やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇へ
鬼火へ

[やぶちゃん注:昭和十(1935)年八月号雑誌『セルパン』に掲載され、その後、版畫莊より同年十一月に『猫町』として単行本化された。底本は、昭和五十一(1976)年筑摩書房刊の「萩原朔太郎全集」第五巻によった。なお、その一見忘れ難い幻想的な単行本の装丁は著者自身の考案、画は川上澄生である。川上澄生は本書の挿絵も担当している。]

 

猫町   萩原朔太郎  ★藪薇獸辭團★1

     散文詩風な小説(ロマン)

 

      蠅を叩きつぶしたところで、

      蠅の「物そのもの」は死には

      しない。單に蠅の現象をつぶ

      したばかりだ。――

         シヨウペンハウエル。

 

     1

 

 旅への誘ひが、次第に私の空想から消えて行つた。昔はただそれの表象、汽車や、汽船や、見知らぬ他國の町々やを、イメーヂするだけでも心が躍つた。しかるに過去の經驗は、旅が單なる「同一空間における同一事物の移動」にすぎないことを教へてくれた。何處へ行つて見ても、同じやうな人間ばかり住んで居り、同じやうな村や町やで、同じやうな單調な生活を繰り返して居る。田舍のどこの小さな町でも、商人は店先で算盤を彈きながら、終日白つぽい往來を見て暮して居るし、官吏は役所の中で煙草を吸ひ、晝飯の菜のことなど考へながら、來る日も來る日も同じやうに、味氣ない單調な日を暮しながら、次第に年老いて行く人生を眺めて居る。旅への誘ひは、私の疲勞した心の影に、とある空地に生えた青桐みたいな、無限の退屈した風景を映像させ、どこでも同一性の法則が反覆してゐる、人間生活への味氣ない嫌厭を感じさせるばかりになつた。私はもはや、どんな旅にも興味とロマンスを無くしてしまつた。

 久しい以前から、私は私自身の獨特な方法による、不思議な旅行ばかりを續けてゐた。その私の旅行といふのは、人が時空と因果の外に飛翔し得る唯一の瞬間、即ちあの夢と現實との境界線を巧みに利用し、主觀の構成する自由な世界に遊ぶのである。と言つてしまへば、もはやこの上、私の祕密に就いて多く語る必要はないであらう。ただ私の場合は、用具や設備に面倒な手數がかかり、且つ日本で入手の困難な阿片の代りに、簡單な注射や服用ですむモルヒネ、コカインの類を多く用ゐたといふことだけを附記しておかう。さうした麻醉によるエクスタシイの夢の中で、私の旅行した國々のことについては、此所に詳しく述べる餘裕がない。だがたいていの場合、私は蛙どもの群がつてる沼澤地方や、極地に近く、ペンギン鳥の居る沿海地方などを彷徊した。それらの夢の景色の中では、すべての色彩が鮮やかな原色をして、海も、空も、硝子のやうに透明な眞青だつた。醒めての後にも、私はそのヴイジヨンを記憶して居り、しばしば現實の世界の中で、異樣の錯覺を起したりした。

 藥物によるかうした旅行は、だが私の健康をひどく害した。私は日々に憔悴し、血色が惡くなり、皮膚が老衰に澱んでしまつた。私は自分の養生に注意し始めた。そして運動のための散歩の途中で、或る日偶然、私の風變りな旅行癖を滿足させ得る、一つの新しい方法を發見した。私は醫師の指定してくれた注意によつて、毎日家から四、五十町(三十分から一時間位)の附近を散歩してゐた。その日もやはり何時も通りに、ふだんの散歩區域を歩いて居た。私の通る道筋は、いつも同じやうに決まつて居た。だがその日に限つて、ふと知らない横丁を通り拔けた。そしてすつかり道をまちがへ、方角を解らなくしてしまつた。元來私は、磁石の方角を直覺する感官機能に、何かの著るしい缺陷をもつた人間である。そのため道のおぼえが惡く、少し慣れない土地へ行くと、すぐ迷兒になつてしまつた。その上私には、道を歩きながら瞑想に耽る癖があつた。途中で知人に挨拶されても、少しも知らずに居る私は、時々自分の家のすぐ近所で迷兒になり、人に道をきいて笑はれたりする。かつて私は、長く住んで居た家の廻りを、塀に添うて何十囘もぐるぐると廻り歩いたことがあつた。方角觀念の錯誤から、すぐ目の前にある門の入口が、どうしても見つからなかつたのである。家人は私が、まさしく狐に化かされたのだと言つた。狐に化かされるといふ状態は、つまり心理學者のいふ三半規管の疾病であるのだらう。なぜなら學者の説によれば、方角を知覺する特殊の機能は、耳の中にある三半規管の作用だと言ふことだから。

 餘事はとにかく、私は道に迷つて困惑しながら、當(あて)推量で見當をつけ、家の方へ歸らうとして道を急いだ。そして樹木の多い郊外の屋敷町を、幾度かぐるぐる廻つたあとで、ふと或る賑やかな往來へ出た。それは全く、私の知らない何所かの美しい町であつた。街路は清潔に掃除されて、鋪石がしつとりと露に濡れてゐた。どの商店も小綺麗にさつぱりして、磨いた硝子の飾窓には、樣々の珍しい商品が竝んでゐた。珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添へてゐた。四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店に居る娘さへも、杏のやうに明るくて可憐であつた。かつて私は、こんな情趣の深い町を見たことが無かつた。一體こんな町が、東京の何所にあつたのだらう。私は地理を忘れてしまつた。しかし時間の計算から、それが私の家の近所であること、徒歩で半時間位しか離れて居ないいつもの私の散歩區域、もしくはそのすぐ近い範圍にあることだけは、確實に疑ひなく解つて居た。しかもそんな近いところに、今まで少しも人に知れずに、どうしてこんな町が有つたのだらう?

 私は夢を見て居るやうな氣がした。それが現實の町ではなくつて、幻燈の幕に映つた、影繪の町のやうに思はれた。だがその瞬間に、私の記憶と常識が囘復した。氣が付いて見れば、それは私のよく知つて居る、近所の詰らない、ありふれた郊外の町なのである。いつものやうに、四ツ辻にポストが立つて、煙草屋には胃病の娘が坐つて居る。そして店々の飾窓には、いつもの流行おくれの商品が、埃つぽく欠伸をして竝んで居るし、珈琲店の軒には、田舍らしく造花のアーチが飾られて居る。何もかも、すべて私が知つて居る通りの、いつもの退屈な町にすぎない。一瞬間の中に、すつかり印象が變つてしまつた。そしてこの魔法のやうな不思議の變化は、單に私が道に迷つて、方位を錯覺したことにだけ原因して居る。いつも町の南はずれにあるポストが、反對の入口である北に見えた。いつもは左側にある街路の町家が、逆に右側の方へ移つてしまつた。そしてただこの變化が、すべての町を珍しく新しい物に見せたのだつた。

 その時私は、未知の錯覺した町の中で、或る商店の看板を眺めて居た。その全く同じ看板の繪を、かつて何所かで見たことがあると思つた。そして記憶が囘復された一瞬時に、すべての方角が逆轉した。すぐ今まで、左側にあつた往來が右側になり、北に向つて歩いた自分が、南に向つて歩いて居ることを發見した。その瞬間、磁石の針がくるりと廻つて、東西南北の空間地位が、すつかり逆に變つてしまつた。同時に、すべての宇宙が變化し、現象する町の情趣が、全く別の物になつてしまつた。つまり前に見た不思議の町は、磁石を反對に裏返した、宇宙の逆空間に實在したのであつた。

 この偶然の發見から、私は故意に方位を錯覺させて、しばしばこのミステリイの空間を旅行し廻つた。特にまたこの旅行は、前に述べたやうな缺陷によつて、私の目的に都合がよかつた。だが普通の健全な方角知覺を持つてる人でも、時にはやはり私と同じく、かうした特殊の空間を、經驗によつて見たであらう。たとへば諸君は、夜おそく家に歸る汽車に乘つてる。始め停車場を出發した時、汽車はレールを眞直に、東から西へ向つて走つて居る。だがしばらくする中に、諸君はうたた寢の夢から醒める。そして汽車の進行する方角が、いつのまにか反對になり、西から東へと、逆に走つてることに氣が付いてくる。諸君の理性は、決してそんな筈がないと思ふ。しかも知覺上の事實として、汽車はたしかに反對に、諸君の目的地から遠ざかつて行く。さうした時、試みに窓から外を眺めて見給へ。いつも見慣れた途中の驛や風景やが、すつかり珍しく變つてしまつて、記憶の一片さへも浮ばないほど、全く別のちがつた世界に見えるだらう。だが最後に到着し、いつものプラツトホームに降りた時、始めて諸君は夢から醒め、現實の正しい方位を認識する。そして一旦それが解れば、始めに見た異常の景色や事物やは、何でもない平常通りの、見慣れた詰らない物に變つてしまふ。つまり一つの同じ景色を、始めに諸君は裏側から見、後には平常の習慣通り、再度正面から見たのである。このやうに一つの物が、視線の方角を換へることで、二つの別々の面を持つてること。同じ一つの現象が、その隱された「祕密の裏側」を持つてるといふことほど、メタフイジヂクの神祕を包んだ問題はない。私は昔子供の時、壁にかけた額の繪を見て、いつも熱心に考へ續けた。いつたいこの額の景色の裏側には、どんな世界が祕密に隱されて居るのだらうと。私は幾度か額をはづし、油繪の裏側を覗いたりした。そしてこの子供の疑問は、大人になつた今日でも、長く私の解きがたい謎になつてる。

 次に語る一つの話も、かうした私の謎に對して、或る解答を暗示する鍵になつてる。讀者にしてもし、私の不思議な物語からして、事物と現象の背後に隱れてゐるところの、或る第四次元の世界――景色の裏側の實在性――を假想し得るとせば、この物語の一切は眞實(レアール)である。だが諸君にして、もしそれを假想し得ないとするならば、私の現實に經驗した次の事實も、所詮はモルヒネ中毒に中樞を冐された一詩人の、取りとめもないデカダンスの幻覺にしか過ぎないだらう。とにかく私は、勇氣を奮つて書いて見よう。ただ小説家でない私は、脚色や趣向によつて、讀者を興がらせる術を知らない。私の爲し得ることは、ただ自分の經驗した事實だけを、報告の記事に書くだけである。

 

     2

 

 その頃私は、北越地方のKといふ温泉に滯留して居た。九月も末に近く、彼岸を過ぎた山の中では、もうすつかり秋の季節になつて居た。都會から來た避暑客は、既に皆歸つてしまつて、後には少しばかりの湯治客が、靜かに病を養つて居るのであつた。秋の日影は次第に深く、旅館の侘しい中庭には、木々の落葉が散らばつて居た。私はフランネルの着物をきて、ひとりで裏山などを散歩しながら、所在のない日々の日課をすごして居た。

 私の居る温泉地から、少しばかり離れた所に、三つの小さな町があつた、いずれも町といふよりは、村といふほどの小さな部落であつたけれども、その中の一つは相當に小ぢんまりした田舍町で、一通りの日常品も賣つて居るし、都會風の飮食店なども少しはあつた。温泉地からそれらの町へは、何れも直通の道路があつて、毎日定期の乘合馬車が往復して居た。特にその繁華なU町へは、小さな輕便鐵道が布設されて居た。私はしばしばその鐵道で、町へ出かけて行つて買物をしたり、時にはまた、女の居る店で酒を飮んだりした。だが私の實の樂しみは、輕便鐵道に乘ることの途中にあつた。その玩具のやうな可愛い汽車は、落葉樹の林や、谷間の見える山峽やを、うねうねと曲りながら走つて行つた。

★藪薇獸辭團★2

 或る日私は、輕便鐵道を途中で下車し、徒歩でU町の方へ歩いて行つた。それは見晴しの好い峠の山道を、ひとりでゆつくり歩きたかつたからであつた。道は軌道(レール)に沿ひながら、林の中の不規則な小徑を通つた。所々に秋草の花が咲き、赫土の肌が光り、伐られた樹木が横たはつてゐた。私は空に浮んだ雲を見ながら、この地方の山中に傳説してゐる、古い口碑のことを考へてゐた。概して文化の程度が低く、原始民族のタブーと迷信に包まれて居るこの地方には、實際色々な傳説や口碑があり、今でも尚多數の人々は、眞面目に信じて居るのである、現に私の宿の女中や、近所の村から湯治に來て居る人たちは、一種の恐怖と嫌惡の感情とで、私に樣々のことを話してくれた。彼等の語るところによれば、或る部落の住民は犬神に憑かれて居り、或る部落の住民は猫神に憑かれて居る。犬神に憑かれたものは肉ばかりを食ひ、猫神に憑かれたものは魚ばかり食つて生活して居る。

 さうした特異な部落を稱して、この邊の人々は「憑き村」と呼び、一切の交際を避けて忌み嫌つた。「憑き村」の人々は、年に一度、月のない闇夜を選んで祭禮をする。その祭の樣子は、彼等以外の普通の人には全く見えない。稀れに見て來た人があつても、なぜか口をつぐんで話をしない。彼等は特殊の魔力を有し、所因の解らぬ莫大の財産を隱して居る。等々。

 かうした話を聞かせた後で、人々はまた追加して言つた。現にこの種の部落の一つは、つい最近まで、この温泉場の附近にあつた。今では流石に解消して、住民は何所かへ散つてしまつたけれども、おそらくやはり、何所かで祕密の集團生活を續けて居るにちがひない。その疑ひない證據として、現に彼等のオクラ(魔神の正體)を見たといふ人があると。かうした人々の談話の中には、農民一流の頑迷さが主張づけられて居た。否でも應でも、彼等は自己の迷信的恐怖と實在性とを、私に強制しようとするのであつた。だが私は、別のちがつた興味でもつて、人々の話を面白く傾聽して居た。日本の諸國にあるこの種の部落的タブーは、おそらく風俗習慣を異にした外國の移住民や歸化人やを、先祖の氏神にもつ者の子孫であらう。或は多分、もつと確實な推測として、切支丹宗徒の隱れた集合的部落であつたのだらう。しかし宇宙の間には、人間の知らない數々の祕密がある。ホレーシオが言ふやうに、理智は何事をも知りはしない。理智はすべてを常識化し、神話に通俗の解説をする。しかも宇宙の隱れた意味は、常に通俗以上である。だからすべての哲學者は、彼等の窮理の最後に來て、いつも詩人の前に兜を脱いでる。詩人の直覺する超常識の宇宙だけが、眞のメタフイヂツクの實在なのだ。

 かうした思惟に耽りながら、私はひとり秋の山道を歩いてゐた。その細い山道は、徑路に沿うて林の奧へ消えて行つた。目的地への道標として、私が唯一のたよりにしてゐた汽車の軌道(レール)は、もはや何所にも見えなくなつた。私は道を無くしたのだ。

「迷ひ子!」

 瞑想から醒めた時に、私の心に浮んだのは、この心細い言葉であつた。私は急に不安になり、道を探さうとしてあわて出した。私は後へ引返して、逆に最初の道へ戻らうとした。そして一層地理を失ひ、多岐に別れた迷路の中へ、ぬきさしならず入つてしまつた。山は次第に深くなり、小徑は荊棘の中に消えてしまつた。空しい時間が經過して行き、一人の樵夫にも逢わなかつた。私はだんだん不安になり、犬のやうに焦燥しながら、道を嗅ぎ出さうとして歩き廻つた。そして最後に、漸く人馬の足跡のはつきりついた、一つの細い山道を發見した。私はその足跡に注意しながら、次第に麓の方へ下つて行つた。どつちの麓に降りようとも、人家のある所へ着きさへすれば、とにかく安心ができるのである。

 幾時間かの後、私は麓へ到着した。そして全く、思ひがけない意外の人間世界を發見した。そこには貧しい農家の代りに、繁華な美しい町があつた。かつて私の或る知人が、シベリヤ鐵道の旅行について話したことは、あの滿目荒寥たる無人の曠野を、汽車で幾日も幾日も走つた後、漸く停車した沿線の一小驛が、世にも賑わしく繁華な都會に見えるといふことだつた。私の場合の印象もまた、おそらくはそれに類した驚きだつた。麓の低い平地へかけて、無數の建築の家屋が竝び、塔や高樓が日に輝やいて居た。こんな邊鄙な山の中に、こんな立派な大都會が存在しようとは、容易に信じられないほどであつた。

★藪薇獸辭團★3

 私は幻燈を見るやうな思ひをしながら、次第に町の方へ近付いて行つた。そして到頭、自分でその幻燈の中へ這入つて行つた。私は町の或る狹い横丁から、胎内めぐりのやうな路を通つて、繁華な大通の中央へ出た。そこで目に映じた市街の印象は、非常に特殊な珍しいものであつた。すべての軒竝の商店や建築物は、美術的に變つた風情で意匠され、且つ町全體としての集合美を構成してゐた。しかもそれは意識的にしたのでなく、偶然の結果からして、年代の錆がついて出來てるのだつた。それは古雅で奧床しく、町の古い過去の歴史と、住民の長い記憶を物語つて居た。町幅は概して狹く、大通でさへも、漸く二、三間位であつた。その他の小路は、軒と軒との間にはさまれてゐて、狹く入混んだ路地になつてた。それは迷路のやうに曲折しながら、石疊のある坂を下に降りたり、二階の張り出した出窓の影で、暗く隧道(トンネル)になつた路をくぐつたりした。南國の町のやうに、所々に茂つた花樹が生え、その附近には井戸があつた。至るところに日影が深く、町全體が青樹の蔭のやうにしつとりして居た。娼家らしい家が竝んで、中庭のある奧の方から、閑雅な音樂の音が聽えて來た。

 大通の街路の方には、硝子窓のある洋風の家が多かつた。理髮店の軒先には、紅白の丸い棒が突き出してあり、ペンキの看板に Barbershop と書いてあつた。旅館もあるし、洗濯屋もあつた。町の四辻に寫眞屋があり、その氣象臺のやうな硝子の家屋に、秋の日の青空が侘しげに映つて居た。時計屋の店先には、眼鏡をかけた主人が坐つて、默つて熱心に仕事をして居た。

 街は人出で賑やかに雜鬧して居た。そのくせ少しも物音がなく、閑雅にひつそりと靜まりかへつて、深い眠りのやうな影を曳いてた。それは歩行する人以外に、物音のする車馬の類が、一つも通行しないためであつた。だがそればかりでなく、群集そのものがまた靜かであつた。男も女も、皆上品で愼み深く、典雅でおつとりとした樣子をして居た。特に女性は美しく、淑やかな上にコケチツシユであつた。店で買物をして居る人たちも、往來で立話をして居る人たちも、皆が行儀よく、諧調のとれた低い靜かな聲で話をして居た。それらの話や會話は、耳の聽覺で聞くよりは、何かの或る柔らかい觸覺で、手觸りに意味を探るといふやうな趣きだつた。とりわけ女の人の聲には、どこか皮膚の表面を撫でるやうな、甘美でうつとりとした魅力があつた。すべての物象と人物とが、影のやうに往來して居た。

★藪薇獸辭團★4

 私が始めて氣付いたことは、かうした町全體のアトモスフイアが、非常に纖細な注意によつて、人爲的に構成されて居ることだつた。單に建物ばかりでなく、町の氣分を構成するところの全神經が、或る重要な美學的意匠にのみ集中されて居た。空氣のいささかな動搖にも、對比、均齊、調和、平衡等の美的法則を破らないやう、注意が隅々まで行き渡つて居た。しかもその美的方則の構成には、非常に複雜な微分數的計算を要するので、あらゆる町の神經が、非常に緊張して戰いて居た。例へば一寸した調子はずれの高い言葉も、調和を破るために禁じられる。道を歩く時にも、手を一つ動かす時にも、物を飮食する時にも、考へごとをする時にも、着物の柄を選ぶ時にも、常に町の空氣と調和し、周圍との對比や均齊を失はないやう、デリケートな注意をせねばならない。町全體が一つの薄い玻璃で構成されてる、危險な毀れ易い建物みたいであつた、一寸したバランスを失つても、家全體が崩壞して、硝子が粉々に碎けてしまふ。それの安定を保つ爲には、微妙な數理によつて組み建てられた、支柱の一つ一つが必要であり、それの對比と均齊とで、辛うじて支へて居るのであつた。しかも恐ろしいことには、それがこの町の構造されてる、眞の現實的な事實であつた。一つの不注意な失策も、彼等の崩壞と死滅を意味する。町全體の神經は、そのことの危懼と恐怖で張りきつて居た。美學的に見えた町の意匠は、單なる趣味のための意匠でなく、もつと恐ろしい切實の問題を隱して居たのだ。

 始めてこのことに氣が付いてから、私は急に不安になり、周圍の充電した空氣の中で、神經の張りきつてる苦痛を感じた。町の特殊な美しさも、靜かな夢のやうな閑寂さも、却つてひつそりと氣味が惡く、何かの恐ろしい祕密の中で、暗號を交してゐるやうに感じられた。何事かわからない、或る漠然とした一つの豫感が、青ざめた恐怖の色で、忙がしく私の心の中を馳け廻つた。すべての感覺が解放され、物の微細な色、匂ひ、音、味、意味までが、すつかり確實に知覺された。あたりの空氣には、死屍のやうな臭氣が充滿して、氣壓が刻々に嵩まつて行つた。此所に現象してゐるものは、確かに何かの凶兆である。確かに今、何事かの非常が起る! 起るにちがひない!

 町には何の變化もなかつた。往來は相變らず雜鬧して、靜かに音もなく、典雅な人々が歩いて居た。どこかで遠く、胡弓をこするやうな低い音が、悲しく連續して聽えて居た。それは大地震の來る一瞬前に、平常と少しも變らない町の樣子を、どこかで一人が、不思議に怪しみながら見て居るやうな、おそろしい不安を内容した豫感であつた。今、ちよつとしたはずみで一人が倒れる。そして構成された調和が破れ、町全體が混亂の中に陷入つてしまふ。

 私は惡夢の中で夢を意識し、目ざめようとして努力しながら、必死に踠いて居る人のやうに、おそろしい豫感の中で焦燥した。空は透明に青く澄んで、充電した空氣の密度は、いよいよ刻々に嵩まつて來た。建物は不安に歪んで、病氣のやうに瘠せ細つて來た。所々に塔のやうな物が見え出して來た。屋根も異樣に細長く、瘠せた鷄の脚みたいに、へんに骨ばつて畸形に見えた。

「今だ!」

 と恐怖に胸を動悸しながら、思はず私が叫んだ時、或る小さな、黒い、鼠のやうな動物が、街の眞中を走つて行つた。私の眼には、それが實によくはつきりと映像された。何か知ら、そこには或る異常な、唐突な、全體の調和を破るやうな印象が感じられた。

 瞬間。萬象が急に靜止し、底の知れない沈默が横たはつた。何事かわからなかつた。だが次の瞬間には、何人(ぴと)にも想像されない、世にも奇怪な、恐ろしい異變事が現象した。見れば町の街路に充滿して、猫の大集團がうようよと歩いて居るのだ。猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。そして家々の窓口からは、髭の生えた猫の顏が、額縁の中の繪のやうにして、大きく浮き出して現れて居た。

★藪薇獸辭團★5

★藪薇獸辭團★6

 戰慄から、私は殆んど息が止まり、正に昏倒するところであつた。これは人間の住む世界でなくて、猫ばかり住んでる町ではないのか。一體どうしたと言ふのだらう。こんな現象が信じられるものか。たしかに今、私の頭腦はどうかして居る。自分は幻影を見て居るのだ。さもなければ狂氣したのだ。私自身の宇宙が、意識のバランスを失つて崩壞したのだ。

 私は自分が怖くなつた。或る恐ろしい最後の破滅が、すぐ近い所まで、自分に迫つて來るのを強く感じた。戰慄が闇を走つた。だが次の瞬間、私は意識を囘復した。靜かに心を落付ながら、私は今一度目をひらいて、事實の眞相を眺め返した。その時もはや、あの不可解な猫の姿は、私の視覺から消えてしまつた。町には何の異常もなく、窓はがらんとして口を開けてゐた。往來には何事もなく、退屈の道路が白つちやけてた。猫のやうなものの姿は、どこにも影さへ見えなかつた。そしてすつかり情態が一變してゐた。町には平凡な商家が竝び、どこの田舍にも見かけるやうな、疲れた埃つぽい人たちが、白晝の乾いた街を歩いてゐた。あの蠱惑的な不思議な町はどこかまるで消えてしまつて、骨牌の裏を返したやうに、すつかり別の世界が現れてゐた。此所に現實してゐる物は、普通の平凡な田舍町。しかも私のよく知つてゐる、いつものU町の姿ではないか。そこにはいつもの理髮店が、客の來ない椅子を竝べて、白晝の往來を眺めて居るし、さびれた町の左側には、賣れない時計屋が欠伸をして、いつものやうに戸を閉めて居る。すべては私が知つてる通りの、いつもの通りに變化のない、田舍の單調な町である。

 意識が此所まではつきりした時、私は一切のことを了解した。愚かにも私は、また例の知覺の疾病「三半規管の喪失」にかかつたのである。山で道を迷つた時から、私はもはや方位の觀念を失喪して居た。私は反對の方へ降りたつもりで、逆にまたU町へ戻つて來たのだ。しかもいつも下車する停車場とは、全くちがつた方角から、町の中心へ迷ひ込んだ。そこで私はすべての印象を反對に、磁石のあべこべの地位で眺め、上下四方前後左右の逆轉した、第四次元の別の宇宙(景色の裏側)を見たのであつた。つまり通俗の常識で解説すれば、私は所謂「狐に化かされた」のであつた。

 

     3

 

 私の物語は此所で終る。だが私の不思議な疑問は、此所から新しく始まつて來る。支那の哲人莊子は、かつて夢に胡蝶となり、醒めて自ら怪しみ言つた。夢の胡蝶が自分であるか、今の自分が自分であるかと。この一つの古い謎は、千古に亙つてだれも解けない。錯覺された宇宙は、狐に化かされた人が見るのか。理智の常識する目が見るのか。そもそも形而上の實在世界は、景色の裏側にあるのか表にあるのか。だれもまた、おそらくこの謎を解答できない。だがしかし、今も尚私の記憶に殘つて居るものは、あの不可思議な人外の町。窓にも、軒にも、往來にも、猫の姿がありありと映像して居た、あの奇怪な猫町の光景である。私の生きた知覺は、既に十數年を經た今日でさへも、尚その恐ろしい印象を再現して、まざまざとすぐ眼の前に、はつきり見ることができるのである。

 人は私の物語を冷笑して、詩人の病的な錯覺であり、愚にもつかない妄想の幻影だと言ふ。だが私は、たしかに猫ばかりの住んでる町、猫が人間の姿をして、街路に群集して居る町を見たのである。理窟や議論はどうにもあれ、宇宙の或る何所かで、私がそれを「見た」といふことほど、私にとつて絶對不惑の事實はない。あらゆる多くの人々の、あらゆる嘲笑の前に立つて、私は今も尚固く心に信じて居る。あの裏日本の傳説が口碑してゐる特殊な部落。猫の精靈ばかりの住んでる町が、確かに宇宙の或る何所かに、必らず實在して居るにちがひないといふことを。