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鬼火へ

[やぶちゃん注:底本は1984年平凡社刊「南方熊楠選集 第三巻 南方随筆」を用いた。本文に現われる gall 虫癭(ちゅうえい)は、イスノフシアブラムシが作ったものを「イスノキエダナガタマフシ」、ヤノイスアブラムシが作ったものを「イスノキハタマフシ」と呼称する。画像はたとえばここ(外部リンク「ボタニックガーデン」)やここ(外部リンク「Gen-yu's Files」)へ。また、「ビヤボン」とは「琵琶笛」「口琴」と書き、江戸時代の子供用の玩具楽器で、二叉にした鋼に針状の鉄を挟んだものを口に含み、振動させて鳴らすもの。]

 

イスノキに関する里伝   南方熊楠

 

 イスノキDistylium racemosum Sieb. et Zucc. は、九州および熊野等、暖地産の常緑樹にて、マンサク科に属す。ヒョンノキとも呼ぶ。『和漢三才図会』巻八四にいわく、「その葉の面(おもて)に、子(み)のごとくなるもの脹(ふく)れ出て、中に小虫あつて化出す。殻に孔の口あり、塵埃を吹き去れば空虚(から)となる。大なるものは桃李のごとく、その文理(きめ)は檳榔子(びんろうし)のごとし。人用いて胡椒、秦椒等の末(まつ)を収め、もって匏瓢(ひょうたん)に代う。ゆえに俗に瓢(ひょう)の木という。あるいは小児、たわむれにこれを吹いて笛となす。駿州に多くこれあり。祭礼にこの笛を吹いて神輿(みこし)に供奉す、云々」。

 紀州西牟婁郡稲成村大字糸田に、大なるイスノキあり。俗に疣(いぼ)の木と称す。年々小さき網翅虫その葉に子を産みつけ、上記の虫窼(没食子)を生ずる。初めその状すこぶる疣に類するゆえなり。疣を病む者、この木のかたわらなる地蔵の石像に祈り、その小枝を折り、葉にて疣を撫で、捨て帰るに必ず平癒すと伝う。症が人体を離れて木に徙(うつ)るという。また紀州の里俗、疣ある者、棒をおのが身と木との間に、橋のごとくに渡し、「疣橋渡れ」と三度唱えながら、指にて木を軽く打って橋を渡るに擬すれば、疣速やかに癒ゆ。別に何の木と定まりたることなしという。英国にも、ハンノキの芽を疣の数だけ取って、これを理むれば、たちまちこの患を除くということ W. G. Black, Folk-Medicine,1883, p. 657 に見ゆ。思うにこれらは、最初諸木の葉に生ずる虫窼の疣様なるより、人の疣を樹に移し得と信ずること、件(くだん)の糸田の疣の木におけるがごとくなりしより起これるならんか。

 支那の先王の八音、金、石、絲、竹、匏、土、革、木の中に、土の楽器は壎(けん)なり。『和漢三才図会』巻一八に、「『事物紀原』にいわく、『世本』に壎は暴辛公(ぼうしんこう)の造るところと謂うは非なり、徳音の器にして、聖人のつくるところなり。『拾遺記』に、庖犠(ほうぎ)壎をつくる、と言えり。けだし、壎は土を焼いてこれをつくる。大いさは鵝の卵のごとく、上を鋭くし底を平らにし、称(はかり)の錘(おもり)に似て六孔あり、と」とあり。『白虎通』に、その卦は坎(かん)に中(あた)り、その方は西南に位す、と言えり。その図を視るにヒョンの笛に似たり。その始めはかかる虫窼を吹きしより起こりしかと惟わる。十七年ばかり前、大英博物館に近き店に、不断斬新の翫具を売り出す所あり。壎の図に酷似せる、赤き土製の楽器に、音譜と使用伝授書を添え売り出せしを見るに、ocarina という物なり。よって手近き字書、類典などを捜せしも見当たらず。ウェストミンスターの学僧兼飲仙ジーン・ハーフォードに尋ねしに、これは支部の壎のごとき古楽にもあらず、聖作にてもなし、ほんの俗謡に合わせて児童の翫ぶ具なり、と答えられし。昨年出板の『大英類典』一九巻九六五頁に、オカリナの短き一条あり、いわく、イタリア創製の器にて、児戯具また奇品たるに過ぎず、ただし合奏に用ゆべく譜曲を作れるものはあり、普通に十孔を有す、云々、と。されば壎と何の関係もなきものなり。愚案に、壎、唐音ヒエン、イスノキのヒョン、ともにその鳴る声に基づける名たること、わが邦のビヤボン、ポコンポコン、英語のドラム(太鼓)、タムタム(拍鼓)に等しきものか。

 ついでに述ぶ。那智山と高田村のあいだに、烏帽子岩とてはなはだ淋しき処あり、魔所の由。むかし尾張で最上の陶器を焼くに、イスノキの灰を土に和するを要し、この所にイスノキ多ければとて採りに来るを常とせり。ある時その使い一人、この岩に登り四辺を観察して、申の刻を過ごせしに、周囲の草木風なきにおのずから動き出だしければ、狼狽して逃げ還れり、と。咄(はなし)を聞いて予暮に及んで独りそこに行き見しに、果たして風吹かずに、水楊(かわやなぎ)、コアカソなど動揺して止まず。気味悪きを我慢して詳察せしに、叢下に多き細流に、水楊の細根おおく浸りおり、水これに激して小木みな揺らげるなり。諸国の里譚に、風なくて草木震動すというは、こんなことから速断して生ぜるなるべし。

              (明治四十四年十月『人類学雑誌』二七巻七号)