鏡花先生発句縦書へ
やぶちゃんの電子テクスト集:俳句篇へ
HP 鬼火へ
泉鏡花句集
[やぶちゃん注:底本は一九八八年刷岩波書店版初版「鏡花全集」の「卷廿七」の「俳句」、及び、同全集「別卷」の「補遺」の「一九八九補」にある「俳句」を用いた。読みは振れと思ったもののみに限定した。但し、踊り字「〱」は正字化した。二〇〇五年九月七日公開。【二〇二二年四月十一日追記】不全が複数あったため、全面的に再校訂と追加を行った以上の注記も改稿した。なお、後の二〇〇五年に岩波から出版された「新編
泉鏡花集 別巻1 全集補遺」に以上の旧全集に未収録の俳句が採取収録されているが、所持しない。何時か、調べて追記しようとは思う。]
春
初空や出の姿して日本橋
旗色に比す
また
御代の春世界之
初風呂やつきせぬながれ淸元の
買初に雪の山家の繪本かな
音冴えて羽根の羽白し松の風
まな板に旭さすなり芹薺
春淺し梅樣まゐる雪をんな
釣鐘に袖觸れつ春寒き寺
春晝や城あとにしてさへのかみ
おぼろ夜や
おぼろ夜や片輪車のきしる音
君も繪もおなし姿やおぼろ月
浮世繪の絹地ぬけくる朧月
紅閨に
戀人と書院に語る雪解かな
雨の中摘むべき草を見てすぎぬ
たをやかに石竹蒔くや
唄はずて娘毬つくねはん寺
灌佛や桐咲くそらに
うつくしや鶯あけの明星に
夕なきす鶯たかき銀杏かな
山鳥の
飯蛸の頭つゝきつ
初蝶のまひまひ拜す
なく
苫船か苫屋か宵の
友染の夜具
紅椿つとおつ
井戶端に紅梅の雨なゝめなり
紅梅に玉なゝめ也井戶のあめ
むかふるに柳おくるに梅の宿
曙の墨繪の雲や糸ざくら
蕉園をおもふ
普門品ひねもす雨の櫻かな
花の山麓の橋の人通り
母こひし夕山櫻峰の松
公園の櫻月夜や瀧の音
鈴つけて櫻の聲をきく夜かな
藤棚や雨に紫
紫の
淺學
山吹によき句すくなし今むかし
雲助の裸で寢たる
すみれ野や松葉かんざしおとしざし
ほつねんと小法師ひとり桑の道
夏
五月雨や棹もて鯰うつといふ
船頭も饂飩打つなり
悟空三たび芭蕉扇を調ふ
蟹の目の巖間に窪む極暑かな
日盛や汽車道はしる小さき蟹
日盛に知らぬ小鳥の遠音かな
雲の峰石伐る斧の光かな
虚無僧の二人つれだつ雲の峰
溝川に
ゆふだちや洗つて酒を手水鉢
窓々や靑田見めぐる羅漢堂
岸行くや
かけ
あやめ湯の
はち卷の
黑猫のさし覗きけり靑簾
ありさうにてまへがきなし
すゞみ臺富樫ノ左衞門これにあり
夕すゞみ猿にうちはをとられけり
稗蒔に月さし入るや板廂
手にとれば月の雫や夏帽子
わか松も小松も月の浴衣かな
うすものや月夜を紺の
うすものの螢を
苔の露十三塚の螢かな
ゆく螢宿場のやみを戀塚へ
梟の聲にみだれし螢かな
髮長き螢もあらむ夜はふけぬ
蝙蝠や二日月夜の
玉造溫泉にて
水晶を夜切る谷や時鳥
白山のそのしのゝめやほとゝぎす
竹の子や藪の中から酒買ひに
卯の花や家をめぐれば小き橋
よしありて卯の花垣の
野の池や葉ばかりのびし
わが戀は人とる沼の
みちのくや牡丹驛またあやめ宿
寺
河骨の影ゆく靑き小魚かな
雲白し山蔭の田の
葉柳や盥のきぬの淺みどり
新築の靑葉がくれとなりにけり
瀧
幻の
花二つ紫陽花靑き月夜かな
花柘榴雨は銀杏にあがりけり
常夏に雨はらはらと白い蝶
撫子の根に寄る水や夕河原
晝顏の黃昏見たり步み侘び
夕顏やほのかに緣の褄はづれ
干瓢や
靑蓼の
なつかしい人だつたのに
夏萩を見乍ら
百合白く雨の裏山暮れにけり
桑の實のうれける枝をやまかゞし
海松ふさの
秋
稻妻に道きく女はだしかな
秋の雲尾上の薄見ゆるなり
實柘欄のうらすくばかり月夜かな
十六夜やたづねし人は
山伏の篠山渡る初あらし
古蚊屋にランプの宿よ初あらし
物干の草履飛行く
朝霧の下谷はれ行く人馬哉
露寒し露寒し月に蓑着ばや
やぼがよし原に參り
助六を
貸小袖袖を
花火遠く
鼻紙に山蟻拂ふ墓參かな
たま棚や笹の葉がくれ
看病の娘出しやる踊かな
栃餅や藏よりとうづ砂糖壺
打ちみだれ片乳白き砧かな
砧うつはよい女房か案山子どの
誰が鳴子繪馬さかさまにかゝりたる
來るわ來るわ
打果てて雨の網代に人もなし
行燈にかねつけとんぼ來りけり
浦風や秋の蝶飛ぶ小松原
秋の蝶さみしさに見れば二つかな
きりぎりす此處は砂村瓜畠
鵙なくや大工飯食ふ下屋敷
鳴かでたゞ鶺鴒
木槿垣萩の花垣むかひあひ
雪洞に女の袖や萩の露
木犀の香に
濱寺に
朝風や螢草咲く蘆の中
蘆垣に嫁菜花さく
山姫やすゝきの中の京人形
むら雨や尾花苫ふく
湯の山の村村おなじ小菊かな
湯の山の
鹽原にて
むらもみぢ
水瓶みづがめに柳散込む廚かな
すさまじき
冬
初冬の狐の聲ときこえたり
初霜や落葉の上の靑笹に
朝霜やちよぼに勝ちたる懷手
夕霜や湖畔の焚火
凩に鰒ひつさげて高足駄
こがらしや噴水に飛ぶ鉋屑
凩や天狗が築く
川添の飴屋油屋時雨けり
片時雨杉葉かけたる軒暗し
飛びかはす
一つ咲く薄色椿庭の雪
雪ぢやとて
質おいて番傘買ふや夜の雪
抱きしめて逢ふ夜は雪のつもりけり
下かけもいうぜんならし置炬燵
藏前や
ピンゾロの丁と起きたり鐘氷る
山笹をたばねて打つや冬の蠅
曉や尾上を一つ行く千鳥
鳥叫びて千鳥を起す
京に入りて市の鯨を見たりけり
猪やてんてれつくてんてれつくと
冬櫻めじろの群れて居たりけり
湯の村に菊屋山茶花
山茶花に雨待つこゝろ
山茶花に此の
日あたりや蜜柑の畑の冬椿
[やぶちゃん注:以下、全集「別卷」(一九八九年刷版での補遺追加)で示された句。これらには一切ルビがない。下方に初出が示されてあるので、それを参考にして後に添えて示した。]
盃の八艘飛ぶや汐干狩
明治二八(一八九五)年六月『譚海』
里の川雨の山吹濁りけり
同上
植木屋の妻端居して夏近し
同上
野へ三度山へ一度の袷かな
同年八月『譚海』
新しき袷によるや風の皺
同上
親竹の子ゆゑの闇や夕月夜
同上
缱りても動かぬ塚やかたつふり
同上
[やぶちゃん注:「缱」は「離れず、つき纏う」「心に忘れずに思い続けるさま」「何度も繰り返す」の意で、上句は「おもひやりても」と読むか。思うに「縋(すが)りても」の掲載誌の誤字とも思われる。]
一時雨簑懸柳夕日さす
明治二九(一八九六)年十一月一日附『讀賣新聞』
大雅畫き玉蘭讚す試筆かな
明治三二(一八九九)年一月『新小說』
撫子のなほ其の上に紅さして
昭和一五(一九四〇)年九月『柳屋』(没年の翌年で遺稿と思われる)
わきもこはあらひ髮なり江戶の春
昭和六〇(一九八五)年二月『泉鏡花墨の世界展カタログ』(鳩居堂)
水島もなゝつかぞへてなつかしき
同上
朧夜のさくらにすゞはなぜつけぬ
同上
泉鏡花句集 完