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李賀
耽溺する中国のランボー、李賀の詩を、僕の自由な文語訳+口語訳でお贈りする。HPやBlogの「鬼火」のルーツは、偏愛するロシェル/マルの「鬼火」というより、この「南山田中行」にある。
やぶちゃん訳

(copyright 2005 Yabtyan)

  南山田中行   李賀

秋野明

秋風白

塘水漻漻蟲嘖嘖

雲根苔蘚山上石

冷紅泣露嬌啼色

荒畦九月稻叉牙

蟄螢低飛隴徑斜

石脈水流泉滴沙

鬼燈如漆點松花



  南山田中行

秋野明るく (しゆうやあかるく)

秋風白し (しゆうふうしろし)

塘水 漻漻 蟲 嘖嘖 (とうすいれうれうむしさくさく)

雲根の苔蘚 山上の石 (うんこんのたいせん さんじやうのいし)

冷紅 露に泣いて 嬌啼の色 (れいこう つゆにないて ていきやうのしよく)

荒畦 九月 稻 叉牙たり (こうけい くがつ いね さがたり)

蟄螢 低く飛んで 隴徑 斜めなり (ちつけい ひくくとんで ろうけい ななめなり)

石脈 水流 泉 沙に滴る (せきみやく すいりう いづみ すなにしたたる)

鬼燈 漆の如く 松花に點ず (きとう うるしのごとく しようかにてんず)



  南山の田中の歌 やぶちゃん文語訳

秋野明るく

秋風白し

池塘 水 眞靑(まつさを) 蟲聲 慄然 喧(かまびす)し

白雲湧き立つ 山上の 苔むす岩のそが蔭に

冷たき露に 泣き濡るる 愛しき小さき紅き花 

長月(ながつき)の 荒れ果てし田に 稻穗鋭く尖りをり

死に忘れたる螢一つ 崩れし畦を 低く斜めに飛び去れり 

石が裂け目に水流れ そが滴りて瀧となり されど空しく砂に消ゆ

鬼火一つ 赤きこと漆の如 花に灯れり 狂ひ咲きたる松が花に



  南山の田中の歌 やぶちゃん口語訳

秋の野は明るく

秋の風は白い

池塘の水は真っ青にあくまで冷たく 虫の声はぞっとするほどかまびすしい 

白雲の湧き起こる はるかな山の上 その苔むした岩の蔭で

冷たい露に 泣き濡れて 愛しい小さな紅き花一つ 

九月 荒れ果てた田 稲は鋭く尖っている

秋の螢一つ 崩れた畦を低く低く 斜め斜めに飛んで そうして消えた

岩の裂け目に 水が流れ それが滴って滝となっても 空しく砂に消えてしまう

鬼火が一つ 真っ赤な漆のように 狂い咲きの松の花に灯っている


***


  長平箭頭歌  李賀

漆灰骨末丹水沙

淒淒古血生銅花

白翎金簳雨中盡

直餘三脊殘狼牙

我尋平原乘兩馬

驛東石田蒿塢下

風長日短星蕭蕭

黑旗雲濕懸空夜

左䰟右𩲸啼肌瘦

酪瓶倒盡將羊炙

蟲棲鴈病蘆荀紅

𢌞風送客吹陰火

訪古汍瀾收斷鏃

折鋒赤璺曾刲肉

南陌東城馬上兒

勸我將金換簝竹



   長平箭頭の歌

漆灰 骨末 丹水の沙 (しつかい こつまつた んすいのさ)

淒淒たる古血 銅花を生ず (せいせいたるこけつ どうかをしやうず)

白翎 金竿 雨中に盡き (はくれい きんかん うちうにつき)

直だ 三脊を餘し 狼牙を殘す (ただ さんせきをあまし らうがをのこす)

我 平原を尋ねて 兩馬に乘る (われ へいげんをたづねて りやうばにのる)

驛東 石田 蒿塢の下 (えきとう せきでん こううのもと)

風長くして 日 短かく 星 蕭蕭 (かぜながくして ひ みじかく ほし せうせう)

黑き旗雲 濕ひて 空夜に懸かる (くろきはたぐも うるほひて くうやにかかる)

左魂 右魄 肌瘦に啼く (さこん いうはく きそうになく)

酪瓶 倒し盡して 羊炙を將む (らくへい たふしつくして ようしやをすすむ)

蟲 棲み 鴈 病みて 蘆荀 紅 (むし すみ がん やみて ろじゆん くれなゐ)

𢌞風 客を送りて 陰火を吹く (くわいふう きやくをおくりて いんくわをふく)

古へを訪ひ 汍瀾として 斷鏃を收む (いにしへをおとなひ ぐわんらんとして だんぞくををさむ)

折鋒 赤璺 曾て肉を刲く (せつぽう せきぶん かつてにくをさく) 

南陌 東城 馬上の兒 (なんぱく とうじやう ばじやうのじ)

我に勸む 金將て簝竹に換へよと (われにすすむ きんもてりやうちくにかへよと)



   長平にて拾ひし鏃を歌へる やぶちゃん文語訳

黑きは漆が灰の如(ごと) 白きは骨の粉の如 赤きは丹が砂の如

古き血の凄まじき そがあかがねに花散らす

白き矢羽 堅き矢柄 雨中に朽ち

今に殘す ただ鏃(やじり)

我 馬車にて 平原をおとなふ

驛が東 石の原 蓬の生ふる邊りにて

吹き渡りゆく遠き風 暮るるも早し短かき陽 はや瞬ける星寂寞(じやくまく)

黑き濕(しめ)れる旗雲の 空しき夜にたなびけり

あまた漂ふたましひの 髑髏(どくろ)が陰に啜り泣く

乳酪が壺(こ)傾け盡くし 羊炙りて供ふるも

蟲の寂しき音(ね)のありて 病みたる雁の聲ありて 荒ら野が蘆の芽の紅き

つむじ風 遊子送らんとて 鬼火を亂舞せしむ

我 此(し)が古蹟にありて 鏃を拾ひて滂沱(ばうだ)たり 

折れし切先 赤き罅(さび) 古(いにしへ) 人が肉を裂く

さても歸りし長平の 市中(いちなか) 騎馬の 少年の

我に勸む 其が鏃 肉もて盛れる籠に換へよと



   長平で拾った鏃を歌う やぶちゃん口語訳

黒――漆の灰 白――人骨 赤――丹砂

飛び散った血が銅に真っ赤な花を咲かす

白い矢羽も 堅も矢柄も 既に雨中に朽ち果てて

ただ鏃のみ 今に残す

馬車に乗って 平原を訪ね

宿場の東 蓬の生えた石の原に立つと

遠くから吹き渡ってくる風 あっと言う間に暮れゆく陽 速くも瞬く星くず……ああ その寂しき輝きよ

黒く湿った旗雲が 虚空にたなびき

迷える無数の魂が 髑髏の陰ですすり泣く

私は バターを入れた壺を傾け尽くし 羊の肉をあぶって弔ったが 

寂しき虫の音 病雁の声 荒野の蘆の芽の紅さ

つむじ風は 旅人である私を追い立てようと 青白き鬼火を吹き舞わす

私は拾う この古戦場に 涙して 鏃を

ああ 折れたその切っ先 赤いサビ それはかつて人の肉を裂いたのだ

長平の町に帰り 街路で出会った馬上の少年は 私に勧めた 

「その鏃、よかったらうまい肉をてんこ盛りにした、この籠と換えない?」