「藪の中」殺人事件公判記録
記載責任者:やぶちゃん (©藪野直史)
本ページは1990年にその原型を作成した芥川龍之介の「藪の中」の高等学校現代文用の私の完全オリジナル授業案である。これに関しては私は著作権を放棄しない。無断転載及び無断で本記載の一部若しくは全部を用いた実授業の実施はこれを禁ずる。万一、本HPにアクセスし、受けている授業にそれを感じた生徒諸君は鮮やかに該当剽窃教員を指弾することを求む。
高校生による「藪の中」殺人事件の一推理~「藪の中」殺人事件を推理する R.H.生(copyright 2009 Yabtyan-osiego)へ
2010年の「藪の中」授業にて追加した内容(copyright 2010 Yabtyan)へ
○検非違使(検察)側証人 木樵り
証言 遺体第一発見者の証言
・発見の日時
(事件発生の翌日である)今日の朝。
・発見の状況
証人は、毎日の仕事である杉の伐採のため、裏山へゆく途中、遺体を発見した。
・現場の状況
山科の駅路から山陰に四、五町=約四七〇~五五〇メートル(一町=一〇九メートル強)入った藪の中。
普段は人気のないところ。
馬の通う路とは藪一つ隔たった馬の入れない場所。
一面に踏み荒らされており、争った跡がある。【下線部は推測。】
・遺体の状況
うすい藍色の水干に、都風のさび烏帽子をかぶったまま、仰向けに倒れていた。
死体の周囲の落葉は、おびただしい血液によって、暗褐色を呈していた。
血液は凝固していた。
・外傷の状況
胸部の(心臓若しくは胸部大動脈に達すると思われる)一突きの創傷が致命傷。他に傷は認められない【下線部は推測。】。出血は止まっており、傷跡も乾いていた。
☆死因【推定】……上記創傷による失血死と思われる。
・遺留品の状況
①縄……遺体のそばの杉の根がた。
②櫛……?
☆陳述からして、遺体のそば、杉の根がたから程遠くない場所、遺体と縄との距離とさほど変わらない(多少、遠いかも知れない)、距離と判断される。
太刀及び馬は見なかった。
☆「裏山」という表現から、木樵りは遺体発見現場から、そう遠くない所に居住している。
☆遺体の口中についての陳述がない。従って、遺体の口は何も(後の陳述に表われる笹の落ち葉等)含んでいなかったと考えてよい。
●やぶちゃんの疑問
★「一刀」「殺される」という断定的表現に不自然さはないか? そもそも、遺体を詳細に検分したわけでもない彼が、即時的に遺体の傷が胸部創傷のみであることを述べていること自体が、不自然である。
★遺留品の思い出し方に不自然さはないか?(これについては後述する特別反対尋問を参照)
○検非違使側証人 旅法師(修行僧)
証言 被害者の事件前の最後と思われる目撃者の陳述
・目撃の日時
昨日(事件当日)の正午頃。
・目撃の場所
関山から山科への街道の途中。
・目撃の状況
証人は、関山から山科方向へ行脚の途中、害者とすれちがった。
・害者の様子
馬に乗った女と関山方向へ歩いていた。
太刀と弓・二十あまりの征矢をさした黒塗りの箙を所持していた。
・同行していた女性の様子
馬に乗っていた。牟子をたらしていたため、顔は見えなかった。
萩重ね【表・えび茶色/裏・青~襲(かさね)の色目(いろめ)の名称。】らしい服を着ていた。
・乗用していた馬の様子
月毛【葦毛(白を基調に黒・茶・赤の混じったもの)の赤ばんだ毛色。】。
法師髪【たてがみをちゃんと刈り込んでいること。】で、「四寸(よき)」(一メートル三十三センチメートル:「寸(き)」は馬の背丈(文字通り、頸の後部の跨る背の前部まで)を示す専用の助数詞で、標準の高さを四尺(一・二一メートル)とし、それよりも一寸(すん)高い物から一寸(ひとき)と数えていった))程の丈(中世までの日本産の馬の大きさは想像以上に小型であった。例えば、義経の「鵯越え」の発案に、畠山重忠は反対しているが(大事な馬の脚が折れる危惧があるという理由である)、決行された。その際、重忠は自分の愛馬を背負って徒歩で崖を下っているのである)。
●やぶちゃんの疑問
☆同行女性についての証言が少ないのは何故か?
↓
俗を離れねばならない沙門(僧侶)だから。
↓★しかし本当にそうか(他のデーティルは異様なほどに詳しいのに)?
★出家として建前上、そう振舞っている可能性はある。そもそも当時の旅法師の中には、法師姿をした浮浪者、詐欺師、犯罪者が多く混在していたことを念頭に置いておく必要がある。そのような悪意の目で見るならば、最後の言葉も如何にもな紋切り型である。心から死者の霊を弔っているようには見えない。まさに文字通り末法の世の僧ではないか。
○検非違使側証人 放免
証言 逮捕時の役人(巡査相当)の陳述
・被疑者
本籍・住所 不定
氏名 多襄丸(たじょうまる)
年齢 不詳(やぶちゃん注:この害者達の年齢は、武弘がいかさま話を信用してしまう点や真砂と彼の絡みのエピソードから、武弘と同年齢で二十五、六歳と推定しておくのがよいと思われる)
職業 無職
・逮捕時の容疑
窃盗、暴行、傷害、強姦、強盗、強盗殺人(昨年の鳥部寺二女性殺人事件の有力容疑者:やぶちゃん注:本ページ末尾「★裁判参考資料」参照)。
・逮捕の日時
昨夜(事件当日)の午後八時頃。
・逮捕の場所
粟田口(あわだぐち~京の入口)石橋の上。
・逮捕時の状況
落馬したらしく【下線部推測】、うなっていた。
紺の水干に、打ち出しの太刀、弓、黒塗りの箙、十七本の征矢を所持。
・乗用していたと思われる馬の状況
法師髪の月毛で、容疑者のそばにいた。
・意見
多襄丸は女好きの盗賊で【下線部は犯罪者集団や放免仲間での噂。】、同行の女性もすでに殺されている可能性がある。【下線部は単なる憶測。】
●やぶちゃんの疑問
証人は被告に対して強い先入観を抱いている。以前から追っていた宿敵であり、今回、昨年の鳥部寺二女性殺人事件の有力容疑者として(注意が必要。彼が多襄丸を捕縛したのは主にこの容疑によるもので、瓢箪から駒で本件容疑者であることがここでこの証言の瞬間に判明したということである)自分が逮捕したことについて強い自負心を抱いている。従って、客観性に欠く部分が全くないとは言えない。また、放免は当時、比較的軽い罪を犯したものを、処刑する代わりに、警察官相当の職務に使役していたという事実を忘れてはならない。彼等は、本来なら、多襄丸とそう変わらない悪党のだったのである(当時の絵巻に登場する彼等の画像は如何にもタチが悪そうに描かれている)。そうしたバイアスをかけて、再度、彼の証言を聴くと、その得意満面な自己肥大の様子や、検非違使に対するおもねり、出過ぎた過大解釈がクロースアップされて来はしないか? 但し、逆に、元悪党仲間のネットワークを駆使して、警察行動を円滑にしていた部分もあったであろうし、本証言中の彼の憶測も、そのような観点から積極的に評価する必要もあることは言を待たない。なお、私は、この放免に対して、ある疑いを抱いている。それは、本ページ末尾「★裁判参考資料」の前置を参照されたい。
○検非違使側証人 媼
証言 害者の義母(被害者の妻の実母)の陳述
・被害者
本籍・住所 若狭国国府
氏名 金澤武弘(かなざわのたけひろ)
年齢 二十六歳(満二十五歳)
職業 同所国司の役所の侍(地方公務員)
・殺される動機
優しい人柄で、人に恨まれるような心当たりはない。〈怨恨の線は薄い〉
・不明である、被害者の妻
本籍・住所 害者に同じ
氏名 真砂(まさご)
年齢 十九歳(満十八歳)
職業 専業主婦
その他 初婚・婚前の他の恋愛経験なし
・真砂の特徴
顔が浅黒い。左の目尻に黒子。小さな瓜実顔。
男に劣らぬ勝ち気な性格。
・事件当日の状況
武弘は昨日(事件当日)、妻真砂を連れて、京を立ち、若狭へ向かった。
●やぶちゃんの疑問
武弘の人柄や、真砂が他の男を知らないという証言は信憑性があるか? 身内の証言なので一応、疑ってみる必要はある。そもそも、夫の人格(日本的習慣からして死者を悪く言うことを憚るのは当然)や夫婦関係・真砂の異性関係に問題があったとしても、このような場で、それを正直に証言するとは思われない。
◎事件関連概念図
媼(在京)
若狭――――――関山――――――山科――――粟田口――京
×木樵り(遺体発見現場) 多襄丸(落馬?)
←害者達 放免(多襄丸捕縛)
旅法師→
◎遺体発見現場見取図(やぶちゃん注:各自でちゃんと描くように! 現場百回!)
○竹藪の中のやや開いた杉むら
~やぶちゃん注:「杉むら」という以上、「やや開い」てはいるものの、相応な、複数の杉の木(武弘が縛せられたやせ杉と同様の)が生えているということと、周囲は鬱蒼とした藪であること。
(一面に踏み荒らされた跡がある)
○やせ杉
×遺体
×縄 ×櫛
○やせ杉
○やせ杉
○被告人 多襄丸
〈罪状認否〉
金澤武弘の殺害を自供するも、真砂については、強姦の事実を認めたものの、殺害については否認。
〈自白調書〉
・犯行の日時
昨日の正午過ぎ。
・犯行の場所
山科の駅路から入った人気のない藪の中。
・犯行の動機
垣間見た真砂の顔が女菩薩に見え、真砂を奪おう(強姦しよう)と思った。その際、最初は武弘を殺して奪おうと決意した〈殺意の認定〉が、直後にできるだけ武弘を殺さずに奪おうと決意を変えた。〈殺意の変更:未必の故意としての殺意の認定〉
◎未必の故意【法学用語】
犯罪を積極的に犯そうと思っているわけではないが、自分の行為から犯罪事実が発生し得るということを認識しており、そうなってもやむを得ないと思う心理状態。
↓
◎未必の故意としての殺意
積極的には殺すつもりはないが、殺さざるを得なくなったら、殺しても仕方がないという気持ち。
・犯行の手段と実行行為
武弘を殺さずに奪うという目的を達成するために、まず人気のない山の中へ、夫婦を誘い込むことにした。向こうの山に古塚があり、そこを暴いたところ、鏡や太刀が沢山出てきたので、山陰の藪の中へ埋めてある、それを安い値で売りたいという作り話を持ち掛けたところ、夫婦はついて来た。その間一時間弱。
山路の奥にある藪までくると、真砂は藪の外に残るといい、武弘と私は藪の中へ入った。[ここまでは道があり、約五百メートル程本道より離れていると考えられる]五十メートル程入った所の空き地を指して、そこに宝を埋めてあると言ったところ、武弘は前に進んだ。それを好機として、私は、背後から武弘を組み伏せた。そして常時侵入用に所持している縄で武弘を杉の根がたに括りつけ、声を出さないように竹の落ち葉を頬張らせた。〈犯行は衝動的なもので計画的なものではない〉〈傷害罪監禁罪成立〉
私は真砂の所へ戻り、武弘が急病を起こしたらしいので見に来てくれと言い、武弘のもとへ連れて行った。状況を察知した真砂は小刀で抵抗したが、組み伏せ強姦した。〈強姦罪成立〉
その後、逃げようとしたところ、真砂は私か武弘のどちらか一人死んでくれ、二人の男に恥を見せるのは、死ぬよりつらい、生き残った男に連れ添いたいと泣いてすがりついて来たので、その時私は、この女を妻にしたいという愛情を持ち、武弘を殺さない限りここは去るまいと決意した。〈殺意の変更:殺意の認定〉〈真砂は決闘罪成立〉
私は、武弘の縄を解き、太刀で戦えと言った。二十三合目に私の太刀は、武弘の胸を貫いた。〈決闘殺傷罪成立〉
・犯行後の状況
振り返ったところ、真砂はおらず、助けを呼びに行ったのかもしれないと思い、太刀や弓、馬を奪って京へ逃走した。太刀は京に入る前に手放した。〈死体遺棄罪及び強盗罪成立〉
☆前提要件:続く二者の陳述は強姦後から始まっており、そこに多襄丸証言の強姦に至るまでの陳述との齟齬は認められない。従って、強姦までの事実は多襄丸証言通りと認定する。
☆調書の補足:両手が自由になった武弘は当然、口の中の落ち葉を自ら綺麗に排除して、決闘に臨んだはずである。従って、この証言通りならば遺体の口の中には全く笹の落ち葉はないはずである。
☆逮捕時の落馬のという放免の推測について、彼はそれを否定する証言はしていない。従って、放免の落馬という推測は、正しかったととってよい(ちなみに黒澤明の「羅生門」では、落馬を激しく否定する三船敏郎演じる多襄丸の印象的な台詞が挿入されている)。
●やぶちゃんの疑問
★二十三合斬り合ったというが、普通、こうした状態にあって合数を数えていられるというのは、不自然ではないか? かえって、この話の作話性を感じさせる。
★二十三合斬り合ったという被告人の打ち出しの太刀及び手放した害者の太刀を証拠として請求したい。共に(若しくはどちらか一方に)相当な歯こぼれが生じていなければならないはずである。但し、害者の太刀については、実際に闇のルートで売買されていれば、証拠保全は出来ないものと思われる。
★被告人の打ち出しの太刀と遺体の胸部創傷は一致するか?〈法医学鑑定:後述する〔●遺体剖検についてのやぶちゃんの不服申立〕参照〉
★相当の決闘にも拘らず、遺体が烏帽子をかぶったままであるのは不自然ではないか?
●やぶちゃんの総括
被告人の証言は、検非違使という権力に対して極めて挑戦的であり、また、真砂に対して極めて純粋な愛を抱いたという辺り、至極アンチ・ヒーロー然としている。さらに武弘殺害については、決闘という一応の合意性と、男同士の戦いという精神性が強調されてもいる。ここでの真砂は、悪女の印象を与えない点にも留意すべきである。あるいは彼女は、憎むべき野獣への復讐を夫に託し、また国府の侍たる武弘の、決闘の勝利(彼女自身の恨みを晴らしてもらうためでもある)を確信して、芝居を打ったものであり、多襄丸自身の自白にある通り、決闘が始まると同時に助けを求めに逃げたともとれるからである。
○証人 真砂
事件後行方不明であったが、清水寺に懺悔に来たところを保護される。
証言 害者の妻であり、多襄丸の強姦の被害者の陳述
・強姦後の状況
夫のところへ走り寄ろうとしたところ、多襄丸に蹴倒された。その際、夫の眼の中に、私を蔑んだ、冷たい光を見て、我知らず何か叫んだきり、意識を失った。
気がついてみると、多襄丸はおらず、杉の根かたに武弘は縛られたまま、先程と同じ目をしていた。私は武弘のそばに近寄り、「私は死にますから、私の恥を御覧になった以上、あなたも死んで下さい」と言った。その際も、武弘は私を忌まわしそうに見つめていた。
私は武弘の太刀を探してみたが、多襄丸が奪取して行ったらしく、なかったので、自分の小刀を拾い、再度、武弘にともども死ぬことの確認をとった。武弘は私を蔑んだ目のまま、口を動かし、私はそれを『殺せ』と言ったと判断した。夢うつつの内に、武弘の胸に小刀を刺した。直後に気を失ったものと思われる。〈真砂は自殺幇助罪成立-但し心神耗弱状態〉〈多襄丸は強盗罪成立〉
気がついてみると、武弘は息絶えていた。時刻は夕方日没の前であった。私は、死骸の縄を解き捨てた。(そこを去った。)〈真砂は死体遺棄罪成立〉
小刀を喉に突き立てたり、山裾の池に身を投げようと試みたが、死にきれず、清水寺に懺悔に参った。〈自首相当〉
☆彼女の証言を検討する場合は、レイプによるPTSD(Post-Traumatic Stress Disorder 心的外傷後ストレス障害)を十分配慮しなければならない。
Post Traumatic Stress Disorder (PTSD)のDSM-IVによる規定(英文)
同要約邦訳
●やぶちゃんの疑問
★なぜ武弘の口の中の落ち葉を排除してやらなかったのか? 落ち葉を頬張った状態の口の動きを「殺せ」と読唇出来たか? 「殺せ」という発辞は、“korose”であるが、これは「よせ」“yose”という発辞の母音と極めて近似していると言えないだろうか?
★この証言では、現場が一面に踏み荒らされていたことの説明がつかないのではないか?→×説明はつく。武弘が縛られた際の乱闘とその後の真砂のレイプな纏わる乱闘で十分である。
★証人は「小刀を振り上げ」「夫の縹の水干の胸へ、ずぶりと小刀を刺し通し」 たと証言しているが、木に縛り付けられた害者と、証言者の位置関係を考えた時、振り上げた状態から、害者の胸部を突くというのは不自然ではないか? 証言者の胸の辺りで両手で保持した小刀を前方に思い切り突き出し、自分の体重をかける方法が完遂するに自然な方法ではないか?
★証言通りならば、証人は害者の返り血を浴びている可能性が大ではないか?
やぶちゃん注:彼女が真に相当な悪女として、本証言を用意していたとすれば、当然、彼女の衣服には血痕が付着している。従って、血痕があったからといって、彼女の証言の信憑性が堅固なものになるとは、必ずしも言えない点に留意したい。
★証言通りならば、武弘を縛っていた縄には血痕が付着していなければならないのではないか?
★遺体は仰向けになって杉に近い位置にあった。この証言では、遺体は杉の根元にもたれるか、もしくはそこに上体を屈した形で俯した状態になる。ともかく杉の根元になくてはならない。矛盾である。
★証言の通りならば、多量の血痕は、杉の根元になくてはならない。矛盾である。
★男に劣らぬ勝ち気な性格であるという母親の証言もある。心中をもちかけたのはあなた自身である。それなのに、なぜ自害できなかったのか?
やぶちゃん注:これは勿論、「自害するのが当然だ」と言うのではない。証言者が強姦の被害者であることを否定する意図はさらさらなく、強姦によるPTSDによって、正常な自己判断がある程度、低下していたことも認めた上での、しかし証言自体に対する総体的疑義のワンステップである。言わばこれは、検察側尋問の過程的常套手段であり、弁護側の異議申立は当然想定内にある。相当な答えを期待するものでは、実は、ない。
★遺体の縄を解いたとは述べているが、口中の落ち葉を取り去ったとは述べていない。だとすれば、遺体の口中には、笹の落ち葉が含まれていなければならないはずであるが、真砂証言以外の証言は、悉く遺体の口中に笹の落ち葉は含まれていないことを示す証言ばかりである。
やぶちゃん注:彼女は、「記憶にありませんが、縄をほどいた際に、取り去ってやったものと思います。」と答えるかも知れない。しかし、死んだ人間の口の中に、目一杯頬張らされた笹の落ち葉を掻き出すのは、かなり大変な作業である。その奇異なる難儀な行為を全く覚えていないのは、この陳述のその前後に行った行為の記憶の鮮明さから見て、極めて不自然である。また、遺体の死後硬直は死後2時間後から生じるが、その最初期の硬直は顎関節に始まる。硬直した(と十分に考えられる時間経過の後)死体の口の中から仮に真砂がそれを完全に綺麗に除去しようとしても、やはりこれは極めて困難なことである。
★「のどに小刀を突き立てた」というなら、証言者の頸部にためらい傷があるはずである。それを見せてもらいたい。
やぶちゃん注:彼女が真に相当な悪女として、本証言を用意していたとすれば、当然、彼女の首にはためらい傷がある。従って、あったからといって、彼女の証言の信憑性が堅固なものになるとは、必ずしも言えない点に留意したい。
★証言を裏付ける証言者の所持品であった小刀を提示してもらいたい。
やぶちゃん注:彼女は小刀を所持していないと思われる。それについての尋問には、恐らく「藪の中か池で紛失した」と述べるであろう。所持していれば、真っ先に、検非違使に提出し、証言中でもそのことに(=現有物であることに)必ずや言及するはずである。何より、それが現時点(武弘霊証言がなされていない現在)での真砂証言の信憑性を、極めて強固なものにするはずの物証だからである(胸部創が太刀によるものか小刀によるものかの考察については後述する)。
●やぶちゃんの総括
★これらの反対尋問のほとんどについて、「覚えていない」「分かりません」で反論するであろう(それは弁護士の当然の指示でもある)。また、真砂の弁護人は、犯行時、彼女がレイプによるPTSDに罹患し心神耗弱状態にあったと主張し、精神鑑定を請求するであろう。
★証人は同情を誘う(=情状酌量の余地のある)心中未遂を強調している。
★真砂を訴追することは困難と思われる事実:清水寺は比叡山に対抗する当時の仏教権力の一翼であった。公権力といえども、その内実に介入することは極めて困難であった。寺も頼って来た信者に対しては手厚い保護を行なった。従って、真砂を訴追することは極めて困難と思わる。そもそも、この証言自体が、検非違使庁で行われたものであるかどうかも疑問である。これは、清水寺への出張尋問の可能性さえ孕んでいる。当該証言の見出しを見よ。もし、そうだとすれば、清水は、検非違使庁の真砂の引渡し要請をこの時点で、既に拒んでいる可能性さえ浮上してくるのである。
やぶちゃん注:本ページの最後に(★★★のマークが目印)スペシャル・プレゼンツとして、やぶちゃんの知人の、某名門大学法学部卒刑事訴訟法専攻者による、真砂証言への現刑法下における見地から解答を置いた。法学的には本ページ中の第一級資料につき、是非、ご覧あれ!
○証人 巫女
叙述から推測する限り、審理に困惑した検非違使によって行われた、霊媒師による『公的な』降霊実験による巫女の間接的陳述
証言 巫女の口を借りた武弘の死霊の陳述
・強姦後の状況
私は、縛られたままの状態で、口もきけなかった。その目の前で、多襄丸は、真砂を説得しだした。一度汚れた身体になった以上、自分の妻となる気はないか、自分はいとしいと思えばこそ、大それた真似を働いたのだ、という話を持ち出したところ、妻はうっとりとした表情をして、「ではどこへでもつれて行って下さい」と答えた。
二人は藪の外へ出て行こうとしたが、真砂は私を指さし、多襄丸に、私をころさなければ、あなたとは一緒にはいられないと言った。真砂は何度も「あの人を殺して下さい」と叫び立てて、多襄丸にすがりついた。
多襄丸は真砂を蹴倒すと、私に向かって、「真砂を殺すか助けてやるか、返事はただうなづけばよい」と言った。(私は現在、この言葉だけでも、多襄丸を許してやりたいと思っている。)
真砂は何か一声叫んで、藪の奥へ逃げた。多襄丸はそれを追おうとしたが失敗した。【下線はやぶちゃん。】
多襄丸は太刀や弓を取り上げた後、一箇所縄を切って藪の外へ姿を消した。その際、多襄丸は「今度はおれの身の上だ。」と呟いた。〈多襄丸は強盗罪成立〉
・自殺の状況
私は、杉の根がたから起き上がり、目の前に落ちていた小刀で、一突きに自分の胸を刺した。夕暮れであった。
・死に至るまでの状況
薄闇がたちこめた頃、忍び足で近寄ってきた誰かが、胸の小刀を抜いた。私は、死んだ。この人物の顔は分からなかった。〈小刀を抜いた人物は自殺幇助罪または傷害致死罪の疑いと窃盗罪・死体遺棄罪成立〉
(注:「薄闇がたちこめた」という供述は、本当に夕暮れていく状況であったのか、それとも武弘の意識を徐々に喪失しつつある状況であったのかは判然としない。)
・小刀を抜いた人物及び小刀の所在
現在まで一切不明。
◎(波線部)縄を一箇所だけ切った理由は?
↓
一ヶ所だけであれば、武弘はほどくのに時間がかかり、多襄丸はその間に太刀・弓等を奪取し、藪の外へ逃げるのに十分であるから(逃走するための時間稼ぎ)。~リアリティ有り
☆この証言には多襄丸の証言との類似点が認められる。これらは最大公約数としての真相の一部であると看做し得る。
①真砂が多襄丸にある懇願をした(内容は大きく違うが)点。
②多襄丸が逃げのびる際、「今度は自分の身の上(命)だ」と思った点。これは、全証言中、完全一致する唯一の箇所と言ってよい。
☆この証言と真砂の証言では、武弘の目の表情が問題となっている点が類似するが、その意味するところは極端に異なる。しかしながら、これも前掲項目と同様に最大公約数としての真相の一部であると看做し得る。
☆「泣き声」は本当に彼自身の泣き声の錯覚であったのか? このような表現は文学的には有り得ても、実際の感覚の中では極めて納得し難い現象である。一種の精神病様症状としての離人感による解離性同一性障害的現象として有り得ないとは言えないが、ここでの武弘にそこまで引き起こす程のPTSD(真砂に裏切られたことによるもので真砂のPTSDとは別物であることに注意)を認定することは難しいと思われる。
↓
錯覚でなかったとすれば「泣き声」を上げていたと思われる可能性が最も疑われる人物は、展開上から言えば「藪に奥」に逃げたところの真砂以外には考えられない、と考えることは自然ではある。大岡昇平ら研究者はそれを支持している。
☆小刀を抜いた人物は誰か? 私は、この不明の人物の登場がかえって、いかにもリアリティを感じさせていると思われる。ストーリーの展開上、この謎の人物に最も比定し得るのは、まずは真砂ではあろうとは思われる。大岡昇平ら研究者はそれを支持している。但し、私はそう思わない。
●やぶちゃんの疑問
★事件前の真砂との夫婦仲はどうであったのか? 例えば、相応に冷え切っていたり、真砂が夫との性生活に内心不満を抱いたりしてはいなかったか? 実は私はそうした可能性を大きく支持したい誘惑を截ち切りがたい。黒澤明がそうであったように。
★現場が一面に踏み荒らされていたことの説明がつかないのではないか?→×説明はつく。武弘が縛られた際の乱闘とその後の真砂のレイプな纏わる乱闘で十分である。
★証言の内容は、自殺の動機として必要にして十分であるか?
●やぶちゃんの総括
★自殺の動機が今一つ説得力を欠くのではないか? そもそも「藪の奥」に逃げた以上、捜索可能と思われる憎むべき(成仏出来ずに迷っているのはその恨みである)真砂を探し出し、刺し殺して恨みを晴らしてから自殺するのが自然な行動ではあるまいか(私ならそうするし、私はそもそもこのような動機によって自殺はしない)? 但し、前に述べたように、小刀を抜いた人物の登場が、私にはいかにもリアリティを感じさせはする。
★本証言は、現刑法下では勿論、真実性が無化される霊媒師の証言であり、当時であっても、この証言がそのまま信じられたとは信じ難い。しかし、「霊等、存在しない」という唯物主義によって、この証言を簡単に無化し、切り捨てるとすれば、それは、芥川龍之介の創作意図とは全く相反するものと考えられる。そもそも、精緻な技巧家としてのストーリー・テラーたる芥川が、だんだんに信じにくい、虚偽証言を後ろに並べてゆくはずがない。それは、どう考えても面白さを欠くことになるからだ。この作品の「藪の中」感覚とは、そうした信じられる―信じられそうもない―いや、もしかしたら……という螺旋の中で醸成されているのである。後述する特別弁護人の大岡昇平がいみじくも言っているように、この話は、霊が信じられた時代の話なのである。この証言は、前二者の証言と等価に評価されなくてはならない。
★ちなみに、ここでこの証言によって唯一利益を被る者、即ち多襄丸であるが、その仲間が、多襄丸の刑の減軽、釈放等考えて行った詐欺行為と考えたとしても、多襄丸自身が白状の末尾で吐き捨てているように、その他多くの余罪により、彼の極刑は免れぬものである。従って、そのような詐欺行為の可能性は小さいと考えるべきである。
★私は、この証言の信憑性は、前二者に比して格段に高いと判断してはいる。それは、彼の証言が、遺留品・遺体の状況等と自然に合致するからである。
★既に述べたように、小刀を抜いた人物として、真っ先に可能性が出てくるのは、「藪の奥」へ逃げた真砂であろう。武弘が自分の泣き声だと納得する、ある種、妙に文学臭い表現部も、実際には、藪蔭ですすり泣く真砂の泣き声であったと解釈するのは、決しておかしくあるまい。但し、彼女だった場合、その抜いた意図は必ずしも分明ではない。善意に取れば、夫への裏切りへの微かな罪障感の表現とも取れるし、悪意に取れば、後の証言での辻褄を合わせるためとも取れる(しかし、彼女は自己の証言の信憑性を示すために、物証としての凶器を小刀を提出している様子はないので、「辻褄合わせ」にはなっていない。なお、万一、真砂が小刀を物証として提出しているとすれば、私にはこの武弘証言の真実性が格段にアップし、ほぼ武弘証言が真実だと判断するが、真砂がそのつもりなら、証言中に、小刀現物を提示して、自己証言の信憑性を高めているはずと考える。それをしていないのは、とりも直さず、彼女は小刀を所持していないことの証左である。加えて正直に言えば、真砂による小刀抜き取りというのは、私には、何より真相として余りに「つまらぬ」のである)。私の考える抜いた人物の次の可能性は、以下の特別反対尋問で示す如く、木樵りである。多襄丸の可能性は、彼がまた立ち戻ってくる説得力のある動機が想定し得ない以上、ほとんど排除されると考えてよい。
★最後に。にも関わらず私は、この武弘証言も完全な真実を語っているとは思わない。中村光夫や大岡は死者は現世的利益を享受する必要がないから、嘘をつく意味がないとするが、それはお目出度い民俗学的見解に過ぎぬ。死しても恨みを残すという霊のメカニズム自体が極めて人間臭い産物であると私は思う。神仏のみ絶対的存在として誠のみ語るとすれば、迷っている怨霊はその逆に恨みを晴らさんがためにも容易に嘘をつくと言えるであろう。彼は成仏したいのではない、恨みを晴らしたいのである。私は、この一見、厭世的自死をしたかのように見せる彼のポーズに強烈な胡散臭さを感じる。彼は、捻じ曲がった自尊心のなかで、悲壮な最期を遂げる武士(しかしそれがよく考えると滑稽極まりないことに気づいていない救い難い滑稽さ!)を迫真の演技で演じているのだが、ここでの彼の精神は、その実、おぞましく奇形的なものであることに気づかねばならない。
●やぶちゃんの三証言への総括
★三人の証言には作られた英雄性・悲劇性が感じられはしないか。
◎多襄丸……殊更に強調される愛情・二十三合の斬り合いという格好良さ・末期の開き直り
↓
・女好きのチンケな好色盗賊という評判は誤りか?
・時代劇を髣髴とさせる名勝負(のように見えるが、御存知のように剣の達人は23回もチャンチャンバラバラはしない。剣道を少しでもやったことがある人はお分かりであろうが、この二人は剣術が下手なのだと考えた方がよい)、だがそのヒーローが格好悪く、情けなく落馬して、うんうん唸っていたわけか?
★彼は明白に、自己肥大を起こしている。最早避けられない最期に当たって、権力への反抗者という孤高なアナキストを演じてもいる。また、真砂を庇うかのようなニュアンスが随所に感じられ、以下の〔●遺体剖検についてのやぶちゃんの不服申立〕で推定する小刀による胸部創傷という事実から、その武弘殺害に関わる証言部分は到底、信ずるに足らない。だからこそ発見された真砂の証言を検非違使は必要としたと言える。
◎真砂……強姦の被害者・そのPTSD・恥のための心中・自分が死にきれなかったことへの懺悔
↓
・心中の許諾を受けるのに、何故武弘の口の中の落ち葉を取ってやらなかったのか?
・男に劣らぬ勝ち気な性格のはずなのに、余りにも都合のいい場面で失神するのは何故か?
★彼女の証言は、遺留品・遺体の状況・自殺幇助に至る行動のどれをとってみても、矛盾と不自然さに満ち満ちており、その証言は到底、信ずるに足らない。だからこそ検非違使は巫女の降霊による参考意見という苦肉の策を必要としたと言える。
◎武弘……妻の裏切り・盗人の最低限のヒューマニズム・厭世的感情からの自害の決意・毅然とした武士
↓
・古塚の宝の話に簡単に乗ってしまう安易で打算的な現実主義者はどこに行ったのか?
・そもそも彼女は藪の「奥」に逃げたのであり、見つけるのは容易だったはずである。武士(もののふ)ならば真砂を捜し出し、切り捨ててすっきりしてから、潔く自害をすればよいではないか?
★百歩譲って、死者に嘘を言う必然性がないとすれば、逆に、死者が自己正当化に終始した陳述をする必然性もないと言い得るであろう。しかし、彼はその冒頭から、ちょっと考えれば如何にも怪しげな話に、あっという間に乗って、ものの見事に縛り上げられているという自身の情けない事実を棚に上げて、強姦を受けた真砂を救えないこと、会話の自由がきかないことを、「勿論」の一言で片付けているのは、如何なることか? 彼は実に、死に切れない、いや、自死さえすることを惜しむであろう、自己保身者であると言えないだろうか? 即ち、この証言は如何にも生者の身勝手さ(偽善性)を素直に体現していると言っていいのである。私には、本証言を無批判に鵜呑みにすることは、到底出来ないのである。
……而して、やぶちゃんの考える真相とは?……(後述する〔●やぶちゃんの推理する仮定される真相の例〕を参照)
●やぶちゃんの特別反対尋問
木樵りに対し、特別反対尋問を要求する。
★犯行時間のアリバイを立証できないとすれば(恐らくできない)、木樵りが事件のすべてか、もしくは一部を目撃していた可能性は、その状況(居住地・仕事場が近いことも含め)から、十分あり得る。
★「一刀とは申すものの」という断定的陳述は、犯行そのものを目撃していたことを匂わせる。素人の木樵りが害者の死体を一目見ただけで、凶器が刀であることを見抜き、身体の他の部分に傷がないことを確認できたというのは、如何にも不自然である。
★検非違使から害者が殺害されたことを聞いていないとすれば、彼がためらいもなく「殺される前に」という陳述をしているのは、いささか不自然である。これは、犯行そのものを目撃していた証左ではないか?
★遺留品である櫛を思い出したように陳述しているのは、不自然である。そもそも、人気のない、人が入り込むこととてない藪の中で、落ちていて最も不自然なものとは何であろう。それは縄よりも櫛である。縄等はまさに、証人さえも仕事用に所持していることもあるであろう。だとすれば、初見において、当該遺留品を発見した証人は、その記憶において、櫛の印象を強く留めたはずである。にも拘らず、証人は検非違使の質問に対して、あたかも忘れていた櫛のことを、思い出したかのように証言している。まさにその不自然さは、実は、その事件に女性が絡んでいることを明白に知っているということを隠蔽するための作為ではないのか?
●遺体剖検についてのやぶちゃんの不服申立
検死結果の胸部創傷が太刀によるものか、小刀によるものかが不明なのは不服である。刃幅及び形状の違いから、現在の法医学的見識なしでも、特定できたはずである。検非違使庁がそれについての発表もしくは剖検そのものを怠ったと思われ、それが事件の究明に、著しい障害を齎している。これについて、正式な調査と謝罪がない場合、弁護側は裁判官忌避の申し立てを行う準備がある。
ちなみに、真相究明への極めて有効なそれがなされない現在、当方としては、各証言の信憑性の最大公約数を類推して求めるしかないが、各証言を時系列で追う時、
①多襄丸~太刀→②真砂~小刀→③武弘~小刀
となり、論理的に考えて、この胸部創傷は小刀によるものである可能性が極めて大きいと判断せざるを得ない。でなければ、太刀による創傷を主張する多襄丸証言の後に、小刀による創傷を主張する真砂及び武弘の証言が二つ続くことは、論議の余地なく無化されてしまうからである。この二証言が配される理由は、とりもなおさず、胸部創傷が小刀によるものであり、太刀によるものではないことを明白に示唆しているのである。
***
*やぶちゃんのティールームⅠ[現在の刑法下での容疑のやぶちゃんの推定]
☆多襄丸の証言が真実であった場合
多襄丸……〈傷害罪〉〈監禁罪〉〈強姦罪〉〈強盗罪〉〈決闘殺傷罪〉
真砂……〈決闘罪〉〈偽証罪〉
「武弘は多襄丸に殺された。」
△決闘は強要されたものであり、該者の当時の状況から考えて従わなくては殺されていたと考えられ、殺人罪で立件すべきところである。
巫女……〈偽証罪〉
☆真砂の証言が真実であった場合
多襄丸……〈傷害罪〉〈監禁罪〉〈強姦罪〉〈強盗罪〉〈偽証罪〉
真砂……〈自殺幇助罪〉〈死体遺棄罪〉
「武弘は真砂に殺された。」
△武弘の心中許諾が真実であったか、真砂自身に自殺する意志が本当にあったかどうかが問題となろうが、如何なる裁判官であっても真砂に対する心証は致命的に悪いと言える。
巫女……〈偽証罪〉
☆巫女の口を借りた武弘の霊の証言が真実であった場合
多襄丸……〈傷害罪〉〈監禁罪〉〈強姦罪〉〈強盗罪〉〈偽証罪〉
真砂……〈偽証罪〉
「武弘は自殺した」
△ここでの真砂は三つの証言の中で最も救い難い悪女であるが、彼女は偽証罪でしか立件訴追出来ない(多襄丸は真砂の殺人教唆を全く実行に移していないため、当然、真砂は〈殺人教唆罪〉を構成しないのである)。即ちこの最も悪い真砂が最も軽い刑となる可能性が高いのである。
小刀を抜いた人物……〈自殺幇助罪〉又は〈傷害致死罪〉又は〈過失致死罪〉及び〈窃盗罪〉〈死体遺棄罪〉
*やぶちゃんのティールームⅡ[現在の裁判制度で審理と判決のやぶちゃんの推定]
やぶちゃん注:刑期については全くの想像で厳密な根拠はない。暫く、教え子や知人の刑事訴訟法専攻者の見解を待つ。ただ、量刑や執行猶予の算定期間は、かなり複雑な同様の事件の判例の確認によって行われると聞いている。
☆多襄丸の証言が真実であった場合
多襄丸……懲役十年?
真砂 ……懲役二年執行猶予三年六箇月?
多襄丸は改悛の情無く、裁判所に対しても挑戦的な発言を繰り返しており、検察の無期懲役の求刑に対して、かなりの重刑が予想される。検察側は、立ち去ろうとする多襄丸を引き止め、武弘との決闘を求めた点は、強姦の影響を考慮しても、また武弘に勝ち目があったと真砂が判断したとしても、軽率であることを免れず、決闘罪が成立し、情状酌量の余地はない。多襄丸に殺意を起こさせたのは、この決闘を求めた真砂の感情であり、実刑は免れないとするも、判決は強姦直後という状況を考慮して情状酌量の余地を認め、執行猶予。
(やぶちゃんのお遊び:事件後、真砂は週刊誌に自己の衝撃的体験録を公表、賛否両論を巻き起こすが、暫くすると、話題に上らなくなり、そのうちに、行方知れずとなる。何年もして、北の酒場で、アル中になった彼女を見たとの噂が流れるが、定かではない……)
☆真砂の証言が真実であった場合
多襄丸……懲役七年?
真砂 ……懲役二年執行猶予三年六箇月?
この場合、武弘の縄や竹の落ち葉を取り去ってやっておらず、武弘の「殺せ。」という言葉もあくまで推測であり、真砂に心中の意志があったとは認められないとして検察側は〈殺人罪〉で懲役十年を求刑。判決では、強姦直後の心神耗弱状態での心中未遂という弁護側主張が入れられ、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従い、真砂の証言の真実性(自殺幇助罪)が認められ、執行猶予が付く。
(やぶちゃんのお遊び:真砂は事件後、暫くは尼として静かな生活を送るが、数年後、自己の衝撃的体験録を著作として公表、世の同情を集める。その後、女性の権利向上団体等での講演等、忙しくも充実した日々を送る。)
☆巫女の口を借りた武弘の霊の証言が真実であった場合
多襄丸……懲役五年?
後の真砂の言葉に憤って自ら縄を切ったという状況で〈監禁罪〉については情状酌量。
真砂 ……懲役一年六箇月執行猶予三年?(但し、後述の「小刀を抜いた人物」末尾を参照のこと)
多襄丸は真砂の殺人教唆を全く実行に移していないため、当然、真砂は〈殺人教唆罪〉は構成しない。検察側は偽証が裁判に極めて重大な混乱を招いたとして〈偽証罪〉のみで懲役二年を求刑。判決は執行猶予。
(やぶちゃんのお遊び:事件後、この猛悪の女、真砂は週刊誌に自己の開き直った告白録を公表、話題をさらい、時の人となる。しかし、次第に批判が増し、失踪。何年後かの民放の特番で、国外で老いた末期の金持ちの妻となって、セレブの生活をする彼女が報道され、懲りない女傑と再び話題となる。勿論、その際の民放特番の出演料は破格の請求額であることも大衆を驚かす。)
小刀を抜いた人物……懲役二年執行猶予三年六箇月?
これが真砂でない第三者で、自首してきた場合、検察側は、この人物は、武弘が既に死んだものと考えていたとは思われず、小刀を抜くことによって、武弘を死に至らしめたとして〈窃盗罪〉〈死体遺棄罪〉に加えて〈傷害致死罪〉で懲役三年を求刑。弁護側はこの人物は、武弘はもはや死んでいると判断し、その「死体」から小刀を奪取したものであり、〈窃盗罪〉〈過失致死罪〉〈死体遺棄罪〉が相当と反論。弁護側主張が通り、自首により情状酌量となる。但し、これが真砂であった場合は、彼女には〈自殺幇助罪〉又は〈傷害致死罪〉又は〈過失致死罪〉及び〈死体遺棄罪〉が立件されるので、真砂の求刑は極めて重いものとなり、弁護人も非常に苦慮するものと思われる。ここでの彼女は心証が極めて悪いため実刑判決は免れない。懲役三年?
*[参考 現刑法による法定刑]
・強姦罪~三年以上の有期懲役
・強盗罪~五年以上の有期懲役
・決闘殺傷罪~死刑又は無期懲役又は有期懲役
・決闘罪~一年以下の有期懲役
・偽証罪~三ヶ月から十年以下の有期懲役
・自殺幇助罪~六ヶ月から七年以下の有期懲役
・死体遺棄罪~三年以下の有期懲役
・殺人教唆罪~死刑又は無期懲役又は有期懲役
*執行猶予は懲役三年以下であること。
*有期懲役は一箇月以上十五年以下であること。
*やぶちゃんのティールームⅢ[当時の裁きのやぶちゃんの推定]
やぶちゃん注:これは平安期刑罰史の時代考証の結果ではない。どちらかと言えば、江戸期の資料からの空想上のものである。現実には、刑としての死罪はあったが、当時は実際には執行されなかったとも聞く。但し、百叩きのような刑罰は罪人を容易に死に至らしめたのである。
☆多襄丸の証言が真実であった場合
多襄丸……梟首
真砂……遠島(決闘の指示は同情に値する)の判決→判決後、清水寺の口添えで、出家
☆真砂の証言が真実であった場合
多襄丸……梟首
真砂……禁獄(心中未遂により)の判決→判決後、清水寺の口添えで、出家
☆巫女の口を借りた武弘の霊の証言が真実であった場合
多襄丸……梟首
真砂……梟首(夫殺害を命じたことにより多襄丸の首と共に晒される)
小刀を抜いた人物……禁獄
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●やぶちゃんの推理する仮定される真相
★私は、「殺人はなかった」という真相にこだわるのだ。これは、決闘、というよりも「強いられたやる気のない喧嘩」の中の「事故死」に過ぎなかったのである。事件の当事者三人は、誰もが、とてつもなくおぞましい存在である。それでも多襄丸は、私には、その内実において人間らしくて、憎みきれない人間ではある。彼は、捕縛後、死罪を覚悟する中で、生涯の最後にかわつるみした真砂を庇う。これは、私には決して不可解ではなく思われる。また、それを伝え聞いたのかもしれないファム・ファータル=宿命の女、真砂は、勿論、自己保全を第一としながらも、多襄丸の庇いにやや応じる形で、多襄丸については強姦だけを訴える。悪女の、最後の深情けである。これも、私には腑に落ちると言っておこう。而して、この作品中、実は、私が最も嫌悪するのが、武弘なのである。彼は、けち臭い現実主義とおぞましい自己保身に満ちた、唾棄すべき存在である。そうしたバイアスが、この真相で、滑稽極まりない情けない事故死という結末を与えている。なお、この真相は黒澤明「羅生門」の真相篇を参考に、私の見解を加味したものであることを付け加えておく。但し、私は、黒澤の「羅生門」を見る以前、小学校6年の時に「藪の中」を読んで以来(私はこの頃、松本清張を濫読する可愛げのない小学生であった)、木樵りが小刀の奪取者であると一貫して思っていたことは確認しておきたい。しかし、この真相の弱点は、偶然、小刀が柄を下にして刺さり(これはありえぬことではないと私は十分思うのだが)、そこにまたまた偶然、武弘が倒れるという設定と、烏帽子がはずれていないことへの不自然さが拭えない点である。現場は、やや開いた「杉むら」であり、空き地ではない。杉がまばらにはえている。そこでおっとり刀とはいえ、相応な闘争がなされれば、烏帽子が外れないのは、やはり不自然と言わざるを得ない、という反論を封じることは出来ないということだ。しかし、かつて10数回の授業の中で、何百人という生徒の想定した真相を見てきたが、私にとってこれ以上に論理上納得できる真相には、残念ながら、まだ出会っていない。方々! 是非、目の覚める真相を語られよ!
○強姦前
多襄丸の証言通り(但し、多襄丸が叩き落とした真砂の小刀は、竹の根のやや露呈した柔らかな土の斜面に、刃を上にして突き刺さったとする。さらにその小刀は、柄が螺鈿細工で、高価な宝石もうめこまれた品とする)。[やぶちゃん注:なお、強姦時の描写は映倫カットものであり、この後の私の叙述から各自が「細部を」想像して戴きたい。]
○強姦後
真砂は、武弘のところへ走り寄ったが、武弘の目には、真砂を蔑んだ、冷たい光があった。〈真砂証言似〉
かねてより、打算的なくせに外見ばかりを気にする性格に失望し、更に性生活にあっても淡白な夫に内心では不満を覚えていた真砂は、逃げようとしていた多襄丸に、「武弘を殺して、私を連れて行ってくれ」と強く言った。〈武弘霊証言似〉
しかし殺意を失っている多襄丸は、やや女の体に未練はあるものの、真砂の気の強さに、内心、いつ自分もこの夫のように殺されないとも限らないと考え、太刀や弓を取り上げた後、武弘の縄を切って立ち去ろうとした。〈武弘霊証言似〉
切羽詰った真砂は激昂しつつ、「お前も男、殺せぬのならば、潔く戦ってみよ」と多襄丸に詰め寄り、さらに陰気に黙りこくっている武弘に対しては、「妻をおめおめと手ごめにされて、何もできぬとは、侍としてよく堪えられるものよ」と罵った。共に罵倒された体の多襄丸と武弘は、しぶしぶ太刀を取ると、成り行きで斬り合いを始めた。真砂はそれに乗じて、暫くすると、藪の外へ逃げ去った。〈多襄丸証言やや似/黒澤明の「羅生門」の真相を援用〉
その実、剣に大した自信も技量もなく、己が命大事の男達は、斬り合うと言うよりも、互いに少し脅しては逃げ惑うことの繰り返しであり、多襄丸も武弘も次第に疲弊し、よそ目にもだらしない醜態を晒すばかりであったが、たまたま、おっとり刀できり込んだ武弘を、多襄丸が慌てて避けたところ、偶然、武弘は、先前の小刀が突き刺さっていた斜面に倒れ込み、小刀が武弘の胸部を美事に貫いてしまった。武弘は苦悶しつつ、一度起き上がったものの、仰向けに倒れた。多襄丸は事態に驚きつつ、真砂を探したが、後の祭りで、このままでは、自分が武弘殺しの罪を着せられると思い、「次は自分の身の上だ」と独り言を言つつ、金目の物は居汚く奪取、そそくさと藪の外へ逃げ去った。
木樵りはその事件の一部始終を藪蔭から見ていたが、この直後、そばへ寄ってみたところ、武弘はまだ生きていた。しかし、小刀の柄に高価な宝石が象眼してあるのを見、思わず悪心が起こり、それを奪取し、現場を去った。証言では自分の悪事(小刀を奪取したこと)が露見することを恐れて、偽証した。様子を窺うために戻って来ていた真砂は、それを藪蔭からある種の生理的な感情高揚から泣きながら見ていたが、木樵りの一連の行為を確認すると、落ち着きを取り戻し、事件の発覚時に自身への非難が集中することを苦慮し、まずは自分が合法的に生き残る方法を考え、胸部に武弘の血を塗り付け、自身に爪を何箇所か突き立てる等しながら、清水へ向かう為に立ち去った。同時刻、武弘は失血死した。
◎ちなみに、検非違使には、昨年の「鳥部寺二女性殺人事件」について、多襄丸犯人説について、重大な錯誤があることを表明し、本事件の証言者である放免を、当該事件の重要参考人として任意取調べするよう、強く要請するものである(末尾の「付録・裁判参考資料」参照)。
☆以上の仮定される事件の真相の例が真実であった場合
[現在の刑法下での容疑の推定]
多襄丸……〈傷害罪〉〈監禁罪〉〈強姦罪〉〈強盗罪〉〈決闘罪〉
〈偽証罪〉
真砂……〈殺人教唆罪〉〈決闘罪〉〈偽証罪〉
巫女……〈偽証罪〉
木樵り……〈自殺幇助罪〉又は〈傷害致死罪〉〈死体遺棄罪〉〈窃盗罪〉〈偽証罪〉
放免……〈強姦罪〉〈殺人罪〉〈強盗罪〉〈死体遺棄罪〉
[現在の裁判制度での判決の推定]
多襄丸……懲役七年?
真砂……懲役五年?
〈殺人教唆罪〉または〈決闘罪〉が構成されるかどうかが争点だが、弁護側は強姦の事実と心神耗弱を盾にし、相当な法廷闘争が繰り広げられる。〈決闘罪〉相当とされ実刑は免れないものと思われる。
巫女……懲役一年執行猶予二年六箇月?
木樵り……懲役一年執行猶予二年六箇月?《但し、彼が自首した場合》
放免……無期懲役?
△武弘がまだ生きていることが分かっていながら、小刀を奪取する目的で木樵りが引き抜いたため、多量の出血が起き、害者は死に至った。この一連の行為は〈自殺幇助罪〉か〈傷害致死罪〉を構成し、武弘は手当が早ければ助かった可能性がある、さらに木樵りの偽証は、裁判に極めて重大な混乱を招いたとして検察側は懲役三年を求刑。判決では木樵りは、武弘が死んでいると錯誤していたことが認定され、また法医学鑑定によって、武弘の死は木樵の行為如何に関わらず、免れなかったとされる。〈過失致死罪〉〈死体遺棄罪〉〈窃盗罪〉〈偽証罪〉で有罪となるが、自首したことが情状酌量され、執行猶予。放免は「鳥部寺二女性殺人事件」真犯人として別個に審議されることとなり、別件の累犯も明らかとなって、職務から見ても全く情状酌量の余地なしとされ、幾つかの立件に於いて再犯が認められる故に、更生の可能性も著しく低いとして、無期懲役。
[当時の裁きの推定]
多襄丸……梟首
真砂……梟首
巫女……遠島
木樵り……梟首《但し、彼が自首した場合は遠島》
放免……梟首
★★特別弁護人の証言(中村光夫・大岡昇平・福田恆存)
やぶちゃん注:各自の証言については河出書房新社の文芸読本「芥川龍之介」等に所収する大岡昇平「芥川龍之介を弁護する」を参照されたい。
○武弘の証言が真実である。~文芸評論家 中村光夫・作家 大岡昇平
×事実は相対的なものであり、真実は分からない。~劇作家・評論家 福田恆存
★★やぶちゃんのかつての同僚の数学教師の真偽表を用いた考察の結論(具体的な証明内容は聞いていない)
数学的・論理学的帰結において真相を述べているのは99%の確率で多襄丸である。
★★過去におけるやぶちゃんの高校生の授業に於ける大まかな支持率(1990年以降、4つの高等学校で現在2008年9月までに行った8回の「藪の中」授業での宿題、『誰が真実を語っているかを決めて当該人物の弁護を行い、残る偽証をしている二人に対する反対尋問を行いなさい。万一、三人とも真実を語っていないと考える者は必ず真相を語ること。』という「弁護側冒頭陳述」による。授業対象は通常、高校三年生であるが、一年生で行ったこともある)
◎多襄丸が真実を述べている……ほぼ25%~40%(但し、理系志向の生徒は、最前の数学教師同様、これを指示する傾向が強く、50%の支持率で武弘証言を上回るケースがしばしば認められた。但し、これはその各自の否定理由から自然科学的思考が霊媒師による証言を鼻から無効と判断することが多いことが判明している)
◎真砂が真実を述べている……5%~10%前後(支持者は女生徒が多いが、20%を越えることはなく、40名中、3人という低値を示したこともある)
◎武弘が真実を述べている……ほぼ45~60%(クラスの雰囲気により多少の変動はあるが、文系では常に最多支持は武弘である)
◎誰も真相を述べていない……3~5%(5%を越えることはまずないが、この場合、真相をちゃんと提示することを条件にしているので、単に真相の作話が面倒なために値が低いとは言える。それでも必ずクラスに数人はいる。その中で空前絶後の小論文を以下に公開する。)
高校生による「藪の中」殺人事件の一推理~「藪の中」殺人事件を推理する R.H.生(copyright 2009 Yabtyan-osiego)へ
以上のように、一般的傾向は武弘優勢であるが、クラスによっては微妙に多襄丸が優勢若しくは拮抗するケースも見受けられる。
★★★スペシャル・プレゼンツ! やぶちゃんの知人の、某名門大学法学部卒刑事訴訟法専攻者による、以下の問題に対する、純粋な法学的見地からの解答(2005年作成)
○問題:
芥川龍之介の小説「藪の中」の一節、「清水寺に来れる女の懺悔」と完全同一内容の事件が、現行刑法下において発生した場合、“わたし(以下Mという)”には何罪が成立するか述べよ。
○解答:
1
Mに刑法第199条の殺人罪が成立するか。被害者の承諾を得ている状況もあり、同第202条の同意殺人罪が成立するか、その行為を評価する余地がある。
2
「被害者の承諾を得た」といえるために、学説、判例は、その承諾が黙示的であっても、②被害者自身による承諾と、③通常の判断能力を有する被害者の自由かつ真意に出た承諾を要求する。
M以外の者によってなされたとは言え、被害者が全く逃げられない状態で縛られ、また声を少しも出せないまでに口の中に笹の落葉が詰め込まれ、更に、正に小刀が振り上げられて刺し殺されようとしている状況においては、仮に承諾がなされたとしても、社会通念上、同第202条の承諾とは認め得えない。
寧ろMは、被害者の口の中の落葉を取り去って意思確認をすることもできたのにそれをせずに、自己中心的思い込みから、同意を得たと思い込んだにすぎないと言わざるを得ず、同意殺人罪ではなく、殺人罪の成立が検討されなければならない。
3
Mは、「……お命を頂かせてください。……」と言いながら、振り上げていた小刀を、夫の胸部に突き刺しており、ここに殺人罪の実行行為とその着手を認定できる。また、そのMの実行行為の結果、被害者は縛られたまま息絶えて死の結果を発生させている。更に、Mの実行行為と、それによって生じた死の結果との間には、通常生じ得る相当の因果関係があると言ってよい。Mは、「……お命を頂かせてください。……」と明言した上、殺害する目的で、藪の中までも殺害の凶器とする太刀を積極的に探していることからみても、殺人罪の故意を認定し得る。
4
Mは、また殺人直前において生じていた別件強姦罪の被害者であり、その被害直後の行動であるため同情すべき点は多い。しかし、Mにおいて、殺人の実行行為ではなく、他の行為を選択することが期待され、他の行為を選択する可能性がないとは言うことが出来ず、その有責性を阻却することはできない。
また、Mは、殺人の実行行為に着手してから、殺人の被害者たる夫に対して主体的に語りかけて、被害者の言葉を覚ろうとするなど、実行行為時に、通常の判断力を有していたと言ってよい。
また、振り上げた小刀を、身体の傷害に止めることもできる心臓以外の部分に切りつけるのではなく、殺害のため敢えて被害者の胸部に突き刺すという、確実に死の結果を惹起させ得るに合理的な行為を選択していることからも、Mに心神耗弱を認めることはできず、有責性を阻却しない。
5
よって、Mの行為は、別途裁判手続きにおいて情状酌量が考慮され得るとしても、同第199条殺人罪の構成要件をすべて充足し、違法、有責な行為として殺人罪が成立する。Mが、殺人後そのまま被害者の死体を遺棄していた可能性が高く、同第190条の死体遺棄罪も成立する場合があり、その時、殺人罪との併合罪となる。以上。
やぶちゃんのモノローグ……さてさて、エゴイズムの深い闇、迷宮(ラビリンス)、まさに「藪の中」…………………………
〔付録〕
★裁判参考資料
(やぶちゃん注:藪の中殺人事件の原事件の資料である「今昔物語集」の該当部分を、岩波の古典文学大系と講談社の古典全集の二本を参考に、一部難読字にのみ読みを付して、以下に掲げる。また、その後ろに、該当話の直前にあって、多襄丸別件逮捕の鳥部寺二女性殺害事件の元となったと思われる強姦強盗事件の資料も提示しておく。この記載は、実は鳥部寺二女性殺害について、多襄丸以外に、強姦、更には殺害の真犯人がいる可能性を示唆する資料として読み解くことさえ可能であるように思われる。しかも、末尾を良くご覧あれ。この犯人は、現職の「放免」であったという記載さえあるのである)
◎参考1
「今昔物語集」巻二十九「妻(め)ヲ具(ぐ)シテ丹波国(たんばのくに)ニ行(ゆ)ク男(をとこ)大江山(おほえやま)ニテ縛(しば)ラルル語(こと) 第二十三(だいにじふさむ)」
具妻行丹波國男於大江山被縛語第廾三
今昔、京ニ有ケル男ノ、妻(め)ハ丹波ノ國ノ者ニテ有ケレバ、男其ノ妻ヲ具シテ、丹波ノ國ヘ行ケルニ、妻ヲバ馬ニ乗(のせ)テ、夫ハ竹[蠺(あしの虫一つ)]簿(たけえびら)ノ箭(や)十許(ばかり)差タルヲ掻負テ、弓打持テ後ニ立テ行ケル程ニ、大江山ノ邊(ほとり)ニ、若キ男ノ大刀許ヲ帯タルガ糸(いと)強氣ナル、行烈(ゆきつれ)ヌ。
然(さ)レバ、相具シテ行クニ、互ニ物語ナドシテ、「主ハ何(いづこ)ヘゾ」ナド語ヒ行ク程ニ、此ノ今行烈タル大刀帯タル男ノ云ク、「己ガ此ノ帯タル大刀ハ陸奥ノ國ヨリ傳ヘ得タル高名ノ大刀也。此レ見給ヘ」トテ抜テ見スレバ、實ニ微妙(めでた)キ大刀ニテ有リ。本ノ男此レヲ見テ欲キ事無限シ。今ノ男、其ノ氣色ヲ見テ、「此ノ大刀要ニ御(おは)セバ、其ノ持給ヘル弓ニ被替(かへられ)ヨ」ト云ケレバ、此ノ弓持タル男、持タル弓ハ然マデノ物ニモ非ズ、彼ノ大刀ハ實(まこと)ニ吉(よ)キ大刀ニテ有ケレバ、大刀ノ欲カリケルニ合セテ「極タル所得シテムズ」ト思テ、左右無(さうな)ク差替ヘテケリ。
然テ行ク程ニ、此ノ今ノ男ノ云ク、「己ガ弓ノ限リ持タルニ、人目モ可咲(をか)シ。山ノ間其ノ箭二筋被借(かされ)ヨ。其ノ御為(おほむため)ニモ此ク御共ニ行ケバ、同事ニハ非ズヤ」ト。本ノ男此レヲ聞クニ、「現(げ)ニ」ト思フニ合セテ、吉キ大刀ヲ弊(つたな)キ弓ニ替ツルガ喜(うれし)サニ、云マ丶ニ箭二筋ヲ抜テ取セツ。然レバ弓打持テ箭二筋ヲ手箭(てや)ニ持テ、後リニ立テ行ク。本ノ男ハ竹[蠺(あしの虫一つ)]簿ノ限ヲ掻負テ大刀引帯テゾ行ケル。
而ル間、晝ノ養(やしなひ)セムトテ藪ノ中ニ入ルヲ、今ノ男、「人近ニハ見苦シ。今少シ入テコソ」ト云ケレバ深ク入ニケリ。然(さ)テ女ヲ馬ヨリ抱キ下シナド為ル程ニ、此ノ弓持ノ男、俄ニ弓ニ箭ヲ番(つがひ)テ、本ノ男ニ差宛テ強ク引テ、「己(おのれ)動カバ射殺シテム」ト云ヘバ、本ノ男、更ニ此ハ不思懸(おもひかけ)ザリツル程ニ、此クスレバ、物モ不思(おぼ)エデ只(ただ)向ヒ居リ。其ノ時ニ「山ノ奥ヘ罷入(まかりい)レ、入レ」ト恐(おど)セバ、命ノ惜キマ丶ニ、妻ヲモ具シテ七八町許山ノ奥ヘ入ヌ。然テ「大刀・刀投(なげ)ヨ」ト制命(せいしめい)ズレバ、皆投テ居ルヲ、寄テ取テ打伏セテ、馬ノ指縄(さしなは)ヲ以テ木ニ強ク縛リ付ケテツ。
然テ、女ノ許ニ寄来(よりき)テ見ルニ、年廾餘許ノ女ノ、下衆ナレドモ愛敬付テ糸清氣也。男、此レヲ見ルニ心移ニケレバ、更ニ他ノ事不思エデ、女ノ衣ヲ解ケバ、女可辞得(いなびうべ)キ樣無ケレバ、云フニ随テ衣ヲ解ツ。然レバ男モ着物ヲ脱テ、女ヲ掻臥(かひふ)セテ二人臥ヌ。女云フ甲斐無ク男ノ云フニ随テ、本ノ男被縛付(しばりつけられ)テ見ケムニ、何許(いかばかりか)思ケム。
其ノ後(のち)、男起上テ、本ノ如ク物打着テ、竹[蠺(あしの虫一つ)]簿掻負テ、大刀ヲ取テ引帯(ひきおび)テ、弓打持テ、其ノ馬ニ這乗(はひのり)テ、女ニ云ク、「糸惜トハ思ヘドモ、可為(すべ)キ樣無キ事ナレバ、去(い)ヌル也。亦其ニ男ヲバ免シテ不殺(ころさず)ナリヌルゾ。馬ヲバ、疾(と)ク迯(にげ)ナムガ為(ため)ニ乗テ行ヌルゾ」ト云テ、馳散(はせちら)シテ行ニケレバ、行ニケム方ヲ不知ザリケリ。
其ノ後、女寄テ男ヲバ解免(ときゆる)シテケレバ、男我レニモ非ヌ顔ツキシテ有ケレバ、女、「汝ガ心云フ甲斐無シ。今日ヨリ後モ此ノ心ニテハ更ニ墓々(はかばか)シキ事不有(あら)ジ」ト云ケレバ、夫更ニ云フ事無クシテ、其ヨリナム具シテ丹波ニ行ニケル。
今ノ男ノ心糸耻(はづ)カシ、男、女ノ着物ヲ不奪取(ばひとら)ザリケル。本ノ男ノ心糸墓無(はかな)シ、山中ニテ一目モ不知(しら)ヌ男ニ弓箭(きうぜん)ヲ取セケム事、實ニ愚(おろか)也。
其ノ男遂ニ不聞(きこ)エデ止(やみ)ニケリ、トナム語リ傳ヘタルトヤ。
◎参考2
「今昔物語集」巻二十九「鳥部寺(とりべでら)ニ詣(まう)ヅル女(をむな)盗人(ぬすびと)ニ値(あ)フ語(こと) 第二十二(だいにじふに)」
詣鳥部寺女、値盗人語第廾二
今昔、物詣破無(わりな)ク好(このみ)ケル、人ノ妻(め)有ケリ。其ノ人ノ妻トハ故(ことさら)ニ不云(いは)ズ。年卅許(ばかり)ニテ、形(かた)チ有樣モ美カリケリ。其レガ、「鳥部寺ノ賓頭盧コソ極(いみじく)ク験(しるし)ハ御(おは)スナレ」トテ、共ニ女(め)ノ童(わらは)一人許ヲ具シテ、十月ノ廾日比(ころほひ)ノ午(むま)時許ニ、微妙(めでた)ク装(しやう)ゾキ立(たち)テ参(まゐり)ケルニ、既ニ参着テ居(ゐ)タル程ニ、少シ送レテ鑭(きら)ラカナル雜色男(ざふしきをのこ)一人亦(また)詣デタリ。
此ノ雜色男、寺ノ内ニテ此ノ共ニ有ル女ノ童ヲ引(ひき)手觸(ふ)ル。女ノ童愕(おびえ)テ泣ク。隣モ無キ野中ナレバ、主(あるじ)此レヲ見ルニ怖シキ事無限シ。男、女ノ童ヲ捕ヘテ、「然ラバ突殺シテム」ト云テ、刀ヲ抜テ押宛タリ。女ノ童音(こゑ)モ不為(せ)デ、衣ヲ只脱ニ脱テ棄(す)テツ。
男其レヲ取テ、亦主ヲ引手觸ル。主實ニ奇異(あさまし)ク怖シク思(おぼ)ユレドモ、更ニ術(ずつ)無シ。男、主ヲ佛ノ御後ノ方(かた)ニ引将(ひきゐて)行テ二人臥ヌ。主可辞得(いなぶべ)キ樣無ケレバ、男ノ云フ事ニ随ヒヌ。其ノ後、男起テ、主ノ衣ヲ引剥(ひきはぎ)テ、「糸惜ケレバ袴ハ許ス」ト云テ、主・従二人ガ着物ヲ提(ひさげて)テ、東ノ山ニ走リ入ニケリ。
然レバ主モ女ノ童モ泣居タレドモ、更ニ甲斐無シ。此(かく)テ可有(あるべ)キ事ニ非(あら)ネバ、女ノ童、清水(きよみづ)ノ師ノ僧ノ許(もと)ニ行テ、「然々(しかしか)、鳥部寺ニ詣給ヘリツル程ニ、引剥(ひきはぎ)ニ値(あひ)テ裸ニテナム其ノ寺ニ御(おは)スル」ト云テ、僧ノ鈍色(にびいろ)ノ衣一ツヲ借テ、女ノ童ハ僧ノ紬(つむぎ)ノ衣ヲ借着テ、法師一人ヲ副(そ)ヘタリケレバ、其レヲ具シテ鳥部寺ニ返リ行テ、主ニ其ノ衣ヲ着セテナム京ヘ返ケル程ニ、川原ニ迎ノ車ナド来會タリケレバ、其レニ乗テナム家ニハ返リタリケル。
然レバ心幼キ女ノ行(あり)キハ可止(とどむべ)キ也。此(か)ク怖シキ事有リ。其ノ男、主ト親ク成(なり)ナバ、衣ヲバ不取(とら)デ去(さり)ネカシ。奇異(あさまし)カリケル心カナ。其ノ男、本ハ侍(さぶらひ)ニテ有ケルガ、盗(ぬすみ)シテ獄(ひとや)ニ居(ゐ)テ、後放免ニ成ニケル者也ケリ。
此ノ事隠ストスレドモ世ニ廣ク聞エニケルニヤ、此ナム語リ傳ヘタルトヤ。