やぶちゃんの電子テクスト:小説・随筆篇へ
鬼火へ
■芥川龍之介「蜘蛛の糸」のやぶちゃんによる岩波版全集との校異
copyright 2008 Yabtyan
○本ページは、私の電子テクストである大正8(1919)年新潮社刊の芥川龍之介作品集『傀儡師』所収版の「蜘蛛の糸」(但し、底本は昭和55(1980)年ほるぷ社『特選 名著復刻全集 近代文学館』で復刻されたもの)の別ページ注である。各章ごとに岩波版旧全集本文(こちらも私の電子テクストにある)との相違箇所を示した。ちなみに、岩波版旧全集注記は句読点や改行、漢字表記の違い等は一切省略されている(それは本文冒頭注記に示した小島政二郎の証言によって普及版全集を伝家の宝刀として絶対視するからである)。それにしても表現の相違箇所も漏れているものがあり、残念ながら校異注記としては杜撰である。
また、検索で此方に直に来られた方は、以下のリンクで私のHP「鬼火」又は私の「やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇」へ一度向われたい。
□やぶちゃんによる岩波版全集との校異
一
・【傀儡師】やがてお釋迦樣は→【岩波旧全集(この表示は以下では原則省略する)】やがて御釋迦樣は:以下同様で、多出するので、省略する。
・【傀儡師】或日の事でございます。御釋迦樣は極樂の蓮池のふちを、獨りでぶらぶら御歩きになつていらつしやいました。→ 或日の事でございます。御釋迦樣は極樂の蓮池のふちを、獨りでぶらぶら御歩きになつていらつしやいました。池の中に咲いてゐる蓮の花は……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】好い匂→好い匀
・【傀儡師】絶間なくあたりへ溢れて居ります。→絶間なくあたりへ溢れて居ります。極樂は丁度……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】極樂は丁度朝なのでございました。→極樂は丁度朝なのでございませう。
・【傀儡師】お佇み→御佇み
・【傀儡師】水の面(つら)→水の面(おもて)
・【傀儡師】ふと下の容子を御覽になりました。→ふと下の容子を御覽になりました。この極樂の蓮池の下は、……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】地獄の底に當つてをりますから、→地獄の底に當つて居りますから、
・【傀儡師】まるで覗き眼鏡を見るやうに、→丁度覗き眼鏡を見るやうに、
・【傀儡師】お眼に止まりました。→御眼に止まりました。
・【傀儡師】お眼に止まりました。→お眼に止まりました。この犍陀多と云ふ男は、……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】いろ/\惡事を→いろいろ惡事を
・【傀儡師】路ばたを這つて行くのが見えました。→路ばたを這つて行くのが見えました。そこで犍陀多……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】そこで犍陀多早速足を擧げて、→そこで犍陀多は早速足を擧げて、:脱字。
・【傀儡師】その命を無暗にとるといふ事は→その命を無暗にとると云ふ事は
・【傀儡師】いくら何でも可哀さうだ」→いくら何でも可哀さうだ。」
・【傀儡師】その蜘蛛を殺さずに助けてやりました。→その蜘蛛を殺さずに助けてやつたからでございます。
・【傀儡師】蜘蛛(くも)を助けた事があるのを、御思ひ出しになりました。→蜘蛛(くも)を助けた事があるのを御思ひ出しになりました。
・【傀儡師】出來るならこの男を地獄から救い出してやらう→出來るなら、この男を地獄から救い出してやらう
・【傀儡師】幸側を御覧になりますと、→幸、側を見ますと、
・【傀儡師】銀色の糸をかけてをりました。→銀色の糸をかけて居ります。
・【傀儡師】お釋迦樣はその蜘蛛の糸を、そつと御手に→お釋迦樣はその蜘蛛の糸をそつと御手に
・【傀儡師】お取りに→御取りに
・【傀儡師】なりました。さうしてそれを、玉のやうな白蓮の間から→なって、玉のやうな白蓮の間から
・【傀儡師】遙か下にある地獄の底へ、まつすぐに→遙か下にある地獄の底へまつすぐに
・【傀儡師】御下しなさいました。→御下しなさいました。
二
・【傀儡師】ほかの罪人→外の罪人
・【傀儡師】一しよに浮いたり沈んだり→一しよに、浮いたり沈んだり
・【傀儡師】犍陀多(かんだた)でございます。→犍陀多(かんだた)でございます。何しろどちらを見ても、……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】何しろどちらを見てもまつ暗で、→何しろどちらを見ても、まつ暗で、
・【傀儡師】たまにそのくら闇から→たまにそのくら暗から
・【傀儡師】その心細さと言つたら→その心細さと云つたら
・【傀儡師】墓の中のやうにしんと靜まり返つてゐて→墓の中のやうにしんと靜まり返つて
・【傀儡師】たまに聞えるものと言つては→たまに聞えるものと云つては
・【傀儡師】たゞ罪人がつく微な嘆息→唯罪人がつく微な嘆息
・【傀儡師】罪人がつく微な嘆息ばかりでございます。→罪人がつく微な嘆息ばかりでございます。これはここへ落ちて來るほどの人間は、……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】これはここへ落ちて來る程の人間は→これはこゝへ落ちて來る程の人間は
・【傀儡師】泣聲を出す力さへなくなつてゐるのでございました。→泣聲を出す力さへなくなつてゐるのでございませう。
・【傀儡師】泣聲を出す力さへなくなつてゐるのでございました。→泣聲を出す力さへなくなつてゐるのでございました。ですからさすが大泥坊の犍陀多も、:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】まるで死にかゝつた蛙→まるで死にかかつた蛙
・【傀儡師】唯もがいてばかりをりました。→唯もがいてばかり居りました。
・【傀儡師】ところが或時の事でございます→所が或時の事でございます
・【傀儡師】そのひつそりとした闇の中を→そのひつそりとした暗の中を
・【傀儡師】遠い遠い天の上から→遠い遠い天上から
・【傀儡師】人目にかゝるのを恐れるやうに→人目にかかるのを恐れるやうに
・【傀儡師】するすると、自分の上へ垂れて參るではございませんか。→するすると自分の上へ垂れて參るではございませんか。:なお、【岩波旧全集】では、ここは底本の岩波普及版全集では「自分の上へ垂れて參るのではございませんか。」とあるのを、諸本に従って、「參るではございませんか」と唯一、変更している。
・【傀儡師】自分の上へ垂れて參るではございませんか。→自分の上へ垂れて參るではございませんか。犍陀多はこれを見ると、……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】思はず手を打つて喜びました→思はず手を拍つて喜びました
・【傀儡師】きつと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。→きつと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。いや、うまく行くと、……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】さうすれば、針の山へ追ひ上げられる→さうすれば、もう針の山へ追ひ上げられる
・【傀儡師】追ひ上げられることもなくなれば→追ひ上げられる事もなくなれば
・【傀儡師】血の池に沈められることも→血の池に沈められる事も
・【傀儡師】早速その蜘蛛の糸を、兩手でしつかりと→早速その蜘蛛の糸を兩手でしつかりと
・【傀儡師】兩手でしつかりと摑みながら→兩手でしつかりとつかみながら、
・【傀儡師】一生懸命に上へ上へと、たぐりのぼり始めました→一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました
・【傀儡師】たぐりのぼり始めました。→たぐりのぼり始めました。元より大泥坊の事でございますから、……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】かういふ事には→かう云ふ事には
・【傀儡師】事には、昔から慣れ切つてゐるのでございます。→事には昔から、慣れ切つてゐるのでございます。
・【傀儡師】いくら焦つて見たところで→いくら焦つて見た所で
・【傀儡師】もう一たぐりも上の方へは、のぼれなくなつてしまひました。→もう一たぐりも上の方へはのぼれなくなつてしまひました。
・【傀儡師】のぼれなくなつてしまひました。→のぼれなくなつてしまひました。そこで仕方がございませんから、……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】今ではもう何時の間にか、暗の底にかくれて居りました。→今ではもう暗の底に何時の間にかかくれて居ります。
・【傀儡師】地獄からぬけ出すのも、存外わけがないかも知れません。→地獄からぬけ出すのも、存外わけがないかも知れません。犍陀多は兩手を蜘蛛の糸にからみながら、……:【岩波旧全集】は改行なし。
・【傀儡師】こゝへ來てから→ここへ來てから
・【傀儡師】來てから、何年にも出した事のない聲で→來てから何年にも出した事のない聲で
・【傀儡師】「しめた。しめた。」と笑ひました。→「しめた。しめた。」:【岩波旧全集】はここで改行なしで、「所が……」(表記次注参照)へと続く。
・【傀儡師】ところがふと氣がつきますと→所がふと氣がつきますと
・【傀儡師】やはり上へ上へと一心に→やはり上へ上へ一心に
・【傀儡師】よぢのぼつて來るではございませんか。→よぢのぼつて來るではございませんか。犍陀多はこれを見ると、……:【岩波旧全集】はここで改行なし。
・【傀儡師】驚いたのと恐しいのとで暫くは唯、→驚いたのと恐しいのとで、暫くは唯、
・【傀儡師】眼ばかり動かして居りました。→眼(め)ばかり動かして居りました。自分一人でさへ斷(き)れさうな、……:【岩波旧全集】はここで改行なし。
・【傀儡師】どうしてあれだけの人數の重みに堪へる事が出來ませう。→どうしてあれだけの人數の重みに堪へる事が出來ませう。もし萬一途中で斷れたと致しましたら、……:【岩波旧全集】はここで改行なし。
・【傀儡師】もし萬一、途中で斷れたと致しましたら→もし萬一途中で斷れたと致しましたら
・【傀儡師】折角こゝへまで→折角ここへまで
・【傀儡師】のぼつて來た、この肝腎な自分までも、→のぼつて來たこの肝腎な自分までも、
・【傀儡師】もとの地獄へ逆落しに→元の地獄へ逆落しに
・【傀儡師】大變でございます。→大變でございます。が、さう云ふ中にも、……:【岩波旧全集】はここで改行なし。
・【傀儡師】が、さういふ中にも、→が、さう云ふ中にも、
・【傀儡師】うよ/\と這ひ上つて→うようよと這ひ上つて
・【傀儡師】そこで犍陀多は大きな聲を出して、→そこで犍陀多は大きな聲を出して、「こら、罪人ども。……:【岩波旧全集】はここで改行なし。
・【傀儡師】お前たちは一體誰の許を受けて、→お前たちは一體誰に尋(き)いて、
・【傀儡師】のぼつて來た?→のぼつて來た。
・【傀儡師】その途端でございます。→その途端でございます。今まで何ともなかつた蜘蛛の糸が、……:【岩波旧全集】はここで改行なし。
・【傀儡師】ぷつりと音を立てゝ→ぷつりと音を立てて
・【傀儡師】斷れました。→斷れました。ですから犍陀多もたまりません。……:【岩波旧全集】はここで改行なし。
・【傀儡師】くる/\まはりながち→くるくるまはりながら:「ながち」の「ち」は誤植。
・【傀儡師】きら/\と細く光りながら→きらきらと細く光りながら
三
・【傀儡師】又ぶら/\→又ぶらぶら
・【傀儡師】始めました。→始めました。自分ばかり地獄からぬけ出さうとする、……:【岩波旧全集】はここで改行なし。
・【傀儡師】もとの地獄へ→元の地獄へ
・【傀儡師】お目から見ると→御目から見ると
・【傀儡師】頓着致しません。その玉のやうな白い花は、……:【岩波旧全集】はここで改行なし。
・以下、最後の部分は大きな異同が認められるので、最終段落三段落分(そもそも【岩波旧全集】では続いて一段落となっている)を比較して示す。これは表記を除いても別稿と称してもいい「改変」ではある。
【傀儡師】
その玉のやうな白い花は、お釋迦樣のお足(みあし)のまはりに、ゆら/\と萼(うてな)を動かしてをります。
そのたんびに、まん中にある金色の蕋からは、何とも云へない好(よ)い匂(にほひ)が、絶間なくあたりへ溢れ出ます。
極樂ももう午(ひる)に近くなりました。
↓
【岩波旧全集】
その玉のやうな白い花は、御釋迦樣の御足(おみあし)のまはりに、ゆらゆら萼(うてな)を動かして、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好(よ)い匀が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。極樂ももう午(ひる)に近くなつたのでございませう。