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鬼火へ

[やぶちゃん注:底本は岩波版旧全集を用いた。底本後記によると遺稿と判断される。末尾の「(大正十四年十月)」の記載が、芥川龍之介の自署によるものであるかどうかは不明。暫く、本年月を信じてコンテンツに配する。]

 

明治文藝に就いて   芥川龍之介

 

       一

 

 明治の文章家として紅葉、一葉を推すは何びとも異存なかるべし。次いでは誰を推さんとする乎。僕は先づ指を緑雨に屈せんとす。批評家緑雨は讀むに足らず。小説家緑雨は一笑して已むべし。俳人緑雨は俳人たるか非俳人たるかを詳かにせず。唯文章家緑雨に至つては必しも輕蔑すべからざるに似たり。「みだれ箱」「雨蛙」等の文は暫く問はず、試みに小説「(三字分缺)[やぶちゃん注:この欠字表示は底本の親本(岩波普及版全集)の編者と思われる。]」の冒頭の數行を味讀せよ。

 

       二

 

 緑雨は寧ろ諷刺詩人たるべし。その諷刺詩人たらざりしは、――或は諷刺詩人たるに終始せざりしは主として未だ日本には諷刺詩なるものの發達せざりしに依る。緑雨の可憐なる所以なるべし。

 

       三

 

 紅露を明治の兩大家と倣すは誤れるも亦甚しと言ふべし。露伴は唯古今の書を讀み、和漢の事に通ぜるのみ。紅葉の才に及ぶべからず。文章亦遙かに紅葉の下にあり。大作「ひげ男」の庸劣なるに至つては畢に巻を擲たざる能はず。

 

       四

 

 鏡花は古今獨歩の才あり。唯時に遇はざりしのみ。鷗外の鏡花を批評するや、往々にして言の苛刻なるを見る。是既に鷗外の西洋文筆に通ずること深く、トゥルゲネフ、ドオデ、モオパスサン等の尺度を以て鏡花の小説を測りしに依る。後年日本の自然主義者の鏡花を目して邪道とせるは必しも怪しむに足らざるべし。公等、碌々人に依りて功を成せるもの、何ぞ鏡花を罵るに足らんや。

 

       五

 

 緑雨は右に鷗外を携へ、左に露伴を提げつつ、當時の文壇に臨みたるが如し。是その東西の學に昧く、識見の高からざらんことを恐れしに依る。點は即ち點なれども、明は即ち明ならん乎。

 

       六

 

一葉の「たけくらべ」の傑作たるは何びとも異存なかるべし。爾餘の小説(恐らくは「濁り江」を除き)は讀むに足らず。唯この女子の文を行(や)るは渠成つて水自ら至るの妙あり。天稟と解するも不可なからん乎。

 

       七

 

 鷗外の西洋文藝を飜譯したるは明治の文藝に影響すること、少からざりしは言ふを待たず。然れども亦森田思軒の飜譯小説ありしをも忘るべからず。思軒の文は語格を無視し、假名遣ひの何たるかを顧みざれど、頗る簡勁奇峭の趣を得たり。是漢文脈と倭文脈との調和に苦しめる明治の文章に影響すること、少からざりし所以なるべし。鏡花の初期の作品には往々にして思軒の影響あるを見る。

 

       八

 

 憐むべし、老櫻痴。更に憐むべし、老逍遙。過去世は既に逍遙を推して櫻痴の上にあらしめたり。現世はその先後を知るべからず。未來世は櫻痴を推して逍遙の上にあらしめん乎。

 

       九

 

 根岸に饗庭篁村あり、又正岡子規ありしは明治年間の好一對なるべし。蕪村の句に曰、「菜の花や月は東に日は西に」と。子規は即ち昇らんとするの月、篁村は即ち沈まんとする――或は既に沈みたるの日のみ。 (大正十四年十月)