花鏡別莊

茶菓ガ代ハリト爲テ鏡花先生ガ發句ヲ供應申上奉候　猶此ハ當莊主家鏡花花鏡家主人從リ賜リタルモノ也　底本ニハ一九八八年版岩波全集ヲバ用ヒレリ
花鏡別莊店主敬白

花鏡別莊
別莊案内
橫書ノ無粋ナレバトテ更ニ主家主人從リ過褒ノ淸ラナル縱書迄モ賜レリ　此モ底本ハ同ジキナリ

主家案内

鏡花花鏡へ

鏡の花へ

俳句　
春　
　　　泉鏡花作

　初空(はつぞら)や出(で)の姿(すがた)して日本橋(にほんばし)

　　　　祝世界之日本發刊(せかいのにつぽんはつかんをしゆくす)二句

　旗色(はたいろ)に比(ひ)す日本(につぽん)の初(はつ)日影(ひかげ)

　　　　また

　御代(みよ)の春(はる)世界(せかい)之(の)日本(にほん)となりにけり

　初(はつ)風呂(ぶろ)やつきせぬながれ清元(きよもと)の

　買初(かひぞめ)に雪(ゆき)の山家(やまが)の繪本(ゑほん)かな

　音冴(おとさ)えて羽根(はね)の羽(は)白(しろ)し松(まつ)の風(かぜ)

　まな板(いた)に旭(あさひ)さすなり芹薺(せりなずな)

　爪紅(つまべに)の雪(ゆき)を染(そ)めたる若菜(わかな)かな

　春淺(はるあさ)し梅樣(うめさま)まゐる雪(ゆき)をんな

　釣鐘(つりがね)に袖(そで)觸(ふ)れつ春寒(はるさむ)き寺(てら)

　春晝(しゆんちう)や城(しろ)あとにしてさへのかみ

　おぼろ夜(よ)や去年(こぞ)の稻(いな)づか遠近(をちこち)に

　おぼろ夜(よ)や片輪(かたわ)車(ぐるま)のきしる音(おと)

　君(きみ)も繪(ゑ)もおなし姿(すがた)やおぼろ月(づき)

　浮世繪(うきよゑ)の絹地(きぬぢ)ぬけくる朧月(おぼろづき)

　春月(しゆんげつ)や摩耶山(まやさん)忉利(たうり)天上寺(てんじやうじ)

　紅閨(こうけい)に簪(かざし)落(お)ちたる夜半(よは)の春(はる)

　戀人(こひびと)と書院(しよゐん)に語(かた)る雪解(ゆきげ)かな

　冠(かんむり)きせ參(まゐ)らせつゝも雛(ひな)の顏(かほ)

　雨(あめ)の中(なか)摘(つ)むべき草(くさ)を見(み)てすぎぬ

　長(をさ)の家(いへ)わづかに蠶(かひこ)なき一間(ひとま)

　たをやかに石竹(せきちく)蒔(ま)くや七日(なのか)月(づき)

　唄(うた)はずて娘毬(すむめまり)つくねはん寺(でら)

　潅佛(くわんぶつ)や桐(きり)咲(さ)くそらに母(はゝ)夫人(ぶにん)

　うつくしや鶯(うぐひす)あけの明星(みやうじやう)に

　夕(ゆふ)なきす鶯(うぐひす)たかき銀杏(いてふ)かな

　山鳥(やまどり)の雌雄(めを)來(き)て遊(あそ)ぶ谷(たに)の坊(ばう)

　飯蛸(いひだこ)の頭(あたま)つゝきつ小(こ)鍋立(なべだて)

　初蝶(はつてふ)のまひまひ拜(はひ)す御(み)堂(だう)かな

　なく蛙(かはづ)白河(しらかは)に關(せき)はなかりけり

　苫船(とまぶね)か苫屋(とまや)か宵(よひ)の遠蛙(とほかはづ)

　友染(いうぜん)の夜具(やぐ)欄干(おばしま)に椿(つばき)かな

　紅椿(べにつばき)つとおつ午時(ごじ)の炭俵(すみだはら)

　井戸端(ゐどばた)に紅梅(こうばい)の雨(あめ)なゝめなり

　紅梅(こうばい)に玉(たま)なゝめ也(なり)井戸(ゐど)のあめ

　むかふるに柳(やなぎ)おくるに梅(うめ)の宿(やど)

　町内(ちやうない)の鶯來(うぐひすき)たり朝櫻(あさざくら)

　曙(あけぼの)の墨繪(すみゑ)の雲(くも)や糸(いと)ざくら

　　　　蕉園(せうゑん)をおもふ

　普門品(ふもんぼん)ひねもす雨(あめ)の櫻(さくら)かな

　階子(はしご)して花屋(はなや)が室(むろ)を山櫻(やまざくら)

　花(はな)の山(やま)麓(ふもと)の橋(はし)の人通(ひとどほ)り

　影向(えいかう)のあさきすみぞめ夕櫻(ゆふざくら)

　母(はゝ)こひし夕山櫻峰(ゆふやまざくらみね)の松(まつ)

　雪洞(ぼんぼり)をかざせば花(はな)の梢(こずゑ)かな

　公園(こうゑん)の櫻月夜(さくらづきよ)や瀧(たき)の音(おと)

　鈴(すゞ)つけて櫻(さくら)の聲(こゑ)をきく夜(よ)かな

　山端(やまばな)や一(ひと)もと櫻(ざくら)おそ櫻(ざくら)

　花李(はなすもゝ)美人(びじん)の影(かげ)の青(あを)きまで

　藤棚(ふぢだな)や雨(あめ)に紫(むらさき)　末濃(すそご)なる

　白藤(しらふじ)や小瀧(こだき)の橋(はし)の朱欄干(しゆらんかん)

　紫(むらさき)の映山紅(つゝじ)となりぬ夕月夜(ゆふづきよ)

　　　　淺學(せんがく)

　山吹(やまぶき)によき句(く)すくなし今(いま)むかし

　雲助(くもすけ)の裸(はだか)で寢(ね)たる緋木瓜(ひぼけ)かな

　すみれ野(の)や松葉(まつば)かんざしおとしざし

　ほつねんと小(こ)法師(ぼふし)ひとり桑(くは)の道(みち)

俳句　
夏　

　　　泉鏡花作

　五月雨(さみだれ)や棹(さを)もて鯰(なまづ)うつといふ

　船頭(せんどう)も饂飩(うどん)打(う)つなり五月雨(さつきあめ)

　五月雨(さみだれ)や尾(を)を出(だ)しさうな石(いし)どうろ

　悟空(ごくう)三(み)たび芭蕉(ばせう)扇(せん)を調(とゝの)ふ極暑(ごくしよ)かな

　蟹(かに)の目(め)の巖間(いはま)に窪(くぼ)む極暑(ごくしよ)かな

　日盛(ひざかり)や汽車(きしや)道(みち)はしる小(ちひ)さき蟹(かに)

　日盛(ひざかり)に知(し)らぬ小鳥(ことり)の遠音(とほね)かな

　雲(くも)の峰(みね)石(いし)伐(き)る斧(をの)の光(ひかり)かな

　虚無(こむ)僧(そう)の二人(ふたり)つれだつ雲(くも)の峰(みね)

　溝川(みぞかは)に蓮(はちす) 咲(さ)きけり雲(くも)の峰(みね)

　　　　擬少年行(せうねんかうにぎす)

　ゆふだちや洗(あら)つて酒(さけ)を手水鉢(てうづばち)

　窓々(まど／＼)や青田(あをた)見(み)めぐる羅漢堂(らかんだう)

　岸行(きしゆ)くや雫(しづく)も切(き)らず四手網(よつであみ)

　銀河(ぎんが)天(てん)に高張(たかはり)立(た)てし水(みづ)の番(ばん)

　かけ菖蒲(しやうぶ)して傘(かさ)貸(か)さむ女客(をんなきやく)

　あやめ湯(ゆ)の菖蒲(あやめ)さげ行(ゆ)く新湯(しんゆ)かな

　はち卷(まき)の菖蒲(しやうぶ)花(はな)咲(さ)く簪(かざし)かな

　黒猫(くろねこ)のさし覗(のぞ)きけり青簾(あをすだれ)

　　　　ありさうにてまへがきなし

　すゞみ臺(だい)冨樫(とがし)ノ左衞門(さゑもん)これにあり

　　　　讀西遊記羅刹(さいいうきをよみらせつ)あねごに題(だい)す

　夕(ゆふ)すゞみ猿(さる)にうちはをとられけり

　稗蒔(ひえまき)に月(つき)さし入(い)るや板廂(いたびさし)

　手(て)にとれば月(つき)の雫(しづく)や夏(なつ)帽子(ばうし)

　露次(ろじ)ぐちや女(をんな)の袖(そで)に夏(なつ)帽子(ばうし)

　わか松(まつ)も小松(こまつ)も月(つき)の浴衣(ゆかた)かな

　うすものや月夜(つきよ)を紺(こん)の雨絣(あまがすり)

　うすものの螢(ほたる)を透(すか)す螢(ほたる)かな

　苔(こけ)の露(つゆ)十三塚(じふさんづか)の螢(ほたる)かな

　ゆく螢(ほたる) 宿場(しゆくば)のやみを戀塚(こひづか)へ

　梟(ふくろふ)の聲(こゑ)にみだれし螢(ほたる)かな

　髮長(かみなが)き螢(ほたる)もあらむ夜(よる)はふけぬ

　午(ひる)の螢(ほたる)ゆびわの珠(たま)にすき通(とほ)る

　蝙蝠(かうもり)や二日(ふつか)月夜(づきよ)の柳町(やなぎちやう)

　馬道(うまみち)を水鷄(くひな)のありく夜更(よふけ)かな

　　　　玉造温泉(たまつくりおんせん)にて

　水晶(すゐしやう)を夜(よる)(き)る谷(たに)や時鳥(ほととぎす)

　白山(はくさん)のそのしのゝめやほとゝぎす

　筍(たけのこ)や狢(むじな)の穴(あな)の葎(むぐら)より

　竹(たけ)の子(こ)や藪(やぶ)の中(なか)から酒(さけ)買(か)ひに

　卯(う)の花(はな)や家(いへ)をめぐれば小(ちさ)き橋(はし)

　よしありて卯(う)の花垣(はながき)の妾(おもひもの)

　一八(いちはつ)やはや程(ほど)ケ谷(や)の草(くさ)の屋根(やね)

　野(の)の池(いけ)や葉(は)ばかりのびし杜若(かきつばた)

　わが戀(こひ)は人(ひと)とる沼(ぬま)の花(はな)菖蒲(あやめ)

　みちのくや牡丹(ぼたん)驛(えき)またあやめ宿(やど)

　寺(てら)幽(しづか)に牡丹(ぼたん)もゆなり麥(むぎ)の中(なか)

　河骨(かうほね)やあをい目高(めだか)がつゝと行(ゆ)く

　河骨(かうほね)の影(かげ)ゆく青(あを)き小(こ)魚(うを)かな

　雲白(くもしろ)し山蔭(やまかげ)の田(た)の紅(べに)蓮華(れんげ)

　葉柳(はやなぎ)や盥(たらひ)のきぬの淺(あさ)みどり

　新築(しんちく)の青葉(あをば)がくれとなりにけり

　門(かど)の松(まつ)背戸(せど)の大松(おほまつ)みどりなり

　瀧(たき)三條(みすぢ)夕日(ゆふひ)にかゝる新樹(しんじゆ)かな

　幻(まばろし)の添水(そうづ)見(み)えける茂(しげ)りかな

　花二(はなふた)つ紫陽花(あぢさゐ)青(あを)き月夜(つきよ)かな

　掌(たなそこ)に花(はな)柚(ゆ)のせつゝ片(かた)折戸(をりど)

　花(はな)柘榴(ざくろ)雨(あめ)は銀杏(いてふ)にあがりけり

　常夏(とこなつ)に雨(あめ)はら／＼と白(しろ)い蝶(てふ)

　撫子(なでしこ)の根(ね)に寄(よ)る水(みづ)や夕(ゆふ)河原(がはら)

　晝顏(ひるがほ)の黄昏(たそがれ)見(み)たり歩(あゆ)み佗(わ)び

　夕顏(ゆふがほ)やほのかに縁(えん)の褄(つま)はづれ

　干瓢(かんぺう)や賤(しづ)の苧環(おだまき)剥(む)きかへし

　青蓼(あをたで)の廚(くりや)も見(み)えて麻暖簾(あさのれん)

　夏萩(なつはぎ)を見(み)乍(なが)ら丸髷(まげ)に結(ゆ)ひけるか

　百合(ゆり)白(しろ)く雨(あめ)の裡山(うらやま)暮(く)れにけり

　白菊(しらぎく)き菊(ぎく)そのほかに夏菊(なつぎく)の紫(むらさき)

　桑(くは)の實(み)のうれける枝(えだ)をやまかゞし

　海松(みる)ふさの颯(さ)と大(おほい)なり浪(なみ)がしら

俳句　
秋　

　　　泉鏡花作

　稻妻(いなづま)に道(みち)きく女(をんな)はだしかな

　秋(あき)の雲(くも)尾上(をのへ)の薄(すゝき) 見(み)ゆるなり

　實(み)柘榴(ざくろ)のうらすくばかり月夜(つきよ)かな

　十六夜(いざよい)やゆうべにおなじ女郎花(をみなへし)

　十六夜(いざよい)やたづねし人(ひと)は水神(すゐじん)に

　山伏(やまぶし)の篠山(しのやま)渡(わた)る初(はつ)あらし

　古(ふる)蚊屋(がや)にランプの宿(やど)よ初(はつ)あらし

　物干(ものほし)の草履(ざうり)飛行(とびゆ)く野分(のわき)かな

　朝霧(あさぎり)の下谷(したや)はれ行(ゆ)く人馬(じんば)哉(かな)

　露寒(つゆさむ)し露寒(つゆさむ)し月(つき)に蓑(みの)着(き)ばや

　爪彈(つまびき)の妹(いも)が夜(よ)寒(む)き柱(はしら)かな

　やぼがよし原(はら)に參(まゐ)り候(そろ)

　助六(すけろく)を夜(さむ)寒(さむ)の狸(たぬき)おもへらく

　遠里(とほざと)や七夕(たなばた)竹(だけ)に虹(にじ)かゝる

　貸(かし)小袖(こそで)袖(そで)を引(ひき)切(き)るおもひかな

　花火(はなび)遠(とほ)く木隱(こがくれ)の星(ほし)見(み)ゆるなり

　鼻紙(はながみ)に山蟻(やまあり)拂(はら)ふ墓參(ぼさん)かな

　たま棚(だな)や笹(ささ)の葉(は)がくれ蓮(はす)燈籠(どうろ)

　看病(かんびやう)の娘(すむめ) 出(だ)しやる踊(をどり)かな

　後(のち)の雛(ひな)うしろ姿(すがた)ぞ見(み)られける

　栃餠(とちもち)や藏(くら)よりとうづ砂糖(さたう)壺(つぼ)

　打(う)ちみだれ片乳(かたぢち)白(しろ)き砧(きぬた)かな

　砧(きぬた)うつはよい女房(にやうばう)か案山子(かかし)どの

　誰(た)が鳴子(なるこ)繪馬(ゑま)さかさまにかゝりたる

　來(く)るわ／＼扱(こ)くあとへ稻(いね)を引扛(ひつかつ)ぎ

　打(うち)果(は)てて雨(あめ)の網代(あじろ)に人(ひと)もなし

　行燈(あんどん)にかねつけとんぼ來(きた)りけり

　浦風(うらかぜ)や秋(あき)の蝶(てふ)飛(と)ぶ小松原(こまつばら)

　秋(あき)の蝶(てふ)さみしさに見(み)れば二(ふた)つかな

　きりぎりす此處(ここ)は砂村(すなむら)瓜畠(うりばたけ)

　鵙(もず)なくや大工(だいくく)飯(めし)食(く)ふ下(しも)屋敷(やしき)

　南天燭(なんてん)の實(み)にひよどりのさゝやきよ

　鳴(な)かでたゞ鶺鴒(せきれい)居(ゐ)るや石(いし)の上(うへ)

　木槿(むくげ)垣(がき)萩(むくげがきはぎ)の花垣(はながき)むかひあひ

　雪洞(ぼんぼり)に女(をんな)の袖(そで)や萩(はぎ)の露(つゆ)

　木犀(もくせい)の香(か)に染(にじ)む雨(あめ)の鴉(からす)かな

　濱寺(はまでら)に一本(ひともと)咲(さ)ける桔梗(ききやう)かな

　朝風(あさかぜ)や螢草(ほたるぐさ) 咲(さ)く蘆(あし)の中(なか)

　蘆垣(あしがき)に嫁菜(よめな)花(はな)さく洲崎(すさき)かな

　山姫(やまひめ)やすゝきの中(なか)の京人形(きやうにんぎやう)

　むら雨(さめ)や尾花(をばな)苫(とま)ふく捨(すて)小舟(をぶね)

　湯(ゆ)の山(やま)の村村(むらむら)おなじ小菊(こぎく)かな

　湯(ゆ)の山(やま)の小村小村(こむらこむら)や菊(きく)の花(はな)

　　　　鹽原(しほばら)にて

　むらもみぢ灯(ともし)して行(ゆ)く狢(むじな)の湯(ゆ)

　水瓶(みづがめ)に柳(やなぎ) 散込(ちりこ)む廚(くりや)かな

　田鼠(たねずみ)や薩摩芋(さつまいも)ひく葉(は)の戰(そよ)ぎ

　すさまじき蕈(きのこ)の椀(わん)や榾(ほた)あかり

俳句　
冬　

　　　泉鏡花作

　初冬(はつふゆ)の狐(きつね)の聲(こゑ)ときこえたり

　初霜(はつしも)や落葉(おちば)の上(うへ)の青笹(あをざさ)に

　朝霜(あさしも)やちよぼに勝(か)ちたる懷手(ふところで)

　夕霜(ゆふしも)や湖畔(こはん)の焚火(たきび)金色(こんじき)に

　凩(こが)らしに鰒(ふぐ)ひつさげて高(たか)足駄(あしだ)

　こがらしや噴水(ふんすい)に飛(と)ぶ鉋屑(かんなくづ)

　凩(こがらし)や天狗(てんぐ)が築(きづ)く一夜(いちや)塔(たふ)

　川添(かはぞひ)や酒屋(さかや)とうふ屋(や)時雨(しぐれ)れつゝ

　川添(かはぞひ)の飴屋(あめや)油屋(あぶらや)時雨(しぐれ)けり

　片(かた)時雨(しぐれ)杉葉(すぎば)かけたる軒暗(のきくら)し

　鵺(ぬえ)の額(がく)かゝる霙(みぞれ)の峰(みね)の堂(だう)

　飛(と)びかはす鶸(ひわ)よ鶲(ひたき)よ雪(ゆき)の藪(やぶ)

　一(ひと)つ咲(さ)く薄色(うすいろ)椿(つばき) 庭(には)の雪(ゆき)

　結綿(ゆひわた)に蓑(みの)きて白(しろ)し雪女郎(ゆきぢよらう)

　雪(ゆき)ぢやとて遣手(やりて)が古(ふる)き頭巾(づきん)かな

　質(しち)おいて番傘(ばんがさ)買(か)ふや夜(よる)の雪(ゆき)

　抱(だ)きしめて逢(あ)ふ夜(よ)は雪(ゆき)のつもりけり

　下(した)かけもいうぜんならし置(おき)炬燵(ごたつ)

　藏前(くらまへ)や師走(しはす)月夜(づきよ)の炭俵(すみだはら)

　ピンゾロの丁(ちやう)と起(お)きたり鐘(かね)氷(こほ)る

　松明(まつ)投(な)げて獸追(けだものお)ひやる枯野(かれの)かな

　榾(ほた)たくや峠(たうげ)の茶屋(ちやや)にいわし賣(うり)

　水涕(みづばな)や頬當(ほゝあて)かくる小手(こて)の上(うへ)

　山笹(やまざさ)をたばねて打(う)つや冬(ふゆ)の蠅(はへ)

　曉(あかつき)や尾上(をのへ)を一(ひと)つ行(ゆ)く千鳥(ちどり)

　鳥叫(とりさけ)びて千鳥(ちどり)を起(おこ)す遣手(やりて)かな

　姥(うば)巫女(みこ)が梟抱(ふくろふだ)いて通(とほ)りけり

　京(きやう)に入(い)りて市(いち)の鯨(くぢら)を見(み)たりけり

　猪(ゐのしゝ)やてんてれつくてんてれつくと

　臥(ふす)猪(ゐ)かと驚(おどろく)く朴(ほゝ)の落葉(おちば)かな

　冬櫻(ふゆざくら)めじろの群(む)れて居(ゐ)たりけり

　湯(ゆ)の村(むら)に菊屋(きくや)山茶花(さゞんくわ)冬(ふゆ)薔薇(さうび)

　山茶花(さゞんくわ)に雨(あめ)待(ま)つこゝろ小(こしば)垣(がき)

　山茶花(さざんくわ)に此(こ)の熱燗(あつかん)の恥(はづ)かしき

　路傍(みちばた)の石(いし)に夕日(ゆふひ)や枯(かれ)すゝき

　日(ひ)あたりや蜜柑(みかん)の畑(はた)の冬椿(ふゆつばき)