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鬼火へ


耳目記   芥川龍之介

[やぶちゃん注:昭和二(1927)年五月発行の雑誌『文藝時代』に掲載。底本は岩波版旧全集を用いた。]

 

耳目記

 

 僕等の性格は不思議にも大抵頸すぢの線に現はれてゐる。この線の鈍いものは敏感ではない。

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 それから又僕等の性格は聲にも現れてゐる。聲の堅いものは必ず強い。

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 筍、海苔、蕎麥、――かう云ふものを猫の食ふことは僕には驚嘆する外はなかつた。

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 或狂信者のポルトレエ――彼は皮膚に光澤を持つてゐる。それから熱心に話す時はいつも片眼をつぶり、銃でも狙ふやうにしないことはない。

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 僕は話に熱中する度に左の眉だけ擧げる人と話した。ああいふ眉は多いものかしら。

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 僕は教育なり趣味なりの大抵同程度と思ふ人々に何枚かの女の寫眞を見せ、一番美人と思ふのを選んで貰つた。が、二十五人中同じ女を美人と言つたのはたつた二人ゐただけだつた。即ち女の美醜を定めるのさへ百分の四以上を超えないらしい。しかもこれは前に言つたやうに教育なり趣味なりの程度の似よつた人びとの間だけである。

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 或果物問屋の娘の話。――川に西瓜が一つ浮いてゐると思つたら、土左衛門の頭だつたのです。

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 僕は肥つた人の手を見ると、なぜか海豹の鰭を思ひ出してゐる。

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 僕は女の人生の戰利品を三つ記憶してゐる。

 一つは長女に後を向けて次男に乳をのませてゐる女親。

 一つは或女給の胸に下つたいろいろの學校のメダルの一ふさ。

 一つは或玄人上りの細君の必ず客の前へ抱いて來る赤兒。