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杉田久女句集(やぶちゃん選) PDF縦書版へ IE縦書版へ

[やぶちゃん注:一九八九年刊立風書房版全句集よりやぶちゃん選になる六十九句。【二〇一〇年八月二十三日追記】恣意的に多くを正字に変えた。なお「蝉」など一部が新字となっている部分は本フォントにその正字がないためである。]



春寒や刻み鋭き小菊の芽

吊革に春夜の腕しなはせて

あたたかや水輪ひまなき廂うら

春泥に柄浸けて散れる木の實赤

指輪ぬいて蜂の毒吸ふ朱唇かな

花衣ぬぐやまつはる紐いろ/\

夕顏やひらきかゝりてたゝずめり

夏草に愛慕濃く踏む道ありぬ

傘にすけて擦りゆく雨の若葉かな

茄子もぐや日を照りかへす櫛のみね

朝顏や濁り初めたる市の空

相寄りて葛の雨きく傘ふれし

葉鷄頭のいただき踊る驟雨かな

みがかれて櫃の古さよむかご飯

菊畠に干竿躍りおちにけり

わが歩む落葉の音のあるばかり

寒林の日すぢ爭ふ羽蟲かな

枯野路に影かさなりて別れけり

冬川やのぼり初めたる夕芥

足袋つぐやノラともならず教師妻

その中に羽つく吾子の聲すめり

橇やがて吹雪の渦に吸はれけり

紫陽花に秋冷いたる信濃かな

落ち杏ふみつぶすべくいらだてり

われにつきゐしサタン離れぬ曼珠沙華

ぬかづけばわれも善女や佛生會

板の如き帶にさゝれぬ秋扇

谺して山ほととぎすほしいまゝ

里人の茅の輪くぐりに從はず

一人強し夜の茅の輪をくぐるわれ

身の上の相似でうれし櫻貝

下りたちて天の河原に櫛梳り

旅かなし馬醉木の雨にはぐれ鹿

蝉涼し汝の殼をぬぎしより

羅の乙女は笑まし腋を剃る

おびき出す砂糖の蟻の黑だかり

冷水をしたたか浴びせ躑躅活け

たてとほす男嫌ひの單帶

龍胆も鯨も摑むわが双手

かな/\に醒めて涼し午前四時

蝶追うて春山深く迷ひけり

なまぬるき春の炬燵に戀もなし

風に汲む筧も濁り花の雨

菊薫りまれ人來ますよき日かな

鳥雲にわれは明日たつ筑紫かな

ひやゝかの竈に子猫は死にゝけり

氷豆腐笊つる枝や北斗冴ゆ

まゆ玉買ふや路次に海濃き港町

熱の乳呑みに來る兒や紅椿

傘の紺色靜めて蝌蚪を見つめけり

ひしと出て芥子の二葉や別れ霜

春雨や夢にとけこむ曉の鐘

畫く父ホ句よむ母や野邊遊び

かなしみをつげて悔あり春の暮

鴨料る包丁鋭く血を戀へり

行く春や玉いつぬけし手の指輪

狐火の如く岨行く灯を見たり

百舌鳴くや苔深くさす枝の影

灯をともして雛守る子や宵の雨

蚊帳をすくさ靑き灯かな戲曲よむ

小萩野や峰を下りくる雲の影

稻妻のはためきうつる芙蓉かな

杜若さげ來し君と業平忌

 
ユダともならず

春やむかしむらさきあせぬ袷見よ

押しとほす俳句嫌ひの靑田風

虚子ぎらひかな女嫌ひのひとへ帶

一人寢の水色蚊帳に夢淸き

むしあつき戀も忍ばずひとえ帶

石角に林檎はつしとわがいかり

杉田久女句集(やぶちゃん選) 完