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澄江堂雜記   芥川龍之介

[やぶちゃん注:大正十四(1925)年一月発行の雑誌『俳壇文藝』に掲載され、後に後に『梅・馬・鶯』にそれぞれ『二十四 續「とても」』、「二十五 丈艸」と番号を付して所収された。底本は岩波版旧全集を用いた。保存する際の判別の便宜を考えて、ページタイトルを「澄江堂雑記3」とした。なお、複数ある全く同題の「澄江堂雜記」の読み方については、私のこちらのブログ記事を参照されたい。]

澄江堂雜記   芥川龍之介

 

       續「とても」

 

 肯定に伴ふ「とても」は東京の言葉ではない。東京人の古來使ふのは「とても及ばない」のやうに否定に伴ふ「とても」である。近來は肯定に伴ふ「とても」も盛んに行はれるやうになつた。たとへば「とても綺麗だ」「とてもうまい」の類である。この肯定に伴ふ「とても」の「猿簑」の中に出てゐることは「澄江堂雜記」(隨筆集「百艸」の中)に辨じて置いた。その後島木赤彦さんに注意されて見ると、この 「とても」も「とてもかくても」の「とても」である。

     秋風やとても芒はうごくはず        三河、子尹

 しかしこの頃又亂讀をしてゐると、「續春夏秋冬」の春の部の中にもかう言ふ「とても」を發見した。

     市雛やとても數ある顏貌          化  羊

 元禄の子尹は肩書通り三河の國の人である。明治の化羊は何國の人であらうか。

 

       丈艸の事

 

 蕉門に龍象の多いことは言ふを待たない。しかし誰が最も的々と芭蕉の衣鉢を傳へたかと言へば恐らくは内藤丈艸であらう。少くとも發句は蕉門中、誰もこの俳諧の新發知ほど芭蕉の寂びを捉へたものはない。近頃野田別天樓氏の編した「丈艸集」を一讀し、殊にこの感を深うした。

       前書略

     木枕の垢や伊吹にのこる雪

     大原や蝶の出て舞ふおぼろ月

     谷風や青田を廻る庵の客

     小屏風に山里涼し腹の上

     電のさそひ出してや火とり蟲

     草芝を出づる螢の羽音かな

     鷄頭の晝をうつすやぬり枕

     病人と撞木に寢たる夜寒かな

     蜻蛉の來ては蠅とる笠の中

     夜明けまで雨吹く中や二つ星

     榾の火や曉がたの五六尺

 

 是等の句は啻に寂びを得たと言ふばかりではない。一句一句變化に富んでゐることは作家たる力量を示すものである。几董輩の丈草[やぶちゃん注:ママ。]を嗤つてゐるのは僭越も亦甚しいと思ふ。