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鬼火へ

■芥川龍之介「るしへる」やぶちゃん注

copyright 2008 Yabtyan

「るしへる」大正七年八月 芥川龍之介 本文へ
○本ページは、私の電子テクストである大正8(
1919)年新潮社刊の芥川龍之介作品集『傀儡師』所収版の「るしへる」(但し、底本は昭和551980)年ほるぷ社『特選 名著復刻全集 近代文学館』で復刻されたもの)の別ページ注である。各章末ごとに岩波版旧全集本文との相違箇所及びオリジナルな注を施してある。なお、注釈の幾つかについては昭和461971)年刊の筑摩書房版全集類聚「芥川龍之介全集」の脚注を参考にし、また主人公、不干斎巴鼻庵の事蹟については梶田叡一氏の「ハビアン研究序説」(ネット上からダウンロード可能)の記載事実に多くを依った。ここに謝す。

 また、検索で此方に直に来られた方は、このリンクで私のHP「鬼火」又は私の「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」へ一度向われることをお勧めする。

 

「るしへる」序 やぶちゃん注

 

・るしへる:ポルトガル語で“Lúcifer”(ルシフェル)、英語の“Lucifer”(ルシファー)である。原語はラテン語の“Lucifer”(ルキフェル)で、これは本来、“lux”(光。現在の照度の単位はここから)と“fero”(創造する、生み出す)の合成語であり、本来は金星を指した。旧約聖書「イザヤ書」(1412)等の誤読が原因でキリスト教では古来、魔王、サタン“Satan”の別名となってしまった。

 

・天主初成世界……:青山学院大学の文学研究科中国哲学専攻博士前期課程卒の野村純代女史の論文「芥川龍之介と中国の宗教思想」によれば、これは明代の崇禎一四(1641)年に福州(現在の福建省の省都である福州市)で出版されたキリスト教を排撃した「聖朝破邪集」中の論文の一つである許大受という人物の著になる「聖朝佐闢」(せいちょうさへき)の一節で、「聖朝破邪集」『全十篇中の第4篇の中の、更に後半の一部分』である、とする。

この部分について、岩波版旧全集では、

○「隨從三十六神」を「隨造三十六神」に

○「一半魂神作魔遊行世間」を「一半魂神作魔遊行世間」に

○「――佐關第三闢裂性中艾儒略荅許大受語――」を「――左闢第三闢裂性中艾儒略荅許大受語――」に

訂正している(訂正部下線は私が引いた)。但し、最後の「左闢」の校訂の後記注記はない。さて、上記野村女史の論文によれば、原典では以下のようにある(私のポリシーに従い、恣意的に一部を正字に直した。また、下線部は以上の校訂部、斜体は芥川の省略部を示すために私が用いた)。

 

天主初成世界。隨三十六神。第一鉅神曰輅齋弗兒。是爲佛氏之祖。自謂其智與天主等。天主怒而貶入地獄。亦即是今之閻羅王。然輅齋雖入地獄受苦。一半魂神。作鬼遊行世間。退人善念。

 

まず以上の野村女史の記載する書名から見て、底本の「佐」については「左」とする理由がない(どちらも助けるの意ではある)。そこで「佐」はそのままとして、筑摩書房全集類聚版のカタカナのルビを参考にしながら(あくまで参考であり、完全に従ってはいない)、省略部を含めた歴史的仮名遣いを用いて私なりの書き下し文と現代語訳を試みる(省略部を明確にするため、下線を引いた)。

 

やぶちゃん書き下し文:

天主(てんしゆ)初めて世界を成(つく)り、隨(つい)で三十六神を造る。第一の鉅神(きよしん)は、云(いは)く、輅齊布兒(ルシヘル)なり。是れ佛氏の祖と爲す。自(みづか)ら謂(おもへ)らく、『其の智、天主と等し。』と。天主怒りて貶(おと)しめて地獄に入らす。亦、即ち是れ今の閻羅王なり。然れども、輅齊(ルシ)、地獄に入りて苦を受くると雖も、一半の魂神、魔鬼と作(な)りて世間に遊行し、人の善念を退くと。

―「佐闢(さへき)」第三「闢裂性(へきれつせい)」の中(うち)、艾儒略(がいじゆりやく)、許大受(きよだいじゅ)に荅ふるの語――

 

やぶちゃん現代語訳:

天主が初めて世界を造り、次に三十六の神様を造った。第一に尊い神は、名を「ルシヘル」と言った。これが佛氏の祖となった。彼は自ら敢然と、『自分の智は天主と同等だ』と主張した。天主は怒ってルシヘルを堕天させ、地獄へ落とさせた。それがつまり、今言うところの閻羅王である。しかしルシヘルは、地獄で苦しみを受けたとは言え、その天にあった折の魂魄の一半である魂は確かに神であるからして、類稀な力を持った悪鬼となって、地獄とこの世俗を自在に行き来し、人の正しい思いを、隙あらば滅ぼそうと、今も跳梁しているのである。

 

以上からお分かりのように、これはキリスト者の言の抜粋である。この艾儒略なる人物は、実は17世紀前半の中国で活躍したイタリア人イエズス会宣教師のジュリオ・アレGiulio Aleniの中国名である。日本にも伝来し、禁書であったにも拘らず、幕府の知識人にも読まれた当時のヨーロッパの教育事情を記した「西学凡」等を著している。従って「佛氏の祖」とは釈迦のことである。『「闢裂性」』の意味や許大受なる人物については不学にして分からない(「闢」は啓発するか避けるの意か、「闢裂性」は当該論難書の部立の一つの表題か)。

 

「るしへる」一 やぶちゃん注

 

・破提宇子:元和6(1620)年刊。排耶書(キリスト教排撃書)。全七段。デウスの実在性に始まり、旧約・新約の内容をコンパクトに纏めながら、書名通り、キリスト教の神デウスの教えを論破した書。梶田叡一氏の「ハビアン研究序説」によれば、当時のイエズス会のローマへの報告書には、本書はペストの如き壊滅的打撃を信徒に及ぼしたと記されるとある。平凡社東洋文庫14に海老沢有道訳の「南蛮寺興廃記・邪教大意・妙貞問答・破提宇子」(1983年刊・現在入手不能)がある。

・巴※弇:Fukan Fabian、不干斎巴鼻庵(ふかんさいはびあん)。本名不詳(筑摩書房全集類聚版では佐久間宗遠の号とするがとらない)。永禄8(1565)年、加賀又は越中に出生、幼少で臨済宗の修行僧となったが、天正11年(1583)頃、母親と共に京都で受洗し洗礼名ハビアンを名乗る。天正141586)年にイエズス会に入会して臼杵の修練院のイルマン(修道士)となる。その後、長崎で日本語教師を務める傍ら要約した「平家物語」口語訳を編集したり(後の「天草本平家物語」の原本)、慶長101605)年には護教書(キリスト教擁護書)である「妙貞問答」を著わしたりして活躍していたが、慶長111606)年林羅山と宗論を戦わせて(この論争の内容は同年に林羅山によって「排耶蘇」という題で公刊されている)後、慶長131608 年、京都で修道女ベアータと共に出奔、棄教した。慶長191614 )年に幕府のキリシタン禁教令が発布されて以降は、長崎で幕府の切支丹取り締まりに積極的に協力、死の直前にこの「破提宇子」を刊行し、元和6(1620)年、57歳で没した(以上の事跡は多くを梶田叡一氏の「ハビアン研究序説」論文巻末の年表に依った)。

・南蠻寺に住した:「南蠻寺」は、永禄111568)年、織田信長によって許可されたカトリック教会、四条坊門(現在の蛸薬師通烏丸西入る)に建立されたものが最初だが、岐阜や安土城下にも複数作られた。但し、実際のハビアンはこの時、受洗後は高槻のセミナリオ(神学校。これは南蛮寺とは別個の存在である)に入り、天正131585)年には大阪のセミナリオに移っているから、芥川の叙述は正確ではない。

DS如来:ラテン語“Deus”の略(但しラテン語にこのような略字表記はないと思われる)。“Deus”は、神・神性、地上の守り神、地上の主権者の意。それに如来を施したのは、棄教え者への皮肉か、それともこの当時の芥川のキリスト教への強い違和感の表明か。

・老儒の学:老子の道家(老荘)思想及び孔子の儒家思想。

・華頂山文庫:「華頂山」は京都市東山区にある浄土宗総本山知恩院の山号。ここに明治初年まで存在した蔵書コレクション。

・明治戊辰:明治元(1868)年。

・杞憂道人鵜飼徹定:鵜飼徹定(うがいてつじょう)は、幕末期の切支丹排斥論者にして、明治初年の知恩院第75世住職。浄土宗官長。古写経蒐集・研究でも知られた。

・予が所蔵の古写本……:以下は芥川龍之介の虚構である。

・破邪顕正:はじゃけんしょう。有象無象の不正を打破し、真の絶対的正義を実現すること。仏教で異教や他宗を論難する際に用いられる語。

・故意の脱漏を利とした:悪魔の記載が余りにもフィクショナルで面白いから、現実的にキリスト教を論難し、それへの関心を排除するに際しては、意図的に書き落とす方が有効であると考えて、という意味であろう。

Diabolus :ラテン語で悪魔の意。英語ではdiabolusdaiǽbələs]で悪魔、大文字になると悪魔王、サタン“Satan”の意。ここは英語の後者であろう。

・新村博士:新村出(しんむらゆずる)18761967 言語学者。本作当時は京都大学教授。南蛮資料研究では歴史・文化史家としての面目躍如たる。著書「日本吉利支丹研究余録」「東方言語史叢考」のほか岩波書店「広辞苑」の編者としても著名。次の注に見るように、本作に対しても、助言をなされている。

・新村博士の巴※弇に關する論文:この時までに巴※弇に関しては特に「天草本平家物語」について、新村出の複数の論考があるようであるが、「るしへる」公開後ながら大正141925)年岩波書店刊の「南蛮広記」にも所収する。

・好い:筑摩書房全集類従版では「好(よ)い」と読んでいる。

 

「るしへる」二 やぶちゃん注

 

・「すひりつあるすたんしや」:岩波版旧全集では「すひりつあるすすたんしや」に訂正。後記によれば(○)は傍点「○」である。「〔あんじよ〕(元(○)使)」や(天〔○〕使)の括弧の用法は本ページに準じた)、『普及版全集の「月報」第四號の「第二卷校正覺書」に「――猶、舊全集の際、新村出博士より「るしへる」に就き、「すひりつあるす(○)たんしや」及「さひえんい(○)しも」[やぶちゃん注:この(○)は原文では「ん」と「い」の間の右側に振られている。]とあるは「すひりつあるす(○)す(○)たんしや」及「さひえんち(○)いしも」の誤植ならんとの御意見がありましたので、これも一應當時の雜誌(七年十一月號「雄辯」)を調べて見ましたところ、雜誌では明らかに「すひりつあるす(○)す(○)たんしや」及さひえんち(○)いしも」となつて居り、これは「傀儡師」の誤植であることが判明し、訂正して置きました。それから同頁に「安助〔あんじよ〕(元(○)使)」といふのがあり、これは從來のあらゆる版にもさうなつて居りますが、これはどうも(天〔○〕使)誤植と思はますので、今囘訂正して置きました。――以上のごとき、varientesは一々擧げてゐては際限がありませんので、此處にはその一斑を示すに止めて置きました。』とある。』とする。この場合の“varientes”は、些細な異同の意。

さて、「すひりつあるすすたんしや」であるが、これはラテン語の“Spīrituālis substantia”と思われ、精神的実体とか霊的実存とか言った意味であろうと思われる。

・在:「在(まし)ませども」と読む。

・「はらいそ」:ポルトガル語の“paraiso”。天国。楽園。パラダイス。

・安助(元使):岩波版旧全集では「天使」に訂正。初出には「(元使)」がないとする。ポルトガル語の“anjo”。天使。エンジェル。「安所」「安女」「安如」とも書くが、「元使」とは書かない。字面見ても烏焉馬の誤りであろう。「すひりつあるすたんしや」の注参照。

・上一人:筑摩書房全集類従版では「かみいちにん」と読んでいる。唯一絶対の地位。

・不退:永遠の。

・「いんへるの」:ポルトガル語の“inferno”。地獄。インフェルノ。

・毒寒毒熱:この「毒」は共に、酷(ひど)い、程度が甚だしいの意。

・與せず:「與(くみ)せず」と読む。組せず。

・破していはく:(それが根本的に誤りであることを)論破して言うことには。

・如此の事:漢文読みしている。「如此(かくのごとき)の事」。

・彼安助を造らば:「彼(かれ)で切って「安助を造らば」と読む。

・「ぢゃぼ」:ポルトガル語の“diablo”。ラテン語のdiabolus。悪魔。

・天狗:妖怪の一つとして知られるが、仏法を損なう存在として現れることがあり、それが切支丹文献では悪魔の意味でしばしば用いられるようになった遠因であろうか。

・真如法性本分:しんにょほっしょう。仏教用語で、我々の智の及ばないありのままの姿・万物の永久不変の真理・宇宙に遍在する根本的な実相等の謂いであるが、要は絶対的存在としての仏を言っている。

・六合:「りくごう」と読む。六極とも。上下の天・地と四方を足した世界。全宇宙のこと。

・聞きはつり云ふ:安易に聞きかじって言った。

・「さひえんいしも」:ポルトガル語の“sapientissimo”。全知全能。

・三世了達:「さんぜりょうだつ」と読む。仏教用語。仏の智慧は過去・現在・未来に亙ってすべてを明白に悟っているということ。

・慳貪:「けんどん」と読む。情け心なく、無慈悲で酷いこと。

・天魔:仏教用語。四魔〔衆生を悩ます四種の魔のこと。貪欲・瞋恚(しんい=怒り。)・愚痴等を煩悩魔、五蘊(ごうん=仏教で言う物質と精神の世界の五種類の原理。色(しき)・受・想・行(ぎょう)・識。)の和合から生成する肉体という存在を陰魔、死を象徴する死魔とこの天魔)〕の一。人の心身を乱す、欲界の第六天に住むという魔王のこと。他化自在天魔。天魔波旬(はじゅん)とも。

・ただ、DS 安助を造り……:筑摩書房全集類従版の脚注によれば、『このあたりまでは大体原文の通りであるが、以下は芥川の創作。』とある。

・理、聞えずと弁ずるのみ:ただキリスト教の神がエンジェルを造り、エンジェルがサタンとなったといった理屈にもならぬ話は、到底理解出来ないと反論するばかりである、の意。

・鬼物:「きぶつ」と読む。邪悪な存在。

・理:筑摩書房全集類従版では「ことわり」と読んでいる。

・胡乱:「うろん」と読む。疑わしいこと。胡散(うさん)臭いこと。

・正法:「しょうぼう」と読む。正しい仏の教え。この場合は広義の仏法・仏教の謂い。

・伴天連:ポルトガル語の父・神父の意味である“padre”から。「破天連」とも。伝来当時のカトリックの宣教師の称。パードレ。また、広義にキリスト教及びキリスト教徒の称で、ここは後者。

・「あぼくりは」:ラテン語の“apocrypha”。隠されたものという意味で、本来は聖書正典に対する外典(がいてん)を指す。偽経典。この場合は、信じがたい偽文書といったニュアンスを含む。

・下:筑摩書房全集類従版では「しも」と読んでいる。

・花木:筑摩書房全集類従版では「はなき」と読んでいる。

・懺悔:ルビの「こひさん」はポルトガル語の“confissão”。告白。告解。

・且嚴に警めける:「且(かつ)嚴(おごそか)に警(いまし)めける」と読む。

・驕慢:驕(おご)り高ぶって、人を慢る=侮(あなど)ること

・貪望:「とんもう」と読むか。筑摩書房全集類従版でも「とんまう」とルビしている。物に対して過分に欲深であることの謂いか。但し、宗教用語としては一般的ではないように思われる。

・餮饕:「てっとう」と読む。文様名として有名な「饕餮(とうてつ)」の方が一般的。これも全般に欲張ることを意味するが、前の「貪望」とダブるので、特に飲食物をむさぼること、という限定的な意味の方をとる。

・懈怠:「けたい」と読む。怠けること。

・悪趣:本来は仏教用語。「趣」は「趣く場所」の意味で、輪廻によって現世で悪い行いを成した結果として行かねばならない苦の六道の世界。一般には地獄・餓鬼・畜生の三悪道(及び修羅)を指す等とするが、ここは単にキリスト教の地獄に落ちる原因となる悪い行いを指す。

・うらうへ:古文では「裏表」で「うらうへ」と訓ずる。裏と表、前後左右、の意から派生して、表が裏になり裏が表になること、裏腹・あべこべ・反対の意ともなる。ここでは、その意味。

・苟くも:「苟(いやし)くも」と読む。

・御教:筑摩書房全集類従版では「みおしえ」と読んでいる。

・祈禱:ここは岩波版旧全集では、初出に「おらしよ」とルビがあるとして、ルビを振る。ラテン語の“ōrātiō”。原義は話・言葉・表現という意味であるが、切支丹用語ではお祈りのことを指す。

・業火:「ごうか」と読む。罪人を焼くキリスト教の地獄の火。

・免るべし:このべしは義務であろう。「くれぐれも地獄の業火に焼かれることがないようにせねばなりません」の意。

・蝙蝠:筑摩書房全集類従版では「かはほり」と読んでいる。コウモリ。

・蹲りて:「蹲(うずくま)りて」と読む。

・薫しき:筑摩書房全集類従版では「薫(かぐは)しき」と読んでいる。

・崑崙奴:「こんろんど」が訓としては一般的。漢代以後の中国で南洋(ベトナム南部・インドネシア方面)から渡来してきた黒人若しくは同じ黒人でイスラム商人によって強制連行された奴隷を指す。唐代以後は東南アジア人の総称ともなった。

・眉目:筑摩書房全集類従版では「みめ」と読んでいる。

・法服:ルビの「はびと」は、ポルトガル語の“habito”から。僧侶の衣服を言う。

・容體:筑摩書房全集類従版では「ようだい」と読んでいる。

・皮相の見:「皮相(ひそう)の見(けん)」と読む。うわべだけを見て物事を判断すること、浅墓な見解。

・退け:筑摩書房全集類従版では「退(の)け」と読んでいる。

・唾罵:「だば」と読む。唾(つば)を吐きかけて、口汚なく罵(ののし)ること。

・沙門:本来は仏門に入った僧侶のことを言うが、ここではキリスト教の修道士。

・交々:「こもごも」と読む。

・族:筑摩書房全集類従版では「やから」と読んでいる。古文なら「うから」と読んでもおかしくはない。

・性惡なれど:「性(さが)」で切って「惡(あく)なれど」と読ませるのであろう。

・眼:筑摩書房全集類従版では「まなこ」と読んでいる。

・無間の暗:「無間」は「むげん」又は「むけん」と読んで、通常は絶え間のない苦しみの与えられる無間地獄(=阿鼻地獄)を指すが、ここでは単に絶え間のないことの意で、無限の闇の謂い。

・屢:「しばしば」と読む。

・さきの日何が懺悔を聞きたる夫人も:岩波版旧全集では『沙羅の花』『芥川龍之介集』に従って「さきの日汝が懺悔を聞きたる夫人も」と訂正する。

・黄昏:「こうこん」と読む。夕闇。たそがれ。

・念珠:ここは岩波版旧全集では初出に「こんたつ」とルビがあるとして、ルビを振る。「こんたつ」はポルトガル語の“contas”で、信徒が用いる数珠を言う。ロザリオ。

・速に:「速(すみやか)に」と読む。

・快楽:筑摩書房全集類従版では「けらく」と読んでいる。意味は快楽と同じ。

・墮獄の業因:「ごういん」と読む。お前(ハビアン)自身が地獄が落ちる報いを受ける因縁。

・黒檀:「こくたん」と読む。双子葉植物綱ビワモドキ亜綱カキノキ目カキノキ科カキノキ属コクタンDiospiros ebenum。インド南部からスリランカを原産とする熱帯性常緑高木。エボニー。緻密な材質で心材の部分が黒く、家具・仏壇・楽器(ピアノの鍵盤)やチェスの駒等に用いられる高級材。

・目戍り:「目戍(みまも)り」と読む。

・汚さまく思い:汚してやろうと(することを)思い、の意。「まく」推量(ここでは意志)の助動詞「む」+準体言(「~こと」)を作る接尾語「く」。

・抑:「そもそも」と読む。

・秋花:筑摩書房全集類従版では「あきはな」と読んでいる。

・了ぬ:「了(おはん)ぬ」と読む。

・匇惶と:「そうこうと」と読み、慌てふためいて、の意。

・宗門の内證:キリスト教内で一般に通用する教え。

・呵責:通常ならば「かしゃく」であるが、筑摩書房全集類従版では「かせき」と読んでいる。

・方寸:心の中。胸中。

・蔓頭の葛藤、截斷し去る:蔓の如くびっしりと頭に絡みついた一切の煩悩(この場合、邪宗たる切支丹の教えへの思い)を、ばっさりと断ち切って一切を取り除いた、の意。

・咄:「とつ」と読む。相手を叱りつける声。