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芥川龍之介「VITA  SODMITICUS」(やぶちゃん仮題)やぶちゃん語注

 

[やぶちゃん注:本頁は、私の翻刻電子テクストである芥川龍之介「VITA  SODMITICUS(やぶちゃん仮題・岩波版新全集第二十三巻所収「SODOMYの發達」を基礎底本とする)の語注である。愚かな自動言語フィルターを配慮して別頁で用意したものである(本文へは上記リンクで、別ウィンドウで開いて並置して御覧頂きたい)。注の中での年齢は満年齢を用いている。

 なお、検索その他でこの頁に来られた方の内、多少とも文学的学究に興味のある方は、必ず上端のHPトップ及び私のテクスト集のリンク先から再入場されたい。ただの猥褻趣味のワード/フレーズ検索で、たまたま本頁に来てしまわれた方は、残念、この頁も、そして――私の総てのHP中のコンテンツもブログも――あなたの世界とは全く無縁である。速やかに退場されたい。【2010年10月31日】]

 

・「VITA  SODMITICUS」:私がかく仮題した理由は本文冒頭注を参照されたい。本篇は勿論、森鷗外の「ヰタ・セクスアリス」(雑誌『昴』明治421909)年7月)に触発されて、後に芥川龍之介が公的な発表を意図ぜずに記した自己の性愛史VITA  SEXUALISの続篇である。ラテン語としては「ウィータ・ソドミティクス」とカタカナ書きするのが最も近いか。“SODMITICUS”は男色の、鶏姦の、という形容詞。同性愛史・男色生活等と訳せようが、私は「少年愛の道程」ぐらいがよいと感じている。但し、最後のシーンは寧ろ、不幸なる「少年愛との訣別」である。

・「SODOMY」芥川は狭義に同性間の性行為にのみ用いているが、原義的にはそれのみならず、異性間であってもサディズムやマゾヒズム等の異常な性行為や獣姦等、広範囲に含む。

ラテン語“sodomia”に由来、ご存知の通り、旧約聖書創世記に現れる、性の乱れによってヤハウェの裁断で硫黄と火とによって瞬時に滅ぼされた町“Sodom”と“Gomorrah”ゴモラの伝説に基づく。

・「HERO」主人公。

・「淸が十一歳の時であつた」芥川龍之介は満10才の明治351902)年4月、江東尋常小学校高等科1年に進学している。

・「抗がう」「あらがう」か「ふせがう」か。前者は歴史的仮名遣に無理があるので、訓としては穏当な後者か。

・「SARMATA」猿股。腰や股を覆う、男子用の短い下着。現在のパンツに相当するが、当時の和装では子供は穿いていない方が普通である。

・「淸が中學の一年生になつた時」芥川の場合、小学校高等科在学中は成績優秀であったから2年修了で中学進学が可能であったが、健康面や養子縁組のごたごたがあったため、進学が一年延期されて、明治381905)年3年修了後、東京府立第三中学校(現・両国高校)に入学している。13歳であった。

・「近所の大師樣の縁日」当時の芥川のテリトリーの中で、著明な大師となると、回向院裏手の墨田区両国にある真言宗寺院高野山金剛閣大徳院か。御府内八十八ヶ所第50番霊場で、本尊は薬師瑠璃光如来(通称寅薬師)。この寺は元来、高野聖の寺で、文禄3(1594)年、徳川家康によって和歌山県高野山に徳川家菩提の祈願寺として開山した由緒ある寺である(寺号は宗祖弘法大師の「大」に徳川の「徳」を合わせてもの)。貞享2(1686)年に現在地を幕府から拝領し、江戸時代から明治初期まで高野山御仏殿別当及び高野山諸末寺触頭、紀伊高野山金剛峯寺宗務伝達所として高い寺格を有した。「本所一つ目のお大師さま」「本所一つ目の寅薬師さま」として現在も親しまれており、その縁日はVITA  SEXUALISにも登場した「元德樣の縁日」と並んで江戸の三大縁日の一つに数えられた。

・「OKAMA」「VITA  SEXUALIS」では登場しなかった隠語である。以下、ウィキの「オおかまから引用する。『おかま(オカマ)とは、男性同性愛者や異性装をする男性、あるいは女性のように装う男性を指す。しばしば侮蔑として使われる』。この語は男性の同性愛行為を『俗に「おカマを掘る」と表現することに由来する俗語である。元来あるおかま(御釜/御竈)の意味は釜の丁寧語であるが、女性の支配域として受け止められていた竈(かまど)で炊事をあずかる下女をさす俗語ともされる。その「カマ」が何なのかについては、一家の女性の支配域として受け止められていた「釜戸(かまど)」とする説、江戸時代に男娼を意味した「陰間(かげま)」がなまったものとする説、それに歌舞伎の「女形(おやま)」を関連づける説、そして梵語で愛欲を意味する「カーマ」を語源とする説など、さまざまな解釈がある』。『このように「オカマ」は、「同性愛者」「女装趣味の者」「性風俗の職にある者」「水商売(芸能を含む)の職にあり演じている者」「言葉遣いが女性的な者」「性同一性障害者」など、実際にはアイデンティティーの異なるそれぞれの群を、誤って混同している概念であ』り、他にも『性自認が女性の性同一性障害者(MtF・トランスジェンダー)や、男性同性愛者の一部が、「オカマ」を自虐的に自称することもある。そのために当事者以外の者に「性同一性障害」や「同性愛」と同義語であるとの誤認識を与えている可能性がある』。『さらに、たとえ性同一性障害や同性愛の当事者間であろうと、他者の事を「オカマ」と呼称する場合、差別的・侮辱的に解釈され問題になることがある』とある。ウィキの記載としては私は、辞書類のアカデミズムの無味乾燥な語釈よりも、数段優れた真にジャーナリスティックな記載であると思う。

・「完る」「おはる」と読ませる。

・「KOMON」言わずもがなであるが、表記に長音符がないので間違える向きのために、肛門。

・「どうも洩れたらしい」これは本当に「洩」か? 「濡」の可能性はないか?

・「SOMETHING」或る物の意であるが、言わば「一物」の謂いである。

・「Mぼたん」Mは「マラ」。社会の窓のボタン。

・「CHIGO」稚児。男性の同性愛の対象とされた若年男性の意。以下、ウィキの「稚児」の限定的なここでの原義の該当内容に当たる「大規模寺院における稚児」の項を引用しておく。『平安時代頃から、真言宗、天台宗等の大規模寺院において、剃髪しない少年修行僧(1218歳くらい)が現れはじめ、これも稚児と呼ばれるようになった。皇族や上位貴族の子弟が行儀見習いなどで寺に預けられる「上稚児」、頭の良さを見込まれて世話係として僧侶に従う「中稚児」、芸道などの才能が見込まれて雇われたり腐敗僧侶に売られてきた「下稚児」がいた。禅宗では喝食と呼ばれ』([やぶちゃん注:「喝食」は「かっしき」と読む。]、『髪形は垂髪、または、稚児髷で、平安貴族女性と同様の化粧をし(お歯黒も付ける場合もあった)、極彩色の水干を着た。又、女装する場合もあり、その場合、少女と見分けがつきにくかった』。『真言宗、天台宗等の大規模寺院は修行の場であるため山間部にあり、また、女人禁制であるため、このような稚児はいわば「男性社会における女性的な存在」となり、しばしば男色の対象とされた(但し上稚児は対象外)。中世以降の禅林(禅宗寺院)に於いても、稚児・喝食は主に男色、衆道の対象であった』。『特に、天台宗に於いては「稚児灌頂」という儀式が行われ、この時に「○○丸」と命名された。これを受けた稚児は観世音菩薩と同格とされ、神聖視された』。『また、大法会の際に舞楽、散楽、延年を上演する場合が多く、他の寺の僧侶からも注目を集めた』。『これらの稚児は成人に達すると還俗する場合が多いが出家して住職となった者もいたらしい』とある。

・「檞」ブナ目ブナ科コナラ属 Quercus コナラ亜属Mesobalanus節カシワ(柏)Quercus dentata

・「面皰」音読みでは「めんぽう」であるが、ここは「にきび」と読ませていると思われる。

・「KE」毛。こういうローマ字変換が却って猥雑性を高めていることに注意。

・「奬棊」将棋であるが、「広漢和辭典」にもこの熟語は載らず、ネット検索で調べてもこの熟語は一般的とは言い難い。

・「SEMEN」生理学用語で“sperm”精液のこと。ラテン語由来で“semen”→“semin”で英語の“seed”、種・実のことである。

・「四年生から五年生になる時」先に見たように芥川龍之介自身は明治381905)年3年修了後、東京府立第三中学校(現・両国高校)に入学しており、実際には4年生にはなっていない。また高等小学校制は4年までで5年生という言い方はおかしい。これは後文に現れる「何だ落第書生の癖に」から、落第生のことを暗に示していることを意味する。この辺りから最後までが、恐らく芥川の言う、「多少の粉飾を加へ」た(全くの創作か、そうした事実を傍見仄聞したということでもあろう)部分であろう。

・「□球」不詳。屋内に連れ込んでいる以上、通常の球技ではない。撞球(ビリヤード)か。

・「手詰の談判」厳しく相手を攻め立てる交渉、言い合い。

・「靑毛布」「あおげっと」と訓じているものと私は推測する。

・「下へずるとかす」これは「どかす」=「退かす」で物を一方へ移す、退かせるの意で、下へ引き下げる、の意。

・「廱い」「やわらかい」と訓じているか。

・「SEMENS semen”の複数形は古くはsemina

・「漸」「ようやく」若しくは「ようよう」と読ませている。

・「ヘル」“mohair”で、原義は「日本大百科全書」(小学館)によれば、中央アジアにいるアンゴラヤギの毛を指す(現在ではトルコや南アフリカ共和国が主産地)。羊毛繊維より太くて長く、純白で絹様の美しい光沢がある。また羊毛にみられる捲縮(けんしゅく)やスケールはほとんどないため、単独で紡績することは困難で、一般に羊毛と混用される。手ざわりが非常に滑らかで、強さも大きく、折り曲げにも反発するため、高級な夏服地のほか、高級な添毛(てんもう)織物として椅子張地などに使われているとあるが、この時代の学生服に用いるには少々高価過ぎる。芥川龍之介の初期作品「父」の「ヘルの制服」の筑摩全集類聚版の注に、『モヘルMohär(独)の略。下等な毛糸または綿糸との混合で織った服地。』とあるのがこれであろう。

・「MBOTANMは「マラ」で男根のこと。社会の窓のボタン。

・「綿ネル」「ネル」は「フランネル」「フラノ」のことで、毛織物の一種。経(たて)糸・緯(よこ)糸とも紡毛糸を用いるか、経に梳毛(そもう)糸,緯に紡毛糸を使用し、製織後に軽く縮充して起毛させた高級織物のこと。この「綿ネル」は、それに似せて綿糸で作った織物の謂い。

・「あら危い□□ありませんか」「あら危いぢやありませんか」か。

・「淸は委細かまはず着物の前を□□つた」「淸は委細かまはず着物の前をはぐつた」か。

・「それ□□□にげやうともしなかつた」「それで一向にげやうともしなかつた」か。

・「□□□□姉の前へいれた」先行する表現のように「INNKEIを」等であれば判読不能のはずがないから、ここは特に別な隠語で表現したものか。