尾形亀之助句集 九句 附 尾形蕪雨一句・尾形余十五句 縦書版へ
枇杷の果
ふとんほして留守にしてゐる隣家かな
残されて芽をふく桐や分譲地
葉桜や眼を病む人の美しき
水さして茶釜ぬるめり庭若葉
枇杷の果の一つ一つの黄いろかな
蚊帳中にこほろぎの来て児のむなし
五人来て五人で帰る獺祭忌
茶の花の垣添ひに行く引越荷
春雷や雲たひらかに
[やぶちゃん注:底本は思潮社一九九九年刊「尾形亀之助全集 増補改訂版」を用いた。底本には末尾に編者秋元潔氏による『「蕉舎句帳」 昭和10年2月から昭和11年8月より』というクレジットが附されている。底本編註に「蕉舎句帳」は父尾形余十が主催した句会の記録帳とあり、そこには『昭和九年二月十六日の第八回句会に始まり、昭和十一年六月十四日の句会記録で終わる』とあるのであるが、すると上記のそれ以降のクレジットが『句会記録で終わる』という表現と妙な齟齬を感じさせ、不審ではある。なお、尾形亀之助がこの「蕉舎句帳」で用いている俳号について同編註には、「無臍子」「むの子」「凹臍」「への字」「へそ」が掲げられている。]
附 尾形蕪雨 一句
月の山人驚かすうさぎかな 尾形蕪雨
附 尾形余十 五句
炭つぎて思ひ出せる事のあり
夏の風座敷尋ねて歩きけり
ころがりて手の届かざる林檎かな
送り火や姉は廓に居ると聞く
涼しさや親子もろとも水の底 尾形余十
[やぶちゃん注:尾形蕪雨は本名尾形安平(あんぺい)、尾形亀之助の祖父で、雑誌「仙台文学」社友であった。尾形余十は本名尾形十代之助(とよのすけ)、尾形亀之助の父で、『ホトトギス』の虚子選句にしばしば登場していたとする。底本は河出書房新社二〇〇七年刊正津勉「小説 尾形亀之助 窮死詩人伝」のなかに引用されるものを用いた。正津氏が作品の最後で引用する最後の父の句、これは如何にも象徴的ではある。]