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[やぶちゃん注:大正八(1919)五月一日発行の雑誌『新潮』に「私のの出遇つた事」の総題目で「二、沼地」として掲載された。ちなみに「一」は「蜜柑」であった。後に『影燈籠』等の作品集に所収された。底本は岩波版旧全集を用いた。後に、私の意識の中でこの作品と癒着して離れようとしない Marcel Duchamp の「薬局」を飾った。]


沼地   芥川龍之介



 或雨の降る日の午後であつた。私(わたくし)は或繪畫展覽會場の一室で、小さな油繪を一枚發見した。發見――と云ふと大袈裟だが、實際さう云つても差支へないほど、この畫だけは思ひ切つて彩光(さいくわう)の惡い片隅に、それも恐しく貧弱な縁(ふち)へはいつて、忘れられたやうに懸かつてゐたのである。畫は確、「沼地」とか云ふので、畫家は知名の人でも何でもなかつた。又畫そのものも、ただ濁つた水と、濕つた土と、さうしてその土に繁茂する草木とを描いただけだから、恐らく尋常の見物からは、文字通り一顧さへも受けなかつた事であらう。
 その上不思議な事にこの畫家は、蓊鬱(おううつ)たる草木を描きながら、一刷毛も緑の色を使つてゐない。蘆(あし)や白楊(ポプラア)や無花果(いちぢく)を彩(いろど)るものは、どこを見ても濁つた黄色である。まるで濡れた壁土(かべつち)のやうな、重苦しい黄色である。この畫家には草木の色が實際さう見えたのであらうか。それとも別に好む所があつて、故意(ことさら)こんな誇張を加へたのであらうか。――私はこの畫の前に立つて、それから受ける感じを味ふと共に、かう云ふ疑問もまた挾まずにはゐられなかつたのである。
 しかしその畫の中に恐しい力が潛(ひそ)んでゐる事は、見てゐるに從つて分つて來た。殊に前景の土の如きは、そこを踏む時の足の心もちまでもまざまざと感じさせる程、それ程的確に描いてあつた。踏むとぶすりと音をさせて踝(くるぶし)が隱れるやうな、滑な淤泥(をでい)の心もちである。私はこの小さな油畫の中に、鋭く自然を摑(つか)まうとしてゐる、傷(いたま)しい藝術家の姿を見出した。さうしてあらゆる優れた藝術品から受ける樣に、この黄いろい沼地の草木からも恍惚たる悲壯の感激を受けた。實際同じ會場に懸かつてゐる大小さまざまな畫の中で、この一枚に拮抗(きつかう)し得る程力強い畫は、どこにも見出す事が出來なかつたのである。
「大へんに感心してゐますね。」
 かう云ふ言と共に肩を叩かれた私は、恰も何かが心から振ひ落されたやうな氣もちがして、卒然と後(うしろ)をふり返つた。
「どうです、これは。」
 相手は無頓着にかう云ひながら、剃刀(かみそり)を當てたばかりの顋(あご)で、沼地の畫をさし示した。流行の茶の背廣を着た、恰幅(かつぷく)の好い、消息通を以て自ら任じてゐる、――新聞の美術記者である。私はこの記者から前にも一二度不快な印象を受けた覺えがあるので、不承々々に返事をした。
「傑作です。」
「傑作――ですか。これは面白い。」
 記者は腹を搖つて笑つた。その聲に驚かされたのであらう。近くで畫を見てゐた二三人の見物が皆云ひ合せたやうにこちらを見た。私は愈々不快になつた。
「これは面白い。元來この畫はね、會員の畫ぢやないのです。が、何しろ當人が口癖のやうにここへ出す出すと云つてゐたものですから、遺族が審査員へ頼んで、やつとこの隅へ懸ける事になつたのです。」
「遺族? ぢやこの畫を描(か)いた人は死んでゐるのですか。」
「死んでゐるのです。尤も生きてゐる中から、死んだやうなものでしたが。」
 私の好奇心は何時(いつ)か私の不快な感情より強くなつてゐた。
「どうして?」
「この畫描きは餘程前から氣が違つてゐたのです。」
「この畫を描いた時もですか。」
「勿論です。氣違ひででもなければ、誰がこんな色の畫を描くものですか。それをあなたは傑作だと云つて感心してお出でなさる。そこが大に面白いですね。」
 記者はまた得意さうに、聲を擧げて笑つた。彼は私が私の不明を恥ぢるだらうと豫測してゐたのであらう。或は一歩進めて、鑑賞上における彼自身の優越を私に印象させやうと思つてゐたのかも知れない。しかし彼の期待は二つとも無駄になつた。彼の話を聞くと共に、殆嚴肅にも近い感情が私の全精神に云ひやうのない波動を與へたからである。私は悚然(しようぜん)として再びこの沼地の畫を凝視した。さうして再びこの小さなカンヴアスの中に、恐しい焦躁と不安とに虐(さいな)まれてゐる傷(いたま)しい藝術家の姿を見出した。
「尤も畫が思ふやうに描けないと云ふので、氣が違つたらしいですがね。その點だけはまあ買へば買つてやれるのです。」
 記者は晴々した顏をして、殆嬉しさうに微笑した。これが無名の藝術家が――我々の一人が、その生命を犧牲にして僅に世間から購(あがな)ひ得た唯一の報酬だつたのである。私は全身に異樣な戰慄を感じて、三度この憂鬱な油畫を覗いて見た。そこにはうす暗い空と水との間に、濡れた黄土(おうど)の色をした蘆が、白楊(ポプラア)が、無花果(いちぢく)が、自然それ自身を見るやうな凄(すさま)じい勢で生きてゐる。……………
「傑作です。」
 私は記者の顏をまともに見つめながら、昂然としてかう繰返した。
                                                             ―大正八年四月――

Marcel Duchamp “Pharmacie” 1914