[やぶちゃん注:底本は1984年平凡社刊「南方熊楠選集 第三巻 南方随筆」を用いた。題名の次行下部に、ポイント落ち二行で、以下の記載がある。『南方「幽霊の手足印」参照(『人類学雑誌』三〇巻九号三三八頁以下)』。【2022年5月23日追記】「南方隨筆」底本正規表現版「俗傳」パート「魂空中に倒懸する事」オリジナル注附・ブログ版を公開した。]
魂空中に倒懸すること 南方熊楠
罪業深き人の現その死後空中に倒懸するという迷信は、蝙蝠(こうもり)を見て言い出したのだろと書きおいたが、ちょうどその証拠たるべき文を見出でたから記そう。
南洋バンクス諸島の男子、クマテとスクエという二秘密会に属するを栄とす。クマテ会員は榛中(こもり)に、スクエ会員は村舎に会す。その村舎をガマルと称え、中を種々に隔てて高下級を別ち、下級の者は高級の房に入るを得ず。スクエ会員ならぬ男子はガマルに入って会食するを得ず。自宅で婦女と食を共にせざるべからず。大いにこれを恥とす。この会に入るには一豚を殺すを要し、胆試しの、秘法のと、むつかしきことなく、主として歌舞宴遊を催せばよきなり。土人いわく、一豚だも殺さぬ男(この会に入らぬ男)は死後、その魂大蝙蝠様に樹枝に倒懸し続けざるべからず。会員の魂は楽土に往き住まる、と(Codrington,‘The
Melanesians,’ 1891, p. 129)。 (大正五年一月『人類学雑誌』三一巻一号)