やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇へ

鬼火へ

蛙変魚 海馬 草鞋蟲 海老蟲 ワレカラ 蠲 丸藥ムシ 水蚤

 栗本丹洲(「栗氏千蟲譜」巻七及び巻八より)


           訓読・注記 ©2007/2014 藪野直史
[やぶちゃん注:本ページは、「栗氏千蟲譜」の内の海洋生物を翻刻する私的なプロジェクトの一環である。本作の解題は、「海鼠 附録 雨虎(海鹿)」を参照されたい。底本は恒和出版昭和五十七(1982)年刊の江戸科学古典叢書41「千蟲譜」所収の影印本を用い、活字に起した。原本との比較の便宜を考え、原本の改行を踏襲している。一部の変体の片仮名については正字片仮名にすることとした。特異な字体については注記した。但し、筆法の書き癖と思われるものは、一々注していない。また、俗字(現行の新字に等しいもの。例:「変」(變)、「湾」(灣)、「為」(爲)など)も多く用いられ、歴史的仮名遣いの誤りも多い。明らかな誤字・濁音脱落についてのみ、後に〔 〕で正字を補なった。活字の大きさであるが、柱の生物名は一般に大きく、説明の記載はやや小さくなり、それ以外に本文中で微妙にやや小さな字を用いている箇所があるが、記載内容に関わらない限り、原則として無視し、注記もしていない。巻の間及び大きく帖が離れていることを示すために「*」を用いた。附図の生物種の同定に際してのみ、下に記す国立国会図書館デジタルコレクションの底本原色画像を使用した。

 なお、2タイプ・テクストとした。即ち、字配りを意識した翻刻(■翻刻1)と、適宜句読点を施して読みやすく改訂したもの(■やぶちゃん読解改訂版 注の一部を省略)を示した。

 底本の原本は国立国会図書館蔵 250cm×180cm。この原本は国立国会図書館デジタルコレクションで原色の「千蟲譜」全巻を読むことができる。文字を読まずとも、この博物画を見るだけでも心洗われる。是非、ご覧あれ。

 誤読している字、及び種の同定の誤りを発見された方は、是非ご教授願いたい。
【2014年10月14日追記:訓読を大々的に改訂(平仮名に変えて漢文部分も強引に訓読、注記を増補した)、また、国立国会図書館の保護期間満了対象の画像使用許可ポリシーの変更に伴い、国立国会図書館蔵の国立国会図書館デジタルコレクションから当該画像をダウンロードして一部トリミングを行い(補正処理はしていない)挿入しておいた(贅沢に二種のテクスト両方に配しておいた)。なお、画像の倍率は、最初の画像(タツノオトシゴは倍率違いなのでやはり附けてある)の下に附した国会図書館のスケールで確認されたい。全体を一枚で見渡せ、しかも細部が分かる倍率で表示した積りである。さらに細部を観察されたい場合は、上記リンク先でJPAG表示100%でダウンロードされたい(私のものは両開きのタツノオトシゴが25%、他は50%)。】]



■翻刻1




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第7冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の8コマ目)より。「栗氏千蟲譜」巻七の一連の蛙についての図譜の途中(図の十二葉目・白紙頁を含めると十三葉目)に突如現われる。]


蟾蜍水中ニ入テ魚ト化スルモノ俗ニ

蛙変魚ト云稀ニアリ偶漁人是ヲ得

テ養フモノアリ小魚泥鰍蚯蚓等ヲ

[やぶちゃん字注:「等」は「竹」が(くさかんむり)。]

飼フ事數月ニシテ生活スト云

[やぶちゃん注:「蚯蚓みみず等を飼ふ」「以つて飼ふ」の脱字であろう。ここに図が入る。ベニカエルアンコウ(旧ベニイザリウオ) Antennarius nummifer の黄色型と思われる。因みに、本種の改名についての疑義を私はブログの「耳嚢 巻之五 怪蟲淡と變じて身を遁るゝ事」の注でぶちかましている。是非ともお読み戴きたい。「カエルアンコウ」てふおぞましくもフリーキーな名よりも「イザリウオ」の方が遙かに行動や様態をよく伝えてよい和名である。因みに私は言葉を狩っても差別はなくならないという立場に生きている人間である。]

肥前唐津ノ產名ヲ知ル者ナシ此魚水中

ニ在ルニ水多キトキハ四ノ鰭ヲ開キ浮キ游又水

[やぶちゃん字注:「トキ」は横書一字の約物。]

少キ處ニ至レハ四足トナシテ行ク事蝦蟆ノ如

シ飼置ニ常ニ小魚ヲ食フ







[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。「栗氏千蟲譜」巻八の冒頭を飾る見開き。]


海馬

[やぶちゃん字注:以下の二行は、底本では前行の「海馬」の下に二行割注で入る。]

琉球產

奇品

リウグウノコマ
タツノオトシゴ

[やぶちゃん字注:底本では、以下は前記の文章の下方(頁右下)にある。]

臺湾府志所載ノ海龍ナリ其書ニ曰海龍產

澎湖澳冬日雙躍海灘漁人獲之號為珍物首

[やぶちゃん字注:號は、(へん)が「号」、(つくり)は「逓」の(しんにょう)を除去したものに似た字体。]

尾似龍無牙爪長不徑尺以之入藥功倍海馬孫

元衡有詩云澎島漁人乞我歌海竜雙躍出盤

渦爪牙未具空鱗鬣直似枯魚泣過河

[やぶちゃん字注:「鬣」は下部が「猟」の(つくり)。]

[やぶちゃん注:以下に次の帖に跨って二個体のタツノオトシゴの図。上図に「雌」、下図に「雄」とある。頂冠が高くないが、躯幹輪数は取り敢えず10を数えるので、タツノオトシゴ Hippocampus coronatus に同定しておくが、乾燥品と思われ、分布域と「奇品」と称している点からも、クロウミウマ Hippocampus kuda の可能性もあるか。育児嚢を持つオスは腹部の形状がメスに比して緩やかであるから、この「雌雄」の表示は逆の可能性が高い。]





[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の9コマ目)より。「栗氏千蟲譜」巻八の図譜の途中(図の十三葉目・白紙頁を含めると十四葉目)に突如現われる。]


草鞋蟲 フナムシ

浪打際ノ石垣ノ間ニ生ス

人ヲ見レハ疾走テ石罅ニ竄

ル捕ヘカタシ脚左右十四本ア

リ肚ヨリミレハ脚ハカリニテ肉

ナシ鼠婦ニ異ナラスヒゲ長ク

[やぶちゃん字注:「鼠」は下部が「猟」の(つくり)。以下、同じ。]

[やぶちゃん注:「鼠婦」は(そふ)。同じ等脚目 Isopoda の陸生種ワラジムシ Porcellio scaber を指す。現在の分類学上でも、正しい記載である。]

ヨク揺カスルモノ也赤トンホニ化スル

ト云ハ詳ナラズ

  按鎮江府志云鼠一名蒲

  韄蟲ト此又鼠婦蟲ノ属也

[やぶちゃん注:下部に、フナムシ Ligia exotica 三個体の図。いずれも背面。]


[やぶちゃん注:以下は同帖の左中央に記載。]

筑後柳川産

  海老蟲

  但海水中ニ生

[やぶちゃん注:下に「海老蟲」三個体の図。ヨコエビ(ヨコエビ亜目 Gammaridea )の類と思われる。図の特徴的な触角を、肥大した第一触角と判断すると、ニホンドロソコエビ Grandidierella japonica を同定候補としてよいか。]

《改帖》




やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の10コマ目右)より。]

ワレカラ 尾州ノ產其地ノ方言也

是一種ノ水蟲ニシテ海藻或ハ雜肴ノ

中ニ交リ上ル者ナリ一寸或ハ寸半許

アリ二寸ニ至ルモノマゝアリ色青シ

タマニ黄ハミタルモノアリ只乾シタル海苔

ニ交リアルハ色モ形モ弁別シガタシ因

テワレカラクハス〔ヌ〕土〔上〕人モナシト云ヘル事ハ能

登ノ國人ノ常諺ナルヨシ輪池先生別

[やぶちゃん注:以上は、殺生するなと言うが、たとえ徳の高い上人様でも、ワレカラは海藻と一緒に知らずに食っているではないかという、殺生戒を皮肉った諺、『ワレカラ食わぬ上人なし』を指すので、「土」は誤字である。]

[やぶちゃん注:「輪池先生」は後にも出てくる国学者、屋代弘賢のこと。幕府御祐筆所詰支配勘定役(のち表祐筆勘定格)。]

ニ詳説アリ見ベシ紀伊ノ國ニテ云ワレカ

ラハ藻中ニスム小貝ナリコレモ一説ナリ

然レ共藻ニ棲虫ノワレカラト古歌ニヨ

ミタルハ虫ノ説穏當ナリトスヘシ此図ハ

尾張ノ人植村忠左衛門有信ナルモノ

屋代氏ヘ篤贈ル處ノモノ也ト

[やぶちゃん注:文の後ろにワレカラの図。余りにも簡略化した小さな図であり、 Caprella sp. というほかない。]


[やぶちゃん注:以下は、帖の下半分に記載。海産動物ではないが、ついでに翻刻しておく。]

蠲 ホタルムシ 五六月池沼泥中ニ生ス形扁ニシテ

[やぶちゃん注:「蠲」は「けん」と読み、本来はヤスデやゲジを示す。]

黑色小刺アリ昼ハ眠リ不動夜蠢々トシテ行尾下光リ

アリ螢火ト異ナラス本綱弘景云是腐草及爛竹根所

化初時如蛹腹下色有光數日変而能飛ト云モノ是

ナリ時珍云一種長姐蠋尾後有光無翼不飛一名蠲

俗蛍蛆明堂月令所謂腐艸化為蠲者也云々

今親ク見ルニ蛆ノ如ク又行

時ハ蛭ノ如シ鎮江府志所

謂一種水蛍居水中即是

[やぶちゃん注:最後の三行目の上から左かけてホタルムシ六個体の図。これはマドボタル属 Pyrocoelia メスを指していると思われる。マドボタルは幼虫期から光り、メスは翅が退化して幼虫型である。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の10コマ目左)より。]

ワレカラ

此物海中藻ニスム小虫ナリ形水虱ニ

[やぶちゃん注:「水虱」は、現在、等脚目のキクイムシ Limnoria lignorum を指す。端脚目のハマトビムシ類と似ていないことはないが、圧倒的に小さい。]

似タリ又小蝦ニモ似タリ足多シ水離レ

テ稍跳ルモノナリ予幼時實父藍水翁

自抄寫セル佐州採藥錄ニアル図ヲ以テ

コゝニ載出スルモノナリ

[やぶちゃん注:【2017年6月8日この注のみ改稿した。】下に海藻(種不明)に付着したワレカラ八個体の図。これは形状からこの図が正確なら、これが打ちあがった海藻に附着しているものであれば、
甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱フクロエビ上目端脚目ハマトビムシ科
Talitridae
ハマトビムシ類の仲間と考えてよいと思うが、転載図である上に、図のスケールが不明(海藻が同定されればスケールのヒントにはなると思われるが)なため、体長十五ミリメートルの一般種の、
ハマトビムシ科ヒメハマトビムシ属ヒメハマトビムシ
Platorchestia platensis
であるか、体長二十ミリメートルの大型種の、
ヒメハマトビムシ属ホソハマトビムシ
Paciforchestia pyatakovi
であるかは不明である。但し、これが海中に浸った状態のものを描いたとすると(当時の博物画の場合はちょっと考えにくい。そのような生態描写の場合は、そうした注記をするものである。但し、これは写しの写しだからこれはその作業の実際を写した丹州自体が知らないものと思われる)、海浜の砂地及び砂中にしかいないハマトビムシは無効となり、それに形状が近く、海中の藻場で藻に附着している種ということになる。その場合は例えば、
フクロエビ上目端脚目モクズヨコエビ科モクズヨコエビ属フサゲモクズ
Hyale barbicornis
などのモクズヨコエビ科
Hyalidae の仲間などが想定出来る。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の11コマ目右)より。]

ワレカラ 貝原翁ノ説小貝ニシテ蟲ニ非ストス

コレハ其土地漁人ナトノ方言ニテワレカラト云ニヨレル乎

因テ其物國々ニテ違アリコゝニ図ルハ筑紫ニテ称

スル處ノワレカラナルベシ

大和本草ニ云ワレカラ古歌ニヨメルハ藻ニ住ム蟲

ナリ又本草約言ニ云紫菜其中ニ有小螺螄今

按ルニ此類ワレカラナルベシ藻ニツキテ売〔殼〕ノ

一片ナル螺アリ分売〔殼〕ノ意ナルヘシスクナキ

ユヘナリ※又云ワレカラ海中ノ

[やぶちゃん字注:以下二行は前の※部分に二行の割注で入る。]

コレヨメガサラノ

小ナルモノナリ

藻ニスム小貝ナリ古哥ニ読メリ色

淡黒大サ三四分ニ不過其売〔殼〕ワレ

ヤスシ形ミソ〔ゾ〕ガイ井ガイナトニ似タリ

[やぶちゃん注:「ミソ〔ゾ〕ガイ」はマルスダレガイ目ユキノアシタガイ科オオミゾガイ Siliqua alta。続く「井ガイ」は現在呼称されているイガイとしてのムラサキイガイ Mytilus galloprovincialis や北海道太平洋岸のみに生息するイガイ中唯一の国産種キタノムラサキイガイ Mytilus trossulus ではない(そもそも日本全土に生息域を拡大している前者は、大正期に侵入したものである)。本種は現在のマルスダレガイ目ニッコウガイ超科シオサザナミ科ムラサキガイ亜科ムラサキガイ Soletellina diphos を指していると思われる。イガイの名称は、錯綜している上に、ネット上での記載内容も「帰化動物のイガイ=ムール貝」と「従来のイガイ=ムラサキガイ」の混同によるものと思われるものが少なくない。]

至テ小ナリ此藻ハナゴヤト云淡青

色乾ケバ紫色ナリ日ニ晒セハ変シテ

白色トナル可食性ヨロシカラズ或ハ

松藻ニモ此貝アリ 松藻ハ長ク

シテ茎モ大ナリ
[やぶちゃん注:「松藻」はマツモ Analipus japonicus。以下は一字下げ。]

 コレモ一説カラスカイノ小ナルモノヲ

[やぶちゃん注:「カラスカイ」は古異歯亜綱イシガイ目イシガイ科カラスガイCristaria plicata。但し、これは淡水種であるから誤りである。他の種(不詳乍ら、イガイ類と推定される)を「カラスガイ」と呼称しているのであろう。」

 指テ云閩書烏稔ト云漳州府

 志ノ烏粘ナリ

[やぶちゃん注:下に海藻のナゴヤに付着した三十八個体のワレカラの図。まず「ヨメガサラ」であるが、これは一般に言うところのカサガイ目ヨメガサガイ科ヨメガカサ Cellana toreuma の地方名であると思われる。また、「ナゴヤ」というのは九州地方でオゴノリ Gracilaria vermiculophylla のことを言う方言である。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の11コマ目左)より。またしてもフナムシが出る。編集上の錯誤のようにも見受けられるが、丹洲偏愛の図(若しくは彼のフナムシの形状に対するフェティシズム)であったのかも知れない。]

フナムシ 草鞋虫ノ一種ナリ脚

左右十四アリ赤卒ニ化スト云ハ非

ナリ甲ハカリニシテ肉ハナシ人ヲ

見レハ疾走テ石罅ニ竄ル

[やぶちゃん注:叙述は先のフナムシとほぼ同じであるが、ここの絵は四体描かれ、背面を天地逆にしたもの、腹面、右側面となっている。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の12コマ目右)より(因みに左図は「白頭蚯蚓 和名カブラミヽズ」(本邦優占種であるフトミミズ科
Megascolecidae の孰れか)である。翻刻も画像も示さないが非常にリアルな彩色が施されてある。是非、一見をお勧めする)。以下、右上から左上へ、次に右下から左下へと翻刻する。]

丸藥ムシ

湿地ニ生ス鼠婦二種ナリ人手ニテ觸レハ

丸ク合ヒ目モナキカ如シ堅クシテ丸藥ノ如シ

堅クシテ丸藥ノ如シ

因テ名ツク又潮ノ

サス池中ニモアリ

小エビニ交ルモノワレ

カラト云フ

[やぶちゃん注:後半の五行の下に、「丸薬ムシ」四個体(三つは丸くなった状態)の図。前半の生態は陸生のワラジムシ類(ワラジムシ亜目 Oniscideaであるが、「潮ノサス池中」という後半の叙述は、恐らくタイドプールを指していると思われ、この場合、ハマトビムシ・ミズムシ・ヘラムシ類の多くの種が考えられ(別種であることが判明している以上、前半の「堅クシテ丸薬ノ如シ」という記載事項は無効と考える)、同定は困難である。なお、直前の行の抹消は、底本では二重線。次行と全く同一文であり、国会図書館データーベースで観察すると、この丸薬ムシの図は後から貼られた形跡がある。恐らく、図の位置を補正する過程での衍文であろう。]


[やぶちゃん注:以下の「水蚤」の記載は底本では全体が凡そ五字下げ。前半の四行の下にトビムシ二個体の図。これは、先行する部分との重複を考えると、前半部の叙述からは先の「蠲」(ホタルムシ)との混同錯誤が疑われるように思われる。後半部は、図からも、ワレカラの注で掲げた、ヒメハマトビムシかホソハマトビムシと思われるが、丹洲の最後の「海苔ニツク大小色アイハ違ヘ共形状ハ一様ナリ」という叙述からは、ヨコエビ類(ヨコエビ亜目 Gammaridea )も範囲に含めねばならないと思う。]

水蚤 和名トビムシ蚤ノ如ク

 跳ル下湿ノ地ニ生ス夜光リ

 アリテ蛍火ノ如シ水中ニ

 モ生ス糠鰕アミニ交生ス又鹹

[やぶちゃん注:この「糠鰕アミ」は広くアミ類(アミ目 Mysida )を総称している。]

 水ニモ生ス海苔ニツク大小色アイハ違ヘ共

 形状ハ一様ナリ


[やぶちゃん注:以下、右下から左下へ。]

水蚤ノ一種小ナル者

[やぶちゃん注:水蚤四個体の図。同定不能。]


エビムシ

[やぶちゃん注:前記表題のみが帖中央やや下にまずあり、その下左右に二匹づつ、「エビムシ」四個体の図。この絵は、先の海老蟲と全く同じ形状である。その記載からはやはり広く端脚目や等脚目の種が想定されるが、「海老蟲」同様、ヨコエビ類(ヨコエビ亜目 Gammaridea )のニホンドロソコエビ Grandidierella japonica を掲げておく。]

鹹水池溏中ニ產ス全身浅茶褐色ニシテ皆透徹

ス尾ハエビノ如クニシテ狹ク重ナル形小ナル者ハ色黒シ

此モノ三月上旬鱠残魚ノ内ニ交テアリ低菜アヲサナドニ

[やぶちゃん注:「鱠残魚」は「しらうを(しらうお)」と読み、サケ目シラウオ科シラウオ属シラウオ Salangichthys microdon を指す。]

付ク小虫ニシテ生活スルモノ甕器ノ内ニ水ヲ盛テ其中

ニ入レハ走ル事ハヤシワレカラノ如クニシテ大ナルモノナルベシ




■やぶちゃん読解改訂版
(読みやすさを第一に考えて整序し、殆どのカタカナは平仮名に変えた。漢文部分は我流で訓読してあるので注意されたい(私は専門家でないので誤読が多いと思われるによって注意されたい。また、誤読部分については切に識者の御教授を乞うものである)。字注を大幅に排し、適宜、送り仮名・読み(歴史的仮名遣とした)・推定される意味なども増補してある。誤字も修正して括弧や空欄も用いた。一部は推定字で置き換えた。注の一部も読解用に変えてある。)




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第7冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」8コマ目)より。以下は「栗氏千蟲譜」巻七の一連の蛙についての図譜の途中(図の十二葉目・白紙頁を含めると十三葉目)に突如現われる。]

蟾蜍[やぶちゃん注:音は「センジヨ(センジョ)」、訓ずるなら「ひきがへる(ひきがえる)」。)、水中に入りて、魚と化するもの、俗に「蛙変魚けいへんぎよ」と云ふ。稀れにあり。偶々、漁人、是れを得て、養ふものあり。小魚・泥鰍どぢやう蚯蚓みみず等を飼ふ事數月にして生活すと云ふ。肥前唐津の産。名を知る者なし。此の魚、水中に在るに、水、多きときは、四つの鰭を開き、浮き游う。又、水、少なき處に至れば、四足となして、行く事、蝦蟆がまの如し。飼ひ置くに、常に小魚を食ふ。



[やぶちゃん注:「蚯蚓みみず等を飼ふ」「以つて飼ふ」の脱字であろう。ここに図が入る。ベニカエルアンコウ(旧ベニイザリウオ) Antennarius nummifer の黄色型と思われる。因みに、本種の改名についての疑義を私はブログの「耳嚢 巻之五 怪蟲淡と變じて身を遁るゝ事」の注でぶちかましている。是非ともお読み戴きたい。「カエルアンコウ」てふおぞましくもフリーキーな名よりも「イザリウオ」の方が遙かに行動や様態をよく伝えてよい和名である。因みに私は言葉を狩っても差別はなくならないという立場に生きている人間である。]





[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」)より。「栗氏千蟲譜」巻八の冒頭を飾る見開き。]

海馬 琉球產 奇品

リウグウノコマ

タツノオトシゴ

「臺湾府志」所載の海龍なり。其の書に曰はく、『海龍。澎湖[やぶちゃん注:澎湖諸島(ほうこしょとう/ポンフーしょとう)。台湾島の西方約五十キロメートルに位置する台湾海峡上の島嶼群。]おきに産す。冬の日、海灘に雙び躍る。漁人、之れを獲る。號して珍物と為す。首尾龍に似、牙爪無し。長さ、徑尺[やぶちゃん注:「徑」は差し渡し。「臺湾府志」清朝の地誌であるから、「一尺」は三十二センチメートル。]にたらず。之れを以つて薬に入れて、功、倍す。「海馬」。孫元衡に詩有りて云はく、「澎島の漁人 我が歌を乞ふ / 海竜 雙躍して盤渦うづまきを出で / 爪牙さうが 未だ空しくして鱗鬣りんれふそなへず / 直ちに似たり 枯魚 かはわたれと泣くに。」と。』と。

[やぶちゃん注:以下に次の帖に跨って二個体のタツノオトシゴの図。上図に「雌」、下図に「雄」とある。頂冠が高くないが、躯幹輪数は取り敢えず10を数えるので、タツノオトシゴ Hippocampus coronatus に同定しておくが、乾燥品と思われ、分布域と「奇品」と称している点からも、クロウミウマ Hippocampus kuda の可能性もあるか。育児嚢を持つオスは腹部の形状がメスに比して緩やかであるから、この「雌雄」の表示は逆の可能性が高い。]





[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の9コマ目)より。「栗氏千蟲譜」巻八の図譜の途中(図の十三葉目・白紙頁を含めると十四葉目)に突如現われる。]

草鞋蟲 フナムシ

浪打ち際の石垣の間に生ず。人を見れば疾走して石罅せきひかくる。捕へがたし。脚、左右十四本あり。肚よりみれば、脚ばかりにて、肉なし。鼠婦そふに異ならず。ひげ長く、よく揺がずるものなり。赤とんぼに化すると云ふは詳らかならず。

按ずるに、「鎮江府志」に云はく、『鼠。一名、蒲韄蟲。』と。此れ、又、鼠婦蟲の属なり。

[やぶちゃん注:「鼠婦」は同じ等脚目 Isopoda の陸生種ワラジムシ Porcellio scaber を指す。ここの叙述は現在の分類学上でも正しい記載である。下方にフナムシ Ligia exotica 三個体の図。いずれも背面である。]


[やぶちゃん注:以下は同帖の左中央に記載。]

筑後柳川產

 海老蟲

 但し、海水中に生ず。

[やぶちゃん注:下に「海老蟲」三個体の図。ヨコエビ(ヨコエビ亜目 Gammaridea )の類と思われる。図の特徴的な触角を、肥大した第一触角と判断すると、ニホンドロソコエビ Grandidierella japonica を同定候補としてよいか。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の10コマ目右)より。]

ワレカラ 尾州の產。其の地の方言なり。是れ、一種の水蟲にして、海藻或は雜肴ざこの中に交じり上がる者なり。一寸或ひは寸半許りあり。二寸に至るもの、ままあり。色、青し。たまに黄ばみたるものあり。只だ、乾したる海苔に交じりあるは、色も形も弁別しがたし。因りて、『ワレカラくわぬ上人もなし』と云へる事は、能登の國人の常諺じやうげんなるよし。輪池先生、別に詳説あり。見るべし。紀伊の國にて云ふ、「ワレカラ」は藻の中にすむ小貝なり。これも一説ナなり。然れ共、藻に棲む虫の、「ワレカラ」と古歌によみたるは、虫の説、穏當なりとすべし。此の図は、尾張の人、植村忠左衛門有信なるもの、屋代氏へ篤く贈る處のものなりと。

[やぶちゃん注:『ワレカラ食わぬ上人なし』は、『殺生するなと言うが、たとえ徳の高い上人様でも、ワレカラは海藻と一緒に知らずに食っているではないか』という、殺生戒を皮肉った諺である。「輪池先生」は後にも出てくる国学者屋代弘賢のこと。幕府御祐筆所詰支配勘定役(のち表祐筆勘定格)。

文の後ろにワレカラの図。余りにも簡略化した小さな図であり、 Caprella sp. というほかない。]


[やぶちゃん注:以下は、帖の下半分に記載。海産動物ではないが、ついでに翻刻しておく。]

けん ホタルムシ 五、六月、池沼泥中に生ず。形、扁にして、黒色、小刺あり。昼は眠り、動かず、夜、蠢々しゆんしゆんとして行く。尾下、光りあり。螢火と異ならず。「本綱弘景」に云はく、『是れ、腐草及び爛竹の根、化する所なり。初時は蛹のごとく、腹下、色ありて、光る有り。數日にして変じて能く飛ぶ。』と云ふもの、是れなり。時珍云はく、『一種、長姐蠋ちやうしやけん。尾後に光り有り。翼無く、飛ばず。一名、蠲。俗に、蛍蛆。「明堂月令」に『所謂、腐艸、化して蠲と為る者なり。』と。』云々。今、親しく見るに、蛆の如く、又、行く時は蛭の如し。「鎮江府志」に、『所謂、一種の水蛍。水中に居す。』と。即ち、是れなり。

[やぶちゃん注:「蠲」は本来はヤスデやゲジを示す。最後の三行目の上から左かけてホタルムシ六個体の図。これはマドボタル属 Pyrocoelia メスを指していると思われる。マドボタルは幼虫期から光り、メスは翅が退化して幼虫型である。]


《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の10コマ目左)より。]

ワレカラ

此の物、海中、藻にすむ小虫なり。形、水虱みづじらみに似たり。又、小蝦にも似たり。足、多し。水離れて、稍々跳べるものなり。予、幼時、實父、藍水らんすゐ翁、自ら抄寫せる「佐州採藥錄」にある図を以つて、ここに載出するものなり。

[やぶちゃん注:「水虱」は、現在、等脚目のキクイムシ Limnoria lignorum を指す。端脚目のハマトビムシ類と似ていないことはないが、圧倒的に小さい。下に海藻(種不明)に付着したワレカラ八個体の図。これは形状から明らかにハマトビムシ類(ハマトビムシ科 Talitridae )の仲間と考えてよいが、転載図である上に、図のスケールが不明(海藻が同定されればスケールのヒントにはなると思われる)なため、体長15mmの一般種のヒメハマトビムシ Platorchestia platensis であるか、体長20mmの大型種のホソハマトビムシ Paciforchestia pyatakovi であるかは不明。「藍水翁」田村藍水は栗本丹洲の父で幕府医員であった本草学者。丹洲は父の同輩であった医員栗本昌友の養子となった。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の11コマ目右)より。]


ワレカラ 貝原翁の説、『小貝にして蟲に非ず』とす。これは、其の土地の漁人などの方言にて、「ワレカラ」と云ふによれるか。因りて、其の物、國々にて、違ひあり。ここに図せるは、筑紫にて称する處の「ワレカラ」なるべし。「大和本草」に云はく、『ワレカラ、古歌によめるは、藻に住む蟲なり。』と。又、「本草約言」に云ふ、『紫菜の其中に小螺螄らし[やぶちゃん注:「螺」とは巻貝と二枚貝の謂いか。有り。』と。今、按ずるに、此の類、「ワレカラ」なるべし。藻につきて殼の一片なる螺あり。分殼われからの意なるべし。すくなきゆへなり〔これ、ヨメガサラの小なるものなり〕。又、云はく、『ワレカラ、海中の藻にすむ小貝なり。古哥に読めり。色、淡黑、大きさ三、四分に過ぎず。其れ、殼、われやすし。形、ミゾガイ・イガイなどに似たり。至つて小なり。此の藻は、「ナゴヤ」と云ふ。淡靑色、乾けば紫色なり。日に晒せば、変じて白色となる。食ふに可なるも、性、よろしからず。或ひは松藻にも此の貝あり。』と。松藻は長くして茎も大なり。
 これも一説、カラスガイの小なるものを指して云ふ。
 「閩書」に「鳥稔」と云ふ。「漳州府志」の「鳥粘」なり。

[やぶちゃん注:最後の一字下げは後日の追記か。下に海藻のナゴヤに付着した三十八個体のワレカラの図。
「ミゾガイ」はマルスダレガイ目ユキノアシタガイ科オオミゾガイ
Siliqua alta
「イガイ」は現在呼称されているイガイとしてのムラサキイガイ
Mytilus galloprovincialis や北海道太平洋岸のみに生息するイガイ中唯一の国産種キタノムラサキイガイ Mytilus trossulus ではない(そもそも日本全土に生息域を拡大している前者は、大正期に侵入したものである)。本種は現在のムラサキガイ Nattallia japonica を指していると思われる。イガイの名称は、錯綜している上に、ネット上での記載内容も「帰化動物のイガイ=ムール貝」と「従来のイガイ=ムラサキガイ」の混同によるものと思われるものが少なくない。
「ヨメガサラ」一般に言うところのカサガイ目ヨメガサガイ科ヨメガカサ Cellana toreuma の地方名であると思われる。
「ナゴヤ」九州地方でオゴノリ
Gracilaria vermiculophylla のことを言う方言。
「松藻」はマツモ
Analipus japonicus
「カラスガイ」は古異歯亜綱イシガイ目イシガイ科カラスガイ
Cristaria plicata 。但し、これは淡水種であるから誤りである。他の種(不詳乍ら、イガイ類と推定される)を「カラスガイ」と呼称しているのであろう。」

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の11コマ目左)より。またしてもフナムシが出る。編集上の錯誤のようにも見受けられるが、丹洲偏愛の図(若しくは彼のフナムシの形状に対するフェティシズム)であったのかも知れない。]

フナムシ 草鞋虫の一種なり。脚、左右十四あり。赤卒あかとんぼに化すと云ふは非なり。甲ばかりにして、肉は、なし。人を見れば、疾走して石罅に竄る。

[やぶちゃん注:叙述は先のフナムシとほぼ同じであるが、ここの絵は四体描かれ、背面を天地逆にしたもの、腹面、右側面となっている。]

《改帖》




[やぶちゃん注:画像は国立国会図書館蔵「栗氏千虫譜第8冊」(「国立国会図書館デジタルコレクション」の12コマ目右)より(因みに左図は「白頭蚯蚓 和名カブラミヽズ」(本邦優占種であるフトミミズ科 Megascolecidae の孰れか)である。翻刻も画像も示さないが非常にリアルな彩色が施されてある。是非、一見をお勧めする)。以下、右上から左上へ、次に右下から左下へと翻刻する。]

丸藥ぐわんやくムシ

湿地に生ず。鼠婦の二種なり。人、手にて觸るれば、丸く合ひ、目もなきが如し。堅くして、丸藥の如し。因りて名づく。又、潮のさす池中にもあり。小えびに交じるもの、「ワレカラ」と云ふ。

[やぶちゃん注:後半の五行の下に、「丸薬ムシ」四個体(三つは丸くなった状態)の図。前半の生態は陸生のワラジムシ類(ワラジムシ亜目 Oniscideaであるが、「潮のさす池中」という後半の叙述は、恐らくタイドプールを指していると思われ、この場合、ハマトビムシ・ミズムシ・ヘラムシ類の多くの種が考えられ(別種であることが判明している以上、前半の「堅くして丸薬の如し」という記載事項は無効と考える)、同定は困難である。]


水蚤 和名「トビムシ」。蚤の如く跳ねる。下湿の地に生ず。夜、光りありて、蛍火の如し。水中にも生ず。糠鰕アミに交はりて生ず。又、鹹水にも生ず。海苔につく。大小・色あいは違へ共、形状は一様なり。

[やぶちゃん注:前半の四行の下にトビムシ二個体の図。これは、先行する部分との重複を考えると、前半部の叙述からは先の「蠲」(ホタルムシ)との混同錯誤が疑われるように思われる。後半部は、図からも、ワレカラの注で掲げた、ヒメハマトビムシかホソハマトビムシと思われるが、丹洲の最後の「海苔につく。大小・色あいは違へ共、形状は一様なり」という叙述からは、ヨコエビ類(ヨコエビ亜目 Gammaridea )も範囲に含めねばならないと思う。「糠鰕アミ」は広くアミ類(アミ目 Mysida )を総称している。]


水蚤の一種、小なる者。

[やぶちゃん注:水蚤四個体の図。同定不能。]



エビムシ

鹹水池溏中に産す。全身、浅茶褐色にして、皆、透徹す。尾は、えびの如くにして、狹く重なる。形、小なる者は、色、黑し。此のもの、三月上旬、鱠残魚しらうをの内に交じりてあり。低菜アヲサなどに付く小虫にして、生活するもの、甕器をうきの内に水を盛りて、其の中に入るれば、走る事、はやし。「ワレカラ」の如くにして、大なるものなるべし。

[やぶちゃん注:前記表題のみが帖中央やや下にまずあり、その下左右に二匹づつ、「エビムシ」四個体の図。この絵は、先の「海老蟲」と全く同じ形状である。その記載からはやはり広く端脚目や等脚目の種が想定されるが、「海老蟲」同様、ヨコエビ類(ヨコエビ亜目 Gammaridea )のニホンドロソコエビ Grandidierella japonica を掲げておく。
「鱠残魚」はサケ目シラウオ科シラウオ属シラウオ Salangichthys microdon を指す。]