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[やぶちゃん注:大正13(1924)年6月発行の雑誌『中央公論』に「新綠に對して」の大見出しで、表記の題で掲載された。後、『百艸』(但し、『「續野人生計事」 四 新綠の庭』として)及び『梅・馬・鶯』に所収された。最後に簡単な注を附した。]

 

新綠の庭   芥川龍之介

 

 櫻 さつぱりした雨上りです。尤も花の萼は赤いなりについてゐますが。

 

 椎 わたしもそろそろ芽をほごしませう。このちよいと鼠がかつた芽をね。

 

 竹 わたしは未だに黃疸ですよ。…………

 

 芭蕉 おつと、この綠のランプの火屋を風に吹き折られる所だつた。

 

 梅 何だか寒氣がすると思つたら、もう毛蟲がたかつてゐるんだよ。

 

 八つ手 痒いなあ、この茶色の產毛のあるうちは。

 

 百日紅 何、まだ早うござんさあね。わたしなどは御覽の通り枯枝ばかりさ。

 

 霧島躑躅 常――常談云つちやいけない。わたしなどはあんまり忙しいもんだから、 今年だけはつい何時にもない薄紫に咲いてしまつた。

 

 霸王樹 どうでも勝手にするが好いや。おれの知つたことぢやなし。

 

 石榴 ちよいと枝一面に蚤のたかつたやうでせう。

 

 苔 起きないこと?

 石 うんもう少し。

 

 楓 「若楓茶色になるも一盛り」――ほんたうにひと盛りですね。もう今は世間並みに唯水々しい鶸色です。おや、障子に燈がともりました。

 

[やぶちゃん注:「霸王樹」は「サボテン」と読む。最後の「楓」の台詞の中の句は、松尾芭蕉「嵯峨日記」に表われる菅沼曲水(曲翠)の句。彼は近江蕉門の重鎮で、膳所では芭蕉のパトロン的立場にあった。「鶸色」は鳥の鶸の羽の色に因んだもので、冴えた黄緑色を言う。言わずもがなであるが、これはルナールの「博物誌」の真似事に過ぎない。]