やぶちゃん版鈴木しづ子句集(旧「鈴木しづ子句集」改訂増補版) 抄出217句
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やぶちゃん版鈴木しづ子句集(旧「鈴木しづ子句集」改訂増補版) 抄出二百十七句 縦書版

 

[やぶちゃん注:本句集の作製ポリシー及び正字使用や著作権その他の問題については、横書頁の冒頭注を必ず参照されたい。本頁は私のHP初のHPビルダーを用いない縦書頁手動制作の試みであり、飽くまでしづ子の句をじっくりと味わって貰うためのものとして実験的に作製したものである。読みをルビとして配したり、縦書を配慮した表記・文字サイズ変更等を横書頁に加えてある。私の感覚では画面に表示される句数から文字サイズを「大」にしてお読み戴くことを望むものである。――哀しくも美しいしづ子が、これによって多くの方々に正しく知られることを心より願って――【二〇一一年一月一五日】

 

  鈴木しづ子句集

 

    ――第一句集『春雷』より 七四句

 

 いにしへのてぶりの屠蘇をくみにけり

(『春雷』巻頭句)

 好物のかきもち母をとほく憶ふ

 

 大寒の東京驛にひとを待つ

 

 寒き夜やをりをりうづく指の傷

 

 寒玉子うく徹宵の油の掌

 

 寒の月くろの木の影うごきをる

 

 雪の宿貨車の連結みてゐたり

 

 貨車過ぐるひびきのつたふ雪の宿

 

 たそがるる茜にくろの雪まだら

 

 霜の葉やふところに祕む熱の指

 

 霜ふむやけさの體温ひくかりき

 

 夕風やあかねはなやぐ葱段畑

 

 うすら日の字がほつてある冬の幹

 

 凩やはやめに入れる孤りの燈

 

 炭はぜるともしのもとの膝衣

 

 いとしさの十の指はもかぜ癒えよ

 

 冬雨やうらなふことを好むさが

 

 梅の花癒えちかき日の茶いただく

 

 春さむく掌もていたはる頰のこけ

 

 北窓はほむらたちそめ縫ふ衣

 

 圖書館をいで夕ざくら散るをみる

 

 ちりそむる櫻よみやこさかるなり

 

 落日にきらめき立てり野の新樹

 

 春雷はあめにかはれり夜の對坐

 

 ノートするは支那興亡史はるの雷

 

 筍飯や母はいくらかふとり

 

 とほけれど木蓮の徑えらびけり

 

 省線のスパイクはげしぬれつばめ

 

 嫁 ゆく友のくちびるちさしつばくらめ

 

 あめのおと太きうれしさ夏來り

 

 母は病む十藥どくだみの花咲きさかり

 

 古本を買うて驟雨しううをかけて來ぬ

 

 あめ去れば月の端居はしゐとなりにけり

 

 旅の夜の夏冷えまさる樹のしづく

 

 母とゐて朝顏の蕾かぞへけり

 

 かたかげや警報とかるる坂の下

 

 炎天の驛みえてゐる草の丈

 

 そびらより南風つよく出勤す

 

 靑葉の日朝の點呼の列に入る

 

 防諜と貼られ氷室ひむろへつづく廊

 

   爆撃はげし

 東京と生死を誓ふ盛夏かな

 

   昭和二十年八月十五日皇軍つひにくだ

 炎天の葉知慧灼けり壕に

 

 なつものをしまふ梢のかげりけり

 

 そのかみの東京戀ふる銀河かな

 

 あはれあはれ秋がきてゐる蘆の靑

 

 秋すだれ捲く庭ぬちや夜雨よさめくる

 

 秋の葉やれいろふかきのほとり

 

 秋の葉のかさなりふかき小徑かな

 

 宵闇やひとにしたがふ石だたみ

 

 秋の蝶來そびれ風のものかげに

 

 四季薔薇さうび颱風圏たいふうけんに入りたるいふ

 

 颱風のおぞましき夜ぞ壁の額

 

 いちじくに指の繃帶まいにち替ふ

 

 銀漢やひそかにぬぐふ肌の汗

 

 ものかげに煙草吸ふ子よ晝の蟲

 

 あきさめや指をそめたる塗料の黄

 

 省みるばかりのひと夜天の川

 

 あきぐさをふりふりいそぐ野路かな

 

 あきのあめ衿の黑子をいはれけり

 

 湯の中に乳房いとしく秋の夜

 

 菊活けし指もて消しぬねやの燈を

 

 長き夜や掌もてさすりしうすき胸

 

 くちびるのかはきに耐ゆる夜ぞ長き

 

 秋衣あめの東京はなれけり

 

 夜の驛のとほきしほざゐ肉桂につきかむ

 

 穗芒のひとつ折れしが吹かれゐる

 

 かがよふ波折れし芒をもてあそぶ

 

 よきひとの妻をめとりぬ秋けて

 

 夫ならぬひとによりそふ靑嵐

 

 さかりゆくひとは追はずよ烏瓜

 

 徹宵にのぞむ手袋はめにけり

 

 冬の夜や辭しゆくひとの衣のしわ

 

 年逝くや句を知りそめし花の頃

 

 十二月の句帖の餘白そのままに

(『春雷』掉尾句)

 

 

 

    ――第二句集『指環』より 百九句

[やぶちゃん注:本句集は「きづつく玻璃」「春たつまき」「明星に」の三歌群から構成されている。歌群標題は二字下げで示した。]

 

  きづつく玻璃

 

 にひとしのつよ風も好しねがふこと

(『指環』巻頭句にして「きづつく玻璃」巻頭句)

 柿秋葉東京ことば愛でられて

 

 月蒼むくちふれしむる玻璃のはだ

 

 たんたんと降る月光つきかげよ玻璃きづつく

 

 春さむし髮に結ひたるリボンの紺

 

 テニスする午前七時の若葉かな

 

 穗の芒こころそまざることもきく

 

 秋燈下こまかくつづるわが履歴

 

 わが頰にゑくぼさづかり春隣

 

 ははの忌の棘美しき枳殻きこくかな

 

 欲 ほるこころ手袋の指器に觸るる

 

 寒の夜を壷碎け散る散らしけり

(「きづづく玻璃」掉尾句)

 

 

  春たつまき

 

 ひらく寒木瓜かんぼけ浮氣な自分におどろく

(「春たつまき」巻頭句)

 

 あひびきの夕星にして樹にかくれ

 

 ダンサーになろか凍夜の驛間歩く

 

 對決やじんじん昇る器の蒸氣

 

 霙  みぞるる槇最後のおもひ逢ひにゆく

 

 春雪の不貞の面てち給へ

 

 體内にきみが血流る正坐に耐ふ

 

 靜謐  せいひつに日墜つ理性と感情と

 

 戀の清算春たつまきに捲かるる紙片

 

 本屋の前自轉車降りるカンナの黄

 

 死の肯定萬緑のなか水ぎつ

 

 肉感に浸りひたるや熟れ石榴ざくろ

 

 實石榴のかつと割れたる情痴かな

 

 かの映畫T市にきたる百日紅

 

 好きなものは玻璃薔薇雨驛指春雷

 

 すでに戀ふたつありたる雪崩かな

 

 溺れきること尊しやすべて芽木めぎ

 

 逆境のさくらはなびら舞はせけり

 

 刺  とげ靑きひと日逢はざる枳殻きこくかな

 

 擲 うたるるや崩れくこと意識する

 

  御身愛しめリラの押花送られたし

 

 紫雲英  げんげ摘みたりあなたの胸に投げようか

 

 まぐはひのしづかなるあめ居とりまく

 

 栞はさみあるふみをひらく白薔薇に

 

 裸か身や股の血脈あをく引き

 

 情慾や亂雲とみにかたち變へ

 

 ひと戀ひの梅雨の弱星かかげけり

 

 流星や戀戀としてむいちじく

 

 墮ちてはいけない朽ち葉ばかりの鳳仙花

 

 いまは言ふまじ秋あかつきを列なす鳥

 

 甘へるよりほかにすべなし夾竹桃

 

 萩くらしわたしの好きな季節となる

 

 自棄にしてかくほどまでに明るむ月

 

 病ら葉よかくまで戀ふと知られけり

 

 木犀に歩く言はうか言ふまいか

 

 月夜にておもひつづくるあらぬこと

 

 短命や花もつ八つ手何本も

 

 慾望や寒夜翳なす造花のはな

 

 指環いてつみづから破る戀の果

(「春たつまき」掉尾句)

 

 

  明星に

 

 花吹雪岐阜へ來て棲むからだかな

(「明星に」巻頭句)

 

 黑人と踊る手さきやさくら散る

 

 花の夜や異國の兵と指むつ

 

 菊白し得たる代償ふところに

 

 娼婦またよきか熟れたる柿うぶ

 

 霙 みぞれけり人より貰ふ錢の額

 

 涕 なけば濟むものか春星くひとつ

 

 春愁の煙草に點す火やくれなゐ

 

 いまさらの如くにみるよたんぽぽ黄

 

 かくまでの氣持の老けやたんぽぽ黄

 

 ときをりは憶ふ或る事たんぽぽ黄

 

 落暉  らつきし身の係累を捨てにけり

 

 煙草の灰ふんわり落とす蟻の上

 

 葉の蔭にはづす指輪や汗ばみて

 

 明星におもひ返せどまがふなし

 

 北風のなか昂ぶり果ての泪ぬぐふ

 

 雷こんこん死びとの如き男の手

 

 家すべて午前零時の露置けり

  

 霧さむく思ふことにも疲れけり

 

 動亂や白き花在る枯れの中

 

 月の夜の蹴られて水に沈む石

 

 屋にふるるおもむきみする月夜の葉

 

 月の夜や重なることを好まぬ葉

 

 かしこくて姿よそほふ月夜の葉

 

 惜しみなくなまめきらふ月夜の葉

 

 月の現れさとるにあらず葉なまめく

 

 おのおの葉月のひかりにきそひけり

 

 星凍てたり東京に住む理由なし

 

 熱哀し蒲團のそとに置く片手

 

 美濃の雪つまさき踏みて來たりしなり

 

 冴え返る剣山は深く水に沈み

 

 凍蝶  いててふきて日蔭を出でにけり

 

 月明の橋を越ゆれば町異る

 

 菊は紙片の如く白めりヒロポン缺く

 

 コスモスなどやさしく吹けど死ねないよ

 

 倖ちうすき頤持つや蘭寒み

 

 歸る歩や先づ火をおこすべしとのみ

 

 木枯しや坐せば雙つの膝頭

 

 ことりといふあれは落ちたる焜爐の火

 

 海の霧へるなくして渡るべきか

 

 雪の夜を泪みられてきにけり

 

 默々と小包つくる春の雷

 

 頒ち持つかたみの品や靑嵐

 

 大阪へ五時間でつく晩夏かな

 

 夏帽の大阪訛りより買ふ繪

 

 遊廓へ此の道つづく月の照り

 

 夏みかん酸つぱしいまさら純潔など

 

 この暑さ町に看板ごてごてある

 

 親のことかつておもはず夾竹桃

 

 短夜の夢の白さや水枕

 

 風鈴や枕に伏してしくしく

 

 炎天のポストは橋のむかふ側

 

 ひまはりを植ゑて娼家の散在す

 

 乳房もつ犬にけられ夕燒雲

 

 暦日  れきじつやみづから墮ちて向日葵黄

 

 蟻の體にジユツと當てたる煙草の火

 

 好きことの電報きたる天の河

 

 朝鮮へ書く梅雨の降りぎちけり

(「明星に」掉尾句にして『指環』掉尾句)

 

 

 

    ――拾遺句群より 三四句

[やぶちゃん注:しづ子の俳句は師松村巨湫に昭和二七(一九五二)年九月一五日附で句稿を送ったものが最後となった。本拾遺句の後半、昭和二八(一九五三)年二月号以降の四句の『樹海』掲載句については、しづ子失踪後、手元に残った多量のしづ子の句稿を、巨湫が、その死の前年である昭和三八(一九六三)年一〇月号の『樹海』まで、あたかもしづ子が投句をし続けているかのように掲載し続けたもので、時系列からは外れるものである点に注意されたい。]

 

 秋葵みづをこえたる少女の脚

(昭和二一(一九四六)年一二月号『樹海』掲載句)

 鳳仙花なみだぐみたる二つの眸

(昭和二一(一九四六)年一二月号『樹海』掲載句)

 性悲し夜更けの蜘蛛を殺しけり

(昭和二一(一九四六)年 六月号『樹海』掲載句)

    意識

 ほろろ山吹婚約者を持ちながらひとを愛してしまつた

(昭和二三(一九四八)年 七月号『樹海』掲載句)

 薔薇の夜や深く剪りたる指の爪

(昭和二三(一九四八)年 七月号『樹海』掲載句)

 黑人兵の本能強し夏銀河

(昭和二六(一九五一)年 六月 八日附未発表投稿句)

 雪はげし妻たりし頃みごもりしこと

(昭和二六(一九五一)年 八月二四日附未発表投稿句)

 雪はげし月を經ずして葬りしこと

(昭和二六(一九五一)年 八月二四日附未発表投稿句)

 激 たぎつ雪自ら葬りおほせけり

(昭和二六(一九五一)年 八月二四日附未発表投稿句)

 雪粉粉麻藥に狂ふ漢の眼

(昭和二六(一九五一)年 八月二九日附未発表投稿句)

    母の墓建つ

 墓の中母の墓置く霜柱

(昭和二六(一九五一)年一二月一一日附未発表投稿句)

 横濱に人と訣れし濃霧かな

(昭和二六(一九五一)年一二月一九日附未発表投稿句)

 堕胎兒が三歳となるああ正月の繕の箸

(昭和二六(一九五一)年一二月一九日附未発表投稿句)

 戀初めの國文の師よ雪は葉に

(昭和二六(一九五一)年一二月一九日附未発表投稿句)

 死の豫感つと立てば體の寒き影

(昭和二六(一九五一)年一二月二四日附未発表投稿句)

 いつの日か雪に曝さむこの體の屍

(昭和二六(一九五一)年一二月二四日附未発表投稿句)

 傲然と雪墜るケリーとなら死ねる

(昭和二六(一九五一)年一二月二四日附未発表投稿句)

 タイプ打つWのつる汗の指

(昭和二七(一九五二)年中の未発表と思われる投稿句)

 霧五千海里ケリー・クラッケへだたり死す

(昭和二七(一九五二)年 一月 二日附未発表投稿句)

 急死なりと母なるひとの書乾く

(昭和二七(一九五二)年 一月 二日附未発表投稿句)

 文箱を見られし記憶栗の花

(昭和二七(一九五二)年 一月二〇日附未発表投稿句)

 三歳とかぞへていとし水中花

(昭和二七(一九五二)年 六月一五日附未発表投稿句)

 墓地に來て風の在り處を地に探す

(昭和二七(一九五二)年 七月二四日附未発表投稿句)

 劇藥の劇と銘うつ暑氣極む

(昭和二七(一九五二)年 八月二九日附未発表投稿句)

 死にどころこころゑがくや月に雲

(昭和二七(一九五二)年 八月二九日附未発表投稿句)

 意のままの二十七年夏氷

(昭和二七(一九五二)年 九月 二日附未発表投稿句)

 秋めきの雲を詠みしを終りとす

(昭和二七(一九五二)年 九月 二日附未発表投稿句)

 秋の雲ゆくおもふは鈴木しづ子之墓

(昭和二七(一九五二)年 九月 二日附未発表投稿句)

 薊吹き死期が近づく筆の冴え

(昭和二七(一九五二)年 九月 二日附未発表投稿句)

 よそながらまみゆることや薊の葉

(昭和二七(一九五二)年九月九日附未発表投句稿最終句)

 死してわれに殘すものなし鳳仙花

(昭和二七(一九五二)年九月一五日附未発表投稿句)

[やぶちゃん注:この右の句が、現在知られる失踪前の、しづ子の最後の一句である。]

 悲劇はこの世だけでいいスクリーンの白雪

(昭和二八(一九五三)年二月号『樹海』掲載句)

 夕燒の失せし地をゆく乳母車

(昭和三一(一九五六)年七月号『樹海』掲載句)

 鵙鳴くや沼に棄て來し戀一つ

(昭和三一(一九五六)年八月号『樹海』掲載句)

 傾くやいつさいへし雪の墓

(昭和三一(一九五六)年一月号『樹海』掲載句)

 

……「みなさん、ごきげんよう、さようなら」……

……昭和二七(一九五二)年三月三〇日……

……意に沿わず嫌々出版した歌集『指環』の……

……その東京で行われた出版記念会での……しづ子最後の言葉である……

……そして……この肉声を最後に……

……しづ子は我々の前から……

……完全にその姿を消した……軽い足取りの後姿のままに……

……西暦二〇一一年の今……

……彼女は九二歳になっているはずである――

 

やぶちゃん版鈴木しづ子句集 縦書 完