芥川龍之介「枯野抄」やぶちゃんの語句説明
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[やぶちゃん注:網羅的なものではない。読解上、重要と思われるものに限っており、煩雑な調度類等の専門用語は取り上げていない。]
・(冒頭引用訳)
(芭蕉が)丈草、去来をお呼びになり、「昨夜眠られぬままに、ふと句案が浮かび、呑舟に書き取らせた。おのおのがた、お詠み下さい。」
旅に病んで夢は枯野をかけめぐる
〈旅の途中で病に伏していると、夢は早くも、しきりにこれから行く先に待っている寂しい枯野をかけめぐっていることだ〉
・葱(ねぶか):ねぎ。
・うっそり:ぼんやりと。呆けたように。
・人形芝居:人形浄瑠璃。
・宗匠:和歌、連歌、俳句、茶道などの師匠。
・一期:一生。生涯。生まれてから死ぬまで。
・埋火:灰に埋めた炭火。『……息のかよひも遠くなり、申の刻過て、埋火のあたたまりのさむるがごとく、次郎兵衛が抱きまゐらせたるに……』(「花屋日記」)
・炷きさした:「たく」は香をたくの意に用いる。「さす」は「読みさし」等と言うのと同じで、動作が途中であることを示す。たきかけた、たいてまだ間もないの意。
・天下の冬を庭先に堰いた:室内では各部屋の襖がはずしてあるが、戸外との間に障子があって、冬の寒さを庭先でさえぎりとめている、という比喩。
・寂然:ひっそりと。静かに。
・間遠い:間隔が長い。
・浮かない眉:不安そうな、うきうきしない様子。「ひそめた眉」と同義で、ダブった表現となっている。
・稱名:念仏。「南無阿弥陀仏」と唱えること。
・大兵肥滿:体格が太くたくましく肥え太っていること。
・紬:つむぎ糸(くず繭あるいは真綿)で織った絹布。
・鷹揚に:ゆったりとしてこせこせしていない様子。
・凛々しい:勇ましい。きりりとしまっている。
・端然:正しく整っているさま。きちんとしているさま。
・頤:下顎(したあご)。
・剛愎:頑固で容易に人に従わないさま。
・慟哭:大声をあげて泣き叫ぶこと。号泣。
・茫々:(一)広くはるかなさま。(二)ぼんやりとしてとりとめのないさま。(三)草・髪などが乱れをおい茂るようす。
・彼岸:【仏教用語】こちらの岸(=現世)から彼の岸(=涅槃)に行くこと。つまり仏道に精進し、迷いを脱し、涅槃に達すること。悟りの境地。⇔此岸(しがん)
・往生:【仏教用語】死後、極楽浄土に生まれること。
・彌陀の慈悲:【仏】阿弥陀仏が人々に楽を与え、あらゆる苦しみを取り去ること。
・刹那:【仏】極めて短い時間。梵語クシャナの音訳。経典「惧舎論」によれば、一度指をはじく時間(指弾)の六十五分の一という極めて短い時間。⇔劫
・万方:あらゆる手段・処置。
・弛緩:ゆるむこと。だらけること。⇔緊張
・今生:この世に生ある間。この世。現世。
・末期の水:死にぎわに口にふくませる水。死に水。
・病軀:病に冒された体。
・享樂家:何事も思うままに楽しみを味わうことを信条とする人。
・威嚇:脅すこと。脅かし。
・顧慮:気にすること。気を使うこと。
・恭謙:慎み深く、謙虚であること。
・病みほうけた:病んでもうろくした。病気のためにぼけた。
・錯雜:入りまじること。
・因縁:ここでは、宿命的に結ばれた関係、の意。
・掻亂:かき乱すこと。
・手傳ひの周旋:飯炊きや洗濯の用をする人間の手配。
・本復:全快。
・調度:手回りの道具、家具。
・彼一人が車輪になつて:芭蕉を看病する弟子たちの中心になって、の意。
・行住座臥:ふだんの起居動作。
・夜伽:夜通しの看病。
・疚しい:良心に恥じるところがある。
・繊弱:かよわいこと。
・辛辣:きわめて手厳しいこと。
・老實:物慣れていて誠実なこと。
・哄笑:大声で笑うこと。
・堰かれ:ふさがれる。せきとめられる。さえぎられる。
・悲愴:悲しく痛ましいこと。
・「塚も動けわが泣く聲は秋の風」:芭蕉の「奥の細道」の中の句。元禄二年七月二十二日の金沢の門人小杉一笑追悼の句。一笑は芭蕉の来訪を心待ちにしつつ前年の冬に没し、他方、芭蕉もその死を知らずにこの地を訪れたのであった。
〈墓も動け! とばかり泣く私の嘆きの声は、さながら秋風と化して墓標を吹きめぐっている!〉
・凄絶:ものすごさのきわまること。
・哀慟:悲しみと嘆き。
・嗚咽:むせび泣き。すすり泣き。
・横風:ごうまんな態度。横柄。
・「野ざらしを心に風のしむ身かな」:芭蕉の「野ざらし紀行」冒頭句。
〈旅で行き倒れになって、白骨をさらすことがあってもと、覚悟を決めて出立すると、一入(ひとしお)、秋風が骨身にしみることよ。〉
・厭世的:人生には苦痛や悲しみが多いと考え、生きるのがいやになる様子や傾向。悲観的。ペシミスティック。⇔楽観的
・習氣:いつもの気性。普段の気質。
・風流の行脚:俳諧の道を極めるための諸国遍歴。
・亳も:(下に打ち消しを伴って)少しも。いささかも。(~ない)
・眼底を拂つて去つた如く:眼中に入らなくなったように。
・「悲歎かぎりなき」:『死顔のうるはしきを拝しまゐらせ、悲歎かぎりなく……』(「花屋日記」)