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芥川龍之介作品集『傀儡師』やぶちゃん版(バーチャル・ウェブ版)へ

戯作三昧   芥川龍之介

[やぶちゃん注:『大阪毎日新聞』夕刊に大正6(1917)年1020日~11月4日まで、1022日の休載を除いた計15回で連載された。後に単行本『傀儡師』『戯作三昧』『芥川龍之介集』に所収された。底本は昭和551980)年ほるぷ社『特選 名著復刻全集 近代文学館』で復刻された大正8(1919)年新潮社刊の『傀儡師』を用いた。傍点「丶」は下線に代え、各章末ごとに、岩波版旧全集本文との相違箇所及びオリジナルな注を以下の別ページで作成した。別ウィンドウで開いておいて読み進められることをお勧めする。

■芥川龍之介「戯作三昧」やぶちゃん注へ

 

戯作三昧 大正六年十一月

  芥川龍之介

 

       一

 

 天保二年九月の或午前である。神田同朋町の錢湯(せんたう)松の湯では、朝から不相變(あひかわらず)客が多かつた。式亭三馬が何年か前に出版した滑稽本の中で、「神祇、釋教、戀、無常、みないりごみの浮世風呂」と云つた光景は、今もその頃と變りはない。風呂の中で歌祭文(うたさいもん)を唄つてゐる嚊(かゝあ)たばね、上り場で手拭をしぼつてゐるちよん髷本多、文身の背中を流させてゐる丸額の大銀杏、さつきから顏ばかり洗つてゐる由兵衞奴(よしべゑやつこ)、水槽の前に腰を据ゑて、しきりに水をかぶつてゐる坊主頭、竹の手桶と燒物の金魚とで、餘念なく遊んでゐる虻蜂蜻蛉(あぶはちとんぼ)、――狹い流しにはさう云ふ種々雜多な人間がいづれも濡れた體(からだ)を滑らかに光らせながら、濛々と立上る湯煙と窓からさす朝日の光との中に、糢糊として動いてゐる。その又騷ぎが、一通りではない。第一に湯を使ふ音や桶を動かす音がする。それから話し聲や唄の聲がする。最後に時々番臺で鳴らす拍子木の音がする。だから柘榴口の内外は、すべてがまるで戰場のやうに騷々しい。そこへ暖簾をくぐつて、商人(あきうど)が來る。物貰ひが來る。客の出入りは勿論あつた。その混雜の中に――

 つゝましく隅へ寄つて、その混雜の中に、靜に垢を落してゐる、六十あまりの老人が一人あつた。年の頃は六十を越してゐよう。鬢の毛が見苦しく黄ばんだ上に、眼も少し惡いらしい。が、痩せてはゐるものゝ骨組みのしつかりした、寧いかついと云ふ體格で、皮のたるんだ手や足にも、どこかまだ老年に抵抗する底力が殘つてゐる。これは顏でも同じ事で、下顎骨の張つた頰のあたりや、稍大きい口の周圍に、旺盛な動物的精力が、恐ろしい閃きを見せてゐる事は、殆壯年の昔と變りがない。

 老人は丁寧に上半身の垢を落してしまふと、止(と)め桶(をけ)の湯も浴びずに、今度は下半身を洗ひはじめた。が、黒い垢すりの甲斐絹が何度となく上をこすつても、脂氣(あぶらけ)の拔けた、小皺の多い皮膚からは、垢と云ふ程の垢も出て來ない。それがふと秋らしい寂しい氣を起させたのであらう。老人は片々の足を洗つたばかりで、急に力がぬけたやうに手拭の手を止めてしまつた。さうして、濁つた止め桶の湯に、鮮かに映つてゐる窓の外の空へ眼を落した。そこには又赤い柿の實が、瓦屋根の一角を下に見ながら、疎(まばら)に透(す)いた枝を綴つてゐる。

 老人の心には、この時「死」の影がさしたのである。が、その「死」は、嘗て彼を脅(おびやか)したそれのやうに、忌はしい何物をも藏してゐない。云はばこの桶の中の空(そら)のやうに、靜ながら慕はしい、安らかな寂滅の意識であつた。一切の塵勞を脱して、その「死」の中に眠る事が出來たならば――無心の子供のやうに夢もなく眠る事が出來たならば、どんなに悦ばしい事であらう。自分は生活に疲れてゐるばかりではない。何十年來、絶え間ない創作の苦しみにも、疲れてゐる……

 老人は憮然として、眼を擧げた。あたりではやはり賑な談笑の聲につれて、大ぜいの裸の人間が、目まぐるしく湯氣の中に動いてゐる。柘榴口の中の歌祭文にも、ありやすよしこのの聲が加はつた。ここには勿論、今彼の心に影を落した悠久なものの姿は、微塵もない。

「いや、先生、こりやとんだ所で御眼にかかりますな。どうも曲亭先生が朝湯にお出でになららなんぞとは手前夢にも思ひませんでした。」

 老人は、突然かう呼びかける聲に驚ろかされた。見ると彼の傍には、血色のいい、中背の細銀杏が、止め桶を前に控へながら、濡れ手拭を肩へかけて、元氣よく笑つてゐる。これは風呂から出て、丁度上り湯を使はうとした所らしい。

「不相變(あひかわらず)御機嫌で結構だね。」

 馬琴瀧澤瑣吉は、微笑しながら、稍皮肉にかう答へた。

 

       二

 

「どう致しまして、一向結構ぢやございません。結構と云や、先生、八犬傳は愈出でゝ、愈奇なり、結構なお出來でございますな。」

 細銀杏は肩の手拭を桶の中へ入れながら、一調子張上げて辯じ出した。

「船蟲が瞽婦(ごぜ)に身をやつして、小文吾を殺さうとする。それが一旦つかまつて拷問された揚句に、莊介に助けられる。あの段どりが實に何とも申されません。さうしてそれが又、莊介小文吾再會の機縁になるのでございますからな。不肖ぢやございますが、この近江屋平吉も、小間物屋こそ致して居りますが、讀本(よみほん)にかけちや一かど通のつもりでございます。その手前でさへ、先生の八犬傳には、何とも批(ひ)の打ちやうがございません。いや全く恐れ入りました。」

 馬琴は默つて又、足を洗ひ出した。彼は勿論彼の著作の愛讀者に對しては、昔からそれ相當な好意を持つてゐる。しかしその好意の爲に、相手の人物に對する評價が、變化するなどと云ふ事は少しもない。これは聰明な彼にとつて、當然すぎる程當然な事である、が、不思議な事には逆にその評價が彼の好意に影響すると云ふ事も亦殆どない。だから彼は場合によつて、輕蔑と好意とを、完く同一人に對して同時に感ずる事が出來た。この近江屋平吉の如きは、正にさう云ふ愛讀者の一人である。

「何しろあれだけのものをお書きになるんぢや、並大抵なお骨折ぢやございますまい。先づ當今では、先生がさしづめ日本の羅貫中(らかんちう)と云ふ所でございますな――いや、これはとんだ失禮を申上げました。」

 平吉は又大きな聲をあげて笑つた。その聲に驚かされたのであらう。側で湯を浴びてゐた小柄な、色の黒い、眇(すがめ)の小銀杏が、振返つて平吉と馬琴とを見比べると、妙な顏をして流しへ痰を吐いた。

「貴公は不相變(あひかはらず)――發句にお凝りかね。」

 馬琴は巧に話頭を轉換した。がこれは何も眇(すがめ)の表情を氣にした譯ではない。彼の視力は幸福な事に(?)もうそれがはつきりとは見えない程、衰弱してゐたのである。

「これはお尋ねに預つて恐縮至極でございますな。手前のはほんの下手の横好(よこず)きで今日も運座、明日も運座、と、所々方々へ臆面もなくしや/\り出ますが、どう云ふものか、句の方は一向頭(あたま)を出してくれません。時に先生は、如何でございますな、歌とか發句とか申すものは、格別お好みになりませんか。」

「いや私は、どうもああ云ふものにかけると、とんと無器用でね。尤も一時はやつた事もあるが。」

「そりや御冗談で。」

「いや、完く性に合はないとみえて、未だにとんと眼くらの垣覗(かきのぞ)きさ。」

 馬琴は、「性に合はない」と云ふ語に、殊に力を入れてかう云つた。彼は歌や發句が作れないとは思つてゐない。だから勿論その方面の理解にも、乏しくないと云ふ自信がある。が、彼はさう云ふ種類の藝術には、昔から一種の輕蔑を持つてゐた。何故かと云ふと、歌にしても、發句にしても、彼の全部をその中に注ぎこむ爲には、餘りに形式が小さすぎる。だから如何に巧に詠(よ)みこなしてあつても、一句一首の中に表現されたものは、抒情なり敍景なり、僅に彼の作品の何行かを充す丈の資格しかない。さう云ふ藝術は、彼にとつて、第二流の藝術である。

 

       三

 

 彼が「性に合はない」と云ふ語に力を入れた後には、かう云ふ輕蔑が潜んでゐた。が、不幸にして近江屋平吉には、全然さう云ふ意味が通じなかつたものらしい。

「はゝあ、やつぱりさう云ふものでございますかな。手前などの量見では、先生のやうな大家なら、何でも自由にお作りになれるだらうと存じて居りましたが――いや、天二物を與へずとは、よく申したものでございます。」

 平吉はしぼつた手拭で、皮膚が赤くなる程、ごし/\體をこすりながら、稍遠慮するやうな調子で、かう云つた。が、自尊心の強い馬琴には、彼の謙辭をその儘語通り受取られたと云ふ事が、先づ何よりも不滿である。その上平吉の遠慮するやうな調子が愈又氣に入らない。そこで彼は手拭と垢すりとを流しへ抛り出すと半ば身を起しながら、苦い顏をして、こんな氣焰をあげた。

「尤も、當節の歌よみや宗匠位には行くつもりだがね。」

 しかし、かう云ふと共に、彼は急に自分の子供らしい自尊心が恥づかしく感ぜられた。自分はさつき平吉が、最上級の語を使つて八犬傳を褒めた時にも、格別嬉しかつたとは思つてゐない。さうして見れば、今その反對に、自分が歌や發句を作る事の出來ない人間と見られたにしても、それを不滿に思ふのは、明に矛盾である。咄嗟にかう云ふ自省を動かした彼は、恰も内心の赤面を隱さうとするやうに、慌しく止め桶の湯を肩から浴びた。

「でございませう。さうなくつちや、とてもあゝ云ふ傑作は、お出來になりますまい。して見ますと、先生は歌も發句もお作りになると、かう睨んだ手前の眼光は、やつぱり大したものでございますな。これはとんだ手前味噌になりました。」

 平吉は又大きな聲を立てゝ、笑つた。さつきの眇(すがめ)はもう側にゐない。痰も馬琴の浴びた湯に、流されてしまつた。が、馬琴がさつきにも増して恐縮したのは勿論の事である。

「いや、うつかり話しこんでしまつた。どれ私も一風呂、浴びて來ようか。」

 妙に間の惡くなつた彼は、かう云ふ挨拶と共に、自分に對する一種の腹立しさを感じながら、とう/\この好人物の愛讀者の前を退却すべく、徐に立上つた。が、平吉は彼の氣焰によつて寧ろ愛讀者たる彼自身まで、肩身が廣くなつたやうに、感じたらしい。

「では先生その中に一つ歌か發句かを書いて頂きたいものでございますな。よろしうございますか。お忘れになつちやいけませんぜ。ぢや手前も、これで失禮致しませう。お忙しうもございませうが、お通りすがりの節は、ちと御立ち寄りを。手前も亦、お邪魔に上ります。」

 平吉は追ひかけるやうに、かう云つた。さうして、もう一度手拭を洗ひ出しながら、柘榴口(ざくろぐち)の方へ歩いて行く馬琴の後姿を見送つて、これから家へ歸つた時に、曲亭先生に遇つたと云ふ事を、どんな調子で女房に話して聞かせようかと考へた。

 

       四

 

 柘榴口の中は、夕方のやうにうす暗い。それに湯氣が、霧よりも深くこめてゐる。眼の惡い馬琴は、その中にゐる人々の間を、あぶなさうに押しわけながら、どうにか風呂の隅をさぐり當てると、やつとそこへ皺だらけな體を浸した。

 湯加減は少し熱い位である。彼はその熱い湯が爪の先にしみこむのを感じながら、長い呼吸をして、徐に風呂の中を見廻はした。うす暗い中に浮んでゐる頭の數は、七つ八つもあらうか。それが皆話しをしたり、唄をうたつたりしてゐるまはりには、人間の脂(あぶら)を溶した、滑な湯の面が、柘榴口(ざくろぐち)からさす濁つた光に反射して、退屈さうにたぶ/\と動いてゐる。そこへ胸の惡い「洗湯の匂」がむんと人の鼻を衝いた。

 馬琴の空想には、昔から羅曼的(ロマンテイク)な傾向がある。彼はこの風呂の湯氣の中に、彼が描かうとする小説の場景の一つを、思ひ浮べるともなく思ひ浮べた。そこには重い舟日覆(ふなひおひ)がある。日覆の外の海は、日の暮と共に風が出たらしい。舷(ふなばた)をうつ浪の音が、まるで油を搖るやうに、重苦しく聞えて來る。その音と共に、日覆をはためかすのは大方蝙蝠の羽音であらう。舟子(かこ)の一人は、それを氣にするやうに、そつと舷(ふなばた)から外を覗いて見た。霧の下りた海の上には、赤い三日月が陰々と空に懸つてゐる。すると……

 彼の空想は、ここまで來て、急に破られた。同じ柘榴口(ざくろぐち)の中で、誰か彼の讀本の批評をしてゐるのが、ふと彼の耳へはいつたからである。しかも、それは聲と云ひ、話樣(はなしやう)と云ひ、殊更彼に聞かせようとして、しやべり立ててゐるらしい。馬琴は一旦風呂を出ようとしたが、やめて、ぢつとその批評を聞き澄ました。

「曲亭先生の、著作堂主人のと、大きな事を云つたつて、馬琴なんぞの書くものは、みんなありや燒直しでげす。早い話が八犬傳は、手もなく水滸傳の引寫しぢやげえせんか。が、そりやまあ大目に見ても、いい筋がありやす。何しろ先が唐の物でげせう。そこで、まづそれを讀んだと云ふ丈でも、一手柄さ。所がそこへ又づぶ京傳の二番煎じと來ちや、呆れ返つて腹も立ちやせん。」

 馬琴はかすむ眼で、この惡口を云つてゐる男の方を透して見た。湯氣に遮られて、はつきりと見えないが、どうもさつき側にゐた眇の小銀杏ででもあるらしい。さうとすればこの男は、さつき平吉が八犬傳を褒めたのに業を煮やして、わざと馬琴に當りちらしてゐるのであらう。

「第一馬琴の書くものは、ほんの筆先一點張りでげす。まるで腹には、何にもありやせん。あればまづ寺子屋の師匠でも云ひさうな、四書五經の講釋だけでげせう。だから又當世の事は、とんと御存じなしさ。それが證據にや、昔の事でなけりや、書いたと云ふためしはとんとげえせん。お染久松がお染久松ぢや書けねえもんだから、そら松染情史秋七草さ。こんな事は、馬琴大人の口眞似をすれば、そのためしさはに多かりでげす。」

 憎惡の感情は、どつちか優越の意識を持つてゐる以上、起したくも起されない。馬琴も相手の云ひぐさが癪にさはりながら、妙にその相手が憎めなかつた。その代りに彼自身の輕蔑を、表白してやりたいと云ふ欲望がある。それが實行に移されなかつたのは、恐らく年齡が齒止(はど)めをかけたせゐであらう。

「そこへ行くと、一九や三馬は大したものでげす。あの手合ひの書くものには天然自然の人間が出てゐやす。決して小手先の器用や生噛りの學問で、捏(でつ)ちあげたものぢやげえせん。そこが大きに蓑笠軒隱者なんぞとは、ちがふ所さ。」

 馬琴の經驗によると、自分の讀本の惡評を聞くと云ふ事は、單に不快であるばかりでなく、危險も亦少くない。と云ふのは、その惡評を是認する爲に、勇氣が沮喪すると云ふ意味ではなく、それを否認する爲に、その後の創作的動機に、反動的なものが加はると云ふ意味である。さうしてさう云ふ不純な動機から出發する結果、屢々畸形な藝術を創造する惧があると云ふ意味である。時好に投ずることのみを目的としてゐる作者は別として、少しでも氣魄のある作者なら、この危險には存外陷り易い。だから馬琴は、この年まで自分の讀本に對する惡評は、成る可く讀まないやうに心がけて來た。が、さう思ひながらも亦、一方には、その惡評を讀んで見たいと云ふ誘惑がないでもない。今、この風呂で、この小銀杏の惡口を聞くやうになつたのも、半はその誘惑に陷つたからである。

 かう氣のついた彼は、すぐに便々とまだ湯に浸つてゐる自分の愚を責めた。さうして、癇高い小銀杏の聲を聞き流しながら、柘榴口を外へ勢ひよく跨いで出た。外には、湯氣の間に窓の青空が見え、その青空には暖く日を浴びた柿が見える。馬琴は水槽(みずぶね)の前へ來て、心靜に上り湯を使つた。

「兔に角、馬琴は食はせ物でげす。日本の羅貫中(らくわんちう)もよく出來やした。」

 しかし風呂の中ではさつきの男が、まだ馬琴がゐるとでも思ふのか、依然として猛烈なフイリツピクスを發しつづけてゐる。事によると、これはその眇に災されて、彼の柘榴口を跨いで出る姿が、見えなかつたからかも知れない。

 

       五

 

 しかし、洗湯を出た時の馬琴の氣分は、沈んでゐた。眇(すがめ)の毒舌は、少くともこれだけの範圍で、確に豫期した成功を收め得たのである。彼は秋晴れの江戸の町を歩きながら、風呂の中で聞いた惡評を、一々彼の批評眼にかけて、綿密に點檢した。さうして、それが、如何なる點から考へて見ても、一顧の價のない愚論だと云ふ事實を、即座に證明する事が出來た。が、それにも關らず、一度亂された彼の氣分は、容易に元通り、落着きさうもない。

 彼は不快な眼を擧げて、兩側の町家を眺めた。町家のものは、彼の氣分とは沒交渉に、皆その日の生計を勵んでゐる。だから「諸國銘葉」の柿色の暖簾、「本黄楊」の黄いろい櫛形の招牌、「駕籠」の掛行燈、「卜筮」の算木の旗、――さう云ふものが、無意味な一列を作つて、唯雜然と彼の眼底を通りすぎた。

「どうして己は、己の輕蔑してゐる惡評に、かう煩されるのだらう。」

 馬琴は又、考へつゞけた。

「己を不快にするのは、第一にあの眇(すがめ)が己に惡意を持つてゐると云ふ事實だ。人に惡意を持たれると云ふ事は、その理由の如何に關らず、それ丈で己には不快なのだから、仕方がない。」

 彼は、かう思つて、自分の氣の弱いのを恥ぢた。實際彼の如く傍若無人な態度に出る人間が少かつたやうに、彼の如く他人の惡意に對して、敏感な人間も亦少かつたのである。さうして、この行爲の上では全く反對に思はれる二つの結果が、實は同じ原因――同じ神經作用から來てゐると云ふ事實にも、勿論彼はとうから氣がついてゐた。

「しかし、己を不快にするものは、まだ外にもある。それは己があの眇と、對抗するやうな位置に置かれたと云ふ事だ。己は昔からさう云ふ位置に身を置く事を好まない。勝負事をやらないのも、その爲だ。」

 こゝまで分析して來た彼の頭は、更に一歩を進めると同時に、思ひもよらない變化を、氣分の上に起させた。それは緊くむすんでゐた彼の脣が、この時急に弛んだのを見ても、知れる事であらう。

「最後に、さう云ふ位置へ己を置いた相手が、あの眇だと云ふ事實も、確に己を不快にしてゐる。もしあれがもう少し高等な相手だつたら、己はこの不快を反撥する丈の、反抗心を起してゐたのに相違ない。何にしても、あの眇が相手では、いくら己でも閉口する筈だ。」

 馬琴は苦笑しながら、高い空を仰いだ。その空からは、朗かな鳶の聲が、日の光と共に、雨の如く落ちて來る。彼は今まで沈んでゐた氣分が次第に輕くなつて來る事を意識した。

「しかし、眇がどんな惡評を立てようとも、それは精々、己を不快にさせる位だ。いくら鳶が鳴いたからと云つて、天日の歩みが止まるものではない。己の八犬傳は必ず完成するだらう。さうしてその時は、日本が古今に比倫のない大傳奇を持つ時だ。」

 彼は恢復した自信を勞はりながら、細い小路を靜に家(うち)の方へ曲つて行つた。

 

       六

 

 内へ歸つて見ると、うす暗い玄關の沓脱ぎの上に、見慣れたばら緒の雪駄が一足のつてゐる。馬琴はそれを見ると、すぐにその客ののつぺりした顏が、眼に浮んだ。さうして又、時間をつぶされる迷惑を、苦々しく心に思ひ起した。

「今日も朝の中はつぶされるな。」

 かう思ひながら、彼が式臺へ上ると、慌しく出迎へた下女の杉が、手をついた儘、下から彼の顏を見上げるやうにして、

「和泉屋さんが、御居間でお歸りをお待ちでございます。」と云つた。

 彼は頷きながら、ぬれ手拭を杉の手に渡した。が、どうもすぐに書齋へは通りたくない。

「お百は。」

「御佛參にお出でになりました。」

「お路も一しよか。」

「はい。坊ちやんと御一しよに。」

「伜は。」

「山本樣へいらつしやいました。」

 家内は皆、留守である。彼はちよいと、失望に似た感じを味つた。さうして仕方なく、玄關の隣にある書齋の襖を開けた。

 開(あ)けて見ると、そこには、色の白い、顏のてらてら光つてゐる、どこか妙に取り澄ました男が、細い銀の煙管を啣へながら、端然と座敷のまん中に控へてゐる。彼の書齋には石刷を貼つた屏風と床にかけた紅楓黄菊の雙幅との外に、裝飾らしい裝飾は一つもない。壁に沿うては、五十に餘る本箱が、唯古びた桐の色を、一面に寂しく並べてゐる。障子の紙も貼つてから、一冬はもう越えたのであらう。切り貼りの點々とした白い上には、秋の日に照された破芭蕉の大きな影が、婆娑として斜に映つてゐる。それだけにこの客のぞろりとした服裝が、一層又周圍と釣り合はない。

「いや、先生、ようこそお歸り。」

 客は、襖があくと共に、滑な調子でかう云ひながら、恭しく頭を下げた。これが、當時八犬傳に次いで世評の高い金瓶梅の版元を引受けてゐた、和泉屋市兵衞と云ふ本屋である。

「大分にお待ちなすつたらう。めづらしく今朝は、朝湯に行つたのでね。」

 馬琴は、本能的にちよいと顏をしかめながら、何時もの通り、禮儀正しく座についた。

「へへえ、朝湯に。成程。」

 市兵衞は、大に感服したやうな聲を出した。如何なる瑣末な事件にも、この男の如く容易に感服する人間は、滅多にない。いや、感服したやうな顏をする人間は、稀である。馬琴は徐に一服吸ひつけながら、何時もの通り、早速話を用談の方へ持つていつた。彼は特に、和泉屋のこの感服を好まないのである。

「そこで今日は何か御用かね。」

「へえ、なに又一つ原稿を頂戴に上りましたんで。」

 市兵衞は煙管を一つ指の先でくるりとまはして見せながら、女のやうに柔しい聲を出した。この男は不思議な性格を持つてゐる。と云ふのは、外面の行爲と内面の心意とが、大抵な場合は一致しない。しない所か、何時でも正反對になつて現れる。だから、彼は大に強硬な意志を持つてゐると、必ずそれに反比例する、如何にも柔しい聲を出した。

 馬琴はこの聲を聞くと、再び本能的に顏をしかめた。

「原稿と云つたつて、それは無理だ。」

「へへえ、何か御差支でもございますので。」

「差支へる所ぢやない。今年は讀本を大分引受けたので、とても合卷の方へは手が出せさうもない。」

「成程それは御多忙で。」

 と云つたかと思ふと、市兵衞は煙管で灰吹きを叩いたのが相圖のやうに、今までの話はすつかり忘れたと云ふ顏をして、突然鼠小僧次郎太夫の話をしやべり出した。

 

       七

 

 鼠小僧次郎太夫は、今年五月の上旬に召捕られて、八月の中旬に獄門になつた、評判の高い大賊である。それが大名屋敷へばかり忍び込んで、盜んだ金は窮民へ施したと云ふ所から、當時は義賊と云ふ妙な名前が、一般にこの盜人(ぬすびと)の代名詞になつて、どこでも盛に持て囃されてゐた。

「何しろ先生、盜みにはいつた御大名屋敷が七十六軒、盜んだ金が三千百八十三兩二分だと云ふのだから驚きます。盜人ぢやございますが、中々唯の人間に出來る事ぢやございません。」

 馬琴は思はず好奇心を動かした。市兵衞がかう云ふ話をする後(うしろ)には、何時も作者に材料を與へてやると云ふ己惚れがひそんでゐる。その己惚れは勿論、よく馬琴の癇にさはつた。が、癇にさはりながらも、やつぱり好奇心には動かされる。藝術家としての天分を多量に持つてゐた彼は、殊にこの點では、誘惑に陷り易かつたからであらう。

「ふむ、それは成程えらいものだね。私もいろいろ噂には聞いてゐたが、まさかそれ程とは思はずにゐた。」

「つまりまづ賊中の豪なるものでございませうな。何でも以前は荒尾但馬守樣の御供押しか何かを勤めた事があるさうで、お屋敷方の案内に明いのは、そのせゐださうでございます。引廻しを見たものの話を聞きますと、でつぷりした、愛嬌のある男ださうで、その時は紺の越後縮(えちごちゞみ)の帷子に、下へは白練(しろねり)の單衣(ひとへ)を着てゐたと申しますが、とんと先生のお書きになるものゝ中へでも出て來さうぢやございませんか。」

 馬琴は生返事(なまへんじ)をしながら、又一服吸ひつけた。が、市兵衞は元より、生返事位に驚くやうな男ではない。

「如何でございませう。そこで金瓶梅の方へ、この次郎太夫を持ちこんで、御執筆を願ふやうな譯には參りますまいか。それはもう手前も、お忙しいのは重々承知致して居ります。が、そこをどうか枉げて、一つ御承諾を。」

 鼠小僧はこゝに至つて、忽ち又元の原稿の催促へ舞戻つた。が、この慣用手段に慣れてゐる馬琴は依然として承知しない。のみならず、彼は前よりも一層機嫌が惡くなつた。これは一時でも市兵衞の計に乘つて、幾分の好奇心を動かしたのが、彼自身莫迦々々しくなつたからである。彼はまづさうに煙草を吸ひながら、とう/\こんな理窟を云ひ出した。

「第一私が無理に書いたつて、どうせ碌なものは出來やしない。それぢや賣れ行きに關(かゝは)るのは云ふまでもない事なのだから、貴公の方だつてつまらなからう。して見ると、これは私の無理を通させる方が、結局兩方の爲になるだらうと思ふが。」

「でございませうが、そこを一つ御奮發願ひたいので。如何なものでございませう。」

 市兵衞は、かう云ひながら、視線で彼の顏を「撫で廻した。」(これは馬琴が和泉屋の或眼つきを形容した語である。)さうして、煙草の煙をとぎれとぎれに鼻から出した。

「とても、書けないね。書きたくも、暇がないんだから、仕方がない。」

「それは手前、困却致しますな。」

 と言つたが、今度は突然、當時の作者仲間の事を話し出した。やつぱり細い銀の煙管を、うすい脣の間に啣(くは)へながら。

 

       八

 

「又種彦の何か新版物が、出るさうでございますな。いづれ優美第一の、哀れつぽいものでございませう。あの仁(じん)の書くものは、種彦でなくては書けないと云ふ所があるやうで。」

 市兵衞は、どう云ふ氣か、すべて作者の名前を呼びすてにする習慣がある。馬琴はそれを聞く度に、自分も亦蔭では「馬琴が」と云はれる事だらうと思つた。この輕薄な、作者を自家の職人だと心得てゐる男の口から、呼びすてにされてまでも、原稿を書いてやる必要がどこにある?――癇(かん)の昂(たか)ぶつた時々には、かう思つて腹を立てた事も、稀(まれ)ではない。今日も彼は種彦と云ふ名を耳にすると、苦い顏を愈苦くせずにはゐられなかつた。が、市兵衞には、少しもそんな事は氣にならないらしい。

「それから手前どもでも、春水を出さうかと存じて居ります。先生はお嫌ひでございますが、やはり俗物にはあの邊が向きますやうでございますな。」

「ははあ、左樣かね。」

 馬琴の記憶には、何時か見かけた事のある春水の顏が、卑しく誇張されて浮んで來た。「私は作者ぢやない。お客樣のお望みに從つて、艷物(つやもの)を書いてお目にかける手間取(てまど)りだ。」――かう春水が稱してゐると云ふ噂は、馬琴も夙に聞いてゐた所である。だから、勿論彼はこの作者らしくない作者を、心の底から輕蔑してゐた。が、それにも關らず、今市兵衞が呼びすてにするのを聞くと、依然として不快の情を禁ずる事が出來ない。

「兔も角あれで、艷つぽい事にかけては、達者なものでございますからな。それに名代(なだい)の健筆で。」

 かう云ひながら、市兵衞はちよいと馬琴の顏を見て、それから又すぐに口に啣へてゐる銀の煙管へ眼をやつた。その咄嗟の表情には、恐る可く下等な何者かがある。少くとも、馬琴はさう感じた。

「あれだけのものを書きますのに、すら/\筆が走りつゞけて、二三囘分位なら、紙からはなれないさうでございます。時に先生なぞは、やはりお早い方でございますか。」

 馬琴は不快を感じると共に、脅(おびやか)されるやうな心もちになつた。彼の筆の早さを春水や種彦のそれと比較されると云ふ事は、自尊心の旺盛な彼にとつて、勿論好ましい事ではない。しかも彼は遲筆の方である。彼はそれが自分の無能力に裏書きをするやうに思はれて、寂しくなつた事もよくあつた。が、一方又それが自分の藝術的良心を計る物差(ものさ)しとして、尊みたいと思つた事も度々ある。唯、それを俗人の穿鑿にまかせるのは、彼がどんな心もちでゐようとも、斷じて許さうとは思はない。そこで彼は、眼を床の紅楓黄菊の方へやりながら、吐き出すやうにかう云つた。

「時と場合でね。早い時もあれば、又遲い時もある。」

「はゝあ、時と場合でね。成程。」

 市兵衞は三度感服した。が、これが感服それ自身に了る感服でない事は、云ふまでもない。彼はこの後で、すぐに又、切りこんだ。

「でございますが、度々申し上げた原稿の方は、一つ御承諾下さいませんでせうか。春水なんぞも、……」

「私と爲永さんとは違ふ。」

 馬琴は腹を立てると、下脣を左の方へまげる癖がある。この時、それが恐しい勢で左へまがつた。

「まあ私は御免を蒙らう。――杉、杉、和泉屋さんのお履物を直して置いたか。」

 

       九

 

 和泉屋市兵衞を逐ひ歸すと、馬琴は獨り縁側の柱へよりかゝつて、狹い庭の景色を眺めながら、まだをさまらない腹の蟲を、無理にをさめようとして、骨を折つた。

 日の光を一ぱいに浴びた庭先には、葉の裂けた芭蕉や、坊主になりかかつた梧桐(あをぎり)が、槇や竹の緑と一しよになつて、暖かく何坪かの秋を領してゐる。こつちの手水鉢(てうづばち)の側にある芙蓉は、もう花が疎になつたが、向うの袖垣の外に植ゑた木犀は、まだその甘い匂が衰へない。そこへ例の鳶の聲が遙な青空の向うから、時々笛を吹くやうに落ちて來た。

 彼は、この自然と對照させて、今更のやうに世間の下等さを思出した。下等な世間に住む人間の不幸は、その下等さに煩はされて、自分も亦下等な言動を餘儀なくさせられる所にある。現に今自分は、和泉屋市兵衞を逐ひ拂つた。逐ひ拂ふと云ふ事は、勿論高等な事でも何でもない。が、自分は相手の下等さによつて、自分も亦その下等な事を、しなくてはならない所まで押しつめられたのである。さうして、した。したと云ふ意味は市兵衞と同じ程度まで、自分を卑くしたと云ふのに外ならない。つまり自分は、それ丈墮落させられた譯である。

 ここゝまで考へた時に、彼はそれと同じやうな出來事を、近い過去の記憶に發見した。それは去年の春、彼の所へ弟子入りをしたいと云つて手紙をよこした、相州朽木上新田とかの長島政兵衞と云ふ男である。この男はその手紙によると、二十一の年に聾(つんぼ)になつて以來、廿四の今日まで文筆を以て天下に知られたいと云ふ決心で、專ら讀本の著作に精を出した。八犬傳や巡島記の愛讀者である事は云ふまでもない。就いてはかう云ふ田舍にゐては、何かと修業の妨になる。だから、あなたの所へ、食客に置いて貰ふ譯には行くまいか。それから又、自分は六册物の讀本の原稿を持つてゐる。これもあなたの筆削を受けて、然るべき本屋から出版したい。――大體こんな事を書いてよこした。向うの要求は、勿論皆馬琴にとつて、餘りに蟲のいい事ばかりである。が、耳の遠いと云ふ事が、眼の惡いのを苦にしてゐる彼にとつて、幾分の同情を繋ぐ楔子(くさび)になつたのであらう。折角だが御依頼通りになり兼ねると云ふ彼の返事は、寧彼としては、鄭重を極めてゐた。すると、折返して來た手紙には、始から仕舞まで猛烈な非難の文句の外に、何一つ書いてない。

 自分はあなたの八犬傳と云ひ、巡島記と云ひ、あんな長たらしい、拙劣な讀本を根氣よく讀んであげたが、あなたは私のたつた六册物の讀本に眼を通すのさへ拒まれた。以てあなたの人格の下等さがわかるではないか。――手紙はかう云ふ文句ではじまつて、先輩として後輩を食客に置かないのは、鄙吝の爲す所だと云ふ攻撃で、僅に局を結んでゐる。馬琴は腹が立つたから、すぐに返事を書いた。さうしてその中に、自分の讀本が貴公のやうな輕薄兒に讀まれるのは、一生の恥辱だと云ふ文句を入れた。その後杳として消息を聞かないが、彼はまだ今まで、讀本の稿を起してゐるだらうか。さうしてそれが何時か日本中の人間に讀まれる事を、夢想してゐるだらうか。…………

 馬琴はこの記憶の中に、長島政兵衞なるものに對する情無さと、彼自身に對する情無さとを同時に感ぜざるを得なかつた。さうしてそれは又彼を、云ひやうのない寂しさに導いた。が、日は無心に木犀の匂を融かしてゐる。芭蕉や梧桐も、ひつそりとして葉を動かさない。鳶の聲さへ以前の通り朗である。この自然とあの人間と――十分の後、下女の杉が晝飯の支度の出來た事を知らせに來た時まで、彼はまるで夢でも見てゐるやうに、ぼんやり縁側の柱に倚りつゞけてゐた。

 

       十

 

 獨りで寂しい晝飯をすませた彼は、漸く書齋へひきとると、何となく落着がない、不快な心もちを鎭める爲に、久しぶりで水滸傳を開いて見た。偶然開いた所は豹子頭林冲が、風雪の夜に山神廟で、草秣場(まぐさば)の燒けるのを望見する件である。彼はその戯曲的な場景に、何時もの感興を催す事が出來た。が、それが或所まで續くと反て妙に不安になつた。

 佛參に行つた家族のものは、まだ歸つて來ない。内の中は森(しん)としてゐる。彼は陰氣な顏を片づけて、水滸傳を前にしながら、うまくもない煙草を吸つた。さうしてその煙の中に、ふだんから頭の中に持つてゐる、或疑問を髣髴した。

 それは、道徳家としての彼と藝術家としての彼との間に、何時も纏綿する疑問である。彼は昔から「先王の道」を疑はなかつた。彼の小説は彼自身公言した如く、正に「先王の道」の藝術的表現である。だから、そこに矛盾はない。が、その「先王の道」が藝術に與へる價値と、彼の心情が藝術に與へようとする價値との間には、存外大きな懸隔がある。從つて彼の中にある、道徳家が前者を肯定すると共に、彼の中にある藝術家は當然又後者を肯定した。勿論此矛盾を切拔ける安價な妥協的思想もない事はない。實際彼は公衆に向つて此煮切らない調和説の背後に、彼の藝術に對する曖昧な態度を隱さうとした事もある。

 しかし公衆は欺かれても、彼自身は欺かれない。彼は戯作の價値を否定して「勸懲の具」と稱しながら、常に彼の中に磅礴する藝術的感興に遭遇すると、忽ち不安を感じ出した。――水滸傳の一節が、偶彼の氣分の上に、豫想外の結果を及ぼしたのにも、實はこんな理由があつたのである。

 この點に於て、思想的に臆病だつた馬琴は、默然として煙草をふかしながら、強ひて思量を、留守にしてゐる家族の方へ押し流さうとした。が、彼の前には水滸傳がある。不安はそれを中心にして、容易に念頭を離れない。そこへ折よく久しぶりで、崋山渡邊登が尋ねて來た。袴羽織に紫の風呂敷包を小脇にしてゐる所では、これは大方借りてゐた書物でも返しに來たのであらう。

 馬琴は喜んで、この親友をわざ/\玄關まで、迎へに出た。

「今日は拜借した書物を御返却旁、御目にかけたいものがあつて、參上しました。」

 崋山は書齋に通ると、果してかう云つた。見れば風呂敷包みの外にも紙に卷いた繪絹らしいものを持つてゐる。

「御暇なら一つ御覽を願ひませうかな。」

「おゝ、早速、拜見しませう。」

 崋山は或興奮に似た感情を隱すやうに、稍わざとらしく微笑しながら、紙の中の繪絹を披いて見せた。繪は蕭索とした裸(はだか)の樹(き)を、遠近(をちこち)と疎に描いて、その中に掌を拊つて談笑する二人の男を立たせてゐる。林間に散つてゐる黄葉と、林梢に羣つてゐる亂鴉と、――畫面のどこを眺めても、うそ寒い秋の氣が動いてゐない所はない。

 馬琴の眼は、この淡彩の寒山拾得に落ちると、次第にやさしい潤ひを帶びて輝き出した。

「何時もながら、結構な御出來ですな。私は王摩詰を思ひ出します。食隨鳴磬巣烏下、行踏空林落葉聲と云ふ所でせう。」

 

       十一

 

「これは昨日描き上げたのですが、私には氣に入つたから、御老人さへよければ差上げようと思つて持つて來ました。」

 崋山は、鬚の痕の青い顋を撫でながら、滿足さうにかう云つた。

「勿論氣に入つたと云つても、今まで描いたものの中ではと云ふ位な所ですが――とても思ふ通りには、何時になつても、描けはしません。」

「それは有難い。何時も頂戴ばかりしてゐて恐縮ですが。」

 馬琴は、繪を眺めながら、呟くやうに禮を云つた。未完成の儘になつてゐる彼の仕事の事が、この時彼の心の底に、何故かふと閃いたからである。が、崋山は崋山で、やはり彼の繪の事を考へつづけてゐるらしい。

「古人の繪を見る度に、私は何時もどうしてかう描けるだらうと思ひますな。木でも石でも人物でも、皆その木なり石なり人物なりに成り切つて、しかもその中に描いた古人の心もちが、悠々として生きてゐる。あれだけは實に大したものです。まだ私などは、そこへ行くと、子供程にも出來て居ません。」

「古人は後生恐るべしと云ひましたがな。」

 馬琴は崋山が自分の繪の事ばかり考へてゐるのを、妬ましいやうな心もちで眺めながら、何時になくこんな諧謔を弄した。

「それは後生も恐ろしい。だから私どもは唯、古人と後生との間に挾まつて、身動きもならずに、押され/\進むのです。尤もこれは私どもばかりではありますまい。古人もさうだつたし、後生もさうでせう。」

「如何にも進まなければ、すぐに押し倒される。するとまづ一足でも進む工夫が、肝腎らしいやうですな。」

「さやう、それが何よりも肝腎です。」

 主人と客とは、彼等自身の語に動かされて、暫くの間口をとざした。さうして二人とも、秋の日の靜な物音に耳をすませた。

「八犬傳は不相變(あひかはらず)、捗(はか)がお行きですか。」

 やがて、崋山が話題を別な方面に開いた。

「いや、一向(かう)捗(はか)どらんで仕方がありません。これも古人には及ばないやうです。」

「御老人がそんな事を云つては、困りますな。」

「困るのなら、私の方が誰よりも困つてゐます。併しどうしても、之で行ける所迄行くより外はない。さう思つて、私は此頃八犬傳と討死の覺悟をしました。」

 かう云つて、馬琴は自ら恥づるもののやうに、苦笑した。

「たかが戯作だと思つても、さうは行かない事が多いのでね。」

「それは私の繪でも同じ事です。どうせやり出したからには、私も行ける所までは行き切りたいと思つてゐます。」

「御互に討死ですかな。」

 二人は聲を立てて、笑つた。が、その笑ひ聲の中には、二人だけにしかわからない或寂しさが流れてゐる。と同時に又、主人と客とは、ひとしくこの寂しさから、一種の力強い興奮を感じた。

「しかし繪の方は羨ましいやうですな。公儀の御咎めを受けるなどと云ふ事がないのは何よりも結構です。」

 今度は馬琴が、話頭を一轉した。

 

       十二

 

「それはないが――御老人の書かれるものも、さう云ふ心配はありますまい。」

「いや、大にありますよ。」

 馬琴は改名主(あらためなぬし)の圖書檢閲が、陋を極めてゐる例として、自作の小説の一節が役人が賄賂をとる箇條のあつた爲に、改作を命ぜられた事實を擧げた。さうして、それにこんな批評をつけ加へた。

「改名主など云ふものは、咎め立てをすればする程、尻尾(しつぽ)の出るのが面白いぢやありませんか。自分たちが賄賂をとるものだから、賄賂の事を書かれると、嫌がつて改作させる。又自分たちが猥雜な心もちに囚はれ易いものだから、男女の情さへ書いてあれば、どんな書物でも、すぐ誨淫の書にしてしまふ。それで自分たちの道徳心が、作者より高い氣でゐるから、傍痛い次第です。云はばあれは、猿が鏡を見て、齒をむき出してゐるやうなものでせう。自分で自分の下等なのに腹を立ててゐるのですからな。」

 崋山は馬琴の比喩が餘り熱心なので、思はず失笑しながら、

「それは大きにさう云ふ所もありませう。しかし改作させられても、それは御老人の恥辱になる譯ではありますまい。改名主などが何と云はうとも、立派な著述なら、必ずそれだけの事はある筈です。」

「それにしても、ちと横暴すぎる事が多いのでね。さう/\一度などは獄屋へ衣食を送る件を書いたので、やはり五六行削られた事がありました。」

 馬琴自身もかう云ひながら、崋山と一しよに、くすくす笑ひ出した。

「しかしこの後五十年か百年經(た)つたら、改名主の方はゐなくなつて、八犬傳だけが殘る事になりませう。」

「八犬傳が殘るにしろ、殘らないにしろ、改名主(あらためなぬし)の方は、存外何時までもゐさうな氣がしますよ。」

「さうですかな。私にはさうも思はれませんが。」

「いや、改名主はゐなくなつても、改名主のやうな人間は、何時の世にも絶えた事はありません。焚書坑儒が昔だけあつたと思ふと、大きに違ひます。」

「御老人は、この頃心細い事ばかり云はれますな。」

「私が心細いのではない。改名主どものはびこる世の中が、心細いのです。」

「では、益働かれたら好いでせう。」

「兔に角、それより外はないやうですな。」

「そこで又、御同樣に討死ですか。」

 今度は二人とも笑はなかつた。笑はなかつたばかりではない。馬琴はちよいと顏を堅くして、崋山を見た。それ程崋山のこの冗談のやうな語には、妙な鋭さがあつたのである。

「しかしまづ若い者は、生きのこる分別をする事です。討死は何時でも出來ますからな。」

 程を經て、馬琴がかう云つた。崋山の政治上の意見を知つてゐる彼には、この時ふと一種の不安が感ぜられたからであらう。が、崋山は微笑したぎり、それには答へようともしなかつた。

 

       十三

 

 崋山が歸つた後で、馬琴はまだ殘つてゐる興奮を力に、八犬傳の稿をつぐべく、何時ものやうに机へ向つた。先を書きつゞける前に、昨日書いた所を一通り讀み返すのが、彼の昔からの習慣である。そこで彼は今日も、細い行の間へべた一面に朱を入れた、何枚かの原稿を、氣をつけてゆつくり讀み返した。

 すると、何故(なぜ)か書いてある事が、自分の心もちとぴつたり來ない。字と字との間に、不純な雜音が潜んでゐて、それが全體の調和を至る所で破つてゐる。彼は最初それを、彼の癇が昂ぶつてゐるからだと解釋した。

「今の己の心もちが惡いのだ。書いてある事は、どうにか書き切れる所まで、書き切つてゐる筈だから。」

 さう思つて、彼はもう一度讀み返した。が、調子の狂つてゐる事は前と一向變りはない。彼は老人とは思はれない程、心の中で狼狽し出した。

「このもう一つ前はどうだらう。」

 彼はその前に書いた所へ眼を通した。すると、これも亦徒らに粗雜な文句ばかりが、糅然(じうぜん)としてちらかつてゐる。彼は更にその前を讀んだ。さうして又その前の前を讀んだ。

 しかし讀むに從つて拙劣な布置と亂脈な文章とは、次第に眼の前に展開して來る。そこには何等の映像をも與へない敍景があつた。何等の感激をも含まない詠歎があつた。さうして又、何等の理路を辿らない論辯があつた。彼が數日を費して書き上げた何囘分かの原稿は、今の彼の眼から見ると、悉く無用の饒舌としか思はれない。彼は急に、心を刺されるやうな苦痛を感じた。

「これは始めから、書き直すより外はない。」

 彼は心の中でかう叫びながら、忌々しさうに原稿を向うへつきやると、片肘ついてごろりと横になつた。が、それでもまだ氣になるのか、眼は机の上を離れない。彼はこの机の上で、弓張月を書き、南柯夢を書き、さうして今は八犬傳を書いた。この上にある端溪の硯、蹲螭(そんり)の文鎭(ぶんちん)、蟇の形をした銅の水差し、獅子と牡丹とを浮かせた青磁の硯屏、それから蘭を刻んだ孟宗の根竹の筆立て――さう云ふ一切の文房具は、皆彼の創作の苦しみに、久しい以前から親んでゐる。それらの物を見るにつけても、彼は自ら今の失敗が、彼の一生の勞作に、暗い影を投げるやうな――彼自身の實力が根本的に怪しいやうな、忌はしい不安を禁じる事が出來ない。

「自分はさつきまで、本朝に比倫を絶した大作を書くつもりでゐた。が、それもやはり事によると、人並に己惚れの一つだつたかも知れない。」

 かう云ふ不安は、彼の上に、何よりも堪へ難い、落莫たる孤獨の情を齎した。彼は彼の尊敬する和漢の天才の前には、常に謙遜である事を忘れるものではない。が、それ丈に又、同時代の屑々たる作者輩に對しては、傲慢であると共に飽迄も不遜である。その彼が、結局自分も彼等と同じ能力の所有者だつたと云ふ事を、さうして更に厭ふ可き遼東の豕だつたと云ふ事は、どうして安々と認められよう。しかも彼の強大な「我」は「悟り」と「諦め」とに避難するには餘りに情熱に溢れてゐる。

 彼は机の前に身を横へた儘、親船の沈むのを見る、難破した船長の眼で、失敗した原稿を眺めながら、靜に絶望の威力と戰ひつづけた。もしこの時、彼の後の襖が、けたたましく開放されなかつたら、さうして「お祖父樣(ぢいさま)唯今。」と云ふ聲と共に、柔かい小さな手が、彼の頸へ抱きつかなかつたら、彼は恐らくこの憂鬱な氣分の中に、何時までも鎖されてゐた事であらう。が、孫の太郎は襖を開けるや否や、子供のみが持つてゐる大膽と率直とを以て、いきなり馬琴の膝の上へ勢よくとび上つた。

「お祖父樣(ぢいさま)唯今。」

「おお、よく早く歸つて來たな。」

 この語と共に、八犬傳の著者の皺だらけな顏には、別人のやうな悦びが輝いた。

 

       十四

 

 茶の間の方では、癇高い妻のお百の聲や内氣らしい嫁のお路の聲が賑に聞えてゐる。時々太(ふと)い男の聲がまじるのは、折から伜の宗伯も歸り合せたらしい。太郎は祖父の膝に跨がりながら、それを聞きすましでもするやうに、わざと眞面目な顏をして天井を眺めた。外氣にさらされた頰が赤くなつて、小さな鼻の穴のまはりが、息をする度に動いてゐる。

「あのね、お祖父樣にね。」

 栗梅の小さな紋附を着た太郎は、突然かう云ひ出した。考へようとする努力と、笑ひたいのを耐へようとする努力とで、靨が何度も消えたり出來たりする。――それが馬琴には、自(おのづか)ら微笑を誘ふやうな氣がした。

「よく毎日。」

「うん、よく毎日?」

「御勉強なさい。」

 馬琴はとうとう噴き出した。が、笑の中ですぐ又語をつぎながら、

「それから?」

「それから――ええと――癇癪を起しちやいけませんつて。」

「おやおや、それつきりかい。」

「まだあるの。」

 太郎はかう云つて、糸鬢奴(いとびんやつこ)の頭を仰向けながら自分も亦笑ひ出した。眼を細くして、白い齒を出して、小さな靨(えくぼ)をよせて、笑つてゐるのを見ると、これが大きくなつて、世間の人間のやうな憐れむべき顏にならうとは、どうしても思はれない。馬琴は幸福の意識に溺れながら、こんな事を考へた。さうしてそれが、更に又彼の心を擽(くすぐ)つた。

「まだ何かあるかい?」

「まだね。いろんな事があるの。」

「どんな事が。」

「ええと――お祖父樣(ぢいさま)はね。今にもつとえらくなりますからね。」

「えらくなりますから?」

「ですからね。よくね。辛抱おしなさいつて。」

「辛抱してゐるよ。」馬琴は思はず、眞面目(まじめ)な聲を出した。

「もつと、もつとようく辛抱なさいつて。」

「誰がそんな事を云つたのだい。」

「それはね。」

 太郎は惡戯(いたづら)さうに、ちよいと彼の顏を見た。さうして笑つた。

「だあれだ?」

「さうさな。今日は御佛參に行つたのだから、お寺の坊さんに聞いて來たのだらう。」

「違ふ。」

 斷然として首を振つた太郎は、馬琴の膝から、半分腰を擡(もた)げながら、顋を少し前へ出すやうにして、

「あのね。」

「うん。」

「淺草の觀音樣がさう云つたの。」

 かう云ふと共に、この子供は、家内中に聞えさうな聲で嬉しさうに笑ひながら、馬琴につかまるのを恐れるやうに、急いで彼の側から飛び退いた。さうしてうまく祖父(そふ)をかついだ面白さに小さな手を叩きながら、ころげるやうにして茶の間の方へ逃げて行つた。

 馬琴の心に、嚴肅な何物かが刹那に閃いたのは、この時である。彼の脣には幸福な微笑が浮んだ。それと共に彼の眼には、何時(いつ)か涙が一ぱいになつた。この冗談は太郎が考へ出したのか、或は又母が教へてやつたのか、それは彼の問ふ所ではない。この時、この孫の口から、かう云ふ語を聞いたのが、不思議なのである。

「觀音樣がさう云つたか。勉強しろ。癇癪を起すな。さうしてもつとよく辛抱しろ。」

 六十何歳かの老藝術家は、涙の中に笑ひながら、子供のやうに頷いた。

 

       十五

 

 その夜の事である。

 馬琴は薄暗い圓行燈(まるあんどん)の光の下で、八犬傳の稿をつぎ始めた。執筆中は家内のものも、この書齋へははいつて來ない。ひつそりした部屋の中では、燈心の油を吸ふ音が、蟋蟀(こほろぎ)の聲と共に、空しく夜長(よなが)の寂しさを語つてゐる。

 始め筆を下した時、彼の頭の中には、かすかな光のやうなものが動いてゐた。が、十行二十行と、筆が進むのに從つて、その光のやうなものは、次第に大きさを増して來る。經驗上、その何であるかを知つてゐた馬琴は、注意に注意をして、筆を運んで行つた。神來の興は火と少しも變りがない。起す事を知らなければ、一度燃えても、すぐに又消えてしまふ。……

「あせるな。さうして出來る丈、深く考へろ。」

 馬琴はややもすれば走りさうな筆を警(いましめ)めながら、何度もかう自分に囁いた。が、頭の中にはもうさつきの星を碎いたやうなものが、川よりも早く流れてゐる。さうしてそれが刻々に力を加へて來て、否應(いやおう)なしに彼を押しやつてしまふ。

 彼の耳には何時か、蟋蟀(こほろぎ)の聲が聞えなくなつた。彼の眼にも、圓行燈のかすかな光が、今は少しも苦にならない。筆は自(おのづか)ら勢(いきほひ)を生じて、一氣に紙の上を辷りはじめる。彼は神人と相(あひ)搏(う)つやうな態度で、殆ど必死に書きつづけた。

 頭の中の流は、丁度空を走る銀河のやうに、滾々として何處からか溢れて來る。彼はその凄じい勢を恐れながら、自分の肉體の力が萬一それに耐へられなくなる場合を氣づかつた。さうして、緊く筆を握りながら、何度もかう自分に呼びかけた。

「根(こん)かぎり書きつづけろ。今己が書いてゐる事は、今でなければ書けない事かも知れないぞ。」

 しかし光の靄に似た流は、少しもその速力を緩めない。反(かへ)つて目まぐるしい飛躍の中に、あらゆるものを溺らせながら、澎湃として彼を襲つて來る。彼は遂に全くその虜になつた。さうして一切を忘れながら、その流の方向に、嵐のやうな勢で筆を驅つた。

 この時彼の王者のやうな眼に映つてゐたものは、利害でもなければ、愛憎でもない。まして毀譽に煩はされる心などは、とうに眼底を拂つて消えてしまつた。あるのは、唯不可思議な悦びである。或は恍惚たる悲壯の感激である。この感激を知らないものに、どうして戯作三昧の心境が味到されよう。どうして戯作者の嚴(おごそ)かな魂が理解されよう。ここにこそ「人生」は、あらゆるその殘滓を洗つて、まるで新しい鑛石のやうに、美しく作者の前に、輝いてゐるではないか。……

        *   *   *   *   *   *

 その間も茶の間の行燈のまはりでは、姑のお百と、嫁のお路とが、向ひ合つて縫物を續けてゐる。太郎はもう寢かせたのであらう。少し離れた所には尫弱(わうじやく)らしい宗伯が、さつきから丸藥をまろめるのに忙しい。

「お父樣(とつさん)はまだ寢ないかねえ。」

 やがてお百は、針へ髮の油をつけながら、不服らしく呟いた。

「きつと又お書きもので、夢中になつていらつしやるのでせう。」

 お路は眼を針から離さずに、返事をした。

「困り者だよ。碌なお金にもならないのにさ。」

 お百はかう云つて、伜と嫁とを見た。宗伯は聞えないふりをして、答へない。お路も默つて針を運びつゞけた。蟋蟀(こほろぎ)はここでも、書齋でも、變りなく秋を鳴きつくしてゐる。



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