[やぶちゃん注:大正十五(1926)年八月発行の雑誌『随筆』に掲載。底本は岩波版旧全集を用いた。]
囈語 芥川龍之介
一
僕の胃袋は鯨です。コロムブスの見かけたと云ふ鯨です。時々は潮も吐きかねません。吼える聲を聞くのには飽き々々しました。
二
僕の舌や口腔は時々熱の出る度に羊齒類を一ぱいに生やすのです。
三
一體下痢をする度に大きい蘇鐵を思ひ出すのは僕一人に限つてゐるのかしら?
四
僕は腹鳴りを聞いてゐると、僕自身いつか鮫の卵を産み落してゐるやうに感じるのです。
五
僕は憂欝になり出すと、僕の脳髄の襞ごとに虱がたかつてゐるやうな氣がして來るのです。