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Phalloideae の一品)   南方熊楠
[やぶちゃん注:底本は1992年河出書房新社刊の中沢新一編「南方熊楠コレクション Ⅴ 森の思想」(河出文庫)所収の「ハドリアヌスタケ」を用いた(図もOCRで読み込み、トリミング補正して添えた。末尾に、「(平凡社版『南方熊楠全集』第九巻584~586頁)」の親本提示がある。宛名人の今井三子(いまいさんし 1900~1976)は北海道帝国大学農業生物学科助手(当時)であった菌類学者。サイト「南方熊楠資料研究会」「キノコ図譜描画中の南方熊楠」で、本書簡送付の翌月、今井来紀の折、彼が熊楠を撮った写真を見ることが出来る。但し、この底本の「ハドリアヌスタケ」という題名は底本編者によって当書簡につけられたものと思われるため、本テクストでは、本文に現れる「無類の新属と思う
Phalloideae の一品あり」よりとって、括弧書きとした。ちなみに、このハドリアヌス茸は、南紀白浜の南方熊楠記念館にて実物を閲することが出来る。正式にはこれは和名アカダマスッポンタケ Phallus hadriani と判断される稀種中の稀種であろう(同定に至ってはいない)ことは、以下のページを参考にされたい。ここではアカダマスッポンダケの生態写真も見られる。〔⇒gecko(ゲッコー)氏のサイト「生き物研究室」の「北海道生物図鑑(写真集)」の「植物・菌類」の「アカダマスッポンタケ」【2017年5月29日リンク先変更】〕また、以下のページではPhallus hadriani生態のみならず剖検された部分をも視認出来る。〔⇒“Phallus impudicus: The Common Stinkhorn”“Phallus hadriani in Santa Fè”〕【2024年2月11日追記】『南方熊楠発信「今井三子」宛昭和十年十八日朝五時起筆書簡(サイト版『(Phalloideae の一品)』の正規表現版)』をブログで公開した。そちらを決定版とする。]


Phalloideae の一品)   南方熊楠


 昭和六年十月十八日朝五時

   今井三子様

                          南方熊楠再拝

 拝啓。昨日大阪より旧友来たり候付き、承り合わせしところ、大抵大阪より和歌山市まで四十分、または一時間、和歌山より当地まで四時間にて、優に到着を得ることに御座候。いずれも汽車と電車とにて大阪より南部(みなべ)町に到り、南部町より、この田辺町までは自働車(乗合)を用うることに御座候。しかし御都合にて大阪天保山(てんぽうざん)より夜の九時に汽船に乗らば、明朝四時に、当田辺町近処文里(もり)という小港に着、上陸して乗合自働車に乗らば、小生宅と同町内の終局点(右乗合自働車会社本店)に達することにて、それより小生宅まで小半町ばかりに御座候。これらのことは大阪の旅宿より電話にて、船会社またはその大阪市内切符売捌所へ聞き合わさば、直ちに知れることの由に御座候。御都合にて、夜分御存知なき初めての所に着し、汽車、自働車にのり後(おく)るる等のことありて、如何わしき旅宿に夜を過ごし、近所喧噪のため眠ることもならぬよりは、夜分御出発を余儀なくさるる節は、船便の方が楽なることと存じ侯。大阪より当地までの航海は、以前はずいぶん難路なりしも、只今は船が大きくなりしゆえ、大風などのことなき限りは安楽なものに御座候。

 小生は足悪きをもって、みずから諸方へ御案内申すことは、あるいは不可望と存じ候ゆえに、諸地の心安き友人を招集し、貴殿御着の上、それぞれ部署して諸方へ御案内申し上ぐるよう頼みおき候。その人々も毎度拙宅へ来たり、どこに菌が多く産するくらいのことは熟知しおるなり。

 拙方の標本図記は、きわめて多数、かつ混雑しおるをもって、悉皆(しっかい)御覧には数日を全くその方に費やさざるべからず。小生、時としていろいろ用事もあり、これまた不可望のことに付き、まず重立ったものを御覧に入るべく、用意致し置くべし。しかして先日もちょっと書面で申し上げおきしごとく、小生方に近来の雑誌報告等届かず、また、家累と老齢衰弱のため、精査を遂ぐるに由なく、久しく打ちやり置きたるもの多し。その内に必然、無類の新属と思う Phalloideae の一品あり。記憶のままに申し上ぐると、上図[やぶちゃん注:図1]のごときものなり。生きた時は牛蒡の臭気あり、全体紫褐色、陰茎の前皮がむけたる形そっくりなり。インドより輸入して久しく庫中に貯えられたる綿花(わた)の塊に生えたる也。


[図1 やぶちゃん図注:左の茸の説明の文字は「未熟品」、右は「成熟品」。]



 むかしオランダ人がジャワ辺で(たぶんアンボイナ島)写生せし Lejophallus とか申す菌属の図がもっともこれに似おり候。( Nees  ab  Esenbeck  の図を小生持ちおる。)しかるにこの属の記載、はなはだ怪しく簡に過ぐるをもって、サッカルドの『菌譜』には、ただその名を載せるのみ、記載すら移し入れおらず。その図は只今うろ覚えのまま写生すれば、こんな怪しきもので[やぶちゃん注:図2]、紫というよりは紺青色に彩色しありしと記臆[やぶちゃん注:ママ。]す。小生知るところ、拙蔵の標品の外に例類なきものなり。貴下は拙方に御滞在中に、この菌((酒精に蔵しあり、故に変色はせるものの)全体の写生と記載は(外部に関する限り)十分に致して今も

もちおれり)を小生立会いの上、解剖鏡検して大抵要点を控え去り、御帰札の上、精査して命名発表下さらずや。


[図2]



 顕微鏡は、当方に三、四台あり。故に鏡検に差し支えなきも、なにか貴下得意の手軽な要品あらば(解剖刀等)御携帯を乞うなり。薬品等は当地で調うべし。しかして大抵、御心当たりの右の図に近き菌品の文献を、御しらべおき下されたく候。

 外にも一、二品、貴下の精査命名を乞いたき品あり。昨日、人を派して生品を採らせあり。今日、みずから写生しおく。また、御来臨の上、その菌生ぜる現場へ御案内申し上ぐべし。             早々敬具