞うものである)。ここでは単に付着する貝のみが記述されているが、当然、同深度に棲息するヤドカリ類がこの殻を用いることが十分、考えられる。但し、死貝となった際にはイソギンチャクは離脱する可能性も考えられ、この叙述からは――クビカザリイソギンチャクは生貝の「ナガヌメリ」なる貝と共生している――と読むのが普通で、他のイソギンチャク類が特定のヤドカリの宿貝上に付着する習性から考えても、共生記載がない以上、クビカザリイソギンチャクはヤドカリとは共棲しない種であるのかも知れないので、ここに示すのは不適切とも思われるが、標準種として掲げておく)。
●ベニヒモイソギンチャク Calliactis polypus
例外的に本州中部以南の浅海に棲息する。口盤直径二~五センチメートル。刺激を加えると体壁下方に分布する槍孔から、ピンク色の槍糸(触手とは異なる防御用攻撃器官)を出す。本種は、
〇ヤドカリ上科ヤドカリ科ヤドカリ属ソメンヤドカリ Dardanus pedunculatus *
〔*大型で浅海性。前甲長(殻から出している頭胸部前半部。シールドとも呼ばれる)一五ミリメートル内外。水深一〇メートル以深に棲息。腹足綱前鰓亜綱新紐舌目ヤツシロガイ超科フジツガイ科ボウシュウボラ
Charonia lampas sauliae・新腹足目アクキガイ科オニサザエ Chicoreus asianus・新紐舌目ヤツシロガイ超科ヤツシロガイ科ヤツシロガイ Tonna luteostma などの死貝に宿る(ヤドカリ図鑑 Weblio辞書の画像)。〕
や、
〇サメハダヤドカリ Dardanus gemmatus **
〔**ソメンヤドカリ Dardanus pedunculatus に酷似するが、左鋏脚の掌部表面の上半部のみに顆粒突起が存在して下半部は平滑なものがソメンヤドカリ、掌部全体に亙って顆粒突起が点在するものが本種サメハダヤドカリと識別される(ヤドカリ図鑑 Weblio辞書の画像)。〕
〇ケスジヤドカリ Dardanus arrosor ***
〔***前甲長二五ミリメートル内外。水深一〇メートル以深に棲息。眼柄が短く、鉗脚(左がやや大きい)と歩脚に各節を取り巻く非常に顕著な横筋が並び、それに沿って毛が生えるのが特徴である。全体の体色はにぶい赤褐色。長節に赤い斑紋を持つ。ソメンヤドカリ
Dardanus pedunculatus と同じく、ボウシュウボラやヤツシロガイ・新腹足目テングニシ科テングニシ Hemifusus tuba の死貝に宿り、貝殻上には、このベニヒモイソギンチャク Calliactis polypus やヤドカリイソギンチャク Calliactis japonica(後掲)を付着させている。和名異名ヨコスジヤドカリ(ヤドカリ図鑑 Weblio辞書の画像。驚くべきことにこの画像のこれはかの「生きた化石」としてコレクターの間で高価に取引される腹足綱古腹足目オキナエビス超科オキナエビスガイ科ベニオキナエビスガイ Mikadotrochus hirasei に入っている! 贅沢な奴!)。〕
等のヤドカリの貝殻上に付着するほか、軽石に付いて漂流するケースもある。ヤドカリ類は夜行性であるため、昼間の発見は難しい(「おきなわ図鑑」のベニヒモイソギンチャクの画像)。
●ヤドカリイソギンチャク Calliactis japonica
本州中部から九州の水深二〇~三〇〇メートルに棲息。口盤直径五~七センチメートル。白く滑らかな体壁に十二縦列の赤褐色の斑点が並んでいる。槍糸も白色。常にケスジヤドカリ
Dardanus arrosor の入った貝殻上に共生している(ぜのばす氏の「みんなの動物図鑑」の画像)。
*
以上のヤドカリとイソギンチャクの共生関係について、ウィキの「ヤドカリ」は特別に共生の解説項を設けており、『これらのイソギンチャクの中には、自らヤドカリの殻に住み着く傾向を持つものもあり、また、ヤドカリの種によっては、イソギンチャクを見つけると自分の殻の上にそれを移し替える行動を持つものがある。その場合、イソギンチャクの基部をヤドカリが鋏で刺激すると、イソギンチャクは素直に基盤を離れる』。さらに関係が進んだ例として、深海産の異尾(ヤドカリ)下目ホンヤドカリ上科オキヤドカリ科ユメオキヤドカリ
Sympagurus diogenes や同属のイイジマオキヤドカリ Sympagurus dofleini『等では共生したイソギンチャクが分泌物でクチクラ質の「殻」を作り、その中にヤドカリが入る。ヤドカリの成長にあわせて殻も大きくなるので、ヤドカリは引っ越しをする必要がない』という、次の記載に似た現象を記載し、『また、ヤドカリがイソギンチャクに餌をやることも観察されて』おり、『この関係では、イソギンチャクは移動することができるようになること、付着する基盤がない砂泥底の部分にも進出できるなどの利点がある。ヤドカリの側では、イソギンチャクの刺胞によって、タコ等の天敵の攻撃を避けることができる。つまり、互いに利益がある相利共生の関係である』と記されている。なお、ここに記されたユメオキヤドカリが貝殻の代わりに、硫化水素を利用する硫黄細菌を細胞内共生させている驚天動地の生物であるチューブ・ワームの一種、環形動物門多毛綱ケヤリムシ目シボグリヌム科サツマハオリムシ属サツマハオリムシ
Lamellibrachia Satsuma の死後の棲管の中に宿った個体が、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究調査船「なつしま」を母艦とした無人探査機「ハイパードルフィン」によって、二〇〇九年四月の深海生物調査で北部マリアナ諸島海域の日光海山の水深約四六〇メートルから採集され、同年九月に「新江ノ島水族館」の深海コーナーに展示された。これは熱水口に棲息するユメオキヤドカリの世界初の生体展示であると同時に、その宿居対象に於いても変わり種のものであった『「えのすい」へGO!:新江ノ島水族館密着ブログ』の「世界で初めてッ! ユメオキヤドカリ属の一種!」で画像が見られる)。
「イタリヤ國ナポリの水族館」知る人ぞ知る世界初の海洋実験所として一八七二年に建てられたナポリ海洋実験所のこと。近代水族館の濫觴。
『「やどかり」にはまた「さんご」に似た動物の群體を殼の代りに用ゐて居る種類がある』先に引用したウィキの「ヤドカリ」の共生の解説項の最後の部分に拠ると、イソギンチャク以外では、刺胞動物門花虫綱ヤドリスナギンチャク科ヤドカリスナギンチャク Epizoanthus paguriphilus やヤツマタスナギンチャク Epizoanthus ramosus が『やはりヤドカリの殻を覆って成長する。また、』刺胞動物門無鞘(花クラゲ)目ウミヒドラ科イガグリガイウミヒドラ Hydrissa sodalis は、ホンヤドカリ上科ホンヤドカリ科ホンヤドカリ属の『イガグリホンヤドカリ Pagurus constans の住む貝殻に育ち、次第に成長すると、殻が大きくなるように成長する。表面からたくさんの棘を伸ばすことからこの名がある』とあり、丘先生の記載したのは正にこの、
刺胞動物門無鞘(花クラゲ)目ウミヒドラ科イガグリガイウミヒドラ Hydrissa sodalis
と、
ホンヤドカリ上科ホンヤドカリ科ホンヤドカリ属イガグリホンヤドカリ Pagurus constans
の相利共生を言っていると考えてよい。
「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅰ]」の「イガグリガイウミヒドラ」の解説には、『ポリプは巻貝の貝殻に似た骨格を形成し、節足動物のヤドカリ類がこの中に棲む。骨格の殼頂部のみに巻貝の殼が埋まっている。骨格には長さ一〇ミリメートルほどの樹枝状の突起が散在し、各突起は小刺を備える。骨格の殻口周辺に指状ポリプが分化し、これは最高二〇個の瘤状の刺胞塊を持つ』(記号や数字の表記を変更した)とあって、イガグリホンヤドカリがイガグリガイウミヒドラによって鉄壁の防衛体制を敷いているのがよく分かる。
「骨骼」骨格。
『「やどかり」には赤色の綺麗な塊狀の海綿を家とし、これを擔(かつ)いで匐ひ歩く種類もある』これはホンヤドカリ属カイメンホンヤドカリ Pagurus pectinatus と海綿動物門普通海綿綱四放海綿亜綱硬海綿目コルクカイメン科ツミイレカイメン Suberites ficus との共生が代表的である。カイメンホンヤドカリは三陸海岸以北に分布し、小型個体は巻貝を背負うが、大型個体ではカイメンを背負う。ツミイレカイメンは、やや扁平で不規則な塊状を呈し、生体は赤橙色。画像のある「北海道大学臼尻水産実験所」のこちらのページには『カイメンホンヤドカリにはモエビの仲間が隠れていることもある』ともあり、ここでは軟甲(エビ)綱十脚(エビ)目根鰓(クルマエビ)亜目クルマエビ上科クルマエビ科ヨシエビ属モエビ
Metapenaeus moyebi も加わった、実に三つ巴の相利共生が窺われる。
『「かに」類の一種には常に左右の鋏に「いそぎんちやく」を一疋づつ挾んで居て、敵が攻めに來るとこれを突き出して、辟易させるものがある』この奇体な共生のカニ側の代表種は、
甲殻亜門軟甲(エビ)綱真軟甲亜綱ホンエビ上目十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目短尾(カニ)下目方頭群オウギガニ科のキンチャクガニ Lybia tessellate
で、方や、チア・ガールのポンポンか、ボクシング・グローブよろしくそのキンチャクガニに振り回されるのは(冗談ではなく、キンチャクガニは英名通称を“pom-pom crab” 又は“boxer crab”と言う)、
イマイソギンチャク亜目の基質に付着するための足盤を持たず砂泥中に埋まって生活する無足盤族Athnaria のオヨギイソギンチャク科カニハサミイソギンチャク
Bunodeopsis prehensa
である。「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅰ]」の「カニハサミイソギンチャク」によれば、紀伊半島以南、広くインド洋から西太平洋にまで棲息し、キンチャクガニの両方の鋏脚に挟まれて生活している、非常に小型の種で、このカニは常にイソギンチャクを挟んでいて、その鋏脚の内面はイソギンチャクを挟むのに都合のよいように、鋭く棘が生えている。カニは外敵に会うと、イソギンチャクのついたこの鋏脚を振り回して身を護る、とある。なお、附記して、世界的に見るとキンチャクガニの利用するイソギンチャクは本種のみではなく、Bunodeopsis 属の他種や、小型の足盤族内筋亜族 Endomyaria のカザリイソギンチャク科カサネイソギンチャク Triactis producta を挟むこともあるようであるが、わが国では本種のみが知られる、ともある。但し、千葉県立中央博物館/千葉県生物多様性センターの柳研介氏と阿嘉島臨海研究所の岩尾研氏の『みどりいし』二十三号(財団法人熱帯海洋生態研究振興財団二〇一二年三月発行)所収の論文「キンチャクガニ Lybia tessellate が保持するイソギンチャクの謎」によれば、各所のキンチャクガニから採取したイソギンチャクのDNA解析によれば、一部はカニハサミイソギンチャクとは異なる種が用いられている可能性が高いとする。これが現在の、正に発見ほやほやの最新の知見である(リンク先は同論文のPDFファイル。このカップルは人気のあって画像は多いが、例えば「名古屋のダイビングショップかじきあん」のここ)。]
[ほつすがひ]
相模灘の深い底から取れる有名な海綿に、「ほつすがひ」といふものがあるが、その硝子絲を束ねたやうな細長い柄の表面には、いつも必ず一種の珊瑚蟲が澤山に附著して居る。そしてこの珊瑚蟲は「ほつすがひ」の柄から外の處には決して居ない。今では「ほつすがひ」は一種の海綿であつて、その柄も海綿體の一部であることを誰でも知つて居るから、江の島邊の土産にも全部完全したものを賣つて居るが、昔は柄だけを拔き離し、倒に立てて植木鉢に植えたものが店に竝べてあつた。そしてその莖と見える部の表面に、「たこ」の足の疣に似た形のものが一面にあるのは、この珊瑚蟲の干からびた死骸である。また鯨の體の表面には處々に大きな「ふぢつぼ」が附著して居るが、この種類の「ふぢつぼ」は鯨の體に限つて附著し、その他の場所には決して居ないから、これも一種の共棲である。海龜の甲に著いて居る「ふぢつぼ」もいつも種類が一定して、海龜の甲より外の處には決して居ない。すべてこれらの場合には、大きな方の動物はたゞ場處を貸し、小さな方の動物はたゞ場所を借りるだけで、それ以外に別に利益を交換する如きことはないやうに見える。
[鯨の「ふぢつぼ」]
[やぶちゃん注:「ほつすがひ」これは、
海綿動物門六放海綿(ガラス海綿)綱両盤亜綱両盤目ホッスガイ科ホッスガイ Hyalonema sieboldi
である。英名“glass-rope sponge”。柄が長く、僧侶の持つ払子(「ほっす」は唐音。獣毛や麻などを束ねて柄をつけたもので、本来はインドで虫や塵などを払うのに用いた。本邦では真宗以外の高僧が用い、煩悩を払う法具)に似ていることに由来する。深海産。この根毛基底部(即ち柄の部分)には「一種の珊瑚蟲」、
刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱イソギンチャク目イマイソギンチャク亜目無足盤族 Athenaria のコンボウイソギンチャク(棍棒磯巾着)科ヤドリイソギンチャク
Peachia quinquecapitata
が着生する。荒俣宏氏の「世界大博物図鑑別巻2 水生無脊椎動物」のホッスガイの項によれば、一八三二年、イギリスの博物学者J.E.グレイは、このホッスガイの柄に共生するヤドリイソギンチャクをホッスガイ
Hyalonema sieboldi のポリプと誤認し、本種を軟質サンゴである花虫綱ウミトサカ(八放サンゴ)亜綱ヤギ(海楊)目 Gorgonacea の一種として記載してしまった。後、一八五〇年にフランスの博物学者A.ヴァランシエンヌにより本種がカイメンであり、ポリプ状のものは共生するサンゴ虫類であることを明らかにした、とあり、次のように解説されている(アラビア数字を漢数字に、ピリオドとカンマを句読点を直した)。『このホッスガイは日本にも分布する。相模湾に産するホッスガイは、明治時代の江の島の土産店でも売られていた。《動物学雑誌》第二三号(明治二三年九月)によると、これらはたいてい、延縄(はえなわ)の鉤(はり)にかかったものを商っていたという』。『B.H.チェンバレン《日本事物誌》第六版(一九三九)でも、日本の数ある美しい珍品のなかで筆頭にあげられるのが、江の島の土産物屋の店頭を飾るホッスガイだとされている』とある。私は三十五前の七月、恋人と訪れた江の島のとある店で、美しい完品のそれを見た。あれが最後だったのであろうか。私の儚い恋と同じように――(画像は例えばこちら)。
『鯨の體の表面には處々に大きな「ふぢつぼ」が附著して居る』。これはよく映像でも目にするからご存知であろうが、本文にあるように、この共生関係も、
哺乳綱獣亜綱真獣下綱ローラシア獣上目鯨偶蹄目 Cetartiodactyla(クジラ目 Cetacea:下位分類階級が未整理。)
のクジラ類や、
脊索動物門脊椎動物亜門爬虫綱双弓亜綱カメ目潜頸亜目ウミガメ上科 Chelonioidea
に属するウミガメ類(現生種は二科六属七種+一亜種)
と、
節足動物門甲殻亜門顎脚綱鞘甲(フジツボ)亜綱蔓脚(フジツボ)下綱完胸上目無柄目フジツボ亜目 Balanina
に属するフジツボ類の種関係が、丘先生のおっしゃっているように厳密に特化していて、鯨だけ、海亀だけに付着するフジツボがおり、しかも特定の鯨種・特定の海亀種にのみ、特定のフジツボが付着するという特徴的な関係限定性がある。例えば、これらのフジツボは何れも、
オニフジツボ超科 Coronuloidea
に属するもので、
オニフジツボ超科オニフジツボ Coronula diadema *
〔*大型種一〇センチメートルを超える個体もある。体表の表紙組織を巻き込んで、周殻の半ばは皮膚に埋没して付着する。ザトウクジラの頭部・胸ビレ・喉に付着し、また、多くの化石記録が知られている(化石サイトではかなり知られたお馴染みのようである)。因みに、このオニフジツボ Coronula diadema に付着する蔓脚(フジツボ)下綱完胸上目有柄目エボシガイ亜目エボシガイ科エボシガイ属ミミエボシ Conchoderma auritum という強者の中の更なる強者もいる。〕
は、
ヒゲクジラ亜目ナガスクジラ科ザトウクジラ Megaptera novaeangliae
の皮膚にしか生息せず、
オニフジツボ超科ハイザラフジツボ Cryptolepas rhachianecti **
〔**コククジラの背中を覆うように多数付着する。コククジラは海底面のベントスを濾しとって食べるが、必ず右側を下に向けて採餌するため、海底面との摩擦のない左側に多くフジツボが見られる。鱗状の表面を持つ石灰質の壁を放射状に持ち、クジラの皮膚組織を摑んで皮膚深く埋没している。素手で剥離することは難しく、採取にはナイフで皮膚ごと採集する。〕
は、
ヒゲクジラ亜目ナガスクジラ上科コククジラ科コククジラ(克鯨/児童鯨)Eschrichtius robustusgray
の皮膚にしか付着しない。
また、ウミガメ類では、ウミガメにしか付着しないオニフジツボ超科 Coronuloidea のオニフジツボ類については、林亮太氏の「ウミガメ類・クジラ類に特有に付着するフジツボ類(オニフジツボ超科)の形態と日本での産出記録」(二〇〇九年)によって、以下のような詳細な種報告が纏まっている(日本ウミガメ協議会の「ニュースレター」八一号所載。ダウンロード可能。上記のハイザラフジツボも含め、以下の〔 〕内の解説文も当該論文を主に参照させて頂いている。学名を丁寧に解説されておられ、素晴らしい画像もある論文であり、是非、一読されんことを望む)。
カメフジツボ Chelonibia testudinaria ***
〔***ウミガメ類の甲羅に着生する背の低い円錐形をした、白みを帯びた淡色の大型フジツボで、直径約五~八センチメートル、殻高約三センチメートル、四大洋の熱帯から亜熱帯の海域に広く分布する。日本ではアカウミガメ・アオウミガメから採集記録がある。背甲・腹甲・縁甲板、頭部など、ウミガメの体の硬質部位に付着する。〕
サラフジツボ Platylepas hexastylos ****
〔****アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイから採集記録がある。ウミガメ体表面の硬い部位から柔らかい部位まで全身に見られる。最大でも二五ミリメートル程度。〕
デコフジツボ Platylepas decorata *****
〔*****アオウミガメ・タイマイの皮膚上に付着する。小型で一〇ミリメートルを超えない。〕
ツツフジツボ Cylindrolepas sinica ******
〔******アオウミガメ・タイマイに多く観察される。首周り・尾周り・腹甲板・縁甲板に見られるが、頭部・背甲・前後肢上には見られない。アオウミガメには多数の付着が見られるがアカウミガメではあまり見られない。〕
サカヅキフジツボ Stomatolepas praegustator *******
〔*******カウミガメ・アオウミガメに見られる。ウミガメの首周りのような柔らかい部位に付着している。楕円形。〕
フネガタフジツボ Stomatolepas transversa ********
〔********アオウミガメにのみ見られる。腹甲の溝、また前後肢の鱗板の溝に埋没する。サカヅキフジツボよりも更に縦長の長円形。〕
ユノミフジツボ Stephanolepas muricata *********
〔*********アカウミガメ・アオウミガメの前肢正面に深く埋没する。成熟個体にしばしば見られるが、甲長六〇センチメートル以下の小型のウミガメ個体からの採集記録はない。深い椀状。〕
キリカブフジツボ Tubicinella cheloniae **********
〔**********日本では鹿児島県屋久島に漂着したアカウミガメ背甲に複数個体が穴を開けて付着している例が観察されたほかに採集記録はない。ウミガメの背甲の骨にまで穴を開けて埋没する。輻部に複数の大きな突起を不規則に発達させ、甲羅に深く埋没している。〕
エボシフジツボ Xenobalanus globicipitis ***********
〔***********鯨類の背ビレ・胸ビレ・尾ビレの末端部に一列に並んで付着している。日本ではスナメリ・シャチ・カズハゴンドウ・ミナミハンドウイルカから採集記録がある。世界中の記録をまとめると十九種の鯨類から採集されており、世界最大のシロナガスクジラからも記録がある。蓋板は完全に退化して消失し、全体の形状が烏帽子型をした異形である。〕
また、ウミガメ以外でも、
爬虫綱有鱗目ヘビ亜目ウミヘビ科 Hydrophiidae のウミヘビ類
の体表面に特異的に付着するという、
ウミヘビフジツボ Platylepas ophiophilus
甲殻綱エビ目エビ亜目カニ下目ワタリガニ科ガザミ Portunus trituberculatu
の甲に付着する、
カメフジツボ属ガザミフジツボ Chelonibia patula
などがいる。
「すべてこれらの場合には、大きな方の動物はたゞ場所を貸し、小さな方の動物はたゞ場所を借りるだけで、それ以外に別に利益を交換する如きことはないやうに見える。」これらはいずれも片利共生の可能性が高い。私は片利共生と寄生の境界の曖昧性を実は好まない。クジラの皮膚に食い込んでいるオニフジツボはどう見ても、節足動物門甲殻亜門甲殻綱端脚目クジラジラミと似たり寄ったりで(あの恰好で無数に付着しているのを見るとクジラジラミは寄生虫だと叫びたくはなるが)寄生していると言うべきであろうし、ヒトがクジラやウミガメの個体識別にフジツボの付着が役立っている、それは引いては自然保護に繋がるなんどと誰かが冗談にも言おうなら、それこそ人間絶対優位のローレンツの亡霊の復活で、ますます以って気持ちが悪い。]
[こばんいただき]
「さめ」やその他の大きな魚類の表面には、往々「こばんいただき」という奇態な魚が著いて居ることがある。この魚は「さば」・「かつを」などに類するものであるが、頭部の背面に小判形の大きな強い吸盤があつて、これを用ゐて他の魚類の口の近邊に吸ひ著き、その魚の泳ぐに委せてどこまでも隨つて行く。一體「さめ」の類は鋭い齒を以て他の大魚の肉を嚙み裂いて食ふもの故、その度毎に肉の小片が水中に溢れ浮ぶが、「こばんいただき」はかやうな肉の殘片を口に受けて餌とするのである。それ故先づ魚類中の乞食と名づけても宜しからう。海岸の漁夫町では往々この魚の生きたのを子供が玩んで居ることがあるが、盥に海水を入れた中へ放すと、直に底へでも横側へでも頭で吸ひ著いて決して離れず、頭の方へ向つてならば動かすことが出來るが、尾を握つて後の方へ引いては到底動かず、力委せに引張ると、盥ごと動く。かやうに強く吸い著く性があるから、オーストラリヤの北に當る或る地方では、土人がこの魚の尾に繩を括りつけ、海龜の居る處に放して吸ひ著かせ、繩を手繰り寄せて龜を捕へる。この魚などは常に「さめ」や「あかえひ」に附著しているから、鯨と「ふぢつぼ」とを共棲と見なせば、これも同じ理窟で共棲と名づけねばならぬ。また假に、「こばんいただき」が常に「さめ」の口の内面に吸ひ著いて居るものと想像すれば、必ず寄生と名づけられるに相違ない。かくの如く共棲は一面には、たゞ場所を借りるだけの獨立生活に移りゆき、一面には寄生生活に移つて行き、その間には決して判然たる境界を定めることは出來ぬ。
[やぶちゃん注:「こばんいただき」条鰭綱新鰭亜綱スズキ目コバンザメ亜目コバンザメ科 Echeneidae に属するコバンザメ類。現生種四属八種は以下の通り(ウィキの「コバンザメ」に拠る)。
コバンザメ属 Echeneis
コバンザメ Echeneis naucrates
ホワイトフィン・シャークサッカー Echeneis neucratoides
スジコバン属 Phtheirichthys
スジコバン Phtheirichthys lineatus
ナガコバン属 Remora
オオコバン Remora australis
クロコバン Remora brachyptera
ヒシコバン Remora osteochir
ナガコバン Remora remora
シロコバン属 Remorina
シロコバン Remorina albescens
標準種であるコバンザメ属 Echeneis の属名はギリシア語で「船を引き止めるもの」の意。英名は“sharksucker”又は“suckerfish”。ナガコバン属名の“remora”で、前者の“sucker”は吸盤を持つ者の意、後者はラテン語で「遅らせること」の意。Echeneis や remora は、この魚が船底に吸着すると船足が衰えると信じられたことによる。
私は「コバンイタダキ」が大好きである。小学生の頃、小学館の「魚貝の図鑑」は私のバイブル並の座右の書で、今はもう背が崩れかけているが、中でも忘れられない異形として「サコファリンクス」や「シーラカンサス」の絵と共に、サメの腹に吸いついた「コバンイタダキ」を忘れられぬ。
だから――ここで思いっきり「コバンイタダキ」にラヴ・コールしようと思う。コバンイタダキ博物誌である。本注の民俗学的な博物誌記載全体は、荒俣宏氏の「世界大博物図鑑2 魚類」の「コバンザメ」の項記載引用を『参考』にしつつも、敢て『私の愛するコバンイタダキ』のために荒俣氏の文章ではなく、極力、私の所持する原典(訳)に当たって叙述するよう心掛けたことを最初に表明しておく。
では、まずアリストテレスから。
アリストテレスの「動物誌」第十四章には、『岩場にすむものには或る人々が「フネドメ」と称する一種の小魚もあって、これを復しゅうののろいや恋のまじないに使う人々もあるが、食べられない。またこの魚は足がないのに、有るという人々があるが、これはひれ[やぶちゃん注:「ひれ」に傍点「ヽ」。]が足に似ているためにそう見えるだけである。』という記載があり(引用は岩波書店一九六八年刊島崎三郎訳「アリストテレス全集7 動物誌 上」を用いた。「復しゅう」はママ)、その訳注には、『この魚が船のかじ[やぶちゃん注:「かじ」に傍点「ヽ」。]にかかると、帆一ぱいに風をはらんでも舟が動かないという伝説があるからであるが、』この魚が『何をさすのか分からない。名前からEcheneis romora L.(コンバンザメ)』(これはリンネが命名した後に修正されるコバンザメの旧学名と思われる)『とする人々もあるが、何も根拠はない』とある。
なお、コバンザメ亜目の系統は未だよく分かっていないものの、「サメ」を名に持つもののサメ類(軟骨魚類)とは無縁で、一般的硬骨魚類を代表するスズキ目の、マカジキなどに近いものと推定されている。別称和名のコバンイタダキもしばしば用いられ、私もこちらの和名の方が親しい。
プリニウスの「博物誌」第九巻四一章には、以下のように記載する(底本は平成元(一九八九)年雄山閣刊の中野定雄他訳になる第三版「プリニウスの博物誌Ⅰ」を用いた)。
《引用開始》
岩場によくいる吸着魚<コバンザメ>というひどく小さい魚がある、これが船体にとりついていて船脚を遅らすと信じられている。そういうことでこういう名がつけられたのだ。そしてまたそういう理由で、これはまた惚れ薬を提供いているとか、裁判に持ち込むことを妨げる一種の呪文の作用をしているとかいうので評判が芳しくないのだが、この非難は、妊婦の子宮の下り物を止め、分娩時まで子供を抑えておくという賞賛すべき性質だけで帳消しにされる。しかしこれは食物の仲間入りはできない。ある人はこの魚には足があると考えているが、アリストテレスはそれを否定して、それの手足は羽に似ているとつけ加えている。
《引用終了》
更に、プリニウスは余程、このコバンザメと船乗りの伝承に非常に興味があったらしく、第三十二巻「海棲生物から得られる薬剤」の第一章冒頭でも、「航海とコバンザメ」と表題して、満を持して以下のように解説している(文中に入っている編者の「見よ注記」は省略した)。
《引用開始》
わたしの題目について書き進んで、今度は自然の作用のうちの最大のものについて述べる番になった。そして今やわたしは、これ以上はまったく探究しようもない、そしてそれに匹敵するか類似するものとてほかに見出し得ない力、自然が自己を超克する、それも無数の方法で超克する隠れた力の、今まで求められたこともない圧倒的な証拠に直面しているのだ。海、風、旋風、暴風雨などよりもっと激しいものがあるだろうか。自然のどのような部分においても、帆とか櫓による以上に、人間の技術によって助けられたことがあったであろうか。なおこれに海全体が一つの川になるあの潮の干満の名状し難い力をつけ加えよう。これらすべては同じ方向に働いてはいるのだが、コバンザメのたった一種類の、ごく小さい魚によって抑制される。疾風が吹くかも知れない。暴風雨が荒れ狂うかも知れない。ところがこの魚がそれらの狂暴を制し、その巨大な力を抑える。そして船舶を止める。これは大綱でも、計り知れない重さの錨を投げてもなし得ないことだ。それは彼らの攻撃を抑え宇宙の狂気を手なづけるが、それは自分自身で骨を折ってでなく、抵抗によってでもなく、その他どんな方法によってでもなくて、ただ吸着することによってなのだ。この小さな生物だけで、これらすべての諸力に立ち向って、船を釘づけにするのに十分なのだ。しかし武装した艦隊はその甲板の上にたくさんの防塞の塔を聳えさせているので、戦争は海上でも要塞の塁壁から行なわれる。あの敵にぶつけるために青銅と鉄で装われた衝角が半フィートほどの長さの小さな魚によって抑えられ動けなくなるなんて、人間も何というつまらぬ生物であろうか。アクティウムの戦いで、巡回して部下を激励しようと焦っていたアントニウスの旗艦をこの魚が止めた。とうとう彼は船を他の船に替えなければならなかったが、それでカエサルの艦隊はただちにいっそう激しい攻撃を加えたとのことである。われわれが記憶しているかぎりでは、その魚が、ガイウス帝がアストゥラからアンティウムに向け帰航中の船を停めた。後でわかったことだが、その小さな魚はまた凶兆であった。というのは、その折、帝がローマへの帰還の直後、彼自身の部下によって刺し殺されたのだから。船の遅延についての驚きは長くは続かなかった。その原因がすぐ発見されたから。全艦隊のうち進まなかったのは五段擢ガレー船だけであったから、人々はただちに水に潜って、船のまわりを泳いで原因をつきとめた。彼らはこの魚が舵にくっついているのを発見し、それをガイウスに見せた。ガイウスは、彼を引き停め、四〇〇人の漕手の彼自身に対する服従を拒否したのがこんなものであったことにいたく立腹した。特に彼を驚かしたことは、その魚が船の外側にくっついて彼を止めたのであって、船の中ではそういう力をもっていないということであった、というのがみんなの意見であった。その時あるいは後になって、その魚を見たものは、大きなナメクジのようなものであると言っている。わたしは水棲動物について説明した際、魚について論じたところで、多くの人々の見解を紹介した。そしてわたしは、こういう種類の魚はすべて同じような力をもってい ることを疑わない。というのはクニドスのウェヌス神殿に有名な、そして神によって認められた事例があって、そこではカタツムリすら同様の力をもっていることを信じざるを得ないからだローマの権威者のうちある人々は、この魚にモラ<遅延>というラテン名を与えた。そしてあるギリシア人たちによってある不思議なことが語られている。すでにわたしが述べたように、それをお守りとして身に付けていると流産を抑え、子宮の脱垂を収めて胎児を成熟させるという。また他の人々は、それを塩蔵しておきお守りとして身に付けると、妊婦に分娩させるという。そういうわけでそれにオディノリテス<陣痛を除くもの>という異名が与えられている。これらのことはどうであれ、船の航行を止めたというようなことは事例がある以上、自然発生する事物から得られるこれらの治療薬の中に見出される何らかの能力、威力、効能について疑念を差し挾むものがあるであろうか。
《引用終了》
「衝角」は「しょうかく」と読み、軍船の船首水線下に取り付けられる体当たり攻撃用の固定武装を言う。前方に大きく突き出た角の形状を成し(英名“ram”は雄羊の意)、古代の海戦に於ける軍船同士の接近戦では敵船側面を突いて櫂の列を破壊、機動性を奪ったり、その船腹を突き破って浸水させ、行動不能化ないし撃沈することを目的とする武器である。「アクティウムの海戦」B.C.三一年九月にオクタウィアヌス支持派とプトレマイオス朝及びマルクス・アントニウス支持派連合軍の間でイオニア海のアクティウム(現ギリシャ共和国プンタ)沖に於いて行われた海戦。「ガイウス帝」はローマ皇帝カリギュラのこと。
荒俣宏「世界大博物図鑑2 魚類」の「コバンザメ」の項には、まさに丘先生が「オーストラリヤの北に當る或る地方では、土人がこの魚の尾に繩を括りつけ、海龜の居る處に放して吸ひ著かせ、繩を手繰り寄せて龜を捕へる」と述べている漁法を裏付ける記載が載る(ピリオド・カンマを句読点に代えた)。
《引用開始》
コロンブスが西インド諸島のキューバ島でコバンザメを利用した漁法を見た、とその息子が記している。それは、コバンザメを飼いならして尾の付け根に金属の輪をつけ、それに長いロープを結んで泳がせ、ウミガメなどの姿をみつけるとロープをのばしてカメの腹に吸いつかせて生け捕りにするというものだった。
《引用終了》
現在も、キューバはウミガメのタイマイを食用とし、養殖にも成功している(これは日本が誇る鼈甲細工の原料が、実に多量にストックされていることを意味している。キューバはそれを売りたい、日本も欲しい、にも拘わらず、ワシントン条約によって我々はそれを買えないのだ――私が教員時代よく話したものだ――まあ、これ以上、話し出すと脱線で戻れなくなるからここでやめておくが、アメリカ主導の自然保護を隠れ蓑とした政治的経済的なおぞましい世界支配戦略や文化の多様性否定の弱者イジメには、思いっきり反吐が出る!!!)。以上のコバンザメ漁はウィキの「コバンザメ」にも以下のように記載がある(本漁の事実について欠かせないと判断した注記を後に接続させておいた)。
《引用開始》
コバンザメはウミガメ漁に利用されている。生きたまま捕らえたコバンザメの尾にロープを結びつけ、ウミガメの近くで放つと、コバンザメは一直線にウミガメに向かっていき腹にくっつく。ロープを手繰ればコバンザメと一緒にウミガメも引き寄せられる。小型のものであれば直接捕獲し、大型のものであれば最終的に銛でしとめる。
この漁はインド洋全体、特にザンビアやモザンビーク周辺の東アフリカ沿岸や[2]、ケープタウンやトレス海峡近くの北オーストラリアで記録されている[3][4]。
類似した漁法は日本やアメリカでも行われている。西洋の文献で最も初期に「漁する魚」が記述されたのは、クリストファー・コロンブスの2度目の航海記録である。一方、レオ・ウィーナーは、コロンブスがアメリカをインドと勘違いしていたことから、アメリカに関して書かれた記述は眉唾で、東インドについて書かれた記述からコロンブスが作り出したものであろうと考察している[5]。
2 E. W. Gudger (1919). “On the Use of the Sucking-Fish for Catching Fish and Turtles: Studies in Echeneis or Remora, II., Part 1.”. The American Naturalist 53 (627): 289-311.
3 E. W. Gudger (1919). “On the Use of the Sucking-Fish for Catching Fish and Turtles: Studies in Echeneis or Remora, II., Part 2”. The American Naturalist 53 (628): 446-467.
4 Narrative of the Voyage of H.M.S. Rattlesnake - Project Gutenberg (Dr. Gudger's accounts are more authoritative, but this source is noted as an early account that Gudger appears to have missed.)
5 Leo Wiener (1921). “Once more the sucking-fish”. The American Naturalist 55 (637): 165-174.
《引用終了》
次に本邦の記載を見よう。寺島良安の「和漢三才図会」の「巻第五十一 魚類 江海無鱗魚」に「船留魚」として載せる。以下、リンク先の私の電子テクストの原文・書き下し文と私の注を読み易く整序して転載する。
《引用開始》
[やぶちゃん図注:図の右上に「背」とし、左やや下に「腹」とし、それぞれの方向からの魚体を描いてあるが、よく見て頂きたい。良安は「背」と「腹」を誤まっている。腹ビレも描き落としており、良安が果たして実物を見て描いたのかどうか疑わしい。しかし、本文「頭の裏」という確信に満ちた記載や、「其の異形を惡」むという語調は、忌まわしい魚体に対する彼の生理的嫌悪感の現われであり、それ故の誤認ととれなくもない。]
ふなとめ 正字未詳
舩留魚 【俗云不奈止女】
△按舩留魚鱣之屬状似鯒而尾末纎無岐偃頭眼小灰白色無鱗頭裏扁有小刻如金小判之象而下喙尖畧長有小鬛自頭連尾小者長尺半大者三四尺毎以頭小刻附海舶板用鐵梃亦不離也掩籃待自離去取之希有出魚市人惡其異形無食之者
*
ふなとめ 正字未だ詳らかならず。
舩留魚 【俗に不奈止女と云ふ。】
△按ずるに、舩留魚は
[やぶちゃん注:スズキ目 Perciformes コバンザメ亜目 Echeneoidei コバンザメ科 Echeneidae で四属八種。コバンザメ属
Echeneis、スジコバン属 Phtheirichthys、ナガコバン属 Remora、シロコバン属 Remorina。彼らは歴とした硬骨魚の正統主流派であるスズキ目であって軟骨魚類の「鱣の屬」=フカ=サメ類ではない。ただ、この時代からサメ呼ばわり(サメ=フカの仲間と認識)していたことが、この良安の叙述から窺われ、本種のコバンイタダキへの改名に反対していた魚類学者田中茂穂の『東京附近でコバンザメと云ふのは形が多少鮫に似てゐる爲である。此魚は鮫類とは著く違つてゐる爲に、わざわざコバンイタヾキと云ふ名稱を付けたのは教科書を作った學者達である。然し私はコバンザメと言つた方が如何にもいゝやうに感ずる。相當智識のある人ならば此魚を鮫と思ふ人はいない故、そんな取越苦勞は不要である。是に類似したことが他の動物にもあるが、徒に不器用な改名は私は採らないのである。』[注:「コバンザメ-WEB魚図鑑」からの孫引きであるが、表記の一部に問題があるため、恣意的に補正してある。下線部、やぶちゃん。])の謂いにはやや疑問が生じる。実際、田中は東京附近での通称名の標準和名化であることを示唆しているが、この時代の良安でさえ、「鱣の屬」と言っている。私は「サメ」でもないのに「サメ」は、ないと思う。標準和名は、その名を聞いてある程度の実体とのかけ離れることのない連想が可能である名前がよいと思っている(最低限、誤まった情報を類推させてはいけないということである。但し、既に人々に定着してしまっているものを、強いて変えることに拘るものでもないが)。頭頂部に小判型の吸着器を「頂き」、寄生種の運動エネルギーや餌のお零れをちゃっかり「頂戴する」魚のイメージとして、私は「コバンイタダキ」の和名をこそ鮮やかに支持するものである。この吸着器官は第一背鰭の変形したものと考えられている。また、寄生行動をとるのは、比較的若い個体で、成長すると自由遊泳するものが多いという。また、寄生生活をしている個体の胃からは、寄生種に寄生している甲殻類が見つかっており、ちゃっかり者のコバンイタダキではなく、相利共生の側面も否定できないと思われる(但し、寄生種である本家のサメ等に食われることもあると聞く)。
「鯒」は、カサゴ目 Scorpaeniformes コチ亜目 Platycephaloidei の魚類の総称である(この場合は私は、スズキ目
Perciformes ネズッポ亜目 Callionymoidei の「コチ」呼称群を考慮する必要はないと思う)。特にここでは本邦の典型的な大型種コチ亜目
Platycephaloidei のマゴチや近縁種のヨシノゴチ(どちらも Platycephalus sp.(以前は Platycephalus indicus と同一種とされていたが、研究の進展により現在は別種とされる。学名未認定。)を良安は想定していると考えてよいであろう。
「偃頭」は本ページの「鰐」の注で考察したように、扁平で地べたに伏せた(うつぶせになった)頭部を示すもの。東洋文庫版はここでは「鰐」とうって変わって妙な訳をせず、『(頭が伏せたような形になっていること)』と極めて素直である。
「之を食ふ者無し」とあるが、伝え聞くところでは漁師料理にして、旨いとする。私は、残念なことに食したことはない。
《引用開始》
先に引用したウィキの「コバンザメ」には『一般的には食用にしないが、大型魚であることから、地域や漁獲後に食用とする地方もある』とあるが、要出典注記が附く(閲覧者に疑義があるらしい)。私は上に述べた通り、確かに漁師料理で旨いという話をネット上で詠んだ記憶がある(記載資料や現地が判明した際には、ここに追加する)。例えば、「WEB魚図鑑」の「WEB魚図鑑● 食味レビュー コバンザメ」にあり、『釣れたので冗談で食べてみたが、言われなければ何の魚か分からない。真っ白なきれいな身で歯ごたえは無いが味自体は不味くは無い。アンモニア臭等の臭みは全くなし。エイリアンみたいな吸盤の見た目で損をしている。干して漢方薬の原料としてかなりの高値で取引されるらしい。惜しい事をした』。『コバンザメといってもサメの仲間ではない。ゼラチン質の分厚い皮に覆われた白身の肉。皮は全くおいしくなく、煮ると外れる。身は淡白だが美味。サバのような感じ。しかし、肉の量は少ない』とあるから、食用には全く以って問題ないことは明白である。
以下、荒俣宏氏の「世界大博物図鑑2 魚類」の「コバンザメ」の項の最後には、主に本邦での民俗誌として記載が載る(ピリオド・カンマを句読点に代えた)。
《引用開始》
《栗氏魚譜》によると、コバンザメの小判状の部分は、死んだものでも盆や板につけると吸いつく。
いづれにせよ、コバンザメは大魚についているので、逆にコバンザメを祀れば、大魚にありつくという信仰が生まれた。そこで大漁の吉兆として、神棚にあげて祈ったという。コバンザメを俗に
このように縁起魚として神棚にあげられることが多く、かつ、肥前唐津地方ではスナジトリといって、陰干しにして煎じて服用すれば、いかなる
《紀州魚譜》もコバンザメを干して赤痢や喘息の薬とする地方がある、と述べている。
また、この魚をもっていると、裁判に勝つことができるという俗信がある。これは裁判を長びかせれば結局勝つことができるという考えによるらしい(谷津直秀《動物分類表》)
《引用終了》
最後に荒俣氏は妖怪の「アヤカシ」を挙げ、これをコバンザメとする説があることを示されておられる。そこには宝暦八(一七五八)年の序を持つ博物学書「採薬使記」(阿部友之進、松井重康・口述、梨春光生・副監、
重康曰、加州、越州之海中ニ、アヤカシト云フ魚アリ。其形チ鮧ニ似テ、小キハ一尺バカリ、大キナルハ一丈許モアリ、全身鱗ナシ、頭ノ上ニ圓ク高キ所アリテ、段々ノキザアリ。小判ノキザノ如シ。故ニ名小判魚トモ云フ。其魚多ク集リテ、彼キザノ所ヲ舩ニ吸ツケテ、舩ヲトムル事アリト云フ。
[やぶちゃん注:以下、底本では全体が二字下げ。]
光生按ズルニ、此魚、東國ニテイマダ見ズ。江都ニテ、稀ニ小判鮫ト云フ魚ヲ、捕リ得ル事アリ、形状、大抵相似タリ。アヤカシト同物カ。或曰、利瑪竇ガ、坤輿圖ニ載スル所ノ咽機哆ナルベシト云ヘリ。
「鮧」は「なまず」。「利瑪竇」イタリア人イエズス会員でカトリック教会司祭として中国に宣教したマテオ・リッチ(Matteo Ricci 一五五二年~一六一〇年)の中国名「りまとう」。「坤輿圖」彼が中国で一六〇二年に刊行した世界地図「
『「こばんいただき」が常に「さめ」の口の内面に吸ひ著いて居るものとすれば』丘先生はちゃんと『常に』と断っておられるのが素晴らしい。水族館フリークなら誰でも見たことがあるはずであるが、ジンベイザメや大型のサメ類に吸着するコバンザメ類は、時に当該のサメの口中に付着していることがある(但し、時には食われてしまう哀れな個体もあるらしい)。]