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アンソロジーの誘惑/奇形学の紋章

   アンソロジーとは偏愛といふテラトロジー(奇形学)である。copyright 2007 Yabtyan
[2011年1月13日やぶちゃん注:未知の「つくば原人」様という方が、私のために、このページを美麗な縦書にして下さっている。心より感謝を込めてここにリンクを張らせて戴く。やっぱりいいなあ、縦書は! 【2013年8月17日追記:藪野直史】本テクストの読み易い縦書PDF分割版 俳諧篇俳句篇近現代詩篇 を作成した。電子蔵書の端に於いて戴ければ幸いである。]


アンソロジーの誘惑/俳諧篇


飯尾宗祇
○ほどふれどかへらぬたびを思ひわび
 はかなやなきもあるこゝちする
○いかなる道ぞこひといふもの
 いもせ山いればまよはぬ人もなし
○うき事もうれしきふしも夢なれや
 あしのかれ葉のかりの世の中
○なみだすゝむる世とそなりぬる
 せめて身に人のうれへをみずもがな
○門させりとやたちかへるらむ
 やすらはばなほこそ浮世出でてみよ
○山の端にかすむや名殘庭の雪
○あけば又いつかはこよひ龝の月
○世にふるもさらに時雨のやどりかな
○氷よりひくまゆならし瀧のいと

田捨女
雪の朝二の字二の字の下駄のあと
水鏡見てよまゆかく川柳
ぬれ色や雨のしたてる姫つゝじ

椎本才麿
笹折て白魚のたえだえ靑し
猫の子に嗅がれてゐるや蝸牛
笹の葉に西日のめぐる時雨かな
里犬や枯野の跡を嗅ぎありき

松尾芭蕉
命なりわづかの傘の下涼み
あら何ともなやきのふは過てふくと汁
鹽にしてもいざ言傳てん都鳥
今朝の雪根深を薗の枝折哉
蛛何と音(ね)をなにと鳴龝の風
よるべをいつ一葉に蟲の旅寢して
夜ル竊(ひそか)ニ蟲は月下の栗を穿ツ
枯枝に烏のとまりたるや龝の暮
櫓の聲波ヲ打つて腸氷ル夜や涙
雪の朝(あした)獨リ干鮭を嚙得タリ
藻にすだく白魚とらば消えぬべき
芭蕉野分(のわき)して盥に雨を聞く夜哉
氷苦く堰鼠が咽(のど)をうるほせり
世にふるもさらに宗祇のやどり哉
椹(くはのみ)や花なき蝶の世捨酒
霰聞くやこの身はもとの古柏
野ざらしを心に風のしむ身哉
猿を聞く人捨子に龝の風いかに
手にとらば消えん涙ぞ熱き龝の霜
死にもせぬ旅寢の果よ龝の暮
市人よこの笠賣らう雪の傘
海暮れて鴨の聲ほのかに白し
山路來て何やらゆかしすみれ草
古池や蛙飛びこむ水のおと
いなずまを手にとる闇の紙燭哉
名月や池をめぐりて夜もすがら
旅人と我名よばれん初しぐれ
冬の日や馬上に凍る影法師
いざさらば雪見にころぶ所まで
旧里や臍の緒に泣く年の暮
鐘消えて花の香は撞く夕哉
何事も招き果てたる薄哉
蛸壺やはかなき夢を夏の月
おもしろうてやがてかなしき鵜舟哉
島々や千々に砕きて夏の海
這ひ出でよ蚕屋が下の蟇の聲
閑かさや岩にしみ入る蟬の聲
雲の峰幾つ崩れて月の山
暑き日を海に入れたり最上川
象潟や雨に西施が合歓の花
一家に遊女も寢たり萩と月
わせの香や分入右は有磯海
塚も動け我泣聲は龝の風
あかあかと日は難面も龝の風
むざんやな甲の下のきりぎりす
石山の石より白し龝の風
今日よりは書付消さん笠の露
月いづく鐘は沈める海の底
浪の間や小貝にまじる萩の塵
憂きわれを寂しがらせよ龝の寺
龝の風伊勢の墓原なほ凄し
初しぐれ猿も小蓑をほしげなり
薦を着て誰人います花の春
蝶の羽(は)のいくたび越ゆる塀の屋根
頓(やが)て死ぬけしきは見えず蟬の聲
病雁(びやうがん)の夜寒に落て旅哉
海士の屋は小海老にまじるいとゞ哉
梅若菜丸子の宿のとろゝ汁
憂き我をさびしがらせよ閑古鳥
牛部屋に蚊の聲暗き殘暑哉
龝の色糠味噌壺もなかりけり
葱(ねぶか)白く洗あげたる寒さかな
人も見ぬ春や鏡の裏の梅
鹽鯛の歯ぐきも白し魚の店(たな)
なまぐさし小菜葱(こなぎ)が上の鮠(はえ)の腸
生きながら一つに氷る海鼠哉
靑柳の泥にしだるる潮干かな
稻妻や顏のところが薄の穂
むめがゝにのつと日の出る山路かな
數ならぬ身となおもひそ玉祭
稻妻や闇の方(かた)行く五位の聲
菊の香や奈良には古き佛達
この道や行く人なしに龝の暮
この龝は何で年寄る雲に鳥
龝深き隣は何をする人ぞ
物いへば唇寒し龝の風
旅に病んで夢は枯野をかけ巡る

榎本其角
鴬の身を逆にはつねかな
聲かれて猿の齒白し峰の月
餠花や燈たてゝ壁の影
夢と成(なり)し骸骨踊る萩の聲
夕立にひとり外見る女かな

服部嵐雪
我戀や口もすはれぬ靑鬼燈(ほづき)
立ちいでてうしろ歩(あゆみ)や龝のくれ
さみだれや蚯蚓の徹す鍋のそこ
蛇いちご半弓提て夫婦づれ
凩の吹きゆくうしろすがたかな
梅一輪一りんほどのあたたかさ

内藤丈艸
幾人かしぐれかけぬく勢田の橋
はるさめやぬけ出たままの夜著(よぎ)の穴
白雨(ゆふだち)にはしり下るや竹の蟻
稻妻のわれて落つるや山の上
つれのある所に掃くぞきりぎりす
鷹の目の枯野に居(すわ)るあらしかな
悔(クヤミ)いふ人のとぎれやきりぎりす
つり柿や障子にくるふ夕日陰
うづくまる藥の下(もと)の寒さ哉
霜原や窗の付きたる壁のきれ
陽炎や塚より外に住むばかり
淋しさの底ぬけて降るみぞれかな
ぬけがらにならびて死ぬる龝のせみ
狼の聲そろふなり雪の暮

斎部路通
肌のよき石にねむらん花の山
火桶抱てをとがい臍(ホゾ)をかくしける
いねいねと人にいはれつ年の暮
ぼのくぼに厂(かり)落かゝる霜夜かな

小杉一笑
なまなまと雪殘りけり藪の奥
よるの藤手燭に蜘蛛の哀なり
白雨(ゆふだち)や屋根の小艸の起あがり
蜻蛉(とんぼう)の薄に下る夕日かな
春雨や女の鏡かりて見る
   辞世
心から雪うつくしや西の雲

加賀千代女
夕顏や女子の肌の見ゆる時
朝顏に釣瓶とられてもらひ水
落鮎や日に日に水のおそろしき
蝶々や何を夢見て羽づかひ

有井諸九
行春や海を見て居る烏の子
紫陽花や雨にも日にも物ぐるひ
朧夜の底を行くなり雁の聲

炭太祇
ふらゝこの會釈こぼるゝや高みより
初戀や燈籠によする顏と顏
蚊屋くゞる女は髮に罪深し
身の龝やあつ燗好む胸赤し
逝く程に都の塔や龝の空
行く龝や抱けば身に添ふ膝頭
冬枯や雀のありく戸樋の中
うつくしき日和になりぬ雪のうへ

與謝蕪村
白露や茨の棘にひとつづつ
凧(いかのぼり)昨日の空の在り所
けふのみの春をあるひて仕舞けり
春雨や小磯の小貝ぬるるほど
牡丹散て打かさなりぬ二三弁
龝たつや何におどろく陰陽師
みのむしのぶらと世にふる時雨哉
更衣狂女の眉毛いはけなき
斧入て香におどろくや冬木立
山は暮れて野は黄昏の薄かな
ゆく春や重たき琵琶の抱きこころ
遅き日のつもりて遠きむかし哉
狐火や髑髏に雨のたまる夜に
ぼたん切(きつ)て氣のおとろへしゆふべ哉
春雨やものがたり行く簔と傘
我も死して碑に邊(ほとり)せむ枯尾花
蕭条として石に日の入枯野かな
しら梅に明る夜ばかりとなりにけり
  *
 北壽老仙をいたむ
君あしたに去ぬゆふべのこゝろ千々に
何ぞはるかなる
君をおもふて岡のべに行つ遊ぶ
をかのべ何ぞかなしき
蒲公の黄に薺のしろう咲きたる
見る人ぞなき
雉子(きぎす)のあるかひたなきに鳴を聞ば
友ありき河をへだてゝ住みにき
へげのけぶりのはと打(うち)ちれば西吹風の
はげしくて子笹原眞すげはら
のがるべきかたぞなき
友ありき河をへだてゝ住にきけふは
ほろゝともなかぬ
君あしたに去ぬゆふべのこゝろ千々に
何ぞはるかなる
我庵のあみだ佛ともし火もものせず
花もまいらせずすごすごと彳める今宵は
ことにたうとき
                 釋蕪村百拜書

加藤曉臺
菫つめばちひさき春のこゝろかな
蛇のきぬかけしすゝきのみだれ哉
見つゝゆけば茄子腐れて往昔(むかし)道
曉や鯨の吼ゆるしもの海
鷹の目の水に居るや龝のくれ

吉分大魯
うつゝに蝶となりて此盃に身を投げむ
海は帆に埋れて春の夕べかな
われが身に故郷ふたつ龝の暮
初時雨眞晝の道をぬらしけり
山風や霰ふき込む馬の耳
河内女や干菜に暗き窓の機

加舍白雄
人戀し燈ともしころをさくらちる
めくら子の端居さびしき木槿かな
蟲の音や月ははつかに書の小口
行龝の草にかくるゝ流れかな
木枯や市に業(たづき)の琴をきく
鷄の觜に氷こぼるゝ菜屑かな
木ばさみの白刃に蜂のいかりかな

榎本星布
散(ちる)花の下(もと)にめでたき髑髏かな
ゆく春や蓬が中に人の骨
蝶老いてたましひ菊にあそぶ哉
雉子羽(は)打つて琴の緒きれし夕哉

小林一茶
しづかさや湖水の底の雲のみね
じつとして雪をふらすや牧の駒
心からしなのゝ雪に降られけり
又ことし娑婆塞ぞよ艸の家
日ぐらしや急に明るき湖(うみ)の方
月花や四十九年のむだ歩き
花の月のとちんぷかんのうき世哉
龝風や壁のヘマムシヨ入道
けふからは日本の厂ぞ楽に寢よ
靑空に指で字を書く龝の暮
嗅で見てよしにする也猫の戀
笠でするさらばさらばや薄がすみ
蟻の道雲の峰よりつゞきけん
露の世は露の世ながらさりながら
ともかくもあなた任せの年の暮
ことしから丸儲けぞよ娑婆遊び
ぽつくりと死ぬが上手な佛哉

井上井月
春寒し雨にまじりて何か降
手元から日の暮れゆくや凧(いかのぼり)
夏深し或る夜の空の稻光
行龝の壁に挾みし柄なし鎌
落ち栗の座を定めるや窪溜り
何處やらに鶴の聲聞く霞かな




アンソロジーの誘惑/俳句篇

正岡子規
蜩や夕日の里は見えながら
赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり
夏嵐机上の白紙飛び盡す
炎天や蟻這ひ上る人の足
迎火の消えて人來るけはひかな
   漱石に別る
行く我にとゞまる汝に秋二つ
啼きながら蟻にひかるゝ秋の蟬
我に落ちて寂しき桐の一葉かな
いくたびも雪の深さを尋ねけり
鐘の音の輪をなして來る夜長かな
五月雨や上野山も見あきたり
鶏頭の十四五本もありぬべし
   絶筆三句
絲瓜咲て痰のつまりし佛かな
痰一斗絲瓜の水も間に合はず
をとゝひのへちまの水も取らざりき

高濱虛子
遠山に日の當たりたる枯野かな
桐一葉日當たりながら落ちにけり
金龜子擲つ闇の深さかな
ワガハイノカイミヨウモナキスゝキカナ
春風や鬪志抱きて丘立つ
蛇逃げて我を見し眼の草に殘る
能すみし面の衰へ暮の秋
囀の高まる時の靜かさよ
白牡丹といふといへども紅ほのか
流れゆく大根の葉の早さかな
凍蝶の己が魂追うて飛ぶ
大いなるものが過ぎ行く野分かな
初蝶を夢の如くに見失ふ
手毬唄かなしきことをうつくしく
日のくれと子供が言ひて秋の暮
人生は陳腐なるかな走馬燈
去年今年貫く棒の如きもの

河東碧梧桐
赤い椿白い椿と落ちにけり
木の間低く出た月の戸を引いてしまふ
明日(マタ)雪になるや西空(ソラ)の星(ヒトツ)を見かけて出る
この道の富士になりゆく芒かな

泉鏡花
春淺し梅樣まゐる雪おんな
おぼろ夜や去年の稻づか遠近(おちこち)に
おぼろ夜や片輪車のきしる音
浮世繪の絹地ぬけくる朧月
灌佛や桐咲く空に母夫人(ぶにん)
蟹の目の岩間に窪む極暑かな
雲の峰石伐る斧の光かな
黑猫のさし覗きけり靑簾
午(ひる)の螢ゆびわの珠にすき通る
わが戀は人とる沼の花菖蒲(あやめ)
百合白く雨の裏山暮れにけり
桑の實のうれける枝をやまかゞし
稻妻に道きく女はだしかな
實柘榴のうすらゆくばかり月夜かな
十六夜にたづねし人は水神に
打ちみだれ片乳白き砧かな
木犀の香に染(し)む雨の烏かな
山姫やすゝきの中の京人形
鵺の額かゝる霙の峰の堂
結綿に蓑きて白し雪女郎
松明(まつ)投げて獸追ひやる枯野かな
姥巫女が梟抱いて通りけり

荻原井泉水
月にぢつと顏照られ月見る
力一ぱいに泣く兒と鶏との朝
わらやゆきふりつもる

村上鬼城
春の夜やを圍み居る盲者達
己が影を慕うて這へる地蟲かな
川底に蝌蚪の大國ありにけり
冬蜂の死にどころなく歩きけり
凍蝶(いててふ)の翅(つばさ)をさめて死にゝけり
何もかも聞き知つてゐる海鼠かな
蟷螂の頭まはして居直りぬ

種田山頭火
てふてふひらひらいらかをこえた
分けいつても分けいつても靑い山
   放哉居士の作に和して
鴉啼いてわたしも一人
この旅、果もない旅のつくつくほうし
笠にとんぼをとまらせてあるく
まつすぐな道でさみしい
うしろすがたのしぐれてゆくか
鐡鉢の中へも霰
砂丘にうづくまりけふも佐渡は見えない

尾崎放哉
ふららこや人去つて鶴歩みよる
暮るる日や落葉の上に塔の影
北窓の暮れ果つるまで見送らむ
灯をともし來る女の瞳
龜を放ちやる晝深き水
わが胸からとつた黄色い水がフラスコで鳴る
つくづく淋しい我が影よ動かして見る
一日物云はず蝶の影さす
なぎさふりかへる我が足跡も無く
沈黙の池に龜一つ浮き上る
山の夕陽の墓地の空海へかたぶく
柘榴が口あけたたはけた戀だ
佛飯ほの白く蚊がなき寄るばかり
たつた一人になりきつて大空
氷屋がひよいと出きて白波
砂山赤い旗たてて海へ見せる
蛇が殺されて居る炎天をまたいで通る
わかれを云ひて幌おろす白きゆびさき
夕べひよいと出た一本足の雀よ
蟻を殺す殺すつぎから出てくる
人をそしる心をすて豆の皮むく
何か求むる心海へ放つ
うそをついたような晝の月が出てゐる
淋しいぞ一人五本のゆびを開いて見る
雀のあたたかさ握るはなしてやる
漬物桶に鹽ふれと母は産んだか
底が抜けた柄杓で水を呑もうとした
浪音淋しく三味やめさせて居る
とかげの美しい色がある廃庭
うつろの心に眼が二つあいてゐる
血がにじむ手で泳ぎ出た草原
眼の前魚がとんで見せる島の夕陽に來て居る
さはにある髮をすき居る月夜
すばらしい乳房だ蚊が居る
足のうら洗へば白くなる
とんぼが淋しい机にとまりに來てくれた
なん本もマツチの棒を消し海風に話す
山に登れば淋しい村がみんな見える
壁の新聞の女はいつも泣いて居る
山は海の夕陽をうけてかくすところ無し
花火があがる空の方が町だよ
あけがたとろりとした時の夢であつたよ
蜥蜴の切れた尾がはねてゐる太陽
道を教へてくれる煙管から煙が出てゐる
蛙釣る兒を見て居るお女郎だ
障子あけて置く海も暮れきる
爪切つたゆびが十本ある
入れものが無い兩手で受ける
咳をしても一人
汽車が走る山火事
戀心四十にして穂芒
松かさそつくり火になつた
昔は海であつたと榾をくべる
山火事の北國の大空
月夜の葦が折れとる
あすは元日が來る仏とわたくし
雨の舟岸に寄り來る
渚白い足出し
霜とけ鳥光る
やせたからだを窓に置き船の汽笛
春の山のうしろから烟が出だした

飯田蛇笏
芋の露連山影を正しうす
つぶらなる汝が眼吻はなん露の秋
山國の虛空日わたる冬至かな
死病えて爪うつくしき火桶かな
蚊のこゑや夜ふかくのぞく掛け鏡
   芥川龍之介の長逝を悼みて
たましひのたとへば秋の螢かな
をりとりてはらりとおもきすすきかな
くろがねの秋の風鈴鳴りにけり
雪山を匐ひまはりゐる谺かな

萩原朔太郎
冬日くれぬ思ひおこせや牡蠣の塚
冬日暮れぬ思ひ起せや岩に牡蠣
枯菊や日日にさめゆく憤り
虹立つや人馬にぎはふ空の上
秋さびし皿みな割れて納屋の隅

芥川我鬼(龍之介)
靑空に一すぢあつし蜘蛛の糸
蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな
怪しさや夕まぐれ來る菊人形
木がらしや東京の日のありどころ
短日(たんじつ)やかすかに光る皿の蝦蛄
世の中は箱に入れたり傀儡師
靑蛙おのれもペンキぬりたてか
花芒(すすき)払ふは海の鰯雲
木がらしや目刺しにのこる海のいろ
濡れそむる蔓一すじや鴉瓜
木の枝の瓦にさはる暑さかな
更けまさる火(ひ)かげやこよひ雛の顏
行秋やくらやみとなる庭の内
かげろふや影ばかりなる佛たち
水涕や鼻の先だけ暮れ殘る

山口誓子
流氷や宗谷の門波荒れやまず
蟷螂の鋏ゆるめず蜂を食む
蜂舐(ね)ぶる舌やすめずに蟷螂(いぼむしり)
かりかりと蟷螂蜂の㒵(かほ)を食む
夏草に汽罐車の車輪來て止まる
ピストルがプールの硬き面にひびき
夏の河赤き鐡鎖のはし浸る
つきぬけて天上の紺曼珠沙華
殼のうちししむら動く蝸牛
海に出て木枯歸るところなし
寒き夜のオリオンに杖插し入れむ
悲しくて冬の水母に杖をやる

竹下しづ女
短夜や乳ぜり泣く兒を須可捨焉乎(すてつちまおか)
梅白しかつしかつしと誰か咳く
ペンが生む字句が悲しと蛾が挑む

杉田久女
相寄りて葛の雨きく傘ふれし
わが歩む落葉の音のあるばかり
足袋つぐやノラともならず教師妻
橇やがて吹雪の渦に吸われけり
われにつきゐしサ夕ン離れぬ曼珠沙華
蟬涼し汝の殼をぬぎしより
ちなみぬふ陶淵明の菊枕
谺して山ほととぎすほしいまゝ
羅(うすもの)の乙女は笑まし腋を剃る
竜胆も鯨も掴むわが双手
蝶追うて春山深く迷ひけり

中村汀女
曼珠沙華抱くほどとれど母戀し
とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな
おいて來し子ほどに遠き蟬のあり
咳の子のなぞなぞあそびきりもなや
蟇歩く到りつく辺のある如く
雪しづか愁なしとはいへざるも
鳰沈みわれも何かを失ひし

橋本多佳子
雪はげし抱かれて息のつまりしこと
山蛾食ひ切子ふたたび明もどす
火蛾捨身瀆(よご)れ瀆れて大切子
百足蟲の頭(づ)くだきし鋏まだ手にす
鷺撃たる羽毛の散華遅れ降る
蜥蜴食ひ猫ねんごろに身を舐める
蜂の巣をもやす殺生亦たのし
深裂けの柘榴一粒だにこぼれず
垂直に崖下る猫戀果し
籾殼の深きところでりんご觸れ
氷塊の深部の傷が日を反(かへ)す

西東三鬼
小腦を冷やし小さき魚をみる
水枕ガバリと寒い海がある
白馬を少女瀆れて下りにけむ
梅を嚙む少年の耳透きとほる
手の螢にほひ少年ねむる晝
算術の少年しのび泣けり夏
綠蔭に三人の老婆わらへりき
 篠原鳳作の死[内二句]
友はけさ死せり野犬の草を嚙む
葡萄あまししづかに友の死をいかる
少年兵抱キ去ラレ機銃機ニ殘ル
寒燈の一つ一つよ國敗れ
中年や獨語おどろく冬の坂
おそるべき君等の乳房夏來る
中年や遠くみのれる夜の桃
穀象の一匹だにもふりむかず
男・女良夜の水をとび越えし
枯蓮のうごく時きてみなうごく
露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す
哭く女窓の寒潮縞をなし
倒れたる案山子の顏の上に天
廣島や卵食ふ時口開く
蓮池にて骨のごときを掴み出す
蟹死にて仰向く海の底の墓
炎天に犬捕り低く唄ひ出す
秋の暮大魚の骨を海が引く
海に足浸(した)る三日月に首吊らば
春を病み松の根つ子も見あきたり

中村草田男
冬の水一枝の影も欺かず
木葉髮文藝永く欺きぬ
冬すでに路標にまがふ墓一基
降る雪や明治は遠くなりにけり
燭の燈を煙草火としつチエホフ忌
万綠の中や吾子の齒生え初むる
燒跡に遺る三和土や手毬つく
空は太初の靑さ妻より林檎うく
眞直往けと白痴が指しぬ秋の道
光ある中(うち)妻子と歩め薄氷期

芝不器男
空の光の湯の面にありぬ二月風呂
紅葉山の忽然生みし童女かな
夜長さを衝きあたり消えし婢(をんな)かな
うまや路(ぢ)や松のはろかに狂ひ凧
北風やあおぞらながら暮れはてゝ
向日葵の蕋を見るとき海消えし
寒鴉己(し)が影の上(へ)におりたちぬ
まぼろしの國映(うつ)ろへり石鹸玉
泳ぎ女の葛隠るまで羞ぢらひぬ

加藤秋邨
鰯雲人に告ぐべきことならず
寒雷やびりりびりりと眞夜の玻璃
蟇誰かものいへ聲かぎり
雉子の眸のかうかうとして賣られけり
鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる
死ににゆく猫に眞靑の薄原
火を出でてきりきり白き秋の壺
人間をやめるとすれば冬の鵙

篠原鳳作
ふるぼけしセロ一丁の僕の冬
   海の旅 三句
滿天の星に旅ゆくマストあり
しんしんと肺碧きまで海の旅
幾日(いくか)はも靑うなばらの圓心に
月光のおもたからずや長き髮
莨持つ指の冬陽をたのしめり
ルンペンとすだまと群れて犬裂ける
ルンペンの唇(くち)の微光ぞ闇に動く
起重機にもの食ませゐる人小さき
昇降機吸われゆきたる坑(あな)にほふ
草燒くるにほひみだして鷄つるむ
大空の一角にして白き部屋よ
月光のすだくにまろき女(ひと)のはだ
月光のこの一點に小さき存在(われ)
晴れし日も四角な部屋にピエロ我
氷雨よりさみしき音の血がかよふ
   喜多靑子に憶ふ
詩に痩せて量(かさ)もなかりし白き骸(から)
罪業の血のうつくしさ炭火に垂らす
自画像の靑きいびつの夜ぞ更けぬ
太陽に襁褓かかげて我が家とす
蟻よバラを登りつめても陽が遠い
夏痩せの胸のほくろとまろねする

喜多靑子
夢靑し蝶肋間にひそみゐき
陰多き螺旋階段春深し
秋炎の空が蒼くて塔ありぬ
砂日傘夜は夜でギターなど彈ける

下村槐太
片陰の窓に出てゐる腕かな
寒木の宙(そら)かすむ日の紙芝居
木の芽雨百日紅のみ孤絶せり
冬雲をわれは日暮にばかり見る
秋風に敵いくたりも吹かれゐむ

平畑静塔
終電車手に靑栗の君を歸し
藁塚に一つの強き棒插さる
狂いても母乳は白し蜂光る

高屋窓秋
秋風やまた雲とゐる人と鳥
海の眼や深い孤影の波間より
血を垂れて鳥の骨ゆくなかぞらに
きりぎりすきのふのそらのきのこ雲

渡辺白泉
馬場乾き少尉の首が跳ねまはる
戰争が廊下の奥に立つてゐた
銃後といふ不思議な町を丘で見た
白日に擧げし戰死の掌を見たり
繃帯を巻かれ巨大な兵となる
滑り臺巨きくなつてくる子供

野見山朱鳥
汽車の月虛空を飛べる枯野かな
飛び散つて蝌蚪の墨痕淋漓たり
悪寒來る頭腦のひだに蝌蚪たかり
曼珠沙華竹林に燃え移りをり
わが墓に來て立つは誰秋の風
大寒の海胆の一つの針動く
犬の舌枯野に垂れて眞赤なり
二階より枯野におろす柩かな
手鏡の中を妻來る春の雪
冬蜂の胸に手足を集め死す
黑髮の白變しつつ野火を見る
皿に盛る櫻桃の柄の總立ちに
つひに吾も枯野の遠き樹となるか

高柳重信
犬抱けば犬の眼にある夏の雲
きみ嫁けり遠き一つの訃に似たり
  *
身をそらす虹の
絶巓
処刑臺
  *
頭つぶれてなほ動く蛇を恐れし日
六つで死んでいまも押入れで泣く弟
友よ我は片腕すでに鬼となりぬ

齋藤愼爾
いちまいの蒲團の裏の枯野かな
菜の花を父を弑せし吾の來る
花茣蓙に見し夢にして継ぎ難し
海暮れて一流木の父の聲
蜂の巣の千の暗室母の情事
風鈴の枯らしてしまふ廂かな
ががんぼの一肢が栞卒業す
蜂窩暗し父より惡の眼を亨くや
雛段に並ぶや前生のあねいもと
秋祭生き種子死に種子選りて父
斷崖に島極まりて雪霏々と
水母群るる海より重き月上る
凍港の中央碧き潮動く
日蝕始まる街の中心牛啼きて
明らかに凧の糸のみ暮れ殘る
新綠の道ゆく少女眉靑し

寺山修司
影墜ちて雲雀はあがる詩人の死
マスクしてひとの別離を見つゝあり
法醫學・櫻・暗黑・父・自瀆
舟蟲や亡びゆくもの縦横なし
西日さす墓標ななめに蟻のぼる
雲切れし靑空白痴いつも笑あり
ジャズさむく捨てし吸殼地で濕る
ライオンの檻で西日の煙草消す
雪はげし一墓のために笹拓く
凍蝶とぶ祖國悲しき海のそと
故郷遠し線路の上の靑カエル




アンソロジーの誘惑/詩人の群像~近現代詩篇

  《島崎藤村「若菜集」[明治三〇(一八九七)年刊]より》

   初恋
まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思へけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実の
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

***

《蒲原有明「草わかば」[明治三五(一九〇二)年刊]より》

   牡蠣の殻
牡蠣の殻なる牡蠣の身の
かくもはてなき海にして
独りあやふく限りある
その思ひこそ悲しけれ

身はこれ盲目すべもなく
巌のかげにねむれども
ねざむるままにおほうみの
潮のみちひをおぼゆめり

いかに黎明あさ汐の
色しも清くひたすとて
朽つるのみなる牡蠣の身の
あまりにせまき牡蠣の殻

たとへ夕づついと清き
光は浪の穂に照りて
遠野が鳩の面影に
似たりとてはた何ならむ

痛ましきかなわたつみの
ふかきしらべのあやしみに
夜もまた昼もたへかねて
愁にとざす殻のやど

されど一度あらし吹き
海の林のさくる日に
朽つるままなる牡蠣の身の
殻もなどかは砕けざるべき

 ◇夕づつ:夕暮れに西空にに見える金星。宵の明星。 ◇わたつみ:海。

***

《北原白秋「思ひ出」[明治四四(一九一一)年刊]より》

   接吻
臭のふかき女来て
身体も熱くすりよりぬ。
そのときそばの車百合
赤く逆上せて、きらきらと
蜻蛉動かず、風吹かず。
後退ざりつつ恐るれば
汗ばみし手はまた強く
つと抱きあげて接吻けぬ。
くるしさつらさなつかしさ。
草は萎れて、きりぎりす
暑き夕日にはねかへる。

***

《高村光太郎「道程」[大正三(一九一四)年刊]より》

   道程
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から眼を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

《高村光太郎「智恵子抄」[昭和十六(一九四一)年刊]より》
   あどけない話
智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

 ◇阿多多羅山:智恵子の郷里福島県二本松町漆原にある。

   裸形
智恵子の裸形を私は恋ふ。
つつましくて満ちてゐて
星宿のやうに森厳で
山脈のやうに波うつて
いつでもうすいミストがかかり、
その造型の瑪瑙質に
奥の知れないつやがあつた。
智恵子の裸形の背中の小さな黑子まで
わたくしは意味ふかくおぼえてゐて、
今も記憶の歳月にみがかれた
その全存在が明滅する。
わたくしの手でもう一度、
あの造形を生むことは
自然の定めた約束であり、
そのためにわたくしに肉類が与へられ、
そのためにわたくしに畑の野菜が与へられ、
水と小麦と牛酪とがゆるされる。
智恵子の裸形をこの世にのこして
わたくしはやがて天然の素中に帰らう。

 ◇星宿:星座。 ◇瑪瑙:宝石の名。樹脂状の美しい光沢がある。 ◇素中:原初の存在。生命以前のカオス(混沌)的世界を想起すべきか。

***

《山村暮鳥「聖三稜玻璃」[大正四(一九一五)年刊]より》

   囈語
竊盗金魚
強盗喇叭
恐喝胡弓
賭博ねこ
詐欺更紗
瀆職天鵞絨
姦淫林檎
傷害雲雀
殺人ちゆうりつぷ
堕胎陰影
騒擾ゆき
放火まるめろ
誘拐かすてえら。

◇竊盗:窃盗。 ◇胡弓:三味線に似て、それより小さい東洋の弦楽器。 ◇更紗:木 綿布に人物・花鳥・幾何学模様等をいろいろな色で押し写し、また印刷したもの。◇瀆職:汚職。 ◇天鵞絨:綿・絹・毛等で織って毛を立てた柔らかくなめらかな布。◇騒擾:騒乱。 ◇まるめろ:バラ科。春、ボケに似た花をつけ、果実は黄色で甘酸っ ぱく香気があり、砂糖漬けとして食用。カリン。

   岬
岬の光り
岬のしたにむらがる魚ら
岬にみち尽き
そらに澄み
岬に立てる一本の指。

   風景
     純金もざいく
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしやべり
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな。

***

《萩原朔太郎「月に吠える」[大正六(一九一七)年刊]より》
   竹
光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるへ。

かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。

 ◇りんりん:凛々。寒さなどが身に染みる様子。

   蛙の死
蛙が殺された、
子供がまるくなつて手をあげた、
みんないつしよに、
かはゆらしい、
血だらけの手をあげた、
月が出た、
丘の上に人が立つてゐる。
帽子の下に顔がある。       幼年思慕篇

   さびしい人格
さびしい人格が私の友を呼ぶ、
わが見知らぬ友よ、早くきたれ、
ここの古い椅子に腰をかけて、二人しづかに話してゐよう、
なにも悲しむことなく、きみと私でしづかな幸福な日をくらさう、
遠い公園のしづかな噴水の音を聞いて居よう、
しづかに、しづかに、二人でかうして抱き合つて居よう、
母にも父にも兄弟にも遠くはなれて、
母にも父にも知らない孤兒の心をむすび合はさう、
ありとあらゆる人間の生活の中で、
おまへと私だけの生活について話合はう、
まづしいたよりない、二人だけの秘密の生活について、
ああ、その言葉は秋の落葉のやうに、そうそうとして膝の上にも散つてくるではないか。

わたしの胸は、かよわい病気したをさな兒の胸のやうだ。
わたしの心は恐れにふるへる、せつない、せつない、熱情のうるみに燃えるやうだ。

ああいつかも、私は高い山の上へ登つて行つた、
けはしい坂路をあふぎながら、虫けらのやうにあこがれて登つて行つた、
山の絶頂に立つたとき、虫けらはさびしい涙をながした。
あふげば、ぼうぼうたる草むらの山頂で、おほきな白つぽい雲がながれてゐた。

自然はどこでも私を苦しくする、
そして人情は私を陰鬱にする、
むしろ私はにぎやかな都会の公園を歩きつかれて、
とある寂しい木蔭に椅子をみつけるのが好きだ、
ぼんやりした心で空を見てゐるのが好きだ、
ああ、都会の空をとほく悲しくながれてゆく煤煙、
またその建築の屋根をこえて、はるかに小さくつばめの飛んで行く姿を見るのが好きだ。

よにもさびしい私の人格が、
おほきな声で見知らぬ友を呼んで居る、
わたしの卑屈な不思議な人格が、
鴉のやうなみすぼらしい様子をして、
人気のない冬枯れの椅子の片隅にふるへて居る。

 ◇さうさう:層々。かさなりあっているさま。後に詩集「蝶を夢む」再録時には「さう さう」となる。その場合は、「早々」「愴々」等が考えられる。 ◇うるみ:涙などで 湿ってくもること。その「熱情」の内包する限りない悲痛を対比的言辞で表現したものか。
《萩原朔太郎「宿命」[昭和一四(一九三九)年刊]より》

   死なない蛸
 或る水族館の水槽で、ひさしい間、飢ゑた蛸が飼はれてゐた。地下の薄暗い岩の影で、青ざめた玻璃天井の光線が、いつも悲しげに漂つてゐた。
 だれも人人は、その薄暗い水槽を忘れてゐた。もう久しい以前に、蛸は死んだと思われてゐた。そして腐つた海水だけが、埃つぽい日ざしの中で、いつも硝子窓の槽にたまつてゐた。
 けれども動物は死ななかつた。蛸は岩影にかくれて居たのだ。そして彼が目を覚ました時、不幸な、忘れられた槽の中で、幾日も幾日も、おそろしい飢饑を忍ばねばならなかつた。どこにも餌食がなく、食物が全く尽きてしまつた時、彼は自分の足をもいで食つた。まづその一本を。それから次の一本を。それから、最後に、それがすつかりおしまひになつた時、今度は胴を裏がへして、内臓の一部を食ひはじめた。少しづつ他の一部から一部へと。順順に。
 かくして蛸は、彼の身体全体を食ひつくしてしまつた。外皮から、脳髄から、胃袋から。どこもかしこも、すべて残る隈なく。完全に。
 或る朝、ふと番人がそこに来た時、水槽の中は空つぽになつてゐた。曇つた埃つぽい硝子の中で、藍色の透き通つた潮水と、なよなよとした海草とが動いてゐた。そしてどこの岩の隅隅にも、もはや生物の姿は見えなかつた。蛸は実際に、すつかり消滅してしまつたのである。
 けれども蛸は死ななかつた。彼が消えてしまつた後ですらも、尚ほ且つ永遠にそこに生きてゐた。古ぼけた、空つぽの、忘れられた水族館の槽の中で。永遠に――おそらくは幾世紀の間を通じて――或る物すごい欠乏と不満をもつた、人の目に見えない動物が生きて居た。

***

《大手拓次「藍色の蟇」[昭和一二(一九三七)年刊]より》

   藍色の蟇
森の宝庫の寝間に
藍色の蟇は黄色い息をはいて
陰湿の暗い暖炉のなかにひとつの絵模様をかく。
太陽の隠し子のやうにひよわの少年は
美しい葡萄のやうな眼をもつて、
行くよ、行くよ、いさましげに、
空想の猟人はやはらかいカンガルウの編靴に。

   むらがる手
空はかたちもなくくもり、
ことわりもないわたしのあたまのうへに、
錨をおろすやうにあまたの手がむらがりおりる。
街のなかを花とふりそそぐ亡霊のやうに
ひとしづくの胚株をやしなひそだてて、
ほのかなる小径の香をさがし、
もつれもつれる手の愛にわたしのあたまは野火のやうにもえたつ。
しなやかに、しろくすずしく身ぶるひをする手のむれは、
今わたしのあたまのなかの王座をしめて相姦する。

   春の日の女のゆび
この ぬるぬるとした空気のゆめのなかに、
かずかずのをんなの指といふ指は
よろこびにふるへながら かすかにしめりつつ、
ほのかにあせばんでしづまり、
しろい丁字草のにほひをかくして のがれゆき、
ときめく波のやうに おびえる死人の薔薇をあらはにする。
それは みづからでた魚のやうにぬれて なまめかしくひかり、
ところどころに眼をあけて ほのめきをむさぼる。
ゆびよ ゆびよ 春のひのゆびよ
おまへは ふたたびみづにいらうとする魚である。

***

《佐藤春夫「我が一九二二年」[大正一二(一九二三)年刊]より》
月をわび身を侘びつたなきをわぶとこたへんとすれど問ふ人もなし――芭蕉翁尺牘より
   秋刀魚の歌
あはれ
秋風よ
情あらば伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
思ひにふける と。

さんま、さんま
そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせ
さんま 食ふは その男が ふる里の ならひなり。
そのならひをあやしみなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。

あはれ
秋風よ
汝こそは見つらめ
世のつねならぬかの団欒を。
いかに
秋風よ
いとせめて
証せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。

あはれ秋風よ
情あらば伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児とに伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉に ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。

さんま、さんま、
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。
◇第二連の情景は、小田原市十字町の作家谷崎潤一郎の家で、春夫二九歳、谷崎千代(潤一郎の妻)二五歳。「妻にそむかれた男」とあるのは、大正九(一九二〇)年に春夫が離婚したことを指すのであろう。

***

《芥川龍之介[大正一四年四月一七日付 室生犀星宛書簡より]》

   相聞
また立ちかへる水無月の
歎きをたれにかたるべき
沙羅のみづ枝に花さけば、
かなしき人の目ぞ見ゆる。

***

《尾形亀之助「色ガラスの街」[大正一四(一九二五)年刊]より》

   病気
ヤサシイ娘ニダカレテヰル トコロカラ私ノ病気ガハジマリマシタ

私ハ バイキンノカタマリニナツテ
娘ノ頬ノトコロニ飛ビツキマシタ

娘ハ私ヲ ホクロトマチガヘテ
丁度ヨイトコロニイル私ヲ中心ニシテ化粧シマス

   不幸な夢
「空が海になる
私達の上の方の空がそのまま海になる
日――」
そんな日が来たら

そんな日が来たら笹の舟を沢山つくつて
仰向けに寝ころんで流してみたい

***

《三好達治「測量船」[昭和五(一九三〇)年刊]より》

   雪
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

   村
鹿は麻縄にしばられて、暗い物置小屋にいれられてゐた。何も見えないところで、その青い眼はすみ、きちんと風雅に坐つてゐた。芋が一つころがつてゐた。

そとでは桜の花が散り、山の方から、ひとすぢそれを自転車がしいていつた。背中を見せて、少女は藪を眺めてゐた。羽織の肩に、黒いリボンをとめて。

***

《伊東静雄「わがひとに与ふる哀歌」[昭和十一(一九三六)年刊]より》

  私は強ひられる――
私は強ひられる この目が見る野や
雲や林間に
昔の私の恋人を歩ますることを
そして死んだ父よ 空中の何処で
噴き上げられる泉の水は
区別された一滴になるのか
私と一緒に眺めよ
孤高な思索を私に伝へた人!
草食動物がするかの楽しさうな食事を

   冷めたい場所で
私が愛し
そのため私につらいひとに
太陽が幸福にする
未知の野の彼方を信ぜしめよ
そして
真白い花を私の憩ひに咲かしめよ
昔の人の堪へ難く
望郷の歌であゆみすぎた
荒々しい冷めたいこの岩石の
場所にこそ

(読人不知)
深い山林に退いて
多くの旧い秋らに交つてゐる
今年の秋を
見分けるのに骨が折れる

《伊東静雄「夏花」[昭和一五(一九四〇)年刊]より》

   水中花
水中花と言つて夏の夜店に子供達のために売る品がある。木のうすいうすい削片を細く圧搾してつくつたものだ。そのままでは何の変哲もないのだが、一度水中に投ずればそれは赤青紫、色うつくしいさまざまの花の姿にひらいて、哀れに華やいでコツプの水のなかなどに凝としづまつてゐる。都会そだちの人のなかには瓦斯燈に照しだされたあの人工の花の印象をわすれずにあるひともあるだらう。

今歳水無月のなどかくは美しき。
軒端を見れば息吹のごとく
萌えいでにける釣しのぶ。
忍ぶべき昔はなくて
何をか吾の嘆きてあらむ。
六月の夜と昼のあはひに
万象のこれは自ら光る明るさの時刻。
遂ひ逢はざりし人の面影
一茎の葵の前に立て。
堪へがたければわれ空に投げうつ水中花。
金魚の影もそこに閃きつ。
すべてのものは吾にむかひて
死ねといふ、
わが水無月のなどかくはうつくしき。

***

《中原中也「在りし日の歌」[昭和一三(一九三八)年刊]より》

   北の海
海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。

曇つた北海の空の下、
浪はところどころ歯をむいて、
空を呪つてゐるのです。
いつはてるとも知れない呪。

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。

   月夜の浜辺
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
   月に向つてそれは抛れず
   浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁み、心に沁みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

***

《立原道造「萱草に寄す」[昭和一二(一九三七)年刊]より》
   草に寝て……
     六月の或る日曜日に
それは 花にへりどられた 高原の
林のなかの草地であつた 小鳥らの
たのしい唄をくりかへす 美しい声が
まどろんだ耳のそばに きこえてゐた

私たちは 山のあちらに
青く 光つてゐる空を
淡く ながれてゆく雲を
ながめてゐた 言葉すくなく

――しはわせは どこにある?
山のあちらの あの青い空に そして
その下の ちひさな 見知らない村に

私たちの 心は あたたかだつた
山は 優しく 陽にてらされてゐた
希望と夢と 小鳥と花と 私たちの友だちだつた

***

《鮎川信夫「鮎川信夫詩集」[昭和三〇(一九五五)年刊]より》
   死んだ男
たとえば霧や
あらゆる階段の跫音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
――これがすべての始まりである。

遠い昨日……
ぼくらは暗い酒場の椅子のうえで、
ゆがんだ顔をもてあましたり
手紙の封筒を裏返すようなことがあった。
「実際は、影も形もない?」
――死にそこなってみれば、たしかにそのとおりであった

Mよ、昨日のひややかな青空が
剃刀の刃にいつまでも残っているね。
だがぼくは、何時何処で
きみを見失ったのか忘れてしまったよ。
短かった黄金時代――
活字の置き換えや神様ごっこ――
「それが、ぼくたちの古い処方箋だった」と呟いて……

いつも季節は秋だった、昨日も今日も、
「淋しさの中に落葉がふる」
その声は人影へ、そして街へ、
黒い鉛の道を歩みつづけてきたのだった。

埋葬の日は、言葉もなく
立会う者もなかった。
憤激も、悲哀も、不平の椅子もなかった。
空にむかって眼をあげ
きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横たわったのだ。
「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」
Mよ、地下に眠るMよ、
きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。

***

《山之口獏「鮪に鰯」[昭和三九(一九六四)年刊]より》

   弾を浴びた島
島の土を踏んだとたんに
ガンジューイとあいさつしたところ
はいおかげさまで元気ですとか言って
島の人は日本語で来たのだ
郷愁はいささか戸惑いしてしまって
ウチナーグチマディン ムル
イクサニ サッタルバスイと言うと
島の人は苦笑したのだが
沖縄語は上手ですねと来たのだ

・「ガンジューイ」=「お元気か」
・「ウチナーグチマディン ムル」=「沖縄方言までもすべて」
・「イクサニ サッタルバスイ」=「戦争でやられたのか」

   鮪に鰯
鮪の刺身を食いたくなったと
人間みたいなことを女房が言った
言われてみるとついぼくも人間めいて
鮪の刺身を夢みかけるのだが
死んでもよければ勝手に食えと
ぼくは腹立ちまぎれに言ったのだ
女房はぷいと横むいてしまったのだが
亭主も女房も互に鮪なのであって
地球の上はみんな鮪なのだ
鮪は原爆を憎み
水爆にはまた脅やかされて
腹立ちまぎれに現代を生きているのだ
ある日ぼくは食膳をのぞいて
ビキニの灰をかぶっていると言った
女房は箸を逆さに持ちかえると
焦げた鰯のその頭をこづいて
火鉢の灰だとつぶやいたのだ

***

《村上昭夫「動物哀歌」[昭和四二(一九六七)年刊]より》

   木蓮の花
五月に散る一番の花は木蓮の花だ
散って見ればそれが分るのだ

花の散る道をしじみ売りが通ってゆく
こまもの売りが通ってゆく
それはみんな貧しい人々
花が散って見ればそれが分るのだ

はるかな星雲を思う人は木蓮の花だ
宇宙が暗くて淋しいと思う人は
木蓮の花だ
花が散って見ればそれが分かるのだ
◎村上昭夫/昭和二(一九二七)年岩手生。詩人村野四郎に師事。

***

《藤森安和「十五才の異常者」[昭和三五(一九六〇)年刊]より》

現代とは。やることである。
あやまるな。あやまるな。それはセンチメンタルだ。
他人に激痛を与え。他人から激痛を受けろ。
他人のくすぐったい怒りをおのれの木刀がふれるたびに。
ぺこたん。ぺこたん。と賄賂をもっておじぎをする。
現代の若者は。打ちひしがれている。
打ちひしがれた者の泥沼から。人。人々の中に生きるのだ。

 ◇以上は、詩集「十五才の異常者」の中表紙裏に記されている。

   嘔吐
岩波写真文庫の
ページを
私はめくった。
初めに
原爆被害市
広島
長崎が私の
眼の前にあらわれた

鉄骨の壁は
腐敗した
人間の肉のように
爛れ
木材の建物は
黒い灰のまま
くずれ
形が残り。
爛れずにいる
鉄筋の壁には
人間のとけた
黒い
死にあとがある。
人間。
女の頭は
男のように
丸坊主。
坊主頭の上には
ケロイドの山があり
男の胸には
ケロイドの
乳山がある。
男女とも
背中と言わず

手に
ケロイドの
溶岩が流れている。

彼らは
おのれの苦しみを
敵にふきかけようと
隣を見る。
だが
隣りにも
おれと同じ
苦しみになやむ
同伴を見る。
同伴からそらした
気違いの眼を
空に向ける。
  *
次のページには
ボディビルの肉体と
ストリッパーの肉体
がある。
  *
私は
二ページ目の
人間だ。
あの原爆被害者より
百倍も幸福なのに
不幸だと言って
悲感し
姦婦の堕落した
肉体を
もてあそんでいる。

私は
幸福な人間なのだ。
マッチのケロイドに
死んでしまうと
叫ぶ
人間なのだ。

せっぷん
  ――兄への日記Ⅱ――
 ウインドウの闇に写った顔は、僕の顔ではない。みしらぬ群衆の中の目前を通り過ぎていった、ただの顔。その顔を見る僕の心は生きている。顔。たしかにウインドウの中の顔は僕の顔であるが、僕の顔でない。僕は、僕を見る心だ。
 遠く、春の夜のネオンの街から、淋しき顔がやってくる。僕は淋しき顔にむかって、はやくこいと、手と足と顔でこまねきをした。
 恋人の中の女が笑った。僕も笑った。
 涙が僕の顔に流れた。僕のピエロを笑った、しゅんかんの恋人と失恋に涙を流したのではなく。顔と心とのへだたりをむすぶ、ただ一つの行為をできなかった、なさけない肉体に涙を流した。
 淋しき顔が、僕の眼前で笑い。春のネオンの街に、女の笑い声が消えていった。

◎藤森安和/昭和一五(一九四〇)年沼津に生まれる。現在、畳職。

   ◆◆◆
◆以上の詩人の順について:原則的に詩人の生年順に配列したが、鮎川信夫と山之口獏は戦後の詩を採録したため、時代背景を考慮して後ろにずらした。
◆以上の詩の表記について:漢字のみ新字とし、他は各当該詩集(原則として初版)の表記を用いた。従って、用字や送り仮名・ルビ・句読点等の誤りについては一切訂正していない。
   ◆◆◆

   道   黒田三郎
 道はどこへでも通じている 美しい伯母様の家へゆく道 海へゆく道 刑務所へゆく道 
どこへも通じていない道なんてあるのだろうか
 それなのに いつも道は僕の部屋から僕の部屋に通じているだけなのである 群衆の中を歩きつかれて 少年は帰ってくる

***

ツルゲーネフ「新散文詩」(神西清・池田健太郎訳 一部表現を改竄)より
   巣もなしに
どこへのがれよう? 何をしよう? わたしは、巣のないひとりぼっちの小鳥のようだ。小鳥は羽を逆だてて、細い枯枝にとまっている。このままいるのはたまらない。……しかし、どこへ飛んで行こう? やおら小鳥は翼をととのえ、はげ鷲に追われる子鳩さながら、はるか彼方へ矢のように飛び去る。どこかに、緑なす心地よい隠れ家はないものか? よし仮の宿りにせよ、どこかに小さな巣をいとなむことはできまいか?
小鳥は飛ぶ。飛びながら、一心に下界を見つめる。
眼の下は、一面の黄色い砂漠。物音もない、そよぎもない、死のような砂漠。……
小鳥は急いで砂漠を飛び越える。たえず一心に、悲しげに下界を見つめて。
いま、目の下は海。砂漠とおなじ黄色い、死んだような海。なるほど海は、波立ち潮(うしお)の音を立てている。けれど、たえまない潮騒にも、単調な波のうねりにも、やはり生はなく、ねぐらもない。
小鳥は疲れる。……羽ばたきはおとろえ、飛ぶ身は降りる。空たかく舞い上がろうか。……だが、はてしない大空の、どこに巣を作ろう!
とうとう小鳥は翼をたたむ。……そしてひと声かなしく鳴いて海へ落ちる。
波は小鳥を呑み……あいも変わらぬ無意味な波音を立てながら、うねり進む。
わたしはどこへのがれよう? わたしも、はや海へ落ちる時なのか?
(Ⅰ.1878)

   さかずき
おかしなことだ。……わたしは自分におどろく。
わたしの悲哀は偽りではない。生きることが心(しん)からつらく、胸は悲哀にとざされて喜びひとつない。それでいてわたしは、つとめて気持ちをきらびやかに装う。人物の像や比喩を探し求める。文章を彫琢し、言葉の響きと調和に浮身をやつす。
わたしは彫物師、金細工師だ。みずから毒を盛るはずの黄金のさかずきを、一心にかたどり、きざみ、あらゆる飾りをほどこしているのだ。

   誰の罪?
少女は青ざめて、優しい手をわたしに差し伸べた。……わたしは邪険に払いのけた。みずみずしいかわいい顔が、とまどったように曇った。若々しい、人のよい眼が、責めるようにわたしを見上げる。いたいけな清らな心には、わたしの気持ちが分からないのだ。
『あたしが何か悪いことをしまして?』と、その唇はささやく。
「おなたが悪いことを? それならむしろ、光り輝く大空の大天使も、とうに咎を受けているさ。
 それでもあなたのの罪は、わたしにとって小さいものではないのだ。
 あなたの罪の重さは、とてもあなたには分かり得ないし、わたしも今さらあなたに話して聞かせる気力は失せた。それでもあなたは知りたい?
 では言おう。――あなたの青春。わたしの老年。」

   処世術
安らかでありたいと願うなら、交際(つきあい)をしても独りで生きなさい。何事も企てようとせず、ちょっとしたものも惜しんではいけない。
幸せでありたいと願うなら、まず学びなさい、苦しむ術(すべ)を。
(Ⅵ.1878)

   「おお、わが青春!……」
おお、わが青春! わが生気よ!――そのむかし、わたしもこう叫んだものだ。けれど、ああ、こう叫んだ頃は、わたしはまだ若く、生気にあふれていた。
あの頃はただ、悲哀をもて遊びたかっただけだったのだ。――人前では嘆き、その実、内心ではそっとそれを楽しもうとしただけだったのだ。
今、わたしは何も言わない。声をたてて、過ぎた日を惜しみ嘆くこともしない。……失われた日々がじりじりと身を咬む今となっては……
「ええぃ! 思わぬ方がましさ!」――百姓たちはうまいことを言うものだ。
(Ⅵ.1878)

   わたしが死んで……
わたしが死んで、わたしであったすべてが灰となって四散するとき――ああ、わたしのただひとりの友よ、愛してやまぬいとおしきあなたよ、なお恐らくは生きながらえるあなたよ、――わたしの墓を訪ねてはいけない。……いや、それ以上に、日々の営み、その哀楽のさなかに、わたしを思い出すな。……わたしはあなたの生を妨げようとは思わない。けれど独りでいる折りふし、ふと故知らぬひそやかな悲哀が、優しいあなたの心のうちに湧いたならば、過ぎし日のわたしたちの愛読の書を手に取り、あの日ごろふたりの眼がしらに、言わず語らずおなじ思いの涙をにじませた、あのページあの行、さらにあの言葉の行方をたずねたまえ。
読み、まなこを閉じ、わたし方へ手を伸べたまえ。……姿のないあなたの友へ、手を伸べたまえ。
わたしの手は、もうあなたの手を握る力もなく、草葉の陰にじっと埋もれていよう。けれど、そのときあなたの手にふれるかすかな風がありはしまいか。それを思えば心は楽しい。
そのとき、あなたの前にわたしの姿が立ち、涙はあなたの閉じたまぶたを漏れ落ちてゆくだろう。あの日ごろふたりして美の女神の前に流したあの涙が。……ああ、わたしのただひとりの友よ、愛してやまぬいとおしきあなたよ!
(Ⅻ.1878)

   君は泣いた
君は泣いた、わたしの不幸に。わたしも泣いた、君の同情が身に染みて。
けれど君は、自分の不幸に泣いたのではないのか。それをただ、――わたしのうちに見ただけではなかったか。
(Ⅵ.1881)

***


漂泊 伊良子清白

蓆戸に
秋風吹いて
河添の旅籠屋さびし
哀れなる旅の男は
夕暮の空を眺めて
いと低く歌ひはじめぬ

亡母は
處女と成りて
白き額月に現はれ
亡父は
童子と成りて
圓き肩銀河を渡る

柳洩る
夜の河白く
河越えて煙(けぶり)の小野に
かすかなる笛の音ありて
旅人の胸に触れたり

故郷の
谷間の歌は
續きつゝ斷えつゝ哀し
大空と返響(こだま)の音と
地の底のうめきの聲と
交りて調は深し

旅人に
母はやどりぬ
若人(わかびと)に
父は降れり
小野の笛煙の中に
かすかなる節は殘れり

旅人は
歌ひ續けぬ
嬰子(みどりご)の昔にかへり
微笑みて歌ひつゝあり



安乗の稚児 伊良子清白

志摩の果(はて)安乗の小村(こむら)
早手風岩をどももし
柳道木々を根こじて
虛空(みそら)飛ぶ断(ちぎ)れの細葉

水底(みなぞこ)の泥を逆上(さかあ)げ
かきにごす海の病(いたづき)
そゝり立つ波の大鋸(おほのこ)
過(よ)げとこそ船をまつらめ

とある家(や)に飯(いひ)蒸(むせ)かへり
男(を)もあらず女(め)も出で行きて
稚子ひとり小籠に座り
ほゝゑみて海に対(むか)へり

荒壁の小家一村(ひとむら)
反響(こだま)する心と心
稚子ひとり恐怖(おそれ)をしらず
ほゝゑみて海に対へり

いみじくも貴き景色
今もなほ胸にぞ跳(をど)る
少(わか)くして人と行きたる
志摩のはて安乗の小村

***

君に 村山槐多

げに君は夜とならざるたそがれの
美しきとどこほり
げに君は酒とならざる麦の穂の
青き豪奢

すべて末路をもたぬ
また全盛に会はぬ
涼しき微笑の時に君はあり
とこしなへに君はあり

されば美しき少年に永くとどまり
その品よきぱつちりとせし
眼を薄く宝玉にうつし給へり
いと永き薄ら明りにとどまる

われは君を離れてゆく
いかにこの別れの切なきものなるよ
されど我ははるかにのぞまん
あな薄明に微笑し給へる君よ。