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「心朽窩新館」

尾形龜之助第二詩集「雨になる朝」
恣意的正字化版(附 初出稿・第二次稿復元)

[やぶちゃん注:底本は一九九九年思潮社刊の秋元潔編「尾形亀之助全集 増補改訂版」を用いたが、上記の通り、恣意的に漢字を概ね正字化した。それが少なくとも戦前の刊行物の場合、より詩人の書いた原型に近い物ものとなると信ずるからである。
 本詩集の内、八篇は初出或いは第二次稿で相違が認められ、それが底本では「異稿対照表」として掲げられている。本電子化では、当該決定稿の後に、それらをやはり恣意的に漢字を正字化して復元して示すこととする。新字のものは実は既に七年前にブログで「尾形亀之助詩集『雨になる朝』所収の詩の初出形8篇」として電子化している。そこでの注はまた、自ずと現在の私とはことなる感覚があるように思われるので、そちらも参照されたい。
 以上の二点に於いて、本電子テクストはネット上に現存する如何なる「雨になる朝」とも異なるものとなる。【二〇一六年十一月十六日 藪野直史】]



 
雨になる朝



 
この集を過ぎ去りし頃の人々へおくる



    
  二月・冬日


        
二月

 子供が泣いてゐると思つたのが、眼がさめると雞の聲なのであつた。
 とうに朝は過ぎて、しんとした太陽が靑い空に出てゐた。少しばかりの風に檜葉がゆれてゐた。大きな猫が屋根のひさしを通つて行つた。
 二度目に猫が通るとき私は寢ころんでゐた。
 空氣銃を持つた大人が垣のそとへ來て雀をうつたがあたらなかつた。
 穴のあいた靴下をはいて、旗をもつて子供が外から歸つて來た。そして、部屋の中が暗いので私の顏を冷めたい手でなでた。

[やぶちゃん注:「冷めたい」はママ(次の「冬日」も同じ)。「雞」は「にはとり」で底本は「鶏」であるから、「鷄」とするべきところであるが、「鷄」がないこともないが、尾形龜之助は多くの著作で圧倒的に「雞」と書いているのでここはそれを踏襲した。以下でも同様の処置を施した。原典をお持ちの方、これらが「鷄」となっているようであれば、是非、御指摘下されたい。]


        
冬日

 久しぶりで髮をつんだ。晝の空は晴れて靑かつた。
 炭屋が炭をもつて來た。雀が鳴いてゐた。便通がありさうになつた。

 暗くなりかけて電燈が何處からか部屋に來てついた。
 宵の中からさかんに雞が啼いてゐる。足が冷めたい。風は夜になつて消えてしまつた、簞笥の上に置時計がのつてゐる。障子に穴があいてゐる。火鉢に炭をついで、その前に私は坐つてゐる。

千九百二十九年三月記




    
十一月の街


街が低くくぼんで夕陽が溜つてゐる

遠く西方に黑い富士山がある



    


街からの歸りに
花屋の店で私は花を買つてゐた

花屋は美しかつた

私は原の端を通つて手に赤い花を持つて家へ歸つた



    
雨になる朝

今朝は遠くまで曇つて
雞と蟋蟀が鳴いてゐる

野砲隊のラツパと
鳥の鳴き聲が空の同じところから聞えてくる

庭の隅の隣りの物干に女の着物がかゝつてゐる

[やぶちゃん注:「序」のケースと同様。「雞」は「にはとり」で、底本は「鶏」であるから、「鷄」とするべきところであるが、「鷄」がないこともないが、尾形龜之助は多くの著作で圧倒的に「雞」と書いているので、ここはそれを踏襲した。以下でも同様の処置を施した。原典をお持ちの方、これらが「鷄」となっているようであれば、是非、御指摘下さいたい。]



    
坐つて見てゐる

靑い空に白い雲が浮いてゐる
蟬が啼いてゐる

風が吹いてゐない

湯屋の屋根と煙突と蝶
葉のうすれた梅の木

あかくなつた疊
晝飯の佗しい匂ひ

豆腐屋を呼びとめたのはどこの家か
豆腐屋のラツパは黃色いか

生垣を出て行く若い女がある


 
     
落日
 
ぽつねんとテーブルにもたれて煙草をのんでゐる
 
部屋のすみに菊の黃色が浮んでゐる
 
[やぶちゃん注:二文二連からしか構成されない本作は、初出の『銅鑼』十号(昭和二(一九二七)年二月刊)では三文(第一連の一文は三行分かち書きをとる)三連から成る、凡そ四倍の分量の初稿から削がれたものである。初出を以下に示す。
   *
 
     
落  日
 
ぽつねんとテーブルにもたれて煙草をのんでゐると
客はごく靜かにそつと歸つてしまつて
私はさよならもしなかつたやうな氣がする
 
部屋のすみに菊の黃色が浮んでゐる
 
肅々となごりををしむ落日が眼に溜つてまぶしい
 
   *
個人的には初出の方がよい。ストイックに削ぎに殺がれてしまった結果、決定稿では標題のみに残された「落日」の景観が、詩篇の中で十全に映像化し難くなってしまっているからである。]



     
晝寢が夢を置いていつた
 
原には晝顏が咲いてゐる
 
原には斜に陽ざしが落ちる
 
森の中に
目白が鳴いてゐた
 
私は
そこらを歩いて歸つた


 
     
小さな庭
 
もはや夕暮れ近い頃である
一日中雨が降つてゐた
 
泣いてゐる松の木であつた
 
 
 
     
初夏一週間 (戀愛後記)
 
つよい風が吹いて一面に空が曇つてゐる
私はこんな日の海の色を知つてゐる
 
齒の痛みがこめかみの上まで這ふやうに疼いてゐる
 
私に死を誘ふのは活動寫眞の波を切つて進んでゐる汽船である
夕暮のやうな色である
 
    ×
 
昨日は窓の下に紫陽花を植ゑ 一日晴れてゐた
 

 
     
原の端の路
 
夕陽がさして
空が低く降りてゐた
 
枯草の原つぱに子供の群がゐた
見てゐると――
その中に一人鬼がゐる
 

 
     
十二月の晝
 
飛行船が低い
 
湯屋の煙突は動かない
 
[やぶちゃん注:私は「湯屋」は絶対に「ゆうや」と読みたくなる人種である。
 本詩篇は初出の昭和二(一九二七)年一月発行の『亞』二十七号では、題名と本文が異なる。以下に全篇を示す。
   *
 
     
煙草と十二月の晝
 
演習歸りの飛行船が低かつたが
 
風呂屋の煙突は捕ひやうともしないで立つてゐた
 
   *
「捕ひやう」はママ。初稿は「飛行船」も「煙突」も自律的で能動的な擬人性が顕著であったものを、決定稿ですっかり拭い去っていたということが判る。]


 
     
親と子
 
太鼓は空をゴム鞠にする
でんでん と太鼓の音が路からあふれてきて眠つてゐた子をおこしてしまつた
 
飴賣は
「今日はよい天氣」とふれてゐる
私は
「あの飴はにがい」と子供におしへた
 
太鼓をたゝかれて
私は立つてゐられないほど心がはずむのであつたが
眼をさました子供が可哀いさうなので一緒に緣側に出て列らんだ
 
菊の枯れた庭に二月の空が光る
 
子供は私の袖につかまつてゐる
 
[やぶちゃん注:初出の昭和二(一九二七)年四月発行の『文藝俱樂部』では、以下の通り。
   *
 
     
親と子
 
太鼓は空をゴム鞠にする
でんでん と太鼓の音が路からあふれてくる
空氣がはじけて
眠つてゐる子供を起こしてしまつた
 
飴賣りは
「今日はよい天氣」とふれてゐる
 
私は
「あの飴はにがい」と子供におしへた
 
太鼓をたたかれて
私は立ツてゐられないほど心がはずむのであつたが
眼をさました子供が可愛さうなので
一緒に緣側に出て列らんだ
 
二月の空が光る
子供の心が光る
 
梅の花の匂ひがする
 
私は遠のいた太鼓から離れて
菊の枯れた庭に晝の陽影を見た
子供は私の袖につかまつてゐた

   *
初出の作為的で凡庸なシンボライズや生温い浪漫感覚が払拭されて、二月の清冽な空気が肌に実感として感じられる。優れた截ち入れである。]


 
     

 
太陽には魚のやうにまぶたがない
 
 
 
     

 
晝の時計は明るい
 
 
 
     
夜 疲れてゐる晩春
 
啼いてゐる蛙に辭書のやうな重い本をのせやう
遲い月の出には墨を塗つてしまはふ
 
そして
一晩中電燈をつけておかう
 
[やぶちゃん注:「のせやう」「しまはふ」「おかう」はママ。「電燈」の「燈」は底本の用字である。]
 
 
 
     
かなしめる五月
 
たんぽぽの夢に見とれてゐる
 
兵隊がラツパを吹いて通つた
兵隊もラツパもたんぽぽの花になつた
 

床に顏をふせて眼をつむれば
いたづらに體が大きい
 
 
 
     
無聊な春
 
雞が鳴いて晝になる
 
梅の實の靑い晝である
何處からとなくうす陽がもれてゐる

    ×

食ひたりて私は晝飯の卓を離れた

[やぶちゃん注:「序」のケースと同様。「雞」は「にはとり」で底本は「鶏」であるから、「鷄」とするべきところであるが、「鷄」がないこともないが、尾形龜之助は多くの著作で圧倒的に「雞」と書いているのでここはそれを踏襲した。以下でも同様の処置を施した。原典をお持ちの方、これらが「鷄」となっているようであれば、是非、御指摘下されたい。]
 
 
 
     
日一日とはなんであるのか
 
どんなにうまく一日を暮し終へても
夜明けまで起きてゐても
パンと牛乳の朝飯で又一日やり通してゐる
 
彗星が出るといふので原まで出て行つてゐたら
「皆んなが空を見てゐるが何も落ちて來ない」と暗闇の中で言つてゐる男がゐた
その男と私と二人しか原にはゐなかつた
その男が歸つた後すぐ私も家へ入つた
 
 
 
     
郊外住居
 
街へ出て遲くなつた
歸り路 肉屋が萬國旗をつるして路いつぱいに電灯をつけたまゝ
ひつそり寢靜まつてゐた
 
私はその前を通つて全身を照らされた
 

 
     

 
私は菊を一株買つて庭へ植ゑた
 
人が來て
「つまらない……」と言ひさうなので
いそいで植ゑた
 
今日もしみじみ十一月が晴れてゐる
 
 
 
     
白に就て
 
松林の中には魚の骨が落ちてゐる
(私はそれを三度も見たことがある)
 
[やぶちゃん注:初出の昭和三(一九五八)年十二月発行の『詩と詩論』では、以下の通り。題名も異なる。
   *
 
     
(假題)
 
松林の中に魚の骨が落ちてゐた
あまり白かつたからだらうか私は拾はふとしたのだつた

   *
「拾はふ」はママ。これは孰れも――よい。よいが――「(私はそれを三度も見たことがある)」の方が遙かに心因反応の覚悟に於いて衝撃的であり、私は決定稿を支持するものである。]
 
 
 
     
(假題)
 
あまり夜が更けると
私は電燈を消しそびれてしまふ
そして 机の上の水仙を見てゐることがある

[やぶちゃん注:「電燈」は底本本文では「電灯」であるが、底本校異表では詩集稿は『電燈』となっており、それを採用した(正直、この秋元潔氏の「校異表」には幾つかの不審な(詩集稿の不備と言う意味に於いてであるが、ここでは本文表記を絶対視し、それを問題にしないこととした)点がある。初出の昭和三(一九五八)年二月発行の『詩神』では、以下の通り。
   *
 
     
(假題)
 
あまり夜が更けると
私は電燈を消しそびれてしまふ
たまたま机の上に水仙をさして置くことがある
床に入つて水仙を見てゐることがある
(何時までも眠らずにゐると朝の電車が通つてゐる)
 
   *
更に、本詩篇は十ヶ月後の同年十二月後の『詩と詩論』にも載るが、そこでは以下の如く、本決定稿にほぼ酷似した改稿がなされてある(冒頭の「あまり」がないこと、二連構成であること、「そして」の後の一字空けが異なる)。
   *
 
     
(假題)
 
夜が更けると
私は電燈を消しそびれてしまふ
 
そして机の上の水仙を見てゐることがある
 
   *]
 
 
 
     
雨日
 
午後になると毎日のやうに雨が降る
 
今日の晝もずいぶんながかつた
なんといふこともなく泣きたくさへなつてゐた
 
夕暮
雨の降る中にいくつも花火があがる
 
 
 
     
暮春
 

私は路に添つた畑のすみにわづかばかり仕切られて葱の花の咲いてゐるのを見てゐた
花に蝶がとまると少女のやうになるのであつた
 
夕暮
まもなく落ちてしまふ月を見た
丘のすそを燈をつけたばかりの電車が通つてゐた
 
[やぶちゃん注:「燈」は底本の用字。私はこの詩が好きでたまらない。]
 
 
 
     
秋日
 
一日の終りに暗い夜が來る
 
私達は部屋に燈をともして
夜食をたべる
 
煙草に火をつける
 
私達は晝ほど快活ではなくなつてゐる
煙草に火をつけて暗い庭先を見てゐるのである
 
[やぶちゃん注:「燈」は底本の用字。]
 
 
 
     
初冬の日
 
窓ガラスを透して空が光る
 
何處からか風の吹く日である
 
窓を開けると子供の泣聲が聞えてくる
 
人通りのない露路に電柱が立つてゐる
 
 
 
     
戀愛後記
 
窓をあければ何があるのであらう
 
くもりガラスに夕やけが映つてゐる
 
 
 
 
     
いつまでも寢ずにゐると朝になる
 
眠らずにゐても朝になつたのがうれしい
 
消えてしまつた電燈は傘ばかりになつて天井からさがつてゐる
 
[やぶちゃん注:「燈」は底本の用字。]
 
 
 
     
初夏無題
 
夕方の庭へ鞠がころげた
 
見てゐると
ひつそり 女に化けた躑躅がしやがんでゐる
 
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「躑躅」は「つつじ」。]
 
 
 
     
曇る
 
空一面に曇つてゐる
 
蟬が啼きゝれてゐる
 
いつもより近くに隣りの話聲がする
 
 
 
     
夜の部屋
 
靜かに炭をついでゐて淋しくなつた
 
夜が更けてゐた
 
 
 
     
眼が見えない
 
ま夜中よ
 
このま暗な部屋に眼をさましてゐて
蒲團の中で動かしてゐる足が私の何なのかがわからない
 
 
 
     
晝の街は大きすぎる
 
私は步いてゐる自分の足の小さすぎるのに氣がついた
電車位の大きさがなければ醜いのであつた
 
[やぶちゃん注:初出の昭和二(一九二七)年一月発行の『詩神』では、以下の通り。題名も異なる。
   *
 
     
晝は街が大きすぎる
 
私は足を見た
自分の足が靴をはいて步いてゐるを見た
そして これは足が小さすぎると思つた
電車位に大きくなければ醜いやうな氣がした
 
   *
初出は気怠い意識の流れそのままの論理的順列の叙述であって、それは一種の心因反応の関係妄想の症例の記述例であるあるかの如くであるのに対し、決定稿は美事な禪の公案への答えであると私は思っている。]
 
 
 
     
十一月の電話
 
十一月が鳥のやうな眼をしてゐる
 
 
 
     
十二月
 
炭をくべてゐるせと火鉢が蜜柑の匂ひがする
 
曇つて日が暮れて
庭に風がでてゐる
 
 
 
     
十二月
 
紅を染めた夕やけ
 
風と

 
ガラスのよごれ
 
 
 
     
夜の向ふに廣い海のある夢を見た
 
私は毎日一人で部屋の中にゐた
そして 一日づつ日を暮らした
 
秋は漸くふかく
私は電燈をつけたまゝでなければ眠れない日が多くなつた
 
[やぶちゃん注:「燈」は底本の用字。]
 
 
 
     

 
私は夜を暗い異樣に大きな都會のやうなものではあるまいかと思つてゐる
 
そして
何處を探してももう夜には晝がない
 
 
 
     
窓の人
 
窓のところに肘をかけて
一面に廣がつてゐる空を眼を細くして街の上あたりにせばめてゐる
 
 
 
     
お可笑しな春
 
たんぽぽが咲いた
あまり遠くないところから樂隊が聞えてくる
 
 
 
     
愚かなる秋
 
秋空が晴れて
緣側に寢そべつてゐる
 
眼を細くしてゐる
 
空は見えなくなるまで高くなつてしまへ
 
[やぶちゃん注:初出の大正一五(一九二六)年十月発行の『亞』二十四号では、以下の通り。題名も異なる。
   *
 
     
愚かな秋
 
秋空が晴れ
今日は何か――といふ氣もゆるんで
緣側に寢そべつてゐる
 
眼を細くしてゐると
空に顏が寫る
「おい、起ろよ」
空は見えなくなるまで高くなつてちまへ!
 
   *
初出形は何だか、山村暮鳥の「空」の出来そこないのような印象であるのに対し、決定稿では虚空の下の詩人の、秋のきっぱりとした孤愁が、鮮やかに研ぎだされている。]
 
 
 
     
秋色
 
部屋に入つた蜻蛉が庇を出て行つた
明るい陽ざしであつた
 
 
 
     
幻影
 
秋は露路を通る自轉車が風になる
 
うす陽がさして
ガラス窓の外に晝が眠つてゐる
落葉が散らばつてゐる
 
 
 
     
雨の祭日
 
雨が降ると
街はセメントの匂ひが漂ふ
 
    ×

雨は
電車の足をすくはふとする
 
    ×
 
自動車が
雨を咲かせる
 
街は軒なみに旗を立てゝゐる
 
[やぶちゃん注:「すくはふ」はママ。]
 
 
 
     
夜がさみしい
 
眠れないので夜が更ける
 
私は電燈をつけたまゝ仰向けになつて寢床に入つてゐる

電車の音が遠くから聞えてくると急に夜が糸のやうに細長くなつて
その端に電車がゆはへついてゐる
 
[やぶちゃん注:初出の昭和二(一九二七)年一月発行の『詩神』では、以下の通り。
   *
 
     
夜がさみしい
 
眠れないので夜が更ける
私は電燈をつけたまま赤い毛布をかけた
仰向けになつて寢床に入つてゐる
 
電車の音が遠くから聞えてくると
急に夜が黑い糸のやうに細長くなつてその端を
電車がゆはへつけてゐるやうな氣がする
 
   *
決定稿では状況の時制的順列性がぎりぎりまで圧縮され、その結果として、コーダの初出のだらんとした比喩が純粋なシュールレアリスティクな幻像に定着し、素晴らしい。
 私は題名といい、コーダといい、つげ義春の漫画を直ちに想起する。]
 
 
 
     

 
眠つてゐる私の胸に妻の手が置いてあつた
紙のやうに薄い手であつた
 
何故私は一人の少女を愛してゐるのであつたらう
 
 
 
     
雨が降る
 
夜の雨は音をたてゝ降つてゐる
 
外は暗いだらう
 
窓を開けても雨は止むまい
 
部屋の中は内から窓を閉ざしてゐる
 
 
 
     
後記
 
こゝに集めた詩篇は四五篇をのぞく他は一昨年の作品なので、今になつてみるとなんとなく古くさい。去年は二三篇しか詩作をしなかつた。大正十四年の末に詩集「色ガラスの街」を出してから四年經つてゐる。
この集は去年の春に出版される筈であつた。これらの詩篇は今はもう私の掌から失くなつてしまつてゐる。どつちかといふと、厭はしい思ひでこの詩集を出版する。私には他によい思案がない。で、この集をこと新らしく批評などをせずに、これはこのまゝそつと眠らして置いてほしい。

[やぶちゃん注:「眠らして」はママ。同様の感懐を尾形龜之助は昭和四(一九二九)年六月発行の『詩と詩論』第四冊に発表した「さびしい人生興奮」にも記している(リンク先は私のブログでの電子テクスト。但し、本底本と同じ底本で漢字は新字。同篇は「尾形亀之助拾遺 附やぶちゃん注」にも採録しておいた)。]