やぶちゃんの電子テクスト集:小説・戯曲・評論・随筆・短歌篇
鬼火へ


光の門 (全一幕) ロード・ダンセイニ 松村みね子(片山廣子)訳

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[やぶちゃん注:本作はアイルランドの小説家・劇作家ロード・ダンセイニ(
Lord Dunsany 一八七八年〜一九五七年)が、アイルランド文学復興運動を担っていたイェイツの勧めによって一九〇九年に初めて書いた戯曲“The Glittering Gate ”で、同年、ダブリンのアベイ座で初演された(評判は芳しくなかったという)。底本は一九九一年沖積舎刊松村みね子訳「ダンセイニ戯曲集」を用いたが、底本ではト書きが原則、三字下げのポイント落ちで(会話中のものはポイント落ち丸括弧で挿入)、台詞が二行以上に亙る場合は二行目以降は一字下げとなっているが、本テクストではこれらの字下げを行っていない。【二〇一二年六月一日】]


光の門


人 ジム 以前はどろぼう
            }二人とも死んだ人
  ビル 同じくどろぼう
[やぶちゃん注:「}」は底本ではジムとビルの両行下に掛る。]

所 寂しいところ

時 現代


「寂しいところ」大きな黒い岩々と口のぬけたビイル壜が散らかっている、ビイル壜は非常に多数に散らかっている。正面に大きな平らな花崗岩の壁がある。その壁に天の門がある。門の扉は金。
「寂しいところ」の下は無限の空間、星がぶらさがっている。
幕があく、ジム くたびれたようにビイル壜の口をあけている。それから、彼は非常に注意ぶかくゆっくりとその壜を振って見る。壜は空だと分かる。かすかな不愉快な笑声が遠くに聞こえる。この笑声とそれに連れる伴奏は閉幕までくり返し続く。くちのあかない壜は岩石の後に沢山ころがっている。その上になお沢山の壜が空中からジムの手の届く辺に絶えず落ちて来る。どれもどれも空である。ジムはなお数本の壜をあける。

ジム (注意深く一本の壜の重さを見る)これは、はいっている。
(これも他の壜と同じく空である)
(左手に唄の声がきこえる)
ビル (目の上に弾丸たまの痕がある、左から登場、うたいながら) ルウル ブリタニヤ ブリタニヤ ルウルザ ウエーヴス (急に唄を止めて)やあ、これは。ビイルだ。(空と分かる。遠くの方を見たり下の方を見たりする)おれはそろそろ倦きて来たな、そこいら中に見える大きな星と岩ばかりの路に。そもそもの初めからこの塀の側ばかし歩いているんだから。あすこの家の主人がおれをうち殺してからもう二十四時間ぐらいになる。なにもあいつがおれを殺さないだってよかったのだ、あいつに怪我をさせようと思っちゃいなかったのだ、ただすこうしあいつの銀貨かねをほしいと思っただけだった。変な気持がしたっけ、あのときは。おや、門がある。なあんだ、これが天の門か。ふん、こいつはうまい。(暫時上を上をと見上げている)いや、この塀はのぼれない。てっぺんがないんだ。何処までも上に上に続いてる。
(門の扉を叩いて待つ)
ジム そこはおれたちの行くとこじゃないんだよ。
ビル やあ、ここにもひとりいた。絞り殺されたと見える。おや、ジムじゃないか! ジム!
ジム (つまらなそうに)やあ!
ビル ジムだ! 何時ここへ来た?
ジム 初めっから此処にいるよ。
ビル おい、ジム、おれをおぼえていないか? むかしずうっと昔、おれが小さい時分にお前がおれに錠まえ切りを教えてくれたんじゃないか、お前がいなかったらおれは何一つ商売も知らないで一銭だってかせぐことは出来ず、一文なしでいたろうよ。(ジムぼんやりとビルを見ている)ジムおれはお前を忘れたことはないよ。おれは方々の家へ押し込んだ。大きな家へも這入り始めた。郊外へ出るとほんとうに大きな家があるからね。おれも金が出来て、知ってる仲間から立てられるようになった。おれは一人前の市民シチズンになって、市の真中にくらしていた。よる、火の側に腰かけている時なんぞいつも考えていたよ、俺はジムに負けない腕ききだと。だが、ほんとはお前にゃ敵わなかった。おれはお前のように高いところへ上ぼることは出来なかったし、お前のようにみしみしする梯子段を歩くことも出来なかった、四辺がしいんとしていて、うちに犬がいたり、がらがら音のする物がそこいら中に散らばしてあったり、一寸触ってもいやな音のする戸があったり、ちっとも知らなかった病人が二階に寝ていたり、その病人が眠れないもんだから所在なしにこちらの為に耳をすましていたりするんだからな。お前ビル小僧を覚えていないのか?
ジム そりや何処かよその土地の話だろう。
ビル うん、そうだ、下の世界であったことだ。
ジム だが、此処は此処よりほかに何処もありやしない。
ビル ジム、おれはお前を忘れたことはなかったよ。おれはお寺でほかの連中と一緒になってごしゃごしゃ言ってる時でも、しょっちゅうお前の事を考え出していた、あのバットニィの小さい部屋で、男が片手に拳銃を持って片手に灯を持って、隅から隅までお前を探し歩いてると、お前はお前でそいつと殆ど一緒になって歩き廻っていたことなんぞ思い出していたよ。
ジム バットニィと云うのはなんだ?
ビル おい、ほんとに思い出せないのか? お前がおれに商売を教えてくれたあの日の事を思い出せないのか? 俺は十二より大きくはなかった、春だった、そして町の外は五月の花ざかりだった。おれたちは新町の二十五番地の家を荒した。その翌日そこの家の主人の肥った馬鹿馬鹿しい顔を見たっけ。もう三十年もむかしだ。
ジム ねんというのは何だい?
ビル しょがないなあ、ジム!
ジム 此処ではね、何一つ希望のぞみというものがないんだ。希望のぞみが一つもなければ未来というものもない。未来がなければ、過去もない。此処は現在ばかしのところだ。おれたちはまったく上がったりだ。ここにはねんなんてものはない。なんにも、なんにもないんだ。
ビル 元気を出せよ、お前は「なんじら此処に入る者は凡ての希望のぞみを捨てよ」という句を思い出してるんだね。俺も句を覚えようとしたことがあったっけ。句はしゃれてるからね。シェークスピヤとかいう奴が作ったものだそうだ。だが、あんなものは馬鹿らしいよ。お前というところを汝と云ったってそれが何になる? 句なんぞ考えなさんな。
ジム ここには希望のぞみはないと云ってるんだ。
ビル 元気を出せよ。希望のぞみは沢山ある、あるじゃないか?
ジム うん、だからあんなにしっかり閉め切って置くんだ。おれたちに少しでも希望を持たせまいという寸法だ。そうだ、おれもお前の話でそろそろ地のことを思い出して来た。地でも此処とおんなじだった。沢山持ってるものは持ってれば持ってるほど、人にやるまいとしたっけ。
ビル お前も、おれが何を持ってるか聞いたらばすこし元気が出るよ。ねえ、ジム、ビイルがあるか? やあ、あるじゃないか? なあんだ、これじゃ元気を出したっていいわけだ。
ジム ビイルがどれほど見たくっても、これよりほかには見られまいよ。みんな空なんだ。
ビル (腰かけていた岩の上から少し身を起して、立ちながらジムの方を指し、元気よく)なんだい、此処には希望のぞみなんてものはないと云っていたのはお前だったろう。そのお前が一本一本に壜をあけて見てビイルにあたろうという希望のぞみを持っているんじゃないか。
ジム うん、おれもいつか一度は一滴でもビイルが欲しいと思ってるんだ。だが駄目だということもおれは知ってる。あいつらの悪戯いたずらも一遍ぐらいははずれそうなものだが。
ビル 何本ぐらい開けて見た?
ジム さあ、おれにも分からない。なんでも、しよつちゅうやってるんだ、ぐんぐんやっつけてる。何時からだっけ――何時からっと――(考え深く顎を撫でた手を耳の方まで持って行く)うん、やっぱり、初めっからだ。
ビル なぜ止めにしない?
ジム のどが渇いてたまらないんだ。
ビル ジム、おれが何を持ってると思う?
ジム 知らない。何が何だって、なんにもならないよ。
ビル (また新しい壜が空と分かる)ジム、あの笑ってる奴は誰だい?
ジム (此問に驚いたらしく、声たかく力を入れて)笑ってる奴?
ビル (自分の問いかけた事が馬鹿げていたのかと、少しまごついて)ともだちか?
ジム ともだち!――(笑う)(これに連れて例の笑声高く長く続く)
ビル まあ、なんでもいい。だが、ほんとにおれが何を持ってると思う?
ジム 何が何だって、なんにもならないよ。それが十ポンドの紙幣さつにしたところで、なんにもならないんだ。
ビル 十ポンドの紙幣さつよりももっと好いものだ。ジム、一所懸命考えて、考え出してくれ。おれたちが金庫を破りに行ったのを覚えていないか? 何か一つ覚えてることはないのか?
ジム うん、おれも漸くすこうし思い出しかかった、あの時分には夕方というものがあったようだ。それから、すてきな黄ろい光があった。その光を見ながら、ばたんとしまる戸を開けて内部なかにはいって行ったことがある。
ビル そうだ、そうだ。それはウインブルドンのブリウべヤの店だ。
ジム そうだ。それでその内部なかの部屋はまぶしい光でいっぱいだった、ビイルがあった、ビイルの中にも光が光っていた、売場にこぼれたビイルもあった、こぼれたやつも光っていた。それから黄ろい髪の少女がそこに立っていた。あの子も今ごろはそこの門の向うっ側にいるだろう、天の使の中で髪の毛にランプの光を光らせて、もし誰かに何かいわれても、あの時分のとおりの微笑わらいを口許に見せて綺麗な歯を光らせているだろう。神様のすぐそばにいるだろう、ジェーンには何も悪いとこはなかったから。
ビル うん、ジェーンにはわるいとこはなかった。
ジム おれは決して天の使を見たいとは思わない。だが、もしもう一遍ジェーンに会うことが出来るのなら、おれの泣き度い気分の時に(笑声の方を指す)あいつがどんなに笑ったって、おれは勘弁してやる。お前知ってるか、此処じゃ泣くことが出来ないんだ。
ビル お前きっともう一遍あの女に会える。
(ジムは此返事に何の興味も持たないらしく、眼を落して再び今までの仕事を続ける)
ビル お前もう一遍あの女に会えるよ。お前も天国に行きたいと思うだろう、え?
ジム (眼も動かさず)思う!
ビル 俺が何を持ってるか、知ってるかい?
(ジムは返事もしないで、つまらなそうに仕事を続けている)
ビル ジム、お前あの金庫を覚えてるか? 例の堅果鉗くるみわりで胡桃を割るように金庫をぶち割ったのを覚えているかい?
ジム (仕事を続ける、つまらなそうに)やっぱし空だ。
ビル 俺はあの堅果鉗くるみわりを持っているんだ。ちょうど俺が死んだとき手に持っていたのだ、それを奴等やつらはおれに持たしたままでよこした。おれの犯罪の立派な証拠になると思ったんだろう。
ジム 何もここじゃ役に立たないよ。
ビル おれは天へはいり込もうと思う。お前も一緒に来ないか、おれに商売を教えてくれたのはお前だから。おれはもしだれか外にとり残されていると知ったら、天にいたって、とてもあの天の使たちのように愉快じゃいられない。おれはそんな根性じゃないんだ。
(ジムなおも仕事を続ける)
ビル ジム、ジム、お前あすこへ行くとジェーンに会えるよ。
ジム お前にゃとてもその門は通れない、とても駄目だよ。
ビル あの門は金だよ。金といえば、鉛みたいに軟らかだ。この堅果鉗くるみわりなら鋼だってやっつけちまう。
ジム 駄目だってことよ。
(ビルは門に向って岩を置く。その岩にのぼって錠に届くようにする、それから錠をいじり始める。ここで役に立つ道具は鶏卵かきである。ジムはつまらなそうに自分の仕事を続けている。ビルが仕事をしていると、岩の破片や金のねじなどが床の上に落ちて来る)
ビル ジム、おれの堅果鉗くるみわりには何だってかなわない、こいつに会っちゃ何だってチイズみたいだ。
ジム ビル、奴らはお前にそんな真似をさせちゃ置かないよ。
ビル 奴らはおれが何を持ってるか知らないんだ。おれはまるでチイズみたいに門をひっかいて行く。
ジム もしかその門が一マイルも厚みがあったら、どうする? 百万哩も厚みがあったら、どうする? もしか十億哩も厚みがあったら、どうする?
ビル そんなはずがない。この門の扉はそとに開くように出来ている。極く厚かったところで四寸ぐらいなものでなけりや、外にはあからない、大司教様にだってあかりやしない。動きやしないよ。
ジム いつかおれたちが破ったあの大きな倉庫を覚えてるかい、中に石炭ばかしっか這入っていなかった。
ビル これは倉庫じゃない、これは天だ。中には、むかしの聖人たちが冬の夜の窓みたように後光をまぶしくきらつかせていなさるんだ。(カタン、カタン、カタン)燕が旅に出る前に農家の屋板にむらがってるように、うじゃうじゃと天の使がいるんだ。(カタン、カタン、カタン)それから、眼に見えるかぎり林檎の実った林檎畑がある、それからチグリスとユウフラテの河があると、聖書には書いてある。それから宝石でいっぱいになってる黄金のまちが、そういう市の好きな人間のためには、あるんだそうだ。おれは市だの宝石だのは、ちいっと倦きてるんだ。(カタン、カタン、カタン)おれはまずチグリスとユウフラテの河べりの、林檎畑のある野原の方へ出て見よう。ひょっとしたらおれのおふくろがそこいらにいるかと思うんだ。おふくろは俺のやってる商売にあんまり賛成はしていなかったが。(カタン、カタン)だが好いおふくろだったよ。天でも好い母親おふくろが入用じゃあるまいか、天の使たちに親切にしてやって、みんなが歌ってる時には坐ってにこにこしていて、機嫌が悪い時は機嫌を取ってやるような。もしみんな良い人間があすこにはいれるものなら、おふくろも大丈夫あすこにいる。(不意に)ジム! 奴等はおれのことをおふくろのせいにしやしまいな、するだろうか? それじゃ不公平な仕打だなあ。
ジム ちょうど彼奴らのやりそうなことだ。やりそうなことだ。
ビル もしも天でビイルが飲めたり、臓物ぞうもつと葱の料理が食えたり、烟草が吸えたりするものなら、おふくろは俺が行ったら、きっとそういう御馳走をしてくれるだろう。おふくろは俺のやりくちをよく知っていた、おれの好きな物もよく知っていた。何時おれが何処に行くってこともよく知っていた。俺は時刻かまわず窓から這入り込んだが、おふくろはいつでもそれが俺だってことをよく知っていた。(カタン、カタン)ジム、おふくろは今この門のところにいるのは俺だってことを知ってるだろう。(カタン、カタン)中は光明のかたまりみたいだろう、馴れないうちはおふくろがどれだか俺に分からないかもしれない――だがおれには、百万の天の使の中にだって見分けられる、地上におふくろほどのものはいなかった、天にだっていないだろう――ジム! やっつけたぞ! もう一ねじり、それで堅果鉗くるみわりの仕事はおしまいだ! うごくぞ! 動くぞ! ジム、俺にはちゃあんと手答が分かる。
(やがて門の鎖の落ちる音がして、門の扉一寸ばかりあおって、岩で止められる)
ビル ジム、ジム、あけたぞ、天の門をあけた! ここへ来て手を貸してくれ。
ジム (びっくりして暫時のあいだ口を開けたままで見ている。それから悲しそうに首を振ってまた壜の口をぬき始める)又これも空だ。
ビル (「寂しいところ」の向うに横たわる空間を見下ろして)星、すてきな星――
(ビルは自分の乗って立っていた岩を退ける。門の扉静かに動く。ジム飛び上がり駈けて行って手を貸す。二人で片々ずつ扉を持って、顔をその扉に押しつけて後に下る)
ビル おうい、おっ母さん! 其処にいるかあい? おうい! いるかあい? ビルだようっ、おっ母さん!
(門は重たそうに揺れて開く、中は空しい夜と星である)
ビル (よろよろとよろけて、現わされた「無」を眺める、その「無」の中に遠い星が途もなくさまよい歩いている)星――すてきに大きな星。ジム、天なんてものはないんだ。
(この真実暴露の時から残酷な激しい笑声が起る。その声の量は次第に増して、次第に声高くなる)
ジム 奴等のやりそうなことだ。まったく、やりそうなことだ。ふん、やりそうなことだよ!

(幕下りる。笑声なおつづく)

光の門 ロード・ダンセイニ 松村みね子(片山廣子)訳 完